《速報解説》 定年を延長した場合に一部の従業員に対してその延長前の定年に達した時に支払う一時金の所得区分に関し、東京国税局から文書回答事例が公表される 税理士 菅野 真美 令和3年11月11日(ホームページ公表は令和3年12月3日)、東京国税局は、事前照会を受けた「定年を延長した場合に一部の従業員に対してその延長前の定年に達した時に支払う一時金の所得区分について」に関して、照会者に係る事実関係を前提とする限り、貴見のとおりで差し支えありませんと回答した。 照会者は、労働協約書等を改定し、従業員の定年を満60歳から満65歳までの間で従業員の選択したいずれかの年齢に達した月の末日に延長した(選択定年年齢)。これまで60歳に達した月の翌月までに退職金を支給していたが、原則的には選択定年年齢に達した月の翌月までに退職一時金を支給することとした。しかし、従業員が希望した場合は、満60歳に達した月の翌月までに一時金の支給をすることとした。この希望した従業員に支給された一時金は退職所得として取り扱われるかが本照会のポイントである。 所得税基本通達30-2(5)において、次のように定められている。 本事案の一時金は、労働協約等による定年延長であり、新制度導入前に入社した従業員で、満60歳に達した希望者に対し、旧定年である満60歳に達した月の末日までを基礎として計算されたもので、支給後は退職を理由とした一時金を支給しない。また、旧定年を迎えたときに退職一時金が支給されることを前提に生活設計をしてきた希望者の事情を踏まえ精算を行うことであること等から相当の理由もある。よって通達の要件が満たされることから、退職所得として取り扱われるとされたと考える。 なお、平成31年1月10日に熊本国税局が「定年を延長した場合に従業員に対してその延長前の定年に達した時に支払う退職一時金の所得区分について」に関して回答したが、その中で、定年延長後に入社した従業員に対して旧定年(60歳)の時に支給した退職一時金については、雇用の時点で64歳定年として採用されるため、労働協約等を改正して定年を延長した場合に該当しないから、退職所得として取り扱われるとは限らないとしている。 (了)
2021年12月2日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.447を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.107- 所得制限、「制度設計」が先か「システム構築」が先か 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 岸田内閣の下での経済対策として「18歳以下の子供1人あたり10万円の給付」が行われる。所得制限を付けるかどうか、世帯所得とするかどうかなどが議論されたが、結局世帯主年収960万円未満という現行児童手当と同様の所得制限の導入ということで決着がついた。この所得制限では、ほぼ9割の世帯に配られるということになり、事実上制限なし(バラマキ)に等しい。 適切な所得制限が付かなかった理由は、迅速な給付を行うため、つまり所得情報と給付を個別に結び付ける連携システムがいまだ整っていないということだ。 経済対策の中には、「生活困窮者」への支援も入っている。「生活困窮者」は、これまで通り「住民税非課税者」ということになりそうだ。しかし住民税非課税者の中には、多額の資産を蓄えている高齢者が、所得は年金しかないので住民税が非課税になっているケースが相当あるといわれており、これも無駄な給付につながっている。 * * * わが国の社会保障給付を見ると、保育料(0-2歳)や高等学校等就学支援金制度、国民健康保険料や介護保険料など、給付と負担の両面で所得制限を設けているものが多くある。 さらに所得については、個人(世帯主の年収)と世帯の両方に分かれている。例えば児童手当は個人で判断し、保育料(0-2歳)や高等学校等就学支援金制度や高等教育の修学支援新制度は世帯年収で判断する。 このような区々ばらばらな制度は、いろいろな経緯があり統一するには時間がかかる。そこで、“デジタル"の出番となる。 しかし冒頭で述べたように、所得情報と給付をつなげるシステムや基盤作りは進んでいない。今後、本人の申請なく国・自治体で要件を把握してプッシュ型で給付などを行うことが予定されており、それにはこの情報連携システムの構築が必須となるはずだが。 筆者は、デジタル庁の「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」の委員をしており、牧島かれん大臣も出席された第2回目(11月22日)会合で以下のように発言した。 (※) デジタル庁「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ(第2回)」。なお、議事録は後日掲載予定。 システム作りに加えて、さらなる情報の収集も必要となる。資産を把握するには、預金口座付番を進めなければならない。預金口座付番が進まないうちは、特定口座で取引を行っている株式譲渡益と配当所得を番号で名寄せして対応することも考えられる。 いずれにしても、早急に所得情報と給付を連携させるシステム構築ができないと、今後も「システムがないのでできない」ということになり、いつまでたってもバラマキ型給付から抜け出せない。 * * * ところでエコノミストの中には、一律10万円給付して事後的に申告で取り返せばいいではないかという「事後精算方式」を主張する者がいる。しかしこれは思い付き素人の非現実的なアイデアだ。 わが国では、就業者6,700万人のうち納税者は5,400万人で、そのうち8割強の者の適用税率(所得税)は、最低税率の5%か、その次の10%となっている。40%以上の税率で課税される者はわずか40万人程度である。 さらに手間の問題がある。納税者の大部分の者は給与所得者で、年末調整で申告不要となる。10万円を税金で取り返すには、会社の年末調整で行うことになるが、これは民間の事務コストを増やすことになる。いずれにしても返ってくる税金は極めて少なく、「事後清算」とはならない。 これらの点については、筆者のコラム「『迅速』で『公平』なコロナ対策給付のためのインフラとは」を参照いただきたい。 (了)
〔令和3年度税制改正における〕 人材確保等促進税制の創設 (賃上げ・投資促進税制の見直し) 【第2回】 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 ←(前回) | (次回)→ 5 用語の定義 (1) 全体像 人材確保等促進税制及び(改正後の)所得拡大促進税制における用語については、新たに設けられたもののほかに改正前の用語が引き続き用いられているものもある。その場合においても、改正前の用語の定義が変更されているものもあるため留意が必要である。 本税制における用語について、①税制改正による定義の変更がなかったもの、②税制改正により定義が変更されたもの、及び③税制改正により新設されたものをまとめると下表のとおりとなる。 また、以下の用語は令和3年度の税制改正によって廃止されている。 (2) 用語の定義 (人材確保等促進税制) 1 国内新規雇用者【新設】 法人の国内雇用者のうち、その法人の有する国内の事業所に勤務することとなった日から1年を経過していない者をいい(措法42の12の5③二)、具体的には、雇用開始日(国内に所在する事業所につき作成された労働基準法第107条第1項に規定する労働者名簿に氏名が記載された日(※1))から1年を経過しないものをいう(措令27の12の5③本文)。基本的には、いわゆる「新入社員(中途採用含む)」と理解して差し支えない。過去において当該法人に雇用されており、その後一度退職したものの、一定期間後に再び同法人に雇用された者も、国内新規雇用者に該当することとされている(※2)。 (※1) その国内に所在する事業所につき作成された労働者名簿に記載されている「雇入れの年月日」(労基規53①四)をいい、その国内雇用者がその法人の国内に所在する他の事業所から異動した者である場合には、その法人の国内に所在する各事業所におけるその国内雇用者の雇入れの年月日のうち最も早い日とする(措規20の10②)。 (※2) 経済産業省「『人材確保等促進税制』よくある御質問 Q&A集(令和3年8月30日 改訂版)」A9より。 この点に関し、国内新規雇用者となるのは、国内雇用者のうち労働者名簿に氏名が記載された者に限られる点にも注意が必要である。 ただし、以下に該当する者は除かれる(措令27の12の5③一~三)。 ① 役員及び一定の使用人 その法人の国内雇用者となる直前に、その法人の役員及び一定の使用人に該当する者は、国内新規雇用者の範囲から除外される(措令27の12の5③一)。 一定の使用人とは、具体的には以下の者をいう。 すなわち、役員を退任して使用人になった者や、海外支店等から国内の事業所に異動した者は除かれるということである。 ② 支配関係法人の役員、支配関係のある個人及び一定の使用人 (ア) 支配関係法人の役員及び一定の使用人 その法人の国内雇用者となる直前に、その法人の「支配関係法人」の役員及び一定の使用人に該当する者は、国内新規雇用者の範囲から除外される(措令27の12の5③二前段)。 支配関係法人とは、法人税法第2条第12号の7の5に規定する支配関係がある法人をいい、具体的には、「一の者が法人の発行済株式等の総数又は総額の50%超を直接又は間接に保有する関係(当事者間の支配関係)」又は「一の者との間に当事者間の支配関係がある法人相互の関係(同一の者による支配関係)」のある法人が該当する。 一定の使用人の範囲は、具体的には以下の者をいう。 上記①の範囲に加え、「その支配関係法人の国内雇用者である者」が新たに追加されている。支配関係法人から異動した者については原則として国内新規雇用者に含まれないということである。 (イ) 支配関係のある個人及び一定の使用人 その法人の国内雇用者となる直前に、その法人と「支配関係のある個人」及び(その個人の)一定の使用人に該当する者は、国内新規雇用者の範囲から除外される(措令27の12の5③二後段)。 支配関係のある個人とは、具体的にはその法人の発行済株式総数等の50%超を直接又は間接に保有する個人、すなわち筆頭株主等を指すものと考えられる。 一定の使用人の範囲は、具体的には以下の者をいう(措規20の10③、措令5の6の4⑤一)。 (ウ) 組織再編成等が行われた場合等の取扱い 上記(ア)及び(イ)の取扱いには例外があり、その異動が組織再編成又は連結納税グループ法人間の異動による場合には、一定の要件に該当する者については国内新規雇用者に含めることとされている。 すなわち、その法人を合併法人等(合併法人、分割承継法人、被現物出資法人又は被現物分配法人)とする合併等(合併、分割、現物出資又は現物分配)が行われた場合において、その合併等の直後の国内雇用者のうち、その合併等の直前においてその合併等に係る被合併法人等の国内雇用者であった者は、上記①及び②の範囲から除外されている(措令27の12の5③二イ)。 つまり、その合併等によって被合併法人等から合併法人等に異動した使用人のうち、被合併法人等において国内雇用者であった者については、他の要件に該当する限り合併法人等において引き続き国内新規雇用者等に該当するものとして取り扱われる、ということである。この場合には、その被合併法人等における雇用開始日を合併法人等における雇用開始日とみなすこととされている(措令27の12の5④)。 具体的には、合併等の日において被合併法人等における雇用開始日から1年を経過していない場合には、被合併法人等における雇用開始日から1年を経過する日までの間は合併法人等において国内新規雇用者となり、逆に、合併等の日において被合併法人における雇用開始日から1年を経過している場合には、合併法人等において国内新規雇用者である期間は存在しないこととなる(※3)。 (※3) 財務省「令和3年度 税制改正の解説」513頁。 この取扱いは、その法人の国内雇用者となる直前に、その法人と連結完全支配関係にある他の連結法人の国内雇用者であった者についても同様である(措令27の12の5③二ロ)。 ③ 合併等の直前において支配関係のない被合併法人等の役員及び一定の使用人 その法人を合併法人等とする合併等(その法人との間に支配関係がない法人を被合併法人等とするものに限る)の直後のその法人の国内雇用者で、その合併等の直前においてその合併等に係る被合併法人等の役員及び一定の使用人に該当する者は、国内新規雇用者の範囲から除外される(措令27の12の5③三)。 一定の使用人の範囲は、具体的には以下の者をいう。 上記②(ウ)との相違点は、支配関係のない法人との合併等に係る被合併法人等における国内雇用者については、除外の対象に含まれていないという点である。すなわち、他の要件に該当する限り、合併法人等において国内新規雇用者となるということである。この場合には、その被合併法人等における雇用開始日をその合併法人等における雇用開始日とみなすこととされている(措令27の12の5④)。 2 新規雇用者給与等支給額【新設】 法人の各事業年度(適用年度)の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内新規雇用者(雇用保険の一般被保険者(雇保法60の2①一)に該当するものに限る)に対する給与等の支給額から、その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額のうち雇用安定助成金額を除いた金額を控除した金額をいう(措法42の12の5③五)。 ① 集計の対象者 新規雇用者給与等支給額の計算にあたっては、まず対象となる国内新規雇用者の範囲を確定させたうえで、雇用保険の一般被保険者に該当する者を抽出する必要がある。 すなわち、国内新規雇用者に該当するとしても、雇用保険一般被保険者以外の被保険者(高年齢保険者、短期雇用特例被保険者又は日雇労働被保険者)に対する給与等の支給額は、新規雇用者比較給与等支給額に含まれないということである。 ② 集計期間 国内新規雇用者となるのは雇用開始日から1年を経過する日までであるから、新規雇用者給与等支給額の支給期間もおのずと最長12ヶ月間ということになる。この期間は、国内新規雇用者の雇用開始日から起算されることになるから、必ずしも事業年度の期間と一致するものではない。雇用開始日と事業年度開始日が一致していれば、国内新規雇用者となるのはその事業年度(12ヶ月間)のみということになるが、雇用開始日と事業年度開始日が異なる場合、その者は2事業年度にわたって国内新規雇用者に該当することとなる。 したがって、各事業年度において「雇用開始日から1年を経過していない者」を把握する必要があるが、事業年度ごとにまとめて集計できるものではなく、各自の雇用開始日から1年を経過していない者を毎年度個別に集計する必要がある点に留意が必要である。 (つづく)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例36】 「同族会社の代表者と同居する愛人に対して支給する給与の損金性」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、神奈川県内の私鉄沿線のとある駅から徒歩圏内に事務所を構える税理士です。私のクライアントの多くは地元で何十年も前から会計事務所を構えていた父親から引き継いだものですが、その中から廃業する会社が徐々に増えており、顧問先の新規開拓が最近の私の重要な経営課題となっております。 そこで、現状打開の窮余の策として始めたのが、顧客紹介会社の利用とホームページを通じたマーケティング戦略です。後者は、検索エンジンでわが事務所が上位に来るような施策を講じることと、ウェブ広告によりわが事務所のホームページに顧客を誘導することを行っています。前者は、紹介された顧客が顧問契約を締結した場合、年間顧問料の何割かを報酬として支払う施策となります。 その甲斐あってか、わが事務所の顧問先が徐々に増え始めているところですが、その中の1社(A株式会社)のことで相談があります。その会社は創業後10年くらいの芸能事務所で同族会社なのですが、最近売れ始めたタレントが何名か在籍しており、売上げも急上昇しております。そのため、節税の相談が多いのですが、何か手っ取り早い方法はないかとしつこく迫ってきて閉口させられております。 そんな中、A社の社長から連絡があり、現在、税務調査で税務署ともめているので直ちに来てほしいと言われました。話をよく聞いてみると、A社の社長は妻帯者でありながら、自社のタレントの卵Bに手を出して、自宅以外のセカンドハウスに同居させて自分の身の回りの世話をさせており、その対価として給料を毎月50万円支払っているとのことです。BはA社との間に雇用契約がないので従業員ではなく、A社の仕事もしておらず、ただ社長の身の回りの世話をしている愛人に過ぎないことから、税務署の調査官は「「愛人手当」のような個人的な支払いを会社に付け回しているのみでなく、従業員に仮装して給与を支払うのは極めて悪質である」として、厳しく追及されているようです。 私としては、これは良い機会なので、この社長は調査官にこっぴどく絞られるべきと考えているのですが、社長は「最悪でも役員給与として損金に算入されるべき」と主張して譲りません。社長の主張通り、役員給与として損金算入される余地はないのでしょうか、教えてください。 【A】 法人代表者の愛人Bに対して給与を支払っていたとしても、その愛人にA社における勤務実態がない場合には、その支払いは雇用関係に基づくものではないため、愛人に対する給与ではなく、代表者個人が負担すべき支払いとなり、当該支払いはその他の経済的利益として代表者に対する役員給与となります。 また、当該役員給与は、雇用関係がないにもかかわらず、従業員への給与と仮装して愛人に支払ったものであるので、法人税法第34条第3項が適用され、A社の損金には算入されません。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 役員給与の損金算入 平成18年度の税制改正で、従来の役員報酬と役員賞与という概念は「役員給与」に一本化された。その上で、損金算入される役員給与の類型として、①定期同額給与、②事前確定届出給与、及び、③業績連動給与の3つを挙げ、それ以外は原則として損金不算入となることとされた(法法34①)。 ① 定期同額給与 内国法人がその役員に対して支給する給与(退職給与や新株予約権(ストックオプション)によるもの、使用人兼務役員の使用人部分の給与等を除く)のうち、支給時期が1ヶ月以下の一定期間ごとに原則として同額支給される給与である「定期同額給与」に該当する額は、その法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入される(法法34①一)。これは、従来(平成18年度税制改正前)の役員報酬に相当する。 ② 事前確定届出給与 内国法人がその役員に対して支給する給与(退職給与を除く)のうち、所定の時期に確定額を支給する旨の定めに基づいて支給する給与である「事前確定届出給与」の額は、その法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入される(法法34①二)。これは、従来(平成18年度税制改正前)の役員賞与に相当する。 ③ 業績連動給与 内国法人(同族会社の場合、同族会社以外の法人との間に当該法人による完全支配関係があるものに限る)が、(1)取締役会設置会社の代表取締役、業務執行取締役(会社法363①)、(2)指名委員会等設置会社の執行役(会社法418)、及び、(3)その他の(1)又は(2)に準ずる役員に対して支給する「業績連動給与」で、次に掲げる(ア)及び(イ)の2要件を満たし、さらに第1の要件(ア)については「3つのサブ要件」を満たしている給与の額(他の業務執行役員のすべてに対してこれらの要件を満たす業績連動給与を支給する場合に限る)は、その法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入される(法法34①三)。 業績連動給与は、平成29年度の税制改正前まで「利益連動給与」とされていたものが、改正により修正されて導入されたものである。 上記の①定期同額給与、②事前確定届出給与、③業績連動給与のいずれにおいても、損金算入される役員給与は、恣意性の排除を目的として、予め定められているかどうかが重要な判断要素となっているものと考えられる。また、同族会社は身内(少数の大株主)による業務運営が可能なことから、役員給与についても「お手盛り」の支給・利益調整がなされることに課税庁は神経をとがらせているようである。 (2) その他の経済的利益 役員給与の中には、金銭での支払いのほかに、現物、債務の免除による利益「その他の経済的利益」も含まれる(法法34④)。当該経済的利益の中には、役員が負担すべき(個人的な)費用を、法人が代わって負担した金額も含まれることとなる(いわゆる「付け回し」)。この中には、愛人を囲っている法人の役員が、愛人に係る支出(愛人の宝石類や衣服の購入費用など)を法人に負担させるケースが含まれる。 当該支出の相手方(役員と事実上婚姻関係があると同様の関係にある愛人等(法令72二))との間に法人との雇用契約が存在する場合には、当該相手方は特殊関係使用人に該当し、その者に対する給与は不相当に高額である場合、その部分の金額が損金不算入となる(法法36)。 (3) 愛人や内縁の妻に対する「給与」の支払い 愛人や内縁の妻に対する「給与」名義の金銭の支払いに関し、その損金性が争われた事案として、東京地裁令和元年5月30日判決・税資269号-55(順号13278)(TAINSコード:Z269-13278)があるので以下で確認しておきたい。 ① 事案の概要 原告は、平成8年3月に建設用機械及び車両の企画・設計・製造・販売等を目的として設立された有限会社である。同社は、平成20年9月期から平成26年9月期までの各事業年度の法人税の確定申告において、自己の従業員であるとする乙に給与(月額45万円)を支給したとして、その支給額を損金の額に算入して申告した。これに対し、茂原税務署長は、上記支給額につき、乙に対する給与であるかのように事実を仮装して経理することにより、原告代表者に対して支給された役員給与の額であると認め、以下の課税処分を行った。 本件は、原告が、被告を相手に、本件各処分の取消しを求める事案である。なお、原告代表者には配偶者丙がいる。 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 争点1 争点2 なお、納税者側は控訴したが、控訴審の東京高裁令和2年1月16日判決(TAINSコード:Z888-2294)でも原審が維持され、確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 中小企業の経営者がその愛人(税務実務では一般に「特殊関係者(人)」という)や内縁の妻に給与の支払いやマンション家賃の法人負担等、様々な経済的利益を供与することはよく見られることであるが、それは概ね税務調査の段階で結論が出る(課税処分となる)のが通例であり、本事例のように裁判で正面から争われる事案は意外に少ないように思われる。その意味で、本事例は貴重な裁判例であり、実務の参考になるものと考えられる。 本事例の焦点は、法人から法人代表者の内縁の妻への「給与」の支払いが「その他の経済的な利益(法法34④)」に該当し、かつ、その支払いにつき「内国法人が事実を隠蔽し、又は仮装して経理を」した(法法34③)と言えるのかという点である。 前者については、「役員が個人として負担すべき費用を法人が負担することによって当該役員に付与される経済的利益についても、以上の趣旨は該当するものと解されるところ、これを同条1項から3項までの適用上、役員給与に含まれないものとして扱うべき理由はないから、その負担額について、同条4項が定める「その他の経済的な利益」に該当するものと解するのが相当である」として、勤務実態のない愛人への給与と称するお手当(?)は、そもそも法人が負担すべき支払いではなく、代表者個人が負担すべきものであるから、その支払いは代表者個人への経済的利益の供与となり、役員給与となると判示された。 後者については、「乙(筆者注:代表者の内縁の妻)が原告の従業員であるかのように装って本件各支給をし、本件各事業年度における法人税の所得金額の計算上、本件各支給額を損金の額に算入したものである」として、代表者の内縁の妻を従業員であるかのように仮装して給与を支給した行為は、事実を隠蔽し、又は仮装して経理を行ったものと考えられることから、損金算入が認められないと判示した。なお、当該損金算入の否認規定は、事実を隠蔽し、又は仮装して経理を行うという不正常な給与の支払いは、いわゆる「利益の処分」にあたるため、という立法趣旨に基づくものと解されている(※)。 (※) 金子宏『租税法(第23版)』(弘文堂、2019年)399頁。 (4) 本件へのあてはめ 法人代表者の愛人に対して給与を支払っていたとしても、その愛人にA社における勤務実態がない場合には、その支払いは雇用関係に基づくものではないため、愛人に対する給与ではなく、代表者個人が負担すべき支払いとなり、当該支払いはその他の経済的利益として代表者に対する役員給与となる。 また、当該役員給与は、雇用関係がないにもかかわらず、従業員への給与と仮装して愛人に支払ったものであるから、法人税法第34条第3項が適用され、A社の損金の額には算入されない。 (了)
租税争訟レポート 【第58回】 「居住用不動産の売買取引に係る課税仕入れの区分 (控訴審:東京高等裁判所令和3年7月29日判決 (第一審:東京地方裁判所令和2年9月3日判決))」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈控訴審〉 〈第一審〉 (※) 詳細は本連載【第53回】を参照。 【事案の概要】 不動産の売買及び仲介業務等を目的とする株式会社である原告は、平成27年3月期から平成29年3月期までの各課税期間において、将来の転売を目的としてマンション84棟(その一部又は全部が住宅として貸し付けられているもの。以下「本件各マンション」という)を購入した。 本件各マンションの購入は、消費税法2条12号に定める課税仕入れに当たるところ、原告は、各課税期間に係る消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という)の確定申告において、本件各課税仕入れが同法30条2項1号にいう「課税資産の譲渡等にのみ要するもの」(課税対応課税仕入れ)に区分されるとして、本件各課税仕入れに係る消費税額の全額を当該課税期間に係る課税標準額に対する消費税額から控除して申告を行った。 これに対し、麹町税務署長(処分行政庁)は、本件各課税仕入れは同号にいう「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するもの」(共通対応課税仕入れ)に区分すべきものであるから、本件各課税仕入れに係る消費税額の一部しか控除することができないとして、平成30年7月30日付けで、原告に対し、各課税期間に係る消費税等の各更正処分及びこれらに伴う過少申告加算税の各賦課決定処分をした。 本件は、原告が、被告を相手に、本件各更正処分のうち申告額を超える部分及び本件各賦課決定処分の取消しを求める事案である。 【判決の概要】 1 争点 争点は次の3点であるが、本稿では、主たる争点である「本件各課税仕入れの用途区分〔争点1〕」を中心に、東京高等裁判所の判断を検討したい。特に、第一審である東京地方裁判所の判断との相違点に注目して、検討することとする。 2 控訴人(第一審被告:国/処分行政庁)の主張 〔争点1〕について、控訴人は、被控訴人の本件事業におけるビジネスモデル(本件ビジネスモデル)の下では、本件各課税仕入れについては、本件各仕入日において、将来、住宅の貸付けによる賃料収入という非課税売上げが見込まれるとともに、本件各マンションの売却により課税売上げも見込まれることから、消費税法30条2項1号に規定する「課税資産の譲渡等にのみ要するもの」(課税対応課税仕入れ)及び「課税資産の譲渡等以外の資産の譲渡等(以下この号において「その他の資産の譲渡等」という。)にのみ要するもの」(非課税対応課税仕入れ)のいずれにも該当せず、「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通するもの」(共通対応課税仕入れ)に該当することが明らかであるとしたうえで、被控訴人は、本件各課税仕入れにつき、本件各課税期間において課税売上割合に代えて課税売上割合に準ずる割合を用いて共通対応課税仕入控除税額を計算することの承認申請をせず、所轄税務署長から消費税法30条3項2号の承認を受けていないことから、本件各課税仕入れに係る共通対応課税仕入控除税額の計算に当たっては、同条2項1号ロにより被控訴人の本件各課税期間における課税売上割合を用いることになると主張した。 3 被控訴人(第一審原告:ADワークス)の主張 被控訴人は、〔争点1〕について、まず、控訴人の主張を次のように批判した。 そのうえで、本件各課税仕入れは、本件各マンションの販売を専ら主眼として行われたものであって、本件各マンションの賃貸は、専らその販売の手段(つまりバリューアップ)として行われたものと評価すべきことは、通常の合理的な経験則をもって事実を認定評価すれば明らかというべきであるから、消費税法上の税負担の累積の排除という趣旨から被控訴人に課されるべき消費税額は、本件各マンションの建物部分の販売の対価と仕入れの対価の差額、すなわち被控訴人の下で創出された付加価値に相当する額に対する消費税額であるべきことは明らかというべきであると主張した。 4 東京高等裁判所の判断 東京高等裁判所は、判決文の「第3 当裁判所の判断」の冒頭で、①本件各課税仕入れは共通対応課税仕入れに区分されるべきものであり〔争点1〕、②本件各更正処分は平等取扱原則に違反するものではなく〔争点2〕、③本件各確定申告において消費税の申告額が過少であったことにつき、国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるとはいえない〔争点3〕から、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分はいずれも適法であって、被控訴人の請求はいずれも理由がないと判断すると結論を述べた。 (1) 用途区分の判定基準 裁判所はまず、個別対応方式により控除対象仕入税額を計算する場合には、課税仕入れを課税対応課税仕入れ、非課税対応課税仕入れ又は共通対応課税仕入れのいずれかに区分する必要があるとして、 と説明したうえで、消費税法30条2項1号の定める各課税仕入れについては、同号の文言及び趣旨等に即して、課税対応課税仕入れとは、当該課税仕入れにつき将来課税売上げを生ずる取引のみが客観的に見込まれている課税仕入れのみをいい、非課税対応課税仕入れとは、当該課税仕入れにつき将来非課税売上げを生ずる取引のみが客観的に見込まれている課税仕入れのみをいい、当該課税仕入れにつき将来課税売上げを生ずる取引と非課税売上げを生ずる取引の双方が客観的に見込まれる課税仕入れについては、全て共通対応課税仕入れに区分されるものと解するのが相当であるという結論を導き出した。 (2) 本件各課税仕入れの用途区分について 上記(1)の判定基準によって、裁判所は、本件ビジネスモデルにおいては、本件各課税仕入れについて、本件各仕入日において、将来、住宅の貸付けによる賃料収入という非課税売上げが見込まれるとともに、本件各マンションの売却による課税売上げも見込まれるから、本件各課税仕入れは、消費税法30条2項1号に規定する課税対応課税仕入れ及び非課税対応課税仕入れのいずれにも該当せず、共通対応課税仕入れに該当するものと解するのが相当であるという判断を示した。 (3) 被控訴人の主張について 東京高等裁判所は、被控訴人による、消費税法30条2項1号の課税対応課税仕入れ及び非課税対応課税仕入れに共通して用いられている「にのみ要するもの」という文言は、「その資産の譲渡等を行わないのであれば、そもそも事業者はその課税仕入れ等を行わなかった」という条件関係を意味するものと解され、そうすると、用途区分の判定については、その対象となる課税仕入れ等が、課税資産の譲渡等との間でのみ条件関係を満たす場合には課税対応課税仕入れに、その他の資産の譲渡等との間でのみ条件関係を満たす場合には非課税対応課税仕入れに、その双方と条件関係を満たす場合には共通対応課税仕入れに、それぞれ区分されるものと解するのが相当であるという主張に対し、次のように批判して、これを認容しなかった。 すなわち、単に「その資産の譲渡等を行わないのであればそもそも事業者はその課税仕入れ等を行わなかった」という条件関係があれば同条2項1号の定める課税対応課税仕入れに該当するという法文の文言と異なる解釈を認めるとすると、将来一部に非課税対応課税仕入れを生ずる取引が客観的に見込まれる場合も課税対応課税仕入れに区分されることになり、課税対応課税仕入れに区分される取引が相当広汎に認められることになるが、上記(1)①から③で説明したように、被控訴人の主張に係る解釈及びその適用の結果は以上のような消費税法30条2項の規定の文言及び趣旨並びに同条所定の仕入税額控除制度の仕組みと整合しないものであって相当とは解し難いものといわざるを得ないことから、東京高等裁判所は、被控訴人の上記主張は採用することができないという判断を示している。 【解説】 本連載【第53回】で取り上げた本件の第一審判決は、転売目的で購入した住宅用マンションについて、転売までの期間に発生する賃料収入(消費税法においては非課税売上げに該当する)が発生することが認められるにもかかわらず、課税仕入れがいかなる取引のために行われたものであるのかを、その経済実態に即して判断すべきであるとして、住宅用マンション購入時の消費税等について、個別対応方式によりその全額を課税対応課税仕入れとしてその全額を課税仕入れの対象とすることを認めたものであったが、これは、国税不服審判所の裁決や類似事案の判決とは異なる判断を示したものであり、国側の控訴による控訴審判決が注目されていたが、控訴審判決では、納税者の主張は全面的に否認され、国/課税庁の主張が認められることとなり、類似事案の判決や裁決とは整合性が取られることとなった。 第一審判決を取り上げた本連載【第53回】でも指摘したとおり、被控訴人及びその同業者が採用しているビジネスモデルについては、過去の税務調査においても、国税庁による「課税対応課税仕入れに区分して差し支えない旨の通知」をもとに、消費税申告を是認してきただけに、〔争点2〕の「平等取扱原則違反の有無」についても、裁判所の判断が注目されたが、こちらも、平等取扱原則に反して違法となるものではないという判断が示された。 1 課税庁の判断が変更されたのは平成17年 判決文の中で、東京高等裁判所は、平成17年11月5日刊行の国税庁職員の執筆に係る「こんなときどうする 消費税Q&A」と題する文献を引用する形で、「現住建造物を転売目的で購入した場合の仕入税額控除」と題する設例では、「事業者の最終的な目的は中古マンションの転売ということであっても、転売までの間非課税売上げである住宅家賃が発生することも事実であり、中古マンションの購入に係る消費税は、課税売上げと非課税売上げに共通して要するものに該当することになります。」との明確な見解が示されていると説明している。また、同月10日には、国税不服審判所において、転売用マンションに係る課税仕入れは共通対応課税仕入れに区分するのが相当であるとの判断が初めて示されていることもあり、従前の「課税対応課税仕入れに区分して差し支えない」という課税庁の取扱いは、平成17年を機に変更されたことがわかる。 2 被控訴人であるADワークスの対応 東京高等裁判所の判決を受けて、ADワークスの親会社である株式会社ADワークスグループは、2021年8月12日、「株式会社エー・ディー・ワークスが提起していた消費税の更正処分等の取消請求訴訟に係る上告受理申立てに関するお知らせ」を公表して、判決を不服として最高裁判所に上告受理申立てを行ったことを明らかにした。 このリリースの中で、ADワークスは、2019年3月期以降について、国税当局の見解に従って算出される税額を一旦納付していることから、控訴審判決が今期以降の当社の連結業績に与える影響はないと説明している。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第14回】 「従業員・相続人以外の親族・生計一親族に事業を承継させた場合の特定事業用宅地等の特例の適用の可否」 税理士 柴田 健次 [Q] 次のそれぞれの場合には、A宅地からC宅地について、小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例の適用を受けることは可能でしょうか。 [A] A宅地及びC宅地については、小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例(以下単に「特例」という)を受けることはできませんが、B宅地については他の要件を満たせば特例の適用を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定事業用宅地等の意義 特定事業用宅地等とは、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業(貸付事業を除く、以下同じ)の⽤に供されていた宅地等で、次に掲げる場合の区分に応じていずれかを満たすその被相続⼈の親族が相続⼜は遺贈により取得したものをいいます。 なお、令和元年度税制改正により、特定事業用宅地等の範囲から、被相続人等の事業の用に供されていた宅地等で、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された宅地等を除くこととされました。ただし、租税特別措置法施行令40条の2第8項で定める規模以上の事業(特定事業)を行っていた場合のその宅地等については、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供されたものであっても、その範囲から除かれないこととされました(措法69の4③一、措令40の2⑧)。 この取扱いは、平成31年4月1日以後に新たに事業の用に供された宅地等から適用され、同日前に新たに事業の用に供された宅地等については適用されません(附則79②、措通69の4-20の5)。 2 A宅地の判定 土地を取得した配偶者が事業を承継していないため、特例の適用を受けることができません。なお、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例は、相続開始の直前において被相続人又は生計一親族が貸付事業を行っていた場合に適用されるものですが、本問においては、相続開始の直前において貸付事業を行っていませんので、貸付事業用宅地等の特例も受けることができません。 仮に生前に従業員に事業を承継させ、相当の対価で3年以上の貸付を行い、他の要件を満たせば、貸付事業用宅地等の特例の適用を受けることは可能です。 親族内に後継者がいない場合には、特定事業用宅地等の特例を受けることはできなくなりますので、従業員などの親族以外に事業を承継させる場合には、生前に事業を承継し、貸付事業用宅地等の特例を受けられるように専門家がアドバイスすることも重要となります。 3 B宅地の判定 甥は相続人ではありませんが、親族であるため、特例の対象者になり得ます。親族の範囲については、【第1回】で解説しています。本問の場合には、上記1の①の要件を満たしていますので、特例の適用を受けることができます。 4 C宅地の判定 C宅地の判定を行う際には、新たに事業の用に供された宅地等の判定及び特定事業の判定がポイントになります。本問の場合には、新たに事業の用に供された宅地等に該当し、特定事業には該当しませんので、特例の適用を受けることができません。 〔新たに事業の用に供された宅地等の判定〕 「新たに事業の用に供された宅地等」に該当するかどうかの判定は、被相続人又は生計一親族のそれぞれの利用状況により行うことになります。したがって、被相続人にとって「新たに事業の用に供された宅地等」であるかどうか、生計一親族にとって「新たに事業の用に供された宅地等」であるかどうかが問題になります。 本問のC宅地のように、被相続人の事業を廃止した上で生計一親族の事業の用に供した場合には、生計一親族にとっては「新たに事業の用に供された宅地等」に該当することになります。 「新たに事業の用に供された宅地等」の判定については、【第9回】で解説しています。 〔特定事業の判定〕 特定事業の判定は、【第10回】で解説していますが、本問の場合には、下記の通り判定することになります。 ① 事業主宰者が有していた減価償却資産のうち事業の用に供されていた部分の相続開始時の価額(分子) ② 被相続人が有していた宅地等のうち相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された部分の相続開始時の価額(分母) ③ 特定事業の判定 ➡したがって、C宅地は特定事業に該当しませんので、特例の適用を受けることができません。 ★実務上のポイント★ 生前に事業の承継を親族に行う場合には、生計を一にしていた親族であることの要件の他にも、特定事業に該当しない場合には、生計一親族が3年を超えて事業の用に供していることの要件もありますので、特例を受けるための要件をしっかりと確認することが重要となります。 (了)
遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第5回】 「相続財産の寄付と租税特別措置法70条の関係」 税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也 遺贈寄付には、大きく、遺言による寄付と相続人による相続財産の寄付があるが、今回からは、相続財産の寄付について取り上げることとする。 今回は、相続財産の寄付をすると相続税が非課税になることを規定する租税特別措置法70条について、その詳細を説明する。 1 相続財産の寄付とは 相続財産の寄付とは、遺言はなく、相続人が相続で取得した財産の中から、非営利団体に寄付をする場合である。相続財産の寄付は、遺言はないが、被相続人の遺志を汲んで相続人が寄付をする場合や、相続人が、被相続人のことを偲んで寄付をする場合、相続人が相続によりまとまった財産を取得したので、その中から日ごろから支援している団体へ寄付する場合など、様々な場合がある。いずれの場合であっても、遺言による寄付のように、法律的な拘束力はなく、相続人の意思による寄付である。 相続財産の寄付は、その提供財産は、いったん被相続人から相続人に相続され、その後に相続人から法人に寄付されると考える。したがって、原則として相続人に相続税が発生する。 2 相続税が非課税になる場合 相続財産の寄付は、原則として相続人に相続税が課税されるが、以下の要件を満たしている場合には、相続税は非課税になる(措法70①)。 相続又は遺贈により取得した財産には、相続又は遺贈により取得したとみなされる生命保険金や退職手当金も含まれる。 一方で、相続開始前3年以内に被相続人から贈与により取得した財産の相続税の課税価格に加算されるもの、相続時精算課税の適用を受ける財産で相続税の課税価格に加算されるものは含まれない(措通70-1-5)。 なお、相続税が非課税になる特定の公益法人等は、具体的には以下の法人である。 3 租税特別措置法70条の適用を受けられなくなる場合 次の場合には、相続財産を寄付した場合の非課税の特例の適用を受けることができない(措法70①②)。 贈与により取得した財産が公益を目的とする事業の用に供されているかどうかの判定は、贈与財産が、その贈与の目的に従ってその公益法人の行う公益を目的とする事業(認定特定非営利活動法人については、特定非営利活動促進法2条1項に規定する事業)の用に供されているかどうかによるものとし、贈与財産が贈与時のままでその用に供されているかどうかは問わないものとする。 したがって、例えば、法人の建物その他の施設の取得資金に充当する目的で贈与された金銭がそれらの施設の取得資金に充当され、又は、配当金その他の果実を当該法人の行う公益を目的とする事業の用に供する目的で贈与された株式その他の財産の収益が当該法人の当該事業の用に供されていることが、それらの財産の管理、運用の状況等から確認できるときは、これらの贈与財産は、いずれもその法人の公益を目的とする事業の用に供されているものとして取り扱われる(措通70-1-13)。 租税特別措置法70条の適用を受ける場合には、寄付を受けた財産を贈与時のままでその用に供されているかは問わないこととされているので、例えば株式の寄付を受けて、その株式を売却して公益を目的とする事業の用に供することが認められる。これは、みなし譲渡所得税の非課税特例であり、租税特別措置法40条(国等に対して財産を寄付した場合の譲渡所得等の非課税)の適用を受ける場合とは扱いが違うので注意が必要である。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第13回】 「平成29年度税制改正で排除された来料加工についての合算課税リスク」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 平成29年度の税制改正で、来料加工については合算課税のリスクはなくなったと聞きましたが詳細を教えてください。 〔A〕 外国関係会社のうち、本店所在地国において製造における「重要な業務を通じて製造に主体的に関与していると認められる」ものは、所在地国基準を満たすという規定に改正されましたので、従来型の来料加工については合算課税のリスクは排除されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 来料加工とは 東京地裁平成21年5月28日判決(※1)は、来料加工について、「『三来一補』(外国投資者が、中国に直接投資して外商投資企業を設立する代わりに、中国国内の企業に加工・生産を委託する、いわば間接投資の方法により生産を行わせる方法)の1つであり、一般に、委託加工の注文者が、自己の所有に属する原材料を注文先(下請工場)に支給して製品を作らせ、製品の全部の引渡しを受け、これを自己の名称で卸売りすることに加えて、原材料のほかに生産施設を無償で提供し、技術者を無償で派遣して加工業務を稼働できるようにし、一定の高い品質の製品を納品できるようにすることに特色があ〔る〕」と述べている。 (※1) 平成18年(行ウ)第322号・TAINSコード:Z259-11217。日本電産ニッシン事件として知られ、来料加工について初めて裁判所の判断が示された事例である。 来料加工は、日本企業が中国企業に直接投資することなく中国の安価な労働力が利用でき、かつ中国及び香港における税負担が軽減できるというメリットがあり1990年代半ばから多くの日本企業に利用されてきた。しかし、我が国と比して香港の実効税率が相対的に低かったことから、外国子会社合算税制が適用されることが多く、複数の裁判所で争われてきた。 2 過去の裁判例の主たる争点と裁判所の結論 来料加工に関する多くの裁判例で争われたのは、当時の適用除外基準(平成29年度税制改正前の租税特別措置法66条の6第3項)(※2)であり、特に①来料加工事業を行う香港子会社の主たる事業は製造業か、あるいは卸売業か、②主たる事業が製造業であるとして、本店の所在する香港においてこれを行っていると認められるか、の2点であった。裁判所は、全てのケースにおいて、①については、香港子会社の主たる事業は製造業であると認定し、②については、製造は主として工場が所在する中国本土で行われているため、香港子会社は所在地国基準を満たさないと判示し、各事案において、外国子会社合算税制の適用を適法と判断した。 (※2) (i)事業基準、(ⅱ)実体基準、(ⅲ)管理支配基準及び(ⅳ)非関連者基準又は所在地国基準の4つの基準から成り、このすべてを満たさない限り、外国子会社合算税制の適用は除外されない。平成29年度税制改正により、この基準は「経済活動基準」と名を変え、外国子会社合算税制における適用場面にも変更が加えられたが、基準の中身そのものはそのまま維持されている。 3 平成29年度税制改正の内容 平成29年度税制改正前の適用除外基準該当性の判定では、外国子会社が事業基準、実体基準及び管理支配基準を満たす場合、非関連者基準又は所在地国基準の内のどちらかを満たさなければならないという構造となっており、その振分けは業種ごとに行われることとされていた(卸売業、銀行業、信託業、金融商品取引業、保険業、水運業又は航空運送業については前者、その他の事業は後者)。 この規定に係る裁判所の判断については、従前より、「非関連者基準か所在地国基準かという適用除外基準の『機械的で二者択一的なアプローチ』が、現在の企業の活動実態に必ずしも合致しているものとはいえず、実際には、所在地国基準に関しては、来料加工取引に対する課税事案のように、制度的に租税回避防止であると捉えることが困難にもかかわらず課税がなされている」(※3)という批判があった。 (※3) 「経済産業省委託調査報告書-平成27年度内外一体の経済成長戦略構築に係る国際経済調査事業(BEPSを踏まえた我が国のCFC税制の在り方に関する調査)」59頁参照。 上記批判への対応や(より本源的には)BEPSプロジェクトと我が国制度との整合性を図るという観点から、平成29年度税制改正において外国子会社合算税制の抜本的な見直しが行われ、その一環として、製造業を主たる事業とする外国関係会社のうち、本店所在地国において製造における「重要な業務を通じて製造に主体的に関与していると認められる」ものは、所在地国基準を満たすこととされた(改正後措法66の6②三ハ(2)、改正後措令39の14の3㉜三)(※4)。 (※4) 藤枝純=角田伸広『タックス・ヘイブン対策税制の実務詳解』(中央経済社・2017年)205頁は、「今回の改正がもっと早い時期に行われていたならば、来料加工事業に関する紛争数は相当少なくなっていたように思われます」と述べている。 ここでいう「製造に主体的に関与」の意義については、その後の改正もあり、現在では租税特別措置法施行規則22条の11第19項に規定され、外国関係会社がその本店所在地において行う次に掲げる業務(同項1号~7号)を通じて製品の製造に主体的に関与していると認められる場合とされている。 4 過去の裁判例が示したその他の判断 上記のとおり、現在では、従来型の来料加工スキームが外国子会社合算税制の対象とされることはないと思われるが、過去の裁判例では、その他いくつかの興味深い判断枠組みが示されており、今日的意義も認められるので、以下引用する。 (1) 日本標準産業分類の規範性 (注1) 東京地裁平成24年7月20日判決(平成22年(行ウ)第745号・TAINSコード:Z262-12009)。小山浩「租税判例百選[第6版]」(有斐閣・2016年)139頁は、「本判決は、一連の裁判例において争われた論点を網羅しており、かつ、一連の裁判例の示した判断枠組みを踏襲している点で、同種の事例に関する集大成ともいえる裁判例である」と述べる。 (2) 主たる事業の判定基準 (注2) 東京高裁平成23年8月30日判決(平成21年(行コ)第236号・TAINSコード:Z261-11739。日本電産ニッシン事件の控訴審判決)。同様のものとして、名古屋地裁平成23年9月29日判決(平成20年(行ウ)第2号・TAINSコード:Z261-11774)。 (3) 所在地国基準の充足の有無に関し、改正前租税特別措置法66条の6第1項が「国」に加えて「地域」を規定した趣旨 (注3) 東京地裁平成21年5月28日判決(前掲(※1)参照)。 (4) 適用除外基準を満たさなくても適用除外が認められる場合はあるか (注4) 前掲(注3)判決。もっとも、本裁判例における納税者の主張の排斥理由からすると、納税者の主張は裁判所に必ずしも正確に理解されていないのではないかという批判がある。北村導人「来料加工とタックス・ヘイブン対策税制-近時の裁判例の検討と課題-」(T&A master No.436(2012.1.30))27頁は、外国税額控除余裕枠事件最高裁判決や金子宏教授・中里実教授の見解を引用し、「一定の政策目的を実現させるための規定に形式的には該当する行為や取引であっても、その本来の政策目的の実現とは無縁であるという場合には、(中略)政策税制に係る規定の解釈にあたり当該税制の趣旨・目的を勘案してその規定の射程範囲を限定すると主張しているところであり、上記排斥理由のように適用除外の範囲拡大や要件の『付加』を主張するものではない」と述べる。 (5) 外国子会社合算税制と移転価格税制の関係 (注5) 大阪地裁平成23年6月24日判決(平成18年(行ウ)第191号・TAINSコード:Z261-11703。船井電機事件)。 (了)