〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第27回】 「デッド・プッシュ・ダウンとは」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 国際的な税負担を軽減する手段としてデッド・プッシュ・ダウンという方法があるそうですが、これは一般に認められたものでしょうか。 〔A〕 多国籍企業グループに属する日本法人の組織再編成により、日本法人が新たに負担することとなったグループ内支払利息の損金性が争われた事案において、グループ全体の対外的な信用力を高め、財務態勢の強化に資するものであるから、資金効率の最大化を可能とするものとして、財務上の観点からみて、不自然とはいえず、その必要性、合理性を認めることができるという判断が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 デッド・プッシュ・ダウンとは? デッド・プッシュ・ダウンについて、東京地裁(2参照)は、次のように定義している。 デッド・プッシュ・ダウンは、買収資金の借入れに係る利払いの損金算入により、将来の事業から得られる課税所得の金額を圧縮する手法であって、高税率国に所在する対象会社等を買収する際の課税負担の圧縮策の1つとして、主に欧米の多国籍企業によって広く用いられる(※1)とされている。 (※1) 太田洋・伊藤剛志編著『企業取引と税務否認の実務 第2版』(大蔵財務協会・令和4年)264頁脚注16参照。 2013年2月12日にOECDから公表された「BEPS報告書」(Addressing Base Erosion and Profit Shifting)では、そのAnnexCで、多国籍企業が用いるタックス・プランニングのストラクチャーの1つとして紹介されており、そこでは、以下のように説明されている(※2)。 (※2) 本稿では、BEPS報告書で示されている国名及び金額の表記を変更している。 〈デッド・プッシュ・ダウンと中間持株会社の利用によるレバレッジド企業買収スキーム〉 (※3) BEPS報告書では“Hybrid instrument”と表記されており、資本と負債の双方の性質を持つ証券を想定しているものと解される。 (※4)(※5) B国における資本参加免税制度(Participation Exemption)の適用を前提にしていると思われる。 本稿では、我が国の裁判所が初めて多国籍企業によるデッド・プッシュ・ダウンに言及した事例として、ユニバーサルミュージック事件を取り上げる。 2 過去の裁判例 《ユニバーサルミュージック事件》(※6) (※6) (第一審) 東京地裁令和元年6月27日判決、【第1事件】平成27年(行ウ)第468号、【第2事件】平成29年(行ウ)第503号、【第3事件】平成30年(行ウ)第444号・TAINSコード:Z269-13286 (控訴審) 東京高裁令和2年6月24日(令和元年(行コ)第213号)・TAINSコード:Z270-13418 (上告審) 最高裁一小令和4年4月21日判決(令和2年(行ヒ)第303号)〈確定〉・TAINSコード:Z888-2411 (1) 事案の概要 多国籍企業であるフランス・ヴィヴェンディ傘下のユニバーサル・ミュージックグループの日本法人で、合同会社であるX(原告・被控訴人・被上告人)は、国際的なグループ組織再編成に伴い、借入債務約866億円(本件借入れ)を負担し、平成20年12月期から同24年12月期までの事業年度(本件事業年度)において、本件借入れに係る利息を損金に算入して確定申告したところ、処分行政庁は、当該利息につき、同族会社に係る一般的否認規定である法人税法132条を適用し、その損金算入を否認した。Xは当該更正処分等を不服とし、その取消しを求め本訴を提起した。 本件の第一審である東京地裁は、法人税法132条1項について”納税者有利”の基準(※7)を採用し、Xの勝訴となったが、控訴審である東京高裁は、原審の示した基準を否定した上で、ヤフー/IDCF事件最高裁判決(※8)が示した法人税法132条の2の不当性要件に係る判断枠組み(※9)を採用し、Xの主張を認め国側の控訴を棄却した。これを不服として国側は上告したが、最高裁は、控訴審の判断を全面的に支持し、国側の敗訴が確定した。 (※7) 東京地裁は、「法人税の負担が減少するという利益を除けば当該行為又は計算によって得られる経済的利益がおよそないといえるか、あるいは、当該行為又は計算を行う必要性を全く欠いているといえるかなどの観点から検討すべき」という従来の学説や裁判例に見られない新たな判断基準を示した。しかし、かかる基準では、ごくわずかでも何らかの事業目的等が存在すれば、法人税法132条1項の規定は適用できなくなってしまうという批判があった。 (※8) ヤフーについては、最高裁平成28年2月29日第一小法廷判決(平成27年(行ヒ)第75号)、IDCFは、最高裁平成28年2月29日第二小法廷判決(平成27年(行ヒ)第177号)。 (※9) 「一連の取引全体が経済的合理性を欠くものか否かの検討に当たっては、①当該一連の取引が、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような組織再編成を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮するのが相当である。」というもの。 なお、本稿では、デッド・プッシュ・ダウンに係る裁判所の評価に焦点を当てるため、本件の詳細な事案の検討については下記の拙稿を参照されたい。 (2) 裁判所の判断 ① 控訴審判決における不当性要件の判断枠組みへの当てはめ 東京高裁(※10)は、本件組織再編成等の8つの目的として裁判所が認定したもののうち、日本の関連会社の資本構成に負債を導入し、UMG部門(※11)のオランダ法人の負債を軽減するための資金を調達するという目的の観点からみて、本件組織再編取引等は不自然なものとはいえず、税負担の減少以外にこれを行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するということができると判示し、その具体的な事情として、「Xが、上記の日本法人の買取資金を調逵するため、ヴィヴェンディ・グループのCMS(※12)の統括会社であるUMIFから本件借入れを行うこと(多額の営業利益を計上し支払利息が極めて少ない日本の関連会社が債務を負うこと)は、いわゆるデット・プッシュ・ダウンとして、規模が大きく多額の利益を計上している日本の関連会社に対してUMG部門における企業買収のために経済的負担が過度に重くなっているオランダ法人の負債の一部を負担させ、ヴィヴェンディ・グループのCMSにおいて外部の金融機関からの借入れ等の金融取引を一括して行っていたヴィヴェンディの対外的な信用力を高め、ヴィヴェンディ・グループ全体の財務態勢の強化に資するものであるから、資金効率の最大化を可能とするものとして、財務上の観点からみて、不自然とはいえず、その必要性、合理性を認めることができる。」と判示し、デット・プッシュ・ダウンを極めて肯定的に捉えている。 (※10) デッド・プッシュ・ダウンについて好意的に評価している点は、第一審である東京地裁判決も全く同様である。 (※11) ヴィヴェンディ・グループの音楽部門を指す。 (※12) ヴィヴェンディ・グループが採用する資金集中管理制度を指す。 ② 控訴審判決における国側主張の排斥 国側は、本件借入れは、極めて異常で変則的なものであり、これを行ったことにつき租税回避以外に正当で合理的な事業目的等はなかったから、経済的合理性を欠く不当なものであったと認められる旨を主張した。 これに対し東京高裁は、「そもそも負債を導入されること自体には、税負担の減少以外には経済的な利益がない上、企業グループ内の取引として実行されるデット・プッシュ・ダウンは、当該グループにとって新たな収益性が外部から流入するわけではなく、当該子法人としても、グループ内の被買収企業としても、実質的な資金需要があるとはいえないことが多いから、当該子法人にとって借入れに係る負債の導入それ自体が経済的な犠牲を強いられるものでしかなく、このことは、UMKK(※13)から形式的にも実質的にも新たな資産を取得していないXについても同様である。オランダ法人の負債軽減を図ること(目的①(※14))やヴィヴェンディ・グループの財務を合理化すること(目的④・⑤(※15))は、UMKKないしXにとって経済合理性があることとは直接結びつくものではないか、間接的ないし抽象的な利益でUMKKないしXの犠牲を上回るものではない。」と判示し、グループの他国の法人への貢献を重視して、国側主張を排斥している。 (※13) 本件組織再編取引前において、我が国の音楽事業を目的とするヴィヴェンディの間接的な完全子会社であったが、Xに吸収合併されて解散した。 (※14)(※15) 裁判所が認定した本件組織再編成等の8つの目的の1つを指す。 (3) 裁判所の評価とその意義 裁判所は、税額の減少という国側の犠牲を天秤にかけることなく、多国籍企業が行ったデット・プッシュ・ダウンを積極的に容認することで、わが国司法としての度量を示したものといえる。すなわち、多国籍企業グループの財務上の全体最適を重視し、個別の法人・国の犠牲について一定の理解を示したのである(※16)。 (※16) 太田伊藤・前掲(※1)267~268頁は、「本件組織再編成取引等が行われた当時においては、同税制(筆者注:平成24年度税制改正で創設された過大支払利子税制を指す)はまだ導入されておらず、そうであるにも拘らず、本件支払利息の損金算入を、法人税法132条1項(ないし同法132条の2)を適用して否認することは、租税法律主義を実質的に骨抜きにすることにつながりかねない。本件第一審判決(筆者注:控訴審判決も同様)が本件のデット・プッシュ・ダウンを含む本件組織再編成取引等の目的に合理性を積極的に認めたのは、以上のような、当時におけるわが国税制の構造を考慮したからではないだろうか。」と述べている。 (了)
値上げの「理屈」 ~管理会計で正解を探る~ 《延長戦》 -値上げ交渉編- 【第1回】 「すぐに値上げ交渉をするべき取引はどれ?」 公認会計士 石王丸 香菜子 (※1) 日本銀行「企業物価指数(2022年11月速報)」 (※2) 中小企業庁「価格交渉促進月間(2022年3月)フォローアップ調査の結果について」 * * * 登場人物 * * * 2022年初め頃から、「物価高」のニュースを連日のように見かけますね。食料品や日用品等、最終消費者の関心が高いものに関する値上げのニュースが目立ちますが、企業も多大な影響を受けています。国内企業物価指数は2020年12月以降上昇を続けており、2020年の平均値を100とした場合、2022年11月の指数は118.5と高水準になっています。様々な品目で値上げが進み、多くの企業が深刻なコスト高に直面しています。 * * * * * * 企業で生じるコストには、販売量に比例して発生する変動費と、常に一定額が生じる固定費とがあります。販売単価から変動費を差し引いた残りである「限界利益」がマイナスの場合、売れば売るほど損失が増える状態です(値上げの「理屈」~管理会計で正解を探る~【第1回】参照)。このような損益構造の取引を最初から行うことは考えにくいものの、企業間取引の場合、取引先との付き合いや、企業間の力関係が影響して、長い間「据え置き価格」で取引が行われていることがあります。 日本では長期にわたって、物価が大きく上がることのない時代が続いてきました。物価が上がらない状況では、販売価格を据え置いて取引をしていても、当初の損益構造が大きく変わることはありません。 しかし、近年のように急速に物価が上がるインフレ局面で、販売価格を据え置いたまま取引を行っていると、コストだけが上がり、いつのまにか限界利益がマイナスになっているおそれがあります。財務会計上のデータでは案件ごとの採算は明確にならないので、気付かないうちに赤字構造に陥っている可能性があるのです。 * * * * * * 業種によってコストの内訳は様々ですが、主要な原材料費や外注加工費・輸送費などは概ね変動費であると考えることができます。PNガーデン社の法人事業部門の各案件も、原材料費と外注費等が変動費であるとしましょう。案件のうち、販売単価から変動費である原材料費と外注費等を差し引いた残りである限界利益がマイナスになっている案件は、次々と水が漏れるように損失が拡大する原因となっています。したがって、限界利益がマイナスの案件は、直ちに販売単価の値上げ交渉を行う必要があります。 値上げ交渉がうまくいかず限界利益がマイナスのままならば、基本的にはその取引自体を中止するほかありません。水漏れ箇所をふさぐことができないならば、その水道を使わないに越したことはないのと同じです。 * * * * * * 赤字の案件以外にどの案件を優先して値上げするかの判断に際しては、様々な要因を考慮する必要がありますが、時間当たり限界利益を算定すると判断材料の1つになります。時間当たり限界利益の小さい、すなわち、手間に見合った十分な限界利益が得られない非効率な案件は、値上げ交渉の候補として検討するとよいと言えます。 ただし、例えば、1つの取引先と複数の案件を取引している場合、そのうちの1つの案件が非効率であっても、全ての案件をまとめて考えれば効率的に利益を確保できている状況も考えられます。そのような状況では、1つの案件について値上げ交渉をしたことがきっかけで、他の全ての案件を喪失してしまう事態は回避すべきです。 また、効率がさほどよくなくても、案件の規模自体が大きく、その案件から得られる利益の額が自社にとって重要である場合もあります。そうした主要な取引先を喪失してしまうと、利益の額が大きく減るとともに自社の生産体制にまで影響を及ぼす可能性があり、大きな痛手となります。 したがって、値上げ交渉の対象とするか否かの最終判断には総合的な視点が必要です。 * * * (了) 『管理会計でわかる! 上手な「値上げ」の仕方・考え方』 好評販売中
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第35回】 「売り手の可視化」 ~「Ⅱの部」を活用してプロフィールと企業の設計図を作成する~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒期待する売り手を探し当てるためのヒントを得る。 売り手企業 ⇒売り手の可視化を通じて、M&Aの実行に向けた準備を進めるためのヒントを得る。 支援機関(第三者) ⇒売り手の可視化に有用な項目を知り、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒売り手を可視化するためのポイントを理解する。 1 売り手を可視化する 中小企業のM&Aにおいて、多くの売り手は「売りたい理由」「売らなくてはならない理由」といった理由や事情があってM&Aに動きます。価額、後継者、業績など、売り手によってM&Aに踏み切る理由や事情は様々ですが、大体は目先の課題、問題に対処したい、解決したいとの思いが先行します。 しかし、M&Aは企業の存続と成長を助け、積み上げてきた時間によって向上した企業の価値を金銭に変えて、新たなスポンサーのもとで、再び地域経済を支える存在になるための大切な手段であって、単に現状の売り手の課題を解決するためのテクニックではありません。ですから、いざという時に限って、売り手の視野が狭まってしまう結果、M&Aによる決断を急がなくてもいいように、時間が許す限り、売り手自身の分析を平時のタイミングで行っておくのが望まれます。 その1つの方法として、売り手の可視化が考えられます。規程、議事録、決算といった書類などの記録によって残される一部の業務を除いて、中小企業の多くの業務は可視化されていません。しかし、可視化されない部分にこそ、売り手ならではの経験の蓄積や、強みが隠されており、整理を進めれば課題も見えてくるはずです。面倒かもしれませんが、この作業を行っておくのとそうでないのとでは、経営の転機が訪れた際の選択や判断の違いとなって、M&Aを選択した際の成否にも関係していきます。 売り手の可視化には、事業計画をはじめとする計画作成、M&A仲介会社などが行うインタビューシートの類など、様々な方法が用いられると考えられますが、本稿では、IPO(Initial Public Offering)という株式上場を目指すステージにある準備企業が、準備過程で作成し、新規上場の申請時に提出する「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)」を取り上げます。だからといって、「Ⅱの部」を作成しましょう、というわけではありません。「Ⅱの部」の項目のうち、中小企業M&Aの売り手の可視化にとって有用なエッセンスがあるので、売り手自身の理解を深めるために活用できそうな部分に焦点を当てます。 2 「Ⅱの部」を活用してプロフィールと企業の設計図を作成する 東京証券取引所が掲載する「Ⅱの部」の記載要領によると、「Ⅱの部」は、事業内容等の把握のための資料となっており、企業の実態に即して記載するように求められています。書類の提出対象は間もなく上場しようという企業ですから、中小企業M&Aの売り手よりも大きい企業規模感だと思いますが、プロフィールや企業の設計図を作成するために必要な情報が網羅できる構成となっており、売り手の実態をつかむには良い題材です。 「Ⅱの部」では、以下の膨大な量の項目の記載が求められますが、そのうち、中小企業M&Aの当事者である売り手がM&A如何にかかわらず可視化しておきたい項目だけ下線で示しましたので、売り手自身の分析や検討の際のヒントとして使ってはいかがでしょうか。 (出典) 日本取引所グループ「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)記載要領(2022年6月30日改訂)」 ピックアップした項目について、箇条書き、文章、図表などの形式で整理していくと、売り手のプロフィールや詳細な設計図になるほか、売り手の業務実態の把握に加えて、課題なども浮かび上がるはずです。仮にM&Aに至らなくても、社内体制、業務の見直しを検討する際に役立ち、属人的な体制から、組織的な体制へと成長を遂げるための目標として掲げることでの活用の道も開けます。 買い手からすれば、これらの状況が可視化された資料や情報が揃っていれば、財務デューデリジェンス(〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方【第12回】「他人事ではいけない調査の心得」~資料準備編~などをご覧ください)による詳細な調査によらなくても、買い手が売り手に対して事細かに質問などによる確認をしなくても、おおよその売り手の状況が理解できます。結果として、M&Aによって何が改善事項か、優先すべき事項かの判断がつきやすくなり、買い手と売り手双方が思い描くM&A後の姿に近づくための大きな判断材料になります。それは、M&Aの成功のための一歩と言ってもいいでしょう。 このように、売り手自身にもM&Aを検討する前段階から準備できる作業はたくさんあります。売り手の将来のために、M&A後の成功を掴み取るために、「Ⅱの部」に記載する内容について、ぜひ一度検討してください。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例47】 「区分所有法上の制度を利用した共同所有型私道の管理」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 斜面に立地する下記のAからHまでの土地上に各自の戸建建物があり、坂道の共有私道(持分は各1/8)は未舗装路となっています。Dは坂道の上に居住しており、未舗装路をアスファルト舗装し、歩行者用の階段も設置したいと考えています。Eは階段の設置に反対しており、Hは空き家で行方も分かりませんが、それ以外の者は賛成しています。 このような場合に、どのように共有私道を管理すればよいでしょうか。 1 はじめに 複数の者が通路を管理する場合、通路の権利関係(共同所有型私道や相互持合型私道)に従った対応が必要である。このうち共同所有型私道においては、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という)上の団地の法律関係が成立する場合があり、民法の共有と異なる方法で管理することが可能となる。 そこで、本問では、団地による制度を利用した共同所有型私道の管理について検討することとしたい。 2 団地制度の概要 (1) 団地とは 区分所有法に団地の定義規定はないが、一般的には、「複数等の建物が一定範囲に建築されている場合の、一定範囲の土地」などと定義されている(渡辺晋・久保田理広『区分所有法の解説[7訂版]』(住宅新法出版・令和3年)436頁)。団地に該当するものの中には、計画的設計に基づいて建物が建設されたものもあるが、計画的設計に基づいて建物が建設されていることは団地の要件ではない。 団地が成立すると、団地内の建物の所有者全員が、特別の手続を経ることなく当然に、団地内の土地や附属施設等(以下「団地対象土地等」という)の管理を行うための団体(以下「団地管理組合」という)を構成する(区分所有法第65条)。団地管理組合は、民法の共有とは異なるルールで団地管理対象物の管理を行うことができる(同法第66条)。もっとも、現実的には、団地が成立していたとしても、このことを認識していない者も少なからずいるように思われる。 (2) 団地の成立要件 団地が成立するためには、次の要件を満たす必要がある(区分所有法第65条)。 ① 一団地内に数棟の建物があること 区分所有法上、一団地内に存在する建物には区分所有建物だけでなく、戸建建物も含まれている。そのため、1つの団地が❶区分所有建物のみ、❷戸建建物のみ、❸これらの混在によって構成されている場合があることになる。 ② 団地対象土地等がこれらの建物の所有者の共有に属すること 団地対象土地等は、団地内の建物の所有者(団地建物所有者)に共有されている必要がある。もっとも、団地建物所有者は、常に団地内に存在するすべての建物の所有者である必要まではない。 たとえば、団地内の建物及びその敷地を甲、乙、丙がそれぞれ所有しており、団地内の通路を甲及び乙のみが共有している場合、客観的な土地の形状から、甲・乙・丙による団地関係のように見えても、原則として、通路を核とした甲・乙による団地関係が形成されることになる。例外的に、丙が甲・乙の団地関係に入るためには、区分所有法第68条第1項第1号に規定する特別多数決による規約の設定が必要になる。 (3) 団地の管理事項の決定方法 団地建物所有者の全員が共有している団地対象土地等は、法律上当然に団地管理組合の管理の対象となる。一方で、上記(2)の②の丙を団地関係に含める場合のように、団地建物所有者の一部が土地や附属施設等を共有することになる場合、これらは規約で管理の対象に含めた場合に限り管理対象となる。なお、団地内の戸建住宅や団地建物所有者が単独で所有している土地や附属施設等は規約でも管理対象にはできない。 団地管理組合は、規約が作成されていない場合、区分所有法の規定に従って管理を行うことになる。団地対象土地等について、その形状や効用の著しい変更を伴わないもの(軽微変更)を除く変更を行う場合、団地建物所有者及び議決権(団地対象土地等の持分割合)の各4分の3以上の多数の決議(特別決議)で決することができる。なお、団地対象土地等の変更が建物等の使用に特別の影響を及ぼすときは、団地建物所有者の承諾を得る必要がある(区分所有法第66条、第17条)。 また、団地対象土地等の管理(軽微変更を含む)に関する事項は、団地建物所有者及び議決権の過半数(普通決議)で決することになる。たとえば、未舗装路をアスファルト舗装する場合等は軽微変更に当たり、アスファルト舗装全体を再舗装する場合等は管理行為に当たると考えられる。変更の場合と同様に、管理行為が建物等の使用に特別の影響を及ぼすときは、その建物の所有者等の承諾を得る必要がある(区分所有法第66条、第18条)。なお、破損した舗装の修繕舗装等のような保存行為は、各団地建物所有者が単独で行うことができる(同法第66条、第17条)。 団地管理組合は、団地管理組合の規約がない場合、区分所有法の規定する集会の手続に基づいて団地の管理事項を決議することになる(同法第66条、第35条以下)。法人格のない団地管理組合においては、管理者が定められていなければ、団地建物所有者の5分の1以上で議決権の5分の1以上を有するものであれば集会を招集することができる(同法第66条、第34条第5項)。 招集権者は、団地建物所有者に対して招集通知を送付する必要があるところ、招集通知の通知場所が連絡されていない場合、団地建物所有者の建物の所在地に送付すれば足りる(区分所有法第66条、第35条3項)。また、団地建物が共有関係にあり、通知先の指定がない場合には、共有者の1人に通知すれば足りる(同法第66条、第35条第2項)。なお、変更行為(軽微変更を除く)を会議の目的にしたい場合、招集通知にその旨記載する必要があるので留意が必要である(同法第66条、第35条第5項)。 3 あてはめ AからHまでの土地が1つの区画を形成しており、区画内の私道をAからHが共有していることから団地関係が成立すると考えられる。なお、Iの土地は、AからHまでと同じ区画を形成しているようにも見受けられるが、団地関係の当事者には含まれない。 未舗装路の共有私道をアスファルト舗装することは、通路としての利用方法の変更を伴うものではないため軽微変更又は管理行為となる。しかし、階段の設置によって、これまで通路として利用可能だった部分が利用できなくなることから、階段の設置を伴う場合は軽微変更に留まらない変更行為になると考えられる。 民法上、変更行為を行うためには全員の同意が必要となる。この点に関して、Hが行方不明となっているが、Eが階段の設置に反対しているため、Dは、民法第252条の2第2項(令和5年4月1日施行)の許可を得て変更行為を行うことはできない。しかし、E及びHを除いた共有者において、変更行為を行うことについて団地建物所有者の数と議決権の数のいずれも4分の3以上である。そこで、Dは、Dの提案に賛成している他の共有者とともに、団地管理組合の集会を招集して、アスファルト舗装及び階段の設置をすることについて決議をすることが考えられる。 もっとも、階段の設置がEの建物の使用に特別の影響を与える場合には、Eの承諾なく変更行為を行うことはできないので留意が必要である。このような場合、仮にアスファルト舗装のみで、Hを除く共有者間の同意を得られるのであれば、民法第252条第1項に基づく管理行為について決定を行い、アスファルト舗装の限度に留めることが現実的であるように思われる。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第5回】 「電子メールやLINEでの一方的な連絡による退職は有効か」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 当社の就業規則では、「退職しようとする者は、退職する1ヶ月前までに、退職願を直筆又は記名押印入りにて提出しなければなりません。」としており、電子メールやLINE(その他SNS含む)での退職を認めていませんが、次のようなケースの場合、それぞれどうすればよいでしょうか。 〔A〕 退職には、①従業員が一方的な意思により雇用契約を終了させる「辞職」と②従業員と企業が合意により雇用契約を終了させる「合意解約」の2種類があります。 【ケース①】は、「辞職」と判断される可能性が高いと言えます。就業規則に違反してLINEで辞職していますが、就業規則所定の手続が遵守されていない場合も、辞職の効力を否定できません。そのため、仮に会社が退職を認めなくても、退職のLINEを送られた日から2週間を経過することによって、雇用契約は終了することになります。 【ケース②】は、「合意解約」の申出と判断されることを前提に検討すべき事案です。退職届は提出されていませんが、会社が承認すれば有効な合意解約となります。注意が必要なのは、合意解約の場合、会社が退職を承諾するまでの間、従業員の都合で退職を撤回することができる点です。退職してほしい従業員から合意解約の申出があった場合、会社としては速やかに退職を承諾する旨の連絡をするのがよいです。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 「辞職」と「合意解約」 以下の(1)から(3)では、【ケース①】と【ケース②】を検討するうえで、前提となる知識を確認しておきたい。 (1) 退職には「辞職」と「合意解約」の2種類がある 退職とは、従業員が自発的に雇用契約を終了させることであり、以下のとおり、「辞職」と「合意解約」の2種類がある。 (2) 「辞職」と「合意解約」の違い 「辞職」か「合意解約」の違いを確認しよう。 まず「辞職」は、従業員の一方的な意思で雇用契約を終了させるものなので、従業員の都合で撤回することはできない。本件でも、「もう出社できません。退職します。」という電子メール(以下、単に「メール」という)やLINEでの連絡が「辞職」であれば、従業員の都合で撤回できないということになる。 他方、「合意解約」の場合、従業員と企業が合意により雇用契約を終了させるものなので、会社が承諾しなければ、退職の効力は発生しない。そのため、会社が承諾するまでに、従業員が「退職するのをやめます」と会社に連絡をすれば、退職を撤回することができる。退職が撤回された場合、会社はその従業員を退職させることはできなくなる。 そのほか「辞職」と「合意解約」では、退職の効果が発生する時期も異なる。「辞職」の場合は民法627条1項により、2週間で退職の効果が発生する。これに対して「合意解約」の場合、会社が承諾した時点で退職の効果が発生するのが原則だ。 (3) 「辞職」と「合意解約」の申出の区別 裁判所では、従業員からの「辞職」と「合意解約」の申出はどのように区別されているのだろうか。 これまでの裁判例から、「会社から慰留(退職しないように説得)されても辞める」という従業員の確定的意思でなされた場合は「辞職」になるが、それ以外の場合は「合意解約」の申出となると言える(広島地判昭和60年4月25日、大阪地判平成10年7月17日)。 そして、裁判所では、退職の意向が従業員から表明された場合、「辞職」ではなく「合意解約」の申出と判断されるケースが多い。 2 【ケース①】について (1) 【ケース①】のLINEは辞職の申出と判断される可能性が高い まず前提として、【ケース①】のLINEが「辞職」か「合意解約」の申出かを検討したい。 結論から言えば、【ケース①】については「辞職」の申出と考えてよい。 【ケース①】では、LINEだけでなく、2週間以上出社せず連絡も取れないことから、「会社から慰留されても辞める」という確定的意思が従業員から示されたと言えるからである。 (2) 就業規則所定の手続に違反したLINEでの辞職の効力 本件のように、就業規則等で、「退職する1ヶ月前までに、退職願を直筆又は記名押印入りにて提出しなければなりません。」と定めている会社は多いと思われる。では、本件のように退職の時期や手続が就業規則で決まっている場合、就業規則違反を理由に辞職を認めないことはできるのだろうか。 結論から言えば、就業規則所定の手続に違反しても、LINEでの辞職は有効になる。 上記1のとおり、辞職の場合、民法627条1項が適用される。民法627条1項によれば、従業員は、「2週間」の予告期間をおけば「いかなる理由があっても」契約を終了させることができる。 民法で「いかなる理由があっても」契約を終了させることができるとされているので、退職届が提出されていないことを理由に、辞職が無効と判断されることはない。LINEやメールでの辞職も有効だ。 そして辞職の場合、民法で決められた2週間を超える期間を就業規則に定めても無効になる(東京地判平成28年2月19日)。 つまり、本件でも就業規則の手続が遵守されていないことを理由に、辞職の効力を否定することはできない。就業規則等で辞職の手続を定めても、2週間の予告期間を置いた辞職を禁止する法的効力はないのだ。 【ケース①】のような就業規則に違反するLINEでの辞職も、法的には有効である。会社として退職を承諾できない場合も、「もう出社できません。退職します。」というLINEが送られてから、2週間が経過することにより退職の効力が発生してしまう。 【ケース①】と同様の事案で、裁判所は、民法627条1項に反する就業規則の効力を認めず、退職する旨のメールを送った日から2週間を経過することによって、雇用契約は会社の承諾なしに終了すると判断している(東京地判令和4年2月9日)。 3 【ケース②】について (1) 【ケース②】のメールは「合意解約」の申出と判断されることを前提にする まず前提として、【ケース②】のメールが「辞職」か「合意解約」の申出かを検討したい。 結論から言えば、【ケース②】については、メールが送られた翌日の時点では「合意解約」の申出と判断されることを前提に検討を進めるべきである。 上記1のとおり、裁判所では、退職の意向が従業員から表明された場合、「合意解約」の申出と判断されることが多い。例えば、「会社を辞めたるわ」と発言して帰宅し、翌日も欠勤して、翌々日に復職の申出がされたケースでも、裁判所は「辞職」ではなく、「合意解約」の申出と判断している(大阪地判平成10年7月17日)。 本件でもメールの文面だけでは、「会社から慰留されても辞める」という確定的意思が従業員から示されたと判断するのは難しい。例えば、メールを送信した翌日欠勤して、翌々日に復職の申出がされた場合などは、上記大阪地判と同様に、「辞職」ではなく「合意解約」の申出と判断される可能性が高いだろう。 (2) 就業規則所定の手続に違反したメールでの「合意解約」の効力 次に、本件のように就業規則で退職届の提出が必要とされている場合でも、メールでの「合意解約」の申出は有効なのだろうか。 この点については、就業規則に定めた手続に違反する場合であっても、会社が退職の意思表示として受領し、承認すれば、合意解約の申出として有効になる(横浜地判平成23年7月26日)。つまり、退職届が提出されていなくても会社が承諾すれば、メールでの合意解約は有効になる。 (3) 退職してほしい従業員から合意解約の申出があった場合の対応 以上を前提に会社としての対応を検討しよう。 上記1のとおり、合意解約の場合、会社が承諾する前であれば、従業員側からの撤回は可能である。 そのため、退職してほしい従業員から退職の申出があった場合、会社としては速やかに退職を承諾する旨の連絡をして、撤回されることを防ぐのがよいだろう。合意解約の場合、会社が退職の承諾を通知した時点で退職が確定する。 メールが送られた日の翌日も出社せず従業員から連絡もない場合、会社としては速やかに退職を承諾する旨の通知をすることを検討した方がよい。 (4) メールでの退職承諾通知がお勧め では、会社側からの退職の承諾は、どのような方法で行えばよいのだろうか。 退職の承諾の方法に関して就業規則に定めがない限り、どのような方法で行うかは会社の自由である(最判昭和62年9月18日)。 一般的には書面で承諾することが多いと思われるが、書面の受取拒否や書面が到着するまでに撤回されることも考えられる。そこで筆者としては、メールで退職を承諾する旨返信する方法をお勧めしたい。裁判所でも、メールでの退職承諾通知が有効と判断されている(東京地判平成30年3月28日)。 承諾の通知は、承諾する権限がある者が行う必要がある。承諾権限について、常務取締役に退職を承諾する権限がないと判断した事例もある(岡山地判平成3年11月19日)。そのため、部長や課長など申出をした従業員の直属の上司の名前で退職の承諾をすることはお勧めできない。 雇用契約の終了日を記載した代表者名義の承諾通知書を作成して、PDFファイル形式で添付のうえ、メールで送信するのがよいだろう。 なお、メールと同時に書面を郵送することも考えられる。この場合、メールに添付したPDFファイルが原本で、郵送した書面が写しである旨を明らかにしておく必要がある。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第65話】 「超高額所得者に対する税負担の適正化」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・そうか・・・」 浅田調査官は、令和5年税制改正大綱を見ながら、ため息をつく。 「・・・高額所得者になればなるほど、負担する税率が低くなり、税負担の公平性が保たれていない・・・その是正のための措置として『極めて高い水準の所得に対する負担の適正化』の規定が創られたのだろうが・・・3億3,000万円の控除は大きすぎるなあ・・・」 浅田調査官は、呟きながら、「3億3,000万円」の数字をじっと見つめる。 そこに、中尾統括官がニコニコしながら、やってくる。 「何を真面目に読んでいるの?」 中尾統括官は、浅田調査官の持っている税制改正の大綱を覗き込む。 「・・・この3億3,000万円・・・大きすぎませんか?」 浅田調査官は、大綱を差し出しながら、中尾統括官の顔を見る。 「・・・」 中尾統括官は、黙って読む。 「・・・例の・・・1億円の壁か・・・」 そう言うと、中尾統括官は、浅田調査官の肩をポンと叩く。 「・・・この改正案は、1億円の壁の問題を解決するために、今回の税制改正で、超高額所得者に対して、課税の強化を図ろうとしているのだろう・・・」 中尾統括官は、納得した顔をする。 「・・・つまり、所得1億円を境に、所得税の負担率が低下する傾向にあるといわれている・・・この主たる原因は、所得が1億円を超えるような高所得者の場合、それ以下の水準の人と比べて、金融所得の所得全体に占める割合が高くなっていると考えられている・・・そうすると、金融所得は、給与所得や事業所得(最高税率55%)に比べて、一律20%の税負担になっているから・・・税の負担が軽くなっていくということになる・・・」 中尾統括官の説明に、浅田調査官は、頷く。 「しかし、今回の税制改正では、基準所得金額が3億3,000万円を超えるものを課税の対象としています・・・これって、控除する金額が大きすぎませんか」 浅田調査官は、改正内容の算式を見る。 浅田調査官は、不満そうである。 「・・・ところで・・・大綱では『基準所得金額』とか、『基準所得税額』とか、あまり見慣れない用語が出てくるが、これは一体何?」 中尾統括官が尋ねる。 「大綱では、次のように説明しています」 浅田調査官は、大綱の一部を読み上げる。 「・・・所得金額に、分離課税の配当所得や上場株式等の譲渡所得を加え、そこから3.3億円を控除して、その超過分について、22.5%を乗じ、それが基準所得税額を超える場合に、その差額金額に相当する所得税を課するという、ややこしい計算になります」 浅田調査官は思案顔になる。 「1億円の壁を是正するために、申告不要制度を適用しないで、配当所得や上場株式の譲渡所得を合算して計算することから、この税制改正は、富裕層の課税の強化を意味しているのだが・・・3.3億円まで、今回の改正から除外するということについて、君は、高すぎると思うの?」 中尾統括官が尋ねる。 「ええ」 浅田調査官は頷く。 「・・・ところで、日本で、年収1億円以上の人が、何人いるか知っている?」 中尾統括官が再び聞く。 「・・・年収1億円以上の人ですか・・・」 そう言いながら、浅田調査官は、スマートフォンを手に取る。 「・・・約23,000人ぐらいですね・・・年収5億円であれば、6,000人ぐらい」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「富裕層といっても、日本には、それぐらいの人しかいないのだから、この大綱に書いてある内容もごく限られた納税者しか対象になっていない・・・したがって、その税収も知れているが・・・政府は、社会に対しては、1億円の壁を払拭するというアピールのために、今回の改正を考えたように思える・・・」 中尾統括官は、以前、読んだ日本経済新聞の記事の一部を思い出す。 「・・・所得が年30億円を超える人を対象にしているのですか・・・」 浅田調査官は、呟く。 「僕は、このような改正はしなくても良いと思う・・・大綱に記載している所得計算の内容も煩雑だし、こんな改正が度々なされると、益々、税法が複雑化し、納税者にとって、はた迷惑だと思う・・・また、税理士も困るだろう・・・」 中尾統括官は、大綱を見つめながら、言う。 「そう言えば、税理士からも税法が毎年複雑になって、申告書を作成するのが怖いという声をよく聞きます」 浅田調査官は、苦笑しながら、中尾統括官を見る。 (つづく)
《速報解説》 インボイス制度への円滑な移行に向けた関係府省庁会議が開催 ~負担軽減措置含めR5改正に関する情報もまとめられる~ Profession Journal編集部 いよいよ本年10月からインボイス制度が開始されるが、適格請求書発行事業者の登録が十分でないことや免税事業者が課税転換した際の税負担及び事務負担増大などをはじめとする中小規模事業者の負担が大きいといった理由から、昨年12月の令和5年度税制改正大綱では負担軽減措置が明記された。 まだ法案成立前ではあるものの、上記の影響を考慮してか、既報のとおり財務省HPでは令和5年度税制改正に関する情報がアップされ始めている。 あわせて、インボイス制度への円滑な移行にあたって、万全の準備を進める観点から、関係府省庁で連携して必要な取組みを行うことを目的に、関係府省庁会議が設置され、去る1月16日には第1回の会合が開かれた。 上記会合HPでは各議論にあたり、インボイス制度に関する基礎的事項や統計情報だけでなく、昨年末に各省庁が公表した資料とは別に、負担軽減措置等の令和5年度改正に係る資料も公表されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国税庁、「法人が保有する暗号資産に係る期末時価評価の取扱いのFAQ」を公表 ~「活発な市場が存在する暗号資産」の範囲をより具体化~ 弁護士 下尾 裕 国税庁は、令和5年1月20日付「法人が保有する暗号資産に係る期末時価評価の取扱いについて(情報)」(以下「本件FAQ」という)を公表した。 法人税法における暗号資産の期末時価評価については、令和4年12月22日付課税総括課情報第10号ほか5課共同「暗号資産に関する税務上の取扱いについて(情報)」の問3-3においても言及されていたが、本件FAQにおいては、「活発な市場が存在する暗号資産」の範囲をより具体化するとともに、DEXの取引対象となった暗号資産、ステーキングのためロックアップした暗号資産、貸付の対象となった暗号資産及び借入の対象となった暗号資産についてそれぞれ説明を加えている。 以下においては、本件FAQについて特に着目すべき点を取り上げる。 1 「活発な市場が存在する暗号資産」の範囲(本件FAQ問2) 本件FAQは、「活発な市場が存在する暗号資産」の判断基準について、「保有する暗号資産の種類、その保有する暗号資産の過去の取引実績及びその保有する暗号資産が取引の対象とされている暗号資産取引所又は暗号資産販売所の状況等を勘案し、個々の暗号資産の実態に応じて判断する」との考え方を示している。 また、当該判断基準については、「合理的な範囲内で入手できる売買価格等が暗号資産取引所又は暗号資産販売所ごとに著しく異なっていると認められる場合や、売手と買手の希望する価格差が著しく大きい場合には、上記①及び②の観点から、通常、市場は活発ではない」との具体的説明を加えている。 2 DEXにおいて取引される暗号資産(本件FAQ問3) 本件FAQにおいては、DEX(Decentralized Exchange。一般に中央に管理者のいない分散型取引所を意味する)についても、「活発な市場が存在する暗号資産」の判断における「市場」に含まれるとの解釈が示されている。これを踏まえ、DEXで上場されている暗号資産も「活発な市場」の判断基準を充足するかぎり、期末時価評価の対象となることが明らかになった。 3 ステーキングのためロックアップした暗号資産(本件FAQ問4) ステーキングとは、一定期間、対象となる暗号資産を保有してブロックチェーンのオペレーションに参加することにより、対価を得る取引であり、当該期間につき暗号資産の譲渡を禁止することを「ロックアップ」と呼んでいる。 本件FAQは、ロックアップ対象の暗号資産について、暗号資産保有法人の管理支配が制限されていることを理由に期末時価評価の対象から外れるかという点について、ロックアップ期間中にステーキング報酬を得ることができること、及び、その保有する暗号資産の将来的な価格変動リスク等を法人が負担していることを理由に、期末時価評価の対象になると結論付けている。 4 貸借の対象となった暗号資産(本件FAQ問5及び問6) 本件FAQは、まず、使用料を得るために相対で貸し付けた暗号資産につき、貸付期間中に使用料を取得できること及び賃貸人側が保有する暗号資産の将来的な価格変動リスク等を負担することに鑑み、貸付人側において期末時価評価の対象となると結論付けている。 一方、暗号資産交換業者以外の者から相対により暗号資産を借り入れ、これを借入期間が終了するまで貸付け等により運用するという事例については、一般的には自己の計算において暗号資産を有するとは言えないとして、原則として期末時価評価による評価額と帳簿価額との差額を益金の額又は損金の額に算入する必要はないとしている。 * * * なお、昨年12月に閣議決定された令和5年度税制改正大綱でも暗号資産の保有に係る期末時価評価課税に係る見直しについて記載がされている。そちらについては下記拙稿を参照いただきたい。 (了)
《速報解説》 財務省が「インボイス制度の負担軽減措置(案)の よくある質問とその回答」を公表 ~2割特例や少額特例等に関しR5税制改正大綱で不明確だった部分を明らかに~ 税理士 石川 幸恵 財務省は、令和5年1月20日時点の情報として「インボイス制度の負担軽減措置(案)のよくある質問とその回答」を公表した。 この資料は、財務省のホームページ内の「インボイス制度の改正案について インボイス制度、支援措置があるって本当!?」というページにリンクが付されている。このページは事業者に向けて、インボイス制度に関する支援措置をやさしく紹介するものであるが、リンク先であるこの資料「インボイス制度の負担軽減措置(案)のよくある質問とその回答」は、令和5年度税制改正(案)で示されたインボイス制度に対する負担軽減措置について質問とその回答として詳説しているもので、実務家レベルとなっている。 本解説では、「インボイス制度の負担軽減措置(案)のよくある質問とその回答」全21問のうちから注目すべきポイントをお伝えする。 なお、インボイス制度に関する令和5年度税制改正については、下記拙稿も参照されたい。 〇2割特例 (1) 税制改正(案)の概要 インボイス制度を機に免税事業者からインボイス発行事業者として課税事業者となった者を対象として、納付税額を課税標準額に対する消費税額の2割とする経過措置である。 (2) 本資料で明示された内容 ① 課税事業者選択不適用届出書の提出制限の緩和 下記【図表1】のように、免税事業者である個人事業者が登録申請書と課税事業者選択届出書を令和4年12月に提出した場合、令和5年1月から課税事業者となる。 【図表1】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 税制改正(案)では、このように課税事業者選択届出書を提出したことにより令和5年10月1日の属する課税期間から事業者免税点制度の適用を受けられないこととなるインボイス発行事業者が、当該課税期間中に課税事業者選択不適用届出書を提出したときは、当該課税期間からその課税事業者選択届出書は効力を失うとされている。本資料で、具体的に令和5年については、1~9月分の納税義務免除、10月から12月については2割特例を選択できることが示された(問5)。 ② 2割特例と本則課税/2割特例と簡易課税の比較・選択が可能 簡易課税制度選択届出書を提出していない場合は2割特例と本則課税の比較・選択が可能、簡易課税制度選択届出書を提出している場合も、簡易課税が強制適用されるのではなく、2割特例と簡易課税の比較・選択が可能であると示されている(問6)。 ③ 簡易課税制度選択届出書の取下げ 下記【図表2】のように免税事業者である個人事業者が登録申請書とともに簡易課税制度選択届出書を提出していた場合に2割特例と本則課税を比較・選択したい場合には、令和5年12月31日までに簡易課税制度選択届出書の取下書を提出すれば、簡易課税制度選択届出書を取り下げることが可能と明示された(問7)。 【図表2】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 〇少額特例 (1) 税制改正(案)の概要 経過措置として、一定規模以下の事業者を対象として、課税仕入れに係る支払対価の額が1万円未満である場合には、一定の事項が記載された帳簿のみの保存による仕入税額控除を認めるものである。 (2) 本資料で明示された内容 一回の取引の合計が1万円未満であるかどうかにより判定するので、1万円未満の商品を同時に複数購入して合計が1万円を超える場合(問11)や、月額200,000円(稼働日21日)の個人事業者への外注(問12)は対象とならない旨が明示されている。 このほか、少額な返還インボイスの交付義務免除や登録制度の見直しと手続の柔軟化についても実務における具体的な対応が示されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2023年1月26日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.504を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。