対面が難しい時代の相続実務 【第10回】 (最終回) 「相続実務とオンラインの“これから”」 クレド法律事務所 弁護士 栗田 祐太郎 今回は最終回として、今後の相続実務における見通しにつき、筆者が思うところをざっくばらんに述べて本連載を閉じたいと思う。 1 オンライン化を検討する際の考え方 (1) オンライン化はあくまで手段 相続実務における各種業務のオンライン化が注目されるのは、それが、①実務家自身の利便性・効率性を高めるだけでなく、②顧客の利便性や満足度を高めることにもつながるからである。 このように、非対面化・オンライン化というのはあくまで手段・方法論に過ぎず、「対面」と「非対面・オンライン化」のどちらかが一方的に優れているという議論ではない。オンライン化が1つの大きなトレンドであることに間違いはないが、それ自体が目的化してしまっては、本末転倒である。 本連載では相続実務における様々な場面を取り上げて解説してきたが、業務の内容や場面、依頼者・相手方の属性、そして実務家自身のITスキルや物理的な環境等によって、対面・非対面の方式をうまく使い分けていくことが現実的な対応である。 (2) 「効率性」と「効果性」という2つの視点 日々の業務にどこまでオンラインを取り入れるか、また顧客からのオンライン化の要望にこたえるか等を検討するにあたっては、「効率性」と「効果性」の2つの視点を念頭に置くのがよいと思われる。 〔「効率性」の視点〕 まずは、「効率性」に関して、「当該業務をオンライン化することが、業務の効率性をアップさせることにつながるか」を検討することになる。 たとえば、関係者が多く、しかも遠方に居住しているという事案の場合には、逐一リアルで面談するよりも、オンラインにて打合せや協議を手軽に行えたほうが効率的であるといえる。 しかし、関係者の大半が高齢で、PCやオンライン機器の取扱いに不慣れであるといった場合もある。そのようなケースでもわざわざ非対面でのオンライン化を導入しようとすることは、関係者に対してIT機器の導入や使い方の説明から始めなければならないことになり、むしろ双方にとって多大な労力が生じる。これではわざわざオンライン化する意味がない。 したがって、当該業務や打合せをオンライン化することが、全体として見て本当に業務の効率性を高めることにつながるかを慎重に検討する必要がある。 〔「効果性」の視点〕 次に、「効果性」に関して、「当該業務をオンライン化することが、顧客満足の度合いを高めることにつながるか」を十分に検討するべきである。 実務家の側では、内容的に見てオンライン又は電話での打合せで十分足りると考えていても、顧客のほうではそれを望まず、対面での打合せを希望するケースも少なくない。これは、普段は仕事などでオンラインや電話での打合せの経験を豊富に有している相談者・依頼者の場合にも、このような希望が出ることは少なくない。 筆者が感じるに、これはおそらく、これから案件を依頼しようとする相談相手の人物を見極めたい(信頼できる専門家であるかどうかを実際に会って確かめたい)という気持ちや、重要な内容を打ち合わせる際には、質疑応答をはさみながら自分の率直な気持ちをストレートに伝えたいといった心情に基づくものと思われる。 このようなケースでは、実務家の一方的な都合で対面での対応に難色を示し、無理にオンラインや電話での対応を押し付けることは、顧客との信頼関係を失わせることにもなりかねず、顧客満足の度合いも低下させる。 したがって、オンライン化と「効果性」という視点も、念頭においておく必要がある。 以上で述べたような「効率性」と「効果性」という2つの視点を持って、各場面での非対面化・オンライン化のあり方を考える必要があろう。 2 非対面化・オンライン化へのシフトは、今後より一層進む 新型コロナウイルスの感染拡大も、いわゆる第5波がピークアウトした2021年秋頃からは終息に向かうと思われたが、同年12月中旬以降、今度はオミクロン株の拡大により再び感染者数が急増している。 新型コロナウイルスの問題が表面化した2020年初頭からこれまでの状況の推移を見れば、今後も当面は、感染者数の増加と収束との波が随時繰り返されていくものと思われる。 そうすると、新型コロナウイルスへの対応を直接の契機とした非対面化・オンライン化の要請は、上記のような社会情勢を見る限りは、少なくとも今後当面は変わるところはないといえる。 他方で、近時よく目にする「電子契約」、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」、「リーガルテック」、「裁判のIT化」といったキーワードも、すべて法律実務のオンライン化を志向しており、時代は確実にこの方向で進んでいる。 さらにいえば、コロナ禍の実務の現場で、オンラインの導入による利便性を一度体験してしまった我々としては、このような便利な道具を手放すことはもはやできない。我々は、もう元には戻れないのである。 そうしてみると、今後、新型コロナウイルスの感染拡大がどのように推移するか、あるいは終息するかとはもはや直接関係せずに、この先の将来もより一層、相続実務が非対面化・オンライン化へとシフトしていくことはまず間違いないと思われる。実務家においても、この流れに抗うことはもはや不可能である。 実際に、本稿執筆の2022年1月時点でも、これまでは当事者の出頭が要求されていた「離婚調停成立に際しての意思確認」も、ウェブ会議の方式にて行えるよう法改正される予定であると報道されている。 本連載で紹介した取り組みは、ごく平均的なITスキルしか持たない筆者の、最低ラインの実践例を紹介したものにすぎない。 本連載の内容が、読者の皆様の日々の業務の非対面化・オンライン化を考える上での少しのヒントにでもしていただければ幸いである。 (連載了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第53話】 「逋脱犯と重加算税」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・何を・・・読んでいるのですか?」 昼食後、浅田調査官は、中尾統括官の傍らにやって来る。 「うーん・・・」 中尾統括官は、新聞を見ながら渋い顔をしている。 「脱税事件ですか・・・」 浅田調査官は、中尾統括官が手にしている新聞を覗く。 「これって・・・理事長の自宅で1億円以上の現金が発見されたと報道されていたのですが・・・」 中尾統括官は、軽く頷く。 「大学の関連業者らから受け取ったリベート収入を除外するなどして、2018年と2020年の所得、約1億1,800万円を隠蔽し、約5,200万円の所得税を免れたとして起訴されたということなのだが・・・」 「凄い金額ですね・・・しかも、家宅捜査で現金そのものが見つかっていることから、脱税の言い逃れは難しいですね」 浅田調査官は、少し興奮して、新聞記事を読む。 「所得税法違反となっているけれど・・・所得税法238条1項に該当するということですか?」 浅田調査官は、傍らにある税務六法を捲りながら、条文を読む。 「・・・これは、逋脱犯ともいわれ、納税義務者又は徴収納付義務者が、偽りその他不正の行為により租税を免れ、又は還付を受けたことを構成要件とする典型的な犯罪だよ」 中尾統括官は、厳しい表情で説明を続ける。 「・・・この・・・偽りその他不正の行為とは・・・最高裁昭和42年11月8日判決では・・・逋脱の意図をもって、その手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるような何らかの偽計その他の工作を行うこと・・・と述べている」 中尾統括官は、再び、新聞記事に目を向ける。 「当初は・・・妻に全てを任せていて、自分はそのカネの受取りについては、知らないと理事長は供述していたらしいが・・・」 新聞記事では、現金の流れは、おおよそ、次のように説明されている。 「・・・でも、10年以下の懲役若しくは1,000万円以下の罰金というのは少し重くはありませんか・・・」 浅田調査官は、中尾統括官を見る。 「そんなことはないだろう・・・今回の理事長の脱税金額は、1億1,800万円で、それだけの金額を納税者として申告しなかったのだから・・・」 中尾統括官は、憮然と答える。 「ところで・・・この事件では・・・これだけ巨額な脱税ですから、重加算税も当然、賦課決定されているでしょう・・・もっとも、重加算税については・・・偽りその他不正の行為ではなく、隠蔽・仮装が課税要件になっています・・・これって、どう違うのですか?」 浅田調査官は、頭を掻きながら、訊ねる。 「なかなか良い質問だ」 中尾統括官は、ニコニコしながら答える。 「・・・解釈論としては・・・逋脱犯の場合、『故意』がその過少申告自体に必要であるのに対して、重加算税の場合、隠蔽・仮装の行為の認識で足りるという考え方がある・・・この考え方を採るならば、重加算税の課税要件の方が、逋脱犯のそれよりも広いと解することが可能になる・・・もちろん、両者は、重複する部分が多いが・・・」 中尾統括官は、机の上にある罫紙に簡単な図を描く。 「そして、そのように解釈する方が、逋脱犯に対する罰則が、行為の反社会性、反道徳性に着目して、厳格に課税要件が適用されることから妥当なように思う・・・もっとも、異なる考え方もあるが・・・」 そう言い終わると、中尾統括官は、新聞を畳んで、ポンと机上に置く。 (つづく)
《速報解説》 各省庁等連名で「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」を公表 ~全7問のQ&A及び事例等を示し、違反とならない取引価格の設定方法等を明らかに~ 税理士 石川 幸恵 令和4年1月19日、「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(以下「Q&A」という)が、財務省・公正取引委員会・経済産業省・中小企業庁・国土交通省の連名で公表された。 インボイス制度が導入されると、免税事業者からの課税仕入れにつき、仕入税額控除が制限される(※)ことを踏まえて、免税事業者本人の取引への影響や、自身は課税事業者であるが、仕入先が免税事業者である場合の対応に関する考え方について、Q&Aが全7問示され、1月24日には(参考)として下請法等の考え方の2事例、建設業法上の考え方の1事例を提示して解説している。 (※) 免税事業者からの課税仕入れについては、経過措置としてインボイス制度の実施後3年間は、仕入税額相当額の8割、その後の3年間は同5割の控除ができることとされている。 特に、自身は課税事業者で仕入先が免税事業者である場合に、取引価格の交渉はどこまで可能なのかについて関心が高いと思われるが、「(参考)インボイス制度後の免税事業者との取引に係る下請法等の考え方」の【事例1】によれば、「『報酬総額11万円』で契約を行った」が、「取引完了後、インボイス発行事業者でなかったことが請求段階で判明したため、下請事業者が提出してきた請求書に記載された金額にかかわらず、消費税相当額の1万円の一部又は全部を支払わないことにした」のは、下請法違反であると明示している。 また、「(参考)インボイス制度後の免税事業者との建設工事の請負契約に係る建設業法上の考え方」の事例でも、建設業の元請負人と下請負人の取引について、同様に消費税相当額の一部又は全部を免税事業者である下請負人に支払わないこととするのは、建設業法違反としている。 一方、Q&AのQ7では、免税事業者からの課税仕入れについて仕入税額控除が制限される分について、免税事業者の仕入れや諸経費の支払いに係る消費税の負担をも考慮した上で、双方納得の上で取引価格を設定すれば、独占禁止法上問題となるものではない、としている。 独占禁止法では、自己の取引上の地位が相手方に優越している一方の事業者が、取引の相手方に対し、その地位を利用して正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることが優越的地位の濫用として問題となる。 既に、一部の企業では仕入先に対して、適格請求書発行事業者の登録をするかどうかを聞き取っているようであるが、インボイス導入前の準備段階から交渉を進めて、取引価格の改定を行っていくことが重要であると考えられる。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 「AI等のテクノロジーの進化が公認会計士業務に及ぼす影響」の研究を JICPA協力のもと理研が実施 ~10年後、主査業務の34.7%がAIに代替されるとの推計も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年1月26日付けで(ホームページ掲載日は2022年1月27日)、国立研究開発法人理化学研究所が実施し、日本公認会計士協会がその実施に協力した研究「AI等のテクノロジーの進化が公認会計士業務に及ぼす影響」(以下「研究報告書」という)が公表された。 日本公認会計士協会は、会員に対して、「理化学研究所による研究報告書「AI等のテクノロジーの進化が公認会計士業務に及ぼす影響」の公表を受けて」も公表している。 これは、人工知能(Artificial Intelligence:AI)等のテクノロジー(以下「AI」という)によって公認会計士業務の中核的な業務とされる監査業務の代替可能性、代替されうる具体的な業務などを調査したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 AI等のテクノロジーによる代替可能性 監査の役割分担は、監査責任者、主査、補助者などに分担される。 監査責任者、主査、補助者で負っているタスクが異なるので、各役職でのタスク分類を考慮して、代替可能性等を推計している。 ただし、研究報告書では、調査の対象から監査責任者は除外し、監査業務のタスクが特定しやすい主査と補助者を対象としている(9ページ)。 監査責任者については、経営層とのコミュニケーション等、AIに代替不能な業務が大半を占めているという仮説は自明であるとして、特段の調査項目は設定していない(11ページ)。 研究報告書は、10要素に分解した主査と補助者の業務について、AI等のテクノロジーによる代替可能性を評価しており、日本公認会計士協会の会員向けの「理化学研究所による研究報告書「AI等のテクノロジーの進化が公認会計士業務に及ぼす影響」の公表を受けて」の2ページでは、平均して、主査業務については30年後に45.6%、補助者業務については30年後に60.6%がAIに代替されると予測されるとしている。 また、10年後には、主査業務で34.7%、補助者業務で50.5%がAIに代替されると推計されている。 10要素に分解した主査の業務内容とは、クライアントとの調整(交渉、議論、報告等にかかる各種コミュニケーション)、企業環境の理解及び監査リスクの評価など)などである(13ページ)。 10要素に分解した補助者の業務内容とは、クライアントとの調整(交渉、議論、報告等にかかる各種コミュニケーション)、証憑突合、帳簿突合、分析的手続、表示チェックなどである(13ページ)。 2 人事評価 研究報告書は、今回の調査対象である主査、補助者の各業務に対する人事評価との紐づけを通じて、代替可能性と生産性の評価とを結びつけた推計を行っている。 研究報告書は、主査と補助者が実施する業務を10項目(上記を参照)に分類し、どの業務(属性)が昇進という観点から重要であるかを評価している。 その結果、主査への評価項目に関しては、代替可能性の低い業務項目について人事上高い評価がされており、特に「⑧監査上の重要事項に係る検討及び判断」が突出して高い評価となっている(18ページ)。 補助者への評価項目に関しては、最も代替可能性の低い「②クライアントとの調整」が、人事評価上も最も重要である(22ページ)。 ただし、代替可能性が最も高いと評価されている「⑦証憑突合等」に関しては、人事評価上も一定程度重要である。 3 生産性分析 監査業務の一部をAIに代替させた場合を仮定し、人事評価に関する分析と組み合わせた結果、主査業務については10年後に32.0%、30年後に42.5%生産性が向上する可能性があると評価されている(24ページ)。 また、補助者業務については10年後に48.4%、30年後に58.0%生産性が向上する可能性があると評価されている(24ページ)。 4 結論 研究報告書の結論としては、すべての業務がAIに代替される可能性は低いものの、AIに代替可能な業務も存在する(2、26ページ)。 AIに代替可能な業務の一部は、監査法人での昇進のための重要な要素となっていることから、監査法人の人事評価にも影響することになる(2、3ページ)。 主査については、AIによって代替される領域が一定程度存在するのは事実であるものの、人事評価の過程において、代替可能性が低い業務が重視される傾向にあるため、代替可能性が高い業務については積極的にAIのテクノロジーに代替し、代替可能性が低い業務に注力するインセンティブが働くであろうと述べている(26ページ)。 補助者は主査と比較して全体的にAI等による代替可能性の高い業務を担っている。人事評価との関係では、最も代替可能性の低い「①クライアントとの調整」が、人事評価上も最も重要であるものの、代替可能性が最も高い「⑦証憑突合等」に関しては、人事評価上も一定程度重要であると捉えられている(26ページ)。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「イメージ文書により入手する監査証拠に関する実務指針」を公表 ~令和3年度税制改正の国税関係書類の電子的な保存の要件緩和における留意点も示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年1月26日付けで(ホームページ掲載日は2022年1月27日)、日本公認会計士協会は、「監査・保証実務委員会実務指針第104号「イメージ文書により入手する監査証拠に関する実務指針」」を公表した。これにより、2021年11月19日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対するコメント対応も公表されている。 これは、令和3年度税制改正による電子帳簿等保存制度の見直しに伴い、スキャナ保存制度について要件緩和がなされたことや電子取引に係る電子情報の保存が義務付けられたことを受けて、今後、企業の取引情報の電子化の一層の加速が見込まれることなどに対応し、監査人が監査証拠を電子データの一種であるイメージ文書で入手する場合の実務上の指針を提供するものである。 実務指針においては、電子帳簿等保存制度を参考とすることが多いが、企業の電子帳簿等保存制度への準拠や適合の状況に関する監査人の対応について直接に取り扱うものではないとのことである(10項)。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 適用範囲 監査人は、観察や質問等によって得る情報に加えて、書面又は電磁的記録(以下「電子データ」という)により監査証拠を入手するが、実務指針の適用範囲は、電子データのうち、書面の取引証憑と同等の記載内容を保っているPDF等のイメージ文書である(2項)。 「イメージ文書」とは、情報システムの使用により可読性のある電子データであり、書面の取引証憑と同等の記載内容を保っているデータをいう(12項(5))。 ファイル形式としては、PDFファイルや他の画像ファイル(BMP、TIFF、JPEG、PNG等)が想定されている(12項(5))。 電子データであっても、EDI(Electronic Data Interchange)取引等によって情報システムで生成される一覧型のシステム取引データは、イメージ文書とは異なる監査上のリスクを考慮する必要があり、従前からの監査手続により対応が図られていることから、実務指針の対象としていない(2項)。 実務指針は、次の両方のイメージ文書を対象としている(2項)。 さらに、原本である書面を電子化する場合には、企業が関連する法令等に従って電子化する場合と、監査の過程で監査人が依頼したことで電子化される場合があり、実務指針はこの両方を対象としている(2項)。 次の付録も記載されている。 2 原本 「原本」とは、イメージ文書に変換する前の元になったものであり、書面又は情報システムから出力された可読性のある電子データをいう(12項(6))。 実務指針は、監査の過程で監査人が監査証拠として入手する可能性のあるイメージ文書を取り扱っているため、原本という用語をイメージ文書と対比する目的で、上記のように定義している。 実務指針では、イメージ文書の作成を前提としていない書面等についての原本を定義することを目的としていないため、他の法令等における定義とは異なる場合があるとのことである(12項(6))。 監査人は、イメージ文書の元になった原本が被監査会社の管理下に存在し、それが監査の目的に関連する情報であり、監査人が監査証拠として必要と判断する場合には、経営者に対し当該原本の提供を求めることがある(14項)。 公開草案に対するコメントとして、公開草案全体からは、可能な限り書面の原本を廃棄してほしくないというようなトーンがうかがえるが、必ずしも監査人の立場から書面の原本の廃棄を禁止するものではない旨を冒頭部分等において明確にした方がよいのではないか、また、実務指針は、スキャナ保存に係る内部統制の整備及び運用を強制するものではないという理解でよいかとのコメントが寄せられた(コメントNo.1)。 これに対して、実務指針では、書面の原本の廃棄を禁止したり、被監査会社に要請したりするといった立場ではないこと、また、被監査会社にイメージ文書の真正性確保に関する内部統制の整備及び運用を強制するわけではないことが記載されている。 全体として、イメージ文書に取り込む前の原本の方が、証拠力が高いというスタンスではないかとの受けとめに対しても、コメントを踏まえ全体を見直し原本を確かめる必要性を強調しないよう修正しているとのことである(コメントNo.3)。 3 イメージ文書に係るリスクの識別と評価 監査人は、電子取引において受領又は交付したイメージ文書が複製であることのみを理由に監査証拠として十分かつ適切ではないと判断する、又は、情報の信頼性を何ら検討せずにイメージ文書が複製元の原本と全く同一の記載内容であると判断する、といった先入観を持たず、入手したイメージ文書が有する証明力並びに監査証拠としての十分性及び適切性を適切に評価して対応する(20項)。 監査人は、入手したイメージ文書に対して、重要な虚偽表示リスクの程度が高いと評価し、より確かな心証が得られる監査証拠を入手する場合には、監査証拠の量を増やすことや、より適合性が高く、より証明力の強い監査証拠を入手することがある(42項、43項)。 後述のように、スキャナ保存に関しては、令和3年度(2021年度)税制改正により、スキャナ保存後直ちに書面の原本を廃棄することが可能となっている。 そのため、監査人は、監査上必要と判断する一定金額以上の契約書など、重要な監査証拠となり得る記録や書面の原本の取扱いに関して被監査会社と事前に十分に協議し、例えば、次のような対応を検討することが考えられるとしている(64項)。 4 令和3年度(2021年度)税制改正による監査への影響 令和3年度(2021年度)税制改正により、国税関係書類の電子的な保存のための要件が緩和されており、イメージ文書の保存に関して以下に留意する(32項)。 5 内部統制 監査人は、監査に関連する内部統制を理解する際に、監査基準委員会報告書315「企業及び企業環境の理解を通じた重要な虚偽表示リスクの識別と評価」第12項に従い、内部統制のデザインを評価し、これらが業務に適用されているかどうかについて、企業の担当者への質問とその他の手続を実施して評価する(34項)。 イメージ文書の作成、受領及び保管に関する内部統制(IT全般統制を含む)を理解するに当たってのポイントなどが記載されている(37項ほか)。 Ⅲ 適用時期等 実務指針は、2022年1月1日以後に開始する事業年度に係る監査及び同日以降に開始する中間会計期間に係る中間監査から適用する。 ただし、それより前の決算に係る監査から実施することを妨げない。 なお、実務指針の公表により、2022年1月26日付けで、次のものが廃止されている。 (了)
《速報解説》 「公認会計士業務における情報セキュリティの指針」のQ&Aが改正される ~リモートワーク普及に伴う新たなリスクへの対応等について設問を追加~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年1月13日付けで(ホームページ掲載日は2022年1月26日)、日本公認会計士協会は、「IT委員会研究報告第34号「IT委員会実務指針第4号「公認会計士業務における情報セキュリティの指針」Q&A」の改正」を公表した。これにより、2021年11月17日から意見募集していた公開草案が確定することになる。 これは、リモートワークの定着化により想定される課題への対応等について述べたものである。 公開草案に対するコメントは寄せられなかったとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ リモートワーク関連技術・対策のQAの追加など 1 電子データ授受に関する方針を定める上での留意点(Q22) 電子データ授受に関する方針を定める上での留意点を追加し、主に次の事項を記載している(Q22)。 2 リモート会議の実施に対する主なリスクの例示(Q35) リモート会議の実施に対する主なリスクの例示を追加している(Q35)。 例えば、次の事項である。 3 リモートワークの導入に当たってのセキュリティ対策(Q36) リモートワークの普及に伴い、総務省から、リモートワークの導入に当たってのセキュリティ対策についての考え方や対策例を示した「テレワークセキュリティガイドライン」が公表されている(Q36)。 Ⅲ リスクアセスメントの例示の更新 「付録2:業務の局面におけるリスクとリスク対応例」を更新している。 Ⅳ 予防のみならず被害を受ける前提の早期検知・対策(Q7、27) 近年のサイバーセキュリティ攻撃は巧妙になってきており、これを予防的に防ぎきることは難しくなってきている。このため、早期の検知を行えるような組織やシステム運用上の仕組みを導入することや、影響の特定早期化や対応の早期化など被害の最小化につながる取り組みを行っていくことも大事であるとしている(Q7)。 また、サイバー攻撃等のインシデントが発生したことを想定し、外部業者等セキュリティに関して相談できる窓口等について事前に確認したり、セキュリティベンダー等に日頃の対策について意見を求めたりするなどの対応が有効と考えられるとしている(Q27)。 Ⅴ クラウドサービス等外部委託先を利用することを前提とした記載の強化(Q9、11、12) 業務の実行やIT機能は外部に移転することが可能だが、説明責任は移転することができないことから、外部にどのような作業や業務を委託するのかによって、扱う情報も異なることを前提にリスクに応じた対策を行うことが肝要であるとしている(Q9)。 そのほか、Q11、Q12についても改正している。 Ⅵ PC等からの情報漏洩を避ける日常的な防止策の例示の追加(Q25) 重要な情報を取り扱うファイルサーバや仮想デスクトップ等の場合は、ディスク障害や保守メンテナンス時に重要なデータが保存されたHD、SSDを返却せずに、自社で保管又は処分が可能な「ディスク返却不要オプション」を用意している機器ベンダーもあるので、自社で情報漏洩のリスクを完全にコントロールできるサービスがあれば積極的に検討することが望ましいなどの記載が行われている(Q25)。 (了)
2022年1月27日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.454を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第10回】 「税法における類推解釈の許容性」 -税法解釈原理としての「疑わしきは納税者の利益に」の妥当性- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 税法の解釈については、租税法律主義の下で、厳格な解釈が要請され、原則として文理解釈によるべきであり、類推解釈は許されないことに異論はない(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)35頁、金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)123頁等参照)。 一般に、類推解釈という用語は、「類推を拡張解釈などと同様に、体系的解釈の一種とする見解」(田中成明『現代法理学』(有斐閣・2011年)469頁)に従った用語法によるものと解されるが、類推とは「ある事案を直接に規定した法規がない場合に、それと類似の性質・関係をもった事案について規定した法規を間接的に適用すること」(同468頁)をいうところ、「狭義の解釈が法規の文理的意味の範囲内で行われるのに対して、類推は、法の欠缺の存在を前提として、法規を間接推論によって適用する補充作業であるから、両者は法理論的には区別すべきである」(同469頁。下線筆者)とされている。つまり、類推は、法理論的には、狭義の解釈とは異なり、法の欠缺を補充するための法創造と性格づけられるのである。 ただ、類推に係る法規の間接推論においても「解釈的」方法が用いられる点に着目すれば、類推を「広義の解釈」として類推解釈と呼ぶこともできよう。上記の用語法はそのような意味での類推解釈に関するものであろう。以下では、そのような意味ないし用語法において類推解釈という語を用いることにする。 Ⅱ 納税者に有利な類推解釈の許容性 では、前述のとおり類推解釈が原則として許されないことから、税法判例には類推解釈を認めたものはないのであろうか。筆者の知る限り、「類推解釈」を明示的に認めた税法判例としては、最判昭和45年10月23日民集24巻11号1617頁がある(以下「昭和45年最判」という。ほかに、明示的にではないが類推解釈を認めたものと解される税法判例については、拙稿「租税法律主義と司法的救済保障原則-裁判官による文理解釈の『適正化』のための法創造根拠理由の研究-」税法学586号(日本税法学会創立70周年記念号・2021年)377頁、396頁参照)。 昭和45年最判は、所得税法33条1項括弧書に相当する規定がなかった当時において借地権の設定に伴い授受された高額な権利金の所得区分が争われた事案に関するものであり、次のとおり判示した(下線筆者)。 上の引用判示のうち2段落目で説示されているように、本件におけるような借地権の設定に伴う高額の権利金の授受は、昭和25年の旧所得税法改正当時においては立法者の想定外の事実であり、これに適用できる法規が欠缺していたため、昭和45年最判は、その欠缺を補充するために「類推解釈」の名の下で法創造を行ったものと解される。 しかも、本件直後の昭和34年の旧所得税法改正により現行所得税法33条1項括弧書の規定(一定の借地権設定への「譲渡」概念拡張規定)に相当する規定が定められ、上記の法の欠缺が立法によって補充され「今後同様の問題が生ずる余地のなくなった」(富沢達「判解」最判解民事篇(昭和45年度)1041頁、1048頁)後の判断であったことから、昭和45年最判においては、最高裁としては租税法律主義の下でも法創造に対する抵抗感がさほど強くなかったのかもしれない(ただし、前記引用判示の最後の段落からすると、その抵抗感が全くなかったわけではなかったと考えられる)。最高裁がその2年ほど前に示した下記の譲渡所得課税の趣旨(最判昭和43年10月31日訟月14巻12号1442頁)に照らせば、昭和45年最判が行ったのが法創造といっても、その趣旨の範囲内にある法創造(制定法内在的法創造)であることからすると、尚更である(富沢・前掲「判解」1047頁も参照)。 とはいえ、昭和45年最判が「類推解釈」の名の下で法創造を行ったのは、何よりもまず、それが納税者に有利な類推解釈(法創造)であったからであると考えられる。所得税法上の不動産所得と譲渡所得との区分に関する前記の法の欠缺を立法者が機動的に補充していれば納税者が享受することができたであろう租税利益(二分の一控除の利益)を、その法の欠缺の故に納税者が享受できないという結果は、当該所得区分に関連する規定の解釈適用上は納税者にとって「不当・不合理な結果」というべきである。その結果が租税法律主義の下で厳格な解釈の要請に従って行われる当該関連規定の文理解釈によるものであっても、その結果の不当性・不合理性は変わることはない。 そもそも、文理解釈の結果が納税者にとって著しく不当・不合理なものである場合、納税者は、当然のことながら立法者とは異なり、自ら直接その結果を除去する権限をもたず、裁判を受ける権利(憲法32条)を行使して裁判所に対してその結果の除去を請求し得るにとどまる以上、裁判所としては、裁判を受ける権利を実質化し司法的救済を実現するために、文理から離れた(とはいえ制定法内在的法創造の枠を超えない)法創造によってその結果を除去し納税者の権利を救済しなければならない(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【44】、第7回Ⅲ参照)。 この意味で、昭和45年最判は、租税法律主義の内容を構成する司法的救済保障原則の見地から高く評価すべきものである(前掲拙著【27】参照)。 Ⅲ 「疑わしきは納税者の利益に」の意義と解釈原理としての妥当性 ところで、納税者に有利な類推解釈(法創造)は、同様の発想なり考え方を、古くから税法の解釈原理として主張されてきた「in dubio contra fiscum」という法命題の中に見出すことができる。これは直訳すれば「疑わしきは国庫の不利益に」となるが(中川一郎編『税法学体系〔全訂増補〕』(ぎょうせい・1977年)63頁[中川一郎執筆]参照)、しばしば「疑わしきは納税者の利益に」の意味で用いられる(清永・前掲書36頁参照)。この法命題を税法の解釈原理として承認する立場に立てば、それはまさしく納税者に有利な類推解釈(法創造)であると理解することができようが(前掲拙著【49】参照)、このような理解は、昭和45年最判の原審・東京高判昭和41年3月15日行集17巻3号277頁の採用するものである。この判決は次のとおり判示した(下線筆者)。 ここで「疑わしい場合」とは、「税法の規定の意味内容が一義的でなく解釈上直ちに一つの答えを見出すことが困難である場合」(清永・前掲書36頁)をいうものと解されるが、「疑わしきは納税者の利益に」という法命題を税法の解釈原理として承認するかどうかについては、これを肯定する見解(中川編・前掲書66頁[中川執筆]、清永・前掲書37頁等参照)と否定する見解がある。後者の代表的な見解は次のとおり説いている(金子・前掲書125頁)。 確かに、そのような「疑わしき」規定は、憲法論においては、課税要件明確主義に反し無効であり適用できないと考えるべきであろう。しかし、わが国の違憲立法審査制(憲法81条)は抽象的違憲審査権を裁判所に認めるものでないと解されるが(最大判昭和27年10月8日民集6巻9号783頁参照)、そうである以上、具体的な訴訟において当該「疑わしき」規定について納税者が課税要件明確主義違反を主張せず、しかも複数の合理的な解釈可能性のうちに納税者の主張する自己に有利な解釈がある場合には、「疑わしきは納税者の利益に」という法命題は税法の解釈原理として成り立つと考えるべきであろう(前掲拙著【49】参照)。 このように考えることによって、方法論の違いはともかく、納税者に有利な類推解釈(法創造)を許容する場合と同様、司法的救済保障原則の実現に資する結果をもたらすことができよう。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、税法における類推解釈の許容性を特に納税者に有利な類推解釈(法創造)に関して検討し、関連して「疑わしきは納税者の利益に」という法命題の、税法の解釈原理としての妥当性についても検討した。 租税法律主義の下では「租税法規はみだりに規定の文言を離れて解釈すべきものではな[い]」(最判平成22年3月2日民集64巻2号420頁)が、「みだりに」ではなく、裁判を受ける権利の実質化・実効的保障という正当かつ合理的な理由に基づく場合には、裁判所が「規定の文言を離れて」納税者に有利な類推解釈(法創造)を行い、あるいは「疑わしきは納税者の利益に」という法命題を税法の解釈原理として用いる余地を認めるべきであると考えるところである。無論、裁判所がそのような判断をする必要がないように、何よりもまず、立法者に「租税立法の質」を改善する立法力を機動的に発揮することが要請されることはいうまでもない(前掲拙稿400頁参照)。 (了)
これからの国際税務 【第29回】 「令和4年度与党税制改正大綱にみる国際課税項目」 千葉商科大学大学院 客員教授 青山 慶二 1 はじめに 昨年12月10日に発表された与党税制改正大綱では、まず総論として、去る10月に最終合意に到達した2つの柱から成る新しい国際課税ルールについて、今後も実施のための国際協調へ取り組む日本の立場を明らかにするとともに、令和5年度以降の法制化に向けた方針も明記された。併せて、国際的な租税回避対応策の見直しや非居住者の給与課税及びこれらを含めた税制の国際化に対応できる国税当局の執行体制の強化を今後の課題として列挙している。 一方で、令和4年度に実施する国際課税関係の改正項目については、体系的な改正事項はなく、総じて既存制度の技術的な手直し項目が列記されている。 本稿では、総論の概要とその背景及び令和4年度改正事項に関して、現時点で把握できる情報をもとに紹介する。 2 2つの柱の国際合意を踏まえた国際課税に対する基本方針 経済のデジタル化の下での新しい国際課税ルール(市場国に新たに課税権を付与する利益Aと軽課税国への所得移転を阻止するグローバルミニマム税の創設。いずれも2022年中の立法化と2023年からの施行を目標)については、我が国政府は、この問題を協議してきたG20/OECDの包摂的枠組国(現在141ヶ国)の中心メンバーとして、昨年10月の最終合意到達に貢献してきた。 わが国の積極姿勢は、マスコミで取り上げられた租税回避事例(大規模テクノロジー企業によるアイルランドを舞台としたアグレッシブな租税回避スキームなど)に手を染めていない我が国多国籍企業にとって、本取組みは、競争条件を平等化できる点で歓迎できるとの評価に加えて、デジタル事業に対する欧州を中心とした1国限りの課税措置(デジタルサービス税の賦課)の拡大がもたらす税制の不確実性を早期に解消せねばならないとの認識を、包摂的枠組国と共有してきたことがその背景にある。 かかる進展を踏まえて、今回の与党大綱では、達成された合意内容の実施と合わせて、今後の国際課税制度の見直しの方向性を、次の通り提言している。 (1) 新しい国際合意の的確な実施 今後予想される多国間条約の策定・批准や国内法改正について、積極的に取り組むが、その際には、「わが国企業等への過度な負担とならないように既存制度との関係などにも配慮しつつ、国・地方の法人課税制度を念頭に置いて検討する」とした。この宣言からは、見直しに際して以下の点に留意するとの含意がくみ取れそうである。 (2) 国際的な租税回避や脱税等への対応 与党大綱では、「国際的な議論や租税回避の態様等を踏まえ必要な見直しを迅速に行っていく」との従来の方針を踏襲している。その際、今後の新しい課題として、次の2点を付け加えている。 3 令和4年度の国際課税に関する主な個別改正項目 (1) 過大支払利子税制の修正 外国法人の法人税の課税対象とされるすべての国内源泉所得金額を、過大支払利子税制の対象とするものである(これまではPE帰属所得のみを対象としていた)。包括的な利子控除制限措置を推奨するBEPS行動4の勧告の趣旨に沿った追加的改正と思われる。 (2) 外国子会社合算税制の見直し 外国関係会社に適用される経済活動基準のうち実体基準と管理支配基準で認められている保険業特例(ロイズ保険事業等が基準を充足するとするもの)の適用要件である「一の保険会社等」について、保険会社に株式を全部保有されている一定の要件を満たす保険会社以外の内国法人を含むとする改正である。課税上弊害のない事例として適用対象が追加されたとみられる。 (3) 子会社株式簿価減額特例の見直し 子会社からの配当と子会社株式の譲渡を組み合わせた租税回避を防止するための措置である「子会社株式簿価減額特例」について、子会社が期中配当する場合や孫会社等を設立後継続支配している場合等に、子会社株式の簿価を減額することなく配当できるようにする見直しである。日本企業の海外での健全な事業活動に過度な負担が及ばないための修正とみられる。 (4) その他 以上の外、グループ通算制度の施行に伴う外国税額控除制度の見直し、金融商品取引法に規定する市場デリバティブ取引又は店頭デリバティブ取引の決済により生ずる所得が、国内源泉所得である「国内資産の運用・保有所得」に含まれないことの法令上の明文化、非居住者に係る金融口座情報の自動的情報交換のための報告制度の一定の追加措置、などが提案されている。 (了)
“国際興業事件”を巡る5つの疑問点 ~プロラタ計算違法判決を生んだ根本原因~ 【第4回】 公認会計士・税理士 霞 晴久 《疑問点5》 別件裁判例では、外国上場会社の財務諸表上の数値を用いてみなし配当を計算しているのではないか 前回の《疑問点4》で、筆者は、外国上場会社からみなし配当を受領した場合に、同社の「資本金等の額」及び「利益積立金の額」を計算してみなし配当の金額を導出することは事実上不可能であると指摘したが、外国上場会社の「資本金等の額」及び「利益積立金の額」について、米国会計基準に準拠した公表財務諸表の数値を直接用いて計算している裁判例があるので、以下、検討する。 (1) タイコ・インターナショナル事件 本件は米国における組織再編として極めてポピュラーなスピンオフ(※29)を行ったタイコ・インターナショナルLTD(T社)の株主である日本の居住者Aに対し、同スピンオフによって分社化された他の外国法人2社(S1及びS2)の株式が割り当てられたことで、Aが外国証券等取引口座を有する証券会社Bから、Aが割当てを受けた株式の取得は、所得税法(※30)にいう「みなし配当」に該当し、Aの配当所得についてBが源泉徴収義務を負うとして、源泉所得税等及びこれに対する損害賠償金の支払いをAに求めた(※31)事案である。 (※29) 太田洋『スピン・オフ税制の導入と我が国上場会社への影響〔上〕』商事法務No.2133(2017.5.5)63頁は、「米国におけるスピン・オフの件数は、(中略)1990年代から2000年代初頭とリーマン・ショック前の2007年・2008年にピークを迎えた後、2014年・2015年にも大きく増加しており、1989年から2016年に至るまでのその件数の合計は617件に上っている。(中略)このように、米国では、毎年多数の上場会社がスピン・オフを実行している。」と述べている。 (※30) 平成19年度税制改正前の所得税法25条1項3号及び同法施行令61条2項3号。 (※31) AはT社から株式の交付を受けたのであって金銭の交付を受けたわけではないから、証券会社Bは、Aから納税資金の支払いを受けるか、Aからの預り金がある場合はそれを充当しない限り、その源泉徴収義務を履行できないことになる。 この訴えに対し東京地裁は、「Aが本件割当てによって取得した株式のうちT社の利益剰余金を原資とする部分は、株式等の出資者に対し出資者としての地位に基づいて分配した利益に当たるから、利益の配当として配当所得に該当する(所法24①)というべきである」とし、また、「Aが本件割当てによって取得した株式のうちT社の資本剰余金を原資とする部分は、剰余金等の留保利益から成るものであって、その実態において配当所得と異ならないものであるから、T社の資本金等の額のうち払戻しの起因となったAの出資額に対応する部分を超えれば、法人の資本の払戻し(所法25①三)として、みなし配当に該当するというべきである」として、Bの主張を支持した。 (2) T社事件判決の問題点 本件でT社が行ったスピンオフが所得税法25条1項旧3号の資本の払戻しに該当するかどうかについて、T社判決では、T社のForm10‐Kで開示される連結株主資本等変動計算書において、S1及びS2の株式の分配に伴って資本剰余金が減少している事実が認められることから、旧3号の資本の払戻しに該当すると判断している。すなわち、資本の払戻しを行う外国法人の経理処理が、我が国税法上の判断の基準となっている(※32)。 (※32) 増井良啓教授は、『外国会社からの現物分配と所得税-再論』税務事例研究126号(2012年)63頁で、本件裁判例が資本剰余金を原資とする部分につきみなし配当の課税ルールを当てはめていることから、裁判が依拠する「利益剰余金」や「資本剰余金」の有無は、どの国のルールに従って判定すべきか、という問題を提起している。この点につき、同教授は、「考え方の方向性としては、①日本の企業会計基準によるべきであるという考え方と、②一般に公正妥当な基準であればどの法域の主体が形成する会計基準でもよいとする考え方が、分岐する」が、税務執行の安定性を重視すれば①が望ましいと述べている。 T社が行ったスピンオフが旧3号の「資本の払戻し」に該当するとすれば、みなし配当の計算要素である「法人の株式に対応する部分の金額」を算定するため、資本の払出しを行う法人の「資本金等の額」を特定する必要があるが、前回の《疑問点4》で述べたとおり、「資本金等の額」とは、我が国法人税法特有の概念であり、その内容は法人税法施行令8条1項各号で具体的に規定され、会社法上の資本金や資本準備金、その他の資本剰余金とは当然に一致しない。資本の払戻し等を受けた日本の居住者である株主及び取扱証券会社が、外国法人の「資本金等の額」を知るということは事実上不可能である。そこで、Bは、下記〔表3〕のとおり、平成19年9月29日を決算日とするT社の事業年度の第2四半期期末である平成19年3月30日の連結貸借対照表の数値(※33)を基に、以下の合計額をT社の資本金等の額として、みなし配当の額を計算している。 (※33) TYCO INTERNATIONAL LTD. Form 10-Q(March 30, 2007)参照。我が国の四半期報告書に相当するもの。 〔表3〕T社の平成19年(2007年)3月30日現在の株主資本の部 上記の数値は、米国会計基準に準拠した連結貸借対照表上の数値そのものであり、当然我が国の法人税法上の資本金等の額に引き直したものではないばかりか、スピンオフの実行日から約3ヶ月前の時点の数値を用いて計算しているが、東京地裁は、Bの主張をそのまま認めてしまっている。本件は源泉所得税の課税が問題となったケースであり、納税義務者であるBにとって、処理の迅速性が要求された(※34)ため、止むを得ず簡便的に3ヶ月前の時点の数値で処理したものと解されるが、判決文からは、裁判所がこの辺りの事情を考慮しているような痕跡は見られない。 (※34) 源泉所得税の納税義務者であるBが、会社分割の日である6月29日でなく、約3ヶ月前の第2四半期期末の公表数値を用いて計算せざるを得なかったのも、源泉徴収処理のタイミングの問題が背景にあったのではないかと思われる。 いずれにせよ、外国法人から交付される金銭その他の資産についてみなし配当の規定に該当する場合、政令に定めるプロラタ計算において公表財務諸表の数値を用いることについて法令上の根拠は全くない(※35)。しかしながら、税務上の簿価純資産価額や資本金等の額が不明だからといって、みなし配当の計算を放棄することも許されないであろう。Bが採用した公表財務諸表の数値を用いる方法も、次善の策として許容される余地がある(※36)ものと考える。 (※35) 中間報告12頁は、「資本剰余金を原資とする分配が行われたと判断されると、その外国子会社について本邦税法に基づく資本金等の額及び簿価純資産価額の計算が必須となる。この際に、外国の制度に基づく当該分配の会計上・税務上のカテゴリー分類や金額計算方法を考慮することなく、我が国独自の制度に基づく資本金等の額及び簿価純資産価額の再計算を行う必要がある。(中略)このような問題に直面した企業は、現地会社法上(会計上)の資本金プラス資本剰余金及び利益剰余金の金額を、本邦の税務上の資本金等の額及び利益積立金の金額とみなして計算をしているケースが多いのではないかと思われる。実際、現実的にはこの方法しか採り得ない。しかし、これはあくまでも簡便計算であって、法人税法上は原則的には許容されないものである。(下線筆者)」と述べている。 (※36) 前掲(※29)のように、米国に限っても、過去17年間で617件のスピンオフが実行されているということであり、我が国の米国上場企業への投資家(個人・法人)数を考慮すると、その影響は小さくないものといえよう。 おわりに 【第1回】から見てきたとおり、筆者の問題意識は、法人税法24条1項及び所得税法25条1項のみなし配当の計算について、あくまで内国法人からのみなし配当を前提として制度設計されているという点に尽きる。本件では、Xが、配当支払外国子会社の設立以来の決算を我が国法人税法基準に引き直して対応したものと推察されるが、そのような場合であっても、前期期末の利益積立金がマイナスで、別途子会社から配当原資を収受した後、資本配当と利益配当を同時に行ったことで、プロラタ計算に内在する問題点が露呈し、異例ともいえるプロラタ計算を定めた施行令は違法・無効であるという判断が示された。本件裁判により同施行令に違法・無効が確定したことで、今後同施行令が改正されることになると思われるが、本稿で考察した問題への対応についても検討することが望まれる。 ちなみに、本稿で紹介した中間報告13頁では、 と述べている。 (了)