基礎から身につく組織再編税制 【第19回】 「分割の概要」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 前回までは「合併」について解説してきましたが、今回からは組織再編税制における「分割」について解説していきます。まずは「分割」に関する基本的な考え方を解説します。 1 分割とは 分割とは、会社の事業の全部又は一部を他の会社に承継させることをいい、会社法上、「吸収分割」と「新設分割」に区分しています。また、それぞれ法人税法上で、「分割型分割」と「分社型分割」に区分しているため、組み合わせにより4種類の分割(※)があります。 (※) 「吸収分割である分割型分割」、「吸収分割である分社型分割」、「新設分割である分割型分割」、「新設分割である分社型分割」の4種類となります。 なお、下記は4種類の分割のうちの1つである「吸収分割である分割型分割」の組み合わせになります。 (例)吸収分割である分割型分割 (※1) 「分割法人」とは、分割によりその有する資産又は負債の移転を行った法人をいいます(法法2十二の二)。 (※2) 「分割承継法人」とは、分割により分割法人からその有する資産又は負債の移転を受けた法人をいいます(法法2十二の三)。 2 分割の課税関係 分割に係る課税関係を非適格・適格ごとに表にまとめると、次のようになります。なお、今回は分割の課税関係のイメージをつかんでもらうことを目的としているため、現時点で下記の表をすべて理解する必要はありません。 分割法人、分割承継法人、分割法人の株主の課税上の取扱いの詳細については、次回以降で解説していきます。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 また、分割承継法人の処理のイメージは下記となります。 【分割承継法人の処理イメージ】 ① 非適格分割 (注) 一定の場合には、資産調整勘定等を認識する必要があります。 ② 適格分割型分割 ③ 適格分社型分割 3 無対価分割 分割により分割承継法人によって交付される分割承継法人株式その他の資産がない分割を「無対価分割」といいます。 無対価分割が分割型分割、分社型分割のいずれに該当するかについては、分割前の関係が下記のいずれの関係になっているかにより判定することとなります。 ◆分割の概要のポイント◆ 「吸収分割」と「新設分割」の2種類があり、それぞれ「分割型分割」と「分社型分割」があります。 分割の場合、分割法人から分割承継法人へ資産等が原則、時価で譲渡されたものとして取り扱います。 分割があった場合には、分割法人は移転資産等の譲渡損益を認識し、分割型分割では株主においても旧株の譲渡損益、みなし配当を認識するのが原則です。 特例として適格分割の場合には、分割法人は移転資産等を簿価で移転したものとされ、課税は生じず、分割型分割では分割承継法人は分割法人から利益積立金額を引き継ぎ、株主は原則として、旧株の譲渡損益、みなし配当を計上する必要はありません。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第35回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (5) 法人税法22条の2第3項は恣意的な申告調整を認めないものか 既に述べたとおり(本連載第32回参照)、法人税法22条の2第3項は、2項の適用に当たり、確定決算収益経理要件を満たす効果を発揮するにすぎない。よって、異論はあるものの、法人税法22条の2第3項の適用がある場合でも、公正処理基準準拠要件をはじめとする2項の他の要件を同時に満たさない限り、申告調整により、資産の販売等に係る資産の引渡日又は役務提供日に近接する日の属する事業年度の益金の額に算入することは認められないと解される。 ところで、法人税法22条の2第3項について、申告調整によって目的物の引渡しの日又は役務提供の日に近接する日に収益計上することを認めるものの、これは恣意的な申告調整を認めるものではないと指摘された上で、ここでの収益計上時期に関する基準は継続して適用することが求められているという見解がある(渡辺徹也『スタンダード法人税法〔第2版〕』117頁(弘文堂2019)参照)。 上記見解は、明文上の根拠をどこに求めることができるのかという点を明らかにしていないものの、2項が定める公正処理基準準拠要件を根拠としている可能性はある。そうであるとすると、上記見解は3項を適用する場合でも、公正処理基準準拠要件の充足が必要であるという立場をとっていることになる。 このように考えると、法人税法22条の2第3項の適用に当たり、公正処理基準準拠要件が求められるか否かは、実務に与える影響が大きい論点であることがわかる。 ここでいう公正処理基準の意義も重要な問題となる。 「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って」という文言は、法人税法22条4項においても使用されている。同項にいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」とは、抽象的には、一般社会通念に照らして公正妥当であると評価され得る会計処理の基準であるとか、客観的な規範性を持つ公正妥当な会計処理の基準であるといわれる。 公正妥当な会計処理の基準の具体的な中身であるが、学説は、その中心をなすのは、次のようなものであるが、それにとどまらず、確立した会計慣行を広く含むと解している(本連載第5回参照)。 特に定義規定等を設けずに直前の法人税法22条4項のものと同一の文言を使用しているのであるから、22条の2第3項括弧書きにいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」とは、22条4項のものと同義に解することが自然であろうか。 そして、立案担当者は、後で取り上げるように、「収益認識に関する会計基準に基づく会計処理も、『一般に公正妥当と認められる会計処理の基準』に従った計算に該当し得る」と解している(財務省『平成30年度 税制改正の解説』270頁)。加えて、法人税法22条の2第3項括弧書きの文脈も踏まえると、同項括弧書きにいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」には、収益認識会計基準も含まれると解すべきであろうか。 この点に関して、酒井克彦教授は、法人税法22条の2第2項ないし2第3項括弧書きにいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」とは収益認識会計基準のみを指すと解する可能性もなくはないとされる(このあたりの議論は、本連載第20回も参照)。 ただし、酒井教授は、「これらの『一般に公正妥当と認められる会計処理の基準』は、広範囲の会計処理の基準を指すのではなく、あくまでも、引渡基準ないし契約日基準を採用する場面での限定的な処理についての規定であるから」、結局のところ、収益認識会計基準がこれらの「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に該当するということはないとの理解を示される(酒井克彦『プログレッシブ税務会計論Ⅲ―公正処理基準―』258頁(中央経済社2019)参照)。 (了)
値上げの「理屈」 ~管理会計で正解を探る~ 【第5回】 「限界利益を可視化する」 ~ポテトとジュースもお願いします~ 公認会計士 石王丸 香菜子 登場人物 * * * ファーストフード店では、ハンバーガーやポテト、ジュースなどをセット販売していますね。たいていの場合、セット価格は単品価格の合計よりも安いので、セットでの購入がお得な印象を受けます。ポテトやジュースが目的ではなくても、「セットで割安に頼めるなら・・・」とついセットで注文することが多いのではないでしょうか。また、あれこれ考えて単品を注文するのは手間なので、注文しやすいセットを頼むという一面もありそうです。 ハンバーガー・ポテト・ジュースのように、いくつかの商品をまとめてセットとして販売する手法を「」と言います。店長が買ったカメラセットや、ソフトウェアがインストールされているパソコンなどもバンドリングの例です。 * * * * * * ブルーベリーの苗木1本とブルーベリー用の土1袋に関する販売価格と変動費は以下の通りです。苗木と土の販売にあたっては、共通コストとして、売り場管理費などの固定費が年間170,000円かかります。 これまでの実績を調べたところ、苗木と土の販売数の割合はおおむね4:1で一定であることがわかりました。これをもとにブルーベリー関連の損益を分析してみましょう。 苗木4本と土1袋をまとめて1セットと仮定することで、損益分析を行うことができます。 ➤損益分岐点 ⇒固定費170,000円÷1セット当たり限界利益@3,400円=50セット ➤損益分岐点売上高 ⇒@10,800円×50セット=540,000円 * * * * * * 店長のアイデアで、苗木2本と土1袋をまとめた「ブルーベリー・セット」を販売することにしました。苗木2本と土1袋の単品価格の合計は(@2,400円×2本+@1,200円=)6,000円ですが、「ブルーベリー・セット」の価格は5,800円としてみましょう。1セット当たりの変動費の合計は(@1,800円×2本+@200円=)3,800円です。 全てのお客さんが、単品ではなくセット購入すると単純化してシミュレーションしてみます。 ➤損益分岐点 ⇒固定費170,000円÷1セット当たり限界利益@2,000円=85セット ➤損益分岐点売上高 ⇒@5,800円×85セット=493,000円 こうしたシミュレーションをするときには、限界利益がはっきり目に見えるように工夫してみましょう。「ブルーベリー・セット」が限界利益@2,000円を積み重ねて固定費を回収し、利益を計上していく様子をグラフにします(ここでは横軸を「ブルーベリー・セット」の販売数とします)。 限界利益のグラフと固定費ラインの交点が損益分岐点です。限界利益のグラフが固定費ラインを上回っていれば、利益が計上されます。仮に100セット販売した場合には、黄色のエリア(100セット-85セット)×@2,000円=30,000円が最終的な利益になることが、視覚的にわかりますね。 複数商品をバンドリングすることで効率的に利益計上できる場合があります。ハンバーガーのセットは、単品価格の合計よりもセット価格を安くしてお買い得感を演出することで、利益率の高いジュースなどの販売量を増やす戦略の例です。 また、あえてセット価格を単品価格の合計よりも高く設定する戦略も考えられます。最近見かける「ミール・キット」(献立を作るのに必要な食材や調味料、レシピカードなどのセット)は、単品価格の合計よりもセット価格が高い印象を受けます。それでも、いくつもの食材や調味料を買いそろえたり下処理したりする手間が省け、レシピ通りに作ればおいしいものができる、というセットならではの価値が付加されているので、購入する人が多いのです。 こうしたアイデアを模索する過程では、限界利益を可視化してシミュレーションするとよいですね。 * * * (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第160回】 収益認識基準⑤ 「取引価格の算定」 仰星監査法人 公認会計士 渡邉 徹 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) ◆X1年3月31日 〔B社への機械装置Y10台の販売時〕 (※1) (@100-10)×10台=900 (※2) @12×10台=120 (※3) 900(※1)+120(※2)=1,020 ◆X1年4月30日 〔B社の代金(機械装置Y10台)支払時〕 ◆X1年6月30日 〔B社への機械装置Y80台の販売時〕 (※4) ① @90×80台-(@100-@90)×10台=7,100 ② 7,100(①)-100=7,000 ③ 7,000(②)×1%×2年分=140 ④ 7,000(②)-140(③)=6,860 ◆X1年9月30日~X3年6月30日の各四半期決算時 〔B社の代金(機械装置Y80台)に係る受取利息の認識、計8回(※6)〕 (※5) 7,000×1%×3ヶ月/12ヶ月=17.5 (※6) 上記の仕訳(※5)をX1年9月末、12月末、X2年3月末、6月末、9月末、12月末、X3年3月末、6月末の各四半期決算時に計上します。 ◆X3年6月30日 〔B社の代金(機械装置Y80台)支払時〕 (※7) 6,860(※4)+17.5(※5)×8回=7,000 〈会計処理の解説〉 1 会計処理と取引価格の算定のイメージ 取引価格は、「財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ると見込む対価の額」と定義されます。ただし、第三者のために回収する額を除くとされており、例えば、売上にかかる消費税等は第三者のために回収する額に該当することから、取引価格には含まれません。 取引価格を算定する際には、以下の①から④のすべての影響を考慮します。 【取引価格の算定のイメージ図】 (※1) 後払いの場合を想定しているため、減額しています。前払いの場合は、「取引価格」に加算します。 (※2) 割引する場合を想定しているため、減額しています。割増の場合は、「取引価格」に加算します。 (※3) 現金以外の対価の時価が契約書等の定めよりも高いと仮定しています。 2 事例へのあてはめ (1) X1年3月31日(B社への機械装置Y10台の販売時) A社は、変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される時点(すなわち、購入の合計額が判明する時)までに計上された収益(すなわち、1台当たり100千円)の著しい減額が発生しない可能性が高いと判断したため、売上(取引価格)は1台当たり100千円で計算します。この時点では「①変動対価」は考慮されていません(企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準第50項~54項」参照)。 また、対価の一部が機械装置の下取り(「③現金以外の対価」)で支払われているため、当該対価を時価(中古市場の価格)により算定しています(企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準第59項~62項」参照)。 (2) X1年4月30日(B社の代金(機械装置Y10台)支払時) X1年3月31日に計上した売上高(取引価格)1,020千円から、下取りした機械装置の時価を控除した金額900千円が支払われました。 (3) X1年6月30日(B社への機械装置Y80台、販売時) A社は、新たな事実を考慮して、B社の購入数量は X1年12月31日までに100台を超えるであろうと見積り、1台当たりの価格を90千円に遡及的に減額することが必要になると判断したため、機械装置Yの販売単価を90千円で計算します(この時点で「①変動対価」を考慮しています)。この単価90千円は、X1年3月31日に1台当たり100千円で売却した機械装置Y10台の取引額の算定にも反映させる必要があります。ただし、見積りの変更であるため、その影響はX1年6月30日の機械装置Y80台の取引価格に反映させます(企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準第55項」参照)。 また、A社がB社に支払った100千円は、A社がB社から受領する別個の財又はサービスとの交換によるものではないため、「④ 顧客に支払われる対価」と判断されます。したがって、この 100千円の支払は取引価格から減額されます(企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準第63項~64項」参照)。 さらに、顧客との「②契約に重要な金融要素」が含まれる場合、取引価格の算定にあたっては、約束した対価の額に含まれる金利相当分の影響を調整する必要があります。A社は利息相当の140千円を取引価格から控除する必要があります(企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準第56項~58項」参照)。 (4) X3年6月30日(B社の代金(機械装置Y80台)支払時) X1年6月30日に計上した売上高(取引価格)6,860千円と受取利息相当額140千円の合計額7,000千円が支払われました。 * * * (了)
給与計算の質問箱 【第8回】 「複数の会社に勤務する場合の税金と社会保険料」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 複数の会社に勤務する場合の税金と社会保険料について教えてください。 A 次の①~⑤につき、徴収及び書類の提出等が必要となる。 * * 解 説 * * ① 源泉所得税 主たる給与を支払う場合の源泉所得税は、源泉徴収税額表の「甲欄」による。 「主たる給与」とは、「給与所得者の扶養控除等申告書」を提出している人に支払う給与をいう。 従たる給与を支払う場合の源泉所得税は、源泉徴収税額表の「乙欄」による。 「従たる給与」とは、主たる給与の支払者以外の給与の支払者が支払う給与をいう。 ② 住民税 主たる給与を支払う会社が特別徴収(給料から住民税を天引き)する。 ③ 労災保険 労災保険は全額会社負担なので給料計算に関係しない。複数の会社に従業員として勤務する場合、それぞれの会社で労災保険の対象となり、それぞれの会社が労災保険料を負担する。 ④ 雇用保険 複数の会社に従業員として勤務し、かつ、それぞれの会社で雇用保険の加入条件を満たす場合、生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける会社(※)でのみ雇用保険に加入する。 (※) 一般的には勤務する複数の会社のうち最も賃金の高い会社 ⑤ 健康保険、介護保険、厚生年金保険 被保険者が同時に複数の会社に使用される場合、会社は「健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届」を提出し、被保険者は複数の会社に使用されることになってから10日以内に「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を、選択する会社の所在地を管轄する事務センター(年金事務所)へ提出する。添付書類は健康保険証となる。 * * * ◎A社の給料計算 以上より、 ◆240,000円 - 雇用保険料720円 - 健康保険料11,844円 - 厚生年金保険料21,960円 - 源泉所得税4,980円 - 住民税10,000円 = 190,496円 よって、190,496円が、A社からの振込額となる。 ◎B社の給料計算 以上より、 ◆200,000円 - 健康保険料9,870円 - 厚生年金保険料18,300円 - 源泉所得税12,000円 = 159,830円 よって、159,830円が、B社からの振込額となる。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第8回】 「ニーズが多いのは継続賃料の評価」 ~鑑定評価における「賃料」の捉え方~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 「土地の賃料」と「建物の賃料」 土地の賃料は「地代」とも、建物(敷地を含む。以下、特段の断りなく「建物」と呼ぶ場合は敷地も含みます)の賃料は「家賃」とも呼ばれます。 家・賃といっても、賃料算定の対象となっているのは建物の部分だけでなく、その敷地も含まれている点に留意する必要があります(建物を借用すれば、当然のことながらその敷地も使用することになるからです)。ただし、建物を賃借する人に生ずるのはあくまでも「借家権」であり、土地の利用権を地主に直接主張できる「借地権」は、法的にも生じません。 ちなみに、地代という場合、他人の土地を賃借してその上に自分の建物を建てることを目的に支払う賃料を意味します(借地借家法のうち借地に関する規定が適用されます)。 一方、家賃という場合、他人の建物を賃借してそこに居住する(事業を営む)ことを目的に支払う賃料を意味します(ただし、借地借家法のうち借家に関する規定が適用されるため、貸主は自分の都合だけで借主を退去させることが難しくなります)。 2 「新規賃料」と「継続賃料」 最初に区別しておかなければならないのは、一概に賃料といっても、いつの時点での賃料を問題とするかです。例えば、これから新たに土地や建物を賃貸する場合と、従来から契約が継続している状態で地代や家賃を改定しようとする場合とでは、捉え方が異なってきます。 前者の場合を「新規賃料」、後者の場合を「継続賃料」と呼んで区別しています。 実際に、新規地代をいくらにすればよいかが問題とされるケースは、定期借地権のように期間満了とともに確実に土地が返還されることが法律で保証されている場合や、親族間又は親子会社間の土地賃貸借、置場や一時使用等の利用目的を除けば、それほど数はないといってよいでしょう。 その理由は、建物の所有を目的とする新規の借地供給(普通借地権)(※)は、現在きわめて稀にしか行われていないからです(借地借家法による借主保護により、普通借地権を設定した場合には契約期間が満了しても建物が存在する限り、貸主に正当な事由がなければ土地の返還を受けることはできません)。 (※) 普通借地権とは、旧借地法の時代から規定されていた「建物の所有を目的とする地上権または土地の賃借権」を意味します。新しい借地借家法では存続期間が30年とされ、期間満了時に地主に更新を拒絶する正当な事由がなければ、契約は更新されてしまいます。 そのため、地代をめぐって実際に問題となるのは、継続地代(賃料改定の目安とする地代)のケースが圧倒的に多いといえます。 家賃の場合も、地代とは状況は異なりますが、新規家賃をめぐって当事者が鑑定評価を依頼するケースはそれほど多くはありません。その理由は、建物を借りようとしている人が募集家賃(提示家賃)に対して自分の支払える範囲を超えていると感じた場合、不動産鑑定士に鑑定評価を依頼してその結果を交渉材料にしようとまでは考えないからです(このような場合には、条件の類似する他の物件を探すことでしょう)。 参考までに、仮に新規賃料を鑑定評価によって求めることを依頼された場合には、不動産鑑定士は依頼内容を検討し、正常賃料を求めればよいのか、限定賃料を求めればよいのかを判断することになります。 ここで、「正常賃料」とは、平易に表現すれば、特定の当事者間だけでなく、誰と貸し借りする場合でも等しく当てはまる賃料であるといえます(市中における募集賃料が1つのイメージです)。 これに対して「限定賃料」とは、特定の人との間でのみ(少々割高でも)経済合理性をもって成り立つ賃料であるといえます。例えば、隣地を借地したいというような場合、対象地や相手先が限定されることもありますが、それ以上に隣地を借地することにより一体地の効用が高まるためです。 次に、現実的にニーズの多い継続賃料の鑑定評価について取り上げます。 3 継続賃料の評価をめぐって ここで「継続賃料」とは、あくまでも既存の契約期間中の賃料のことを指します。 なお、新規に借地権を設定する際の地代や新規に建物賃貸借を行う場合の家賃は貸主・借主間の任意の取り決めによりますが、その後の賃料改定は借地借家法の制約を受けることに留意が必要です。 借地借家法では地代や家賃の額については何らの規定を置いていませんが、当事者同士で地代家賃の改定について話し合いがつかない場合は、その解決は裁判に委ねられるのが実情です。その過程で、改定後の賃料をめぐり鑑定評価書が提出されますが、(当事者間の)直近合意時点における賃料がどれだけであったかに制約を受ける部分が多く、新規賃料の決定とは考え方が大きく異なってきます。 ちなみに、不動産鑑定評価基準では継続賃料を次のとおり定義しています。 上記のとおり、継続賃料は継続中の賃貸借契約等に基づく賃料改定を前提とするものであり、正常賃料の場合と異なり賃貸借等の当事者は特定されています。 また、継続賃料と限定賃料との関係ですが、限定賃料が新規賃料を前提とし、特定の当事者間でのみ成り立つ賃料であるというという点で、継続賃料は限定賃料とも異なっています。 なお、不動産鑑定評価基準では、継続賃料を求める際に留意すべき点として、以下の事項を掲げています。 この規定は最近における最高裁判例の傾向を踏まえてのものであり、契約当事者間の公平に留意の上、鑑定評価額を決定するという考え方も継続賃料に特有のものです。 最後に、専門的になりますが、継続賃料を評価する際には、差額配分法、利回り法、スライド法、賃貸事例比較法という手法を適用して様々な角度から改定後の賃料を試算します。その結果、最も説得力の高い手法を吟味して最終結論を導くわけですが、鑑定評価書を提出してそれで終了、というわけにはいかない点に難しさが潜んでいます。 なぜならば、継続賃料の評価の結果は貸主・借主の利害関係に直接影響し、一方が満足すれば他方が不満に受け取ることが目に見えるからです。 その意味で、鑑定評価書を提出した後が、まさに不動産鑑定士の正念場といえます。 (了)
改正相続法に対応した実務と留意点 【第14回】 「総合的な事例の検討②」 弁護士 阪本 敬幸 今回は、総合的な事例について検討する。 1 問題の所在 本問のXは、滞納賃料債務をC及びDに請求したいと考えている。Cは相続人であるとともに連帯保証人となっており、Dは相続人である。 相続法とは離れるが、「賃貸借契約から生じる一切の債務を保証する」といった契約は根保証契約にあたり、改正債権法により、個人根保証契約を締結する際には極度額の定めが必要とされることとなった(改正後債権法465条の2第2項)。また、この極度額の定めは、書面で行う必要がある(改正後債権法465条の2第3項、民法446条第2項)。XがCと賃貸借契約に関して根保証契約を締結したのは2015年であり、その後賃貸借契約は更新が繰り返されている。この状況においてXは、Cに対して根保証契約に基づく請求ができるかが1つ目の問題である。 次に、XがB、C、Dに対し、B、C、Dの相続人たる地位に基づき相続債務の支払を求める場合、Xとしては、Aが所有していた甲不動産を仮差押又は差し押さえることが考えられる。しかし、Aは甲不動産をDに相続させるという遺言を作成しており、B・Cとの関係で差押が認められるかという点が2つ目の問題である。 2 根保証契約の問題 改正後債権法465条の2は、個人根保証契約を締結するにあたっては、極度額を書面により定めなければならないとする。この改正後債権法465条の2は、改正債権法施行後に締結された根保証契約に適用があり、2020年4月1日より前に締結された契約については適用がない(改正債権法附則21条第1項)。 本件では、X・C間の根保証契約は2015年に締結されているが、X・A間の賃貸借契約は2年契約であり、更新が繰り返されている。このような場合、X・C間の根保証契約には改正後債権法の適用はあるだろうか。 この点について、民法改正から間が無いため裁判例は見当たらないが、法務省の立案担当者からは以下のような見解が示されている。 他方、法務省のホームページには、保証契約が更新後の債務をも保証する趣旨で締結された場合には、2020年4月1日以降に賃貸借契約の更新があったとしても、現行法が適用されるという説明もある(「民法(債権関係)の改正に関する説明資料-主な改正事項-」19頁) 一見、両者は矛盾するようであるが、「賃貸借契約の更新時に新たな保証契約が締結、あるいは合意により保証契約が更新」されたか否かにより、改正後債権法の適用があるかを判断するということであり、矛盾するわけではない。 本件において、2020年4月1日以降の賃貸借契約の更新時に、X・C間で新たな保証契約締結・更新があったといえれば、改正後債権法の適用があり、XはCに対し保証契約に基づく請求を行うためには改正後債権法465条の2の要件を満たす必要がある。例えば賃貸借契約の更新時に、毎回新たな契約書を作成し、Cが署名押印していたというような事情があれば、新たな保証契約締結・更新があったといえるから、この場合は新たな契約書には極度額の定めを記載しておかなければ、根保証契約は無効ということになろう。 他方、賃貸借契約に自動更新特約があり、何の手続きもされていない場合や、当初の契約書に「保証人は、契約更新後も含めて、賃借人に生じたすべての債務を保証する」といった文言があれば、新たな保証契約の締結・更新があったわけではないと言いやすい。 このように、改正債権法施行後に賃貸借契約更新があり、書面により極度額を定めた根保証契約が締結されていなかったとしても、連帯保証人に対する請求が可能となる場合も考えられる。Xの立場としては、安易に、「書面による極度額の定めがないから、保証人に対する請求はできない」などと判断しないように注意すべきである。 3 遺言による権利承継と第三者との関係 本件のように、法定相続分を超えて権利の承継があり、第三者との間で対抗関係が生じた場合について、改正後民法899条の2は、対抗要件の具備の先後により決する旨を定めた。 本件では、AがXに対し負っていた債務200万円については、法定相続分に応じてBが2分の1、C・Dが各4分の1を相続する。したがってXは、Bに対し100万円、C・Dに対し各50万円ずつ請求することが可能である。 そしてAが所有していた甲不動産も、法定相続分に従えばBが2分の1、C・Dが各4分の1を相続したはずであり、遺言が無ければ、Xとしては、B、C、Dの甲不動産の共有持分について、何の問題もなく差押・仮差押をすることが可能であった。 Aの遺言により、Dが甲不動産の全部を相続することとなったが、改正後民法899条の2により、Dは自己の法定相続分を超える4分の3の共有持分について、登記がなければXに対してこれを対抗することができない。 Xとしては、登記の先後により決せられるという点に留意して、差押・仮差押手続を急ぐよう努めるべきである。 (了)
〈Q&A〉 消費税転嫁対策特措法・下請法のポイント 【第5回】 「消費税転嫁対策特措法が禁止する「買いたたき」とその典型例」 のぞみ総合法律事務所 弁護士 大東 泰雄 弁護士 福塚 侑也 はじめに 第5回は、第4回で解説した下請法上の「買いたたき」に続き、消費税転嫁対策特措法上の「買いたたき」について述べる。 これまで、公取委が消費税転嫁対策特措法に違反するとして勧告・社名公表に踏み切った事例のほとんどは、「買いたたき」が行われた事例である。すなわち、「買いたたき」は、消費税転嫁対策特措法が禁止する5つの消費税転嫁拒否等の行為(第1回参照)の中でも、圧倒的に重要な違反類型であるといって間違いない。 しかしながら、名称は同じであるにもかかわらず、消費税転嫁対策特措法の禁止する「買いたたき」は、下請法の「買いたたき」とは大きく内容が異なる。 そこで、以下、消費税転嫁対策特措法における「買いたたき」の考え方及び「買いたたき」に当たるか否かの判断の鍵となる「合理的理由」の考え方を述べた上で、当局が重点的に取り締まっていると考えられる2つの典型的な「買いたたき」のパターンを解説することとしたい。 1 消費税転嫁対策特措法における「買いたたき」の考え方 【Q】 下請法上の「買いたたき」に当たるか否かは、価格の低さと交渉プロセスを総合的に考慮して判断されるということでしたが(第4回参照)、消費税転嫁対策特措法上の「買いたたき」も、同様に判断されるのでしょうか。 【A】 いいえ、全く異なります。 消費税転嫁対策特措法上の「買いたたき」とは、「合理的理由」がないのに、消費税率引上げ後に税率引上げ分をそのまま上乗せしない行為をいいます。 消費税転嫁対策特措法における「買いたたき」とは、商品若しくは役務の対価の額を当該商品若しくは役務と同種若しくは類似の商品若しくは役務に対し通常支払われる対価に比し低く定めることにより、特定供給事業者による消費税の転嫁を拒むことをいう。 そして、「通常支払われる対価に比し低く定めることにより、特定供給事業者による消費税の転嫁を拒む」とは、特定事業者が、平成26年4月1日以後に特定供給事業者から供給を受ける商品又は役務の対価について、合理的な理由なく通常支払われる対価よりも低く定める行為をいい、上記「通常支払われる対価」とは、通常は、特定事業者と特定供給事業者との間で取引している商品又は役務の消費税率引上げ前の対価に消費税率引上げ分を上乗せした額をいうとされる(公取委「消費税の転嫁を阻害する行為等に関する消費税転嫁対策特別措置法、独占禁止法及び下請法上の考え方」(以下「公取委ガイドライン」という))。 公取委ガイドラインの上記説明は少々複雑に見えるが、要するに、特定事業者が当局に「合理的理由」の存在を説明できない限り、従前の価格に消費税率引上げ分をそのまま上乗せしなければならないということであり、税率引上げ前の金額で据え置くことはもちろん、税率引上げ分に満たない金額を上乗せしたに止まる場合も、買いたたきに該当するという趣旨である。 したがって、何らかの事情により、消費税率引上げ分をそのまま上乗せしない場合には、その「合理的理由」の存在を説明できるかどうかが、重要な鍵を握ることになる。 2 「合理的理由」はどのような場合に認められるか 【Q】 「買いたたき」に当たらないために必要な「合理的理由」は、どのような場合に認められますか。 【A】 「合理的理由」が認められるためには、一般的に、以下の2つの要素を充たす必要があると考えられます。 (a) 消費税率引上げ分をそのまま上乗せしないことの合理性を基礎づける客観的な事情の変化が存在すること (b) 上記事情を踏まえ、当事者間で十分な協議の下に対価の額が合意されていること 公取委ガイドラインは、買いたたきに当たらないために必要とされる「合理的理由」が認められる場合として、以下の例を挙げている。 そこで、上記3つの事例の共通点を検討すると、まず、原材料価格等の下落、特定供給事業者におけるコスト削減効果、原材料の市価など、消費税率引上げ分をそのまま上乗せしないことの合理性を基礎づける客観的な事情の変化が前提とされていることが分かる。 また、いずれの事例にも、「当事者間の自由な価格交渉の結果」というフレーズが盛り込まれていることも分かる。 そのため、「合理的理由」が認められるためには、上記【A】記載の2つの要素を充たす必要があると考えられるのである。 なお、「自由な価格交渉の結果」と認められるためには、単に協議したというのみでは足りず、「特定供給事業者が納得して合意している」こと、すなわち真の意味での合意が求められることに留意する必要がある。 3 「買いたたき」として勧告・社名公表される典型事案とは 【Q】 消費税転嫁対策特措法上の「買いたたき」に当たるとして、勧告・社名公表された典型的な事案は、どのようなものですか。 【A】 これまで、「買いたたき」に当たるとして勧告・社名公表された事案の大半は、以下の2つのいずれかのパターンに当てはまります。 ① 個人事業者等からサービスの提供を受け、内税で定めた業務委託料を支払っている場合に、消費税率引上げ後も消費税率引上げ分を上乗せしなかった事案 ② 店舗等を賃借し、内税で定めた家賃等を支払っている場合に、消費税率引上げ後も消費税率引上げ分を上乗せしなかった事案 これまでに勧告・社名公表に至った事案の大半は、上記【A】記載の①又は②のいずれかのパターンに当てはまる。 上記①の典型例は、スポーツクラブがインストラクターに支払う業務委託料、家庭教師業を営む企業が家庭教師に支払う業務委託料、ホテル業を営む企業が支配人に支払う業務委託料、出版社がフリーライターに支払う執筆料、建設業者が他の建設業者に支払う工事外注費等である。また、上記②の典型例は、企業が賃借する店舗や駐車場(課税対象となるもの)の賃料である。 これらは、いずれも、消費税率引上げの前後を通じ、継続的に同種のサービスの提供を受け、内税で定められた同額の対価を支払い続けた結果、消費税率引上げに伴い、本体価格がいわば自動的に減縮されるため、買いたたきに該当してしまうという事案である。 つまり、例えば、スポーツクラブがインストラクターに対し、平成26年3月以前には指導1時間当たり3,000円(税込み(消費税率5%))の業務委託料を支払っていたとすると、上記時点の本体価格は2,858円となる。しかし、同年4月以降は消費税率が8%に引き上げられたから、その後も支払総額が変わらないとすると、本体価格は2,778円へと減縮されることになる。さらに、令和元年10月以降は消費税率が10%に引き上げられたから、その後も支払総額が変わらないとすると、本体価格は2,727円へと減縮されてしまうのである。 そして、このような本体価格の減縮について、通常、合理的理由があると考えることは難しい。 すなわち、例えば、価格が日々変動する生鮮食料品等はもちろん、原材料価格、動力費、人件費、輸送コストなど様々な事情により調達価格が容易に変動しうる工業製品等であれば、消費税率引上げ後に消費税率引上げ分だけ調達価格が上昇していないとしても、その原因が本体価格の変動にあるのか、消費税率引上げ分を上乗せしなかったことにあるのかを判別することは容易でない。 これに対し、上記①のように企業が継続的に同種のサービスの提供を受けている場合や、上記②のように継続的に店舗等を賃借している場合には、そもそも明確な原価を想定しづらく、税率引上げ前後で本体価格決定の背景となる客観的事情が大きく変動することは考えづらいため、消費税率引上げ分をそのまま上乗せしないことの合理性を基礎づける客観的な事情の変化(前記2(a))を見出しがたいのである。 そのため、税率引上げ後に税率引上げ分だけ支払額が上乗せされていないとすれば、消費税率引上げ分の上乗せがなされなかったのではないかという推論が容易に成り立つことになる。 消費税転嫁対策特措法違反として勧告・社名公表の憂き目に遭うことを回避するには、まずは、上記①又は②のパターンに当てはまるものを中心に、対価を内税で定めて支払っている取引がないかを確認することが最優先といえるだろう。 なお、特定供給事業者としてサービスを提供する個人事業者等の中には、免税事業者も多数含まれると考えられるが、公取委は、「相手が免税事業者であるとの理由で消費税率引上げ分の上乗せをしないことは許されない」との考え方を明示しているため(※)、注意が必要である。 (※) 「公取委ガイドライン」第1部第1の3(4)エ 参照。 (了)
《速報解説》 証券取引等監視委員会、令和2年度版の「開示検査事例集」を公表 ~非財務情報の虚偽記載を対象とする課徴金納付命令勧告を初めて行った事例を紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 証券取引等監視委員会事務局は、去る8月7日、「開示検査事例集(以下「事例集」と略称する)」を公表した。 令和2年度版の事例集では、新たに、令和元年7月から本年6月までの間に開示検査を終了し、開示規制違反について課徴金納付命令勧告を行った事例についても、概要が紹介されている。また、昨年から掲載が始まった「監視委コラム」が、大幅に増設され、最近の開示検査を通じてクローズアップされた開示制度や会計基準のほか、不正会計の実態等について解説されているのが特徴である。 本稿では、公表された事例集のうち、最近の開示検査の動向を知るうえで参考になると思われる、ⅠからⅢまでを中心にその内容をご紹介したい。 とりわけ、「Ⅲ 最新の検査事例」については、最近1年間に開示検査を終了した最新の事例について、開示規制違反の内容、その背景・原因やその是正策の概要がまとめられている(「証券取引等監視委員会からのメッセージ」より)ため、本稿の解説もこの事例を中心としたい。 Ⅰ 最近の開示検査の取組みについて 事例集「Ⅰ 最近の開示検査の取組みについて」の冒頭で、証券取引等監視委員会(以下「監視委」と略称する)は、以下のように述べている。 そのうえで、監視委の取組みついて、以下の3項目を挙げている。 なお、この3項目については、平成30年公表の事例集以来その内容を踏襲している。 Ⅱ 最近の開示検査の実績とその内容 令和元事務年度(令和元年7月~令和2年6月)に、監視委が行った開示検査は33件で、前年実績(38件)を5件下回っている。そのうち、開示検査終了件数は14件(前事務年度実績は22件であり、課徴金納付命令勧告が8件(前事務年度実績は10件)となっている。 監視委によれば、令和元事務年度の開示検査の特徴は次の4点である。 1 非財務情報の虚偽記載 監視委は、令和元事務年度の開示検査で初めて、2件の非財務情報の虚偽記載を対象とした課徴金納付命令勧告を行った。その内容は、いずれも、有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンスの状況等」における虚偽記載で、詳細は次のとおりである。 2 「関連当事者との取引」に関する注記 また、監視委は、「関連当事者との取引」について連結財務諸表への注記を行わなかったことを対象として、初めて課徴金納付命令勧告を行った。 【事例7】では、当時の代表取締役であった者が特定の法人との取引について、「関連当事者との取引」として連結財務諸表への注記を行わなければならないにもかかわらず、注記を行っていなかったことから、記載すべき重要な事項が欠けている有価証券報告書等を提出したとして、課徴金納付命令勧告を行ったものである。 3 公認会計士・監査審査会との連携 【事例3】では、上場会社の会計監査を行っていた監査法人の不適切な監査手続に起因する不正会計が多く認められたことから、公認会計士・監査審査会は、課徴金納付命令勧告を行った同じ日に、この監査法人について行政処分勧告を行っている。 4 有価証券報告書の訂正報告書について虚偽記載等に課徴金納付命令勧告 【事例4】では、虚偽記載等が判明した後に有価証券報告書を2度訂正し、最初の訂正に 係る一部の有価証券報告書の訂正報告書について虚偽記載等が認められ、課徴金納付命令勧告の対象としている。 Ⅲ 最新の検査事例 事例集に記載された「最新の検査事例」のうち、開示書類の虚偽記載による課徴金納付命令勧告事例8件については、下表のとおりである。なお、事例集では、会社名は公表されていないため、本表では、監視委の報道資料をもとに会社名を記している。 【課徴金納付命令勧告事例】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 最後に昨年の事例集から記載が始まり、本年度大幅に増設された「監視委コラム」について、タイトルを引用して、本稿を締め括りたい。いずれのコラムも事例で明らかになった問題点について、より深く解説する形式となっている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 収益認識基準等に対応した「会社計算規則の一部を改正する省令」が公布される ~意見募集の結果を踏まえ、注記の改正に関し省令案から一部修正も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020(令和2)年8月12日、「会社計算規則の一部を改正する省令」(法務省令第45号)が公布された。これにより、2020(令和2)年6月4日から意見募集されていた法務省令案が確定することになる。また、法務省令案に対するコメントと法務省の考え方(以下「法務省の考え方」という)も公表されている。 これは、「収益認識に関する会計基準」(令和2年3月31日、改正企業会計基準第29号)及び「会計上の見積りの開示に関する会計基準」(企業会計基準第31号)等に対応するものである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 損益計算書等の区分 損益計算書等における売上高の表示について、売上高(売上高以外の名称を付すことが適当な場合には、当該名称を付した項目)とする(会社計算規則88条1項1号)。 なお、貸借対照表の資産の部の区分を定める74条及び負債の部の区分を定める75条は、貸借対照表に特定の名称を付した項目を表示すべきことを定めるものではないので、74条及び75条を改正しなくとも、計算書類において、「契約資産」、「契約負債」等の勘定科目を用いることができることから、今回、法務省令を改正していない(「法務省の考え方」第3、1)。 2 会計上の見積りに関する注記 注記表に「会計上の見積りに関する注記」を加える(会社計算規則98条1項4号の2)。 会計上の見積りに関する注記は次に掲げる事項とする(会社計算規則102条の3の2)。 3 重要な会計方針に係る事項に関する注記 「重要な会計方針に係る事項に関する注記」に次の規定を加える(会社計算規則101条2項)。 4 収益認識に関する注記 「収益認識に関する注記」について、次のように改正する(会社計算規則115条の2)。 なお、有価証券報告書を提出しなければならない株式会社以外の株式会社に過大な負担となるおそれがあるという意見が比較的多く寄せられたことなどを踏まえ、法務省令案を修正し、会社法444条3項に規定する株式会社以外の株式会社にあっては、会社計算規則115条の2第1項1号及び3号に掲げる事項を省略することができるとしている(「法務省の考え方」第3、2)。 Ⅲ 適用時期等 公布の日から施行する。 経過措置に注意する。 (了)