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日本の企業税制 【第98回】「令和4年度税制改正大綱がまとまる」

日本の企業税制 【第98回】 「令和4年度税制改正大綱がまとまる」   一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴   12月10日、与党(自由民主党及び公明党)の「令和4年度税制改正大綱」が発表された。 今回の税制改正の与党の議論のプロセスは、10月末に総選挙が実施されたこともあり、非常に短期集中型となったが、岸田政権として最初の税制改正であり、政権の掲げる「成長と分配の好循環」を起動させる観点から取りまとめられた。   〇賃上げ税制 賃上げ税制については、令和3年度税制改正で改組されたばかりであったが、岸田政権の「分配戦略」に基づき、見直しが行われた。 大企業向けの制度としては、令和3年度税制改正で、新規採用に的を絞ったものとされていたところ、改正前の制度に戻す形で、継続雇用者の給与等支給総額を前年度比3%以上増加させた法人は、雇用者給与等支給額の増加額の15%を税額控除できることとなる。さらに、継続雇用者の給与等支給総額を前年度比4%以上増加させた法人については税額控除率に10%加算、教育訓練費を20%以上増加させた法人については税額控除率に5%加算が認められることから、最大30%の控除率が適用されることとなる(控除上限は法人税額の20%)。 なお、大法人のうち、資本金の額等が10億円以上かつ常時使用する従業員の数が1,000人以上の場合には、給与等の支給額の引上げの方針、取引先との適切な関係の構築の方針その他の事項をインターネットを利用する方法により公表したことを経済産業大臣に届け出ることが要件として付け加えられている。 あわせて、資本金の額等が10億円以上かつ常時使用する従業員の数が1,000人以上の法人については、収益が拡大しているにもかかわらず賃上げも投資も特に消極的な場合、租税特別措置(税額控除)の適用を停止する措置の賃上げに係る要件の強化(継続雇用者給与等支給額が前年を超えること→前年度比1%以上増加(令和4年度は0.5%以上増加))が行われる。 一方、中小法人向けの制度としては、令和3年度税制改正で改組された制度を前提に、その控除率の引上げと適用期限の1年延長が行われる。雇用者の給与等支給総額を前年度比1.5%以上増加させた法人は、雇用者給与等支給額の増加額の15%を税額控除できるが、さらに、雇用者の給与等支給総額を前年度比2.5%以上増加させた法人については税額控除率に15%加算、教育訓練費を10%以上増加させた法人については税額控除率に10%加算が認められることから、最大40%の控除率が適用されることとなる(控除上限は法人税額の20%)。   〇オープンイノベーション税制・5G投資促進税制 オープンイノベーション税制については、適用期限が2年延長されるとともに、要件の緩和が行われる。出資の対象となる法人の要件のうち、売上高に占める研究開発費の額の割合が10%以上の赤字法人については設立後10年未満のものとされているところを15年未満に延長する。また、対象となる特定株式の保有見込み期間を5年から3年に短縮する。 5G投資促進税制については、要件の見直しを行うとともに税額控除率について順次引下げを行い(15%→9%→3%)、3年間に期間を限定した上で延長する。   〇中小企業税制 中小企業関連では、交際費課税の特例が2年延長とされ、また法人版事業承継税制については、特例承継計画の提出期限が令和5年3月末となっているところ1年延長して令和6年3月末までとされる。もっとも、この制度の適用期限である令和9年12月末については「今後とも延長を行わない」ことが改めて明記されている。   〇受取配当 一定の内国法人が受け取る配当等(令和5年10月1日以後に支払いを受けるべきもの)のうち、①完全子法人株式等に係る配当等、及び②配当等の支払い基準日において発行済株式等の3分の1超を直接保有する株式等に係る配当等、については所得税を課さないこととし、所得税の源泉徴収をしないこととされる。 この見直しは、納税者側では、配当等に係る源泉徴収により一時的な資金負担と事務負担が生じ、税務署側でも還付金及び還付加算金を支払うことによる還付事務が生じている状況は、源泉所得税が法人税の前払的性質を持つことや、所得税を効率的かつ確実に徴収するなどの源泉徴収の制度趣旨に必ずしも沿ったものとなっていないとの指摘を、会計検査院から受けたことが発端となったものである。 ただし、今回の大綱では、この見直しにより「令和5年度の税収が減少すると見込まれること等を踏まえ、その影響を緩和するための必要な対応等について、令和5年度税制改正において検討する」とされている。   〇法人事業税 法人事業税については、法人税における賃上げ税制に合わせて、継続雇用者の給与等支給総額を3%以上増加させる等の要件を満たす法人については、付加価値割の計算において、雇用者全体の給与等支給総額の対前年度増加額を付加価値割額から控除する措置を講ずる。 また、ガス供給業に係る収入金課税については、導管部門の法的分離の対象となる法人等について、一定の代替財源を確保しつつ(固定資産税の特例の廃止)、製造・小売事業に係る課税方式について、その4割を見直し、付加価値割及び資本割を組み入れることとされた。 外形標準課税対象法人(資本金1億円超の法人)の年800万円以下の所得に係る軽減税率を廃止し、標準税率を1%(特別法人事業税を含んだ場合は3.6%)に一本化することとなる。 なお、最近減資による外形標準課税法人からの離脱が目立つことも背景に、今回の大綱では、外形標準課税対象法人のあり方について、「経済社会の構造変化に伴い、外形標準課税の対象法人の数や態様は大きく変化してきており、今後、こうした原因・課題の分析を進めるとともに、外形標準課税の適用対象法人のあり方について、地域経済・企業経営への影響も踏まえながら引き続き慎重に検討を行う」こととされている。   〇経済界への期待 今回の大綱では、法人課税については、「未来への投資等に向けた経済界への期待」という項目が設けられ、「近年、企業の前向きな投資や賃上げを促す観点から、法人実効税率の引下げをはじめとする様々な税制上の取組みを行ってきた。しかしながら、わが国の賃金水準は、実質的に見て30年以上にわたりほぼ横ばいの状態にあり、その伸び率は他の先進国に比して低迷している」「近年の累次の法人税改革も、意図した成果を上げてこなかったと言わざるを得ない」とされ、「十分な投資余力があるにもかかわらず活用されていない場合に、企業の行動変容を促すためにどのような対応を講ずるべきかといった視点からも、幅広く検討を行う」とされている。 企業に対しては、「付加価値の高い製品・サービスを生み出すことでマークアップ率を高める」ことと「リスク回避や横並び意識を排してアニマルスピリッツを取り戻し、イノベーションに挑戦すること」への期待が強く打ち出されている。   〇金融所得課税 個人所得課税に関しては、金融所得課税のあり方について検討する必要性に触れるとともに、一般投資家が投資しやすい環境を損なわないよう十分配慮することも言及されている。なお、今回の改正が期待されていたデリバティブの損益通算については、金融所得課税のあり方を総合的に検討していく中で検討することとされ、改正が見送られている。   〇住宅ローン控除 住宅ローン控除については、4年間延長される一方で、控除率は現行の1%から0.7%に引き下げられる。これは控除率とローン金利との乖離についての会計検査院からの指摘を踏まえ令和3年度税制改正で検討課題とされていたものである。 また、消費税率引上げに伴う反動減対策として講じられていた措置(借入限度額の引上げ(2,000万円→4,000万円)、控除期間の延長(10年→最長13年))は終了し、住宅性能に応じた(省エネ基準適合住宅、ZEH水準省エネ住宅、認定住宅(認定長期優良住宅及び認定低炭素住宅))借入限度額と控除期間(13年)の上乗せ措置に改組する。 また、4年間のうち前半(令和4、5年)と後半(令和6、7年)とでは借入限度額の点で段差があり、例えば最大の借入限度額となる認定住宅の場合、前半は5,000万円、後半は4,500万円となる。また、この制度の適用対象者の所得要件は2,000万円以下(現行3,000万円以下)に引き下げられる。   〇土地に係る固定資産税 令和3年度税制改正で、新型コロナウイルスの蔓延による経済への影響を踏まえ、全ての土地について負担上昇が据え置かれた固定資産税については、景気回復に万全を期す観点から、令和4年度に限り、商業地等について、本来の引上げ率5%のところ半分の2.5%とすることとされた。   〇納税環境整備 この他、納税環境整備の観点から、記帳義務の不履行や税務調査時の簿外経費の主張等への対応、財産調書制度の見直し(資産10億円以上保有者に提出義務付け)、電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存への円滑な移行のための宥恕措置(2年延期)などが盛り込まれている。 (了)

#No. 449(掲載号)
#小畑 良晴
2021/12/16

〔令和4年度税制改正大綱〕グループ通算制度の見直しと今後の課題

〔令和4年度税制改正大綱〕 グループ通算制度の見直しと今後の課題   公認会計士 佐藤 信祐   1 令和4年度税制改正大綱 令和3年12月10日に公表された令和4年度税制改正大綱では、グループ通算制度の改正についても記載されている。このうち、本稿では、投資簿価修正に関する改正について解説を行うものとする。 グループ通算制度では、投資簿価修正後の離脱法人の株式の帳簿価額が当該離脱法人の離脱日の前日の属する事業年度終了の時における簿価純資産価額に相当する金額とされている(法令119の3⑤、119の4①)。そのため、例えば、簿価純資産価額30億円の会社を70億円で買収した後に、90億円で転売した事案を想定すると、投資簿価修正を行った結果として、グループ通算制度を採用していない場合に比べて不利になるという批判があった。具体的には、以下の事例を参照されたい。 このように、改正前のグループ通算制度では、グループ通算制度に加入した時点における通算子法人株式の帳簿価額(70億円)と通算子法人の簿価純資産価額(30億円)を考慮せずに投資簿価修正の計算を行うことから、グループ通算制度に加入してから離脱するまでの間に利益積立金額が増減していないにもかかわらず、投資簿価修正後の帳簿価額が取得価額よりも小さくなるという問題があった。 このような問題に対応し、令和4年度税制改正大綱では、「通算子法人の離脱時にその通算子法人の株式を有する各通算法人が、その株式(子法人株式)に係る資産調整勘定等対応金額について離脱時の属する事業年度の確定申告書等にその計算に関する明細書を添付し、かつ、その計算の基礎となる事項を記載した書類を保存している場合には、離脱時に子法人株式の帳簿価額とされるその通算子法人の簿価純資産価額にその資産調整勘定等対応金額を加算することができる措置を講ずる」ものとされた。ただし、主要な事業が引き続き行われることが見込まれていないことにより通算制度からの離脱又は取止めに伴う資産の時価評価制度(法法64の13)の適用を受ける法人については、資産調整勘定等対応金額に相当する価値が無くなっていることから、本制度の適用を受けることができない。 そして、「資産調整勘定等対応金額」とは、「通算子法人の通算開始・加入前に通算グループ内の法人が時価取得した子法人株式の取得価額のうち、その取得価額を合併対価としてその取得時にその通算子法人を被合併法人とする非適格合併を行うものとした場合に資産調整勘定又は負債調整勘定として計算される金額に相当する金額」とされている。すなわち、グループ通算制度に加入した時点におけるのれんに相当する金額を投資簿価修正後の帳簿価額に加算することにより、上記の問題を解決するための改正であるということがいえる。 ただし、投資簿価修正の制度は、通算制度からの離脱又は取止めに伴う資産の時価評価制度と密接に繋がっている制度であることから、資産調整勘定等対応金額を帳簿価額に加算するのであれば、通算制度からの離脱又は取止めに伴う時価評価の対象に営業権を含めないと整合性が取れないことになる。そのため、時価評価資産から除外される資産から帳簿価額1,000万円未満の営業権を除外する制度も設けられている。 ここで1つ疑問に感じるのが、通算制度からの離脱又は取止めに伴う時価評価の対象になるのは、①主要な事業が引き続き行われることが見込まれていない場合、②離脱等をする通算法人が保有する帳簿価額が10億円を超える資産の譲渡等による損失の計上が見込まれている場合の2つである。 このうち、①については、令和4年度税制改正大綱を読む限り、通算制度からの離脱又は取止めに伴う時価評価の対象に営業権が含まれるものの、資産調整勘定等対応金額を帳簿価額に加算する制度の対象から除外されているようにも思われる。しかしながら、そもそも主要な事業が引き続き行われることが見込まれていないのであれば、営業権の時価が0円になることがほとんどであることから、営業権の時価評価を行う事案はほとんどないと考えられる。 これに対し、②については、帳簿価額が10億円を超える資産に限定されているだけでなく、そもそも損失の計上が見込まれている場合に対応した規定であることから、営業権の時価評価を行う必要性が乏しい。 そう考えると、本来であれば、通算制度からの離脱又は取止めに伴う時価評価の対象を上記①②に掲げる事案に限定せずに、その対象となる事案を広げるべきであったといえる。   2 グループ法人税制の改正への提案 拙稿「組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の現行法上の問題点と今後の課題」の【第6回】では、投資簿価修正の制度を単体納税制度に導入すべきであると提案させていただいた。 すなわち、被買収会社に利益が生じた場合には、その株主が保有する被買収会社株式に含み益があるということがいえ、被買収会社に損失が生じた場合には、その株主が保有する被買収会社株式に含み損があるということがいえるため、投資簿価修正の制度をグループ法人税制に導入することについては一定の合理性が認められる。 さらに、被買収会社が保有する資産に含み益がある場合には、その株主が保有する被買収会社株式にも含み益があるということがいえ、被買収会社が保有する資産に含み損がある場合には、その株主が保有する被買収会社株式にも含み損があるということがいえる。すなわち、投資簿価修正の制度をグループ法人税制に導入する場合には、グループ法人税制からの離脱に伴う時価評価を導入することについても一定の合理性が認められる。 ただし、前述のように、営業権を時価評価の対象に含めるのであれば、通算制度からの離脱又は取止めに伴う時価評価の対象になる事案を広げるべきであるといえる。そして、損失の二重計上だけでなく、利益の二重計上を排除するという観点からは、被買収会社で10億円の時価評価益が生じるのであれば、投資簿価修正により被買収会社の株主において生じる株式譲渡益が10億円減額されることから、グループ法人税制からの離脱に伴う時価評価の対象となる事案を限定する必要もない。その結果、以下のように、100%子会社の株式を譲渡する場合と100%子会社の事業を譲渡する場合とで、有利不利が変わらなくなることから、課税の公平が保たれることになる。   3 結び 本稿では、令和4年度税制改正大綱に記載されている投資簿価修正に関する改正について解説を行った。令和2年度税制改正から批判されていた投資簿価修正の制度が見直されたことは、今後のM&Aの阻害要因にならないことから、大きな改正であるといえる。 ただし、通算制度からの離脱又は取止めに伴う資産の時価評価制度の対象に営業権が含まれることになったが、実際にどのような場合に営業権が時価評価の対象になるのかが不明であるということで、ややわかりにくい改正であったともいえる。 また、拙稿「組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の現行法上の問題点と今後の課題」で解説したように、組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度には大きな問題があることから、さらなる抜本改正が必要となる。本稿で述べたように、投資簿価修正の制度と離脱に伴う時価評価の制度をグループ法人税制に導入することは、M&Aにおいて問題となる損失の二重計上や利益の二重計上を排除する意味でも、1つの解決策になるのではないかと思われる。 (了) ↓お勧め連載記事↓

#No. 449(掲載号)
#佐藤 信祐
2021/12/16

〈ポイント解説〉役員報酬の税務 【第33回】「株主総会において決議をしないままに役員退職慰労金を支給した場合」

〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第33回】 「株主総会において決議をしないままに役員退職慰労金を支給した場合」   税理士 中尾 隼大   ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 株主総会等の決議による効果 税務上のお手盛り防止規定として法人税法34条が存在するとともに、会社法上においてもお手盛り防止規定が設けられているのは周知の通りである。 というのも、会社法361条1項は「取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益・・・は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める」と示しているが、税務上のお手盛り防止規定とはその目的が異なり、株主の利益保護を目的としている。 この点、実務上は、特に日々の役員報酬では株主総会で総額を定め、個別支給額については取締役会に一任するケース等が多いといえるが、仮に株主総会の決議及び定款の定めがない場合においても、株主全員の同意さえあれば、事実上は問題とはならない。この点を明らかにしている最高裁判決として、例えば最高裁平成15年2月21日判決がある(※1)。最高裁は、 と判示している(※2)。 (※1) 最高裁平成15年2月21日判決(金融法務事情1681号31頁)。 (※2) 同様の事例として、東京地裁平成3年12月26日判決(判例時報1435号134頁)、大阪地裁昭和46年3月29日判決(判例タイムズ266号262頁)がある。後者は代表取締役と対立して退任した取締役の救済のため、総株主の同意を認定して退職慰労金の支出を認めている。 このように、定款の定め又は株主総会の決議等がない場合、会社は取締役に対して報酬支払義務を負わないことが原則であるが、お手盛り防止規定の目的が株主の利益保護にあることに鑑み、株主全員の同意があれば、役員退職慰労金の支給は有効となり、実務上問題となることはないといえる。なお、支給当時には株主全員の同意がなくとも、後に株主総会で追認された場合にも有効となることが示された事例もある(※3)。 (※3) 最高裁平成17年2月15日判決(判例タイムズ1176号135頁)。 会社が取締役に対して報酬支払義務を負わないにも関わらず報酬として支払った場合、その支払いは無効とされる。この場合、無効な報酬支払いを行った代表取締役は会社に対し、返還されない額の賠償責任を負い(会社法423①)、取締役会の承認に基づいた場合には賛成した取締役も同様の責任を負うことに加え(会社法423③)、これらの取締役の責任は、いわゆる株主代表訴訟の対象ともなる(会社法847)(※4)。 (※4) 田辺総合法律事務所・Moore至誠監査法人・Moore至誠税理士法人編著『役員報酬をめぐる法務・会計・税務(第5版)』(清文社、2020)58頁。   (2) 不当利得返還請求権の行使は権利の濫用であると示した最高裁判決 上記に対して、株主総会の決議等を経ないままに役員退職慰労金を支出した後、会社が不当利得返還請求をしたことが権利の濫用だと示した最高裁平成21年12月18日判決の要旨を以下に紹介したい(※5)。 (※5) 最高裁判所裁判集民事232号803頁。 なお、本件は裁判官1名の反対意見が付されており、「信義則や権利の濫用といった一般条項を適用するに当たっては、・・・既存の法規範の規律やその趣旨に対し十分配慮することが求められるべきものであって、その適用範囲については、事案の個別事情を精査、吟味し、慎重に画する必要がある。・・・多数意見は、・・・十分とはいえない事実を根拠として被上告人の不当利得返還請求権の行使を排斥する余地を認めることによって・・・退職慰労金請求権を有しないはずの上告人に対し、・・・たやすく退職慰労金を取得させることを認めるものといわざるを得ない」という意見がある。 このように、この事例はいわゆる一般条項である信義則や権利の濫用を用いて役員退職慰労金の支給を認めているが、一般条項を持ち出したことはよほどの事情があった事案だといえ、株主総会が未開催である会社の全てが役員退職慰労金の支給を認めるというものではない(※6)。 (※6) 本最高裁判決を引用しつつ会社側の不当利得返還請求権行使を認めた最近の事例として、東京地裁平成28年8月19日判決(判例集未登載)がある。   (3) 留意点 税務上の役員退職給与においても、株主総会の決議等は重要である。それは、役員退職給与の損金算入時期の判定において、法人税基本通達9-2-28により株主総会等の決議時期とされていることから実務上重要視され、また、各議事録が会社の定める一定の金額基準と併せ、功績倍率等を把握する重要基礎資料となる蓋然性が高いからである。株主総会の開催や形式的な書類の具備が必ずしも明確ではない同族会社においても、役員退職慰労金を支給する場合には、実際に株主総会等を開催し、株主総会議事録等の形式的な書類の具備まで強く意識するのが実務感覚として正常であるように思われる。 今回紹介したようなケースに直面しないためには、株主総会等の議事録に不備がないか等を確認することは最低限として、やむを得ない事情等で議事録が不存在の場合は、株主の意向を全て確認するべきだと考える(※7)。 (※7) なお、実際には開催されていない株主総会議事録を作成した事例については、【第16回】参照。 (了)

#No. 449(掲載号)
#中尾 隼大
2021/12/16

〔令和3年度税制改正における〕人材確保等促進税制の創設(賃上げ・投資促進税制の見直し) 【第4回】

〔令和3年度税制改正における〕 人材確保等促進税制の創設 (賃上げ・投資促進税制の見直し) 【第4回】 (最終回)   公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎   ←(前回)   7 控除対象雇用者給与等支給増加額【新設】 雇用者給与等支給額から比較雇用者給与等支給額を控除した金額をいい、その金額が適用年度の調整雇用者給与等支給増加額(⇒【第3回】の 4 参照)を超える場合には、その調整雇用者給与等支給増加額を限度とする(措法42の12の5③十二)。 前段の雇用者給与等支給額及び比較雇用者給与等支給額の算定上は、それらから控除される「他の者から支払を受ける金額」の範囲から雇用安定助成金額を除くこととされている(同項十、十一)のに対し、調整雇用者給与等支給増加額の計算基礎となる雇用者給与等支給額及び比較雇用者給与等支給額の算定上は、さらに雇用安定助成金額を控除して算定される(同項四)。詳細は以下 8 の図を参照されたい。 (両制度に共通) 8 雇用安定助成金額【新設】 雇用安定助成金額とは、国又は地方公共団体から受ける雇用保険法第62条第1項第1号に掲げる事業として支給が行われる助成金その他これに類するものの額をいう(措法42の12の5③四イ)。 雇用保険法第62条第1項第1号には「景気の変動、産業構造の変化その他の経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた場合において、労働者を休業させる事業主その他労働者の雇用の安定を図るために必要な措置を講ずる事業主に対して、必要な助成及び援助を行うこと」と規定されており、これに係る助成金としては以下のものが含まれる(措通42の12の5-2の2)。 なお、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金は、新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止の措置の影響により休業させられた労働者のうち休業手当の支払を受けることができなかった者に対し、従業員が勤務先を通さずに給付されるものであり、法人が支給する給与等に該当しないことから、考慮する必要はない。 もともと雇用調整助成金をはじめとする「雇用安定助成金額」が「他の者から支払を受ける金額」に含まれることは通達上で明らかにされていたが、令和3年度の税制改正によって雇用安定助成金額の範囲が法律上明確化された。 そのうえで、本税制の適用要件の判断指標となる以下の金額の算定上、雇用安定助成金額を控除しない・・・・・こととされた。 雇用安定助成金額をこれらの給与等の支給額から控除しないこととされるのは、従業員の支給を受ける給与等が助成金を原資とするものから法人の自己負担に変わっただけで、その額が増加していない場合にまで増加したとして要件判定することが本制度の目的の1つである従業員の所得の拡大という目的にそぐわないことによる(※5)。 (※5) 財務省「令和3年度 税制改正の解説」514頁。 これに対して、控除税額の計算基礎となる控除対象新規雇用者給与等支給額及び調整雇用者給与等支給増加額の算定に当たっては、雇用安定助成金額を控除することとされている(措法42の12の5③四)。 このように計算要素によって雇用安定助成金額の控除要否が異なるため、計算を誤らないように注意が必要な項目と思われる(下図参照)。 ◎雇用安定助成金額の取扱い 9 調整雇用者給与等支給増加額【新設】 調整雇用者給与等支給増加額とは、調整・・雇用者給与等支給額から調整比較・・・・雇用者給与等支給額を控除した金額をいい(措法42の12の5③四)、従来の賃上げ・投資促進税制又は所得拡大促進税制における控除税額の計算基礎となる金額と同様の算定方法によっている。 この金額は、本制度による控除税額の計算基礎となる控除対象新規雇用者給与等支給額又は控除対象雇用者給与等支給増加額の上限値として機能するものである。すなわち、人材確保等促進税制であれ所得拡大促進税制であれ、控除税額の最大は調整雇用者給与等支給増加額の15%(上乗せ控除の適用を受ける場合には、制度によって20%又は25%)相当額まで、ということになる。したがって、調整雇用者給与等支給額が前年度から増加していない限り、本税制による税額控除の適用は受けられないということになるから、両税制に共通の潜在的な適用要件として考えることもできる。 ここで調整雇用者等給与支給額とは、雇用者給与等支給額からさらに雇用安定助成金額を控除した金額をいい(措法42の12の5③四イ)、調整比較雇用者給与等支給額とは、比較雇用者給与等支給額からさらに雇用安定助成金額を控除した金額をいう(措法42の12の5③四ロ)(※6)。 (※6) 「調整雇用者給与等支給額」及び「調整比較雇用者給与等支給額」という単語は法人税申告書別表上で用いられているもので、条文上の用語ではない。条文(措法42の12の5③四)では単に「雇用者給与等支給額」及び「比較雇用者給与等支給額」とされ、ここに「・・・雇用安定助成金額がある場合には、当該雇用安定助成金額を控除した金額」というカッコ書きが追加されているのである。  同一の用語でもカッコ書きの有無によって異なる内容を示すこととなるから、申告書では別の用語を設けたものと考えられるが、これは制度を理解する上では必要な配慮であるから、本稿でも「調整雇用者給与等支給額」及び「調整比較雇用者給与等支給額」という単語を用いることとした。  経済産業省から公表されている「『人材確保等促進税制』よくある御質問 Q&A集(令和3月8月30日改訂版)」のQ12(雇用安定助成金額とは)の回答には、「雇用者給与等支給額、控除対象新規雇用者給与等支給額の計算において、雇用安定助成金額は、(中略)その額から控除されます。」との記載があるが、ここでいう「雇用者給与等支給額」は「調整雇用者給与等支給額」のことを指している点に留意が必要である。 雇用者給与等支給額及び比較雇用者給与等支給額の定義上は「他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金額を除く)」を控除することとされているが(措法42の12の5③十、十一)、ここからさらに雇用安定助成金額も控除するということによって、調整雇用者給与等支給額及び調整比較雇用者給与等支給額(さらには調整雇用者給与等支給増加額)からは「他の者から支払を受ける金額」がすべて控除されることになる(上記 8 の図を参照)。 10 比較教育訓練費の額【改正】 比較教育訓練費とは、法人の適用年度開始の日前1年以内に開始した各事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される教育訓練費の額の合計額を、当該1年以内に開始した各事業年度の数で除して計算した金額をいう(措法42の12の5③八)。 令和3年度の税制改正前は、法人の適用年度開始の日前「2年以内」に開始した各事業年度において損金算入される教育訓練費の額の合計額を基礎として計算することとされていたが、その集計対象期間が変更されている。 あわせて、中小企業比較教育訓練費の用語が廃止されている。   6 連結納税制度における取扱い 本税制は連結納税制度を適用している法人にも同様の措置が定められているが、その適用要件については連結納税グループ全体で判断することとなる(措法68の15の6①②)。すなわち、以下の金額は全ての連結法人の金額を合算して算定される。 また、連結親法人が「中小連結親法人」に該当する場合には、単体納税における中小企業者等の取扱いと同様の取扱いが連結納税グループ全体に適用され、所得拡大促進税制の適用を受けることができる(措法68の15の6②)。 ここで中小連結親法人とは、連結親法人であって「中小連結法人」(※7)に該当し、かつ適用除外事業者に該当しないものをいう(措法68の15の6②)。 (※7) 資本金額(出資金額)が1億円以下の法人であって、「みなし大企業」に該当しないもの、又は資本(出資)を有しない法人のうち、常時使用従業員数が1,000人以下の法人。   7 グループ通算制度における取扱い 令和4年4月1日以降に開始する事業年度より、これまでの連結納税制度にかわりグループ通算制度が適用される。グループ通算制度は、「法人格を有する各法人を納税単位として、課税所得金額及び法人税額の計算並びに申告は各法人がそれぞれ行うこととし、同時に企業グループの一体性に着目し、課税所得金額及び法人税額の計算上、企業グループをあたかも1つの法人であるかのように捉え、損益通算等の調整を行う仕組み」(※8)であり、単体納税制度における特例的な取扱いとして位置づけられるものである。 (※8) 財務省「令和2年度 税制改正の解説」825頁。 これまで連結納税制度の適用を受けている法人は、原則として引き続きグループ通算制度の適用を受けることとなる。すなわち、令和4年3月31日において連結親法人に該当する内国法人及び同日の属する連結親法人事業年度終了の日においてその内国法人との間に連結完全支配関係がある連結子法人については、同日の翌日(令和4年4月1日)において、グループ通算制度の承認があったものとみなされる(※9)(R2改正附則29①)。 (※9) 連結親法人が令和4年4月1日以後最初に開始する事業年度開始の日の前日までに「グループ通算制度へ移行しない旨の届出書」を納税地の所轄税務署長に提出した場合には、当該連結親法人及び当該前日において当該連結親法人との間に連結完全支配関係がある連結子法人については、グループ通算制度に移行しないことを選択することができる(R2改正附則29②)。 そしてグループ通算制度における本税制の適用については、特に固有の取扱いが定められていないことから、本税制はそれぞれの通算法人ごとに適用されることとなる。すなわち連結納税制度とは異なり、適用要件の判断や税額控除限度額の計算に当たってグループ法人の金額を合計する必要はなくなるということである。 なお、グループ通算制度移行初年度における前連結事業年度の取扱いについては、連結離脱時の取扱いと同じである。 (連載了)

#No. 449(掲載号)
#鯨岡 健太郎
2021/12/16

相続税の実務問答 【第66回】「配偶者の相続開始の年に当該配偶者から居住用財産の贈与を受けた場合の相続税・贈与税の申告」

相続税の実務問答 【第66回】 「配偶者の相続開始の年に当該配偶者から 居住用財産の贈与を受けた場合の相続税・贈与税の申告」   税理士 梶野 研二   [答] ご主人の亡くなられた年にご主人から受けた贈与であっても、あなたがこれまで、ご主人からの贈与について、贈与税の配偶者控除の特例規定(相続税法第21条の6第1項に定める特例規定をいいます)の適用を受けたことがなければ、この特例規定の適用があるとした場合に、この特例規定により控除されることとなる金額に相当する金額については、相続税の課税価格に加算する必要はありません。 ご主人から贈与を受けた居住用の家屋及びその敷地の価額で、相続税の課税価格に加算されない金額については、贈与税の申告をする必要がありますが、この申告において贈与税の配偶者控除の特例を適用することができます。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続開始前3年以内に被相続人から受けた贈与の相続税の課税価格への加算 相続又は遺贈により財産を取得した者が、その相続の開始前3年以内に被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合には、その贈与により取得した財産の価額を相続税の課税価格に加算した価額をその贈与を受けた者の相続税の課税価格とみなし、相続税額を計算することとされています(相法19①)。 しかしながら、被相続人から贈与を受けた財産が、「特定贈与財産」である場合には、その価額を相続税の課税価格に加算する必要はありません(相法19①かっこ書き)。 特定贈与財産とは、婚姻期間が20年以上である被相続人からその配偶者が取得した相続税法第21条の6第1項に規定する居住用不動産又は金銭で、下記の①又は②のいずれかに該当する場合における「特定贈与財産」欄に掲げる財産をいいます(相法19②)。 (※) 被相続人の配偶者が、相続税の申告書(期限後申告書及び修正申告書を含みます)又は更正の請求書に、配偶者から贈与を受けた居住用不動産又は金銭についてこれらの財産の価額を贈与税の課税価格に算入する旨その他財務省令で定める事項を記載し、戸籍の附票の写しや贈与を受けた者が取得した居住用不動産に関する登記事項証明書など贈与を受けた配偶者が当該居住用不動産を取得したことを証する書類を添付して提出しなければなりません(相令4②、相規1の5①②)。   2 特定贈与財産に係る贈与税の申告 被相続人の相続開始の年の前年以前に、被相続人から贈与を受けた財産の価額は、それが相続税の課税価格に加算されるものであるかどうかにかかわらず、贈与税の申告が必要となります(ただし、被相続人からの贈与について、相続時精算課税の選択をしていない場合には、その年中に贈与を受けた財産の価額の合計額が贈与税の基礎控除額である110万円以下である場合には、贈与税の申告をする必要はありません)。 一方、被相続人の相続開始の年に、被相続人から贈与を受けた財産の価額は、それが相続税の課税価格に加算されるものであれば、その価額は贈与税の課税価格には算入されないこととされています(相法21の2④)。 ところで、特定贈与財産に該当する財産については、その価額を相続税の課税価格に加算する必要がありませんので、贈与税の課税価格に算入されることとなります。したがって、贈与を受けた特定贈与財産の価額(被相続人以外の者から贈与を受けた財産がある場合には、その合計額)が、贈与税の基礎控除額を超える場合には、贈与税の申告が必要となりますし、その被相続人からの贈与が、贈与税の配偶者控除の特例規定の要件を満たす限り、同特例を適用することができます。   3 ご質問の場合 あなたがご主人と結婚されてから本年3月に居住用財産の贈与を受けるまでの期間は20年以上であり、かつ、ご主人からの贈与についてこれまでに贈与税の配偶者控除の特例の適用を受けたことがないとのことですから、同特例の適用があるものとした場合に贈与税の課税価格の計算上、控除されることとなる金額に相当する金額1,800万円は、特定贈与財産となります。 特定贈与財産については、贈与者の相続開始前3年以内に被相続人から受けた贈与であっても、その価額を相続税の課税価格に加算する必要はありません。ただし、相続税の申告書には、贈与を受けた特定贈与財産について、その価額を贈与税の課税価格に算入する旨その他一定の事項を相続税の申告書第14表の「1 純資産価額に加算される暦年課税分の贈与財産価額及び特定贈与財産価額の明細」欄に記載するとともに、戸籍の附票の写しや居住用不動産に関する登記事項証明書など贈与を受けた者が当該居住用不動産を取得したことを証する書類を添付しなければなりません。 なお、ご主人から贈与を受けた居住用の家屋及びその敷地の価額で、相続税の課税価格に加算されない金額については、贈与税の申告をする必要があります。贈与税の配偶者控除の特例を受けるときには、贈与税の申告書に、この特例を受ける旨を記載し、戸籍謄本、戸籍の附票の写し、贈与を受けた居住用不動産の登記事項証明書などの必要書類を添付してください。 (了)

#No. 449(掲載号)
#梶野 研二
2021/12/16

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第16回】「被相続人以外の者が建物を所有している場合の特定事業用宅地等の特例の適否」

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第16回】 「被相続人以外の者が建物を所有している場合の特定事業用宅地等の特例の適否」   税理士 柴田 健次   [Q] 被相続人である甲の相続発生に伴い、甲の所有していた土地建物を長男乙が取得した場合には、乙が適用できる特定事業用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用面積は何㎡でしょうか。 乙は甲と生計を一にしていた者に該当し、特定事業用宅地等の特例の要件を満たしているものとします。 甲が所有していた土地建物の相続発生前の利用状況は、下記の通り、1階部分は乙が飲食店の事業をしており、2階部分は生計を別にする被相続人の兄である丙とその内縁の妻である丁が居住しています。 土地は被相続人である甲が100%所有していますが、建物は、甲が4/10、乙が1/10、丙が3/10、丁が2/10所有しています。 甲は建物所有者から地代を収受しておらず、建物所有者も建物利用者から賃料は収受していません。 【相続発生前】 [A] 特定事業用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)の適用面積は、96㎡(200㎡ × 120㎡/200㎡ × 8/10)となります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 被相続人等の事業の用に供されていた宅地等の範囲 特定事業用宅地等は、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていた親族(以下「被相続人等」という)の事業(貸付事業を除く)の⽤に供されていた宅地等であることが要件の1つとなっています。したがって、その宅地等が「誰の」、そして何の「用途」に供されていたかが重要となります。 租税特別措置法関係通達69-4-4(被相続人等の事業の用に供されていた宅地等の範囲)では、下記の通り定められています。 上記通達の事業の用に供されていた宅地等は、特定事業用宅地等に限らず、貸付事業用宅地等に該当するものもその範囲に含まれていますので、下記の通り注意が必要となります。 ① 上記(1)について 被相続人の有する宅地等の上に被相続人以外の者が建物を有する場合に相当の対価で貸付けを行っているときは、被相続人の貸付事業の用に供されていたものとして取り扱います。特定事業用宅地等については、貸付事業を除きますので、上記(1)は、貸付事業用宅地等の特例対象に該当する可能性があっても、特定事業用宅地等には該当しないことになります。 ② 上記(2)について (1)に掲げる宅地等が除かれていますので、被相続人の有する宅地等の上に被相続人以外の者が建物を有する場合には、使用貸借であることが前提となります。土地が賃貸借である場合には、被相続人の貸付事業の用に供されていることになりますので、上記の(1)に該当することになります。 例えば、土地は被相続人が所有し、建物は生計一親族が所有している場合において、土地が使用貸借であり、被相続人がその建物で事業を行っていた場合を考えてみましょう。この場合に被相続人が建物を所有している生計一親族から無償で借り受け、被相続人の事業の用に供している場合には、被相続人の事業の用に供されている宅地等に該当することになります。これに対して、被相続人が建物を所有している生計一親族から相当の対価で借り受けている場合には、その生計一親族の貸付事業の用に供されている宅地等に該当することになりますので、貸付事業用宅地等の特例対象に該当する可能性があっても、特定事業用宅地等の特例対象にはなりません。 したがって、建物の所有者が被相続人以外の者である場合には、土地は使用貸借であり、かつ、被相続人等が無償で建物を借り受けている場合に特定事業用宅地等の特例の対象になります。この場合の無償には、通達で記載されているとおり、相当の対価に至らない程度の対価の授受がある場合を含みます。民法上の使用貸借の場合には、借主は、通常の必要費を負担することになっています(民法595)ので、固定資産税その他の通常の必要費について借主が負担していたとしても、通達の「無償」に含めて考えることになります。 また、建物所有者は被相続人の親族に限られる点にも注意が必要となります。基本的な考え方として、被相続人又は生計一親族の事業の用に供されていることが要件となっていますので、被相続人又は生計一親族が建物所有者であることが求められますが、被相続人の親族から使用貸借により借り受け、被相続人等の事業の用に供している場合も想定されることから、被相続人又は生計一親族に限らず、被相続人の親族までその範囲を広げています。 親族の範囲については、【第1回】で解説しています。 *  *  * 以上をまとめると、被相続人が有する宅地等の上に被相続人以外の者が建物を有する場合には、下記の要件を満たす必要があります。   2 本問への当てはめ 本問の場合には、1階部分は乙の事業用宅地等ですが、2階部分は丙・丁の居住用宅地等に該当しますので、土地の面積を床面積で按分する必要があります。そうすると事業用宅地等の面積は120㎡(200㎡ × 120㎡/200㎡)となります。 土地は使用貸借であり、建物利用者である乙が建物所有者から使用貸借により借り受けていますので、120㎡について生計一親族の事業の用に供されていた宅地等に該当します。しかしながら、丁は被相続人の親族ではないため、10分の2の部分については、特例の対象にはなりません。したがって、事業用宅地等の面積の10分の8の部分である96㎡(120㎡ × 8/10)が特例の対象になります。 なお、土地は使用貸借ですが、仮に賃貸借である場合には、被相続人の貸付事業用となり、貸付事業用宅地等の特例対象に該当する可能性があっても、特定事業用宅地等の特例対象にはなりません。また、例えば、丙及び丁が建物を所有している10分の5部分について乙から賃料を受け取っている場合には、10分の5の部分は、丙及び丁の貸付事業の用に供されていることになりますので、特例の対象にならず60㎡(120㎡ × 5/10)のみが特例の対象になります。   ★実務上のポイント★ 被相続人以外の者が建物を有している場合には、被相続人の親族が所有し、かつ、土地及び建物共に使用貸借にすることで特例の適用を受けることができますので、生前に持分の買取や土地契約の見直し等を検討することが重要となります。 (了)

#No. 449(掲載号)
#柴田 健次
2021/12/16

給与計算の質問箱 【第24回】「退職所得の計算方法の改正」~2022年1月1日以降適用~

給与計算の質問箱 【第24回】 「退職所得の計算方法の改正」 ~2022年1月1日以降適用~   税理士・特定社会保険労務士 上前 剛   Q 退職日が2022年1月1日以降の役員、従業員に対して支給する退職手当等について退職所得の計算方法が一部改正になるとのことですが、その内容について教えてください。 A 退職日が2021年12月31日以前の役員、従業員に対して支給する退職手当等について退職所得の計算方法は原則、次のとおりである。 退職日が2022年1月1日以降の役員、従業員に対して支給する退職手当等について退職所得の計算方法はそれぞれ以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 特定役員退職手当等 勤続年数が5年以下(1年未満の端数は1年に切上)である役員等(法人の役員、議員、公務員)に対して支給される退職金は1/2課税が適用されないこととされている(平成24年度税制改正)。 《退職所得の源泉徴収税額の速算表》 ※画像をクリックすると別ページでPDFが開きます。 (※) 国税庁「令和3年分 源泉徴収税額表」より抜粋。   2 短期退職手当等 令和3年度税制改正により「短期退職手当等」が新たに導入され、2022年1月1日以降は、5年以下の勤続年数である役員でない従業員が受け取る退職金の退職所得の算定は、以下の2通りの場合がある。 (1) 退職手当等 - 退職所得控除額 ≦ 3,000,000円の場合 勤続年数が5年以下(1年未満の端数は1年に切上)である従業員に対して支給される退職金から退職所得控除額を引いた残額が300万円以下の場合は、これまでどおり1/2課税が適用される。 (2) 退職手当等 - 退職所得控除額 > 3,000,000円の場合 勤続年数が5年以下(1年未満の端数は1年に切上)である従業員に対して支給される退職金から退職所得控除額を引いた残額が300万円超の場合は、300万円を超える部分の金額は1/2課税が適用されないこととなった。   3 一般退職手当等 上記1、2以外の役員、従業員に対して支給される退職手当等はこれまでどおり1/2課税が適用される。 このほか、同じ年に上記1や2、3の複数の支給がある場合には計算式が異なる。 (了)

#No. 449(掲載号)
#上前 剛
2021/12/16

基礎から身につく組織再編税制 【第35回】「みなし共同事業要件(分割の場合)」

基礎から身につく組織再編税制 【第35回】 「みなし共同事業要件(分割の場合)」   太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太   今回は、みなし共同事業要件について解説します。   1 みなし共同事業要件 支配関係が適格分割の日の属する事業年度開始の日の5年前の日から継続していない場合でも、みなし共同事業要件を満たしているときは、欠損金の使用制限(【第33回】参照)や特定資産譲渡等損失額の損金算入制限(【第34回】参照)が適用されません。 「みなし共同事業要件」とは、次の①から④又は①と⑤の要件の全てを満たすことをいいます(法令112③⑩)。   2 事業関連性要件 (1) 「事業関連性要件」とは 「事業関連性要件」とは、分割法人の分割前に行う事業のうちのいずれかの事業(分割事業)と、分割承継法人の分割前に行ういずれかの事業(分割承継事業)とが相互に関連するもの((3)参照)であることをいいます。 (2) 「事業」とは 事業関連性要件における「事業」とは、下記の①から③のとおり、固定施設を有していること、従業者を有していること、売上が生じていることという3つの要件を満たすものをいいます(法規3①一)。 共同事業を行うための分割における適格分割の要件(【第22回】参照)と同様となっています。 (3) 「相互に関連する」とは 事業関連性要件における「相互に関連する」とは、下記のような場合のことをいいます(法規3①二・②)。   3 「事業規模要件」とは 「事業規模要件」とは、分割事業と分割承継事業(分割事業に関連する事業に限ります)のそれぞれの売上金額、従業者の数又はこれらに準ずるものの規模の割合がおおむね5倍を超えないことをいいます。 共同事業を行うための分割における適格分割の要件(【第22回】参照)と同様となっています。   4 「分割事業の規模継続要件」とは 「分割事業の規模継続要件」とは、分割事業が分割法人と分割承継法人との間に最後に支配関係があることとなったときから適格分割の直前のときまで継続して営まれており、かつ、分割法人と分割承継法人との間に支配関係が生じたときと適格分割の直前のときにおける分割事業の規模(事業規模要件で判定した指標)の割合がおおむね2倍を超えないことをいいます。 分割事業の規模継続要件は、みなし共同事業要件の事業規模要件を満たすために、事業規模を変化させることを防止するために設けられています。 〈売上について事業規模継続要件を満たすと判定された場合〉 支配関係が生じたときの分割事業の売上が500で、分割直前に600となっており、変化の割合が2倍を超えないことから規模継続の要件を満たすこととなります。   5 「分割承継事業の規模継続要件」とは 「分割承継事業の規模継続要件」とは、分割承継事業が分割法人と分割承継法人との間に最後に支配関係があることとなったときから適格分割の直前のときまで継続して営まれており、かつ、分割法人と分割承継法人との間に支配関係が生じたときと適格分割の直前のときにおける分割承継事業の規模(事業規模要件で判定した指標)の割合がおおむね2倍を超えないことをいいます。 分割承継事業の規模継続要件は、4の分割事業の規模継続要件と同様に、みなし共同事業要件の事業規模要件を満たすために、事業規模を変化させることを防止するために設けられています。 〈売上について事業規模継続要件を満たすと判定された場合〉 支配関係が生じたときの分割承継事業の売上が300で、分割直前に400となっており、変化の割合が2倍を超えないことから、規模継続の要件を満たすこととなります。   6 経営参画要件 (1) 「経営参画要件」とは 「経営参画要件」とは、分割前の分割法人の役員等((2)参照)のいずれかと分割承継法人の特定役員((3)参照)のいずれかが、分割後に分割承継法人の特定役員となることが見込まれていることをいいます。 基本的には共同事業を行うための分割における適格分割の要件と同様ですが、異なる点は、分割法人の役員等と分割承継法人の特定役員は、分割承継法人と分割法人との間に最後に支配関係があることとなった日前において経営に従事していた役員に限定されている点です。 (2) 「役員等」とは 「役員等」とは、役員及び社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者で法人の経営に従事している者をいいます。 (3) 「特定役員」とは 「特定役員」とは、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役若しくは常務取締役又はこれらに準ずる者((4)参照)で法人の経営に従事している者をいいます。 (4) 「これらに準ずる者」とは 「これらに準ずる者」とは、役員又は役員以外の者で、社長、副社長、代表取締役、代表執行役、専務取締役又は常務取締役と同等に法人の経営の中枢に参画している者をいいます(法基通1-4-7)。   ◆みなし共同事業要件のポイント◆ みなし共同事業要件については、共同事業を行うための適格分割の要件と同じあるいは類似のものが多いため、異なる点を中心に理解しておく必要があります。 分割事業の規模継続要件と分割承継事業の規模継続要件は、共同事業を行うための適格分割の要件にはないもので、事業規模要件を満たすために事業規模を変化させることを防止するものです。 経営参画要件において、共同事業を行うための適格分割の要件との違いは、分割法人の役員等と分割承継法人の特定役員が分割承継法人と分割法人との間に最後に支配関係があることとなった日前において経営に従事していた役員に限定されていることです。   (了)

#No. 449(掲載号)
#川瀬 裕太
2021/12/16

収益認識会計基準と法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第68回】

収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第68回】   千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也   (3) 技術役務の提供に係る収益の計上の単位(法人税基本通達2-1-1の5) ア 概要 収益認識会計基準は履行義務単位で収益を認識することを原則とするが、一定の場合には契約単位で認識することを認めている。他方、法人税基本通達2-1-1は、法人税法における収益計上単位の原則は契約単位であることを明らかにしつつ、複数の契約を結合して単一の履行義務として収益計上することや、1つの契約に複数の履行義務が含まれている場合に各履行義務に係る資産の販売等をそれぞれ収益計上の単位とすることを認めている。 本通達は、上記通達2-1-1の別段の定めとして、設計、作業の指揮監督、技術指導その他の技術役務の提供に係る収益の計上の単位について定めている。 本通達の取扱いを図表で示すと次のようになる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 収益認識会計基準における履行義務の識別のルールに則して、本通達(1)又は(2)の一連の技術役務の提供が単一の履行義務となる場合において、それが一定の期間にわたり充足される履行義務に該当するときは、その履行義務の進捗度に応じた収益を計上することとなる。 その進捗度の見積り方法として、例えば、経過期間や引渡作業量等を指標とするアウトプット法(指針17)を適用するケースでは、収益の計上時期や計上額は基本的に本通達によった場合と同様のものとなることが想定されている(趣旨説明15頁)。 イ 本通達の趣旨 本通達の趣旨は、要旨次のとおりである(趣旨説明14~15頁)。 本通達は、収益認識会計基準の導入前の公正な会計慣行を踏まえた旧通達2-1-12の取扱いを実質的に存続させるものであり、その内容自体については一定の合理性を認めることができよう。ただし、本通達の根拠規定として法人税法22条4項を持ち出すことができるかどうかという点は議論の余地があるし、他方で、22条の2第1項を持ち出す場合には、確定的に本通達のような取扱いを導くことができるかという問題がある。この点については本連載第67回の(2)イ参照。 ウ 強制適用する趣旨 本通達は、法人税基本通達2-1-1ただし書の場合と異なり、法人が選択適用することを認めるものではなく、強制適用される。 本通達(1)又は(2)の事実がある場合には、収益認識会計基準を適用していれば通常は各部分(マイルストーン)を別々の履行義務としてそれぞれの履行義務の充足の時に収益計上するべきであり、同基準を適用していなくてもマイルストーンごとに収益計上するべきであることから、本通達の取扱いは旧通達2-1-12の取扱いと同様に、任意ではなく、強制的に適用することとしている(趣旨説明15頁)。 法人が収益認識会計基準を適用しているか否かにかかわらず、法人税法上の収益の計上時期の原則は法人税法22条の2第1項が定める引渡・役務提供基準である。本通達の取扱いがこの引渡・役務提供基準の範疇に含まれるとするならば、強制適用は当然であろう。ただし、国税庁は、強制適用の根拠を法人税法22条4項に求めているのかもしれない。   (了)

#No. 449(掲載号)
#泉 絢也
2021/12/16

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第120回】株式会社カンセキ「第三者委員会調査報告書(2021年11月9日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第120回】 株式会社カンセキ 「第三者委員会調査報告書(2021年11月9日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【株式会社カンセキ第三者委員会の概要】   【株式会社カンセキの概要】 株式会社カンセキ(以下「カンセキ」と略称する)は、1975(昭和50)年2月、創業者である故服部吉雄が設立(設立時の社名は株式会社服部)。同年4月、ホームセンター1号店開業。ホームセンター、専門店などの運営を主たる事業とする。売上高41,592百万円、経常利益2,911百万円、資本金1,926百万円、従業員数345名(いずれも2021年2月期連結実績)。本社所在地は栃木県宇都宮市。東京証券取引所JASDAQ市場上場。会計監査人はEY新日本有限責任監査法人東京事務所(以下「新日本監査法人」と略称する)。 資金流用に利用された連結子会社の株式会社バーン(以下「バーン」と略称する)は、2007年9月設立で、保険代理店業を営む。代表取締役は、カンセキの代表取締役会長の長谷川静夫氏(報告書上の表記は「丙」、以下「長谷川会長」と略称する)が兼務し、他に取締役1名(報告書上の表記は「庚」)とパート従業員が1名在籍している。   【調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 カンセキの取締役常勤監査等委員である髙﨑勝彦氏(報告書上の表記は「甲」。以下「髙﨑常勤監査等委員」と略称する)は、2021年8月末頃、カンセキの連結子会社であるバーンに対する内部監査を行い、同社の現金につき、実際の残高が帳簿上の残高より720万円少ないことを把握した。 髙﨑常勤監査等委員は、その後、現金残高不一致の原因について社内調査を行い、創業者の服部吉雄氏(報告書上の表記は「乙」)が他界した後にカンセキ代表取締役に就任した長谷川会長が、カンセキから仮払いで現金を持ち出したまま精算せず、カンセキやバーンの取締役らが、バーンの現金をカンセキに簿外で移動させて仮払いの未精算を穴埋めしていたことを把握した(以下、長谷川会長が仮払いでカンセキから現金を持ち出すことを繰り返し、それによって生じたカンセキの現金欠損を隠蔽するためにバーンからカンセキに簿外で現金を移動させていたことを「本件不正行為」という)。 本件不正行為が長谷川会長の仮払い未精算によるものであり、カンセキやバーンの取締役も関与していたことから、カンセキは、カンセキのガバナンスの根幹部分が損なわれ、上記の他に更なる不正行為が存在するおそれがあると考え、本件不正行為の事実の詳細や、同種不正行為の存否等を明らかにするため、外部専門家で構成される第三者委員会を設置することとし、2021年10月8日、臨時取締役会において、第三者委員会の設置を決議した。 2 長谷川会長による資金流用の経緯(調査報告書12ページ以下) 長谷川会長は、1990年前後頃から、証券会社に個人名義の口座を開設して、信用取引を中心に、上場会社株式の売買を行っていたところ、2007年5月、創業者の他界によりカンセキの代表取締役に就任した後、同年8月上旬頃、株の信用取引における保証金の差入れ等の個人的用途に充てる目的で、当時は経理部長であった専務取締役管理本部長の高橋利明氏(報告書上の表記は「戊」。以下「高橋専務」と略称する)及び当時は財務課長であった取締役経理部長の村山和弘氏(報告書上は「己」。以下「村山取締役」と略称する)に指示して、カンセキから仮払いで現金50万円を支出させた。 その後、長谷川会長による資金流用は、返済と仮払いによる支出を繰り返しながら残高が膨らんでいく。こうした中、高橋専務及び村山取締役は、長谷川会長に対する仮払金が未精算のまま期を跨ぐと、役員に対する貸付(関連当事者取引)に該当して有価証券報告書の記載が問題となるのではないか、また、監査法人から指摘を受けるのではないかとの懸念を抱き、200万円の仮払いが未精算であることを隠蔽するため、バーンから一時的に簿外で200万円を借りて、仮払いが精算されたかのように仮装し、カンセキの現金欠損を隠蔽しようと考え、その旨を長谷川会長に提案して、その承諾を得た。 髙﨑常勤監査等委員による調査の時点で、長谷川会長に対する仮払金の未精算残高は720万円に達していた。 3 発生原因の分析(調査報告書32ページ以下) 第三者委員会は、本件不正行為の発生原因として、次の6項目を挙げた。 第三者委員会が、「長谷川会長の属人的要因」として、長谷川会長について、強いリーダーシップを発揮していた創業者が急逝した後、当時苦境にあったカンセキの経営を引き継いで業績を立て直した功労者であり、カンセキ社内において圧倒的な実力を有していたことを背景に、カンセキの資金を自分の財布の金を使うように安易に持ち出し、高橋専務や村山取締役を巻き込んで内部統制を無効化させていたものであると断じた。さらに、長谷川会長は、会社経営者としては成功したものの、自分のことについては公私の区別がなく、上場企業の経営者としての自覚や、コンプライアンス意識が決定的に欠如していたというべきであり、これが本件不正行為の大きな原因であったことは明らかであると強い口調で批判している。 また、長谷川会長の公私混同を許した高橋専務と村山取締役については、「正確な会計情報開示の重要性に対する経理担当役職者の意識の欠如」として、経理部長又は財務課長の立場にありながら、長谷川会長の指示に従って唯々諾々と高額の仮払いを行い、かつ、長谷川会長がこれを精算しないでいるのに催促もせず、あまつさえ、期末に仮払いが未精算となっている事実を隠蔽するため、簿外でバーンから現金を借りてきて、内容虚偽の仮払精算書を作成することにより、仮払金が精算されたかのような不正な会計処理を行っていたと断じて、両名が、カンセキの経理部門の中枢を占める責任者でありながら、会社の状況を正確に開示するどころか、不正な会計処理を行うことで不都合な事実を積極的に隠蔽していたものであり、正確な会計情報の開示の重要性に対する意識が乏しく、コンプライアンス意識も欠如していたと判断を示している。同時に、長期間にわたって不正な会計処理を継続した要因としても、この両名が属してきた経理部門における「人員配置の硬直化」を挙げている。 さらに、第三者委員会は、「風通しの悪い組織風土」について、社外取締役を除く現在のカンセキの取締役が、常務取締役である星一成氏(報告書上の表記は「丁2」)を除いて、全員が長谷川会長によって指名された者であり、その実績と相まって、発言力は圧倒的に長谷川会長が勝っていたものと認められること、人事も役員報酬も長谷川会長が一任されて決めている状況であることから、取締役会の議論も活発に行われていたとはいい難いとしたうえで、取締役間で、自由闊達な意見交換や上下間での相互牽制を期待することができない状況であったことが、長谷川会長の不正を抑止できなかった原因の1つであると締め括っている。 4 再発防止策の提言(調査報告書36ページ以下) 第三者委員会は、再発防止策の提言として、次の6項目を挙げている。 提言の中で、最も注目されるのは、資金を流用した長谷川会長だけではなく、不正行為に加担した高橋専務及び村山取締役についても、「カンセキの内部統制を無効化させた張本人であり、取締役としての資質や自覚に欠けるというべきである」として、取締役からの退任を求めている点であろう。原因分析の項で、長谷川会長の属人的要因を重要視し、長谷川会長に唯々諾々として従った高橋専務及び村山取締役についても、正確な会計情報の開示の重要性に対する意識が乏しく、コンプライアンス意識も欠如していたと断じている以上、当然の提言であると考える。   【調査報告書の特徴】 カンセキの2021年2月期有価証券報告書によれば、取締役5名に対する報酬(ストックオプションを除く)は84,100千円となっており、単純計算で1人17,000千円弱。社長就任以来14年にわたってカンセキに君臨してきた長谷川会長に対する報酬は他の取締役に比して大幅に高額であることが予想でき、経済的に会社資金を流出させる必要があったとは思えない長谷川会長が、2007年5月の社長就任後程なく、カンセキの経理部長であった高橋専務と財務課長であった村山取締役に用立てさせた現金は50万円だった。実際の使途は株式売買による損失の穴埋めだったにもかかわらず、このとき、長谷川会長が弁明に使ったのが、「創業家に対する資金的な援助」であったという。 その後14年、仮払いと返済を繰り返しながら、長谷川会長に対する仮払金残高は増加し、発覚時に720万円に達していた。同時に、高橋専務と村山取締役による隠蔽工作も深く潜行していた。髙﨑常勤監査等委員の調査により、バーンの現金残高不足が発覚した後の2021年10月6日、仮払金残高は、長谷川会長により一括で返済されている。 1 仮説検証アプローチ(調査報告書22ページ以下) 第三者委員会が、本件不正行為と類似事案の有無及び事実関係の調査に際して採用したのが「仮説検証アプローチ」であった。その理由として、第三者委員会は、「類似の不正行為」の調査は、「他に不正がないことを調査すること」と同義であり、調査対象が不明確になりがちであることから、「カンセキにおいて経営者による類似の不正行為」が存在していたことを仮定した上で、その場合に残されるであろう「証跡(不正の端緒)」を推定し、その証跡の有無を確認することとしたと説明している。 具体的に第三者委員会が設定した仮説シナリオは次のとおりである。 調査の結果、本来、不正な支出が行われていた場合には出現するはずの証跡(不正の端緒)は発見されなかったことから、第三者委員会は、当初に設定した「カンセキにおいて経営者による類似の不正行為が存在している」との仮説は成立せず、したがって、「カンセキにおいて他の類似の不正行為の痕跡はない」との評価に到達したと結論を述べている。 2 機能しなかった社外取締役 第三者委員会による原因分析では、取締役間の力関係により、自由闊達な意見交換や上下間での相互牽制を期待することができない状況であったことが、長谷川会長の不正を抑止できなかった原因の1つであると述べるに止まっているが、3名の社外取締役のうち監査等委員である取締役小林美晴氏及び横山幸子氏は、ともに弁護士資格を有する検事出身者であり、カンセキの取締役又は監査役に2006年5月に就任して、現在に至っている。長谷川会長がカンセキの実権を握る前から、役員に就任していることから、彼らが社外取締役としての牽制機能を十分に発揮していれば、もっと早い段階で、資金流用の事実を把握して、是正させることが可能だったのではないかと考えるのだが、第三者委員会の調査報告書には、そうした分析が行われた形跡はない。 また、第三者委員会は、各社外取締役に1回ずつヒアリング調査を行っているが、髙﨑常勤監査等委員以外の社外取締役についての職務遂行に関する記述はない。 3 取締役の辞任 カンセキは、第三者委員会の調査報告書を公表した2021年11月11日に、「代表取締役の異動及び取締役の辞任に関するお知らせ」というリリースを出し、長谷川会長、高橋専務及び村山取締役が辞任したことを公表した。第三者委員会も調査報告書における「再発防止策の提言」のトップ項目として、これら3名の取締役の退任を求めていたところであり、まずは、再発防止策の最重要項目を実現したと評価できる。 管理本部長と経理部長という、カンセキ管理部門の中枢を担ってきた取締役2名が同時に辞任するという異常事態ではあるが、2022年2月期第2四半期報告書は、提出期限延長申請が承認された期日である2021年11月15日に提出されているようであり、表面的には、混乱している様子は見ることができない。 4 財務報告に係る内部統制の不備 2021年11月15日、カンセキは、「『内部統制報告書の訂正報告書』の提出に関するお知らせ」をリリースして、財務報告に係る内部統制に、財務報告に重要な影響を及ぼす可能性が高い、開示すべき重要な不備があり、財務報告に係る内部統制が有効でないことを公表した。 カンセキが自認した、財務報告に係る内部統制の不備の内容は次のとおりである。 カンセキはこのリリースで、長谷川会長による資金流用の事実は、「質的重要性」から「開示すべき重要な不備」であると判断する一方、「金額的重要性が軽微」で、かつ、すでに「全額返金されている」ことから、連結財務諸表等の訂正を行わない旨を表明している。 なお、本稿執筆時点である2021年12月10日現在、カンセキは、第三者委員会の調査報告書の指摘・提言を踏まえて策定するとしている「改善策」について、まだ公表していない。 (了)

#No. 449(掲載号)
#米澤 勝
2021/12/16
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