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2022年3月期決算における会計処理の留意事項 【第1回】

2022年3月期決算における会計処理の留意事項 【第1回】   史彩監査法人 公認会計士 西田 友洋     Ⅰ 税制改正等   1 2022年3月期における税率 2022年3月期に適用される税率は、2021年3月期と変更はない。また、令和4年度税制改正大綱においても、変更は予定されていない。そのため、法定実効税率は、前期と同様である。 なお、各地方公共団体で超過税率が改正された場合、法定実効税率が変わる可能性があるため、超過税率については、地方自治体のホームページ等で確認する必要がある。 【設例①】 東京都で外形標準課税適用法人の場合 【設例②】 東京都で外形標準課税「不」適用法人の場合   2 欠損金の繰戻し還付 青色欠損金の繰戻し還付制度とは、欠損金額を前1年以内に開始した事業年度に繰り戻して、法人税の還付を請求できる制度(前期に支払った法人税額を還付してもらう制度)である。還付を請求するか、欠損金を繰り越すかは、各法人の任意選択である。 従来は、資本金又は出資金の額が1億円以下の中小企業者だけに認められていた。現在は、2020年4月の緊急経済対策により、「2020年2月1日から2022年1月31日までの間に終了する事業年度に生じた欠損金」については、資本金又は出資金の額が1億円超10億円以下の法人についても認められている。 ただし、大規模法人(資本金又は出資金の額が10億円超の法人等)による完全支配関係がある法人、100%グループ内の複数の大規模法人に発行済株式等の全部を直接又は間接に所有されている法人は除かれる。資本金が10億円以下、10億円超の判定については各事業年度終了の時点で行う。 会計処理への影響 欠損金の繰戻し還付は、国税のみの制度のため、欠損金の繰戻し還付を請求した場合、法人税と地方法人税については、還付が行われるが、法人事業税や法人住民税の地方税は欠損金の繰戻し還付の制度がないため、還付は行われない。 そのため、欠損金の繰戻し還付の適用を受けた場合、法人税部分の欠損金の残高は減少するが、法人住民税及び法人事業税部分の欠損金は、使用していないため、残高は減少しない。 (※1)  法人住民税率/(1+ 事業税率(超過税率)+ 事業税率(標準税率)× 特別法人事業税率) (※2) (事業税率(超過税率)+ 事業税率(標準税率)× 特別法人事業税率)/(1 + 事業税率(超過税率)+ 事業税率(標準税率)× 特別法人事業税率) *  *  *   3 繰越欠損金の控除上限の特例 令和3年度税制改正において、一定の要件を満たした場合、繰越欠損金の控除上限を引き上げる特例が創設された。 【投資額と控除上限のイメージ】 (出所:経済産業省「「繰越欠損金の控除上限」の特例ガイドライン」P.2) (出所:経済産業省「「繰越欠損金の控除上限」の特例ガイドライン」P.7) 会計処理への影響 上記制度を利用した場合、繰越欠損金の解消時期が変わるため、繰延税金資産の回収可能性に影響する可能性がある。 *  *  * 4 令和4年度税制改正大綱 令和4年度税制改正大綱(以下、「税制改正大綱」という)のうち、主要な改正案として、以下が挙げられる。 ① グループ通算制度の見直し 税制改正大綱において、グループ通算制度について、以下の見直しが予定されている。適用時期は、税制改正大綱上、明記されていない。 (ⅰ) 投資簿価修正制度の見直し グループ通算制度からの離脱時において、のれん相当額が損金(譲渡原価)に含まれるように改正が予定されている。 (※) 資産調整勘定等対応金額とは、通算子法人の通算開始・加入前に通算グループ内の法人が時価取得した子法人株式の取得価額のうち、その取得価額を合併対価としてその取得時にその通算子法人を被合併法人とする非適格合併を行うものとした場合に資産調整勘定又は負債調整勘定として計算される金額に相当する金額をいう。 (ⅱ) 離脱時の時価評価制度の見直し グループ通算制度からの離脱時の時価評価制度について、以下のとおり、改正が予定されている。 (ⅲ) 通算税効果額の範囲の見直し 通算税効果額の範囲について、以下のとおり、改正が予定されている。 (ⅳ) 支配関係5年継続要件の見直し 現行上、開始・加入時の欠損金等の制限を検討する際の「支配関係5年継続要件を満たす場合」とは、以下のいずれかに該当する場合をいう。このうち、(b)について、改正が予定されている。 (ⅴ) 認定事業適応法人の欠損金の損金算入の特例 事業競争力強化法の認定事業適応法人の欠損金の損金算入の特例を受ける場合の非特定超過控除対象額の配賦方法について、以下の改正が予定されている。 会計処理への影響 税効果会計に影響する可能性がある。 *  *  * ② 外形標準課税対象法人の事業税の所得割軽減税率の見直し 外形標準課税対象法人の事業税の所得割軽減税率について、以下のとおり、改正が予定されている。適用時期は、2022年4月1日以後に開始する事業年度からである。 ③ 完全子法人株式等の配当に係る源泉徴収の見直し 完全子法人株式等の配当に係る源泉徴収について、以下のとおり、改正が予定されている。適用時期は、2023年10月11日以後に支払を受けるべき配当等からである。 ④ みなし配当の計算の見直し みなし配当の計算について、以下の改正が予定されている。過去に遡って適用されるため、法定申告期限から5年以内であれば、更正の請求を行うことができる。 ⑤ 貸付け用少額資産の損金算入制度の見直し 少額資産の損金算入制度について、「貸付け用の資産(主要な事業(リース業等)として行われるものを除く)」を除くように改正が予定されている。少額資産の損金算入制度を利用できない場合は、通常の減価償却計算を行う。税制改正大綱では、適用時期は明記されていない。 ⑥ インボイス制度の見直し 2023年10月1日以後、免税事業者が適格請求書発行事業者の登録を柔軟に行えるように、期の途中でも登録手続が行えるように改正が予定されている。 【期の途中での登録】 ⑦ 電子帳簿保存制度の経過措置 令和3年度税制改正について、申告所得税・法人税に係る保存義務者は、2022年1月1日以後に行われた電子取引(請求書・領収書等の授受を電子データで行う取引)の取引情報(請求書・領収書等)を、電子データのまま保存しなければならないとされた。 しかし、対応に間に合わない事業者が多いため、2022年1月1日から2023年12月31日までの間に行われた電子取引は、保存要件にしたがって保存できなかったことについてやむを得ない事情がある場合には、引き続きその出力書面(紙)による保存が可能である。   Ⅱ 連結納税制度からグループ通算制度への移行に係る税効果会計の適用に関する取扱い   2020年3月31日にASBJより実務対応報告第39号「連結納税制度からグループ通算制度への移行に係る税効果会計の適用に関する取扱い(以下、「グループ税効果」という)」が公表された。 グループ通算制度の適用を前提として繰延税金資産の回収可能性の会計処理についてまとめたものである。   1 会計処理 改正法人税等の成立日以後に終了する事業年度の決算(四半期含む)についてグループ通算制度の適用を前提とした税効果会計における繰延税金資産及び繰延税金負債の額については、実務対応報告第5号「連結納税制度を適用する場合の税効果会計に関する当面の取扱い(その1)」及び実務対応報告第7号「連結納税制度を適用する場合の税効果会計に関する当面の取扱い(その2)」に関する必要な改廃が行われるまでの間は、グループ通算制度への移行及びグループ通算制度への移行にあわせて単体納税制度の見直しが行われた項目について、企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針」第44項の定めを適用せず、改正前の税法の規定に基づいて会計処理することができる(グループ税効果3)。   2 注記 繰延税金資産及び繰延税金負債の額について、追加情報として、改正前の税法の規定に基づいている旨を注記する(グループ税効果4)。また、計算書類においても重要性に応じて記載するかどうかを検討する必要がある。 【事例】 東北電力(株) 2021年3月期 有価証券報告書 3 適用時期 公表日以後適用する。   Ⅲ グループ通算制度を適用する場合の会計処理及び開示に関する取扱い   2021年8月12日にASBJより、実務対応報告第42号「グループ通算制度を適用する場合の会計処理及び開示に関する取扱い(以下、「グループ実務報告」という)」が公表された。   1 会計処理及び開示 詳細は、下記の拙稿を参照されたい。   2 適用時期 適用時期は、以下のとおりである(グループ実務報告31、65、66)。 なお、上記Ⅱで解説した実務対応報告第39号「連結納税制度からグループ通算制度への移行に係る税効果会計の適用に関する取扱い」については、本実務対応報告の適用により、当該実務対応報告を適用する企業が存在しなくなった段階で廃止される(グループ実務報告34)。 (了)

#No. 460(掲載号)
#西田 友洋
2022/03/10

〔まとめて確認〕会計情報の月次速報解説 【2022年2月】

〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2022年2月】   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2022年2月1日から2月28日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。   Ⅱ 新会計基準関係 日本公認会計士協会から「ソフトウェア制作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料~DX環境下におけるソフトウェア関連取引への対応~」(公開草案。会計制度委員会研究資料)が公表され、意見募集が行われている。 これは、DX環境下におけるソフトウェア関連取引に係る会計処理等の課題を抽出し検討したものであり、ソフトウェアに関連する会計処理などが詳細に検討されている。   Ⅲ 記述情報の開示関係 金融庁から、「記述情報の開示の好事例集2021」の更新が公表されている。 これは、経営方針、経営環境及び対処すべき課題等・事業等のリスク・MD&Aの開示に関する好事例を追加するものである。   Ⅳ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査に関連して、次のものが公表されている。 ① 「EDINETで提出する監査報告書へのXBRLタグ付けについて(お知らせ)」(内容:「その他の記載内容」に関するXBRLタグ付けの追加」など) ② 「IT委員会研究報告第27号「監査人のためのIT教育カリキュラム」の改正」(内容:IT環境において監査を実施する公認会計士の育成を図る上で参考となるIT教育カリキュラムの例などを記載) ③ 「公益法人会計基準を適用する公益社団・財団法人及び一般社団・財団法人の理事者確認書に関するQ&A」(非営利法人委員会研究報告第22号)などの改正(内容:監査基準委員会報告書580「経営者確認書」の改正に対応)   Ⅴ 知財・無形資産関係 「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会」から、「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン(略称:知財・無形資産ガバナンスガイドライン)Ver1.0~知財・無形資産の投資・活用戦略で決まる企業の将来価値・競争力~(投資家や金融機関等との建設的な対話を目指して)」が公表されている。 2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂を受けたものであり、知財・無形資産の投資・活用などについて述べている。 (了)

#No. 460(掲載号)
#阿部 光成
2022/03/10

ハラスメント発覚から紛争解決までの企業対応 【第24回】「取引先からのパワハラに関する会社の責任」

ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第24回】 「取引先からのパワハラに関する会社の責任」   弁護士 柳田 忍   【Question】 当社の従業員Aが取引先の部長Bからパワハラを受けているという申告がありましたが、社内のパワハラと同様に、いわゆる「パワハラ防止法」や「パワハラ指針」に沿って調査等を行う必要があるでしょうか。 【Answer】 取引先からのパワハラは、「パワハラ防止法」や「パワハラ指針」における措置義務の対象とされていませんので、「パワハラ防止法」や「パワハラ指針」に沿った調査等を行わなくても措置義務違反にはなりません。 しかし、会社が適切な調査や是正措置、再発防止措置の実施等を怠った場合には、会社は従業員Aに対して民事上の損害賠償責任を負う可能性があります。 ● ● ● 解 説 ● ● ●   1 取引先からのハラスメントと会社の措置義務 会社は、セクハラやパワハラ等のハラスメント防止のための雇用管理上の措置義務等を負っている(※1)。では、会社は、取引先の従業員等から自社の従業員等へのハラスメントに関しても当該措置義務を負うのであろうか。 (※1) パワハラについては、労働施策総合推進法(パワハラ防止法)第30条の2、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号・パワハラ指針)参照(なお、中小企業については令和4年3月31日までは努力義務)。セクハラについては、男女雇用機会均等法第11条及び「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号・セクハラ指針)参照。 (1) セクハラについて まず、セクハラについては、「セクハラ指針」が以下のように定めるとおり、取引先からのセクハラについても措置義務の対象となる(下線は筆者による)。 また、男女雇用機会均等法第11条第3項は、事業主に対して、他の事業主から当該事業主の講ずるセクハラ防止措置の実施に関して必要な協力を求められた場合には、これに応ずるよう努めなければならないと定めている。かかる規定により、取引先と取引先からセクハラを受けた企業とが協力して取引先によるセクハラの事案解明や是正措置・再発防止措置の策定を行うことが期待される。 (2) パワハラについて 一方、取引先からのパワハラは、パワハラの措置義務の対象とはされておらず、「パワハラ指針」において、あくまで、取引先等の他の事業主が雇用する労働者又は他の事業主からのパワハラによって、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、相談に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備するなどの取り組みを行うことが「望ましい」とされているに留まる(パワハラ指針「7.事業主が他の事業主の雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取組の内容」参照)。 その理由として、「検討会報告書」(※2)の「5.顧客や取引先からの著しい迷惑行為」は、顧客や取引先からの悪質な著しい迷惑行為への対応は、職場のパワーハラスメントへの対応と次の点で異なることなどを挙げている。 (※2) 厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」による「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」(平成30年3月) 一般に、パワハラについては、セクハラとは異なり、業務上の適正な指導との境界線が明確ではないことなどから、どのような行為がパワハラに該当するかの判断が難しいと言われているが、取引先からのハラスメントについて、パワハラとセクハラとで扱いが異なるのも同様の理由であると思われる。   2 取引先からのハラスメントと会社の法的責任 以上のとおり、会社は、取引先からのパワハラ防止のための措置等を講じなくてもパワハラ防止法・パワハラ指針上の措置義務違反の責任を負わないが、民事上の損害賠償責任を負う可能性がある点について注意が必要である。 会社は、労働者の生命・身体等の安全に配慮する義務(安全配慮義務・労働契約法第5条)及び職場の環境に配慮する義務(職場環境配慮義務・労働契約法第3条第4項)を負い、これらに違反した場合、労働者に対して損害賠償責任を負担する。措置義務はあくまで国家に対する義務であり、パワハラについてこれを課されていないからといって、安全配慮義務や職場環境配慮義務が免除されるわけではない。 したがって、会社は、取引先からのパワハラについても調査の実施や是正措置の実施、再発防止策の策定等を行う必要がある。上記検討会報告書が「③ 顧客の要求に応じないことや、顧客に対して対応を要求することが事業の妨げになる場合がある」と指摘するとおり、会社にとって重要な取引先からのパワハラについては、当該取引先に対して対応をとりにくく、是正措置・再発防止策の策定や実施が難しいという側面もあろうが、取引先との接触はただでさえ従業員に精神的負担を課すものである。 よって、取引先に対応を求めることが難しい場合であっても、最低限、会社は、当該従業員の業務負担等を減らし、当該従業員の精神的負担を軽減するよう努めるべきである。 (了)

#No. 460(掲載号)
#柳田 忍
2022/03/10

《速報解説》 金融庁、「KAMの特徴的な事例と記載のポイント」を公表~今後の更なる実務の定着と浸透を図るための議論をまとめる~

《速報解説》 金融庁、「KAMの特徴的な事例と記載のポイント」を公表 ~今後の更なる実務の定着と浸透を図るための議論をまとめる~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2022年3月4日、金融庁は、「監査上の主要な検討事項(KAM)の特徴的な事例と記載のポイント」を公表した。 これは、KAMの今後の更なる実務の定着と浸透を図るため、「KAMに関する勉強会」の議論をまとめたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 全体で49ページに及ぶものであり、多くの事例が紹介されている。 以下では、主な内容について述べる。 1 KAMの意義 勉強会では、例えば、次のような意見があった。 2 KAMの記載内容 勉強会では、例えば、次のような意見があった。 3 特徴的な事例 次のような事例が紹介されている。 4 検討が必要と考えられる事例 次のような指摘が記載されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓

#No. 459(掲載号)
#阿部 光成
2022/03/08

プロフェッションジャーナル No.459が公開されました!~今週のお薦め記事~

2022年3月3日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.459を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2022/03/03

monthly TAX views -No.110-「始まるか、独立財政機関の議論」

monthly TAX views -No.110- 「始まるか、独立財政機関の議論」   東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹   今年盛り上がるのではないかと考えられる議論の1つは、財政独立機関の設置だ。政府から独立性を保ち、中立的・専門的な観点から客観的なデータに基づいて経済や財政状況を評価・分析し、場合によっては政府に対して助言を行う公的機関で、欧米を中心にOECD加盟38ヶ国中26ヶ国が設立している。 米国には、長い歴史を持つ米議会予算局(CBO)があり、財政支出の政策効果を大きく見せがちな政府に対して、専門的見地から客観的な見積もりに徹しようとする米議会予算局はより現実的な見通しを公表し、政府の政策の議会での審議に役立てている。 英国では2010年にリーマンショック後の財政赤字を監視する機関として予算責任局(OBR)が設立された。政府から独立した立場で、経済や財政の見通しを公表し、政府の予算策定の土台を提供している。税収や社会保障費の見積もりも担当し、最近では、政府のコロナ対策の財源見積もりの甘さを指摘、予算の見直しにつながった。 このように政府から独立した財政独立機関の設置は、政府の財政政策ににらみを利かせ、財政健全化に役立つという大きな意義がある。 *  *  * さてわが国では、1月14日に新たな「中長期の経済財政に関する試算」が公表された。試算によると、名目3%、実質2%の成長実現ケースでは、国・地方の基礎的財政収支(PB)が2026年度には0.2兆円の黒字になる。1年前の試算では2029年度までPB黒字にならないとされていたが、今回は大幅に改善した姿となった。 その理由は、法人税などの税収が大幅に伸びるという見積もりにある。この税収見積もりは、基本的に経済見通しに基づいており、足元ではほとんどゼロに近い全要素生産性の伸びを1.3%増と見込むなど、基礎となる経済の見通しはきわめて楽観的で、多くの経済学者からその信ぴょう性が問われている。 甘い見通しでその場はしのげても、財政健全化という目的は、年次が近づくにつれて先延ばしにされ、結局達成できない。現に、財政健全化目標であるPB黒字化は小泉内閣時代には「2010年代半ば」とされたが、その後の歴代の内閣によって、2025年まで先送りされてきたのである。 *  *  * IMFはわが国に対して、政府の予算編成過程を監視し、税金の無駄遣いをチェックする独立財政機関の設置が有効だと提言してきた。そして本年1月27日の対日審査訪問終了の声明に、「既存のベースラインシナリオと高成長シナリオに下振れシナリオを追加すれば、ベースラインを中心に据えて政策を議論することに役立つだろう。独立財政機関によって行われた予測は、枠組みの信頼性を高めうる。」と書き込んだ。 これに対し鈴木財務相は、「経済財政諮問会議で外部有識者参画のもとで議論している」とし、新組織の設置に否定的な考えを示した。「新しい組織を設置するより、今ある組織を有効に活用する」とし、「重要なのは手段ではなく、経済財政運営の専門的、中立的視点で検討を重ねることだ」と述べた。 米国発のインフレやロシア・ウクライナ情勢が世界経済に不気味な動きを見せ始め、経済の不確実性は高まっている。わが国でも政権に忖度した甘い推計を行うのではない独立財政機関の設立に向けた議論を急ぐ必要がある。昨年には、設立に向けて超党派の議員連盟が発足し、経済同友会や関西経済連盟など経済界も設立に向けて提言を行っている。 甘い経済見通しで安心する姿は、自らの人間ドックの検査結果を医者に頼んで甘くしてもらうようなもので、いつかその仕返しを受けることになるだろう。 (了)

#No. 459(掲載号)
#森信 茂樹
2022/03/03

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例39】「役員退職給与の支払時における損金算入」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例39】 「役員退職給与の支払時における損金算入」   国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、中国地方において海産物の製造・販売業を営む株式会社Aにおいて経理部長を務めております。当社は大正時代に創業し、創業者のBが日本料理の味付けに必須のだしを取るのに便利な削り節を他社に先駆けて製造・販売したことから、戦前・戦後にかけてそれなりの企業規模にまで成長しました。 現在は、上場こそしていませんが、製品の品質について、日本料理のプロからご家庭まで幅広くご支持・ご愛顧をいただいておりまして、お陰様で日本全国のスーパーや百貨店に自社製品を販売しており、業界内では確固たる地位を築いているものと自負しております。 本社は創業の地である中国地方にありますが、工場は全国に3ヶ所、営業所は北海道から九州まで12ヶ所に展開しており、百貨店や駅ビルに直営店も5店舗ほど出しております。 ところで、当社は創業家のCから代々社長を出していますが、創業家は専ら経営に専念しており、自社製品の開発はたたき上げの技術者によって行われております。数年前に、このようなたたき上げの製品開発責任者である取締役Dが退任し、それに際して当社は規定に従い、退職慰労金を支払っております。Dに対する役員退職慰労金は、当社の株主総会決議を経て、取締役会でその金額等に関する決議を行うことで支払うこととなっておりましたが、あいにく取引銀行との間でトラブルがあり、メインバンクを急遽変更することになったため、当初支払う事業年度の翌事業年度に実際の支払いを行うこととなりました。 これ自体はよくあることのように思われますし、租税回避の意図など全くないばかりでなく、源泉徴収も支払時に行っております。ところが、なぜか先週来当社にやってきて税務調査を行っている調査官は、当該役員退職慰労金につき、取締役会の決議により金額が確定した事業年度の損金とすべきと主張して譲りません。当社は当然のことながら、資金繰りがついて実際に退職慰労金を支払った事業年度の損金とすべきと主張しておりますが、これでよろしいでしょうか、教えてください。 【A】 役員退職慰労金の損金算入の時期は、他の費用の項目と同様に、株主総会の決議等によりその金額が具体的に確定した事業年度の損金とするのが原則ですが、短期的に資金繰りがつかず株主総会等の決議から一定程度経過してから実際の支払いを行うということもあり得ることであり、そのような場合においても原則的な取扱いしか認めないとするのは、企業の実情に反した、硬直的な執行であり適切とは言えないでしょう。 そのため、法人が役員に対する退職給与の額につき、これを実際に支払った日の属する事業年度において損金経理した場合には、税務上もそれを認めるというのが実情に即し、妥当なあり方であると考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 役員に対する退職給与 会社法においては、役員報酬のみならず役員賞与や役員退職慰労金も職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益と解されている。そのため、役員退職慰労金(弔慰金を含む)も在職中の職務執行の対価として定款・株主総会決議により額を定めなければならない(※1)、とされている。この場合、役員退職慰労金は通常の報酬等と異なり、総額を明示せず、具体的金額、支給期日、支給方法を取締役会等に決定を一任する旨の決議がなされるのが通例である(※2)。 (※1) 江頭憲治郎『株式会社法(第8版)』(有斐閣・2021年)481頁。 (※2) 江頭前掲(※1)481頁。 税法においては、退職給与(退職手当)につき、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与をいう、としている(所基通30-1)。 なお、近年上場企業を中心に、退職慰労金の支給を廃止する傾向がみられる。これは、退職慰労金は業績連動性に乏しく、支給金額の根拠等が不明確であること、役員サイドとしては業績悪化等により株主総会の承認が得られず不支給となるリスクがあること、といった理由によるものである。そのため、代替的に、退職慰労金分を含めた役員報酬を設定する企業もみられるところである。   (2) 役員退職給与の範囲 (役員)退職給与についての法人税法上の定義は必ずしも明確ではないが、参考となる資料として、法人税取扱通達がある(昭和31年直法1-102(2))。それによれば、以下に掲げるものは、その実質が退職給与の一部と認められるものでない限り、退職給与(金)に含まれないとしている。 また、上記②については、別の法人税取扱通達(昭和34年直法1-150(51))で、葬祭料又は弔慰金の額のうち適正な金額は退職給与(金)として取り扱わないことができるとしており、適正額を超えた部分については退職給与とすることが示唆されている。   (3) 役員退職給与の損金算入時期 役員退職給与の損金算入時期は、通達によれば、通常の法人税の損金算入の基準に従い、株主総会の決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度を原則としている(債務確定基準、法法22③二、法基通9-2-28)。これは、役員への退職給与は会社法上、準委任契約に基づく業務執行の対価として支給されるもので、報酬の後払いとしての「退職金」ではなく、役員としての貢献を評価しての「退職慰労金」であることに基づく。したがって、株主総会の決議等によりその額が具体的に確定しない限り、債務が確定したことにはならず、損金算入もできないこととなる。 ただし、例外として、退職給与の額を支払った日の属する事業年度においてそ・の・支・払・っ・た・額・に・つ・き・損金経理をした場合も、当該損金経理による方法を認める、とされている(支給日基準、法基通9-2-28)。さらに、役員退職一時金の分割支給の場合も、原則としてその未払いの部分を含めて一括して損金の額に算入することができる(※3)、とされている。 (※3) 髙橋正朗『法人税基本通達逐条解説(十訂版)』(税務研究会・令和3年)916頁。 一方、役員退職年金は上記取扱いとは異なり、年金を支給すべきタイミングで損金の額に算入することとなる(法基通9-2-29)。したがって、年金の総額を未払金に計上しても、そのタイミングで全額を損金に算入することはできない(法基通9-2-29)。   (4) 役員退職給与の損金算入のタイミングが争われた事例 本件のように、役員退職慰労金(役員退職給与)の損金計上のタイミングが争われた裁判例(東京地裁平成27年2月26日判決・TAINSコード:Z265-12613)があるので、以下で確認していきたい。 ① 事案の概要 原告は、昭和51年3月6日に栃木県宇都宮市を本店所在地として設立された、生産性向上化のための自動専用機、治工具の開発及び設計製作、一般機械及び構造物の設計、計算、スケッチ、工業デザイン等の請負、航空機、自動車、造船等の生産設備、試験装置、風洞模型、立体モデル等の設計製作及び販売等を目的とする株式会社(8月決算)である。 原告は、原告の創業者である乙が平成19年8月31日に原告の代表取締役を辞任して非常勤取締役となったことに伴い、乙に対する役員退職慰労金として2億5,000万円を3年以内(平成22年8月まで)に分割して支給することを決定し、代表取締役辞任の日である平成19年8月31日に、当該退職慰労金の一部としてまず7,500万円を支払った。原告は、当該7,500万円の支払いが法人税法上の退職給与に当たるとして、同額を平成19年8月期における損金の額に算入して法人税の確定申告をした。 次に、平成20年8月29日に、支給決定額の残額のうち1億2,500万円を乙に支払い、平成20年8月期に係る法人税について、当該支払いが退職給与に該当することを前提としてその支払額を損金の額に算入し、また、原告が源泉徴収に係る所得税を納付するに際し、当該支払いが退職所得(所得税法第30条第1項)に該当することを前提として計算した源泉所得税額を納付した。 ところが、処分行政庁から、平成20年8月の支払額1億2,500万円は退職給与に該当せず損金の額に算入することはできないとして、法人税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を受け、また、当該支払いは退職所得に該当しないとして、当該支払いが賞与であることを前提に計算される源泉所得税額と原告の納付額との差額について納税の告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を受けたことから、原告は、処分行政庁の所属する国を被告として、本件更正処分等及び本件告知処分等の取消しを求めるとともに、本件告知処分等に基づき、源泉所得税並びに源泉所得税に係る不納付加算税及び延滞税として充当され又は原告が納付した金額の返還を求めたところである。 なお、原告は本件提訴の前の税務調査において、乙に対する役員退職慰労金を2億2,000万円に減額することとし、取締役会決議を行っている。当該減額後の乙に対する役員退職慰労金2億2,000万円の算定根拠は、以下の算式の通りである。 ② 本件の争点 平成20年8月の支払額1億2,500万円が退職基因要件、労務対価要件及び一時金要件を満たしているか否か。また、当該支払いが法人税法上の退職給与に該当するか。さらに、当該支払いを平成20年8月期の損金に算入することができるか。 ③ 裁判所の判断 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例は、役員退職給与につき事業年度をまたがって分割支給した場合において、株主総会等の決議をした事業年度と異なる事業年度において支給した部分の金額の損金算入が認められるか否かにつき、法人税基本通達9-2-28ただし書の趣旨を踏まえて判断したものである。 原則は、株主総会等の決議によりその額が具体的に確定した事業年度の損金となるのであるが、例外として、損金経理を条件に、支払時の損金とすること(支給年度損金経理)も認められるとするのが通達ただし書の規定である。当該規定の趣旨は、①企業においては、資金繰りの観点から、役員退職給与を複数年度にわたって分割支給することもあること、②役員退職給与を分割支給する場合において、その額が確定した事業年度において全額を未払金に計上して損金経理するのではなく、本件通達ただし書に依拠して、分割支給をする都度、その金額を当該事業年度における退職給与として損金経理するという取扱いをしている中小企業も少なくない、ということであり、裁判所はそのような実務慣行を尊重して損金性を認めている。 本裁判例における裁判所の判示で興味深いのは、「多数の税理士や公認会計士が、自らのウェブサイトにおいて、同様の会計処理を紹介していることが認められる」とあるように、裁判所は税務会計に係る実務慣行につき、市販の書籍の記述のみならず、ウェブサイトにおける税理士や公認会計士の記事や記述もそれを構成する要素となり得ることを認めているという点である。本連載の記事も今後の裁判において、法人税法における公正処理基準(特に損金性について)を判断する際、税務会計に関する実務慣行を構成する要素となり得るということであり、その点、心して記述すべきであると改めて感じたところである。   (5) 本件へのあてはめ 役員退職慰労金の損金算入の時期は、他の費用の項目と同様に、株主総会の決議等によりその金額が具体的に確定した事業年度の損金とするのが原則であるが、短期的に資金繰りがつかず株主総会等の決議から一定程度経過してから実際の支払いを行うということもあり得ることであり、そのような場合においても原則的な取扱いしか認めないとするのは、企業の実情に反した、硬直的な執行であり適切とは言えない。 そのため、法人が役員に対する退職給与の額につき、これを実際に支払った日の属する事業年度において損金経理した場合には、税務上もそれを認めるというのが実情に即し、妥当なあり方であると考えられる。 (了)

#No. 459(掲載号)
#安部 和彦
2022/03/03

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第16回】「経済活動基準のうちの実体基準にいう「固定施設」とは何か」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第16回】 「経済活動基準のうちの実体基準にいう「固定施設」とは何か」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 経済活動基準のうちの実体基準にいう「固定施設」とは、どのようなものを指すか、具体的にご教示ください。 〔A〕 固定施設は、単なる物的設備ではなく、そこで人が活動することを前提とした概念であるため、外国関係会社の事業活動を伴った物的設備である必要があります。 ●●●〔解説〕●●● 1 実体基準 租税特別措置法66条の6第2項3号ロは、外国関係会社がその主たる事業を行うに必要と認められる事務所、店舗、工場その他の固定施設を有していることを要件とするもので、物的な側面から独立した企業としての活動の実態を有するかを判定する基準(※1)である。なお、経済活動基準における実体基準は、ペーパーカンパニーの判定における実体基準(措法66の6②二イ(1))とは異なり、固定施設が本店所在地国(※2)に所在することが要件とされている。 (※1) 国税庁「外国子会社合算税制に関するQ&A(平成29年度改正関係等)」平成30年1月(平成30年8月・令和元年6月改訂)8頁参照。 (※2) 我が国の税法では、内国法人の定義について、いわゆる本店所在地主義(設立準拠法主義)を採用しており、英国などのように、伝統的に事業の管理・支配の場所を基準とするいわゆる管理支配地主義を採用する国とは異なっている(ただし、現在英国は、両方式の併用である)。したがって、本店又は主たる事務所の所在する国といった場合には、その法人が設立に際し準拠した法令の施行地が、その本店所在地国ということになる。 ここでいう固定施設とは、単なる物的設備ではなく、そこで人が活動することを前提とした概念であるため、外国関係会社の事業活動を伴った物的設備である必要がある。例えば、外国関係会社が主たる事業として不動産賃貸業を行っている場合における賃貸不動産は、実体基準における固定施設には該当しない。 また、この場合における「人の活動」は、必ずしも外国関係会社に雇用された者によるものに限定されない。例えば、発電事業を主たる事業として行っている外国関係会社が、その有する発電所の運営をこれを専門とする他の会社に委託している場合のその発電所は、主として委託先である他の会社の役員又は使用人が利用する物的設備となるが、その発電所は、外国関係会社の発電等といった物的設備と共にそれを動かすための人を一体とした事業活動を伴ったものであるため、実体基準における固定施設に該当すると考えられる(※3)。 (※3) 前掲・「外国子会社合算税制に関するQ&A(平成29年度改正関係等)」8頁。 以上から、主たる事業を行うために必要と認められる事務所等の判定に際しては、次の2つに留意することとされている(措基通66の6-6)。 過去の判例において、実体基準の具体的な当てはめが問題となった事例はいくつかあるが、本稿では、比較的最近の次の事例を検討する。   2 過去の裁判例 《レンタルオフィススペース事件》(※4) (※4) 第一審は、東京地裁平成24年10月11日判決(平成22年(行ウ)第725号・TAINSコード:Z262-12062)。控訴審は、東京高裁平成25年5月29日判決(平成24年(行コ)第421号・TAINSコード:Z263-12220)。 (1) 事案の概要 本件は、シンガポールにおいて設立されたA社の発行済株式総数7,800株のうち7,799株を保有するX(原告・被控訴人)が、所轄税務署長Yから、A社は租税特別措置法40条の4第1項(※5)に規定する特定外国子会社等に該当し、外国子会社合算税制の適用があるとして、A社の課税対象留保金額に相当する金額をXの雑所得に算入することを前提に、平成16年分から平成18年分までの各所得税の更正処分等(本件各処分等)を受けたため、A社は外国子会社合算税制の適用除外要件を満たすから、本件各処分等は違法であると主張して、Yに対し、本件各処分等の取消しを求めた事案である。 (※5) 株主Xは日本の居住者(個人)であるため、適用されたのは改正前租税特別措置法40条の4の規定であった。 A社は、内国法人B社及びその関連会社であるC社の製造する精密ねじ等の製品を東南アジアの日系企業に販売するために平成12年2月3日にシンガポールにおいて設立された株式会社である。Xは、A社の取締役2名のうちの1名であり、B社の常勤専務取締役であった(平成20年5月29日以降は、B社の代表取締役)。 また、A社の発行済株式総数7,800株のうちの1株を保有する乙は、A社の取締役であり、シンガポールに居住していた。他方乙は、昭和63年にシンガポールで設立されたD社のマネージングディレクターであり、同社の業務委託・経営コンサルタント部門は、シンガポールにおいて、事務所設備の賃貸、業務サポートサービスの提供及び営業担当者の派遣を行っていた。A社は、A社の設立時に、D社との間で、A社の周辺事務業務(経理・総務・営業事務)等につき業務委託契約を締結していた。 (2) 実体基準の趣旨 本件の第一審である東京地裁は、実体基準の趣旨について、次のとおり判示した。 (3) 裁判所の判断 本件の実体基準該当性について、東京地裁は、次のとおり事実認定した。 東京地裁は、以上から、「A社が使用していたD社のレンタルオフィススペース及び乙の専用執務室、Eの倉庫スペースは事務所及び倉庫としては必要な規模と考えられ、A社は主たる事業である精密機械部品等の卸売業を行うために十分な固定施設を有していたものと認められ、実体基準を満たしているものと認められる」と判示して、Yの主張を退けた。Yはこの判決を不服として控訴したが、東京高裁は原審を支持し、Y(国側)の敗訴が確定した。   (了)

#No. 459(掲載号)
#霞 晴久
2022/03/03

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第26回】「介護のために同居した場合の特定居住用宅地等の特例の適否」

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第26回】 「介護のために同居した場合の特定居住用宅地等の特例の適否」   税理士 柴田 健次   [Q] 被相続人である甲(相続開始日:令和4年3月1日)は、A土地及び家屋を所有し1人で居住していましたが、介護が必要となり、長男である乙は、相続開始の1年前から週の半分ぐらいはA土地及び家屋に寝泊まりするようになり、住民票もA土地及び家屋に移しました。 乙は甲の相続開始の5年前に会社を退職し、Bマンションを購入し、乙及び乙の配偶者と居住していました。乙は甲の介護をするようになってから週の半分ぐらいはA宅地及び家屋に寝泊まりしていましたが、残りの半分ぐらいはBマンションで家族と過ごし、乙への郵送物についてもBマンションに郵送されていました。乙の配偶者は、A宅地及び家屋には寝泊まりしておらず、Bマンションに居住していました。 乙は甲の相続によりA宅地及び家屋を相続し、相続税の申告期限までは、引き続き週の半分ぐらいはA宅地及び家屋で寝泊まりしていましたが、相続税の申告期限後にA宅地及び家屋を売却し、住民票もBマンションに戻しています。 乙は甲の同居親族に該当し、取得者の要件も満たしていますので、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の対象になると考えていいでしょうか。 [A] 乙は、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)を受けることができないと考えられます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等の意義 被相続⼈⼜は当該被相続⼈と⽣計を⼀にしていた当該被相続⼈の親族(以下「被相続人等」という)の居住の⽤に供されていた宅地等(当該宅地等が2以上ある場合には、政令で定める宅地等に限る。「第19回で解説」)で、当該被相続⼈の配偶者⼜は一定の要件を満たす当該被相続⼈の親族(当該被相続⼈の配偶者を除く)が相続⼜は遺贈により取得したものをいいます(措法69の4③二)。 一定の要件を満たす被相続人の親族は、下記の(1)~(3)のいずれかを満たす親族をいいます。 (1) 同居親族 当該親族が相続開始の直前において当該宅地等の上に存する当該被相続⼈の居住の⽤に供されていた⼀棟の建物(当該被相続⼈、当該被相続⼈の配偶者⼜は当該親族の居住の⽤に供されていた部分として政令で定める部分に限る)に居住していた者であって、相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ、当該建物に居住していること。 政令で定める部分とは、次に掲げる場合の区分に応じてそれぞれに定める部分をいいます(措令40の2⑬、措通69の4-7の4)。 (2) 別居親族 当該親族が次に掲げる要件の全てを満たすこと(措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 (3) 生計一親族 当該親族が当該被相続⼈と⽣計を⼀にしていた者であって、相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ、相続開始前から申告期限まで引き続き当該宅地等を⾃⼰の居住の⽤に供していること。   2 生活の拠点の判定 本問の場合には、乙は上記1(1)の同居親族の要件を形式的には満たすことになるかと思いますが、小規模宅地等の特例の趣旨は、居住の継続の保護であり、その趣旨からすると、相続前後のみの一定期間のみ被相続人の居住用宅地等に居住していた相続人にまで本特例を認めるべきではないことになります。 平成28年6月6日の国税不服審判所の裁決(TAINSコード:F0-3-485)では、同居親族の要件について、相続人が被相続人の居住用家屋に居住していたかどうかが争点となりましたが、下記の通り判示しています。 したがって、生活の拠点がどこにあったのかが重要となります。生活の拠点の判定にあたっては、所得税法における居住用家屋の範囲を定めた租税特別措置法関係通達31の3-2(居住用家屋の範囲)も参考となりますので、確認しておきましょう。   3 本問への当てはめ 本問の場合には、乙の生活の拠点がA宅地及び家屋にあったかどうかを判定することになります。乙は介護のためのみの一時的な利用を目的としていたこと、乙及び乙の配偶者の居住状況からBマンションが生活の基盤になっていると考えられること、介護の期間についてもBマンションに居住している事実があること等を総合勘案すれば、乙の生活の拠点はBマンションにあったと考えるのが相当です。 本問について上記1の要件判定をすると、下記の通りとなります。 〔同居親族の要件判定〕 上記1(1)の同居親族は、「被相続⼈の居住の⽤に供されていた⼀棟の建物に居住していた者」であり、かつ、「相続開始時から申告期限まで引き続き居住していること」が要件になっています。 しかしながら、乙は生活の拠点としてA宅地及び家屋に居住していたとは認められないことになりますので、要件を満たさないことになります。 〔別居親族の要件判定〕 上記1(2)④の要件を満たしませんので、別居親族の要件には該当しません。 〔生計一親族の要件判定〕 乙が生計を一にしていた者であったとしても、上記1(3)の生計一親族は、「相続開始前から申告期限まで引き続き当該宅地等を⾃⼰の居住の⽤に供していること」という要件を充足する必要があります。しかしながら、乙は生活の拠点としてA宅地及び家屋に居住していたとは認められないことになりますので、要件を満たさないことになります。 なお、居住用財産に係る譲渡所得の3,000万円の特別控除(措法35①)の居住用財産に該当するかどうかの判定は、上記記載の租税特別措置法関係通達31の3-2(居住用家屋の範囲)に基づき乙の生活の拠点がA宅地及び家屋にあったかどうかで判定を行う(措通35-6)ことになり、考え方は同様になりますので、A宅地及び家屋の譲渡は、乙の居住用不動産の譲渡とは認められないことになります。 また、被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の3,000万円の特別控除(措法35③)については、「当該相続の開始の直前において当該被相続人以外に居住をしていた者がいなかったこと」及び「当該相続の時から当該譲渡の時まで事業の用、貸付けの用又は居住の用に供されていたことがないこと」等が要件となっていますので空き家の3,000万円控除の特例も認められないことになります。 したがって、本問の場合には、譲渡所得の3,000万円の控除の特例も受けることができないことになります。   ★実務上のポイント★ 住民票だけでは特例の判定をすることはできませんので、相続人等の生活の拠点がどこにあったのかを相続人等からヒアリングして確認することが重要となります。   (了)

#No. 459(掲載号)
#柴田 健次
2022/03/03
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