《速報解説》 賃上げ促進税制・所得拡大促進税制の抜本改正について ~令和4年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 令和3年12月10日、与党(自由民主党及び公明党)より令和4年度税制改正大綱が公表された。 岸田内閣は、新型コロナウイルス感染症への対応に万全を期しつつ、未来を見据え、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした、新しい資本主義の実現に取り組むこととしている。 これに関連したところでは、令和3年11月8日に公表された「新しい資本主義実現会議」緊急提言の中でも『民間企業において人的資本など未来への投資を強化させることで、中長期的に稼ぐ力を高め、その収益を賃上げ等の分配や更なる未来投資へ循環させることで持続的な成長を実現する。そして、現場で働く従業員や下請企業も含めて、広く関係者の幸せにつながる、多様なステークホルダーを重視した、持続可能な資本主義を構築していく。』と謳われているように、「分配」を通じたマルチステークホルダーへの配慮まで言及されている。 そのような背景をふまえ、今回の税制改正大綱においては「成長と分配の好循環の実現」が主要項目の第一に掲げられ、そのための第一の措置として積極的な賃上げ等を促すための措置が含まれている。これは、『成長と分配の好循環』の実現に向けて、長期的な視点に立って一人ひとりの積極的な賃上げを促すとともに、株主だけでなく従業員、取引先などの多様なステークホルダーへの還元を後押しする観点から措置されるものである。 そこで本稿では、令和4年度税制改正大綱において示された、賃上げ促進税制(所得拡大促進税制)の改正項目について紹介する。なお、文中の意見にわたる記述は筆者の私見であり、所属する団体・組織の公式見解ではないことを申し添える。 2 「賃上げ促進税制」への再改組(大企業向け) 大企業(中小企業者等以外の企業)向けの税制については、令和3年度税制改正において「賃上げ・投資促進税制」から「人材確保等促進税制」に抜本改組されたばかりであるが、わずか1年で再び抜本的に改組されることとなった。 具体的には、令和2年度まで適用されていた「賃上げ・投資促進税制」から国内設備投資要件を除いた「賃上げ促進税制」に戻るようなイメージである。 改正案の概要は下表の通りである。 〈大企業向け税制の改正案概要〉 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (※) 税制改正大綱では「資本金の額等」とされているが、「資本金等の額」の誤りではないかと思料する(以下、本稿において同様)。本件については、今後の情報に引き続き注視したい。 今回の改正のポイントとしては、制度設計が令和2年度末で廃止された「賃上げ・投資促進税制」と同様の仕組みに戻ったということである。 改正案における「継続雇用者給与等支給額」とは、継続雇用者(当期及び前期の全期間の各月分の給与等の支給がある一定の雇用者)に対する給与等の支給額をいい、「継続雇用者比較給与等支給額」とは、前期の継続雇用者給与等支給額をいう。これは現行制度の「特定税額控除規定の適用停止措置」における定義(措法42の13⑥一)と同義になるものと考えられる。 そのうえで継続雇用者給与等支給額については、前年度比3%以上の増加が求められた。これは岸田首相が常々「3%を超える賃上げを期待している」旨の発言(令和3年11月26日 第3回「新しい資本主義実現会議」内での発言)を行っていること等も影響しているであろう。議論の過程では、「1人あたり給与支給額の増加要件とすべき」「基本給の引き上げを要件とすべき」といった意見も出ていたが、最終的には給与総額ベースでの比較に落ち着いたところである。 また、資本金の額等(上表(※)参照)が10億円以上であり、かつ、常時使用従業者数が1,000人以上である企業に対して、給与等の支給額の引上げ方針等について が追加的な要件として定められることとなった。 これは、一定規模以上の企業については、マルチステークホルダーに配慮した経営を行うようコミットメントを促す観点から設けられたものと考えられる。 控除率の上乗せについては、2段階に分けて措置された。継続雇用者給与等支給額の前年度比4%以上増加を達成すれば10%の上乗せ、教育訓練費の前年度比2%以上増加を達成すればさらに5%の上乗せとなるから、双方の要件を満たせば最大控除率は30%となる。なお、教育訓練費の要件による上乗せ控除の適用を受ける場合には、教育訓練費の明細を記載した書類の保存(現行制度では確定申告書への添付)が必要とされる。 3 所得拡大促進税制の見直し(中小企業者等向け) 中小企業者等向けの「所得拡大促進税制」については、制度の枠組みを維持しつつ、上乗せ控除の要件及び適用年度の見直しが行われる。 改正の概要は下表の通りである。 〈中小企業向け税制の改正案概要〉 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 中小企業者等向けの所得拡大促進税制については、上乗せ控除のための要件が変更されたこと以外は、現行制度を維持するものとなっている。 上乗せ控除のための要件については、現行制度では「積極的な賃上げ要件」を満たした上で、さらに「教育訓練費増加要件」または「経営力向上要件」のいずれかを満たす必要があるが、改正案では「積極的な賃上げ要件」と「教育訓練費増加要件」のそれぞれについて税額控除率の加算措置が設けられていることから、双方の要件をいずれも満たす必要はなく、別個独立的に検討すればよいものと考えられる。 4 地方税の取扱い 法人事業税(外形標準課税)の付加価値割の課税標準からの控除制度について、法人税の制度と同様の適用要件に改正された上で、控除対象雇用者給与等支給増加額について、雇用安定控除との調整等をふまえて付加価値額から控除できることとされる。 また中小企業者等については、(改正後の)賃上げ促進税制または所得拡大促進税制の適用による税額控除を、法人住民税にも適用する措置が継続される。 5 特定税額控除規定の適用停止措置の見直し 現行制度では、「継続雇用者給与等支給額が継続雇用者比較給与等支給額を超えること」という要件を満たさない場合には、賃上げに消極的な企業として取り扱われ、(さらに設備投資に消極的とされる要件も満たした場合には)研究開発税制等(注)の一定の租税特別措置の適用が停止される(措法42の13⑥)。 (注) 研究開発税制の他、地域未来投資促進税制、5G導入促進税制、デジタルトランスフォーメーション投資促進税制、カーボンニュートラル投資促進税制が対象とされている。 改正案では、賃上げに消極的な企業とされる要件が段階的に厳しくされる。具体的には、資本金の額等(上表(※)参照)が10億円以上であり、かつ、常時使用従業員数が1,000人以上である場合、及び前事業年度の所得の金額がゼロを超える一定の場合のいずれにも該当する場合には、継続雇用者給与等支給額にかかる要件を以下の通り見直すこととされる。 (了)
《速報解説》 改正電子帳簿保存法、出力書面の保存を認める経過措置(宥恕規定)が講じられる ~令和4年度税制改正大綱~ 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 ▷令和3年度税制改正における電子帳簿保存法の見直し 令和3年度税制改正により電子帳簿保存法が大きく改正された。 特に、電子取引に係るデータ保存制度の改正が与えた影響は大きかった。 令和3年度改正前は、電子取引を行った場合には、一定の要件に従い、その電子取引の取引情報に係るデータを保存しなければならないとされていたが、そのデータを出力することにより作成した書面を保存する場合には、データを保存しなくてもよかった。 これに対し改正後は、データの出力書面の保存による代替措置が認められなくなった。つまり、原則通り、一定の要件に従って、電子取引の取引情報に係るデータの保存が義務付けられたことになる。しかも、保存要件に従って保存されていない場合、総合勘案の上、検討する(※)としながらも、青色申告の承認取消の対象となり得る。 (※) 国税庁「「法人の青色申告の承認の取消しについて」の一部改正について(事務運営指針)」(課法2-38他、令和3年11月30日)第6項 改正法は、令和4年1月1日以後に行う電子取引の取引情報について適用される。これに対して、電子取引の状況は企業ごとに異なり、改正法への対応も区々であり、改正法施行日までに対応を完了させることが困難であるとの指摘もされてきた。 ▷令和4年度税制改正大綱で示された宥恕規定 令和4年度税制改正大綱では、令和4年1月1日から令和5年12月31日までの間に行う電子取引につき、次の要件を満たす場合には、その保存要件にかかわらず、そのデータの保存をすることができる経過措置を講ずることが明らかにされた。 上記要件のうち①については、保存義務者から何らかの手続が必要となるのではないかということが懸念されるが、保存義務者から納税地等の所轄税務署長への手続を要せずその出力書面等による保存を可能とすることが大綱P91(注2)で明らかにされたため、上記懸念は払しょくされたといえよう。 なお、この改正案は、令和4年1月1日以後に行う電子取引の取引情報について適用が予定されている。 ただし、あくまで2年間の時限的な取扱いであることから、引き続き、令和3年度改正への実現に向けて対応していくことが必要となる。 (了)
《速報解説》 大口株主等の要件の見直し ~令和4年度税制改正大綱~ 太陽グラントソントン税理士法人 マネジャー 公認会計士・税理士 岩丸 涼一 令和3年12月10日に公表された「令和4年度税制改正大綱」(与党大綱)において、「上場株式等に係る配当所得等の課税の特例について」として、以下の改正案が示された。 1 改正案の概要 大綱P27では、「内国法人から支払を受ける上場株式等の配当等で、その支払いを受ける居住者等(以下「対象者」という)及びその対象者を判定の基礎となる株主として選定した場合に同族会社に該当する法人が保有する株式等の発行済株式等の総数等に占める割合(以下「株式等保有割合」という)が3%以上となるときにおけるその対象者が受けるものを総合課税の対象とする」こととされた。 現行制度では、株式等保有割合が3%以上のいわゆる大口株主等は、会社の経営に参画する持分としての事業参加的な性格が強いことから、その支払いを受ける上場株式の配当等は、金融所得として分離課税することは必ずしも適当ではなく、事業所得とのバランスを踏まえ、総合課税の対象とされている。 ただし、会計検査院の「令和2年度決算検査報告」において問題視されており、例えば下図のように、対象者のA上場株式の株式等保有割合が3%未満で申告不要配当特例等を適用し、当該対象者の支配する同族会社を通じてA上場株式に対する持株割合を実質的に3%以上とすることが可能であった。 このため上記改正案のように、個人とその個人が支配する同族会社を合わせた株式等保有割合が3%以上となるときは、実質的に事業参加的な性格が強いと考えられるため、申告不要制度や申告分離課税制度を認めず、当該配当等については総合課税の対象とされる。 2 適正に執行するための措置 1の改正案と合わせて、上場株式等の配当等の支払をする内国法人は、その配当等の支払に係る基準日においてその株式等保有割合が1%以上となる対象者の氏名、個人番号及び株式保有割合その他の事項を記載した報告書を、その支払いの確定した日から1月以内に、所轄税務署長に提出しなければならないこととされる。 3 適用時期 上記の改正案は、令和5年10月1日以後に支払うべき上場株式等の配当等について適用される。 (了)
《速報解説》 最判令和3.3.11を受けた 資本の払戻しに係るみなし配当の額の計算方法等の見直し ~令和4年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 霞 晴久 自由民主党・公明党は、12月10日、「成長と分配の好循環の実現」「経済社会の構造変化を踏まえた税制の見直し」等を柱に令和4年度税制改正大綱(いわゆる与党大綱)を公表したが、その「三 法人課税」の中の「6 円滑・適正な納税のための環境整備」(国税)において、「(2)みなし配当の計算方法等について、次の見直しを行う(所得税についても同様とする。)」として、先の国税庁HP『お知らせ』において示された、利益剰余金と資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当(以下「混合配当」という)が行われた場合における「株式又は出資に対応する部分の金額」の計算方法の見直しが明らかにされた。 具体的な内容は以下のとおりである。 この見直しは、本誌10月28日公開の拙稿(速報解説)のとおり、最高裁判所令和3年3月11日判決(以下「本件最判」という)において、混合配当が行われた場合における「株式又は出資に対応する部分の金額」の計算方法の規定について、一定の限度において、違法なものとして無効である旨判示されたことを契機とするものである。 本件最判で問題にされたのは、外国子会社(米国デラウエア州法に基づき設立されたLLC)から、それぞれの決議を別にする混合配当を受けた内国法人のみなし配当及び株式譲渡損の計算方法であった。本件最判では、それぞれの効力発生日が同じ日である混合配当についてはその全体が法に規定する資本の払戻しに該当するとされるとともに、株式又は出資に対応する部分の計算方法(法令23①三〔現行四〕)については、減少資本剰余金額を超える直前払戻等対応資本金額等が算出される結果となる限度において、法の趣旨に適合するものではなく、法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効というべきであるという判断が示された。 その他本件最判の詳細は、現在連載中の下記拙稿を参照されたい。 今回の令和4年税制改正大綱により、現行の法施行令23条1項4号及び同様の規定である所得税法施行令61条2項4号について、混合配当があった場合に算出される直前払戻等対応資本金額等につき減少資本剰余金額を上限として取り扱うよう改正されることとなろう。 本税制改正大綱では、上記見直しがどのように具体的に法施行令の改正の文言に反映されていくかについては明らかではないが、先の国税庁HP『おしらせ』では、直前払戻等対応資本金額等の再計算を行った結果、過去に行った申告内容等に異動が生じ、納付税額等が過大となる株主等納税者は、国税通則法の規定に基づき所轄の税務署に更正の請求を行うことができるとされている(※)。 (※) ただし、国税庁HPでは、法定申告期限等から5年を経過している法人税又は所得税については、減額更正を行うことはできない(通則法23①本文)としている。 (了)
《速報解説》 固定資産税(商業地等)の負担調整措置の改正 ~令和4年度税制改正大綱~ 税理士 菅野 真美 以下では12月10日公表の「令和4年度税制改正大綱」(与党大綱)における固定資産税の負担調整措置について、そのポイントを解説する。 固定資産税は、毎年1月1日に土地、家屋、償却資産を所有している者が、固定資産の価格に基づいて算定された税額を固定資産が所在する市町村等に納める税金である。土地は地目により区分され、土地のうち宅地の価格は、原則的には公示価格等の7割を目途として算定される。 土地と家屋については3年に一度評価替えが行われ、原則的には、基準年度の価格が据え置かれる。ただし、宅地等の評価水準が、以前、市町村ごとにばらつきがあったことから、負担水準の均衡化のために負担調整措置が設けられている。 ▷令和3年度税制改正における措置 令和3年度は評価替えの年であったが、新型コロナウイルスの感染拡大による景気の悪化の影響を考慮して、宅地のうち商業地等(住宅用地以外の宅地)については、負担水準(当年度の評価額に対する前年度課税標準額の割合)に応じて、令和3年度に限り、次のように定めていた。 【令和3年度】 このため令和4年度、5年度については以下のとおり予定されていた。 【令和4年度・5年度】 (※) ただし、計算した金額が当年度の評価額の60%を超える場合は評価額の60%相当額、評価額が20%に満たない場合は評価額の20%相当額が課税標準額となる。 その他、令和3年度改正についての詳細は、下記拙稿を参照されたい。 ▷大綱で示された令和4年度税制改正案 税制改正大綱で示された令和4年度税制改正案では、商業地等の課税標準額のうち負担水準が60%未満について次のように改正される。これは地価上昇による商業地等の税額負担に配慮したものと考えられる。 (※) ただし、計算した金額が当年度の評価額の60%を超える場合は評価額の60%相当額、評価額が20%に満たない場合は評価額の20%相当額が課税標準額となる。 上記2.5%の税率は令和4年度限りとされており、令和5年度は従前どおり5%となる。また、このような税率の低減措置は商業地等に限られ、住宅用地や農地等については改正がない。都市計画税に関しても所要の改正が行われる。 (了)
《速報解説》 「「令和4年度税制改正大綱」(与党大綱)が公表される」 ~賃上げ税制は抜本見直し、住宅ローン控除は控除率縮小、 改正電帳法に宥恕規定・インボイス制度は期中登録可能期間が延長~ Profession Journal編集部 12月10日(金)、自由民主党・公明党は「令和4年度税制改正大綱」(いわゆる与党大綱)を公表した。 当初、令和4年度税制改正では「相続税・贈与税の一体化」や「金融所得課税の見直し(税率の見直し・損益通算範囲の拡充)」などが実現するとの一部報道もあったものの、衆議院選挙の日程や世論の影響もあってか、今回は見送りとされ、賃上げ税制の見直しなど政権主導の施策の他、過去に会計検査院から指摘を受けた事項への手当てが個別に行われるなどの内容が中心となっている。 また後述のとおり、改正電子帳簿保存法や適格請求書等保存制度(いわゆるインボイス制度)といった、制度設計が固まり施行を迎えるものに対する見直しも織り込まれている。すでに準備を進めていた企業等にとって、工程の見直しなどの検討も求められよう。 以下、主な改正事項を紹介する。例年のとおり重要な改正事項については年末から年始にかけて個別に速報解説を順次公開していくので、そちらを参照いただきたい。 なお、こちらの[資料リンク集]ページも今後更新を重ねていくので、ログインの上、ブックマークボタンを押すなどして確認できるようにしていただきたい。 さらに12月26日(日)には毎年ご好評いただいている弊社主催セミナー「60分でわかる!令和4年度税制改正大綱はこう読む」が開催されるため、ぜひお申込みの上、ご視聴されたい。 〇法人課税 まず岸田総理が「新しい資本主義実現会議」において期待を示した「3パーセントを超える賃上げ」を後押しするため、いわゆる賃上げ税制(給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(中小企業者等における所得拡大促進税制)(措法42の12の5))について、次の見直しが行われる。 まず大企業向け制度(いわゆる人材確保等促進税制)は現行の適用要件である「新規雇用者の給与総額:対前年度増加率2%以上」を「継続雇用者の給与総額:対前年度増加率3%以上」と改め、資本金10億円以上等の大企業のみ一部取組・届出要件を追加した上で、税額控除の対象については「新規雇用者の給与総額」を「雇用者全体の給与総額の対前年度増加額」とし、継続雇用者の給与総額や教育訓練費の増加率に応じて控除率を3段階(15%・25%・30%(現行:15%・20%))とする仕組みへ改組される。 次に中小企業者等における所得拡大促進税制では、適用要件、税額控除の対象は変更せず、人材確保等促進税制と同様に控除率を3段階(15%・30%・40%(現行:15%・25%))に拡充する。 本制度は令和3年度改正においてもコロナ禍を踏まえた制度改正が行われており、3年続けての見直しとなることから、適用要件について十分な注意が必要となろう。 また上記の実効性を高めるため、研究開発税制等の適用に係る「特定税額控除規定(措法42の13⑥)」について、資本金10億円以上かつ従業員数1,000人以上で前期黒字法人については継続雇用者給与等支給額の要件(下記①)が強化(1%以上。令和4年度は0.5%以上)される。 次に期限切れとなる措置の延長等について、5G導入促進税制(認定特定高度情報通信技術活用設備を取得した場合の特別償却又は税額控除:措法42の12の6等)は税額控除率含む要件を見直し令和7年3月31日まで3年延長、オープンイノベーション促進税制(特別新事業開拓事業者に対し特定事業活動として出資をした場合の課税の特例:措法66の13等)は対象に「設立10年以上15年未満の研究開発型スタートアップ」を追加する等の拡充を行い令和6年3月31日まで2年延長される。また、①(令和4年3月31日が計画の認定期限となる)地方拠点強化税制(措法42の12等)、②倉庫建物等の割増償却(措法48等)、③海外投資等損失準備金(措法55等)は、それぞれ適用期限が2年延長される(①②については要件見直しあり)。特定災害防止準備金(措法56等)は適用期限の到来をもって廃止される。 交際費等の損金不算入制度(措法61の4等)及び中小企業者の欠損金等以外の欠損金の繰戻しによる還付の不適用(措法66の12)(※)については、適用期限が2年延長(令和6年3月31日まで)される(後者については一部対象の見直しあり)。 (※) コロナ税特法7条により資本金1億円超10億円以下の法人についても令和2年2月1日から令和4年1月31日までの間に終了する事業年度に生じた青色欠損金については適用可能とされている(詳しくは国税庁ホームページ参照)。 中小企業者等の少額減価償却資産(30万円未満)の取得価額の損金算入の特例(措法67の5等)も令和6年3月31日まで2年延長となったが、対象資産から「貸付け(主要な事業として行われるものを除く。)の用に供した資産」が除外される。また10万円未満の少額の減価償却資産の損金算入制度(法令133)及び20万円未満の一括償却資産の損金算入制度(法令133の2)についても同様の資産が適用除外とされる。これは利益圧縮を目的に、自らが行う事業で使用しない少額な資産(建設用足場やドローン等)を大量に取得し貸付けの用に供することによる節税スキームを防止するねらいによるもの。 他に個別の対応として、令和3年3月11日最高裁判決(国際興業事件)を受け既報のとおり国税庁が当面の対応を公表していたが、資本の払戻しに係るみなし配当の額の計算の基礎となる払戻等対応資本金額等及び資本金等の額の計算の基礎となる減資資本金額について、その資本の払戻しにより減少した資本剰余金の額を限度とする等の法整備が行われる。 また「令和元年度決算検査報告」での会計検査院による指摘を受け、企業の事務負担等軽減を目的に、完全子会社株式等(株式保有割合100%)の配当に係る源泉徴収を行わない(所得税を課さない)こととする等の措置が講じられる。 さらに大法人に対する法人事業税の所得割の軽減税率(年400万円以下の所得の部分の0.4%の標準税率及び年400 万円を超え年800 万円以下の所得の部分の0.7%の標準税率)について、1社あたりの軽減額が極めて少ないことなどから、廃止するとともに、これらの部分の標準税率を1.0%とする等の措置が講じられる(令和4年4月1日以後開始事業年度から)。 〇住宅関連税制 住宅ローン控除制度は13年間の控除期間特例がコロナ税特法により延長されていたが、会計検査院の平成30年度決算検査報告で低金利により毎年の住宅ローン控除額が住宅ローン支払利息額を上回っている状況について指摘を受けたこと等から、次の対応がなされる。 また、住宅ローン控除適用に必要であった年末の借入金残高証明書の提出・提示が不要となる(これに代えて銀行等が年末残高の情報等を記載した調書を税務署へ提出)など手続面での見直しも行われる(居住年が令和5年以後である者が、令和6年1月1日以後に行う確定申告及び年末調整より適用)。 なお、住宅取得・増改築に係る次の特例措置についても、それぞれ適用期限が2年(令和5年12月31日)まで延長される(一部見直しあり)。 また、居住用財産の買換え等に係る、本年末が期限切れとなる次の特例措置については、それぞれ適用期限が2年(令和5年12月31日)まで延長される(一部見直しあり)。 「平成21年及び平成22年に土地等の先行取得をした場合の課税の特例(措法37の9、66の2)」については、個人又は法人の所有する他の土地等の譲渡期限が令和3年12月30日に到来し、その後において本制度の適用はないことから廃止される。 また、令和3年度限りの措置として採られていた固定資産税の負担軽減措置については、令和4年度限りの措置として、商業地等(負担水準が60%未満の土地に限る)の令和4年度の課税標準額を、令和3年度の課税標準額に令和4年度の評価額の2.5%(現行:5%)を加算した額(ただし、その額が評価額の60%を上回る場合には60%相当額とし、評価額の20%を下回る場合には20%相当額とする)とされる。 その他、令和4年3月31日で期限切れとなる「住宅用家屋の所有権の保存登記等の税率の軽減(措法72の2等)」(要件緩和あり)、「工事請負契約書及び不動産譲渡契約書に係る印紙税の税率の特例(措法91)」については、それぞれ適用期限が令和6年3月31日まで2年間延長される。 〇資産課税 まず住宅ローン控除と同様に令和3年度改正で床面積要件の緩和等が行われた「直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税(措法70の2)」は、適用期限を令和5年12月31日まで2年延長した上、非課税限度額は契約の締結時期にかかわらず「耐震、省エネ又はバリアフリーの住宅用家屋:1,000万円」「それ以外の住宅用家屋:500万円」とする他、築年数要件や受贈者の年齢要件の見直し(20歳以上→18歳以上)が行われる。 次に「財産債務調書」について、現行では以下のいずれにも該当する者が提出義務者となるが、①に該当しない(所得2,000万円以下)場合であっても、高額の資産を保有するケースがあるとの指摘があった。 このため改正案では、上記現行の提出義務者のほか、「その年の12月31日において有する財産の価額の合計額が10億円以上である者」が提出義務者とされ(令和5年分以後の財産債務調書について適用)、調書の提出期限を翌年6月30日まで(現行:翌年3月15日まで)とする(国外財産調書についても同様)などの見直しが行われる。 また、非上場株式等に係る相続税・贈与税の納税猶予の特例制度について、特例承認計画の提出期限が令和6年3月31日まで1年延長される。 上場株式等の配当所得について、現行では「大口株主等」(発行済株式の総数等の3%以上に相当する数又は金額の株式等を有する個人:措法9の3一)が支払いを受ける配当等は総合課税となり、申告不要方式や申告分離課税方式による譲渡損失との損益通算が選択できないこととされている。 ただし、この大口株主等に該当しない場合であっても、議決権の過半数を保有している法人を通じ権利行使するなど実質的に大口株主等と同等の者がこれらの特例措置を適用しているとの会計検査院による令和2年度決算検査報告の指摘を受け、持株割合が同族会社である法人との合計で3%以上となる場合には、その支払を受ける配当等を総合課税の対象とする等の見直しが行われる(令和5年10月1日以後に支払を受けるべき上場株式等の配当等について適用)。 なお、上場株式等の配当所得等に係る課税方式をめぐっては、現行、所得税と個人住民税で異なる課税方式を選択することができるが、これにより国民健康保険料の負担額(個人住民税における総所得金額をもとに計算)に差異が生じるなど他制度への影響を考慮し、所得税と個人住民税の課税方式を一致させる(令和6年度以後の個人住民税から適用)。これにより所得税を総合課税、個人住民税を申告不要(特別徴収)とする選択が不可となる。 〇改正電帳法、制度開始直前に2年間の紙保存宥恕規定を設ける 令和4年1月1日から施行される改正電子帳簿保存法については、Q&Aや届出様式の公表が相次ぎ制度開始を待つまでとなっていたが、企業のデジタル化への対応が間に合わないとの声も聞かれたこと等から、令和4年1月1日から令和5年12月31日までの間に保存義務者が行う電子取引について、所轄税務署長が、その電子取引の取引情報に係る電磁的記録を保存要件に従って保存できなかったことについてやむを得ない事情があると認め、かつ、その保存義務者が質問検査権に基づくその電磁的記録の出力書面(整然とした形式及び明瞭な状態で出力されたものに限る)の提示・提出の求めに応じられるようにしている場合には、その保存要件にかかわらず、その電磁的記録の保存をすることができることとする経過措置が講じられる(令和4年1月1日以後に行う電子取引の取引情報について適用)。 〇インボイス制度、令和5年10月1日含む事業年度以降も6年間は期中の登録が可能に またインボイス制度に関して、現行では、免税事業者が適格請求書発行事業者の登録を申請した場合、「令和5年10月1日の属する課税期間」のみ、課税期間の途中でも登録を受けた日から適格請求書発行事業者となることができる経過措置が設けられており、その後の課税期間では課税事業者選択届出書と登録申請書を提出し、翌課税期間から登録を受けることとされているが、改正案では、「令和5年10月1日から令和11年9月30日までの日の属する課税期間中」において登録を受けた場合は、その登録日から適格請求書発行事業者となることができることとする。ただしこの場合、登録日以後2年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間については、事業者免税点制度が適用されない。 なお、インボイス制度については他にも規定の整備が行われるが、税制とは別に、インボイス制度に関しては免税事業者への影響を考慮し、取引のある事業者(発注者側)からの一方的な値引きなどを受けないよう、独禁法等関係法令上のルールを明確化する(Q&Aなどの公表)模様だ。 〇税理士制度・税理士試験制度の見直し 経済社会のICT化やコロナ禍を契機とした税理士を取り巻く業務環境の変化を受け、事務所設置規制(税理士法40、税理士法基本通達40-1)について、設備や使用人の有無といった物理的事実による判定を行わないこととすることで、業務の場所・形態にとらわれない働き方を促進するほか、懲戒逃れを図る税理士等への対応(税理士調査の対象に元税理士・にせ税理士を加える等)や税理士試験の受験資格の見直し(会計学に限り受験資格を不要化、履修科目要件を社会科学全般(現行:法律学又は経済学)に拡充)が行われる(令和5年4月1日から)。 〇納税環境整備 現行制度では、所得税の納税地について異動があった場合や、納税地を住所地から居所地や事業場の所在地等に変更する場合には、異動前(変更前)の納税地の所轄税務署長に届出書を提出しなければならないが、手続簡素化のため、これらの届出書の提出が不要とされる(転居については住民票の異動情報、転居以外については確定申告書の記載内容で確認)(令和5年1月1日以後の異動等から)。 次にe‐Taxによる相続税申告の添付書類について、現行ではイメージデータの送信により行うこととされているが、書類が大部となるケースもあることから、光ディスク等による提出が可能とされる(令和4年4月1日以後の申請等から)。 また、登録免許税の納付方法については現金納付が原則とされオンライン申請の場合のみインターネットバンキングによる納付が認められているところ、書面・オンラインといった申請の態様を問わず、現金納付、インターネットバンキングに加えクレジットカードによる納付も可能とされる(令和4年4月1日から)。 その他、年末調整や確定申告において「社会保険料控除」又は「小規模企業共済等掛金控除」の適用を受ける際に書面による添付が必要とされている控除証明書について、書面による提出に代えてQRコード付き証明書による提出及び電磁的記録による提供(データ提供)が可能とされる(年末調整については令和4年10月1日以後提出分から、確定申告については令和4年分以後の申告から)。 (了)
《速報解説》 「監査及びレビュー等の契約書の作成例」を会計士協会が改正 ~「合意された手続業務に関する実務指針」の改正を受け、様式の統合や記載内容の見直し等行う~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年12月7日付けで(ホームページ掲載日は2021年12月10日)、日本公認会計士協会は、法規・制度委員会研究報告第1号「監査及びレビュー等の契約書の作成例」の改正を公表した。 これは、11月15日付けで改正された監査・保証実務委員会実務指針第92号「専門業務実務指針4400「合意された手続業務に関する実務指針」」(以下「専門実 4400」という)を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 主に次の改正が行われている。 なお、今回の改正に伴い、別途協会ウェブサイトに掲載している個別の監査契約書・監査約款の更新は予定していないとのことなので、利用に際しては注意が必要である。 1 合意された手続業務契約書の作成例 「Ⅴ 合意された手続業務契約書の作成例」の箇所及び様式について、専門実4400の記載に合わせて修正している。 削除項目と追加項目が多数ある。 2 様式13と様式14の統合 様式13(業務依頼者との間の業務契約書(実施結果の利用者が「業務依頼者」のみの場合))及び様式 14(業務依頼者との間の業務契約書(実施結果の利用者が「業務依頼者」と「その他の実施結果の利用者」の場合))を統合している。 記載の内容の見直しも行われている。 (了) ↓直近1ヶ月の会計情報の速報解説をまとめた連載が開始しました↓
《速報解説》 会計士協会、収益認識会計基準の公表等を受けて 監基報580「経営者確認書」を改正 ~一部を除き2022年3月31日以後終了する事業年度に係る監査から適用~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年12月7日付けで(ホームページ掲載日は2021年12月10日)、日本公認会計士協会は、「監査基準委員会報告書580「経営者確認書」の改正」を公表した。 これにより、2021年10月18日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。「公開草案に対するコメントの概要及び対応」も公表されており、コメントを受けて公開草案から見直されている事項がある。 これは、「収益認識に関する会計基準」の公表、「金融商品に関する会計基準」の改正などを受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 経営者確認書の記載例において、以下で説明する文例が示されている。 詳細については「《付録2 経営者確認書の記載例》4.その他追加項目の確認事項(財務諸表監査全般に共通する事項)の記載例」をお読みいただきたい。 なお、経営者確認書の入手に当たっては、経営者に対して十分に説明することが経営者確認書の実効性の確保につながると考えているとの記載があるので、監査業務に従事する監査法人及び公認会計士は、被監査企業に対して十分に説明することになると考えられる。 1 売上関連 次の文例へ改正する。 なお、契約資産を計上している場合は必要に応じて、「営業債権」を「営業債権及び契約資産」とする。 また、個別に確認すべき重要な検討事項(例えば、変動対価、独立販売価格や履行義務の充足に係る進捗度等の見積り)について確認項目として追加する必要があると判断した場合には、その内容を記載する。 2 金融商品関連 次の文例へ改正する。 Ⅲ 適用時期等 2022年3月31日以後終了する事業年度に係る監査から適用する。 2021年1月14日付けで改正された《付録1》及び《付録2》の会計上の見積りの監査に関連する事項は、2023年3月決算に係る監査及び2022年9月に終了する中間会計期間に係る中間監査から実施する。ただし、それ以前の決算に係る監査及び中間会計期間に係る中間監査から実施することを妨げない。 (了) ↓直近1ヶ月の会計情報の速報解説をまとめた連載が開始しました↓
2021年12月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.448を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第102回】 「節税義務が争点とされた事例(その5)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 はじめに 東京地裁平成7年11月27日判決(判時1575号71頁)は、2億8,000万円もの税理士の債務不履行責任が肯定された事例として、つとに有名な事件である。3,000万円もの報酬をとりながら、「時間がなかったのでとりあえず延納の手続をとっておきました。物納にしたければ、そのときまた私が手続をとります。」などという誤った教示をしていた事件として、税理士の賠償責任問題を論ずる際、しばしば登場する事件である(※)。 (※) 須藤英章「税理士の責任」川井健=塩崎勤『新・裁判実務大系 専門家責任訴訟法』191頁以下(青林書院2004)参照。 とかく、この事件は税理士の負わされた損害賠償額の大きさが注目される事件であるが、角度を変えて見れば、別の論点を提供する素材となる。具体的には、依頼者と税理士との間に締結された(準)委任契約における「委任の本旨」の解釈の問題や税理士の裁量権の問題という論点を投げかける大変興味深い問題が潜在しているといえよう。 Ⅰ 事案の概要 1 事実 Xら(原告)は、税理士Y(被告)に対して相続税の申告を依頼した際に、併せて物納手続を依頼したにもかかわらず、Yは物納手続を行うことなく延納の手続をしたほか、土地の評価について実測によらず登記簿上の地積をそのまま採用して土地を過少に評価したり、土地の利用区分、路線価、画地計算、借家権割合の控除率についての過誤が明らかとなったので、XらはYとの契約を解除した上、新たに訴外税理士に依頼して修正申告書を提出し、物納の手続を行った。 Xらは、「Yは、税理士として、委任の本旨に則り、依頼者にとって最も利益となるように相続税の申告手続及び納付手続をすべき義務があ〔る〕」などと主張し、物納財産としての土地の価額と相続税の納付のために売却せざるを得なくなった土地の価額との差額、延滞利子税相当額、過少申告加算税相当額などの損害を被ったとして、Yに対しその賠償を請求した。 2 裁判所の判断 裁判所は、XらがYに対して本件相続税の申告手続を依頼するに際し、併せて物納の申請手続を依頼したことを認定した上で、次のように断じた。 物納は、納税義務者について、その納付すべき相続税額を金銭で納付することを困難とする事由がある場合において、税務署長の許可があって初めて認められることとされていることから(平成4年改正前相続税法41条1項)、裁判所は、金銭納付を困難とする事由があるか否か、物納に充てることができる財産を有していたか否かについて検討を加えた上で、Yの債務不履行を認めた。 そして、財産評価の過誤等についても、委任の本旨に則ったものということはできないとして、次のように判示した。 Ⅱ 節税措置義務と委任の本旨 1 「委任の本旨」の意義と問題点の所在 税理士は、一般に依頼者との間の委任契約若しくは準委任契約に基づく民法644条《受任者の注意義務》の善管注意義務を負っていると解されている。また、民法415条《債務不履行による損害賠償》では、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき」には、受任者は債務不履行の責任を負うこととされている。 本件判決は、「Yは、税務の専門家として、租税に関する法令、通達等に従い、適切に相続税の申告手続をすべき義務を負うことはもちろん、納税義務者たるXらの信頼にこたえるべく、相続財産について調査を尽くした上、相続財産を適切に各相続人に帰属させる内容の遺産分割案を作成、提示するなどして、Xらにとってできる限り節税となりうるような措置を講ずべき義務をも負うものということができる。〔下線筆者〕」と説示しており、税理士にかような義務が課されているとの理解が基礎にあるようである。 この「節税となりうるような措置を講ずべき義務」とは何を指すのであろうか。この点、本件判決の文脈では、「XらとYとの間で締結された本件相続税の申告の手続等の委任契約の趣旨」に照らして導出される義務であるとしていることから、あくまでも民法643条《委任》の委任契約の一部であるということができよう。 本件では税理士に対して、「物納」の手続をすることが具体的に依頼されていた旨が認定されているが、仮に、物納によらず延納によった方が節税になると税理士が判断したとすれば、税理士はいずれの納付方法を採用すべきなのであろうか。換言すれば、具体的に税理士が委任された内容(以下「具体的委任事項」という。ここでは「物納」を指す。)と、税理士が節税措置として妥当と判断した内容(以下「抽象的委任事項」という。ここでは「延納」を指す。)とが相反する場合にまで、税理士は自己の信じる節税効果を常に優先して処理に当たるべきということになるのかという問題がある。 2 本件裁判所の考え方 本件裁判所は、「物納の方法によりがたいとか、延納が物納より納税義務者であるXらに有利である等の特段の事情の認められない本件においては、Yが右依頼の趣旨に反して延納の申請手続をしたことは、債務不履行に該当する」としている。 つまり、①物納の方法により難い場合と、②延納が物納よりも節税となる場合には、税理士が延納を採用したことに責めはないということを意味しよう。かかる判示からすれば、裁判所は、税理士が節税措置として自らの判断の下において採用した措置、すなわち抽象的委任事項の履行として税理士が採った措置についての責任を問わない姿勢を看取することもできる。 例えば、物納にする根拠として、仮に税負担を軽減できずとも遺族間での遺産分割が容易になるといった利便性があったとしても、そのことは税理士の責任論のレベルでは無視されるとの考えがあるのであろう。かように考えると、税理士は常に節税措置など税務上の取扱いを判断の中心に置いて行動していれば、債務不履行責任を負うことはなさそうである。 もっとも、このような判示が下されているのは、裁判所が依頼人との税理士顧問契約ないし個別の「物納手続の依頼」が、ともに節税措置の依頼を包摂していると解釈したからにほかならないと考えれば理解しやすい。 ただ、判決が「税務の専門家として、・・・適切に相続税の申告手続をすべき義務を負うことはもちろん、納税義務者たるXらの信頼にこたえるべく、・・・Xらにとってできる限り節税となりうるような措置を講ずべき義務をも負う」と説示している点には留意が必要であろう。すなわち、「節税措置を講ずべき義務をも・・負う」として、節税措置を二次的な義務と解していると理解することもできそうである。 (了)