これからの国際税務 【第35回】 「与党大綱が提案する第2の柱の国内法制化について」 千葉商科大学大学院 客員教授 青山 慶二 1 経緯 2021年10月に約140ヶ国に及ぶOECD/IFの国々が合意に達した2つの柱から成る国際課税の新ルールは、G20サミットのコミュニケで「より安定的で公平な国際課税制度を構築する歴史的成果」と評価され、その後、当初予定で2022年中の制度改正及び2023年からの実施を目指して、OECD/IFは、合意内容の実施のための国内法や租税条約の改正を指導するモデルルールや条約案の整備を進めてきた。 この間の経緯については、本稿【第32回】及び【第33回】でも触れた通りであるが、昨年12月の与党税制改正大綱では、OECD/IFで国内法改正のためのガイダンスが整った第2の柱(グローバルミニマム税構想)中の「所得合算ルール」の法制化が提案された。また、これに合わせて、多国籍企業の事務処理の増大に配慮して、外国子会社合算税制の一部見直しも提案されている。 以下においては、その内容を概観して改正案の意義を検討する。 2 与党大綱における第2の柱関係の税制改正提案 (1) 所得合算ルール(「各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税(仮称)」)の創設 イ 納税義務者 「特定多国籍企業グループ等(総収入金額が、7.5憶ユーロ相当額以上)に属する内国法人」と定義される法人で、当該グループの最終親会社法人に相当するもの、等。 (※) 7.5億ユーロ基準については、各対象会計年度の直前の4会計年度のうち2以上の対象年度で当該額を超えているものとされている。 ロ 税額の計算 各対象会計年度の「国際最低課税額」を最終親会社で課税。同税額は法人税と地方法人税の間で907:93の比率で案分。 (※) 「国際最低課税額」の計算方法については、大綱は言及しておらず、今後の改正法令で明らかにされる。財務省の解説では、国際合意に沿って、財務諸表の税引前利益をベースに一定の調整を加えて計算したグループ企業の国・地域別に算定された実効税率が15%に達しない部分となる予定。なお、一定の調整には、税務会計と財務会計の間の通常の調整に加えて、有形資産の簿価及び支払給与額の5%(導入当初は各々、8%と10%)を除外して計算する見込み。 (2) 外国子会社合算税制の改正 3 改正提案の特徴と今後の見通し (1) GloBEルールの中から、所得合算ルール(IIR)の先行法制化 イ 経緯 国際合意を得たGloBEルールの中で国内法改正に係る項目は、IIRの外に同じ国内法ベースの軽課税所得ルール(UTPR)がある。2022年中にはOECDでの実施細目の検討は後者について進捗しておらず、実施細目検討が一巡した前者のみの提案となった(IIRについては、昨年12月20日に実施細目が公表されている)。 なお、最終親会社においてIIRの国際最低課税額算定の最終段階で控除対象となりうる適格国内ミニマム課税(QDMTT)については、詳細設計の途中から仕組みの検討が始まったこともあり、OECDではUTPRと合わせて実施細則を検討中であるため、我が国での法制化も来年以降に繰り延べられた。 (※) QDMTTの登場により、軽課税国の多く(本来の軽課税国だけでなく、高税率国でも税制優遇措置を備えている国を含む)が同制度を導入することが見込まれている。このため当初モデルで想定した税収のシフト(軽課税国から親会社所在地国へ)は限定的とみられている(注1)。 (注1) OECD”Economic Impact Assessment of the Two-Pillar Solution”(2023.1.18 Webinar)。 ロ 我が国の法制化の特徴 (イ) BEPSプロジェクトの推進国としての迅速対応 BEPSプロジェクトは、財務官を務めた浅川氏がOECD租税委員会議長就任当時に進展したこともあって、BEPS1.0(2013~2015:2015「最終報告書」)及びBEPS2.0(2016~2021:2021「二つの柱の最終合意」)を通じて、その審議過程と執行段階で我が国政府は、常に指導的な役割を果たしてきた。今回の制度化も、昨年12月に指令案を最終決定したEU等と並んで、BEPS2.0推進のリーダーシップを発揮したものと評価できる。大綱では、今年我が国がG7議長国を務める点も積極対応の背景として言及している (ロ) QDMTTの採用 QDMTTについては、29.7%と見積もられる我が国法人税実効税率の高さから、導入不要との見方もあったが、我が国でも租特の優遇措置で15%を下回る実効税率の法人も見込まれることから、外国親会社に合算されることによる歳入漏れを防止するために、導入する方針が明示されている。なお、QDMTTは内国法人の所得をもとに課税するためIIRやUTPRと異なり応益性が認められるとして、地方交付税方式の分配を前提とした地方法人税に含めた制度設計が予定されている。 ハ 残された法制化項目の見通し 第2の柱のうち法制化が繰り延べられた項目については、「令和6年度改正以降の法制化」で対応と大綱は示している。ただし、OECDでの施行目標(UTPRは2024年等)及び、IIRルールに係る詳細設計過程(2021年12月のモデルルール公表後、パブコメを経て1年で同ルールの実施細目の公表)に鑑みると、来年の制度化が有力と思われるので、大規模多国籍企業においては、OECDにおける詳細設計にはパブコメへの参加を含め、その進展に注目する必要がある。 (2) 外国子会社合算税制(CFC税制)の改正 イ 改正の背景 IIRを中心とするGloBEルールは、グローバルミニマム税を、①国・地域別の財務会計データを出発点に算定した実効税率計算に基づく上乗せ課税方式とし、②各国が施行しているCFC税制と併存するものとして、制度設計されている。 従来と異なる手法で、かつ、従来制度と併存する方式で国際合意がなされたため、新制度に伴い多国籍企業の親会社に発生する事務負担について、我が国産業界からは、早くから下記(イ)(ロ)の2点で強い懸念が表明されていた。 また、経済産業省の研究会も、簡素化の必要性を強調するとともに、IIR導入効果はCFC税制が予定した国際的租税回避防止機能と重複している点に鑑み、将来の両制度間での調整の必要性も指摘していた(注2)。 (注2) 経済産業省研究会報告「最低税率課税制度及び外国子会社合算税制のあり方について(2022.9)」11頁。 (イ) 国別実効税率の算定の新たな負担 法人課税の基幹ルールをなす法人単位での課税ベースや実効税率の算定方式(我が国CFC税制も同様)から、過去に経験のない国・地域別単位での課税ベース・実効税率計算方式が追加的に入ることによる事務負担増加への懸念である。 経団連からは、実効税率算定におけるセーフハーバーなどを含むIIRの簡略化の制度設計を求める要請が行われていた。 (ロ) 30%の実効税率を閾値とする特定外国関係会社課税(平成29年度導入)の負担 BEPS1.0の行動3勧告を受けた特定外国関係会社(ペーパーカンパニー等)のCFC税制への取込み改正は、適用除外となる実効税率が30%と高く設定されたため、我が国多国籍企業からは、ほとんどの海外関係会社が該当することとなり、ネガティブ・チェック目的で毎年のCFC税制申告のためのコンプライアンス業務が飛躍的に増加したとの不満が、連年寄せられていた(注3)。 (注3) この不満は、CFC税制の経済活動基準の合理化と並んで、毎年の経団連税制改正要望に反映されている(経団連「令和5年度税制改正に関する提言(2022.9)」33頁)。 この負担についての緩和なく、新たなIIR導入による業務が追加されることがないようにとの要望であった。 ロ 特定外国関係会社課税における閾値の引下げ 大綱は、CFC税制の租税回避要請措置としての重要性に鑑み、第2の柱の合意通り、IIRと併存するとの確認を行っている。IIRが、軽課税国へのBEPS防止を15%というグローバルミニマム課税により実現させ、昨今の「法人税率をめぐる底辺への競争」に終止符を打つことを目的としていることからすると、それとは独自に各国が租税回避目的で設定するCFC税制との統合論などは、視野にないことを確認したものと思われる。 改正案では、IIRの導入に伴う追加事務負担を軽減するため、ペーパーカンパニー対応の特例適用の閾値を従来の30%から27%に引き下げている。OECDの各国データ統計(注4)によれば、この税率引下げ範囲(27~30%)に自国の法人税率が入る国・州は、独、伊、韓国、米国(ニューヨーク州等)など我が国企業が関係会社を多数保有している国が含まれており、経済産業省の調査では、それらの関連法人が課税の検証対象から外れるため、一定の効果があるとしている。 (注4) OECD,”Tax Database key tax rate indicators”(2022.12) Table Ⅱ.1 Statutory Corporate Income Tax Rate。なお、当OECDデータでは、我が国からの直接投資が多いアジアの主要国は27%未満と報告されている。 なお、大綱では、CFC税制について「令和6年度税制改正以降に見込まれる更なる『第2の柱』の法制化を踏まえて、必要な見直しを検討する」としているが、どの方向での見直しになるのかは、現時点では明らかではない。 OECDも注目しているQDMTTの実施状況を含めて、新制度の執行でモニタリングする事項も多々あるため、予見はできないが、毎年のように経済活動基準などの適用要件に関して経済実態に即した改正要望を受けてきたCFC税制にとっては、GloBE税制の導入に伴うグローバルビジネスの変動等との調整も中期的な検討課題として避けられないと思われる。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第22回】 「個別分野別不当性要件の統一的解釈」 -ヤフー事件最判とユニバーサルミュージック事件最判- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前々回は、未処理欠損金額引継規定濫用[ヤフー]事件・最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁(以下「ヤフー事件最判」という)を「租税回避の意義と類型」に関して検討したが、今回は、組織再編成に係る行為計算否認規定(法税132条の2)の不当性要件についてヤフー事件最判が採用した判断枠組みと基本的には同じものと解される判断枠組みを、デット・プッシュ・ダウン(debt push down)借入利息損金算入否認[ユニバーサルミュージック]事件・最判令和4年4月21日民集76巻4号480頁(以下「ユニバーサルミュージック事件最判」という)が同族会社の行為計算否認規定(法税132条1項)の不当性要件について採用したものとする理解(個別分野別不当性要件の統一的解釈。拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【71】参照)の下に、両最判の判断枠組みを比較検討することにする。 なお、法人税法132条1項及び132条の2の定める「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」という要件は、「不当減少要件」(田中治「判批」税研224号(2022年)92頁)あるいは「不当減少性要件」(太田洋=増田貴都「判批」国際税務42巻7号(2022年)72頁、太田洋=伊藤剛志共編著『企業取引と税務否認の実務〔第2版〕』(大蔵財務協会・2022年)22頁[太田・増田執筆]、35頁[同])と呼ばれることもあるが、筆者は、従来から、上記の要件を「不当性要件」と「負担減少結果要件」に区分し、前者は、「不当に」という不確定法概念(前掲拙著【33】参照)に対する税法的評価を内容とする規範的要件であるのに対して、後者は、「通常用いられる、すなわち、正常な」行為計算によって生ずる法人税負担と「通常用いられない、すなわち、異常な」行為計算によって生ずる法人税負担との結果比較要件であると理解した上で、そのような用語法によっている(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)295-308頁[初出・2017年]参照)。 また、「判断枠組み」という語は、必ずしも一致した理解の下で用いられているとは限らないように思われるが、筆者はこの語を、規定ないし要件の解釈によって定立した規範を当該事案に適用するために行う判断の準則という意味で用いることにしている。 Ⅱ ヤフー事件最判とユニバーサルミュージック事件最判の判断枠組み まず、組織再編成に係る行為計算否認規定(法税132条の2)の不当性要件について、ヤフー事件最判は次のとおり判示したが(下線・【ⓐ】【ⓑ】【Ⓒ】筆者)、それは下線部ⓐⓑⒸから成る判断枠組みを示したものと解される。 次に、同族会社の行為計算否認規定(法税132条1項)の不当性要件について、ユニバーサルミュージック事件最判は次のとおり判示したが(下線・【㋐】【㋑】筆者)、それは下線部㋐㋑から成る判断枠組みを示したものと解される。 Ⅲ 租税回避の類型論・手段論・否認論の観点からの比較検討 1 不当性要件に関する2つの規範 不当性要件について、ヤフー事件最判は下線部ⓐで、ユニバーサルミュージック事件最判は下線部㋐で、それぞれ当該規定(法税132条の2、132条1項)の趣旨解釈によって、その意味内容(規範)を明らかにしている。なお、筆者は、規定の趣旨・目的を参酌して行う解釈を目的論的解釈と呼び(前掲拙著『税法基本講義』【45】参照)、これを趣旨解釈と基本的に同じ意味に理解しているが(金子宏「租税法解釈論序説-若干の最高裁判決を通して見た租税法の解釈のあり方」同ほか編『租税法と市場』(有斐閣・2014年)3頁、9頁以下における「趣旨解釈」も同様の理解に基づく用語法であると解される)、不当性要件の解釈に当たって、ヤフー事件最判が法人税法132条の2の「趣旨及び目的からすれば」と説示しているのと異なり、ユニバーサルミュージック事件最判が法人税法132条1項の「趣旨及び内容に鑑みると」(下線筆者)と説示していることから、ここでは趣旨解釈という用語を用いることにした。それは、目的規定と趣旨規定との(一応の)区別に関して後者を、「法律の内容を要約したもので、制定の目的よりも、その法律で定める内容そのものの方に重点がある」(坂本光「目的規定と趣旨規定/法律のラウンジ〔78〕」立法と調査282号(2008年)69頁)との理解の下で使用する用語法があることを考慮し、そのようなニュアンスを込めるためにそのようにしたものである。 ヤフー事件最判とユニバーサルミュージック事件最判はこのようにそれぞれ不当性要件の解釈によって規範を定立しているが、下線部ⓐで定立された規範は制度濫用基準と呼ばれ、下線部㋐で定立された規範は経済的合理性基準と呼ばれる(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第10回Ⅲ参照)。これらの規範は、一般化すれば、租税回避の類型別に定立された否認規範であるといえよう。すなわち、制度濫用基準は税法上の課税減免規定の濫用による租税回避に関する否認規範であり、経済的合理性基準は私法上の形成可能性の濫用による租税回避に関する否認規範であるといえよう(租税回避の類型論については第20回Ⅲ参照)。 2 私法上の形成可能性の濫用による租税回避と経済的合理性基準 租税回避について、伝統的には、主として私法上の形成可能性の濫用による租税回避という類型が、租税回避の定義に関連して、論じられてきた。例えば、金子宏教授は我が国の税法の代表的体系書『租税法』(弘文堂)の初版(1976年)以来第21版(2016年)まで租税回避の定義について基本的に次のような解説(次の引用は第21版125頁。下線筆者。初版では105頁参照)をしておられた。 この解説は、租税回避の定義について「課税要件アプローチと行為態様アプローチとの相互補完による定義」を示したものと解されるが、第22版(2017年)では次のとおり(126-127頁。下線筆者。第24版(2021年)では133-134頁)「行為態様アプローチによる定義」に依拠した解説の仕方に変更された(租税回避の定義アプローチについては第20回Ⅱ参照)。 このような解説の仕方の変更(筆者は解説内容の変更ではないと理解している)は、第22版で上記の定義の直後に租税回避の「類型」に関する次の解説(127頁。下線筆者。第24版では134頁参照)を挿入するために、行われたものと解される。というのも、租税回避の「類型」に関する次の解説は、行為態様アプローチによる定義と同じく、租税回避の「手段」に着目するものであるからである(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第10回Ⅱ参照)。 以上で引用した金子教授の各解説の中の下線部、すなわち、「私的経済取引プロパーの見地からは合理的理由がないのに、通常用いられない法形式を選択すること」(初版~第21版)、「私法上の形成可能性を異常または変則的な態様で利用すること(濫用)」(第22版~第24版)及び「合理的または正当な理由がないのに、通常用いられない法形式を選択すること」(同)はいずれも、表現の違いはあれ、最後の引用中の下線部にいう「私法上の形成可能性を濫用(abuse; Missbrauch)すること」すなわち私法上の形成可能性の濫用を意味するものである。 私法上の形成可能性は私的自治の原則ないし契約自由の原則の下で認められるものであることから、私法上の形成可能性の濫用は、私法上の形成(各種の経済取引等)に「私的経済取引プロパーの見地からは合理的理由がない」(初版~第21版下線部)ことと言い換えることができようが、そのことはまさしく経済的合理性基準の内容である経済的合理性の欠如を意味するのである。 要するに、私法上の形成可能性の濫用による租税回避は、私法上の形成に関する経済的合理性の欠如(経済的合理性基準)を定める明文の規定に基づき否認されることになるのであるが、そのような明文の否認規定のうち我が国で長い歴史をもつ同族会社の行為計算否認規定が定める不当性要件について、判例及び学説がその意味内容を経済的合理性基準として形成し展開してきたことは、我が国における租税回避論の到達点を示すものとして高く評価すべきである(判例及び学説における経済的合理性基準の形成・展開については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第35回参照)。 3 税法上の課税減免規定の濫用による租税回避と制度濫用基準 ところで、金子教授は、前記の最後の引用箇所の中で、租税回避のもう1つの類型として「租税減免規定の趣旨・目的に反するにもかかわらず、私法上の形成可能性を利用して、自己の取引をそれを充足するように仕組み、もって税負担の軽減・排除を図る行為」を挙げ、これも私法上の形成可能性の濫用によるものと解説しておられる。この解説はヤフー事件とりわけ同最判を契機として追加されたものと推察されるが、同最判とは租税回避の「手段」の捉え方を異にする(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第22回Ⅲ参照)。 ヤフー事件最判は、制度濫用基準を説示するに当たって、「組織再編税制に係る各規定」(具体的には資産の簿価や未処理欠損金額の引継ぎに係る課税減免規定)を租税回避の「手段」として捉えているのに対して、金子教授の上記解説は、それらの規定を充足するために利用される私法上の形成可能性を租税回避の「手段」として捉えている。つまり、ヤフー事件最判は租税回避の「直接的手段」に着目しているのに対して、金子教授の上記解説は租税回避の「間接的手段」に着目しているのである(第20回Ⅲ参照)。 租税回避の手段論の観点からのこのような比較検討を確認した上で租税回避の否認論の観点からの比較検討に移ると、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避の否認については、租税回避の「手段」に関する上記のいずれの捉え方に基づいても、法律構成をすることが可能である。すなわち、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避の否認に関するアプローチには、直接的手段否認アプローチと間接的手段否認アプローチがあり、後者は「間接的手段を否認した結果として直接的手段が否認される」という二段階の法律構成を採る点に着目すると二段階構成否認アプローチと呼ぶこともできよう(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第28回Ⅲ参照)。ここで注意すべきは、いずれのアプローチによって否認規定を解釈するにしても、その要件事実は否認の(直接的)対象となる「手段」に即して記述されるということである(この点については後の4参照)。 金子教授は、租税回避の否認について次のとおり述べておられること(第22版128頁。第24版では135頁)からすると、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避の否認については間接的手段否認アプローチ(二段階構成否認アプローチ)を採用する立場に立っておられるものと解される。 ヤフー事件最判も、確かに、次の判示のうち法人税法132条の2の趣旨(内容)に関する部分(筆者による下線部)からすると、間接的手段否認アプローチを採用するものと解することができそうであるが、それはその前の部分でいう「租税回避の手段」が「組織再編成」(前述の租税回避の手段論に即していえば組織再編成に係る私法上の形成可能性)であることを前提とした理解である。 しかし、ヤフー事件最判は、上記判示に続けて下線部ⓐで制度濫用基準を規範として定立するに当たっては、「租税回避の手段」が「組織再編税制に係る各規定」であることを前提にして不当性要件の解釈を行っていることからすると、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避の否認について直接的手段否認アプローチを採用したものと解するのが相当である。 そうであるからこそ、ヤフー事件最判は、「組織再編税制に係る各規定を租税回避の手段として濫用すること」による租税回避(組織再編成の分野における税法上の課税減免規定の濫用による租税回避)の否認要件としての不当性要件について、制度濫用基準という規範を定立した上で、その要件事実として下線部Ⓒを判示したものと解されるのである。この点については、次の4で引き続き検討することにする。 4 濫用要件(制度濫用基準)の要件事実と間接事実 ヤフー事件最判の判示のうち下線部Ⓒは、制度濫用基準にいう「濫用」の有無の判断に当たっては、「当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否かという観点から判断する」とするが、これは、制度濫用基準という規範を含む不当性要件(以下では「濫用要件」という)について、これを「濫用」に対する税法的評価を含む要件(規範的要件)とみて、その要件事実を示したものと解される(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第10回Ⅲ参照)。 下線部Ⓒは、これを分節すると、前半は「租税回避の意図」を、後半は「趣旨目的からの逸脱」をそれぞれ説示したものであるが(徳地淳=林史高「判解」最判解民事篇平成28年版84頁、110頁)、租税回避の意図については、下線部Ⓒの説示から明らかなように組織再編成という間接的手段に即して記述されており(このことの意味については後の6で更に検討する)、「客観的な事情から租税回避の意図があると認められれば足りると考えられ(・・・・・・)、前述[=下線部ⓑ]の①及び②の考慮事情において、法人の行為・計算が不自然であり、かつ、そのような行為・計算を行うことの合理的な理由となる事業目的等が存在しない場合には、上記の租税回避の意図の存在を推認し得るのが通常であると解されよう。」(同111頁。下線筆者)と解説されている。 この解説は、租税回避の意図が要件事実であり、下線部ⓑの①及び②の考慮事情が間接事実であるとの理解を前提とするものであると解される。ここで、租税回避の意図を濫用要件の要件事実とする理解は、次の解説(徳地=林・前掲「判解」110-111頁。下線筆者)から読み取ることができる。 この解説によれば、ヤフー事件最判は租税回避の意図を「制度の濫用と評価するために」要求したものと考えられていることから、租税回避の意図は、濫用要件という規範的要件の評価根拠事実としてその要件事実となると理解することができる。評価根拠事実とは、規範的要件において「規範的評価を成立させるためには、その成立を根拠づける具体的事実が必要である」(司法研修所編『増補 民事訴訟における要件事実 第一巻』(法曹会・1986年)30頁)が、そのような事実をいい、それが規範的要件の要件事実とされる(同31頁参照)。 そうすると、前記の解説において「法人の行為・計算が不自然であり、かつ、そのような行為・計算を行うことの合理的な理由となる事業目的等が存在しない場合には、上記の租税回避の意図の存在を推認し得るのが通常である」と解されるところの、下線部ⓑの①及び②の考慮事情は、租税回避の意図という評価根拠事実(要件事実)の主観的要素(主観的要件事実)に係る間接事実ということになると考えられるのである。 下線部Ⓒの前半で説示されている租税回避の意図は、このように下線部ⓑの①及び②の考慮事情から推認によって認定されるが、これだけで濫用要件の要件事実が認定されたことにはならず、これに加えて、趣旨目的からの逸脱(下線部Ⓒの後半)が認定されて初めて、濫用要件の要件事実が完全に認定されることになる。趣旨目的からの逸脱は、租税回避の意図が濫用の主観的要素であるのに対して、濫用の客観的要素ということができようが、この点はともかく、租税回避の意図と同じく濫用要件の評価根拠事実(要件事実)である。趣旨目的からの逸脱は、ヤフー事件最判が法人税法132条の「趣旨及び目的」を示している以上、これに照らして客観的に認定し得る事実(客観的要件事実)である。 ヤフー事件最判に関する以上の検討をまとめると、要するに、同最判は、法人税法132条の2の趣旨解釈によって不当性要件について下線部ⓐで制度濫用基準という規範を定立した上で、下線部Ⓒで濫用要件(制度濫用基準という規範を含む不当性要件)の評価根拠事実(要件事実)を示し、そのうち租税回避の意図という主観的要件事実を下線部ⓑの①及び②の考慮事情という間接事実から推認し、かつ、趣旨目的からの逸脱という客観的要件事実の認定と合わせて、濫用要件の要件事実を認定する、という判断枠組みを示したものと解される。 5 不当性要件(経済的合理性基準)の要件事実と間接事実 これに対して、ユニバーサルミュージック事件最判は、法人税法132条1項の趣旨解釈によって不当性要件について下線部㋐で経済的合理性基準という規範を定立し、下線部㋑でヤフー事件最判の下線部ⓑの①及び②の考慮事情と基本的に同じ考慮事情を判示している。 ここで両最判を比較してまず注目されるのは、ユニバーサルミュージック事件最判にはヤフー事件最判の下線部Ⓒに相当する判示がみられないということである。その理由は、両最判が定立した規範の違いにあると考えられる。つまり、下線部Ⓒは、前述のとおり、濫用要件という規範的要件の評価根拠事実(要件事実)を判示したものと解されるが、ユニバーサルミュージック事件最判は不当性要件という規範的要件について経済的合理性基準を規範として定立し、そこから経済的合理性の欠如という事実を評価根拠事実(要件事実)として導き出すことができるが故に、ヤフー事件最判の下線部Ⓒのような判示を必要としなかったと考えられるのである(経済的合理性の欠如を不当性要件の評価根拠事実とする理解については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第10回Ⅲ、前掲拙著『税法創造論』345-355頁[初出・2016年]参照)。 このことを判決文に即してみると、ヤフー事件最判は下線部ⓑの①及び②の考慮事情に関する説示をするに当たって、その前に「その濫用の有無の判断に当たっては」と述べ、そこで「(組織再編税制に係る各規定の)濫用」という、税法的評価を内容とする評価概念を用いたので、下線部Ⓒでその評価を成立させるための具体的事実(評価根拠事実)を説示し、これを要件事実として示す必要があったのに対して、ユニバーサルミュージック事件最判は下線部㋑の①及び②の考慮事情に関する説示をするに当たって、その前に「当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くものか否かの検討に当たっては」と述べ、そこで「当該一連の取引全体」の「経済的合理性」という、税法の適用・税法的評価を受ける前の(すなわちナマの)事実概念を用いたので、経済的合理性基準から直ちに経済的合理性の欠如という事実を評価根拠事実(要件事実)として導き出すことができたと考えられる。 このように考えると、下線部の㋑の①及び②の考慮事情は、経済的合理性の欠如という要件事実に係る間接事実として位置づけられることになろうが、そうすると、次のような疑問が生ずる。すなわち、ヤフー事件最判とユニバーサルミュージック事件最判とでは一見すると不当性要件に係る規範及び要件事実が異なるように思われるにもかかわらず、その間接事実はなぜ下線部ⓑの①及び②と下線部㋑の①及び②のとおり基本的に同じ考慮事情となるのか、という疑問が生ずるのである。この疑問を解消するために、次の6で、もう一度出発点に立ち返り、両最判が不当性要件の解釈によって定立した規範(制度濫用基準と経済的合理性基準)の関係について検討することとする。 6 制度濫用基準と経済的合理性基準との関係 ヤフー事件最判が制度濫用基準の要件事実として下線部Ⓒの中で説示した事実は、確かに、一見すると、経済的合理性基準の要件事実である経済的合理性の欠如とは関係のない事実であるように思われるかもしれない。 しかし、組織再編税制は、「近年、わが国企業の経営環境が急速に変化する中で、企業の競争力を確保し、企業活力が十分発揮できるよう、商法等において柔軟な企業組織再編成を可能にするための法制等の整備が進められてきている。」(税制調査会「会社分割・合併等の企業組織再編成に係る税制の基本的考え方」(平成12年10月3日)第一(1))ことを受けて、税制上も一定の組織再編成を経済的合理性のある行為として承認し、その承認のための適格要件を充足する組織再編成(適格組織再編成)について資産の譲渡損益の課税繰延べ、欠損金の引継ぎ等の措置を講じたものと考えられる。 したがって、下線部Ⓒの後半で説示された「組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様」の行為は、内容的には、経済的合理性のない行為を意味すると解される。つまり、適格要件は、組織再編成について税制の観点から「経済的合理性のある行為」と「経済的合理性のない行為」とを切り分けるための要件であるということができるのである。 要するに、下線部Ⓒの中で説示された事実は、前述のとおり、濫用要件の要件事実であるが、この事実は、私人の実際の経済生活における多種多様な経済活動のうち組織再編成という活動の場面における経済的合理性を前提にして、そのような経済的合理性の欠如を示す事実であると解されるのである(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第10回Ⅲ参照)。 そうすると、制度濫用基準は、経済的合理性基準の一場合ないし組織再編成の分野における経済的合理性基準の現れであるといってよかろう。これを経済的合理性の欠如という要件事実の観点から表現すれば、経済的合理性基準は、経済的合理性というナマの事実概念(前記5参照)を前提として、ナマの経済的合理性の欠如を内容とする規範であるのに対して、制度濫用基準は、ナマの経済的合理性をそのままではなく組織再編税制の趣旨・目的の「フィルター」を通して法定した各規定(組織再編税制に係る各規定)の濫用を内容とする規範であるといえよう。 ナマの経済的合理性は、税法の適用・税法的評価を受ける前のいわば税法外在的概念であることから、前者を税法外在的経済的合理性基準と呼ぶとすれば、後者はナマの経済的合理性を政策的に課税要件の中に取り込み要件化したもの(経済的合理性の内在化立法)であるから、これを税法内在的経済的合理性基準と呼び、両者を合わせて広義の経済的合理性基準と呼ぶことができよう(前掲拙著『税法基本講義』【71】、拙著『税法の基礎理論』(清文社・2021年)第2章第3節【後記】参照)。 制度濫用基準と経済的合理性基準との関係を以上のように理解するに当たって、両者を媒介・連結する論理は、ヤフー事件最判の下線部Ⓒの中で説示された要件事実のうち租税回避の意図という主観点要素(主観的要件事実)が、租税回避の手段のうち組織再編成という間接的手段に即して説示されている点(前記4参照)に、見出すことができるように思われる。というのも、その間接的手段は、既に前記3でみた租税回避の手段論に即していえば、組織再編成に係る私法上の形成可能性であるが、私法上の形成可能性の濫用は、既に前記2でみたように、経済的合理性基準の内容である経済的合理性の欠如を意味するからである。つまり、制度濫用基準と経済的合理性基準とは、ヤフー事件最判の下線部Ⓒの前半で説示された租税回避の意図(「組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したもの」)によって、媒介・連結されていると考えられるのである。 Ⅳ おわりに 以上を要するに、ヤフー事件最判及びユニバーサルミュージック事件最判によって、組織再編成の分野と同族会社の分野において、租税回避の否認要件としての不当性要件は、広義の経済的合理性基準の枠内で統一的に解釈され(個別分野別不当性要件の統一的解釈)、それぞれの規範(制度濫用基準と経済的合理性基準)の適用のために基本的には同じ内容の判断枠組みが形成されたといってよかろう。 租税回避の類型については、既に述べたように(前記Ⅲ2参照)、伝統的には、主として私法上の形成可能性の濫用による租税回避が論じられてきたが、判例における個別分野別不当性要件の統一的解釈に基づく判断枠組みの形成過程においては、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避に関する最高裁の判断がヤフー事件最判において先行した。このことは、近時の租税立法における経済的合理性の内在化立法の増加による課税要件法の「変質」を受けて租税回避の「変容」が徐々に明らかになり実際上問題化してきたこと(前掲拙著『税法創造論』273-277頁[初出・2017年]参照)による面もあろうが、ただ、ヤフー事件最判も、同族会社の行為計算の否認規定に関する判例及び学説における経済的合理性基準の形成・展開(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第35回参照)を踏まえたものであると解されること(同第10回Ⅲ参照)からすると、ユニバーサルミュージック事件最判がヤフー事件最判の判断枠組みと基本的には同じ内容のものと解される判断枠組みを採用したことも、その形成・展開の延長線上に位置づけられよう。 もっとも、ユニバーサルミュージック事件最判が定立した経済的合理性基準については、同事件に関する地裁や高裁の判断(その検討については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第37回~第41回参照)を踏まえると、従来の判例における経済的合理性基準と比べて新たな観点から検討することができるように思われる。その検討は、別の機会に、「経営判断原則と租税法判断-租税回避否認要件に係る経済的合理性基準の研究-」(仮題)と題する論文において行うことにする。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例118(消費税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆基準期間(消法2①十四) 個人事業者についてはその年の前々年をいい、法人についてはその事業年度の前々事業年度(その前々事業年度が1年未満である法人については、その事業年度開始の日の2年前の日の前日から同日以後1年を経過する日までの間に開始した各事業年度を合わせた期間(※))をいう。 (※) 具体例(令和5年3月期の前々事業年度が1年未満の基準期間の判定) ・その事業年度開始の日:令和4年4月1日 ・2年前の日の前日:令和2年4月1日 ・同日以後1年を経過する日:令和3年3月31日 ⇒令和2年4月1日から令和3年3月31日までに開始した事業年度を併せた期間が基準期間になる。なお、これにより基準期間が1年でない法人は、1年換算する必要がある。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第69回】 「相続発生後に賃貸併用住宅を建て替えた場合における 小規模宅地等の特例の適用の可否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(相続開始は令和5年1月21日)は、賃貸併用住宅(区分所有登記はされていません)とその敷地であるA土地を所有し、1階から4階までを賃貸用(8部屋で各部屋の床面積は同一、そのうちの4部屋は令和3年から空室で募集もしていません)として5階部分を甲とその配偶者である乙及び長男である丙の居住の用に供していました。 甲の相続人は乙及び丙の2人ですが、全ての財産及び債務は丙が承継しています。 賃貸の用に供して50年以上経過し建物も老朽化してきたため、相続によりA土地及び賃貸併用住宅を承継した丙は建替えを行うことにしました。建替え後の建物は、1階から3階までを賃貸用(6部屋で各部屋の床面積は同一)として4階は乙の居住用として、5階は丙の居住用として利用することになっています。 丙は、令和5年9月に工事請負契約を締結し、賃借人には立退料を支払い、10月中に建物の取り壊しを行っていますが、相続税の申告期限において建物は未完成です。 この場合におけるA土地に係る小規模宅地等の特例の適否はどうなりますか。 なお、甲はA土地及び建物以外は貸付事業を行っていませんので、事業的規模以外の貸付事業に該当します。 【工事請負契約の内容】 [A] 小規模宅地等の特例の適用は、下記のとおりとなります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 一時的に賃貸されていなかったと認められる部分がある場合における貸付事業用宅地等の特例の適用 貸付事業用宅地等の特例については、課税時期の直前において貸付事業の用に供されていない部分は認められませんが、一時的に賃貸されていなかったと認められる部分については、貸付事業用宅地等に該当するものとされています(措通69の4-24の2)。 国税庁からの情報(資産課税課情報第9号 令和3年4月1日(事例6) 共同住宅の一部が空室となっていた場合(参考))においては、空室部分の特例が認められる場合として、下記のとおり説明がなされています。 (下線部は筆者による) 本問の場合においては、8部屋中4部屋については、長期間空室で入居者を募集していませんので、貸付事業用宅地等に該当しないことになります。したがって、相続開始直前において貸付事業の用に供されていた宅地等は、40㎡(80㎡×4/8)となります。 2 申告期限までに事業用建物等を建て替えた場合における小規模宅地等の特例の適用 特定居住用宅地等の特例で同居親族が取得した場合には、相続税の申告期限までの居住継続要件があります(措法69の4③二イ)。また、貸付事業用宅地等の特例にも相続税の申告期限までの貸付事業の継続要件があります(措法69の4③四)。 したがって、相続後、相続税の申告期限までの間に事業用又は居住用の建物等の建替えを行った場合には、上記の要件を満たさず、特例の適用を受けることができなくなってしまいます。 しかしながら、事業や居住の継続の観点から一時点で判断することは適当ではありませんので、相続税の申告期限までの間に建替え工事に着手された場合には、租税特別措置法関係通達69の4-19において救済措置があります。その内容は下記のとおりとなります。 租税特別措置法関係通達69の4-19(申告期限までに事業用建物等を建て替えた場合) (下線部分は筆者加筆) 上記通達の留意点は、下記のとおりとなります。 (1) 通達の緩和措置がある要件 上記通達で緩和措置があるのは、相続税の申告期限までの事業継続要件又は居住継続要件となりますので、具体的には下記のとおりとなります。 特定居住用宅地等の特例における配偶者及び別居親族については、相続税の申告期限までの居住継続要件はありませんので、準用の取扱いはありません。 (2) 適用範囲 小規模宅地等の特例は、相続開始の直前において、被相続人又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等を対象としています(措法69の4①)。この相続開始の直前の要件を満たしているもののうち、事業の用又は居住の用に供されると認められる部分についてのみ適用を受けることができます。 例えば、相続開始の直前において、事業の用に供されていた宅地等の面積が50㎡で相続後の建替えで事業の用に供される見込みの宅地等の面積が70㎡である場合には、50㎡のみが特例の対象になります。反対に事業の用に供されていた宅地等の面積が80㎡で相続後の建替えで事業の用に供される見込みの宅地等の面積が60㎡である場合には、60㎡のみが特例の対象になります。 すなわち、相続開始の直前の事業の用に供されていた宅地等の面積を限度として、事業継続が認められる部分が特例の対象となります。 (3) 租税特別措置法関係通達69の4-5との違い 租税特別措置法関係通達69の4-5(事業用建物等の建築中等に相続が開始した場合)の取扱いについては、前回解説をしていますが、相続開始前に建替えを行った場合の救済措置であるのに対して、本問は相続開始後に建替えを行った場合の救済措置となります。 前者が相続開始時点における工事請負契約で建築される建物の利用見込状況に応じて判定することになるのに対して、後者は相続開始直前における建物の利用状況及び建替え後の建物の利用見込状況に基づき判定されます。 3 本問の場合の当てはめ (1) 特定居住用宅地等の特例の適用面積 相続開始の直前において居住の用に供されていた宅地等の面積(20㎡)と建替え後の居住用部分の宅地等の面積(40㎡)のいずれか低い方が特定居住用宅地等の特例の適用面積となります。 (2) 貸付事業用宅地等の特例の適用面積 相続開始の直前において貸付事業に用に供されていた宅地等(40㎡)と建替え後の貸付事業用宅地等(60㎡)のいずれか低い方が貸付事業用宅地等の特例の適用面積となります。 ★実務上のポイント★ 相続開始前に建て替えた場合(【第68回】で解説)と相続開始後に建て替えた場合(本問で解説)で取扱いが異なりますので、それぞれで適用される通達と特定居住用宅地等及び貸付事業用宅地等の要件等を確認しておきましょう。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第9回】 「租税条約上の情報交換(地判平29.2.17)(その2)」 ~日星租税協定26条1項及び3項、日蘭租税条約25条1項及び3項、新国税通則法74条の11第1項及び第6項~ 大阪芸術大学教授・米国公認会計士 原 光代 6 争点 原告は、他国から要請があれば相手国は情報収集・提供義務を負い、原告に対して情報の開示を法的に強制するため、日本の情報要請は処分であるとして情報要請の取消しを求めたが、被告は、情報要請は行政機関同士の行為で処分性はなく、取消請求の対象にはならないとした(処分性の有無)。 原告は、投資運用内容詳細や顧客等の情報はみだりに他人に知られたくないもので、それら情報の開示を義務付けられるとプライバシー侵害の現実的危険性が迫ると主張したが、被告は、国税庁に提供される情報には守秘義務が課され、税務申告の適法性を確認するためだけに使用されるから、原告の権利や法的地位に影響は及ぼさないとした(確認の利益の有無)。 原告は、シンガポールへの情報要請は調査範囲を逸脱した情報漁りであると主張した。これに対し被告は、要請情報は全て確認すべき関連性のある情報とした(非関連情報か)。また、本件情報要請は租税条約の適用を除外される情報か(国内入手不能情報の要請、情報入手手段を尽くさずに行われ又は既に我が国で得た情報の要請か)、原告らに国家賠償請求権はあるかが争われた。 7 東京地裁判旨 情報要請行為は、被要請国の権限ある当局を名宛人として職務権限の行使を依頼するもので、国民を名宛人とするものではなく、本情報要請に処分性は認められない。他の行政機関に対する内部的な依頼に類似する行為は、それ自体、国民や外国法人に何らかの作用や法律上の効果を及ぼすものではない。要請に応じるか否かは被要請国の権限ある当局の判断に委ねられ、当然に被要請国が要請情報を提供すべきとはならない。被要請国が関係者から情報を取得する必要がある場合でも、任意の方法によるか、強制的行為に出るかは同国当局の合理的裁量に委ねられ、被要請国が関係者に必然的に義務を課すとは言えない。 確認の利益の有無に関しては、情報要請は所得税調査の一環として行われ、情報が取得されてもその利用が当然に夫婦等への更正処分になるわけではないから、原告らの課税関係に係る法的地位に現実の危険は及ぼさない。要請情報は、我が国が国内法令に基づいて入手した情報と同様に秘密として取り扱われ、行政機関の職員が入手しても、第三者に流布され当該関係者の権利利益が侵害される可能性は想定し難い。情報取得に行政目的上の客観的な必要性が認められるなら、被告がそれを利用することは、直ちにプライバシーを侵害するものではない。非関連情報かについては、本件税務職員の判断は、その情報としての必要性と、原告らの私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまり違法はない。 国内入手不能情報の要請かについて、税務職員は、我が国の法令下又は行政の通常運営では入手できない情報を他国に要請してはならない。要請国と被要請国における情報入手の手続き上の負担の相違に着目して、被要請国で手続き上の負担が重い情報は、要請国の国内入手不能情報に該当するといった解釈を採れば、情報関係者は自身にとって不都合な情報は、その入手のための手続き上の負担が重い国に移してしまえば租税条約に基づく情報交換を免れ得ることになり、情報交換制度の趣旨目的が骨抜きとなる。 更正決定等をしない旨の通知後における本件各情報要請継続の適否については、本件所得税調査は経過措置調査等に該当するから、新通則法74条(※3)の適用はなく、その時点で一旦調査が終了したことにはならない。 (※3) 国税通則法 各情報要請が情報入手手段を尽くさずに行われ又は既に我が国で得た情報を要請したかについて、調査対象は調査に協力的であったとはいえず、我が国の租税法を適正に執行するため情報要請は必要であった。 原告らの国家賠償請求権の有無については、各要請に国賠法上の違法はない。 8 結語 租税条約に基づく協力体制の確立は、租税回避対策、税収確保という観点から重要である。他方、過度な情報要請により納税者のプライバシー等が侵害されると世界展開を図る企業や個人の動きは失速する。本件で租税条約上の情報交換は行政機関同士の行為と位置づけられたが(※4)、行政当局は今後も合理性のある情報交換を行い、国際ビジネスの展開を阻まない姿勢は必要であると考える。 (※4) 本判決には浅妻章如氏の評釈がある。「-租税協定・租税条約による情報交換要請の取消し等の可否-平成29年度重要判例解説」(ジュリスト1578号、203頁) (了)
〔具体事例から読み取る〕 “強い”会社の仕組みづくりQ&A 【第12回】 (最終回) 「売上高、売掛金及び棚卸資産に係る業務プロセスの潜在リスクと対応策」 米国公認会計士・公認内部監査人 打田 昌行 ◆◇ 解 説 ◇◆ 1 不備発生の現状の把握 日本の上場会社の多くが、自社の内部統制は有効である旨を報告するが、残念ながらすべての上場会社のうち、概ね3%程度の会社は自社の内部統制の有効性を宣言することができず、不備の改善に向けた努力を払わなければならない。これは概ね、毎期の趨勢であり、現状でもある。 上記【Q】での懸念のとおり、取引所の厳しい審査を経て上場を果たしたにも関わらず、不備の発覚と金融機関をはじめとした取引先からの信頼失墜によって資金調達が困難となり、改善計画の立案と改善着手に至らず、上場廃止となって事業活動の休止に追い込まれる会社も実際に存在している。なにもこうしたことは小規模な会社ばかりに限ったことではない。例えば、株式会社東芝は粉飾決算が2015年に発覚し、上場廃止にまで追い込まれたことは、周知の事実である。 2 業務を実施する上で配慮すべきリスクと対応策 グループ会社を想定した場合、事業拠点は複数存在するはずであり、連結ベースによる売上高(内部取引の連結消去前)の概ね上位3分の2に含まれる拠点が、内部統制報告制度上の重要な拠点として評価の対象となる。 さらに、そのグループ会社が一般的な事業会社の場合、企業の事業目的に大きく関わる売上高、売掛金及び棚卸資産(在庫)に係る業務プロセスが、内部統制報告制度に基づき評価される。今回は、この一般的な事業会社を前提に、業務プロセスに潜在するリスクを炙り出し、対応策として求められるコントロールを考える。 (1) 売上高に係る業務プロセスに潜むリスク 毎期の内部統制報告書の全体の流れを見る限り、最も注意すべきは収益認識のタイミングである。架空売上や早期売上に注意を払うべきであり、主なリスクは次のように整理できよう。 (2) 売掛金に係る業務プロセスに潜むリスク 売掛金の定期的な回収は、ビジネスを安定的に運用するための運転資金として極めて重要な位置を占める。正確な仕訳の計上、残高の管理、異常値の検証など、内部統制上重要な論点を構成するリスクを含む。 (3) 棚卸資産に係る業務プロセスに潜むリスク 商品・製品は、販売されて初めて原価を回収でき、利益を実現できる。したがって、倉庫に眠る棚卸資産は会社の利益の源泉に他ならず、盗難や破損などのリスクに対して適切な管理が求められる。そのため、次のようなリスクに対抗するための手続を整備、運用する必要がある。 (連載了)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第7回】 「金融商品に関する注記②」 -金融商品の時価等に関する事項- 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表における金融商品に関する注記の金融商品の時価等に関する事項について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 原則として、金融商品に関する貸借対照表の科目ごとに、貸借対照表計上額、貸借対照表日における時価及びその差額を注記します。ただし、現金及び短期間で決済されるため時価が帳簿価額に近似するものについては、注記を省略することができます。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような注記が考えられます。 【連結注記表】 【個別注記表】 2 注記事項の解説 (1) 金融商品に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、重要性が乏しいものを除き、連結注記表・個別注記表で記載すべき金融商品に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第109条第1項)。 (※1) 連結注記表を作成する株式会社は、個別注記表における注記を要しません。 (※2) 連結計算書類の作成義務のある会社(会社法第444条第3項に規定する株式会社)以外の株式会社は注記を省略することができます。 (※3) 具体的な注記の内容は、企業会計基準適用指針第19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針」を参考にし、各社の実情に応じて、必要な記載をすることになります。 (2) 注記事項の解説 「金融商品の時価等に関する事項」の注記内容は、企業会計基準適用指針第19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針」第4項で定められており、量が多いのでここでの解説は割愛します。 ただ、1つ注意してもらいたいのが、時価と帳簿価額が近似するものの注記の取扱いが明確になったという改正が直近であったことです。具体的には、第4項(1)に次の赤字部分の文章が追加されています。 (※) 2019年7月4日改正時の新旧対照表より抜粋(朱記は筆者が加筆) この改正は、2021年4月1日以後開始する連結会計年度から適用されます。 そのため、従来は貸借対照表計上額と時価に同じ金額を記載し、差額欄にバーを記載する注記事例が多かったですが、改正後は、注記を省略する旨を記載することで表から項目を削除することができるようになります。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 なお、今回のテーマの「金融商品の時価等に関する事項」と前回(第6回)のテーマの「金融商品の時価の適切な区分ごとの内訳等に関する事項」は、双方同じ科目について注記する必要があるため、前回と同じ会社の注記を紹介します。前回の注記科目と今回の注記科目及び金額が整合していることも確かめてみてください。 [三菱食品株式会社 2022年3月期 連結注記表] ※三菱食品株式会社「法令及び定款に基づくインターネット開示事項」6頁より抜粋。 [TAC株式会社 2022年3月期 連結注記表] ※TAC株式会社「第39回定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」14頁より抜粋。 [TAC株式会社 2021年3月期 連結注記表] ※TAC株式会社「第38回定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」11~12頁より抜粋。 * * * 次回の第8回は、「金融商品に関する注記③-金融商品の状況に関する事項」をテーマに解説します。 (了)
フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第62回】 「減損損失注記」 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 【はじめに】 今回は、減損損失注記について解説する。 ※各ステップをクリックすると、それぞれのページに移動します。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 減損損失を計上した場合、有価証券報告書上、注記する必要がある(財務諸表等規則95の3の2、連結財務諸表規則63の2)。そのため、子会社を含めて減損損失を計上した資産又は資産グループについて、注記のために情報を収集する必要がある。 なお、計算書類では、必ずしも注記は求められていないが、重要性に応じて、追加情報として注記することが考えられる。 減損損失を計上した場合、資産又は資産グループごとに以下の事項を注記する。なお、重要性が乏しい場合は、注記を省略することができる。 【事例】(株)ビックカメラ(2022年8月期 有価証券報告書) * * * 以上、2つのステップをまとめたフロー・チャートを再掲する。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (了)
〔相続実務への影響がよくわかる〕 改正民法・不動産登記法Q&A 【第14回】 「所在等が不明な共有者がいる場合の共有物の変更・管理の方法と手続」 司法書士 丸山 洋一郎 弁護士 松井 知行 【Q】 改正により、所在等が不明な共有者のいる場合の共有物の変更・管理ができるようになるとのことですが、それはどのような方法なのでしょうか。教えてください。 【A】 他の共有者が申立てをして、所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判がなされれば、①所在等不明共有者以外の共有者全員の同意により共有物に変更を加えることや、②所在等不明土地共有者以外の共有者の持分の価格の過半数により管理に関する事項を決定することができる。 -《解説》- 1 改正の経緯 共有者は、他の共有者全員の同意を得なければ、共有物に変更を加えることができないとされているところ(現行民法第251条)、共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない場合(以下、このような共有者を「所在等不明共有者」という)には、その同意を得ることができないため、共有物に変更を加えることはできなくなってしまう。 また、共有物の管理に関する事項は、共有者の持分の価格の過半数で決定されるところ(現行民法第252条)、共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない場合には、その共有者の持分の価格によっては、管理に関する事項を決定することができなくなってしまう。 そして、これらの場合には、共有物の変更や管理に関する事項の決定ができない結果、共有物の使用が阻害される事態が生じるおそれがある。 このような場合の対応として、現行民法では、不在者財産管理制度を利用し、裁判所が選任した不在者財産管理人と他の共有者との間で協議し、管理人の同意を得るという方法があるが、これについては、事実上、選任を求めた他の共有者が不在者財産管理人の報酬等を負担せざるをえないことや、共有者が不特定である場合には不在者が特定できず不在者財産管理人を選任できないこと等の問題があった。 そこで、今回の改正により、共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、裁判所の決定により、①所在等不明共有者以外の共有者全員の同意により共有物に変更を加えることや、②所在等不明土地共有者以外の共有者の持分の価格の過半数により管理に関する事項を決定することができるものとされた(新民法第251条第2項、同法第252条第2項第1号)。 2 要件等 (1) 請求権者 所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判の申立てをすることができるのは、対象となる共有物について持分を有する共有者である(新民法第251条第2項、同法第252条第2項)。 (2) 要件 所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判の要件は、「共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき」である(新民法第251条第2項、同法第252条第2項第1号)。 なお、所在等不明共有者がいる場合の共有物の管理者による変更の裁判(新民法第252条の2第2項)においては、「共有物の管理者が共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき」が要件とされている。 まず、“共有者が他の共有者を知ることができないとき”とは、他の共有者の氏名・名称などが不明であり、特定することができないときをいうと考えられる。 次に、“共有者が他の共有者の所在を知ることができないとき”とは、「他の共有者」が自然人である場合には、他の共有者の住所・居所を知ることができないときをいうと考えられる。また、「他の共有者」が法人である場合には、①他の共有者の事務所の所在地を知ることができず、かつ、②他の共有者の代表者の氏名等を知ることができないとき又はその代表者の所在を知ることができないときをいうと考えられる。 (3) 対象となる共有物等 所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判は、共有物の変更・管理に関するルール(新民法第251条第1項、同法第252条第1項)の例外を定めるものである。 そのため、当該ルールが適用又は準用される共有物等であれば、所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判の対象となりうると考えられる。 したがって、不動産以外の共有物や準共有状態の権利も対象となり、また、相続を原因として共有に至った場合にも適用されると考えられる。他方で、例えば、組合の業務執行(民法第670条)のルールが適用される組合財産(民法第668条)の変更・管理については対象とならないと考えられる。 (4) 対象となる行為 ア 所在等不明共有者以外の共有者による変更の裁判 所在等不明共有者以外の共有者による変更の裁判において対象となるのは、共有物に変更を加える行為である。例えば、土地を農地から宅地に造成することや、借地権を設定することは対象になると考えられる。 他方で、共有持分の譲渡や共有持分への抵当権の設定など、共有者が共有持分を喪失することとなる行為については、共有物に変更を加える行為には含まれず、対象とはならないと考えられる。 イ 所在等不明共有者以外の共有者による管理の裁判 所在等不明共有者以外の共有者による管理の裁判において対象となるのは、共有物の管理に関する事項である。共有物の形状や効用に著しい変更を伴うものや共有者が共有持分を喪失することになるものは、対象とならないと考えられる。 3 手続の流れ (1) 申立て・証拠提出 所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判は非訟事件であり、管轄裁判所は、共有物(所有権以外の財産権の準共有持分に関する裁判の場合は当該財産権)の所在地を管轄する地方裁判所とされている(新非訟事件手続法第85条第1項)。 そして、申立てをする際には、加えようとしている変更や、決定しようとする管理事項を特定する必要があるとされている。 また、上記2(2)のとおり、所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判を受けるためには、「共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき」という要件を満たしている必要があるため、申立てにあたり、このような要件を満たすことを証明するための証拠資料を提出する必要がある。この要件に関しては、例えば、不動産の場合には、裁判所に対し、登記簿上共有者の氏名等や所在が不明であるだけではなく、住民票調査など必要な調査を尽くしても氏名等や所在が不明であることを証明することが必要であるとされているため、このような証明に必要な資料を準備する必要がある。 (2) 公告・異議届出期間の経過 所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判については、裁判所は、以下の①~③の事項を公告し、かつ、②の期間が経過した後でなければ裁判をすることができないとされている(新非訟事件手続法第85条第2項)。なお、②の異議届出期間は1ヶ月を下回ってはならないとされている(新非訟事件手続法第85条第2項後段)。 【公告事項】 (3) 所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判 裁判所は、公告を実施し、所定の異議届出期間が経過した結果、申立てのあった共有者が所在等不明共有者であると認定した場合には、所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判をすることになる。 この裁判は、申立人に告知しなければならない(非訟事件手続法第56条第1項)。他方、所在等不明共有者に告知する必要はないとされている(新非訟事件手続法第85条第6項) 所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判は、確定しなければ効力を生じないものとされている(新非訟事件手続法第85条第5項)。そのため、裁判に対し即時抗告がなされた場合には裁判は確定せず、その時点では効力を生じないが、即時抗告がなされないまま即時抗告期間が満了した場合には裁判が確定し効力を生じることになる。 所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判に対しては、当該裁判により権利を害されることとなる所在等不明共有者が即時抗告をすることができる(非訟事件手続法第66条第1項)。上記のとおり、所在等不明共有者に対しては裁判の告知をする必要はないとされているところ、裁判の告知を受けない者の即時抗告の期間は、申立人が告知を受けた日から進行するとされているため(非訟事件手続法第67条第3項)、裁判の告知を受けない所在等不明共有者の即時抗告の期間は、申立人が告知を受けた日から進行し、その期間は2週間の不変期間となる(非訟事件手続法第67条第1項)。 (4) 所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の決定・実施 所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判が確定し効力が生じたときでも、実際に共有物に変更を加えたり共有物の管理に関する事項を決定したりするためには、別途、所在等不明共有者以外の共有者全員の同意や、所在等不明共有者以外の共有者の持分の過半数による決定が必要となる。 4 裁判がなされた後に所在等不明共有者の所在等が判明した場合 所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判がなされた後に、所在等不明共有者の所在等が判明した場合であっても、裁判は有効に成立している以上、当該裁判に基づいて実施された共有物の変更や管理は適法である。 もっとも、所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判に基づく変更行為・管理行為は、あくまでも共有者の所在等が不明であることを前提になされるものであることから、例えば、所在等不明共有者以外の共有者による変更・管理の裁判がなされた後、変更行為や管理行為が実施される前に、所在等不明共有者とされた共有者の所在等が判明したにもかかわらず、当該共有者の同意を得ることなくその他の共有者のみで変更行為や管理行為を実施することは、信義則違反又は権利の濫用に該当するものとして違法となりうると考えられる。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例79】 株式会社TOKAIホールディングス 「特別調査委員会の調査報告書公表に関するお知らせ」 (2022.12.15) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社TOKAIホールディングス(以下「TOKAI」という)が2022年12月15日に開示した「特別調査委員会の調査報告書公表に関するお知らせ」である。特別調査委員会から受領した、同社の前代表取締役社長である鴇田勝彦氏(以下「鴇田氏」という)による不適切な経費の使用に関する調査報告書(以下「報告書」という)を公表している(同報告書に一部誤りがあったため、その後2022年12月28日に「(訂正)『特別調査委員会の調査報告書公表に関するお知らせ』の一部訂正について」を開示)。 2 クーデター 始まりは、2022年9月15日に開示された「代表取締役の異動に関するお知らせ」である。代表取締役が鴇田氏から小栗勝男氏へ交代するという内容なのだが、その「異動の理由」の記載は次のとおりである。 報告書には、次のとおり鴇田氏の解職動議が提出された際の様子が記載されている(報告書51頁。「C1氏」は鴇田氏)。いわゆるクーデターである。なお、特別利害関係人である同氏を除く取締役全員の賛成により可決されている(報告書59頁)。 解職の理由は「不適切な経費の使用」とされており、今回の開示は、これを調査するために設置された特別調査委員会の調査報告書を公表したものである。なお、特別調査委員会を設置し、2022年9月22日に「特別調査委員会の設置に関するお知らせ」が開示されたが、その後、委員の交代があり、2022年10月11日に「特別調査委員会の構成の一部変更に関するお知らせ」が開示されている。 3 クーデターによって得た地位を 鴇田氏は、2002年9月、当時のTOKAIの代表取締役社長に求められ、同社顧問となり、その後、2003年6月に同社代表取締役副社長、2005年6月に同社代表取締役社長兼最高経営責任者(COO)に就任している(報告書27頁)。そして、次のような経緯で会社内での地位を固めた(報告書27~28頁。注記は省略。「C1氏」は鴇田氏、「E5氏」は、同氏を同社に迎え入れた当時の代表取締役社長)。 これらも、交代というよりも排除だが、クーデターといえる。これらのクーデターの首謀者が鴇田氏か否かは不明だが(しかし、最も得をしたのは同氏)、少なくともそれらに加担することにより自身の地位を盤石なものとした。しかし、今回、皮肉にも自身もクーデターにより地位を追われることになったのである。 4 クーデターの原因 報告書には「不適切な経費の使用」の実態が記載されているが(報告書59~112頁)、鴇田氏の非常識さは目に余るものがある。また、ほかにもコンパニオンとの混浴(報告書112~118頁)など非常識な行為が記載されている。そうした非常識さは、官僚(現在の経済産業省出身)からそのまま民間企業の経営者になってしまったことや、年齢による(おおらかな時代の価値観のまま)のかもしれない。 しかし、今回のクーデターの原因は、そうした鴇田氏の非常識さだけではない。本来であれば、クーデターに至る前に、他の取締役は同氏を監督し(会社法362条2項2号)、その非常識な行為を改めさせるべきである。しかし、それが困難であったため、クーデターとならざるを得なかったのだろう。 鴇田氏はワンマン社長で、他の取締役は同氏に逆らうことができなかった(報告書132~133頁)。ワンマン社長の権力の源泉は、人事と報酬の権限を握っていることである。逆らったら、クビあるいは降格になる、報酬が下がるとしたならば、誰も逆らうことができない。鴇田氏も人事と報酬の権限を握っていたのである(報告書28~31頁)。 さらに鴇田氏の独裁には終わりが見えなかったのである。本来は2016年6月の定時株主総会終了後に定年になるはずだったが、次のとおり定年がなくなってしまったのだ(報告書31~32頁。注記省略。「C1氏」は鴇田氏)。なお、取締役会で決議されているのは、誰も逆らえなかったからだろう。 やりたい放題の居心地の良い地位を手放したくはないだろう。しかし、鴇田氏の権力は絶対的なものではなかった。同氏の持株比率は0.27%ほどにすぎないため(第11期有価証券報告書)、いつでも取締役会で解職される可能性はあったのである。 代表取締役に人事と報酬の権限が与えられている会社は多いが、そうした会社では、代表取締役が大株主でもない限り、今回のようなクーデターが生じる可能性があるといえる。全ての場合ではないが、クーデターも、企業統治が機能した形の1つであると思われる。しかし、もとよりクーデターに至る前に手が打たれるべきである。2022年12月23日に開示された「再発防止策及び関係者の処分に関するお知らせ」には再発防止策が記載されているが、その中で最も重要なのは「指名・報酬委員会における決定プロセスの透明化」だろう。これまでは機能していなかった指名・報酬委員会をきちんと機能させるようにしないと、またいつかクーデターが生じてしまうかもしれない。 (了)