令和時代の幕開けに思い馳せる 会計事務所経営 【第12回】 (最終回) 「営業マンは点火人たれ」 ~勇気と元気を送り、「その気」にさせるのがセールスマンシップ~ (セールスマンシップ論③:知識≦スキル≦品格) 株式会社アーヌエヌエ 代表取締役 杉山 豊 いよいよ最終回となりました。 今まで本連載をお読みいただき、感謝申し上げます。 そしてこのような機会を提供いただいた、株式会社プロフェッションネットワークの関係各位に深く御礼申し上げます。 まだまだ皆さんにお伝えしたいことは尽きませんが、一旦これにて最終回とさせていただきます。 この最終回で最後にお伝えしたいこと、それは営業マンに必須の条件のみならず、1人の人間として人生を謳歌するために大切にしたい「情熱」についてです。 ➤人の心に「情熱」という火を灯す 「情熱がなければ、偉大なことは何1つ達成できない」 この言葉はアメリカの哲学者であるラルフ・ウォルドー・エマーソンが遺した言葉です。 そして、その言葉を大切に育んでこられた経営コンサルタントの新将命先生が、ビジネスパーソンに大切な素養として「点火人たれ」というお話をされています。 「点火人」とはズバリ、「人の心に情熱という火を着ける人」のことです。 情熱の型は人それぞれであり、自ら着火できる「自然型」の人は決して多くなく、大半の人は他人に火を着けられると燃える「可燃型」であり、中には自らも他人からも着火されず、決して燃えることのない「不燃型」、そしてごくわずかながら人の情熱の火を消して回る「消化型」の人もいるそうです。 先生方は「情熱」をもってクライアントの皆様に接していらっしゃいますか? 先生方は「情熱」をもって職員の皆様に接していらっしゃいますか? 先生方は「情熱」をもって事務所を経営されていらっしゃいますか? 先生方は「情熱」をもって会計業界を変えようと行動されていらっしゃいますか? 先生方は「情熱」をもって日本を、日本の中小企業を応援されていらっしゃいますか? ➤変化に必要な「勇気」を送る 私は今、営業マンのコーチをしています。 順調な営業マンもいればそうでない営業マンもいます。 素直に現状を話す営業マンもいれば、プライドが邪魔をして言葉にできない人もいます。 また、全く想いと裏腹な表現をする人もいます。 先生方のクライアントの皆さんも、そして職員の皆さんも同じではないでしょうか。 だからこそ人間は興味深く、そして愛情が芽生えるのだと思いませんか? そんな私に、そしてコーチをする人間に一番大切な素養、それは相手に「勇気と元気を送り、『その気』にさせること」だと考えています。 時には何も話さずただひたすら聞く、相手が根負けするまで聞き続ける。 時には言い辛いことをズバッと指摘して相手の度肝を抜く。 時には思い切り泣かせる、笑わせる、思う存分に今の自分を表現させる。 これを一言で表現するならば「『勇気』を送る」ということでしょうか。 コーチングを申し込む人は、そもそもどんな期待をコーチに抱いているのでしょうか? それは自分自身を「変わらせて欲しい」と願っているのです。 変わるためには、現状を打破する「勇気」が絶対に必要です。 変わらせて欲しいのならば、本人が「勇気」を持って思考と行動を変えていかなければなりません。 そのための「勇気」を送るのが、まさにコーチの役割だと考えています。 これはまさに先生方の役割そのものではないでしょうか? 多くの人が変化することを恐れます。 現状維持で波風立てずに、安定的にそして安心して生活したいと望みます。 環境変化に怯え、ついていけず、ただただ尻込みして動かないなんてこともあります。 特に日本ではそんな風潮がとても強いことを、先生方もよくご存じではないでしょうか? でも、考えてみてください。 「環境変化についていかないことこそが、実は不安定になる」そうは思わないでしょうか? 日本経済、そして中小企業を襲う「既往のしわ寄せ(※)」は、まさにここにあると考えます。 (※) 経営状態の悪化にもかかわらず、対策を取らず、現状の資産を食い潰して倒産すること。 だからこそ環境変化に対応する「勇気」が必要であり、勇気が出ない人に勇気を送る「点火人」の存在が貴重なのです。 ➤「元気」がもたらすもの そして、勇気とともに送るのが「元気」です。 「元気があれば何でもできる」そんな言葉もありますね。 でも、私は全くその通りだと思います。 私は30年間営業の世界にいて、多くの方に「お前はいつも元気だな!」「お前といるといつも元気をもらうよ!!」という言葉をもらいます。 私の営業マンとしての存在意義は、これでOKなのです。 私が元気を送ることで多くの皆さんが幸せを掴んでいるのならば、最高の幸せです。 そもそも景気ってどう作られるのでしょうか? 景気は人が作るもの? 景気は国が作るもの? いや、景気は「自分」で作るものです。 成功している人と成功していない人は、どこが違うのでしょうか? 成功している人は運がいいからなのか、たまたまの縁なのか、タイミングが絶妙なのか・・・。 それは、偶然ではなく必然であり、努力のなせる業こそが成功を引き寄せているのだと思います。 その引寄せに美学があるとするならば、私はその人の発する「元気」がもたらしているのだと信じています。 先生方も近くに元気な人がいれば、自然と自分自身も笑顔になり、やる気がふつふつと湧いてくることはありませんか? 「元気」は活力を生み出し、その人の思考と行動を活性化させるのです。 物事を楽観的に考える習慣、環境をポジティブに捉える習慣、いつも笑顔で人と接する習慣、不平や不満、愚痴を発しない習慣、妬みや僻み、やっかみを抱かない習慣など、ちょっとした悪い習慣を良い習慣に変えることで不思議と物事は好転し、会社の業績すら変えることがあると言われています。 昔から「病は気から」とも言われます。 どうぞ先生方、自らで己の刃を研いで、心身ともに健やかに「元気」をクライアントの皆さんに送ってあげてください。 ➤「勇気」と「元気」を送り、「その気」にさせる さて、「勇気」と「元気」を送ることで、目の前の人はどう変わるのでしょうか? 送られた「勇気」と「元気」が、その人の励みとなって「なんかやれそうな気がする」「自分も勇気と元気が湧いてきた」となるのではないでしょうか。 私は全12回にわたり、一貫して先生方に「勇気」と「元気」を送ってきたつもりです。 その「勇気」と「元気」を受け取った先生方を信じて託しますので、どうぞクライアントの皆さんに「勇気」と「元気」を送り、「その気」にさせてください。 時には先回りして、時には背中を支えて、クライアントの皆さんを笑顔に変えてください。 その笑顔を見れば、先生方も笑顔に変わるはずです。 読者の皆さんに、この2つの言葉を最後に贈り、私の連載である「令和時代の幕開けに思い馳せる会計事務所経営」の筆を置きたいと思います。 ~感謝~ 長い間ご愛読ありがとうございました。 (連載了)
2020年3月12日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.360を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第86回】 「政策目的からみる租税法(その2)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅱ 自動車重量税の性格 1 自動車重量税法 まずは、自動車重量税がどのような政策目的の下で創設されたものであるのか、その趣旨目的を明らかにするために、同税制を簡単に確認することとしたい。 自動車重量税法1条《趣旨》は次のように同法の趣旨を述べる。 自動車重量税の課税物件は、「検査自動車」及び「届出軽自動車」である(自重税3)。 ここで、「検査自動車」とは、道路運送車両法の規定による自動車検査証の交付又は返付(以下「自動車検査証の交付等」という。)を受ける自動車をいう(自重税2①二)。 また、「届出軽自動車」とは、道路運送車両法にいう軽自動車の使用の届出(道運法97の3①)の規定による車両番号の指定(以下「車両番号の指定」という。)を受ける軽自動車をいう。 なお、自動車重量税の納税義務者は、自動車検査証の交付等を受ける者及び車両番号の指定を受ける者である(自重税4)。 民主党が政権を握っていた時期に、地球温暖化対策や「緑の分権改革」に資する観点からCO2の排出抑制に寄与する車体課税のあり方を検討するとともに、複雑な自動車関係諸税の簡素化等について検討することを目的として、「自動車関係税制に関する研究会」〔座長:神野直彦教授〕が創設された。 かかる研究会が平成22年9月に発表した「自動車関係税制に関する研究会報告書」(以下「本報告書」という。)がある。 本報告書は、自動車税がこれまで個別財産税としての性格を持ち、地方の基幹税目として重要な役割を果たしてきたとする(同書8頁)。 以下、本報告書が自動車重量税に言及している箇所を引用しておきたい(同書5頁)。 自動車重量税は、昭和46年に、自動車の走行が多くの社会的費用をもたらしていること、道路その他の社会資本の充実の要請が強いことを考慮して、広く自動車の使用者に対して自動車の重量に応じ負担を求めることを目的として創設されたものである。 その後、運用上、税収の約8割相当額が道路の整備等に充てられていたところ、平成21年度に道路特定財源等の一般財源化に伴い、完全に一般財源化されたという経緯がある。 このように、本報告書は、自動車重量税には「権利創設的性質」があるとしているが、これは、自動車が、道路運送車両法による検査を受けることで、走行可能となるという法的地位あるいは利益を受ける権利を取得することに着目するものといえよう。 すなわち、かかる権利を取得したことに着目して課税するのが、自動車重量税の法的性質ということである。 したがって、自動車重量税とは、自動車の所有者又は使用者が、有効期間において道路を走行することができる「権利」として、法的に裏付けされた法的地位を得た事実に注目して、これに課税をしようとする趣旨に出たものであるといえよう。 なるほど、そうであるとすれば、仮に、有効期間が満了する以前にその責によらない自然災害等により用途を廃止したとしても、一旦創設された「権利」がなくなることはないから、本件自動車について納付した自動車重量税の還付を求めることはできないというのが、本件におけるYの主張の筋であった。 2 「権利」に課される自動車重量税 もっとも、そのような権利創設的性質があるとはいっても、実際の課税物件は、前述のとおり、「検査自動車」及び「届出軽自動車」である。 すなわち、これらの車両には、有効期間において道路を走行することができる法的地位が付与されているわけであるが、他方で、なぜ、検査自動車や届出軽自動車のみが課税対象とされているのであろうか。 道路運送車両法1条《この法律の目的》を確認してみたい。 道路運送車両法は、自動車の検査や自動車検査証について定める法律であるが、自動車重量税が課税の対象としている「検査自動車」や「届出軽自動車」は、かかる道路運送車両法の規定による自動車検査証の交付又は返付を受ける自動車を指す。 すなわち、自動車重量税法が課税の対象としているのは、所有権についての公証等がなされた自動車のみである点に注意しなければならない。 平たく言えば、無届自動車については、自動車重量税が課されないことになる。 これは、例えば、所得税法や法人税法において、違法行為や無効行為に基づく法律的な根拠ないし原因のない「所得」をも課税の対象とする考え方とは異なるものといえよう。 所有権の公証等がなされた自動車についてのみ課税をするのが自動車重量税であるということである。 いわば、所得課税法が実質的な担税力に対する課税ルールを構築しているのに対して、自動車重量税法は、形式的な「権利」の所在に担税力を見出して課税を行う態度に出ているとみることもできそうである。 その上で、本稿において素材とする事案におけるYの主張をもう一度確認しておこう。 これは極めて、形式的な「権利」の把握であると見受けられるが、このように、権利が消滅していない限りその権利が付着する原物自体の棄損はまったく問題視されないことになるのであろうか。 この点、名古屋地裁の判示も再掲しておきたい。 これは、本報告書が示した自動車重量税の性質に関する意見と同じものであるといえよう。 その上で、同裁判所は、次のようにYの主張を全面的に採用しているのである。 3 環境汚染と自動車重量税 さて、他方で、自動車重量税には、環境汚染に対する費用を自動車保有者が負担をするという趣旨を看取することもできる。 例えば、自動車重量税法においては、一定の排出ガス性能及び燃費性能を備えた自動車については、その性能に応じて、新規車検時等の自動車重量税が減免される特例措置(エコカー減税)が講じられている。 税収の半分以上は国の一般財源となるが、その余は市町村の一般財源として譲与されるところ(この譲与分を「自動車重量譲与税」と呼ぶ。)、国の一般財源の一部は「公害健康被害の補償等に関する法律」(昭和48年法律第111号)附則第9条の規定により、公害健康被害補償制度の財源の一部となっている(佐藤良「車体課税をめぐる経緯及び論点」調査と情報935号7頁(2017)参照)。 エコカー減税が用意されていたり、公害健康被害補償制度の財源となっている点からみると、自動車重量税制度には、環境汚染に対する費用負担という意味を見出すことができるのである。 このように考えると、自動車重量税制とは、環境に対してどの程度の負荷をかけたか、言い換えれば、環境破壊にどの程度影響したかという点から創設された租税であり、環境保護という政策目的も含んで理解されるべき税制であるということもできるはずである。 そうであるがゆえに、自動車重量税法は課税標準を次のように定めているのである。 上記課税標準と税率について、乗用自動車の部分だけをまとめると以下のとおりとなる。 (一般財団法人 関東陸運振興センター〈ナンバーセンター〉HPより引用) この課税標準及び税率表のつくりをみると、対象となる自動車が環境に対してどの程度の負荷をかけたかという基準をベースにした租税負担であるとみることができよう。 けだし、一般車に比して軽自動車は租税負担を軽くしており、車両総重量が重いほど租税負担は重くなるのである。 そもそも、人の運送の用に供することができないようなダメージを受けた自動車は、環境に負荷を与える余地さえないのではなかろうか。そうであるとすれば、そのような自動車に対して自動車重量税を課すことには疑問も浮かぶ。 かような自動車は課税対象から外れると解する方が、自動車重量税法が目的としている環境汚染を防止するという趣旨からみても、妥当するように思えるのである。 (続く)
〈検証〉 TPR事件 東京高裁判決 【第1回】 公認会計士・税理士 佐藤 信祐 1 はじめに 拙稿「〈検証〉TPR事件 東京地裁判決」(2019年10月に本誌掲載)で解説したように、TPR事件とは、平成22年3月1日に行われた適格合併による繰越欠損金の引継ぎに対して、包括的租税回避防止規定が適用された事件である。 すでに解説したように、TPR事件の特徴として、適格合併を行う前に、被合併法人で行っていた事業を新会社に移転したという点が挙げられる。そのため、東京地裁でも、被合併法人が営んでいた事業、従業員が新会社に移転し、合併法人には移転していないことから、本件合併が繰越欠損金を引き継ぐための行為であり、事業目的が十分に認められないと判断している。この点については、裁判官の心証によるものも大きく、判決文だけでは判断できないものも多いため、敢えて分析を行う必要もないと思われる。 これに対し、包括的租税回避防止規定(法法132の2)の適用は、制度趣旨に反することが明らかであることが前提となっているものの、そもそも東京地裁、東京高裁が示した制度趣旨に問題があるという点については、再度、分析を行う必要があると考えている。 2 TPR事件東京高裁判決(令和元年12月11日Westlaw. japan文献番号2019WLJPCA12116002) 東京高裁では、争点(1)(特定資本関係が合併法人の当該合併に係る事業年度開始の日の5年前の日より前に生じている場合に法人税法132条の2を適用することができるか否か)について、争点(2)(本件合併が法人税法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に当たるか否か)について争われているが、争点(1)において納税者(控訴人)の主張が認められないのは当然のことなので、争点(2)のみについて分析を行うこととする。 まず、争点(2)に対する納税者の主張は以下の通りである。 これに対し、裁判所は、以下のように判示している。 このように、東京高裁の判断は、東京地裁の判断とほとんど変わらないということが言える。納税者としては、「完全支配関係での合併では、金銭等不交付要件が唯一の税制適格要件とされているのであるから、完全支配関係での合併では、「移転資産に対する支配の継続」及び「事業の継続」は求められていないと解するほかない。」とまで主張したが、その前段階として、「立法過程において、完全支配関係がある場合には、「資産の移転が独立した事業単位で行われること」及び「組織再編成後も移転した事業が継続すること」との要件を緩和することも考えられるとされ、そのように適格合併の要件が立法化されたことによる。」と主張したことは失敗だったように思われる。 納税者が勝訴するためには、要件を緩和したというだけに留まらず、そもそも「資産の移転が独立した事業単位で行われること」及び「組織再編成後も移転した事業が継続すること」という要件は不要であったと主張しなければならないため、以下のように主張すべきであったと考えられる。 このような主張の根拠として、以下の『平成13年版改正税法のすべて』136頁の記述を挙げることができよう。 * * * 次回では、TPR事件東京高裁判決の問題点について、さらに分析を行うこととする。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第31回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -個別的否認規定と個別分野別の一般的否認規定との関係(その1)- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、租税回避否認規定の類型を整理した上で、一般的否認規定の意義と問題を検討し、最後に、現行税法上の個別分野別の一般的否認規定についてその「具体的な相貌」(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔平成31年改訂/16版〕』(大蔵財務協会・2019年)26頁)を明らかにしていくことが必要である旨を述べた。今回から、そのための検討作業の一環として、個別的否認規定との関係を検討することにしたい。 具体的には、組織再編成に係る行為計算の否認規定(法税132条の2)と未処理欠損金額の引継ぎに係る個別的否認規定(同57条3項)との関係(とりわけ適用関係)について、ヤフー事件・最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁(以下「ヤフー事件最判」という)とTPR事件・東京地判令和元年6月27日(未公刊・LEX/DB文献番号25564253。以下「TPR事件東京地判」という)との比較検討を通じて、検討することにする。 なお、検討がやや長くなったので、2回に分けて掲載することにする(今回はⅡまで、次回はⅢⅣ)。 Ⅱ ヤフー事件最判における法人税法132条の2の「重畳的」適用 1 組織再編成に係る租税回避の「手段」 ヤフー事件最判は、法人税法132条の2の趣旨及び目的と否認要件について次のとおり判示している(以下「ヤフー事件最判❶」という。下線筆者)。 この判示は、法人税法132条の2が否認の対象とする租税回避(「組織再編成に係る租税回避」)の「手段」について、同条の趣旨及び目的の観点からは、「組織再編成」に係る私法上の形成可能性(選択可能性)を想定した説示を行い、同条の否認要件の観点からは、「組織再編税制に係る各規定」を想定した説示を行ったものと整理することができる(第22回Ⅲ参照)。 ここでいう「組織再編税制に係る各規定」は、ヤフー事件では、法人税法132条の2の否認要件(不当性要件)への本件副社長就任の当てはめに関する次の判示(以下「ヤフー事件最判当てはめ判示」という。下線筆者)の中で挙げられているとおり、①法人税法57条2項、②同条3項及び③同法施行令112条7項5号の各規定をいう。 2 「組織再編税制に係る各規定」の法的性格・構造と租税回避の類型 前記の各規定を法的性格・構造の観点からみると、次の判示(以下「ヤフー事件最判❷」という。下線筆者)によれば、①法人税法57条2項は、未処理欠損金額の引継ぎを内容とする課税減免規定であり、②同条3項は、①の課税減免規定の濫用防止規定であり、③同法施行令112条7項5号は、みなし共同事業要件の1つである特定役員引継要件を定める、②の濫用防止規定の適用除外規定である、と整理することができる。 ヤフー事件では、本件副社長就任の特定役員引継要件該当性が争点とされたが、同最判は、同要件を定める前記③法人税法施行令112条7項5号(前記②の濫用防止規定の適用除外規定)の濫用による租税回避を、同法132条の2の適用により否認したのである。つまり、ここで否認されたのは、前記①の法人税法57条2項という課税減免規定の「濫用」を防止するための個別的否認規定である、前記②の同条3項に係る適用除外要件を定める、前記③の同法施行令112条7項5号の「濫用」による租税回避であり、それは、そのような意味で、形式論理的には、税法上の課税減免規定に係る「二重の濫用」による租税回避といってもよいかもしれない。このような呼称の点はともかく、そのような租税回避も、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避(租税回避の第2類型。第22回Ⅲ)の一種とみることができよう。この点については次のように考えるところである。 すなわち、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避における「課税減免規定」には、ヤフー事件に即していえば、未処理欠損金額の引継ぎを認める規定(法税57条2項。以下「本来的課税減免規定」という)だけでなく、同規定の不当な利用(濫用)を防止するための規定(同条3項)に係る適用除外要件の部分をも含めてよいであろう。というのも、後者の濫用防止規定(個別的否認規定)に係る適用除外要件は、いわば「否認緩和要件」として、当該濫用防止規定の適用により本来的課税減免規定の濫用が否認される場合に比べて、「課税減免」の効果をもたらすからである(当該濫用防止規定のうちそのような効果をもつ否認緩和要件を定める部分を以下「派生的課税減免規定」という)。そして、ヤフー事件最判は、そのような税法上の派生的課税減免規定の濫用による租税回避を否認したと考えることができるのである。 なお、課税減免規定の濫用について、筆者は次のとおり考え解説を行っている(【66】=拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)の欄外番号。以下同じ。第24回Ⅲ2も参照)。 この解説は、税法上の派生的課税減免規定の濫用についても妥当する。この解説によれば、前記①の法人税法57条2項の定める本来的課税減免規定の適用除外要件の欠缺(隠れた欠缺)は、前記②の同条3項の濫用防止規定によって補充されているが、前記③の同法施行令112条7項5号の定める派生的課税減免規定については適用除外要件が定められていないので、その適用除外要件の欠缺(隠れた欠缺)を補充し当該派生的課税減免規定の濫用を防止するために、ヤフー事件最判は同法132条の2を適用したものと解される(ヤフー事件最判当てはめ判示参照)。 3 法人税法132条の2の「重畳的」適用 税法上の派生的課税減免規定の濫用による租税回避に対する法人税法132条の2の適用を筆者は、個別的否認規定である同法57条3項との「重畳的」適用と呼んできた(拙稿「租税回避と税法の解釈適用方法論-税法の目的論的解釈の『過形成』を中心に-」岡村忠生編著『租税回避研究の展開と課題〔清永敬次先生謝恩論文集〕』(ミネルヴァ書房・2015年)1頁、24頁参照)。そのような呼称は、「個別防止規定の潜脱」に関して述べられている、法人税法57条3項と同法132条の2との次のような適用関係(斉木秀憲「組織再編成に係る行為計算否認規定の適用について」税務大学校論叢73号(2012年)1頁、78-79頁。下線筆者)を念頭に置いたものである。 なお、税法上の派生的課税減免規定の濫用については、その意義を前記2で述べたが、その論理構造をもう一度整理しておくと、その濫用は、本来的課税減免規定の濫用防止規定に係る適用除外要件(否認緩和要件=[その効果としては]課税減免要件・消極的課税要件[積極的課税要件も併せて第24回Ⅲ2参照]。ヤフー事件ではみなし共同事業要件)に係る適用除外要件(否認回復要件=[その効果としては]課税根拠要件・積極的課税要件)の欠缺を利用する行為である。法人税法132条の2の「重畳的」適用は、そのような否認回復要件の欠缺(これも隠れた欠缺である)を補充し派生的課税減免規定の濫用を否認する結果をもたらす。その結果は、否認緩和要件(みなし共同事業要件)に対して目的論的限定解釈(外国税額控除余裕枠利用事件・大阪高判平成14年6月14日訟月49巻6号1843頁の説示する「その趣旨・目的に合致しない場合を除外するとの解釈」。最判平成26年12月12日訟月61巻5号1073頁における千葉勝美裁判官補足意見も参照。以上につき【46】参照)を行うことによっても、もたらすことができる。ヤフー事件最判が特定役員引継要件についてそのような目的論的限定解釈の手法を採用しなかったのは、その手法については法解釈の限界を超えるものか否かの点で見解の対立がみられること(第7回Ⅲ参照)を考慮したものと考えられる。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第15回】 「資本金等の額が大きい会社の自己株式の取得」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 税理士 髙田 泰輔 相談内容 私Kは不動産管理業を営む非上場会社T社の代表取締役社長(65歳)です。 私には、長男A(35歳)と次男B(33歳)がいます。Aはサラリーマンで、不動産業にも会社経営にも興味はないようです。Bは障害をもっており、私の扶養で妻が面倒を見ています。 このような状況ですので、T社は私の代で清算させようと思っています。小規模企業ですので、費用対効果からM&Aも検討していません。 T社の直近期の財務状況等は下記のとおりです。 私もまだ元気ですし、今すぐ会社を清算するつもりはありませんが、Bが障害をもっていることもあり、私の身に“万が一”のことがあった時が心配です。そのため、T社の現預金の一部を拠出し、将来、Bが安心して住める不動産だけでも予め取得し、遺言で相続させたいと考えています。 この場合の現預金の拠出方法について、この先数年間の配当や役員報酬を増額して原資とすることも考えましたが、私の所得税等の負担が大きくなってしまいます。何か良い方法はありますか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 自己株式の取得と財源規制 会社が自ら発行する株式を株主から取得することを自己株式の取得といいます。自己株式の取得には有償取得と無償取得の2つがありますが、本稿では有償取得の取扱いを解説します。 自己株式の有償取得が無制限に行われると、会社の債権者が債権を十分に回収することができなくなります。そこで会社法では、自己株式の対価である金銭等の帳簿価額の総額が取得の効力発生日における「分配可能額」を超えることはできないと定めています。 そのため、自己株式を活用したスキームを検討する場合には、まず、分配可能額を算定する必要があります。 分配可能額の算定はかなり複雑な規定がされていますが、貸借対照表上の剰余金の額をベースに一定の調整をして算出します(会社法446、461②)。 [2] 自己株式の取得の課税関係 自己株式の取得(市場からの購入等一定の方法による場合を除く)が行われた場合において、自己株式の取得対価の額がその株式に対応する法人税法上の資本金等の額を超えるときは、その超える部分の金額は株主に対する「みなし配当」となります(法法24①五、所法25①五)。 (1) 発行法人の課税関係 法人税法上、自己株式は有価証券の定義から除外されており(法法2二十一)、自己株式を取得した場合は資本金等の額及び利益積立金額を減算することとされています(法令8①二十・二十一、9①十四)。つまり、自己株式の取得は資本等取引に整理されますので、発行会社において課税関係は生じません(法法22②⑤)。 (2) 株主の課税関係 株主においては、自己株式の譲渡対価を株式の譲渡収入に対応する金額とみなし配当の金額に区分して計算します。 個人株主であれば、株式の譲渡益に対応する部分は、所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%の税率による分離課税の対象となります。一方で、みなし配当部分は配当所得として総合課税の対象となり、累進課税が適用されます。このため、自己株式の取得によりみなし配当が生じるケースでは適用税率が高くなる傾向にあります(最高税率55.945%:所得税及び復興特別所得税45.945%、住民税10%)。 なお、みなし配当についても配当控除の適用があります(所法92)。 (3) みなし配当の金額(配当所得の計算) みなし配当の金額は、下記の算式に基づいて計算します。 (4) 譲渡所得等の計算 譲渡所得等の金額は、下記の算式に基づいて算定します。 [3] 本事例へのあてはめ T社の直近期の貸借対照表の純資産は300,000、資本金が10,000ですが、資本金等の額は300,000となっています。T社のように、資本金の額に比べて資本金等の額が多額になるケースとして、例えば過去に無償減資等により欠損填補した後に業績が改善し、利益体質の会社になったことによる場合が考えられます。 自己株式の取得スキームでネックになるのは、個人株主においてみなし配当部分が配当所得として総合課税の対象になることによる税負担です。 しかし、T社のような資本金等の額が多額な企業においては、自己株式を有償取得したとしても取得対価が資本金等相当額を超えず、みなし配当が生じない(もしくはみなし配当部分が少額となる)ケースもあります。みなし配当が生じない場合、個人株主においては株式譲渡益について所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%の税率による負担となります。 〈T社自己株式取得におけるみなし配当の金額及び譲渡所得税の計算〉 〔前提〕 〔みなし配当の金額〕 ∴みなし配当課税はない 〔1株当たりの譲渡所得等の金額〕 〔1株当たりの譲渡益に対する所得税及び復興特別所得税・住民税〕 譲渡対価については、「適正な時価」によることとされています。適正な時価の算定については、一般的には所得税基本通達59-6によりますが、時価純資産価額を採用する場合もあります。 [4] スキームの検討 T社の事業の遂行、キャッシュ・フローに支障が生じない範囲で自己株式の取得を実行します。Kの財産がT社株式から現預金に変わります。 その後、Kの希望どおり取得した現金で障害をお持ちのBのための不動産などを購入し、遺言により相続させます。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q53】 「特定口座で保有する証券投資信託に係る外国所得税の二重課税調整」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 令和元年12月31日以前の取扱い 個人投資家が日本の証券投資信託の受益権を保有し、その証券投資信託の信託財産のうちに外国法人が発行する株式が含まれる場合、当該外国法人が当該証券投資信託に対して配当する際に、当該外国法人の所在地国で外国所得税が源泉徴収されることがあります。証券投資信託側では源泉徴収後の配当金額を受領し、これを原資として受益者である個人投資家に対して収益の分配金を支払う際、さらに日本の所得税を源泉徴収する結果、外国所得税と日本の所得税とが二重に課税される結果となっていました。 所得税法には、従来、所得税法第13条第3項第1号に規定する集団投資信託(証券投資信託もこれに含まれます)について、信託財産に含まれる外国株式の配当等に対して課せられた外国所得税の額がある場合には、受益者に対する収益の分配を支払う者が、その支払いの際に、当該外国所得税に相当する額を収益の分配に係る所得税の額から控除してその残額を納税するという、調整規定が設けられています。 しかしながら、公募証券投資信託など一定の金融商品については、信託財産を管理する受託者(信託銀行)と受益者に対する収益の分配に係る源泉徴収義務者(例えば、証券会社)が異なるために、これが機能していませんでした。 そこで、この二重課税が生じる状況を改善すべく、平成30年度税制改正において、環境整備がなされました。 2 令和2年1月1日以降の分配金に係る二重課税調整の仕組み (1) 制度の概要 日本の証券投資信託の信託財産に外国株式が含まれ、当該外国株式に係る配当等から外国所得税が源泉徴収されている場合、受益者に対して証券投資信託に係る収益の分配金を支払う証券会社等は、受益者に対して支払う収益の分配の額から源泉徴収した所得税の額を税務署に納付する際に、当該証券投資信託に係る運用会社からの通知に基づき計算した当該外国所得税相当額を控除します。なお、住民税はこの措置の対象外です。 (2) 計算例 (1)を踏まえた具体的な控除額及び最終的な受益者の手取額の計算例を示すと下記のとおりです。なお、下記の例は説明のために簡略化したもので、実際は受益者ごとに計算されます。 例 (注) 信託財産のすべてが外国株式であるものと仮定します。 (3) 対象となる金融商品 令和2年1月1日以降、この二重課税調整の措置の対象となったのは、下記の金融商品です。 なお、私募投資信託や株式数比例配分方式以外の方法を選択したETF等は、発行会社(信託銀行)が源泉徴収義務者であるため、以前より二重課税調整が行われていました。 3 投資家側での手続き 源泉徴収ありの特定口座内で保有する証券投資信託については、外国所得税に関する二重課税調整後の税額をベースに源泉徴収が行われますので、投資家サイドで追加的な手続きを行う必要はありません。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第57回】 「借入金利子事件」 ~最判平成4年7月14日(民集46巻5号492頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第24回】 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 (イ) ➋確定決算収益経理要件 (確定した決算において収益として経理したこと) 法人税法における従来の議論においては、次の3つの意味で確定決算主義という用語が使われてきた(平成8年11月 政府税制調査会「法人課税小委員会報告」第一章の四3参照)。 かような従来の議論に落とし込んだ場合、法人税法22条の2第2項は、確定決算主義を採用したものといえよう。 法人税法22条の2第2項は、費用又は損失ではなく収益として経理されていることを要求するものではあるが、資産の販売等に係る契約の効力が生ずる日その他の引渡日又は役務提供日に近接する日において収益計上する場合、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従ったものであることを要求するとともに、当該近接する日の属する事業年度の確定した決算において収益として経理することを要求しているからである。 2項は、近接日基準による収益計上を認める条件として、確定決算による収益経理を求めている。これは、いわば、形式面・手続面において会計処理と税務処理の一致を求めるものである。 同時に、2項は、近接日による収益経理が公正処理基準に準拠していることも要求している。これは、いわば内容面・実質面において近接日による収益経理に対して公正妥当性の網をかけたものといえる。 いずれにしても、法人税法22条の2第1項は、会計上の処理のいかんにかかわらず、引渡・役務提供基準による収益計上を求めているものの、1項に優先して適用される2項が確定決算主義を採用していることにより、2項の適用がある場合には会計上の処理の影響を反射的に受けることは否定できない。 かかる指摘が有意である場面の1つとして、納税者と課税庁との間で、収益の計上時期が争いになり、課税庁が、法人税法22条の2第1項を適用して収益を計上すべきであると主張する場面を挙げることができる。 法人税法22条の2第2項は、一定の要件を満たした場合には、1項の規定にかかわらず適用される。法人税法22条の2第2項は同項の適用要件を満たすと、1項に優先して、かつ、強制的に適用されるのである。適用要件を満たしている場合に、納税者が同項の適用を選択的に決定できる建付けにはなっていない(納税者が同項の適用要件を満たさないようにすることの選択は可能であるが、同項は確定決算主義を採用しているため、この限りにおいて、会計上の処理に左右される)。 課税庁は、法人税法22条の2第1項の適用があることを確認するだけでは足りず、2項の適用がないことも確認する必要が出てくるのである(本連載第15回参照)。 なお、法人税法22条の2第2項が確定決算主義を採用していることにより、会計上の処理の影響を反射的に受けることは否定できないため、近接日基準の具体例を示す法人税基本通達に掲げられている収益経理、例えば仕切精算書到達基準を従前から採用してきた法人に少なからぬ影響を与えることになる。 もっとも、法人税法22条の2第3項が申告調整による近接日基準の採用を認めていることを考慮すると、かかる影響は限定的なものといえよう。法人税法22条の2第2項が確定決算による収益経理、いわば形式面・手続面において会計処理と税務処理の一致を求めることの影響は小さいと考える。 他方で、申告調整による収益経理を認める法人税法22条の2第3項は、資産の販売等に係る収益の額につき一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って引渡日又は役務提供日の属する事業年度の確定した決算において収益として経理した場合は適用できない(同項括弧書)。 この意味で、3項によって認められうる資産の販売等に係る収益の会計処理と税務処理の不一致は、引渡・役務提供基準という法人税法の収益計上時期に係る原則的ルールの前で力を失うことに注意が必要である。原則的ルールが3項に優先して適用されるからである。 法人税法22条の2第3項は、資産の販売等に係る収益の額につき「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って」引渡日又は役務提供日の属する事業年度の確定した決算において収益として経理した場合は適用できないとして、1項には明記されていなかった公正処理基準準拠要件を上記のように3項の適用を途絶する条件に組み込んだ理由やその影響は別途考察を要する。 また、2項が、近接日による収益経理が公正処理基準に準拠していること、いわば内容面・実質面において近接日による収益経理に対して公正妥当性の網をかけたことの影響は、理論的観点からすればその影響は小さくないと考えるが、法人税基本通達が近接日基準の具体例を示してその採用を認める限りにおいて、実際的に見ればその影響は小さいという見方もありえよう。通達に掲げられた処理は、公正処理基準に適うものとして当局がお墨付きを与えたものといえ、実務は淡々とこれに従って進められることが予想されるからである。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第97回】 ネットワンシステムズ株式会社 「特別調査委員会中間報告書(2020年2月13日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【特別調査委員会の概要】 【ネットワンシステムズ株式会社の概要】 ネットワンシステムズ株式会社(以下「ネットワン」と略称する)は、1988(昭和63)年2月設立。情報インフラ構築と関連サービスの提供を主たる事業とする。売上高181,935百万円、経常利益13,258百万円、資本金12,279百万円、従業員数2,294名(いずれも訂正前2019年3月期実績)。本店所在地は東京都千代田区。東京証券取引所1部上場。会計監査人は有限責任監査法人トーマツ(以下「トーマツ」と略称する)。 【調査報告書の概要】 2019年12月13日、独立系のIT企業2社が、ほぼ同じような内容のリリースを出した。1社は本稿で取り上げたネットワンで、もう1社は日鉄ソリューション株式会社(以下「NSOL」と略称する)である。その内容は、「国税局による税務調査の過程で、取引の実在性に疑義が指摘された」ことを理由に、特別調査委員会を設置するというものであった。 2つのリリースの本当の意味がわかったのは、翌年1月18日、株式会社東芝による連結子会社における不適切会計の公表と、その後、マスコミ各社の報道により、不適切会計の取引先として、ネットワンとNSOLの両社が判明したという記事(同月22日)であった。 IT業界で再び発覚した架空循環取引による売上高と利益の水増し。架空循環取引を主導したとされるネットワン特別調査委員会の中間報告書をベースに、本稿執筆時までに判明した取引の概要について、検証したい。 1 特別調査委員会設置の経緯 ネットワンは、2019年11月、東京国税局による税務調査の過程で、一部取引について納品の事実が確認できない取引がある旨の疑義があるとの指摘を受け、社内調査を行ったところ、その事実経緯の正確な把握には、取引先を含めたより広範かつ深度ある調査が必要な状況にあるとの認識を持つに至り、12月13日、納品の事実が確認できない取引及びこれに類似する不正の有無・態様の確認並びに原因究明等、連結財務諸表への影響額の算定及び判明した事実を踏まえた再発防止策に関する助言のため、特別調査委員会を設置することを決定し、その旨を公表した。 2 不正の概要 調査委員会は、調査の結果、納品の事実が確認できない取引は、中央省庁をエンドユーザーとする架空の物品販売を内容とする商流取引を順次繰り返す形で行われていたと説明したうえで、ネットワンの中で首都圏、北関東、信越の公共市場及び社会インフラ市場を主に担当している第1営業部配下で、公共市場(中央省庁)を担当する営業第1チームのマネージャーであったA氏が、取引の当事会社の担当者らと連絡を取り合い、A氏の部下らに対して必要書類の一部の作成を命じ、A氏の上長に対して架空の商流取引である事実を秘して決裁を受け、不正行為に係る取引を実行していたと判断した。 さらに、不正行為は、ネットワンにおいて組織的に実行されたものではなく、全容を把握して架空の商流取引であることを認識していたのはA氏のみであり、A氏が単独で行っていたものであったと断定している。 (1) A氏による不正の手口 A氏は、実際に中央省庁が入札を実施した案件を用いることにより、ネットワンの上流にいる会社(販売先)が当該案件を落札していたものとして、A氏は、ネットワンが物品の調達・納入を受注する商流取引に入ることができたかのように装うことによって、社内の決済を通していた。 また、A氏が商流取引への参加を持ちかけたとされる会社(当事会社)は、中間報告書では5社となっているが、当事会社に対するA氏の説明は、報告書によれば、以下のとおりである(報告書21ページ。報告書上「貴社」とされている部分を「ネットワン」に置き換え、一部、記述を省略している)。 これを商流図で表すと次のとおりである(なお、会社名は、ネットワンとの取引があったことが確認されている者を便宜的に使用しているものであり、必ずしも、実際の取引に合致しているわけではないことをお断りしておく)。 ネットワンによる説明 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 実際の取引 (2) A氏による不正取引の影響 A氏による不正が開始された2015年2月から発覚するまでの間に行われた架空取引は37件、売上高約276億円、売上総利益約36億円であった。 (3) A氏による架空発注に伴う資金流出 調査委員会は、調査の過程で、架空の商流取引が繰り返される中で案件が分割されて特定の会社(報告書上は戊社)に架空発注され、同社から複数の業者(関与会社)に架空発注がなされ、不正行為によって支払われた金銭の一部が流出していることを認めた。 これに関するA氏の供述は次のとおりである(報告書16ページ)。 しかし、こうした供述について、調査委員会は、根拠となる資料が発見されていないこと、関与会社の担当者がA氏と共謀していた事実は判然としないことを理由に、中間報告の時点では認定するに至っていないとしている。 3 商流取引と純額取引 調査委員会は、A氏による不正に利用された商流取引について、次のように解説している(報告書13ページ。報告書上「貴社」とされている部分を「ネットワン」に置き換え、一部、記述を省略している)。 (1) 商流取引に関するネットワンの社内ルール ネットワンにおいて商流取引が開始されたのは2005年頃からであり、商流取引に入る場合には一定の利益率を確保するよう営業担当者に指導するとともに、一定金額以上の案件については、営業担当者は上長に対して、その案件に商流取引として入る理由や背景事情の合理性、具体的な入札案件の内容、落札業者、取り扱う製品の内容、仕入先及び納品先等について説明し、承認を得るというルールがある。 (2) 純額取引に関するネットワンの社内ルール ネットワンの受注取引のうち、発注した商品・サービスが顧客指定先への直送であり、付加価値を提供せずに、手数料を取得するようなものについては、「純額取引」として、利益のみを売上げとして計上している。営業担当者は、このような純額取引を行う場合には、案件登録時に必要事項を記入した申請書等の書面をもって、順次承認を得るというルールがある。 (3) 純額取引に関する監査の状況(報告書10ページ以下) ネットワンにおいては、A氏が所属していた営業第1チームが関与した純額取引のうち、会計監査人による監査の対象となったものについては、内部監査の対象案件から除外していた。その理由は、純額取引について、会計監査人がかなり厳格に検討している以上、これに重ねて内部監査を実施する意味は乏しいと判断されたためである。 ネットワンの会計監査人であるトーマツの監査計画では、売上取引の実在性の検証は重点監査項目に選定されており、サンプリングにより抽出された売上取引を個別検証することで、トーマツは監査上の心証形成を行っていた。サンプリングは、一定金額以上の取引、循環取引の可能性がある低粗利率の取引等、複数の基準を用いて実施され、本調査で納品実体がない取引と認定された取引が含まれていたものの、トーマツ担当者は、A氏等に対して案件の背景事情についてヒアリングを行うとともに、内部・外部証憑の証憑突合を実施したうえで、トーマツから、監査対象取引の実在性に関する問題点が指摘されることはなかった。 【調査報告書の特徴】 年明け早々、IT業界を席巻した架空循環取引騒動は、ネットワンによる中間報告書の公表で一段落した感はあるが、全部で9社あるとされている取引参加社のうち、依然として社名が判明していない会社が3社残っていることも事実である。 ネットワン以外の参加各社の公表情報をまとめ、未だ判明していない問題点などを以下で検討したい。 1 決算訂正などを公表した各社における循環取引による売上高・利益の金額 本稿執筆時点で、調査結果を公表したのはネットワンを含めて4社。富士電機株式会社の連結子会社である富士電機ITソリューション株式会社(※1)、NSOL(※2)、ネットワン、株式会社東芝の連結子会社である東芝ITサービス株式会社(※3)である(公表順)。各社における本件取引による売上高及び利益の金額は以下のとおりである。 (※1) 「当社子会社における実在性に疑義のある取引について」(2020年1月30日付) (※2) 「特別調査委員会の調査結果と業績に与える影響、再発防止策等について」(2020年2月6日付) (※3) 「当社子会社における実在性の確認できない取引に関する調査結果及び今後の対応について」(2020年2月14日付) 《富士電機ITソリューション決算修正内容(単位:億円、件)》 2020年3月期については、すでに発注が解除されている取引が4件47億円存在している。 《日鉄ソリューションズ決算修正内容(単位:百万円、件)》 2020年3月期については、受注済みの未処理案件4件が存在する。 《ネットワンシステムズ決算修正内容(単位:百万円、件)》 2020年3月期については、受注済みで未売上の取引が2件約3億円存在している。 《東芝ITサービス決算修正内容(単位:百万円、件)》 他にも、みずほリース株式会社は連結子会社のみずほ東芝リース株式会社が、1件の商流に介在していたことを認め(※4)、ダイワボウホールディングス株式会社も連結子会社のダイワボウ情報システム株式会社が2014年度から2016年度までの間に約7億円の売上を計上してことを認めている(※5)。 (※4) 「本日のマスコミ報道に関して」(2020年1月24日) (※5) 「本日の一部報道に関して」(2020年2月14日付) 2 架空循環取引により発生した各社の利益はどこが負担しているのか 実在性に疑義ある取引金額を公表した各社の売上総利益(粗利)合計は、約95億円となる。この利益をどの会社が負担する(損失を計上する)のか。現在のところ、特別損失の発生を公表しているのはネットワンのみであり、その金額は約52億円である(※6)。 (※6) 「2020年3月期 第3四半期業績予想、及び、2020年3月期 通期業績予想の修正に関するお知らせ」(2020年2月14日) また、上記表にも記載したとおり、NSOLでは、「受注済みの未処理案件が4件」存在することを明らかにしており、この受注に対する発注が先行しているようであれば、発注金額相当額の資金が回収できない可能性があることから、損失計上につながる可能性がある。 商流に参加したことが判明している各社では、今後、損失負担について、協議が続くことが予想されるが、その結果については、各社の適時開示を待つほかないようである。 3 活かされなかった再発防止策 ネットワンは、2013年3月、得意先である十六銀行向け商談の担当者が、システム開発業務を委託する際に水増し発注を繰り返し、総額約8億円の損失が発生したことを公表している(本連載第6回「ネットワンシステムズ株式会社・元社員による不正行為「特別調査委員会調査報告書」」 )。 最終的には、元社員が逮捕されるというショッキングな事案の調査を担当した当時の特別調査委員会は、以下のような再発防止策を提言していた。 例えば、「ガバナンス機能の強化」の項目としては、「不正の発見、抑止機能の強化」「内部監査のモニタリング機能の強化」が、また、「内部通報制度」を積極的に位置づけることが提言されている。 ネットワン経営陣がこれらの提言を受けて再発防止策を実施していたことは間違いないと信じたいが、調査報告書公表後、2年もたたない2015年2月には、新たな不正が発生しており、しかも、国税局の税務調査で発覚するまでの4年以上も、発覚することはなかった(奇しくも、A氏が不正を始めたとされる2015年2月には、ネットワン元社員が警視庁捜査2課に逮捕されたと報道されている)。 純額取引ルールに内在しているリスクに対して、監査部門と会計監査人との間で、どのような認識が共有されていたのか。取引の実在性の検証は、どちらの監査項目となっていたのか。A氏の部下は、A氏による不当な業務命令に対して、なぜ、内部通報を行わなかったのか。3月13日に公表が予定されている特別調査委員会の最終報告書では、再発防止策が機能しなかった理由について、どれくらい言及がなされているのか、注目したい。なお、この最終報告書については次回検証を行うこととする(4月2日公開予定)。 4 IT業界に蔓延しているかもしれない循環取引 本連載第95回で取り上げた株式会社シーイーシーの架空取引事案も、直送取引を仮装した実在性のない取引であったことが判明している。筆者は、当初、この取引もネットワンに関係しているのではないかと考えていたのだが、公表された架空循環取引の明細を見る限り、該当するものはないようである。 問題となった取引が循環取引であったかどうかはわかっていないが、もし循環取引であったとすれば、「IT業界の悪癖(※7)」と評されている循環取引は、商流取引のベールをまとって、潜行している可能性があろう。 (※7) 日経クロステック「『悪癖』なくせるか 識者に聞く根絶策」 (了)