法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例24】 「法人間の船舶取引に係る譲渡価額と減価償却費」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は東京都内で観光客向けの屋形船を運営する株式会社Aで経理を担当しております。今年はコロナ禍の影響で外国人観光客が激減したことに加え、コロナが流行し始めた時期に屋形船でクラスターが発生したと連日報道された影響で日本人観光客も離れたことから、厳しい経営が続いておりますが、最近になってようやく客足が戻り始めたところで、国や都からの給付金等を得て何とか持ちこたえているところです。 とはいえ、ここ数年の業績は順調であり、昨年も業務拡大のため同業他社Bから屋形船を2隻購入したところです。ところが、先日受けた税務調査で調査官から、当該屋形船の譲渡価額が時価に比して低額であり、法人間において低廉譲渡があったとして、当社の方に受贈益が、屋形船を売却した同業他社の方に寄附金(時価と譲渡価額の差額部分)が生じるのではないかとの指摘を受けました。 本件については、屋形船の売買取引に当たり、その価額を算定する際、法人税基本通達に基づく評価額(未償却残高)によったのであり、資本関係のない当事者間において合意した当該価額は正に適正な時価といえるのであるから、課税庁の主張は不当であると考えております。わが社は課税庁と徹底抗戦すべきと考えておりますが、いかがでしょうか。 〇 屋形船の譲渡価額 【A】 屋形船の譲渡価額が適正な価額といえるかどうかは、不特定多数の当事者における自由な取引において通常成立すると認められる価額をいい、船舶については精通者によるコストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチに基づく評価額を用いるのが合理的と考えられます。 それに対し、法人税基本通達に基づき屋形船の竣工時から定率法により減価償却を行った場合の未償却残高に相当する金額は、減価償却資産に関する評価損益を算定する場合において用いられるものであり、資産の譲渡価額としての時価(客観的な交換価値)には該当しないものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 屋形船の適正な時価 法人間における資産の売買は、原則として時価で行われるものと考えられるが、資産の中には当該「時価」が容易には判明しないものも存在する。本件で問題となった中古の屋形船もその1つであると考えられる。 〇 中古の屋形船の売買 この場合、屋形船の販売(譲渡)価格はどのように決定されるのであろうか。1つは専門家に鑑定評価を依頼し、それに基づいて算定された価格を当事者間で同意するという方法である。屋形船のような船舶については、船価鑑定を行っている専門家(一般社団法人日本海事検定協会等)に鑑定評価を依頼する方法が考えられる。 他の方法としては、屋形船の未償却残高(売手の帳簿価格)をベースに取引価格を決定するという手法がある。これは特にコストをかけることなく販売価格を決定できるという意味で、売買当事者にとっては魅力的な手法であり、法人税の実務においても、減価償却資産の時価を求める方法として、法人税基本通達4-1-8や9-1-19を根拠に正当化できると解する向きもある。両通達の規定は主に以下のとおりである。 ① 法人税基本通達4-1-8 ② 法人税基本通達9-1-19 上記①②で示される評価方法は一般に「複成価格法(複成式評価法)」と呼ばれるもので、実務における財産評価法として定着した手法の1つである(※1)。 (※1) 佐藤友一郎編著『九訂版法人税基本通達逐条解説』(税務研究会出版局・2019年)497・808頁参照。 (2) 屋形船の適正な時価と複成価格法 上記(1)でみた複成評価法は、特にコストをかけることなく販売価格を決定できるという意味で、売買当事者にとっては魅力的な手法であるが、不特定多数の当事者における自由な取引において通常成立すると認められる「適正な時価(客観的な市場価値(※2))」といえるかどうかについては、疑問視される場面も少なくない。以下の裁決事例(国税不服審判所平成28年5月19日裁決・TAINSコード:F0-2-647)でこのことを確認してみたい。 (※2) 金子宏『租税法(第二十三版)』(弘文堂・2019年)409頁参照。 ① 事例の概要 本件は、審査請求人が関連法人(代表者が同一)に船舶を譲渡したことに関し、原処分庁が、当該船舶の譲渡価格は、適正な価額に比して低額であるとして法人税の更正処分等を行ったのに対し、請求人が、当該譲渡価格は適正な価額であるなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。 原処分庁は、本件船舶の適正な価額について、専門家に依頼して鑑定評価を行った上で、本件船舶の適正な価額は当該専門家が算定した評価額であるとし、本件取引金額と当該評価額との差額は、法人税法第22条第2項の益金の額に該当するなどとして、平成27年3月30日付で各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を行った。 ② 事案の争点 本件船舶の譲渡は、適正な価額に比して低廉な価額による譲渡であり、その差額は法人税法第37条第1項に規定される寄附金に該当するか否か。ただし、本稿では船舶の「適正な価額」に絞って検討する。 ③ 争点に対する当事者の主張(「適正な価額」についてに係るもののみ) 原処分庁の主張 請求人の主張 ④ 審判所の判断 なお、本件は裁判所に提訴されているが、船舶の評価額は上記「請求人評価額」によることが妥当とされ、納税者の請求は棄却されている(東京地裁令和元年6月27日判決・判例集未搭載、確定)。 ⑤ 本裁決事例からいえること まず重要なのは、市場における船舶の売買価格が当事者双方によって検証され、当該船舶の類似船舶について客観的な価格が形成されていると認められるような事案については、法人税基本通達9-1-19でいうような複成評価法により適正な価額を算定することは認められないとされた点である。 そのような場合には、専門家に評価額の依頼を行い、コストアプローチ(原価法)、マーケットアプローチ(取引事例比較法)及びインカムアプローチ(収益還元法)の三方式の評価方法により、それぞれの価格を算定し比較検討した上で、本件船舶の適正な価額を算定するのが妥当である旨が示されている。通達で示される複成評価法は簡便で費用がかからないという点で魅力的であるが、売買価額の適正性を担保する役割を果たす場面は限定的といえるだろう。売買当事者が本件のように関連者等で価格の操作が疑われる場合には、尚更であろう。 なお、上記裁決事例で採用された請求人評価額に係る鑑定評価書(別表4)によれば、コストアプローチによる積算価格は、再調達原価及び現価率について、構成品目としての重要性や劣化進行、整備内容の違いのもと3つに区分した上査定を行い、さらに市場性に係る調整を行っており、中古船舶の取得に際し市場参加者が重要視する費用性、市場性を適切に反映した「相対的規範性」の高い価格である、とされている。売買実例による評価額が常に適正であるとはいえないという事例として、参考になるであろう。 (3) 本件への当てはめ 屋形船の譲渡価額が適正な価額といえるかどうかは、不特定多数の当事者における自由な取引において通常成立すると認められる価額をいい、船舶については精通者によるコストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチに基づく評価額を用いるのが合理的と考えられる。 それに対し、法人税基本通達に基づき算定される屋形船の竣工時から定率法により減価償却を行った場合の未償却残高に相当する金額は、減価償却資産に関する評価損益を算定する場合において用いられるものであり、資産の譲渡価額としての時価(客観的な交換価値)には該当しないものと考えられることから、本件の場合、採用できないものと考えられる。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第85回】 「コロナ禍における契約形態の変化に伴う印紙税の取扱い」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は内装工事請負業者です。従来から、契約等は対面によって文書を取り交していましたが、コロナ禍の影響で担当者がテレワークにより在宅勤務を取り入れており、対面による契約が難しいため、文書を郵送、メール、FAX、電子契約などの方法により行うことを検討しています。その際の印紙税の取扱いはどうなりますか。 (契約書の作成方法) 【事例1】 作成した契約書等を郵送により送付する方法 【事例2】 作成した契約書等をメールに添付し送信する方法 【事例3】 作成した契約書等をFAXにて送信する方法 【事例4】 電子契約による方法 【事例1】 作成した契約書等を郵送により送付する方法 双務契約である(1)の請負契約書は、双方署名押印された時が契約の成立であり、その際に印紙税の納税義務が生じることとなる。 (2)の請負に係る注文請書の場合は、当方が注文請書を相手方に交付した時が契約の成立であり、その際に印紙税の納税義務が生じることとなる。 【事例2】 作成した契約書等をメールに添付し送信する方法 事例の注文請書を作成し、その文書をメールにて送信後、相手方においてプリントアウトしても、それは現物ではないため、印紙税の課税原因は発生しない。 また、当方で保管されている現物についても、相手方に交付されていないので課税原因が発生していない。このため、ともに課税文書には該当しないため、課税文書には該当しない。 【事例3】 作成した契約書等をFAXにて送信する方法 上記【事例2】と同様にFAXの場合も、送信された文書は現物ではないため、印紙税の課税原因は発生せず、当方で保管されている現物においても、相手方に交付されていないので課税原因が発生していない。このため、ともに課税文書には該当しない。 なお、【事例2、3】の方法で、後日当方にて、現物を郵送等により送付した場合においては、現物が交付されることから課税原因が発生することとなり、郵送等する際には収入印紙の貼付が必要となる。 【事例4】 電子契約による方法 法に規定する課税文書の「作成」とは、基通44条に記載されているが、課税文書となる用紙等に課税事項を記載し、これを当該文書の目的に従って行使することをいうとされている。PDF等の電子媒体でやり取りを行う場合は課税文書となる用紙等に課税事項を記載しているわけではなく、課税文書を作成したことには該当しない。 [検討] 課税文書の作成とは 印紙税法では、課税文書を作成した時に印紙税を納めることとされているが、この「作成」とは、単なる課税文書の調製行為をいうのではなく、課税文書となるべき用紙等に課税事項を記載し、これを文書の目的に従って行使することをいうとされている。 また、「作成の時」とは、当該文書の目的に従って行使する時であることから、具体的には、相手方に交付する目的で作成される課税文書は当該交付の時、契約当事者の意思の合致を証明する目的で作成される課税文書は証明の時とされるなど区分に応じて明らかにされている。 【事例1】の郵送により書類の送付を行う場合は、課税文書となるべき用紙等に課税事項を記載し取り交すものであり、課税文書に該当する。しかし、【事例2、3】の注文請書においては、課税文書となる用紙等に課税事項を記載するものの、相手方に交付する目的で作成される課税文書は交付の時が作成の時とされていることから、メールに添付して送信してもFAXにて送信しても現物は当方において保管されていて、コピーを渡したのと同様に、課税文書は交付されていない。したがって課税文書を作成したこととはならないため、相手方に送付された文書は課税文書とはならない。 ただし、相手方に交付した時に課税原因が発生するため、後から郵送等にて現物を送付した時にはその現物が課税文書となる。 また、【事例4】における電子契約については、作成の意義でいう「課税文書となるべき用紙等に課税事項を記載」という、用紙等に記載しているものではなく、印紙税法では電子契約については想定されていない。 ▷まとめ 新型コロナウイルス感染症への対応として実践されたテレワーク、サテライトワーク等の取組みは後退させることなく、これから迎えるデジタル時代において、一層の生産性向上、経済活性化を図るために極めて重要なものであると位置づけられている。これにより、2020年7月8日には政府と経団連など経済4団体は「書面、押印、対面作業の削減を目指す共同宣言」を発表し、今後、契約書等の文書での作成が書面でなく電子媒体による契約形態が主流となることが考えられる。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第7回】 「店舗兼住宅等の場合の計算例」 -店舗兼住宅等の居住用部分の判定- 税理士 大久保 昭佳 Q ラーメン店を営むXは、店舗兼住宅をその敷地と共に譲渡しました。譲渡価額と土地建物の使用状況は次のとおりです。 〇 譲渡価額:40,000,000円 〇 建物面積:150㎡ 〇 土地面積:100㎡ この場合、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」の適用にあたって、居住用部分に対応する譲渡価額はいくらでしょうか。 A 居住用部分に対応する譲渡価額は、25,744,000円となります。 ●○●○解説○●○● 居住用部分と店舗部分の譲渡価額を計算すると、次のようになります。 (1) 建物 ① 居住用部分の譲渡価額 (イ) 面積 (ロ) 1㎡当たりの譲渡価額 (ハ) 譲渡価額 ② 店舗部分の譲渡価額 (2) 土地 ① 居住用部分の譲渡価額 (イ) 面積 (ロ) 1㎡当たりの譲渡価額 (ハ) 譲渡価額 ② 店舗部分の譲渡価額 (3) 合計 ① 居住用部分の譲渡価額の総額 ② 店舗部分の譲渡価額の総額 居住の用以外の用に供されている部分のある家屋のうち居住の用に供している部分、及び、その家屋の敷地の用に供されている土地等のうち居住の用に供している部分が、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」の適用対象となります(措通31の3-7(店舗兼住宅等の居住用部分の判定)、措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 なお、この取扱い規定は、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても準用されます(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 (了)
租税争訟レポート 【第52回】 「課税仕入れの計上時期(第一審:東京地方裁判所2019(平成31)年3月15日判決、控訴審:東京高等裁判所2019(令和1)年9月26日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈第一審〉 〈控訴審〉 【事案の概要】 本件は、原告が、平成25年4月25日、土地並びに建物及び附属設備(以下、「本件不動産」といい、本件不動産のうち土地を除く部分を「本件建物」という)を代金7億円で買う旨の売買契約を締結するとともに、本件売買契約の際に生じた所有権の移転及び根抵当権の設定の各登記手続に係る事務を司法書士に委任する旨の約定を司法書士との間でしたとして、本件建物の取得に係る支払対価の額及び司法書士報酬の額を合計した6億1,362万2,313円を、平成25年4月24日から同月30日までの課税期間の課税仕入れに係る支払対価の額に算入した上で消費税及び地方消費税の確定申告をしたところ、行橋税務署長が、平成27年5月26日付けで、本件課税期間の消費税等の更正の処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたため、本件更正処分等には、「課税仕入れを行った日」(消費税法30条1項1号)の解釈及び適用を誤った違法があるなどとして、本件更正処分等の一部の取消しを求める事案である。 原告は、消費税法12条1項に規定する新設分割子法人として、不動産の賃貸借及び所有、管理、利用等を目的として設立され、決算日を4月30日としている。なお、原告の本件課税期間の消費税等の納税義務については、分割親法人の平成23年5月11日から同月31日までの課税期間を基準期間として判定され、分割親法人1年当たりに換算された課税売上高が1,000万円を超えることから、消費税等の納税義務者に該当することとなった。 【売買契約の経緯】 原告と売主との間の売買契約をめぐる日程は次のとおりである。 【第一審判決の概要】 1 争点 争点は次のとおりであるが、本稿では、争点(1)の課税仕入れを行った日が、本件課税期間に属するか否かに対する原告及び被告の主張、これらに対する裁判所の判断を中心に検討することとしたい。 2 被告の主張 被告である国は、次の事実認定から、売買契約の内容のみならず、実際に行われた取引の内容からも、平成25年5月30日に不動産の所有権が原告に移転し、原告が不動産の使用収益を開始したものということができ、同日に不動産の引渡しがあったと認められることから、建物の売買代金に係る課税仕入れを行った日は、平成25年5月30日であり、本件課税期間に属さないというべきであると主張した。 さらに、被告は、原告の本件課税期間における行為を次のように断じて、原告の主張する消費税法基本通達9-1-13(固定資産の譲渡の時期(※1)、以下「本件通達」という)ただし書きによる、「固定資産の譲渡に関する契約の効力発生の日を資産の譲渡の時期」とする取扱いを否定した。 (※1) 消費税法基本通達9-1-13(固定資産の譲渡の時期) 3 原告の主張 原告は、次のように主張して、建物の譲渡に関する時期について、少なくとも本件通達ただし書きにある「契約の効力発生の日」を基準とすることを排除していないことは明らかであるとした。 (※2) 所得税基本通達36-12(山林所得又は譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期、一部抜粋) (※3) 法人税基本通達2-1-14(固定資産の譲渡に係る収益の帰属の時期) 4 東京地方裁判所の判断 (1) 「課税仕入れを行った日」の意義 東京地方裁判所は、まず、「課税仕入れを行った日」とは、事業者が事業として他の者から資産を譲り受けた場合における当該課税資産の譲渡等がされた時をいうものであり、それは、譲渡人の下で生じた付加価値が譲受人に移転することが確定した時と解するのが相当であって、具体的には、消費税の課税の対象である付加価値の移転の原因となる課税資産の譲渡等が、例えば、代金の支払、資産の引渡し等によって外部に認識されるに至った状態、すなわち、課税資産の譲渡等に係る権利又は債務が確定するに至った状態が生じた日を指すものと解するのが相当であると、その意義を説示した。 その理由として、消費税が、付加価値の移転を捉えて課税の対象としていると解されるという同法における消費税の性格、趣旨及び内容に照らすと、前述の課税資産の譲渡等がされた時とは、金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益を収受すべき状態が実現した時をいうものと解するのが相当である。その上で、金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益を収受すべき状態が実現したということができるためには、少なくとも譲渡人の下で生じた付加価値が譲受人に移転することが確定した必要があるものと解するのが相当であることを挙げた。 さらに、このように解することは、所得税法における収入金額及び法人税法における益金の額を計上すべき時期について、いずれも、それらを収入すべき権利が確定した課税年度の収入金額又は益金の額に計上すべきであると解されていることとも整合的であるし、企業会計原則において、権利確定主義による実現主義が採用されているとされることとも整合的であるとしている。 (2) 原告の主張について 裁判所は、原告による、「本件通達は、消費税法30条1項1号にいう「課税仕入れを行った日」について、事業者が、固定資産の引渡しの日と契約の効力発生の日のいずれかを選択することを許す趣旨のものである」という主張に対して、消費税法30条1項1号にいう「課税仕入れを行った日」は、事業者が事業として他の者から資産を譲り受けた場合における当該課税資産の譲渡等に係る権利又は債務が確定するに至った状態が生じた日を指すものと解すべきであると判示したうえで、仮に、本件通達について、原告が主張するように解する余地があることを前提としたとしても、本件通達ただし書にいう「契約の効力発生の日」に課税資産の譲渡等に係る権利又は債務が確定するに至った状態が生じていなければ、当該日を「課税仕入れを行った日」とする前提を欠くことになるのであり、遅くとも、上記の「契約の効力発生の日」には、課税資産の譲渡等に係る権利又は債務が確定するに至った状態が生じていなければならないものというべきであるとして、原告の主張を斥けた。 (3) 結論 そのうえで、裁判所は、本件建物の取得に係る「課税仕入れを行った日」は、平成25年5月30日であって、同年4月25日ではないから、本件建物の取得に係る「課税仕入れを行った日」が、本件課税期間に属する日であるとは認められないというべきであると結論づけた。 【控訴審判決の概要】 控訴審である東京高等裁判所も、控訴人の各請求をいずれも棄却すべきものと判断するとしたうえで、控訴人の控訴審における各主張にかんがみ、補足するとして、争点(1)について、次のように判示したうえで、控訴人の主張は採用することができないと結論づけた。 【解説】 本件は、原告(控訴人)が、約1週間という短い課税期間の中で、金地金5グラムの購入と売却を行って、少額の課税売上げを発生させ、本件課税期間の課税売上割合を100%としたうえで、同じ課税期間内に不動産の売買契約書を作成し、未払金勘定を相手科目として本件建物を資産計上し、所有権等が原告に移転したとする経理処理を行って、多額の消費税について、還付申告を行ったものである。 本件建物は居住用賃貸建物であることから、非課税売上げに対応する課税仕入れに該当するものとして、本来であれば、その大半が仕入税額控除の対象とはならないにもかかわらず、原告の経理処理が認められれば、本件建物の取得に係る消費税等の全額が仕入税額控除の対象とできるところであった。 裁判所は、第一審、控訴審を通じて、課税仕入れの日を契約効力の発生日とする原告(控訴人)の主張を斥けて、処分行政庁の賦課決定処分を認めた。 1 消費税法基本通達9-1-13(固定資産の譲渡の時期)ただし書きの適用 第一審判決では、建物の譲渡に係る権利又は債務が確定する日について、次のように例示している。 建物の譲渡については、契約を締結した日と同日に代金の支払がされ、それと同時に当該建物の引渡しや所有権の移転の登記がされることにより取引が一時に完了し、当該譲渡に係る権利又は債務が確定するに至った状態が生じた日が客観的に明白な場合がある一方、例えば、諸般の事情から各契約当事者の給付等が段階的に複数回に分けてされるなど、外見上は譲渡に係る権利又は債務が確定するに至った状態が生じた日が必ずしも明らかでない場合も生ずるが、そのような場合には、契約上買主に所有権がいつ移転するものとされているかということだけではなく、 の取引に関する諸事情を考慮し、建物の現実の支配がいつ移転したかを判断し、現実の支配が移転した時期をもって、建物の譲渡に係る権利又は債務が確定するに至った状態が生じた日であると判断するのが相当である。 そのうえで、本件通達も、こうした趣旨を明らかにしたものと解することができると判示している。 2 税理士の関与に関する第一審の判断 本稿では、「課税仕入れの日」をめぐる争点(1)に注目して、原告及び被告の主張、これらに対する裁判所の判断を検討してきたが、他の争点の中で、税理士が原告の確定申告に関与していることから、原告の主張が失当であると判断されたものが存在するので、裁判所の結論を見ておきたい。 (1) 本件更正処分等が信義則に反して違法であるか否か(争点(3)) ① 原告の主張 「課税仕入れを行った日」の解釈に関し、原告は、本件通達の定めるところに従って確定申告をしたにもかかわらず、更正処分により本件通達の解釈を否定され、予期しない損害も被ったものであり、原告が本件通達を信じて行動するについて、何ら責めに帰すべき事情はないことから、更正処分等は、原告の信頼した本件通達等の解釈に反する処分であって、本件更正処分等に係る課税を免れさせて原告の信頼を保護しなければ、国税庁長官による法令解釈通達一般についてこれに反する恣意的な課税処分がされることを容認することになり、我が国の全ての納税者の信頼を破壊することになる点で著しく正義に反する。 ② 裁判所の判断 原告は、法定申告期限までに確定申告をしているところ、確定申告の際、税理士(本件訴えにおける補佐人税理士と同一の者である)が代理人として関与していることが認められるから、原告は、税務の専門家である税理士の関与の下で、確定申告をしたものである。本件建物の取得又は司法書士報酬に係る「課税仕入れを行った日」は、いずれも、権利確定主義に基づいて認定されるべきものであるところ、そのことは、税理士であれば、誰しもが承知しているはずの見解である。 そうすると、原告は、権利確定主義に基づいてすべき「課税仕入れを行った日」の認定を誤って、いまだ収受すべき金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益が確定していない日を「課税仕入れを行った日」とすることを前提として確定申告をした結果、更正処分等を受けたにすぎず、原告に生じたとされる不利益は、税務官庁が原告に対して表示した公的見解を原告が信頼した結果に起因するものではなく、自らがした事実認定の誤りに起因するものであるということができるから、更正処分等が信義則に反するものとは認め難い。 (2) 原告に「正当な理由」(国税通則法65条4項)があるか否か(争点(5)) ① 原告の主張 原告が、消費税等の申告をするに当たり、本件売買契約について消費税法30条1項1号にいう「課税仕入れを行った日」を本件通達本文によらなかったのは、本件通達ただし書によってこれを本件売買契約の効力が発生した日とする取扱いをしたためであるところ、本件通達ただし書は、文言上、何らの限定なく固定資産の譲渡等に関する契約の効力発生の日を資産の譲渡の日とすることを認める旨を明確に定めており、他の税法上の処理と消費税法上の処理を異にすることは許されないという観点からの制約があると解し得ることを除けば、これを制限的に解釈すべき根拠等は全く見当たらないほか、税務当局が作成した書籍にも、同旨の記載があったから、原告が上記の取扱いをしたことについて、原告に帰責性はない。 したがって、原告が、消費税等の申告をするに当たり、本件売買契約について同号にいう「課税仕入れを行った日」を本件通達本文の定めるところによらなかったことにつき、「正当な理由」(国税通則法65条4項)があるというべきである。 ② 裁判所の判断 本件においては、原告が、本件建物の取得及び司法書士報酬に係る「課税仕入れを行った日」の認定を誤って、いまだ収受すべき金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益が確定していない本件売買契約を締結した日を「課税仕入れを行った日」とする確定申告をした結果、更正処分等を受けたものであるところ、原告が、税理士の関与の下に確定申告をしたことにも照らすと、原告が、本件建物の取得及び司法書士報酬に係る「課税仕入れを行った日」の認定を誤ったことについて、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があるとは認め難いというべきである。 (了)
会計士が聞く! 決算早期化「現場の回答」 【第6回】 「“連結決算での親会社の役割”について聞きたい!」 石王丸公認会計士事務所 《登場人物紹介》 〈ベテラン経理のコバヤシさん〉 世界シェアトップの某メーカーで30年以上にわたり経理部に勤務。その間に会社は東証一部上場を達成。年々、開示制度の充実強化が図られる中で、5年間で13日の連結決算早期化を実現。 〈会計士〉 決算早期化の秘訣を知りたい公認会計士。といっても、そういうコンサルをしているわけではなく、単なる興味本位。 * * * (注) なお、本連載「会計士が聞く! 決算早期化「現場の回答」」の著作権は、石王丸周夫公認会計士及びベテラン経理のコバヤシさんに属するものとします。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第9回】 「売り手が託すに相応しい買い手とは」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒売り手が望む買い手像を理解する。 売り手企業 ⇒買い手に期待するレベルの整理に役立てる。 支援機関(第三者) ⇒売り手の特性を理解してM&A当事者への支援に活かす。 その他の対象者 ⇒売り手側の立場からM&A対象企業の見方のポイントをつかむ。 1 良い買い手とのめぐり逢い 中小企業のM&Aでは、売り手企業は経営者や経営者親族そのものといってよいほど、親族経営で成り立っているケースが少なくありません。経営者が自ら創業した場合はなおのこと、長年共に過ごし認め合ってきたかけがえのないパートナーと言い切れるくらい、経営者自身と企業は不可分の関係にあります。こうした関係が、M&Aによってある日突然解消する場合もあるわけですから、現れた買い手がどういう人物なのか、売り手としては意識しないはずがありません。 上記の売り手の想像は一例ですが、M&Aは売り手にとって大きな決断になりますので買い手に対する信頼なくしては取引が成立しないことは確かでしょう。 そこで今回は主に売り手目線に立ち、今後の売り手企業を託すに相応しい買い手かどうかを判断する際のヒントになる視点をご紹介します。 2 買い手は売り手の後継者 M&Aというと株式や事業を売却(譲渡)して対価のキャッシュを手にすることから“身売り”にたとえられることもあると思います。しかし、中小企業のM&Aの場合には、身売りよりも、自分の(売り手の)事業の今後を託す後継者として買い手を指名する“後継者探し"の側面が強くなっているように思います。広い意味での事業承継手段の1つとしてM&Aが活用されるようになって久しいからです。 売り手の事業を引き継ぐ相手が親族でも従業員でもM&Aの買い手でも、キーマンは後継者たる次の経営者です。加えて、M&Aでは買い手企業自身の姿勢も判断材料になります。売り手としては売買価格なども気になるところですが、まずは買い手を後継者として託すに相応しいかを検討するのが効果的です。 網羅できているわけではありませんが、売り手が買い手に次の経営を任せられると判断できるポイントを以下に挙げましたので参考にしてください。 上記のような判断ポイントを確認していくことは重要ですが、売り手から買い手に対して直接確認することができない内容や尋ねにくいこともあります。この場合には、売り手に関わる第三者(M&A仲介業者、金融機関、顧問など)が率先して売り手の気持ちを酌んで、第三者として気になること(実際は売り手が気にしていること)を確認したいというスタンスで情報収集に努めると、売り手から第三者への信頼も高まります。 M&Aは統合後に思うような成果がなかなか上がらないのが常です。この意味では、買い手が他社との間でM&Aの実績があり、経験値を積み、“慣れている”ことは大抵のケースでプラス要素になります。可能であれば、買い手の経験値や経験者の有無などについても事前に確認しておきます。 3 買い手は売り手にない視点を持つ良き助言者 実際の中小企業M&Aの場面でも、「売り手のビジネスが買い手にとってこれほど評価の高いものだとは思わなかった」といったことはよくあります。売り手が売り手自身の魅力に気づかぬまま経営し、M&Aの際に買い手からの助言によってはじめてその魅力に気づくのです。 売り手が自分のことを客観視することが難しいなかで、M&Aという機会は、買い手をはじめ他のM&A当事者が新鮮な見方で売り手を判断します。多くの場合、各当事者には先入観もありませんので、売り手が他人からどう見えているかを客観的に知るチャンスでもあります。 以下では、普段売り手が感じていないかもしれない要素で、買い手の視点や助言で気づくことがあるものの一例を挙げました。売り手の魅力発見や頼れる買い手探しのためにお役立てください。 自社にはない新たな視点が入ることによる相乗効果はM&Aで期待される効果の1つですが、売り手が買い手の視点を活かして強くなるという心構えでM&Aを迎えることができるようになれば、単純な売り買いにはとどまらないM&Aの思わぬ効果が次々と現れるかもしれません。 売り手は買い手との譲渡(売買)価格のことや、買い手に提示する資料準備に追われてしまうことが多いですが、買い手をどのように見て、買い手から見られていることをどのように活用するかを事前に知っておくだけでも実践に活かせることが多く、取引の幅や選択肢を広げます。 (了)
税効果会計を学ぶ 【第18回】 「連結会社間における資産の売却に伴い生じた売却損益を 税務上繰り延べる場合の連結財務諸表における取扱い」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、次のものについて解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 連結会社間における資産(子会社株式等を除く)の売却に伴い生じた売却損益を税務上繰り延べる場合の連結財務諸表における取扱い 1 取引例 下記のように、連結会社間において資産の売却が行われ、それによって売却損益が計上されているケースについて考える。 2 会計処理 上記の連結会社間における資産の売却のケースで、当該売却損益について、税務上の要件を満たし課税所得計算において当該売却損益を繰り延べる場合(法人税法61条の13)、繰り延べられた当該売却損益は売却元の連結会社の財務諸表上の一時差異に該当する。 財務諸表上の一時差異に該当することから、当該資産を売却した企業の個別財務諸表では、税効果適用指針16項に従って当該売却損益に係る一時差異に対して繰延税金資産又は繰延税金負債を計上する。 このとき、連結決算手続上、当該売却損益は消去されることから、売却元の連結会社の財務諸表上の一時差異(子会社株式等の売却に伴い生じた一時差異を除く。税効果適用指針39項)に係る繰延税金資産又は繰延税金負債を計上している場合、当該売却損益の消去に係る連結財務諸表固有の一時差異に対して、個別財務諸表において計上した繰延税金資産又は繰延税金負債と同額の繰延税金負債又は繰延税金資産を計上する。 これらの繰延税金資産又は繰延税金負債は相殺されるため、結果として、連結財務諸表において当該売却損益に関連する繰延税金資産又は繰延税金負債は計上されないこととなる(税効果適用指針38項、142項)。 Ⅲ 連結会社間における子会社株式等の売却に伴い生じた売却損益を税務上繰り延べる場合の連結財務諸表における取扱い 1 取引例 税効果適用指針の「設例8」をもとに、下記のように、連結会社間において子会社株式等の売却が行われ、それによって売却損益が計上されているケースについて考える。 2 会計処理 上記の連結会社間における子会社株式等の売却のケースで、当該売却損益について、税務上の要件を満たし課税所得計算において当該売却損益を繰り延べる場合(法人税法61条の13)、当該子会社株式等を売却した企業の個別財務諸表において、税効果適用指針17項に従って当該売却損益に係る一時差異に対して繰延税金資産又は繰延税金負債が計上されているときは、連結決算手続上、当該一時差異に係る繰延税金資産又は繰延税金負債の額は修正しない(税効果適用指針39項)。 次のことに注意する(税効果適用指針39項)。 3 基本的な考え方 上記の会計処理に関する基本的な考え方は、連結税効果実務指針に示されていた次の考えを踏襲している(税効果適用指針143項)。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例29】 「破産手続と空き家の管理責任」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私の自宅の隣には、誰も住まなくなって何年も経つ空き家があります。管理がされていないため、屋根瓦が今にも落下しそうな状態で、雨どいも外れています。最近、この空き家の様子を見に来た方がいるので声をかけてみると、空き家の所有者の破産管財人とのことでした。 1 はじめに 空き家を所有している者が破産手続を申し立てた場合、裁判所によって破産管財人が選任され、当該空き家を含む財産の換価業務を行うことになる。しかし、老朽化した空き家のように不動産の中には換価できないものもあり、破産管財人による管理や破産手続の対象外となった後の管理が問題となる場合もある。 そこで、今回は、破産手続に関係する空き家の管理問題について検討することとしたい。 2 破産手続における不動産の取扱い 破産手続を申し立てた者が不動産を所有している場合、破産管財人が選任され、破産者の財産管理権限は、破産者から破産管財人に移る。破産管財人は、当該不動産の任意売却によって換価を試みることとなるが、不動産の中には、立地条件や老朽化等が原因となって買い手がつかないものもあり、このような不動産は、管理を継続しても固定資産税等の負担等が増えるため、破産財団から放棄されることとなる(ここでいう放棄とは、破産財団からの放棄の意味である)。 なお、放棄する場合に、その前提として破産者に一定額を破産財団に組み入れさせることを条件とする場合もある。 破産財団から不動産が放棄されると、当該不動産の管理権限は、破産管財人から破産者に戻ることになる。もっとも、個人が破産した場合は、当該破産者個人が現実に管理することになるのに対して、法人が破産した場合は、破産開始決定によって法人と代表者との委任契約が当然に終了するため、清算法人のために当該不動産を実際に管理する者がいない事態が生じることになる。 3 破産管財人の管理義務と破産財団から放棄された後の管理責任 破産管財人は、職務の執行について利害関係人に対して善管注意義務を負っていることから、当該不動産が老朽化等によって屋根瓦が剥離し、外壁が崩れる等して第三者に損害を与えるおそれがあるような場合には、任意売却を進めるにあたっても当該不動産の安全措置を講じておく必要がある(破産管財人によって告知文などが当該危険な不動産に掲載されることもあるため、これによって周辺住民は、破産手続が開始したことを事実上認識できる)。 一方、当該危険な不動産が破産財団から放棄された場合、上記のとおり、管理権限は破産者に復帰するため、それ以降、破産者が管理責任を負い、破産管財人は管理責任を負わないことになる。しかし、個人破産の場合は、当該破産者が当該危険な不動産を実際に管理するかどうかは別の問題として残り、法人破産の場合は、当該危険な不動産の管理をさせるために、当該清算法人の清算人選任を申し立てなければならない問題が残る(予納金の負担等もあるため、利害関係人による申立てを期待することも現実的ではない場合もある)。 上記のように、危険な空き家を安易に破産財団から放棄すると、その後、周辺住民等に損害が生じる可能性があることから、破産管財人の善管注意義務や破産者の社会的責任を理由に、破産管財人は、放棄後に発生することが予想される危険について、安全措置を講じた上で放棄するべきであると解されている。 具体的には、老朽化した危険な空き家が破産財団から放棄される場合には、破産管財人に、フェンスや防護ネットの設置等を講じることが期待されるが、その費用は破産財団から支出されることになるため、破産財団に十分な資力がない場合には講じうる措置にも限界がある。 4 その他の問題 本事例は空き家の周辺住民を主体とした設問であるが、破産者側の問題についても若干言及しておきたい。たとえば、数次相続が度重なって発生した結果、相続人である破産者が認識していない遺産分割未了の空き家が存在したような場合である。 この場合、破産者が空き家を財産目録に記載することなく裁判所に提出し、破産管財人に対しても、所有物件はない旨説明した後に、破産管財人の調査によって、空き家の存在が発覚することもありうる。破産者が事実と異なる説明などをしたことは、形式的には、説明義務違反等を理由とする免責不許可事由に該当する場合もあるため留意が必要である。 5 本件の場合 (1) 設問①について 空き家の隣地の所有者は、管理不十分な空き家の存在によって自己所有地や建物に被害が生じる具体的な危険が生じているのであれば、所有権に基づく物権的妨害予防請求権を行使しうる。隣地の所有者は、破産管財人の管理によってもなお状況が改善されないようであれば、破産管財人に対して、空き家の安全措置を講じるよう求めることができる。 (2) 設問②について 破産管財人が当該不動産の任意売却を試みても売却できない場合には、一定の安全措置が講じられた上で、破産財団から放棄される可能性がある。これによって管理権限が破産者に戻るため、それ以降、更なる空き家の安全管理を講じるよう請求する相手方は、破産者となる。 もっとも、破産者が法人である場合は、利害関係人の資格で清算人選任の申立てを行うことが考えられるが、予納金の負担があること、清算人による空き家の売却や除却にも時間を要する可能性があること等に留意が必要である。 (了)
〔これなら作れる ・使える〕 中小企業の事業計画 【第9回】 (最終回) 「個別計画の作成手順(その4)」 税理士・中小企業診断士・ITストラテジスト 高畑 光伸 最終回となる第9回では、個別計画における経費計画のうち、設備計画とその他の計画のポイントについて確認する。 6 設備計画 (1) 固定資産台帳(減価償却資産台帳)の現状把握 設備計画の前提となるデータを収集する。計画年の数値を試算するため、事業者が管理している固定資産台帳(Excelで作成した管理表など)を入手する。そして、固定資産台帳の未償却残高と、会計システム上の未償却残高(計画年度の期首残高)が一致しているかどうかを確認する。両者の残高が一致していない場合は、当該年度以降で税務調整が必要になる(金額が僅少であれば、事業計画の作成時に影響はない)。 《残高比較》 《固定資産台帳》 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 なお、会計システム(あるいは税務申告用ソフトウェア)上で固定資産台帳を管理している場合には、会計システム上の未償却残高(計画年度の期首残高)と一致するはずである。 (2) 設備計画の作成手順 計画年度に、固定資産の購入予定、廃棄予定がないかどうかを確認する。たとえば、オフィスの移転などに伴う内装工事費用、移設費用などは事業計画に大きく影響することになる。 また、購入予定の見積書・請求書があれば事前に入手するのがよい。見積書・請求書から当該固定資産が資産計上すべきものか、経費計上すべきものかを把握することができる。見積書・請求書から値引きがある場合は、各固定資産に配賦するなどの処理が必要になる。事業計画の段階で、固定資産台帳を整備することができれば、計画年度の税務申告時の作業負荷の軽減につながる。 《見積書・請求書より》 また、青色申告書を提出している場合、取得価額30万円未満の資産を取得して事業の用に供した場合には、一定の要件のもとに、その取得価額に相当する金額を損金の額に算入することができる。ただし、その取得価額の合計額のうち300万円に達するまでの少額減価償却資産の取得価額の合計額が限度となる。 (3) 償却資産税(租税公課)の資産 租税公課の試算として、償却資産税の概算値を把握する。土地や建物、車両以外の固定資産(建物付属設備、器具備品、機械設備など)にかかる税金が償却資産税である。また、市区町村が課税する地方税であるため、該当資産が設置されている所在地を把握する。償却資産税は、課税標準額に標準税率1.4%(市区町村によっては1.5%)を乗じて求める。 7 借入計画 (1) 借入金返済計画の現状把握 借入計画についても、設備計画と同様に、計画年の数値を試算するため、会計システム(あるいは税務申告用のソフトウェア)から借入金の補助残高試算表をCSVデータにエクスポートする。そして、事業者より金銭消費貸借契約書を入手する。金銭消費貸借契約書上の返済予定額と計画年度の貸借対照表の期首残高が一致しているかどうかを確認する。 《残高比較》 《借入金の返済予定表》 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (2) 借入計画の作成手順 計画年度に、新たな借り入れがないかどうかを確認する。たとえば、新規事業の展開により新たな借り入れが生じるなどは事業計画に大きく影響することになる。また、借入金の返済予定表より、支払利息の支払額を試算する。社債も発行している場合は社債利息の支払額を試算する。 《支払利息の予定表》 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 8 その他の計画 貸借対照表上、長期前払費用の残高(借入時の保証額、税務上の繰延資産など)や繰延資産の残高がある場合は、償却費が確定しているため、事業計画上反映することができる。 (1) 長期前払費用 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (2) 繰延資産償却 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 9 納税計画 事業計画で策定した利益に税率を乗じて、納税額を試算する。なお、欠損金の繰越控除がある場合は、納税額に反映する。 (1) 税率の確認 国税、及び地方税ごとに税率を確認する(以下では東京都23区内を所在地とする法人と仮定して確認する)。 ① 国税(法人税・地方法人税) ➤資本金1億円以下の法人(中小法人)の法人税 ➤地方法人税 ② 地方税 ➤住民税(法人税割) 地方法人税の創設及び税率の引き上げにより、法人税割の税率が引き下げられている。詳細については以下を参照されたい。 ➤住民税(均等割) 均等割は、資本金・従業員数により金額が設定されている。詳細については以下を参照されたい。 ➤資本金等の額1億円以下等の法人の事業税 ➤特別法人事業税 (2) 税率の試算 ① 年所得800万円以下の場合における税率 ② 年所得800万円超の場合における税率 (3) 消費税等の試算 予想損益計算書の課税区分より、仮受消費税等、仮払消費税等を計算し、消費税等の納税額を試算する。なお、税込経理方式を採っている場合は、予想納税額を租税公課に反映する必要がある。 10 おわりに 事業者からの要望に応じて、事業計画を作成する際は、そのスピードが求められる。そのためには事前に必要資料を入手し、計画年度以前の過去の推移を確認しなければならない。顧問契約を締結している事業者の場合には、ある程度の状況を予測することが可能であるが、新規の事業者の場合には状況を把握することに時間がかかり、かつ確認事項も多くなる。 他のタスクを抱えながら、事業者の事業計画を作成することは非常に難しいが、計画年度のスタート地点(事業年度期首、あるいは進行期の期中)を早めに確定させることが必要である。計画年度のスタート地点を確定させることで、そこに向けて作業を進めることができる。事業計画の作成において精度を高めようとすれば切りがないが、最終的には、予想貸借対照表の残高が現実的な数値になっているか、事業者が想定する範囲に収まっているかなどを確認しつつ、事業者に報告することが求められる。 (連載了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第39話】 「経済的利益に対する課税」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「最近ではほとんどのお店で、買い物をするといろいろなポイントをもらうのですが・・・これって、経済的利益として課税されないのですか?」 昼休みに、浅田調査官は、中尾統括官のところに来て尋ねる。 椅子に座って新聞を読んでいた中尾統括官は、顔を上げる。 「・・・ポイント?」 中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「ええ、ポイントです・・・中尾統括官もスーパーのポイントカードとか持っているでしょう?」 浅田調査官は、髪の毛の薄くなった中尾統括官の頭を横目で見ながら言う。 「私は・・・そんなポイントは使ったことがない。」 中尾統括官は憮然と答える。 「えっ・・・そうですか・・・でも、ポイントがたまれば結構な商品がもらえるので・・・使わないのはもったいないですよ。」 浅田調査官は、子供を諭すように言う。 「ところで・・・問題は、このポイントに対する課税なんですが・・・」と浅田調査官が言うと、中尾統括官はパソコンを開き、タックスアンサーのNo.1907「個人が企業発行ポイントを取得又は使用した場合の取扱い」の「問」を見せる。 「このタックスアンサーでは、通常の商取引における値引きを受けたことによる経済的利益は課税対象とならないので、『原則として、確定申告をする必要はない』と答えている。」 中尾統括官は、パソコンの画面を見ながら言う。 「ええ、そのポイントが『値引き』に該当するものであれば、経済的利益に該当しないものとしていますが・・・そうでないポイントも多くあると思います。」 浅田調査官は、真面目な顔になる。 「それについても、このタックスアンサーNo.1907の(注)で、次のように書いてある。」 「・・・このポイントが『値引き』に該当しなければ、企業から贈与を受けたとして、一時所得で課税されることになるだろう」 そして、中尾統括官は、「ただし、一時所得の場合、50万円の特別控除があるから、その範囲内であれば、結局、課税はされないが」と付け加える。 「そういえば、昔、城南信用金庫のスーパードリームという『懸賞金付きの定期預金』が利子所得に該当するのか、一時所得になるのかという議論があったと思うが・・・」 中尾統括官は、懐かしそうに言う。 「・・・それについては、現在、租税特別措置法41条の9等で、次のように規定されています。」 浅田調査官が応じる。 「この要件を満たせば、利子所得として20.315%(国税15.315%、地方税5%)の源泉分離課税となりますが、そうでなければ、一時所得になります。」 浅田調査官は、税務六法を見ながら、説明する。 「そうか・・・」 中尾統括官は納得した様子でうなずく。 「しかし、もらったポイントが『値引き』なのかどうか、判断の迷うようなものもあると思います・・・」 浅田調査官は、首を傾げる。 「まぁ・・・資産の無償又は低額譲渡、用益の無償又は低額提供、債務負担等については、所得税基本通達36-15で、経済的利益と定めています・・・ですから、ポイントの提供がこれらの経済的利益の原因とリンクするのであれば、『値引き』のように課税の対象から外れることはないでしょう。」 そう言うと、浅田調査官は中尾統括官を見る。 「『値引き』を経済的実質から見ると、経済的利益と解するのが妥当と思うけれど・・・しかし、『値引き』の結果として、安く販売した事業者と安く購入できた消費者は、両者の間で通常の商取引をしたにすぎないのだから、それについて課税を行うというのも、いかがなものかと思うがな・・・」 中尾統括官は、苦笑いをする。 「そうですねぇ・・・」 浅田調査官は、小さくうなずく。 (つづく)