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monthly TAX views -No.113-「デジタル庁で始まるデジタル・セーフティーネットの議論」

monthly TAX views -No.113- 「デジタル庁で始まるデジタル・セーフティーネットの議論」   東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹   筆者はこれまで、デジタルを活用して個々人の収入・所得情報をタイムリーに入手し、セーフティーネットの必要な者を政府が見つけ出し、申請に伴うスティグマを軽減しながら、必要な者に漏れなく給付していく、同時に、国民一律給付・所得制限なしの給付など無駄な給付を排除し、セーフティーネット自体を効率化していく、「デジタル・セーフティーネット」(筆者の造語)の構築の必要性を訴えてきた。 例えば、フリーランスやギグワーカー本人のマイナポータルと、発注先や仲介型プラットフォーマーとの間で、収入情報について、当事者間の合意に基づき情報連携を進めていけば、それを本人のe-Taxにつなげることによって、手間がかからず正確な申告が可能になる。すでに本人の税務申告に必要な生損保料控除や医療費控除の証明書をマイナポータルと情報連携させる「日本型記入済み申告制度」が構築されているが、さらに給与を支払う会社やギグワーカーの仕事を発注する仲介型プラットフォーマーと情報連携を進めていくのである。 その収入情報を、国・自治体が行う各種給付に連携させれば、先ほど述べた、効率的・効果的なセーフティーネットの構築が可能となる。 *  *  * さてデジタル庁では、マイナンバー・マイナポータルの機能を活用して、本人の同意を前提に、官民の情報連携を進め、我々のセーフティーネットの強化を図る取組みが始まっている。 筆者もメンバーに加わるデジタル庁の有識者会議「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」では、5月13日の会合で、「デジタル・セーフティーネット」の一層の強化という図が示された。 トータルデザインを通じた「デジタル・セーフティーネット」の一層の強化 (※) デジタル庁「利用者目線の行政サービス実現に向けたトータルデザインとマイナンバー法の検討について」29ページより抜粋。 具体的には、自らが働いて得る収入情報を、本人同意のもとで勤務先や発注先、さらにはプラットフォーマーなどから迅速に入手し、それを国・地方自治体の児童手当などの社会保障や各種給付金の申請に連動させれば、「正確な情報にもとづき、支援を必要とする方に手が差し伸べられ、また適切な支援等が迅速に受けられる環境整備となり」デジタル・セーフティーネットの機能が強化される(前図)のである。 *  *  * ところでデジタル時代には、AIやロボットの進化が我々の雇用に大きな影響を及ぼし、所得や富の格差を生み出すが、これに備えたセーフティーネットや教育、さらには格差の是正が必要となる。 IMFも“ For the Benefit of All: Fiscal Policies and Equity-Efficiency Trade-offs in the Age of Automation.”(2021, Working Paper No. 2021/187)の中で、AIやロボットの普及による自動化の進展が経済成長と格差拡大というトレードオフをもたらしており、AIやロボットへの課税により財源を確保しつつセーフティーネットの整備や教育の充実を図る必要性について訴えている。 セーフティーネット構築のためには、我々の所得や収入の正確な情報が把握されていることが大前提になる。カギを握るのは、マイナンバー制度におけるマイナポータルを活用した、民間・個人・国(自治体)間のスムーズな情報連携、ということになる。これが将来不安の少なく、安心して子育てや消費のできる社会建設に向けた第一歩になる。 (了)

#No. 472(掲載号)
#森信 茂樹
2022/06/02

〈判例評釈〉相続マンション訴訟最高裁判決-相続税の節税目的で取得したマンションに対する評基通6項適用の可否が問われた事例- 【前編】

〈判例評釈〉 相続マンション訴訟最高裁判決 -相続税の節税目的で取得したマンションに対する評基通6項適用の可否が問われた事例- 【前編】   国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦   1 はじめに 相続税に関する租税回避事例については、課税物件の評価額の適正性が争われる事案が少なくない割合を占めているが、その典型的な事例に関し先頃最高裁で判決(最高裁令和4年4月19日判決・最高裁判所判例集)が下され、税理士等の租税実務家の間で話題になっている(※1)。 (※1) 例えば、冨田建「衝撃の最高裁判決~相続税路線価の否認、税務署に睨まれないようにするには?」2022年4月20日付Yahoo!ニュース等参照。 この事案は、不動産に関し時価(取引価額)と路線価とが大きく乖離していることを利用して、納税者が相続税の負担を圧縮しようとした租税回避事案であり、近年、タワーマンションを利用した同様の手法でも世間をにぎわせているところである。当該判決はそれに先立ち、最高裁は令和4年3月15日に訴訟当事者の意見を聞く上告審弁論を開いており、高裁までの相続人側敗訴の判決が見直される可能性があったため、特に注目を集めたという側面もある(※2)。 (※2) 「不動産節税、司法判断へ 『路線価否定』の相続課税巡り」2022年2月28日付日本経済新聞。 このような事案に対しては、課税庁は「伝家の宝刀」ともいえる評基通6項、すなわち、相続財産に関する評価手法を詳細に定めた財産評価基本通達によって評価することが「著しく不適当と認められる」場合には、国税庁長官の指示を受けて評価するという規定を用いて、路線価による評価額を否認し、それよりも相当程度高額な取引価額等を「時価」として課税処分を行うことにより対処している。 これに関しては、従来から、いかなるケースや条件において当該規定が発動されるのか、そもそも当該規定は租税法律主義に反するのではないかといった疑問が実務家から提示されてきたところである。そこで本稿では、上記最高裁判決の内容を確認することで、評基通6項の適用要件を検討し、相続税対策を依頼された場合、実務家としてどのような点に留意すべきなのかについて私見を示したいと考える。   2 裁判の判決内容 (1) 事案の概要 本件は、共同相続人である原告らが、相続財産である不動産の一部について、財産評価基本通達(評価通達)の定める方法により価額を評価して相続税の申告をしたところ、札幌南税務署長から、当該不動産の価額は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められることから、別途実施した不動産鑑定士の鑑定による評価額をもって評価すべきであるとして、それぞれ更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたため、被告を相手に、これらの取消しを求めた事案である。 被相続人Aは、平成24年6月17日に94歳で死亡し、相続人である原告らほか2名がその財産を相続により取得した。被相続人の相続財産には、東京都杉並区所在の8階建てマンションに係る土地及び建物(甲不動産)並びに神奈川県川崎市所在の7階建てマンションに係る土地及び建物(乙不動産)が含まれていたところ、これらについては、被相続人の遺言に従って、原告らのうちの1名が取得した。なお、同人は、平成25年3月7日付けで、本件乙不動産を5億1,500万円で第三者に売却した。 ところで、被相続人の上記各不動産に係る取得の経緯は以下の通りである。まず、被相続人は、平成21年1月30日付けで信託銀行から6億3,000万円を借り入れた上、同日付けで本件甲不動産を代金8億3,700万円で購入した。次に、被相続人は、平成21年12月21日付けで共同相続人らのうちの1名から4,700万円を借り入れ、同月25日付けで信託銀行から3億7,800万円を借り入れた上、同日付けで本件乙不動産を代金5億5,000万円で購入した。 なお、被相続人及び原告らは、上記各不動産の購入及びその購入資金の借入れを、被相続人及びその経営していた不動産会社の事業承継の過程の1つと位置付けつつも、本件購入及び借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において、原告らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて企画して実行したものである。仮に、本件購入及び借入れがなかったとすれば、本件相続に係る相続税の課税価格の合計額は6億円を超えるものであった。 原告らは、本件相続につき、評価通達の定める方法により、本件甲不動産の価額を合計2億4万1,474円、本件乙不動産の価額を合計1億3,366万4,767円と評価し、平成25年3月11日に札幌南税務署長に対し、上記評価額を記載した相続税の申告書を提出した。当該申告書においては、課税価格の合計額は2,826万1,000円とされ、基礎控除額を控除した結果、相続税の総額は0円とされていた。 一方札幌南税務署長は、国税庁長官の指示(※3)に基づき評基通6項の適用を行い、平成28年4月27日付けで、原告らに対し、不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準により本件相続の開始時における本件各不動産の正常価格として算定した鑑定評価額に基づき、本件甲不動産の価額が合計7億5,400万円、本件乙不動産の価額が合計5億1,900万円であることを前提とする本件各更正処分(本件相続に係る課税価格の合計額を8億8,874万9,000円、相続税の総額を2億4,049万8,600円とするもの)及び本件各賦課決定処分をした。 (※3) 平成28年2月17日付けで札幌国税局長経由により評価通達による評価方法以外の合理的な評価方法によりたい旨の上申を行い、同年3月17日付けで国税庁長官から「貴見のとおり取り扱うこととされたい」旨の指示があった。 本件各不動産の状況に係る上記経緯を表にまとめると以下の通りとなる。 〇本件各不動産の状況 (注1) 甲不動産に係る土地の申告額欄及び上記合計額欄のそれぞれのカッコ内は、小規模宅地等の特例(措法69の4)適用前の評価額である。 (注2) A/Bは路線価等を用いた不動産の評価額(=申告額)を鑑定評価額(=被告主張額)で除した割合で、両者の乖離を示す。 (2) 事案の争点 本件相続開始時における本件各不動産の評価額につき、評価通達の定める評価方法によらない評価額を採用することが許されるための特別な事情があったといえるか。 (3) 裁判所の判断 〈一審:東京地裁令和元年8月27日判決〉 〈二審:東京高裁令和2年6月24日判決〉 〈上告審:最高裁令和4年4月19日判決〉   (【後編】に続く)

#No. 472(掲載号)
#安部 和彦
2022/06/02

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第39回】「特定貸付事業と準事業の判定」

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第39回】 「特定貸付事業と準事業の判定」   税理士 柴田 健次   [Q] 被相続人である甲は令和4年5月30日に相続が発生し、その所有するAマンション、貸宅地、Bマンションを配偶者である乙が相続しました。 不動産の利用状況は、下記のとおりです。 なお、甲は所得税の確定申告で青色申告特別控除10万円の適用を受けて毎年申告をしていました。 平成30年度税制改正により、貸付事業用宅地等の範囲から、被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等(相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた被相続人等の当該貸付事業の用に供されたものを除く)」が除かれることになりましたが、Bマンションは、相続開始前3年以内に「新たに貸付事業の用に供された宅地等」に該当し、かつ、甲が相続開始の日まで3年を超えて特定貸付事業を行っていないため、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の対象にならないと考えていいでしょうか。 [A] Bマンションの敷地は、被相続人が相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた場合の被相続人の貸付事業の用に供されていた敷地に該当しますので、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の対象となります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 貸付事業用宅地等の意義 貸付事業用宅地等とは、被相続⼈又はその被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(以下「被相続人等」という)の事業(不動産貸付業その他駐⾞場業、⾃転⾞駐⾞場業及び準事業(事業と称するに至らない不動産の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うもの)とする。以下「貸付事業」という)の⽤に供されていた宅地等で、次に掲げる場合の区分に応じていずれかを満たすその被相続⼈の親族が相続⼜は遺贈により取得したもの(特定同族会社事業⽤宅地等を除く)をいいます。 なお、平成30年度税制改正により、貸付事業用宅地等の範囲から被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等を除くこととされました。ただし、相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業(貸付事業のうち、準事業以外のものをいう)を行っていた被相続人等の貸付事業の用に供されたものは、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供されたものであっても、その範囲から除かれないこととされました(措法69の4③四、措令40の2①⑦⑲)。   2 特定貸付事業と準事業の判定の留意点 上記記載のとおり、相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業(貸付事業のうち、準事業以外のものをいう)を行っていた被相続人等の貸付事業の用に供されたものは、貸付事業用宅地等の対象から除外されませんが、特定貸付事業と準事業の判定については、次の点に留意する必要があります。 (1) 準事業の範囲 特定貸付事業から準事業が除かれていますが、貸付事業、特定貸付事業、準事業について用語の意義を整理すると下記の通りとなります。 〈貸付事業、準事業、特定貸付事業の整理〉 (2) 特定貸付事業と準事業の判断 被相続人等の貸付事業が準事業に該当するかどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で当該貸付事業が行われていたかどうかにより判定することとされていますが、具体的には、次に掲げる貸付事業の区分に応じて、下記の通り判定を行うことになります(措通69の4-24の4、所基通27-2)。 (3) 事業的規模と事業的規模以外の判断 上記(2)の表に記載されている判断基準については、所得税における事業的規模か事業的規模以外かを意味します。具体的な判断については、所得税基本通達26-9を基に判定していくことになります。 所得税基本通達26-9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定) 事業的規模の判断をする場合には、下記のフローチャートの手順で行うことになります。 【上記❶の形式基準の判定の留意点】 5棟10室基準について、貸地や共有の取扱いは通達では明らかにされていませんが、国税庁において下記の情報(審理専門官情報第23号 大阪国税局個人課税審理専門官 平成19年1月26日質疑事例0108-1)があります。 したがって、本問の場合のように貸宅地が10件あった場合には、原則として5件を1室と換算し2室分の貸付けがあったものとして考えます。また、Aマンション8室については共有持分を乗じるのではなく8室の規模で考えます。したがって、貸宅地10件とAマンション8室は(合算して10室として考えるため)10室以上の規模に該当することになります。 【上記❷の実質基準の判定の留意点】 貸付事業が5棟10室未満であったとしても、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で貸付事業が行われている場合には、事業的規模に該当することになります。この場合の事業の定義は、法令や条文等において明らかにされていませんが、昭和56年4月24日の最高裁判決(TAINSコード:Z117-4788)では、「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」であると定義付けています。 また、不動産貸付けが不動産所得を生ずべき事業に該当するか否かについて、平成19年12月4日の所得税の裁決事例(TAINSコード:J74-2-05)においては、下記のとおり判示しています。 上記の裁決事例においては、不動産貸付事業が事業的規模と認められず、納税者が敗訴した事件となりますが、平成7年6月30日の東京地裁(TAINSコード:Z209-7545)の事件では、不動産貸付事業が事業的規模として認められています。 なお、平成30年度の税制改正の趣旨は、相続開始直前に賃貸用不動産の購入などをして金融資産を不動産に変換し、小規模宅地等の特例を適用する節税手法を防止するために設けられたものであることを考慮すると、上記の⑥取引の目的(相続税の節税を目的とするものであるのか等)は法趣旨から重要なものであると考えられます。 (4) 青色申告特別控除との関係 55万円又は65万円の青色申告特別控除は、事業的規模であったとしても複式簿記による帳簿の備え付けがされていない場合や貸借対照表の作成がされていない場合には認められず、その場合には、10万円の青色申告特別控除しか適用できません(措法25の2)。事業的規模であっても55万円又は65万円控除ではありませんので、注意する必要があります。 反対に55万円又は65万円の青色申告特別控除を適用していた場合においても、上記(3)の判定で事業的規模以外と認められた場合には、55万円又は65万円の青色申告特別控除が誤りという場合もありますので、事業的規模に該当するかどうかは、相続税の申告の際に注意して確認する必要があります。   3 本問への当てはめ 被相続人である甲の貸付事業が相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業であったかどうかを判定することになります。 5棟10室の形式基準で考えると、貸宅地10件のみである場合には、2室として考え、事業的規模以外ですが、8室のAマンションを取得した時点で10室以上となり、事業的規模での貸付事業となります。したがって、下記の図の通り平成30年4月1日から相続開始の日まで特定貸付事業を行っていたことになります。 (注) 貸宅地10件は、実質基準で考えた場合には、事業的規模になる可能性もあります。 したがって、甲は3年超の特定貸付事業を行っていたことになりますので、甲の貸付事業の用に供されたBマンションは、特例の対象になります。   ★実務上のポイント★ 所得税の確定申告書に記載されている青色申告特別控除が10万円であったとしても、被相続人の貸付事業が事業的規模である場合もありますので、貸付事業が事業的規模であるかを確認する必要があります。特に5棟10室未満であった場合の事業的規模の判断については、明確な基準があるわけではありませんので、過去の裁判事例等を基に慎重に検討する必要があります。   (了)

#No. 472(掲載号)
#柴田 健次
2022/06/02

遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第11回】「不動産や株式等を遺贈寄付した場合の取扱い(その5)」~みなし譲渡所得税の非課税特例(承認特例)~

遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第11回】 「不動産や株式等を遺贈寄付した場合の取扱い(その5)」 ~みなし譲渡所得税の非課税特例(承認特例)~   税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也   不動産や株式等の現物資産を遺贈寄付した場合の取扱いについて引き続き見ていく。 前回、みなし譲渡所得税の非課税特例である租税特別措置法40条のうち、一般特例について説明をした。今回は、承認特例について見ていくことにする。   1 承認特例 みなし譲渡所得税の非課税特例のうち、承認特例(措法40①後段、措令25の17⑦)は、平成30年度の税制改正(認定NPO法人等への寄付については、令和2年度税制改正)によって新しくできたものである。 承認特例は、承認特例対象法人に財産を寄付した場合に法人の役員等に該当しないことなど一定の要件を満たすものとして国税庁長官より非課税承認を受けたときは、この寄付に対する所得税を非課税とする制度である。 「承認特例」には、承認申請書の提出があった日から1ヶ月(又は3ヶ月 )以内にその申請について非課税承認がなかったとき、又は非課税承認をしないことの決定がなかったときは、その申請について非課税承認があったものとみなされる自動承認の仕組みが設けられている。 一般特例では、国税庁長官の承認を受けるまで、長い年月がかかると言われていたが、承認特例では、通常は1ヶ月、株式等である場合には3ヶ月で承認を受けることができ、非常に迅速に承認を受けられる。これは、寄付者にとって大きなメリットである。 また、一般特例では、寄付を受けた財産を受贈法人が買い換えることは原則としてできなかったが、承認特例の場合には、この制度で設置した基金内で一定の資産の買換えも認められている。 例えば、不動産の寄付を受け、それを基金内で株式等に買い換えて、非課税特例を継続することも認められる場合がある。一般特例であれば、寄付を受けた不動産を公益目的に使用することが可能な法人を探さなければいけなかったが、承認特例であれば、不動産を株式等に買い換えることで適用を受けられる可能性があり、寄付の選択肢が広がることになる。 〈承認特例のイメージ〉   2 承認特例対象法人 一般特例の場合には、非課税の対象になる法人は、公益社団法人、公益財団法人など、寄付金控除の対象になる特定公益増進法人に限らず、非営利徹底型の一般社団法人、一般財団法人や宗教法人、認定を受けていないNPO法人なども適用対象法人に含まれた。しかし、承認特例の対象になる法人は、国立大学法人等、公益社団法人、公益財団法人、一定の学校法人又は社会福祉法人、認定NPO法人等に限られる。 また、これらの法人であれば、必ず承認特例を受けられるのではなく、寄付を受ける前に、受贈法人側で、基金を設置して所轄庁の証明を受ける必要がある。この基金は、税法上定められた基金である。現在既に何らかの基金を設置している場合には、その証明を受けるに当たっては、現在の基金規程を定められた要件を満たすように改正し申請することで、証明を受けることができる。 このような基金を設置している法人は、国立大学法人等では、文部科学省の指導などもあり、かなりの数の法人があるようである。一方で、公益社団法人、公益財団法人や認定NPO法人等では、まだ非常に少ない。   3 承認特例の要件 承認特例を受けるための要件は、以下である。 以下に、一般特例と承認特例の要件の違いをまとめている。 (出所)  国税庁「公益法人等に財産を寄附した場合における譲渡所得等の非課税 の特例のあらまし」   (了)

#No. 472(掲載号)
#脇坂 誠也
2022/06/02

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第19回】「恒久的施設の判定はどのように行われるのか」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第19回】 「恒久的施設の判定はどのように行われるのか」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 非居住者又は外国法人が我が国で事業活動を行う場合の課税関係はどのように判断されるのでしょうか。 〔A〕 我が国国内法の規定及び我が国が締結する租税条約の規定に従い、非居住者又は外国法人が国内に有するとされる恒久的施設に帰属する所得に対し課税されます。 ●●●〔解説〕●●● 1 恒久的施設の意義 恒久的施設(Permanent Establishment。PEと略される)は、我が国所得税法及び法人税法では、非居住者又は外国法人の次の①から③に掲げるものをいうとされている(所法2八の四、法法2十二の十九)。 我が国は従前、事業所得について、非居住者又は外国法人が恒久的施設を有する場合、総合主義(恒久的施設がある場合は全ての国内源泉所得に課税)を採用していたが、平成26年度税制改正において当該恒久的施設に帰属する所得についてのみ課税する方式(帰属主義)に変更した(※1)。 (※1) ただし、我が国が諸外国と締結してきた租税条約では、従前から帰属主義に準拠していたため、上記改正は、両者の不一致を解消し、国際ルールに平仄を一致させたものといえる。 さらに、平成30年度税制改正では、BEPSプロジェクト及び2017年版OECDモデル租税条約の改定を受けて、恒久的施設認定の人為的回避の防止のため、従前より恒久的施設の範囲から除外されていた「準備的・補助的活動」(※2)について、以下の詳細な規定が置かれた(所令1の2⑤)。 (※2) 所得税法施行令1条の2第4項は、「準備的・補助的活動」について、次のように定めている。 ① 商品の保管、展示、又は引渡しのためにのみ施設を使用すること ② 商品の在庫を保管、展示、又は引渡しのためにのみ保有すること ③ 商品の在庫を他の者による加工のためにのみ保有すること ④ 事業のための商品の購入又は情報を収集するためにのみ一定の場所を保有すること ⑤ その他の活動のためにのみ一定の場所を保有すること ⑥ ①~④の活動とその他の活動を組み合わせた活動のためにのみ一定の場所を保有すること なお、恒久的施設は、我が国が締結する租税条約においても当然規定されているが、我が国税法と異なる定めが置かれているときは、その租税条約に定めるところに従うことになる(所法162①、法法139①)。 恒久的施設の該当性が争われた裁判例は少ないが、以下ではインターネット販売倉庫事件を取り上げる。   2 過去の裁判例 《インターネット販売倉庫事件》(※3) (※3) (第一審) 東京地裁平成27年5月28日判決 TAINS:Z265-12672 (控訴審) 東京高裁平成28年1月28日判決 TAINS:Z266-12789 (上告審) 最高裁平成29年4月14日第二小法廷判決(不受理) TAINS:Z267-13011 (1) 事案の概要 所得税法上の非居住者として、米国から本邦に輸入した自動車用品を、インターネットを通じて専ら日本国内の顧客に販売する事業を営んでいたX(原告・控訴人・上告人)が、処分行政庁から、事業の用に供していた日本国内のアパート及び倉庫(以下「本件アパート等」)は、日米租税条約5条の規定する「恒久的施設」に該当し、Xには本邦において所得税を納税すべき義務があるとして、所得税の決定処分等を受けたことに対し、本件アパート等は恒久的施設に該当せず、Xは本邦において所得税を納税すべき義務はないとして、本件各処分の取消しを求めた事案である。 (2) 租税条約の規定 日米租税条約5条1項は、「この条約の適用上、『恒久的施設』とは、事業を行う一定の場所であって企業がその事業の全部又は一部を行っている場所をいう」と規定し、同2項で「恒久的施設」の例示として(c)事務所や(e)作業場を挙げている。また同4項は、「1項から3項までの規定にかかわらず、『恒久的施設』には次のことは、含まないものとする」として、「(a)企業に属する物品又は商品の保管、展示又は引渡しのためにのみ施設を使用すること、〔中略〕(e)企業のためにその他の準備的又は補助的な性格の活動を行うことのみを目的として、事業を行う一定の場所を保有すること」を列挙している。 すなわち、日米租税条約によれば、専ら在庫の保有のみを行う施設等であるか、その活動が事業の主たる過程において準備的・補助的といえるものである場合には、恒久的施設と判定されることはないことになる。ちなみに、日米租税条約5条の文言は、OECDモデル租税条約と同一の規定振りとなっている。 (3) 裁判所の判断 Xは、米国から日本に輸入した自動車用品を本件アパート等で保管し、インターネットを通じて専ら日本国内の顧客に販売する事業を営んでいたことから、本件アパート等は日米租税条約5条4項の(a)又は(e)に該当すると主張したため、本件第一審の東京地裁は、「本件アパート等は、日米租税条約5条の規定する恒久的施設に該当するか否か」という争点につき、以下のように認定した。 ① 日米租税条約5条1項該当性について ② 日米租税条約5条4項各号該当性について ③ 小括 以上から、東京地裁は、本件アパート等は日米租税条約5条1項に規定する恒久的施設に該当すると判示した。本件は、Xにより控訴されたが、控訴審である東京高裁は、本件各処分はいずれも適法であるとして、Xの請求を棄却した。Xはさらにこの判断を不服とし上告したが、最高裁は上告不受理とした。 (4) その他の判示事項 Xはまた、OECDの検討チームが、2012年の報告書でOECDモデル租税条約5条4項(a)ないし(d)について、同項(e)の「準備的又は補助的な性格を有する活動」であることを要しないとの解釈を示しているとし、本件アパート等は「保管」「引渡し」のためにのみ使用されていたから日米租税条約5条4項(a)に該当し、「恒久的施設」に該当しないとも主張していたが、東京地裁は、2012年報告書が従来の解釈の変更を提案したからといって、本件各係争年における日米租税条約5条4項の解釈につき、2012年報告書に従わなければならないということはできないと判示した(なお、本件控訴審によれば、2016年時点ではこの提案はOECDモデル租税条約に反映されていないことが確認されている)。 ところで、本件の争点3(本件アパート等が恒久的施設に該当する場合において、日米租税条約7条に基づき課税できる所得の範囲は何処までか)について東京地裁は、「日米租税条約7条2項及び3項に基づき本件擬制企業(筆者注:恒久的施設のこと)に配分されるべき国内源泉所得を算定するに当たっては、本件アパート等が本件販売事業において担っている役割・機能を前提とすべきであるところ、本件アパート等は、〔中略〕本件販売事業における唯一の販売拠点(事業所)としての役割・機能を担っていたというべきである。したがって、日米租税条約7条2項及び3項に基づき本件擬制企業に配分されるべき国内源泉所得は、日本国内にある本件擬制企業が、本件アパート等を販売拠点(事業所)として事業活動(販売活動)をした場合において取得したとみられる利得であるというべきである」と判示している。 本件では、Xが帳簿書類の提出を拒絶した等の事情から、恒久的施設に配分されるべき所得金額を実額で計算することができないため、処分行政庁が、Xが日本の居住者であった平成16年分の所得率を使用して推計課税を行ったことの是非も争われたが、東京地裁は、平成16年分と本件各係争年分において、本件販売事業の基本的内容に変化がないことから、処分行政庁による推計の方法には合理性があるとした。 (了)

#No. 472(掲載号)
#霞 晴久
2022/06/02

租税争訟レポート 【第61回】「監査役に対する損害賠償請求訴訟~会計限定監査役の任務懈怠 (最高裁判所令和3年7月19日判決)」

租税争訟レポート 【第61回】 「監査役に対する損害賠償請求訴訟~会計限定監査役の任務懈怠 (最高裁判所令和3年7月19日判決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【判決の概要】   【事案の概要】 本件は、株式会社である上告人が、その監査役であった被上告人に対し、被上告人がその任務を怠ったことにより、上告人の従業員による継続的な横領の発覚が遅れて損害が生じたと主張して、会社法423条1項に基づき、損害賠償を請求する事案である。   【判決の概要】 1 原審である東京高等裁判所が確定した事実関係 2 原審である東京高等裁判所の判断 原審である東京高等裁判所は、上記の事実関係に基づき、監査の範囲が会計に関するものに限定されている監査役(会計限定監査役)は、会計帳簿の内容が計算書類等に正しく反映されているかどうかを確認することを主たる任務とするものであり、計算書類等の監査において、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかであるなど特段の事情のない限り、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認していれば、被上告人はその任務を怠ってはいないとして、上告人の請求を棄却した。 3 最高裁判所の判断 原審の判断について、最高裁判所は、次のように理由を述べて、裁判官全員一致の意見で、「原判決を破棄する」「本件を東京高等裁判所に差し戻す」という判決を出した。 最高裁判所は、まず、監査役の役割について、以下のように判示した。 その上で、監査役監査について、計算書類などが各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり、会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとしても、監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではなく、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきであると判示した。 さらに、会計限定監査役にも、取締役等に対して会計に関する報告を求め、会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていることなどに照らせば、会計限定監査役についても、上記の監査役の責務が異なるものではないとし、会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではないと判示した。 最高裁判所は、こうした理由を述べた上で、被上告人はその任務を怠ってはいないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることから、原判決は破棄を免れないとすると同時に、被上告人が任務を怠ったと認められるか否かについては、上告人における本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして被上告人が適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要があり、また、任務を怠ったと認められる場合にはそのことと相当因果関係のある損害の有無等についても審理をする必要があるから、本件を原審に差し戻すこととするという結論を述べた。 4 草野耕一裁判官による補足意見 草野耕一裁判官は、差戻審が、被上告人が任務を怠ったか否かを検討するに当たっては、次の点に留意すべきと考えるという補足意見を述べている。 5 裁判所ホームページで公開されている「判示事項」と「裁判要旨」 裁判所ホームページでは、次のとおり、「判示事項」と「裁判要旨」が公開されている。   【解説】 従前では、下級審の判決であるものの、本件最高裁判決と類似の事案で、多数の判決では、会計限定監査役に任務懈怠があったとはいえないとする判断が示されてきていた。そうした点からすれば、本件最高裁判決は、会計限定監査役の任務懈怠を厳しく追及するものといえる。 とはいえ、原審では争点の1つとなっていた、会計限定監査役を狙い撃ちにした格好の損害賠償請求について、本件最高裁判決は一切触れておらず、差戻し控訴審が、原審の判断時に問題とした「信義則違反」「権利の濫用」といった争点に、改めてどのような判断を示すのか、注目されるところである。 1 本件最高裁判決に至るまでの過程(※1) (※1) 本項の記述は、TKCローライブラリー「新・判例解説Watch◆商法No.129 会計限定監査役の任務懈怠と会社に対する損害賠償責任」(明治大学教授/受川環大)を参考にしている。 (1) 第1審判決(千葉地方裁判所平成31年2月21日) 第1審被告(本件被上告人)の任務懈怠を認めて、横領金額5,763万円を限度として、第1審原告(本件上告人)の請求を認容した。 なお、第1審判決では、被告(本件被上告人)が、公認会計士及び税理士の資格を有していたことから、一般的な監査役の善管注意義務の水準よりも高い監査手法を採る義務があったと判示していた。 (2) 控訴審(原審)判決(東京高等裁判所令和元年8月21日) 控訴審である東京高等裁判所は、原判決を一部取り消す判断を示して、控訴人(本件上告人)の請求を棄却する判断を示した。 (3) 原審判決で問題になった信義則違反 原審は、控訴人(本件上告人)が、歴代の又は現在の取締役及び監査役に対する損害賠償請求をせずに、会計限定監査役であった被控訴人(本件被上告人)に対してのみ、損害賠償請求を行っていることについて、信義則違反、権利の濫用であると判示していた。 こうした争点については、本件最高裁判決は全く触れておらず、差戻し控訴審での判断が注目されるところである。 2 これまでの裁判所の判決例 本件最高裁判決と同様、公認会計士及び税理士の資格を有する会計限定監査役が、経理担当従業員の横領事件を発見できなかったことが任務懈怠に当たるとして、損害賠償を請求した事件の判決を参照したい。 【判決の概要】 (1) 事案の概要 本件は、原告が被告に対し、被告は、原告の顧問税理士・会計士として決算書の作成と申告代理業務だけでなく経営指導も委任し、特に平成6年以降は、原告代表者は経理担当従業員の不正の可能性を指摘したのであるから、その不正の発見に努めるべきであったものであり、また、少なくとも平成10年9月に原告の監査役に就任した以降は不正発見も職務上当然の業務内容であったのに、その委任事務を怠り、また監査役の義務に違反し、よって、経理担当従業員による横領行為を発生させたものであるから、本件不正行為によって生じた原告の損害を賠償すべきであるとして、その支払いを求めた事案である。 (2) 裁判所の判断 福岡地方裁判所は、それぞれの争点について、以下のように判示して、原告の主張を棄却する判決を言い渡した。 まず、(1)の「顧問契約の種類と業務内容」については、原告と被告との間の顧問契約は、平成6年8月から平成13年7月末までの間、税理士としての顧問契約を締結したものであり、その業務内容は税理士としての決算書の作成から申告税務代理までであったと認めるのが相当であり、被告の顧問契約における業務内容には経営指導はそもそも含まれておらず、経営指導や不正の発見等についての具体的な委任がなされたことを認めるに足りる証拠はなく、原告の主張は採用できない。 次いで、(2)の「被告の顧問契約に基づく責任」については、そもそも原告と被告との顧問契約が税理士としての決算書の作成から税務申告にとどまり、不正行為の摘発等は含まれていなかったこと、したがって、被告の顧問としての業務も税務資料作成に必要な限度でなされていたこと、被告の作業の実体は基本的に原告における経理担当者として実質的責任を任されていた経理担当従業員作成の資料を前提とする手順となっていたこと、経理担当従業員は不正行為が発覚しないように伝票や帳簿等を改ざんしていたこと等の諸事情を考慮すると、被告に税理士としての顧問契約に基づく債務の不履行があったとまで断定することはできない。 最後に、(3)の「監査役としての責任」については、被告は、平成10年9月1日に原告の監査役に就任したが、監査役としての報酬はゼロで、被告の立場は従前と特段の変更はなく、原告や原告代表者から就任に際して具体的な監査方針等についての依頼はなく、被告に対して、原告の経理における不正発見を職務上の義務として要望されたことはないことから、被告の監査役としての職務内容に経理関係における不正発見という任務が含まれていたと認めることはできず、被告が経理担当従業員による不正行為を発見できなかったとしても、それにつき監査役としての義務違反を理由とする損害賠償義務を認めることはできない。 (了)

#No. 472(掲載号)
#米澤 勝
2022/06/02

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第27回】「「中小PMIガイドライン」を積極活用しよう」~その2:失敗事例から学ぶ②~

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第27回】 「「中小PMIガイドライン」を積極活用しよう」 ~その2:失敗事例から学ぶ②~   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 売り手企業 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 支援機関(第三者) ⇒支援先の企業が円滑に事業を引き継ぎ、M&Aの目的やシナジー効果等を実現するために必要な助言ができるように、「中小PMIガイドライン」を参照する。 その他の対象者 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。   〇 PMIに起因する失敗事例 前回は、2022年3月17日に中小企業庁が公表した「中小PMIガイドライン」の中から、PMIに起因する失敗事例のうち「経営統合」の領域に関する事例を取り上げ、対応上のポイントを紹介しました。今回も、前回に続いて本ガイドラインに掲載されている失敗事例を見ていきます。 (1) 「業務統合」に関する失敗事例 (注) 本ガイドラインには失敗例に対する取組例が示されていますが、本稿では割愛し、私見ですがこのような失敗を回避ないしは防ぐためのポイントを簡単に紹介します。以降の失敗例についても同様です。 ① 許認可事業に気を付ける いずれの失敗例も中小企業のM&Aではよくあるケースです。このうち、許認可については、支障があると統合後の事業継続に影響を及ぼします。 などの検討を怠らないのはもちろんですが、必要に応じて行政書士などの専門家をあらかじめ関与させた上で、手続きなどに漏れのないように備えておきましょう。 ② 売り手の業務の継続性を可能な限り確保する M&Aを行った場合に限らず、誰かが退職すると、一部の業務ができなくなる、滞る、遅くなるなどのケースは珍しくありません。 といった場合には、十分な引継ぎが期待できる一部のケースを除いては、M&A後の損失、喪失をある程度覚悟しなければなりません。業務・取引の一部や、一部の担当者による業務内容がこうしたケースに該当しないかどうかを確認しておきましょう。 また、確認した結果、M&A後に見積もられる最大損失ないしは喪失がどの程度に上るのか、可能であれば事前に試算をしておくとなおよしです。なぜならば、M&A後に、対象業務のキーパーソンが残る保証はないからです。 さらに、リスクを抑えることばかり考えるのでなく、リスクをなるべく低減するために対策できることとできないことを切り分けて、最大損失(喪失)を回避するために最低限何をしておくべきかの優先順位を考えるのがより賢明です。諦められる領域や分野を認識しておけば、M&A後に注力するべきことと、そうでないことがはっきりし、損失(喪失)を最小限に抑えることが可能になります。 ③ 役員に加えて従業員派遣を検討する 中小企業のM&Aでは、買い手も中小企業である場合が多く、M&Aに関わる買い手の人材が不足している可能性が高いので、実際には対応が難しいかもしれませんが、可能な限り、売り手に派遣する人員を増やすことで、売り手役員や従業員の退職に伴う事業引継ぎリスクを減らせる場合があります。 (2) 「信頼関係構築」に関する失敗事例① 本ガイドラインには、取組のポイントとして「譲渡側経営者へ敬意をもって接する」「譲渡側経営者の役割や在籍期間等についてM&A成立前に概ね合意しておく」とありますが、まさしくそのとおりです。 これらの失敗例から、M&Aが機械的に行われる金銭等を対価とした単なる取引ではないと学ぶことができます。売り手(譲渡側)の感情を置き去りにしてしまっては、M&Aを成功させられないでしょう。 ① 社外の取引先と接する気持ちで対応する 買い手からすれば、M&A後の売り手は別会社であっても同じグループの人たちですから、つい、社内の人材と思って接してしまったり、売り手に対して強い立場で上から接するのが当然と思い込んだりする方もいるかもしれませんが、それは決してあってはならないことです。 取引先や取引相手との信頼関係を長年にわたって大切にしながら構築していく過程と同様に、買い手と売り手との関係も徐々に醸成されていくもの(急に信頼を得られるはずがない)ですから、売り手の信頼を獲得するためには、買い手が自社(買い手自体)の経営をするよりも、更に大きなパワーを要するのが当然との認識が必要です。 ② 事がうまくいくかは売り手の経営者次第 良くも悪くも、売り手は売り手経営者(もしくは、多くの場合、売り手経営者の配偶者など特定の親族も含まれる)によって成り立っています。裏を返せば、売り手経営者やその配偶者などが納得しない限り、売り手自体も、売り手の従業員も動かないと思った方がよいくらいです。 たとえ、売り手の経営者が引退を予定していたとしても、売り手経営者を含めて大切なパートナーとして迎えるわけですから、ぞんざいな扱いをしてしまってはM&A後の経営に支障が出るのは当然です。ある意味で、新たな取引先と関係を構築するかのように、相手を尊重しながら接し続けることでしか信頼は獲得できません。 このように、信頼関係構築の業務領域についての失敗例を見ると、経営統合や業務統合に比べて「人」の要素が強く、相手あっての対応が必要な分、長年にわたる関係構築への努力が欠かせないほか、力の入れ具合も相当重要になってくるとわかります。 買い手は買い手の立場からしか物事を見ることができないかもしれませんが、「もし自分が売り手の立場だったら、買い手がどのような接し方であれば順応しやすいか」というように、相手の立場になって考えてみる、これが、案外成功への近道なのではないでしょうか。 *  *  * 次回もPMIに起因する失敗事例を取り上げながら対応のポイントを説明します。 (了)

#No. 472(掲載号)
#荻窪 輝明
2022/06/02

不動産の電子契約化に関する改正ポイント 【第2回】「電子契約の基礎知識と改正への対応」

不動産の電子契約化に関する改正ポイント 【第2回】 (最終回) 「電子契約の基礎知識と改正への対応」   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 司法書士 奥村 圭祐    【第1回】では、今回の改正の概要について解説を行った。【第2回】では、税理士が顧客から電子化への相談を受けた場合に適切な助言を行えるように、電子契約に関する一般的な解説と整えるべき体制等について解説を行う。   1 「電子契約」とは 「電子契約」の解釈には様々なものがあるが、一般的に契約内容を書面ではなく、パソコン等で作成した電子ファイルにまとめたものだと理解されている。 契約の成立自体は、法令による定めがない限り口頭でも成立する。契約書を作成する趣旨は、事後に紛争になった場合に備えて証拠とするためである。   2 「押印」と「電子署名」 契約書には、当事者が契約内容を理解したうえで締結したことを明らかにする趣旨で、記名押印を行うことが多い。裁判になった場合にも、当事者の記名押印がある場合には、契約書に証拠としての力を認める取扱いが、法律、判例等によりなされている(民事訴訟法第228条1項・4項、最判昭和39年5月12日判決)。 電子契約の場合、「押印」に代わる処置として「電子署名」を行うことになる。この「電子署名」の理解のされ方についても様々なものがある。クレジットカード決済などに際して、タブレット端末に署名を行うことを電子署名と理解している人もいれば、電子ファイルに印鑑の印影のイメージを貼り付けたものを電子署名と理解している人もいる。 これらの解釈も間違いとはいえないが、電子署名については「電子署名及び認証業務に関する法律」(電子署名法)において定義がなされている(電子署名法第2条)。簡単にいえば、電子契約書などの電子文書が「誰によって作成されたのか(本人性)」「改ざんされていないか(非改ざん性)」を技術的に確認できるものが、電子署名法における「電子署名」である。電子署名法の要件に該当する電子署名であれば、契約書に実印で押印をして印鑑証明書を添付したときと同様に、電子契約に強い効力を持たせることができる。 電子署名を行うためには、印鑑における印鑑証明書にあたる「電子証明書」を発行する認証局(認証事業者)に、予め電子証明書を発行してもらう必要がある。   3 電子契約の方式 電子契約には、電子署名の方法により大きく分けて以下の2つの方式がある。 (1) 当事者署名型 当事者署名型とは、契約の当事者が、自ら認証局から発行を受けた電子証明書に基づき電子署名を行う方式である。この方法には電子契約成立の事実を立証しやすいというメリットがあるが、当事者双方が電子証明書を取得しなければならず、コストと手間がかかるため現状ではあまり普及していない。 【当事者署名型】 (2) 立会人型 立会人型とは、契約当事者自身は電子署名を行わず、電子契約サービスの提供事業者が、電子契約の立会人として電子契約書に電子署名を行う方式である。契約当事者自身が電子証明書の発行を受けていない場合でも利用できる。利便性が高いため、現在様々なサービスが開発され、普及が進んでいる。 【立会人型】   4 今回の改正への対応 (1) 宅建業法の改正に関する部分について 本改正に対応した国土交通省令の公表にあわせて、重要事項説明書等を電磁的方法により提供する方法及び電磁的方法によることにつき、承諾を得る方法について、以下の表の通り具体例が明らかにされた。 (※) 国土交通省「重要事項説明書等の電磁的方法による提供及びITを活用した重要事項説明実施マニュアル」参照 これまで行われた社会実験等の動きを踏まえると、各種電子契約サービスを提供する事業者が、行政から示された情報をもとに、改正された宅建業法に対応したサービスを提供していくものと思われる。税理士としてもこれらの動きを注視しておく必要があるだろう。 (2) 借地借家法の改正に関する部分について 宅建業者のほか、個人オーナーにも影響がある借地借家法の改正については、電子契約への切り替えを検討したいところである。電子契約のメリットとしては印紙代が節約できることに加えて管理のしやすさがある。税理士としても、契約書の確認が必要な場合に、円滑に提供を受けられることにつながると考えられる。 現在、各種電子契約サービス事業者がサービスを提供しており、これらの事業者と連携を図っていくことも重要だといえるだろう。 (連載了)

#No. 472(掲載号)
#北詰 健太郎、奥村 圭祐
2022/06/02

空き家をめぐる法律問題 【事例39】「所有者不明土地・建物管理制度を利用した所有権の取得方法」

空き家をめぐる法律問題 【事例39】 「所有者不明土地・建物管理制度を利用した所有権の取得方法」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - 当社は土地を集約するため一帯の土地の取得を進めていますが、その中に所有者の不明な空き家と土地があります。調査をしたところ、土地は株式会社Aの単独所有名義、建物は株式会社A、B、Cの共有名義(各共有持分1/3)で登記がされています。 B、Cは建物の売却に賛成していますが、株式会社Aの登記簿上の住所に本店や事務所はなく、代表者も行方不明のため売買契約を締結できずにいます。このような場合に、所有者不明土地や所有者不明建物管理制度を利用することはできますか。   1 所有者不明の土地・建物の管理制度と民法改正 所有者の不明な土地や建物(以下「所有者不明土地等」という)は、所有者による適切な管理を期待しにくいという問題だけでなく、実際に所有者と連絡をとることができないため、所有者不明土地等の取得を希望する者にとって大きな支障となることがある。このことは所有者不明土地等が共有となっており、一部の共有権者が不明な場合にも同様に当てはまる。 このような場合に、令和3年4月の改正で民法に規定された所有者不明土地管理制度や所有者不明建物管理制度を利用することも考えられる。改正された民法等は原則令和5年4月1日から施行されることになっている。なお、便宜上、改正前の民法を「改正前民法」と表記し、改正後の民法を「改正後民法」と表記する。   2 管理人選任の申立要件 改正民法は、所有者不明土地管理制度を改正後民法第264条の2から同法第264条の7に規定し、その多くを所有者不明建物管理制度に準用しているため(同法第264条の8)、その解釈には共通するものが多い。もっとも、両制度は別個のものであるから、土地と建物の両方に管理人を選任したい場合、個別に申し立てる必要がある。 所有者不明土地等の利害関係者は、所有者不明土地等の所有者を特定するために必要な調査を行い、調査を尽くしても確認できないような場合は、所有者不明土地等の管理人の選任申立てを行うことができる(改正後民法第264条の2、同法第264条の8)。所有者不明土地等が共有されており、一部の共有者が不明の場合にも、当該共有持分について同様の選任申立てを行うことができる(同条)。 ここでいう利害関係は法的な利害関係である必要がある。所有者不明土地等が適切に管理されていないことによって不利益を受けている者や受けるおそれがある者が含まれることに争いはないが、問題は、所有者不明土地等の取得を希望する者のように、申立時点において、具体的な権利義務関係を有しない者も利害関係者に含まれるかである。 売主の地位にある所有者不明土地等の所有者は、売買契約の申込みを受けても、これに応じる義務を負わないため、所有者不明土地等の取得を希望する者は、法的な利害関係を有しないとも考えられる(大分家審昭和49年12月26日家月27巻11号41頁。この事案では結論的には申立人が不在者に対して損害賠償義務を負う可能性があることを理由に利害関係が認められている)。 一方で、所有者不明土地管理制度等の趣旨は、不適切な管理状態を解消することにあり、この趣旨に反しないのであれば柔軟な解釈を採る余地はあるように思われる。現に、立法担当者において、「民間の購入希望者については、その購入計画に具体性があり、土地の利用に利害があるケースなどでは、利害関係人と認められる。」ことが示されており(松村秀樹=大谷太編著「Q&A令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法」(2022年・きんざい)172頁)、不在者財産管理人の場合に比べて利害関係が広めに認められることもあるように思われる。   3 建物の取壊しと費用負担 (1) 建物の取壊しが認められる場合 所有者不明土地管理人と同様に、所有者不明建物管理人は、当該建物の保存行為や性質を変えない範囲内で利用又は改良を加える行為を行うことができる。また、家庭裁判所の許可を得れば、処分行為を行うこともできる(改正後民法第264条の8)。このように、所有者不明建物管理人の権限に処分行為が含まれていることから、家庭裁判所の許可を得れば建物を取り壊すことも可能である。 問題は、どのような場合に建物を取り壊せるかである。所有者不明建物管理制度の主たる目的は不適切な管理状態を解消することにあり、建物の取壊しは所有者に対する権利侵害の程度も大きいため、建物の取壊しが認められるのは例外的な場合に限定される。具体的には、「所有者の帰来・出現可能性のほか、建物の価値、建物の存立を前提とした場合の管理に要する費用と取壊しに要する費用の多寡、建物が周囲に与えている損害又はそのおそれの程度など」(前掲・松村=大谷195頁)を踏まえて判断されることになる。 (2) 建物の解体費用と負担者 建物の解体を予定して申立てをする場合、所有者不明建物管理人の申立人は、申立時点において、裁判所から解体費用相当額を予納金として納付することを求められると考えられる。また、建物を解体し、土地を更地で売却することが想定されているような場合には、予納金の納付に代えて、土地の売却代金を建物の解体費用に充てる方法も考えられる。 もっとも、所有者不明土地管理人は所有者に対して善管注意義務を負うため(改正後民法第264条の5)、土地の売却代金を別人が所有する建物の解体費用に充てることは善管注意義務違反となり得る。そのため、このような処理ができるのは土地と建物が同一の所有者であるような場合に限られると考えられる(この場合、裁判所によって土地と建物に同一の管理人が選任されることになる)。   4 本件について 所在調査の結果、株式会社Aの登記簿上の本店所在地に本店や事務所がなく、代表者も行方不明であることから、土地の所有権と建物の共有持分権を対象に、所有者不明土地管理人と所有者不明建物管理人の選任申立てをすることが考えられる。申立人には利害関係が求められるところ、B、Cから建物の売却の同意を得ているなど具体的に計画が進んでいる状況であれば利害関係が認められる可能性はある。 本件では土地を集約する目的があり、当初から建物を取り壊すことが想定されているため、申立前の時点において、株式会社Aの代表者の帰来の可能性、建物の経済的価値、建物の客観的状態や、維持費用と取壊費用の見積額等を事前に調査し、家庭裁判所から取壊しの許可を得られる見込みを検討しておく必要がある。 また、一般的には、所有者不明建物管理人の手続の一環として、申立時点で解体費用相当額を予納金として納付することを求められるが、土地の所有者と建物の共有持分権者が同一であることから、予納金の納付に代えて、土地と建物に関して同一の管理人が選任され、土地の売却代金から解体費用を支出させる方法が採られることもある。この事例においては、いずれの方法によっても申立人が実質的に解体費用を負担することになる。 (了)

#No. 472(掲載号)
#羽柴 研吾
2022/06/02

事例で検証する最新コンプライアンス問題 【第22回】「電機メーカーでの品質不正-過去の点検で不正を発見できなかったのはなぜか」

事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第22回】 「電機メーカーでの品質不正 -過去の点検で不正を発見できなかったのはなぜか」   弁護士 原 正雄   M電機では、2016年、2017年、2018年と3度にわたり、グループ全体を対象に品質不正あぶり出しの点検を実施した。ところが、M電機は3度も点検をしていたにもかかわらず不正の全てを発見することができず、その後も多くの不正の発覚が続いている。 前回(第21回)は、なぜM電機で不正が起きたのか、その原因について検討した。本稿では、M電機が3度にわたる点検を実施したのに、なぜ不正を発見できなかったのか、その理由について検討したい。 以下、M電機が発見できなかった長崎製作所での不正を取り上げ、分析していく。   1 長崎製作所での品質試験の不正 長崎製作所では、以前から以下の不正を行っていた。   2 3度の点検と長崎製作所の対応 (1) 2016年度点検 ① 点検の経緯と内容 2016年4月、国内自動車メーカーによる軽自動車の燃費試験データ改ざんが発覚した。M電機の当時の社長は、同様の不適切行為がM電機にもないか確認するよう命じた。当時の社長は、経営者として正しく危機意識を有していた。 本社の品質保証推進部長が、事業本部や製作所等の品質保証推進責任者宛てに「データ不正操作のリスクに関する点検について」と題する依頼文書を発出した。同文書は、データ不正操作の発生リスクについて点検するよう指示するものであった。 ただ、同文書は、対象製品の選定方法や具体的な点検方法について定めていなかった。そのため、各事業本部や拠点が独自に点検を行うことになった。 ② 長崎製作所の対応 長崎製作所も、2016年度点検に取り組んだ。当時、設計課や品質管理課の課長らは、長崎製作所に上記不正があることを認識していた。しかし、冷房能力試験や防水試験の不実施については、是正には大規模な設備投資が必要で、生産スケジュールを維持するうえでも現実的ではなく、是正しようがない問題と考えていた。そのため、大事になることを恐れて問題として取り上げなかった。 また、その他の品質試験での不正については、JIS規格などと同等以上の試験を行っているので問題ない、と結論付けてしまった。 長崎製作所は、点検シートに「〇」(リスクなし)と記載した。M電機は、2016年度点検では長崎製作所の不正を発見することができなかった。 (2) 2017年度点検 ① 点検の経緯と内容 2017年、M電機が製造したエレベーターに国土交通大臣認定の仕様への不適合があること等が発見された。これは、2016年度点検を経ていたにもかかわらず、そこで発見できなかった不正であった。M電機の経営陣は、2016年度点検が不十分であったことを知り、再度の点検を命じた。 点検を指示する依頼文書は、2016年度点検と異なり、本社の品質保証推進部長に加え、経営企画室副室長も連名で発出された。また、法務・コンプライアンス部も関与することとされた。これは、点検の重要性を全社に伝えるためであった。 同文書には具体的な点検方法等が定められ、点検項目として以下も記載されていた。 これらは、長崎製作所で当時行われていた不正にも通じる項目であった。そのため、本来であれば、不正発見に資するはずあった。 ② 長崎製作所の対応 長崎製作所は、2017年度点検に取り組んだ。ところが、このときも設計課や品質管理課の課長らは、上記不正を取り上げなかった。冷房能力試験や防水試験の不実施については、是正しようがない問題であると考えたからとのことであった。その他の不正についても取り上げなかった。 当時の品質管理課の管理職は「JISに準拠した試験を実施できていないことについては当然思い至った。しかし、『品質には問題がない』、『言い出しにくい』という思いもあり、問題はないと回答した」と述べている。 長崎製作所は、報告書には「改善の余地」欄は全て「なし」又は「対象外」と記載した。品質不正の有無についても「なし」と記載した。M電機は、2017年度点検でも長崎製作所の不正を発見することができなかった。 (3) 2018年度点検 ① 点検の経緯と内容 2018年2月、M電機の完全子会社であるT社が製造していた産業機器用ゴム製品の一部に、契約仕様で定めた規格値への不適合があることが発見された。これは、2016年度点検と2017年度点検を経ていたにもかかわらず、発見できなかった不正であった。 T社では、それらの点検に際して技術部がこの不正を指摘したにもかかわらず、報告書を取りまとめた品質保証部長が当該不正の記載を削除してしまっていた。この事実に危機感を持ったM電機の経営陣は、改めて2018年度点検を実施することにした。 点検を指示する依頼文書は、2017年度点検よりも上位の役職である経営企画室長(担当役員)と生産システム本部長(担当役員)の連名で発出された。経営上の重大事項であり、不適切行為を出し切る最後の機会であるということを全社に伝えるためであった。 具体的な点検方法は、本社品質保証推進部の担当者が原案を作成し、社長も議論に加わって決定した。M電機の社長が経営者として強い危機感を有していたことが分かる。その結果、点検においては以下の内容の点検を実施することが決まった。 ② 長崎製作所の対応 (ア) 品質管理課からの報告 長崎製作所は、2018年度点検に取り組んだ。このとき、品質管理課は、上記①~⑤の問題の中から、以下の2つの問題を抽出した。 (イ) 課長らによる会議 関係各課の課長らは、車両空調システム部長へ説明する内容について会議を開催した。会議では、車両空調システム部長に報告するのが上記①と②だけでよいのかが議論された。 その結果、車両空調システム部長に対しては、上記①と②に加えて、念のため、以下の2つの問題も追加して説明することになった。 他方、⑤その他の複数の品質試験での不正は取り上げないこととなった。 (ウ) 課長らによる車両空調システム部長への説明 課長らは、車両空調システム部長に対して、以下の4つの問題を報告した。 報告を受けた車両空調システム部長は、課長らとの間で、上記4つの問題を長崎製作所長にそのまま報告する必要があるのかについて議論した。 課長らは「上記③と④は問題ないので報告不要」という結論に落ち着かせたいと考えていた。これに対して、車両空調システム部長は当初、上記③と④を報告から外すことについて躊躇を示した。しかし、課長の一人が事実に反して「仕様書には反していないので不正ではない」と主張した。情報システム部長は、最終的にはそれを受け入れ、上記③と④を報告から外すことを決めた。 (エ) 車両空調システム部長から製作所長への説明 上記議論での結論を受けて、車両空調システム部長は、長崎製作所長に対して、以下の2つのみを報告した。 (オ) 製作所長から社会システム事業本部への説明 報告を受けた長崎製作所長は、社会システム事業本部に対して上記①と②を報告した。 (カ) 社会システム事業本部の担当者から本部長への説明 上記①と②について報告を受けた社会システム事業本部の担当者らは、以下のとおり対応した。 まず、①設計変更の際の試験不実施については、問題視する必要はないと考え、本部長に報告しなかった。他方、②冷房能力試験での実測値ではない数値を記載していたことについては、本部長に報告した。ただし、不正ではないという意見を付したうえでのことであった。 (4) 3度にわたる点検についての小括 上述のとおり、長崎製作所には、以前から以下の①~⑤の問題があった。 ところが、2016年度点検と2017年度点検においては、課長らがこれらの不正を報告しなかった。 2018年度点検では、課長らは、一応は①~④について部長に報告を上げたものの、⑤については報告しなかった。しかも、課長らは、「部長レベルより上には①と②のみ報告すればよい」と強く主張した。その結果、最終的に本部長が報告を受けたのは②のみであった。しかも、不正ではないとの結論を付しての報告であった。 M電機では、経営陣が徹底した点検を命じても、現場の課長レベルで事実上情報が遮断されてしまっていたこと、さらにはそれより上のレベルでも情報が削ぎ落とされてしまったことが分かる。   3 原因と背景 上述のとおり、M電機では、3度にわたる点検にもかかわらず、経営陣に不正についての情報が上がってこなかった。その原因と背景について、以下検討する。 (1) ミドル・マネジメント(主に課長クラス)の脆弱性 長崎製作所の課長らは、2016年度点検と2017年度点検を経たにもかかわらず、品質不正を報告しなかった。2018年度点検では、課長らは、上記①と②の問題しか報告しなかった。 課長らには、経営陣の危機感や真剣度合いは伝わっていなかった。課長らは、品質不正を根絶するという経営陣の決意を共有できておらず、経営と現場をつなぐというミドル・マネジメントとしての役割も果たしていなかった。 当時の社長は、自らが関与した2018年度点検を振り返り「想定外だったのは、課長が不正を隠蔽したことである。当時は、M電機の課長にまでなった従業員が不正を隠蔽することはないだろうと思っていた」と述べる。 (2) 本部・コーポレートと現場との距離・断絶 課長らが問題を報告しなかった背景には、本部・コーポレートと情報共有することの意義を理解できていなかったという事情が存在する。 その結果、課長らは、本部・コーポレートが問題解決のために支援してくれるという実感を持てていなかった。現場の従業員が「総点検で(本部・コーポレートに)報告したところで、『報告ありがとう。それでは、あなたたちで改善してね』と言われるだけなので報告する意義がないと考えていた」などと述べているとおりである。 M電機は、事業分野に応じて事業本部を設置している。各事業本部は、大きく3つの部門に分かれる。製造を担う製作所、販売を担う販売事業部、そしてコーポレート(事業本部内の人事や経理、コンプライアンス等)を担う本部である。ただ、本部の人員は、20~30名程度であって、事業本部全体から見れば比較的小規模なため、製作所の課長らは「本部が現場を支援してくれる」とは考えていなかったようである。 (3) 「製作所・工場」あって「会社」なし 品質不正行為が長期間温存され、かつ過去3回の点検で抽出されなかった原因・背景をさらに深掘りすれば、製作所や工場といった単位で閉鎖的な組織が形成されているという事情がある。 M電機では、事業本部をまたぐ人事異動はほとんど行われていない。事業本部内の異動も、多くは最初に所属した製作所内、工場内で行われる。かつ、課長に就任するまでは、異動しても担当製品が変わらない。従業員は、長年にわたって同じ製作所・工場で勤務を続け、仲間を作る。その結果、従業員らは、長年勤務して仲間がいる製作所・工場に強い帰属意識を持つ。愛着を持つのも、担当製品が対象である。 M電機において、現場の従業員が帰属意識を持っているのは、M電機という「会社」ではなかった。「事業本部」でさえもなかった。帰属意識の対象は、「製作所・工場」であった。 M電機は、製作所や工場、さらに事業(製品)について、全て個別に損益を管理していた。損益が悪ければ、時には当該事業(製品)から撤退することもあった。従業員にとって、点検で正しい報告をすることは、自分が担当する事業(製品)の損益を悪化させ、自らが帰属して愛着を有する事業(製品)からの撤退を招きかねない行為であった。 2016年度以降実施された点検は「会社」を守るために行われた。しかし、「会社」に帰属意識を持たない従業員にとっては、それは自らが帰属する「製作所・工場」の安寧を乱す活動と受け止められた面もあったとのことである。   4 結論 以上のとおり、M電機では、3度にわたる点検にもかかわらず、現場から不正の報告が上がってこなかった。 その原因は、経営陣の認識が甘かったことにあるわけではない。経営陣は正しく危機感を持ち、強い決意をもって、不正についての点検を実施している。また、点検の方法が不十分だったわけでもない。2016年度点検では点検方法が曖昧だったという事情はあるものの、その後はかなり細かく点検項目を設定している。 M電機で現場から不正の報告が上がってこなかった主たる原因は、課長らが、経営と現場をつなぐというミドル・マネジメントとしての役割を果たしていなかったことであった。課長を始めとするミドル・マネジメント層は、品質不正を根絶するという経営陣の決意を共有できていなかった。 その背景には、本部・コーポレートが問題解決のための支援をしてくれるという信頼を得られていなかったという事情が存在する。また、課長らが帰属意識を持っているのは、M電機という「会社」ではなく、「製作所・工場」であったという事情も存在する。 ここで私たちが教訓とすることができるのは、以下の2点である。 まず、本部・コーポレート部門を充実させ、現場から頼りにされる組織にすることが必要である。頼りにされない本部・コーポレート部門には、報告が上がってこないからだ。 また、現場の従業員が「会社」に対する帰属意識を持てるようにする必要がある。そのための取組みの1つとして、部門をまたいだ人事ローテーションは有効である。また、研修や社内報、各種行事などを通じて「会社」という視点を持ってもらうよう工夫する。 こうした体制は一朝一夕に実現できることではない。コンプライアンスを確立するには、地道かつ堅実な一歩を重ねていく必要がある。 (了)

#No. 472(掲載号)
#原 正雄
2022/06/02
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