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会計士が聞く! 決算早期化「現場の回答」 【第7回】「“連結子会社との付き合い方”について聞きたい!」

会計士が聞く! 決算早期化「現場の回答」 【第7回】 「“連結子会社との付き合い方”について聞きたい!」   石王丸公認会計士事務所   《登場人物紹介》 〈ベテラン経理のコバヤシさん〉 世界シェアトップの某メーカーで30年以上にわたり経理部に勤務。その間に会社は東証一部上場を達成。年々、開示制度の充実強化が図られる中で、5年間で13日の連結決算早期化を実現。 〈会計士〉 決算早期化の秘訣を知りたい公認会計士。といっても、そういうコンサルをしているわけではなく、単なる興味本位。 *  *  * (注) なお、本連載「会計士が聞く! 決算早期化「現場の回答」」の著作権は、石王丸周夫公認会計士及びベテラン経理のコバヤシさんに属するものとします。 (了)

#No. 398(掲載号)
#石王丸公認会計士事務所
2020/12/10

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第107回】ハイアス・アンド・カンパニー株式会社「第三者委員会中間調査報告書(2020年9月28日付)、第三者委員会最終調査報告書(2020年10月26日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第107回】 ハイアス・アンド・カンパニー株式会社 「第三者委員会中間調査報告書(2020年9月28日付)、 第三者委員会最終調査報告書(2020年10月26日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【ハイアス・アンド・カンパニー株式会社第三者委員会の概要】   【ハイアス・アンド・カンパニー株式会社の概要】 ハイアス・アンド・カンパニー株式会社(以下「ハイアス」と略称する)は、2005(平成17)年3月31日設立。事業内容は、不動産に関するコンサルティングと建築施工。売上高7,913百万円、経常利益174百万円、資本金433百万円、従業員数227名(いずれも2020年4月期連結実績)。本店所在地は東京都品川区。2016年4月、東京証券取引所マザーズ市場上場。会計監査人は有限責任あずさ監査法人東京事務所(以下「あずさ監査法人」と略称する)。 ◎経緯   【調査報告書の概要】 第三者委員会は、ハイアスの特別調査委員会による調査結果を引き継ぎ、「新たな疑義」に関わる事実関係の調査を中心に、準備期間を含めると2ヶ月を超える期間の調査を行っている。 なお、本稿における役職者の呼称について、あらかじめお断りをしておきたい。第三者委員会による中間調査報告書で、「〇〇取締役」と表記されている役職者のうち、中間報告書公表後に辞任した者について、最終報告書では「〇〇元取締役」と呼称表記が改められているが、本稿では、表記変更に伴う混乱を避けるため、第三者委員会設置時の呼称をそのまま使用することとしている。 1 第三者委員会設置の経緯 (1) 特別調査委員会の設置 ハイアス監査役会が、2020年6月17日に受けた外部からの情報提供を契機として調査したところ、2016年4月期に費用計上すべきであった上場支援に係るコンサルタント報酬約880万円について、当該期に費用計上せず、2017年4月期にシステム開発の委託先を経由して支払ったため、当該期にソフトウェア資産として計上され、また、かかる実態と異なる名目での支払い稟議について、複数の取締役及び執行役員らが関与していた疑いがあることが判明し、2020年7月15日、監査役会から取締役会に対してその中間報告が行われた。 ハイアスは、監査役会からの中間報告を受け、会計監査人とも協議の上で、本件の詳細及び類似の問題の有無等について、客観的かつ深度ある調査を行うため、当社独立役員2名(赤井厚雄社外取締役及び坂田真吾社外監査役)に外部専門家2名(伊藤信彦弁護士及び河江健史公認会計士)を加えた構成による不適切な会計処理に係る特別調査委員会を7月28日に設置した。 (2) 新たな疑義の判明 特別調査委員会の調査によって、上記コンサルタント報酬約880万円の一部は2015年4月期の第三者を介した架空売上の資金循環のスキームの精算に関係していることが判明するとともに、その他にも同期に第三者を介した資金循環のスキームを用いた又は相手方に対して売上高と同等の経済的利得の提供を約する架空売上が存在する可能性が生じ、金額として約2,700万円にのぼる複数の架空売上の新たな疑義が明らかとなった。 ハイアスは、こうした新たな疑義が生じている2015年4月期が上場直前期であったこと、架空売上の粗利率を考慮すると当該期の当社の連結営業利益約9,400万円及び連結当期純利益約4,800万円に対してそれぞれ17%以上及び45%以上になると見込まれること、経営陣の関与の観点でも稟議決裁への関与から上場直前期の架空売上計上が経営陣の主導により行われたのか否かという質的に全く異なる問題になることを認識した。 (3) 市場変更の審査における問題点と第三者委員会の設置 こうした事情に加え、ハイアスは、株式の東京証券取引所マザーズから東京証券取引所市場第一部への市場変更のための審査に際して、上記コンサルタント報酬約880万円の支出に係る費用計上の問題を認識していたにもかかわらず、当該事象の認識から市場変更日(2020年7月21日)まで日本取引所自主規制法人に対して報告を行わなかった経緯についても客観的な調査が必要と判断し、より透明性の高い枠組みで深度ある調査を行うため、ハイアス独立役員も委員となっている特別調査委員会から、会社から独立した中立・公正な社外委員のみで構成される第三者委員会へ移行することとし、8月31日付で第三者委員会を設置した。 2 会計不正の内容(中間調査報告書20ページ以下) 第三者委員会の主たる調査対象となった架空売上の疑義のある約2,700万円の取引は、いずれも2015年4月期に行われたものであり、調査の結果、いずれも実態のない取引により売上が過大計上されたものであった。 3 発生原因の分析(最終調査報告書124ページ以下) 第三者委員会による、発生原因の分析は約17ページに及ぶ詳細なものであり、「業務執行レベルの問題」「組織のガバナンスの問題」及び「組織風土や組織運営の問題」といった視点から、分析が試みられている。 第三者委員会による分析のうち、ハイアスの会計不正のキーとなった事象について、以下確認しておきたい。 まずは、「財務経理部門による牽制機能の欠如」の中の、「(2)CFOの機能不全による前財務経理部長への権限集中」の項目である。第三者委員会は、ハイアス経営陣が株式上場を目的とした短期業績至上主義的な業務運営を進める中、こうした経営陣を牽制する立場であったはずの財務経理部門トップ、CFOである取締役経営管理本部長西野敦雄氏(以下「西野取締役」という)は、「財務経理の知見に乏しかったことに加え、財務経理部門の責任者としての職責を果たす当事者意識が希薄だった」ことから、財務経理部長K氏に権限が集中する構造が産まれていたことを指摘し、さらに、K氏は、企業の財務経理担当者として株式上場を経験することをキャリアの目標としていたことから、「財務経理部長として牽制機能を発揮するよりも、営業部門を支援して当社株式の上場達成に向けて少しでも業績を良く見せるために種々の工作を巡らすことで当社に貢献する意識を強く持っており、不適切な会計処理を未然防止する役割を果たさなかった」と評価している。 次いで、「内部監査によるモニタリング機能の問題」を取り上げたい。ハイアスには、代表取締役直轄の内部監査室が置かれていたが、現在に至るまで一貫して1名体制であり、第三者委員会は、2019年8月に現内部監査室長が就任するまでの間、内部監査室長は他の業務を兼務する体制となっており、内部監査の実務経験も乏しかったと評価している。そのうえで、リソース不足から、内部監査として十分なモニタリング機能を発揮できる体制になかっただけではなく、内部監査室が代表取締役直轄の組織であり、内部監査計画は取締役社長の承認のみを要するとされ、監査報告書の提出先も社長とされていたことから、 内部監査として経営者をモニタリングすることを想定した制度にはなっていないことを指摘している。その結果として、監査役会による監視・監督として経営者をモニタリングする機能を発揮して本件の一連の不適切な会計処理の兆候を早期に把握して監査役会に情報提供するといった活動が行われることはなかった。 3番目のポイントとして、「取締役会の監督機能の問題」における「一部社外取締役の適格性の問題」を検討したい。第三者委員会が問題としたのは、社外取締役である荻原俊彦氏(以下「荻原社外取締役」という)である。調査報告書によれば、荻原社外取締役は、ハイアスの創業メンバーが独立前に所属した企業(株式会社エル・シー・エーホールディングス)で法務部長を務めた者であり、ハイアス設立後は顧問として管理部門の業務を支援し、監査役を経て2012年7月に社外取締役に就任しているが、社外取締役就任後も行政書士の資格を活用して代表取締役社長濱村聖一氏(以下「濱村社長」と略称する)の監督下で主に総務部関連の業務執行を行っており、そもそも会社法上の社外取締役に該当しないという意味で適格性に問題があり、業務執行に対する監督機能が期待できない取締役であったということである。 最後に、「市場のゲートキーパーとなるべき外部専門家(公認会計士)の問題」にも触れておきたい。第三者委員会の調査の結果、ハイアスが株式上場前、財務報告に係る内部統制の構築等のアドバイザーとして迎えていた大手監査法人出身の公認会計士が、2014年11月の実態のない取引による売上の過大計上とその後の返金スキームに関し、財務経理部長K氏からの依頼に応じて具体的な返金スキームを考案して実態のない売上取引を指南したことにとどまらず、その一部では自身が経営する会社を返金スキームに介在させて返金を一時的に立て替える形で具体的に関与し、スキーム策定等による報酬も得ていることが判明している。 第三者委員会は、「2014年11月の売上の過大計上とその後の返金スキームは当該公認会計士の指南や関与なくしては実行不可能であった取引であり、当該公認会計士が果たした役割は極めて大きい」と評価するとともに、「公認会計士として独立した立場で企業の財務情報の信頼を確保すべきプロフェッショナルとして役割や職責を放棄して市場のゲートキーパーとして機能しなかった点は本件の発生原因の1つとして指摘せざるを得ない」と結論づけている。 4 再発防止策・改善策(最終調査報告書141ページ以下) 上記の発生原因の分析を踏まえて、第三者委員会による再発防止策の提言を確認しておきたい。   【調査報告書の特徴】 ハイアスが、第三者委員会による中間報告書公表時に開示した過年度の財務諸表に対する影響額は、売上高が20百万円の減少となる一方、営業利益は11百万円の増加となっており、金額が決して大きくないだけでなく、東京証券取引所も、「財務数値の虚偽の程度は限定的であり、新規上場及び市場変更に係る数値基準の未達もなかったと考えられる」と評価している。 一方、ハイアス経営陣がこうした会計不正に手を染め、事実を隠蔽してきた代償としては、会社設立以来の経営トップが辞任せざるを得なかったことに加え、一連の調査委員会による調査費用と追加の会計監査に多額の費用(570百万円の特別損失の計上)を要したこと(※1)のみならず、特設注意市場銘柄指定と上場契約違約金の徴求という、上場会社としての信用を大きく失墜する結果を招くこととなった。 (※1) 「特別損失・法人税等調整額(益)の計上並びに連結業績予想及び配当予想(無配)の修正に関するお知らせ」(2020年10月26日付) 1 経営陣の刷新 ハイアスは、第三者委員会中間報告書を公表した翌日である9月30日に、「代表取締役の異動及び新経営体制に関するお知らせ」を公表して、代表取締役の濱村社長はじめ4名の取締役と荻原社外取締役の辞任を公表した。 さらに、11月16日には、「代表取締役及び役員の異動並びに新経営体制に関するお知らせ」と題されたリリースにより、12月23日開催予定の臨時株主総会の終結をもって、9月30日に代表取締役に就任したばかりの川瀬太志氏及び取締役の中山史章氏が、経営責任を明確化するため取締役を辞任するとともに、3名の監査役全員が辞任して、経営陣が一掃されることを公表している。 2 会計監査人の意見不表明 会計監査人であるあずさ監査法人は、9月30日に公表されたハイアスの2020年4月期有価証券報告書における監査報告書を「意見不表明」とした。その理由は次のとおりである。 その後、あずさ監査法人は、監査意見を表明する前提となる、経営者の誠実性について深刻な疑義を生じさせていることから、今後の監査契約を継続することが困難になったと判断したという説明とともに、辞任を申し入れた(※2)。 (※2) 「公認会計士等の異動に関するお知らせ」(2020年10月1日付) 同月5日、ハイアスは、「一時会計監査人の選任に関するお知らせ」をリリースして、監査法人アリアを一時会計監査人とすることを公表した。ハイアスは、監査法人アリアを12月23日開催予定の臨時株主総会において会計監査人として選任する付議を、取締役会で決議している(※3)。 (※3) 「会計監査人の選任に関するお知らせ」(2020年11月16日付) 3 株主からの取締役に対する責任追及訴訟提訴請求(中間調査報告書48ページ以下) 本件の発覚経緯として、ハイアスのリリースでは、「2020年6月17日に受けた外部からの情報提供を契機として調査」としか開示していなかったが、「外部」とは、ハイアスの株主であり、取締役に対する責任追及の訴えを求めるものであったことが、中間報告書に記載されている。 ハイアスの監査役会は、架空取引の関与者でもある株主から、2020年5月28日付書面を受領し、ハイアスの取締役が不正送金により損害を与えた可能性があることから、監査役が調査の上、支払いを指示したハイアス取締役に880万円の支払いを求める訴えを提起すべきという要請などが記載されていた。 その後、常勤監査役大津和幸氏は、6月17日、同じ株主から同月16日付で「取締役に対する責任追及訴訟提訴の請求書」を受領。その内容は、上記の支払いを指示した取締役は善管注意義務違反及び忠実義務違反による損害賠償責任を負うことから責任追及の訴えの提起を求めるものであった。こうした状況を受け、ハイアス監査役会は、会社法381条2項に規定された監査役の調査権を行使して調査を実施したことが、本件の会計不正が公になった契機となった。 4 ハイアスによる再発防止策 10月30日、ハイアスは「再発防止策等に関するお知らせ」を公表した。その内容について、以下検討しておきたい。 5 東京証券取引所による特設注意市場銘柄の指定と上場契約違約金の徴求 東京証券取引所は、11月26日、「監理銘柄(審査中)の指定解除、特設注意市場銘柄の指定、上場市場の変更(市場第一部からマザーズへの変更)及び上場契約違約金の徴求について:ハイアス・アンド・カンパニー(株)」と題されたリリースを公表した。その中で、東京証券取引所は、ハイアスの一連の開示を受けて、特設注意市場銘柄の指定と上場契約違約金の徴求処分に至った理由を次のように説明している。 6 株式会社エル・シー・エーホールディングス出身者で占められていた取締役会 ハイアスの2020年4月期有価証券報告書によれば、同社の取締役(社外取締役3名を含む)10名のうち、社外取締役2名を除く8名が株式会社エル・シー・エーホールディングスの出身で占められており、常勤監査役も同社出身である。株式会社エル・シー・エーホールディングスといえば、2015年12月1日に、東京証券取引所市場第二部を上場廃止になったことが思い出される。その際に、東京証券取引所が公表したリリースでは、次のように上場廃止の理由が述べられている。 東京証券取引所から、「内部管理体制等については改善の必要性が高い」ことを理由に、株式を「特設注意市場銘柄指定」とされたところまでは、多くの役員の出身母体である株式会社エル・シー・エーホールディングスと同じ道程をたどってしまったハイアスであるが、上場廃止という同じ轍を踏まないためには、新経営体制のもとで、内部管理体制を早急に整備する必要があることは間違いない。 (了)

#No. 398(掲載号)
#米澤 勝
2020/12/10

ハラスメント発覚から紛争解決までの企業対応 【第9回】「加害者からの請求及び仮の地位を定める仮処分」

ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第9回】 「加害者からの請求及び仮の地位を定める仮処分」   弁護士 柳田 忍   拙稿第7回及び第8回においては、被害者からの請求とこれに関する裁判外・裁判上の紛争解決手続について説明した。 一方、会社はハラスメント事案に関連して、被害者からだけではなく加害者から請求を受ける場合もある。具体的には、会社がハラスメント事案の加害者に対して科した懲戒処分等について、「懲戒処分等の根拠とされたハラスメント事案が存在しない」「ハラスメント事案の深刻度に比べて懲戒処分が不当に重すぎる」といった理由により、加害者が会社に対して当該処分等の無効確認を求めることがある。 本稿では、ハラスメント事案の加害者からの請求及びこれに関する裁判外・裁判上の紛争解決手続について述べることにする。   1 加害者からの請求 ハラスメント事案について、加害者から会社に対してなされる請求としては、懲戒処分等が無効であることを前提として、労働契約上の地位の確認や、未払いの賃金(無効な懲戒解雇処分等がなされた場合には解雇時以後の未払賃金)の支払いの請求、無効な懲戒処分等を科されたことによる損害賠償請求などがなされることが考えられる。これらのうち典型的なものは、加害者に対して懲戒解雇処分や諭旨解雇処分がなされた場合に、加害者が、労働契約上の地位確認と(解雇時以後の)未払賃金の支払いを併せて請求する場合である。 通常訴訟においてこれらの請求が認められると、会社は当該労働者の復職を認めなければならないうえに、解雇から復職までの未払賃金の支払い及び遅延損害金(当面の間、年率3%(本稿公開時点))の支払いもしなければならなくなる。この点、懲戒解雇処分等が無効であったとしても、加害者はその期間は働いていないのであるから、ノーワーク・ノーペイの原則に従い、賃金を支払う必要はないのではないかと思われるかもしれないが、加害者が就労しなかったのは、会社が無効な懲戒処分を科して加害者の就労を妨げたためであるから、会社は労務の提供を受けていなくても、加害者に対して賃金を支払わなければならない。 なお、労働契約上の地位確認請求は消滅時効にかからないのに対し、賃金支払請求権は一定期間(当面の間は3年間(本稿公開時点))の経過によって時効により消滅する。   2 裁判外の紛争解決手段 加害者が会社に対する請求を実現するために利用する可能性のある裁判外の紛争解決手段の説明については、拙稿第7回をご参照いただきたい。   3 裁判上の紛争解決手段~仮の地位を定める仮処分 (1) 概要 加害者が会社に対する請求を実現するための裁判上の紛争解決手段としては、主に、仮の地位を定める仮処分、労働審判及び通常訴訟がある。このうち、労働審判と通常訴訟に関する説明については、拙稿第8回をご参照いただくものとし、本稿では仮の地位を定める仮処分について説明する。 仮の地位を定める仮処分とは、争いがある権利関係について、債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるために、暫定的な法律上の地位を定めるものであり(民事保全法第23条第2項)、通常訴訟に比べて簡易迅速な手続が予定されている。労働事件における仮の地位を定める仮処分の典型としては、労働契約上の地位を有することを仮に定める旨の地位保全の仮処分と、(解雇時から本案判決確定時までの)賃金仮払いを命ずる旨の賃金仮払いの仮処分があり、解雇の効力を争う労働者はこれらを併せて申し立てる場合が多い。 仮の地位を定める仮処分は、通常訴訟による解決を待っていては救済されない可能性のある労働者を暫定的に保護するための制度であり、その発令は通常訴訟に比べて簡易迅速になされるが、その代わり、「被保全権利」(保全されるべき権利関係。すなわち、労働契約上の地位や賃金支払請求権)が認められ、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」(民事保全法第23条第2項・保全の必要性)でなければ、仮の地位を定める仮処分の発令はなされない。 賃金仮払いの仮処分については、労働者やその家族らの生活が危機に瀕しており、仮処分の発令による一時的救済がなければ本案判決の確定を待てない状況に陥っているか否かが判断基準となるが、容易に保全の必要性は認められない。 また、賃金仮払いの仮処分が認められれば(少なくとも暫定的には)労働者は救済される場合が多いことから、賃金仮払いの仮処分に加えて地位保全の仮処分の保全の必要性が認められるのは特段の事情がある場合(社会保険の被保険者としての資格の継続の必要性が認められる場合など)に限られる。 (2) 手続の特徴 (3) 仮の地位を定める仮処分の手続におけるポイント 上記のとおり、仮の地位を定める仮処分において求められる疎明の程度は相当高度であると言われているが、筆者の感覚としては、やはり通常訴訟に比べて仮処分の方が幾分、労働者側の主張が認められやすくなっている印象がある。仮処分が暫定的な判断であるとはいえ、労働者側の請求(特に被保全権利)を認める判断がなされる場合、会社のレピュテーション(評判)に少なからぬダメージがあるものと思われるし、本案訴訟へのマイナスの影響も否定できない。 この点、仮の地位を定める仮処分を申し立てる労働者が必ずしも復職を希望しているとは限らず、和解交渉を有利に進めるための戦略として申立てを行っている場合もあることから、会社に不利な判断がなされる見込みが高まった場合は、和解での解決を検討することも一案であろう。 (了)

#No. 398(掲載号)
#柳田 忍
2020/12/10

〔一問一答〕税理士業務に必要な契約の知識 【第12回】「時効に関するルールの変更と実務への影響」

〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第12回】 「時効に関するルールの変更と実務への影響」   虎ノ門第一法律事務所 弁護士 高橋 弘行   〔質 問〕 2020年4月1日から、民法の一部(債権法)が改正され、時効について大幅な変更があったと聞きました。時効は、権利の有無に関わる重要な問題ですので、是非とも把握しておきたいところです。改正のポイントと実務上の影響は、どういったものなのでしょうか。 〔回 答〕 改正前の民法は、消滅時効により債権が消滅するまでの期間(消滅時効期間)は、原則10年であるとしつつ、例外的に、職業別のより短期の消滅時効期間(弁護士報酬は2年、医師の診療報酬は3年など)を設けていました。 今回の改正では、消滅時効期間について、より合理的で分かりやすいものとするため、職業別の短期消滅時効の特例を廃止するとともに、消滅時効期間を、「債権者が権利を行使できることを知った時」(主観的起算点)から5年か、「権利を行使できる時」(客観的起算点)から10年としています。 また、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効については、「不法行為の時から20年間」という客観的起算点による規律は、消滅時効と位置づけられました。 人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効については、債務不履行と不法行為のいずれによるものであっても、主観的起算点から5年間、客観的起算点から20年間に統一されました。 また、改正前民法の時効の「中断」「停止」という概念は、新しく「更新」「完成猶予」という概念に改められ、内容も見直されました。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 消滅時効期間に関する原則的な規律 改正前民法には、職業別の短期消滅時効及び商行為によって生じた債権に関する短期消滅時効(商事消滅時効)の規定が存在していた。しかし、これらの各規定は、その適用範囲が不明確であるとともに、それらの規定の適用対象から外れる隣接職種との間で異なる取扱いをすることについて、現代社会においては合理的理由を見出し難くなっていた。 そこで、現行民法においては、これらの各規定を廃止したうえで、債権の消滅時効における時効期間と起算点に関する原則的な規律として、①権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)から5年、又は②権利を行使できる時(客観的起算点)から10年、という二重の消滅時効期間が導入され、規律の単純化と統一化が図られた。 契約に基づく債権などの取引上の債権の場合、通常は契約締結の時点で債権者が権利を行使することができることを知るため、原則的な時効期間は債務の履行期間から5年ということができる。他方、債権者自身が自分が権利を行使することができることを知らないような債権(例えば、債務者が債権者に返済金を過払いした場合に生じる過払金の返還を求める債権については、過払いの時点では、その権利を有することを債権者自身が気付いていないことがある)については、権利を行使することができる時から10 年とされている。   2 不法行為による損害賠償請求権の消滅時効 改正前民法では除斥期間(※)と解されていた不法行為時から20年の期間制限も、現行民法で消滅時効であることが法文上明文化され、主観的起算点から3年(民法724条1号)、客観的起算点から20年(同条2号)とその時効期間が定められた。 (※) 法定の期間内に権利を行使しない場合、その権利を失うことになる期間をいう。 これにより、主観的起算点と客観的起算点を組み合わせる時効期間制度が、一般の債権に関してもまた不法行為による損害賠償請求権にも採用されたことになり、消滅時効の期間及び起算点の枠組みにおける整合化が図られたものである。 実務上の影響としては、不法行為時から20年の間であれば、民法724条1号の時効期間を満了しない限り、時効の更新や完成猶予といった時効障害事由を発生させることにより、権利行使の機会を確保できるようになったという点が挙げられる。   3 人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効 人の生命・身体に対する侵害に関しては、その損害賠償請求権が債務不履行と不法行為のいずれに基づくものであっても、客観的起算点から20年及び主観的起算点から5年という統一的かつより長期の時効期間の規律に服することになった。 実務上の影響としては、人の生命・身体を侵害する不法行為に基づく損害賠償請求権については、従来、主観的起算点から3年とされていた時効期間が5年に延びて、被害者保護が拡充されたといえる。 また、債務不履行に基づく損害がある場合においては、損害が顕在化しないまま20年近く経過した場合であっても保護されることになり、この点でも、被害者保護が拡充されたといえる。   4 時効の更新及び完成猶予 時効の進行を妨げるための手段(時効障害事由)として、改正前民法では、時効の「中断」及び「停止」という2種類の事由が定められていた。現行民法においては、時効障害事由を再編成するにあたり、「中断」から「更新」へ、「停止」から「完成猶予」へと用語の変更がなされた。 更新・完成猶予をもたらす事由の捉え方につき、「裁判上の催告」に関する判例法理を取り込む形で体系的に再編され、①時効の更新事由については、従前の時効期間の進行が確定的に解消され新たな時効期間が進行を始める時点を示すべき事由を持って把握することとし、②その更新事由にかかる手続きの進行中(及びその手続きが更新事由を構成せずに終了した場合には、その終了時点から6ヶ月を経過するまで)は時効の完成が猶予されることになった。 仮差押え・仮処分については、改正前民法における「中断事由」から「完成猶予事由」に改められ、仮差押え・仮処分が終了した時から6ヶ月を経過するまでは時効は完成しない旨規定されている(民法149条)。 催告による時効の完成猶予に関し、その完成猶予期間内になされた再度の催告については完成猶予の効力を生じない旨の規定も新設された(民法150条)。 さらに、協議を行う旨の合意による時効の完成猶予の制度が、新たに導入された(民法151条)。当事者間で協議が継続されていても、時効完成間際にあって時効の完成を阻止するためには訴えの提起等のより強硬な手段を採らざるを得ないとすれば、協議による自律的・自発的解決を図ろうとする当事者のいずれにとっても不利益な取扱いとなり得ることに鑑みて、そのような自体を回避するために規定されたものである。   5 経過措置(改正前民法と現行民法のいずれが適用されるのか) (1) 消滅時効期間 「施行日前に債権が生じた場合」(つまり、2020年4月1日前に債権が生じた場合)については改正前民法が適用され(民法附則10条4項)、施行日以後に発生した債権に関しては現行民法が適用される。 注意しなければならないのは、「施行日前に債権が生じた場合」には、施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときも含む(民法附則10条1項)とされている点である。 例えば、施行日前に請負契約が締結され、施行日以後に請負工事が完成し、報酬債権が発生した場合などは、改正前民法の時効期間によることになるのである。 (2) 不法行為による損害賠償請求権 現行民法の施行日において不法行為時から既に20年が経過していなければ、現行民法が適用され、既に20年が経過していれば改正前民法が適用される(民法附則35条1項)。 また、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権のうち不法行為に基づくものの主観的起算点からの時効期間を5年とする特則を設ける改正については、現行民法の施行日において「損害及び加害者を知った時から3年間」の消滅時効が既に完成していた場合でなければ、現行民法が適用される(民法附則35条2項)。 なお、債務不履行に基づく損害賠償請求権の場合については、民法附則10条4項が適用されるため、客観的起算点からの時効期間を20年とする特則の適用を受けるのは、施行日以後に生じた契約関係に起因して発生した人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権ということになる。 (3) 時効の中断・停止(更新・完成猶予) 施行日前に時効の中断・停止事由(更新・完成猶予事由)が生じた場合については改正前民法が適用され(民法附則10条2項)、施行日以後にこれらの事由が生じた場合には現行民法が適用される。 したがって、施行日前に生じた債権であっても、施行日以後にこれらの事由が生じれば、現行民法が適用されるのである。 なお、協議をする旨の合意に時効の完成猶予の効力が生じるのは施行日以後に限られる(民法附則10条3項)。 (了)

#No. 398(掲載号)
#高橋 弘行
2020/12/10

《速報解説》 監査基準の改訂に対応した「会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令案」がパブコメに~ウェブ開示によるみなし提供制度に関する改正も~

《速報解説》 監査基準の改訂に対応した 「会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令案」がパブコメに ~ウェブ開示によるみなし提供制度に関する改正も~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2020(令和2)年12月4日、法務省は、「会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令案」を公表し、意見募集を行っている。 これは、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、事業報告に表示すべき事項の一部並びに貸借対照表及び損益計算書に表示すべき事項をいわゆるウェブ開示によるみなし提供制度の対象とするため、及び、「その他の記載内容」等に関する監査基準の改訂(2020年11月6日、企業会計審議会)を受けたものである。 意見募集期間は2021(令和3)年1月6日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ ウェブ開示によるみなし提供制度に関する改正 ウェブ開示によるみなし提供制度に関して次の改正を行うほか、所要の整備を行う(会社法施行規則133条の2、会社計算規則133条の2)。   Ⅲ 監査基準の改訂を受けた改正 会社計算規則126条1項各号に掲げる事項に「第2号の意見があるときは、事業報告及びその附属明細書の内容と計算関係書類の内容又は会計監査人が監査の過程で得た知識との間の重要な相違等について、報告すべき事項の有無及び報告すべき事項があるときはその内容」を追加するほか、所要の整備を行う。   Ⅳ 施行時期等 1 施行期日 2 失効 3 会社計算規則の一部改正に伴う経過措置 (了)

#No. 397(掲載号)
#阿部 光成
2020/12/04

プロフェッションジャーナル No.397が公開されました!~今週のお薦め記事~

  2020年12月3日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.397を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2020/12/03

monthly TAX views -No.95-「プラットフォーマーの社会的責任とGAFA課税」

monthly TAX views -No.95- 「プラットフォーマーの社会的責任とGAFA課税」   東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹   21世紀最大の発明はプラットフォームではないか。 プラットフォームはその活用の場を、ヒト、モノ、遊休資産などの仲介だけでなく、広く教育やヘルスケアなど準公共財的とも呼べる分野にも広げ、今や社会に欠かせないインフラとなっている。またフェイスブックがデジタル通貨リベラの発行を企画するなど、通貨発行権まで取り込もうとしている。国境を越えた自由なサービスの提供と独自通貨の組み合わせは、いずれ国家をも超える存在になるだろう。 一方でプラットフォーマーに対しては、様々な問題が指摘されている。わけても寡占化に伴う競争制限的な動きと、データに伴うプライバシーの問題は重要だ。 *  *  * プラットフォームには、利用者が増えれば増えるほど利便性が上がり、それにつれてプラットフォームの効用や価値も上がるというネットワーク効果が働くので、ますます寡占化が進む。その結果、優越的地位の乱用など独禁法上の諸問題を引き起こし、新規参入も妨げている。これまでは、消費者利益は損なわれていないとして米国当局も大目に見てきたのだが、ここへ来て流れが変わりつつある。 プラットフォーマーは、我々ユーザーからサービス提供の対価として取得したデータを販売したり、オンライン広告ビジネスに活用して巨額の収益を上げる一方で、ユーザーにはその対価は払われていない。個人情報の売買は、フェイクニュース問題を生む温床にもなっている。 さらに巨額な利益は株主や経営層にだけ分配され、資産や所得格差拡大の直接的な要因となったり、ウーバーのように運転手の社会保障負担を逃れるビジネスモデルを提供したり、タックスヘイブンに利益を移動させ租税回避を行うなど、社会的責任を回避した行動も大きな問題になっている。 租税の分野では、彼らの超過利益にどのように課税するかを巡って、OECDで議論が続いているが、米国の横やりで議論はまとまりそうもない。 *  *  * もっとも、1つ合意された議論がある。それは、国境を越えて展開する巨大プラットフォーマーから、税の執行や徴収に役立つ情報を当局が収集するためのOECDモデル規則の合意である。 具体的には、オンラインプラットフォーム上での宿泊、飲食配達、旅客輸送など個人向けサービスを提供するプラットフォーマーから各国の税務当局へ、売り手であるプラットフォーマーの持つ顧客情報の提供を各国当局に義務づけるもので、プラットフォーマーの社会的責任を問う小さな一歩である。 情報提供のフォーマットを標準化することでプラットフォーマーの負荷を軽減しつつ、税務当局間の情報交換等による海外プラットフォーマーの情報へのアクセスを容易にする。 加えて欧州では、プラットフォーマーに対し、税務当局とサービス提供者(納税者)の両方へ、サービス提供者の支払情報の報告を義務づける検討が進んでいる。 わが国でも、税務当局は、プラットフォーマーから個人向けサービスの様々な情報を入手して、納税の適正化や簡素化に役立てる検討が進んでいる。 *  *  * 筆者が座長を務める「デジタルエコノミーと税制研究会」は先月(2020年11月)、「デジタルエコノミーと税制-デジタル・セーフティネットの構築に向けて」を公表した。 毎年公表しているものだが、今回はプラットフォーマーの責任はいかにあるべきかについて一石を投じる内容となっているので、ぜひ参照ありたい。 (了)

#No. 397(掲載号)
#森信 茂樹
2020/12/03

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第1回】「外国子会社に対する貸付金利子の算定方法」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第1回】 「外国子会社に対する貸付金利子の算定方法」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 外国子会社に対する貸付金利子はどのように算定したらよいでしょうか。 〔A〕 貸付けの条件等について移転価格事務運営要領(事務運営指針)3-8に定める順序に従い検討し、最も合理的と認められる利子を国外関連取引として算定する。 ●●●〔解説〕●●● 1 基本三法に準ずる方法と同等の方法 OECD移転価格ガイドラインの改訂を受け、わが国でも従来の基本三法優先の考え方が見直され、2013年の税制改正で、独立企業間価格算定方法の優先順位を設けず、認められる全ての方法の中から最も適した方法を選択する方式(ベストメソッドルール)が採用された。しかしながら、現在でも基本三法の理論的優位性に変わりはないとされている。 例えば、内国法人が国外関連者となる外国子会社へ金銭の貸付けを行う場合、そこで用いられるべき貸付利率は独立企業間の利率でなければならないのはいうまでもないが、ここでいう独立企業間の利率を適用するに当たり、まず、基本三法と同等の方法(※1)が検証されなければならない。この場合、比較対象取引には、外部の第三者から調達した場合の借入金の利率などを非関連者取引とする独立価格比準法と同等の方法又は原価基準法と同等の方法が適用可能かどうかを最初に検討することとなる。 (※1) 措置法第66条の4第2項第1号は、棚卸資産の・・・・・売買取引についての独立企業間価格の算定方法として①独立価格比準法(同号イ)、②再販売価格基準法(同号ロ)、及び➂原価基準法(同号ハ)の3つを、いわゆる「基本三法」として規定しているが、有形資産の貸借取引、金銭の貸借取引等、棚卸資産の売買取引以外の取引・・・・・については、同項第2号で、基本三法と「同等の方法」により、独立企業間価格を算定することとしている。このように、わが国の移転価格税制では、棚卸資産の売買には基本三法(それに準ずる方法を含む)及びその他政令で定める方法(同号二。利益分割法や取引単位営業利益法が該当)を算定し、棚卸資産の売買以外の取引については、基本三法(括弧内同じ)及びその他政令で定める方法と同等の方法により算定する(同項第2号)という構成となっている。 しかしながら、現実には、比較可能な非関連者取引が見いだせない場合が多い(※2)。この場合、市場金利等の客観的かつ現実的な指標が入手可能なときには、当該取引を比較対象取引として基本三法に準ずる方法(※3)と同等の方法として独立企業間価格を算定することができるとされている。 (※2) 措置法通達66の4(8)-5は、金銭の貸借取引について独立価格比準法と同等の方法を適用する場合には、比較対象取引に係る通貨が国外関連取引に係る通貨と同一であり、かつ、比較対象取引における貸借時期、貸借期間、金利の設定方式、利払方法、借手の信用力、担保及び保証の有無その他の利率に影響を与える諸要因が国外関連取引と同様であることに留意する旨を定めている。一般の事業会社が金銭の貸借を業として行うには登録が必要なので、第三者の事業会社間の金銭の貸付取引の例はほとんどない。したがって、一般事業会社の金銭の貸借取引から比較対象取引を見出すのは、事実上不可能であると考えられる。 (※3) 指針の別冊「移転価格税制の適用にあたっての参考事例集」(以下「事例集」)の【事例1】(11頁)には、[基本三法に準ずる方法の例]として5つの例が示されており、その(1)は、「国外関連取引と比較可能な実在の非関連者間取引が見いだせない場合において、商品取引所相場など市場価格等の客観的かつ現実的な指標に基づき独立企業間価格を算定する方法」としている。 具体的に、移転価格事務運営要領(事務運営指針。以下「指針」)では、その3-8「独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法による金銭の貸借取引の検討」で、法人及び国外関連者が共に業として金銭の貸付け又は出資を行っていない場合において、当該法人が当該国外関連者との間で行う金銭の貸付け又は借入れについては、次の(1)、(2)及び(3)に掲げる利率を、独立企業間の利率として用いる独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法と規定している。 指針3-8の(注)は、上記(1)、(2)及び(3)の順に、独立企業原則に即した結果が得られる(以下「3ステップ」)とし、また、上記(2)に掲げる利率を用いる場合においては、国外関連取引の貸手における銀行等からの実際の借入れが、(2)の同様の状況の下での借入れに該当するときは、当該国外関連取引とひも付き関係にあるかどうかを問わないことに留意すべきとしている。 なお、具体的な利率の算定において、事例集の【事例4】(23~24頁)では、金利スワップにおけるスワップレート(※4)に取引銀行のスプレッド(※5)を加算するという考え方が示されている(※6)。 (※4) 金利スワップにおけるスワップレートとは、国際金融市場において示された、短期金利と交換可能な長期金利の水準を示すものと定義される(事例集23頁)。 (※5) スプレッドとは、金融機関等が得るべき利益に相当する金利であり、金融機関等の事務経費に相当する部分や借手の信用リスクに相当する部分を含むと定義されている(事例集23頁)。 (※6) 金利スワップにおけるスワップレートに、貸手が国外関連者への貸付けと同様の条件で金融機関から借入れた場合のスプレッドを加えた利率は、実在する取引ではなく、いわば仮想取引である。仮想取引が比較対象取引として利用可能かについて、東京地裁平成18年10月26日判決(「タイバーツ事件」判決。訟月54巻4号922頁)は、独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法として使用できると判示している。   2 最近の裁決例に見る適用事例 上記の指針にいう3ステップを適用し、国外関連者に該当する子会社に対する貸付金利息の独立企業間価格該当性について判断した最近の裁決例として、平成28年2月19日裁決及び平成29年9月26日裁決がある。前者は外国子会社に対する貸付資金の全てを実際に外部の金融機関から調達した事例であるのに対し、後者は貸付資金は全て自己資金で賄った事例であるという違いがあり、それぞれの判断プロセスについて、以下見ていくこととする。 《平成28年2月19日裁決》 (1) 事案の概要 不動産賃貸業を営む審査請求人(以下「請求人」)は、米国に所在する完全子会社K社に対し貸付け(※7)を行い、同じく米国に所在する請求人の完全子会社L社はK社に対し貸付け(以下、両者の貸付けを併せて「本件貸付け」)を行ったが、いずれの貸付資金もN銀行から調達されたものであった。請求人は本件貸付けの利息について、その契約上の利率に基づき算出した額を収益に計上して申告したところ、原処分庁が、当該利息は独立企業間価格に満たないなどとしての更正処分等を行ったのに対し、請求人は原処分の一部の取消しを求めた。 (※7) 本件貸付けのうち1件は社債により資金を調達したものであったが、詳細は省略する。 (2) 審判所の法令解釈及び認定した事実 基本三法における比較対象取引は、国外関連取引との類似性の程度が十分な非関連者間取引であることを要し、金銭の貸借取引において、国外関連取引と通貨が同一で、貸借時期、貸借期間等の金利に影響を与える諸要因が同様であることが要求される。本件では、原処分庁も審判所も、このような比較対象取引は見出すことができないと判断した。 また、本件では国外関連者である借手が、請求人及びその関連者以外から金銭の借入れを行ったことがないことから、貸付利息の独立企業間価格の算定方法について、借手の銀行調達利率による方法(3ステップの(1))を用いることはできないとし、貸手の銀行調達による方法(3ステップの(2))を用いる余地があると判断した。 そこで、一般に、融資取引の代表例である金融機関による貸付けの利率は、国際金融市場で示された短期金利と交換可能な長期金利の水準を示す金利スワップにおけるスワップレートに、金融機関の事務コストや利ざや等から構成されるスプレッドを加えた利率により行われていることから、貸手の銀行調達利率による方法の利率について、国外関連者への貸付けに係る通貨の貸付日における貸借期間に対応する金利スワップのスワップレートに、貸手が国外関連者への貸付けと同様の条件で金融機関から借入れた場合のスプレッドを加えた利率となるとした。 (3) 審判所の判断 (イ) 金利スワップのスワップレートについて 東京金融市場における円の金利スワップレート(※8)であるTOKYO SWAP REFERENCE RATE TELERATE(以下「TSRレート」)の本件各貸付けの各貸付日における各賃借期間に対応するレートを用いることは合理的であるとした。 (※8) 裁決書では明示されていないが、本件貸付けは円建てで実行されたことが類推される。 (ロ) 各借入れに係るスプレッド(※9)について 請求人による借入れは、①本件各貸付けと同一の通貨で貸借時期がほぼ同時期であること、②スプレッドは貸付期間の長短ではほとんど変わらない(※10)という融資業務に関する実態があったことに加え、一般的に、短期融資に比較して長期融資の方がリスクが高いと考えられること③他にスプレッドに影響する要因は見いだせないことなどを踏まえると、請求人が調達した借入れに係るスプレッドを用いることに合理性が認められるとした。 (※9) 本件では、N銀行作成の稟議書等に記載されたスプレッドを用いており、そこでは、N銀行の事務経費に相当する部分や借手の信用力に相当する部分を含むN銀行が得るべき利益に相当する金利であるという認定がされている。 (※10) 「スプレッドは貸付先の信用力によるところが大きく、貸付期間の長短ではほとんど変わらない」というN銀行融資担当者の申述による。 (ハ) 結論 本件貸付利息の独立企業間価格は、独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法とする貸手の銀行調達利率による方法を用い、TSRレートにスプレッドの数値を加えた利率を用いて算定することが相当であるとした。 《平成29年9月26日裁決》 (1) 事案の概要 審査請求人(以下「請求人」)が、国外関連者に該当する子会社に対する米ドルの貸付け(以下「本件貸付け」)に係る利息について、契約上の利率に基づき算出した額を収益に計上して申告したところ、原処分庁が、当該利息は独立企業間価格に満たないなどとしての更正処分等を行ったのに対し、請求人は原処分の全部の取消しを求めた。 (2) 審判所の認定した事実 借手である子会社には、非関連者である銀行等からの借入れの実績がなく、当該子会社が非関連者である銀行等から本件各貸付けと通貨、借入時期及び借入期間等が同様の状況の下で借入れたとした場合に付されるであろう利率(3ステップの(1))を見いだすことはできず、また、請求人は、取引銀行から、本件各貸付けと通貨、貸借時期、貸借期間等が同様の借入れを行ったことはなく、同様の状況の下で借入れたとした場合に付されるであろう利率(3ステップの(2))を算定する適切な方法を見いだすことはできなかった(※11)。 (※11) 原処分庁は、米ドルのスワップレートにスプレッドを加えた利率を用いて貸手の銀行調達利率を算定するに当たり、請求人の関与税理士法人を通じて請求人の主要取引銀行の担当者に問い合わせを行い、担当者が回答したスプレッドを採用したが、同行においてこれに関する記録が残されておらず、審判所は、同行による正式回答ではなく、当該スプレッドの正確性が認められないと判断し、採決ではそれを採用しなかった。 そこで審判所は、国に対する金銭の貸付けであり、金融取引の中でも極めて安定性の高い国債等の運用利率による方法を用いることで、一般的な金融取引における市場金利を反映させることができる(3ステップの(3))と判断した。 (3) 審判所の判断 審判所は、発行日が本件貸付け開始日と近似し、また発行日から満期償還日までの期間が本件貸付けの貸付期間と近似する(※12)米国国債(10年)を見出し、本件各貸付けに係る資金を、本件各貸付けと通貨、取引時期、期間等が同様の状況の下で国債により運用した場合に得られるであろう利率を算定することが可能であることから、国債等の運用利率による方法を採用することが相当であるとした。 (※12) 本件貸付けは2件あり、そのうちの1件の貸付期間は約10年6ヶ月、もう1件の貸付期間は約14年7ヶ月であった。後者について、審判所が国債の償還期間10年と近似すると判断したのは興味深いといえよう。 (了)

#No. 397(掲載号)
#霞 晴久
2020/12/03

組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の現行法上の問題点と今後の課題 【第14回】「グループ通算制度の離脱に伴う時価評価」

組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の 現行法上の問題点と今後の課題 【第14回】 「グループ通算制度の離脱に伴う時価評価」   公認会計士 佐藤 信祐 2 グループ通算制度の離脱 (1) 時価評価 ① 現行法上の取扱い 原則として、グループ通算制度を取り止める場合及びグループ通算制度から離脱する場合には、時価評価課税は課されない。 ただし、グループ通算制度から離脱する法人が、その行う主要な事業について継続の見込みがない場合には、離脱時にその法人が保有する資産を時価評価するとともに、その評価損失を帳簿価額修正の対象にすることとされている(法法64の13①一)。ただし、以下の特例が定められていることから、実際に時価評価を行う場面はそれほど多くはないと思われる。 さらに、帳簿価額が10億円を超える資産の譲渡等による損失を計上することが見込まれ、かつ、その法人の株式の譲渡等による損失が計上されることが見込まれている場合にも、当該資産を離脱時に時価評価するとともに、その評価損益を帳簿価額修正の対象にすることとされている(法法64の13①二、法令131の17⑤~⑦)。 ② 制度趣旨 このようなグループ通算制度の離脱に伴う時価評価課税が認められている制度趣旨は、資産の譲渡損と株式の譲渡損による損失の2回控除を防ぐためである(※1)。 (※1) 藤田泰弘ほか『令和2年度税制改正の解説』939頁(財務省ホームページ) このような問題は、第6回で解説したように、グループ通算制度特有の問題ではなく、子会社が保有する資産に含み損がある場合や繰越欠損金がある場合にも生じるため、グループ法人税制において、グループ法人税制の離脱に伴う時価評価課税及び帳簿価額修正を導入すべきであると考えられる。 ただし、損失の2回控除については、「組織再編税制の適格要件は、移転資産に対する支配の継続を要件化したものであり、損失の2回控除の防止が目的ではありませんが、事業の継続見込みを適格要件とすることによって、結果的に損失の2回控除が起きる蓋然性が低くなっていると考えられます。」(※2)と解説されている。すなわち、適格分社型分割又は適格現物出資により含み損のある資産を移転する場合には、分割承継法人又は被現物出資法人に資産の含み損が移転し、分割法人又は現物出資法人が保有している資産の含み損が分割承継法人株式又は被現物出資法人株式の含み損に付け替えられることになる。一部において、支配関係継続要件が損失の2回控除を防ぐための規定であるという誤解があるが、『令和2年度税制改正の解説』は、結果的に損失の2回控除が防がれているだけであり、損失の2回控除が目的ではないことを明らかにしている。 (※2) 藤田泰弘ほか『令和2年度税制改正の解説』939頁(財務省ホームページ) そうであるならば、損失の2回控除を防ぐために、組織再編税制において、適格分社型分割又は適格現物出資により取得した分割承継法人株式又は被現物出資法人株式、適格株式交換又は適格株式移転により取得した株式交換完全子法人株式又は株式移転完全子法人株式の譲渡により生じた損失に対して、損金の額に算入することを制限すべきであると考えられる。具体的には、特定資産譲渡等損失額の損金不算入にあるように、適格組織再編成の日の属する事業年度開始の日から3年を経過する日までに生じた譲渡等損失額に対して、損金の額に算入することを制限するという手法も考えられるが、それでは、3年を経過するまで待つという租税回避が考えられる。そのため、適格組織再編成の日において、株式を継続して保有することが見込まれていない場合に、株式譲渡損を損金の額に算入することを制限するという制度のほうが望ましいと思われる。 ③ 10億円基準 前述のように、帳簿価額が10億円を超える資産の譲渡等による損失を計上することが見込まれ、かつ、その法人の株式の譲渡等による損失が計上されることが見込まれている場合には、グループ通算制度の離脱に伴う時価評価の対象になる。このことにより、下記事例のように、株式譲渡方式を採用したとしても、事業譲渡方式を採用したとしても、帳簿価額が10億円を超える資産の含み損については、離脱法人において資産の含み損を実現させることができるが、離脱法人の株主において株式の譲渡損を計上することができない。これに対し、それ以外の含み損については、株式譲渡方式を採用した場合に限り、離脱法人の株主において株式の譲渡損を計上することができる。 (2) 株式譲渡方式と事業譲渡方式の比較 【具体例(株式譲渡方式と事業譲渡方式の比較)】 〈前提条件〉 〈ストラクチャーの比較〉 株式譲渡方式と事業譲渡方式の税務上の影響額について比較すると以下のようになる。なお、単純化のため、ここでは、法人税、住民税及び事業税の影響額のみを比較し、それぞれの法人において繰越欠損金を利用できるだけの十分な収益力があるものと仮定する。 ① 被買収会社側の税負担 ② 買収会社側の税負担 ③ 合計 しかしながら、株式譲渡方式の場合には、被買収会社の含み損のうち、20億円が実現していないことから、買収会社側で実現することができると考えるのであれば、株式譲渡方式における買収会社側の税負担の軽減は△27億円となり、株式譲渡方式のほうが有利になる。そして、被買収会社の含み損が10億円を超えているかどうかの判定において、法人税法施行規則27条の16の12に規定する単位に区分した後の帳簿価額が10億円以下であるものの、含み損を有する資産を積み上げると、含み損の金額が20億円になることが考えられる(そのほか、退職給与引当金や差額負債調整勘定に対する含み損に対しては、グループ通算制度からの離脱に伴う時価評価の対象から除外されているため、同様の効果が生じることがある)。 グループ通算制度の離脱に伴う時価評価の対象となる資産が10億円を超える資産とされている理由は、「会社法における簡易組織再編の適用要件が総資産の20%以下とされ、取締役会決議事項における重要な財産の処分に該当するかどうかの判定が総資産の1%程度が目安とされていること及び連結納税制度の適用対象者が多い資本金10億円超の企業の総資産の平均額が1,600億円であることが考慮されたもの」(※3)と説明されている。 (※3) 藤田泰弘ほか『令和2年度税制改正の解説』943-944頁(財務省ホームページ) このような制度趣旨は理解できなくはないが、数億円程度の損失の2回控除であれば、容認しても構わないということにはならないと思われる。特定資産譲渡等損失額の損金不算入が帳簿価額1,000万円未満の資産を除外していることを考えると(法令123の8②四)、帳簿価額が1,000万円以上の資産の譲渡等による損失を計上することが見込まれている場合には、グループ通算制度の離脱に伴う時価評価の対象にするという考え方もあったと思われる。 もちろん、グループ法人税制の離脱に伴う時価評価を導入した場合には、グループ法人税制が適用されるすべての企業グループを含めたうえで数値基準を設ける必要があるため、上記の10億円という数値はさらに小さくする必要がある。 *   *   * 次回では、帳簿価額修正の制度について解説を行う予定である。 (了)

#No. 397(掲載号)
#佐藤 信祐
2020/12/03
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