“国際興業事件”を巡る5つの疑問点 ~プロラタ計算違法判決を生んだ根本原因~ 【第1回】 公認会計士・税理士 霞 晴久 はじめに 国際興業事件の最高裁判決(※1)(以下「本件最判」という)では、配当を行う子会社の配当直前の利益積立金がマイナスである場合、減少する資本剰余金を上回る「払戻等対応資本金額等」が計算され、その結果、利益剰余金を原資とする部分の一部まで資本の払戻しとして取り扱われることとなるため、「払戻等対応資本金額等」を算定するプロラタ計算の法人税法施行令(法令23①三(現行四))は、法人税法の趣旨に適合するものではなく、同法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効であるという結論が導かれた。 (※1) 最高裁令和3年3月11日第一小法廷判決(令和元年(行ヒ)第333号)、TAINSコード:Z888-2354。 本件において、X(原告、被控訴人、被上告人)は、米国に所在する子会社から、資本剰余金を原資にする配当(以下「資本配当」という)と利益剰余金を原資とする配当(以下「利益配当」という)を同時に収受したのであるが、この場合のXのみなし配当(法法23の2により益金不算入となる)及び子会社株式の譲渡損失(当然に損金に算入される)の計算方法が争われたのである。このように、資本配当と利益配当を同時に行うことを混合配当と呼ぶ。 混合配当が問題となるのは、資本剰余金を先に払い出したと考えるのか、それとも利益剰余金を先に払い出したかと考えるかによって計算結果が異なる可能性があるからである。この混合配当の先後関係問題については数値例を使った複数の論考(※2)があるが、結論を述べると、計算結果に差異が生じるのは、①剰余金の配当を行う法人の資本金等の額と利益積立金の額の双方がプラスの場合のみである。この場合、利益配当を先に行うとその分簿価純資産価額が減少するので、後述するプロラタ計算式の分母が小さくなって、その分資本の払出し部分(株式又は出資に対応する部分)が大きくなるからである(※3)。要は資本配当を先に行った場合より、株式又は出資の譲渡対価が大きく計算され、みなし配当の金額が小さくなるのである。 (※2) 太田洋・伊藤剛志「企業取引と税務否認の実務」大蔵財務協会(2015年)534~553頁、大島恒彦「資本と利益の同時、混合配当に関する裁決事例(平成24年8月15日審判所裁決)の争点とその問題点」租税研究(2014年1月)260~287頁、坂本雅士「事例研究第187回(続)利益剰余金と資本剰余金の双方を原資とする剰余金の配当」税研211号(2020年5月)77~81頁等。 (※3) 小山真輝『配当に関する税制の在り方-みなし配当と本来の配当概念との統合の観点から-』税大論叢62号(2009年)30頁は、先後関係問題について、「これは、分母の簿価純資産価額(税法基準)の変化によって起こるものである」と述べている。 これに対し、②資本金等の額がマイナスで利益積立金の額がプラスの場合、直前資本金等の額が零以下であればプロラタ計算の分数割合も零とみなされるため(法令23①四本文括弧書き)、いずれの配当を先に行ったとしても資本配当の額がみなし配当の額、利益配当の額が(通常の)配当の額となって計算結果に差異はない。 また、③資本金等の額がプラスで利益積立金の額がマイナスの場合(※4)、プロラタ計算の分数割合は1とされ(法令23①四本文括弧書き及び同号ロ括弧書き)、払戻等対応資本金額が資本剰余金の減少額を超えたとしても、配当総額(資本剰余金の減少額)を超えて資本金等の額の減少は生じない(法令8①十九)とされているので、いずれの配当を先に行ったとしても資本配当の額が株式の譲渡対価、利益配当の額が(通常の)配当の額となってこちらも計算結果に差異は生じない。 (※4) ただし、資本金等の額を超えて資本剰余金が減少するような資本の払戻しは想定していない。 本件は③の場合で、国側主張のとおりプロラタ計算に係る法人税法施行令の文言に従って計算要素を当てはめていくと、結果的に、資本配当の金額を超えて、払出法人の資本金等の額全額が株式又は出資の譲渡対価となり、本来の利益配当の一部が「資本の払出し」に食い込んでしまうという不都合が生じたため、その限りにおいて法人税法施行令は違法なものという結論が導かれたのである。 今般、本件最判により、法人税法施行令が違法無効とされたことで、何らかの改正が行われるはずである(※5)が、筆者は、上記の混合配当の問題に加え(※6)、外国法人が行う剰余金の配当等には、根本的な問題がいくつか潜んでいると考えている。本稿では、以下、本件におけるXの行為の是非、及び外国法人が行う剰余金の配当等に内在する疑問点について、5つの点から問題提起してみたい。 (※5) 国税庁は、2021年10月25日、同HP『お知らせ』において、「最高裁判所令和3年3月11日判決を踏まえた利益剰余金と資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当の取扱いについて」を公表し、今後は、本件最判に従い、現行の法人税法施行令23条1項4号及び同様の規定である所得税法施行令61条2項4号について、混合配当があった場合に算出される直前払戻等対応資本金額等につき減少資本剰余金額を上限として取り扱うこととした。なお、詳しくは、拙稿「《速報解説》 国税庁、最高裁判決を踏まえた混合配当の取扱いについて公表~混合配当の際に算出される直前払戻等対応資本金額等につき減少資本剰余金額を上限に~」参照。 (※6) さらに、資本剰余金の配当と利益剰余金の配当について、意図的に配当決議の日をずらした場合どのように取り扱うかという問題も残されている。 《疑問点1》 利益積立金がマイナスの法人が何故配当することができたのか Xに剰余金を分配した米国デラウエア州法人Kyo-ya Pacific Company, LLC(以下「KPC社」という)は、Xの100%子会社であり法人税法23条の2第1項所定の外国子会社に該当する。本件第一審(※7)判決文に添付されている別表2-1によれば、KPC社の払戻し等の直前の簿価純資産価額の金額は97,684,743米ドル(小数点以下略。以下同じ)で、Xが交付を受けた金銭の額は644,000,000米ドルであることから、この点だけを見れば、KPC社は直前の簿価純資産価額の約6.6倍もの配当を行ったことになる。 (※7) 東京地裁平成29年12月6日判決(平成27年(行ウ)第514号、TAINSコード:Z267-13095)。 しかしながら、下記の《疑問点2》で検討するように、ここでいう直前の簿価純資産価額とは、KPC社の前期期末時の金額(筆者は、KPC社の平成23年12月期の金額と推定する)であり、Xに剰余金の配当を行った時点のものとは異なっている。さらに、本件最判によれば、Xは、KPC社及びその子会社から資金をXに還流させることを企図し、KPC社は、その子会社であるKyo-ya Company, LLC(以下「KC社」という)から、利益の配当として644,000,000米ドルの送金を受け、Xに還流したとのことである。すなわち、複数の判決文から総合すると、KPC社がKC社から同額の配当を受領したのが平成24年11月12日、KPC社が同額の資金をXに送金したのが同13日(Xの受領が同14日)とされているので、KPC社は中間持株会社として機能し、極めて短期間のうちに644,000,000米ドルもの資金をKC社➡KPC社➡Xと還流させたことになる。 そこで、第一審別表2-1記載の金額と上記資金循環から、KPC社の貸借対照表(税務上)の株主資本の変動を推定すると、下記〔表1〕のとおりとなる。なお〔表1〕は、KPC社の決算日を12月31日とし、かつ、同社の平成24年12月期の事業活動は極めて受動的(passive)なものであったと仮定した上で、株主資本の変動の状態を推定している(グレーの列が各時点の残高を示す)。また、第一審判決別表2-1にある前期期末時から払戻し等の直前の時までの資本金等の額等の増減額1,016,000米ドルについては、内容は不明ながら、下記〔表1〕では利益積立金の減少(相手科目は資産の減少)とした。 〔表1〕KPC社の税務上の貸借対照表項目の推移(筆者による試算) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 〔表1〕のとおり、KPC社がKC社から配当を受け取る前の利益積立金の額は、マイナスの112,357,028米ドルと推定されるが、果たしてそのような状態で剰余金の配当が可能かという問題がある。KPC社が設立準拠法とするデラウエア州の会社法は、直前期末の利益剰余金が不足する場合でも、当該事業年度の純利益を含めた額を限度として剰余金の配当が認められるとされており(DGCL§170(a))、〔表1〕のとおり、前期期末に利益積立金がマイナスだったとしても、配当資金を親会社Xの孫会社から配当として収受し、当期の純利益が増加したことで配当原資を得て、同資金をXに還流させることができたと思われる(※8)。 (※8) 我が国の会社法では、株主総会の決議に基づき、任意の時期に剰余金の配当をすることができる(会453)ので、事業年度の途中で剰余金の配当を行う場合には、臨時決算を行って臨時計算書類を作成し(会441①)、株主総会又は取締役会の承認を得て、臨時決算日までの期間損益を反映させて分配可能額を計算することとされている(会461①②)。したがって、KPC社のように中間持株会社の前期末の利益剰余金がマイナスのような場合であっても、究極の親会社に資金を循環させることは不可能ではないと解される。 《疑問点2》 プロラタ計算の分母は、払戻し等の直前の株主資本の状態を示しているか 法人税法施行令23条1項4号は、資本の払戻しに係るみなし配当の金額の計算上、法人(株主)が交付を受けた金銭その他の資産から控除される株式又は出資に対応する部分の金額を求める算式について、以下のように規定している。 上記の〔A〕を求める計算式を展開すると、 となり、分数式で求められるのは、簿価純資産価額(※9)に占める資本金等の額の割合となるので、この計算式の意味するところは、減少した資本剰余金の額のうち、全体の簿価純資産価額に対する資本金等の額の占める割合に相当する金額を計算することにある。この計算がプロラタ(按分)計算と呼ばれるのはその所以である。ただし、このプロラタ計算の分数式の分母〔B〕の金額は、平成29年度税制改正前の法人税法施行令23条1項3号によれば、払戻法人の前期期末時・・・・・の簿価純資産価額を出発点とし、当該前期期末時から当該払出し等の直前の時までの「資本金等の額等」(※10)の増減を調整した金額とされていた。ここでいう「資本金等の額等」とは、前期期末時から資本の払出し(法令23①三イからの読み替え)の直前の時までの資本金等の額の増減と、同一期間の利益積立金の額の増減から構成されると定義されている(連結個別資本金等の額及び連結個別利益積立金も同様の取扱い)。 (※9) 平成29年度税制改正前の法人税法施行令23条1項2号イ括弧書きの規定振りから、ここでいう簿価純資産価額とは、資本金等の額と利益積立金から構成される、あくまで税務上の概念であることが理解される(本文中の算式〔B〕)。 (※10) 「資本金等の額等」なる用語は平成29年度税制改正で廃止されたが、同改正後もプロラタ計算式の分母の計算構造は基本的に変わっていない。 しかしながら、後者の利益積立金からは、法人税法施行令9条1項1号若しくは同6号を除外する旨規定されている。同1号には利益積立金の加減算項目がイからルまで列挙(平成29年度税制改正前)されており、例えば、そのイは所得の金額、ロは受取配当等の益金不算入額、ハは外国子会社から受ける配当等の益金不算入額、等々と規定されている。この規定振りから、資本の払戻し等の原資には、それが行われた事業年度の損益項目は含まれず、あくまで前期末の簿価純資産価額から払い出されるものであることが前提とされていることが分かる(※11)。すなわち、前期期末と資本の払戻し等を行う時点との簿価純資産価額の中身の構成には変化がないというのが暗黙の了解となっているのである。 (※11) 現行法の規定振りからも、この前提は維持されていると解される。 本件において、プロラタ計算の算式分母である簿価純資産価額を法令に当てはめて計算すると、剰余金の払戻しを行った平成24年11月13日(米ドル送金日)から遡ること約11ヶ月前(※12)の平成23年12月31日(KPC社の前期期末に相当)の金額ということになる。上記〔表1〕が示すとおり、KPC社の平成23年12月31日時点での簿価純資産価額は、98,700,743米ドル であるのに対し、その内訳の資本金等の額は211,057,771米ドル、利益積立金の額はマイナスの112,357,028米ドルであった。この状況ではKPC社の配当原資としては不十分だったため、KPC社は、KC社からの資金を受け、同額をXに還流させたのは上述したとおりである。 (※12) 本稿では、米国において、我が国法人税法71条に規定する中間申告制度類似の制度がなかったものと仮定している。 すなわち、KPC社は同社の子会社から配当原資を吸い上げたのち、それを親会社に払い戻したが、子会社からの配当金収受の事実は、先のプロラタ計算の算式では全く反映されないまま、株主の払込資本に対応する部分が計算されたことになる。すなわち、プロラタ計算は、本件のような同一事業年度内に、中間持株会社であるKPC社を経由して、孫会社➡子会社➡親会社といった資金還流が行われ、簿価純資産価額の中身が入れ替わってしまったような場合には全く対応できないのである。 このことは、仮にKPC社が我が国の法人であったとしても同じことがいえる。本稿(※7)記載のとおり、我が国法人が事業年度途中に剰余金の配当を行う場合には、会社法上の財源規制の要請から、臨時計算書類を作成し、臨時決算日までの当該事業年度の期間損益を反映させる仕組みとなっていることと対照的である。 本件最判で法人税法施行令に定めるプロラタ計算は違法・無効であるという判断が確定したことにより、今後、同施行令が改正されることが予想される(※13)が、本件のような中間持株会社経由の資金還流スキームにも対応するような制度設計が望まれることはいうまでもない。 (※13) 前掲(※5)参照。 (続く)
〔令和3年度税制改正における〕 人材確保等促進税制の創設 (賃上げ・投資促進税制の見直し) 【第3回】 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 ←(前回) | (次回)→ 3 新規雇用者比較給与等支給額【新設】 法人の適用年度開始の日の前日を含む事業年度(前事業年度)の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内新規雇用者に対する給与等の支給額から、その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額のうち雇用安定助成金額を除いた金額を控除した金額をいう(措法42の12の5③六)。 ただし新たに集計する必要はなく、前事業年度の確定申告において集計した「新規雇用者給与等支給額」をそのまま用いればよい。 適用初年度については、前事業年度において「新規雇用日から1年を経過していない者」を把握したうえで、それらの者に対する前事業年度中の給与等の支給額を集計することとなる。 ここで、前事業年度の月数と適用年度の月数が異なる場合、その月数の大小関係に応じて以下のように算定する(措令27の12の5⑥)。 ① 前事業年度の月数が適用年度の月数を超える場合 当該前事業年度における新規雇用者給与等支給額に当該適用年度の月数を乗じ、これを当該前事業年度の月数で除して算定する。 ② 前事業年度の月数が適用年度の月数に満たない場合 (ア) 当該前事業年度の月数が6月に満たない場合 当該適用年度開始の日前1年以内に終了した各事業年度(「前1年事業年度等」という)に係る新規雇用者給与等支給額の合計額に当該適用年度の月数を乗じて、これを当該前1年事業年度等の月数の合計数で除して算定する。 (イ) 当該前事業年度の月数が6月以上である場合 当該前事業年度における新規雇用者給与等支給額に当該適用年度の月数を乗じ、これを当該前事業年度の月数で除して算定する。 前事業年度の月数が6月以上である場合の計算が簡便化されているのは、半年以上の期間があれば、賞与(ボーナス・一時金)を含め1年を通じた給与等支給額の月平均とおおむね同等になると考えられるためである(※4)。 (※4) 財務省「平成30年度 税制改正の解説」416~417頁を一部変更して引用。 ③ 前事業年度がない場合 特別の規定はなく、新規雇用者比較給与等支給額はゼロとして取り扱われることとなる。 (注) 新規雇用者比較給与等支給額がゼロである場合 前事業年度がない場合や、前事業年度において国内新規雇用者が存在しない場合等、新規雇用者比較給与等支給額がゼロとなる場合には、人材確保等促進税制の適用要件を満たさない(措令27の12の5㉒)。 4 控除対象新規雇用者給与等支給額【新設】 法人の適用年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内新規雇用者に対する給与等の支給額から、その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額を控除した金額のうち、その法人のその適用年度の調整雇用者給与等支給増加額(⇒ 下記の 6 参照)に達するまでの金額をいう(措法42の12の5③四)。 人材確保等促進税制の控除税額はこの金額を基礎として計算されることとなるが、以下の点に留意が必要である。 このように、「国内新規雇用者に対する給与等の支給額」と「新規雇用者給与等支給額」は似たような用語ではあるが下表のとおり取扱いが異なっているので注意が必要である。 ◎両者の取扱いの相違点 (所得拡大促進税制) 5 雇用者給与等支給額【改正】 法人の適用年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額から、その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額のうち雇用安定助成金額を除いた金額を控除した金額をいう(措法42の12の5③五、十)。 6 比較雇用者給与等支給額【改正】 法人の適用年度開始の日の前日を含む事業年度(前事業年度)の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額から、その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額のうち雇用安定助成金額を除いた金額を控除した金額をいう(措法42の12の5③五、十一)。 ここで、前事業年度の月数と適用年度の月数が異なる場合、その月数の大小関係に応じて以下のように算定する(措令27の12の5⑲、⑥)。なお、この取扱いは令和3年度の税制改正において改正されておらず、従来の所得拡大促進税制における取扱いと同じである。 ① 前事業年度の月数が適用年度の月数を超える場合 当該前事業年度における雇用者給与等支給額に当該適用年度の月数を乗じ、これを当該前事業年度の月数で除して算定する。 ② 前事業年度の月数が適用年度の月数に満たない場合 (ア) 当該前事業年度の月数が6月に満たない場合 当該適用年度開始の日前1年以内に終了した各事業年度(「前1年事業年度等」という)に係る雇用者給与等支給額の合計額に当該適用年度の月数を乗じて、これを当該前1年事業年度等の月数の合計数で除して算定する。 (イ) 当該前事業年度の月数が6月以上である場合 当該前事業年度における雇用者給与等支給額に当該適用年度の月数を乗じ、これを当該前事業年度の月数で除して算定する。 ③ 前事業年度がない場合 特別の規定はなく、比較雇用者給与等支給額はゼロとして取り扱われることとなる。 この場合には、所得拡大促進税制の適用要件を満たさない(措令27の12の5㉓)。 (【第4回】(最終回)に続く)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第36回】 「株式交付による持株会社への株式承継①(会社法・スキーム編)」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 梶本 岳 相談内容 私は、ソフトウェアの製造・開発を営むL社の代表取締役Fです。L社は、私が15年前に創業した会社で、私が過半数の株式を保有し、残りを創業時からの役員・従業員5名が保有しています。 私は今年で60歳になりました。私が保有するL社株式は、5年ないし10年後を目途に長男に承継したいと考えていますが、創業メンバーである役員・従業員は、これを面白く思っていないようです。 〈L社の株主構成〉 当社の顧問税理士が、①定款に相続等による売渡請求の定めが存在すること、②業績好調で株価が上昇し続けることの2点を懸念しており、相続・事業承継対策としてL社の株式を法人で所有するように提案してくれています。法人には相続が発生せず、個人が保有する場合に比べ株価上昇も抑制しやすいとのことです。 顧問税理士の提案は、株式移転による持株会社X社の設立で、私を含むL社の株主全員がL社株式を譲り渡し、代わりにX社株式を保有することになるというものです。X社の定款に売渡請求を定めないことができる点と、今後の株価上昇が抑制できる点が気に入っているのですが、私の相続対策という私的な理由では他の株主の理解が得られそうにありません。 株式移転を行うには、L社の株主総会で特別決議の承認が必要になるようですが、他の株主から同意が得られない場合、私が保有する株式だけでも持株会社に移すことができないでしょうか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 株式交付制度 株式交付制度とは、株式会社が他の株式会社を子会社(議決権の50%超を保有)とするために、子会社とする会社の株式を譲り受け、対価として自社の株式を交付する制度です。自社株式にあわせて金銭を交付する混合対価とすることも可能です。 自社株式を交付して株式を取得する会社を「株式交付親会社」、譲り受ける株式を発行している会社を「株式交付子会社」といいます(会2三十二の二、774の3①、会規3③一、4の2)。 〈株式交付制度〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (出所) 「令和3年度(2021年度)経済産業関係 税制改正について」(経済産業省)の17頁の図を筆者加工。 株式交付制度は、令和元年12月4日に成立した「会社法の一部を改正する法律案」において創設され、令和3年3月1日に施行された会社法の新制度で、議決権割合が50%以下の会社を新たに議決権割合50%超の子会社にする場合に限り実施することが可能です。したがって、すでに議決権の50%超を保有している会社に対しては実施することができません(会2三十二の二、会規3③一、4の2)。 株式交付は、株式交換や株式移転と同様に、自社株式を対価として他の会社の子会社化を可能とする手法です。株式交換や株式移転は、全ての株主から株式を取得して完全子会社化することが前提であるのに対して、株式交付は、一部の株主との合意により過半数取得に足る株式だけを取得することが可能であり、会社法手続きの面でも使い勝手の良い制度となっています。 株式交換や株式移転により持株会社へ株式を移行する場合は、子会社となる会社(株式交換完全子会社、株式移転完全子会社)において株主総会の特別決議が必要となります。したがって、L社のようにオーナー経営者が株主総会の特別決議に必要な3分の2以上の議決権を有していない場合には、組織再編を行うための承認が得られない可能性がありますが、株式交付の場合は、株式交付子会社となるL社の株主総会決議が必要なく、F氏が保有する譲渡制限株式を持株会社Y社に譲渡することについて、取締役会の承認(※)が得られれば、F氏の保有するL社株式をY社に譲渡することが可能です。 (※) 株式交付子会社の定款で定めた機関による承認が必要となります。 〈株式交換・株式移転との比較〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 [2] 結論 本事例においては、顧問税理士が提案した株式移転では、L社の株主総会において承認が得られない可能性がありますが、株式交付を活用すれば、他の株主の意思にかかわらず、F氏の保有するL社株式をF氏自身が新設する持株会社Y社に承継することが可能です。 F氏の保有株式をY社に承継することで、F氏と顧問税理士の懸念材料であった、①相続等による売渡請求、②株価上昇の抑制の2つの課題を解決することができますし、Y社への承継にあたってF氏に課税関係が生じることもありません(課税関係については【第37回】(②税務編)にて解説します)。 株式交付制度は、株式対価M&Aを促進するための措置として創設された制度ですが、会社法上の手続きや課税の繰延べ要件などのハードルが比較的低いこともあり、オーナー経営者の事業承継対策においても非常に使い勝手の良い制度といえるでしょう。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第9回】 「電子帳簿保存法と電子インボイス」 税理士 石川 幸恵 【Q】 国税庁ホームページで公表されている「電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(令和4年6月版)」には次のような問があります。令和5年10月1日以降、インボイスも電子データでやり取りし、保存することができるのでしょうか。 令和4年1月1日の改正電子帳簿保存法の施行にあたり、消費税について注意点があれば、併せて教えてください。 〔ポイント〕 (1) 適格請求書発行事業者は適格請求書(インボイス)を電子データで提供することが可能です(新消法57の4①⑤)。 (2) 適格請求書を電子データにより受領した場合に、仕入税額控除の適用を受けるためには、電子データのまま、又は紙に印刷したものを保存します(インボイスQ&A問100)。 (3) 電子データにより受領した適格請求書を電子データで保存する場合は、電子帳簿保存上の保存方法と同様の方法となります(インボイスQ&A問100)。現在、公表されている情報によれば、上記の【回答】(電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(令和4年6月版)【問14】の【回答】)のような方法により保存することが可能と思われますが、インボイス制度が開始されるまでに追加の情報が公表されるかもしれません。 (※) 電子帳簿保存法の定義(電帳法2三)では、「電子的方式、電磁的方式その他の人の知覚によっては認識することができない方式」を「電磁的方式」、「電磁的方式で作られる記録で電子計算機による情報処理の用に供されるもの」を「電磁的記録」としていますが、本稿ではわかりやすくするため、この「電磁的方式」と「電磁的記録」をいずれも「電子データ」と表現します。 * * * 【A】 (1) 適格請求書は電子データでの授受が可能 適格請求書発行事業者は、適格請求書の交付に代えて、適格請求書に係る電子データを提供することもできます(インボイスQ&A問28)。電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(令和4年6月版)【問15】の「PDFの請求書」が適格請求書の記載事項を満たしていれば、適格請求書として認められます。 (2) 適格請求書を電子データにより受領した場合の仕入税額控除の適用を受けるための保存方法 ① データのまま保存 データのまま保存する場合は、真実性や可視性を確保するため、次の要件を満たす必要があります(電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(令和4年6月版)【問14】、インボイスQ&A問100)。 ② 書面に印刷 整然とした形式及び明瞭な状態で印刷した書面を保存することも認められます(新消規15の5②、インボイスQ&A問83)。 (3) 区分記載請求書等保存方式(令和5年9月30日まで)での帳簿の記載及び請求書等の保存 ① 仕入税額控除の要件 消費税の仕入税額控除には、必要な事項が記載された帳簿及び請求書等(書面)の保存が必要ですが、取引金額が3万円未満の場合や、3万円以上でも書面での請求書等の交付を受けなかったことにつき、やむを得ない理由がある場合には、帳簿のみを保存することにより仕入税額控除の適用を受けることができます(消法30⑦⑧)。 請求書等を電子データで受け取ったことは、「請求書等の交付を受けなかったことにつき、やむを得ない理由がある場合」に該当します(電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(令和4年6月版)【問4】)。このため、次の事項を追加で記載した帳簿を保存することにより仕入税額控除の適用を受けることができます。 ② 書面に印刷も可 消費税法の仕入税額控除の要件としては、電子データで受け取った請求書等を書面に印刷して保存することも認められています(電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(令和4年6月版)【問18】)。 (4) 法人税、申告所得税での電子取引の取扱い(参考) 電子取引とは、注文書や領収書等の内容を電子データで授受する取引をいいます。PDFの請求書が電子メールに添付されて送付されてくるのは、電子取引に含まれます(電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(令和4年6月版)【問2】)。 令和3年12月31日までは、このようなPDFの請求書を印刷して保存することが認められていますが、令和3年度税制改正により、令和4年1月1日以降受け取ったPDFの請求書は電子データのままで保存しなければならなくなります(電帳法7、電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】(令和4年6月版)【問3】)。 なお、改正電子帳簿保存法の施行にあたり、「電子データの一部を保存せずに書面を保存していた場合には、その事実をもって青色申告の承認が取り消され、税務調査においても経費として認められないことになるのではないか?」との懸念がありました。 これに対して、令和3年11月12日に、国税庁により「お問合せの多いご質問(令和3年11月)」が公表され、その中の【補4】にて、取引情報の内容を書面などにより確認できるような場合には、直ちに青色申告の承認が取り消されたり、経費として認められないということはないとの補足説明がなされています。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第15回】 「特定事業用宅地等の特例の適用における生計一親族の判断」 税理士 柴田 健次 [Q] 次のそれぞれの場合には、A宅地、B宅地について、小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例の適用を受けることは可能でしょうか。 [A] A宅地については、小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例(以下単に「特例」という)を受けることはできませんが、B宅地については他の要件を満たせば特例の適用を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定事業用宅地等の事業継続要件 特定事業用宅地等の要件として、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業(貸付事業を除く、以下同じ)の⽤に供されていた宅地等を相続又は遺贈により取得した被相続人の親族が、次に掲げる場合の区分に応じていずれかを満たす必要があります(措法69の4③一)。 本問の場合には、上記②の「生計を一にしていた」親族に該当するか否かが問題となります。 2 「生計を一にしていた」の意義 「生計を一にしていた」の意義は、法律として明文化されていませんので、原則的には、所得税における「生計を一にする」の範囲を確認して判断することになります。 所得税基本通達2-47(生計を一にするの意義)では、下記の通り定められています。 実務においては、別居親族の場合における「生計を一にする」の具体的な判断については、上記の例示のみで判断することが難しいことも少なくありませんので、実際の判断基準については、過去の裁決や裁判事例を確認する必要があります。 3 「生計を一にしていた」の判断基準 別居親族の取得した土地が「被相続人と生計を一にしていた相続人の事業の用に供されていた宅地等」に該当するか否かが争われた事件では、被相続人と同居をしていなかったものの、生前から日常の世話をしており、被相続人の成年後見人として財産管理を行っていた事例となりますが、国税不服審判所及び横浜地裁は、「生計を一にしていた」の判断基準を下記の通り示し、いずれも「生計を一にしていた」とは認めませんでした。 (1) 平成30年8月22日の国税不服審判所裁決(TAINSコード:F0-3-670) (※) 下線は筆者により加筆。 (2) 令和2年12月2日の横浜地裁判決(TAINSコード:Z888-2343) (※) 下線は筆者により加筆。 (3) 「生計を一にしていた」の判断基準 令和3年9月8日の東京高裁(TAINSコード:Z888-2368)も上記横浜地裁と同様の考え方により「生計を一にしていた」とは認めませんでした。横浜地裁及び東京高裁では、土地を利用してなされる事業の収益によって被相続人と相続人(親族)の生活基盤が維持されるなどの場合には、「生計を一にしていた」と認められるとしており、所得税における「生計を一」より狭い範囲で考えています。現時点においては、納税者は最高裁に上告していますので、上記(2)の内容の射程範囲やその判断が真に適正であるか否かはまだ判然としない部分もあります。 東京高裁では、「生計を一にしていた」というためには、相続人の事業によって被相続人の生計を維持されていなければならない旨を判示していますが、私見としては、条文や立法趣旨(生計一親族について特例が認められたのは、昭和58年度の税制改正となりますが、その趣旨は、生計一親族の生活基盤の維持にあります)から上記の判断基準を導くのは難しいと思慮されますので、横浜地裁や東京高裁が示した内容は、「生計を一にしていた」の1つの具体的な例示に留まると解釈するのが相当であると考えられます。 「生計を一にしていた」の判断基準としては、上記2における所得税における「生計を一にする」の意義や上記3の(1)の国税不服審判所の判断基準を主軸としてそれぞれの事案ごとに考える必要があります。 4 本問への当てはめ (1) A宅地の場合 被相続人の老人ホーム入居後は別居していますが、毎月の老人ホームの利用料及び生活費は、被相続人の賃貸用マンションの収入がある口座から支出しており、居住費、食費、光熱費その他日常の生活に係る費用等を共通にしていた関係は認められませんので、「生計を一にしていた」親族には該当せず、特例の適用を受けることはできません。 なお、「生計」が通常、経済的側面を指すことから成年後見人としての身上監護や日常生活の支援は、親族としての助け合いであって、「生計を一にしていた」の判断に、直接的に結びつくものではないと考えられます。 (2) B宅地の場合 被相続人の老人ホーム入居後は、別居していますが、長男は生活費の送金をしており、かつ、土地を利用してなされる事業の収益によって、被相続人の日常生活の糧を共通にしていた事実もありますので、「生計を一にしていた」親族に該当し、他の要件を満たせば特例の適用を受けることができます。 ★実務上のポイント★ 事業承継時に「生計を一にしていた」親族であっても、相続開始の直前の状況で「生計を一にしていた」親族に該当しないことも少なくありませんので、注意が必要となります。親族が被相続人の所有する土地で事業を行っている場合には、別居親族でも「生計を一にしていた」親族に該当する例示は、事前の相続対策としてアドバイスする必要があります。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q70】 「特定口座でクロス取引を行う場合の所得金額の計算」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 上場株式等に係る譲渡所得等の計算方法 上場株式を譲渡したことによる譲渡益は、「上場株式等に係る譲渡所得等」として、下記の算式で計算されます。 クロス取引とは、保有する株式を譲渡すると同時に、同一銘柄の株式を購入することを約定する取引であり、当初の取得と買戻しに係る取得とで、同一銘柄の株式を2回以上にわたって購入することになります。 このように、同一銘柄の株式を2回以上にわたって購入し、その株式の一部を譲渡した場合の取得費は、総平均法に準ずる方法により計算することとされ、具体的には、下記の算式により計算することになります。 したがって、同一銘柄の株式を複数回にわたって購入した場合の取得費は、当該株式を譲渡した時までの平均単価に基づいて計算することになり、譲渡後に購入した株式の取得に係る費用は影響しないことになります。 2 源泉徴収を選択した特定口座内の上場株式等の譲渡等に係る所得計算 特定口座内保管上場株式等(特定口座に係る振替口座簿に記載若しくは記録がされ、又は特定口座に保管の委託がされている上場株式等)を源泉徴収選択口座内で譲渡した場合には、その口座を開設する証券会社等が源泉徴収をすることになります。 この場合の源泉徴収の基礎となる所得金額(源泉徴収選択口座内調整所得金額)は、下記の算式により計算することになります。 また、同一銘柄の株式を2回以上にわたって購入した場合の取得費は、上記1に記載した計算方法と同様ですが、同一銘柄の株式を同一日に売買する場合、一般に、特定口座では実際の取引の順序に関わらず、その日の買戻しに係る費用も含めて総平均法に準ずる計算が行われている点については、注意が必要です。 〈同一日に同一銘柄を売買した場合の計算例〉 なお、特定口座では、口座ごとに上記の計算と源泉徴収が行われるため、同一銘柄であっても、複数の証券会社で開設する特定口座に分散して保有している場合には、譲渡による所得の総額は確定申告した場合の計算と異なる可能性があります。 3 本件へのあてはめ 特定口座内の源泉徴収の基礎となる所得金額は、その年中の譲渡収入の総額から総平均法に準じて計算した取得費等を控除して計算することになりますので、原則として、確定申告における所得計算と同様となります。 ただし、クロス取引として、譲渡と同一日に同一銘柄を買い付ける場合には、一般に、その買付けに係る費用も含めて総平均法に準ずる方法により取得費が計算されているため、想定していた損益計算と異なる可能性があり、注意が必要です。 (了)
〔顧問先を税務トラブルから救う〕 不服申立ての実務 【第8回】 「実質審理に入る前の国税不服審判所の手続」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 形式審査 (1) 形式審査の意義 形式審査とは、審査請求が法令に定める手続に従って適法にされたか否かについての手続要件の審査である。 審査請求書を受理した場合には、審査請求書の副本を原処分庁に送付するとともに、原処分庁に形式審査に必要な書類の提出を求め、その審査請求事件の担当審判官及び分担者として指定されることが予定される者を形式審査担当者に指名し、その形式審査担当者により形式審査が行われる。 (2) 形式審査の範囲と方法 形式審査は具体的には次のような事項について行われ、原則として書面審査の方法によるが、審査請求人及び原処分庁提出の資料では不十分な場合には、審査請求人又は原処分庁に対して調査を行うこともある。 (3) 補正の求め 審査請求書の記載内容及び添付書類の審査の結果、必要な記載事項を欠いているなどの不備があるが、その不備を補正することによって適法と認められる審査請求については、相当の期間を定めて、その補正を求めなければならない。 補正に当たっては、形式に捉われることなく、できる限り適法な審査請求として補正されるよう、審査請求人の意とするところを読みとった弾力的な取扱いをしている。 例えば、審査請求の前段階である再調査の請求についての再調査決定の取消しを求める審査請求がされた場合、再調査決定そのものの取消しを求めることは国税通則法の規定によりできないことになっているので、その審査請求の趣旨が明らかに再調査決定の取消しのみを求める趣旨のものでない限り、再調査決定を経た後の原処分についての取消しを求める審査請求とするように、審査請求人に十分説明した上で訂正を求めることになる。 補正の手続は、補正の確実性を期するために、書面による補正が望ましいが、審査請求人又は代理人が口頭による補正を申し出たときは、補正の内容を録取書に記録することにより、審査請求人等の意思の確実な伝達と証拠保全を図っている。 また、審査請求書の記載内容の欠陥又は不備が軽微なものについては、審査請求書の記載内容及び添付書類又は原処分関係書類等によって、審査請求書の必要的記載事項が判明するときは、審査請求人等の意思を確認しないで職権により補正し、他方、当該書類等では当該事項が判明しないときは、電話や書面により審査請求人等の意思を確認した上で職権により補正している。 なお、補正により、不備が訂正されたときは、初めから適法な審査請求がされたものとして取り扱われることはいうまでもない。 このように、補正手続はできる限り適法な審査請求となるようにするものであって、形式審査担当者は、審査請求人が機敏に補正に対応しないからといって、安易に却下裁決を起案すべきではない。 2 不適法な審査請求に対する審理手続を経ないでする却下裁決 (1) 却下裁決には2種類ある 形式審査を終了した後、適法と認められる審査請求及び不適法であることが明らかでない審査請求は、答弁書の提出を原処分庁に求めるとともに、担当審判官等を指名し、これらの者で構成する合議体に配付され、実質審理に入ることになるが、審査請求が不適法であって補正することができないことが明らかな審査請求又は補正を求めても定められた期間内に補正されなかった審査請求は、国税通則法第92条の規定に基づき、審理手続を経ないで不適法な審査請求として却下の裁決がされる。 この場合の却下は、裁決の一態様ではあるが、他の裁決と異なり実質審理の対象として取り上げない旨の判断であるため、審理手続を経ないで行うことから、国税不服審判所長は合議体の議決に基づくことなく裁決を行う。 なお、形式審査の段階では不適法であることが明らかでなく、実質審理に着手した後に不適法な審査請求であることが判明したときは、国税通則法第98条の規定に基づき、合議体の議決に基づき却下の裁決がされる。 (2) 不適法であることが明らかな審査請求 例えば次のようなものがある。 なお、これらの不適法事由について若干補足すれば、②の処分の有無については、処分は行政庁の公権力の行使によって、直接国民の権利義務に影響を及ぼす法律上の効果を生ずるものであることを要するから、例えば、公売予告通知、延滞税の通知、予定納税基準額の通知等は、これに当たらず却下されることになる。 また、⑤の法定の審査請求期間の経過については、不服申立期間である3ヶ月(直接審査請求の場合)又は1ヶ月(再調査の請求を経る場合)の期間計算は、争訟手続上の要件であることから厳格に解釈されており、正当な理由がなければ宥恕されることはない。 (3) 正当な理由の該当例 審査請求が法定の審査請求期間経過後にされており、かつ、審査請求期間を経過したことについて認められる「正当な理由」には、例えば、次のような場合などの不服申立人の責めに帰すべからざる事由が一般的に該当するとされている。 3 答弁書の要求 (1) 答弁書提出の趣旨 形式審査の結果、審査請求が適法と認められる場合又は不適法であることが明らかでない場合については、首席審判官(各地域国税不服審判所長)は、原処分庁に対して答弁書の提出を求める。 答弁書は審査請求人の主張に対する原処分庁の主張を記載した書面であり、原処分庁は必ず答弁書を提出する義務があるとされている。 これは、審査請求人に審査請求の趣旨、理由を審査請求書に明確に記載することを要求することに対応して、原処分庁にもその主張を明確に表明することを義務付けたものである。 (2) 答弁書の記載事項 答弁書には審査請求の趣旨及び理由に対応して、原処分庁の主張が記載されていなければならないことが国税通則法において規定されている。 すなわち、審査請求の趣旨に対応してどのような裁決を求めるかが明らかにされるとともに審査請求の理由により特定された原処分の違法事由に対応して、原処分庁の主張を具体的に記載することになる。 原処分の理由は既に更正等の通知書又は再調査決定書において示されているところであるが、その処分理由に対する審査請求人の主張が審査請求書で明らかにされているのであるから、答弁書においては、原処分の理由の引き写しでは不十分であるのは当然であり、問題点をより一層絞り込み深度ある原処分庁の主張が記載されることが要求される。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2021年11月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2021年11月1日から11月30日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 監査上の主要な検討事項(KAM)関係 日本公認会計士協会から、「「監査上の主要な検討事項」の強制適用初年度(2021年3月期)事例分析レポート」が公表されている。 強制適用初年度(2021年3月期)における「監査上の主要な検討事項」について詳細に分析されている。 Ⅲ 非財務情報の開示関係 経済産業省から、「サステナビリティ関連情報開示と企業価値創造の好循環に向けて-「非財務情報の開示指針研究会」中間報告-」(非財務情報の開示指針研究会)が公表されている。 質の高い非財務情報の開示を実現するために求められる方向性について議論したものであり、非財務情報の開示に関する今後の動向に注意が必要である。 Ⅳ 会計監査関係 監査法人及び公認会計士による会計監査に関連して、次のものが公表されている。 ① 「会計監査の在り方に関する懇談会(令和3事務年度)論点整理-会計監査の更なる信頼性確保に向けて-」(会計監査の信頼性確保のための取組みについての議論) ② 「IT委員会研究報告第34号「IT委員会実務指針第4号「公認会計士業務における情報セキュリティの指針」Q&A」の改正」(公開草案)(公認会計士のリモートワークの定着化及び顕在化した課題への対応) ③ 「専門業務実務指針4400「合意された手続業務に関する実務指針」及び監査・保証実務委員会研究報告第29号「専門業務実務指針4400「合意された手続業務に関する実務指針」に係るQ&A」」(国際監査・保証基準審議会(IAASB)「国際関連サービス基準(ISRS)4400「Agreed-Upon Procedures Engagements」」(2020年4月3日)の公表に対応) ④ 「監査・保証実務委員会実務指針「イメージ文書により入手する監査証拠に関する実務指針」」(公開草案)(令和3年度税制改正による電子帳簿等保存制度の見直しに伴い、企業の取引情報の電子化の一層の加速化に対応) ⑤ 「EDINETで提出する監査報告書の欄外記載について(お知らせ)」(2021年9月1日に施行された公認会計士法に対応) ⑥ 「監査に関する品質管理基準の改訂に係る意見書」(企業会計審議会)(監査事務所におけるリスク・アプローチに基づく品質管理システム) ⑦ 「倫理規則」の改正に関する公開草案(日本公認会計士協会の「倫理規則」の見直し) (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第21回】 「社員にワクチン接種を勧奨する場合の注意点」 弁護士 柳田 忍 【Question】 先日、新型コロナワクチンの追加接種の実施方針が国から示され、また、厚生労働省が3回目の職場接種に関する説明会を実施しました。追加接種の対象となるのは1回目、2回目の接種を受けた人だということなので、当社においては、1回目・2回目のワクチン接種を受けていない社員に向けて社長がメッセージを発信することを検討しています。 メッセージの概要は以下のとおりです。 このような、メッセージはワクチンハラスメントに当たらないでしょうか。また、社員にワクチン接種を勧める場合のポイントを教えてください。 【Answer】 社長のメッセージは、社員に対して新型コロナウイルスのワクチン接種を強要するおそれがあり、いわゆるワクチンハラスメント(新型コロナウイルスのワクチンの予防接種を強要されたり、接種を受けたことや受けなかったことについて不当な取扱いや嫌がらせ等を受けたりすること)に該当する可能性を否定できないものと思われます。 社員に対してワクチン接種を勧奨する場合には、これが強要に当たらないよう、ワクチン接種を受けた場合・受けない場合それぞれのメリット、デメリット、リスク等について正確な情報を丁寧に説明したうえで、ワクチン接種に不安や抵抗感を覚えている社員の心情に理解を示し、寄り添う内容のものにするのがよいと思います。 1 ワクチン接種の勧奨と強要の判断基準 新型コロナウイルスのワクチン接種は努力義務(目的実現のため、心身を労して務めることをもって義務を達成したことになるもの)であり、会社は、社員に対してワクチンの接種を勧奨することは可能だが、ワクチン接種を強要することはできない。どの程度の「勧奨」であれば「強要」に当たらないかについては、退職勧奨と退職強要の判断基準が参考になる(拙稿【第11回】、【第16回】参照)。 具体的には、以下のとおりと考えられる。 社長のメッセージの対象者は、1回目・2回目のワクチン接種を受けていない社員であり、ワクチン接種の勧奨に応じない明示ないし黙示の意思表示を行った者と捉えることも可能である。 よって、これらの者に対してワクチン接種を勧奨する場合、ワクチン接種を受けた場合・受けない場合のメリット、デメリット、リスク等について、正確な情報をもって丁寧に説明し、説得活動を行うよう心がけるべきである。 2 本メッセージにおける問題点 (1) 接種を受けない者に対して不利益な取扱いがなされる可能性を示唆する点 本メッセージは、社長自らが、社員はワクチン接種を受けるべきであるとの立場を強く表明し、接種に応じない意思表示を行ったとみることができる社員にわざわざ再考を求める内容のものである。 よって、これに逆らってワクチン接種を受けない場合に会社から何らかの不利益な取扱いを受けるおそれを推認させるものであり、社員に不当な心理的圧力を与えて自由な意思形成を阻害するものに当たる可能性がある。 (2) ワクチン接種を受けた場合のデメリット・リスクについて不正確な情報を提供している点 ワクチン接種により重大な副反応(アナフィラキシー(急性のアレルギー反応等))が現れる確率が極めて低いことは事実である。しかし、ワクチンの長期的な安全性についてはまだ評価できる段階にはなく、今後も観察が必要であると言われている。 それにもかかわらず、本メッセージにおいて、あたかもワクチン接種を受けることについて健康被害の可能性がないかのごとく述べられている点に問題がある。 (3) いわゆる「同調圧力」が生じるおそれがある点 本メッセージは、社員がワクチンを接種しないことにより会社や周りの社員が迷惑を被るのだからワクチンを接種すべきであるというメッセージを伝えるものと言える。このようなメッセージは、いわゆる同調圧力を生じさせる可能性が高い。 同調圧力の危険性については、公的機関が発行している文書やウェブサイト等においても警告がなされているところである(例えば、文部科学省等の「新型コロナウイルス感染症に係る予防接種を生徒に対して集団で実施することについての考え方及び留意点等について」)。 ワクチン未接種者の感染リスクが接種者よりも高く、感染者との接触により接種者の感染リスクが高まることは事実であり、その事実自体をニュートラルに伝えることは問題ないと思われる。社員へのメッセージを発する際には、かかる事実の伝達が同調圧力に繋がらないよう、文案を慎重に検討すべきである。 3 ワクチンハラスメントを避けつつ職場の安全を守る方法 社員に向けたメッセージにおいてワクチンハラスメントを避けるポイントとしては、以下のとおりである。 (1) ワクチン接種を受けるか否かは本人の自由であるという原則を明確にする この基本原則を強く打ち出すことにより、メッセージ中の他の文言がワクチン接種を強要する趣旨であると誤解されることを避ける効果が期待できる。 例えば、「ワクチン接種を受けるか否かは本人の自由」というメッセージを打ち出しておけば、上記の「ワクチン未接種者の感染リスクが接種者よりも高く、感染者との接触により接種者の感染リスクが高まる」との事実の伝達が同調圧力ととられるリスクを低減できる。 (2) メッセージの発信者を社長以外の者にする 上記のとおり、社長がワクチンを強く推奨するメッセージを発すれば、これに逆らってワクチン接種を受けない場合に会社から何らかの不利益な取扱いを受ける可能性を推認させるおそれがある。 よって、メッセージの発信者は社長以外の者とするのが望ましい。 (3) ワクチン接種のメリット・デメリットについて、正確な情報を提供する まず、ワクチン接種のデメリットに関する正確な情報を提供するとの観点から、ワクチン接種に健康上の問題がないかのごとくの表現は避けるべきである。 上記のとおり、ワクチン接種のリスクについて、社員に対して正確な情報を提供することは、ワクチンハラスメントを避けるために重要なポイントであるが、同時に、社員がワクチン接種のリスクを過剰に評価して、接種に抵抗するケースも多いことに照らすと、ワクチン接種率の上昇に繋がり、職場の安全を守る方向にも資することになる。 また、ワクチン接種のメリットに関する正確な情報の提供については、例えば、妊娠中の方でワクチン接種について不安を感じている方は少なくないが、公的機関や専門家などは、妊娠中に新型コロナウイルスに感染すると、特に妊娠後期は重症化しやすいとして、妊娠中の方へのワクチン接種を推奨している(例えば、厚生労働省ホームページの「新型コロナワクチンQ&A」)。 このような情報を提供するなどして、ワクチン接種への不安や抵抗感を覚えている社員に理解を示し、これらを取り除いてあげることが、ワクチンハラスメントを避けつつ、ワクチン接種率を向上させ、職場の安全確保にも繋がるのではないかと思われる。 4 まとめ 会社は、社員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うことから、職場の安全を守るため、また、取引先との関係等から、社内のワクチン接種率を上げたいという切実な事情は理解できる。 しかし、社員にワクチンを受けてほしいという気持ちが先行して、圧力をかけるようなコミュニケーションとなったり、不正確な情報をもって説得しようとしたりする場合には、ワクチンハラスメントに該当するおそれがあり、また、接種を強要された社員に健康問題等が発生した場合には会社の責任になりかねない。 ハラスメントにおいては、言動がハラスメントに当たらないようにすることはもちろんのこと、相手から「ハラスメントだ」と言われないようにすることも重要である。そのためには、ワクチン接種への不安や抵抗感を覚えている社員に理解や共感を示し、寄り添う内容にすることがポイントになると思われる。 (了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第24回】 (最終回) 「再転相続と相続放棄の熟慮期間」 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 鏡味 靖弘 〔質 問〕 私の父は、令和3年5月31日に亡くなりました。父の法定相続人は子である私だけであり、相続手続を終えたところ、令和3年12月1日、伯父(父の兄)の債権者だったという方から私宛に5,000万円もの支払を求める訴状が届きました。訴状によると、伯父の妻及び子が全員相続放棄をしており、父が伯父の相続人となっていたため、父からの相続により私が伯父の相続人たる地位を承継したとのことです。 父と伯父はもう30年以上も音信不通であり、父は伯父が亡くなったことさえ知らなかったはずです。今回届いた訴状により、私は初めて父が伯父の相続人であったことを知りましたが、5,000万円もの支払をするつもりはありません。父が亡くなってから半年を経過していますが、私は、これについて相続放棄をすることができるのでしょうか。 〔回 答〕 訴状が送達され、父親が伯父の相続人であったことを知った時(令和3年12月1日)から3ヶ月以内であれば、伯父からの相続について、相続放棄をすることができます。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 再転相続とは 「再転相続」とは、ある人(A)が亡くなった後(第1次相続)、その法定相続人(B)が相続放棄や限定承認、単純承認をする前に死亡し、Bについても相続(第2次相続)が開始した場合のことをいう。 なお、類似のケースとして「代襲相続」や「数次相続」があるが、代襲相続は、Aが亡くなった時点で法定相続人であるBが相続権を失っている場合(死亡が典型例)をいい(民法887条2項)、数次相続は、BがAの遺産について承認したが、遺産分割協議をしないうちに死亡してしまい、Bについての相続が開始した場合をいう。 2 再転相続における相続放棄等の対象 例えば、Aが死亡し(第1次相続)、その子であるBが相続放棄や単純承認をする前に死亡した場合(第2次相続)、Bの子であるCは、第2次相続についてだけでなく、第1次相続についても承認又は放棄の選択をしなければならない。孫であるCは、父Bの相続と祖父Aの相続の両方についてこれを決しなければならないのである。 第1次相続及び第2次相続に対する承認・放棄の組み合わせは合計4パターンあり得るが(承認・承認、放棄・放棄、放棄・承認、承認・放棄)、このうち、第1次相続は承認して第2次相続を放棄するというパターンはとり得ない。なぜならば、第2次相続について放棄した時点で、第1次相続に関する相続人の地位を失うからである。そのため、祖父(A)は積極財産のみを遺し、他方で父(B)は多額の負債を抱えていたという場合に、Bの負債については承継せず(放棄)、Aの積極財産は引き継ぐ(承認)という対応はできない。 3 再転相続における熟慮期間 (1) 相続放棄の熟慮期間(一般) 相続人は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3ヶ月以内に、相続の承認(単純承認・限定承認)又は放棄をしなければならない(民法915条1項本文)。この3ヶ月という期間のことを「熟慮期間」という。 相続の承認及び放棄の制度は、相続人に対し、被相続人の権利義務の承継を強制せず、相続の承認・放棄をする機会を与えることによって、相続財産を調査するかどうかについての選択権を付与したものであり、民法915条1項本文の規定する熟慮期間は、相続人が承認・放棄の判断をするに当たり、相続財産の状態、積極・消極財産の調査をして熟慮するための期間として定められたものである。 そこで、民法915条1項本文にいう「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続開始の原因たる事実の発生を知っただけでは足りず、それによって自己が相続人となったことを覚知した時をいうものと解釈されている(最高裁判所昭和59年4月27日判決・民集38巻6号698頁)。 (2) 再転相続における熟慮期間の起算日 再転相続における熟慮期間の起算日について、民法916条は、「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第1項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する」と規定している。 (3) 第2次相続基準時説と第1次相続基準時説 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」の解釈については、いわゆる「第2次相続基準説」と「第1次相続基準説」との争いがあった。 第2次相続の相続人Cが、自分のために第2次相続(Bからの相続)の開始があったことを知った時をいうとするのが第2次相続基準説であり、CがBのために第1時相続(Aからの相続)の開始があったことを知った時を指すとするのが第1次相続基準説である。 〔質 問〕の事例のように、第1次相続に関する関係事実(父が伯父の相続人である事実)を知らないまま、第2次相続に関する熟慮期間が経過した後に初めてそれを認識したというケースの場合、第2次相続基準説によれば熟慮期間経過後のためもはや相続放棄ができないとの結論になるのに対し、第1次相続基準説に立てば熟慮期間内であるため放棄可能という結論になる。 (4) 最高裁判所令和元年8月9日判決 この点の解釈につき、【最高裁判所令和元年8月9日判決・民集73巻3号293頁】は、「民法916条にいう『その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時』とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである」と判示し、第1次相続基準説に立つことを明らかにした。 最高裁判所の上記判示の理由は、主に以下の点である。 4 まとめ 前記最高裁判所判決により、再転相続の場合における熟慮期間の起算点の解釈は実務上の決着をみることとなった。急速に進む高齢化により、今後、再転相続や代襲相続、数次相続など複数の相続が発生し、非常に複雑な法律関係に陥る事案が多発することが十分に考えられる。 期間の経過等により思わぬ不利益を被るケースが多い分野であり、なるべく早い段階で適切な対応をとるべきである。 (連載了)