〔令和3年度税制改正における〕 人材確保等促進税制の創設 (賃上げ・投資促進税制の見直し) 【第1回】 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 令和3年度の税制改正によって、これまでの「賃上げ・投資促進税制」が抜本的に見直されて「人材確保等促進税制」に改組された。平成25年度の税制改正で創設された「所得拡大促進税制」は、平成30年度の税制改正によって「賃上げ・投資促進税制」に改組され、さらに今般「人材確保等促進税制」に改組されたということで、思いのほか息の長い税制として定着しつつある。 率直なところ、「賃上げ・投資促進税制」の適用要件に設備投資の要件が追加されたことで、適用ハードルを一気に引き上げてしまった感がある。賃上げの要件を満たすものの、設備投資の要件を満たせずに本税制の適用を受けられないケースが多発したのではないかと思うのである。国税庁から毎年公表されている租税特別措置の「適用実態調査報告書」において、平成30年度(平成30年4月~平成31年3月までの間に終了した事業年度又は連結事業年度)までは毎年安定的に10万件を超えて適用されていた所得拡大促進税制が「賃上げ・投資促進税制」に改組された途端、適用件数が10分の1近くまで激減していることが示されていたこともその証左であろう。 他方、中小企業者等には(設備投資要件が不要の)「所得拡大促進税制」が引き続き適用されており、こちらは安定的に多数の適用件数で推移していることからしても、賃上げ・投資促進税制における設備投資の要件が、同税制の適用阻害要因になっていたと断言してしまってよいだろう。 そのような中、「人材確保等促進税制」の適用要件から設備投資要件が撤廃されたのは朗報であるように思えるが、その代わりに設けられた適用要件からは、新規雇用者に対する給与支給額を毎年増加させることが期待されていると考えられる。これは単に新入社員の給与の引上げが期待されているわけではなく、毎期継続的に新規雇用を生み出し、その新規雇用者に対する給与支給額を前年比で増加させることが期待されているのである。「人材確保等促進税制」は、政策目標が「賃上げ・設備投資の促進」から「新規雇用の継続的創出」にシフトした新たな税制として捉えるべきであろう。 本稿は、令和3年度の税制改正によって抜本的に改組された「人材確保等促進税制」及び適用要件の改正が行われた中小企業者等向けの「所得拡大促進税制」について、改正前の制度からの変更点を中心にそれらの税制の概要について4回にわたって説明するものである。なお文中の意見にわたる部分は筆者の私見であり、所属する組織又は団体の公式見解ではないことをあらかじめ申し添える。 2 人材確保等促進税制の概要 青色申告法人が適用年度 (令和3年4月1日から令和5年3月31日までの間に開始する事業年度)中に国内新規雇用者に対して給与等を支給する場合において、一定の適用要件を満たすときは、その給与等支給額の15%(又は20%)相当額を法人税額から控除するという制度である(措法42の12の5①)。 平たく言えば、「新規雇用者に対する給与の支払いを前年度から増やすこと(=人材確保・人材育成の拡大)によって受けられる税額控除」ということである。 この税制は、令和3年度の税制改正によって従来の「賃上げ・投資促進税制」から改組され創設されたものである。 3 中小企業者等向けの所得拡大促進税制の概要 中小企業者等が適用年度(平成30年4月1日から令和3年3月31日までの間に開始する事業年度)中に国内雇用者に対して給与等を支給する場合において、一定の適用要件を満たすときは、前年度からの給与等支給増加額の15%(又は25%)相当額を法人税額から控除するという制度である(措法42の12の5②)。 平たく言えば、「国内雇用者に対する給与の支払いを増やすこと(=賃上げ)によって受けられる税額控除」ということである。 この税制は、もともと平成25年度に創設されたものが複数回にわたる適用要件等の改正を経て現在まで継続しているものである。 4 適用要件 (1) 人材確保等促進税制の適用要件 人材確保等促進税制の適用要件について、改正前の賃上げ・投資等促進税制における適用要件と対比する形で整理すると下表のとおりとなる。 このように、賃上げの要件については測定指標が変更されている(継続雇用者給与等支給額 ⇒ 新規雇用者給与等支給額)とともに、設備投資の要件は廃止されている。 なお、上乗せ控除のための教育訓練費の要件(教育訓練費の額が比較教育訓練費の額から20%以上増加していること)に変更はないが、比較教育訓練費の定義が変更されているので留意が必要である(詳細は【第4回】の5(2)10 参照)。 (2) 所得拡大促進税制の適用要件 中小企業者等向けの所得拡大促進税制の適用要件について、令和3年度の税制改正による変更点をまとめると下表のとおりとなる。 このように、賃上げの要件の測定指標が「継続雇用者給与等支給額」から「雇用者給与等支給額」に変更されている。 また、上乗せ控除のための要件も下表のとおり変更されている。 (【第2回】に続く)
組織再編成・資本等取引の税務に関する留意事項 【第4回】 「非按分型分割」 公認会計士 佐藤 信祐 1 種類株式発行会社における分割型分割 剰余金の配当について内容の異なる複数の種類の株式を発行している場合には、配当財産の割当てについて株式の種類ごとに異なる取扱いをすることが認められていることから(会社法454②二)、分割型分割により分割法人の株主に交付する分割承継法人株式について株式の種類ごとに異なる取扱いをすることができる。 しかしながら、按分型要件を満たすためには、分割承継法人株式又は分割承継親法人株式のいずれか一方の株式又は出資が分割法人の発行済株式又は出資の総数又は総額のうちに占める当該分割法人の各株主等の有する分割法人の株式又は出資の数又は金額の割合に応じて交付されることが必要になるのに対し、条文上、分割法人株式が普通株式に相当する種類株式であるのか、他の種類株式であるのかは問われていない(法法2十二の十一柱書)。 そのため、例えば、普通株式1株に対して交付される分割承継法人株式の数と優先株式1株に対して交付される分割承継法人株式の数が異なる場合には、按分型要件に抵触することになる。 本稿では、普通株式50株、A種優先株式20株、B種優先株式30株が発行されている場合において、分割後に分割法人が債務超過にならないようにするために、A種優先株主及びB種優先株主のみに分割承継法人株式が交付され、普通株主には分割承継法人株式が交付されなかった事案を前提に解説を行う。 2 分割法人における種類資本金額の計算 分割法人が種類株式発行会社の場合には、分割法人において種類資本金額から減算すべき金額も問題になる。この点については、以下の計算により種類資本金額から減算すべき金額を計算することになる(法令8⑤)。 〈種類資本金額から減算すべき金額〉 ただし、上記算式の分母・分子は、自己株式及び分割型分割によってその時価が減少しなかったと認められる種類株式を除いて計算することになる。本事案では、分割前に普通株主が保有している分割法人株式の時価が0円であり、分割後も0円であることから、普通株式の時価が減少していないといえるため、A種優先株式及びB種優先株式に係る種類資本金額のみを減少させることになる。 3 普通株主の取扱い 法人税法24条1項では、「金銭その他の資産の交付を受けた場合」にみなし配当が発生するものと規定されており、同法61条の2第4項では、「分割型分割により分割承継法人の株式その他の資産の交付を受けた場合」に株式譲渡損益が発生するものと規定されている。すなわち、普通株主に対しては分割対価資産が交付されていないことから、みなし配当も株式譲渡損益も発生しないことになる。 4 A種優先株主及びB種優先株主の取扱い 法人税法61条の2第4項では、「第2条第12号の9イに規定する分割対価資産として分割承継法人又は分割承継法人との間に当該分割承継法人の発行済株式等の全部を直接若しくは間接に保有する関係として政令で定める関係がある法人(以下この項において「親法人」という。)のうちいずれか一の法人の株式以外の資産が交付されなかったもの(当該株式が分割法人の発行済株式等の総数又は総額のうちに占める当該分割法人の各株主等の有する当該分割法人の株式の数又は金額の割合に応じて交付されたものに限る。以下この項において「金銭等不交付分割型分割」という。)を除く。」と規定されている。すなわち、金銭等不交付要件に抵触する場合だけでなく、按分型要件に抵触する場合であっても、株式譲渡損益を認識する必要があることがわかる。そのため、金銭等不交付要件及び按分型要件を満たす非適格分割型分割の場合には、みなし配当のみを認識し、金銭等不交付要件又は按分型要件を満たさない非適格分割型分割の場合には、みなし配当及び株式譲渡損益を認識するということになる。 これを本事案に当てはめると、普通株主に対して分割対価資産を交付せずに、A種優先株主及びB種優先株主のみに分割対価資産を交付することから、按分型要件に抵触するため、みなし配当及び株式譲渡損益を認識する必要があるということになる。そして、みなし配当の計算については、法人税法施行令23条1項及び所得税法施行令61条2項では、6号に掲げる自己株式の取得については、二以上の種類の株式を発行している法人に係る規定が設けられているのに対し、2号に掲げる分割型分割については、そのような規定が設けられていない。そのため、種類資本金額ではなく、資本金等の額を保有比率で按分することにより、みなし配当の計算を行うことになる。 〈みなし配当の計算〉 (※) 実際には、もう少し細かな規定がなされているが、簡略化のために、基本的な内容のみを記載している。 ここで留意が必要なのは、「当該分割法人の当該分割型分割に係る株式の総数(第6項第2号に掲げる分割型分割にあっては、当該分割型分割の直前の発行済株式等の総数)で除し、これに同条第1項に規定する内国法人が当該分割型分割の直前に有していた当該分割法人の当該分割型分割に係る株式の数を乗じて計算した金額」(※)と規定されているという点である(法令23①二)。 (※) 所得税法施行令61条2項では、「当該分割法人の当該分割型分割に係る株式の総数(第4項第2号に掲げる分割型分割にあっては、当該分割型分割の直前の発行済株式等の総数)で除して計算した金額に同条第1項に規定する株主等が当該分割型分割の直前に有していた当該分割法人の当該分割型分割に係る株式の数を乗じて計算した金額」と規定されており、「第4項第2号に掲げる」と規定されている点を除けば、法人税法施行令と同様に規定されている。 すなわち、「第6項第2号に掲げる分割型分割」とは、対価の交付を省略したと認められる分割型分割のことをいい、「当該分割型分割の直前の発行済株式等の総数」で按分することが明らかにされている。これに対し、分割対価資産を交付する分割型分割については、「当該分割法人の当該分割型分割に係る株式の総数」で按分すると規定されており、対価の交付を省略したと認められる分割型分割とは異なる取扱いになっている。さらに言えば、非適格合併におけるみなし配当の計算においても、「当該被合併法人のその時の発行済株式又は出資(括弧内省略)の総数(出資にあっては、総額。以下この条において同じ。)」で按分すると規定されており、分割対価資産を交付する分割型分割ではなく、対価の交付を省略したと認められる分割型分割に似た規定の仕方になっている。 このように、あえて異なる規定を設けた理由は、「当該分割法人の当該分割型分割に係る株式の総数」は、本事案のような分割対価資産が交付されない普通株式を除いて計算するからであると考えられる。このように解するのであれば、発行法人サイドにおいては、普通株式に係る種類資本金額が減少せずに、A種優先株式及びB種優先株式に係る種類資本金額のみが減少するという取扱いとも整合するし、普通株主においては、みなし配当及び株式譲渡損益が認識されないという取扱いとも整合することになる。 すなわち、本事案では、A種優先株式20株及びB種優先株式30株により株数按分された資本金等の額により、みなし配当の金額を計算することになると考えられる。 (了)
〔令和4年1月1日以降適用〕 改正納税管理人制度 弁護士 下尾 裕 本稿では、令和3年度税制改正において拡充された納税管理人制度の見直しについて解説する。 制度概要については、国税庁が公表している「特定納税管理人制度の概要(令和3年12月)」も併せて参照されたい。 1 納税管理人制度拡充の概要 納税管理人とは、非居住者又は外国法人(以下「非居住者等」という)が日本国内に住所・居所(以下「住所等」という)又は事務所・事業所(以下「事務所等」という)を有していない又は有しないこととなる場合において、納税申告書の提出等日本国内で国税に関する事項(以下「特定事項」という)を処理する必要がある場合に、当該処理を担う者を選任する制度である(通法117①)。 令和3年度税制改正前の納税管理人制度においても、非居住者等において特定事項を処理する必要がある場合について納税管理人の選任義務自体は定められていたものの、当該義務を履行しない場合に課税庁が採りうる措置については特段の定めがなかった。そのため、非居住者等が日本国内に支店等を設置することなく、電子商取引を通じて日本で事業を行っているような場合に、当該外国法人等に法定書類の送達ができず、税務調査やその後の更正処分に支障が生じていた。 これを踏まえ、令和3年度税制改正においては、非居住者等が任意に納税管理人を選任しない場合に、所定の手続を経て、課税庁において一方的に納税管理人を指定できるよう制度の拡充がなされた。 なお、本改正は、令和4年(2022年)1月1日以降に行う課税庁からの手続等について適用される(改正法附則1五ハ等)。 2 拡充後の納税管理人選任のフロー 拡充後の納税管理人選任の流れは、概ね以下のとおりである。なお、特定納税管理人の指定が解除される「特定事項を処理させる必要がなくなったとき」とは、税務調査の終了により納税者に接触する必要がなくなった場合や、納税者から納税管理人の届出がなされた場合が該当する(通基通(徴収部関係)第117条関係13)。 (※) ここでの「特定事項」とは、納税申告書の提出のほか、税務調査において納税者に対して発する書類の受領及び納税者への返送、納税者が提出する書類を受領し、これを提出することが含まれる(通規12の2)。 3 特定納税管理人となる者 特定納税管理人となる者は、以下の各類型のとおりとされており(通法117⑤)、どのような者がこれらの者に該当するかの詳細については、今後、通達により定めが置かれる予定となっている。その解釈適用については通基通(徴収部関係)第117条関係10及び11に定めがある。各類型に該当する者としては、例えば、以下の具体例に記載する者が挙げられる。 課税庁(所轄税務署長等)は、特定納税管理人の指定を行う場合は、対象となる納税者(特定納税者)及び特定納税管理人に対し書面によりその旨を通知する必要がある(通法117⑦) (1) 納税者が個人の場合 (2) 納税者が法人の場合 ここでの「特殊の関係」とは、移転価格税制(措法66の4)における「特殊の関係」と同様であり、具体的には相互に以下のような関係を有するものである(通令39の2)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 財務省「令和3年度 税制改正の解説」991頁(参考図表④)をもとに筆者一部加工。 上記図表でいうところの「発行済株式等の総数又は総額の50%以上の株式等を直接又は間接に保有する」かどうかの判定については、財務省「令和3年度 税制改正の解説」991~992頁も併せて参照されたい。 4 不服申立て 課税庁による特定納税管理人の指定は、「国税に関する法律に基づく処分」に該当することから、不服のある特定納税者又は特定納税管理人は、再調査請求又は国税不服審判所に対する審査請求を行うことができるほか(通法75①)、さらに当該指定の取消しを求める行政訴訟を提起することができる(通法114、115①)。 5 実務上の留意点 今回の納税管理人制度の拡充において適用が想定される1つの類型は、海外業者(非居住者等)が日本国内の消費者に対してオンラインゲームの提供等を行っているようなケースである。このような場面では、海外業者は、電子通信利用役務の提供の実施者として、日本において消費税の申告納税を行う義務があり、課税庁が申告漏れを発見した場合には税務調査や更正処分の前提として、国内事業者である当該ゲームのプラットフォーマーを特定納税管理人として選任するような流れが想定される。 現実には、仮に海外業者が納税管理人の指定を怠った結果、プラットフォーマーが特定納税管理人として指定されるような事態となれば、当該プラットフォーマーはコンプライアンス違反を問題視し又は面倒を避けるべく、当該業者との契約を解除しようとするなどの事態も想定される。この点に鑑みれば、今回の納税管理人制度の拡充は、上で述べた課税庁による納税管理人の指定を可能にしたのみならず、その過程において、国内便宜者への納税管理人就任要請を通じて、国外事業者が自主的に納税管理人の指定を行うよう動機付けを行っているとの見方も可能である。 また、現実問題として納税管理人を引き受けることができるのは、当該非居住者等の親族又はグループ法人のほか、税理士等の会計専門家に限られてくることから、税理士等が納税管理人に就任する事例も増加する可能性がある。 (了)
〈令和3年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第3回】 (最終回) 「年末調整の実務Q&A」 ~最近の改正事項を中心に~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 シリーズ最終回は、年末調整実務について、最近の改正事項等を中心にQ&A形式で解説を行う。 取り上げる事項は以下のとおりである。 なお、以下の拙稿にも年末調整に関係する事例を紹介しているので、あわせてご参照いただきたい。 (注) 上記の記事については、掲載後の税制改正等により、解説内容が現在の規定に基づくものとは異なるケースがある。過年度の記事内に順次コメントを入れるので留意していただきたい。 《ひとり親控除・寡婦控除①》 - 解 説 - 「事実上婚姻関係と同様の事情にあると認められる者」とは、次のいずれかに該当する者と規定されている(所法2①三十、三十一、所規1の3)。 住民票に上記の記載がある場合には事実婚の状況にあると判断されるが、記載がなければ事実婚の状況にあるとは判断されない。 《ひとり親控除・寡婦控除②》 - 解 説 - ひとり親には、「合計所得金額が500万円以下であること」という所得要件が設けられている(所法2①三十一ロ)。令和元年分以前においては、総所得金額等が38万円以下の子を有する寡婦に所得要件は設けられていなかった。改正の前後で、控除の対象となる人の範囲が異なるので注意が必要である。 《所得控除等の適用可否》 - 解 説 - 次の所得控除及び税額控除は、納税者本人の合計所得金額により控除額が異なる又は控除適用の有無が決まることになる。よって、年末調整の対象となる給与等以外の所得があるにも関わらず、それを考慮せずに年末調整を行うと、本来よりも多い控除額を適用したり、適用できない控除を適用する可能性がある。 (例) 給与所得800万円の人に以下の不動産所得があり、不動産所得を考慮せず年末調整を行った場合 〈参考〉 ① 基礎控除(所法86➀) ② 配偶者控除、配偶者特別控除(所法83➀、83の2➀) 納税者本人の合計所得金額に応じて控除額が変動し、合計所得金額が1,000万円を超えると配偶者控除及び配偶者特別控除を適用することはできない。 (出典) 国税庁パンフレット ③ ひとり親控除、寡婦控除(所法2➀三十、三十一ロ) ④ 住宅借入金等特別控除(措法41➀) 《所得金額調整控除》 - 解 説 - 2つの所得金額調整控除のうち、子ども等を有する場合の調整は、給与等の収入金額が850万円を超える人が、次の(ア)から(ウ)のいずれかに該当する場合に適用を受けることができる(措法41の3の3➀)。 同一生計配偶者とは、生計を一にする合計所得金額が48万円以下の配偶者(青色事業専従者等を除く)をいい、納税者本人の所得についての要件は設けられていない(所法2➀三十三)。 したがって、合計所得金額が1,000万円を超える者は、配偶者控除の適用を受けることはできないが、配偶者が特別障害者に該当しその合計所得金額が48万円以下である場合には、年末調整で所得金額調整控除の適用を受けることができる(措法41の3の4➀)。 ただし、その年最後に給与等の支払を受ける日の前日までに、給与等の支払者に対し「所得金額調整控除申告書」を提出することが必要である(措法41の3の4②)。 《休業手当の取扱い》 - 解 説 - 労働基準法第76条の規定に基づいて支給される休業補償は、所得税法の規定により非課税とされているが、休業手当を非課税とする規定はない(所法9➀三イ、所令20➀二)。したがって、休業手当を支給するときにはその金額を源泉徴収の対象とする必要があり、支給した休業手当は年末調整の対象となる給与等に含めることとなる。 なお、勤務先から休業手当を受け取っていない雇用保険法の被保険者に対して、国から直接給付される新型コロナウイルス感染症対応休業支援金は、新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための雇用保険法の臨時特例等に関する法律(令和2年法律第54号)第7条の規定により非課税とされている。よって、当該支援金については、年末調整の対象となる給与等に含める必要はない。 (連載了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例104(贈与税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆取引相場のない株式の時価 取引相場のない株式は、客観的な時価が存在しないため、相続税の財産評価基本通達により、株主の発行会社に対する影響力の大小により評価方法を定めており、その株式を取得する者がその会社の同族株主等に該当する場合には原則的評価方式により評価することとされている。したがって、同族関係者間の贈与や譲渡は財産評価基本通達の原則的評価方式で計算された価額によって行わなければならず、この価額によって取引等が行われている場合には、時価をもって取引等が行われたことになる。 ◆贈与により取得したものとみなす場合(相法7) 著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合においては、当該財産の譲渡があった時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該譲渡があった時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす。 ただし、当該財産の譲渡が、その譲渡を受ける者が資力を喪失して債務を弁済することが困難である場合において、その者の扶養義務者から当該債務の弁済に充てるためになされたものであるときは、その贈与により取得したものとみなされた金額のうちその債務を弁済することが困難である部分の金額については、この限りでない。 ◆紛議調停制度 税理士会の会員が行った税理士の業務に関し紛争が生じたときは、本会に対し、紛議の調停を申し立てることができる。この紛議の調停は、裁判外紛争処理の1つとして、税理士会が税理士法第49条の2第2項第7号の規定に基づいて行うものである。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第13回】 「事業の一部を転業等した場合の特定事業用宅地等の特例の適用の可否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲は中華料理屋の飲食店業を40年間営んでいましたが、甲の相続発生に伴い、甲の事業の用に供していた下記のA宅地及び建物を長男乙が取得しました。 ■A宅地の相続開始前の利用状況 乙は甲の生前から中華料理屋の従業員として勤務していましたので、中華料理屋を引き継ぐことにしましたが、相続後のA宅地の利用状況がそれぞれ次の通りであった場合には、小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例の適用面積は何㎡になるでしょうか。 ■A宅地の相続開始後の利用状況 [A] 小規模宅地等に係る特定事業用宅地等の特例(以下単に「特例」という)の適用面積は次の通りとなります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定事業用宅地等の事業継続要件 特定事業用宅地等の要件として、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業(貸付事業を除く、以下同じ)の⽤に供されていた宅地等を相続又は遺贈により取得した被相続人の親族が次に掲げる場合の区分に応じていずれかを満たす必要があります(措法69の4③一)。 なお、特定事業用宅地等の意義については、【第11回】で解説しています。 2 事業継続要件の判断 A宅地については、1の①被相続人の事業を承継した場合の宅地に該当しますので、宅地等を取得した親族が被相続人の事業を引き継ぎ、かつ、申告期限までその事業を営んでいることが要件とされています。 本問の場合のそれぞれの特例の適用の可否については、それぞれ下記の通りとなります。 〔①の判定〕 特定事業用宅地等に該当する部分は、被相続人等の事業継続部分に限ります(措令40の2⑩)ので、事業の用に供していない部分については、特例の適用を受けることはできません。したがって、乙の自宅の荷物置き場とした2階部分については特例の適用を受けることができませんが、1階部分については事業継続していますので、特例の適用を受けることができます。 〔②の判定〕 被相続人の事業である中華料理屋の飲食店業を継続していない部分については、上記1の①の要件を満たさないため、喫茶店に転業した部分については、特例の適用を受けることができないことになりますが、貸付事業以外の事業への一部転業については、租税特別措置法関係通達において、緩和措置があります。すなわち、租税特別措置法関係通達69の4-16(申告期限までに転業又は廃業があった場合)では、「被相続人の事業の一部を他の事業(同号に規定する事業に限る。)に転業しているときであっても、当該親族は当該被相続人の事業を営んでいるものとして取り扱う。」とされていますので、一部転業の場合でも他の要件を満たせば、A宅地の全てについて特例の適用を受けることができます。 なお、「同号に規定する事業」は、貸付事業以外の事業をいいます。 ところで上記の「他の事業」が被相続人の事業と全く関係がない事業であった場合には、特例の適用が被相続人の事業継続部分に限る(措令40の2⑩)としていることと矛盾が生じていますので、特例の適用を受けることができない可能性があります。「他の事業」の範囲については、法令や通達で明らかにされていませんので、注意が必要となります。私見としては、法令において被相続人の事業継続部分を特例の対象としていることから、被相続人の事業とは全く関係がない事業への一部転用した場合には、その転用部分についての特例適用はできないと解するのが相当と考えられます。 〔③の判定〕 一部転業の場合の緩和措置である上記の租税特別措置法関係通達69の4-16の定めは、貸付事業以外の事業の場合に適用され、貸付事業の場合には適用されませんので、その通達の取扱いを受けることはできません。よって、貸付事業部分については要件を満たさないことになります。一方で貸付事業以外の部分については、被相続人の事業を継続していますので、他の要件を満たせば、特例の適用を受けることができます(措通69の4-18)。 〔④の判定〕 被相続人の事業を承継し、その事業を相続税の申告期限まで営んでいることが要件とされていますので、④については要件に該当しないことになってしまいますが、事業を行う上で建替えは必要不可欠であるため、租税特別措置法関係通達69の4-19において「申告期限までに建替え工事に着手された場合に、当該宅地等のうち当該親族により当該事業の用に供されると認められる部分については、当該申告期限においても当該親族の当該事業の用に供されているものとして取り扱う。」とされています。したがって、1階部分については事業の用に供されているものとみなされますが、2階部分については認められないことになりますので、1階部分のみが特例の対象になります。 〔⑤の判定〕 相続税の申告期限までに被相続人の事業について法人化した場合については、被相続人から承継した事業を申告期限までに廃止していますので、要件を満たさず、特例の適用を受けることはできません。事例では使用貸借ですが、仮に賃貸借の場合でも同様に特例の適用を受けることはできず、また、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等についても、被相続人が貸付事業を行っていないため適用を受けることはできません。 ★実務上のポイント★ 条文だけでは要件を満たさない可能性があると考えられる場合であっても、一部転用や建替え工事のように租税特別措置法関係通達による要件緩和措置がありますので、特例の適用については、通達も確認して判断を行う必要があります。 また、一部転用の「他の事業」の範囲については明確にされていない部分もありますので、判断に迷うような場合には、相続税の申告期限までは被相続人の事業を継続し、その後に事業の転業を行うようにアドバイスをすることも重要となります。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第11回】 「小規模住宅用地特例の適用誤りにつき、申告書の不提出が過失相殺に該当するか否かが争われた判例」 税理士 菅野 真美 ▷固定資産税と申告 固定資産税は、土地、家屋、償却資産について、その所有者を、原則的には、納税義務者として、固定資産の所在する市町村(東京都特別区については東京都)が、固定資産の評価額に基づいて課税標準を定め、税率を乗じて納税額を算定し、納税者に通知して、納税者が納付するものである(地方税法第341~343、349条)。このような課税方式を賦課課税方式という。 固定資産税評価額が課税標準になるのが原則であるが、政策的な配慮から、固定資産税評価額から一定の減額を行ったものを課税標準とするものがある。その1つとして住宅用地の課税標準の特例がある。この住宅用地の課税標準の特例は、小規模住宅用地(200㎡以下の住宅用地)と一般住宅用地(小規模住宅用地以外の住宅用地)に分かれ、小規模住宅用地の課税標準については価格の6分の1の額とし、一般住宅地の課税標準については価格の3分の1の額としている(地方税法第349条の3の2)。 この住宅用地とは、専ら人の居住の用に供する家屋の敷地の用に供されている土地については、その上に存在する家屋の総床面積の10倍までの土地である。一部を人の居住の用に供する家屋で、その家屋の床面積に対する居住部分の割合が4分の1以上あるものの敷地の用に供されている土地については、その面積に下表の率を乗じて得た面積(住宅用地の面積がその上に存在する家屋の床面積の10倍を超えているときは、床面積の10倍の面積に下表の率を乗じた面積)に相当する土地となる(地方税法施行令第52条の11)。 また、小規模非住宅用地に対する固定資産税及び都市計画税の減免もある。東京都においては、平成14年度から一定の要件を満たす非住宅用地に対する固定資産税及び都市計画税の税額を2割減免する制度が条例で定められている。 今回は、小規模住宅用地特例の適用誤りのうち5年を超えた部分について国家賠償法第1条第1項(国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる)に基づき過誤納付金と遅延損害金を求めて訴えた事案について、過失相殺が認められるか否かを含めて検討する。 ▷どのような事案か この事案の経緯は以下の通りである。 ▷事案の争点 争点は、①賦課決定は国家賠償法に基づき違法であるかと、②過失相殺があるかの2点である。 ▷裁判所の判断 ① 国家賠償法に基づき、賦課決定は違法か 裁判所は以下のように言及し、賦課決定は国家賠償法に基づき違法であるとした。 ② 申告書の不提出等は過失相殺に該当するか 裁判所は以下のように言及し、過失相殺はないとした。 今回は、過失相殺0の国家賠償請求が認められた。 本連載の【第1回】で紹介した事案については、納税者の不申告が損害の発生及びその増大に一定程度寄与しているから過失相殺は考慮すべきとして2割控除を認めていた。本事案についても、Xが申告をしたとしても、1階及び2階の階段部分を居住部分と理解して申告することはできなかったと考えられる。間違った申告をした場合も過失相殺はないと判断したのだろうか。 (了)
〈注記事項から見えた〉 減損の深層 【第7回】 「鉄道事業が減損に至った経緯」 -減損が発生しやすい会社の特徴は?- 公認会計士 石王丸 周夫 〈はじめに〉 減損が発生しやすい会社には、特徴があります。もちろん、様々な側面から論ずることができるテーマなので、一概にはいえないのですが、収益構造に関して見られるある特徴は、その1つであるといってよいでしょう。 それはどのようなものでしょうか。さっそく、注記事例で見ていきましょう。 〈今回の注記事例〉 (出所:有価証券報告書) (※) 下線は筆者 この注記は鉄道会社のものです。伊豆箱根鉄道といって、伊豆半島の三島と修善寺を結ぶ駿豆(すんず)線で知られています。修善寺といえば温泉ですが、駿豆線はそれだけではありません。沿線には、幕末期に大砲を鋳造していた韮山反射炉が今も威容を放っており、世界遺産に登録されています。歴史マニアには外すことのできない観光スポットです。 注記によると、その駿豆線の資産について合計34億円もの減損損失が発生しました。減損に至った経緯は、「当初想定していた収益を見込めなくなった」ことです。新型コロナウイルス感染拡大による観光客の減少であることは間違いありません。実際、この会社の営業収益は以下のとおり激減しています。 前年比55%です。収入が半分近くに減り、しかも回復のめども立たなければ、減損やむなしかもしれません。しかし、厳密にいうとそれだけでは減損になりません。費用の方も考慮しなければならないからです。 〈ポイントは固定費の占める割合〉 営業収益が半分になった場合でも、営業費用も半分になれば、損益の赤字化は回避できます。下の図を見てください。 この図は、営業収益と営業費用のイメージ図で、2つの棒グラフの差が利益を示します。 この状態から営業収益が半分になったとします。そうすると、営業収益が営業費用を下回ってしまい、赤字になります。 ところが、このとき営業費用も半分になったとしたらどうでしょうか。下の図のとおり、利益が確保できることがわかります。 減損処理が必要かどうかの判定は、まず、営業損益がプラスかマイナスかということから検討が始まります。単純にそれだけで決まるものではありませんが、ここで利益が出るかどうかはとても大事なところです。したがって、営業収益が減ったときに、営業費用が減らせるかどうかということがポイントになるのです。 営業収益が変動した時に、それに伴って変動する費用のことを、変動費といいます。一方、営業収益が変動しても一定のまま変わらない費用のことを固定費といいます。会社の費用は、必ずしも変動費と固定費にきれいに分けられるものではありませんが、全体としてどちらの傾向が強いのかということで、その会社の収益構造がわかります。 〈鉄道業の場合は?〉 では、伊豆箱根鉄道の場合はどうだったのでしょうか。 上掲の注記は連結財務諸表の注記でしたが、実は、この年度については、減損損失の金額が連結も個別も同じで、減損損失はすべて親会社の資産について計上されたものだったことがわかります。そこで、収益構造の検討も親会社に絞って見ていくことにします。 この会社の財務諸表(個別)を参照して、鉄道事業に係る営業収益と営業費の金額を2年度分並べてみます。 (出所:有価証券報告書の数値により筆者作成) まず、営業収益の前年度比を見てください。表の右上の部分です。69%となっています。鉄道事業の営業収益は前年度の69%まで落ち込んだことがわかります。 ではそのとき、営業費の方は同じように減ったのでしょうか。その下には、営業費が内訳つきで表示されていますが、鉄道の運行に直接かかわる費用と見られる「運送営業費」は前年度の90%程度にしか減っておらず、一般管理費や減価償却費に至っては前年度より増えています。 営業費全体では前年度の97%ということで、営業収益が70%弱まで減っても、営業費はちっとも減らないことがわかります。つまり、固定費の比率が高いというわけです。この収益構造こそ、減損損失の計上につながりやすいのです。 このことは会社もよくわかっています。 この年度の「重要な会計上の見積り」の注記を見てみましょう。 (出所:有価証券報告書) (※) 下線は筆者 下線を引いたところがポイントです。営業コストの相当部分が固定費で構成されていると書いてあります。そのため、営業収益の比較的小幅な減少であっても、営業利益に大きな影響を及ぼすとのことです。この年度については、新型コロナウイルス感染症の影響による事業環境の悪化に伴い旅客乗車人員が減少して収益性が低下し、減損に至ったとのことです。 〈鉄道業の宿命か〉 以上のことは、統計データでも確認できます。伊豆箱根鉄道の有価証券報告書には鉄道事業の統計データも載っていますが、それによると、2020年度の旅客乗車人員は、定期が17.9%減、定期外が37.3%減であるのに対し、客車走行キロ(全客車の累計走行距離)は6.5%減でしかありません。要するに、乗客が減っても電車の運行を減らせないのです。 実際、2020年4月の第1回緊急事態宣言の期間中でさえ、駿豆線の1日の運行本数は、コロナ前の144本から106本に減らされただけです(2020年6月22日「新型コロナウイルス感染拡大による運行計画(ダイヤ)の再変更について」参照)。 台風等の災害時に、鉄道が全面的に運休してしまうことがたまにありますが、そうした経験からもわかるとおり、鉄道を止めてしまうと社会が機能不全になります。第1回緊急事態宣言の期間中、駿豆線も朝夕の通勤時間帯は減便しませんでした。 以上から、固定費の比率が高いビジネスは減損リスクが高いといえますが、問題は、固定費が高いことの背景に、そのビジネス特有の宿命的理由があるかどうかではないでしょうか。 (了)
〈事例から学ぶ〉 不正を防ぐ社内体制の作り方 【第12回】 (最終回) 「身近な資産を守るための仕組み作り」 ~不当な売却や幽霊資産を防ぐ工夫~ 米国公認会計士・公認内部監査人 打田 昌行 はじめに ものづくりの現場で日常的に用いられる工具や備品のなかには、高価で長期の使用に耐えるものが多くあります。これらは消耗品とは異なり、日常で継続的に用いられる資産として、会社の財務諸表に計上して管理します。また、工具や備品に留まらず、商品や製品については、たとえ破損しても、それが経済的な取引価値を持つ限り、資産として管理することをおろそかにはできません。 我が国の内部統制報告制度は、米国の内部統制が標榜する目的のほかにも、会社の資産保全を重要な目的の1つに加えています。こうした視点から、身近な会社の資産に対して日頃から注意を払い、きちんと管理の行き届く仕組みが必要になります。 《1》 現場に置き忘れられた資産 あるものづくりの会社を訪問した時、工場の片隅に無造作に積み上げられた製品を見かけました。包装からむき出しになっている製品や、既に包装すらないものもありました。「一体なぜここに積み上げられているのか」と訊ねると、「顧客による使用後の返品、搬送中の破損や故障などの理由により、出荷されたにもかかわらず工場に戻された製品が、臨時に積まれている」とのことでした。 よく見れば、なかには修繕などのアフターケアを施すことで、再販が可能な経済価値のある製品が含まれています。当面とはいえ放置して管理の目が行き届かないままでは、いつ不正に持ち出され、不当に売却されてしまうか懸念されます。いったん工場から出荷された製品で、諸事情から工場に戻された製品でも、修繕をすることで再販価値があるもの、売却処分により製造コストをわずかでも回収できる経済的な価値を持つ限りは、会社の大切な資産のはずです。適切な場所に保管、管理して対応すべきであり、日常管理の仕組みが求められます。 《2》 ものづくりに欠かせない工具 ものづくりの現場で用いる工具類のなかには、稀少であるがゆえに高価な鉱物、いわゆる「レアアース」が使われているものが数多くあります。たとえば、金属を加工する際に用いられる超硬工具類には、高価なタングステンが用いられています。そのため、そういった会社の資産となる工具類の使用は現場任せとしてはいけません。工具類をきちんと保管、管理する部門や担当者を配置する仕組みが必要になります。 タングステンは、世界の約60%が中国に埋蔵されており、市場では高額で取引されます。たとえタングステンを用いた工具が老朽化したとしても、工具自体からタングステンを取り出して再利用することが可能です。そのため、高価な工具類の管理をないがしろにしたり、怠れば、現場から持ち去られたうえ、不当に売却されてしまうおそれがあります。 工具といえど、会社の大切な資産の1つであることに変わりありません、やはり日常の管理の仕組みが欠かせません。 《3》 貸し出し、展示される固定資産 日常で身近にある固定資産は、必ずしも社内だけで利用されるわけではありません。自社開発の製品として展示会などのブースに展示されることがあり、グループ内の子会社や関連会社、さらには顧客に貸し出されることもあります。 読者のみなさんの会社で固定資産の実地棚卸をしてみると、あるはずの固定資産が見つからないということはありませんか。展示に持ち出されたまま戻ってこない、貸し出されたまま、貸出期間が過ぎても返却されないなどの管理が行き届いていない固定資産が実際にあります。 こうしたものは時が経過すればするほど、所在がわからなくなり、やっと所在をつきとめてみると、いつのまにか不当に売却されていたということもあります。こうしたことを避けるためにも、固定資産の実地棚卸は、少なくとも1年に1回以上は取り組むことが大切です。管理を怠っていると、そこにあるはずの資産が見つからない、あるいはあるはずのない幽霊資産が社内で不意に見つかるといったことが起きます。 《4》 不要となったスクラップ 破損して修繕不能となった製品、コストがかかり過ぎるために修繕のできない製品や、鉄をはじめとした金属屑などは処分価値のある限り、売却処分をしてコストを回収するのが一般的な対応です。こうした売却処分は、通常は特定の部門や担当者に任せて行われていると考えられますが、適切な売却処分を行うためには、相互牽制の視点から、あらかじめ手続において次の注意を払うことが大切です。 (1) 取引における役割分担 第一に、実際の売却処分の場では、取引を担当者1人に任せず、必ず別の者を立ち会わせます。取引業者に対する社内の対応者を2人以上とすることで、相互に牽制をかけます。 単独で対応すると本来の処分対象とは異なる資産を余計に処分したり、より経済価値のある資産を勝手に処分して取引業者から返礼(キックバックなど)を受け取ることにもなりかねないからです。 (2) 取引と記録における役割分担 次に、実際に売却処分を実施する担当者には、経理部門に所属して経理上の仕訳を入力する者を当てることは避けます。 なぜなら、売却処分の担当者が経理上の仕訳も入力できると、仕訳を通じて実際の処分取引を不正に操作する余地を残すことになるからです。適切な売却処分のためには、売却処分の担当者とその取引を経理上の仕訳に反映する担当者の業務をそれぞれ分担し、相互牽制を図ることが必要になります。 * * * 日常、身近にある資産についていくつか事例を挙げましたが、身近にあるからこそ適切に管理すべきであり、注意と配慮が行き届いた仕組み作りが求められているといえます。 【参考】 内部統制の目的について (※) 金融庁「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」(Ⅰ.1)から一部抜粋、下線は筆者による。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例65】 テラ株式会社 「過年度の適時開示の訂正等に関するお知らせ」 (2021.9.28) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、テラ株式会社(以下「テラ」という)が2021年9月28日に開示した「過年度の適時開示の訂正等に関するお知らせ」である。「適時開示の訂正」とあるが、「2020年4月から2021年3月までの1年間の期間において当社が行った適時開示60件を確認した結果、合計24件の適時開示資料においてその一部またはその全部に事実と異なる内容またはそのおそれがある内容が記載されていたことが判明」したというのである。1年間に行われた適時開示のうち半分近くが正しくなかったという酷い内容なのだが、なぜそうしたことが起きたのだろうか。 なお、同社は、これまでも不適切な開示を理由に改善報告書の提出を求められたことがあり(2020年12月15日開示「東京証券取引所からの『改善報告書』の再提出請求について」、2021年1月7日開示「東京証券取引所への『改善報告書』の提出に関するお知らせ」)、もともと開示姿勢に問題がある会社ではある。 2 始まりは テラは、2020年4月27日に「CENEGENICS JAPAN株式会社との業務提携及び新たな事業の開始に関するお知らせ」を開示している。CENEGENICS JAPAN株式会社(以下「セネジェニックス・ジャパン」という)と業務提携を結ぶことにしたというのだが、同社の代表は、当時テラの取締役監査等委員だった藤森徹也(以下「藤森氏」という)という人物である。そうした利益相反取引は、取締役会の承認を得れば可能ではあるのだが、自社の監査等委員が代表を務める会社との業務提携に対して、筆者個人としては違和感を覚える。このセネジェニックス・ジャパンとの業務提携がことの始まりだった。 3 第三者割当増資を行うものの テラは、セネジェニックス・ジャパンを割当先とする第三者割当増資も行うこととし、2020年10月28日に「第三者割当により発行される新株式の募集並びに主要株主、主要株主である筆頭株主及びその他の関係会社の異動に関するお知らせ」を開示している。 しかし、その後、申込期日や払込期日の変更、新たな事実の判明があり、「(開示事項の変更)第三者割当により発行される新株式の募集に係る申込期日及び払込期日の変更並びに主要株主、主要株主である筆頭株主及びその他の関係会社の異動予定年月日の変更に関するお知らせ」という同じタイトルの開示を5回も行っている(2020年11月14日、2020年11月27日、2020年11月30日、2020年12月14日、2020年12月15日)。 ようやく増資が完了し、2020年12月17日に「第三者割当による新株式発行の払込完了及び一部失権並びに主要株主、主要株主である筆頭株主及びその他の関係会社の異動に関する取り消しのお知らせ」を開示したのだが、払い込まれる予定だった2,574,350,000円のうち実際に払い込まれたのは1,001,300円だけだった。 4 藤森氏への辞任勧告 その後、藤森氏による極めて不適切な行為が発覚し、テラは同氏に対して辞任勧告を行うことになる。2021年2月15日に開示した「監査等委員である取締役1名に対する辞任勧告の決議について」の「辞任勧告の理由」に、その極めて不適切な行為が次のように記載されている。 5 嘘だらけ こうしたことがあり、セネジェニックス・ジャパンに対して不信感を抱くようになったテラは、セネジェニックス・ジャパンとのそれまでの取引についての調査を法律事務所に依頼することにした。その結果について、2021年8月6日に「社内調査報告書の受領と今後の訂正開示に関するお知らせ」を、2021年9月27日に「追加調査となる社内調査報告書の受領のお知らせ」を開示したのだが、わかったことは、セネジェニックス・ジャパンの言っていたことが嘘だらけということだった。 例えば、テラは、2020年8月26日に「株式取得(子会社化)に関する株式譲渡契約書締結に関するお知らせ」を開示し、セネジェニックス・ジャパンから、同社の100%子会社のプロメテウス・バイオテック株式会社(以下「プロメテウス・バイオテック」という)の株式を51%取得するとしていた。そして、2020年12月25日には「子会社の異動を伴う株式譲渡に関するお知らせ」を開示し、そのプロメテウス・バイオテックの株式を再びセネジェニックス・ジャパンに譲渡するとしていた。しかし、そのプロメテウス・バイオテックという会社はそもそも存在していなかったのである。 6 上場廃止か? その調査結果を受けて今回の適時開示の大量訂正へと至ったのだが、さらにテラは監査法人から監査契約を解除されることになってしまう。2021年10月22日に開示した「会計監査人からの監査契約解約通知の受領に関するお知らせ」には、次のように記載されている。 このため、同社は、2021年12月期第3四半期報告書をその提出期限である2021年11月15日までに提出することができなくなった(2021年10月29日開示「2021年12月期第3四半期報告書提出遅延等及び当社株式の監理銘柄(確認中)指定の見込みに関するお知らせ」)。後任の監査法人を見つけ、四半期レビューを行ってもらい、2021年12月15日までに四半期報告書を提出することができなければ、同社は上場廃止になる。 なお、同社は2021年11月11日に「公認会計士等の異動及び一時会計監査人の選任に関するお知らせ」を開示しており、後任の監査法人を見つけることはできている。 7 悪いのは こう見てくると、テラはセネジェニックス・ジャパンに騙された可哀想な会社のように思えてしまうのだが(セネジェニックス・ジャパンの方はその後破産。2021年9月10日開示「CENEGENICS JAPANの破産手続き開始に伴う当社への影響について」)、悪いのはセネジェニックス・ジャパンで、テラに非はないのだろうか。 そんなことはないだろう。テラも、上場会社として行わなければならないことが全くできていなかったのである。テラは、2021年10月13日付で特設注意市場銘柄に指定されているのだが、東京証券取引所からも以下の点を指摘されている(2021年10月13日開示「特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求に関するお知らせ」)。 8 誕生時から テラの創業者である矢﨑雄一郎氏(以下「矢﨑氏」という)は、2018年9月13日に法令等への違反を理由に代表の座を追われている(2018年9月13日開示「代表取締役の異動に関するお知らせ」)。また、同社は2018年12月12日に「主要取引先との取引停止に関するお知らせ」を開示し、代金の不払いを理由として「医療法人社団医創会に属する医療機関」との取引を停止することにしたとしているのだが、その医療法人と矢﨑氏の関係について、矢﨑氏は「本件法人の理事や社員ではないものの、本件法人を事実上コントロールする立場にある」としている。矢﨑氏は自身の利益のためにテラを利用していたのだろう。 医師でもある矢﨑氏の医師としての資質は不明だが、筆者が思うに上場会社の経営者としての資質は無かったのではないだろうか(ちなみに藤森氏も医師)。テラはそうした人物がつくった会社であり、誕生時から問題をはらんでいたと言える。 (了)