《速報解説》 住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置、非課税限度額の拡充や床面積要件の緩和等へ ~令和3年度税制改正大綱~ 税理士 徳田 敏彦 「令和3年度税制改正大綱」における住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置の改正点は2点である。 1点目は、適用期限は延長されず令和3年12月31日までの契約のままであるが、令和3年4月1日以降の非課税限度額を現行と同額まで引き上げる内容となっていることである。 2点目は、住宅ローン控除の対象となる床面積の下限が40㎡以上に改正されることに併せ、住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置についても床面積要件の下限を40㎡以上に改正することである。ただし、この場合には受贈者の所得要件が付されることに留意する。 1 非課税限度額の拡充 令和3年4月1日から令和3年12月31日までの間に住宅用家屋の取得等に係る契約をした場合の非課税限度額を、令和3年3月31日までの非課税限度額と同額まで引き上げる。 ① 住宅用の家屋の新築等に係る対価等の額に含まれる消費税等の税率が10%である場合 ② 上記①以外の一般の住宅用家屋である場合 2 床面積要件の改正 本特例の床面積要件の下限を『50㎡以上』から『40㎡以上』に引き下げる。ただし、この場合には受贈者の贈与を受けた年分の所得税に係る合計所得金額が1,000万円以下である場合に限る。これは住宅ローン控除で40㎡以上の住宅を適用対象に加えたことに併せての改正である。 また、床面積50㎡以上の家屋に対して本特例を適用する場合の合計所得金額の要件は2,000万円以下のままで変更がないことに留意する。 この改正は令和3年1月1日以後の贈与により取得する住宅取得等資金に係る贈与税について適用する。 3 相続時精算課税制度の特例について 住宅取得等資金の贈与受けた場合の相続時精算課税制度の特例についても、床面積要件の下限を現行50㎡以上から40㎡以上に引き下げる。 ただし、相続時精算課税制度の適用を受ける場合は、従来通り受贈者の所得要件は課されないことに留意する。 この改正は令和3年1月1日以後の贈与により取得する住宅取得等資金に係る贈与税について適用する。 4 対象となる既存住宅(中古住宅)等の証明方法の拡充 税務署長が、納税者から提供された既存住宅用家屋等に係る不動産識別事項を使用して、入手等をした当該既存住宅用家屋等の登記事項により床面積要件等を満たすことの確認ができた住宅を、本措置の対象となる既存住宅用家屋等に含めることとされる。 これは現行、本措置の対象となる既存住宅(中古住宅)については、登記事項証明書等により要件を満たす住宅であることが証明されたものに限られているが、改正案では今後、納税者から提供を受けた不動産識別事項等(確定申告書に記載)用いて、税務署が法務省の登記情報連携システムを通じて入手した登記情報から、その要件を満たすことが確認できた住宅も含まれることとなる(住宅ローン控除についても同様)。 この改正は令和4年1月1日以後に贈与税の申告書を提出する場合について適用する。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「建設業及び受注制作のソフトウェア業における 収益の認識に関する監査上の留意事項」の公開草案を公表 ~虚偽表示リスクを高める要因や対応手続についても言及~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年12月11日、日本公認会計士協会は、「建設業及び受注制作のソフトウェア業における収益の認識に関する監査上の留意事項」(監査・保証実務委員会研究報告。公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)等の公表に伴って、「工事契約に関する会計基準」(企業会計基準第15号)等が廃止されることから、「工事進行基準等の適用に関する監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第91号)を見直し、工事契約会計基準等の適用が多い建設業及び受注制作目的のソフトウェア業に関する監査上の留意事項を取りまとめたものである。 意見募集期間は2021年1月12日までである。 研究報告は、大きく、「リスク評価手続とこれに関する活動」と「リスク対応手続」に分けて、監査上の留意事項について記載している。 記載されている内容は、監査を受ける一般事業会社においても、収益認識会計基準の適切な適用のために参考になるものと考えられる。 以下では主な内容について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ リスク評価手続とこれに関する活動 1 虚偽表示リスクを高める要因 収益認識会計基準38項に関して、虚偽表示リスクを高める要因として次のものを記載している(12項)。 2 業務プロセスに係る内部統制 収益認識会計基準及び収益認識適用指針の適用に際しては、見積りや判断を要する事項が多いため、担当者以外の専門知識を有するしかるべき責任者又は部署が、客観的な観点で担当者が実施した見積りや判断を検討するプロセスが重要となる。 一般的にこのようなプロセスは承認という行為で内部統制上構築されることが多いため、それぞれのプロセスにおける承認という行為は重要な内部統制となる場合がある(28項)。 契約の識別に関して、業界の取引慣行や個別の契約ごとの事情等により、口頭による契約であるために合意内容を客観的に確かめることが困難な場合や個々の取引に係る契約書等の書面で合意内容が明記されていない場合など、監査上、注意が必要である(30項、31項)。 3 履行義務の識別 以下のような場合、約束した財又はサービスが、別個の財又はサービスであるか一連の別個の財又はサービスであるかはビジネスの実態を考慮した判断によるところがあり、また、履行義務の性質が一見しただけでは分かりにくいこともあるため、履行義務の識別が恣意的に行われる場合がある(42項)。 4 履行義務の充足に係る進捗度 履行義務の充足に係る進捗度に関して、アウトプット法とインプット法のいずれの見積方法が財又はサービスの性質を考慮して完全な履行義務の充足に向けて財又はサービスに対する支配を顧客に移転する際の企業の履行を描写する進捗度の見積方法として適切か判断することが難しい場合がある(58項)。 アウトプット法とインプット法の適用に際しての監査上の留意点が記載されている(60項、61項、67項、69項等)。 5 実行予算 工事原価総額の見積りは、一般的には実行予算に基づいて行われる。 工事原価総額を合理的に見積もるためには、見積りが履行義務の各段階におけるコストの見積りの詳細な積上げとして構成されている等、実際の原価発生と対比して適切に見積りの見直しができる状態となっている必要がある(64項)。 次のことに注意する(64項)。 6 発生したコスト 収益認識会計基準38項に定める収益の認識方法の適用には個別原価計算の採用が前提となる(68項)。 次のことに注意する(68項)。 Ⅲ リスク対応手続 1 アサーション・レベルの不正による重要な虚偽表示リスク アサーション・レベルの不正による重要な虚偽表示リスクが識別された場合、次のようなリスク対応手続が例示されている(86項(2))。 2 契約の識別に関する実証手続 契約の識別に関する実証手続として、次の監査手続が例示されている(91項)。 3 履行義務の識別に関する実証手続 履行義務の識別に関する実証手続として、次の監査手続が例示されている(95項)。 (了)
《速報解説》 固定資産税(土地)の負担調整措置 ~令和3年度税制改正大綱~ 税理士 菅野 真美 以下では12月10日公表の「令和3年度税制改正大綱」(与党大綱)における固定資産税の負担調整措置について、そのポイントを解説する。 ▷固定資産税の改正案の概要 固定資産税の負担調整について、現行の負担調整措置の仕組みを継続した上で、宅地等(商業地等は負担水準(※)が60%未満の土地に限り、商業地等以外の宅地等は負担水準が100%未満の土地に限る)及び農地(負担水準が100%未満の土地に限る)については、令和3年度の課税標準額を令和2年度の課税標準額と同額とする予定である。 (※) 負担水準とは・・・「前年度課税標準額 / 当該年度評価額」 なお、同様の改正は都市計画税においても行われる予定である。 ▷固定資産税の課税のしくみ 固定資産税は1月1日に土地、家屋、償却資産を所有する者に対して、土地等の評価額に基づいて市町村(東京都23区内は東京都)が課税するものであり、固定資産税の標準税率は1.4%である。 この評価額であるが、土地、家屋については3年ごとに評価替えを行い、3年間は原則的には据置きとなる。土地の評価額については、原則的には、地価公示価格等の7割を目途に評価を行っている。3年ごとの評価で評価額が急激に上昇した場合、納税者の負担感を配慮した負担調整措置が設けられている。 ▷なぜ改正になったのか 次の評価替え期間は令和3年からの3年間であり、土地の評価額の基準となる公示価格は令和2年1月1日時点の公示価格となる。 この令和2年の公示価格等は、全国平均で5年連続、住宅地は3年連続、商業地は5年連続上昇し、いずれも上昇基調を強めていたものであった。令和2年の公示価格に基づいて固定資産税評価額を算定すると、固定資産税も増加することになる。 このため改正案では、新型コロナウイルスの感染拡大による景気の悪化の影響を考慮して、1年間の特例として、税額が増えるケースでは令和2年度と同額に据え置くことになる予定である。なお、令和4年以降は段階的に引き上げる予定である。 ▷新型コロナウイルスの影響による固定資産税等の軽減制度について 上記税制改正と別に、新型コロナウイルス感染症の影響により事業収入が減少した中小企業者等の令和3年度分の固定資産税・都市計画税の軽減制度(一定の場合は課税標準が2分の1や0になる)の適用を受けるためには、認定経営革新等支援機関等の確認を受け、一定の書類を添付した特例申告書を、原則、令和3年1月31日(東京都の場合は2月1日)までに資産の所在する市町村役所(東京都23区内の場合は都税事務所)まで提出しなければならない。 (了)
《速報解説》 中小企業者等の法人税率の軽減特例、令和5年3月31日まで2年延長へ ~令和3年度税制改正大綱~ Profession Journal編集部 原則として普通法人又は人格のない社団法人等の法人税率は23.2%とされているが(法法66①)、資本金1億円以下の中小企業者等の場合、各事業年度の所得金額のうち年800万円以下の金額については、軽減税率が適用される(年800万円を超える金額については23.4%)。 この軽減税率(本則)は19%とされているが(法法66②)、令和3年3月31日までの間に開始する各事業年度については、15%の軽減税率が適用されている(措法42の3の2①)。 12月10日公表の「令和3年度税制改正大綱」(与党大綱)では、新型コロナウイルス感染症の影響で厳しい状況におかれている中小企業を配慮し、この軽減税率の適用期限を令和5年3月31日まで2年延長することが明記された。 なお、15%の軽減税率が適用される法人等は以下の通り。 (了)
《速報解説》 新規雇用者に重点を置いた 「賃上げ・投資促進税制(所得拡大促進税制)」の見直しについて ~令和3年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 令和2年12月10日、与党(自由民主党及び公明党)より令和3年度税制改正大綱が公表された。 今回の税制改正大綱では、「ウィズコロナ・ポストコロナの経済再生」が主要項目の第一に掲げられており、その中にはコロナ禍を踏まえた賃上げ・投資促進税制(所得拡大促進税制)の見直しが含まれている。これは、コロナ禍にあって労働者を取り巻く環境が大きく変化する中で、企業が新しい社会へ適用していくためには、事業や構造を変革する新たな人材の獲得及び人材育成の強化が重要であることや、企業の採用状況が悪化する中で第二の就職氷河期を作らないことも重要であるとの認識に基づくものである。 そこで本稿では、令和3年度税制改正において示された、賃上げ・投資促進税制(所得拡大促進税制)の改正項目について紹介する。なお、文中の意見にわたる記述は筆者の私見であり、所属する団体・組織の公式見解ではないことを申し添える。 2 大企業向け「賃上げ・投資促進税制」の見直し 現行の「賃上げ・投資促進税制」は、雇用者給与等支給増加額(雇用者給与等支給額から比較雇用者給与等支給額を控除した金額)の15%の税額控除ができる制度であるが、今回の改正によって、「控除対象新規雇用者給与等支給額」の15%の税額控除ができる制度に改められることとなった。 現行制度が、「雇用者給与等支給額」の増加分について税額控除のインセンティブを与えているのに対し、改正後の制度は、新規雇用者に対する雇用者給与等支給額そのものを対象としたものに変更されるということである。 具体的には、以下のような制度に変更される。 ① 適用年度 令和3年4月1日から令和5年3月31日までの間に開始する各事業年度。 ただし設立事業年度は対象外とされる。 ② 適用要件 ※「新規雇用者給与等支給額」とは →国内の事業者において新たに雇用した雇用保険一般被保険者(支配関係がある法人から異動した者及び海外から異動した者を除く)に対して、その雇用した日から1年以内に支給する給与等の支給額 ※「新規雇用者比較給与等支給額」とは →前期の新規雇用者給与等支給額 ③ 控除税額と控除上限 ここで「控除対象新規雇用者給与等支給額」とは、新規雇用者給与等支給額と「雇用者給与等支給増加額」(雇用者給与等支給額から比較雇用者給与等支給額を控除した金額)のいずれか低い金額をいい、雇用促進税制(地方活力向上地域等において雇用者の数が増加した場合の税額控除)の適用がある場合には、所要の調整が行われる。 この調整計算は、現行制度において雇用促進税制との重複適用を受ける際に求められる調整計算(雇用者給与等支給増加重複控除額の計算)と同様のものになると考えられる。 ④ 「給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」の見直し 給与等の支給額から控除される「他の者から支払を受ける金額」の内容について、現在は措通42の12の5-2において例示されているものの、法令上では範囲が明確にされていなかった。 今回の改正により、その範囲を明確化するとともに、新規雇用者給与等支給額及び新規雇用者比較給与等支給額からは雇用調整助成金及びこれに類するものの額を控除しないこととされる。 3 中小企業向け「所得拡大促進税制」の見直し 中小企業(中小企業者等)向けの「所得拡大促進税制」については、賃上げだけではなく、雇用を増加させる企業を下支えするという観点から、大企業向けの「賃上げ・投資促進税制」とは異なる方向性での改正が行われることとなった。 すなわち、制度の枠組みとしては現行制度を維持しつつ、適用要件等を見直した上で適用期限を2年延長(=令和5年3月31日までに開始する事業年度まで適用)することとされた。 具体的な見直し項目は以下の通りである。 ① 適用要件の見直し 今回の改正により、「継続雇用者給与等支給額」ではなく、「雇用者給与等支給額」の増加割合によって適用要件を判定することとされる。 ② 控除率の上乗せ措置ための要件の見直し 現行制度では、「継続雇用者給与等支給額」の対前年度増加率が2.5%以上であり、かつ、教育訓練費増加等(※)の要件を満たす場合には、控除率を15%から25%に引き上げることとされているが、このうち「継続雇用者給与等支給額」の増加要件について、「雇用者給与等支給額」の対前年度増加率が2.5%以上であること、との要件に見直されることとなった。 (※) 教育訓練費増加等の要件:以下のいずれかの要件を満たすこと (a) 【当期の教育訓練費の額 ≧ 前期の教育訓練費の額 × 110%】であること (b) 中小企業等経営強化法における「経営力向上計画」の認定を受け、その経営力向上計画に記載された経営力向上が確実に行われたことにつき一定の証明がされたものでること ③ 「給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」の見直し 大企業向けの改正と同様、「給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」の範囲を明確化するとともに、次の見直しが行われる。 (了)
《速報解説》 「令和3年度税制改正大綱」(与党大綱)が公表される ~DX投資・中小M&A促進を図る制度の創設、 住宅ローン控除は入居期間2年延長、 教育資金等の贈与税非課税措置は延長も課税強化へ~ Profession Journal編集部 12月10日(木)、自由民主党・公明党は「令和3年度税制改正大綱」(いわゆる与党大綱)を公表した。 新型コロナウイルス感染症の感染拡大が国内外の社会経済へ甚大な打撃を与えるとともに、変革を求められた令和2年。国内では第三波といわれる感染拡大の収束も見えない中、自由民主党・公明党によって取りまとめられた与党大綱で示された令和3年度税制改正における施策は、コロナ対応に特化した本年4月の「新型コロナ税特法」による特例措置とは異なり、住宅業界など特に経済的影響の大きい一部市場への対応を除き、現行の特例措置の延長など、全体として当面の税負担増に配慮した内容が多くなっている。 一方で、本年の5G投資促進税制の創設に続き長期的視点による税制措置として、企業によるDX(デジタルトランスフォーメーション)投資や効果的なM&Aの実現を促進する新制度の創設や、贈与税の各非課税措置など課税の公平性について問題のある現行制度に一定の制約を設けるといった、過年度改正と同様の方針による改正案も示されている。 以下、主な改正事項を紹介する。例年のとおり、重要な改正事項については年末から年始にかけて個別に速報解説を順次公開していくので、そちらも合わせて参照されたい。 また、こちらの[資料リンク集]ページも今後更新を重ねていくので、ログインの上、ブックマークボタンを押すなどして確認できるようにしていただきたい。 〇複数の施策で企業のDX投資・M&Aを後押し 企業内・企業間でのクラウドを使ったデータ連携などDXを推進する企業に対して、減税措置(デジタルトランスフォーメーション投資促進税制)が創設される【大綱P57】。 具体的には、産業競争力強化法の改正を前提に、青色申告書を提出する法人で同法の「事業適応計画(仮称)」について認定を受けたものが、同法の改正法の施行日から令和5年3月31 日までの間に、その事業適応計画に従って実施される産業競争力強化法の事業適応(仮称)の用に供するためにソフトウェアの新設若しくは増設をし、又はその事業適応を実施するために必要なソフトウェアの利用に係る費用(繰延資産となるものに限る)の支出をした場合には、次の適用が可能となる。 なお「事業適応設備」とは、事業適応計画に従って実施される事業適応(生産性の向上又は需要の開拓に特に資するものとして主務大臣の確認を受けたものに限る)の用に供するために新設又は増設をするソフトウェア並びに、そのソフトウェア又はその事業適応を実施するために必要なソフトウェアとともに事業適応の用に供する機械装置及び器具備品をいう(開発研究用資産を除く)。 また、設備投資総額の上限は300億円とされ、税額控除における控除税額は後述の「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制」の税額控除制度による控除税額との合計で当期の法人税額の20%が上限とされる。 なお産業競争力強化法の改正法の施行日から1年以内に上記「事業適応計画(仮称)」の認定を受け計画に従った取組みを行っている企業については、2年間(令和2年2月1日から令和3年4月1日までの期間内の日を含む事業年度)にわたって生じた欠損金額を、翌期以後、最大で5年間、適格投資の範囲内で繰越欠損金の100%繰越控除をすることができる特例措置も講じられる。 次に菅内閣が推進する「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現」を目指す観点から、「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制」が創設される【大綱P67】。こちらも産業競争力強化法の改正を前提としており、中長期環境適応計画(仮称)について認定を受けた青色申告法人が、同法の改正法の施行日から令和6年3月31日までの間に、上記計画に記載された中長期環境適応生産性向上設備(仮称)又は中長期環境適応需要開拓製品生産設備(仮称)の取得等をして国内にある事業の用に供した場合に、50%の特別償却、又は5%(温室効果ガスの削減に著しく資するものについては10%)の税額控除が適用できる。一方、高度省エネルギー増進設備等を取得した場合の特別償却又は税額控除制度は、所要の経過措置を講じた上、1年前倒しで令和3年3月31日をもって廃止される。 なお「デジタルトランスフォーメーション投資促進税制」及び「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制」は共に、賃上げや国内設備投資に消極的な企業に対して税額控除制度の適用を制限する措置(措法42の13⑥)の対象に加えられる。 さらに控除額・控除率の上乗せ措置が来年3月で適用期限を迎える研究開発税制については、現行で法人税額の25%とされている総額型の控除上限について「基準とする年度と比較して売上が2%以上減少したにもかかわらず、試験研究費を増加させた場合」に5%を上乗せ(合計30%)することとされ(中小企業技術基盤強化税制も同様)、また、控除率を一部見直し下限を2%(現在:6%)まで引き下げた上で、現行の控除額・控除率の上乗せ措置を2年延長する。また、経産省が要望していたとおり「クラウド環境で提供するソフトウェア等、自社利用ソフトウェアの製作に係る試験研究費」が対象に追加される。 次に、前年は議論不十分として見送りとなった「自社株式等を対価とした株式取得による事業再編の円滑化措置」が今回の大綱に織り込まれている【大綱P63-64】。現在は平成30年度改正で手当てされた「特別事業再編を行う法人の株式を対価とする株式等の譲渡に係る所得計算の特例(措法66の2の2)」が設けられているが、事前認定のハードルがあるなど制度の利便性に課題があった。このたび令和元年改正会社法(令和3年3月1日施行)により新たに株式交付制度が創設されることを受け、事前認定を不要とするなど実効的かつ恒久的な制度について経済産業省が要望していたもの。 新制度では適用期限を設けず、法人が、会社法の株式交付により、その有する株式を譲渡し、株式交付親会社の株式等の交付を受けた場合には、その譲渡した株式の譲渡損益の計上を繰り延べることとされる。なお、対価として交付を受けた資産の価額のうち株式交付親会社の株式の価額が80%以上である場合に限るとされ、株式交付親会社の株式以外の資産の交付を受けた場合には、株式交付親会社の株式に対応する部分の譲渡損益の計上を繰り延べる(上記の現行特例(措法66の2の2)は適用期限(令和3年3月31日)をもって廃止【大綱P79】)。 また近年、主に事業承継を目的とした中小企業のM&Aも活況とされているが、コロナ禍を受け財務基盤の弱い中小企業の経営資源を集約化等(統合・事業再構築等)させることを目的に、M&Aに係るリスク軽減を図る観点から、M&Aに関する経営力向上計画の認定を受けた中小企業者が、株式等の取得価額の70%以下の金額を準備金として積み立てた場合にその積立金額の損金算入を認める「中小企業事業再編投資損失準備金」制度が創設される(計画の認定期限は中小企業等経営強化法の改正法の施行日から令和6年3月31日まで)【大綱P72-73】。なおこの認定を受けた中小企業については、新たな類型として中小企業経営強化税制の適用を可能とする等、複数の施策によりこの動きを後押しする制度設計となっている。 来年3月末で期限切れを迎える特例措置のうち、「賃上げ・生産性向上のための税制(大企業向け)」及び「所得拡大促進税制(中小企業向け)」については、令和5年3月31日までの2年延長とともに、コロナを契機とした第二の就職氷河期を生み出さないため、前者(大企業向け)は2年間の時限措置として、現行「継続雇用者給与等支給額の対前年度増加率3%以上」としている要件を「新規雇用者給与等支給額の対前年増加率2%以上」とし、教育訓練費に係る上乗せ措置の要件を緩和するなど、賃上げだけでなく新規雇用にも重点を置いた制度へ見直す【大綱P60】。後者(中小企業向け)についても、従来の①雇用者給与等支給額が前年を上回ること、②継続雇用者給与等支給額の1.5%以上増加という要件を「雇用者給与等支給額が1.5%以上増加」という要件に見直される【大綱P71-72】。 また同様に来年3月末が期限となっている中小企業向けの主な特例措置のうち、「中小企業者等の法人税率の特例(19%→15%)(措法42の3の2)」については令和5年3月31日までの2年延長、「中小企業防災・減災投資促進税制(措法44の2)」は対象資産の見直し等を行い2年延長、「中小企業経営強化税制(措法42の12の4)」は「経営資源集約化設備(※)」を追加した上で2年延長される。 (※) 計画終了年度に修正ROA又は有形固定資産回転率が一定以上上昇する経営力向上計画(経営資源集約化措置(仮称)が記載されたものに限る)を実施するために必要不可欠な設備をいう。 なお「中小企業投資促進税制(措法42の6)」については、「商業・サービス業・農林水産業活性化税制(措法42の12の3)」と統合した上で2年延長されることとなった。具体的には、中小企業投資促進税制について以下の見直しが行われる【大綱P68】。 上記に伴い、平成25年度改正で創設された「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」は適用期限の到来をもって廃止となる。 法人税関係では他に、特定の資産の買換えの場合等の課税の特例のうち「過疎地域に係る措置及び危険密集市街地に係る措置」が適用期限(令和3年3月31日)の到来をもって廃止される【大綱P79】ほか、一括評価分の貸倒引当金を計算する際に中小企業者等のみ認められている法定繰入率のうち、「割賦販売小売業並びに包括信用購入あっせん業及び個別信用購入あっせん業」に係る「1,000分の13」(措令33の7④四)を「1,000分の7」とする見直しが行われる【大綱P78-79】。 なお、先月公表の「令和元年度決算検査報告の概要」(会計検査院)で指摘を受けた留保金課税等をめぐる制度上の問題(下記の速報解説を参照)への対応については、今回の大綱では見送られている。 〇教育・結婚・子育て資金贈与特例は2年延長も、世代飛ばしについては2割加算の対象へ 相続税・贈与税の関係ではまず、来年3月末で期限切れとなる「直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置(措法70の2の2)」及び「直系尊属から結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置(措法70の2の3)」については、令和2年度の与党大綱でも「次の適用期限の到来時に、その適用実態も検証した上で、両措置の必要性について改めて見直しを行う」とされており、その存廃についても検討された結果、両制度とも令和5年3月31日まで2年延長されたものの、以下の見直しが行われる。 まず教育資金の特例については、現行制度では、贈与者が死亡したとき、この特例による贈与から3年を経過していれば、死亡時点の残額は相続税の課税対象とならないが、改正案では贈与者死亡前3年以内贈与にかかわらず、その残額が相続財産に加算される(受贈者が23歳未満の場合等を除く)。また、受贈者が贈与者の子以外の直系卑属である場合に、贈与者死亡時の残額に係る相続税額に2割加算が適用される。本制度の節税効果が大きく減退する改正といえよう【大綱P42】。 結婚・子育て資金の特例は、現行でも贈与者死亡時の残額は相続財産に加算され3年以内の条件は付いていないが、こちらも贈与者死亡時の残額について、受贈者の子以外の直系卑属に相続税が課税される場合には、2割加算が適用される【大綱P43】。 なお、上記改正は共に令和3年4月1日以後の信託等により取得する信託受益権等について適用されることから、駆け込み需要が発生する可能性も考えられる。 また、こちらは令和3年12月31日が適用期限となる「直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税(措法70の2)」だが、令和5年12月31日まで2年延長された上、(注)住宅市場の活性化を図るため、令和3年4月1日から12月31日までの契約については、予定されていた非課税限度額の減額を行わず、令和3年3月31日までの適用とされている現行の非課税限度額(住宅の要件により500万円~1,500万円)を維持し、後述の住宅ローン控除と同様、受贈者の贈与年分における合計所得金額が1,000万円以下の場合は住宅の床面積要件の下限を40㎡以上に引き下げることとする(現行の所得要件は2,000万円以下、面積要件の下限は50㎡以上)。なお住宅取得等資金に係る相続時精算課税制度の特例についても床面積要件の引下げ(50㎡以上→40㎡以上)を行う。これらの改正は令和3年1月1日以後に贈与により取得する住宅取得等資金に係る贈与税から適用される【大綱P41】。 その他、非上場株式等に係る相続税の納税猶予の特例制度について、以下の場合には、後継者が被相続人の相続開始の直前において特例認定承継会社の役員でないときも適用を受けることができることとされる(①は一般制度についても同様)【大綱P45】。 上記の通り相続税関係では今回、大きな改正は見られなかったものの、政府税制調査会では「資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築等」と題し、相続時精算課税制度含む特例措置の問題点から相続税の課税方式など、広く相続税・贈与税全体のあり方についての議論が始まっており(大綱P18にも同趣旨の記載あり)、今後は専門家会合にて議論が深められることから、その動向にも注視する必要があろう。 〇住宅ローン控除、入居期限を2年延長、床面積要件の見直しも 住宅借入金等特別控除(住宅ローン控除)については令和元年度税制改正で、消費税率引上げ(8%→10%)による負担軽減を図るため、控除期間を3年(13年目まで)延長し、税負担増分の税額控除を認める特例措置が設けられた。また新型コロナ税特法では、新型コロナウイルス感染症の影響により期限(令和2年12月31日)までに入居できない場合でも、一定の要件の下、適用を認める措置が講じられたところだ。 大綱では、控除期間13年の特例について、一定の期間内(新築の場合は令和2年10月から令和3年9月末まで、それ以外は令和2年から12月から令和3年11月末まで)に契約を行った場合には、令和4年12月31日までの入居者についても対象とすることとされた【大綱P23】。また、この2年の延長分においては、上記の贈与特例と同様、控除を受ける年分の合計所得金額1,000万円以下の者について床面積40㎡以上50㎡未満の住宅も対象とされる。なお制度延長に伴い、所得税から控除しきれなかった額を個人住民税から控除できる地方税制度も延長される。なお本制度については、会計検査院の「平成30年度決算検査報告」における指摘に関連し令和4年度税制改正で控除額や控除率のあり方を見直すとしている。 なお土地・建物に係る税制では他に、令和3年限りの措置として土地に係る固定資産税の負担軽減措置(一定の宅地等及び農地については令和3年度の課税標準額を令和2年度の課税標準額と同額とする等)が実施される他、土地の所有権移転登記等に係る登録免許税の軽減税率が令和5年3月31日まで2年間延長される。さらに①住宅・土地に係る不動産取得税の税率の特例(3%(本則4%))及び、②宅地評価土地の取得に係る不動産取得税の課税標準を価格の2分の1とする特例については、令和6年3月31日まで3年延長となる。 次に、退職所得への課税について、現行ではその収入金額から退職所得控除額を控除した額に2分の1を乗じて退職所得の金額を計算することとなっており、退職所得控除額は勤続年数20年を境に区分されているが、勤続年数が5年以下という短期の場合でも一定の退職金が支払われている実態を鑑み、勤続年数5年以下の者がその勤続年数に対応して支払を受ける退職手当等で特定役員退職手当等に該当しないもの(「短期退職手当等」)については、退職所得控除額を控除した残額のうち300万円を超える部分について、2分の1課税を適用しないこととされる(令和4年分以後の所得税から適用)【大綱P35】。 所得税関係ではその他、令和3年12月31日が適用期限とされているセルフメディケーション税制の5年延長及び対象の重点化(効果の薄いスイッチOTC成分を対象外とする)【大綱P33】、個人が同族会社との間に法人を介在させて社債利子(利子所得)の支払いを受けることで総合課税から分離課税への転換を行うケースへの対応【大綱P29】や、かねてより議論となっていたベビーシッター費用(給付を受けるもの〔追記:2020/12/14〕)の非課税措置についても実現の運びとなった【大綱P35】。 〇電帳法の大幅拡充が実現へ 電子帳簿保存制度とは、事業者が所管税務署長の承認を受けることで、一定期間の保存が義務付けられている国税関係の帳簿書類を、紙に代えて電子データで保存することが認められる制度(領収書類についてはスキャナ保存が可能)。本制度は利便性の向上を目的に毎年要件の見直しが行われているが、特に本年はテレワークの浸透に伴い経理の電子化の必要性が改めて認識されたこともあってか、上記の事前承認の廃止や領収書への自著廃止に加え、現行要件を充たす優良な電子帳簿に関連して過少申告があった場合の過少申告加算税の軽減措置など、制度利用のハードルを大幅に下げ、かつ促進を図る抜本的な見直し措置がとられることになった(令和4年1月1日施行)【大綱P117】。社内文書のペーパレス化を一気に推し進める改正となるか、今後の制度詳細が注目される。 なお、既に政府全体が進めている押印義務の廃止に関しては、提出者等の押印をしなければならないこととされている国税・地方税の税務関係書類について、次に掲げる税務関係書類を除き、押印を要しないこととされる(令和3年4月1日以後に提出する税務関係書類について適用)【大綱P117】。 さらにスマートフォンのアプリ決済サービスによる納付手段が創設されるなど、国税・地方税ともに税務手続の電子化を一層促進する施策が複数織り込まれている。 最後に車体課税については、自動車業界が大変革に直面しておりこの変革に対応した見直しを早急に行う必要があるとしつつも、コロナ禍での急激な変化は望ましくないとし、一定の猶予期間として自動車重量税のエコカー減税の延長等にとどめている【大綱P83】。また、IR(統合型リゾート)事業に係る税制としてカジノで得た所得への課税方法などその方向性が示されている(令和4年度以降の税制改正で具体化)【大綱P21】。 (了)
2020年12月10日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.398を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第94回】 「法令相互間の適用原則から読み解く租税法(その4)」 ~特別法優先の原則~ 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅳ 特別法優先の原則 1 概観 特別法優先の原則とは、特別法が一般法に優先して適用されるという考え方である。法令の所管事項の原則(本連載「その1」)及び法令の形式的効力の原則(本連載「その2」)によっても、2つ以上の法令間の矛盾抵触を解決することができない場合にこの原則が機能することになる(伊藤義一『税法の読み方 判例の見方〔改訂版〕』83頁(TKC出版2007))。 これは、代表的には、民法(一般法)と商法・会社法(特別法)とのような関係を指すものである。これらのうち、商法・会社法が民法に優先して適用されることになる。 なお、一般法と特別法との関係にある法令の間においては、前回(本連載「その3」)述べた後法優位の原則は発動されない。 2 特別法優先の原則が争点となった事例 特別法優先の原則が争点となった事例は枚挙に暇がない。 例えば、大阪府吹田市の住民である原告が、吹田市報酬及び費用弁償条例の規定のうち吹田市固定資産評価審査委員会の委員に月額報酬を支給することを定める規定が、地方税法423条《固定資産評価審査委員会の設置、選任等》7項に違反し、無効であるなどとして、吹田市の執行機関である被告に対し、地方自治法242条の2《住民訴訟》1項1号の規定により、上記報酬の支給に係る公金の支出の差止めを求めるとともに、本件委員会の委員に対して支給された報酬相当額の不当利得返還請求をすることを求めた住民訴訟として大阪地裁平成26年1月24日判決(判自392号12頁)がある。 この判決では、地方税法423条7項は、「固定資産評価審査委員会の委員は、当該市町村の条例の定めるところによって、委員会の会議への出席日数に応じ、手当を受けることができる」と定めているが、同項は、地方自治法203条の2第2項の「特別法」とまではいえず、同項ただし書の規定により、月額報酬制その他の日額報酬制以外の報酬制度を採用する条例の規定が許容される余地があると判示している。 *なお、地方自治法203条の2第1項は「普通地方公共団体は、その委員会の非常勤の委員、非常勤の監査委員、自治紛争処理委員、審査会、審議会及び調査会等の委員その他の構成員、専門委員、監査専門委員、投票管理者、開票管理者、選挙長、投票立会人、開票立会人及び選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の職員・・・に対し、報酬を支給しなければならない。」と規定し、同2項は「前項の者に対する報酬は、その勤務日数に応じてこれを支給する。ただし、条例で特別の定めをした場合は、この限りでない。」とする。 このように、ある法律が、他の法律の特別法であるか(あるいは一般法であるか)、その位置付けについて争点とされる事例もあるが、多くの場合、特別法と一般法との関係は明確であることが多い。 なお、租税法領域にあっては、国税徴収法と民法との関係においては、国税徴収法が特別法、民法が一般法の関係になり、各個別税法と国税通則法との関係においては、各個別税法が特別法、国税通則法が一般法の関係になり、租税特別措置法と各個別税法との関係においては、租税特別措置法が特別法、各個別税法が一般法の関係になる。 3 タックス・ヘイブン対策税制の適用の有無が争われた事例 (1) 事案の概要と下級審の判断 それでは、租税法領域において特別法優先の原則が論じられた事例を見てみよう。 納税者X(原告・被控訴人・上告人)が、タックス・ヘイブン国に設立した特定外国子会社であるA社に生じた欠損を納税者の損金として算入し申告したところ、税務署長Y(被告・控訴人・被上告人)が損金の過大計上であるとして法人税の更正処分等をしたため、その取消しを求めた事案として松山地裁平成16年2月10日判決(民集61巻6号2515頁)がある。 本件の争点は租税特別措置法66条の6(当時)に定める外国子会社合算税制(いわゆるタックス・ヘイブン対策税制)の適用の有無であるが、具体的には、特定外国子会社等に係る欠損金を内国法人の損金の額に算入することが、租税特別措置法66条の6第2項2号によって禁止されるか否かであった。 同地裁は次のように判示している。 上記判決は、このようにタックス・ヘイブン国の特定外国子会社に生じた欠損金を日本親会社の所得から控除することを租税特別措置法66条の6第2項2号を根拠として否認することはできないとしたのである。つまり、租税特別措置法において本件のような欠損金についての取扱いは規定されていないとするのである。 前提として、法人税法が一般法で租税特別措置法が特別法の関係にある中において、本件の判断を、特別法優先の原則になぞらえて解釈すると、特別法たる租税特別措置法において本件のような欠損金についての取扱いが規定されていない以上、特別法の適用はないことになる。 したがって、かかる特定外国子会社等の欠損金の取扱いに関しては一般法に戻って、法人税法11条《実質所得者課税の原則》の適用によって、日本親会社の所得から控除することができるということになるのであろう。 これを受けてYは控訴審において、次のように主張した。 このようにYも特別法優先の原則に従った主張を展開しているのである。 そして、控訴審高松高裁平成16年12月7日判決(民集61巻6号2531頁)は、次のように判示して原審判断を覆した。 (2) 検討 このように、特別法優先の原則が前提となる主張及び判決が下されているのであるが、ここに疑問の余地はなかろうか。 すなわち、「実質所得者課税の原則」とは、およそ法人税の税額確定ルールたる法人税法や租税特別措置法を適用するに当たって当然に考慮されるべき法律的帰属説を宣明した条文であると思われるのである。本質的には、明文の規定なくしても考慮されるべき事項が確認的に明文化されているにすぎず、法人税法の適用においても租税特別措置法の適用においても妥当する条理であるといえよう。 *なお、実質所得者課税の原則については、「条文の『見出し』から租税法条文を読み解く(その2)」も参照されたい。 したがって、実質所得者課税の原則が法人税法11条に規定されていることをもって、それを一般法と呼び、租税特別措置法との関係では適用が優先されないなどと解するべきではなく、むしろ租税特別措置法の適用においても射程が及ぶ規定であり、何となれば、租税特別措置法にも同様の規定があってもよいはずのものだと考えるべきであって、およそここにいう特別法優先の原則の議論の埒外にある条理であるとみるべきではなかろうか。 実質所得者課税の原則は事実認定上のルールであるから、事実認定があり、認定された事実に法が適用されるという手順を想起すれば、法人税法11条が租税特別措置法の適用に遅れるというような議論にはならないのではなかろうか。 まず、対象となる欠損金が外国子会社等に帰属するものかどうかが実質所得者課税の原則の観点から考察されるべきであり、そもそもかかる子会社等に欠損金が帰属しないのであれば、タックス・ヘイブン対策税制の適用はあり得ないわけである。 そして、子会社等に欠損金が帰属するとなれば、租税特別措置法66条の6の適用があり、当該特定外国子会社等に適用対象留保金額があればタックス・ヘイブン対策税制が適用され、要件を充足しなければかかる税制の適用はないと考えるのが、実質所得者課税の原則を正解した解釈の道筋ではなかろうか。 繰り返しになるが、外国子会社等に欠損金が帰属しないのであれば、そもそも租税特別措置法66条の6の問題ではないというべきではなかろうか。 なお、最高裁平成19年9月28日第二小法廷判決(民集61巻6号2486頁)は、外国子会社であるA社が、Xとは別法人として独自の活動を行っていたという点に鑑みて、「本件においてはXに損益が帰属すると認めるべき事情がないことは明らかであって、本件各事業年度においては、A社に損益が帰属し、同社に欠損が生じたものというべきであり、Xの所得の金額を算定するに当たりA社の欠損の金額を損金の額に算入することはできない。」と判示している。 結びに代えて 本連載では、法令相互間の適用原則として、①所管事項の原則、②形式的効力の原則、③後法優位の原則、④特別法優先の原則を確認してきた。 憲法30条及び同84条を頂点に構築される租税法体系においては、憲法29条の要請する財産権保障の観点から、租税法律主義の下での厳格な法令解釈が求められるが、社会経済の発展に伴って、租税法は日々高度複雑化している。 租税は、国家の財政需要を充足するという本来の機能のほか、国政全般からの総合的な政策判断を必要としていることから、租税法の定立については、立法府の政策的、技術的な判断によるところが大きいと解されているが(いわゆる大嶋訴訟最高裁昭和60年3月27日大法廷判決(民集39巻2号247頁))、各個別税法本法の定めに加えて、課税の公平を維持する観点、あるいは特定の政策の推進の観点から、数多の租税特別措置が設けられている。 また、租税法は、単に租税法単体で成り立っているわけではなく、各種私法や行政法との結びつきも色濃く、到底それらとの関わりを無視することはできまい。 かような高度に複雑化した昨今の租税法の解釈においては、法令相互間の適用原則を一層意識した法の適用が求められている。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第49回】 「租税法律主義の基礎理論」 -納税者の権利保護の要請- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 今回は、租税法律主義の内容のうち納税者の権利保護の要請を取り上げて検討する。この要請は、金子宏教授が夙に租税法律主義の内容として説いてこられたものであることから、まず、金子教授の見解からみておくことにしよう。 金子教授は納税者の権利保護の要請について次のとおり説いてこられた(同『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)63頁[初出・1974年]。同『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)1069頁も同旨)。 Ⅱ 司法的救済の保障の原理に対する争訟制度上の制約 金子教授は、納税者の権利保護の要請について、さらに、法の支配の見地から、「租税法におけるルール・オブ・ローの実現のためには、納税者の権利保護の制度の確立と、それが効率的に機能することが不可欠である。」と述べ、憲法76条1項及び裁判所法3条1項の規定から「司法的救済の保障の原理」を導き出しておられるが(同・前掲『租税法理論の形成と解明 上巻』124頁[初出・2008年]。太字筆者。なお、法の支配については特に第44回Ⅲ参照)、その原理の意義について不服申立制度との関係で次のとおり述べておられる(同125-126頁[初出・2008年]。同・前掲『租税法』1072頁も同旨)。 この引用文においては、不服申立前置主義が司法的救済の保障の原理に対する制約となっていることが問題とされ、その改善の方向性が示されている。この方向性は、「不服申立前置のあり方については、納税者の利便性向上を図ることが求められていることから、争訟手続における納税者の選択の自由度を増やすことを基本に」検討を行うものとした平成22年12月16日閣議決定(「平成23年度税制改正大綱」8頁)を踏まえ、平成26年6月における行政不服審査法の改正を受けた国税通則法の改正において、次のような趣旨及び形態で(財務省「平成26年度税制改正の解説」1120-1121頁)、具体化された。 この改正によって、不服申立前置主義による司法的救済の保障の原理に対する制約が緩和され、納税者が国税に関する処分について自己の権利救済を裁判所に求める機会ないし可能性が、拡充された。その意味で、この改正は、租税法律主義の見地から、納税者の権利保護の要請の実現に資するものとして、高く評価することができよう。もっとも、この評価は、この改正によっても自由選択主義(行訴法8条1項本文)は採用されず審査請求前置主義が依然として維持されている以上、国税不服審判所が納税者の権利救済機関として実際上有効かつ適正に機能するかどうかにかかっていることには留意すべきである(国税不服審判所による権利救済の状況については、国税庁が事務年度ごとに公表している「国税庁レポート」の「Ⅳ 権利救済」を参照)。 Ⅲ 司法的救済の保障の原理に対する訴訟実務上の制約 1 増額更正のうち申告額を超えない部分の取消しを求める訴えと条件付却下説 ところで、司法的救済の保障の原理に対する制約は、訴訟実務上もみられる。租税訴訟実務において特に問題であると思われるのは、本案判断に立ち入ることなく司法的救済の機会を否定する却下の判断のうち、いわゆる更正の請求の排他性を訴訟要件(訴えの利益)の判断において考慮して訴えを却下する判断である(拙稿「租税法律主義(憲法84条)」日税研論集77号(2020年)243頁、291頁)。 そのような判断を示した裁判例としては、東京高判平成18年12月27日訟月54巻3号760頁、大阪地判平成21年1月30日訟月57巻2号344頁、名古屋地判平成26年9月4日訟月62巻1号1968頁等があるが、それらの裁判例は、租税訴訟実務に関する次の見解(司法研修所編『租税訴訟の審理について〔第3版〕』(法曹会・2018年)51-53頁。同書は、当初は、司法研修所『租税訴訟の審理について』司法研究報告書36輯2号(1984年・泉徳治=大藤敏=満田明彦執筆)として刊行された)に従ったものと解される。この見解は、申告と増額更正との関係について吸収説に従い「申告に係る税額の部分を含め、確定した税額に不服のある納税者は、増額更正のみを対象として取消訴訟を提起することになる。」と述べた上で、次のとおり述べている(下線筆者)。 この見解は、申告と増額更正との関係の捉え方(併存説と吸収説・消滅説)とも関連して議論されてきた取消訴訟に係る訴えの対象をめぐる問題に関する却下説(東京地判昭和48年3月22日行集24巻3号177頁参照)と棄却説(京都地判昭和45年4月1日行集21巻4号641頁参照)のうち、基本的には前者の立場に立ちつつ、更正の請求をしていないことを条件に、訴えの却下を認めるものであり、条件付却下説ともいうべきものである(前記の見解が示される以前の裁判例で同様の立場に立つものとして、神戸地判昭和54年11月9日訟月26巻2号340頁参照。なお、以上の議論の整理については、拙稿「課税処分取消訴訟に係る訴えの利益と更正の請求の排他性」税法学575号(2016年)135頁以下参照)。 前記の見解は、裁判例では、単純加算型増額更正(過大な申告の後に更正の請求がされないまま、所得金額の加算だけから成る増額更正)がされた場合についてだけでなく、減算・加算複合一体型増額更正(過大な申告の後に更正の請求がされないまま、所得金額の減算と加算から成る増額更正)がされた場合(下掲判示中の2つ目の下線部)についても、採用されている。後者の場合について、前掲・大阪地判は次のとおり判示している(下線・傍点筆者)。 筆者は、上記の判示において検討されている原告の主張と問題意識を同じくするものであり、したがって、前記の見解に従った大阪地裁の判断は妥当でないと考えるところであるが、以下では、その理由について述べることにする(以下の叙述は、前掲・拙稿145頁以下をベースにしたものである)。 2 更正の請求の原則的排他性と却下条件との論理的連関(1) 前記の見解は、条件付却下説を説くに当たり「更正の請求の排他性」に言及しており、同説を採用したものと解される前掲・大阪地判等の裁判例でも、内容的には、更正の請求の排他性(厳密にいえば原則的排他性)の観念と関連づけて、「更正の請求をしなかった場合」という却下条件を説示しているが、その間の論理的連関は必ずしも明らかでないように思われる。 更正の請求の原則的排他性と条件付却下説にいう却下条件との間の論理的連関を媒介する論理として、前掲・大阪地判は、条件付却下説に基づく判断に当たり更正の請求制度の趣旨として説示する「租税債務の可及的速やかな確定という要請」を援用していると解される。つまり、「申告後に増額更正処分があったことを機会を[ママ]利用して、その取消しを求める訴訟において、申告額を超えない部分の取消しを求めることは、法の定める手続を欠くにもかかわらず、実質的には更正の請求手続を採った場合と同様の効果を認めることになってしまい」(中尾巧『税務訴訟入門〔第5版〕』(商事法務・2011年)155頁)、更正の請求制度の上記の趣旨を没却することになる、というような論法が、条件付却下説の基礎にあると解されるのである。この論法は、更正の請求の原則的排他性の基礎にある更正の請求制度の趣旨を援用し、その趣旨(及びこれに基づく更正の請求の原則的排他性)を意味あるものにするために、納税者が更正の請求をすることなく増額更正のうち申告額を超えない部分の取消しを求める場合にはその訴えを排斥する、というものである。 しかし、更正の請求制度の趣旨としての「租税債務の可及的速やかな確定という要請」というような租税行政手続法上の考慮によって、更正の請求の原則的排他性を根拠づけることはできるとしても、増額更正のうち申告額を超えない部分の取消しを求める訴えにおいて「更正の請求をしなかった場合」を訴訟要件(却下条件)とするというような司法手続上の判断までをも根拠づけることは妥当でないと考えられる。つまり、訴訟要件の判断は、更正の請求の原則的排他性の射程外であると考えられるのである。むしろ、更正の請求の原則的排他性の及ぶ範囲は、「租税債務の可及的速やかな確定という要請」が妥当する租税行政手続の範囲にとどまると考えるべきである。更正の請求の原則的排他性の及ぶ範囲を取消訴訟の訴訟要件(訴えの利益)の判断にまで拡大することは、更正の請求に「過重負担」(占部裕典『租税法と行政法の交錯』(慈学社・2015年)297頁[初出・1994年])を負わせることになろう。 3 更正の請求の原則的排他性と却下条件との論理的連関(2) 更正の請求の原則的排他性と条件付却下説との間の論理的連関を媒介する論理として、前掲・大阪地判は、もう1つには、「当該納税者が更正の請求をしなかったことによる結果」(前掲判示の3つ目の下線部参照)を強調していると解される。問題は、ここでいう「結果」が法的にどのような意味をもつかである。 そもそも、申告納税方式(税通16条1項1号)による納税義務の確定は、課税要件の充足により成立した納税義務について納税者又は課税庁が行うその内容の主観的確認である(拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)【118】参照)から、「納税義務者又は税務官庁による納税義務の確定はあくまでも一応の確定にとどまり(裁決・判決等の確定とは異なる。)、後になってその確定を取り消し若しくは変更しうる。」(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)228頁)が、その確定の取消し又は変更のためには、納税義務の確定に関する異なる主観的判断が納税者又は課税庁において行われ、その異なる確定判断が税法所定の手続に従って表明されなければならない。納税者についていえば、納税者は納税申告の過誤を「自己に有利に」(税通23条1項1~3号・2項1~3号参照)是正するためには、当初申告と異なる確定判断を原則として更正の請求の手続に従って表明しなければならない。更正の請求の原則的排他性は、本来、このような意味において理解されるべき観念(確定手続法上の排他性)であって、取消訴訟の排他性とは異なり、訴訟法上の排他性ではないのである。 納税者が更正の請求をしなかったことは、納税者が当初申告と異なる確定判断を表明しなかったことを意味するのであるから、その「結果」は、納税義務の確定手続において当初の確定判断だけしか表明されておらず、それと異なる(対立する)確定判断が存在していない状態、を意味することになる。その状態は、換言すれば、納税義務の確定手続においてその確定の適否について争い(確定判断の対立)がない状態、といってよかろう。これは、訴訟法的には、「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)の要件が充足されていない状態を意味すると考えられる。 司法裁判権の対象となる「法律上の争訟」とは、「当事者間の具体的な権利義務または法律関係の存否(刑罰権の存否をふくむ)に関する紛争であつて、法律の適用により終局的に解決しうべきもの」(最高裁判所事務総局編『裁判所法逐条解説 上巻』(法曹会・1967年)22-23頁)をいい、「結局、法の適用上の争、すなわち法律上定められた権利義務または法律関係に関する主張の対立を意味」(同24頁)する。したがって、争い(主張の対立)ではあっても、具体的な法律関係に関する争いでなければ、その争いは、法律上の争訟には該当しないのである。 これを納税義務の確定手続についていえば、納税義務の確定の適否(課税要件の充足によって成立した納税義務の内容を正しく確認しているか否か)に関する争い(確定判断に係る主張の対立)が、抽象的な可能性のレベルにおいてではなく、実際に行われた当該確定手続において既に具体的に存在する場合に、法律上の争訟の要件が充足されると考えられる(この点については渡部吉隆(園部逸夫補訂)『行政訴訟の法理論』(一粒社・1998年)68-69頁参照)。 そうすると、前記2で述べたように、更正の請求の原則的排他性は租税行政手続上の観念であって司法手続上の訴訟要件(訴えの利益)の判断にストレートに及ぶものではないとしても、換言すれば、訴訟要件の判断は更正の請求の原則的排他性の射程外であるとしても、納税者は納税申告における確定判断を「自己に有利に」(税通23条1項1~3号・2項1~3号参照)是正するためには原則として更正の請求の手続によって異なる確定判断を表明しなければならないことになる。そうである以上、「更正の請求をしなかった場合」には、当該確定手続においては、納税義務の確定の適否に関する法律上の争訟は、具体的には発生していないのであるから、法律上の争訟の要件(訴えの利益に比べ訴訟制度の更に根底に必然的に内在するという意味で「根幹的訴訟要件」)を媒介項にした上で、そのような「当該納税者が更正の請求をしなかったことによる結果」、すなわち、法律上の争訟の不存在という結果をもって、「更正の請求をしなかった場合」における訴えを不適法として却下する、というような論法で、更正の請求の原則的排他性と条件付却下説との論理的連関を、形式論理的には明らかにすることができよう。 しかし、上記のような論法で、更正の請求の原則的排他性と条件付却下説との論理的連関を形式論理的には明らかにできるとしても、それだけで条件付却下説の妥当性が認められるわけではない。というのも、前掲・大阪地判で問題とされた加算・減算複合一体型増額更正の場合には、そもそも、上記のような論法の前提、すなわち、「更正の請求をしなかった場合」には、当該確定手続においては、納税義務の確定の適否に関する法律上の争訟は、具体的には発生していないという前提は、成り立たないように思われるからである。この点については、項を改めて検討することにする。 4 加算・減算複合一体型の増額更正と減額更正との実体的利益状況の同一性 前掲・大阪地判は、(1)「課税標準・税額の一部取消しと加算から成る増額更正がされた場合」だけでなく、(2)「過大な申告がされたが更正の請求がその期間内にされなかった場合一般」をも、条件付却下説の射程内に含めた上で、「こうした結果も納税者にとって過当に不利益であるとまではいえないことからすると、通則法はそのような結果が生じることも当然に予定しているものと解される」(下線筆者)との判断を示しているが(前掲判示の3つ目の下線部参照)、そうすると、この判断は、(1)加算・減算複合一体型増額更正だけでなく、(2)に属する加算・減算複合一体型減額更正にも妥当することになる。 しかしながら、後者の加算・減算複合一体型減額更正については、学説上、訴えの利益を肯定する見解が有力に唱えられている。金子宏教授はそのような見解を次のとおり説いておられる(同・前掲『租税法』1107-1108頁)。 また、松沢智教授も次のとおり説いておられる(松沢智『新版 租税争訟法-異議申立てから訴訟までの理論と実務-』(中央経済社・2001年)324頁)。 これらの見解の基礎には、次のような考え方、すなわち、加算・減算複合一体型減額更正について、加算の基礎にある課税要件事実に対応する部分(加算部分)が取り消された場合には、その取消しによって減算部分と相俟って「より大きな実体的利益」が得られることになるので、加算部分の取消しを求める訴えの利益を認めるべきである、というような考え方があると考えられる。 課税処分取消訴訟については、総額主義の下、国が処分時の理由と異なる理由を訴訟段階で主張すること(いわゆる処分理由の差替え)が認められているが(前掲・拙著【164】【165】参照)、納税者が申告時の理由と異なる理由を主張して増額更正のうち申告額を超えない部分の取消しを求める訴えを却下するのは、裁判の公平さ・公正さを損なうと考えられることも、上記のような考え方の妥当性を補強するであろう。 前掲・大阪高判は、前にもみたように、「過大な申告がされたが更正の請求がその期間内にされなかった場合一般」について訴えの利益を否定するに当たって、「こうした結果も納税者にとって過当に不利益であるとまではいえない」と判示するが、裁判所は、もし上記の考え方にいう「より大きな実体的利益」の存在を明確に認識していれば、その救済を、「通則法はそのような結果が生じることも当然に予定しているものと解される」(下線筆者)との説示でもって特段の論証なしに(「当然に」)、否定するような判断を示さなかったであろうし、権利救済機関としては示すべきではなかったであろう。 以上で述べた考え方は、実体的利益状況を同じくする加算・減算複合一体型増額更正についても、妥当すると考えられる。すなわち、加算・減算複合一体型増額更正について、加算の基礎にある課税要件事実に対応する部分(加算部分)が取り消された場合には、その取消しによって減算部分と相俟って「より大きな実体的利益」が得られることになるので、加算部分の取消しを求める訴えの利益を認めるべきである、と考えられるのである。 要するに、更正の請求の原則的排他性と条件付却下説との論理的連関については、これが形式論理的には認められるとしても、加算・減算複合一体型増額更正の増額部分の取消しによって「より大きな実体的利益」が得られる場合には、その利益を重視することによって、その連関を断ち切るべきであろう。そうすることによって、訴えの利益という訴訟要件の判断の場面においてではあるが、司法的救済の保障の原理に対する制約が緩和され同原理がより良く実現されることになろう。 Ⅳ おわりに 今回は、租税法律主義の内容のうち納税者の権利保護の要請、とりわけ司法的救済の保障の原理について、争訟制度上の制約と訴訟実務上の制約を検討した。 不服申立前置主義が審査請求前置主義に改められたとはいえ他の行政領域とは異なり自由選択主義までは採用されておらず、しかも訴訟実務上は条件付却下説にみられるような制約が存在するが、納税者の権利救済手続のこのような現状の背景には、1つには、「裁判所の負担軽減」という考慮が働いているように思われる。 しかし、「裁判所の負担軽減」を納税者の権利救済を制約することによって達成しようとするのは本末転倒であり、裁判官・裁判所職員の大幅増員、裁判所におけるデジタル化の推進・IT技術の活用等によって達成すべきである。この点に関して次の見解(岸田貞夫「訴えの利益」石島弘ほか編『税法の課題と超克 山田二郎先生古稀記念論文集』(信山社・2000年)431頁、447頁)は大いに傾聴に値すると考えるところである。 (了)
組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の 現行法上の問題点と今後の課題 【第15回】 「通算子法人株式の取扱い」 公認会計士 佐藤 信祐 3 通算子法人株式の取扱い (1) 帳簿価額修正(投資簿価修正) ① 法人税 旧連結納税制度における帳簿価額修正には、含み損益のある資産を有する法人が含み損益を清算せずに連結納税制度に加入し、連結納税制度に加入した後に当該含み損益を実現させた場合には、帳簿価額修正がうまく機能しないという問題があった(※1)。 (※1) 藤田泰弘ほか『令和2年度税制改正の解説』948頁(財務省ホームページ) そして、グループ通算制度と組織再編税制の整合性を図るという観点から、グループ通算制度の開始・加入を吸収合併と同視し、グループ通算制度からの離脱を新設分割と同視した場合には、グループ通算制度において生じる株式譲渡損益は、株式譲渡価額と離脱法人の簿価純資産価額との差額にすべきであるという考え方もある(※2)。そのため、グループ通算制度における帳簿価額修正では、帳簿価額修正後の離脱法人の株式の帳簿価額が当該離脱法人の離脱日の前日の属する事業年度終了の時における簿価純資産価額に相当する金額となっている(法令119の3⑤)。 (※2) 藤田泰弘ほか『令和2年度税制改正の解説』948頁(財務省ホームページ) ただし、このような制度にした場合には、簿価純資産価額が時価を上回っている場合において、通算グループに加入させた後に、すぐに通算グループから離脱させることにより、株式の帳簿価額を引き上げ、株式譲渡損を創出するという租税回避が考えられる(※3)。そのため、グループ通算制度の開始又はグループ通算制度に加入する子法人で、親法人との間に完全支配関係が継続することが見込まれていない場合には、グループ通算制度の開始又はグループ通算制度の加入のタイミングで、当該子法人株式の評価損益を計上するという制度も導入されている(法法64の11②、64の12②)。 (※3) 藤田泰弘ほか『令和2年度税制改正の解説』948-949頁(財務省ホームページ) 第6回で解説したように、損失又は利益の二重計上を防ぐために、グループ通算制度における帳簿価額修正をグループ法人税制においても導入すべきであると考えられる。そして、第4回で解説したように、グループ法人税制の加入に伴う時価評価を導入することにより、株式購入と株式交換を足並みの揃えた制度にすることができるとともに、事業譲渡方式によるM&Aと株式譲渡方式によるM&Aのいずれを採用したとしても、被買収会社及びその株主において課税が生じることから、課税の公平を保つことができる。さらに、グループ法人税制の加入に伴う時価評価課税を導入した場合において、すべての資産及び負債を時価評価したときは、加入時の簿価純資産価額と株主の帳簿価額が一致することから、損失又は利益の二重計上を防ぐことができる。 もちろん、グループ法人税制の加入時に時価評価の対象にならなかったり、一部の資産及び負債が時価評価の対象にならなかったりすることにより、加入時の簿価純資産価額と株主の帳簿価額が一致しないということが考えられるが、前者については、時価評価の対象から除外するために、完全支配関係継続要件が課されていることから(法法64の11①、64の12①三・四、法令131の15③④、131の16③)、そもそも離脱が予定されていない。そして、後者について不都合があるのであれば、時価評価の対象となる資産及び負債の範囲を拡充することを検討すべきである(※4)。 (※4) すなわち、平成29年度税制改正で導入された帳簿価額が1,000万円に満たない資産を時価評価の対象から除外する措置を廃止し、営業権に対する時価評価課税を復活させる余地があると考えられる。 さらに、組織再編税制とグループ法人税制の足並みを揃えるという観点からは、グループ法人税制の開始・加入を吸収合併と同視し、グループ法人税制からの離脱を新設分割と同視することにより、グループ法人税制において生じる株式譲渡損益を株式譲渡価額と離脱法人の簿価純資産価額との差額とするという考え方も成り立つことから、グループ法人税制において、帳簿価額修正の制度を導入すべきであると考えられる。 ② 住民税及び事業税 グループ通算制度における帳簿価額修正は、損失又は利益の二重計上を防止するための制度であるが、住民税及び事業税においては、損益通算がなされていないにもかかわらず帳簿価額修正の影響を受けてしまうため、離脱法人において損失が生じていた場合には、その株主において損益通算もできないし、株式譲渡損を認識することができないという問題が生じる。 これに対し、グループ法人税制に帳簿価額修正を導入した場合には、損益通算が原因ではなく、離脱法人において損失又は利益が発生し、かつ、その株主において株式譲渡損又は株式譲渡益が発生するという損失又は利益の二重計上を防ぐための制度ということになるため、住民税及び事業税において帳簿価額修正の影響が反映されたとしても不都合はないと思われる。 (2) 譲渡損益の繰延べ グループ通算制度では、通算子法人株式の譲渡損益が繰り延べられていた場合には、当該譲渡損益を永久に実現させることはできないものとされ(法法61の11⑧)、他のグループ通算制度から新しいグループ通算制度を開始又は加入する場合には、他の通算子法人株式が時価評価の対象から除外された(法令131の15①七、131の16①五)。さらに、譲渡損益の繰延べは、帳簿価額が1,000万円に満たない資産が除外されているが、通算グループ内で通算子法人株式を譲渡した場合には、帳簿価額が1,000万円に満たない場合であっても、譲渡損益を繰り延べる必要がある(法令122の12①三)。 グループ法人税制において帳簿価額修正の制度を導入したうえで、帳簿価額修正後の離脱法人の株式の帳簿価額を当該離脱法人の離脱日の前日の属する事業年度終了の時における簿価純資産価額に相当する金額とした場合に、通算子法人株式に係る譲渡損益の実現を認めてしまうと、損失又は利益の二重計上が生じてしまうため、グループ法人税制においても、繰り延べられていた子法人株式に係る譲渡損益を実現させないという制度を導入すべきであると考えられる。 なお、第12回で解説したように、被合併法人株式に対する譲渡損益が繰り延べられていた場合には、適格合併に該当したとしても、当該譲渡損益を実現させる必要があるという問題がある。譲渡損益の繰延べは、完全支配関係内における資産の譲渡に対して適用されることから、このような問題は、完全支配関係内の適格合併を行う場合に生じやすい。グループ法人税制においても、繰り延べられていた子法人株式に係る譲渡損益を実現させないという制度を導入した場合には、このような問題についても同時に解決することができる。 * * * 次回では、通算グループ内の組織再編成について解説を行う予定である。 (了)