法人税の損金経理要件をめぐる事例解説
【事例20】
「売上原価と棚卸資産の評価方法」
国際医療福祉大学大学院准教授
税理士 安部 和彦
【Q】
私は、北関東において中古車販売業を営む株式会社Aで経理を担当しております。近年、わが国においては若年層の自動車離れが顕著であり、そもそも運転免許すら取得しない若者も都市部においては珍しくないと聞きます。幸いなことに、北関東は東京都内と比較すると公共交通機関が未発達で、自動車なしでは事実上生活が成り立たないため、一家に一台どころか大人は一人一台というのが標準的であり、自動車離れの影響は今のところ軽微といえます。しかし、そうはいってもやはり新車は高額であるため、当地においては私どものような中古車販売業の役割は大きいと言えます。
中古車販売業において重要なのは、棚卸資産である中古車の価格を適正に見積もることであると考えられます。そのため、弊社においては、社員は原則として全員、一般財団法人日本自動車査定協会(以下「査定協会」といいます)が実施する試験に合格することで得られる中古自動車査定士の資格を取るように奨励し、実際に大部分の社員が取得しております。また、弊社における自動車の買取りや譲渡時の価格も、査定協会が定める中古自動車査定基準に則って決定しております。それにより、お客様に対して適正な中古車価額をお示しできるだけでなく、財務諸表上、常に棚卸資産の公正な価格を表示することができるものと考えております。
このような考え方に基づき、弊社においては法人税の申告についても、棚卸資産の期末評価は中古自動車査定基準に則った手法、すなわち加減点基準により行っております。ところが、先日受けた税務調査で所轄税務署の調査官は、弊社は税務署長宛てに棚卸資産の評価方法に関して特に届け出ていないことから、法人税法施行令第31条第1項により、最終仕入原価法により評価すべきこととなるため、期末棚卸資産の評価額が過少(売上原価が過大)であるとして、修正申告の勧奨を受けました。
弊社は「適正な中古車価格とは何か」を長年追求してきておりますが、その結論として、査定協会が定める中古自動車査定基準に則って査定した金額こそがそれにあたるとしてきたものであり、当該価格は恣意的に決定されたものではなく、極めて公正な価格であると自信をもって言えます。したがって、それに反するような課税庁の判断にはおおよそ根拠がないと考えるところでありますが、弊社の考え方は税法に照らして誤りといえるのでしょうか、教えてください。
なお、査定協会が定める中古自動車査定基準に則った査定額は、棚卸資産の評価方法を定めた法人税法施行令第28条第1項のいずれにも該当しないこととなります。
【A】
確かに、業界の定めた基準に基づく査定額を棚卸資産の評価額とすることには一定の根拠があるといえるかもしれませんが、法人税法には棚卸資産の評価基準があり、それに基づいて評価すると、A社の場合、棚卸資産評価方法について税務署長に届け出ていないことから、法定評価方法である最終仕入原価法により評価すべきこととなります。
その結果、課税庁が当該評価方法に基づき行った期末棚卸資産の評価額がA社の評価額より高い場合には、期末棚卸資産の評価額が過少(売上原価が過大)ということになるため、課税庁の行った修正申告の勧奨は妥当な判断であると考えられます。
■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■
(1) 法人税法上の棚卸資産の評価額
棚卸資産の販売により収益を得ている企業にとって、法人税の課税所得の計算上、最も重要な費用の項目は売上原価となる。売上原価の計算方法は、一般に、期首(商品)棚卸高に当期仕入額を加算し、期末(商品)棚卸高を控除するものとされている。期首棚卸高は前期末における商品等の棚卸高であり、期中の仕入れ額も帳簿の確認により比較的容易に算定・評価可能であることから、売上原価の算定に当たり特に重要なのは、期末棚卸高の評価額ということになる。
そのため、期末棚卸資産の評価方法は合理的であることが求められるが、法人税法においては、当該期末棚卸資産の評価方法について以下のような選択可能な方法が限定列挙されており(法令28①)、また、当該評価方法のうち、原則として納税者が事業の種類及び棚卸資産の区分ごとに選択した方法を使用することと、当該選択した方法(※1)を所轄税務署長に届け出ることが規定されている(法法29①、法令29②)。
① 個別法
② 先入先出法(FIFO)(※2)
③ 総平均法
④ 移動平均法
⑤ 最終仕入原価法
⑥ 売価還元法
(※1) ①~⑥の原価法に加え、さらに「(洗替え)低価法」が認められている(法令28①二)。なお、「切放し低価法」は過度に保守的な会計処理であるとして、平成23年度の税制改正で廃止されている。
(※2) 「後入先出法(LIFO)」もこれまで広く使用されてきた棚卸資産の評価方法であったが、国際会計基準(国際財務報告基準)等の会計基準によって認められていないといった理由により、平成21年度の税制改正で廃止されている。
また、上記以外の評価方法を用いた方が合理的と考えられる場合には、所轄税務署長の承認を条件に、他の評価方法を使用することも認められている(法令28の2①)。さらに、評価方法を変更しようとする場合には、所轄税務署長の承認を受けなければならない(法令30①)。
仮に、納税者が棚卸資産に関し評価方法を選定しなかった場合や、選定した評価方法により評価しなかった場合には、最終仕入原価法により評価するものとされており、このようなときに当該最終仕入原価法により評価することを「法定評価方法(※3)」という(法法29①、法令31①)。
(※3) 金子宏『租税法(第二十三版)』(弘文堂・2019年)380-381頁。ただし、企業会計上、最終仕入原価法は棚卸資産の標準的な評価方法ではないが、先入先出法の簡便法としての性格を有することから、これを法人税法上の法定評価方法としても大きな問題はないといえるかもしれない。武田隆二『平成15年版 法人税法精説』(森山書店・2003年)259頁参照。
ただし、このような場合であっても、法定評価方法(最終仕入原価法)以外の方法によって評価したときに、適正な課税所得の計算が可能ということであれば、選定可能な評価方法のうちから、最終仕入原価法以外の方法を用いる余地は残されている(法令31②)。
(2) 棚卸資産を予め選定した方法により評価しなかった場合
上記の通り、納税者が棚卸資産に関し評価方法を選定しなかった場合や、選定した評価方法により評価しなかった場合には、法定評価方法である最終仕入原価法により評価するものとされているが、この点について争われた裁判例(東京地裁平成5年1月26日判決・税資194号20頁、TAINSコード:Z194-7058、確定)があるので、以下で確認しておきたい。
① 事案の概要
原告は、中古自動車の販売を業とする有限会社である。原告は、昭和49年12月25日付けで、自社の棚卸資産の評価方法として「最終仕入原価法」を選定した旨を届け出ていた(なお、原告代表者らは、原告の棚卸資産の評価方法として最終仕入原価法を選定した旨を届け出ていることを知らなかった旨主張している)。
ところが、原告は、法人税の申告において、本件事業年度の期末棚卸資産のうち当該年度中の仕入れに係る中古車両のうち、中古車両202台について、届け出ていた最終仕入原価法の方法によらないで、その期末の評価額を合計3,929万9,186円と評価していた。
その理由について原告は、以下のとおり説明している。すなわち、法人税法施行令第28条第1項第1号イの個別法により算出した取得価額による原価法により評価した価額と、事業年度終了時におけるその取得のために通常要する価額とのいずれか低い価額をもってその評価額とする低価法(同項2号)によって、本件棚卸資産の評価を行ったところである。
具体的には、原告は、中古自動車を仕入れる都度、その年式、グレード、装備内容、仕入価額、業販価額等の21の項目及びその車の特徴を記載したチェックリストを作成し、その後車に何らかの変化が存したときにその内容を当該リストに記入しておき、更に期末には、当該リストの記載を基に各車を点検し、査定協会の定めた加減点法に基づいて、その価額を査定するという方法をとっている。このような方法による期末の査定額を上記規定による「事業年度終了時におけるその取得のために通常要する価額」とし、これと取得価額とを比較し、低い方の価額で評価するという低価法を適用して、本件棚卸資産の評価を行っているのである。
これに対し、被告・税務署長は、本件棚卸資産を最終仕入原価法によって評価し、その評価額が合計額8,761万1,056円となり、この金額と「原告の期末棚卸評価額」の合計3,929万9,186円との差額である4,831万1,870円だけ申告の売上原価が減少し、営業利益が増加するものであるとした。
② 事案の争点
納税者の行った棚卸資産の期末評価額に関する評価方法の適否。
③ 裁判所の判断
本件では、前記のとおり、本件たな卸資産の評価方法として、被告の主張する最終仕入原価法により算出した取得価額による原価法と原告が低価法の一つとして主張する方法のいずれによるべきかが争われている。
ところで、前記のとおり、法29条等の規定は、期末のたな卸資産の価額を法人があらかじめ選定した評価の方法によって評価しなかった場合には、最終仕入原価法によって算出した取得価額による原価法(すなわち、本件で本件署長が採用した評価方法)によってこれを評価すべきことを原則として定め、ただ、その法人が現実に行った評価の方法が、法定の評価方法のいずれかに該当し、しかも、その評価方法によっても所得の金額の計算を適正に行うことができると認められるときに限って、税務署長がその評価方法によって計算した所得の金額を基礎として更正等の課税処分を行うことができるとの特例を定めているところである。
右の規定の定め方からすれば、本件のように原告があらかじめ選定した評価の方法によって期末たな卸資産の評価を行わなかった場合に、本件署長が右の原則規定に従った原価法によって計算した所得金額を基礎として更正を行ったことには、何ら法の規定に違反するところはないものというべきである。もっとも、前記のような特例規定が置かれていることからすれば、本件で原告が現実に用いた原告にとってより有利な評価方法である低価法の一つとして原告が主張する方法が、法定の評価方法のいずれかに該当し、しかもその評価方法によっても所得の金額の計算を適正に行うことができると認められるとの要件が備わっている場合には、本件署長としてはその評価方法を用いて課税処分を行うことも可能であったということになる。(下線部筆者)
しかし、本件署長がこのような処分を行うか否かは、その裁量に委ねられているとも考えられ、本件署長が右の原告が現実に用いた原告にとってより有利な評価方法によって課税処分を行わなかったことが、そもそも違法とされる余地があるものと解すべきか否かは一つの問題であるが、少なくとも原告が用いた原告にとってより有利な評価方法によって課税処分を行わなかったことが違法であるというためには、その評価方法が前記のような要件を充たしていることが前提となり、かつ、原告がこのことを主張、立証すべき責任を負うものと解するのが相当である。(下線部筆者)
この点について、原告は、課税処分取消訴訟においては必要経費あるいは損金の内容についても被告たる課税庁が立証責任を負うべきことを理由に、本件においては、原告の用いた評価方法を容認すべきであると主張する。しかし、前記のような法の原則規定と特例規定の定め方からすれば、法が特例規定適用のための要件として定めている要件を充たしているか否かについて疑問の余地がある場合においてもなお右の特例規定を適用すべきものとすることは相当でないものというべきであるから、右の原告の主張がそのような趣旨のものであるとすれば、その主張は採用できない。(下線部筆者)
原告の主張する評価方法による評価については、次のとおり、本件たな卸資産の期末における客観的な評価額を適正に算定したものといえるかについて、多くの疑問が存在するものといわざるを得ない。
原告の評価によれば、本件たな卸資産である中古車202台については、(中略)、その仕入価額に修理等に要した加修価額を加えた取得価額に対比して、若干の例外を除く大部分の車両の期末の各評価額が大幅に減価されており、右取得価額の合計額8,761万1,056円(この各価額については、当事者間に争いがない。)に対し、その期末の評価額の合計額が3,924万2,526円にすぎないものとなっており、実に金額にして合計4,836万8,530円、率にして取得価額の約55パーセントもの評価減額を生じている。すなわち、原告の評価が適正なものであるということを前提にすると、原告は、これらの中古車の仕入れに際し、その客観的な市場価格に比して約2倍もの高額の代金を支払い、それに相応する損失を被っているということになる訳である。これは、中古車販売業者として長年の経験を持ち、その取扱車両台数も多数に及んでいる原告の商取引のあり方としては、はなはだしく非常識な事態といわなければならない。
さらに、本件たな卸資産の昭和61年8月1日以後の原告による現実の販売代金の状況(中略)は、中古車63台のうち52台については、右の取得価額より高い価額で販売されており、その余の11台についても、その販売価額が取得価額を下回ってはいるものの、その程度は率にして約10パーセント程度のものが多く、その差額はわずかであり、当然のことながら、その販売価額は1件の例外を除いて原告の右の期末の評価額を大幅に上回っているのである。これらの点からしても、右の原告の評価の相当性については、大きな疑問があるものといわざるを得ない。(下線部筆者)
また、前記認定のとおり、原告は原告において作成した車歴明細書に基づいて期末の評価を行っているが、その評価の具体的な方法について、原告代表者中村は、原告の担当者が、財団法人日本自動車査定協会の作成した中古自動車査定基準や自動車メーカー等が使用している評価表の基準に基づき、対象車両の状態について、数段階の評価をし、車歴証明書に右評価点と評価額とを記入し、原告代表者が最終的なチェックをして評価額を確定する方法をとっており、右評価額は、仕入れからの経過日数、外装の程度、使わないための機械的な故障、時期的な相場を勘案して決定していると供述している。しかし、右の供述によっても、右の評価点の付与方法は、例えば、右の中古車査定基準が定めるような一応の客観性と普遍性とを備えていると認められる評価項目、評価基準、算定方式等に準拠して行われているとは認められず、むしろ担当者が対象車両の状態についてその経験と勘に従って全体的な印象に基づいて数段階の大まかな評価点を付与するものにすぎないことがうかがわれる上、評価額の算定についても、右の評価点を基礎として、いかなる客観性と普遍性とを備えた算出過程を経て算定されるものかは明らかではなく、結局のところ右の評価点と同様に担当者の経験と勘に従って決定されているにすぎないことがうかがわれる。このようなことからすれば、右の評価方法がたな卸資産の期末における評価額を適正に算定する方法であるとは到底認め難いものといわざるを得ない。(下線部筆者)
以上のところからすると、本件たな卸資産の期末の評価方法として原告の主張する方法については、法が前記特例規定の適用の要件として定めている「その評価方法によっても所得の金額の計算を適正に行うことができると認められること」との要件を充たしているということは到底困難なものといわざるを得ず、したがって、このような方法によって本件たな卸資産の期末の評価を行うことはできないこととなる。(下線部筆者)
④ 本判決から学ぶこと
前述の通り、納税者が棚卸資産に関し評価方法を選定しなかった場合や、選定した評価方法により評価しなかった場合には、法定評価方法である最終仕入原価法により評価するものとされているが、本件は納税者が最終仕入原価法を選定しながら、別の評価方法を用いて申告することの是非が問われている。
このような場合であっても、法定評価方法(最終仕入原価法)以外の方法によって評価したときに、適正な課税所得の計算が可能であるのであれば、選定可能な評価方法のうちから、最終仕入原価法以外の方法を用いる余地は残されている(法令31②)。
本件の場合、法定評価方法以外の方法によって評価したときに、適正な課税所得の計算が可能であるかどうかについて、裁判所は、納税者の評価方法が「いかなる客観性と普遍性とを備えた算出過程を経て算定されるものかは明らかではなく、結局のところ右の評価点と同様に担当者の経験と勘に従って決定されているにすぎないことがうかがわれる」と認定し、「「その評価方法によっても所得の金額の計算を適正に行うことができると認められること」との要件を充たしているということは到底困難なものといわざるを得」ないと判断し、納税者の主張を斥けている。売上原価の算定に関し重要な構成要素となる棚卸資産の評価方法は、客観的な妥当性が求められるのであり、担当者の経験や勘のような主観的・恣意的な要素に左右されるような手法では、「適正な課税所得の計算が可能である」とは到底言えないということになるのであろう。
ただし、本件の場合、仮に納税者の用いた棚卸資産の評価方法により「適正な課税所得の計算が可能である」と認定された場合であっても、法人税法施行令第31条第2項の要件である、「その内国法人が行った評価方法が第28条第1項に規定する評価方法のうちいずれかの方法に該当し」を満たすのかどうかが問題となると考えられる。業界団体の定めた「独自の」評価方法が適正であるとした場合、法人税法施行令第28条第1項に規定する評価方法のいずれに該当するのか、納税者が主張するように個別法に該当するのか、なかなか判断に苦しむところである。仮に、そのような評価方法が存在するのであれば、「法人税法施行令第28条第1項に規定する評価方法」という要件につき、立法(法改正)によって解決するよりほかないのではないだろうか。
(3) 本件への当てはめ
中古車販売に係る業界の定めた基準に基づく査定額を棚卸資産の評価額とすることには、一定の根拠や合理性があるといえるかもしれない。しかし、法人税法には棚卸資産の評価基準があり、それに基づいて評価すると、A社の場合、棚卸資産の評価方法について税務署長に届け出ていないことから、法定評価方法である最終仕入原価法により評価すべきこととなる。その結果、課税庁が当該評価方法に基づき行った期末棚卸資産の評価額がA社の評価額より高い場合には、期末棚卸資産の評価額が過少(売上原価が過大)であることとなるため、課税庁の行った修正申告の勧奨は妥当な判断であると考えられる。
なお、査定協会が定める中古自動車査定基準に則った査定額は、棚卸資産の評価方法を定めた法人税法施行令第28条第1項の(個別法を含め)いずれにも該当しないことから、仮に当該評価方法が法人税法施行令第31条第2項の「各事業年度の所得の金額の計算を適正に行うことができる」と認められる場合であっても、所轄税務署長の承認(法令28の2①)を受けることなく法定評価方法である最終仕入原価法に代えて使用することはできないものと考えられる。
〔凡例〕
法法・・・法人税法
法令・・・法人税法施行令
法基通・・・法人税基本通達
所法・・・所得税法
所基通・・・所得税基本通達
措法・・・租税特別措置法
通法・・・国税通則法
会規・・・会社計算規則
H30改正法・・・所得税法等の一部を改正する法律(平成30年法律第7号)
(例)法法22③一・・・法人税法22条3項1号
(了)
この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。