2021年10月14日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.440を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第100回】 「節税義務が争点とされた事例(その3)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 遺産分割協議の成立に伴う相続税の修正申告を受任した税理士には、その事務処理に当たり延納許可申請手続をすることに関し、依頼者に納付についての指導・助言をする付随的義務があり、かかる義務の履行を怠った点に債務不履行があったと認めることができるとして、当該税理士に損害賠償義務があるとされた事例に東京高裁平成7年6月19日判決(判時1540号48頁)がある(※)。 (※) この事例を扱った論稿として、酒井克彦・税務弘報54巻1号105頁(2006)参照。 今回は、この事例を検討することとしよう。 Ⅰ 事案の概要 Xら(原告・控訴人)は、税理士であるY(被告・被控訴人)にXらの相続税修正申告に関する手続を委任したところ、Yは修正申告書を提出したのみで、かかる相続税の納期限までに、又は納付すべき日になすべきであった相続税延納許可申請を行わなかった。相続税を一括納付することができないXらは納付を延滞せざるを得ないこととなり、延滞税が発生することとなった。 本件は、Xらが、かかる延滞税額と延納許可を受けていれば負担することとなったであろう利子税額との差額相当の財産上の損害及び精神的苦痛を被ったと主張して、Yを相手取り、債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案である。 なお、上記の相続税修正申告書の提出に先立ち、Xらから、委任事項を〈1〉亡Aの相続財産について所轄税務署長に対し相続税の修正申告をし、また当該申告に関わる税務調査に対して立会説明をすること、〈2〉上記の行為に付随する税理士法2条《税理士の業務》の一切の税理士業務を行うことの2点とする、「乙野会計事務所 公認会計士・税理士Y(被告)、公認会計士・税理士B」宛の各Xが作成した委任状がある。 原審横浜地裁平成6年7月15日判決(判タ904号145頁)は、「具体的な委任契約が如何なる範囲の業務を目的として締結されたかどうかの判断は、委任状表示の委任事項の記載及び委任に至る経緯等から、当事者の意思を合理的に解釈してこれを決すべきである。」と示した上で、「XらとYとの間に締結された委任契約は、前記委任状に明記されたとおり、『相続税修正申告、税務調査の立会、説明及びこれらに付随する税理士業務』であり、Xらの相続税延納許可申請をすることを含まないことが明らかである(相続税延納許可申請は、『相続税修正申告』に付随する税理士業務であるともいえない。)。」として、Xらの主張を排斥した。 すなわち、横浜地裁は、Yは「『相続税修正申告、税務調査の立会、説明及びこれらに付随する税理士業務』の委任の本旨に従って、委任された事務を適正に処理したものというべきであり、この点に債務不履行があったとはいえない。」としたのである。 これを不服として、Xらが控訴した。 Ⅱ 争点 XらとYとの間で、亡Aの遺産相続に伴うXらの相続税修正申告に関する一切の手続をYに委任する旨の契約が成立したか否か、及びかかる委任の範囲には、Xらの相続税の延納許可申請をすることも含まれていたか否か。 Ⅲ 判決の要旨 東京高裁は、税理士法1条《税理士の使命》を示し、税理士には法令の許容する範囲内で依頼者の利益を図る義務があるとする。 その上で、納付の時期及び方法についても依頼者へ周知する必要があるとする。 そして、本件においては税額が多額であることから、延納の許可の有無によって附帯税の負担も大きく異なると指摘する。 また、Xらの置かれていた状況についても次のように認定している。 そして、上記のような事情から、Yには、「単なるサービス」とは異なり、Xらが相続税を納付可能であるか等を確認する義務があったとし、かかる義務の履行を怠ったものとして債務不履行を認めている。 なお、東京高裁は、税理士法2条について、税理士の負うべき義務の範囲を限定するものではないとも説示している。 Ⅳ コメント 東京高裁は、税理士は税務の専門家であることを理由として、「税務に関する法令、実務の専門知識を駆使して、依頼者の要望に適切に応ずべき義務」があるとしている。税務の専門家であることが、なぜに「依頼者の要望に適切に応ずべき義務」につながるのであろうか。 この点につき、同高裁は、「善良な管理者として依頼者の利益に配慮する義務」が民法644条を根拠として導き出せるとの立場を採用している。 そのような理解の上で、税理士には、❶税理士法上の義務として、法令に適合した適切な申告をすべき義務と、❷法令の許容する範囲内で依頼者の利益を図る義務の2つの義務があるとするのである。 ここで、「税理士法上の義務」たるものが、❶の義務についてのみ生じるのか、あるいは❷の義務についても生じるのかについては議論の余地があろう。上記のとおり、❷の義務については、民法644条を根拠としていることからすれば、税理士法上の義務は❶の義務についてのみ論じられているようにも思われる。 そこで、❷の義務について考えるに、東京高裁は、本件においては、Xらが租税の申告(税額の確定作業)に伴い租税の納付が必要となる上、高額な延滞税負担を招来することになることから、YはXらに対して納付に関する周知をした上で、「延納許可申請の手続をするかどうかについてXらの意思を確認する義務」があるとしている。 この延納許可申請手続に関する納税者の意思確認義務は、上記❷の義務を根拠としたものであるが、❷の義務が民法644条を根拠としたものである点に鑑みれば、果たして、納税者と税理士との間に締結された委任契約における「委任の本旨」が奈辺にあったのかという点に関心を寄せるべきことになるように思われる。 もっとも、そもそも、延納許可申請手続に関する納税者の意思確認義務が確定申告書の作成提出に付随的に行われるべき業務であると認定されるのであれば、かかる確認作業は、「委任の本旨」たる確定申告書の作成提出に包摂されることにもなろう。 東京高裁は、そのような立場に立っていると思われる。けだし、同高裁は、「このような納付についての指導、助言を行うことは、本件の事情のもとにおいては、単なるサービスというものではなく、相続税の確定申告に伴う付随的義務であり、この懈怠については債務不履行責任を負うものと解するのが相当である」と論じるからである。 すなわち、Xらの主張を排斥した原審横浜地裁は、あくまでも委任の本旨を、委任状に明記されたとおり「相続税修正申告、税務調査の立会、説明及びこれらに付随する税理士業務」であると解し、かつ、「相続税延納許可申請は、『相続税修正申告』に付随する税理士業務であるともいえない。」としていたところであるが、この点において、控訴審東京高裁とは立場が異なるのである。 *なお、東京高裁も、あくまでも「委任契約の内容は、委任状の委任事項のとおり、相続税の修正申告及びこれに関する税務調査に立ち会い説明することということになる。」としており、この点の理解は地裁と高裁で同様のものと見受けられる。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第7回】 「適格請求書発行事業者の登録申請書を提出する際の注意点」 税理士 石川 幸恵 【Q】 適格請求書発行事業者の登録申請書を提出する際の注意点を教えてください。 〔ポイント〕 (1) インボイス制度のスタートは、令和5年10月1日ですが、適格請求書発行事業者の登録申請書は令和3年10月1日以降、提出が可能です。 (2) 書面又はe-Taxによる提出が可能です。 (3) 書面の郵送による提出先が所轄税務署ではなく、「インボイス登録センター」であるなど注意点があります。 * * * 【A】 (1) 申請書の提出時期 適格請求書発行事業者の登録申請書は、令和3年10月1日以降、提出が可能です。 (2) 申請書の提出方法 書面による提出のほか、e-Taxを利用した提出も可能です。 (3) 書面による提出の注意点 ① 郵送する場合の郵送先 各国税局(沖縄国税事務所を含みます)のインボイス登録センターに郵送します。 〈各局(所)インボイス登録センターの管轄地域〉 (出典) 国税庁「郵送による提出先のご案内」 所轄の国税局がわからなくても、納税地の所在する県によって、いずれのセンターに郵送すればよいか、わかるようになっています。 インボイス登録センターでは、持参による提出、電話や対面による個別相談は受け付けていません。 ② 持参する場合や、提出に先立って個別に相談したい場合は? 持参する場合は、所轄税務署の窓口及び時間外収受箱へ提出できますが、ホームページでは、郵送により、インボイス登録センターに提出することへの協力が呼びかけられています。 税務署で個別に相談した上で記載して提出したい場合には、所轄の税務署に電話して、予め相談日時等を予約してください。 ③ 個人事業者は本人確認書類の提示又は写しの添付が必要 個人事業者は、個人番号を記載しますので、持参の場合は本人確認書類の提示、郵送の場合は本人確認書類の写しの添付が必要です。 〈本人確認書類〉 (4) e-Taxを利用して提出する場合の注意点 国税庁の「インボイス制度特設サイト」には、e-Taxによる申請書の提出について、詳細なマニュアルが用意されています。 なお、以下の事前準備が必要です。 利用者識別番号については、税理士と顧問契約をしている事業者の方は、自ら利用者識別番号を取得する前に、取得済みの利用者識別番号がないか顧問税理士にご確認ください。新たに利用者識別番号を取得すると、従来利用していた利用者識別番号に係る情報を確認することができなくなります。 (5) 書面による提出とe-Taxによる提出の比較 登録申請書を提出してから登録の通知を受けるまでの期間に差があります。本稿執筆時点ではあくまで見込みですが、書面で提出された登録申請書については1ヶ月程度、e-Taxで提出された登録申請書については2週間程度とされています(インボイスQ&A問4)。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第7回】 「小規模宅地等の特例の選択替え等の可否」 税理士 柴田 健次 [Q] 小規模宅地等の特例の適用について、それぞれ次の場合には、選択替え等は認められることになりますか。 [A] 小規模宅地等の特例(以下、単に「特例」という)は、特例対象宅地等の中から納税者が選択することになりますが、申告後に当初の選択を変更すること(以下、単に「選択替え」という)は、原則として認められていません。 ①については選択替えが認められませんが、②については当初申告が不適法に行われていますので、修正申告事由に該当し、修正申告による選択替えを行うことができます。 また、③の場合は、特例の場所の変更ではなく、面積の変更となり、選択替えではありませんが、面積の変更が「やむを得ない事情」に該当すれば、面積を変更して更正の請求を行うことができると考えられます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 適法の選択からの選択替え 下記の国税通則法23条1項1号に該当するか否かを検討することになりますが、計算に誤りがあったことにはなりませんので、本問の場合には、更正の請求事由に該当しないため、更正の請求はできません。 国税通則法 第23条 (※) 本稿で引用している条文等につき、一部括弧書等を省略している。以下同様。 平成5年12月13日(TAINSコード:J46-1-01)の裁決事例においては、国税不服審判所は、相続税の申告期限内に特例を適法に選択した後の選択替えの更正の請求の可否について、下記の通り、判断しています。 2 不適法の選択からの選択替え 本問の当初申告においては、特例の要件を満たさないため、特例の減額は認められないことになります。したがって、納付すべき税額に不足額があるときに該当し、下記の国税通則法19条1項の修正申告事由に該当しますので、更正があるまでは、修正申告を行うことができます。 国税通則法 第19条 特例は、期限後申告や修正申告の場合にも認められています(措法69の4⑦)ので、修正申告書の提出において、限度面積内で特例対象宅地等を選択して修正申告をすることが可能となります。この考え方については、【第6回】の「限度面積を超えた場合の小規模宅地等の特例の適用の適否」で解説した修正申告と同様になります。 3 申告後に地積が変更になったことによる適用面積の変更 特例は、相続税の申告書(期限後申告書及び修正申告書を含む)に特例の適用を受けようとする旨を記載し、小規模宅地等に係る相続税の課税価格に算入すべき価額の計算に関する明細書(以下、単に「課税価格の計算明細書」という)その他の書類を添付した場合に限り、適用するとされています。 なお、税務署⻑は、相続税の申告書の提出がなかった場合又は特例の適用を受けようとする旨の記載がなかった場合若しくは課税価格の計算明細書その他の書類の添付がなかった場合においても、その提出又は記載若しくは添付がなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときは、必要な追加資料の提出があった場合に限り、特例の適用ができるとされています(措法69の4⑦⑧、措規23の2⑧)。 本問の場合には、正しい面積を記載した課税価格の計算明細書の提出がなかった場合に該当しますので、やむを得ない事情があり、かつ、適切な課税価格の計算明細書を提出すれば、特例は認められるべきであると考えられます。やむを得ない事情に該当するかどうかについての判断ですが、当初申告時においては、実測をしておらず、納税者が確認できる地積が登記上の面積のみであり、申告後にはじめて実測を行い、地積が増減したことを認識しているため、後発的事由としてやむを得ない事情に該当すると判断できます。したがって、土地の地積を変更し、小規模宅地等の特例として特定居住用宅地等(313.5㎡)、貸付事業用宅地等(10㎡)を選択して特例を適用することができると考えられます。 なお、本問の場合には、税額が減少しているため、更正の請求となりますが、仮に税額が増加して修正申告であったとしても、特例の面積変更は同様に認められるべきと解釈するのが相当です。 特例の面積修正が認められた事例として、相続税の申告書を提出した後、選択適用した小規模宅地等の地積につき相違があったことを認識した場合、小規模宅地等の選択替えという場所の変更を行うものではないため、「やむを得ない事情」として、小規模宅地等の地積の変更を認めるのが相当であるとした平成14年11月19日の裁決事例(TAINSコード:F0-3-079)があります。 ★実務上のポイント★ 適法に特例を選択した場合には、原則として、選択替えによる更正の請求は認められませんので、選択の適用にあたっては、慎重に判断する必要があります。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第34回】 「民事信託を活用した株式承継」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 西田 尚子 相談内容 私は、不動産賃貸業を行うX社の代表取締役のAです。X社の株式は私が100%保有しています。私には一人息子のBがおり、Bが後継者候補として1年前から会社に入っています。 X社の業績は、前期と今期はコロナの影響で一時的に下向きましたが、来期以降は売上の回復が見込まれています。X社の株価を算定したところ、保有する財産の評価額が下がっていることもあり今までにない低い価額となりました。来期以降は株価が上昇すると予測されるため、株価が低い今のうちにBに株式を贈与したいと考えています。 しかし、Bは若く経験が浅いため、会社の議決権を渡してしまうことには不安を感じています。また、できることならX社の株式はBの死後はBの子供、Bの子供の死後はBの孫といった具合に、私の直系の尊属に承継させたいと考えているのですが、何か良い方法はないでしょうか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 具体的な信託契約の内容 [2] 信託関係図 [3] X社株式の取扱い (1) 株式の名義 信託契約によりX社株式はAからYに信託譲渡されますので、AとYはX社に対して名義変更手続きを行い、Yが株主になります。 (2) 議決権の行使 受託者であるYは、信託財産に属する財産の管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行為をする権限を有します。ただし、信託行為によりその権限に制限を加えることもできます(信託法26)。 信託財産である株式の議決権の行使は、株主であるYが行うことになりますが、信託契約において議決権行使の指図権者をAと定めることによって、Aの意思に基づき議決権行使を行うことが可能になります。 (3) 配当金の受領 X社はYに対して、配当の支払いを行います。信託財産と受託者の固有財産は分別管理する必要があるため、YはX社からの受取配当をY固有の銀行口座とは別の口座を設けて管理し、受益者であるBに分配します。 [4] 信託の税務上の取扱い (1) 信託設定時 信託(退職年金の支給を目的とする信託その他一定の信託を除きます)の効力が生じた場合において、適正な対価を負担せずにその信託の受益者等(受益者としての権利を現に有する者及び特定委託者をいいます)となる者があるときは、その信託の効力が生じた時において、信託の受益者等となる者は、信託に関する権利を信託の委託者から贈与(その委託者の死亡に基因してその信託の効力が生じた場合には、遺贈)により取得したものとみなされます(相法9の2①)。 消費税法上は、信託行為に基づき信託の委託者から受託者へ信託する資産の移転は資産の譲渡等には該当しません(消基通4-2-1)。 本件では、信託契約において「委託者A≠受益者B」と定めるため、信託契約を締結したときに、受益者Bに対して贈与税が課税されます。 (2) 信託財産運用時 信託の受益者(受益者としての権利を現に有するものに限ります)は、その信託の信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなし、かつ、信託財産に帰せられる収益及び費用は受益者の収益及び費用とみなして、所得税又は法人税及び消費税が課税されます。ただし、集団投資信託、退職年金等信託又は法人課税信託の信託財産に属する資産及び負債並びにその信託財産に帰せられる収益及び費用については、この限りではありません(所法13、法法12、消法14)。 本件信託は、集団投資信託、退職年金等信託、法人課税信託のいずれにも該当しない受益者等課税信託になりますので、信託財産であるX社からの配当金については受益者であるB又はBの子孫の所得として所得税が課税されます。 (3) 信託終了時 受益者等の存する信託が終了した場合において、適正な対価を負担せずに信託の残余財産の給付を受けるべき、又は帰属すべき者となる者があるときは、給付を受けるべき、又は帰属すべき者となった時において、信託の残余財産(当該信託の終了の直前においてその者が当該信託の受益者等であった場合には、当該受益者等として有していた当該信託に関する権利に相当するものを除く)を信託の受益者等から贈与(当該受益者等の死亡に基因して当該信託が終了した場合には、遺贈)により取得したものとみなします(相法9の2④)。 消費税法上は、信託の終了に伴う受託者から受益者又は委託者への残余財産の給付としての移転は資産の譲渡等には該当しません(消基通4-2-1)。 本件では、受益権に信託終了時の残余財産の受給権が含まれますので、受益者が残余財産を受け取る場合には課税関係は発生しません。しかし、受益者に相続が発生したことにより信託が終了する場合において、帰属権利者が残余財産を受け取る際には、帰属権利者は信託の終了直前の受益者から、残余財産を遺贈により取得したものとして相続税が課税されます。 [5] 受益者連続型信託 (1) 受益者連続型信託とは 受益者の死亡等により、その受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡等により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含みます)のある信託をいい、信託設定時から30年を経過したとき以降に新たに受益権を取得した受益者が死亡するまで、又は信託が消滅するまで効力を有します(信託法91)。 (2) 課税関係 第二受益者以降は、新たに受益者になった時に信託に関する権利を直前の受益者から贈与又は遺贈により取得したものとみなされます。 本件では、Bの死亡により受益権がBの子供に引き継がれた時には、Bの子供は信託財産であるX社株式をBから遺贈により取得したものとみなされ、相続税が課税されます。 (3) 受益者連続型信託のメリット 受益者連続型信託のメリットは、主に次の3つとなります。 [6] 結論 ご質問の場合、株価が低いうちにX社の株式をAからBに贈与する一方で、Bが後継者として成長するまでは、Aが議決権を支配しておき、B以降の後継者もAが予め定めておくという目的を叶えるために、Aを委託者、Yを受託者、Bを第一受益者、Bの子供を第二受益者、Bの孫を第三受益者とする受益者連続型信託契約を締結し、信託契約においてX社の議決権行使の指図権者をAとする旨を定めておくことが有用です。 議決権行使の指図権の承継は、AがBに経営を安心して任せられることになるタイミングで、信託契約を変更して、Bを指図権者とすることにより可能となります。 受託者を一般社団法人Yとしているのは、受託者が個人の場合には、個人の死亡等により受託者の変更が必要になりますが、法人であれば、信託の終了まで継続して管理を任せることができるためです。受益者連続型信託の場合、信託期間が長期にわたることが考えられるため、受託者を持分のない一般社団法人にしておけば安心です。また、一般社団法人の理事を親族にすることによって、信託財産の管理・運営・処分を親族の合意で決めることができます。ただし、一般社団法人の設立・運営のための管理コストが発生しますのでご留意ください。 信託契約作成の際には、信託法に準拠しているか、みなし受益者に該当する者がいないか、法人課税信託に該当しない設計となっているか、遺留分の問題は考慮されているか、など注意を要する点が多々ありますので、具体的な対策については、弁護士や税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q68】 「株価指数先物取引を行った場合の課税関係」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 株価指数先物取引の課税上の取扱い (1) 申告分離課税の対象となる先物取引 一定の先物取引について決済したこと(差金等決済)による所得は、他の所得と区分し、先物取引による事業所得の金額、譲渡所得の金額及び雑所得の金額(以下、「先物取引に係る雑所得等の金額」)として、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率にて課税されます。 この申告分離課税の対象となる先物取引とは、商品先物取引等、金融商品先物取引等及びカバードワラント取引をいいます。株価指数などの有価証券指数を利用した有価証券の先物取引として、TOPIX先物や日経225先物は、有価証券株価等先物取引(※)として、金融商品先物取引等に含まれます。 (※) 有価証券市場において、有価証券市場を開設する者の定める基準及び方法に従い、当事者があらかじめ有価証券指数(株券その他一定の有価証券について、その種類に応じて多数の銘柄の価格の水準を総合的に表した株価指数その他の指数で有価証券市場を開設する者の指定するもの)として約定する数値(約定指数)又は有価証券(株券その他一定の有価証券のうち有価証券市場を開設する者の指定するもの)の価格として約定する数値(約定数値)と将来の一定の時期における現実の当該有価証券指数の数値(現実指数)又は現実の当該有価証券の価格の数値(現実数値)の差に基づいて算出される金銭の授受を約する取引をいいます。 また、先物取引に係る雑所得等の金額について確定申告書を提出する場合には、その金額に関する計算明細書(先物取引に係る雑所得等の金額の計算明細書)を添付することとされています。 (2) 他の所得との損益通算不可 先物取引に係る雑所得等に該当する投資について損失が生じた場合、先物取引に係る雑所得等の金額の範囲内で損益通算することができます。ただし、その損益通算後に、なお損失の金額が生じる場合には、原則として、当該損失の金額は生じなかったものとみなされますので、他の種類の所得との損益通算は認められません。 (3) 損失の繰越控除 先物取引に係る雑所得等の金額の計算上、損失の金額が生じる場合には、他の所得との損益通算は認められませんが、確定申告書の提出を要件として、その年の前年以前3年内の各年において生じた先物取引の差金等決済に係る損失の金額は、当該年分の先物取引に係る雑所得等の金額の計算上控除する特例が認められています(損失の繰越控除)。 この特例を適用するためには、損失の金額が生じた年分について、損失の金額の計算に関する明細書(平成・令和 年分の所得税及び復興特別所得税の申告書付表(先物取引に係る繰越損失用))を添付した確定申告書を提出し、その後において、連続して確定申告書を提出し、さらに、この特例を受ける年分の確定申告書にこの繰越控除を受ける金額の計算に関する明細書(様式は上記と同じ)を添付することが必要です。 2 本件へのあてはめ 日経225miniに係る先物取引は、有価証券株価等先物取引に該当するため、その先物取引の決済から生じた所得は、先物取引に係る雑所得等の金額として申告分離課税の対象となります。したがって、他の所得と区分して、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率にて課税されることとなります。 また、損失が生じた場合には、先物取引に係る雑所得等のなかで損益通算が認められるのみで、他の種類の所得と通算することはできませんが、先物取引に係る雑所得等の金額の範囲内で3年間にわたって繰越控除することが認められます。繰越控除の適用を受けるためには、損失の金額の計算に関する明細書を添付してその損失が生じた年分の確定申告書を提出し、その後も連続して確定申告書を提出し、さらに、繰越控除を受ける年分の確定申告書に、繰越控除金額の計算に関する明細書を添付する必要があります。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第50回】 「「自己の居住用財産の特別控除の特例(措法35②)」との適用関係」 -居住用財産の譲渡損失特例と他の特例との重複適用関係- 税理士 大久保 昭佳 Q 次の場合、本年分の確定申告にあたって、Xは「自己の居住用財産の特別控除の特例(措法35②)」の適用は可能でしょうか。 ■Xの前々年分及び前年分の措法41の5に係る確定申告状況は、本年分における措法35②の重複適用排除規定に該当するか? A 本年分の確定申告において、「自己の居住用財産の特別控除(措法35②)」の特例の適用を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 「自己の居住用財産の特別控除の特例(措法35②)」は、前年又は前々年において既に同法同項のほか、次の特例を受けている場合には適用を受けることができません。 そして、「居住用財産買換の譲渡損失特例」に係る繰越控除の特例は、損益通算の特例の適用を受けた年について期限内申告書を提出した場合であって、その後において連続して確定申告書を提出し、かつ、繰越控除の特例の適用を受ける年において通算後譲渡損失の金額及びその金額の計算の基礎その他参考となるべき事項を記載した明細書並びに取得をした買換資産に係る繰越控除の特例を受ける年の12月31日における住宅借入金等の残高証明書の添付がある場合に適用するとされています(措法41の5⑤、措規18の25②)。 したがって、本事例の場合、Xは前々年も前年も合計所得金額が3,000万円を超過していることから、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けておらず(措法41の5④ただし書)、本年分の確定申告については、「自己の居住用財産の特別控除」の特例を受けることができることとなります。 (了)
〔顧問先を税務トラブルから救う〕 不服申立ての実務 【第6回】 「再調査の請求と審査請求の「件数」と「認容割合」の実際」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 令和2年度の統計情報 (1) 統計情報は毎年6月に公表される 2021年6月23日、国税庁は、令和2年度(会計年度)における「再調査の請求」「審査請求」「訴訟」の概要をそれぞれ公表した。 本稿では、このうち、再調査審理庁(原処分庁)が審理する「再調査の請求」と国税不服審判所が審理する「審査請求」という行政判断に属する二者の審理機関が行った原処分の取消し状況について解説する。 (2) 再調査の請求 ① 発生状況 (※) 国税庁「令和2年度における再調査の請求の概要」より抜粋。 平成28年度以降の申立件数が減少しているのは、従前は青色申告書に係る更正等以外の処分については必ず異議申立て(現在の再調査の請求)を経なければ審査請求を行うことができなかったが、平成28年4月1日以後の処分については、納税者の選択により、再調査の請求を経ずに直接審査請求できるように国税通則法が改正され、そのようにした納税者が多くなった(令和2年度の直接審査請求割合は71.5%)からである。 令和元年度及び令和2年度の申立件数の減少は、新型コロナウイルス感染症の影響により、税務調査件数の減少に伴う不利益処分数の減少が影響しているものと考えられる。 ② 処理状況 (※) 国税庁「令和2年度における再調査の請求の概要」より抜粋。 認容割合(処分の全部又は一部が取り消された割合)は10.0%であり、例年10%前後の数値を示している。 国税庁の業績目標である標準審理期間の3ヶ月以内処理件数割合は99.9%と急上昇しているが、令和2年度は災害等による調査の中断や納税者の都合によって3ヶ月以内に処理できなかった事案を除外して算出しており、当該影響を含めた割合は87.9%であったことから、やはり新型コロナウイルス感染症の影響はあったとみられる。 (3) 審査請求 ① 発生状況 (※) 国税庁「令和2年度における審査請求の概要」より抜粋。 平成28年度以降の請求件数が増加しているのは、前述の直接審査請求の増加による請求時期の前倒しの影響とみられる。 令和元年度及び令和2年度の申立件数の減少は、新型コロナウイルス感染症の影響により、税務調査件数の減少に伴う不利益処分数の減少が影響しているものと考えられる。 ② 処理状況 (※) 国税庁「令和2年度における審査請求の概要」より抜粋。 認容割合(処分の全部又は一部が取り消された割合)は10.0%であり、例年10%前後の数値を示している。 国税庁の業績目標である標準審理期間の1年以内処理件数割合は83.5%と急減しているが、3名の審判官の合議によって審理する国税不服審判所の性格から、新型コロナウイルス感染症の蔓延防止に対応した審理態勢の構築に一定の時間を要した影響とみられる。 2 不服申立て件数に係る誤解 (1) 納税者ベースではなく処分件数ベース 上記1の統計情報を見ると以下のように理解されるかもしれないが、それは誤りである。 理由は、上記の各件数は「納税者ベース」ではなく「処分件数ベース」だからである。 (2) 不利益処分の単位と実際の事件数 ① 法人税の例 法人税や個人事業者の事業所得の税務調査は、1回に数年度(例えば3事業年度)分を対象に行われることが通常であり、たとえ同じ論点に係る否認であっても、年度が異なれば各年度を単位として3件の更正処分が行われる(更正通知書も別々に起案される)。 ② 相続税の例 我が国の相続税は法定相続分課税方式を採用しており、課税価格が増加した相続人が1人のみであっても、超過累進税率の適用によって他の相続人(例えば4人)の相続税額まで反射的に増加する仕組みとなっている。 このうち、課税価格が増加した相続人のみならず、他の相続人4人も含めて不服申立てすれば、1人の被相続人に係る相続税申告であっても、件数のカウントは5件となる。 ちなみに、上記のようなケースでは、通常は総代を選任して「総代Aほか4名」というようにまとめて審理されることになり、再調査決定書又は裁決書も1通のみ発出されることになる。 ③ 本税に付随する税目 平成25年度から、東日本大震災の復興財源に充てるための「復興特別所得税」「復興特別法人税」が創設された。 このうち、復興特別所得税は令和19年度まで継続される一方、復興特別法人税は2年間で廃止されたが、法人税の一部を切り出す形によって「地方法人税」が創設された。 また、消費税は、平成9年度の税率引上げ時から、その一部を切り出す形によって「地方消費税」が創設された。 これら「復興・・・税」・「地方・・・税」は、本税の税額が確定されると自動的に算出される性質があるものの、あくまで本税とは別の税目であり不利益処分も本税と区分してなされる。 ④ 附帯税 過少申告(無申告・不納付)加算税・重加算税の加算税についても、本税と区別して処分がなされる。 このうち、過少申告(無申告・不納付)加算税について本税と併せて不服申立てする場合には、加算税の取消しの可能性は原則として本税が取り消されるか否かに依存することから、本税に含めてカウントされる。 しかし、重加算税については、「隠ぺい又は仮装」といった他の加算税とは異なる課税要件があり、それによって「過少申告加算税を超える部分の重加算税の取消し」の可能性があることから、本税とは区別してカウントされる。 ⑤ 実際の事件数は公表ベースの数分の1 このように、再調査の請求における再調査決定書及び審査請求における裁決書の各発出件数は、統計情報として公表されている処分件数ベース(公表ベース)の数分の1程度であることが推察される。 3 認容割合は低いのか (1) 不服申立ては「同じ穴のムジナ」か 上記の1のとおり、再調査の請求も審査請求も認容割合は概ね「10%前後」であるが、この数値だけを捉えると、「ほとんど救済されていない(原処分を維持している)ではないか。やはり課税庁寄りで『同じ穴のムジナ』ではないか。」と思われるかもしれない。 しかし、実際に国税不服審判所を経験した者から見ると、「認容割合はもう少し高く顕れても良いのではないか?」とも感じる。 それは、実際に審理を進行しなければ「行司軍配をいずれに挙げられるかわからない」事案は、全体の数分の1くらいしかないというのが経験者の印象としてあるからである。 (2) 本当に勝負になる事案はどれくらいか 例えば、再調査の請求書や審査請求書の「請求の理由」を見ると、以下の内容で構成されているものが相応の割合で存在するが、このような原処分の当否(課税等要件)に直接関係の乏しい主張は、審理機関としても取扱いに難儀し、結果として満足な救済を受けられる可能性も低くなる。 審理機関としては、実質の審理次第で判断が分かれる可能性のある全体の数分の1の事案にエネルギーを集中させるのが人的資源の観点から適切であり、こういった事案のみを分母とすれば、実質的な認容割合は数倍に跳ね上がるが、統計情報としては「10%前後」という数値しか顕れない。 代理人を選任されていない(本人審査請求)が全体に占める割合も相応にあり、苦情処理機関であるとの誤解が多いのかもしれないが、「本当に勝負になる事案」はそれなりに取り消しているともいえる。 したがって、認容割合が10%(競争率10倍)だからといって、端はなから期待薄という先入観を持つ必要はないと思われる。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第118回】 OKK株式会社 「特別調査委員会調査報告書(開示版)(2021年9月17日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【OKK株式会社特別調査委員会の概要】 【OKK株式会社の概要】 OKK株式会社(以下「OKK」と略称する)は、1915(大正4)年10月設立。2015(平成27)年10月に社名変更(旧社名は大阪機工株式会社)。工作機械の製造・販売を主たる事業とする。連結売上高12,083百万円、連結経常損失2,474百万円、従業員数758人(いずれも、2021年3月期実績)。東京証券取引所1部上場。本店所在地は兵庫県伊丹市。会計監査人は、EY新日本有限責任監査法人大阪事務所(以下「新日本監査法人」と略称する)。 【調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 OKKは、会計監査人である新日本監査法人から、仕掛品残高の費用処理に関する問題点、具体的には、滞留仕掛品の売上原価による費用処理について、その適正性について検証が必要である旨の指摘を受け、調査を行った結果、仕掛品残高の確定につき、過去の会計処理に誤りがある可能性を確知し、2021年5月21日、会計監査人との協議の上、当該事実の解明については社内調査委員会による調査が必要であると判断し、速やかに専門性を有する有識者からなる社内調査委員会を設置して調査を行った。 しかし、社内調査委員会による調査(ヒアリング等)の過程で、当初誤りがある可能性が指摘されていた会計処理以外についても、誤った会計処理がなされていた可能性があること、これらの会計処理の誤りについて、2020年5月頃、代表取締役社長である浜辺義男氏(報告書上は「A氏」と表記。当時は代表取締役専務執行役員。以下「浜辺社長」と略称する)がその誤りを認識し得た可能性があるにもかかわらず、適時に適切な会計処理がされていなかったとの内部統制上の問題の有無について疑義が生じるに至ったことから、公正性を確保しつつ事実の解明を行うため、より客観性・独立性の高い社外の有識者からなる調査委員会による調査が必要であるとして、2021年6月24日、特別調査委員会を設置した。 2 不適切な会計処理の概要 特別調査委員会は、問題行為の概要は次のとおりとした。 特別調査委員会が認定した仕掛品残高の過大計上額は、2016年3月期の期首段階で969百万円。この残高が不適切なものであることを隠蔽する行為(不適切会計処理)を繰り返した結果、2021年3月期第3四半期末現在の過大計上額では805百万円であった。 3 原因に関する考察(調査報告書89ページ以下) 特別調査委員会は、OKKにおいて、不適切会計処理が続けられてきた原因として、次のようにまとめている。 ここでは、原因の1つとなっている基幹システムの移行時の問題点を取り上げておきたい。新システムへの見切り発車での移行、システム改修に否定的な経営陣の態度、業績低迷に伴う人員の削減・流出の影響もあり、場当たり的に不適切な会計処理を繰り返すという悪循環に陥っていたことが次のように分析されている。 4 再発防止策の提言(調査報告書100ページ以下) 上記の問題点を踏まえて、特別調査委員会は、再発防止策の提言を次のようにまとめている。 ここでは、特に内部監査部門に対する再発防止策の提言を見ておきたい。 OKKの有価証券報告書に記載されたコーポレート・ガバナンス「体制図」では、内部監査室(3名)は監査等委員会の直轄組織とされ、次のように説明されている。 また、内部監査室の他にも、内部監査を担当する部署として社長直轄の経営管理室(1名)及びコンプライアンス室(2名)があり、体制を見る限り、監視(モニタリング)機能を果たせるのではないかと思料するが、実際の内部監査部門の状況は、上記「3 原因に関する考察」の「(5) 内部監査部門の問題点」では、以下のように分析されていた。 そして、そうした状況を改善するための特別調査委員会の提言は主に次のとおりである。 特別調査委員会は、「内部監査室ないしそれに相当する組織について、その位置づけ及び権限を明確化しておく必要がある」と提言しているが、これは、内部監査室が、監査等委員会直轄である組織の位置づけに問題があるということを示唆しているのか、内部監査室、経営管理室及びコンプライアンス室といった組織それぞれの位置づけや権限が明確でないことを意図しているのか、提言からは読み取れなかった。 【調査報告書の特徴】 創業100年を超える老舗の工作機械メーカーOKK。かつては400億円を超える売上高があったものの、最近の売上高は200億円台で推移。一方、仕掛品残高は50億円を超える状態が続いていた。2016年6月にOKKの取締役監査等委員に就任した三浦善弘氏(報告書上の表記は「H氏」。以下「三浦監査等委員」と略称する)は、就任の際に「決算書を見て、異様に在庫が多いなという印象」を持ったということである。特別調査委員会は、調査の結果、公認会計士でもある三浦監査等委員に対して、「不適切な会計処理が行われていた等の疑義を持ち得る端緒はなかった」と結論づけている。 本件は、改めて基幹システムの移行の難しさと、システム移行の結果、誤ってしまった会計処理を正すことの難しさを教える事案であった。担当者にとっては、正しい仕掛品残高とするために経営陣を説得するよりは、データを偽装して会計監査人を欺き続ける方が、易しかったということなのかもしれない。 1 基幹システムの検証/改修に向けた動き 特別調査委員会の調査によれば、基幹システムであるG2については、システム移行後、三浦監査等委員は、G2システムの検証に関与した事実はあるものの、独立性の問題があることに加え、調査の入口の段階で根が深いことがわかり、三浦監査等委員のもとでのシステムの検証は継続されずに、OKKがその後別の外部専門家に依頼して、システム検証のプロジェクトが進められたことが認められ、三浦監査等委員自身も「システムについては、不具合が断続的に発生し、会社から依頼を受けて自分も会計士として協力することになったが、結論としては、出てきた数字を分析してもわからない、根本的にシステムを一から検証していかないとわからないということになり、当社が外部の専門家に依頼することになった。」と述べているということである。 その後、OKKでは、G2の導入以降、貸借対照表に計上されている棚卸資産(特に仕掛品)が増加しており、システムの不具合が疑われたことから、2017年夏ごろから外部専門家により分析が開始された。その結果システムの不具合ではなく、マスター設定の不備や人の手の運用が周知されていないことが原因として発注が過大となり結果的に仕掛品を増加したことが判明した。その後、マスターの整備を進め、人の手の運用方法を確立して周知することで、過大な発注は抑制されて仕掛品は減少した。 その後、原価計算担当者となった企画管理課課長らを中心に、システム改修の提案を行ったが、当時の管理本部長であった道岡常勤監査等委員から強い否定を受けて断念したことは、上記「3 原因に関する考察」の〈基幹システムの機能不全〉に記載のとおりである。 2 取締役の異動 OKKの取締役5名の選任議案は、特別調査委員会による調査が継続中の6月25日に開催された第163回定時株主総会で、原案どおり可決された(2021年6月25日「第163回定時株主総会決議ご通知」参照)ものの、調査の進行に伴い、異動の公表が行われることとなった。異動内容は以下の表のとおりである。 (※1) 2021年8月13日「代表取締役の異動に関するお知らせ」参照。 (※2) 2021年10月6日「代表取締役および取締役(社長交代を含む)の異動に関するお知らせ」参照。 まず、調査継続中の8月13日に、浜辺社長が代表権を返上し、取締役常務執行役員の森本佳秀氏(報告書上の表記は「J氏」)と取締役上席執行役員の足立圭介氏(報告書上の表記は「I氏」)の2人が、代表権を有するとする異動を公表した(2021年8月13日「代表取締役の異動に関するお知らせ」参照)。この異動の理由について、次のように説明されている(一部文章を省略し、文言を補っている)。 そして、調査結果に基づく有価証券報告書等の提出が完了した10月6日、OKKは、浜辺社長と道岡常勤監査等委員の退任とともに、11月10日開催予定の臨時株主総会の決議を経て、新たに選任される取締役及び取締役(常勤監査等委員)を公表した(2021年10月6日「代表取締役および取締役(社長交代を含む)の異動に関するお知らせ」参照)。 3 会計監査人の異動 特別調査委員会による調査中の8月13日、OKKは、48年間継続して会計監査を担当してきた新日本監査法人から、2020年9月17日に、次期以降の監査工数の増加見通しを考慮すると報酬希望額が増加していくこと等を理由に、2021年3月期有価証券報告書の監査業務終了の時をもって、会計監査人を退任する旨の正式な申し出を受けて同意し、2021年6月開催の第163回定時株主総会をもって任期満了により退任させる方向で検討するとともに、後任会計監査人の選任及びその開示の準備を進めていた(2021年8月13日「会計監査人の異動に関するお知らせ」参照)。 ところが、不適切な会計処理が発覚し、その調査のため、2021年3月期有価証券報告書の提出期限の延長申請を行ったことから、OKKは、第163回定時株主総会では後任会計監査人の選任を議案として提出せず、新日本監査法人には、2021年3月期有価証券報告書の会計監査業務の継続を依頼した。 有価証券報告書等の提出後、OKKは、株主総会決議までの間、会計監査人が不在となるため、一時会計監査人の選任が必要となり、10月6日に、監査法人やまぶきを一時会計監査人として選任したことをリリースした(2021年10月6日「一時会計監査人選任に関するお知らせ」参照)。 4 特別損失の計上 10月6日、OKKは、棚卸資産の残高確定の過程で不適切な会計処理が行われていたことが判明し、社内調査委員会、特別調査委員会による調査費用及び過年度決算の訂正に要する費用等が発生したことから、2022年3月期第2四半期において650百万円(概算額)を特別損失として計上する見込みとなったことを公表した(2021年10月6日「特別損失の計上見込みに関するお知らせ」参照)。 会計不正に係る調査費用及び過年度決算訂正費用などを公表する上場企業はあまり多くないのだが、OKKの会社規模に比して、この特別損失計上額はかなり多額である。特別調査委員会による調査期間が約3ヶ月、先行する社内調査委員会も約1ヶ月調査を行っていたため調査費用がかさんだこと、有価証券報告書に係る監査報告書がすべて限定付適正意見になったこと(2021年10月6日「有価証券報告書に係る監査報告書の限定付適正意見に関するお知らせ」参照)から、監査報酬の請求が多額であったことなどが理由ではないかと推察するが、特別損失の内訳については公表されていない。 いずれにしても、2021年3月期の業績が低迷しているOKKにとって、大きな負担となったであろうことは間違いない。 (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第19回】 「セクハラと社内恋愛の見分け方」 弁護士 柳田 忍 【Question】 当社の社員A(女性)から、「上司B(男性)から性交渉を強要されるなどのセクハラ被害を受けた」との申告がありました。 そこで、上司Bに対して事情聴取を行ったところ、上司Bから、「私と社員Aとは恋愛関係にあり、性交渉についても社員Aの同意があるから、セクハラではない」との反論がなされました。 上司Bから提示された社員Aから上司B宛てのメールには「Bさんのことが好きです」などと記載されていることから、上司Bが説明するとおり、社員Aと上司Bは恋愛関係にあり、セクハラではないのではないかと考えているのですが、そのような判断でよいでしょうか。 【Answer】 被害者から加害者に対する好意を表しているともとれる表現が見られるからといって、必ずしも両者が恋愛関係にあるとは限りません。周辺事情をも考慮した上で、当該表現がなされた真意について慎重に検討した上で、判断を下すべきであると思われます。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 総論 セクハラ事案の事実調査において、加害者が被害者への性的接触を認めた上で、「被害者とは社内恋愛関係にあるため、セクハラではない」との抗弁を持ち出してくることは少なくない。更に、被害者・加害者間でやりとりされたメール等において、被害者から加害者に対する好意を表しているともとれる表現が見られることも多く、セクハラなのか、社内恋愛に過ぎないのかの判断に迷ったことがある調査担当者は多いのではないかと思われる。 そこで、本稿においては、セクハラと社内恋愛との区別に際してポイントとなる点を解説する。 なお、女性から男性に対するセクハラや同性に対するセクハラも存在することから(「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号)2(1))、社内恋愛の抗弁が問題となるのも、男性を加害者、女性を被害者とするセクハラ事案には限られないが、依然としてセクハラ事案の多くが加害者を男性とし、被害者を女性とするものであることから、本稿においても、男性が加害者、女性が被害者であるとの前提で論ずるものとする。 2 セクハラと社内恋愛の区別においてポイントとなる点 セクハラと社内恋愛の区別に際しては、以下のような事情に着目すべきである。 (1) 加害者・被害者間の年齢差が大きい場合や加害者に妻子がある場合 例えば、X社事件判決(東京地判平成24年6月13日(労経速2153号3頁))は、加害者に妻子があることなどから、被害者が加害者に対して好意を寄せるだけの理由は特に認められないと認定し、東京地判平成15年6月9日は、妻子ある加害者が女性部下である被害者に対して異性として好意を寄せていることを表現した内容の手紙を渡すことは、社会的に相当であると認められる限度を超えて、女性部下に対し異性として接するものであるとして、セクハラを認めている。 また、同東京地判平成15年6月9日は、加害者が被害者よりも約20歳も年上であることもセクハラを認める1つの理由としている。 年齢差や妻子の有無は常に社内恋愛の存在を否定するものではないが、まずは社内恋愛の存在を疑うポイントであると考えてよいであろう。 (2) 加害者が異性から好意を寄せられるタイプではないと思われる場合 前掲X社事件判決は、加害者が普段から性的な発言をしたり粗暴な言葉使いをしたりしている者であることからも、被害者が加害者に対して好意を寄せるだけの理由は特に認められないと認定している。異性に対する好みは様々ではあるが、加害者が周りから恋愛対象として見られるタイプではない場合には、社内恋愛ではない可能性を疑うべきであろう。 (3) 被害者から加害者に対して好意ともとれる表現がなされている場合 ① 被害者から加害者に対して好意ともとれる表現がなされる背景事情 上記のとおり、被害者・加害者間でやりとりされたメール等において、被害者から加害者に対する好意を表しているともとれる表現が見られることがあるが、そのような表現を額面通りに捉えて一足飛びに結論に至るべきではない。その理由は、前掲東京地判平成15年6月9日が以下のとおり述べるところである(下線は筆者による)。 よって、被害者から加害者に対する好意を表しているともとれる表現が見られる場合であっても、以下の点に注意して、その真意を慎重に検証しなければならない。 ② 被害者の真意を判断する際のポイント まず、被害者から加害者に対する好意を表しているともとれる表現が、異性としての好意からなされたものではなく、尊敬の念や同情等の感情からなされたに過ぎない場合があることに留意する必要がある。 例えば、東京地判平成27年6月26日(判時2278号129頁)は、被害者が加害者の頬にキスしたことについて、加害者が「精神的に不安定で酷く落ち込んでおり、憔悴した様子で、正常な精神状態ではないように見えたことから、慰めの意味で、ぎりぎりの好意として行ったものと認められるのであって、恋愛感情に基づくものとは認められない」と判断している(下線は筆者による)。 また、メール等においてハートマークが使われることもよくあるが、被害者が加害者に対してハートマークを付したメールを送信したことについて、かかる事実から加害者に対する恋愛感情を有していたことまで推認することができるものではなく、加害者がハートマークを使用したことに対応したものと見ることもできるし、そもそもメールを送信する際、単なる感情表現の手段としてハートマーク等の絵文字を用いることも通常あり得ることであるから、かかる事情をもって、性的行為の容認を含めた恋愛感情を抱いていたということはできない、と判断がなされた例がある(東京高判平成31年2月27日(判タ1466号67頁))。 他方で、京都地判平成25年1月29日(判時2194号131頁)は、被害者が、加害者との性交の直後に、性交を振り返って肯定的な感想を述べるメールを加害者に送信したことについて、性交を強要された者の行動として不自然であり、単に表面上の恋愛関係を装うものや、セクハラ加害者との関係を当面つなぎ止めておくためのものとは明らかに性格が異なるとして、被害者が加害者との性的関係について同意していたと認定するに至っている。同判決は、被害者が、通常の交際相手に対してするように、加害者の容姿や発言を茶化すようなメールを送信した事実についても、被害者の同意を肯定する根拠としている。 上記のとおり、被害者から加害者に対する好意を表しているともとれる表現が見られるのは、女性労働者が、管理職の男性等から必要以上に異性として扱われるなどしても、不本意ながらも、管理職にある男性等に迎合し、これらの言動を受忍してこざるを得なかったという背景事情があるためである。この点、「単に表面上の恋愛関係を装うメールや、加害者との関係を当面つなぎ止めておくためのメール」等の最低限の好意の表明であれば、加害者に対して不本意ながら迎合するものであると評価することができるため、必ずしも社内恋愛の存在を肯定する方向には働かない。 しかし、加害者との性交の直後に性交を振り返って肯定的な感想を述べるメールや、加害者の容姿や発言を茶化すようなメールについては、最低限の好意の表明の枠を超えていると見ることも可能である。前掲京都地判平成25年1月29日は、このような判断に基づき、セクハラの存在を否定したものと考えられる。 3 結語 上記のとおり、加害者側が社内恋愛の抗弁を持ち出すことは多いが、被害者側が、別れ話が拗れた腹いせ等により虚偽のセクハラ被害の申告を行うことも少なくない。調査担当者においては、これらの可能性を念頭において、慎重な対応を心がけるべきである。 (了)