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事例で検証する最新コンプライアンス問題 【第21回】「電機メーカーでの品質不正-その原因は何か」

事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第21回】 「電機メーカーでの品質不正-その原因は何か」   弁護士 原 正雄   M電機では、2016年、2017年、2018年と3度にわたり、グループ全体を対象に品質不正の発見に向けた点検を実施してきた。それにもかかわらず、その間もその後も数多くの品質不正が次々と発覚し続けた。 2021年4月、可児工場において、電磁開閉器につき、米国の第三者認証機関ULに認証登録したものとは異なる材料が使用されている事実が発覚した。 同年6月、長崎製作所においても、鉄道車両用空気調和装置などにつき、契約で定めた品質試験を実施していない疑いが発覚した。 以上の結果、同年7月2日、M電機は記者会見で社長が引責辞任を表明せざるを得ない事態に至ってしまった。 そこで、M電機は、本件品質不正の問題の本質に迫り、断固たる再発防止策を実現することを目的として、同年7月21日、調査委員会を設置した。同委員会はM電機への調査を実施し、同年10月1日に「調査報告書」を提出し、同年12月23日にも「調査報告書(第2報)」を提出した。 M電機の品質不正は非常に広範で、多数の事業所の様々な製品に及ぶ。その全てに論及するのでは紙幅が足りない。そこで、本稿では、可児工場での電磁開閉器の事案と、長崎工場の鉄道車両用空気調和装置の事案(以下、両事案を合わせて「本件品質不正」という)を対象に、なぜM電機で本件品質不正が起きたのかを分析する。   1 本件品質不正の概要 (1) 可児工場-UL認証との不整合 可児工場では、電磁開閉器において、米国の第三者認証機関UL(Underwriters Laboratories)に認証登録したものと異なる材料を使用していた。この不正が行われた経緯は、以下のとおりである。 2012年当時、可児工場では、改良型の電磁開閉器の開発を進めていた。ただ、その開発は遅延を重ねており、さらなる開発遅延は許容され難い状況にあった。 そうしたところ、同年8月から9月にかけてUL規格が改訂された。その結果、従前から電磁開閉器に使用していた材料がUL規格を満たさなくなってしまった。他方、UL規格を満たす材料では、電磁開閉器の耐久性が下がる。 同年10月頃、可児工場の技術課は、その問題を解消するためにさらなる開発を重ねる時間的余裕はないと判断し、従前から使用していた材料の使用を継続することとして、その旨を工場長に報告して了承を得た。また、ULに対しては、規格を満たす材料を使用する旨の虚偽申請をすることとした。その結果、可児工場は、UL規格に適合しないまま、UL認証の登録を受けてしまった。 その後、可児工場の技術課の担当者は、UL認証との不整合の是正に向けた開発を進めたものの難航し、是正できないまま製造・販売を継続することになった。ULが定期点検で製造委託先を訪問する際には、認証との不整合が発覚しないよう製造委託先に虚偽の図面を提供し、規格を満たす材料を使用している旨説明するように依頼していた。 (2) 長崎製作所-品質試験での不正 長崎製作所では、概ね1985年頃から、鉄道車両用空気調和装置について、契約で定めた品質試験を実施していなかった。 その不正は、開発性能試験と商用試験の双方において行われた。開発性能試験とは開発段階で実施する試験のことであり、商用試験とは製造段階で実施する試験のことである。概要は以下のとおりである。 【開発性能試験】 【商用試験】   2 原因 本件品質不正がなぜ行われたのか。その原因は、不正のトライアングルの「動機、機会、正当化」の三要素に分けて分析することができる。以下のとおりである。 (1) 動機 まず、M電機の現場が、なぜ本件不正行為に手を染めてしまったのか、その「動機」について検討する。 ① プレッシャー 可児工場では、電磁開閉器の開発が遅延していた。技術課の担当者には、これ以上発売時期を遅らせるわけにはいかないという事情があった。 長崎製作所では、性能試験室が工作ラインから離れた位置にあり、冷房能力試験等を実施していては生産が追いつかず出荷が遅れるという事情があった。 上記は、現場にとっての開発や生産・出荷にかかるプレッシャーであった。 ② 事業本部制 ただ、企業や現場が開発や生産・出荷のプレッシャーにさらされるのは当然である。そうしたプレッシャーがあっても、他の企業や現場は品質不正を行わない。にもかかわらず、M電機は品質不正を行った。「調査報告書」によれば、M電機においては、こうしたプレッシャーにさらなる背景事情が加わっていた。それは“事業本部制”である。 M電機で事業本部は、それぞれが独立した損益管理を行っており、いわば1つの会社のようとも言われていた。さらに、事業本部の傘下にある製作所や販売事業部、さらには事業(製品)も、個別に損益管理されていた。 製作所、販売事業部、事業(製品)ごとの損益管理は、経営資源を適切に配分し、効率的な事業運営をする上で有用である。 ただ、M電機では同時に、そうした損益管理が、コストが生じる場合には必要な情報でもボトムアップしないという事態を招いてしまった。なぜなら、事業(製品)の損益が悪化すると、会社が当該事業(製品)から撤退する恐れが生じる。当該事業(製品)から会社が撤退すると、それを担当する従業員が職場を喪失するからである。そのため、当該事業(製品)を担当する従業員は、損益が悪化しないよう、現場レベルで必要なプロセスを省略してしまったり、設備投資が必要との判断を現場レベルで握りつぶしてしまったりすることがあった。 可児工場では、電磁開閉器について、開発が遅延する中、発売スケジュールに間に合わせるため、UL規格を充足しない材料を使用した。これは、損益を悪化させないためにも発売スケジュールを厳守すべきとの思いが技術課従業員に共有されていたからであった。開発に支障が生じていることを名古屋製作所や本社に報告して支援を仰ぐことも考えられたが、可児工場の従業員はそうした対応をしなかった。 長崎製作所では、商用試験の施設ではそもそも試験室がなく、冷房能力試験や防水試験が実施できないという問題があった。しかし、試験室の新設は費用がかかりすぎるため、品質管理課の管理職レベルの判断で採用が見送られた。そのため、試験室を新設すべきとの意見が、長崎製作所から社会システム事業本部や本社に報告されることはなかった。 M電機では、厳格な損益管理が仇となって本件品質不正を招いてしまった。 (2) 機会-品質部門の脆弱性 本件品質不正において、品質部門は牽制機能を果たすことができなかった。そのため、M電機では、現場は抵抗なく本件不正行為を行うことができた。これは、本件品質不正について「機会」を付与するものであった。以下のとおりである。 ① 可児工場-製造部門から独立していなかった 可児工場においては、UL認証との不整合の事実は、技術課の担当者のみならず、品質保証課の管理職をはじめとする担当者との間とも共有されていた。にもかかわらず、品質保証課は牽制機能を果たすどころか、製造部門と一体となって品質不正に関与し、黙認していた。この理由として、以下の2つの要素があった。 まず、組織の要素として、品質保証課が製造部門の傘下にあり、独立性が確保されていなかった点がある。M電機では、製造部門から独立した品質部門を設置するか否かは、事業本部や拠点の自律的な判断に委ねられていた。その結果、可児工場では独立した品質部門が設置されなかった。 また、人的な要素として、品質保証課の担当者にとって、牽制機能を発揮することが容易ではなかったという点がある。M電機では、課長に就任するまでは、同じ事業や製品の範囲内で、設計、製造、品質の各部門をローテーションする人事が多い。品質保証課の担当者が製造現場に反対の声を上げることは、かつて自分が所属し、今後も所属する可能性のある部署に反対意見を述べることを意味するからである。 以上のとおり、可児工場では、組織的にも人的にも、品質部門が製造部門から独立していなかった。これは、組織の在り方に関する経営陣の考え方を反映したものとも言える。 ② 長崎製作所-人材が質・量共に十分ではなかった 長崎製作所においては、2014年2月、製造部門から独立した品質部門として、品質保証部が設置された。その結果、品質部門の独立性は一応確保された。 ただ、品質保証部は、製造部門が契約に定める試験を実施していなかった事実を把握できなかった。品質保証部は、開発段階でのチェックを主眼としており、製造工程のチェックをしていなかった。製造現場を巡回して実態把握に努めることもしていなかったからである。例えば、長崎工場では、製造ライン上に冷房能力試験や防水試験の施設がないことは一目瞭然であった。しかし、品質保証部は、そのことに気付かなかった。 また、長崎製作所では、設計課が品質管理課(注:製造部内の課であり、品質保証部とは別である)に契約で定めた試験項目を伝えても、品質管理課はその試験項目を記載せずに試験要領書を作成していた。公的規格についても、同様に記載していなかった。しかし、この不記載を品質保証部がチェックをする仕組みもなかった。 長崎製作所では、人材が質・量共に十分ではなく、製造現場を把握し、製造部門への牽制を働かせるだけの力を持てなかった。これは、人的リソースの配置に関する経営陣の考え方を反映したものとも言える。 (3) 正当化 現場は、本件品質不正について「実質的に問題はない」と考えていた。これは、本件品質不正を「正当化」するものであった。以下のとおりである。 ① 「品質に問題なければよい」 本件品質不正の直接の原因は「品質に実質的に問題がなければよい」という安易かつ誤った正当化が行われていた点にある。 「調査報告書」によれば不正に関与した従業員は、口を揃えて「品質に問題はなかった」と述べる。そのため、一部の従業員は、本件品質不正を「悪いこと」、「許されないこと」と受け止め切れていない。 例えば、可児工場では、電磁開閉器にUL規格を満たさない材料を採用し、ULに虚偽申請を行うことを決定した。関与した従業員は、UL規格を充足しない材料も、UL所定の試験を受けさえすればUL規格を充足するはずであると考えていたと述べている。 また、長崎製作所では、鉄道車両用空気調和装置について、契約に反した方法で開発性能試験が実施されていたにもかかわらず、関与した従業員は「実質的に問題はない」と考えていた。 さらに長崎製作所では、商用試験でも、契約で定めた試験を実施していなかった。従業員は「性能や安全性に関するリスクは、全て開発段階の試験で洗い出されており、商用試験では、通電して運転できることを確認すれば足りるという意識が支配的であった」などと述べている。 なお、「調査報告書(第2報)」によれば、調査委員会は「実質的には品質に問題はない」と言えるのかについて疑義を示している。 例えば、長崎製作所においては、鉄道車両用空気調和装置について取り付けるネジの種類を取り違えていた例があった。また、別製品であるが、非常用発電設備については、コンデンサが逆向きに取り付けられたまま出荷されており、機能停止のリスクを有するものであった。 そのため、調査委員会は「品質に問題ない」との考えについて「少なくとも一部の製品については過信にすぎないことを自覚して、品質・技術の向上に努めていくべきである」としている。 ② 契約の意味や重要性に関する意識が十分でなかった M電機の現場では、契約を締結することの意味や契約で定められた仕様を遵守することの重要性に関する意識が十分でなかった。この点について調査委員会は「ビジネスの根幹にかかわる倫理観や規範意識が低下していた」と指摘している。 長崎製作所には、製造ライン上に冷房能力試験等や防水試験を実施する設備がなく、これらの試験を実施できなかった。顧客と仕様について交渉する設計各課の担当者も、このことを認識していた。しかし、従前、顧客には、これらの試験を実施している旨説明してしまっていた。設計各課の担当者は「いまさら試験を実施しない旨の提案はできない」と考え、顧客との間で、これら試験を実施するとの合意をし続けてしまった。 なお、設計各課の担当者は、海外の顧客が相手の場合、実際に可能な試験に限定する旨の交渉を行っていた。この点について当該担当者は「海外は契約文化であり、契約を守らないと問題になると思った」などと述べたとのことである。ただ、契約遵守が求められるのは、日本も同様である。日本の顧客や契約の重要性を甘く見ていたと言わざるを得ない。 ③ 「体制と手続」による品質の確保 M電機の従業員は高い専門性を有し、「顧客のために良いものを作る」という高い意識を持ち、その達成に向けて尽力してきた。 しかし、顧客は、従業員の長年の経験に基づく「知見や感覚」だけを信頼してM電機から製品を購入するわけではない。顧客は、M電機が品質確保のための体制を構築し、その下で正しい手続に従って製品を製造していることを信頼して製品を購入する。すなわち、「体制と手続」があるからこそ、顧客の信頼を得ているのである。体制を構築せず、手続を逸脱した製品の製造・出荷は、顧客に対する裏切り・背信である。 しかし、M電機は、十分な体制を構築せず、手続きも逸脱したまま、製品を製造出荷していた。そうしたことが生じた要因は、単に当該従業員の倫理観が低いということにあるのではなかった。むしろ、従業員がそもそも「体制と手続」により品質を担保するとの考え方を理解していなかったからと解する。「調査報告書」も指摘しているとおりである。   3 まとめ 以上をまとめると、以下のとおりである。 まず、M電機は、可児工場では、電磁開閉器につき、UL規格を満たしていない材料を使用しているのに、ULに認証登録を申請して登録を得て、そのまま製造販売を継続していた。また、長崎製作所においては、鉄道車両用空気調和装置などにつき、契約で定めた品質試験を実施していなかった。 こうした本件品質不正が行われた原因は、以下の点にあった。 まず、「動機」として、開発遅延や試験設備投資は、製品の損益や製作所の損益に悪影響を与えるとの懸念があった。しかも、事業本部制を採用していた結果、現場においてコスト意識が徹底され、損益の悪化は自らの職場の喪失につながりかねないとの恐れが、そうしたプレッシャーを特に強いものとしてしまった。つまり、損益管理の徹底が仇となってしまった。 また、「機会」として、品質部門が脆弱であり、牽制機能を発揮できていなかったという点があった。そのことが、現場の従業員をして、本件品質不正を行うことを容易にしてしまった。これは、組織の在り方や人的リソースの配置に関する経営陣の考え方を反映したものであった。 さらに、「正当化」として、「品質に問題がなければよい」との考えがあったことや、「体制と手続」による品質の確保についての理解が不十分ということがあった。その結果、現場の従業員は、特段の良心の呵責もなしに本件品質不正を行ってしまった。 以上の原因は、すぐに是正に取り組める点もある。他方で、組織の在り方そのものや、会社としての文化に根差すものもあり、改善が必ずしも容易ではないものも多い。とは言え、今回の「調査報告書」を読むと、M電機が不祥事と向き合い、会社の改善に向けて真摯に取り組んでいる様子がうかがえる。本件品質不正をきっかけに、M電機がさらに良い会社になることを願う。 (了)

#No. 462(掲載号)
#原 正雄
2022/03/24

〔検証〕適時開示からみた企業実態 【事例69】エバラ食品工業株式会社「新市場区分における『スタンダード市場』の選択申請に関するお知らせ」(2021.12.13)

〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例69】 エバラ食品工業株式会社 「新市場区分における『スタンダード市場』の選択申請に関するお知らせ」 (2021.12.13)   公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹   1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、エバラ食品工業株式会社(以下「エバラ食品工業」という)が2021年12月13日に開示した「新市場区分における『スタンダード市場』の選択申請に関するお知らせ」である。 いよいよ東京証券取引所(以下「東証」という)の市場区分が2022年4月4日にプライム市場・スタンダード市場・グロース市場という新市場区分へ移行する。そのうちプライム市場とスタンダード市場の上場維持基準は以下の表のとおりである(2022年4月4日に施行される改正後の東証・有価証券上場規程501条。同規程601条1項1号により「改善期間」内に改善されなかった場合が上場廃止基準に。「流通株式数」の計算方法は、2022年4月4日に施行される改正後の東証・有価証券上場規程施行規則8条参照)。 右列の「経過措置」とは、緩和された上場維持基準であり、移行基準日(2021年6月30日)に新市場区分の上場維持基準に適合していない場合、「新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書」を開示することにより、当分の間、この基準の適用を受けることができるとされている。 プライム市場とスタンダード市場の上場維持基準を比べると、プライム市場の上場維持基準が厳しく、上場維持基準と経過措置を比べると、経過措置が緩やかなものであることが分かるだろう。 東証が2022年1月11日に公表した「新市場区分の選択結果について」によると、一部上場の会社のうちプライム市場の上場維持基準に適合していない会社は617社あり、さらにそのうち、プライム市場を選択した会社、すなわち経過措置の適用を受ける会社は296社、スタンダード市場を選択した会社は321社である。 しかし、一部上場の会社のうちスタンダード市場を選択した会社は344社ある。したがって、プライム市場の上場維持基準に適合しているにもかかわらず、あえてスタンダード市場を選択した会社が、その時点で23社あるということになる。エバラ食品工業はその中の1社である。 〈プライム市場〉 (注1) 株主数と純資産の基準は緩和されない。 (注2) 事業年度末日以前(今回の新市場区分選択においては2021年4月から6月までの)3ヶ月間の東証の売買立会における日々の最終価格の平均値を乗じて算出。 (注3) 毎年12月末日以前(今回の新市場区分選択においては2020年7月から2021年6月までの)1年間における東証の売買立会での金額を日次平均にした値を使用。 〈スタンダード市場〉 (注1) 売買高と純資産の基準は緩和されない。 (注2) 事業年度末日以前(今回の新市場区分選択においては2021年4月から6月までの)3ヶ月間の東証の売買立会における日々の最終価格の平均値を乗じて算出。 (注3) 毎年6月末日又は12月末日以前6ヶ月間における東証の売買立会での売買高を月次平均にした値を使用。   2 なぜあえてスタンダード? プライム市場の上場維持基準に適合しているにもかかわらず、なぜあえてスタンダード市場を選択したのか。エバラ食品工業は、今回の開示の中で以下の3つの理由をあげている。 3番目の理由の中に「更なるコストや労力を要する点」とあるが、「コーポレートガバナンス・コード」において、プライム市場上場会社には以下のような対応が求められている。 こうしたことよりも、「限られた経営資源を新たな価値を創造する商品やサービスの開発とそれを実現する組織・人材の活性化に振り向けることが企業価値向上に資すると考え」たのである。 また、当初プライム市場を選択したものの、スタンダード市場選択に変更した会社もある。株式会社ミツウロコグループホールディングスは2021年9月17日に「新市場区分における『プライム市場』選択申請に関するお知らせ」を開示し、プライム市場の上場維持基準に適合しているため、プライム市場を選択するとしていた。 しかし、2021年12月24日になって、「新市場区分における『プライム市場』の選択取り下げ及び『スタンダード市場』選択申請に関するお知らせ」を開示し、やはりスタンダード市場を選択するとした。それは、次のとおり、「企業価値向上」のためには「限られた経営資源」を何にあてるべきかを考えたうえでの結論であった。   3 なぜあえてプライム? 大正製薬ホールディングス株式会社も、プライム市場の上場維持基準に適合しているにもかかわらず、あえてスタンダード市場を選択した会社である。しかし、同社はそれに関して開示していない。市場選択など重要なことではないと考えているのだろう。 プライム市場の上場維持基準に適合していないにもかかわらず、あえてプライム市場を選択した会社は、なぜそうした選択をしたのだろうか。プライム市場上場に重要性を見出しているからだろう。これまで「東証一部上場」というブランドは経営にプラスに働いてきたため、今度は「東証プライム上場」というブランドが必要であると考えているのだろう(ブランド信仰に囚われているように思えなくもないのだが)。 しかし、「東証プライム上場」というブランドがもたらしてくれるプラスと、あえて身の丈に合わないプライム市場に上場することによるマイナスとをきちんと比較して判断した会社は、果たして296社のうち何社あるのだろうか。 東証の「新市場区分の選択結果について」によると、上場維持基準のうち流通株式時価総額の基準に適合できていない会社が圧倒的に多い。流通株式比率の基準に適合していない会社は少数であるため、流通株式時価総額の基準に適合できていない原因は株価の低さである。株価を上げるためには、まず業績を良くする必要があるが、上述のとおり、プライム市場に上場すると、その対応のために費用が増加するはずである。それを上回る収益の増加があればいいが、簡単なことではないだろう(粉飾決算が増えなければいいのだが)。 費用の増加を上回る収益の増加が実現できなければ、人件費を含めた他の費用が抑制されることになるのだろう。株価を上げるため、株主への配当を抑えることはできない。従業員を犠牲にして捻り出した利益が株主へ放出される。そうだとしたら、仮に時価総額が増大したとしても、会社は疲弊してしまうだろう。そんな末路を迎えることがなければいいのだが。 (了)

#No. 462(掲載号)
#鈴木 広樹
2022/03/24

《速報解説》 国税庁、e-Tax接続障害に伴う65万円の青色申告特別控除の取扱いを一部変更~e-Taxによる再提出が不要なケースも~

《速報解説》 国税庁、e-Tax接続障害に伴う65万円の青色申告特別控除の取扱いを一部変更 ~e-Taxによる再提出が不要なケースも~   Profession Journal編集部   令和4年3月14日(月)発生のe-Tax接続障害に伴う65万円の青色申告特別控除の取扱いについては、翌15日付けで国税庁よりその対応が公表されたところだが、22日に同情報が更新され、一部取扱いが変更となった。 今回取扱いが変更されたのは、当初はe-Taxにより申告することで65万円の青色申告特別控除を受けようとしていたものの、今回の接続障害を受けて3月15日までに「書面で」提出した者のうち以下のケース。 15日付けの情報では、①②いずれの場合も65万円の青色申告特別控除を受けるためには、令和4年4月15日(金)までに、65万円の青色申告特別控除を適用する申告書に「e-Taxの障害による申告・納付期限の延長申請」である旨を記載して、改めてe-Taxにより再提出する必要があるとされていた。 22日付け情報では、上記のうち①のケースについては、改めてe-Taxにより申告書を再提出する必要はないこととされた(②のケースについては、申告期限の延長申請と共に、65万円控除に修正した申告書のe-Taxによる再提出が必要)。 なお、今回の接続障害により、申告・納付期限の延長を行う期間は令和4年4月15日(金)まで、預貯金口座からの振替日(申告所得税)は令和4年5月31日(火)で変更されていない。 (了) ↓お勧め連載記事↓

#No. 461(掲載号)
#Profession Journal 編集部
2022/03/23

《速報解説》 「ESG版伊藤レポート」を公表~環境・社会・ガバナンスへの取り組みに関する実効性や情報開示の質の向上などの課題について検討~

 《速報解説》 「ESG版伊藤レポート」を公表 ~環境・社会・ガバナンスへの取り組みに関する実効性や情報開示の質の向上などの課題について検討~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2022年3月17日、信託協会に設置された「企業のESGへの取り組み促進に関する研究会」は、「「ESG版伊藤レポート」ESGへの実効性ある取り組みの促進と課題解決に向けて~マテリアリティの特定と役員報酬制度の在り方~」を公表した。 これは、ESG(環境・社会・ガバナンス(ESG:Environment Social Governance))への取り組みに関する実効性や情報開示の質の向上などの課題について検討したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ ESGへの取り組みの意義 持続可能な社会や環境は、企業自身の持続的な成長に不可欠なものである。 資本市場や機関投資家がESGを重要視し、欧米を中心に消費者や取引先が環境・社会への配慮を企業選定基準とする傾向が高まっており、それらは、企業の事業機会や収益機会の創出にも繋がっている。 企業によるESGへの取り組みは企業存続に影響を及ぼす大きな要素であるとともに、企業価値向上の源泉となり得る。 企業はこのような意義を再認識するとともに、ESG課題解決を担う主体として、積極的にESGへの取り組みを企業経営に取り入れる必要がある。   Ⅲ ESGへの取り組みの一層の実効性向上に向けて ESGへの取り組みの一層の実効性向上に向けて、次の事項について記載している。   Ⅳ ESG指標に関する各種課題の解決 企業は、持続可能な企業価値向上のプロセスとして、経営理念・パーパス(存在意義)やマテリアリティ(重要課題)、経営戦略と関連付けた適切な目標を定め、その成果を測る指標としてESG指標を設定することが重要である。 一方で、ESG指標には、「透明性の確保」「恣意性の排除」「客観性の担保」「業績との連動」の課題があり、これらの課題解決が必要となる。 次の事項について記載している。 (了)

#No. 461(掲載号)
#阿部 光成
2022/03/22

《速報解説》 国税庁、e-Tax接続障害に伴う65万円の青色申告特別控除の適用方法等を明らかに~e-Taxでの受付結果の確認方法などをまとめたFAQ(全6問)も公表~

《速報解説》 国税庁、e-Tax接続障害に伴う65万円の青色申告特別控除の適用方法等を明らかに ~e-Taxでの受付結果の確認方法などをまとめたFAQ(全6問)も公表~   Profession Journal編集部   3月14日から15日にかけて発生したe-Taxの接続障害に関して、既報のとおり国税庁は15日付で、e-Taxの障害による申告・納付期限の延長申請手続について周知を図っていた。 同庁の説明では「e-Taxの障害により期限内の申告が困難な場合には、本日(編集部注:3月15日)中に書面により提出していただくか、個別に申告期限を延長して、後日提出していただくことができ」るとしており、後者(申告・納付期限の個別指定による期限延長手続)については確定申告書等作成コーナーを利用してe-Taxで提出する場合の入力方法として、「送信準備」画面の「特記事項」欄に「e-Tax の障害による申告・納付期限延長申請」と入力(ただし全角にて)するなどの方法が紹介されている。 一方、前者の場合、例えば接続障害を受けe-Taxによる申告を諦め、3月15日中に書面による提出を行った場合、65万円の青色申告特別控除の要件のうち、「その年分の所得税の確定申告書、貸借対照表および損益計算書等の提出を、確定申告書の提出期限までにe-Tax(国税電子申告・納税システム)を使用して行うこと」を充たさないことから、適用が認められないのではとする疑問が起こっていた。 そこで国税庁は18日付けで、「3月14日から発生したe-Taxの接続障害への対応等」を公表、今回の障害の原因が申告期限直前の利用者増に伴うサーバ負荷によって処理パフォーマンスが低下したことによるものとした上で、別途、65万円の青色申告特別控除の適用に関する取扱いや、今回の接続障害による個別延長手続に関するFAQを公表した。 「e-Taxの接続障害に伴う 65 万円の青色申告特別控除の取扱いについて」では、以下の取扱いが示されている。 なお、FAQでは次の6問が示されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓

#No. 460(掲載号)
#Profession Journal 編集部
2022/03/18

《速報解説》 企業会計基準委員会、「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い」を確定~金利スワップの特例処理等に関する金利指標置換後の会計処理の趣旨を明確化~

《速報解説》 企業会計基準委員会、「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い」を確定 ~金利スワップの特例処理等に関する金利指標置換後の会計処理の趣旨を明確化~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2022年3月17日、企業会計基準委員会は、「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い」(改正実務対応報告第40号)を公表した。これにより、2021年12月24日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。 これは、「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い」(実務対応報告第40号)について、その公表時には金利指標の選択に関する実務や企業のヘッジ行動について不確実な点が多いため、公表から約1年後に、金利指標置換後の取扱いについて再度確認する予定であるとしたことに対応するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 金利指標置換後の会計処理に関する取扱いの適用期間の延長 金利指標置換後の会計処理に関する取扱いの適用期間を、米ドル建LIBORとそれ以外の通貨建てのLIBORを分けることなく、一律に2024年3月31日以前に終了する事業年度まで延長する。改正前の実務対応報告第40号では、2023年3月31日以前に終了する事業年度までとされていた(14項~19項)。 これは、2021年3月に、米ドル建LIBORの一部のターム物について、公表停止時期が2023年6月末に延期されるアナウンスメントが正式になされたこと、また、米ドル以外の通貨建てのLIBORに関する不確実性が完全になくなったということでもないと考えられるためである。   Ⅲ 金利スワップの特例処理等に関する金利指標置換後の会計処理の取扱い 1 金利スワップの特例処理等に関する金利指標置換後の会計処理の趣旨の明確化 改正前の実務対応報告第40号の19項になお書きを追加し、金利指標置換後に金利スワップの特例処理に係る金融商品実務指針178項の⑤以外の要件が満たされている場合には、2024年3月31日以前に終了する事業年度の翌事業年度の期首以降も金利スワップの特例処理の適用を継続することができることを明確化する。 当該取扱いは振当処理にも同様に適用することができる(19-3項)。 2 金利指標置換後の会計処理の適用期間を1年延長した場合の取扱い 金利指標置換時が2024年3月31日以前に終了する事業年度までに到来していない場合であっても、2024年3月31日以前に終了する事業年度までに行われた契約条件の変更又は契約の切替が金融商品実務指針178項の⑤以外の金利スワップの特例処理の要件を満たしているときには、2024年3月31日以前に終了する事業年度の期末日後に到来する金利指標置換時以後も金利スワップの特例処理を継続することができる(19-2項)。また、適用にあたって一定の歯止めを設ける観点から、契約条件の変更又は契約の切替が実務対応報告19項の適用期間内に行われることを求めている(58-9項)。 当該取扱いは振当処理にも同様に適用することができる(19-3項)。   Ⅳ 適用時期等 改正された実務対応報告は、公表日(2022年3月17日)以後適用することができる。 (了)

#No. 461(掲載号)
#阿部 光成
2022/03/18

《速報解説》 ASBJがICOトークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点を整理~発行者の負担義務の検討や基準開発の困難さ等に言及~

《速報解説》 ASBJがICOトークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点を整理 ~発行者の負担義務の検討や基準開発の困難さ等に言及~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2022年3月15日、企業会計基準委員会は、「資金決済法上の暗号資産又は金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当するICOトークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点の整理」を公表し、意見募集を行っている。 これは、金融商品取引法上の電子記録移転権利又は資金決済法上の暗号資産に該当するICOトークンの発行・保有等に係る会計上の取扱いに関する論点の整理を行うものである。 意見募集期間は2022年6月8日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な論点 1 論点整理の対象 金融庁が2018年12月に公表した「仮想通貨交換業等に関する研究会」報告書によれば、「ICO(Initial Coin Offering)について、明確な定義はないが、一般に、企業等がトークンと呼ばれるものを電子的に発行して、公衆から法定通貨や仮想通貨の調達を行う行為を総称するものとされている。」と記載されている。 次の論点に分けて整理している。 2 基準開発の必要性及び緊急性、並びにその困難さ 速やかに基準開発に着手すべきか否かの論点がある。 3 ICOトークンの発行者における発行時の会計処理 ICOトークンの発行取引に係る会計処理を考える上では、ICOトークンの発行取引の実態をどう捉えるのかが論点となる 。 論点整理では、ICOトークンの発行者が負担する義務を、次の2つに分けて検討している。 4 資金決済法上の暗号資産に該当するICOトークンの発行及び保有に関するその他の論点 自己が発行したICOトークンを保有している場合の会計処理の論点について記載されている。 5 電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有に関する論点 「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い(案)」(実務対応報告公開草案第63号)で取り扱っていない次の論点について記載されている。 (了)

#No. 461(掲載号)
#阿部 光成
2022/03/18

《速報解説》 ASBJ、「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い(案)」を公表~基本は従来のみなし有価証券に係る会計処理と同様の取扱い~

《速報解説》 ASBJ、「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い(案)」を公表 ~基本は従来のみなし有価証券に係る会計処理と同様の取扱い~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2022年3月15日、企業会計基準委員会は、「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い(案)」(実務対応報告公開草案第63号)を公表し、意見募集を行っている。 2019年に成立した「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(令和元年法律第28号)により、金融商品取引法が改正されている。 当該改正により、いわゆる投資性 ICO(Initial Coin Offering。企業等がトークン(電子的な記録・記号)を発行して、投資家から資金調達を行う行為の総称)は 金融商品取引法の規制対象とされ、各種規定の整備が行われた。 公開草案は、「金融商品取引業等に関する内閣府令」における電子記録移転有価証券表示権利等の発行・保有等に係る会計上の取扱いを示すものである。 意見募集期間は2022年6月8日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 範囲 「金融商品取引業等に関する内閣府令」1条4項17号に規定される「電子記録移転有価証券表示権利等」を対象とする。 また、株式会社による発行及び保有の会計処理のみを対象とする。 株式会社以外の信託、持分会社、民法上の任意組合、商法上の匿名組合、投資事業有限責任組合及び有限責任事業組合についての会計処理は対象外である。   Ⅲ 会計処理の基本的な考え方 電子記録移転有価証券表示権利等は、定義上、その移転がいわゆるブロックチェーン技術等を用いて行われる点を除けば、 従来のみなし有価証券(電子記録移転有価証券表示権利等に該当しないみなし有価証券を指す) と権利の内容は同一と考えられる。 このため、 公開草案では、 電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有 の会計処理は、基本的に従来のみなし有価証券を発行及び保有する場合の会計処理と同様に取り扱う。   Ⅳ 電子記録移転有価証券表示権利等の発行の会計処理 電子記録移転有価証券表示権利等を発行する場合、その発行に伴う払込金額を実務対応報告5項及び6項の定めに従い、負債又は株主資本として会計処理を行う。 1 負債に区分される場合 電子記録移転有価証券表示権利等の発行に伴う払込金額が負債に区分される場合には、金融負債として、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号)7項の定めに従って発生の認識を行い、その金額は金融商品会計基準26項の定めに従う。 「金融負債」とは、支払手形、買掛金、借入金及び社債等の金銭債務並びにデリバティブ取引により生じる正味の債務等をいう。 2 株主資本に区分される場合 電子記録移転有価証券表示権利等の発行に伴う払込金額が株主資本に区分される場合には、その内訳項目は「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」(企業会計基準第5号)5項及び6項の定めに従い、その金額は、会社法445条及び446条の定めに従う。   Ⅴ 電子記録移転有価証券表示権利等の保有の会計処理 前述の発行の場合とは異なり、 電子記録移転有価証券表示権利等の保有の会計処理については、 金融商品会計基準等上の有価証券に該当する場合と該当しない場合に分けて規定している。 1 金融商品会計基準等上の有価証券に該当する場合 2 金融商品会計基準等上の有価証券に該当しない場合   Ⅵ 開示 電子記録移転有価証券表示権利等を発行又は保有する場合の表示方法及び注記事項は、みなし有価証券が電子記録移転有価証券表示権利等に該当しない場合に求められる表示方法及び注記事項と同様とする。   Ⅶ 適用時期等 2023年4月1日以後開始する事業年度の期首から適用する。 ただし、実務対応報告の公表日以後終了する事業年度及び四半期会計期間から適用することができる。 (了)

#No. 461(掲載号)
#阿部 光成
2022/03/18

プロフェッションジャーナル No.461が公開されました!~今週のお薦め記事~

2022年3月17日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.461を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2022/03/17

日本の企業税制 【第101回】「揮発油税等のトリガー条項」

日本の企業税制 【第101回】 「揮発油税等のトリガー条項」   一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴   揮発油税等のトリガー条項の凍結解除とその発動について与野党間での議論が活発化している。3月16日の自民・公明・国民の3党の幹事長会談では、実務者レベルの検討チームを立ち上げることで合意した。本稿ではトリガー条項の創設とその凍結の経緯について整理しておきたい。   〇トリガー条項とは 揮発油には、製造場から出荷される際に、揮発油税及び地方揮発油税(揮発油税等)が課税されており、その税率は、本則税率(28.7円/L)ではなく、「当分の間」、上乗せ分(25.1円/L)を加えた特例税率(53.8円/L)が適用されている(いわゆる「当分の間税率」)。なお、揮発油税等の令和4年度税収(見込額)は、約2.3兆円にのぼっている。トリガー条項とは、この本則税率を上回る部分の課税の停止・復元措置のことであり、当時の民主党政権下で、平成22年度税制改正によって創設された制度である。 具体的には、平成22年1月以後の連続する3ヶ月間における各月の揮発油の平均小売価格がいずれも1Lにつき160円を超えることとなった時には、その旨を財務大臣が告示することとし、その告示のあった月の翌月初日以後に適用される税率については、本則税率を上回る部分の課税を停止する。 一方、この停止措置が適用されている場合に、平成22年4月以後の連続する3ヶ月間における各月の揮発油の平均小売価格がいずれも1Lにつき130円を下回ることとなった時には、その旨を財務大臣が告示することとし、その告示のあった月の翌月初日以後に適用される税率については、本則税率を上回る部分の課税を復元する。 なお、トリガー条項は、自民党・公明党の政権復帰後、平成23年4月に施行された「東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律」44条 により、「別に法律で定める日までの間」、その適用が停止されている。   〇トリガー条項創設の経緯 もともと、揮発油税等の上乗せ税率は、昭和49年度税制改正において税率引上げが行われた際に、暫定的な措置として租税特別措置法によって導入されたもので、累次の税制改正を経て延長が繰り返されてきた。かつては、揮発油税等は、昭和29年度以降、「道路整備事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」に基づき道路特定財源とされていた。 (1) 平成20年度改正 平成20年度税制改正においては、平成30年3月末までの上乗せ税率は10年間の措置として延長された。 この平成20年度税制改正をめぐっては、いわゆるねじれ国会の下で、税制改正法案の成立が年度末をまたいだことから、いったん上乗せ税率が途切れる事態が生じた。 自民・公明両党は、平成20年4月30日、衆院本会議で、所得税法等の一部を改正する法律案、地方税法等の一部を改正する法律案、地方法人特別税等に関する暫定措置法案等について、平成20年2月29日に参議院に送付の後、60日を経過したが同院は議決に至らず、よって、衆議院において、憲法第59条第4項により、参議院がこれを否決したものとみなすべしとの動議を賛成多数で可決する「みなし否決」を行い、これにより、参議院で審議中であったこれらの法案は衆議院に返付され、憲法第59条第2項に基づき、出席議員の3分の2以上の多数で再可決されるに至った。 また、同年5月13日には、道路特定財源を10年間維持する道路整備費の財源等の特例に関する法律の一部を改正する法律案についても、与党は、衆議院再可決に踏み切った。なお、政府は、同日、「道路特定財源等に関する基本方針」を閣議決定し、道路特定財源制度をその年の税制抜本改革時に廃止し21年度から一般財源化すること、同時に、暫定税率分も含めた税率は、環境問題への国際的な取組み等を踏まえて検討することなどを明確にした。 こうした経緯から、揮発油税等の上乗せ税率は、平成20年3月31日に適用期限が経過し、平成20年4月1日から平成20年4月30日までの間に製造場から移出し、又は保税地域から引き取る揮発油については、本則税率が適用されていたが、成立した「所得税法等の一部を改正する法律」により、その適用期限が延長され、平成20年5月1日以降に製造場から移出し、又は保税地域から引き取る揮発油に係る揮発油税及び地方道路税については上乗せ税率を適用することとされた(平成30年3月31日まで)。 (2) 平成21年度改正 「道路特定財源等に関する基本方針」に基づき、政府・与党の検討の結果、平成20年12月8日に「道路特定財源の一般財源化等について」が政府・与党間で合意に至ったが、揮発油税等の上乗せ税率部分については、「道路特定財源の一般財源化に伴う関係税制暫定税率分も含めた税率のあり方については、今後の税制抜本改革時に検討することとし、それまでの間、地球温暖化問題への国際的な取組み、地方の道路整備の必要性、国・地方の厳しい財政状況等を踏まえて、現行の税率水準を原則維持する」こととなった。 (3) 平成22年度・24年度改正 平成21年9月に民主党政権が発足し、その下で、新たな枠組みの税制調査会での検討の中で、環境省から地球温暖化対策税に係る要望が提出された(揮発油税の上乗せ税率(25.1円/L)を廃止する一方、地球温暖化対策の観点から新たな上乗せ措置を創設(17.32円/L)するとともに、全化石燃料に対するCO2比例となる形の上流課税の導入(揮発油については2.78円/L))。 最終的には、平成20年度改正で平成30年3月末までの10年間の措置とされていた揮発油税等の上乗せ措置は廃止される一方、厳しい財政事情や、地球温暖化対策との関係に留意する必要があること等から、「当分の間」、上乗せ税率部分を含めた当時の税率水準を維持することとなった。 このような検討の経緯を踏まえ、地球温暖化対策のための税について政府・与党において検討が進められ、平成24年度改正において、石油石炭税にCO2排出量に応じた税率(現行の揮発油に対する税率は0.76円/L)を上乗せする「地球温暖化対策のための課税の特例」が設けられることとなった。 (了)

#No. 461(掲載号)
#小畑 良晴
2022/03/17
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