遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第8回】 「不動産や株式等を遺贈寄付した場合の取扱い(その2)」 ~居住用財産の特別控除、相続空き家の特例、寄付金控除を利用する場合~ 税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也 前回から、不動産や株式など(以下「不動産等」とする)の現物資産を遺贈寄付した場合の課税上の取扱いについて解説している。 不動産等の現物資産を遺贈寄付した場合には、みなし譲渡所得税が課税される可能性があることを前回述べた。 みなし譲渡所得税は寄付をした不動産等に含み益がある場合に課税されるが、含み益があれば必ず課税されるわけではない。含み益があっても課税されないケース、あるいは課税されても課税額が少なくなるケースについて今回は確認していくことにする。 1 居住用財産を遺贈寄付した場合 居住用財産に係る譲渡所得の3,000万円特別控除(以下「居住用財産の特別控除」とする)の適用を受ける不動産を遺贈寄付した場合には、みなし譲渡所得税部分について、特別控除の適用を受けることができるので、含み益があっても、結果的に課税が発生しない可能性がある。 例えば、寄付者がお亡くなりになる直前まで住んでいた不動産を、相続人で引き継ぐ人がいないので、地元で活動するNPO法人等に寄付をするとする。みなし譲渡所得税の非課税特例を適用するという方法も考えられるが、特例を使うためには、寄付を受けた不動産等をNPO法人等が公益目的事業に直接供する必要があり、そのような使い道がない不動産等であれば、譲渡するか、他の人に賃貸するしかなく、そのような場合には、非課税の特例を受けることはできない。 しかし、居住用財産の特別控除の適用要件を満たしていれば、みなし譲渡所得についても、3,000万円までは特別控除を受けることができ、結果的に税額が発生しないという可能性もある。 居住用財産の特別控除の適用要件は、以下のとおりである(措法35)。 〈居住用財産の特別控除の適用要件〉 2 相続人が相続により取得した不動産等を遺贈寄付した場合 相続人が相続により取得した不動産等を寄付した場合にも、その不動産等に含み益があればみなし譲渡所得税が課税される可能性がある。 仮に、被相続人が、生前に居住していた不動産であっても、相続人が相続により取得した不動産に居住していなければ、居住用財産の特別控除の適用はない。しかし、相続により空き家になった不動産を相続人が寄付をした場合には、適用要件を満たしていれば、被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得3,000万円特別控除の特例(以下「相続空き家の特例」とする)の適用を受けることができる(措法35③)。 相続空き家の特例の適用要件は以下のとおりである。 〈相続空き家の特例の適用要件〉 3 寄付金控除を受ける場合 寄付先が認定NPO法人や特定公益増進法人である場合には、寄付金控除を受けることができる。これは、不動産等の現物寄付であっても同様である。その場合に、寄付金控除の対象となる金額(特定寄付金の額)は、寄付をした時の、その寄付をした資産の価額(時価)によるので、みなし譲渡課税におけるその資産の価額(時価)と同額が特定寄付金の額となる。 ただし、寄付金控除は、特定寄付金の額のうち、「総所得金額等の40%が限度」となっている(所法78①)。したがって、被相続人にみなし譲渡による所得以外の所得が少ないか、存在しないような場合には、みなし譲渡所得のうち寄付金控除では相殺できない金額が発生する可能性があり、その場合には、その相殺できない金額に課税される。 以下、具体例を示す。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第73回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (8) 固定資産の譲渡に係る収益の帰属の時期(法人税基本通達2-1-14) ア 概要 法人税基本通達2-1-14は、固定資産の譲渡に係る収益の帰属の時期について定めている。その内容を図表で示すと次のようになる。 (※1) 固定資産の引渡しの日がいつであるかについては、通達2-1-2の例による(本通達注書)(第71回参照)。 (※2) 農地や工業所有権等については、通達2-1-15、2-1-16を参照。 本通達ただし書は、当該契約効力発生日は近接日に該当するものとして、法人税法22条の2第2項の規定を適用すると述べるのみで、当該契約効力発生日の属する事業年度で益金算入するとまでは述べていない。 本通達ただし書に該当する場合においても、同項の他の要件を満たしていないなどの理由で同項の適用が認められない可能性があることを想定しているのかもしれない。 イ 本通達の趣旨 本通達ただし書は、法人税法22条の2第2項の近接日基準の適用を想定している。 本通達ただし書が認める契約効力発生日基準による収益の計上が、法人税法22条の2第2項の適用により認められるためには、少なくとも、①同基準が「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に該当し、かつ、②目的物の引渡日に「近接する日」の属する事業年度の確定決算において収益として経理したものであることを要する(本連載第22回参照)。 ②について、同項は、「当該資産の販売等に係る契約の効力が生ずる日その他の前項に規定する日に近接する日」として、わざわざ契約効力発生日基準を明記しており、少なくとも固定資産の譲渡に係る収益の計上時期について同基準の採用を認めていた旧通達2-1-14を意識した規定であるといえるかもしれない。 国税庁における本通達の趣旨説明によれば、本通達は次のとおり、上記①及び②を満たすものであると考えられていることがわかる(趣旨説明44~45頁)。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第39回】 「会計上の見積りの注記はここでミスする」 公認会計士 石王丸 周夫 1 「会計上の見積りに関する注記」のミス事例 計算書類にはうっかりミスがつきものです。 実際、こんなミスが起きています。 【事例39-1】 見積り計上された科目の残高が間違っている。 (出所) 株式会社フュートレック「第21期定時株主総会招集ご通知」 2021年3月期から、【事例39-1】のような「会計上の見積りに関する注記」が開示されるようになりました。「会計上の見積りに関する注記」というのは、見積りの影響を受ける財務数値について、その科目名と金額、そして理解に資する情報を記載するという注記です。近年、決算書において、見積りによる会計処理の重みが増してきたことを背景に、会計基準で定められたものです。 【事例39-1】も、その定めに従って、必要な事項を記載した注記となっていましたが、残高の金額を間違えてしまったというわけです。この事例の会社は2021年6月7日に記載内容の一部訂正を公表していますが、それによると、373,633ではなく350,782が正しかったとわかります。しかし、単なる入力ミスにしてはずいぶん違う数値です。どうしてこんなミスが起きてしまったのでしょうか。 2 同じパターンのミスが繰り返し起こる 間違って入力されていた373,633という数字ですが、実は、何の関係もない数字というわけではありません。【事例39-1】は、計算書類(個別決算)の注記なのですが、間違って入力されたこの数字は、連結貸借対照表の無形固定資産の残高だったのです。個別決算の数字を記載すべきところに連結決算の数字を記載してしまったというわけです。 「会計上の見積りに関する注記」は、連結でも個別でも記載が求められています。まず、連結計算書類の注記を作成し、その後に、コピペをして計算書類の注記を作成したのではないでしょうか。この連載で何度も取り上げてきたミスのパターンです。過去の事例としては以下のようなものがあります。 また、類似事例としては以下のような事例もありました。 3 ミスを予想できるようになろう 以上のとおり、同じパターンのミスが何度も繰り返されていることが、改めてよくわかります。会計上の見積りの開示に関する注記は2021年3月期から導入された注記ですが、新しい注記であっても、そこで起こるミスのパターンは定番のものだというわけです。 上記でリンクを貼った過去事例を参考にすると、会計上の見積りの開示に関する注記では、【事例39-1】のミス以外に次のようなミスが起こると予想されます。 いずれも読めばわかることであり、重大なミスではありませんが、こうした細かい部分の丁寧さが、開示実務のレベルアップにつながります。過去の事例を学んで、ミスを予想できるようになりましょう。 〈今回のまとめ〉 新たに導入された注記であっても、そこで起こるミスは定番のパターンであることが多いです。過去のミス事例を参考に、ミスを予想できるようになりましょう (了)
収益認識会計基準を学ぶ 【第24回】 「開示④」 (最終回) 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 最終回となる今回も【第21回】から【第23回】に続いて、「開示(表示及び注記事項)」について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報 1 契約資産及び契約負債の残高等 履行義務の充足とキャッシュ・フローの関係を理解できるように、次の事項を注記する(収益認識会計基準80-20項、192項)。 過去の期間に充足(又は部分的に充足)した履行義務から、当期に認識した収益(例えば、取引価格の変動)がある場合には、当該金額を注記する(収益認識会計基準80-20項、収益認識適用指針192項)。 契約資産及び契約負債の残高の変動の例として、次のものがある(収益認識適用指針106-8項)。 なお、当期中の契約資産及び契約負債の残高の重要な変動を注記するにあたり、必ずしも定量的情報を含める必要はない(収益認識適用指針106-8項)。 これは、例えば、契約資産及び契約負債の残高の重要な変動が1つの要因で発生している場合に、金額的な影響額を開示しなくても、当該要因が重要な変動の主要因であることを開示することにより、財務諸表利用者に有用な情報が開示される場合もあると考えられるため、当該注記には必ずしも定量的情報を含める必要はないこととしたと説明されている(収益認識適用指針192項)。 2 残存履行義務に配分した取引価格 既存の契約から翌期以降に認識することが見込まれる収益の金額及び時期について理解できるように、残存履行義務に関して次の事項を注記する(収益認識会計基準80-21項)。 3 残存履行義務の注記に含めないことができる事項(実務上の便法) 次のいずれかの条件に該当する場合には、収益認識会計基準80-21項の注記に含めないことができる(収益認識会計基準80-22項、195項、198項~202項)。 収益認識会計基準80-22項(1)(上記の①)の実務上の便法を採用するかどうかは任意であり、企業が収益認識に関する開示目的に照らして、当初に予想される契約期間が1年以内の契約も含めて注記することがより有用であると判断する場合には、当初に予想される契約期間が1年以内の契約も含めて注記することが望ましいと考えられる(収益認識会計基準198項)。 4 残存履行義務の注記に含めていないものがある場合の注記 収益認識会計基準は、収益認識会計基準80-21項における残存履行義務の注記に含めていないものがある場合に、企業間の比較可能性を担保し、残存履行義務の注記に含まれている金額の理解に役立つように、一定の注記を行うこととしている(収益認識会計基準203項)。 収益認識会計基準80-23項は、顧客との契約から受け取る対価の額に、取引価格に含まれない変動対価の額等、取引価格に含まれず、結果として収益認識会計基準80-21項の注記に含めていないものがある場合には、その旨を注記すると規定している(収益認識会計基準54項、80-23項、203項)。 収益認識会計基準80-24項前段は次のように規定しており、収益認識会計基準80-22項(1)から(3)の実務上の便法を使用した場合の注記を求めるものである(収益認識会計基準203項)。 5 残存履行義務の注記に含めるか否かを判断する単位 残存履行義務の注記は、長期の契約を有している事業を有する企業を評価するにあたって重要な情報である(収益認識会計基準196項)。 しかしながら、企業は複数の事業を営んでいる場合があり、事業により日常的に長期の契約を締結している場合もあれば、そうでない場合もある。 このため、開示目的(収益認識会計基準80-4項)に照らして収益認識会計基準80-21項の注記に含めるか否かを決定するにあたっては、収益認識会計基準80-10項における収益の分解情報を区分する単位(分解区分)ごと(複数の分解区分を用いている場合には分解区分の組み合わせ)又はセグメントごとに判断することも考えられる(収益認識会計基準205項)。 特定の分解区分(特定の分解区分の組み合わせ)又は特定のセグメントに関する残存履行義務についてのみ収益認識会計基準80-21項の注記に含めることとした場合には、収益認識会計基準80-21項の注記に含めた分解区分等を注記することが考えられる(収益認識会計基準205項)。 Ⅲ 終わりに 「収益認識会計基準を学ぶ」は、今回の【第24回】で終了することとなる。 収益認識会計基準は、原則として、2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用されている新しい会計基準であり、実務上、判断に迷うことも多いところである。 本連載が少しでも実務に役立てば幸いである。 (連載了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第24回】 「売り手企業に対する見方の失敗」 ~失敗事例から学ぶ回避策~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの売り手を見る際の留意点を知る。 売り手企業 ⇒M&Aによる統合後の失敗を回避するためのヒントを得る。 支援機関(第三者) ⇒売り手に対する見方のポイントと留意点を知りM&Aの助言や支援に活かす。 その他の対象者 ⇒売り手に対する視点を通じて対象企業の見方・見られ方のポイントをつかむ。 中小企業における事業承継の手段として活用されるケースを含めて、M&Aの浸透度は中小企業においても高まっています。 一方で、統合後にリスクが顕在化する可能性もあるため、ブームだから、M&Aが手段として有効に考えられそうだから、といった理由だけではM&Aを安易に選択できません。特に、買い手は、資金を出して売り手を譲り受ける大きな投資をしますので、売り手に対する見方の失敗を避けたいところです。 そこで今回は、中小企業M&Aにおいて、買い手が対売り手の見方を誤る可能性といった観点から、売り手に対する見方の留意点を考えます。 〈ケース1〉価額は安いが統合後のコストは高かった 程度の多少はありますが、中小企業のM&Aでは、比較的想定される事態の1つです。 M&Aの買い手は、売り手の魅力、シナジー効果、買い手にない事業などに期待してM&Aを検討しますが、やはり、譲渡価額が買い手の判断に影響するのは言うまでもありません。安いと思って、価額以外の要素をよく見ないで決断してしまうと、M&Aをしてから痛い目を見る可能性があります。 たとえば、 といった事項について、M&A後を見据えて、M&Aの検討段階から備えておかなければなりません。 M&Aによって、偶発債務や簿外債務がM&A後に顕在化する恐れを考慮して、「中小企業事業再編投資損失準備金」制度が創設されたのは記憶に新しいところです。 中小企業事業再編投資損失準備金制度について、詳しくは、以下の拙稿をお読みください。 このように、M&Aの失敗は、譲渡価額に目を奪われる隙に、他の重要な事項を見落とすことで起こり得る点に留意します。 〈ケース2〉M&Aに耐え得る能力が買い手になかった どちらかというと、買い手の売り手に対する見方というよりも、買い手自身の能力不足が招いてしまったケースですが、〈ケース1〉と同様に、このケースも程度の多少はあっても中小企業のM&Aでは比較的見られるものです。 買い手の文化は、買い手自身の中で時間をかけて育ててきたものですから、経営方針をはじめとして浸透しきっていますが、新たに加わる売り手は、売り手の文化の中で育っています。ですから、途中から買い手のグループに加わっても、売り手の文化がすぐに消えるわけはなく、買い手主導にするには相当な腕が必要になります。 ところが、通常、中小企業のM&Aでは、買い手の社内にM&Aに精通した経験者がいるのは稀ですから、簡単には売り手をコントロールできません。結果として、売り手を放置せざるを得ず、何のためのM&Aだったのか、と後悔する場合がないわけではありません。 一例ですが、下記の手段の1つか複数を講じることで、M&Aの失敗を回避できる可能性が高まります。 たかがM&A、1社加わるだけではないか、などとは思わずに、買い手自身に対する見方も、売り手に対する見方も疎かにしないのが、M&Aの成否のコツでありポイントです。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例36】 「隣地の使用等に関する民法改正」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 隣地の木の枝が境界線を越えて伸びており困っています。隣家の方に枝を切るようにお願いしていたのですが、枝を切り取ることなく引越しをされ、隣家は空き家となっています。 隣家の方は「自分としては対応したい気持ちはあるけれど、樹木の他の共有権者の意見を聞いてみないと対応できない。」といって、対応してくれない状況が続いていました。このような場合に、私の判断で枝を切り取ることはできるでしょうか。 1 相隣関係に関する民法の改正と施行時期 主として所有者不明土地問題に対応するための民法等の改正が行われ、令和3年4月28日に公布された。改正の範囲は、民法だけを見ても、相隣関係、共有制度、所有者不明土地・建物管理制度、管理不全土地・建物管理制度、相続制度に及ぶ広範なものとなっている。これらの改正の中には、空き家問題の対応に役立つものも含まれている。 改正された民法等は原則令和5年4月1日から施行されることになっているが、本連載では、改正法を前提として説明をする。なお、便宜上、改正前の民法を「改正前民法」と表記し、改正後の民法を「改正後民法」と表記する。 2 隣地の使用に関する改正 (1) 隣地の使用権への変更 所有権者は自由に所有物の使用、収益、処分をすることができるが、民法には、土地の所有権者間の相互の利用を調整するための「相隣関係」が規定されており、その中に隣地の使用に関する規定がある。 改正前民法第209条第1項は、境界等において建物等を築造・修繕するために必要な範囲で「隣地の使用を請求することができる」旨規定していた。これに対して、改正後民法第209条第1項は、「隣地を使用することができる」と改め、承諾を請求する権利から隣地を使用する権利(以下「隣地使用権」という)に法的性質を変更した。つまり、民法の規定する実体的要件を満たすことによって、所有権者は隣地使用権を当然に取得するということになる。 もっとも、隣家が住家の場合、隣家の所有権者のプライバシー等を保護する必要がある。改正前民法第209条第1項ただし書は、隣地使用が住家への立入りを伴う場合、「隣人の承諾」を要件としていたが、改正後民法でも同趣旨の規定が設けられている。改正後民法第209条第1項ただし書では、「住家については、その居住者の承諾がなければ」と改めており、隣地の所有者や隣地上の建物所有者が居住していない場合には、住家には当たらないため承諾を得る必要のないことが明らかにされている。 (2) 隣地を使用できる場合の明確化 改正前民法第209条第1項は、隣地使用を求めることのできる場合を、境界等において建物等を築造・修繕する場合に限定しているかのように読める規定となっていた。しかし、これ以外の場合でも隣地を使用する必要があったため、改正後民法第209条第1項では、上記の場合(同項第1号)のほかに、境界標の調査又は境界に関する測量(同項第2号)、民法第233条第3項の規定による枝の切取り(同項第3号)を行う場合も規定し、隣地使用権が認められる場合の明確化を図った。 なお、同項第3号の場合は、隣接する土地間に高低差があり、枝を切り取る場合に、隣地に入って作業する場合が念頭におかれたものとされている。 (3) 手続的要件としての通知 上記(1)のとおり、民法第209条第1項の法的性質が隣地使用権に変更されたため、隣地の使用を希望する所有権者は、同項の要件を満たすことによって隣地使用権を取得し、権利を行使できることになるはずである。しかし、隣地の所有権者にとっては、所有地の権利行使を制限されることになるので、隣地使用権を行使するための手続的要件として、事前の通知をすることが義務付けられた(同条第3項)。 もっとも、隣地の所有権者を調査をしても明らかにならない場合のように、あらかじめ通知をすることが困難な場合もあるので、このような場合は、使用開始後に遅滞なく通知をすれば足りるものとされている(同項ただし書)。あらかじめ通知をすることが困難な場合に該当するためには、一定の調査を尽くすことが前提となっているが、所有権者が隣地を使用する必要性や緊急性に応じて、調査の程度には差異が生じるものと思われる。 3 越境した枝の取扱いに関する改正 (1) 枝を自ら切り取ることができる場合の法定化 土地の所有権者は、隣地の竹木の枝が境界線を越えているときは、その竹木の所有権者に枝の切除を請求することが認められていた(改正前民法第233条第1項)。これに対して、根が境界線を越えているときは、土地の所有権者は自ら根を切り取ることができた(改正前民法第233条第2項)。このような差異が設けられていたのは、①枝の場合は竹木の所有権者が自らの土地の範囲内で作業できることや、②枝が根に比べて経済的価値が高いことにあるなどとされていた。 この差異に合理的な理由があるかは争いのあるところだが、改正後民法は、土地の所有権者が竹木の所有権者に対して枝の切取りを求める構成を維持している。その上で、①竹木の所有権者が切取りを催告したにもかかわらず相当期間内(おおむね2週間程度)に応じない場合、②竹木の所有権者を知ることができず、又は所在不明の場合、③急迫の事情がある場合に、土地の所有権者が自ら枝を切り取ることができる権利を認めた(改正後民法第233条第3項各号)。これによって、土地の所有権者は、枝の切取りを求めたにもかかわらず対応してもらえないような場合でも、訴訟提起をして強制執行をする必要がなくなった。 (2) 竹木が共有されている場合の取扱い 隣地の竹木の所有権が相続等によって共有されている場合もある。このような場合には、竹木の各共有権者に枝を切り取るかどうかの判断をする機会を保障する必要もあるので、全員に対して枝の切取りを催告する必要があると考えられている。もっとも、竹木の共有権者の調査をしても全員の所在等が明らかにならない場合もある。このような場合には、土地の所有権者が自ら枝を切り取ることができるかは、所在等の判明している竹木の共有権者との関係は改正後民法第233条第3項第1号によって判断され、所在等の不明な共有権者との関係は同項第2号によって判断されることになる。 他方、竹木の共有権者にとって、枝の切取りが共有物の変更(改正後民法第251条第1項)に該当すると、共有権者全員の同意が要件となる。そうすると、土地の所有権者は、共有権者間の意見がまとまらないと、枝の侵入を受忍させられることになってしまう。そこで、改正後民法第233条第2項は、竹木が共有物である場合、各共有権者が単独で枝を切り取ることができることを明らかにしている。そのため、土地の所有権者は、竹木の共有権者の一部から承諾を得ることによって、枝を切り取ることもできる。 なお、枝の切取りに要する費用は、竹木の所有権者が土地の所有権を侵害していると考えられるので、竹木の所有権者が負担するのが相当と考えられる。 4 本件について 本件の竹木は共有されているようなので、共有権者の一部が切取りに同意しているのであれば、その者から承諾を得て自ら枝を切り取ることが考えられる。しかし、「樹木の他の共有権者の意見を聞いてみないと対応できない。」との回答は、他の共有権者が承諾をするまで切取りには同意しないことを意味しているとも考えられる。 この場合、土地の所有権者は、竹木の共有権者の所在調査や催告等を行い、改正後民法第233条第3項第1号又は第2号を満たす場合には枝を自ら切り取ることができる。なお、このような手続を経る時間的余裕のない窮迫の事情がある場合(同項第3号)にも枝を自ら切り取ることができる。 本件の隣家は空き家となっており住家ではないので、土地の所有権者が枝を切り取るために隣地・隣家に立ち入る必要がある場合でも(改正後民法第209条第1項第3号)、隣地・隣家の所有権者から承諾を得る必要まではない。ただし、手続的要件として、事前又は事後の通知(同法第209条第3項)は必要となるので留意が必要である。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第54話】 「電磁的記録等の保存の猶予措置」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「こんな法律は・・・最初から無理だと思っていたのだが・・・」 中尾統括官は、令和4年度税制改正大綱を見ながらつぶやく。 大綱には、次のように記載されている。 「・・・大綱では、このように仰々しく書いているけれど・・・やむを得ない事情について、具体的に説明をしなくてもかまわないということで・・・納税者は、電子データの保存・検索等の対応ができないと伝えるだけでよいということなのだろう」 中尾統括官は、傍らにいる浅田調査官の顔を見る。 「令和3年度税制改正で、承認制度の廃止など一部見直しが行われ、帳簿のデータ保存の要件、請求書等のスキャナ保存の要件、電子取引のデータ保存の要件が緩和化されたけれども・・・それでも、多くの納税者にとって、まだ、ハードルが高く、この法律への対応はできないと思う・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の持っている大綱を覗きながら言う。 「・・・結局、電帳法、電帳規(電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律、施行規則)では、次の要件がまだ必要になっています」 更に、浅田調査官は、令和3年度税制改正を見ながら、電帳法、電帳規で求められている要件の内容を伝える。 ① 帳簿のデータ保存の要件 ② 請求書等のスキャナ保存の要件 ③ 電子取引のデータ保存の要件 「そうだなあ・・・緩和化されたと言っても、電子取引に係る取引情報(請求書等)を検索要件等の保存要件を満たす形で電子データのまま保存しなければならないこととされていること自体・・・中小企業や個人事業者は十分に対応できないと思う」 中尾統括官は、腕を組んで、頸を傾げる。 「そこで、電子データをプリントアウトした出力書面の保存を可能とする猶予措置が2年間設けられたのですが・・・しかし、2年間で大丈夫なのでしょうか?」 浅田調査官も腕を組みながら、思案顔になる。 「もともと、納税者ができないようなレベルの法律を定めても、当然、納税者に法律を守らせることはできないし、法律自体、ワーク(機能)しない・・・」 浅田調査官は、不満そうに言う。 「ところで、君は、100メートルを何秒で走る?」 突然、中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「正確には覚えていませんが・・・14秒ぐらいかな・・・」 「ほう、それは早いね・・・しかし、それを電帳法で12秒で走らなければならないという規則を作ったようなものだ・・・もちろん、我々、税務職員は、合法性の原則によって、その法律は守らなければならないけれど・・・」 中尾統括官は、苦笑いをする。 「今回の改正では、電子取引に係る宥恕措置(電帳規4③)に規定しているやむを得ない事情等について、読み替えをするという」 そう言うと、中尾統括官は「改正電帳規附則2③」を読む。 「こうして、納税者は、2年間の準備期間が与えられたのだけれど、2年後、本当に大丈夫なのかな?」 中尾統括官は、もう一度、不安を口にする。 (つづく)
《速報解説》 「公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律案」が国会に提出される ~企業財務書類の信頼性向上を目的に、上場会社等の監査に係る登録制度導入などの措置を講ずる~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和4年3月1日、第208回国会に「公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律案」が提出された。 これは、会計監査の信頼性の確保並びに公認会計士の一層の能力発揮及び能力向上を図り、もって企業財務書類の信頼性を高めるため、上場会社等の監査に係る登録制度の導入などの措置を講ずるものである。 なお、今回の改正にあたっては、令和4年1月4日に金融庁より公表された「金融審議会公認会計士制度部会報告」がベースになっていると思われる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 公認会計士法の一部改正 次の改正を行う。 2 金融商品取引法の一部改正 上場会社等は、その財務計算に関する書類及び内部統制報告書について、上場会社等監査人名簿に登録を受けた公認会計士又は監査法人の監査証明を受けなければならないこととする。 Ⅲ 施行期日 この法律は、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとする(経過措置に注意する)。 (了)
《速報解説》 会計士協会、想定とは異なる監査意見不表明の事例発生を鑑み、“意見不表明の位置付け”及び“有報等に係る訂正報告書の提出時期に関する考え方”を明らかに 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年3月1日、日本公認会計士協会は、「監査意見不表明及び有価証券報告書等に係る訂正報告書の提出時期に関する留意事項」を公表した。 昨今、過年度の会計不正が疑われるような状況の発生に際し、本来であれば当該事実関係の調査が完了し、訂正すべき内容が確定した時点で過年度の有価証券報告書等の訂正報告書が提出されるべきところ、当該事実関係の調査完了前に、過年度の有価証券報告書等に係る訂正報告書が提出され、監査意見を不表明とする事例が生じているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 意見不表明の位置付け 意見不表明と判断することはあるが、それは、「極めて例外的な状況」にのみ許容されるものであることに留意する必要があるとのことである。 会計不正が疑われるような状況が発生し、事実関係調査のための体制構築等の対応が必要な際には、有価証券報告書等の提出期限の延長が認められる場合もある。 ただし、有価証券報告書等の提出期限の延長は無制限に認められるものではないので、企業(経営者及び監査役等)と適時にコミュニケーションを行い、会計不正是正に向けた企業の対応が迅速に行われるように促すことが、監査人に対して期待されているとのことである。 2 訂正報告書の提出時期の考え方 金融商品取引法上、訂正報告書は「有価証券報告書の提出者が当該有価証券報告書及びその添付書類のうち訂正を必要とするものがあると認めたとき」(金融商品取引法24条の2において準用される7条1項)に企業が提出することとされている。 事実関係調査のための体制構築等の対応を行った場合における一般的なケースでは、進行年度の有価証券報告書等の提出期限までにすべての調査が完了し、訂正すべき内容が確定しているため、当該提出期限までに過年度の有価証券報告書等の訂正報告書を提出した上で、進行年度の有価証券報告書等を提出することとなる(あるべきスケジュール)。 延長後の有価証券報告書等の提出期限までに事実関係の調査が完了しない場合、当該提出期限の時点では訂正すべき内容が確定していない状況であると考えられるため、事実関係の調査が完了し、訂正すべき内容が確定した時点で、企業は、過年度の有価証券報告書等の訂正報告書を提出することになると考えられる。 「調査未了の段階で進行期有報等を提出せざるを得ないケース」のスケジュールが図解されている。 (了)
《速報解説》 JICPA、「監査データ標準化に関する留意事項と データアナリティクスへの適用」の研究報告を確定 ~標準化実現後に可能になると見込まれる監査手法の概要及び留意事項を示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年3月1日、日本公認会計士協会は、「監査データ標準化に関する留意事項とデータアナリティクスへの適用」(IT委員会研究報告第60号)を公表した。これにより、2021年12月17日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。「公開草案に対するコメントの概要及び対応」も公表されている。 これは、監査データの標準化の動向を解説するとともに、監査データの標準化が実現した将来において可能になることが見込まれる監査手法の概要・留意事項に関する情報提供を目的とするものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 研究報告は、目次を含めて106ページに及ぶものなので、以下では主な内容について解説する。研究報告の概要も公表されている。 1 監査データ標準化に関するグローバルな状況 ITを活用した監査に関して、監査データの標準化が進んでおらず、データの前処理が煩雑になる、データ項目が不足するといった論点が識別されている。 監査データの標準化については、2013年に米国公認会計士協会(AICPA)からAudit Data Standardsが、また、2019年に国際標準化機構(ISO)からISO 21378 Audit Data Collection が公表されている。 2 監査データの標準化の利害関係者への影響 監査データの標準化により、次の利害関係者への影響があると考えられる。 3 ISO 21378の概観とデータの入手 ISO 21378の目的は、監査人がデータの提出を依頼し、監査業務を遂行する際に直面する共通の問題を解決することであり、監査データの内容及びフォーマットの世界的標準化によって、監査データの透明性の向上、監査データ収集プロセスの標準化、企業側と監査人側での作業重複の防止、収集までの時間の節約が促進される。 この規格は、次のモジュールで構成されており、研究報告は、その内容を詳細に説明している。 4 データの入手・アクセス 監査人が利用できる形式でデータにアクセスできるか、監査人がセキュリティとインテグリティを確保したデータを入手できるか(監査人が被監査会社のデータにアクセスして分析することにより、データが壊れたり、変更されたりしないかの懸念など)について検討している。 5 データの前処理 監査人は、被監査会社から入手したデータをツールに取り込んで監査データアナリティクス(ADA:Audit Data Analytics)を実施する場合、通常、被監査会社のデータの前処理(データクレンジング)が必要となる。 監査人は、被監査会社から入手する総勘定元帳データ、売掛債権データなどについて、ISO 21378「標準データプロファイリングレポート」を参照し、データの妥当性を確認するとともに、データの理解及び利用に当たり不可欠な質問を行うことが望ましいと記載されている。 6 データの目的適合性と信頼性 監査人は、データが監査手続の目的を適切に満たし、十分に信頼できるかどうかを検討するとし、関連する監査基準委員会報告書の規定を参照しつつ、説明している。 7 データ管理 データ保管期限、RPA(Robotics Process Automation)の利用、監査法人以外へのアウトソーシングなどについて記載している。 8 ビジュアライゼーション ADAにおいては、データを様々な種類のグラフ(例えば、チャート、散布図、トレンド・ライン)、テーブル又はダッシュボードなどの形式にして、又はそれらを組み合せることによって、視覚化して検討することがある。 ADAにおけるこれらの視覚化技術については「ビジュアライゼーション」と呼ばれることが多い。 ADAにおいては一般的に、分析対象となるデータ量の増加や分析内容の複雑化に応じて、分析結果を数値から読み取り理解することが難しくなる。 このため、分析結果のビジュアライゼーションにより、分析結果の理解可能性が高まることから、ADAの利用推進に伴いビジュアライゼーションの利用も促進される傾向にあるとのことである。 9 今後の方向性 現在公表されているISO 21378は、今後の監査データ収集においてのグローバル・スタンダードとなるもので、日本国内の影響としては、政府調達との関係から事実上の標準になると考えられるとのことである。 今後の課題として、収益認識会計基準への対応がERPに実装された場合のデータ活用、電子インボイス情報のERPでのデータ活用などがあげられている。 (了)