政府税調における連結納税制度の見直しについて ~改正の方向性とその影響~ 【前編】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 はじめに 理論を追求して制度設計したら、執行側の実務がパンクした、といったところであろうか。 政府税制調査会は、平成30年11月7日に、連結納税制度を取り巻く状況の変化を踏まえた現状の課題や必要な見直しについて、今後の総会における議論の素材を整理するため、「連結納税制度に関する専門家会合」(以下、「専門家会合」という)を設置し、令和元年8月5日まで5回の専門家会合が開催された。 そして、ここまで議論された連結納税制度の見直しの内容について、今年の9月末までに開催される政府税制調査会の総会において報告されることが見込まれている。 この見直しは、連結納税の実務(特に、申告、修更正の実務)の簡素化を目的としたものであり、具体的には、個別申告方式へ移行することを中心として、個別規定についても、損益通算以外の全体計算を廃止すること、開始・加入・離脱・取りやめ時に組織再編税制と同様の取扱いを適用すること、連結親法人の連結納税開始前の繰越欠損金の損益通算を制限すること(親会社へのSRLYルールの導入)などを検討している。 我が国の連結納税制度は、現在まで17年ほどの歴史であるが、連結納税制度が初めて導入された平成14年度以降を第1期、グループ法人税制(連結子法人の繰越欠損金の持込み緩和)が導入された平成22年度以降を第2期とすると、現在議論されている個別申告方式への移行が実現した場合、その適用時期は不明であるが、それは第3期に当たるといえる。 また、新制度適用に際して、いきなり「来期から!」というわけにはいかないため、改正法が公布されてから新制度開始までに一定の準備期間を設けるとともに、(ここは画期的であるが)改正前に連結納税を採用している企業が再び単体納税に戻ることができるという経過措置を設けることも議論されている。 いずれも、何も確定したものではなく、現状、個別論点(特に、税負担が増える見直し)については反対意見もあると言われており、今後、どうなるかわからない。先の総会での報告も専門家会合で議論された論点整理の内容の報告という意味合いが強いだろうし、いずれにせよ、今のところ、論点整理をした、という段階といえる。 しかし、「個別申告方式への移行による事務負担の軽減」についてはすべての利害関係者が賛成をするだろうし、この改正によって連結納税の実務に大きな影響を与えることは想像に難くない。特に、このような大改正があった場合 といった点は、実務家として筆者個人も大きな関心を寄せている。 そこで、本稿では、専門家会合で議論された連結納税制度の見直しについて、その改正の方向性と実務への影響について解説していきたい。 なお、本稿の意見に関する部分は、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りする。 1 検討に当たっての視点 第1回専門家会合において、次のような「検討に当たっての視点」を持って連結納税制度の見直しの議論がスタートしている。 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度について〕平成30年11月7日 この「検討に当たっての視点」から、今回の連結納税制度の見直しの目的は2点であり、1つ目は「企業や課税庁の事務負担の軽減」、2つ目は「連結納税制度と組織再編税制との整合性の確保」である。そのうち、今回の見直しの最大の契機は、税務当局が、連結法人の税務調査(修更正手続を含む)における事務負担の重さに耐えられなくなったことにあると推測される。 我が国の連結納税制度は、連結グループを1つの納税単位として、連結法人すべての共同作業で申告書が作成されるという制度設計であるため、理論的な制度であるといえるが、研究開発税制や受取配当等の益金不算入制度などの全体計算にすべての連結法人が巻き込まれ、1社でも遅れると申告書の作成が滞り、さらに、1社でも計算に誤りがあるとすべての連結法人の申告書及び税額にその影響が生じることになるため、連結納税の実務において、企業と税務当局の事務負担が半端なく重いものになっている。 そして、連結納税に係る事務負担の重さは、特に、税務当局において顕著であり、第2回専門家会合において、連結法人の税務調査が単体法人の税務調査に比較して、事務量が著しく多くなり、調査期間も長期間にわたることが報告されている(筆者も連結納税の税務調査に立ち会うことが多いが、追徴される会社より、追徴する税務当局の方が事務作業に時間を要することが多く、気の毒に思うことがあるほどだ)。 その結果、昨今の連結法人の増加に相まって、税務当局の事務負担が限界に達したと推測される。 なお、連結納税に係る事務負担の重さは、何も税務当局の税務調査に限ったことではなく、税制改正の都度、単体納税だけでなく、連結納税についても、既存の条文の見直しや新たな条文の作成をしなくてはならない課税庁及び財務省においても日々感じていることであろう。 [出典]国税庁 説明資料〔連結法人の管理・調査の状況〕平成31年2月14日 [出典]国税庁 説明資料〔連結法人の管理・調査の状況〕平成31年2月14日 [出典]国税庁 説明資料〔連結法人の管理・調査の状況〕平成31年2月14日 [出典]国税庁 説明資料〔連結法人の管理・調査の状況〕平成31年2月14日 [出典]国税庁 説明資料〔連結法人の管理・調査の状況〕平成31年2月14日 2 連結納税制度の見直しの方向性と実務上のポイント 上記1のとおり、今回の連結納税制度の見直しの目的は、①企業や課税庁の事務負担の軽減と、②連結納税制度と組織再編税制との整合性の確保であるが、専門家会合では、具体的に次のような改正の方向性を示している。 (1) 個別申告方式への移行~事務負担の軽減を図る観点からの簡素化~ [改正の方向性] [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年2月14日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年2月14日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年2月14日 この個別申告方式への移行によって、単体法人と同じく、税務調査を各社ごとに単独で行うことが可能になり、修更正も調査対象会社のみ行えばよいことになる。その点で、今回の目的を実現させる最も重要な見直し項目である。 [実務上のポイント] 上記で示された個別申告方式について、筆者が現時点で考える実務上のポイントは次のとおりである。 個別申告方式によって、連結親法人が代表して連結確定申告書を提出することはなくなり、単体法人と同様に、連結法人は各社で申告を行うことになる。 損益通算は維持される。連結納税制度とは損益通算制度であり、損益通算の仕組みがないと連結納税制度とはいえない(誰も採用しない)。そのため、個別申告方式であっても損益通算が可能な制度にするということだろう。 当期発生の欠損金の損益通算及び繰越欠損金の控除額の計算について、第2回及び第3回専門家会合において、各欠損法人の欠損金及び連結グループ内の繰越欠損金の額を各所得法人にプロラタで配賦する方式(プロラタ方式)を採用するという方向性が示されている。 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 また、計算例のイメージは次のとおりとなる。 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年2月14日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年2月14日 上記〈3〉からわかるように、損益通算だけでなく、繰越欠損金の控除額の計算についても、プロラタ方式(全体計算方式)を採用することを想定しているため、その場合、現行制度と同様に、連結法人が有する繰越欠損金を、他の連結法人(所得法人)の所得金額と相殺できることになる。 ただし、連結納税開始前・加入前の繰越欠損金は自社の個別所得を限度に相殺されるため、ここで言う繰越欠損金は、現行制度における非特定連結欠損金(非特定連結欠損金個別帰属額)を想定しているものと考えられる。 また、新制度では、「連結欠損金」、「連結欠損金個別帰属額」、「非特定連結欠損金」、「特定連結欠損金」という用語は消滅して、単体法人の繰越欠損金と同様の表現になるのか、という点についても今後、確認する必要がある。 新制度も、全体計算によって損益通算が行われる仕組みとなっており、個別申告方式であっても全体計算の仕組みが全くなくなるわけではない。 これは、他の法人の所得金額が、自社の所得金額に影響することを意味しており、他の法人の申告作業(所得金額の計算)が終了しないと、自社を含めた全社の申告作業(所得金額の計算)が終了しない、ということになる。 この点については、現行制度と事務負担は変わらない。そのため個別申告方式に移行しても、連結申告の事務負担は、単体申告と全く同じレベルにはならない。 この点、さらに、事務負担の軽減を図るのであれば、損益通算を損益振替方式(イギリス)や損益譲渡方式(ドイツ)のような計算方式にすることも一案であろう。 個別申告方式に移行すると、別表4の2、別表4の2付表など、「別表●の2」で番号付けされている連結特有の別表は、損益通算用の別表など全体計算を行うための別表以外は消滅することになるだろう。 そのため、連結法人も、単体法人の申告書の別表様式を使用することになり、損益通算用の別表など一部の連結特有の別表を数枚、作成して添付するというイメージになるだろう。 損益通算等について、基本的に、当初申告額に固定し、修更正による変動は他の法人に影響を与えない仕組みとする方向性が示されている。 つまり、ある法人が、修正申告を行うとき、あるいは、更正されるときでも、他の法人の所得及び申告に影響させない仕組みとする。 ここで、「基本的に」と記載しているのは、下記〈8〉の租税回避行為を防止する措置を講ずる必要があることを示しているものと思われる。 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年2月14日 当初申告額に固定する制度にした場合、事後的に、自社の所得が変動しても、他の法人の所得に影響しないことから、自社の所得を意図的に間違えて申告することによって、連結グループの税負担を減少させるという租税回避行為が可能となる。 例えば、第3回専門家会合では次の2つの例が示されている。 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 このような、租税回避行為を防止するために、損益通算等を当初申告額に固定するという仕組みについて、何かしらの措置を講じる必要がある。 個別申告方式となり、かつ、法人の修更正による変動が他の法人に影響を与えない仕組みとなるため、税務調査は各社ごとに単独で行われることになる。その点で、単体法人と変わらなくなり、他の法人の税務調査があまり気にならない環境になるだろう。 新制度についても、当然に、連結親法人及び連結子法人の連帯納付責任はそのまま維持される方向性が示されている。 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 (2) 時価評価課税及び欠損金の利用制限等の見直し ~組織再編税制との整合性の観点~ [改正の方向性] [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 [出典]財務省 説明資料〔連結納税制度〕平成31年4月18日 この見直しについては、個別申告方式への移行とは関係なく、現行制度においても同様の改正が可能であり、本来、新制度のタイミングで見直す必要はないと思われるが、大きな改正項目であるため、連結納税制度の申告方法の見直しをするついでにやってしまおう、という方針なのだろう。 ただし、検討されている取扱いが実現した場合、現行の連結納税制度において、企業がそれを採用する動機に直結する取扱いが変わることになるため、連結納税制度の採用動向(採用数の伸び)に大きな影響を与えることになる。 [実務上のポイント] 上記で示された連結納税開始・加入・離脱・取りやめ時の組織再編税制との整合性の確保について、筆者が本稿執筆時点で考える実務上のポイントは次のとおりである。 連結納税制度の最大の税務メリットは、連結親法人の開始前の繰越欠損金を他の連結子法人の所得と相殺できることである。 計算例を示すと次のようになる。 また、筆者が独自に、連結納税を採用している上場会社の有価証券報告書を分析した結果、興味深いのが、連結納税を採用している上場会社のうち、78%が採用当初、連結親法人に繰越欠損金があるという事実である。 これは5年前の情報であるが、新規採用企業へのヒアリングからも、その傾向は現在も変わっていないと感じられる。 普段、「連結納税の一番のメリットは?」という問いに対して、「損益通算効果!」と回答してしまうことが筆者自身も多いが、実務上は、連結納税の一番のメリットである損益通算効果は、採用の動機としてはそれほど多くはなく、繰越欠損金が多額にある親会社が潜在的に連結納税を採用する可能性が最も高いことを示している。 つまり、ホールディングスのように、連結親法人に繰越欠損金が溜まりやすい収益構造である場合や連結親法人に期限切れとなる多額な繰越欠損金がある場合、そして、その前提として収益力がある連結子法人がある場合になって、初めて、事務負担が増加してでも連結納税への転換を行おうとするのである。 これは、自社のクライアントの採用動機の傾向とも一致しているため、間違いない傾向といえる。 また、個人的な印象として、この傾向は、連結法人数が10社未満の中小規模の連結グループに多く、連結法人数が30社を超えてくると、さすがに連結親法人が赤字ということも少なく、連結グループが大規模になるにつれ、純粋に損益通算(毎年、どこかの会社で生じる赤字の損益通算)を目的に連結納税を採用していることが多い。 したがって、経団連会員企業である連結納税法人55社(回答54社)、つまり、大規模な連結グループを対象とした「連結納税制度に関するアンケート結果概要」(2019年2月14日 一般社団法人日本経済団体連合会)において、「連結納税制度の適用によるメリット」として、「親法人の連結開始前の欠損金を子法人で利用できることによる税負担の適正化」が20社/54社(37%)、「損益通算を行うことによる税負担の適正化」が51社/54社(94%)となっている点について、何ら不思議ではない。 [出典]連結納税制度に関するアンケート結果概要(2019年2月14日 一般社団法人日本経済団体連合会) また、同様のアンケートを太陽有限責任監査法人が行っており、こちらは、アンケートの対象会社が、連結納税法人25社のうち100%支配している国内子会社数が10社未満の法人が20社(20社/25社)となっており、中小規模の連結グループを対象としているといえるが、その結果では、「連結納税制度の適用によるメリット」として、「親法人の連結開始前の欠損金を子法人で利用できることによる税負担の適正化」が11社/25社(44%)、「損益通算を行うことによる税負担の適正化」22社/25社(88%)となっており、連結納税の採用傾向の実態を反映しているといえる。 [出典]連結納税制度に関するアンケート結果概要(2019年4月18日 太陽有限責任監査法人) ただし、このようなアンケートについては、 といった時系列を加味した質問内容にすると、さらに実態に近いものになるのではないかと考える。 しかし、今回の見直しによって、連結親法人へ「SRLY」ルールが導入され、連結親法人の開始前の繰越欠損金が連結親法人の所得金額を限度にしか利用できないという控除制限が設けられると、この連結納税の最大のメリットがなくなることになる。 そのため、既に連結納税を適用している企業の税負担の増加とこれから検討する企業の動機の消滅という2つの大きな問題を抱えた改正事項になるため、今後、その改正については慎重な議論が行われることになるだろう(ただし、連結親法人に「SRLY」ルールが導入されても連結親法人の開始前の繰越欠損金の活用メリットが完全に消滅するわけではないことは下記〈2〉で説明したい)。 現行制度では、連結子法人の開始前・加入前の繰越欠損金について、単体納税の場合、自社の所得金額の50%までしか控除ができないが、連結納税の場合、自社の所得金額の100%を限度に控除することができるため、連結納税の大きな税務メリット(採用動機)になっている。 計算例を示すと次のようになる。 この点、新制度で、連結親法人に「SRLY」ルールが導入され、連結親法人の開始前の繰越欠損金が他の連結子法人の所得金額と相殺できなくなったとしても、上記のとおり、自社の所得金額の100%を限度に控除できる点で、50%しか控除できない単体納税と比較して、税務上、有利になることに変わりはない。 以上から、上記〈1〉の点で、現行制度との比較において連結納税の最大のメリットが失われるが、単体納税との比較において連結親法人の開始前の繰越欠損金の活用メリットが完全に失われるわけではない(むしろ新制度では、この点が連結納税の最大のメリットになる可能性がある)。 現行制度では、連結親法人は開始時に時価評価が行われず、繰越欠損金も切り捨てられないため、連結納税制度を採用するに際して、連結親法人に不利益は生じない。 これが、新制度により、連結親法人についても開始時に要件を満たさない場合、時価評価が必要になり、開始前の繰越欠損金の全部又は一部の切捨てが生じることになる場合、連結納税制度の採用の有利・不利判定において、連結親法人の時価評価と繰越欠損金の切捨ての有無と影響額を把握する必要が生じることになる。 また、現行制度では、連結納税開始前に、子法人の含み損益資産や繰越欠損金を、適格合併、適格分割、適格現物分配などで連結親法人に集約させる連結グループもあるが、新制度においては、そのような行為を開始前に行うメリットが生じないことも予想される。 新制度では、①開始時又は加入時に、適格要件と同様の要件を満たす場合、時価評価が不要になること、②5年前の日又は設立日からの支配関係継続要件又はみなし共同事業要件のいずれかを満たす場合に繰越欠損金の持込みができること、③いずれも満たさない場合でも一部の繰越欠損金を持ち込むことができることから、現行制度の特定連結子法人の範囲より、時価評価が不要となる法人、あるいは、繰越欠損金を持ち込むことができる法人の範囲の方が広いことが予想される。 そのため、開始時又は加入時の時価評価法人の範囲及び繰越欠損金の持込法人の範囲の変更により、連結納税制度の採用が促進されるとともに、連結子法人の加入(M&A)が行いやすい状況になる。 現行制度の場合、特定連結子法人に該当しない場合、その連結子法人の開始前・加入前の繰越欠損金が全額切り捨てられることになり、その一部を持ち込むという取扱いは存在しない。 一方、新制度では、適格要件と同様の要件を満たした場合(時価評価が不要な場合)で、5年前の日又は設立日からの支配関係継続要件及びみなし共同事業要件のいずれも満たさない場合、50%超グループ化前の繰越欠損金及び50%超グループ化以後の特定資産譲渡等損失相当額が切り捨てられるが、それ以外の50%超グループ化以後の繰越欠損金は持ち込むことが可能となる。 そのため、連結納税制度の採否決定や連結納税加入の影響額の把握において、繰越欠損金の持込みが可能な法人の確定だけではなく、切り捨てられる繰越欠損金の金額についてもシミュレーションに織り込む必要が生じることになる。 現行制度では、特定連結子法人に該当し、時価評価が不要になる場合、開始・加入後に含み損益が実現しても、所得金額の調整は生じない。 これが、新制度では、適格要件と同様の要件を満たした場合、時価評価が不要になるが、5年前の日又は設立日からの支配関係継続要件及びみなし共同事業要件のいずれも満たさない場合、50%超グループ化前の含み損益について、実現損は損金不算入、実現益は損益通算の対象外となるため、開始・加入後も、支配関係前から有する資産とその含み損益、実現損益の把握をする必要が生じる。そのため、事務負担も増加することになる。 現行制度では、連結子法人の離脱については、連結子法人株式の帳簿価額修正の取扱い以外、連結納税の有利・不利は生じない。 しかし、新制度において、離脱法人について、離脱時に事業継続の見込みがない場合など一定の場合に、その資産について時価評価することとし、その評価損益を投資簿価修正の対象とする場合、連結子法人の離脱に際して、税負担への影響を検討する必要が生じるとともに、事務負担も増加することになる。 現行制度では次のように、連結欠損金を特定連結欠損金と非特定連結欠損金に区分している。 これが新制度になると、例えば次のように、特定連結欠損金と非特定連結欠損金の区分が変更になる。 また、繰越欠損金の概念に集約され、連結欠損金の概念がなくなり、特定と非特定の区分自体がなくなる可能性がある(この場合、法人税法第57条関係において、連結納税制度を採用している場合の繰越欠損金の控除額の計算方法を定めることで対応し、法人税法第81条の9が廃止されるかもしれない)。 住民税独自の欠損金である控除対象個別帰属調整額(切り捨てられた繰越欠損金×法人税率)と控除対象個別帰属税額(損益通算で消滅した欠損金額×法人税率)について、新制度ではどのような取扱いになるのか、という論点がある。 この点、新制度でも損益通算があるため、控除対象個別帰属税額(損益通算で消滅した欠損金額×法人税率)の取扱いは残ることになるだろう。 一方、合併や分割などの組織再編で法人税の繰越欠損金の切捨て(利用制限)が生じた場合、住民税においても同様に切捨てが生じることから、連結納税の開始と加入の取扱い及び組織再編税制の整合性を確保するという考え方に立つのならば、連結納税開始、加入で切り捨てられた繰越欠損金は、住民税でも切り捨てられる取扱いとすべきという考え方もあるだろう。この場合、控除対象個別帰属調整額の取扱いは廃止されることになる(ただし、その場合でも、旧制度で生じたものは引き続き繰越控除されるだろう)。 この控除対象個別帰属調整額の取扱いについては、残す、残さない、いずれの理論も成り立つため、最終的には趣味の問題になるだろう。 (了)
平成31年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第7回】 「M&A・組織再編税制の見直し」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 [6] M&A・組織再編税制の見直し 組織再編税制における適格要件のうち、以下の2つの組織再編について新たに適格組織再編成の対象とするため、適格要件の見直しを行った。 (1) 親会社が子会社を完全子会社化した後に行う逆さ合併 (2) 間接保有の完全親会社の株式を用いた組織再編 連結納税を採用している法人が組織再編をする場合も、適格要件は単体納税と同じ要件となるため、上記の適格要件の見直しは、単体納税、連結納税いずれであっても、同じ取扱いとなる。 以下、連結納税を採用している法人に特有の論点について解説する。 (1) 親会社が子会社を完全子会社化した後に行う逆さ合併 連結法人が株式交換等完全親法人となり、連結法人以外の法人を株式交換等完全子法人とする場合、株式交換等完全子法人は新たに連結納税に加入することになる(ただし、連結子法人が株式交換等完全親法人となり、当該連結子法人の株式を再編対価とする場合は、株式交換等の日において、当該連結子法人は連結納税から離脱するため、株式交換等完全子法人は連結納税に加入しない。以下、再編対価は連結親法人株式又は現金であるものとする)。 改正前は、株式交換等の後に株式交換等完全親法人(連結法人)を被合併法人とし、株式交換等完全子法人(加入連結子法人)を合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合、非適格株式交換等に該当していたため、加入連結子法人(株式交換等完全子法人)は非特定連結子法人に該当し、時価評価が必要となり、繰越欠損金も切捨てになっていた(旧法法61の12①、81の9②)。 これが、この改正によって、適格株式交換等に該当することになったため、加入連結子法人(株式交換等完全子法人)は特定連結子法人に該当することになり、時価評価は不要となり、繰越欠損金も切り捨てられないことになった(法法61の12①、81の9②)。 なお、株式交換等完全親法人が連結親法人である場合、株式交換等の後に株式交換等完全親法人(連結親法人)を被合併法人とし、株式交換等完全子法人(加入連結子法人)を合併法人とする適格合併を行う場合、合併日において連結納税が取りやめとなることに留意する必要がある(法法4の5②三)。 [株式交換等による連結納税の加入後に逆さ合併を予定しても特定連結子法人に該当することに!] ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ※1 再編対価がA社株式の場合、連結子法人A社は連結納税から離脱し、B社は連結納税に加入しない。 ※2 特定連結子法人の場合、時価評価が不要、繰越欠損金は持込み可能。非特定連結子法人の場合、時価評価が必要で、繰越欠損金は切り捨てられる。 (2) 間接保有の完全親会社の株式を用いた組織再編 連結孫法人を合併法人、分割承継法人、株式交換完全親法人、連結法人以外の法人を被合併法人、分割法人、株式交換完全子法人とする合併、分割、株式交換をする場合、連結孫法人を連結納税から離脱させないためには、再編対価を、現金又は連結親法人株式にする必要がある。 しかし、改正前は、再編対価を現金又は連結親法人株式にすると、その再編が、非適格合併、非適格分割、非適格株式交換に該当してしまうという問題があった(注)。 (注) 合併法人・株式交換等完全親法人が被合併法人・株式交換等完全子法人の株式の3分の2以上を保有している場合、現金を再編対価としても適格合併・適格株式交換等に該当する。 これが今回の改正によって、連結子法人と同じく、連結孫法人も連結親法人株式を対価として、連結納税から離脱させることなく、適格合併、適格分割、適格株式交換によって他の法人又は事業を買収することが可能になった。 [連結孫法人が買収会社となる場合でも連結納税から離脱させないことが可能に!] ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第8回】 「事業承継税制適用中に資金調達をした場合の資産保有型会社の該当性」 -平成31年度税制改正- 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 税理士 髙田 泰輔 相談内容 私Aは製造業を営む非上場会社Zの代表取締役です。Z社株式についての贈与税の納税猶予及び免除の特例(以下、「特例措置」という)を活用して、息子BにZ社株式を贈与することを検討しています。 特例措置の適用により株式を贈与した後、対象会社が資産保有型会社・資産運用型会社(以下、「資産保有型会社等」という)に該当すると納税猶予が取り消されると聞きました 当社の直近期の資産状況は下記のとおりです。 当社では取引先との関係強化のため上場・非上場問わず取引先の株式を積極的に購入しており、直近期では総資産の20%を占めています。それに加え、当社の事業用不動産(工場)は老朽化が進んでおり、将来に大規模な修繕を要することが想定されます。そのため、修繕のための借入の金額次第では資産保有型会社に該当する可能性があり、特例措置の実行に躊躇しています。 平成31年度税制改正で、納税猶予期間中に資産保有型会社・資産運用型会社に該当した場合の取扱いに改正があったと聞きました。具体的な改正の内容と、Z社の資産保有型会社の判定上の影響を教えてください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 資産保有型会社等の判定 (1) 資産保有型会社とは 資産保有型会社とは、下記の要件を満たす会社をいいます。 (※1) 特定資産とは、下記の資産をいいます。 ➤有価証券等 国債・地方債・株券その他の有価証券とみなされる権利 ➤現に自ら使用していない不動産 遊休不動産・販売用不動産・賃貸用不動産(従業員社宅を除き、役員用住宅を含む) ➤ゴルフ会員権など ゴルフ会員権・スポーツクラブ会員権・リゾート会員権など ➤絵画、貴金属等 絵画・彫刻・工芸品・陶磁器・骨董品などの文化的動産・金・銀などの貴金属・宝石類 ➤現預金その他これらに類する資産 預貯金その他これらに類する資産、保険積立金など、代表者や代表者の同族関係者に対する貸付金や未収金その他これらに類する資産(預け金や差し入れ保証金など) (※2) 「一定の配当等」とは、判定日以前5年以内において、対象会社が後継者とその同族関係者に対して支払った剰余金の配当の額(贈与等の日前に受けたものを除く)及び給与の額(債務免除による利益その他経済的利益を含み、贈与等の日前に支給されたものを除く)のうち法人税法上、損金不算入とされた金額の合計額をいいます。 (2) 資産運用型会社とは 資産運用型会社とは、下記の要件を満たす会社をいいます。 なお、資産保有型会社等であっても、事業実態を有するものとして一定の要件(以下、「事業実態要件」という)を満たす会社は、資産保有型会社等には該当しません。 (注) 本事例において、Z社は事業実態要件を満たす会社ではないものとします。 [2] 平成31年度税制改正前の取扱い 平成31年度税制改正前は、対象会社が納税猶予期間中のある一時点において資産保有型会社等に該当することとなった場合には、その該当することとなった時点で納税猶予の取消事由(全部確定事由)に該当しました。 Z社の直近期の資産状況でシミュレーションすると、修繕のために250の借入を行った場合には一時的に資産保有型会社に該当することとなり、納税猶予が取り消されることとなります。 【資産保有型会社の判定シミュレーション】 ※その他資産には、特定資産に該当するものはないものとする。 ※直近5年間において、B及びBの同族関係者に対する剰余金の配当及び法人税法上の損金不算入となる給与の支払いはないものとする。 〔資産保有型会社の判定〕 [3] 平成31年度税制改正後の取扱い 平成31年度税制改正では、納税猶予期間中のある時点で資産保有型会社等に該当した場合であっても、その要因が「一定の事由」に該当し、その該当した日から6月以内にこれらの会社に該当しなくなったときは、資産保有型会社等に該当しないとする規定が創設されました(措令40の8⑲㉒)。 「一定の事由」とは、下記事由をいいます。 上記の改正は、平成31年4月1日以後に、上記の事由が生じる場合について適用されます。 [4] 本事例へのあてはめ Z社の工場の修繕を目的とする借入は「事業活動のために必要な資金を調達するための資金の借入」に該当するものと考えられます。 したがって、多額の借入を行い、Z社の総資産のうちに特定資産の占める割合が70%以上となった場合であっても、その該当した日から6月以内に修繕に係る支出を行い、同割合を70%未満とすることで、資産保有型会社には該当しないこととなるため、納税猶予の取消は回避できます。 (注) 継続届出書への記載等、一定の手続きが必要です。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
租税争訟レポート 【第44回】 「代表者個人名義のクレジットカードによる交際費の支払い (重加算税賦課決定処分等取消し請求、国税不服審判所平成30年9月21日裁決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 〈裁決の概要〉 【事案の概要】 本件は、宣伝、広告の企画、制作等及び飲食店の企画、経営等を目的とする法人である審査請求人(以下「請求人」という)が、原処分庁所属の職員の調査を受け、交際費勘定等に計上した費用は損金の額に算入されないなどとして法人税等の修正申告書を提出したところ、原処分庁が、当該費用については、請求人の代表取締役の個人的な飲食等の費用を損金の額に算入したという隠ぺい又は仮装の事実があったなどとして法人税等に係る重加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、隠ぺい又は仮装の事実はないとして、原処分の一部の取消しを求めた事案である。 【裁決の概要】 1 争点に対する主張 (1) 原処分庁の主張 原処分庁は、請求人代表者の申述から、代表者は、飲食等代金については、その全てが代表者個人で利用したものに係る支出の額であり、請求人の費用として計上できないものであると認識しながら、請求人の経理担当者に指示して、飲食等代金を請求人の費用として計上して、その金額の全部又は一部を損金の額に算入するとともに、飲食等代金(消費税等を含んだ金額)を各課税期間の課税仕入れに係る支払対価の額に含めていたと認められることから、請求人には、隠ぺい又は仮装の事実があったと主張した。 〔請求人代表者による申述内容〕 (2) 請求人の主張 請求人は、次のように主張して、隠ぺい又は仮装に係る事実はないとした。 2 国税不服審判所の判断 (1) 「隠ぺい又は仮装」の法的解釈 国税不服審判所は、国税通則法第68条に規定する重加算税について、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出しているときに課されるものであると述べたうえで、「事実を隠ぺいする」とは、課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実について、これを隠ぺいし又は故意に脱漏することをいい、また、「事実を仮装する」とは、所得、財産あるいは取引上の名義等に関し、あたかも、それが真実であるかのように装う等、故意に事実をわい曲することをいうものと解するのが相当であるという解釈を示した。 (2) 飲食代金について 審判所は、請求人代表者による飲食店等の利用状況を調査した結果について、当該飲食等がどのような目的・態様で行われたか等については明らかではないものの、少なくとも当該飲食等について、請求人代表者が、請求人の事業に関係のある者との飲食等ではなく個人的な飲食等であると認識していたとは認め難いとの判断を示した。 (3) 請求人代表者の申述について また、審判所は、請求人代表者による調査担当職員に対する「平成25年7月以降の本件各カードの利用による飲食代のすべてが個人的な飲食代である旨」の申述について、当該申述の内容は、本件各飲食等代金について概括的に述べたものであり、個々の支出について言及したものではなく、具体性が乏しい上、その内容を裏付ける客観的証処は認められないとの判断を示した。 (4) 結論 審判所は、こうした事実認定のほか、その他の証拠及び当審判所の調査によっても、飲食等代金のすべてについて請求人代表者の個人的な飲食等に係る金額であることを推認させるに足りる証拠はなく、飲食等代金のすべてについて、請求人代表者が個人的な飲食等に係る金額であることを認識しながら、請求人の本件各事業年度の総勘定元帳の本件各費用勘定に計上したとする仮装の事実を認めるに足りる証拠もないことからすれば、飲食等代金について、通則法第68条第1項に規定するところの隠ぺい又は仮装の事実は認められないと判断した。 その結果、審査請求には理由があるから、原処分の一部を取り消すこととし、重加算税の賦課決定処分のうち、過少申告加算税相当額を超える部分の金額については違法であり、取り消すべきであると結論づけた。 【解説】 法人の代表者や取締役などが、法人の経費を支払う際に個人名義のクレジットカードを使用し、法人名で領収書の交付を受けて経費精算を行うことは、日常的によく見られる経費精算のフローであるが、本件は、飲食代金を個人名義カードで決済した代表者が、事実と異なる申述を行ったことから、原処分庁によって重加算税の賦課決定処分を課され、これを国税不服審判所が取り消したという事案である。 本事案は、国税不服審判所が、飲食代金の支払いに使用されたカードが個人名義であることのみをもって、飲食等代金が個人的な飲食等に係る金額であるとまではいえないと明確に判示しているとおり、個人名義カードの使用自体が問題となったわけではない。 にもかかわらず、原処分庁は、なぜ、法人税と消費税について重加算税の賦課決定処分を出してしまったのか。裁決内容を検討したい。 1 顧問税理士による質問応答記録書への署名捺印の慫慂 審判所に対して、請求人の代表者は、平成29年4月6日付の質問応答記録書は内容が全く違う旨、調査担当職員に対し反論したが、当時の顧問税理士からもサインするように言われて署名及び押印したもので、その内容はすべて真実に反しており、実際には、各飲食等代金は、個人的な飲食等に係る金額ではなくすべて交際費である旨を答述している。 税務調査に立ち会っていた顧問税理士が、なぜ、事実と異なる質問応答記録書に署名捺印するように慫慂したのか、裁決書を読む限り定かではないが、少なくとも、質問応答記録書に事実と異なる内容が含まれているのであれば、その部分の訂正を求め、調査担当職員がそれに応じないようであれば、署名捺印を拒否することを指導すべき立場にあったと思料する。 2 代表者個人の申述に依拠して、裏付け調査を怠った原処分庁の調査担当者 税務調査に際して、調査担当職員が質問応答記録書を作成したうえで、その内容について、納税者に確認をさせ、内容に誤りがなければ署名捺印を求めるという手続きは一般的なものであるところ、本事案では、その申述内容にのみ依拠し、裏付けとなる調査を怠ったまま、重加算税の賦課決定処分が行われていたことが判明した。 交際費等に係る税務調査であることから、一般的には、飲食代金を支出した店舗に反面調査に赴いて、申述内容が事実であることの裏付けを確認することまで含めて、原処分庁調査担当者の職務であると理解できるところ、本事案ではそうした調査が尽くされていなかった。 請求人代表者が、質問応答記録書に署名捺印を拒否できなかった理由は、裁決書からは十分に読み取れないが、早く税務調査を終わらせてしまいたいと考えたこと、顧問税理士からも署名捺印するように求められたこと(この顧問税理士の態度も問題なのであるが)などが考えられる。質問応答記録書に署名捺印することが、調査担当職員による課税処分に大きな権限を与えてしまうことを、本事案を踏まえ、改めて確認しておきたい。 3 再調査の請求は機能しているのか 国税不服審判所に対する審査請求に先立ち、請求人は、原処分庁による各賦課決定処分を不服として、平成29年6月19日に再調査の請求をしている。これを受けて、再調査審理庁所属の職員は、クレジットカードの利用明細書に記載された飲食店等を経営している会社の事務所へ平成29年8月24日に臨場し、同社に保管されていた「御勘定明細書」を確認した。その結果、平成27年7月2日から平成28年6月14日までの期間における「御勘定明細書」のうち、請求人名の記載がある「御勘定明細書」が8件あり、その「人数」欄には、すべて複数の人数が記載されていた。 これは、「請求人の代表者が1人で利用している」から、請求人の交際費等ではなく、代表者が個人で利用したものに係る支出の額であるという原処分庁による賦課決定処分の理由の一部とは異なる事実であったにもかかわらず、再調査審理庁は、同年9月28日付で再調査の請求を棄却する再調査決定をした。 再調査の審理の過程で、請求人に対し、「御勘定明細書」に記載された「人数」について、相手先を確認したかどうかなど、再調査の内容までは裁決書から読み取れないが、原処分庁と再調査審理庁が同一であるという現行の再調査の請求において、再調査がどこまで行われているかについて疑問を感じさせる事実認定であることは間違いない。 審判所も、再調査審理庁所属の職員が飲食店等を経営する会社において確認した事実については、そもそも当該店舗の利用が請求人代表者の個人的な飲食等であることを推認させるものではないと裁決の中で述べている。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q47】 「預金の利子の損益通算」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 1 利子にかかる税金 日本国内の銀行に預けられた預金の利子については、利子所得として、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)の源泉分離課税が適用されます。源泉徴収のみで課税関係が完結するため、申告を行うことはできません。 日本国外の銀行に預けられた預金の利子については、利子所得として、総合課税の対象となります。日本において源泉徴収は行われず、原則として申告を行う必要があります。なお、外国において利子に源泉税が課されている場合は、外国税額控除の対象となります。 2 金融所得一体課税の適用の有無 金融所得一体課税が進められたことにより、平成28年1月1日以後、利子所得の範疇に含まれる特定公社債(【Q3】参照)の利子や公募の公社債投資信託の収益分配金については、上場株式等の配当所得等として申告分離課税(20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%))を選択することができるようになりました。さらに、申告分離課税を選択した場合は、一定の上場株式等(特定公社債等を含む)を譲渡することにより生じた譲渡損との損益通算が可能となりました。 預金の利子については、本稿執筆現在、金融所得一体課税の範囲に含まれていないため、上記の申告分離課税の適用はなく、上場株式等の譲渡に係る譲渡損と損益通算を行うことはできません。 3 本件へのあてはめ 上記の通り、預金の利子については、預金が日本国内・国外の銀行に預けられているかを問わず、上場株式等の譲渡損との損益通算を行うことはできません。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第9回】 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 3 法人税法22条の2第1項の検討 以下では、法人税法22条の2第1項について、様々な角度から検討を行ってみたい。規定の内容、位置付け及び趣旨など、種々のものが見えてくるはずである。なお、既述のとおり、更に踏み込んだ考察を要する場合には、「更なる検討」として取り扱うか又は第Ⅳ部において個別論点等として取り上げる。 (1) 法人税法22条の2の格納場所(条文配置)からの検討 ア 視点の抽出 法人税法22条の見出しは「各事業年度の所得の金額の計算」とされていたが、この見出しは、平成30年度税制改正により削除されている(本連載第4回参照)。 「各事業年度の所得の金額の計算」という見出しを削除した理由について、酒井克彦教授は、かかる条文見出しと同じ機能を法人税法22条の2に持たせようとしたことにあると推察される(酒井克彦『プログレッシブ税務会計論Ⅲ-公正処理基準-』240頁(中央経済社2019)参照)。 かような推察から示唆を受けつつ、改正法が法人税法22条の2を格納した場所に着目してみたい。法人税法22条の2は、次のとおり、法人税法第二編第一章第一節のうち、従来から益金の額に係る別段の定めの格納場所として認識されている「第三款 益金の額の計算」に格納された(視点①)。しかも、「第三款 益金の額の計算」に「第一目 収益の額」を創設し、そこに格納された(視点②)。逆にいえば、法人税法22条の収められている「第二款 各事業年度の所得の金額の計算の通則」に格納されなかった(視点③)。 イ 視点③を出発点とした考察 《規定としての重要性》 法人税法22条の2が22条の格納場所である「第二款 各事業年度の所得の金額の計算の通則」に格納されなかったこと(視点③)を重視するならば、各事業年度の所得の金額の計算の通則としては、依然として、22条こそが最重要規定であるということになる。 なるほど、法人税法22条は、「各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額」であることを明らかにする定めに加えて、益金(収益)の額のみならず、損金(原価・費用・損失)の額や資本等取引に関する定めをも包蔵しており、まさに「各事業年度の所得の金額の計算の通則」であるといえる。この点は、法人税法22条の2とは大きく異なる。 法人税法22条の2と同じように収益の額について定める22条2項を取り出してみても、情勢は変わらない。後に検討するように、法人税法22条2項は、22条の2と異なり、(有償又は無償による資産の譲渡等の取引に係るものなど)収益の発生原因、あるいはいかなるものを益金の額に含めるべきであるかということや益金の額に算入すべき金額に収益の額が含まれることを規律している。しかも、益金の額に算入されるのは、「無償による資産の譲受けその他の取引」や「資本等取引以外のもの」に係る収益の額であることを定めている。 よって、法人税法22条は、「各事業年度の所得の金額の計算の通則」としての称号を与えられるにふさわしい。他方、法人税法22条の2は、22条の見出しが掲げていた「各事業年度の所得の金額の計算」に関する定めというよりも、「益金の額」ないし「収益の額」の計算に関する定めにすぎない(視点①や視点②と関わる)。 もっとも、法人税法22条との関係性を度外視して、22条の2の規定を単体として見て、かような評価を与えることの妥当性については検討の余地があろうか。少なくとも、法人税法22条の2を22条の格納場所である「第二款 各事業年度の所得の金額の計算の通則」に格納していれば、同条とともに、「各事業年度の所得の金額の計算の通則」を構成する規定として評価する余地が出てくる。 例えば、次のような改正を行うことも考えられよう。 しかしながら、かような例を出すと、改正法が、法人税法22条の2について、22条の収められている「第二款 各事業年度の所得の金額の計算の通則」に格納しなかったことがより強調される。 いずれにしても、法人税法22条の2について特筆すべきことは、後に検討するように、収益の計上時期や計上額について、22条2項よりも明確かつ具体的な規律を用意していることである。 このように考えてみると、「各事業年度の所得の金額の計算の通則」としては、法人税法22条の2創設後においても依然として、22条が最重要規定であるが、資産の販売等に係る収益の計上時期と計上額に関する通則(的規定)としては、22条の2が最重要規定であるという見方が成り立つ。 《「第二款 各事業年度の所得の金額の計算の通則」に格納されなかったこと(視点③)の理由》 上記の議論は、法人税法22条の2について、22条の収められている「第二款 各事業年度の所得の金額の計算の通則」に格納されなかったこと(視点③)の理由に関する議論とも関わる。 その理由の候補としては、例えば、上述のとおり、「各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額」であることを明らかにする定めに加えて、益金(収益)の額のみならず、損金(原価・費用・損失)の額や資本等取引に関する定めをも包蔵する法人税法22条と比較すると、22条の2は、22条の見出しが掲げていたような「各事業年度の所得の金額の計算」に関する定めというよりも「益金の額」ないし「収益の額」の計算にすぎないことを挙げることができる。しかも、法人税法22条の2は、22条2項と異なり、「無償による資産の譲受けその他の取引」を規律対象から外しているため、22条の2単体では「各事業年度の所得の金額の計算の『通則』」とはいい難い。このことも候補に挙げることができようか。単に法人税法22条の規定を大幅に手直しすることは回避したいという考慮が働いた可能性もある。 さらに、上述のとおり、法人税法22条の2を22条の格納場所である「第二款 各事業年度の所得の金額の計算の通則」に格納した場合、22条の2は、同条とともに、「各事業年度の所得の金額の計算の通則」を構成する余地があるにもかかわらず、改正法は、そうしなかった。このことを考慮すると、法人税法22条の2をもって、22条の一部であるかのように捉えられることを避けた、あるいは、法人税法22条の2を22条2項の「別段の定め」として性格付けることとしたという理由も候補として挙げるべきであろう。 いずれにしても、法人税法22条の2が22条の格納場所である「第二款 各事業年度の所得の金額の計算の通則」に格納されなかったこと(視点③)は、22条の2の解釈を進める際の手掛かりの1つであるといえよう。 ウ 視点①を出発点とした考察 次に、法人税法22条の2が益金の額の計算に係る別段の定めの格納場所として理解されてきた「第三款 益金の額の計算」に格納されたこと(視点①)を出発点として考察を進めてみよう。すると、かかる視点①をもって、法人税法22条の2が22条2項の「別段の定め」に該当することの証左であるという見方に逢着しうる。 かような見方に対しては、法人税法22条の2は、22条2項の規定を明確化ないし具体化した補足的な規定であることを前提として、かつ、そのことを強調することによって、法人税法22条の2は22条2項の「別段の定め」ではないという反論もできそうである。 例えば、金子宏教授の名著『租税法〔第23版〕』(弘文堂2019)における次の点に着目し、反論を行う手掛かりを見いだすことができそうである。 また、酒井克彦教授も、法人税法22条の2は22条4項の「別段の定め」であって、22条2項の「別段の定め」ではない(22条2項の「別段の定め」は23条以下である)と整理されている(酒井克彦『プログレッシブ税務会計論Ⅲ-公正処理基準-』286頁以下(中央経済社2019)参照)。 別段の定めに関する議論は第Ⅳ部において別途検討するが、法人税法22条の2の格納場所に着目する議論に限定して、もう少しここで考察を加えておこう。 上記のような反論が成り立ちうることは理解できるとしても、これまで論じてきたとおり、法人税法22条の2は、22条2項の規定を明確化ないし具体化した補足的な規定であり、同項の「別段の定め」ではないとすれば、なぜ法人税法22条の2を「第二款 各事業年度の所得の金額の計算の通則」に格納しなかったのかという疑問も惹起される(視点③)。所得の金額の計算の通則規定の一部として、法人税法22条の2を「第二款 各事業年度の所得の金額の計算の通則」に配置したはずではないかという疑問である。 いわば、改正法が、法人税法22条の2について、22条の収められている「第二款 各事業年度の所得の金額の計算の通則」に格納しなかったこと(視点③)をもって、上記反論に対して再反論するとともに、法人税法22条の2が22条2項の「別段の定め」に該当することの証左であるという(視点①に依拠して導き出した)上記見方を補強するのである。 上記イの考察を踏まえれば、ここから両陣営の攻防が繰り返されることになるが、法人税法22条の2の格納場所(条文配置)に係る議論は、22条の2に関する「別段の定め」論議を考察する際の1つのアプローチにすぎないことに注意が必要である。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第50回】 「日本ガイダント事件」 ~最決平成20年6月5日、東京高判平成19年6月28日(税務訴訟資料257号順号10741)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 -財務・税務編- 公認会計士 石田 晃一 ←(前回) | (次回)→ 第4節 正常収益力の把握 【第31回】 「正常収益力分析」 ▷正常収益力を把握することの意味 「正常収益力」とは、買収対象となる企業又は事業の定常状態における継続的な収益力を指す。 具体的には、過年度の業績に混在している非経常的な項目や一過性の取引、経済合理性のない取引や新規事業/撤退予定の事業から生じる項目等を峻別して除外することで、買収後の企業/事業が買い手企業のもとで稼ぎ出すであろう収益力を把握することが分析の主眼となる。 正常収益力の把握は、買収対象となる企業が本来的に有する「実力値」、すなわち定常状態における継続的な収益基盤を基礎として生み出される収益性の程度を分析することであり、当該分析を通じて、対象企業の買収後に買い手が享受し得るであろう収益の果実を把握するとともに、買収対象企業の対価の算定基礎となるべき収益性の見極めを行う重要な要素となる。 当該分析の結果、得られた正常収益力は、マルチプル法/DCF法(※)に基づく事業価値分析の基礎データとなる。 (※) 「DCF法」については、本連載の【第3回】を参照。 ▷正常収益力の測定 正常収益力は何をもって測定すべきであろうか。 測定指標としては、簡易キャッシュフローとして正常化調整後のEBITDA(利払税金償却前利益/償却前営業利益)を算出することが多い。 DCF法による事業価値評価を行うに際しては、正常収益力としては正常化調整後のFCF(フリーキャッシュフロー)として算出されることが望ましいが、この場合、正常運転資本や恒常的な設備投資水準に関する分析が別途必要となること等から、簡便的なキャッシュフローとしてEBITDAをベースとした正常化が行われることが一般的である。 ただし、当然のことながら、正常運転資本や設備投資実績等に関する分析も別途実施する必要がある。正常運転資本に関する解説は、本連載の【第4回】を参照されたい。 ▷正常化調整の対象とされる項目 正常収益力の算出に必要な調整項目としては、以下のような項目が挙げられる。 ◎非経常的な取引や一過性の取引(イベント特需等) 分析対象とされる期間内に、単発的な大口取引が発生していたり、特殊な取引が含まれている場合には、こうした取引を除外して平準化する必要がある。ただし、表面上「単発的な取引」であったとしても、当該取引の発生が今後も期待し得る場合には、これを調整項目として除外しないことも検討すべきであろう。 同様に、イベント特需のような取引が混在している場合、これが一過性のものであれば調整対象として除外すべきものとなるが、「イベント」が経済周期等に応じて数年おきに発生する場合等は、これも調整項目として除外すべきものとはいえない。 【実務事例31-1】 大規模石油化学プラントの構造部材を販売しているK電機では、得意先のプラントで数年おきに「定期修繕」が発生し、該当する年度の業績が上振れする傾向があった。ただし、国内需要の減退等を受け、得意先でも「定期修繕」の年度に発注する部材の総額は徐々に減少傾向にあったことから、合理的に情報入手が可能な期間を遡って「定期修繕」需要を把握し、減少トレンドを分析した。 ◎会計処理の相違に基づく変動 例えば、不良在庫の処分損を特別損失として計上していたり、年度によってはこれを(原価性ありとして)売上原価の内訳項目として計上している等、会計処理の相違が業績に影響を与えている場合、これらは平準化して把握されるべきである。 同様に会計処理方法の変更により表面上の業績に変動が生じているような場合には、当該変更内容についても比較可能な状態に補正すべきである。 【実務事例31-2】 買収対象企業M社は短期間のうちにM&Aで企業グループを急速に拡大しており、連結ベースの損益は急成長していた。当該成長力が実力値であるか否かを見極めるため、連結対象となっている企業の過年度損益を連結対象となる以前からみなし連結したところ、収益性はむしろ鈍化しつつあることが判明した。 ◎為替や相場価格の変動要因 為替相場や原油価格、鉄鋼製品などの原材料相場が業績に影響を与えている場合には、これらも調整対象とすべき余地がある。ただし、こうした要因は通常、買い手企業にとっても全く同条件の外部環境要因であることから、業績変動要因ではあるものの、正常化調整の対象とはならない場合も多い。 調整項目とされるのは、例えば、買い手が外貨建てで輸入取引を行っているのに対して、買収対象企業は円建てで輸入を行っていたり、買収対象企業が先物予約取引等を行っていたり、相場の乱高下時に直物取引のみしか行っていないような場合等、相場変動リスクの負担の仕方に相違がある場合等が挙げられよう。 ◎アームレングス・ルール 前回解説した「アームレングス・ルール」に該当しない取引も正常化調整の対象となる余地がある。買収対象企業が取引先と特殊な取引条件で締結している契約がM&A実行後は解消され継続しない場合には、当該取引は独立第三者間における一般取引条件に補正する必要がある。 EBITDAには影響を与えないものの、例えば売掛金の回収期間が異常に長い等の場合にはFCFへの影響を踏まえればこれも調整項目の一種となり得るだろう。 ◎スタンドアローン・イシュー 同様に前回解説した「スタンドアローン・イシュー」についても正常化調整の対象項目とされる場合が多い。例えば、M&Aによってそれまで所属していた企業グループから離脱することで、それまで低廉な対価で利用可能であったネットワーク環境やソフトウェア環境がそのままでは利用できなくなるような場合には、買収者側でこれに代わる環境を用意する必要があるため、追加で発生するであろう費用負担については調整項目とされることになる。 ▷正常化分析が必要となる期間 一概には言えないが、単年度の分析のみでは何が「定常的」か判断がつかないはずであるから、定常的な状態が少なくとも数期間、継続している必要がある。 一般論でいえば、3年~5年程度の分析は必要といえるだろう。 ▷正常収益力分析に必要なこと 買収対象企業/事業が実際に稼ぎ出したキャッシュフローが、どのようなビジネスモデルに基づくものであるかについての分析手法は前々回解説したが、正常収益力の分析はこうした買収対象企業のビジネスモデルの理解が不可欠である。こうした「収益の源泉」が生み出す価値の本質を理解することが、当該企業又は事業が本来的に有する収益力の理解に密接に関わってくるためであり、いわば「本質的な収益力」の理解なくして「正常収益力」の把握は行い得ないといえよう。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第151回】 金融商品会計⑰ 「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む 複合金融商品(新株予約権)の会計処理」 仰星監査法人 公認会計士 小林 清人 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) ① 発行時 ◆X2年4月1日 (※1) 新株予約権@10,000円×発行数1,000個 ② 権利行使時 ◆X2年7月31日 (※2) 権利行使価額@10,000円×600個×5株 (※3) 新株予約権@10,000円×600個 ③ 失効時 ◆X3年3月31日 (※4) 新株予約権@10,000円×400個 〈会計処理の解説〉 現金のみを対価として受け取る新株予約権を発行する場合は、「適用指針第17号」に従って会計処理を行います。 発行時、新株予約権の払込金額は、「新株予約権」として純資産の部に表示します(上記「①発行時」参照)。 新株予約権は、将来権利行使された場合に、払込資本となる可能性がある一方、権利が失効した場合には払込資本とならない可能性もあります。また、返済義務がある負債でもないため、純資産の部に表示します(企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」22項参照)。 新株予約権が行使され、新株を発行する場合の会計処理は、当該新株予約権の発行に伴う払込金額と新株予約権の行使に伴う払込金額を、資本金又は資本金及び資本準備金に振り替えます(上記「②権利行使時」参照)。なお、今回のケースでは、すべて資本金としています。 新株予約権が行使されずに権利行使期間が満了し、当該新株予約権が失効したときは、当該失効に対応する額を失効が確定した会計期間の利益(原則として特別利益)として処理します(上記「③失効時」参照)。 〈留意点〉 会計上、純資産の部に計上する新株予約権に関する取引には様々なものがありますが、今回取り上げたものは、「現金のみを対価として受け取る新株予約権を付与する」場合の取引です。 従前、権利確定条件付き有償新株予約権(いわゆる「有償ストック・オプション」)は、発行時に従業員等から現金の払込みがあることから、「適用指針第17号」に従って処理する実務が見られましたが、今般、実務対応報告第36号の公表により、権利確定条件付き有償新株予約権は従業員等への報酬として付与される性質があることから、ストック・オプションに準じた会計処理を行うことになります。 なお、具体的な有償ストック・オプションの会計処理は、本連載の「【第149回】 ESOP③「従業員等に対する権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引の会計処理」」をご参照ください。 (了)
税務争訟に必要な 法曹マインドと裁判の常識 【第9回】 「裁判手続の類型からみた税務訴訟の位置付け」 弁護士 下尾 裕 【第3回】~【第8回】までは、税務訴訟における裁判所の価値判断や傾向について説明してきたが、今回は、税務訴訟の特徴等をより深く理解していただく意味で、読者の皆様がしばしば目にする他の裁判手続等の概要について解説した上、改めて税務訴訟の位置付け等について検討する。 1 裁判所の関与する手続の種類 裁判手続のうち、代表的なものとしては、民事事件、家事事件、行政事件及び刑事事件があり、これら事件分類の差異を大まかに整理すると、以下のとおりとなる。 (※1) 死者を相手方とする親族関係の確認訴訟等、親族関係の訴訟の一部では検察官が関与する場合がある。 (※2) 裁判手続外で事実上和解するケースがある。 2 民事事件の特徴 民事事件は、やや乱暴に整理すると、当事者(原則として、私人)間での財産権等に関連する権利義務に関する紛争を取り扱うものである。 「裁判手続における当事者の主張立証の在り方」という観点で各事件類型相互を比較した場合、最も特徴的であるのは民事事件である。 すなわち、民事事件においては、民法の大原則の1つである私的自治(一定の例外を除き、権利義務関係を当事者の意思により決めることができるという考え方)を前提に、何を裁判所に判断してもらうか、何を主張し、どのような証拠を出すかがすべて当事者に委ねられている。 それゆえ、裁判所は、当事者が民事訴訟に提出した主張立証の範囲でのみ判断を行うことになり、自らに有利な法律上の効果を主張しようとする者は、自ら主張立証を尽くす必要が生じる。 このあたりの特徴を理解するため、以下のような設例を検討してみたい。 この設例では、結論から言えば、①裁判所は、売買代金の請求を認めることはできない(貸金請求を認める必要がある)、②Yが自ら、Xがお金を貸したことを裏付ける自らに不利な証拠を出さない限り、Xの請求は認められないということになる。 一般に、裁判所は、真実を判断する役割があるかのような印象がある読者も多いと思われるが、特に民事訴訟では、仮に客観的な真実に反していても、請求の直接の根拠となる事実について当事者が争っていなければ、そのまま判決の基礎としなければならず、必ずしも真実を追い求めるわけではないことにご留意いただきたい。 3 家事事件の特徴 家事事件についても、基本的には民事事件と同様に、当事者間(私人)の紛争を解決する手続であるが、親族・相続関係に関する紛争を対象とする(それゆえ、法人は原則として当事者にはならない)点において差異がある。 親族・相続関係については、財産権の紛争とは異なり、例えば、扶養義務の存否等に繋がる親子関係の判断等、公益的な判断が含まれる場合があったり、また、成年後見制度適用の場面等、裁判所に後見的な役割が期待される場面もある。 これを踏まえ、家事事件においては、裁判所が当事者の主張立証の範囲等に必ずしも拘束されるわけではなく、また、時には自ら必要な証拠を調査する(職権で証拠調べをする)ことも可能とされている。 ただ、現実問題としては、当事者は自らに有利な事実関係を積極的に明らかにしなければ裁判所には理解してもらえないことから、事実上、その主張立証を行う必要が生じることになる。 4 行政事件・刑事事件の特徴 行政事件・刑事事件は、当事者間の紛争を解決する手段である民事事件・家事事件とは異なり、国が行政処分又は刑罰等により国民の権利・利益を制限することの可否を判断するための裁判手続である。 こうした構造上、行政処分又は刑事処分を基礎づける事実関係等の立証責任は、原則として国民の権利・利益を制限する行政庁側が負担することになる。 その中でも特に刑事事件については、国民の受ける不利益が非常に大きいことから、検察官には事実関係の存否について高度な立証が要求される上に、提出できる証拠に関するルールも非常に厳格である。主なところでは、刑事事件においては、当事者の言い分を書面にまとめた書類や供述録取書のようなものは「伝聞証拠」(≒又聞きの証拠)と呼ばれ、相手方当事者が同意するか又は刑事訴訟法に定める一定のルールに適合する場合のみ証拠として採用されるルールとなっている。 一方、行政訴訟においては、主張立証については刑事事件ほど厳格なルールはなく、裁判所が職権で証拠調べを行うことができるほかは、基本的には民事訴訟と同じルールで審理が進められる。 5 行政事件としての税務訴訟 では、税務訴訟は上記4類型のうち、どの類型に分類されるのであろうか。 既に読者の皆様もお分かりかと思うが、結論から言えば、税務訴訟は、民事事件に分類される国家賠償請求訴訟等を除き、行政事件に分類される。既に【第3回】で述べたとおり、課税処分取消訴訟を例にとれば、裁判所の審判対象は「課税処分の違法性一般」であり、租税法を判断の前提として、行政事件訴訟法の特別法である国税通則法の定める手続に則って審理がなされることになる。 税務訴訟が行政訴訟であることを踏まえた特徴については、【第6回】において「裁判所の判断過程の特徴」として整理した箇所と一部重なるが、整理すると以下のとおりである。 (1) 主張立証責任が主に課税庁側にある【特徴①】 この点は、既に上記「4」の項で述べたとおり、課税処分は国民に不利益を科す処分であることから、課税処分の根拠となる事実関係については、基本的に課税庁側に主張立証責任があると考えられている。 ただ、現実問題として、納税者が課税処分を争う場面では、課税庁が納税者とは異なる事実関係を前提に課税を行う場合が多く、この場合、納税者側は自らの認識する事実関係を積極的に主張していく必要に迫られる場面がほとんどである。 その意味では、ここで課税庁側に課される主張立証責任は、課税庁側が十分な主張立証を出来なければ、納税者に有利に判断されるという意味であって、納税者が積極的に事実関係の説明等をしなくてよいという意味ではないことに留意されたい。 (2) 裁判所は当事者の主張及び提出証拠に必ずしも拘束されない【特徴②】 税務訴訟を含む行政訴訟では、裁判所は、原則として当事者の主張立証の範囲で判断を行うが、民事訴訟と異なり、自らの判断で証拠調べを行うことは認められている。 具体的には、裁判所は、税務訴訟においては当事者の主張した事実を前提に判断を行い、請求の直接の根拠となる事実(課税要件を基礎づける事実)について当事者に争いがない場合には、そのまま判断の基礎とする必要がある。 一方、証拠については、必ずしも当事者の提出したものだけで判断する必要はなく、裁判所の判断で証拠を取り調べることも可能とされている。ただ、裁判所は、自ら判決に資する証拠の存否を調査することは困難であることもあり、現実の税務訴訟の現場では当事者に証拠の提出を促す程度の対応に留まっている。 以上を踏まえると、税務訴訟においては、裁判所が独自に証拠の調査等を行うことは期待できないということを念頭に置いて、納税者側において自らに有利な事実又は証拠を積極的に主張立証していく必要がある。 (3) 原則として和解ができない【特徴③】 国税通則法(さらには同法が準用する行政事件手続法)には、民事訴訟法等とは異なり裁判上の和解の制度が設けられておらず、基本的には判決によって結論を下す建付けとなっている。 ただし、実際には、課税庁側が、裁判所からの勧告等を踏まえ、裁判外で課税処分の全部又は一部を取り消すことにより、裁判外で和解したのと同様の処理を行ったケースが存在する模様であり、判決以外での解決が一切存在しないわけではない。 * * * 次回以降は、これまでの総決算として、読者の皆様が税務訴訟を見据えるための留意点として、いつどのような場面で“法曹マインド”を活用していくかということについて、整理していきたい。 (了)