《速報解説》 「令和3年度税制改正大綱」(与党大綱)が公表される ~DX投資・中小M&A促進を図る制度の創設、 住宅ローン控除は入居期間2年延長、 教育資金等の贈与税非課税措置は延長も課税強化へ~ Profession Journal編集部 12月10日(木)、自由民主党・公明党は「令和3年度税制改正大綱」(いわゆる与党大綱)を公表した。 新型コロナウイルス感染症の感染拡大が国内外の社会経済へ甚大な打撃を与えるとともに、変革を求められた令和2年。国内では第三波といわれる感染拡大の収束も見えない中、自由民主党・公明党によって取りまとめられた与党大綱で示された令和3年度税制改正における施策は、コロナ対応に特化した本年4月の「新型コロナ税特法」による特例措置とは異なり、住宅業界など特に経済的影響の大きい一部市場への対応を除き、現行の特例措置の延長など、全体として当面の税負担増に配慮した内容が多くなっている。 一方で、本年の5G投資促進税制の創設に続き長期的視点による税制措置として、企業によるDX(デジタルトランスフォーメーション)投資や効果的なM&Aの実現を促進する新制度の創設や、贈与税の各非課税措置など課税の公平性について問題のある現行制度に一定の制約を設けるといった、過年度改正と同様の方針による改正案も示されている。 以下、主な改正事項を紹介する。例年のとおり、重要な改正事項については年末から年始にかけて個別に速報解説を順次公開していくので、そちらも合わせて参照されたい。 また、こちらの[資料リンク集]ページも今後更新を重ねていくので、ログインの上、ブックマークボタンを押すなどして確認できるようにしていただきたい。 〇複数の施策で企業のDX投資・M&Aを後押し 企業内・企業間でのクラウドを使ったデータ連携などDXを推進する企業に対して、減税措置(デジタルトランスフォーメーション投資促進税制)が創設される【大綱P57】。 具体的には、産業競争力強化法の改正を前提に、青色申告書を提出する法人で同法の「事業適応計画(仮称)」について認定を受けたものが、同法の改正法の施行日から令和5年3月31 日までの間に、その事業適応計画に従って実施される産業競争力強化法の事業適応(仮称)の用に供するためにソフトウェアの新設若しくは増設をし、又はその事業適応を実施するために必要なソフトウェアの利用に係る費用(繰延資産となるものに限る)の支出をした場合には、次の適用が可能となる。 なお「事業適応設備」とは、事業適応計画に従って実施される事業適応(生産性の向上又は需要の開拓に特に資するものとして主務大臣の確認を受けたものに限る)の用に供するために新設又は増設をするソフトウェア並びに、そのソフトウェア又はその事業適応を実施するために必要なソフトウェアとともに事業適応の用に供する機械装置及び器具備品をいう(開発研究用資産を除く)。 また、設備投資総額の上限は300億円とされ、税額控除における控除税額は後述の「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制」の税額控除制度による控除税額との合計で当期の法人税額の20%が上限とされる。 なお産業競争力強化法の改正法の施行日から1年以内に上記「事業適応計画(仮称)」の認定を受け計画に従った取組みを行っている企業については、2年間(令和2年2月1日から令和3年4月1日までの期間内の日を含む事業年度)にわたって生じた欠損金額を、翌期以後、最大で5年間、適格投資の範囲内で繰越欠損金の100%繰越控除をすることができる特例措置も講じられる。 次に菅内閣が推進する「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現」を目指す観点から、「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制」が創設される【大綱P67】。こちらも産業競争力強化法の改正を前提としており、中長期環境適応計画(仮称)について認定を受けた青色申告法人が、同法の改正法の施行日から令和6年3月31日までの間に、上記計画に記載された中長期環境適応生産性向上設備(仮称)又は中長期環境適応需要開拓製品生産設備(仮称)の取得等をして国内にある事業の用に供した場合に、50%の特別償却、又は5%(温室効果ガスの削減に著しく資するものについては10%)の税額控除が適用できる。一方、高度省エネルギー増進設備等を取得した場合の特別償却又は税額控除制度は、所要の経過措置を講じた上、1年前倒しで令和3年3月31日をもって廃止される。 なお「デジタルトランスフォーメーション投資促進税制」及び「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制」は共に、賃上げや国内設備投資に消極的な企業に対して税額控除制度の適用を制限する措置(措法42の13⑥)の対象に加えられる。 さらに控除額・控除率の上乗せ措置が来年3月で適用期限を迎える研究開発税制については、現行で法人税額の25%とされている総額型の控除上限について「基準とする年度と比較して売上が2%以上減少したにもかかわらず、試験研究費を増加させた場合」に5%を上乗せ(合計30%)することとされ(中小企業技術基盤強化税制も同様)、また、控除率を一部見直し下限を2%(現在:6%)まで引き下げた上で、現行の控除額・控除率の上乗せ措置を2年延長する。また、経産省が要望していたとおり「クラウド環境で提供するソフトウェア等、自社利用ソフトウェアの製作に係る試験研究費」が対象に追加される。 次に、前年は議論不十分として見送りとなった「自社株式等を対価とした株式取得による事業再編の円滑化措置」が今回の大綱に織り込まれている【大綱P63-64】。現在は平成30年度改正で手当てされた「特別事業再編を行う法人の株式を対価とする株式等の譲渡に係る所得計算の特例(措法66の2の2)」が設けられているが、事前認定のハードルがあるなど制度の利便性に課題があった。このたび令和元年改正会社法(令和3年3月1日施行)により新たに株式交付制度が創設されることを受け、事前認定を不要とするなど実効的かつ恒久的な制度について経済産業省が要望していたもの。 新制度では適用期限を設けず、法人が、会社法の株式交付により、その有する株式を譲渡し、株式交付親会社の株式等の交付を受けた場合には、その譲渡した株式の譲渡損益の計上を繰り延べることとされる。なお、対価として交付を受けた資産の価額のうち株式交付親会社の株式の価額が80%以上である場合に限るとされ、株式交付親会社の株式以外の資産の交付を受けた場合には、株式交付親会社の株式に対応する部分の譲渡損益の計上を繰り延べる(上記の現行特例(措法66の2の2)は適用期限(令和3年3月31日)をもって廃止【大綱P79】)。 また近年、主に事業承継を目的とした中小企業のM&Aも活況とされているが、コロナ禍を受け財務基盤の弱い中小企業の経営資源を集約化等(統合・事業再構築等)させることを目的に、M&Aに係るリスク軽減を図る観点から、M&Aに関する経営力向上計画の認定を受けた中小企業者が、株式等の取得価額の70%以下の金額を準備金として積み立てた場合にその積立金額の損金算入を認める「中小企業事業再編投資損失準備金」制度が創設される(計画の認定期限は中小企業等経営強化法の改正法の施行日から令和6年3月31日まで)【大綱P72-73】。なおこの認定を受けた中小企業については、新たな類型として中小企業経営強化税制の適用を可能とする等、複数の施策によりこの動きを後押しする制度設計となっている。 来年3月末で期限切れを迎える特例措置のうち、「賃上げ・生産性向上のための税制(大企業向け)」及び「所得拡大促進税制(中小企業向け)」については、令和5年3月31日までの2年延長とともに、コロナを契機とした第二の就職氷河期を生み出さないため、前者(大企業向け)は2年間の時限措置として、現行「継続雇用者給与等支給額の対前年度増加率3%以上」としている要件を「新規雇用者給与等支給額の対前年増加率2%以上」とし、教育訓練費に係る上乗せ措置の要件を緩和するなど、賃上げだけでなく新規雇用にも重点を置いた制度へ見直す【大綱P60】。後者(中小企業向け)についても、従来の①雇用者給与等支給額が前年を上回ること、②継続雇用者給与等支給額の1.5%以上増加という要件を「雇用者給与等支給額が1.5%以上増加」という要件に見直される【大綱P71-72】。 また同様に来年3月末が期限となっている中小企業向けの主な特例措置のうち、「中小企業者等の法人税率の特例(19%→15%)(措法42の3の2)」については令和5年3月31日までの2年延長、「中小企業防災・減災投資促進税制(措法44の2)」は対象資産の見直し等を行い2年延長、「中小企業経営強化税制(措法42の12の4)」は「経営資源集約化設備(※)」を追加した上で2年延長される。 (※) 計画終了年度に修正ROA又は有形固定資産回転率が一定以上上昇する経営力向上計画(経営資源集約化措置(仮称)が記載されたものに限る)を実施するために必要不可欠な設備をいう。 なお「中小企業投資促進税制(措法42の6)」については、「商業・サービス業・農林水産業活性化税制(措法42の12の3)」と統合した上で2年延長されることとなった。具体的には、中小企業投資促進税制について以下の見直しが行われる【大綱P68】。 上記に伴い、平成25年度改正で創設された「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」は適用期限の到来をもって廃止となる。 法人税関係では他に、特定の資産の買換えの場合等の課税の特例のうち「過疎地域に係る措置及び危険密集市街地に係る措置」が適用期限(令和3年3月31日)の到来をもって廃止される【大綱P79】ほか、一括評価分の貸倒引当金を計算する際に中小企業者等のみ認められている法定繰入率のうち、「割賦販売小売業並びに包括信用購入あっせん業及び個別信用購入あっせん業」に係る「1,000分の13」(措令33の7④四)を「1,000分の7」とする見直しが行われる【大綱P78-79】。 なお、先月公表の「令和元年度決算検査報告の概要」(会計検査院)で指摘を受けた留保金課税等をめぐる制度上の問題(下記の速報解説を参照)への対応については、今回の大綱では見送られている。 〇教育・結婚・子育て資金贈与特例は2年延長も、世代飛ばしについては2割加算の対象へ 相続税・贈与税の関係ではまず、来年3月末で期限切れとなる「直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置(措法70の2の2)」及び「直系尊属から結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置(措法70の2の3)」については、令和2年度の与党大綱でも「次の適用期限の到来時に、その適用実態も検証した上で、両措置の必要性について改めて見直しを行う」とされており、その存廃についても検討された結果、両制度とも令和5年3月31日まで2年延長されたものの、以下の見直しが行われる。 まず教育資金の特例については、現行制度では、贈与者が死亡したとき、この特例による贈与から3年を経過していれば、死亡時点の残額は相続税の課税対象とならないが、改正案では贈与者死亡前3年以内贈与にかかわらず、その残額が相続財産に加算される(受贈者が23歳未満の場合等を除く)。また、受贈者が贈与者の子以外の直系卑属である場合に、贈与者死亡時の残額に係る相続税額に2割加算が適用される。本制度の節税効果が大きく減退する改正といえよう【大綱P42】。 結婚・子育て資金の特例は、現行でも贈与者死亡時の残額は相続財産に加算され3年以内の条件は付いていないが、こちらも贈与者死亡時の残額について、受贈者の子以外の直系卑属に相続税が課税される場合には、2割加算が適用される【大綱P43】。 なお、上記改正は共に令和3年4月1日以後の信託等により取得する信託受益権等について適用されることから、駆け込み需要が発生する可能性も考えられる。 また、こちらは令和3年12月31日が適用期限となる「直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税(措法70の2)」だが、令和5年12月31日まで2年延長された上、(注)住宅市場の活性化を図るため、令和3年4月1日から12月31日までの契約については、予定されていた非課税限度額の減額を行わず、令和3年3月31日までの適用とされている現行の非課税限度額(住宅の要件により500万円~1,500万円)を維持し、後述の住宅ローン控除と同様、受贈者の贈与年分における合計所得金額が1,000万円以下の場合は住宅の床面積要件の下限を40㎡以上に引き下げることとする(現行の所得要件は2,000万円以下、面積要件の下限は50㎡以上)。なお住宅取得等資金に係る相続時精算課税制度の特例についても床面積要件の引下げ(50㎡以上→40㎡以上)を行う。これらの改正は令和3年1月1日以後に贈与により取得する住宅取得等資金に係る贈与税から適用される【大綱P41】。 その他、非上場株式等に係る相続税の納税猶予の特例制度について、以下の場合には、後継者が被相続人の相続開始の直前において特例認定承継会社の役員でないときも適用を受けることができることとされる(①は一般制度についても同様)【大綱P45】。 上記の通り相続税関係では今回、大きな改正は見られなかったものの、政府税制調査会では「資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築等」と題し、相続時精算課税制度含む特例措置の問題点から相続税の課税方式など、広く相続税・贈与税全体のあり方についての議論が始まっており(大綱P18にも同趣旨の記載あり)、今後は専門家会合にて議論が深められることから、その動向にも注視する必要があろう。 〇住宅ローン控除、入居期限を2年延長、床面積要件の見直しも 住宅借入金等特別控除(住宅ローン控除)については令和元年度税制改正で、消費税率引上げ(8%→10%)による負担軽減を図るため、控除期間を3年(13年目まで)延長し、税負担増分の税額控除を認める特例措置が設けられた。また新型コロナ税特法では、新型コロナウイルス感染症の影響により期限(令和2年12月31日)までに入居できない場合でも、一定の要件の下、適用を認める措置が講じられたところだ。 大綱では、控除期間13年の特例について、一定の期間内(新築の場合は令和2年10月から令和3年9月末まで、それ以外は令和2年から12月から令和3年11月末まで)に契約を行った場合には、令和4年12月31日までの入居者についても対象とすることとされた【大綱P23】。また、この2年の延長分においては、上記の贈与特例と同様、控除を受ける年分の合計所得金額1,000万円以下の者について床面積40㎡以上50㎡未満の住宅も対象とされる。なお制度延長に伴い、所得税から控除しきれなかった額を個人住民税から控除できる地方税制度も延長される。なお本制度については、会計検査院の「平成30年度決算検査報告」における指摘に関連し令和4年度税制改正で控除額や控除率のあり方を見直すとしている。 なお土地・建物に係る税制では他に、令和3年限りの措置として土地に係る固定資産税の負担軽減措置(一定の宅地等及び農地については令和3年度の課税標準額を令和2年度の課税標準額と同額とする等)が実施される他、土地の所有権移転登記等に係る登録免許税の軽減税率が令和5年3月31日まで2年間延長される。さらに①住宅・土地に係る不動産取得税の税率の特例(3%(本則4%))及び、②宅地評価土地の取得に係る不動産取得税の課税標準を価格の2分の1とする特例については、令和6年3月31日まで3年延長となる。 次に、退職所得への課税について、現行ではその収入金額から退職所得控除額を控除した額に2分の1を乗じて退職所得の金額を計算することとなっており、退職所得控除額は勤続年数20年を境に区分されているが、勤続年数が5年以下という短期の場合でも一定の退職金が支払われている実態を鑑み、勤続年数5年以下の者がその勤続年数に対応して支払を受ける退職手当等で特定役員退職手当等に該当しないもの(「短期退職手当等」)については、退職所得控除額を控除した残額のうち300万円を超える部分について、2分の1課税を適用しないこととされる(令和4年分以後の所得税から適用)【大綱P35】。 所得税関係ではその他、令和3年12月31日が適用期限とされているセルフメディケーション税制の5年延長及び対象の重点化(効果の薄いスイッチOTC成分を対象外とする)【大綱P33】、個人が同族会社との間に法人を介在させて社債利子(利子所得)の支払いを受けることで総合課税から分離課税への転換を行うケースへの対応【大綱P29】や、かねてより議論となっていたベビーシッター費用(給付を受けるもの〔追記:2020/12/14〕)の非課税措置についても実現の運びとなった【大綱P35】。 〇電帳法の大幅拡充が実現へ 電子帳簿保存制度とは、事業者が所管税務署長の承認を受けることで、一定期間の保存が義務付けられている国税関係の帳簿書類を、紙に代えて電子データで保存することが認められる制度(領収書類についてはスキャナ保存が可能)。本制度は利便性の向上を目的に毎年要件の見直しが行われているが、特に本年はテレワークの浸透に伴い経理の電子化の必要性が改めて認識されたこともあってか、上記の事前承認の廃止や領収書への自著廃止に加え、現行要件を充たす優良な電子帳簿に関連して過少申告があった場合の過少申告加算税の軽減措置など、制度利用のハードルを大幅に下げ、かつ促進を図る抜本的な見直し措置がとられることになった(令和4年1月1日施行)【大綱P117】。社内文書のペーパレス化を一気に推し進める改正となるか、今後の制度詳細が注目される。 なお、既に政府全体が進めている押印義務の廃止に関しては、提出者等の押印をしなければならないこととされている国税・地方税の税務関係書類について、次に掲げる税務関係書類を除き、押印を要しないこととされる(令和3年4月1日以後に提出する税務関係書類について適用)【大綱P117】。 さらにスマートフォンのアプリ決済サービスによる納付手段が創設されるなど、国税・地方税ともに税務手続の電子化を一層促進する施策が複数織り込まれている。 最後に車体課税については、自動車業界が大変革に直面しておりこの変革に対応した見直しを早急に行う必要があるとしつつも、コロナ禍での急激な変化は望ましくないとし、一定の猶予期間として自動車重量税のエコカー減税の延長等にとどめている【大綱P83】。また、IR(統合型リゾート)事業に係る税制としてカジノで得た所得への課税方法などその方向性が示されている(令和4年度以降の税制改正で具体化)【大綱P21】。 (了)
2020年12月10日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.398を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第94回】 「法令相互間の適用原則から読み解く租税法(その4)」 ~特別法優先の原則~ 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅳ 特別法優先の原則 1 概観 特別法優先の原則とは、特別法が一般法に優先して適用されるという考え方である。法令の所管事項の原則(本連載「その1」)及び法令の形式的効力の原則(本連載「その2」)によっても、2つ以上の法令間の矛盾抵触を解決することができない場合にこの原則が機能することになる(伊藤義一『税法の読み方 判例の見方〔改訂版〕』83頁(TKC出版2007))。 これは、代表的には、民法(一般法)と商法・会社法(特別法)とのような関係を指すものである。これらのうち、商法・会社法が民法に優先して適用されることになる。 なお、一般法と特別法との関係にある法令の間においては、前回(本連載「その3」)述べた後法優位の原則は発動されない。 2 特別法優先の原則が争点となった事例 特別法優先の原則が争点となった事例は枚挙に暇がない。 例えば、大阪府吹田市の住民である原告が、吹田市報酬及び費用弁償条例の規定のうち吹田市固定資産評価審査委員会の委員に月額報酬を支給することを定める規定が、地方税法423条《固定資産評価審査委員会の設置、選任等》7項に違反し、無効であるなどとして、吹田市の執行機関である被告に対し、地方自治法242条の2《住民訴訟》1項1号の規定により、上記報酬の支給に係る公金の支出の差止めを求めるとともに、本件委員会の委員に対して支給された報酬相当額の不当利得返還請求をすることを求めた住民訴訟として大阪地裁平成26年1月24日判決(判自392号12頁)がある。 この判決では、地方税法423条7項は、「固定資産評価審査委員会の委員は、当該市町村の条例の定めるところによって、委員会の会議への出席日数に応じ、手当を受けることができる」と定めているが、同項は、地方自治法203条の2第2項の「特別法」とまではいえず、同項ただし書の規定により、月額報酬制その他の日額報酬制以外の報酬制度を採用する条例の規定が許容される余地があると判示している。 *なお、地方自治法203条の2第1項は「普通地方公共団体は、その委員会の非常勤の委員、非常勤の監査委員、自治紛争処理委員、審査会、審議会及び調査会等の委員その他の構成員、専門委員、監査専門委員、投票管理者、開票管理者、選挙長、投票立会人、開票立会人及び選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の職員・・・に対し、報酬を支給しなければならない。」と規定し、同2項は「前項の者に対する報酬は、その勤務日数に応じてこれを支給する。ただし、条例で特別の定めをした場合は、この限りでない。」とする。 このように、ある法律が、他の法律の特別法であるか(あるいは一般法であるか)、その位置付けについて争点とされる事例もあるが、多くの場合、特別法と一般法との関係は明確であることが多い。 なお、租税法領域にあっては、国税徴収法と民法との関係においては、国税徴収法が特別法、民法が一般法の関係になり、各個別税法と国税通則法との関係においては、各個別税法が特別法、国税通則法が一般法の関係になり、租税特別措置法と各個別税法との関係においては、租税特別措置法が特別法、各個別税法が一般法の関係になる。 3 タックス・ヘイブン対策税制の適用の有無が争われた事例 (1) 事案の概要と下級審の判断 それでは、租税法領域において特別法優先の原則が論じられた事例を見てみよう。 納税者X(原告・被控訴人・上告人)が、タックス・ヘイブン国に設立した特定外国子会社であるA社に生じた欠損を納税者の損金として算入し申告したところ、税務署長Y(被告・控訴人・被上告人)が損金の過大計上であるとして法人税の更正処分等をしたため、その取消しを求めた事案として松山地裁平成16年2月10日判決(民集61巻6号2515頁)がある。 本件の争点は租税特別措置法66条の6(当時)に定める外国子会社合算税制(いわゆるタックス・ヘイブン対策税制)の適用の有無であるが、具体的には、特定外国子会社等に係る欠損金を内国法人の損金の額に算入することが、租税特別措置法66条の6第2項2号によって禁止されるか否かであった。 同地裁は次のように判示している。 上記判決は、このようにタックス・ヘイブン国の特定外国子会社に生じた欠損金を日本親会社の所得から控除することを租税特別措置法66条の6第2項2号を根拠として否認することはできないとしたのである。つまり、租税特別措置法において本件のような欠損金についての取扱いは規定されていないとするのである。 前提として、法人税法が一般法で租税特別措置法が特別法の関係にある中において、本件の判断を、特別法優先の原則になぞらえて解釈すると、特別法たる租税特別措置法において本件のような欠損金についての取扱いが規定されていない以上、特別法の適用はないことになる。 したがって、かかる特定外国子会社等の欠損金の取扱いに関しては一般法に戻って、法人税法11条《実質所得者課税の原則》の適用によって、日本親会社の所得から控除することができるということになるのであろう。 これを受けてYは控訴審において、次のように主張した。 このようにYも特別法優先の原則に従った主張を展開しているのである。 そして、控訴審高松高裁平成16年12月7日判決(民集61巻6号2531頁)は、次のように判示して原審判断を覆した。 (2) 検討 このように、特別法優先の原則が前提となる主張及び判決が下されているのであるが、ここに疑問の余地はなかろうか。 すなわち、「実質所得者課税の原則」とは、およそ法人税の税額確定ルールたる法人税法や租税特別措置法を適用するに当たって当然に考慮されるべき法律的帰属説を宣明した条文であると思われるのである。本質的には、明文の規定なくしても考慮されるべき事項が確認的に明文化されているにすぎず、法人税法の適用においても租税特別措置法の適用においても妥当する条理であるといえよう。 *なお、実質所得者課税の原則については、「条文の『見出し』から租税法条文を読み解く(その2)」も参照されたい。 したがって、実質所得者課税の原則が法人税法11条に規定されていることをもって、それを一般法と呼び、租税特別措置法との関係では適用が優先されないなどと解するべきではなく、むしろ租税特別措置法の適用においても射程が及ぶ規定であり、何となれば、租税特別措置法にも同様の規定があってもよいはずのものだと考えるべきであって、およそここにいう特別法優先の原則の議論の埒外にある条理であるとみるべきではなかろうか。 実質所得者課税の原則は事実認定上のルールであるから、事実認定があり、認定された事実に法が適用されるという手順を想起すれば、法人税法11条が租税特別措置法の適用に遅れるというような議論にはならないのではなかろうか。 まず、対象となる欠損金が外国子会社等に帰属するものかどうかが実質所得者課税の原則の観点から考察されるべきであり、そもそもかかる子会社等に欠損金が帰属しないのであれば、タックス・ヘイブン対策税制の適用はあり得ないわけである。 そして、子会社等に欠損金が帰属するとなれば、租税特別措置法66条の6の適用があり、当該特定外国子会社等に適用対象留保金額があればタックス・ヘイブン対策税制が適用され、要件を充足しなければかかる税制の適用はないと考えるのが、実質所得者課税の原則を正解した解釈の道筋ではなかろうか。 繰り返しになるが、外国子会社等に欠損金が帰属しないのであれば、そもそも租税特別措置法66条の6の問題ではないというべきではなかろうか。 なお、最高裁平成19年9月28日第二小法廷判決(民集61巻6号2486頁)は、外国子会社であるA社が、Xとは別法人として独自の活動を行っていたという点に鑑みて、「本件においてはXに損益が帰属すると認めるべき事情がないことは明らかであって、本件各事業年度においては、A社に損益が帰属し、同社に欠損が生じたものというべきであり、Xの所得の金額を算定するに当たりA社の欠損の金額を損金の額に算入することはできない。」と判示している。 結びに代えて 本連載では、法令相互間の適用原則として、①所管事項の原則、②形式的効力の原則、③後法優位の原則、④特別法優先の原則を確認してきた。 憲法30条及び同84条を頂点に構築される租税法体系においては、憲法29条の要請する財産権保障の観点から、租税法律主義の下での厳格な法令解釈が求められるが、社会経済の発展に伴って、租税法は日々高度複雑化している。 租税は、国家の財政需要を充足するという本来の機能のほか、国政全般からの総合的な政策判断を必要としていることから、租税法の定立については、立法府の政策的、技術的な判断によるところが大きいと解されているが(いわゆる大嶋訴訟最高裁昭和60年3月27日大法廷判決(民集39巻2号247頁))、各個別税法本法の定めに加えて、課税の公平を維持する観点、あるいは特定の政策の推進の観点から、数多の租税特別措置が設けられている。 また、租税法は、単に租税法単体で成り立っているわけではなく、各種私法や行政法との結びつきも色濃く、到底それらとの関わりを無視することはできまい。 かような高度に複雑化した昨今の租税法の解釈においては、法令相互間の適用原則を一層意識した法の適用が求められている。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第49回】 「租税法律主義の基礎理論」 -納税者の権利保護の要請- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 今回は、租税法律主義の内容のうち納税者の権利保護の要請を取り上げて検討する。この要請は、金子宏教授が夙に租税法律主義の内容として説いてこられたものであることから、まず、金子教授の見解からみておくことにしよう。 金子教授は納税者の権利保護の要請について次のとおり説いてこられた(同『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)63頁[初出・1974年]。同『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)1069頁も同旨)。 Ⅱ 司法的救済の保障の原理に対する争訟制度上の制約 金子教授は、納税者の権利保護の要請について、さらに、法の支配の見地から、「租税法におけるルール・オブ・ローの実現のためには、納税者の権利保護の制度の確立と、それが効率的に機能することが不可欠である。」と述べ、憲法76条1項及び裁判所法3条1項の規定から「司法的救済の保障の原理」を導き出しておられるが(同・前掲『租税法理論の形成と解明 上巻』124頁[初出・2008年]。太字筆者。なお、法の支配については特に第44回Ⅲ参照)、その原理の意義について不服申立制度との関係で次のとおり述べておられる(同125-126頁[初出・2008年]。同・前掲『租税法』1072頁も同旨)。 この引用文においては、不服申立前置主義が司法的救済の保障の原理に対する制約となっていることが問題とされ、その改善の方向性が示されている。この方向性は、「不服申立前置のあり方については、納税者の利便性向上を図ることが求められていることから、争訟手続における納税者の選択の自由度を増やすことを基本に」検討を行うものとした平成22年12月16日閣議決定(「平成23年度税制改正大綱」8頁)を踏まえ、平成26年6月における行政不服審査法の改正を受けた国税通則法の改正において、次のような趣旨及び形態で(財務省「平成26年度税制改正の解説」1120-1121頁)、具体化された。 この改正によって、不服申立前置主義による司法的救済の保障の原理に対する制約が緩和され、納税者が国税に関する処分について自己の権利救済を裁判所に求める機会ないし可能性が、拡充された。その意味で、この改正は、租税法律主義の見地から、納税者の権利保護の要請の実現に資するものとして、高く評価することができよう。もっとも、この評価は、この改正によっても自由選択主義(行訴法8条1項本文)は採用されず審査請求前置主義が依然として維持されている以上、国税不服審判所が納税者の権利救済機関として実際上有効かつ適正に機能するかどうかにかかっていることには留意すべきである(国税不服審判所による権利救済の状況については、国税庁が事務年度ごとに公表している「国税庁レポート」の「Ⅳ 権利救済」を参照)。 Ⅲ 司法的救済の保障の原理に対する訴訟実務上の制約 1 増額更正のうち申告額を超えない部分の取消しを求める訴えと条件付却下説 ところで、司法的救済の保障の原理に対する制約は、訴訟実務上もみられる。租税訴訟実務において特に問題であると思われるのは、本案判断に立ち入ることなく司法的救済の機会を否定する却下の判断のうち、いわゆる更正の請求の排他性を訴訟要件(訴えの利益)の判断において考慮して訴えを却下する判断である(拙稿「租税法律主義(憲法84条)」日税研論集77号(2020年)243頁、291頁)。 そのような判断を示した裁判例としては、東京高判平成18年12月27日訟月54巻3号760頁、大阪地判平成21年1月30日訟月57巻2号344頁、名古屋地判平成26年9月4日訟月62巻1号1968頁等があるが、それらの裁判例は、租税訴訟実務に関する次の見解(司法研修所編『租税訴訟の審理について〔第3版〕』(法曹会・2018年)51-53頁。同書は、当初は、司法研修所『租税訴訟の審理について』司法研究報告書36輯2号(1984年・泉徳治=大藤敏=満田明彦執筆)として刊行された)に従ったものと解される。この見解は、申告と増額更正との関係について吸収説に従い「申告に係る税額の部分を含め、確定した税額に不服のある納税者は、増額更正のみを対象として取消訴訟を提起することになる。」と述べた上で、次のとおり述べている(下線筆者)。 この見解は、申告と増額更正との関係の捉え方(併存説と吸収説・消滅説)とも関連して議論されてきた取消訴訟に係る訴えの対象をめぐる問題に関する却下説(東京地判昭和48年3月22日行集24巻3号177頁参照)と棄却説(京都地判昭和45年4月1日行集21巻4号641頁参照)のうち、基本的には前者の立場に立ちつつ、更正の請求をしていないことを条件に、訴えの却下を認めるものであり、条件付却下説ともいうべきものである(前記の見解が示される以前の裁判例で同様の立場に立つものとして、神戸地判昭和54年11月9日訟月26巻2号340頁参照。なお、以上の議論の整理については、拙稿「課税処分取消訴訟に係る訴えの利益と更正の請求の排他性」税法学575号(2016年)135頁以下参照)。 前記の見解は、裁判例では、単純加算型増額更正(過大な申告の後に更正の請求がされないまま、所得金額の加算だけから成る増額更正)がされた場合についてだけでなく、減算・加算複合一体型増額更正(過大な申告の後に更正の請求がされないまま、所得金額の減算と加算から成る増額更正)がされた場合(下掲判示中の2つ目の下線部)についても、採用されている。後者の場合について、前掲・大阪地判は次のとおり判示している(下線・傍点筆者)。 筆者は、上記の判示において検討されている原告の主張と問題意識を同じくするものであり、したがって、前記の見解に従った大阪地裁の判断は妥当でないと考えるところであるが、以下では、その理由について述べることにする(以下の叙述は、前掲・拙稿145頁以下をベースにしたものである)。 2 更正の請求の原則的排他性と却下条件との論理的連関(1) 前記の見解は、条件付却下説を説くに当たり「更正の請求の排他性」に言及しており、同説を採用したものと解される前掲・大阪地判等の裁判例でも、内容的には、更正の請求の排他性(厳密にいえば原則的排他性)の観念と関連づけて、「更正の請求をしなかった場合」という却下条件を説示しているが、その間の論理的連関は必ずしも明らかでないように思われる。 更正の請求の原則的排他性と条件付却下説にいう却下条件との間の論理的連関を媒介する論理として、前掲・大阪地判は、条件付却下説に基づく判断に当たり更正の請求制度の趣旨として説示する「租税債務の可及的速やかな確定という要請」を援用していると解される。つまり、「申告後に増額更正処分があったことを機会を[ママ]利用して、その取消しを求める訴訟において、申告額を超えない部分の取消しを求めることは、法の定める手続を欠くにもかかわらず、実質的には更正の請求手続を採った場合と同様の効果を認めることになってしまい」(中尾巧『税務訴訟入門〔第5版〕』(商事法務・2011年)155頁)、更正の請求制度の上記の趣旨を没却することになる、というような論法が、条件付却下説の基礎にあると解されるのである。この論法は、更正の請求の原則的排他性の基礎にある更正の請求制度の趣旨を援用し、その趣旨(及びこれに基づく更正の請求の原則的排他性)を意味あるものにするために、納税者が更正の請求をすることなく増額更正のうち申告額を超えない部分の取消しを求める場合にはその訴えを排斥する、というものである。 しかし、更正の請求制度の趣旨としての「租税債務の可及的速やかな確定という要請」というような租税行政手続法上の考慮によって、更正の請求の原則的排他性を根拠づけることはできるとしても、増額更正のうち申告額を超えない部分の取消しを求める訴えにおいて「更正の請求をしなかった場合」を訴訟要件(却下条件)とするというような司法手続上の判断までをも根拠づけることは妥当でないと考えられる。つまり、訴訟要件の判断は、更正の請求の原則的排他性の射程外であると考えられるのである。むしろ、更正の請求の原則的排他性の及ぶ範囲は、「租税債務の可及的速やかな確定という要請」が妥当する租税行政手続の範囲にとどまると考えるべきである。更正の請求の原則的排他性の及ぶ範囲を取消訴訟の訴訟要件(訴えの利益)の判断にまで拡大することは、更正の請求に「過重負担」(占部裕典『租税法と行政法の交錯』(慈学社・2015年)297頁[初出・1994年])を負わせることになろう。 3 更正の請求の原則的排他性と却下条件との論理的連関(2) 更正の請求の原則的排他性と条件付却下説との間の論理的連関を媒介する論理として、前掲・大阪地判は、もう1つには、「当該納税者が更正の請求をしなかったことによる結果」(前掲判示の3つ目の下線部参照)を強調していると解される。問題は、ここでいう「結果」が法的にどのような意味をもつかである。 そもそも、申告納税方式(税通16条1項1号)による納税義務の確定は、課税要件の充足により成立した納税義務について納税者又は課税庁が行うその内容の主観的確認である(拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)【118】参照)から、「納税義務者又は税務官庁による納税義務の確定はあくまでも一応の確定にとどまり(裁決・判決等の確定とは異なる。)、後になってその確定を取り消し若しくは変更しうる。」(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)228頁)が、その確定の取消し又は変更のためには、納税義務の確定に関する異なる主観的判断が納税者又は課税庁において行われ、その異なる確定判断が税法所定の手続に従って表明されなければならない。納税者についていえば、納税者は納税申告の過誤を「自己に有利に」(税通23条1項1~3号・2項1~3号参照)是正するためには、当初申告と異なる確定判断を原則として更正の請求の手続に従って表明しなければならない。更正の請求の原則的排他性は、本来、このような意味において理解されるべき観念(確定手続法上の排他性)であって、取消訴訟の排他性とは異なり、訴訟法上の排他性ではないのである。 納税者が更正の請求をしなかったことは、納税者が当初申告と異なる確定判断を表明しなかったことを意味するのであるから、その「結果」は、納税義務の確定手続において当初の確定判断だけしか表明されておらず、それと異なる(対立する)確定判断が存在していない状態、を意味することになる。その状態は、換言すれば、納税義務の確定手続においてその確定の適否について争い(確定判断の対立)がない状態、といってよかろう。これは、訴訟法的には、「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)の要件が充足されていない状態を意味すると考えられる。 司法裁判権の対象となる「法律上の争訟」とは、「当事者間の具体的な権利義務または法律関係の存否(刑罰権の存否をふくむ)に関する紛争であつて、法律の適用により終局的に解決しうべきもの」(最高裁判所事務総局編『裁判所法逐条解説 上巻』(法曹会・1967年)22-23頁)をいい、「結局、法の適用上の争、すなわち法律上定められた権利義務または法律関係に関する主張の対立を意味」(同24頁)する。したがって、争い(主張の対立)ではあっても、具体的な法律関係に関する争いでなければ、その争いは、法律上の争訟には該当しないのである。 これを納税義務の確定手続についていえば、納税義務の確定の適否(課税要件の充足によって成立した納税義務の内容を正しく確認しているか否か)に関する争い(確定判断に係る主張の対立)が、抽象的な可能性のレベルにおいてではなく、実際に行われた当該確定手続において既に具体的に存在する場合に、法律上の争訟の要件が充足されると考えられる(この点については渡部吉隆(園部逸夫補訂)『行政訴訟の法理論』(一粒社・1998年)68-69頁参照)。 そうすると、前記2で述べたように、更正の請求の原則的排他性は租税行政手続上の観念であって司法手続上の訴訟要件(訴えの利益)の判断にストレートに及ぶものではないとしても、換言すれば、訴訟要件の判断は更正の請求の原則的排他性の射程外であるとしても、納税者は納税申告における確定判断を「自己に有利に」(税通23条1項1~3号・2項1~3号参照)是正するためには原則として更正の請求の手続によって異なる確定判断を表明しなければならないことになる。そうである以上、「更正の請求をしなかった場合」には、当該確定手続においては、納税義務の確定の適否に関する法律上の争訟は、具体的には発生していないのであるから、法律上の争訟の要件(訴えの利益に比べ訴訟制度の更に根底に必然的に内在するという意味で「根幹的訴訟要件」)を媒介項にした上で、そのような「当該納税者が更正の請求をしなかったことによる結果」、すなわち、法律上の争訟の不存在という結果をもって、「更正の請求をしなかった場合」における訴えを不適法として却下する、というような論法で、更正の請求の原則的排他性と条件付却下説との論理的連関を、形式論理的には明らかにすることができよう。 しかし、上記のような論法で、更正の請求の原則的排他性と条件付却下説との論理的連関を形式論理的には明らかにできるとしても、それだけで条件付却下説の妥当性が認められるわけではない。というのも、前掲・大阪地判で問題とされた加算・減算複合一体型増額更正の場合には、そもそも、上記のような論法の前提、すなわち、「更正の請求をしなかった場合」には、当該確定手続においては、納税義務の確定の適否に関する法律上の争訟は、具体的には発生していないという前提は、成り立たないように思われるからである。この点については、項を改めて検討することにする。 4 加算・減算複合一体型の増額更正と減額更正との実体的利益状況の同一性 前掲・大阪地判は、(1)「課税標準・税額の一部取消しと加算から成る増額更正がされた場合」だけでなく、(2)「過大な申告がされたが更正の請求がその期間内にされなかった場合一般」をも、条件付却下説の射程内に含めた上で、「こうした結果も納税者にとって過当に不利益であるとまではいえないことからすると、通則法はそのような結果が生じることも当然に予定しているものと解される」(下線筆者)との判断を示しているが(前掲判示の3つ目の下線部参照)、そうすると、この判断は、(1)加算・減算複合一体型増額更正だけでなく、(2)に属する加算・減算複合一体型減額更正にも妥当することになる。 しかしながら、後者の加算・減算複合一体型減額更正については、学説上、訴えの利益を肯定する見解が有力に唱えられている。金子宏教授はそのような見解を次のとおり説いておられる(同・前掲『租税法』1107-1108頁)。 また、松沢智教授も次のとおり説いておられる(松沢智『新版 租税争訟法-異議申立てから訴訟までの理論と実務-』(中央経済社・2001年)324頁)。 これらの見解の基礎には、次のような考え方、すなわち、加算・減算複合一体型減額更正について、加算の基礎にある課税要件事実に対応する部分(加算部分)が取り消された場合には、その取消しによって減算部分と相俟って「より大きな実体的利益」が得られることになるので、加算部分の取消しを求める訴えの利益を認めるべきである、というような考え方があると考えられる。 課税処分取消訴訟については、総額主義の下、国が処分時の理由と異なる理由を訴訟段階で主張すること(いわゆる処分理由の差替え)が認められているが(前掲・拙著【164】【165】参照)、納税者が申告時の理由と異なる理由を主張して増額更正のうち申告額を超えない部分の取消しを求める訴えを却下するのは、裁判の公平さ・公正さを損なうと考えられることも、上記のような考え方の妥当性を補強するであろう。 前掲・大阪高判は、前にもみたように、「過大な申告がされたが更正の請求がその期間内にされなかった場合一般」について訴えの利益を否定するに当たって、「こうした結果も納税者にとって過当に不利益であるとまではいえない」と判示するが、裁判所は、もし上記の考え方にいう「より大きな実体的利益」の存在を明確に認識していれば、その救済を、「通則法はそのような結果が生じることも当然に予定しているものと解される」(下線筆者)との説示でもって特段の論証なしに(「当然に」)、否定するような判断を示さなかったであろうし、権利救済機関としては示すべきではなかったであろう。 以上で述べた考え方は、実体的利益状況を同じくする加算・減算複合一体型増額更正についても、妥当すると考えられる。すなわち、加算・減算複合一体型増額更正について、加算の基礎にある課税要件事実に対応する部分(加算部分)が取り消された場合には、その取消しによって減算部分と相俟って「より大きな実体的利益」が得られることになるので、加算部分の取消しを求める訴えの利益を認めるべきである、と考えられるのである。 要するに、更正の請求の原則的排他性と条件付却下説との論理的連関については、これが形式論理的には認められるとしても、加算・減算複合一体型増額更正の増額部分の取消しによって「より大きな実体的利益」が得られる場合には、その利益を重視することによって、その連関を断ち切るべきであろう。そうすることによって、訴えの利益という訴訟要件の判断の場面においてではあるが、司法的救済の保障の原理に対する制約が緩和され同原理がより良く実現されることになろう。 Ⅳ おわりに 今回は、租税法律主義の内容のうち納税者の権利保護の要請、とりわけ司法的救済の保障の原理について、争訟制度上の制約と訴訟実務上の制約を検討した。 不服申立前置主義が審査請求前置主義に改められたとはいえ他の行政領域とは異なり自由選択主義までは採用されておらず、しかも訴訟実務上は条件付却下説にみられるような制約が存在するが、納税者の権利救済手続のこのような現状の背景には、1つには、「裁判所の負担軽減」という考慮が働いているように思われる。 しかし、「裁判所の負担軽減」を納税者の権利救済を制約することによって達成しようとするのは本末転倒であり、裁判官・裁判所職員の大幅増員、裁判所におけるデジタル化の推進・IT技術の活用等によって達成すべきである。この点に関して次の見解(岸田貞夫「訴えの利益」石島弘ほか編『税法の課題と超克 山田二郎先生古稀記念論文集』(信山社・2000年)431頁、447頁)は大いに傾聴に値すると考えるところである。 (了)
組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の 現行法上の問題点と今後の課題 【第15回】 「通算子法人株式の取扱い」 公認会計士 佐藤 信祐 3 通算子法人株式の取扱い (1) 帳簿価額修正(投資簿価修正) ① 法人税 旧連結納税制度における帳簿価額修正には、含み損益のある資産を有する法人が含み損益を清算せずに連結納税制度に加入し、連結納税制度に加入した後に当該含み損益を実現させた場合には、帳簿価額修正がうまく機能しないという問題があった(※1)。 (※1) 藤田泰弘ほか『令和2年度税制改正の解説』948頁(財務省ホームページ) そして、グループ通算制度と組織再編税制の整合性を図るという観点から、グループ通算制度の開始・加入を吸収合併と同視し、グループ通算制度からの離脱を新設分割と同視した場合には、グループ通算制度において生じる株式譲渡損益は、株式譲渡価額と離脱法人の簿価純資産価額との差額にすべきであるという考え方もある(※2)。そのため、グループ通算制度における帳簿価額修正では、帳簿価額修正後の離脱法人の株式の帳簿価額が当該離脱法人の離脱日の前日の属する事業年度終了の時における簿価純資産価額に相当する金額となっている(法令119の3⑤)。 (※2) 藤田泰弘ほか『令和2年度税制改正の解説』948頁(財務省ホームページ) ただし、このような制度にした場合には、簿価純資産価額が時価を上回っている場合において、通算グループに加入させた後に、すぐに通算グループから離脱させることにより、株式の帳簿価額を引き上げ、株式譲渡損を創出するという租税回避が考えられる(※3)。そのため、グループ通算制度の開始又はグループ通算制度に加入する子法人で、親法人との間に完全支配関係が継続することが見込まれていない場合には、グループ通算制度の開始又はグループ通算制度の加入のタイミングで、当該子法人株式の評価損益を計上するという制度も導入されている(法法64の11②、64の12②)。 (※3) 藤田泰弘ほか『令和2年度税制改正の解説』948-949頁(財務省ホームページ) 第6回で解説したように、損失又は利益の二重計上を防ぐために、グループ通算制度における帳簿価額修正をグループ法人税制においても導入すべきであると考えられる。そして、第4回で解説したように、グループ法人税制の加入に伴う時価評価を導入することにより、株式購入と株式交換を足並みの揃えた制度にすることができるとともに、事業譲渡方式によるM&Aと株式譲渡方式によるM&Aのいずれを採用したとしても、被買収会社及びその株主において課税が生じることから、課税の公平を保つことができる。さらに、グループ法人税制の加入に伴う時価評価課税を導入した場合において、すべての資産及び負債を時価評価したときは、加入時の簿価純資産価額と株主の帳簿価額が一致することから、損失又は利益の二重計上を防ぐことができる。 もちろん、グループ法人税制の加入時に時価評価の対象にならなかったり、一部の資産及び負債が時価評価の対象にならなかったりすることにより、加入時の簿価純資産価額と株主の帳簿価額が一致しないということが考えられるが、前者については、時価評価の対象から除外するために、完全支配関係継続要件が課されていることから(法法64の11①、64の12①三・四、法令131の15③④、131の16③)、そもそも離脱が予定されていない。そして、後者について不都合があるのであれば、時価評価の対象となる資産及び負債の範囲を拡充することを検討すべきである(※4)。 (※4) すなわち、平成29年度税制改正で導入された帳簿価額が1,000万円に満たない資産を時価評価の対象から除外する措置を廃止し、営業権に対する時価評価課税を復活させる余地があると考えられる。 さらに、組織再編税制とグループ法人税制の足並みを揃えるという観点からは、グループ法人税制の開始・加入を吸収合併と同視し、グループ法人税制からの離脱を新設分割と同視することにより、グループ法人税制において生じる株式譲渡損益を株式譲渡価額と離脱法人の簿価純資産価額との差額とするという考え方も成り立つことから、グループ法人税制において、帳簿価額修正の制度を導入すべきであると考えられる。 ② 住民税及び事業税 グループ通算制度における帳簿価額修正は、損失又は利益の二重計上を防止するための制度であるが、住民税及び事業税においては、損益通算がなされていないにもかかわらず帳簿価額修正の影響を受けてしまうため、離脱法人において損失が生じていた場合には、その株主において損益通算もできないし、株式譲渡損を認識することができないという問題が生じる。 これに対し、グループ法人税制に帳簿価額修正を導入した場合には、損益通算が原因ではなく、離脱法人において損失又は利益が発生し、かつ、その株主において株式譲渡損又は株式譲渡益が発生するという損失又は利益の二重計上を防ぐための制度ということになるため、住民税及び事業税において帳簿価額修正の影響が反映されたとしても不都合はないと思われる。 (2) 譲渡損益の繰延べ グループ通算制度では、通算子法人株式の譲渡損益が繰り延べられていた場合には、当該譲渡損益を永久に実現させることはできないものとされ(法法61の11⑧)、他のグループ通算制度から新しいグループ通算制度を開始又は加入する場合には、他の通算子法人株式が時価評価の対象から除外された(法令131の15①七、131の16①五)。さらに、譲渡損益の繰延べは、帳簿価額が1,000万円に満たない資産が除外されているが、通算グループ内で通算子法人株式を譲渡した場合には、帳簿価額が1,000万円に満たない場合であっても、譲渡損益を繰り延べる必要がある(法令122の12①三)。 グループ法人税制において帳簿価額修正の制度を導入したうえで、帳簿価額修正後の離脱法人の株式の帳簿価額を当該離脱法人の離脱日の前日の属する事業年度終了の時における簿価純資産価額に相当する金額とした場合に、通算子法人株式に係る譲渡損益の実現を認めてしまうと、損失又は利益の二重計上が生じてしまうため、グループ法人税制においても、繰り延べられていた子法人株式に係る譲渡損益を実現させないという制度を導入すべきであると考えられる。 なお、第12回で解説したように、被合併法人株式に対する譲渡損益が繰り延べられていた場合には、適格合併に該当したとしても、当該譲渡損益を実現させる必要があるという問題がある。譲渡損益の繰延べは、完全支配関係内における資産の譲渡に対して適用されることから、このような問題は、完全支配関係内の適格合併を行う場合に生じやすい。グループ法人税制においても、繰り延べられていた子法人株式に係る譲渡損益を実現させないという制度を導入した場合には、このような問題についても同時に解決することができる。 * * * 次回では、通算グループ内の組織再編成について解説を行う予定である。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第24回】 「親族外の後継者と中小企業投資育成によるMBO」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 梶本 岳 相談内容 私は、自動車部品製造業を営むF社の専務取締役Bです。半年ほど前、後継者のいない創業オーナーW社長が1年後の任期満了をもって取締役を退任したい旨を公表しました。私Bを含む取締役5名による経営体制に移行し、F社株式を譲渡したい意向を示されています。 当社の顧問税理士が、株式の移転コストを抑えることを目的に役員持株会や従業員持株会に株式を低廉譲渡してもらい、W社長には役員退職慰労金で創業者利益を得るという提案を行いました。しかし、W社長から役員退職慰労金とは別に1億円程度でF社株式を新経営陣が取得するようなMBO(Management Buyout:マネジメント・バイアウト)による株式承継計画を検討するように指示されました。 メインバンクからは、新経営陣が持株会社(SPC)を設立し、銀行借入100%で株式を取得するプランを提案されましたが、顧問税理士からは、自己資本を厚くして借入負担を抑えるとともに、次なる事業承継のことを意識して安定株主を入れてはどうかと提案がありました。 借入金の返済が今後の会社経営の重荷にならず、次なる事業承継の時に、私Bを含む新経営陣が過度に経済的な負担を被らなくて済むような資本政策の検討を顧問税理士に依頼しました。結果として、取締役5名が500万円ずつ2,500万円を出資してSPCを設立し、2,500万円を中小企業投資育成に出資してもらい、残りの5,000万円を金融機関から融資を受けてW社長から株式を取得するスキームを顧問税理士が提案してくれました。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 出所:「第三者承継支援総合パッケージ」(中小企業庁 令和元年12月20日)の15ページを基に筆者加工 この方法は、中小企業庁が「第三者承継支援総合パッケージ」として公表している親族外承継の方法の1つとのことで、将来的にはSPCをF社と合併させて銀行借入を返済することも視野に入れています。 当社の会社規模はそれほど大きくなく、また、W社長も私たち新経営陣も株式公開を考えていないため、ベンチャーキャピタルやMBOファンド等の、いわゆる外部株主に株式を保有してもらうことは想定していませんでした。また、新たな外部株主から役員派遣を受けたり、経営に過度の干渉をされることは望んでおりません。 顧問税理士から紹介された中小企業投資育成に私たちのMBOに参加してもらって本当に大丈夫でしょうか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 中小企業投資育成 (1) 中小企業投資育成とは 中小企業投資育成は、昭和38年に中小企業投資育成株式会社法に基づき設立された経済産業省所管の政策実施機関で、中小企業の自己資本の充実と、その健全な成長発展を図るための投資等を行うことを目的としています。 原則として資本金3億円以下の企業(公序良俗に反するもの、投機的なものを除きます)を投資対象企業とし、東京・大阪・名古屋に本社を置く中小企業投資育成3社が全国の中堅・中小企業2,740社(2020年10月現在)に出資しています。 (※) 出所:大阪中小企業投資育成株式会社ホームページより筆者加工 (2) 投資ファンド等との違い 中小企業投資育成は、投資した株式を売却して利益を得ることは前提としておらず、安定した配当を期待する株主です。キャピタルゲインを目的とし、数年で出口(EXIT)を求める前提の投資ファンド等と異なり、数十年にわたる株式保有が期待できます。 経営陣に対するアドバイス等を通じて投資先企業を育成するという側面を持ち合わせているものの、出資先企業に対する経営干渉や役員派遣を行うことはありません。 (3) 引受価額 中小企業投資育成が増資等を引き受ける際の引受価額については、以下のとおり独自の株価算式が定められています。投資ファンド等が用いるDCF法等の収益還元方式とは異なる独自の株価算式で、財産評価基本通達188-2に定める配当還元価額に比較的近い価額(配当還元価額より若干高い価額)となることが多く、議決権の50%という引受限度との兼ね合いもあり多額の資金調達を目的とする場合には不向きです(1社当たりの投資額が3,000万円程度となることが一般的です)。 (※) 申告所得税関係個別通達「中小企業投資育成株式会社が第三者割当てに基づき引き受ける新株の価額および保有する株式を処分する場合の価額にかかる課税上の取扱いについて」(昭48直審3-126、直審4-109、直審5-53) (4) 引受限度 中小企業投資育成は、投資先企業の自主性を尊重するスタンスであり、増資等を引き受けるにあたって、投資先企業の議決権の50%超を保有することはできない旨が定められています。 [2] 中小企業投資育成の投資先における同族株主の判定 (1) 同族株主判定 財産評価基本通達188-6には、投資育成会社(中小企業投資育成)が株主である場合の同族株主等の判定に関する通達が存在しており、①中小企業投資育成が財産評価基本通達188に定める同族株主等(同族株主・中心的な同族株主・中心的な株主)の要件を満たす場合でも中小企業投資育成は同族株主等(同上)に該当しないこと、②中小企業投資育成の議決権を除いて同族株主の判定をした場合に同族株主に該当することとなる者があるときは、それ以外の者は同族株主以外の株主等に該当すること、が定められています。 (※) 財産評価基本通達188-6を筆者加工 (2) 本スキームの場合 顧問税理士から提案のあった本スキームは、5名の取締役が議決権の50%を均等に10%ずつ保有し、中小企業投資育成が50%の議決権を保有する株主構成となっており、各取締役が10%の株式を譲渡する際には、次なる取締役が「同族株主以外の株主等」として配当還元価額により取得することが可能です。 中小企業投資育成は、「同族株主」及び「中心的同族株主」の要件を満たしますが、財産評価基本通達188-6(1)及び(2)により「同族株主」及び「中心的同族株主」に該当しないものとして取り扱います。また、取締役5名は議決権割合が各10%であるため、「同族株主」に該当することはありません。したがって、新設するSPCは「同族株主のいない会社」となります。 同族株主のいない会社の判定を行うに当たって、中小企業投資育成は「中心的な株主」の要件を満たしますが、財産評価基本通達188-6(2)により「中心的な株主」に該当しないものとして取り扱います。また、取締役5名は議決権割合が各10%であるため、「中心的な株主」に該当することはありません。したがって、取締役5名は「同族株主以外の株主等」に該当することになります。 〈同族株主のいない会社の評価方式〉 (※) 財産評価基本通達188(3)(4)を元に筆者作成。 [3] 結論 非同族の取締役がMBOにより経営権を取得する場合、親族内で行われる事業承継に比べて後継者の年齢が高くなることが一般的です。また、役員や従業員への親族外承継に舵を切った会社は、次なる事業承継も役員・従業員への親族外承継となる可能性が高く、事業承継のスパンも短くなることが想定されますので、後継者となる役員・従業員の負担が継続的に少なくなるような事業承継対策を検討することが重要です。 その点、中小企業投資育成は長期安定株主として数十年にわたって株式を保有してもらうことが可能ですので、株主に迎えることで、次なる事業承継の際にも後継者の負担軽減に一役買ってくれるものと思われます。 国の政策実施機関である中小企業投資育成は、投資先企業の経営の自主性を尊重してくれる株主ですので、ベンチャーキャピタルやMBOファンドに比べると株式を保有してもらうことについて安心感があることは事実です。ただし、経営干渉しないと言っても外部株主であることに変わりはありません。株主総会の開催をはじめとする会社法等の法令順守が難しい場合や、毎期安定的に配当を行うことに抵抗がある場合には、投資育成制度の利用について再考が必要でしょう。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第21回】 「〔第5表〕借地権の計上」 -個人から法人へ使用貸借があった場合- 税理士 柴田 健次 Q 経営者甲が所有しているA土地及びB土地は、甲が株式を100%保有している甲株式会社に賃貸していますが、その概要は下記の通りとなります。 経営者甲が甲株式を令和2年に後継者である乙に贈与する場合において甲株式会社の第5表の純資産価額の計算明細書の資産の部に計上するA土地及びB土地の相続税評価額及び帳簿価額はそれぞれいくらになるのでしょうか。 なお、甲株式会社はA土地及びB土地について借地権の認定課税を受けたことはありません。 A 第5表の純資産価額の計算明細書の資産の部に計上する借地権の内訳は下記の通りとなります。 (単位:千円) ◆ ◆ ◆ ① 使用貸借取引 使用貸借は、当事者の一方がある物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに返還をすることを約することによって、その効力を生じ(民法593)、使用貸借においては、借主は借用物の通常の必要費を負担することになります(民法595①)。固定資産税は通常の必要費となりますので、A土地及びB土地については、私法上は使用貸借取引となります。 ② 借地権の認定課税 法人が土地を賃借する場合において、借地権の取引慣行があるにもかかわらず権利金を支払わないときは、次に掲げる場合を除き、その法人に対して借地権の認定課税が行われます(法法22、法令137、法基通13-1-2、13-1-3、13-1-7)。 ③ 借地権の認定課税の歴史 法人の借地権の認定課税は、昭和30年の前半から問題となるようになりましたが、当時は、権利金に種々の性質のものがあること、権利金の慣行が一様ではないことから、どのような場合に認定課税が行われるか否か明確ではなく、個々の取引に応じて審理がなされていました。 親子会社等の間で権利金を収受しない場合の権利金課税の問題等が昭和36年12月の税制改正調査会でも審議がなされ、昭和37年の法人税法施行規則の改正及びその取扱通達により、借地権課税が整理されました。その内容は、相当の地代を収受している場合には、借地権の認定課税がされない一方、権利金等の取引上の慣行がある場合において通常収受するべき権利金又は相当の地代を収受していない場合には、借地権の認定課税を行うことが明確になりました。 ところで、個人から法人への使用貸借があった場合には、昭和55年の法人税基本通達の改正以前においては営利を追求する法人を当事者とする使用貸借はあり得ず、使用貸借を擬制とする賃貸借取引において賃料が免除されたという解釈により、借地権の認定課税の対象とされていました。 昭和55年の法人税基本通達の改正により、通常収受するべき権利金又は相当の地代を収受しない土地の賃貸借取引又は使用貸借取引がある場合、借地権の設定等に係る契約書において将来借地人等がその土地を無償で返還することが定められており、かつ、その旨を借地人等との連名の書面により遅滞なく土地所有者の納税地の所轄税務署長(国税局の調査課所管法人にあっては、所轄国税局長)に届け出たときは、借地権の認定課税は行われないこととなりました(法基通13-1-7)。 この通達は、昭和55年12月25日以降の土地の賃貸等に適用されますが、同日前の土地の賃貸等については経過的な取扱いとして、借地権の認定課税が行われていない場合(認定課税の除斥期間を経過しているものを含む)において、この通達の適用を受けることにつき、遅滞なくその旨の届出を行っている場合には、上記の通達の適用を受けることができるものとされています。 ④ 借地権の計上の可否 ◇A土地について 借地契約を開始した昭和20年当時においては、権利金収受の慣行がないため、借地権の認識を法人でする必要はありませんが、昭和40年に権利金の収受が行われるようになったことから自然発生的に借地権が昭和40年当時から生じていることになります。借地権を認識しない場合には、その後の昭和55年の法人税基本通達の改正により土地の無償返還に関する届出書を提出する必要があり、その提出をしているため、法人に借地権はないものとして取り扱います。 使用貸借による土地の無償返還に関する届出書の提出があった場合には、土地所有者は自用地で評価されることになるため、A土地の借地権の価額は0となります(昭和60年6月5日付直資2-58「相当の地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて」通達の5・8)。 ◇B土地について 借地契約を開始した昭和40年当時においては、権利金収受の慣行があるため、原始発生的に借地権が生じ、昭和40年に認定課税がされるべきであると考えられます。借地権を認識しない場合には、その後の昭和55年の法人税基本通達の改正により土地の無償返還に関する届出書を提出するべきところ、その提出もされていないことから、法人に借地権があるものとして財産評価を行うことになります。 したがって、B土地の借地権の価額は、「自用地評価額×借地権割合」により評価します。 ☆実務上のポイント☆ 使用貸借があった場合の借地権の計上については、土地賃借時に原始発生的に借地権が生じているのか、土地賃借後に自然発生的に借地権が生じているのか、土地の無償返還に関する届出書が提出されているのかにより、借地権に計上するべき金額を決定することになります。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第8回】 「居住用家屋を取り壊して土地等のみを譲渡している場合」 -居住用土地等のみの譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、20年前に土地と家屋を購入し、居住の用に供してきました。 本年3月にその家屋を取り壊して、同年9月に土地を4,000万円で譲渡する契約を不動産会社Aと締結し、同年12月に引渡しが完了しましたが、多額の譲渡損失が発生しました。 なお、家屋を取り壊した後、譲渡契約締結日まで、その土地は貸付その他の用に供していません。 他の適用要件が具備されている場合に、Xは当該譲渡について、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 居住用家屋を取り壊し、その敷地の用に供されていた土地等を譲渡した場合において、その譲渡した土地等が次に掲げる要件の全てを満たすときは、「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用対象の譲渡資産に該当します(措通41の5-5(居住用土地等のみの譲渡))。 したがって、本事例における譲渡は、上記の適用要件を全て満たしていることから、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けられることになります。 なお、この取扱い規定は、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても準用されます(同条⑦一ロ、措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第66回】 「倉敷青果荷受組合事件」 ~最判平成30年9月25日(民集72巻4号317頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第43回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (4) 譲渡した資産の「価額」と提供した役務につき「通常得べき対価の額」 法人税法22条の2第4項は、収益の額について、資産の販売又は譲渡の場合は資産の引渡時の「価額」相当額、役務提供の場合は提供した役務につき通常得べき「対価の額」相当額となることを定めている。資産については「価額」、役務については「対価の額」というように異なる文言を採用した趣旨は、必ずしも明らかではない。 例えば、南西通商株式会社事件の最高裁平成7年12月19日第三小法廷判決(民集49巻10号3121頁)は、法人税法22条2項について、「この規定は、法人が資産を他に譲渡する場合には、その譲渡が代金の受入れその他資産の増加を来すべき反対給付を伴わないものであっても、譲渡時における資産の適正な価額に相当する収益があると認識すべきものであることを明らかにしたものと解される」と判示する。 渡辺徹也教授は、この判決と同じように、法人税法22条の2第4項においても、「法人がどれだけの対価を受け取ったかではなく、法人が譲渡により手放した資産の時価が重視されている〔下線筆者〕」と指摘される(渡辺徹也『スタンダード法人税法〔第2版〕』119頁(弘文堂2019)参照)。ここでは、役務提供ではなく資産の文脈ではあるが、時価とは異なる概念として「対価」という語が使用されている。 「対価」という語が時価とは異なる概念として用いられるとすると、法人税法22条の2第4項が、役務提供に係る収益の額として1項又は2項により益金の額に算入する金額は「その提供をした役務につき通常得べき対価の額に相当する金額」として、「対価」という語を使用していることをどのように理解すべきであろうか。 この場合、「対価の額」の直前に「通常得べき」という語が付加されていることに注意すべきである。役務提供に係る個別具体的な対価の額(契約上の対価の額)ではない。あくまで「通常得べき」対価の額となっているのである。このことから、「通常得べき対価の額」=「時価」ないし「適正額」という理解につながっていく。 金子宏教授も、「ここに通常得べき対価の額とは時価を意味している解すべきであろう」として(金子宏『租税法〔第23版〕』356頁(弘文堂2019))、「通常得べき」という部分を含めて「時価」を意味していると解釈されている。 法人税法22条の2第5項柱書は、「前項の引渡しの時における価額又は通常得べき対価の額は、同項の資産の販売等につき次に掲げる事実が生ずる可能性がある場合においても、その可能性がないものとした場合における価額とする。」としている。縮めて読むと、法人税法22条4項の「引渡しの時における価額又は通常得べき対価の額は・・・価額とする。」となる。 このように条文を注意深く眺めてみると、「引渡しの時における価額又は通常得べき対価の額」も広い意味で「価額」という時価を表す語にまとめられるという整理をしていることに気が付く。 ここでいう時価とは、第三者間で通常付される価額であると解されている。国税庁は、その販売若しくは譲渡をした資産の引渡しの時における価額又はその提供をした役務につき通常得べき対価の額に相当する金額とは、「一般的には第三者間で通常付される価額(いわゆる時価)をいう」と説明している(国税庁「『収益認識に関する会計基準』への対応について~法人税関係」9頁。後述する立案担当者の解説も参照)。 通達は、「資産の引渡しの時の価額等の通則」と題して、「その販売若しくは譲渡をした資産の引渡しの時における価額又はその提供をした役務につき通常得べき対価の額に相当する金額」とは、「原則として資産の販売等につき第三者間で取引されたとした場合に通常付される価額」をいうとした上で、なお書で、「資産の販売等に係る目的物の引渡し又は役務の提供の日の属する事業年度終了の日までにその対価の額が合意されていない場合は、同日の現況により引渡し時の価額等を適正に見積もるものとする」と続けている(法基通2-1-1の10)。 上記説明や通達に表れているように、国税庁は、資産の販売等につき第三者間で取引されたとした場合に通常付される価額を時価ないし適正額と判断することとしているが、それはあくまで原則論ないし一般論として位置付けられていることに注意が必要である。個別の状況によっては(特段の事情がある場合には)、上記と異なる判断がなされることもある。 第三者間で付された金額でありながら、「時価」について問題とされた事例が存在することから、この点を注視すべきであるという指摘がある(長島弘「収益認識基準対応としての法人税法22条の2の問題点」会計・監査ジャーナル30巻12号115頁参照)。 なお、本連載第42回で述べたとおり、法人税法22条の2第4項は、➊資産又は役務の時価そのものを対象としているのか、あるいは➋より広く、資産又は役務の時価をベースとしつつ取引条件等も考慮した場合に、第三者との取引において通常得べき対価の額(通常成立する価額)を対象としているのか、という疑問を投げかけうる。 (了)