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基礎から身につく組織再編税制 【第41回】「適格現物出資があった場合の繰越欠損金の取扱い」

基礎から身につく組織再編税制 【第41回】 「適格現物出資があった場合の繰越欠損金の取扱い」   太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太   今回は、適格現物出資があった場合の繰越欠損金の取扱いについて解説します。   1 繰越欠損金の引継ぎ 適格合併があった場合には、原則として被合併法人の未処理欠損金額は合併法人に引き継がれますが、適格現物出資があった場合には、現物出資法人の未処理欠損金額は被現物出資法人に引き継がれません。   2 被現物出資法人の繰越欠損金額の使用制限 (1) 内容 適格現物出資の場合、現物出資法人の資産を簿価で引き継ぐことにより、含み損益が被現物出資法人に移転します。そのため、移転を受けた含み益を有する資産を譲渡することにより含み益を実現させ、被現物出資法人の欠損金を使用することができます。したがって、そのような租税回避を防止するために、被現物出資法人の欠損金について一定の使用制限が課されています。 完全支配関係又は支配関係がある適格現物出資のうち、次のいずれにも該当しない適格現物出資については、被現物出資法人の未処理欠損金額の使用が制限されます(法法57④、法令112⑨⑩)。 (※) 欠損金利用を目的に法人を設立する等一定の場合が除かれています(法令112④⑨)。 (2) みなし共同事業要件 「みなし共同事業要件」とは、次の①から④又は①と⑤の要件の全てを満たすことをいいます(法令112③⑩)。 なお、みなし共同事業要件については、適格分割があった場合と同様となるため、解説は省略します。詳しくは、本連載の【第35回】をご参照ください。   3 繰越欠損金の使用制限の対象金額 (1) 内容 被現物出資法人の繰越欠損金額について使用制限が課された場合には、以下の繰越欠損金額を使用することができません(法法57④、法令112⑤⑪)。 (※) 平成30年4月1日前に開始した事業年度において生じた欠損金額については、前9年内事業年度とされています。 制限対象金額をまとめると、下図のとおりです。 (2) 特定資産譲渡等損失額 「特定資産譲渡等損失額」とは、支配関係事業年度開始の日において被現物出資法人が有していた資産の譲渡損失等のことをいいます。なお、特定資産譲渡等損失額については、次回詳しく解説します。   4 時価評価した場合の特例 (1) 内容 被現物出資法人において、含み益が生じている資産を多額に有しており、かつ、欠損金が生じているケースでは、仮に含み益を実現させても、欠損金のうち含み益部分は自社で利用することが可能であり、租税回避とはいえないため、欠損金を制限する必要はないと考えられます。 したがって、支配関係事業年度の前事業年度終了時の資産及び負債について時価評価した場合には、欠損金の制限対象金額の計算について特例が設けられています(法令113)。 (2) 時価純資産超過額 「時価純資産超過額」とは、時価純資産価額(資産の時価評価額の合計から負債の時価評価額の合計を減算した金額)が簿価純資産価額(資産の帳簿価額の合計から負債の帳簿価額の合計を減算した金額)を超える場合のその超える部分の金額をいいます。 (3) 簿価純資産超過額 「簿価純資産超過額」とは、時価純資産価額(資産の時価評価額の合計から負債の時価評価額の合計を減算した金額)が簿価純資産価額(資産の帳簿価額の合計から負債の帳簿価額の合計を減算した金額)に満たない場合のその満たない部分の金額をいいます。 (4) 時価純資産超過額がある場合の特例 被現物出資法人の支配関係事業年度の前事業年度終了時における時価純資産超過額が支配関係前事業年度末の未処理欠損金額以上の場合には、欠損金の制限はありません。 被現物出資法人の支配関係事業年度の前事業年度終了時における時価純資産超過額が支配関係前事業年度末の未処理欠損金額に満たない場合には、支配関係前欠損金額のうち、その満たない部分の金額のみ欠損金が制限され、支配関係事業年度以後の未処理欠損金額については制限されません。 (5) 簿価純資産超過額がある場合の特例 簿価純資産超過額が支配関係事業年度以後に生じた特定資産譲渡等損失額に満たない場合には、支配関係事業年度前の未処理欠損金額については、全額が制限対象となり、支配関係事業年度以後の事業年度の未処理欠損金額については、簿価純資産超過額のみ制限されます。 時価評価した場合の特例を適用したときの制限対象金額をまとめると、下図のとおりです。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。   5 事業の移転がない場合の特例 (1) 内容 事業を移転しない適格現物出資の場合には、移転資産の含み益に対応する欠損金の使用を制限すれば、租税回避行為に十分対応できます。 したがって、事業の移転がない場合には、欠損金の制限対象金額の計算について特例が設けられています(法令113)。 (2) 移転資産に含み損がある場合の特例 移転資産に含み損がある場合には、欠損金の制限はありません。 (3) 移転資産に含み益がある場合の特例 移転資産の含み益が支配関係前事業年度末の未処理欠損金額に満たない場合には、移転資産の含み益に相当する金額のみ欠損金が制限され、支配関係事業年度以後の未処理欠損金額については制限されません。 移転資産の含み益が支配関係前事業年度末の未処理欠損金額を超える場合には、支配関係事業年度前の未処理欠損金額については、全額が制限対象となり、支配関係事業年度以後の事業年度の未処理欠損金額については、移転資産の含み益から支配関係前欠損金額を控除した金額に達するまでの金額のみ制限されます。 事業の移転がない場合の特例を適用したときの制限対象金額をまとめると、下図のとおりです。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 今回詳しく説明できなかった「特定資産譲渡等損失額」については、次回解説します。   ◆適格現物出資があった場合の繰越欠損金の取扱いのポイント◆ 合併と違い、現物出資法人の欠損金は引き継ぎません。 租税回避防止のため、被現物出資法人の欠損金について使用制限規定が設けられています。 欠損金の制限対象金額の計算には、時価評価した場合の特例が設けられています。 適格合併と違い、適格現物出資の場合には、欠損金の制限対象金額の計算に、事業の移転がない場合の特例が設けられています。   (了)

#No. 474(掲載号)
#川瀬 裕太
2022/06/16

相続税の実務問答 【第72回】「相続開始直前に銀行借入れにより不動産を取得していた場合の当該不動産の評価」

相続税の実務問答 【第72回】 「相続開始直前に銀行借入れにより 不動産を取得していた場合の当該不動産の評価」   税理士 梶野 研二   [答] 一般的には、相続税の計算上、相続により取得した財産の価額は、国税庁長官が定めた財産評価基本通達(以下「評価通達」といいます)によって評価しますが、評価通達の定めによって評価した額が著しく不適当と課税当局が認める場合には、国税庁長官の指示を受けて、他の合理的な方法により評価し、課税処分がされます。 評価通達の定めによって評価することが著しく不適当であるかどうかについては、個別に判断をすることとなりますが、令和4年4月19日最高裁第三小法廷は、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合に限って、評価通達に定める方法以外の方法により評価することができると判示しました。 お父様のマンションの取得は、余裕資金の運用、あるいは不動産投資として不自然なものではなく、相続税の負担の回避のみを目的としたものではないと思われますので、この「事情」があると判断される可能性は低いと思われます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 評価通達総則6項 相続税の計算において、相続又は遺贈により取得した財産の価額は、その取得の時の時価によることとされていますが(相法22)、納税者間の公平、納税者の便宜、効率的な税務行政などの観点から、実務上、その価額は、評価通達の定めによる画一的な評価方法によって評価することとされています (評基通1(2))。 しかしながら、評価通達の定める方法によって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて別の方法で評価することとされています。この取扱いは、財産評価基本通達総則第6項に定められていることから、一般に「総則6項」といわれています。 令和4年4月19日最高裁第三小法廷判決は、この時価の評価に関して、課税庁が特定の者の相続財産の価額についてのみ「総則6項」を適用して評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、合理的な理由がない限り、平等原則に違反するものとして違法となるが、相続税の課税価格に算入される財産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは平等原則に違反するものではないと解するのが相当であると判示しました。   2 実質的な租税負担の公平に反するというべき「事情」 (1) 最高裁の判示 上記判決に係る事件では、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」について以下のように判示されました。 (2) 「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」を判断するポイント 「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」とはどのような事情をいうのかは、必ずしも明らかではありませんが、この最高裁判決や他の評価通達総則6項の適用が争点とされた判決及び裁決からは、ご質問のようなケースにおいては、この「事情」の有無は次の表に記載したようなポイントから総合的に判断されることとなると考えられます。 特に、次表の右欄に該当することから租税回避行為と判断されるならば、総則6項が適用されるリスクは高くなると考えられます。   3 ご質問の場合 お尋ねのマンションは、お父様がお亡くなりになる1年前に購入したもので、その購入資金の一部は金融機関からの借入金によっていること、及びマンションの購入価額と通達の定めによって評価した価額との間に開差があることから、総則6項の適用を心配されているのだと思います。 しかしながら、ご質問の内容を前提とする限り、その取得はお父様が経営していた会社の株式の譲渡代金の運用として投資物件を取得したものと考えられ、相続開始後も購入したマンションを賃貸の用に供していること、近い将来相続が開始することを考慮して取得したとは考えられないことなどから、専ら租税回避を目的として行われたと認定される可能性は低いでしょう。 また、マンションの購入価額と通達の定めによって評価した価額との間に開差があるとはいえ、それが評価の安全性に配慮した固めの評価額が算出されるように評価通達が定められていることに起因するもので、評価通達が想定する程度の開差であると思われます。そうしますと、あなたが相続により取得するマンションの評価に総則6項が適用される可能性は低いと考えられます。 (了)

#No. 474(掲載号)
#梶野 研二
2022/06/16

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第41回】「砂利敷きやアスファルト舗装の駐車場がある場合の貸付事業用宅地等の特例の適否」

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第41回】 「砂利敷きやアスファルト舗装の駐車場がある場合の 貸付事業用宅地等の特例の適否」   税理士 柴田 健次   [Q] 被相続人である甲は令和4年6月10日に相続が発生し、その所有するA駐車場、B駐車場、C駐車場を配偶者である乙が相続し、引き続き、貸付事業の用に供しています。 不動産の利用状況は、下記のとおりです。 小規模宅地等の特例は、建物又は構築物の敷地の用に供されていることが要件となっていますので、被相続人が構築物を所有しているA駐車場とB駐車場が小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の対象になり、C駐車場は特例の対象にならないと考えていいでしょうか。 [A] A駐車場及びB駐車場は、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の対象になりませんが、C駐車場は特例の対象になります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 構築物の敷地の用に供されている宅地等の要件 小規模宅地等の特例は、相続開始の直前において被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等で建物又は構築物の敷地の用に供されているものに適用されます(措法69の4①)。すなわち、建物又は構築物の敷地の用に供されている宅地等が共通の要件として定められています。 本問の場合のように駐車場の貸付事業に供されている宅地等である場合には、構築物の敷地の用に供されている宅地等に該当するかどうかが問題となります。条文上は、構築物の敷地の用に供されている宅地等から除外されるものとして「暗渠その他の構築物で、その敷地が耕作の用又は耕作若しくは養畜のための採草若しくは家畜の放牧の用に供されるもの」が定められています(措規23の2①)が、構築物とはどのようなものが該当するかについては、明文化されていません。   2 構築物の敷地の用に供されている宅地等に該当するかどうかの判断 構築物の敷地の用に供さている宅地等に該当するかどうかについて明確な基準があるわけではありませんので、過去の裁判事例等を基に判断をしていく必要があります。駐車場の敷地について、構築物の敷地の用に供されている宅地等に該当するかどうかが争われた事件として下記の2つを確認しておきましょう。 (1) 平成21年1月29日の札幌地裁判決(TAINSコード:Z259-11129) 駐車場敷地が、金属製のパイプを組み合わせたフェンスが設置され、一部にアスファルト舗装がされているものの全敷地の約8%であり、その敷地の大部分は、薄い砂利が敷かれていた状況である場合に「構築物」の敷地の用に供されているか否かが争われましたが、札幌地裁は、下記の通り判示しています。 (2) 平成20年11月27日の静岡地裁判決(TAINSコード:Z258-11086) 駐車場敷地が、地面に駐車位置を指定するためのロープが敷設され、道路に面した南側面の一部に駐車場であることを示す野立看板が設置されているのみで、それ以外に設置物はなく、いわゆる青空駐車場として利用されている状況である場合に「構築物」の敷地の用に供されているか否かが争われましたが、静岡地裁は、下記の通り判示しています。 *  *  * 上記の裁判事例から構築物の敷地の用に供されている宅地等に該当するかどうかを考察すると、下記の点に留意する必要があります。   3 本問への当てはめ 駐車場ごとに特例の適否を判断した場合には、下記の通りとなります。 〔A駐車場〕 駐車場の砂利敷きは、舗装路面の石敷の構築物に該当します(耐用年数の適用等に関する取扱通達2-3-13)ので、所得税で減価償却をするべき構築物に該当することになります。しかしながら、上記2①で記載のとおり、所得税における減価償却資産に構築物が計上されているのみでは要件は充足しないことになります。砂利を利用した貸付事業には該当するものの相続開始時点においては、砂利は埋没していることから容易に処分が可能であると考えられます。したがって、処分面での制約が非常に少ないため、特例は適用できないことになります。 なお、砂利でも埋没しておらず、敷地全体にしっかりと敷かれている場合には、特例の適用も可能であると考えられます。 〔B駐車場〕 アスファルトは、所得税で減価償却をするべき構築物に該当することになりますが、アスファルト舗装は土地全体の面積の5%部分になりますので、アスファルト舗装を利用した貸付事業とはいえず、容易に処分可能ともいえますので、特例は適用できないと考えられます。容易に処分可能であるか否かについては、明確な基準はありませんが、アスファルト舗装は、課税実務上の取扱いとして、特例を認めていますので、仮に敷地全体についてアスファルト舗装がされている場合には、特例の対象になります。 なお、フェンスや看板については、通常、容易に撤去が可能と考えられますので、構築物の敷地の用に供されている宅地等には該当しないことになります。 〔C駐車場〕 T社がアスファルト舗装をしていますが、条文上は構築物の所有者は被相続人に限定していません。あくまでも被相続人の所有している敷地が構築物の用に供されていれば問題ありません。アスファルト舗装もされており容易に処分することができない状況となりますので、特例の対象になります。   ★実務上のポイント★ 駐車場については特例の適否の判断が難しい場合もありますので、過去の裁判例等を基に慎重に検討する必要があります。特に砂利敷きについては、明確な判断が難しいため、納税者にリスクを十分に説明する必要があります。   (了)

#No. 474(掲載号)
#柴田 健次
2022/06/16

給与計算の質問箱 【第30回】「小規模会社における住民税納付回数の削減方法」

給与計算の質問箱 【第30回】 「小規模会社における住民税納付回数の削減方法」   税理士・特定社会保険労務士 上前 剛   Q 当社は社長1人の会社です。5月に区役所から住民税の特別徴収の納付書が届きました。6月分~翌年5月分までの納付書12枚を使い毎月10日までに銀行に行って住民税を納付する予定です。しかし、1年で12回銀行に行くのは手間がかかりますので、どうにか納付回数を減らす方法はないでしょうか。 A 以下のとおり、住民税の納付回数を削減する方法がある。 * * 解 説 * * 1 0回にする方法 総従業員数が2人以下の会社は、住民税の納付を特別徴収から普通徴収に変更することができる。会社は、来年1月に給与支払報告書個人別明細書及び給与支払報告書総括表と一緒に普通徴収切替理由書を区市町村の役所に提出する。普通徴収になれば会社に住民税の納付書は送付されず、社長の自宅に住民税の納付書が送付される。普通徴収の納期限は6月30日、8月31日、10月31日、翌年1月31日で一括納付や口座振替もできる。 ただし、来年度から普通徴収に変更できるのであって、今年度は特別徴収となる。また、今年度中に従業員が入社して2人以下の条件を満たさなくなることも考えられる。   2 1回にする方法 会社は、6月分の住民税の納期限である7月10日までに1年分の住民税の納付書12枚を使い銀行に行って納付する。また、会社は、6月分の役員報酬から1年分の住民税を天引きする、又は、通常通り毎月の役員報酬から1ヶ月分の住民税を天引きするなどして住民税を徴収する。   3 2回にする方法 常時10人未満の会社は、区市町村に納期の特例の申請を行い承認を受けることにより住民税を年2回の納付に変更することができる。会社は、6月分~11月分の住民税を12月10日までに、12月分~翌年5月分の住民税を翌年6月10日までに納付する。また、会社は、毎月の役員報酬から1ヶ月分の住民税を天引きして住民税を徴収する。 (了)

#No. 474(掲載号)
#上前 剛
2022/06/16

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第126回】アジャイルメディア・ネットワーク株式会社 「第三者委員会調査報告書(2022年4月11日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第126回】 アジャイルメディア・ネットワーク株式会社 「第三者委員会調査報告書(2022年4月11日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【アジャイルメディア・ネットワーク株式会社第三者委員会の概要】   【アジャイルメディア・ネットワーク株式会社の概要】 アジャイルメディア・ネットワーク株式会社(以下「AMN」と略称する)は、2007(平成19)年2月設立。インターネットによる広告配信代理、情報提供サービスを主たる事業とする。連結売上高632百万円、連結経常損失96百万円、従業員数60人(いずれも、2021年12月期実績)。東京証券取引所グロース上場。本店所在地は東京都港区。会計監査人は、2020年12月期まで、有限責任監査法人トーマツ東京事務所。2021年3月26日にかなで監査法人が会計監査人に就任するが、2022年3月4日に辞任し、代わりに監査法人アリアが就任している。なお、提出期限を大幅に遅れて5月11日に提出された2021年12月期の有価証券報告書については、監査法人アリアが監査報告書を作成している。 本連載【第117回】は、AMNが2021年5月17日付で設置した第三者委員会(以下「第一次調査委員会」と略称する)の「最終調査報告書」の内容を分析するとともに、同年8月19日に発出された、東京証券取引所による「改善報告書の徴求及び公表措置」及びこれを受けてAMNが提出した「改善報告書」までを対象としている。   【AMN石動力元取締役の逮捕】 第一次調査委員会による調査の結果、多額の資金流用が指摘された石動力元取締役(調査報告書上の表記は元取締役B、以下「石動元取締役」と略称する)は、2022年2月14日に業務上横領の疑いで逮捕され(※1)、さらに、3月10日には、特別背任の疑いで再逮捕された(※2)ことを、AMNもそれぞれリリースしている。 (※1) 「当社元役員の逮捕に関する報道について」 (※2) 「当社元役員の再逮捕に関する報道について」   【調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 AMNは、第一次調査委員会による調査結果の公表後、外部の公的機関からの指摘を受けて、AMN内部で調査したところ、2022年1月21日、前回の調査では発覚しなかった不適切な会計処理が存在することを新たに認識するに至ったため、改めて、外部専門家による第三者委員会を立ち上げて不適切な会計処理の疑義について調査を進めていくことを決定し、外部専門家の人選を開始した。 AMNは、2022年2月1日の取締役会において、不適切な会計処理の疑義として「2018年12月期から2019年12月期に至るまでの期間において、台湾の取引先からAMN台湾子会社を経由してAMNに入金され、売上として計上されていた約4,500万円について、実際にはAMNまたはAMN台湾子会社から役務の提供を行っていた事実が確認できなかったにもかかわらず、売上として計上されていたという疑義(疑義①)」、「同期間において、国内の取引先への売上約500万円が本来計上すべき期とは異なる期に計上されていたという疑義(疑義②)」、「広告宣伝費等の費用約300万円が、本来計上すべき期とは異なる期に計上されていたという疑義(疑義③)」を特定したうえで、当委員会を設置し、同日、第三者委員会(以下「第二次調査委員会」と略称する)を設置したことを公表した。 2 第二次調査委員会による調査結果 第二次調査委員会は、AMNが特定した3件の疑義について、それぞれ、次のような判断を示した。 (1) 台湾で複数の支店を設置して美容クリニックを営むY社との取引(疑義①) ① 取引の概要 AMNは、Y社との取引に関し、2018年12月31日付で2018年12月期に納品(役務提供)があったとしてY社各支店に対する合計約4,500万円を売上として計上したが、当該取引は、実際には納品(役務提供)を伴わない架空取引であった。 AMNが計上した売上に対する代金は、納品(役務提供)に対する対価としてY社から支払われたものではなく、石動元取締役が、AMNの小口現金から現金を引き出し、それを台湾に持ち込んだうえ、Y社の責任者を通じてY社名義でAMNの台湾子会社の銀行口座に振り込ませ、それをAMNにおける売上金の回収と偽装したものであった。 ② 関与者及び架空取引の認識を有していた者 第二次調査委員会は、AMNの代表取締役社長である上田怜史氏(調査報告書上の表記は代表取締役A、以下「上田代表取締役」と略称する)及び石動元取締役は、架空取引を行ったことに関与していたことを認定するとともに、架空取引の売上が計上された後に、架空取引に関与し、それが架空であると発覚しないようにしていた者として、従業員H及び元従業員Lを挙げている。さらに、架空取引であることを知りながら、それを是正しようとしなかった者として、常勤の社外監査役である本庄孝充氏(調査報告書上の表記は社外監査役E、以下「本庄監査役」と略称する)及び社外監査役櫻井英哉氏(報告書上の表記は元社外監査役F、以下「櫻井元監査役」と略称する。2022年1月31日付で辞任(※3))を挙げたうえで、社外協力者としてはY社の責任者が関与していたと認定した。 (※3) 「監査役の辞任及び補欠監査役の監査役就任に関するお知らせ」 ③ 動機 第二次調査委員会は、上田代表取締役、石動元取締役としては、2018年12月期の業績予想の修正(下方修正)を避けることを主たる目的として架空取引を行ったものと推認している。 (2) 不適切な収益認識等(疑義②) ① 取引の概要 AMNは、2018年5月頃、取引先であるZ社のWEBサイトリニューアル業務の発注を受け、同年11月頃にWEBサイトをリニューアルしてリリースを予定していたものの、Z社からセキュリティ上の機能不備等を指摘されるなどしたことから、同年11月頃までに予定していた工程を終えることができず、WEBサイトのリニューアルは完了しなかった。実際に、リニューアル(役務提供・納品)が完了したのは2019年3月頃であった。元従業員Iは、2018年11月、役務提供(納品)が完了していないにもかかわらず、請求書をZ社に送付するとともに、約500万円の売上を計上し、さらに2018年12月から翌年3月まで毎月46万円の運用費用相当額を売上として計上するなど、当初の予定通りの会計処理を行っていた。 その後、AMNとZ社との協議が行われ、2019年5月には、当初予定の金額から値引きした額で合意し、その支払いを受けることとなり、事実に基づいた会計処理を行う場合には2018年の決算を訂正しなければならないこととなったが、石動元取締役、元従業員J、元従業員Lらの協議によって、「AMNからの役務提供(納品)は2018年12月中に行われた。その後2019年1月にZ社から、当初の要件とは異なる部分の修正依頼を受け、それに対応した結果、リリース時期が当初の予定より大幅に遅れ、値引きするに至った」という報告が会計監査人に対して行われ、2019年1月分以降の売上だけを訂正し、2018年決算の訂正をしなかった。 ② 関与者 第二次調査委員会は、疑義②に関与した者として、Z社から受注したWEBサイトリニューアル業務の制作を担当した元従業員I、2019年3月頃には、Z社との取引等の経緯について、実際の経緯を把握した石動元取締役、元従業員J、元従業員Lを挙げるとともに、その他にも、Z社との取引に関する実際の経緯を把握した者も複数名いたが、それらの者は決算訂正の必要性がある旨の認識までは有していなかったと推測している。 ③ 動機 第二次調査委員会は、元従業員Iの動機について、自らの不手際や独断で値引きすることをZ社に約束したことを隠蔽しようとしたことにあったと推測しているが、売上計上時期が不適切であったことに関しては、2018年12月期の業績予想の修正(下方修正)を回避する目的を疑いながらも、元従業員Iが当該目的を有していたことを認定することは困難であると判断している。 一方で、Z社に対する売上計上時期を訂正しなかったことについては、石動元取締役、元従業員J、元従業員Lが決算の訂正を回避しようとしたからであると認定し、その背景には、石動元取締役及び元従業員Lが他の不正行為を行い、AMNの資金を不正に流用、着服していた事実があったことから、仮に決算の訂正を行うことになれば、その過程で、不正行為が判明してしまう可能性を考えていたものと推測している。 (3) 不適切な費用の繰延べ(疑義③) AMNでは、2018年9月支払いの広告関連費約315万円について、本来2018年12月期に費用として計上すべきであったが、それを翌2019年6月及び9月に費用として計上していた。 第二次調査委員会は、疑義③について、石動元取締役とその指示を受けていた元従業員Lによって、費用を当該年度に計上せず、翌年に計上したものであり、この両名は、頻繁にかつ意図的に、費用を本来計上すべき時期に計上しないという処理(期ずれ)を生じさせていたことを認定している。 その動機として、石動元取締役が不正行為の発覚を回避するために、取締役会への報告において、業績予想との乖離を最小限に押さえるなどして、他の役員や会計監査人の注意や関心を引かないようにするためであったと推測している。 (4) その他の不適切な会計処理(カラ出張による出張費の不正受給) 第二次調査委員会の調査により、AMNの部長職にある従業員Gは、主として関西方面に出張したことを装い、実際には必要ない分まで新幹線のチケット等を購入したうえで、その領収書をもって旅費交通費等としてAMNに対して申告し、領収書記載の金額相当額の資金を不正に流出させていたことが判明した。 調査報告書では、従業員Gが着服した金額についての記載はないが、その動機としては、自らが自由にできる金銭を確保することであるとまとめている。 3 原因分析に関する調査の結果(報告書29ページ以下) 第二次調査委員会は、AMNにおけるコンプライアンス体制の課題として、次の5点を指摘した。 基本的に、第一次調査委員会による指摘と大差はない。ただ、社外取締役と社外監査役の不作為に対する追及の言葉が厳しくなっているのが特徴といえる。 例えば、社外取締役で、公認会計士・税理士資格を有する吉田茂氏(報告書上の表記は社外取締役D、以下「吉田取締役」と略称する)については、「会計の専門的知識を有する者でありながら、2018年12月後半に突如約4,500万円もの売り上げがたち、その後、同売上金の回収が遅れているという事態が発生していたにも拘わらず、同取引について何ら疑問を抱くこともなく、疑義事案①に全く気づくことができなかった」と批判し、3名の取締役のうち2名が関与していた架空売上事案に関して、取締役会の監視・監督機能が発揮されることはなかったと結論付けている。 また、本庄監査役については、石動元取締役から直接、同氏による資金流用や架空売上について告白されていたにもかかわらず、取締役会や監査役会、会計監査人のいずれにも報告せず、個別に代表取締役に相談することもせず、さらには自身においても何らの調査も行っていないと断じている。さらに、櫻井元監査役についても、第一次調査委員会が設置される直前に、石動元取締役から架空売上を打ち明けられたにもかかわらず、その事実を上田代表取締役に仄めかして伝えたのみで、第一次調査委員会の調査終了後に報告したものの、取締役会や監査役会に報告したり、会計監査人に伝えたり、自ら調査するといった対応を一切していないとして、AMNでは、監査役が不適切な会計処理や疑義①を知りながら、何ら対応せずに放置しており、監査役による監査が完全に機能不全に陥っていたといえると断定している。 4 再発防止に向けた提言(報告書35ページ以下) 第二次調査委員会による再発防止策の提言の骨子は、次のとおりである。 第二次調査委員会は、第一次調査委員会による再発防止策の提言を受けて、 AMNが、表面上、「役職員のコンプライアンス意識の向上」という再発防止に取り組んでいるように装っているだけで、実際には、その意識が向上したとは言い難いと断じたうえで、次のような非常に重い提言を述べている。 また、第一次調査委員会の提言を受けて、AMNが策定した「社外役員選定基準」については、独立性・監督機能を十分に有する社外役員を選定する基準として適切なものとは言い難く、AMNにおいて、改めて社外役員選定基準やその方法を再検討するべきであるとしており、ここでも、AMNの再発防止に向けた取り組みを批判している。   【調査報告書の特徴】 第一次調査委員会は、石動元取締役が約3億5,000万円もの資金を流用していたことは認定したが、その資金使途の詳細までは把握できていなかったようで、流用された資金の一部は、架空売上に係る売掛金の回収に偽装されて、AMNに還流していた可能性があることが「外部の公的機関(おそらくは証券取引等監視委員会であろうかと推察される)」からの指摘で判明し、AMNは再度、第三者委員会を設置して調査を行った結果、3名の取締役のうち石動元取締役は不正を主導し、上田代表取締役は架空売上の計上を容認していたこと、複数の社外監査役も、不正に気づいていながら、見て見ぬふりをしていたことが判明する。 AMNが、2022年4月28日に「特別損失の計上および業績予想の修正に関するお知らせ」をリリースして、2021年12月期決算で訂正関連損失引当金の繰入額として特別損失に計上する金額は423百万円であることを公表した。2021年12月期の有価証券報告書によれば、同期の税引前純損失は739百万円に達し、AMNは債務超過となっている。 1 AMNが提出した改善状況報告書 2022年3月16日、AMNは、東京証券取引所に「改善状況報告書」を提出している。その末尾に記載のある「改善措置の実施状況及び運用状況に対する上場会社の評価」では、次のように改善状況を自己評価している。 これまで見てきたように、こうした自己評価は、第二次調査委員会による調査の結果、ことごとく覆されており、結果的には、東京証券取引所に対して事実と異なる報告をしていることになるわけだが、本連載でも何度か指摘してきたとおり、再発防止策の実施状況が自己評価にとどまっている限り、不正が繰り返される可能性は否定できないと言わざるを得ない。 再発防止策の履行状況を監視し、報告する仕組み作りが必要であることを、あらためて認識させられた調査報告書である。 2 会計監査人による指摘とAMNの対応 第一次調査委員会による報告書を読む限り、不正が行われていた当時の会計監査人である監査法人トーマツの担当者にヒアリングを行ったり、監査調書の提出を求めたりといった記載はないものの、第一次調査委員会は、監査の問題点として、次のように言及していた。 第二次調査委員会は、こうした点について、 と、会計監査人である監査法人トーマツは問題点を指摘していた事実を述べたうえで、AMNは、このような指摘を受けながら、内部監査が実施されておらず、上田代表取締役も監査の実施の指示等をしていなかったのであり、このことが石動元取締役の不正や、当委員会が調査・認定した不適切な会計処理の原因のひとつとなっていたことは否定できないとして、第一次調査委員会とは異なる見解を表明している。 3 代表取締役の異動 AMNは、2022年5月9日、「代表取締役の異動に関するお知らせ」をリリースして、上田代表取締役に代わって、取締役である荒木哲也氏が代表取締役社長に就任することを公表した。異動の理由を引用しておきたい。 (了)

#No. 474(掲載号)
#米澤 勝
2022/06/16

マスクと管理会計~コロナ長期化で常識は変わるか?~ 【第5回】「コストの把握方法に正解はあるの?」

マスクと管理会計 ~コロナ長期化で常識は変わるか?~ 【第5回】 「コストの把握方法に正解はあるの?」   公認会計士 石王丸 香菜子   〔登場人物〕 【「スリム弁当箱」データ概要】 ●  ●  ● 「全部原価計算」とは、製造活動によって生じる原価(=製造原価)の全てを製品原価として集計する方法です。 製造原価には、売上高に比例して生じる変動費と、売上高には比例せず一定額が生じる固定費とがありますが、全部原価計算では変動費も固定費もいったん全て製品原価に集計された後、製品が販売された期間に売上原価として費用化されます。 【全部原価計算】 全部原価計算によると、一定額が生じる固定製造原価も製品原価となるため、生産量の多寡によって1個当たりの製品原価が変動してしまいます。 ●  ●  ● 【「スリム弁当箱」固定費】 (※1) 実際原価計算:実際に発生した原価を用いて製品原価を計算する方法 (※2) 標準原価計算:原価の目標値である標準原価を設定し、これを用いて製品原価を計算する方法 【「スリム弁当箱」データ詳細】 (※1) 予算差異:実際操業度における予算額と実際発生額のズレ (※2) 操業度差異:実際操業度と基準操業度とのズレにより配賦しきれなかった固定費部分 ●  ●  ● 「スリム弁当箱」を生産する能力(基準操業度)を1,000個分とします。前期は、実際生産量も1,000個でフル操業だったので、操業度差異はゼロです。 当期は、実際生産量が600個だったので、1,000個-600個=400個分の固定費が割り当てきれずに、(1個当たり固定費@360円×400個=)144,000円(不利)の操業度差異が生じています(ファーストステップ管理会計【第5回】参照)。 ●  ●  ● ●  ●  ● 全部原価計算に対して、「直接原価計算」という方法があります。原価を変動費と固定費に分解し、変動費だけで製品原価を計算する方法です。 【直接原価計算】 直接原価計算では、固定費部分は製品原価に含めず、期間原価としてダイレクトに費用処理します。製品原価は変動費のみからなるため、生産量が変動しても1個当たり製品原価には影響を与えません。売上高(販売量)と限界利益との比例関係が常に保たれることから、利益管理に役立つ方法です。 ●  ●  ● 【「スリム弁当箱」データ/直接原価計算】 ●  ●  ● 標準原価計算では、原価の目標値である標準原価を設定し、これを用いて原価を集計します。標準原価と実際原価を比較することで、先述のような「差異」を把握し分析できるため、原価管理に役立つ方法です。特に製造業では、多くの企業が標準原価計算を採用しています。 ●  ●  ● ●  ●  ● 「実際原価計算もしくは標準原価計算」は集計する原価の種類の違い、「全部原価計算もしくは直接原価計算」は集計する原価の範囲の違いで、両者は分類の切り口が異なるので、標準原価計算かつ直接原価計算という組み合わせを行うことも可能です。 原価管理に役立つ標準原価計算と利益管理に役立つ直接原価計算を組み合わせることで、両者の“いいとこどり”が実現できます。 直接標準原価計算では、変動費部分についてのみ標準を設定し、次のような構造で損益計算を行います。 【「スリム弁当箱」データ/直接標準原価計算】 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 直接原価計算は、旧東証1部上場企業の製造業のうち半数超が利用しているという調査結果があります。直接標準原価計算(もしくはそれに近い形態)を活用している事例も多いようです。 特に、昨今の企業環境では操業度にバラつきが生じやすいため、直接原価計算の有用性が高いケースが増えていると考えられます。また、直接原価計算の仕組みは直感的にわかりやすく、こうした仕組みで管理資料を作成することで、企業の各メンバーが利益確保に向けて足並みを揃えて行動することにつながります。 ただし、直接原価計算は外部報告用としては認められないので、企業内部で直接原価計算を利用する場合、外部報告用としては、直接原価計算による利益を全部原価計算による利益に修正する必要があります。 両者の利益が異なるのは、固定費が費用化するタイミングのズレに起因するので、直接原価計算による利益に、期首・期末の在庫に含まれるはずだった固定費部分を減算・加算すれば、全部原価計算による利益に修正することができます(「固定費調整」)。 現在では、大半の企業で何らかのシステムやERPパッケージなどを利用しており、複数の形式での資料作成や、データの集計・処理などが容易に行える環境にあります。それらの機能を活用して自社に適した管理方法を検討してみるとよいでしょう。 ●  ●  ● ●  ●  ● 直接原価計算は新しい考え方ではなく、1930年代にアメリカで発表されたもので、大戦後に直接標準原価計算などへと発展していきました。1930年代にこうした方法が生み出された背景には、大恐慌の発生とその後の操業度の乱高下により、不確実な環境で利益管理を行う必要性が高まっていたことがあったと推察されます。 感染症の流行や国際紛争などにより不確実性の高まっている現代と、共通項があると考えることもできそうです。「故きを温ねて新しきを知る」、これはコストの把握方法にも当てはまるのかもしれません。 (了)

#No. 474(掲載号)
#石王丸 香菜子
2022/06/16

税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識 【第30回】「用途によって異なることもある大規模画地の価格」~マンション用地と戸建用地~

税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第30回】 「用途によって異なることもある大規模画地の価格」 ~マンション用地と戸建用地~   不動産鑑定士 黒沢 泰   1 はじめに 【第18回】では、「規模の大きな土地ほど単価が低いのはなぜか」ということについて解説しました(もちろん、これには例外的なケースもありますが、話を煩雑にさせないために、一般的な傾向を基に説明を行いました)。 今回も規模の大きな土地に関する内容を取り上げますが、【第18回】とは視点を変え、同じ規模の土地でも用途によって価格が変わり得ることを、マンション用地と戸建用地を例に考えてみます。   2 規模の大きな住宅地と価格の捉え方 住宅街にある大きなグラウンドが閉鎖され、所有者がいざこれを売却しようとした場合、その買い手として誰が思い浮かぶかが問題となります。過去の高度成長期のように余裕のある企業や法人が厚生施設として買収し、同じような用途で使用してくれれば何らの不安はありませんが、昨今ではなかなかこのようにはいかなくなっているのが実情です。 ところで、鑑定評価では、買い手候補として予想される人を指して「市場参加者」と呼んでいますが、住宅街にある大規模な土地(=大規模画地)の市場参加者としては、マンションの開発分譲業者又は戸建住宅の分譲業者が、現在では主な候補にあげられます。そのため、不動産鑑定評価基準では、大規模画地に関しては取引事例比較法等のほかに、開発法という手法も規定し、分譲業者がその土地を購入するとすれば、いくらくらいまでであれば採算が合うかという視点から逆算して土地の試算価格を求めることとしています。 なお、一概に開発法といっても、マンション業者と戸建業者では事業の仕組みも異なることから、適用に当たっての算定要素も以下のように異なっています。   3 マンション開発前提と戸建分譲前提で土地価格が異なる理由とは 大規模画地に戸建住宅を建築して分譲しようとする際には、〈資料2〉のように対象地内に新しく道路を敷設する必要があります。そうすると、道路部分は潰つぶれ地となって有効宅地面積は減少し、その分だけ宅地の販売価格も減少します。そこで、戸建分譲業者としては、道路新設によって生ずる潰地の価格をゼロとみて、その分だけ少ない金額で土地を購入しなければ採算が合わないことになります。 さらに、諸々の費用や経費、業者利潤も差し引いた金額で採算的に購入可能な土地価格を試算するという考え方が事業の基本的な仕組みとなっています。不動産鑑定士が戸建分譲を前提とする開発法を適用して土地価格を求める際には、このような考え方を背景として評価しているのが通常です。 これに対し、マンション開発の場合には戸建分譲のような道路新設による潰地は発生しません。ただし、自治体の定めた開発指導要綱等により、敷地内に新たに公共公益的施設用地(公園等)の提供を求められる場合があり、その分だけ有効宅地面積が減少することがあります(自治体の定めた上記要綱等により、開発対象面積が一定規模を超えない場合は公共用地の提供が不要なことも多くありますが、扱いは自治体ごとに異なっています)。このような点を除き、不動産鑑定士が開発法を適用する際の考え方は戸建住宅の場合と共通しています。 それでは、マンション開発前提と戸建分譲前提で土地価格が異なるのはどのような理由によるのでしょうか。端的にいえば、対象となる敷地内に道路等の潰地が発生するかどうかという点に行き着きます。マンション開発の場合は敷地の一体利用が前提となるため、道路等の新設に伴う潰地は発生せず、購入可能土地価格を検討する際には潰地による価値の減少を考慮する必要はないからです。 また、マンション用地の場合、その需要が高く容積率も大きい地域であれば、分譲可能戸数をそれだけ多く確保でき、販売総額面からしても採算的に十分な計画が見込まれれば、大規模画地であることによる減価を考慮する必要のないケースもあります。このようなことから、大規模画地の価格は用途により異なることがしばしばあるというのが実情です。   4 留意点 鑑定評価の対象となる大規模画地がマンション適地であるか戸建住宅の適地であるかについて、不動産鑑定士は近隣地域の土地利用状況や市場動向から判断して分析を行っています。その上で、開発法の適用に先立ち、対象地にどのような建物(マンションか戸建住宅か等)を建築することが最も有用(=最有効使用)であるかを前提に評価額を求めているのが通常です。 なかには、容積率が200%活用できる地域にありながら(例えば、用途地域が第一種中高層住居専用地域内に指定されていながら)、実際に建築されている住宅のほとんどが戸建住宅であるといった地域も珍しくはありません。このような地域は往々にして最寄り駅から離れており、都市計画法や建築基準法の上ではマンション建築が可能であるものの、その需要がきわめて少ないなど、共通する特徴が見受けられます。このような地域内にある大規模画地にマンション開発を前提とする開発法を適用して土地価格を求めてみても、その結果は絵に描いた餅に過ぎないことは経験則からしても明らかです。 (了)

#No. 474(掲載号)
#黒沢 泰
2022/06/16

〈エピソードでわかる〉M&A最前線 【第2回】「物流企業のM&Aによる後継者不在問題解決」

〈エピソードでわかる〉 M&A最前線 【第2回】 「物流企業のM&Aによる後継者不在問題解決」   株式会社日本M&Aセンター 提携統括事業部 東日本会計部 シニアチーフ 中小企業診断士 豊田 元幹   【第2回】から、実際のM&A事例を紹介しながら、具体的にM&Aに対するニーズや落とし穴についてご説明いたします。今回は、物流業のM&A事例を様々なポイントと具体的なエピソードと共にご紹介します。 【売り手企業データ】 ※具体的企業名などを伏せるため、一部内容を変更しています。   1 事業の先行きの不透明さ、後継者のいない状況への不安 社長が日本M&Aセンターのセミナーに参加されてから数日後、私は上席と共にご自宅にお伺いしました。当日は奥様も交え、約3時間のご面談の中で創業の経緯とその後の事業展開、対象会社の強み、現在抱えている経営課題、譲渡後の展望などについて詳細にヒアリングしていきました。 同社は、社長が50代で創業したこともあり、創業から20年を超え、社長のみならず従業員も高齢化してきていることから、運送業にとって重要な体力面・運転時の瞬時の判断力などが低下し、事故やクレームの頻度が上がっていました。また、取引先からのサービスに対する要望が日に日に厳しくなり、多頻度小口配送への対応や、配送時間帯の指定に対しての待機時間、逆に遅配に対するペナルティが頻発。その他にも、道路交通法の厳格化による配送時の駐車場所確保など、山積する問題に日々対応していました。 社長は経営者兼ドライバーとして、率先垂範で対応される一方、事務関係を対応されていた奥様が、度重なる負担から精神的に参ってしまったため、一時勤務できない状態となり、経営状態の悪化に拍車がかかりました。外から見る限りでは平穏に見えますが、内情はかなり厳しいものでした。 このような状況ですが、社長は自身が創業者であることの責任感と、自分から仕事を取られると何も残らないといった考えに加え、役員報酬もご夫婦でそれなりに取られていたため、M&Aで譲渡することに対しては懐疑的でした。一方、奥様はすでに自身の能力の限界を感じておられ、一刻も早く経営から退きたいとの意向でしたが、後継者として子息がやってくれるのではないか、とこの時はまだ期待をしている様子でした。社長も、子息への承継を考えつつ、並行してM&Aで第三者へ譲渡することを進める意向を固められ、日本M&Aセンターへ正式に仲介を依頼いただきました。2020年2月下旬のことです。   2 元従業員からの未払残業代請求、社長になりたい子息、従業員の事故 その後、何度も対象会社の自宅へ訪問し、企業評価に必要な資料の回収と、ヒアリングを重ねていきましたがなかなか資料が集まりませんでした。基本的な会計業務は顧問の税理士へ依頼していたため、社長夫妻と相談の上、会計事務所へM&Aを検討している旨を開示し、資料提供の協力を求める対応で解決していきました。 ようやく資料回収に目処がついてきた4月上旬、ある一通の手紙が社長夫妻へ送られてきました。内容は、元従業員の代理人からの未払残業代支払の通知に関するものでした。そこには、約2年間の勤務の間で、450万円の支払いを求める内容となっていました。結局、社長夫妻も弁護士を立て、最終的には示談金を支払い解決しました。 その後、企業評価と企業概要書が概ね完成したため、5月のゴールデンウィーク中に社長夫妻へ確認いただくためご自宅へ伺いました。その日は他企業に勤める子息(30歳)が休暇で実家に帰ってきておられました。社長夫妻に求められ、彼にM&Aの件をお話しすると、突然その子息が「自分が継ぐ」と言い出したのです。社長夫妻としては嬉しそうでしたし、もちろん子息が継ぐのも良い選択肢ではあるのですが、私共から継いだ後のリスクについて説明すると、最終的にはM&Aで第三者へ受け継いでほしい、と意見が翻りました。 その大きな理由は、 といった点でした。 事業承継が全国で進まない理由に、同じような問題を抱える企業が数多あるのだと思います。当日は評価書の説明と希望の譲渡価格を設定し、お相手探しが始まりました。 それから約1ヶ月後の6月初旬、同じく関東近郊の運送業を営む法人より、買収意向を提示いただきました。トップ面談を実施し、お互いの相性を確認の上、買い手から提示された条件で合意。買収監査は売り手・買い手双方の休日でスケジュール調整の上、6月中旬に実施しました。事前に周到に準備した効果もあり、特段大きな問題が出ることなく、最終契約へ進めていく手筈となりました。 その矢先、ある問題が発生しました。従業員が人身事故を起こしてしまったのです。買い手からはどの程度の賠償金額となるのかが未確定の中ではM&Aが進められない、とのことでM&Aの話はストップしたいとの要望が提示されました。社長夫妻としても、さすがに納得せざるを得ませんでした。その2週間後、幸いお相手の方は軽傷で済んだとの連絡が社長夫妻に入ったのですが、将来的な障害の発現などは確定できないとの診断が医師よりなされたことにより、買い手からは株価の減額で対応いただきたいとの条件提示がなされました。   3 条件合意、株式譲渡契約から従業員発表へ 社長夫妻にとって非常に難しい判断となりましたが、今後の自社の成長発展と社員の雇用継続を考え、条件に合意する運びとなりました。そして、その事故発生から約1ヶ月半後の7月下旬、無事に株式譲渡契約書への調印・資金の決済を確認し、従業員への開示を実施しました。 社長夫妻と買い手企業の新社長から従業員への説明がありましたが、従業員からの質問は1つ、「社名は変わりますか?」とのことでした。日本M&Aセンターが仲介するM&Aでは、社名はそのままであることがほとんどで、本件も変更なく継続して社名を使用することとなりました。現在では、社長・奥様ともに引き継ぎを終了し、ご退任されています。従業員もイキイキと勤務され、若手の社員も徐々に増えてきている、とのことです。   ◆売り手企業のM&Aによる効果◆ 後継者不在問題の解決 廃業の回避と従業員の雇用の継続 M&Aによる経営基盤の強化 従業員の勤務環境の改善 買い手企業のリソースを活用した若手社員の採用   (了)

#No. 474(掲載号)
#株式会社日本M&Aセンター
2022/06/16

プロフェッションジャーナル No.473が公開されました!~今週のお薦め記事~

2022年6月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.473を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2022/06/09

酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第108回】「節税商品取引を巡る法律問題(その2)」

酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第108回】 「節税商品取引を巡る法律問題(その2)」   中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦   Ⅱ 節税商品取引を抽出する研究の試み 前回(その1)では、節税商品取引における「投資者保護」の必要性について述べた。今回は、節税商品取引を抽出して研究する意義について、次の①②を前提に整理しておくこととしよう。 1 米国訴訟との比較による節税商品過誤訴訟の今後の趨勢 米国では、租税専門家の意見を信じて投資をした者が、爾後の課税庁の調査によって税務否認されるなどして被った不測の損害の回復を求めて、節税商品の販売者や租税専門家に対して損害賠償請求をする事案が多い。これをタックスシェルター・マルプラクティス(Tax Shelter Malpractice)訴訟などと呼ぶが、米国におけるかような訴訟の頻発に比べれば、我が国の節税商品過誤訴訟は格段に少ない。 しかしながら、発生する事案についての全体的な傾向は概ね近似しており、問題発生の傾向は、米国におけるタックスシェルター・マルプラクティス訴訟が示唆するものと大きく異なるところはないと考えられる。 今後、節税商品過誤訴訟が増加するかという観点からタックスシェルター・マルプラクティス訴訟を検討するに当たっては、その発生原因を観察することが肝要であろう。 2 米国におけるタックスシェルター・マルプラクティス訴訟の状況 Tax Shelterとは、「租税裁定取引を用いてタックス・ポジションの変更を行うことを目的とする取引を法的に定型化し、それにファイナンス取引に代表されるような投資商品等の装いをほどこして、納税者に対して販売するもの」であるとされる(中里実『タックスシェルター』13頁(有斐閣2002))。 米国においては、弁護士や公認会計士といった専門家の助言に従ってTax Shelterに投資した者が課税処分を受けたことに起因して不測の損害を被ったことで、かかる助言を行った専門家等に対する説明義務違反を問う事件は非常に多く、これがタックスシェルター・マルプラクティス訴訟の典型例であるといえる。 米国における過誤の発生原因は、大きく次の2つに分類することができる。 (※1) Renovitch v. Kaufman, 905 F. 2d. 1040(1990). (※2) Pasternak v. Sagittarius Recording Co., 617 F.Supp. 1514(Mich. 1985). (※3) Adell v. Sommers, Schwartz, Silver and Schwartz, P.C., 170 Mich. App. 196, 428 N.W.2d 26(Mich. 1988). (※4) Eriks v. Denver, 118 Wash. 2d 451, 824 P.2d 1207(Wash. 1992). (※5) Gould v. Sachnoff & Weaver, Ltd., 240 Ⅲ. App.3d 243, 607 N.E.2d 1318(1992). 我が国の節税商品過誤訴訟のほとんどが第一類型に分類される事例であるのに対して、米国におけるタックスシェルター・マルプラクティス訴訟では、第二類型の事例が豊富かつ多様であることを指摘できよう。 なお、Turtur v. Rothschild Registry lnternational, Inc.事件(※6)のように、上記の第一類型、第二類型の両方に分類されるような、過誤の発生原因が混在している事例もある。同事件は、コンピュータ設備リースを利用したTax Shelterが、内国歳入庁により否認されたことに加えて、コンピュータ設備自体がインフレとなり、リースによる節税効果が減殺されたという経済情勢の観測の誤りも過誤の発生原因とされたものである。 (※6) Turtur v. Rothschild Registry lnternational, Inc., 26 F.3d 304(2d Cir. 1994). その他、米国では多様なTax Shelterの態様に応じて、様々なタックスシェルター・マルプラクティス訴訟が発生している。 3 我が国の節税商品過誤訴訟の状況 我が国における節税商品過誤訴訟も、タックスシェルター・マルプラクティス訴訟と同様に、第一に節税商品の構造自体に欠陥があるケースと、第二に課税庁に否認されるケースに分類することができる。 第一に、商品それ自体に商品構造上の欠陥があり、節税効果がそもそも認められるものではなかったとする事例として以下のような事例を挙げることができよう。 なお、多くの変額保険訴訟や匿名組合契約を利用した不動産投資事件(大阪地裁平成9年5月29日判決)に見られるような、当初の経済情勢に関する観測の誤りによる商品設計に過誤原因が認められる事例はこの第一類型に分類される。 第二に、課税庁からの否認により節税効果が減殺されたとする事例もある。 4 節税商品取引を巡る環境の変化 このように、Tax Shelterの構造や販売方法の多様性などから、タックスシェルター・マルプラクティス訴訟には様々な態様が認められるものの、基本的には我が国における節税商品過誤訴訟も同様の傾向にあるといえる。 米国においても我が国においても、過誤訴訟における被害の発生原因は概ね類似したものと解される。そうであるとすると、我が国の節税商品取引においても、米国と同様の被害発生原因が解決されず、節税商品取引を巡る環境が米国のように変化するのであれば、節税商品過誤訴訟は米国と同様に増加するものと推察される。 そこで、次に、米国における節税商品取引を巡る環境の特徴を見ると、次のような傾向を指摘することができる。 このような傾向について、我が国の状況を概観すると、最近では、①我が国においても、単純なものから国際的ストラクチャーを利用した極めて複雑なものまで、多様な節税商品が次々と登場していること(窪田悟嗣「資産の流動化・証券化をめぐる法人課税等の諸問題」税大論叢37号191頁(2001))、②これに対して課税庁における新たな租税回避否認理論による否認攻勢の動きも活発化していること(中里実・前掲書221頁)、③我が国においても訴訟社会の到来を迎え、税理士補佐人制度が創設されるなどして訴訟の活用の利便が図られていること、といった環境変化が認められる。 このようなことを考えると、今後、我が国における節税商品過誤訴訟が増加することは想像するに難くない。 5 タックスシェルター・マルプラクティス訴訟と節税商品過誤訴訟の相違点 もっとも、タックスシェルター・マルプラクティス訴訟と、本稿で検討を試みる節税商品過誤問題とは次のような理由から同一に論じることはできないとする見解も想定される。 すなわち、まず、Tax Shelterというものの定義が暖昧であることを挙げることができよう。Tax Shelterは課税逃れのみを目的とするものと捉える見方が通説的な見解であるところ、ここでは、広く課税逃れ商品をも含めて「節税商品」として検討を試みようとするものであり、タックスシェルター・マルプラクティス訴訟を節税商品過誤訴訟の趨勢を占う素材として捉えるのは相当ではないとの見解が想定される。 しかし、節税商品取引における販売者と投資者との間の情報格差の問題は、一般的金融商品取引に比して一層顕著であり、より説明義務の要請は高いという見地からこの点を議論するものであり、課税逃れ商品と純粋な節税商品とを区別して検討する根拠は乏しいと考える。厳然たる情報格差の問題は、節税商品取引においても課税逃れ商品取引においても介在することを看過してはならない。 次に、一般的に、マルプラクティスとは、医師、弁護士、公認会計士などの専門家が、その業務を正しく行わず、患者や依頼人に損害を負わせることをいい、タックスシェルター・マルプラクティス訴訟は、専門家責任を取り上げるものであるから、専門家責任に限定しない広域な節税商品過誤訴訟の趨勢を検討する素材として捉えるのは相当ではないとの見解が想定される。 ここでも販売者の専門的知識の問題や専門家責任の議論を取り上げるものであるが、本稿の議論はそこに止まるものではない。節税商品過誤における投資者の被害の多くは情報格差にその原因があると解されるのであって、情報格差に基づく自己決定権侵害の問題、すなわち説明義務の問題を中心に捉えることができると考えている。 この点、租税の専門家の負う忠実義務の中心は、自己決定権を納税者に留保した上での高度な説明義務であると理解でき、広く説明義務の問題の一環として専門家責任の問題を議論することができると考える。 このようなことから、タックスシェルター・マルプラクティス訴訟を検討することは、射程範囲を完全に重ね合わせることはできないとしても、節税商品過誤訴訟の趨勢をみるに有用であると理解する。 (続く)

#No. 473(掲載号)
#酒井 克彦
2022/06/09
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