居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第5回】 「居住の用に供されなくなった後で、事業の用に供した場合」 -譲渡資産の範囲- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、大阪にある自己所有の家屋に妻とともに居住していましたが、一昨年3月に東京本社への転勤命令があって、大阪の家屋は賃貸に出し、東京の社宅に引っ越しました。 大阪の賃借人が立ち退いて直ぐの本年9月、その家屋をその敷地とともに売却したところ多額の譲渡損失が発生し、銀行で住宅ローンを組んで東京に新宅を購入し、東京の社宅から引っ越して、現在、居住の用に供しています。 他の適用要件が具備されている場合に、Xは当該譲渡について、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 居住の用に供されなくなった後、事業の用に変更した場合であっても、居住の用に供されなくなった日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までの間に譲渡された場合は、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができます。 ●○●○解説○●○● Xは、居住の用に供されなくなった家屋を、事業の用に供しています。しかしながら、「居住用財産買換の譲渡損失特例」にも、「居住用財産の特別控除(措法35②)」と同様に、その居住用家屋が当該個人の居住の用に供されなくなった日から同日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までの間に譲渡した場合には、当該譲渡に該当すると規定されています(措法41の5⑦一ロ)。 したがって、Xは当該特例の控除等を受けることができます。 なお、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても同様の該当規定が定められています(同条⑦一ロ)。 (了)
値上げの「理屈」 ~管理会計で正解を探る~ 【第8回】 「価格設定の方法を考える」 ~100円ショップで試される目利きの力~ 公認会計士 石王丸 香菜子 登場人物 《新製品:壁掛け一輪挿し》 * * * 製品の販売価格を設定する方法として思いつきやすいのは、単位当たりのコストに利益を上乗せして販売価格とするアプローチです。 〈コストを重視したアプローチ〉 単位当たりのコストに、一定割合の利益を上乗せして販売価格とする方法を「」と言います。また、得たい利益の算出については、投資利益率(ROI:Return On Investment)を考慮する方法も考えられます。例えば、その事業の元手として500万円を投資したとして、投資額に対して30%の利益を得たい場合、製品1個当たりで得たい利益は500万円 × 30% ÷ 3,000個 = @500円です。これを単位当たりコストに上乗せする考え方は、「」と呼ばれます。 いずれにせよ、これらの価格設定方法はコストを重視した内部志向のアプローチです。 * * * * * * コストを重視した内部志向のアプローチは、計算が容易で公正な印象があり、また、一定の利益を確保しやすいという安心感があります。 ただし、このアプローチによる場合、単位当たりのコストを求めるために、販売数量を事前に見積もる必要があります。一方で、販売できる数量は販売価格に大きく左右されます。つまり、販売価格を設定するにあたって、販売価格の影響を受けて増減してしまう販売数量を見積もらなければならないという、ある意味矛盾した側面があるといえます。 * * * * * * 100円ショップの商品をよく見ると、原価自体が100円近いと思えるようなお買い得の商品もあれば、スーパーでは100円以下で売っているような商品もあることに気付きます。100円ショップで買い物をするときには、お買い得の商品を見抜く『目利き力』が試されているといっても過言ではないかもしれませんね。 ですが、たいていの場合は、お買い得でなくても「ついで買い」をしたり、不要ものまで買ったりしてしまうものです。100円ショップでは商品ごとの利益率はバラバラですが、全て100円という均一価格で販売することで、気軽に複数商品を購入してもらい、全体での利益を確保しているのですね。 * * * * * * 顧客は、商品に対して総合的に抱いている価値と、商品の価格が釣り合っていると感じるときに、その商品を購入しようと思います。そこで、多くの人がその商品に対して感じている価値を調べ、それを基準として販売価格を設定する発想があります。マーケティング・リサーチなどによって『売れる』価格を見つけ、それを元に販売価格を決定する方法で、「」と呼ばれます。 また、同じように顧客を重視した価格設定方法として、高品質の商品に思い切って低い販売価格を付ける「」という戦略もあります。プライベート・ブランド(小売業者や流通業者が企画・販売する独自ブランド)やファストファッションなどが典型ですが、低い販売価格を実現できる背景には、仕入や製造・流通といったビジネス・プロセス全体における抜本的な効率化による徹底したコスト削減があります。 こうした価格設定は、いずれも、顧客や需要を重視して『売れる』価格をまず設定し、そこから目標利益を控除した額を目標原価として、目標原価を実現していく発想です。つまり、需要を重視した外部志向のアプローチといえます。 * * * 〈需要を重視したアプローチ〉 * * * これらのアプローチ以外に、競合他社の価格を考慮して価格設定するアプローチもあります。鉄鋼・紙などの寡占業界や家電量販店などは、そうした傾向が強い業界です。価格の設定にはいろいろなアプローチがあるので、複数の視点から検討して、利益を確保したいですね。 * * * (了)
税効果会計を学ぶ 【第17回】 「未実現損益の消去に係る一時差異の取扱い」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、未実現損益の消去に係る一時差異の取扱いについて解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 未実現損益の消去に係る一時差異の取扱い 1 未実現損益 例えば、親会社と子会社の間で資産の売買が行われ、購入した会社では資産として保有したままであり、連結グループの外部には売却されていない場合、当該資産を売却した会社で発生した損益は、連結財務諸表上、未実現損益となっている。 「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号)は、連結会社相互間の取引によって取得した棚卸資産、固定資産その他の資産に含まれる未実現損益は、その全額を消去すると規定している。ただし、未実現損失については、売手側の帳簿価額のうち回収不能と認められる部分は、消去しないこととされている(連結会計基準36項)。 連結決算手続上、未実現損益が消去されると、売却された資産の連結貸借対照表上の額と購入側の連結会社における個別貸借対照表上の当該資産の額との間に一時差異が生じる。つまり、未実現損益の消去に係る一時差異については、個別財務諸表において未実現損益(資産に係る売却損益)が発生した連結会社と、一時差異の対象となった資産を保有している連結会社が相違するのである(税効果適用指針127項、128項)。 売却元の連結会社の個別財務諸表上、売却年度に資産に係る売却益(又は資産に係る売却損)に対して課税され、当該税金の納付額(又は当該税金の軽減額)が法人税等に計上されている。 一方、連結財務諸表では、当該未実現損益が実現した時には、売却元の連結会社において、当該資産に係る売却益(又は資産に係る売却損)に対して課税されないこととなる(税効果適用指針126項)。 つまり、売却元の連結会社の個別財務諸表においては、未実現損益の発生年度に当該未実現損益(資産に係る売却損益)に対して課税されており、将来において未実現損益の消去に係る税金を減額又は増額させる効果は有してない。同様に、購入側の連結会社においては、個別貸借対照表上に計上されている購入した資産の額と課税所得計算上の資産の額とは原則として一致しており、一時差異は生じていない(税効果適用指針129項)。 しかしながら、連結決算手続上、消去された未実現損益は、連結財務諸表固有の一時差異に該当するため、繰延税金資産又は繰延税金負債を計上することとなるのである(税効果適用指針129項)。 2 繰延法の採用 税効果会計基準は、税効果会計の方法として、資産負債法を採用している(税効果適用指針6項、88項、89項(1))。 しかしながら、未実現損益の消去に係る一時差異の会計処理については、資産負債法ではなく、その例外として「繰延法」を採用している(税効果適用指針130項、131項、136項)。 繰延法とは、会計上の収益又は費用の額と税務上の益金又は損金の額との間に差異が生じており、当該差異のうち損益の期間帰属の相違に基づくもの(期間差異)について、当該差異が生じた年度に当該差異による税金の納付額又は軽減額を当該差異が解消する年度まで、繰延税金資産又は繰延税金負債として計上する方法である(税効果適用指針89項(2))。 3 会計処理 未実現損益の消去に係る一時差異については、次のように会計処理する(税効果適用指針34項~36項)。 4 未実現損益の消去に係る一時差異に関する繰延税金資産又は繰延税金負債の計算に用いる税率 未実現損益の消去に係る一時差異に関する繰延税金資産又は繰延税金負債の計算に用いる税率は、繰延法が採用されるため、未実現損益が発生した売却元の連結会社に適用された税率による(税効果適用指針137項)。 次のように規定されている(税効果適用指針138項)。 また、未実現損益の消去に係る繰延税金資産又は繰延税金負債の額については、税法の改正に伴い税率等が変更されても修正しないと規定されている(税効果適用指針56項)。 5 計算例 税効果適用指針の「設例7-1」を参考に、未実現利益の消去に係る一時差異の会計処理を示すと次のようになる。 《X1年3月期の会計処理(連結修正仕訳)》 ① 連結会社間の取引高の消去及び未実現利益の消去 ② 未実現利益の消去に伴う繰延税金資産の計上 ・繰延税金資産80 = 未実現利益の消去に係る将来減算一時差異400 × S社(売却元)の売却年度における法定実効税率20%(税効果適用指針137項) ・X1年3月期において計上した繰延税金資産については、売却元であるS社に適用されている税率が将来変更されても見直しは行わない(税効果適用指針56項)。 ・X1年3月期以降、その回収可能性の判断を行わない(税効果適用指針35項)。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第163回】 収益認識基準⑧ 「契約資産、契約負債及び債権」 仰星監査法人 公認会計士 小林 清人 〈事例による解説〉(契約資産・債権) 〈会計処理〉(単位:千円) ◆X1年3月 〔製品Aに係る収益の計上〕 ◆X1年4月 〔製品Bに係る収益の計上〕 ◆X1年5月 〔製品A及びBの売掛債権にかかる入金〕 〈会計処理の解説〉 1 X1年3月の仕訳 甲社は3月に乙社に対し、製品Aを引き渡し、即日検収されたタイミングで売上高1,000千円を認識します。ただし、前提条件(2)のとおり、製品Bの引渡しという条件があるため、製品Aを引き渡しただけでは、上記の売上高1,000千円に係る法的な請求権はありません。よって、甲社はX1年3月時点では、借方科目として「売掛金(= 債権)」ではなく、「契約資産」という科目を使用します。 2 X1年4月の仕訳 甲社は4月に乙社に対し、製品Bを引き渡し、即日検収されたタイミングで売上高2,000千円を認識します。このタイミングで、前提条件(2)のとおり、乙社は甲社に対し支払義務が生じ、甲社は法的な請求権を獲得します。この時、X1年3月に認識した契約資産1,000千円とX1年4月に認識した売上高2,000千円を合わせて、「売掛金(= 債権)」3,000千円を認識します。 3 X1年5月の仕訳 甲社は5月に乙社からの入金を認識します。 〈事例による解説〉(契約負債) 契約負債は、履行義務が充足される前に企業が受け取る前受金です。簡単な設例を挙げると以下の通りです。 〈会計処理〉(単位:千円) ◆X1年2月 〔契約負債(前受金)の計上〕 ◆X1年3月 〔売上高の計上〕 * * * (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第11回】 「共有不動産はどうして価値が下がるのか」 ~税務の常識と鑑定評価の常識~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 相続税の財産評価における共有不動産の評価~税務の常識 財産評価基本通達では、共有財産の持分の価額につき次の規定を置いています。 また、国税庁ホームページ(質疑応答事例)では、共有地の評価につき次の回答を行っています。 このように、相続税評価の上では不動産の評価額(総額)に共有持分割合を乗じた金額そのものが共有者各人の持分の価額とされており、共有減価という考え方は登場しません。 2 鑑定評価の常識では 共有持分の評価に当たり参考になる考え方が、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会のホームページで次のとおり紹介されています(下線は筆者によります)。 (注1) 筆者注:換価分割とは、共有物全部を売却し、売買代金を持分に従って共有者間で分割する方法を意味します。 (注2) 筆者注:代償分割とは、特定の共有者が他の共有者から持分を買い取る(=代償金を支払う)結果、その不動産を単独所有することを意味します。 なお、ここに紹介されているケースは共有減価の生じる(=共有減価を認識する必要の生じる)一例であり、このようなケースは他にも多くあります。ただし、ここに記載されているように、すべての共有持分を一括して特定の一人に売却する場合には共有状態が解消し、買主は単独所有の物件を取得することになるため、共有減価の必要はなくなります。 3 共有不動産はどうして価値が下がるのか 以上、税務の視点及び鑑定評価の視点から共有不動産の価値の捉え方の相違を検討してきました。そこで、共有不動産はどうして価値が下がるのかという素朴な疑問に対する考え方を述べてみたい思います。 (1) 売買との関連から 共有不動産の持分は、現実には親族間又は他の共有者との間で売買されるケースの方が圧倒的に多いといえます。また、一般に共有不動産といっても、共有者が2名で、その一方が他方から持分を譲り受ける場合は同時に完全所有権の状態が実現するため、購入後の制約に伴う市場性減価の生ずる余地はなくなります。 しかし、第三者が共有持分を購入しても、赤の他人である元々の共有者との折衝等に多くの手間を要するなど機動性に欠けるため、相応の減価(市場性減価)をしなければ購入者を見つけることが困難です。 このように、共有持分による所有形態の場合、土地建物の価格を単純に持分割合で按分した金額がそのまま評価額につながらないケースの方が多いといえます。しかも減価の程度は共有者の数が多くなればなるほど大きくなる傾向にあります。それだけでなく、持分のみの売買が市場で成立するかどうか難しいといえます(買手は特殊な専門業者に限定されるのではないでしょうか)。 (2) 維持管理面から 共有物の現状を維持管理していく上でも、また共有物を改良してその価値を高めていく上でも、その行為に関しては各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決しなければならない(民法第252条)こととされています。このように、各所有者が単独で意思決定できないところに共有の煩わしさがあり、減価要因となります。 また、共有物の維持管理には費用がかかり、その費用負担に関しても各共有者は持分に応じて管理費用を支払い、共有物から生ずる公租公課等の負担を負うこととなります(民法第253条第1項)(管理費用を立替払いした共有者のうちの1人が、立替払いを受けた他の共有者に対して持分割合に応じた費用償還請求をすることもできますが)。 (3) 共有であることによる様々なリスク 共有物の場合、民法第256条の規定により他の共有者からいつでも分割を請求される可能性があります。 その際、共有物の分割につき協議が整わないとき、共有者はその分割を裁判所に請求することができます。そして、現物を分割することができないとき、又は分割によって共有不動産の価格を著しく減少させるおそれがあるときは、裁判所はその競売を命ずることができるため、共有物全体が第三者の手に渡るリスクも生じます(民法第258条第2項)。 共有持分に関しては、共有者間の人間関係や協調関係がスムーズにいっている限り特段の問題は生じませんが、共有者のうちの1人が持分の処分を検討する場合、あるいは他の共有者に対して分割請求をする場合等を契機として、共有者は完全所有権の場合と比較してリスクを負うことになります。共有減価の発生要因は、このような点にも見い出すことができます。 最後に、区分所有建物(マンション)で専有部分が単独所有、敷地部分が共有という場合には、建物利用上の制約は生じないため、鑑定評価上も共有減価は織り込んでいないのが一般的です。 (了)
《速報解説》 留保金課税制度に対する会計検査院の指摘について詳細が明らかに ~特定同族会社を子会社とするケースなど問題点を指摘~ Profession Journal編集部 先んじて一部新聞報道がなされていた、同族会社の留保金課税制度をめぐり会計検査院がその問題点を指摘した件について、11月10日に「令和元年度決算検査報告の概要」が公表されたことで、その詳細が明らかとなった。 同族会社の留保金課税制度(特定同族会社の特別税率:法人税法67条)とは、特定同族会社(同族会社のうち、発行済株式の50%超を1株主グループにより支配されている会社)における一定の留保金額に対し、通常の法人税に加え、特別税率(10~20%)の法人税が課税されるというもの。 この制度は、同族会社が非同族会社に比べ、利益が出ても配当をせず社内留保することで、税負担の軽減を図る傾向があるとして設けられたものだが、財務基盤の脆弱性を考慮し、平成19年度の税制改正によって、この特定同族会社のうち資本金の額又は出資金の額が1億円以下の「中小特定同族会社」については、課税対象から除外されている。 今回会計検査院が注目したのは、この財務基盤が脆弱とされている中小特定同族会社の純資産額と自己資本比率だ。 検査結果によると、まず純資産額については、中小特定同族会社16,845法人のうち、留保金課税の適用対象である特定同族会社1,445法人の平均純資産額(48億3,714万円)を上回る法人が456社あるとした。また自己資本比率では、特定同族会社1,445法人の平均自己資本比率(41.5%)を上回る中小特定同族会社が9,726法人あるとした。 さらにこの2つの指標がいずれも特定同族会社を上回る中小特定同族会社411法人の配当状況について、特定同族会社と比較するかたちで調査した結果、配当を行っていない法人の割合は中小特定同族会社が36.7%、特定同族会社が13.7%という結果になるなど、財務基盤が安定している中小特定同族会社が特定同族会社に比べて配当を行っていない傾向が見られるとし、課税の公平性が保たれていないと指摘した。 これらの調査結果と関連して会計検査院が問題視したのは、特定同族会社が子会社で、中小特定同族会社が親会社のケースだ。 この場合、子会社である特定同族会社(留保金課税対象)が、利益を留保せずに、親会社である中小特定同族会社(留保金課税対象外)へ配当を行った場合、配当を受けた親会社には受取配当等の益金不算入制度によって法人税は課されず、また、配当をしなかったり配当額を少なくするなどして、社内に留保することで、課税を避けることができる。実際に、上記特定同族会社1,445法人のうち、親会社である中小特定同族会社が子会社である特定同族会社の株式を100%を保有していて完全支配関係にある40法人のうち37法人が子会社から親会社へ配当を行っており、配当を受けた親会社のうち19法人が株主への配当を全く行っていなかったとしている。 〔中小特定同族会社が親会社になっている場合の留保金課税への影響〕 (※) 会計検査院ホームページより 会計検査院による税制上の問題点への指摘に対しては、そのほとんどが以後の税制改正で手当てされている。今回の指摘を受けどのような見直しがなされるのか、来月にも公表される令和3年度税制改正大綱への影響に注視されたい。 (了)
《速報解説》 企業会計審議会、「監査基準の改訂に関する意見書」等を公表 ~監査報告書に「その他の記載内容」の区分を新設し、記載事項についても定める~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和2(2020)年11月6日付で(ホームページ掲載日は11月11日)、企業会計審議会は、次の意見書を公表した。 これにより、令和2(2020)年3月23日から意見募集していた公開草案が確定することになる。なお、公開草案に対するコメントの概要及びコメントに対する考え方も公表されている。 今回の監査基準の改訂は、監査した財務諸表を含む開示書類のうち当該財務諸表と監査報告書とを除いた部分の記載内容(その他の記載内容)について、監査人の手続を明確にするとともに、監査報告書に必要な記載を求めることとするため、また、リスク・アプローチの強化を図るためのものである。 2020年11月11日、日本公認会計士協会は会長声明「『監査基準の改訂に関する意見書』の公表を受けて」を発出している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 監査基準の改訂 1 監査計画の策定 財務諸表全体レベルにおいて固有リスク及び統制リスクを結合した重要な虚偽表示のリスクを評価する考え方は維持しつつ、財務諸表項目レベルにおいては、固有リスクの性質に着目し重要な虚偽の表示がもたらされる要因などを勘案することが重要な虚偽表示のリスクのより適切な評価に結び付くことから、固有リスクと統制リスクを分けて評価する。 監査計画の策定に関して次の規定を設ける。 2 監査の実施 監査人が行う会計上の見積りの合理性の判断に際して、経営者が行った見積りの方法に、「経営者が採用した手法並びにそれに用いられた仮定及びデータを含む」と規定する。これは、リスクに対応する監査手続として、原則として、経営者が採用した手法並びにそれに用いられた仮定及びデータを評価する手続が必要である点を明確にするものである。 また、経営者が行った見積りと監査人の行った見積りや実績とを比較する手続も引き続き重要であるとしている。 3 その他の記載内容 監査報告書に記載するに当たって、「その他の記載内容」を新設し、次の規定を設ける。 従来と同様に、監査人は「その他の記載内容」に対して意見を表明するものではなく、監査報告書における「その他の記載内容」に係る記載は、監査意見とは明確に区別された情報の提供であるという位置付けは維持されている。 4 監査報告書 監査人は、監査報告書に「その他の記載内容」の区分を設け、次の事項を記載する。 「その他の記載内容」に重要な誤りがある場合に、追加の手続を実施しても当該重要な誤りが解消されない場合には、監査報告書にその旨及びその内容を記載するなどの適切な対応が求められる。 5 経営者・監査役等の対応 経営者は、「その他の記載内容」に重要な相違又は重要な誤りがある場合には、適切に修正することなどが求められる。 監査役等においても、「その他の記載内容」に重要な相違又は重要な誤りがある場合には、経営者に対して修正するよう積極的に促していくことなどが求められる。 Ⅲ 中間監査基準の改訂 実施基準において、特別な検討を必要とするリスクは、監査人が、虚偽の表示が生じる可能性と当該虚偽の表示が生じた場合の影響の双方を考慮して、固有リスクが最も高い領域に存在すると評価したリスクとする。 また、報告基準において、従来の「会計方針の変更」を「正当な理由による会計方針の変更」とする。 Ⅳ 適用時期等 (了)
2020年11月12日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.394を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第93回】 「法令相互間の適用原則から読み解く租税法(その3)」 ~後法優位の原則~ 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅲ 後法優位の原則 1 概観 「後法は前法に勝る」とか、「後法は前法を破る」という法諺がある。 これは、その効力が同等である2つ以上の法令の矛盾抵触がある場合において、法令の所管事項の原則(本連載「その1」)によっても、法令の形式的効力の原則(本連載「その2」)によっても、特別法優先の原則によっても解決できない場合に時間的に後から制定されたものが前に制定されたものよりも優越するということを表す考え方である(伊藤義一『税法の読み方 判例の見方〔改訂版〕』84頁(TKC出版2007))。 そもそも、社会の変容に応じて法律はその時代に即応するように制定される。そうであるとすれば、古い時代の社会に適用すべく設けられた法律が、時代の変容についてこれなくなることは当然にあり得る。 法律の適用は、社会通念等をも斟酌しながら行われるものであり、その社会における共通認識が織り込まれるのが常ではあるものの、法律は建築物と似たところがあって、いったん出来上がり適用されることになると、これを廃止したり、改正したりすることがさほど自由に柔軟にできるわけではない。 そのような硬直性を乗り超えるべく、新しい法律が制定されることがあるが、この場合、旧来の法律の規定と新しく設けられた法律の規定が抵触することも生じ得る。 そのような場合には、社会の変容に即応して設けられた新しい法律を優先的に適用する方が、新しい法律を承認した国民の意識(自己同意)にも合致することは明らかである。かような観点から、旧法と新法との間での抵触関係が生じた場合には、上記に示した「後法優位の原則」が適用されることになるのである。 2 ヤフー事件-法人税法132条と同法132条の2- 後法優位の原則を考えるに当たっては、いわゆるヤフー事件が参考になるように思われる。 ヤフー事件最高裁平成28年2月29日第一小法廷判決(民集70巻2号242頁)は、法人税法132条の2《組織再編成に係る行為又は計算の否認》に規定する「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」の意義が争われた極めて有名かつ重要な事例であるが、かかる概念の意義について、最高裁の考え方が初めて明らかにされたという点で注目されたのである。 同最高裁は、同条にいう「不当に」の意義を「組織再編成に関する税制・・・に係る各規定を租税回避の手段として濫用すること」と判示したのである。 最高裁は、このように法人税法132条の2の性格を捉えた上で、以下のように判示した。 上記のとおり、最高裁は、法人税法132条の2にいう「不当に」の意義を「濫用」という観点から論じるとともに、その該当性の判断基準を示したのである。 ここでは、いわば個別規定の要件を仮に充足していたとしても、組織再編税制を濫用して適用しているような場合には、個別規定の要件の充足には拘泥せず、組織再編税制の趣旨に基づいて法人税法132条の2が適用されることがあり得ることを示したもので、同条は、個別規定をオーバーライドすることができるものと位置付けられたのである。 いわば、「租税回避否認規定」としての意味に、「包括的租税回避否認規定」としての意味を付与したものともいい得るのである。 そもそも、従来の裁判例は、法人税法132条《同族会社等の行為又は計算の否認》1項に規定する「不当性」については、純経済人の行為として不合理あるいは不自然かどうかという経済合理性基準で判断すると判示してきた。 例えば、札幌高裁昭和51年1月13日判決(訟月22巻3号756頁)は次のように判示している(かかる判断は、上告審最高裁昭和53年4月21日第二小法廷判決(訟月24巻8号1694頁)においても維持されている。)。 こうした考え方は、いわゆる明治物産事件控訴審東京高裁昭和26年12月20日判決(民集12巻8号1271頁)などでも採用されているが、学説の通説もこれを支持していると解される(金子宏『租税法〔第23版〕』532頁(弘文堂2019)も参照)。 法人税法132条の2は、同法132条のいわば枝番としての条項であるし、不当性はいずれの条文も共通に求める要件であることからすれば、132条の2にいう不当性も純経済人の行為として不合理あるいは不自然かどうかという経済合理性基準で判断すべきとの解釈論には説得力もあるといえよう。 しかしながら、前述のとおり、最高裁は、これまでの法人税法132条の解釈を前提とせずに、同法132条の2にいう「不当性」に別の意味を付与したものと整理することもできよう。 法人税法132条の後に創設された同条132条の2につき、前法の解釈に拘束されずに新法としての解釈論が展開されており、これなども、後法優位の原則の適用例の一例であるとみることができそうである。 3 配当異議事件 次に、いわゆる配当異議事件最高裁昭和35年12月21日大法廷判決(民集14巻14号3140頁)をみてみよう。 この事件では、競売手続が開始された場合において、国(被告・被控訴人・被上告人)が過年度の国税について交付を求め、優先徴収権を行使したため、競売申立人(原告・控訴人・上告人)に対する配当が皆無になったことについて、優先徴収権の行使が権利濫用に当たるか否かなどが争われた。 この事例の控訴審において、控訴人は、控訴人の債権が民法306条《一般の先取特権》のいわゆる共益費用に該当するとし、この共益費用は第一順位において他の債権に優先すべきことを主張したところ、東京高裁昭和30年8月9日判決(民集14巻14号3152頁)は、次のように判示して、かかる主張を排斥している。 これに対して、控訴人は上告し、「国税徴収法は明治30年7月1日から施行せられ民法は明治31年7月16日の施行であるから後法は前法に優るの法諺によっても後法即ち民法の規定により優劣を定むべきであったに拘わらずこの点を顧慮しなかった原判決は法律の解釈を誤ったものである。」と主張した。すなわち、民法が後法に当たり、民法の規定が優先されるというのである。 しかし、これについては、最高裁が次のように排斥している。 最高裁としては、「本件に適用された国税徴収法2条1項の規定は、新憲法施行後、昭和25年法律69号、同26年法律78号により改正されたものであって、・・・憲法30条、84条に基づく法律であると解すべき」であるから、そもそも民法が後法に位置するわけではないということであろう。 なお、民法と国税徴収法との関係が、前者が一般法で後者が特別法の関係にあることからすれば、かかる法令間の抵触関係は、特別法優先の原則によって適用関係が整理されるべきであって、後法優位の原則を適用しての主張は、法令間の解釈原理の観点からも無理があったといわざるを得ないと解される。 (続く)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第47回】 「租税法律主義の基礎理論」 -手続的保障原則- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 今回は、租税手続法(租税争訟法を含む)に関する租税法律主義の内容として、適正手続の保障を要請する手続的保障原則を取り上げ検討する。 租税手続法について、「租税の賦課・徴収は公権力の行使であるから、それは適正な手続で行われなければならず、またそれに対する争訟は公正な手続で解決されなければならない。」(金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)88頁)と説かれるのが、このような要請が手続的保障原則である(拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)【27】参照)。 金子宏教授は、手続的保障原則を「ルール・オブ・ロー」の観点から論じておられるが(同『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)121頁以下[初出・2008年]参照)、そもそも、適正手続の保障については「憲法31条以下の諸条文の中には、・・・・・・『法の支配』の要請を直截に表現したものがある」(長谷部恭男『憲法〔第7版〕』(新世社・2018年)265頁)以上、租税法律主義の内容に手続的保障原則を加えることは、法の支配による租税法律主義のコーティングの一環として理解してもよいであろう(拙稿「租税法律主義(憲法84条)」日税研論集77号(2020年)243頁、267頁)。 Ⅱ 租税手続の適正化の意義 行政手続一般の適正化については、次のように説かれることがある(芝池義一『行政法総論講義〔第4版補訂版〕』(有斐閣・2006年)281-282頁。下線筆者)。 以上の引用文(特に下線部)で説かれていることは、基本的には、租税手続についても妥当すると考えられる。すなわち、税務行政の領域において行政手続法の適用が原則として除外されている現状(税通74条の14、地税18条の4)に鑑みると、租税手続の適正化を(手続的)適法性の問題として合法性の原則(この原則については次回検討する)にのみ委ねることはできず、むしろ、国税通則法・地方税法上の既存の手続規定の内容の適正化をも含め、手続的保障原則に従って租税手続法を整備していくことが依然として必要である。 手続的保障原則に従って租税手続法を整備するに当たっては、租税手続の適正さの意味を明らかにしておく必要があろう。租税手続の適正さについては、法律の世界における適正な手続の典型である裁判手続をモデルとして想定した上で、租税法律関係の当事者である納税者と税務官庁との手続法上の関係を、対等・対称的な権利義務の関係(法律関係)として構成することが、特に必要かつ重要であると考えるところである(第5回Ⅱ1参照)。 租税手続における納税者と税務官庁との権利義務の対等性は、現行税法上は、申告納税制度における納税者と税務官庁との相互チェック構造として(不完全ながら)具体化されているが(第5回Ⅱ2参照)、租税実体法も含めた税法の基礎理論の観点からみると、納税義務の成立及び確定に関する租税債務関係説的構成(同Ⅲ2参照)によって基礎づけられるといえよう。 以上のように考えてくると、平成23年度[11月]税制改正による更正の請求可能期間の延長(税通23条1項、地税20条の9の3第1項)、税務調査手続の整備(税通74条の2以下、地税26条1項・3項等地方税については個別税目ごとの規定)、処分理由附記の範囲の拡大(税通74条の14第1項、地税18条の4第1項)等の改善、平成26年6月の行政不服審査法の改正に伴う国税通則法及び地方税法の改正による不服申立手続の改善などは、手続的保障原則の制度化ないし租税手続における納税者と税務官庁との権利義務の対等性の具体化のための措置として、評価することができよう。 Ⅲ 租税手続の適正化の課題 もっとも、例えば税務調査手続においては納税者と税務官庁との関係につき非対等性・非対称性がなお色濃く残されていること(この点については、拙稿「申告納税制度と税務調査-税務調査手続における手続的保障原則の実現に向けての一考察-」三木義一先生古稀記念論文集編集委員会編『現代税法と納税者の権利』(法律文化社・2020年)228頁参照)のほか、行政手続法の原則的適用除外、審査請求前置主義(税通115条1項本文、地税19条の12)などのような、他の行政領域と異なる取扱いが定められている場合があることを考えると、租税手続法の内容を手続的保障原則の観点から更に見直していくべきであろう。 ここでは、従来あまり注目されてこなかった国際課税の分野における租税手続の適正化について、若干の検討を加えることにしたい(国際課税の分野での手続的保障原則の実現に向けて相互協議手続を検討するものとして、拙稿「国際的租税救済論序説-国際的租税救済手続の体系的整備に向けた試論-」租税法研究42号(2014年)1頁参照)。国際課税に関する租税手続法の整備が最近急速に進められているが、その一環として整備された国際的源泉徴収(非居住者・外国法人に対する源泉徴収)を手続的保障原則の観点から検討することにする。 非居住者・外国法人による国内の土地・建物等の譲渡の対価に係る国内源泉所得(所税161条1項5号)は譲受人(対価支払者)による源泉徴収の対象とされているが(同212条1項)、この制度は平成2年度税制改正によって次のような趣旨に基づいて導入されたものである(加藤治彦ほか『改正税法のすべて』(日本税務協会・1990年)154頁)。 これと同様の源泉徴収手続は、国内不動産の譲渡人が居住者・内国法人である場合については、定められていないことから、国内不動産の譲渡対価に対する源泉徴収に当たっては、譲受人(対価支払者)は、譲渡人が非居住者・外国法人に該当するか否かを判断しなければならないが、その判断には、譲渡人の住所・居所等の判定に関して著しい困難を伴うことがある。このことが争点の背景にある事案において、東京高判平成28年12月1日税資266号順号12942(判決文は裁判所ウェブサイトによる)は、所得税法161条1号の3(現行同条1項5号)及び212条1項の解釈・適用の在り方について次のとおり判示した(下線筆者)。 以上の判示において「確認すべき義務」という文言が2箇所で用いられているが、対価支払者が本件に関して負っているとされる2つ目の「確認すべき義務」は括弧内で「本件注意義務」と言い換えられていることから、「確認すべき義務」は注意義務と言い換えてよいであろう(以下の検討は、拙稿「国際課税における納税者の権利救済」法の支配193号(2019年)60頁、63-66頁をベースにしたものである)。 このことを前提にして注意義務の意義及び性格を検討すると、1つ目の注意義務は、本件条項から解釈によって導き出された規範のレベルで対価支払者が負っているとされる注意義務であり、その意味で「抽象的注意義務」と呼ぶことができよう。これに対して、2つ目の注意義務は、対価支払者が具体的事案に関して負っているとされる注意義務であり、その意味で「具体的注意義務」と呼ぶことができよう。 これらのうち抽象的注意義務は本件条項に根拠をもつことから、法的性格の点では公法上の義務である。これに対して、具体的注意義務は私法上の義務であると解される。というのも、本件注意義務については、前記判示のとおり、対価支払者がこれを負っていることについて「両当事者とも自認している」ことのほか、「同[=原審認定事実3(2)の]事実関係に照らすと、その[=Aの非居住者該当性の]確認のためにAに対してその生活状況等を質問することが不動産の売買取引を当事者間において取引通念上不可能または困難であったということも、当該質問等をしても確認できない結果に終わったということもできない」(下線筆者)と判示されていることからして、本件注意義務は取引当事者の意思に基づく義務でありその内容は取引通念によって決まるもの(原審・東京地判平成28年5月19日税資266号順号12856(裁判所ウェブサイト)でいう「本件売買契約に基づく注意義務」に相当するもの)とされていると解されるからである。 源泉徴収義務に含まれる注意義務に関する以上のような二分論(以下「注意義務二分論」という)は、源泉徴収の法律関係に関する判例(最判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁、最判平成4年2月18日民集46巻2号77頁)の立場に適合すると考えられる。すなわち、判例によれば、源泉徴収の法律関係は、①国と源泉徴収義務者との間の法律関係と②源泉徴収義務者と本来の納税義務者との間の法律関係、の二分論を基礎として理解され、しかも①は公法上の債権債務関係、②は私法上の債権債務関係とそれぞれ性格づけられていること(金子・前掲書998頁、前掲・拙著【152】等参照)からすると、抽象的注意義務は①に属する義務であり、具体的注意義務は②に属する義務であると考えられるのである。 しかしながら、注意義務二分論によれば、国際的源泉徴収に関する適正手続保障の不備が露呈することになる。源泉徴収制度においては、一般に、源泉徴収義務者について、確かに、税務官庁との関係では一定の手続が税法上定められているが、しかし、本来の納税義務者(所得稼得者)との関係では何らの手続も定められていない上に、国際的源泉徴収の場面では、具体的事案における対価受領者の非居住者・外国法人該当性の判断に係る注意義務が私法上の注意義務とされることから、対価支払者が税法上の適正手続保障の枠外に置かれることになる。 しかも平成28年東京高判の事案では、原審の認定したところによれば、調査担当職員は譲渡対価に関する税務調査に2年以上の年月を費やしただけでなく、譲渡土地の近隣住民に対する質問調査のほか、法務省入国管理局に対し譲渡人の入出国記録の照会、国税庁を通じて米国内国歳入庁に対し譲渡人の身分事項・所得税の申告状況等に関する照会を行うなどしたのであるが、源泉徴収義務者にはそのような長期の調査・確認期間は認められないだけでなく、それらの照会を行うことも通常はできないことからすれば、国際的源泉徴収は、納税者(税通2条5号)と税務官庁との間で極めてバランスを欠いた手続構造になっているといわざるを得ない。 そもそも、わが国の源泉徴収制度については、「きわめて広範・精密且つ強力であって、それが、迅速且つ確実な租税の徴収の確保に役立っていることは、疑問の余地がない。」(金子宏『所得課税の法と政策』(有斐閣・1996年)127頁[初出・1991年])といわれるように、所得税の徴収確保の観点からは優れた制度であるが、ただ、その違憲判断において最高裁は、憲法29条違反の主張については、給与所得に対する源泉徴収を念頭に置いて「給与所得者に対する所得税の徴収方法として能率的であり、合理的であつて、公共の福祉の要請にこたえるもの」としてその主張を斥け、憲法14条違反の主張については、給与支払者と給与所得者との「特に密接な関係」ないし「特別な関係」に着目して給与支払者の源泉徴収義務という「一般国民と異る特別の義務」に「合理的理由」を認めその主張を斥けたにとどまる(最大判昭和37年2月28日刑集16巻2号212頁)。 したがって、最高裁の上記の論理でもって、「当該非居住者・外国法人と我が国との間にネクサス(nexus)が生じる所得等の源泉部分を捕まえて、その源泉部分から、間接的に・・・・、租税を徴収する他ない。」(米田隆ほか「非居住者・外国法人に係る源泉徴収-源泉徴収対象の不明確性に起因する問題を中心に」金子宏監修=中里実ほか編『現代租税法講座第4巻 国際課税』(日本評論社・2017年)161頁)ことから導入された国際的源泉徴収制度を正当化することはできないように思われる。 このような問題を考慮すれば、尚更、国際的源泉徴収について適切手続の保障を検討・整備すべきであると考えるところである。さらに、そのような検討・整備を契機にして、源泉徴収制度全般にわたって手続的保障原則の観点から見直しを図るべきであろう。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、租税法律主義の内容として手続的保障原則を取り上げ、租税手続の適正化の意義と課題を検討した。 租税手続の適正さは、租税法律関係の当事者である納税者と税務官庁との手続法上の関係を対等・対称的な権利義務の関係(法律関係)として構成することによって達成される、両者の手続的権利義務の対等性・対称性を意味するが、現行の租税手続は納税者と税務官庁に対して対等・対称的な権利義務の関係を十分に定めているとはいい難い。本来の納税義務者だけでなく源泉徴収義務者も含めて租税手続をみると、尚更である。 要するに、税法の実体的内容(租税実体法)だけでなく手続的内容(租税手続法)をも含めて実質的租税法律主義(第1回Ⅲ2、前掲・拙著第1編第3章(手続的保障原則については同章4)参照)を検討しその実現を図るべきであると考えるところである。 (了)