〔資産税を専門にする税理士が身に着けたい〕 税法や通達以外の実務知識 【第9回】 「建築基準法・都市計画法の基礎知識(その1)」 -用途地域- 税理士 笹岡 宏保 基本的な論点 都市機能の維持及び発展のためには、土地の有効利用を図ることが必要とされます。その一方で、無秩序な開発が行われると効率的な都市計画の妨げになってしまいます。 そこで、都市計画法において『用途地域』の区分が規定されており、都市計画において区分された地区ごとに、当該地区に適合する建築物の建築が行われるものとされています。 そうすると、都市計画法に規定する用途地域を確認することで、相続税等における土地評価で確認することが求められる『その地域』の認識の理解が深まるものと考えられます。 解決への指針 都市計画法第8条(地域地区)第1項第1号において、都市計画区域については、都市計画に下記に掲げる13の地域(以下「用途地域」と総称します。)を定めることができるものとされています。この用途地域は大別すると、『住居系』、『商業系』及び『工業系』の三区分に分類されます。 用途地域の各区分の意義は、次のとおりとなっています。 (1) 第一種低層住居専用地域 『第一種低層住居専用地域』は、低層住宅に係る良好な住居の環境の保護を目的とするために定められた用途地域をいいます。一部の店舗兼住宅等を除いては、店舗及び事務所用の建築物の建築は認められていません。 (2) 第二種低層住居専用地域 『第二種低層住居専用地域』は、主として低層住宅に係る良好な住居の環境の保護を目的とするために定められた用途地域をいいます。上記 部分のとおり、主体的には低層住宅向けの土地利用を目的とはするものの、日用品販売店舗等でその床面積が150㎡以下(ただし、2階建以下)であるものについては、その建築が認められるものとされています。 (3) 第一種中高層住居専用地域 『第一種中高層住居専用地域』は、中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護することを目的とするために定められた用途地域をいいます。第一種中高層住居専用地域では、日用品販売店舗等に加えて飲食店舗等も床面積が500㎡以下(ただし、2階建以下)であるものについては、その建築が認められるものとされています。 (4) 第二種中高層住居専用地域 『第二種中高層住居専用地域』は、主として中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護することを目的とするために定められた用途地域をいいます。上記 部分のとおり、主体的には中高層住宅向けの土地利用を目的とはするものの、店舗等(上記(1)ないし(3)に掲げる店舗等に係る用途制限はありません。)であれば床面積が1,500㎡以下(ただし、2階建以下)であるものや事務所等の床面積が1,500㎡以下(ただし、2階建以下)であるものについては、その建築が認められるものとされています。 (5) 第一種住居地域 『第一種住居地域』は、住居の環境を保護することを目的とするために定められた用途地域をいいます。第一種住居地域では、店舗等(上記(1)ないし(3)に掲げる店舗等に係る用途制限はありません。)であれば床面積が3,000㎡以下(上記(1)ないし(4)に掲げる階数制限はありません。)であるものや事務所等の床面積が3,000㎡以下(上記(4)に掲げる階数制限はありません。)であるものについては、その建築が認められるものとされています。 (6) 第二種住居地域 『第二種住居地域』は、主として住居の環境を保護することを目的とするために定められた用途地域をいいます。上記 部分のとおり、主体的には住宅(低層又は中高層の区分はありません。)向けの土地利用を目的とするものの、店舗等(上記(1)ないし(3)に掲げる店舗等に係る用途制限はありません。)であれば床面積が10,000㎡以下(上記(1)ないし(4)に掲げる階数制限はありません。)であるものや事務所等(床面積や階数に係る制限はありません。)の建築が認められるものとされています。 (7) 準住居地域 『準住居地域』は、道路の沿道としての地域の特性にふさわしい業務の利便の増進を図りつつ、これと調和した住居の環境を保護することを目的とするために定められた用途地域をいいます。準住居地域は幹線道路に沿って設定されることが多く見受けられ、店舗等(上記(1)ないし(3)に掲げる店舗等に係る用途制限はありません。)であれば床面積が10,000㎡以下(上記(1)ないし(4)に掲げる階数制限はありません。)であるものや事務所等(床面積や階数に係る制限はありません。)のほか、客席200㎡(床面積)以下であれば劇場や映画館等の建築が認められるものとされています。 (8) 田園住居地域 『田園住居地域』は、農業の利便の増進を図りつつ、これと調和した低層住宅に係る良好な住居の環境を保護することを目的とするために定められた用途地域をいいます。また、農地と低層住宅の調和のとれた並存を目標とする地域をいいます。田園地域では、日用品販売店舗等でその床面積が150㎡以下(ただし、2階建以下)であるもの及び農産物直売所や農家レストラン等でその床面積が500㎡以下のもの(ただし、2階以下)の建築が認められるものとされています。 (9) 近隣商業地域 『近隣商業地域』は、近隣の住宅地の住民に対する住民の日用品の供給を行うことを主たる内容とする商業その他の業務の利便を増進することを目的とするために定められた用途地域をいいます。近隣商業地域では、店舗等及び事務所等に対する床面積や階数の各制限は設けられていません。キャバレ-、個室付浴場等を除く遊戯施設、風俗施設の建築も可能とされています。 (10) 商業地域 『商業地域』は、主として商業その他の業務の利便を増進することを目的とするため定められた用途地域をいいます。商業地域では、一定の工場を除いたほぼ全ての用途(住宅、店舗等、事務所等、ホテル・旅館、遊戯施設・風俗施設、公共施設・病院・学校等)の建築物の建築が可能とされています。 (11) 準工業地域 『準工業地域』は、主として環境の悪化をもたらすおそれのない工業の利便を増進することを目的とするため定められた用途地域をいいます。準工業地域では、危険性が高い一部の工場を除いたほぼ全ての用途(住宅、店舗等、事務所等、ホテル・旅館、遊戯施設・風俗施設(ただし、個室付浴場を除きます。)、公共施設・病院・学校等)の建築物の建築が可能とされています。 (12) 工業地域 『工業地域』は、主として工業の利便を増進することを目的とするため定められた用途地域をいいます。工業地域では、全ての用途に係る工場・倉庫等の建築が可能とされます。その一方で、次に掲げる建築物の建築は認められないものとされています。 (13) 工業専用地域 『工業専用地域』は、工業の利便を増進することを目的とするため定められた用途地域をいいます。工業専用地域では、全ての用途に係る工場・倉庫等の建築が可能とされます。その一方で、住宅(兼用住宅を含みます。)の建築は認められないものとされています。 上記(1)ないし(13)に掲げる各用途地域と当該用途地域に建築可能な建築物の種類を掲げると、下表のとおりとなります。 ◎用途地域による建築物の用途制限の概要 (注1) 本表は改正後の建築基準法別表第二の概要であり、全ての制限について掲載したものではありません。 (注2) 卸売市場、火葬場、と畜場、汚物処理場、ごみ焼却場等は、都市計画区域内においては都市計画決定が必要など、別に規定があります。 (東京都都市整備局ホームページより) (了)
組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の 現行法上の問題点と今後の課題 【第11回】 「繰越欠損金」 公認会計士 佐藤 信祐 《第5章:繰越欠損金と特定資産譲渡等損失額》 1 適格合併以外の組織再編成 第7回で解説したように、適格合併以外の適格組織再編成に対して、合理的な計算を行った上で、繰越欠損金を引き継ぐという制度にすべきであると考えられる。 2 5年ルール 支配関係が生じてから5年を経過している場合において、適格組織再編成を行ったときは、繰越欠損金の引継制限、使用制限及び特定資産譲渡等損失額の損金不算入が課されない(法法57③④、62の7)。さらに、支配関係が生じてから5年を経過した後に適用事由に該当した場合には、欠損等法人の規制の対象外とされている(法法57の2、60の3)。 上記のような5年ルールが導入された理由は、組織再編税制ができた平成13年当時は、欠損金の繰越期間が5年であったことから、長年にわたって支配関係がある法人については繰越欠損金の引継制限、使用制限、特定資産譲渡等損失額の損金不算入を課さなくてよいという考え方における「長年」という基準が5年になったからである(※1)。その後、繰越欠損金の繰越期間も7年、9年、10年と延長されたが、それではあまりに長すぎるということで(※2)、上記の5年ルールはそのまま残されてしまった。 (※1) 朝長英樹『現代税制の現状と課題 組織再編成税制』40頁(注18)、42頁、佐々木浩(発言)仲谷修ほか『企業組織再編成税制及びグループ法人税制の現状と今後の展望』59頁(大蔵財務協会、平成24年)。 (※2) 佐々木前掲(※1)59頁。 そのため、支配関係が生じてから5年を経過するのを待つことにより、組織再編税制や欠損等法人の規制を免れるといった租税回避が考えられるようになった。もちろん、繰越欠損金の繰越期限に合わせて、5年ルールを10年ルールに見直した場合には、みなし共同事業要件を満たすのが難しくなるという問題がある。この点については、事業規模継続要件を緩和することにより(※3)、みなし共同事業要件を満たしやすくすることで対応すべきであると考えられる。 (※3) 例えば、一律に2倍とするのではなく、支配関係が生じてから5年を経過している場合には、5倍以上の増減がない場合に事業規模継続要件を満たせるようにするなどの対応が考えられる。 3 適格組織再編成による特定資産の移転 欠損等法人が他の法人に対して、欠損等法人の資産の譲渡等損失額の損金不算入が課されるべき特定資産を適格組織再編成等により移転した場合において、当該他の法人が当該特定資産を譲渡したときは、欠損等法人の資産の譲渡等損失額の損金不算入が課される(法法60の3②③、法令118の3④)。 これに対し、特定資産譲渡等損失額の損金不算入においては、そのような規定がないことから、特定資産譲渡等損失額の損金不算入が課されるべき特定資産を適格組織再編成により他の法人に移転し、当該他の法人において移転を受けた特定資産を譲渡した場合であっても、特定資産譲渡等損失額の損金不算入が課されないという問題がある。 そのため、特定資産譲渡等損失額の損金不算入においても、特定資産譲渡等損失額の損金不算入の適用を受けるべき特定資産を適格組織再編成により他の法人に移転し、当該他の法人において移転を受けた特定資産を譲渡した場合には、特定資産譲渡等損失額が課されるように改正すべきであると考えられる。 4 二段階組織再編成における時価純資産価額が簿価純資産価額を超える場合等の特例 例えば、X2年10月1日に、P社を合併法人とし、A社を被合併法人とする適格合併を行い、X3年4月1日に、P社を合併法人とし、B社を被合併法人とする吸収合併を行った場合において、P社の支配関係事業年度の直前事業年度末がX1年3月31日であるときに、P社とB社の適格合併に対する時価純資産価額が簿価純資産価額を超える場合等の特例(法令113、123の9)の適用上、A社の資産及び負債を加味するかどうかが問題となる。 この点については、条文上、P社における支配関係事業年度の直前事業年度末であるX1年3月31日の時価純資産価額と簿価純資産価額を比較して時価純資産超過額を計算すると規定されていることから、その後に適格合併で取得したA社の時価純資産価額、簿価純資産価額を考慮せずに、P社単独の時価純資産価額と簿価純資産価額を比較して時価純資産超過額を計算すべきであると解されている。 そして、時価純資産超過額と比較すべき繰越欠損金についても、当該支配関係事業年度開始の時までに、法人税法57条2項の規定によりA社から引き継がれた繰越欠損金を含むものの、支配関係事業年度開始の日以後に、A社から引き継がれた繰越欠損金を含まないものとされている(法令113①④)。そのため、上記の事案では、A社から引き継がれた繰越欠損金を含まずに時価純資産超過額と比較することから、上記の解釈に不都合はないと思われる。 しかしながら、A社から引き継いだ資産の含み損とB社から引き継いだ資産の含み益を相殺することもできてしまうことから、本来であれば、二段階組織再編成をも考慮したうえで、時価純資産超過額を算定すべきである。そのため、二段階組織再編成を考慮した規定に改正すべきであると考えられる。 《第6章:欠損等法人》 1 5年ルール 第5章で解説したように、現行法上、支配関係が生じてから5年を経過した後に適用事由に該当した場合には、欠損等法人の規制が課されないこととされているが(法法57の2、60の3)、繰越欠損金の繰越期限に合わせて10年とすべきであると考えられる。 この場合における実務上の不都合を検討すると、法人税法57条の2第1項では、適用事由として、(1)欠損等法人が支配日の直前において事業を営んでいない場合、(2)欠損等法人が支配日の直前において営む事業のすべてを当該支配日以後に廃止し、又は廃止することが見込まれている場合、(3) 他の者又は関連者が当該他の者及び関連者以外の者から欠損等法人に対する特定債権を取得している場合、(4)(1)(2)に規定する場合又は(3)の特定債権が取得されている場合において、欠損等法人が自己を被合併法人とする適格合併を行い、又は当該欠損等法人の残余財産が確定する場合、(5)欠損等法人が特定支配関係を有することとなったことに基因して、当該欠損等法人の当該支配日の直前の特定役員のすべてが退任をし、かつ、当該支配日の直前において当該欠損等法人の業務に従事する使用人の総数のおおむね100分の20以上に相当する数の者が当該欠損等法人の使用人でなくなった場合が挙げられる。 上記のうち、(1)(3)(4)については、さほど不都合はないと思われるが、(2)(5)については、若干の不都合があるようにも思われる。しかしながら、(2)については、M&Aの対象となる事業が廃止されていることから、M&Aの時点では想定しておらず、7~8年後に事業が廃止されたとしても、繰越欠損金が切り捨てられるという点に不都合はないと思われる。 さらに、(5)についても、「基因」と規定されていることから、特定支配関係の成立と役員の退任及び使用人の退職との間に相当因果関係が必要になる。すなわち、買収後の後発事象により、役員の退任、使用人の退職があったとしても、欠損等法人の規制の対象にはならないことから、5年ルールが10年ルールに変わったとしても不都合はないと思われる。 2 「廃止」の明確化 実務上、例えば、居酒屋を廃止し、レストランを開始した場合に、旧事業を廃止し、新事業を開始したものとして、上記(2)に該当し、欠損等法人の規制が課されるのかという点が議論となる。さらに、グループ内の法人に事業を譲渡した後に清算した場合に、欠損等法人において事業が営まれなくなることから、上記(4)に該当し、欠損等法人の規制が課されるのかという点が議論となる。 この点について、前者については、旧事業のノウハウをそのまま活かす形で新しい事業に変えたに過ぎないことから、適用事由には該当しないと考えられる。そして、グループ内の法人に事業を移転した後に清算することが事業の廃止に該当するのであれば、支配関係が生じてから5年以内に残余財産の確定により繰越欠損金を引き継ぐことができなくなることから、明らかに組織再編税制と整合しなくなるため、事業の廃止には該当しないと考えられる。 しかしながら、実務上、上記のような疑義があることから、「廃止」という文言についての明確化を図るべきであると考えられる。 3 資産管理会社の買収 支配関係が生じてから5年以内に適用事由に該当した場合には、欠損等法人が保有する繰越欠損金が切り捨てられる(法法57の2①)。さらに、適用事由に該当した日(「該当日」という)以後に欠損等法人を合併法人とする適格合併を行うことにより、欠損等法人が被合併法人の繰越欠損金を引き継ぐことも認められていない(法法57の2②一)。 そのため、製造業を営むA社(事業会社)を買収するために、A社(事業会社)の100%親会社であるB社(資産管理会社)の発行済株式の全部を取得した場合において、B社(資産管理会社)が事業を営んでいないことを理由として欠損等法人の規制が課されるときに、B社(資産管理会社)を合併法人とし、A社(事業会社)を被合併法人とする適格合併を行ってしまうと、A社(事業会社)との合併による事業の受入れが事業の開始に該当することから、「欠損等法人が特定支配日の直前において事業を営んでいない場合において、特定支配日以後に事業を開始した場合」に該当するという問題が生じることになる。 それだけでなく、合併により事業を受け入れた日が「該当日」であり、当該「該当日」以後に欠損等法人が自己を合併法人とする適格合併を行っていることから、欠損等法人が被合併法人の繰越欠損金を引き継ぐことができないため、B社(資産管理会社)がA社(事業会社)の繰越欠損金を引き継ぐことができないという問題も生じることになる。 そのため、単独では事業を営んでいない場合であっても、グループ全体では事業を営んでいる場合には、欠損等法人の規制の対象から除外するように改正すべきであると考えられる。 * * * 次回では、譲渡損益の繰延べについて解説する予定である。 (了)
〈令和2年分〉 おさえておきたい 年末調整のポイント 【第1回】 「令和2年分から適用される改正事項(その1)」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 11月も半ばとなり、今年も年末調整に向けた準備を始める時期となった。本年分の年末調整は、適用される改正事項が多く、新たな申告書も設けられている。改正の内容について理解を深め、処理を誤らないよう準備を進めたい。 今回から3回シリーズで、年末調整における実務上の注意点やポイント等を解説する。第1回と第2回は、令和2年分の所得税から適用される改正事項のうち、年末調整において注意しておくべき事項について解説を行う。 なお、本年分の記事に加え、論末の連載目次に掲載された過去の拙稿(年末調整のポイント)もご参照いただきたい。 (注) 上記の記事については、掲載後の税制改正等により、解説内容が現在の規定に基づくものとは異なるケースがある。過年度の記事内に順次コメントを入れるので留意していただきたい。 (※) 本稿では、年末調整で使用する各申告書等を次のとおり表記する。 【1】 主な改正事項 令和2年分の年末調整に影響のある主な改正事項は、次の6つである。 以下、順番に解説する。 【2】 給与所得控除及び公的年金等控除の見直し 令和2年分以後の所得税では、特定の収入にのみ適用される給与所得控除と公的年金等控除の控除額が引き下げられ、すべての収入を対象として適用される基礎控除の控除額が引き上げられた。 (財務省ホームページより) (1) 給与所得控除の見直し 給与所得控除の見直しのポイントは、次のとおりである。 《給与所得控除の見直し》 令和元年分までと令和2年分以後の給与所得控除額を比較すると、次のとおりである(所法28③)。 (2) 公的年金等控除の見直し 公的年金等控除についても、次のとおり見直しが行われている。役員や従業員(以下、従業員等という)及びその配偶者や親族が公的年金等を受給している場合には、合計所得金額を確認する際に注意が必要である。 《公的年金等控除の見直し》 令和元年分までと令和2年分以後の公的年金等控除額の比較については下記をご参照いただきたい(所法35④)。 【3】 配偶者、扶養親族等の所得要件の調整 給与所得控除と公的年金等控除の引下げに伴い、扶養親族等の合計所得金額要件の調整が行われた(所法2①三十二~三十四)。 調整の結果、「備考」欄に記載しているとおり、給与の収入金額でみると改正前後で金額は変わらない。 (※) ここでは省略しているが、公的年金等についても収入金額でみると改正前後で金額は変わらない。 【4】 基礎控除の見直し 給与所得控除額と公的年金等控除額の引下げに対し、基礎控除の控除額は一律10万円の引上げとなる。ただし、合計所得金額が2,400万円を超えると控除額は段階的に引き下げられ、2,500万円を超えると控除額はゼロとなる。 《基礎控除の見直し》 令和元年分までと令和2年分以後の基礎控除の控除額を比較すると、次のとおりである(所法86①)。 なお、年末調整で基礎控除の適用を受けようとする場合には、その年最後の給与等の支払を受ける日の前日までに、給与等の支払者に「基礎控除申告書」を提出する必要がある(所法190二ホ)。 【5】 所得金額調整控除の創設 (1) 創設の背景 【2】の(1)で示したとおり、今回の改正で給与所得控除の上限額が220万円から195万円に引き下げられたことにより、基礎控除の控除額が10万円引き上げられたとしても、給与収入850万円を超える人は改正前と比べ課税対象となる給与所得が増加することになる。 また、給与所得と公的年金等に係る雑所得の両方がある人は、【2】の(1)及び(2)の改正により給与所得控除と公的年金等控除がそれぞれ10万円ずつ引き下げられることから、基礎控除の控除額が10万円引き上げられたとしても、税負担が増加するケースがあり得ることとなる。 (2) 所得金額調整控除とは 上記(1)で示した改正の影響に対し、子育てや介護に対して配慮する観点から、また、給与所得と公的年金等に係る雑所得の両方がある場合に負担増が生じないようにするため、「所得金額調整控除」が措置された。 所得金額調整控除には、①子ども等を有する場合の調整と②給与所得と公的年金等に係る雑所得の両方がある場合の調整の2つがある(措法41の3の3①②)。 これらの調整のうち①子ども等を有する場合の調整は、年末調整においても適用を受けることができる(措法41の3の4)。 (3) 子ども等を有する場合の調整 給与等の収入金額が850万円を超える居住者のうち、次の(ア)から(ウ)のいずれかに該当するものは、給与所得の金額から下記[調整額]の金額が控除される(措法41の3の3①)。 なお、年末調整で所得金額調整控除の適用を受けようとする場合には、その年最後の給与等の支払を受ける日の前日までに、給与等の支払者に「所得金額調整控除申告書」を提出する必要がある(措法41の3の4①②)。 (4) 給与所得と公的年金等に係る雑所得の両方がある場合の調整 給与と公的年金等に係る雑所得の両方を受給している居住者のうち、給与所得と公的年金等に係る雑所得の合計額が10万円を超えるものについては、給与所得の金額(※)から下記[調整額]の金額が控除される(措法41の3の3②)。 (※) 上記(3)の適用がある場合には、(3)の調整額を控除した後の金額 * * * 次回は、「ひとり親控除の創設と寡婦控除の見直し」及び「年末調整手続の電子化」について解説し、令和2年分の年末調整で新設された「基礎控除申告書」と「所得金額調整控除申告書」の記載方法を取り上げる予定である。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第4回】 「居住用家屋の敷地と同時に私道の共有持分を譲渡した場合」 -居住用家屋の敷地の判定- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、下図のようにA土地を単独所有し、自己の居住用家屋の敷地として利用していました。また、B土地・C土地は、私道として利用されており、X、Y及びZが共有しています。 このたび、Xは、A土地並びにB土地及びC土地に係る共有持分を売却しました。 他の適用要件が具備されている場合に、Xは当該譲渡について、「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」の適用範囲はどのようになるでしょうか。 A 譲渡損失のうち、A土地及びB土地の持分に対応する部分については「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用を受けることができますが、C土地の持分に対応する譲渡損失については同特例の適用を受けることができません。 ●○●○解説○●○● 譲渡した土地等が居住用家屋の敷地に該当するかどうかは、社会通念に従い、その土地等がその家屋と一体として利用されている土地等であったかどうかにより判定します(措通31の3-12(居住用家屋の敷地の判定)、措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 したがって、社会通念上、B土地はA土地と一体となっているものと認められますが、C土地はA土地と一体となっているものと認められませんので、譲渡損失のうちC土地に対応する部分については「居住用財産買換の譲渡損失特例」の適用対象外となります。 なお、この取扱い規定は、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても準用されます(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第23回】 「不動産の組み換えと 「無償返還に関する届出書」制度を活用した承継対策」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 税理士 髙田 泰輔 相談内容 私は非上場会社D社のオーナーだった故Kの妻Y(70歳)です。 Kの相続の際に私が相続したのは自宅不動産と金融資産のみでD社株式についてはすべて息子のSとT(いずれも取締役)が承継しています。 地方の地主の娘だった私は父から相続した賃貸不動産を複数保有しています。しかし、近年はどれも収益性が悪いにもかかわらず、相続税評価額は約4億円と高額なため、息子の2人も相続することには抵抗があるようです。相続税対策も踏まえて、何かいい方法はありますか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 不動産の組み換え 一般に、現在保有している不動産を売却して新たに不動産を取得することを「不動産を組み換える」といいます。例えば、次のような事例が挙げられます。 上記のように、不動産の組み換え基本パターンは「収益性(財産価値)の低い不動産を処分して収益性(財産価値)の高い不動産を購入する」ことです。相続対策としての不動産の組み換えでは、この基本パターンに加え次のポイントを考慮する必要があります。 ご相談のケースも、ご子息が収益性の低い不動産の相続に抵抗があるということなので、上記のポイントをおさえた不動産の組み換えを行うことが有効と考えます。 [2] 法人と「無償返還に関する届出書」制度の活用 単に不動産を組み換えて収益性の高い土地付建物をYが取得すると、Yのキャッシュ・フローは良くなりますが、物件から生ずる賃料収入がYの相続財産を構成することとなります。 したがって、収益物件の土地の取得者をYとし、建物はD社が取得して賃料収入をD社の収入とします。この場合、D社はYに地代を支払う必要がありますが、使用貸借と認定されない程度の地代(その土地の固定資産税等の年税額や近隣の地代相場などを考慮して決定)を支払います。 Yの地代収入を最小限とすることで、Yの相続財産の増加を防止することができ、物件から生ずる収益はD社の収入となるため、ご子息であるSとTの役員報酬に充てることで所得の分散も図ることができ、納税資金の準備も図れます。 注意が必要なのが、借地権の認定課税の問題です。法人借地人が、通常権利金を支払う取引上の慣行があるにもかかわらず、権利金を支払わない場合において、支払う地代年額が「相当の地代」の額(※1)に満たない場合には、原則として借地権利金相当額の受贈益の認定課税が行われます。 (※1) 原則として、その土地の更地価額のおおむね年6%程度(法基通13-1-2、平成元年3月30日直法2-2「法人税の借地権課税における相当の地代の取扱いについて」(法令解釈通達) しかし、土地の賃貸借契約を締結する際に、将来において法人がその土地を無償で返還することを定めた上で、「土地の無償返還に関する届出書」(以下、「無償返還届出書」といいます)を所轄の税務署へ提出した場合には、借地権の認定課税は行われません。相当の地代の額から実際に収受している地代の額を控除した金額を地主から贈与されたものとして、相当の地代の認定課税をするにとどめることとされています。税務上の仕訳は「支払地代(損金)/受贈益(益金)」となるため、認定課税により、法人に所得が生じるということはありません。 権利金の収受に代えて相当の地代を収受している場合も借地権の認定課税を回避できますが、相当の地代の額は「その土地の更地価額のおおむね年6%程度」と高額であるため、ご相談のケースにおいても地代収入がYの相続財産を構成することとなるため、適当ではありません。 上記理由から、相続税対策としての法人を活用した不動産の組み換えスキームでは、借地権設定時に無償返還届出書を提出することが通常です。 【地代年額の算定方法とイメージ】 [3] 無償返還届出書と貸宅地の相続税法上の評価 借地人が法人で地主が個人の土地賃貸借契約において、法人借地人が将来その土地を無償で返還することを約し、無償返還届出書を提出している場合には、その貸宅地の評価は、当該土地の自用地としての価額の100分の80に相当する金額によって評価することとされています(※2)。これにより、Yの相続税評価額の圧縮を図ることができます。 (※2) 昭和60年6月5日 課資2-58(例規)直評9「相当の地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて」(法令解釈通達)の8 [4] 小規模宅地等の特例による減額効果 Yが法人から受け取る地代が使用貸借とは認められない相当の対価であれば、貸付事業用宅地等として小規模宅地等の特例(措法69の4)を適用することも可能です。 都心の土地であれば平米当たりの相続税評価額が高くなるため、現在所有の他の宅地等の平米当たりの相続税評価額が低い場合には、小規模宅地等の特例の適用による減額の効果も大きくなる可能性があります。 また、貸付事業用宅地については、原則として相続の開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等は対象外となりますが、相続開始前3年を超えて引き続き事業的規模で貸付を行っている者の貸付事業の用に供されたものであれば対象となります(措法69の4③四、措令40の2⑲、措通69の4-24の4)(平成30年4月1日から令和3年3月31日までの間に相続又は遺贈により取得した宅地等のうち、平成30年3月31日までに貸付事業の用に供された宅地等については、3年以内貸付宅地等に該当しないものとする経過措置が設けられています(所得税法等の一部を改正する法律(平成30年法律第7号)附則))。 [5] 使用貸借の場合の相続税評価額と小規模宅地等の特例の適用可否 使用貸借により貸し付けられている土地等については無償返還の届出書を提出している場合であっても、その土地の評価は自用地評価額により評価され(※3)、事業の用に供されていないため小規模宅地等の特例の貸付事業用宅地等にも該当しません。 (※3) 前掲(※2)の8(注) [2]のスキームにおいて、D社が法人に支払う地代を「使用貸借と認定されない程度の地代(固定資産税の年額や近隣の地代相場などを考慮して決定)」としているのは上記理由によります。 [6] 結論 法人を活用した不動産組み換えのスキームは相続税対策としても有効であるほか、キャッシュ・フローが健全化し、後継者に対して優良な財産の承継を図ることができます。不動産の譲渡と購入、その後の相続、相続後の法人への売却という取引段階を踏むため、各段階での税コスト(譲渡所得税・相続税、移転時の流通税、法人税・個人所得税への影響など)を加味したシミュレーションを行い、長期的な目線で計画を策定することが大切です。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第65回】 「「偽りその他不正の行為」の意義事件」 ~最判昭和42年11月8日(刑集21巻9号1197頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第41回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (3) どの時点の時価であるか 法人税法22条の2第4項は、どの時点の時価であるかという点について明らかにしている。同項の意義をこの点に見いだすことも可能である。 ア 資産の販売又は譲渡 法人税法22条の2第4項は、資産の販売等に係る収益の額として第1項又は第2項の規定により益金の額に算入する金額を定めており、1項のみならず、2項の場合にも適用がある。例えば、資産の販売又は譲渡を想定すると、1項は収益の計上時期として引渡基準を定めており、この場合の益金算入額は、4項によれば、その「資産の引渡しの時」における価額相当額となる。よって、収益の計上時期と収益の計上額に係る時価の測定時期が一致する。 資産の販売又は譲渡に法人税法22条の2第2項を適用する場合、すなわち収益の計上時期として近接日基準を適用する場合はどうか。この場合の益金算入額は、4項を文字どおり適用すれば、その近接日の価額ではなく引渡時の価額となり、収益の計上時期と収益の計上額に係る時価の測定時期が一致しないことに注意が必要である。法人税法22条の2第4項は、第1項を適用する場合と第2項を適用する場合とで、益金算入額のルールを書き分けておらず、同一のルールが適用されることになる。 引渡日よりも後の近接日で収益を計上するケース(下図の❸のケース)では、近接日②時点において引渡日の時価を把握しているため、近接日において引渡時の時価で益金算入することは可能であろう。では、引渡日よりも前の近接日で収益を計上するケース(下図の❶のケース)はどうか。近接日①時点では引渡日の時価を把握していないため、近接日において引渡時の時価を見積りし、益金算入することになろうか。 いずれにせよ、両ケースにおいて、引渡日の時価と近接日の時価に開差があるときに、実際に引渡日の時価で益金算入することを徹底すべきか、近接日、とりわけ約定日(契約締結日)等の時価で益金算入することは常に認められないのか、引渡日の時価と近接日の時価に開差がある場合にその差が常に所得金額に影響を及ぼすことになるか、という問題が残る。感覚的には、かかる開差に対して寄附金や役員給与などの損金不算入規定の適用があるような特殊なケースに注意を向けておけば足りるものと思われる。 既述のとおり、法人税法22条の2第4項は、益金の額に算入される時価ないし適正な価額が、単にインプットとしての対価の額そのものではなく、アウトプットとしての譲渡した資産又は提供した役務に係る時価であることを明らかにしている。無償により資産を譲渡する場合、つまりインプットとして収受される対価の額が零の場合にも有償(時価)により資産を譲渡した場合と同様の益金算入額となり、無償取引と有償取引の公平は確保されているといえよう(本連載第37回参照)。 無償譲渡を例にした場合、取引の相手方、つまり無償で資産を譲り受けた側には、法人税法22条の2の適用はないが、譲り受けた時にその時点の時価で収益の額を益金算入する。とすれば、資産の譲渡をした側が選択処理した収益の計上時期いかんにかかわらず、同条4項によって、資産の譲渡をした側の益金算入額と資産を譲り受けた側の益金算入額は一致することになる。すなわち、資産の譲渡をした側が引渡基準と近接日基準のいずれを採用していようが、資産の引渡時=譲受時であるとするならば、資産の譲渡をした側の益金算入額と資産を譲り受けた側の益金算入額は一致することになる。 資産の販売又は譲渡の取引は、基本的には、当事者が取引価格を含む取引条件に合意することによって成立し、その成立した取引の実行行為として、「資産の引渡し」が行われることとなる。このため、通常、当事者が取引価格に合意した時点では、「資産の引渡し」までは行われておらず、「資産の引渡し」は、当事者が取引価格に合意した時点よりも後の時点で行われることとなる。よって、資産の販売又は譲渡の取引における「時価」は、「約定時(取引が成立した時)」の「時価」となっており、「資産の引渡し時」の「時価」とはなっていないとして、資産の販売又は譲渡に係る「収益の額」とすべき資産の「時価」について、「資産の引渡し時における価額」を原則とするということに関しては、誤りであるという批判もなされている(朝長英樹「『収益認識に関する会計基準等への対応』として平成30年度に行われた税法・通達改正の検証(3)」T&A master751号25頁)。 引渡前に約定された対価の額をもって「資産の引渡しの時における価額相当額」として考えることができるのか、この後で述べる役務提供や法人税法61条の2第1項と表現振りを揃えなかった趣旨はどこにあり、それがどのような影響を及ぼすのか、という点について議論の余地があるといえよう。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第106回】 株式会社旅工房 「外部調査チーム調査報告書(2020年6月26日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社旅工房外部調査チームの概要】 【株式会社旅工房の概要】 株式会社旅工房(以下「旅工房」と略称する)は、1994(平成6)年4月設立。事業内容は、「旅行業の単一セグメント」であると説明されている(2020年3月期有価証券報告書5ページ)。2017年4月、東京証券取引所マザーズ市場上場。売上高33,355百万円、経常利益138百万円、資本金464百万円、従業員数376名(いずれも2020年3月期実績)。本店所在地は東京都豊島区。会計監査人はEY新日本有限責任監査法人。 【調査報告書の概要】 1 不正発覚の経緯と社内調査結果 調査報告書によれば、外部調査チームの設置に至る経緯は以下のとおりである。 旅工房は、2020年5月7日、A社より、旅工房において、A社発行の金券(金券A)が大量に手配及び換金されているとの問い合わせを受けたため、顧客の依頼により大量に金券A の手配を行っていた従業員(本件従業員)に対し詳細確認を行ったところ、本件従業員が、金券Aの換金について申告したため、取締役及び執行役員により、金券Aの換金に関するヒアリング及び関連する予約記録等の確認が行われた。その結果、本件従業員が、架空売上の計上及びこれにより発生した架空の売掛債権の支払に充当する資金を捻出するため、金券 Aの換金を繰り返し行っていることが判明した。 旅工房は、本件従業員による売上の架空計上及び金券Aの不正領得の発覚を受けて、同月12日、会計監査人とも協議のうえ、実効性と透明性の高い調査及び再発防止策の提言を受けるため、外部調査チームを設置することとした。 2 不正行為の類型・内容 外部調査チームによる、不正行為の概要は以下のとおりである。 3 不正行為の原因分析(報告書13ページ以下) 外部調査チームによる原因分析の項目は次のとおりである。 外部調査チームは、本件従業員が、前職においても「売上の水増し」と「仕入代金の立替負担」を行っていたことを冒頭に記してから、旅工房への転職後、セクションの統括マネージャに就任したものの営業成績が期待に応えられなかったことから、本件従業員による経理上の不正行為の動機は、単に個人的な債務への充当と、その結果発生した未収金の補填にとどまらず、自身の売上を増加させ、予算を達成することにあったことが窺われるとしている。 さらに、不正の「機会」については、社内システム上、容易に不正ができたこと、内部統制システムが不存在であったことなどを挙げた後、本件従業員に関する長期滞留未収金が発生していたにもかかわらず、コーポレート部門・所管の役員らともに、これらの未収金を本件従業員が自ら入金することで回収されたこと、予約記録に関する証憑のコピーが提出されていること、会計監査人による各期末の残高確認が実施されていること等を踏まえ、本件従業員に対する追加の調査は不要であると判断していたことを指摘している。 4 再発防止策・改善策(報告書15ページ以下) 外部調査チームは、「問題意識・提言」として以下の項目を挙げている。 【調査報告書の特徴】 新型コロナウイルス感染症の影響を受けて業績の大幅な落ち込みが予想される中で実施された外部調査チームによる従業員の不正調査の結果は、売上高累計で382百万円、利益累計で76百万円、それぞれ減額修正する必要があるというものであった。従業員による不正の手口自体は複雑でもなければ、新規性もなく、金券(報告書では金券となっているが、業態から見て、旅行券と考えるべきであろう)を不正に仕入れて換金し、仕入代金を支払い、又は、架空売上の計上によって滞留した旅行代金の支払いに充当することを繰り返す単純なものであったにもかかわらず、約3年にわたり発覚しなかった。 なぜ、旅工房の経営陣や管理部門は、こうした単純な不正を発見することができなかったのだろうか。 1 本件従業員以外の社員による経理上の不正行為 外部調査チームによる調査の結果、本件従業員以外の社員による、以下のような経理上の不正行為も発見されている(報告書12ページ)。 外部調査チームはこれらの事案について、「散発的に行われたものであって継続的に行われたものではなく、主として日常事務処理の誤謬によるものであって、利益の水増し等のために意図的に行われたものではなく、また、財務諸表に与える影響も僅少」であると評価している。しかし、こうした「日常事務処理の誤謬」を隠蔽するために、データの改竄のみならず、自己負担で損失を補填する行為が行われることとなった背景、例えば、ミスを言い出しづらい職場の雰囲気はなかったのか、人事考課制度が過度な減点主義になっていないかといった観点での分析はされていない。 外部調査チームは、「類似の経理上の不正行為が存在する可能性は、非常に乏しい」と「発生原因」の「小括」の中で述べているが、その根拠は、「本件不正行為は、現に本件従業員が個人的に多額の借入債務を負担したように、経済的合理性を無視しなければ繰り返すことができないという無視し難い特殊性」があると説明するに止まっている。こうした記述からは、本件不正調査の過程で発見された「散発的」で、「意図的」ではない、小さな不正を問題視していないように見受けられるが、本件従業員による不正も、最初は363千円の架空売上の計上であったことからも、日本証券取引所自主規制法人が公表した「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」の[原則4]である「不正の芽の察知と機敏な対処」という視点からは、少し物足りない分析ではないだろうか。 2 外部調査チームによる厳正な処分の提言 外部調査チームによる「問題意識・提言」の中で目を引くのは、「厳正な処分」である。 まず、本件従業員については、金券類を不正に領得した点について横領罪又は窃盗罪のいずれかを構成し、不正な社内処理は就業規則上、懲戒解雇事由に該当すると断じるとともに、旅工房への入社の数週間後から発覚までの約2年10ヶ月もの間、間断なく繰り返されていること、不正に領得した金券類の価額は合計3億円を超え、顧客名義を偽装して 旅工房に入金した金額及び自己負担によって仕入先に支払った金額を控除しても約39百万円を利得していることなど、不正の悪質さを強調している。 そして、旅工房による厳正な処分によって、本件従業員以外の者に対しても、コンプライアンス違反の影響を認識させることになり、役員、従業員のコンプライアンス意識の向上に資するものと考えられると続けている。 さらに、外部調査チームは、旅工房社内の内部統制の体制が十分に整備されていなかったこと、本件不正行為の徴候ともいえる状況が報告されていたにもかかわらず早期に本件不正行為を発見することができなかったことについては、関係する取締役、特に法人営業部門及びコーポレート部門所管の各取締役に相応の責任があることは否めず、さらに、本件従業員の上長たる立場にあった法人営業部門所管の取締役においては、端的に本件従業員の監督が不十分であったことについても、責任は否定し難いと考えられると結んでいる。 3 内部監査は機能していたのか 2020年3月期有価証券報告書によれば、旅工房では、代表取締役直轄の部署として内部監査室があり、内部監査担当1名が内部監査を実施、業務の適正性の確保に努めているという記載がある。さらに、堅確な内部監査体制の構築と実施を図るとともに、監査役及び会計監査人による監査の実効性に寄与していると評されている。 ところが、外部調査チームによる報告書には、不正行為の予防や早期発見に対して、内部監査部門がどういう役割を果たしていたのか、まったく記述がない。唯一、「内部監査」について言及があるのは、「再発防止策・改善策」の中の「内部統制の充実等」の項目の以下のような文章である。 この文章からは、旅工房の内部監査の体制はよくわからないが、330億円を超える売上高、376名の従業員を抱える上場会社の内部監査部門の人員が1名というのは、いかにも脆弱な体制であると評価せざるを得ない。外部調査チームがこの点に触れていないのも、気になるところである。 4 財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備 旅工房が、9月3日に公表した「財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備に関するお知らせ」から、同社が認識している「開示すべき重要な不備」と「是正方針(再発防止策)」を見ておきたい。 まず、「開示すべき重要な不備」については、次のように事実関係を説明している。 このため、旅工房においては、法人旅行の販売購買に関する業務プロセスの一部について、予約/金券取得取引の実在性の確保、請求書/債権の入金消込の正確性の確保及び職務分離に関して不備があったことから、不正が行われかつその発見に遅れを生じさせたものであり、これらの不備は財務報告に重要な影響を与えており開示すべき重要な不備があったものと認識しているとのことである。 次いで、「開示すべき重要な不備」の是正方針は、以下のとおりである。 ここでは、再発防止策の実施状況の確認が、「内部監査室」に委ねられていることが見て取れる。そのこと自体に異論はないが、内部監査部門の人員状況などの体制強化策についての言及はなく、その点に不安が残るものとなっていると言えるだろう。 5 新型コロナウイルスによる業績の悪化 旅工房が9月2日に公表した2020年3月期の有価証券報告書には、「事業等のリスク」の中に次のような記述がある。 もちろん、この表現は3月31日現在の認識を文章にしたものに他ならないのだが、有価証券報告書の提出から2週間もたたない9月14日、旅工房が公表した「2021年3月期第1四半期決算短信」によれば、売上高は、前年同期の7,944百万円から150百万円へと減少し、前年同期の2%にも満たない売上実績となっていて、可能性が具現化している。それにしても、大幅な売上高の落ち込みであり、あらためて、新型コロナウイルス感染症の旅行業界への影響の大きさを感じさせられた。 (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第8回】 「被害者からの請求に関する裁判上の紛争手続における留意点」 弁護士 柳田 忍 本稿においては、ハラスメント事案の被害者が裁判上の紛争解決手続を利用した場合の留意点等について説明する。 前稿にて述べたとおり、被害者からなされるのは基本的には損害賠償請求であると思われるところ、その裁判上の紛争解決手続としては労働審判と通常訴訟が考えられる。 1 労働審判 労働審判手続は、労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について、個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(個別労働関係民事紛争)を対象とする手続である。 (1) 特徴 (2) 手続の流れ (3) 立証におけるポイント 労働審判手続における証拠調べは、期日における口頭での人証調べが中心となっている。労働審判官や労働審判員は、申立人や在廷している会社関係者に対して適宜質問を行い、回答を得ることにより、心証を形成する。よって、同行する会社関係者の人選や尋問対策は必須である。 上記のとおり、不利な労働審判がなされても異議を申し立てれば当該労働審判は効力を失うが、労働審判官が移行後の通常訴訟の担当裁判官にならないとも限らないし、通常訴訟に移行しても、裁判所が労働審判の結果を覆すことは多くはないと言われていることから、労働審判手続の段階から全力で臨むべきである。 2 通常訴訟 (1) 特徴 特に労働審判と比較した場合の通常訴訟の特徴は以下のとおりである。 (2) 手続の流れ 被害者を原告、会社ないし行為者を被告とする。 (3) 立証におけるポイント 通常訴訟においては、基本的には結審に至るまで証拠を提出することができるため、相手の出方を見つつ立証方針を策定するのがよいであろう。 また、立証において様々な工夫を凝らす余地もあり、訴訟担当者の腕の見せ所である。 例えば、被害者が主張するところの被害者と行為者の言動を再現した報告書(写真等を添付したもの)を提出し、被害者の主張の不自然さや不合理性を明らかにしたり、被害者が行為者によるハラスメントの様子を録音したものとして裁判所に提出した音源に入り込んだ音声の鑑定を鑑定人に依頼して事案解明に繋げるなどの立証方法がとられる例もある。 (了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第11回】 「商法が適用される契約関係」 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 川上 邦久 〔質 問〕 民法ではなく商法が適用される場合としては、どのような場合がありますか。 また、今年の4月に施行された債権法改正による影響はありますか。 〔回 答〕 「商人」や「商行為」が登場する取引については、商法独自の規定が適用される場合があることに留意する必要があります。 債権法改正で、商事消滅時効や商事法定利率といった商法独自の規定が、一部削除されることになりました。ただし、経過措置の関係で、今後も引き続き改正前商法の規定が適用される場合がありますので、留意する必要があります。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 商法が適用される場合 「商人の営業、商行為その他商事」については、他の法律に特別の定めがない限り、商法の定めるところによるものとされている(商法1条1項)。 商法が適用されるかどうかを判断するうえでポイントになるのは、「商人」「商行為」の2つの概念である。 まず、商法の規定により「商行為」にあたるのは、以下の3つである(商法501条~503条)。 そして、商法の規定により「商人」にあたる(とみなされる)のは、以下の2つである(商法4条1項、2項)。 以上より明らかなとおり、「商行為」概念を基礎として「商人」概念が決まるという関係にあるとともに(固有の商人)、「商人」概念を基礎として「商行為」概念が決まるという関係にもあるのであり(附属的商行為)、2つの概念は相互に絡み合っている。 なお、1つの「商行為」(商取引)については、複数の当事者が想定できるが、小売業者と消費者との間で締結される売買など、一方当事者にとっては「商行為」にあたるが、他方当事者にとっては「商行為」にあたらない場合があり得る(一方的商行為)。 この場合も、特別の定め(商法511条1項、521条等)がない限り、商法の規定が双方当事者に適用されるとされているため(商法3条)、依頼者にとって「商行為」にあたらない場合でも、商法の規定の適用がないかに留意する必要がある。 2 商法の規定内容 商法の規定内容は多岐にわたるが、紙幅の関係上全てを取り上げることはせず、税理士業務に関して重要と思われる規定について概説するに留める(特に、第一編「総則」の第三章「商業登記」以下、第二編「商行為」の第三章「交互計算」以下、第三編「海商」については、完全に割愛する)。 (1) 商事代理 まず、民法上の代理については、原則として、本人に代理行為の効果を帰属させるためには、代理人が本人のためにすることを示すこと(顕名)が必要とされており、例外的に、相手方が代理行為であることを知ることができた場合に限り、本人に代理行為の効果が帰属するものとされている(民法100条)。 これに対して、商事代理においては、商事取引の簡易迅速性の要請から、顕名がなくても、代理行為の効果は本人に帰属するのが原則とされており(商法504条本文)、例外的に、相手方が代理行為であることを無過失で知らなかった場合は、代理人を契約当事者とすることを選択できるものとされている(商法504条但書。最判昭和43年4月24日民集22巻4号1043頁)。 また、民法上は、代理権を授与した本人が死亡した場合は、代理権の効力が失われるとされている(民法111条1項1号)。 これに対して、商行為の委任による代理権については、商事取引の円滑確保の要請から、本人が死亡しても消滅しないものとされている(商法506条)。 (2) 商事契約の成立 民法上は、契約の申込みを受けた者は、諾否の自由を有するだけで、特に義務を負うものではない。例えば、事業者が消費者に対し、「購入する意思がなければ10日以内に返送せよ」として一方的に商品を送り付けた場合(いわゆるネガティブオプション)、消費者が商品の返送をしなくても、承諾の意思表示をしない限り、契約が成立することはないし、返還請求があった際に応じられるように、自己の物と同一の注意義務で保管すれば足りるとされている(なお、ネガティブオプションについては、特定商取引法により、一定の要件を満たせば返還請求権を消滅させることもできるとされている)。 これに対して、商法では、商取引の迅速性の要請から、契約の成立が当然に予想される場合における相手方の信頼を保護するために、「商人が平常取引をする者からその営業の部類に属する契約の申込みを受けたとき」は、遅滞なく承諾しない旨の通知を発しなければ、申込みに対して承諾したものとみなされる(商法509条1項2項)。 また、申込者の信頼・利益保護の要請から、「商人がその営業の部類に属する契約の申込みを受けた場合」で、「その申込みとともに受け取った物品があるとき」は、申込みを拒絶した場合でも、善良な管理者の注意をもって、その物品を保管する義務を負う(商法510条。ただし、保管費用は申込者の負担となり、保管者はその物品について商事留置権(後述する)を行使することができる)。 このように、商人は、その営業の部類に属する契約の申込みを受けた場合、一定の義務を負担することになる。 (3) 商行為通則 商法上の商行為通則に関する規定は、極めて雑多であるが、大きく分けると、①債務の履行・債権担保に関する規定(多数当事者の債務の連帯、流質契約の自由、商事留置権、商事消滅時効(債権法改正で削除))、②商行為の営利性を重視した規定(報酬請求権、利息請求権、商事法定利率(債権法改正で削除))等がある。 まず、民法上も、債権の担保のため、債務者の所有物の返還を拒むことができる留置権の定めがあるが、被担保債権と目的物との個別的牽連性が必要とされている(民法295条。「その物に関して生じた債権を有するとき」)。 これに対して、商法では、継続的取引における債権の担保を強化することによって、確実な取引関係を維持する要請から、被担保債権と目的物との個別的牽連性は不要とされている(商法521条。「その債務者との間における商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物又は有価証券」)。なお、倒産手続に移行した場合の効力についても、商事留置権の方が強くなっている。 また、債権法改正以前は、民法上、債権の消滅時効期間は原則10年とされていたのに対して(改正前民法167条1項)、商法では商取引の迅速決済の要請から、「商行為によって生じた債権」の消滅時効期間は5年とされていた(改正前商法522条)。 債権法改正により、民法上、原則的な債権の消滅時効期間が、権利行使できることを知ってから5年か、権利行使できる時から10年のいずれか早い方とされ(民法166条1項)、短期消滅時効の規定も削除された(改正前民法170条~174条)ことと平仄を合わせる形で、商事消滅時効に関する規定も削除された。 そして、民法上は、他人のためにある行為をしても、報酬に関する合意がない限り、無償であり報酬を請求することはできないのが原則であり(民法648条1項)、消費貸借についても無利息が原則である(民法589条1項)。 これに対して、商法では、商人の行為が当然に営利を目的とする行為であることに照らして、「商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたとき」に、相当な額の報酬請求権が発生するものとし(商法512条)、商人間での金銭消費貸借、商人のその営業の範囲内における金銭立替えについては、法定利息請求権が発生するものとされている(商法513条)。 この点、法定利息の利率についても、債権法改正以前は、民法上は年5%であるのに対し(改正前民法404条)、商法上は年6%とされていた(改正前商法514条)が、債権法改正により、法定利率は年3%からスタートする3年ごとの変動制とされ、それに伴って商事法定利率に関する規定も削除された。 (4) 商事売買 民法上は、種類や品質に関する契約不適合(改正前民法における瑕疵)があった場合、売主がその契約不適合について悪意又は重過失であった場合を除き、それを知ってから1年以内に売主に通知しなければ、契約不適合責任の追及ができなくなるものとされている(民法566条。数量不足については期間制限の対象外とされている)。 このような民法上の期間制限に加えて、商法では、「商人間の売買」について、買主に目的物を遅滞なく検査する義務を負担させることとし、売主が契約不適合について悪意であった場合を除き、①検査すれば直ちに発見できる契約不適合(数量不足を含む)については、直ちにその旨を通知しなければ、②検査しても直ちに発見できない種類や品質に関する契約不適合については、目的物を受領してから6ヶ月以内にそれを発見したうえで、直ちにその旨を通知しなければ、契約不適合責任の追及をすることができなくなるものとされている(商法526条)。 なお、商法上は、契約不適合があった場合でも、買主において、善良な管理者の注意をもって、その物品を保管する義務を負うとされている(商法527条)。 3 債権法改正の影響 上記2で述べたとおり、債権法改正により、商事消滅時効や商事法定利率などの、商法独自の規定が削除された結果、商法の規定について考慮する必要性は、一定程度減じたとも考えられる。 しかしながら、施行日以降は、全ての債権について改正後民法・商法が適用されることになるわけではなく、相当期間にわたって、引き続き改正前民法・商法が適用される場合があることに留意する必要がある。 すなわち、施行日前に生じた債権、あるいは、施行日前にその発生原因である法律行為がされた債権には、引き続き、改正前民法・商法の消滅時効に関する規定が適用されることになる(例えば商行為である売買契約に基づく債権であれば、債権自体の発生が施行日後であっても、売買契約の締結が施行日前であれば改正前商法の商事消滅時効が適用される)。 また、施行日前に最初の利息が生じた(≒ 元本である金銭を受け取った)債権、あるいは、施行日前に遅滞に陥った債権については、利息や損害金の算定にあたり、引き続き、改正前民法・商法の法定利率に関する規定が適用されることになる。 (了)