〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例72】 キッコーマン株式会社 「2022年3月期決算短信〔IFRS〕(連結)」 (2022.4.27) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、キッコーマン株式会社(以下「キッコーマン」という)が2022年4月27日に開示した「2022年3月期決算短信〔IFRS〕(連結)」である。サマリー情報の「2023年3月期の連結業績予想(2022年4月1日~2023年3月31日)」には次のような記載がなされ、来期の業績予想は未定とされている。 「配当の状況」には次のような注記が付され、来期の配当予想も未定とされている。 2022年5月19日付の日本経済新聞によると、2022年3月期の決算短信で業績予想を未定とした東証プライム上場企業は全体の6%に上るという。業績を予想することが困難な状況にあるからなのだと思われるが、キッコーマンの場合、同社の過去の開示をみると、それだけではないように思われてくる。 2 IFRS適用後に変化が キッコーマンは、2020年5月12日に「国際財務報告基準(IFRS)の任意適用に関するお知らせ」を開示し、2021年3月期からIFRS(国際財務報告基準)を任意適用するとしている。2021年4月27日に開示した「2021年3月期決算短信〔日本基準〕(連結)」には、タイトルどおり日本基準による数値が記載され、サマリー情報の「2022年3期の連結業績予想(2021年4月1日~2022年3月31日)」には次のような記載がなされている。 同社は、その後、2021年7月2日に「2021年3月期決算短信〔IFRS〕(連結)」と「業績予想(IFRS)の開示に関するお知らせ」を開示したのだが、このIFRS適用後に同社の開示に変化が生じるのである。 3 ほとんどなかった業績予想修正 キッコーマンは、これまで業績予想を修正することがほとんどなかった。IFRS適用前の過去10年間のうち、業績予想の修正に関する開示は1回のみである。しかもやむを得ない修正だった。2016年6月1日に開示された「業績予想の修正に関するお知らせ」に記載されている、その「修正の理由」は次のとおりである。 2016年4月27日に開示された「持分法適用関連会社の異動を伴う自己株式の公開買付けへの応募に関するお知らせ」の「今後の見通し」には、次のような記載がなされていた。業績予想を修正するか否かは、公開買付けの結果次第だったのである。 業績を予想しやすい業種なのかもしれないが、同社はこれまで確度の高い業績予想を開示してきた。しかし、IFRS適用後に変化が生じる。2021年7月2日に「2021年3月期決算短信〔IFRS〕(連結)」と「業績予想(IFRS)の開示に関するお知らせ」を開示したのだが、その4ヶ月後の2021年11月5日に「2022年3月期第2四半期連結業績予想と実績値との差異および通期連結業績予想の修正に関するお知らせ」を開示している。その「差異及び修正の理由」の記載は次のとおりである。 やむを得ない状況かとも思えるのだが、第2四半期(2021年の4月から9月)の数値が、2021年7月2日に開示された予想と乖離していたのである。これまでの同社の開示と見比べると、どうしたのだろうと思えてしまう。 また、タイトルに「第2四半期連結業績予想と実績値との差異」とあるとおり、「2022年3月期第2四半期決算短信〔IFRS〕(連結)」と同時に開示している。もっと早く「第2四半期連結業績予想の修正」として開示できなかったのだろうか。 4 決算短信の訂正も キッコーマンは、これまで決算短信を訂正することもほとんどなかった。こちらもIFRS適用前の過去10年間のうち1回のみで、2019年5月29日に開示された「(訂正)『2019年3月期決算短信〔日本基準〕(連結)』の一部訂正について」である。訂正といっても、添付資料の「経営成績等の概況」中の「中国・香港市場および韓国」を「中国および香港市場」に訂正するというものだった。 しかし、これにもIFRS適用後に変化が生じる。まず2021年4月27日に「2021年3月期決算短信〔日本基準〕(連結)」を開示した後、同日に「(訂正)『2021年3月期決算短信〔日本基準〕(連結)』の一部訂正について」を開示している。決算短信に添付された補足説明資料について、複数箇所の数値を訂正している。 次に2022年2月4日に「(訂正)『2022年3月期第3四半期決算短信〔IFRS〕(連結)』の一部訂正について」を開示している。こちらも四半期決算短信に添付された補足説明資料で、複数箇所の数値を訂正している。 そして、今回の開示の前日2022年4月26日には「(訂正・数値データ訂正)『2021年3月期決算短信〔IFRS〕(連結)』の一部訂正について」を開示している。ケアレスミスにみえるが、添付資料のキャッシュフロー計算書の数値を訂正している。 5 業績予想未定の原因 こうみてくると、キッコーマンの業績予想未定の原因は「未確定な要素が多く、数値を示すことが困難な状況」にあるからだけではないように思われてきてしまう。確かにその状況も一因かと思うが、もしかするとIFRS適用によって経理財務部門の方々の負担が増していることもあるのではないだろうか。あくまで筆者の勝手な想像なのだが、現場の方々が疲弊しきってしまい、「今回はもう無理」となってしまったのではないだろうか。IFRS適用がなければ、注記を付すなどの工夫をして、業績予想を開示していたかもしれない。 今回の開示の後、2022年3月期の業績は増収増益であるにもかかわらず、同社の株価は急落した。業績予想を未定としたからなのだろうか。同社は業績予想を開示しないと言っているわけではない。「業績予想については、合理的に予測可能となった時点で公表いたします」としている。 決算短信で来期の業績予想を開示しない会社の株式は売るという考えの投資家がいるのかもしれないが、個人的にはそうした考え方に違和感を覚える。予想というよりは目標のような数値を開示して、業績予想の修正を繰り返す会社もある。それよりは、確度の高い業績予想の開示に努めようとする会社の方が好ましいように思う。「合理的に予測可能となった時点」での開示を待てないのだろうか。 ちなみに、証券会社は以前から業績予想を開示していない。例えば、株式会社大和証券グループ本社は2022年4月27日に「2022年3月期決算短信〔日本基準〕(連結)」を開示しているが、そのサマリー情報の「2023年3月期の連結業績予想(2022年4月1日~2023年3月31日)」の記載は次のとおりである。 決算短信で来期の業績予想を開示しない証券会社の株式は、決算短信開示後いつも売られたのだろうか。そんなことはないはずだが。 (了)
プラス思考の経済効果 【第4回】 「パンダとネコの「たま駅長」の経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 双子のパンダ「シャオシャオ」と「レイレイ」の経済効果 (1) 日本におけるパンダの人気 上野動物園のパンダ「シャンシャン」の中国への返還がまた延期になりました。最初は2019年6月末に返還が予定されていたのですが、新型コロナウイルスの影響等で延期が繰り返され、今回は2022年12月末までの延期となりました。パンダ好きの人たちは喜んでいることでしょう。日本人ほどパンダ好きな国民は世界でもまれではないでしょうか。 日本には1972年の10月に「カンカン」と「ランラン」の2頭のパンダが上野動物園に中国から送られてきて、大変な人気になりました。パンダが来る前の上野動物園の年間入園者数は毎年400万人前後でしたが、パンダが来た1972年以後に急増し、1974年には過去最高の約765万人を記録しました。 もちろん、諸外国でも初めてパンダが来た時は大変な人気でした。アメリカでは1972年4月にワシントン国立動物園にパンダが来た時は大騒ぎになりました。しかし、今では当初ほどの人気はありません。また、イギリスでは1974年にパンダが初めて来て人気になりましたが、今ではエジンバラ動物園に2頭いるだけで、レンタル料(年間約1億円)や飼育費用がかかるので飼育を続けるかどうか議論中だということです。諸外国のマスコミ関係者は「現在、外国では日本人ほどパンダで大騒ぎはしない」と言っています。 なぜ、日本人はパンダが大好きなのでしょうか。一般的に人間は丸いものを可愛いと思う感情がありますが、日本人が欧米人と比べて特にパンダが好きな理由として次のような説が考えられています。 それでは日本におけるパンダの経済効果の計算結果を紹介しましょう。 (2) 双子のパンダ「シャオシャオ」と「レイレイ」の経済効果 パンダの経済効果は、上野動物園にパンダを見に来る人、または動物園には来ないがネットや百貨店などでパンダのぬいぐるみを買う人などの消費総額から計算します。まず、パンダを上野動物園に見に来る人数を推計します。双子のパンダ「シャオシャオ」と「レイレイ」を見に来る人は過去のパンダ・フィーバーの時の入園者数を参考に、一般公開されてから1年間で約568万人と予測しました。 しかし、この観客の中には有料入園者と無料入園者がいます。小学生以下、都内在住の中学生、身体障害者は無料です。この無料入園者の人数は意外と多く、過去のデータでは約半数の人が無料入園者です。しかし、無料入園者でも交通費、飲食費、グッズ代などは消費します。また、遠方から来て宿泊する入園者と近隣から来て日帰りの入園者もいます。宿泊する入園者は日帰り入園者と比べて数倍の消費を行います。すべての入園者をこれらの人達に分類して、それぞれの消費金額を計算するのです。 双子のパンダ「シャオシャオ」と「レイレイ」を上野動物園に見に来る人、また見に来なくてもネットや百貨店でパンダのグッズを購入する人の消費総額は約169億円になりました。その消費総額の経済効果を最新の「東京都産業連関表」を用いて計算すると、約309億円になりました。 (3) 過去のパンダの経済効果 筆者がパンダの経済効果を計算したのは、2011年に「リーリー」と「シンシン」が来た時が初めてで、この時の経済効果は公開後1年間で約208億円でした。そして、次に計算したのは2017年に「シャンシャン」が誕生した時で、この時の経済効果は約267億円と予測しました。しかし、結果的には入園者数が予測ほど伸びず、約232億円に留まりました。 そして、今回の双子のパンダ「シャオシャオ」と「レイレイ」の経済効果の予測値は過去最高の約309億円となりました。これは、①上野動物園では初めての双子であり、双子がじゃれあう可愛い姿を初めて目にすることができること、②新型コロナウイルスで巣ごもり生活を長い間強いられて、ストレスがたまった人々が一斉に癒しを求めて外出すると予想されること、③諸物価が上昇したこと、などが理由であると考えられます。 2 「たま駅長」の経済効果 (1) たま駅長の影響 次に、パンダと同じように可愛いということで人気のある猫の経済効果を1つ紹介しましょう。2007年に和歌山電鐵貴志川線の終点の駅「貴志駅」で、売店で飼われていた猫の「たま」が駅長に就任して、マスコミで取り上げられ大フィーバーとなりました。 そこで筆者は2008年に過去1年間の「たま駅長」の地元和歌山における経済効果を推計しました。まず、たま駅長フィーバーにより増加した乗客数と売上金額、売店で販売されているたま駅長グッズの売上高、そしてたま駅長人気により急増した和歌山の観光客の宿泊、飲食、土産物などの売上高を計算しました。 計算の結果、経済効果は猫1匹で約11億円になりました。たま駅長がマスコミで取り上げられると、国内だけでなく海外のマスコミからの取材もありました。 (2) たま駅長の地元経済への貢献 和歌山市内の観光地である新和歌浦のホテルに取材に行った時に、ホテルの社長さんに「たま駅長効果で宿泊客は増えましたか」と聞くと、「増えました。たま駅長さまさまです」と笑顔で答えてくれました。 その時、ホテルの受付の電話が鳴りましたので、そばにいた社長さんが電話をとりました。会話を聞くともなしに聞いていると、電話の相手は東北地域の猫好きの方のようでした。相手の方は「そちらのホテルはたま駅長のいる貴志駅までは近いですか」と聞いているようでした。社長さんは「近いです。すぐそばです」と答えましたので、相手の方は家族での宿泊を予約されたようでした。 社長さんは笑顔で筆者に「こんな調子で次々に予約が入るんです」とおっしゃいました。本当に「たま駅長」は地元和歌山に予想外の経済効果をもたらしたものだと感じました。 その年、国土交通省から大学に「たま駅長の経済効果」のレポートを参考までに送ってほしいとの連絡があり、大学から送りました。その後、国土交通省から「正確に計算されているので国土交通白書に掲載したい」とのお返事があり、その年度の白書に載りました。具体的には、地方の交通機関が人口や観光客の減少などで経営が苦しくなってきているといわれているが、アイディア次第で乗客も観光客も増加する例として掲載するとのことでした。 和歌山電鐵の社長さんとお話しすると、「たま駅長就任には多くのファンの人からサポートしていただいたので、ほとんど費用がかかりませんでした。かかった費用はたま駅長の帽子代だけです」と言われました。これまで計算した経済効果の計算の中では非常に少ない費用で大きな経済効果をもたらした最も効率的なケースになりました。 (了)
《速報解説》 ASBJ、「企業会計基準等の開発において開示を定める際の当委員会の方針」を公表 ~重要性に関する課題に対応する観点から、開示目的を定めるアプローチを採用~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年6月21日、企業会計基準委員会は、「企業会計基準等の開発において開示を定める際の当委員会の方針(開示目的を定めるアプローチ)」を公表した。 これは、企業会計基準等の開発における開示(注記事項)に関する企業会計基準委員会の方針を明確化するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 「企業会計原則」注解(注1)の重要性の原則では、用語の定義がなされておらず、具体的な判断の方法についても定められていないことなどから、我が国においては、開示(注記事項)に関する方針が必ずしも定まっておらず、重要性に関する課題があるとの認識が示されている。 そこで、重要性に関する課題に対応する観点から、今後、企業会計基準委員会が企業会計基準等において開示(注記事項)を定める際には、開示目的を定めるアプローチを採用することとし、新たな企業会計基準等の開発を行う場合(既存の会計基準等の改正を含む)には、原則として、開示目的を定めた上で、当該開示目的に照らして開示する具体的な項目及びその記載内容を決定する旨を定めることとする。 具体的には、以下のようなアプローチを採用するとのことである。 このようなアプローチは、「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)及び「会計上の見積りの開示に関する会計基準」(企業会計基準第31号)で、すでに見られるところである。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 会計士協会から「監査ツール」の改正が公表される ~監基報の改正に対応して監査リスクの項目等につき関連様式含め所要の見直し~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年6月16日付けで(ホームページ掲載日は2022年6月21日)、日本公認会計士協会は、「監査基準委員会研究報告第1号「監査ツール」の改正について」を公表した。 これにより、2022年4月18日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に寄せられたコメントに対する対応も公表されている。 これは、2021年8月改正の監査基準委員会報告書315「重要な虚偽表示リスクの識別と評価」及び同540「会計上の見積りの監査」の改正等に対応するものである。関連する様式も改正する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 監査基準委員会報告書315「重要な虚偽表示リスクの識別と評価」及び同540「会計上の見積りの監査」は、2023年3月31 日以降終了する事業年度に係る監査から適用される。 1 監査リスク 監査リスク(財務諸表の重要な虚偽表示を看過して誤った意見を形成する可能性)は、重要な虚偽表示リスクと発見リスクの2つから構成され、図解により説明されている(12項)。 アサーション・レベルにおいて、重要な虚偽表示リスクは、固有リスクと統制リスクの2つの要素で構成される。 2021年6月改正前の監査基準委員会報告書315では、固有リスクと統制リスクを別々に評価することも合わせて評価することも認められていたが、2021年6月改正により、固有リスクと統制リスクは分けて評価することとされている(監基報315 第5項)。 2 特別な検討を必要とするリスク 2021年6月改正前監基報315では、「特別な検討を必要とするリスク」を「識別し評価した重要な虚偽表示リスクの中で、特別な監査上の検討が必要と監査人が判断したリスクをいう」と定義されていた。 改正後の監基報315では、「特別な検討を必要とするリスク」を、識別された以下のような重要な虚偽表示リスクと定義している(監基報315 第11項(10))。 「重要な取引種類、勘定残高又は注記事項」と「関連するアサーションを識別していないが重要性のある取引種類、勘定残高又は注記事項」との関係、「リスクモデルに関する監査基準委員会報告書の相互関係」なども説明されている。 3 会計上の見積りの監査 監査基準委員会報告書540「会計上の見積りの監査」は、監査人が企業及び企業環境、適用される財務報告の枠組み並びに企業の内部統制システムを理解する際、会計上の見積りの性質に関連して、理解すべき事項を規定している(監基報540第12項)。 これらに関連する記載が行われている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国税庁、『移転価格事務運営要領』(事務運営指針)の一部改正を公表 ~改正案に対する意見への回答として実務の参考となる“国税庁の考え方"も明らかに~ 公認会計士・税理士 霞 晴久 国税庁は、6月10日、「移転価格事務運営要領」(事務運営指針)の一部改正を公表した。 本改正は、本年3月4日から4月12日までの同改正案に対する意見募集を経たものであるが、実際には、改正案の文言は修正されることなくそのまま公表されている。それゆえ、改正の骨子は、本年3月17日の速報解説記事を参照されたい。 本稿では、同時に公表された改正案に対する意見(※1)とその回答から、実務的に有用と思われる国税庁の考え方をまとめてみたい。ちなみに、意見は6通(※2)あり、項目は全部で32あるが、その内、改正指針3-8に関するものが10項目、同3-16・17に関するものが7項目あるので、これら(事例を含む)を中心に要約する。 (※1) 実際には納税者からの要望も含まれている。 (※2) 内訳は、郵便等によるもの1通、FAXによるもの2通、及びインターネットによるもの3通であった。 1 事務運営指針3-8(金融取引に係る独立企業間価格の検討を行う場合の留意事項)について (1) 改正指針3-8(2) 改正指針3-8(2)は、取引の当事者の信用力の比較において、当事者の信用格付等を用いることができるとしている。しかし、国外関連者が信用格付を有していない場合もあり得る(※3)ので、国税庁は、法人及び国外関連者の信用格付がない場合においても、独立企業間価格の算定を行う必要があり、改正指針3-8(2)において、「その他の信用状態の評価の結果を表す指標」を用いて信用力を勘案するとしており、この指標には、例えば、各種財務指標のうち、デフォルト事象との関連性が高く、事案の事実と状況に応じた最も適切な財務指標が該当するとしている。 (※3) 中小法人には信用格付を取得することは困難という意見があった。 さらに、改正指針3-8(2)において借手の信用力を評価する場合の信用格付は、格付機関によって付与された信用格付だけではなく、例えば、公開財務ツールや格付機関が示している事業体のグループ内での位置付けから求める方法であっても、それが借手の信用力を示す合理的かつ客観的な指標と認められる場合には、これを用いることができるとしている(※4)。 (※4) 「OECD移転価格ガイドライン」(2022年1月)パラ10.71を引用。 (2) 改正指針3-8(3) 改正指針3-8(3)は、資金提供者がリスクを管理する能力を欠く又は意思決定の機能を果たしていない場合には、当該資金提供者が得るべき利益を検討するに当たってリスクフリー利率を用いた取引を比較対象取引とすることができるとしている。 しかし、貸手が十分な機能を果たしていない場合、金利をリスクフリーレートに制限することにより、借手に過大な所得が帰属してしまうリスクがある、さらに、仮にそのようなレートで海外の現地法人から借り入れた場合には、海外の税務当局から疑念を抱かれるリスクがあるとの意見があった。 これについて国税庁は、改正指針3-8(3)は、OECD移転価格ガイドラインのパラグラフ1.108を踏まえた取扱いであり、資金提供者がリスクを管理する能力を欠き、意思決定の機能を果たしていない場合には、「リスクフリー利率を用いて想定した取引を比較対象取引とすることができる」ことを示したものであるとした上、改正指針3-8(柱書)の取扱いは、改正指針3-7(金融取引)に従って検討した結果を踏まえて指針4-1(最も適切な方法の選定に関する検討-改正なし)に基づいて金融取引に係る独立企業間価格の検討を行う場合の留意事項の1つとして定めているものであることから、この取扱いをどのように適用するかは、取引内容等を的確に把握した結果を踏まえて判断することになるとしている。 上記意見については、資金提供者がリスクを管理する能力を欠き、意思決定の機能を果たしていない場合には、リスクを管理している者及び意思決定の機能を果たしている者やスプレッドの帰属先を含め、改正指針3-7に従って取引内容等を的確に把握した結果を踏まえて、「最も適切な方法」により金融取引に係る独立企業間価格の算定を行うとしている。 (3) 改正指針3-8(7) 相互作用による共通便益(※5)に関し、その範囲及び参加者への配分の方法を明確化してほしいという意見に対し、国税庁は、改正指針3-8(7)(注)において示しているとおり、例えば、相互作用による共通便益が法人及び国外関連者それぞれの相互作用による共通便益の発生に寄与した程度を推測するに足りる要因に応じて配分されているかどうかについて検討するとし、さらに、相互作用による共通便益が法人及び国外関連者それぞれの相互作用による共通便益の発生に寄与した程度に応じて配分されていないような場合には、移転価格税制上の問題がある可能性があるため、個々の事案の事実と状況を踏まえて、取引内容等を的確に把握した上で、最も適切な方法により独立企業間価格を算定して、その結果に照らして相互作用による共通便益の配分が独立企業原則に即したものかどうか検討するとし、具体例として、参考事例集【事例7】《前提条件4:キャッシュ・プーリング》を引用している。 (※5) 改正指針3-7(3)(注)は、「相互作用による共通便益」について、「財務上の活動を通じて法人及び国外関連者が意図的に協調することにより生じる企業グループ内の相互作用により当該法人及び当該国外関連者の支払うべき利息の減少又は受け取るべき利息の増加その他の便益」と定義している。 (4) 改正指針3-8全般 金融取引について一律に事務運営指針の適用を求めると、納税者にとって過重なコンプライアンス・コストが発生することから、貸付金額や債務保証等の額に一定の金額基準を設け、当該金額基準を下回る場合は、現行の方法で対処することを認めるなど、一種のセーフ・ハーバー・ルール(※6)を設けるべきという意見があった。 (※6) セーフ・ハーバー・ルールについては、指針3-11(企業グループ内における役務提供に係る独立企業間価格の検討)において、一定の要件を満たす役務提供取引について、当該役務提供に係る総原価の額に、当該金額に5%を乗じた額を加算した金額を独立企業間価格とすることを認めている。 これに対し国税庁は、例えば、信用格付等を用いて取引の当事者の信用力の比較可能性を検討する方法(改正指針3-8(2))は、「用いることができる」としているとおり、必ずしも一律の適用を求めるものではないとし、また、例えば、法人が取引のある銀行等に照会して取得した見積り上の利率等(※7)を基に国外関連取引に係る対価の額を算定している場合であっても、そのことのみをもって措置法第66条の4第1項の規定が適用されるものではなく、法人がこのような方法で国外関連取引に係る対価の額を算定すること自体が移転価格税制上の問題となるものではないとしている。 (※7) いわゆる“Bankability Opinion”を指す。詳しくは3月17日付拙稿「速報解説」記事を参照。 セーフ・ハーバー・ルールについては、国外関連取引の対価の額を簡便な方法により算定できる反面、例えば、相手国等との合意がないユニラテラルのセーフ・ハーバー・ルールを導入した場合、二重課税又は二重非課税のリスクを引き起こす可能性が懸念されるとしている。 (5) 参考事例集【事例4】について 【事例4】(独立価格比準法に準ずる方法を用いる場合)《前提条件3:債務保証の場合》では、国外関連者の現地銀行からの借入に対し親会社である日本法人が債務保証を行う事例において、債務の保証が行われないとした場合と行われた場合のそれぞれの場合の信用力に応じた利率の差(イールドアプローチ)及び債務保証等の対象である債務の不履行が生ずる場合に保証等を行った者が負担すべき損失の額の割合(デフォルト確率を用いて期待損失率を求める方法)を勘案し、これらの値の平均値を用いる方法が紹介され、この方法は、債務保証に係る取引の比較対象取引を想定できるため、最も適切な方法と評価している。 この点に対し、①(上記の)複数の方法を検討していないと、最も適切な方法と認められないか、②信用力に応じたスプレッドの差と期待損失率の平均値を独立企業間の保証料率としているが、信用力の違いによる借入利率の差と期待損失率は性質が異なるものであり、それらを平均する理由は何か、という疑問が呈された。 これに対し、国税庁は、①について、イールドアプローチにより算定される値は保証料の最大限度であり、コストアプローチ(※8)により算定される値は最小限度であることから、それらの値そのものは必ずしも独立企業原則に即した結果にはならない場合があるとされており(※9)、いずれかの方法により算定された値そのものを独立企業間価格として取り扱うことは適切ではないとし、個々の事案の事実と状況を踏まえて取引内容を的確に把握した上で判断する必要があると回答している。 (※8) デフォルト確率を用いて期待損失率を求める方法を指す。 (※9) 前掲(※4)のパラ10.177及び同10.180を引用。 さらに②に関しては、これらのアプローチにより算定される値の間にある値の中で合理的と考えられる値が独立企業間価格と考えられるところ、そのような値の1つとして、平均値を挙げることができ、保証により軽減した利率等のメリットを法人と国外関連者との間で折半するという行動は一定の合理性があり独立企業間でも認められ得ることから、平均値を独立企業間価格とすることには一定の合理性があると回答している。 なお、【事例4】《前提条件3》は、あくまで一例を示しているにすぎず、イールドアプローチ又はコストアプローチ等、どれか1つの方法を適用している場合であっても、それが最も適切な方法と認められる場合もあるので、複数の方法を用いることだけが最も適切な方法であると示すことを意図しているものではないとしている。 2 事務運営指針3-16(費用分担契約の取扱い)・同3-17(費用分担契約に関する留意事項)について (1) 改正指針3-16(1)(注)2 同(注)2は、貢献価値割合(※10)を予測便益割合(※11)と一致させるために参加者の間で支払われる調整的支払額の支払いがあった場合、当該調整的支払額が適正に見積もられているか確認するとともに、指針3-21(価格調整金等がある場合の留意事項-改正なし)も参照の上検討するとしていることから、費用分担契約の適切性に加え、価格調整金としての適切性を備えている必要があるかが問われる。 (※10) 参加者それぞれの共同活動への貢献の額の合計額のうちに占める参加者それぞれの貢献価値額の割合をいう(改正指針3-16(1)ロ・ハ)。 (※11) 参加者の予測便益の額の合計額のうちに占める参加者それぞれの予測便益の額の割合をいう(改正指針3-16(1)イ)。 この点に関し国税庁は、調整的支払額の支払いは、指針3-21における「国外関連取引に係る対価の額を事後に変更している場合」に該当することから、改正指針3-16に加え、指針3-21における総合的に勘案する事項(支払等に係る理由、事前の取決めの内容、算定の方法及び計算根拠、当該支払等を決定した日、当該支払等をした日等)を参照することにより調整的支払額の支払いが合理的な理由に基づく取引価格の修正であるかどうかを検討する必要もあると回答している。 (2) 改正指針3-16(3)(注) 改正指針3-16(3)の第一文のとおり、参加者の貢献価値額とその貢献において負担する費用の額が大きく異ならない場合には、この費用の額を貢献価値額として取り扱うこととして差し支えないとされているが、この場合、指針3-11(企業グループ内における役務提供に係る独立企業間価格の検討-改正なし)の文書化要件との関係が問題となる。 これに対し国税庁は、参加者の貢献が費用の額を貢献価値額として取り扱って差し支えない役務提供とするため、必ずしも指針3-11(1)トの文書化要件を充足している必要はないとしている。ただし、費用分担契約に基づいて行われた国外関連取引について調査の際、作成又は提示が求められる書類(改正指針3-19(費用分担契約に係る検討を行う書類))には指針3-11(1)トに掲げられている書類も含まれるので、費用の額が貢献価値額として取り扱って差し支えない役務提供等に該当すると判断する場合、これらの書類の作成又は提示が求められるとしている。 (3) 改正指針3-17(3)ハ(注) 予測便益の見積りについて、共同活動の成果物が特定無形資産に該当する場合には、著しい乖離があっても措置法第66条の4第10項に定める、いわゆる「収益乖離要件」に該当しなければ、調整は不要になるのかが問題となる。 これに対し国税庁は、共同活動の成果物が特定無形資産に該当する場合には、予測便益の見積りが特に難しく、予測便益割合と実現便益割合の間に著しい乖離が生ずる可能性が相対的に高いと考えられるとし、改正指針3-17(3)ハ(注)においては、OECD移転価格ガイドラインのパラグラフ8.20を踏まえ、このような乖離が生じた場合であっても、実現便益をもって予測便益を直ちに修正するいわゆる後知恵を用いることを防止する趣旨から、予測便益の見積りが適正であったかどうかについての検討を法人が行っているか調査する場合には、措置法第66条の4第8項の規定を踏まえて行う必要があるとしている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 金融審議会よりディスクロージャ-WG報告が公表される ~サステナビリティ及びコーポレートガバナンスに関する開示や四半期報告書の廃止等を検討~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和4年6月13日、金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループは、「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告-中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-」を公表した。 これは、投資判断におけるサステナビリティの重要性の急速な高まりや企業のコーポレートガバナンスに関する議論の進展などの大きな変化に対応し、企業情報の開示のあり方について検討したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 主な内容は次のとおりである。 Ⅲ サステナビリティに関する企業の取組みの開示 1 サステナビリティ全般に関する開示 次の事項が記載されている。 2 気候変動対応に関する開示 次の事項が記載されている。 3 人的資本、多様性に関する開示 投資家の投資判断に必要な情報を提供する観点から、人的資本や多様性に関する情報について、以下の対応を記載している。 4 今後の課題 今後の課題として、次の事項が記載されている。 Ⅳ コーポレートガバナンスに関する開示 1 取締役会、指名委員会・報酬委員会等の活動状況 次の事項が記載されている。 2 監査の信頼性確保に関する開示 現在の有価証券報告書の枠組みの中で、次の事項を開示項目とする。 3 政策保有株式等に関する開示 次の事項が記載されている。 Ⅴ 四半期開示をはじめとする情報開示の頻度・タイミング 1 四半期開示 四半期開示については、上場企業についての法令上の四半期開示義務(第1・第3四半期)を廃止し、取引所の規則に基づく四半期決算短信に「一本化」することが適切と考えられる。 法令上の四半期開示義務(第1・第3四半期)を廃止し、四半期決算短信への一本化を進めるに当たっては、四半期決算短信に対する監査法人のレビューの必要性などの課題の検討が必要である。 2 適時開示のあり方 投資家の投資判断上、よりタイムリーに企業の状況変化に関する情報が企業から開示されるように、取引所において適時開示の促進を検討する。 3 有価証券報告書の株主総会前提出 有価証券報告書の提出タイミングについては、それぞれの企業が置かれた状況や投資家との対話も踏まえつつ、例えば、まずは、必ずしも十分に早い時期でなくとも株主総会前に有価証券報告書を提出するといった取組みが期待される。 4 重要情報の公表タイミング 決算情報を含む重要情報の公表タイミングについては、社内手続などを了したタイミングで速やかに開示することが基本であり、このような開示を促す取組みを進める。 Ⅵ その他の開示に係る個別課題 1 「重要な契約」の開示 「重要な契約」の開示として、次の事項について検討されている。 2 英文開示 まずは、【事業等のリスク】、【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】、【コーポレート・ガバナンスの概要】、【株式の保有状況】など利用ニーズの特に高い項目について、英文開示を行うことが重要である。 また、新たに「記載欄」を設けるサステナビリティ情報についても英文開示が期待される。 3 有価証券報告書とコーポレート・ガバナンス報告書の記載事項の関係 有価証券報告書とコーポレート・ガバナンス報告書の特徴やそれぞれの開示システムの利便性等を踏まえて整理する。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2022年6月16日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.474を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第104回】 「「新しい資本主義」実現に向けた“人への投資”」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 6月7日、「新しい資本主義のグランドデザインおよび実行計画」(以下、「実行計画」)が閣議決定された。 岸田政権の掲げる「新しい資本主義」のコンセプトについて、今回の「実行計画」では、市場だけでは解決できない外部性の大きい社会的課題を障害物ではなくエネルギー源と捉え、官民連携によって解決を進め、包摂的で新たな成長を図ることと説明されている。 この実現に向けて、①人への投資、②科学技術・イノベーションへの投資、③スタートアップへの投資、④GX及びDXへの投資の4本柱に投資を重点化するとし、これらの政策を実行するため、事業の性質に応じて基金等を活用して予算単年度主義の弊害を是正するとともに、税制改正においてその将来にわたる効果を見据えた動的思考を活用することとし、財政措置や税制改正が施策の中心に据えられていることが注目される。 「実行計画」の「人への投資」に関しては、税やディスクロージャーに関して多くの課題が提示されている。 〇賃上げ税制の一層の活用 人への投資については、今年の春闘においては、ここ数年低下してきている賃金引上げの水準が反転したところであるが、引き続き、賃金の引上げを実現するために、令和4年度税制改正で抜本的な拡充が図られた賃上げ税制の一層の活用が掲げられた。 経団連が5月20日に公表した「2022年春季労使交渉・大手企業業種別回答状況」の第1回集計結果によれば、大手企業81社(製造業75社、非製造業6社)、約54万人の平均で、引上げ額は7,430円、アップ率は2.27%で、昨年(引上げ額5,544円、アップ率1.70%)と比べて額・率とも大きく上昇し、ここ3年間続いていた低下傾向から一気に反転した。しかも、業績がコロナ前の水準を回復した26社、約15万人について集計したところでは、引上げ額9,748円、アップ率3.02%で、3%を超えるアップ率となっており、賃上げ税制の適用が期待されている。 また、賃上げ税制の適用要件ともなっているパートナーシップ構築宣言の実効性強化をはじめとする中小下請取引適正化を進め中小企業等が賃金引上げの原資を確保できるよう、労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇分の適切な転嫁に向けた環境整備を進めることとされている。パートナーシップ構築宣言を公表した社数は本稿執筆時点で9,695社に上っている。 〇資産所得倍増 ストック面からの人への投資の強化策として、本年末に、総合的な「資産所得倍増プラン」を策定することとされている。具体的には、NISA(少額投資非課税制度)の抜本的な改革や高齢者に向けたiDeCo(個人型確定拠出年金)の改革など、資産形成を行いやすい環境整備を行うこととされた。2014年に創設されたNISAは、2024年以降、一般NISAの非課税対象及び非課税投資枠が見直され、2階建ての制度となるが、その投資可能期間は2028年までと期限付きの制度となっている。 〇多様性の確保 多様性の確保と選択の柔軟性の観点から、男女間の賃金格差の開示義務化(女性活躍推進法及び金融商品取引法)を図るとともに、女性就労の制約となっている社会保障や税制について働き方に中立的なものとしていくこととされ、被用者保険の適用拡大による130万円の壁の解消や最低賃金の引上げによる106万円の壁の解消が挙げられている。 特に、男女間の賃金格差については、女性活躍推進法に基づき、常時雇用する労働者301人以上の事業主に対して開示の義務化を行うこととされている。具体的には、①情報開示は、連結ベースではなく、企業単体ごと(持株会社も、当該企業について開示)、②男女の賃金の差異は、全労働者について、絶対額ではなく、男性の賃金に対する女性の賃金の割合で、正規・非正規雇用に分けて開示、③説明を追記したい企業のために説明欄を設けることとされている。 一方、6月13日に公表された金融審議会のディスクロージャーワーキンググループの報告書では、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差を有価証券報告書の「従業員の状況」の中の開示項目とすることとされている。 〇非財務情報の開示強化 実行計画では、「人的資本をはじめとする非財務情報を見える化し、株主との意思疎通を強化していくことが必要である」ことから、「本年内に、金融商品取引法上の有価証券報告書において、人材育成方針や社内環境整備方針、これらを表現する指標や目標の記載を求める等、非財務情報の開示強化を進める」こととされた。 これを受け、前述のディスクロージャーワーキンググループの報告書では、有価証券報告書において、サステナビリティ情報を一体的に提供する枠組みとして、独立した「記載欄」を創設し、「記載欄」には、国際的なフレームワークと整合的な「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの構成要素に基づく開示を行うこととされ、特に人への投資に関しては、中長期的な企業価値向上における人材戦略の重要性を踏まえた「人材育成方針」や「社内環境整備方針」を「記載欄」の「戦略」の枠の開示項目とするとともに、それぞれの企業の事情に応じ、これらの「方針」と整合的で測定可能な指標(インプット、アウトカム等)の設定、その目標及び進捗状況について、「記載欄」の「指標と目標」の枠の開示項目とすることとされている。 また、実行計画では、企業側が、モニタリングすべき関連指標の選定と目標設定、企業価値向上との関連付け等について具体的にどのように開示を進めていったらよいのか、参考となる「人的資本可視化指針」を本年夏に公表することが示されている。すでに政府の「非財務情報可視化研究会」5月19日の第5回会合で指針のたたき台が提示されているところである。 (了)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第3回】 「国税通則法2条」 -納税者の意義・範囲と源泉徴収の法律関係- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法2条(定義) 1 序説 国税通則法2条は、「国税通則法の各条の規定の平易化と解釈の明確化を図るため、同法中において特別の意義をもって用いられる基本的な用語を定義したもの」(志場喜徳郎=荒井勇=山下元利=茂串俊共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)136頁)であるが、今回は、同条5号における納税者の定義を取り上げて検討することにする。 納税者の定義を取り上げるのは、そこに国税通則法の「実定的構造」と「体系的構造」の違い(第1回3参照)が明確に現れており、その違いを納税者の定義に関して検討しておくことは、本連載における今後の検討にとって有益であると考えるからである。 2 納税者の意義・範囲 国税通則法2条5号によれば、納税者は①「国税に関する法律の規定により国税(源泉徴収等による国税を除く。)を納める義務がある者(国税徴収法(昭和34年法律第147号)に規定する第二次納税義務者及び国税の保証人を除く。)」と②「源泉徴収等による国税を徴収して国に納付しなければならない者」から成り、通常、①は納税義務者、②は源泉徴収義務者等又は単に徴収義務者と呼ばれる(志場ほか共編・前掲書141頁参照。金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)1017頁は②を徴収納付義務者と呼んでいる)。後者の呼称は、「源泉徴収等による国税」が「源泉徴収に係る所得税及び国際観光旅客税法(平成30年法律第16号)第2条第1項第7号(定義)に規定する特別徴収に係る国際観光旅客税(これらの税に係る附帯税を除く。)」(税通2条2号)とされていることによるものである。 一般に、「納税義務者」という語は文脈・場面によって異なる意味で用いられるが、憲法30条にいう「法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ」という意味での納税義務者には、講学上は、ⓐ「法律の定めるところにより」当該租税を納める義務を負う地位にある者(納税義務者たり得る地位にある者)という意味での納税義務者とⓑ「法律の定めるところにより」現に当該租税を納める義務を負っている者という意味での納税義務者が含まれる。ⓐが課税要件としての納税義務者であり、その者につき他の4つの課税要件(課税物件・帰属・課税標準・税率)が具備された場合に、納税義務が成立したその者がⓑの意味での納税義務者(納税義務の成立した納税義務者)である(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)66頁、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【90】参照)。 前記①の納税義務者は、上記ⓑの意味での納税義務者のうち、国に対して直接自己の租税を納付する義務を負っている者をいうが、そこでいう「義務」は、納税義務の成立ではなく納税義務の確定を前提として観念されるものであると解される。この理解は、少なくとも以下の2つの観点からみて、成り立つものであると考えられる。 1つには、前記①の納税義務者について定められている「国税」からは、「源泉徴収等による国税」(税通2条2号)が除外されている。後者の国税すなわち源泉徴収に係る所得税及び特別徴収に係る国際観光旅客税は「納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税」(税通15条3項2号・4号)である。これらが前記①の納税義務者に対する「国税」から除外される以上、前記①の納税義務者について定められている「国税」に係る納付義務も、「源泉徴収等による国税」に係る納付義務と同じく、納付すべき税額(納税義務)の確定を前提として観念されるものであると解されるのである。 もう1つには、前記①の納税義務者から「第二次納税義務者及び国税の保証人」が除外されている。「第二次納税義務者及び国税の保証人」は、前記ⓑの意味での納税義務者すなわち自己に納税義務の成立した納税義務者(本来の納税義務者。この語については清永・前掲書61頁参照)ではなく、国税徴収法及び国税通則法が国税の徴収・納付の確保のために、他者の納付すべき税額(納税義務)の確定を前提としてその納付義務を負担させる者である。そうすると、前記①の納税義務者から「第二次納税義務者及び国税の保証人」が除外されている以上、前記①の納税義務者の「義務」も、それらの者の「義務」と同じく、納付すべき税額(納税義務)の確定を前提として観念されるものであると解されるのである。 もっとも、前記①の納税義務者は、概念上は、前記ⓑの納税義務者(本来の納税義務者)のうちその納税義務が既に確定された者ではなく、「国税に関する法律の規定により」納税義務の確定のための「特別の手続」(税通15条1項)が要求される者であると解される。すなわち、納税義務の成立した納税義務者のうち、申告納税方式(同16条1項1号)による国税については納税者の申告(納税申告)又は課税庁の処分(更正・決定)により、賦課課税方式(同項2号)による国税については課税庁の処分(賦課決定)により納税義務が確定するものとされている者が、前記①の納税義務者の概念に該当すると解されるのである。 このような理解によれば、前記①の納税義務者について定められている「国税」から「源泉徴収等による国税」が除外されていることに着目すると、前記①の納税義務者から前記②の源泉徴収義務者及び特別徴収義務者が除外されるとはいえても、前記①の納税義務者から「源泉徴収等による国税」の納税義務者(本来の納税義務者)が一般的に除外されるとまではいえないことになる。すなわち、確かに、給与所得者等のうち㋐納税申告義務を免除される者(所税121条が定める「確定所得申告を要しない場合」の給与所得者等)は除外されるが、しかし、㋑それ以外の給与所得者等(同条参照)は除外されないのである。㋑の給与所得者等については申告納税方式による納税義務の確定が所得税法上排除されず、国税通則法もこのことを想定しているのである。要するに、㋑の給与所得者等は前記①の納税義務者に含まれ、したがって「納税者」(税通2条5号)に含まれるのである。 以上の理解は、国税通則法が前記①の納税義務者と前記②の徴収義務者とを一括して「納税者」として規定していることの趣旨にも適合すると考えられる。その趣旨については次のとおり解説されている(武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)632頁。志場ほか共編・前掲書141-142頁、金子・前掲書1017頁も参照)。 つまり、前記㋑の給与所得者等は、これについて申告納税方式による納税義務の確定及びそれに基づく納付等の手続が予定されている以上、「国税の納付、猶予、還付、課税調査、更正決定等、不服審査、犯則調査等の各税に共通する手続規定」(税通1条のほか第2回2も参照)が適用されることになるので、前記①の納税義務者に含まれ、したがって「納税者」(同2条5号)に含まれるのである(武田監修・前掲書632頁も参照)。 3 国税通則法のタイブレーク制的構造 以上で述べてきたことを「野球の試合」に喩えていえば、納税者は、バッターボックスに立ってヒットを打って《=納税義務の成立。勿論、打った瞬間は打球がヒットになるかどうか[納税義務の成立の有無]及び何塁打であるか[その義務内容]は誰にも判らないが》走って〈=納税申告〉塁審の判定〈=課税処分〉を経て出塁し《=納税義務の確定》その後の展開により本塁に生還する《=納税義務の履行》ことができるプレーヤー(本来の納税義務者)ではなく、タイブレーク制の下で塁(日本の高校野球のタイブレーク制では1塁と2塁)に置かれ《=納税義務の自動確定》その後の展開により本塁に生還する《=納税義務の履行》ことができるランナーのようなものである。さらにいえば、国税通則法は、「タイブレーク制」のような部分ルールとしての租税手続法であり、租税実体法(納税義務の成立)との関係(目的従属的関係)を基礎にする構造(体系的構造。第1回3参照)を定める、「通常の試合ルール」のような全体ルールを採用してはいないのである。 これに関連して付言しておくと、「納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税」(税通15条3項)ないし納税義務の確定に関する自動確定方式(自動的確定方式)の観念が成り立つのも、国税通則法の実定的構造(第1回3参照)がタイブレーク制的構造となっていることの現れであるといってもよかろう。 また、国税通則法のタイブレーク制的構造は、前記②の徴収義務者についてだけでなく、前記①の納税義務者についても、認められる。国税通則法15条1項は「納税義務の成立及びその納付すべき税額の確定」について、次の(ⅰ)のとおり(下線筆者)定めているが、その下線部にいう「成立」については、次の(ⅱ)のような理解が示されている(金子・前掲書886頁)。 この(ⅱ)の理解によれば、国税通則法は租税実体法(課税要件法)の領域における納税義務の成立の観念を「暗黙の前提」としていることになるが、このことは、国税通則法がタイブレーク制的構造を採用することによって、納税義務の確定の観念及びそのための手続を出発点(「1塁」や「2塁」)とし、そこに至る過程は視野の外に置いていることをも意味するものと考えられるのである。 4 源泉徴収の法律関係 以上で納税者の意義・範囲を明らかにしたが、判例もそのような納税者の概念を前提として源泉徴収の法律関係を明らかにしていると解される。 最判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁は、源泉徴収の法律関係という「判例としてなお未開拓の分野に属する」(可部恒雄「判解」最判解民事篇昭和45年度(下)1093頁、1097頁)問題について「やや異例ともいうべき長文の見解を表示した」(同頁)先例的価値のある判断である。長くなるが、その問題に関する判示の全文を次のとおり引用しておこう(下線筆者)。 以上の判示において、源泉徴収の法律関係を明らかにするために直接必要な判示は1~3である。そこでは、源泉徴収の法律関係の当事者である「課徴権者(国)と徴収義務者(支払者)と源泉納税義務者(受給者)の三者」(可部・前掲「判解」1098頁)相互の法律関係を、❶国と支払者との法律関係と❷支払者と受給者との法律関係とに厳格に二分する考え方(法律関係二分法)が貫徹されている(前掲拙著【152】のほか金子・前掲書1022頁参照)。ここで「厳格に」というのは、「源泉徴収による所得税は、いかなる場合においても、支払者のみから徴収され、受給者が課徴権者から直接に追求されることはない。」(可部・前掲「判解」1098-1099頁。下線筆者)あるいは「源泉所得税の徴収に関して、課徴権者と直接の対立当事者関係に立つのは、徴収義務者たる支払者のみであって、租税負担者たる受給者は、徴収の法律関係の当事者とならない。」(同1099頁。下線筆者)ということを意味する。つまり、「源泉徴収に関する法律関係の基本」(可部・前掲「判解」1099頁)は法律関係二分法によって構築されているのである。 このような法律関係二分法において、前記❶の法律関係は、源泉徴収すべき税額(源泉徴収義務)の自動確定を基礎として「支払者の『徴収すべき税額』と受給者の『徴収されるべき税額』との一致」(可部・前掲「判解」1102頁)の想定の下で、法定されており、したがって、「法15条の規定をまつまでもなく、源泉徴収制度の当然の前提として、法の予定するところ」(前掲判示第2下線部)であるから、その性質は公法上の債権債務関係であると解される。 これに対して、前記❷の法律関係の基本的性質は私法上の債権債務関係であると解される。ただし、支払者の源泉徴収権がその行使に関して、受給者の源泉納税義務と「表裏をなす関係」(前掲判示第3下線部)にある義務(源泉徴収義務)の側面を前面に出して、法律上構成されている点、及び受給者の源泉納税義務が「期間計算主義による所得税一般の『納税義務』」(可部・前掲「判解」1101頁)ではなく「都度計算主義による当該源泉徴収かぎりでの、租税負担義務」(同頁)を受忍する義務(源泉徴収受忍義務)として法律上予定されている点では、私法上の債権債務関係という性質は修正を受け公法的色彩を帯びているといってよかろう。 以上の2つの、性質を異にする法律関係のいわば「結節点」に置かれているのが、納税者の概念である。前掲判示の第4下線部の説示は、このような意味に解されるところ、そこでいわれる「納税者」は、前記3で述べたように、納税義務の自動確定に基づくタイブレーク制的構造の中で想定される「ランナー」のような存在といえよう。その「ランナー」は、バッターボックスに立ってヒットを打って《=納税義務の成立》走って〈=納税申告〉塁審の判定〈=課税処分〉を経て出塁することを要せず、当然のこととして1・2塁に置かれ《=納税義務の自動確定》本塁生還《=納税義務の履行》を目指すだけの存在である。 ただ、前掲昭和45年最判については、この判決が納税者の救済の観点から法律関係二分法に小さいながら「風穴」を開け(前掲判示の4)、さらに、そこから源泉徴収の法律関係においても受給者の本来の納税義務(前記「期間計算主義による所得税一般の『納税義務』」)を考慮する「新風」を吹き込んでいる(前掲判示の5)ことも、見落としてはならない。ここに、国税通則法においても体系的構造(第1回3参照)を観念する余地を見出すことができるように思われる。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第39回】 「現物による役員退職給与支給と消費税の関係」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 現物支給を検討すべき場面 役員に対し支給する役員報酬は、大多数が金銭による支給であることに疑いはないだろう。これに対し、少数派として、例えば法人が所有する不動産を役員に安価で賃貸させた場合等の経済的利益の供与がある(※1)。また、同じく少数派として、役員に対して金銭ではなく、自社製品や不動産等による、現物を支給する、いわゆる現物給与として支給を行うこともあり得る。 (※1) 役員に対する経済的利益の供与については、【第9回】参照。もっとも、このような場合には、実務上は適正賃料を当該役員から徴収することで、税務上の問題をクリアすることが多い。 不動産の現物による支給は、中小企業を対象としたM&Aの場面において、特に検討が必要になることがある(※2)。一般的には、株主を兼ねる役員が法人所有の不動産に居住していた場合において、買手にとっては当該不動産が不要であり、かつ当該役員は引き続き居住を希望するというケースが多い。この場合において、役員退職給与として、金銭ではなく当該不動産を現物で支給する方法が選択肢の1つとなる。 (※2) なお、M&Aの場面で役員退職給与を支給する場合の主な留意点については、【第38回】参照。 役員退職給与を支給する場合、功績倍率や源泉所得税等に留意するのは当然として、このような不動産の現物支給が消費税法上において問題となり得るか否かについて、以下に確認したい。 (2) 消費税法の取扱い 消費税法上、課税の対象とされるのは、「国内において事業者が行った資産の譲渡等」とされている(消法4①)。ここで、「資産の譲渡等」とは、「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供」と定義されており、代物弁済も含まれる(消法2①八)。 これに対して、消費税法上の課税仕入れの定義では、役務の提供の範囲から、所得税法上の給与等を対価とする役務の提供を除くことが示されている(消法2①十二)(※3)。すなわち、役員給与や役員退職給与を支給する場面において、消費税法上、その支給が所得税法上の「給与」の性質を持つものであれば、原則的にその全てが課税の対象とはならないということになる(※4)。 (※3) 消費税法基本通達11-1-2では、過去の労務の提供を給付原因とする退職金、年金等も課税仕入れの範囲から除かれる旨が示されている。 (※4) なお、消費税法基本通達11-2-2にて、使用人等に支給する通勤手当のうち、通常必要であると認められる部分のみ、課税仕入れに係る支払対価の額に該当する旨が示されている。 つまり、消費税法上、労務の対価として給与の性質を有すれば不課税取引に該当し、代物弁済としての性質を有すれば資産の譲渡等に該当するため、取扱いが二分されることとなる。 (3) 代物弁済に該当するかどうかの判断 「代物弁済」とは、民法482条にて以下のように定義されている。 そして、消費税法基本通達においても「債務者が債権者の承諾を得て、約定されていた弁済の手段に代えて他の給付をもって弁済する場合の資産の譲渡をいう」と示されている(消基通5-1-4)。 つまり、代物弁済に該当するか否かは、役員退職給与を金銭支給するとして法人の債務が既に確定していて、その後に当該金銭支給に代える形で不動産等を支給するような事実があるかどうかで判断することとなる。そして、代物弁済に該当した場合には、不動産を譲渡したものとして消費税法上の資産の譲渡等として課税の対象となる。 問題はこの判断である。法人側にとって、役員退職給与が支給すべき債務として確定するのは株主総会等による支給決議の時であり、その決議内容によって確定すると一般に認識されている。したがって、株主総会等で不動産を現物にて支給する旨を決議して議事録に明記することで、当初から不動産を支給するという債務が確定するため、消費税の課税対象となることを避けることができると考えられる。 もっとも、役員に役員給与や役員退職給与を現物支給する場合には、低額譲渡判定等の論点も存在し、消費税法上、役員に対する贈与や低額譲渡を行った場合には、資産の譲渡とみなされる(消法4⑤二、消法28①ただし書き及び③、消基通10-1-1(注))(※5)。 (※5) 法人税法上の低額譲渡については、役員に対する経済的利益の供与となる。この点については【第9回】参照。 これらを総括すると、役員に対する不動産の現物支給は、代物弁済に該当せず、かつ贈与や低額譲渡にも該当しない場合に、消費税法上の課税の対象とはならないということとなる。更には、不動産を現物支給する場合、不動産取得税等にも留意する必要があるため、本稿で触れた論点は留意すべき論点の1つに過ぎない。 このように、不動産を現物にて支給する場合に検討すべき事項は多いため、実行の際は慎重な判断が必要となる。 (了)