相続税の実務問答 【第92回】 「相続時精算課税における特別控除の選択適用」 税理士 梶野 研二 [答] 令和5年分の贈与税について、相続時精算課税の特別控除額2,500万円のうち、500万円を適用することにより贈与税額は発生しません。しかしながら、贈与税の申告書にこの特別控除の適用をする旨の記載をしなければ、特別控除を適用することはできません。 仮に令和5年分の贈与税について、相続時精算課税の特別控除額を適用しなかった場合には、この適用しなかった特別控除額は、将来、お父様から株式の贈与を受けた際の贈与税の申告に適用することができます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続時精算課税 個人が個人から贈与により財産を取得した場合には、相続税法の規定に従い贈与税の申告をする必要があります。贈与税の課税方法について、相続税法では、いわゆる暦年課税と相続時精算課税の2つの課税方法を定めています。 このうち相続時精算課税は、贈与時に、一定の贈与者(特定贈与者)からの贈与により取得した財産に対する贈与税を納め、その後、その贈与者が亡くなったときに、相続時精算課税を適用した贈与財産の価額と、相続又は遺贈により取得した財産の価額の合計額を基に計算した相続税額から、既に納めた贈与税に相当する金額を控除することにより、贈与税と相続税を通じた一体的な課税を実現することができる課税方法です。 なお、相続時精算課税を適用することを選択した者(相続時精算課税適用者)が、その後、同じ者から受けた贈与については、相続時精算課税が適用されることとなります。 相続時精算課税適用者が特定贈与者から贈与を受けた場合の贈与税の計算は、次のとおりとなります。すなわち、その年中の特定贈与者ごとの贈与を受けた財産の価額の合計額(課税価格)から、贈与税の基礎控除額を控除し(相法21の11の2))(※1)、その残額から2,500万円を上限として相続時精算課税に係る特別控除額として控除します(相法21の12)。こうして求めた金額に税率20%を乗じて贈与税額を算出します(相法21の13)。 (※1) 相続時精算課税における基礎控除額は、令和6年1月1日以後の贈与に係る贈与税に適用されます(令和5年所得税法等の一部を改正する法律附則19④)。 なお、前年分までの申告において特別控除額2,500万円の一部を適用している場合には、2,500万円からその金額の合計額を控除した残額が特別控除額の上限となります。また、前年分までの申告において、特別控除額2,500万円の全額を適用した場合には、その後の年分については、適用することのできる特別控除額はありません。 2 相続時精算課税の特別控除 相続時精算課税の特別控除について相続税法第21条の12第1項は、次のように規定しています。 この規定からは、特別控除額の控除は、納税者が適用するかどうかの選択に委ねるのではなく、相続時精算課税の特別控除の適用の要件を満たせば、当然に適用されるものと解することができそうです。 しかしながら、同条第2項では、特別控除の適用は、期限内申告書に第1項の規定により控除を受ける金額、既に同項の規定の適用を受けて控除した金額がある場合の控除した金額その他財務省令で定める事項の記載がある場合に限り、適用すると規定しており、贈与税の期限内申告書に控除を受ける特別控除額等所定の記載をした場合に限って、この控除は認められるとされています(※2)。 (※2) ただし、税務署長は、特別控除の適用について記載がない期限内申告書の提出があった場合において、その記載がなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときは、その記載をした書類の提出があった場合に限り、特別控除の規定を適用することができることとされています(相法21の12③)。 したがって、贈与税の期限内申告書に控除を受ける特別控除額を記載しない場合には、特別控除を適用せずに、特定贈与者から贈与を受けた財産の価額の合計額から基礎控除額を控除した残額に贈与税の税率20%を乗じて、贈与税の額を算出することとなります。 そして、特別控除額を適用しないで相続時精算課税に係る贈与税の申告を行った場合には、その年において使用することができた特別控除額は、翌年以降の特定贈与者からの贈与に係る申告において適用することができることとなります。 なお、特定贈与者に相続が開始した際には、相続時精算課税に係る贈与財産の価額(令和6年以降の贈与にあっては、相続時精算課税の基礎控除額を控除した後の金額)は、相続税の課税価格に含まれることとなり、一方、納付した贈与税の額は算出された相続税額から控除されますので、相続時精算課税に係る特別控除をいずれの年分で適用しても、また、いずれの年分においても特別控除を適用しなかったとしても、贈与税及び相続税を通じた負担額には変わりはありません。 3 ご質問の場合 あなたは、令和5年中にお父様から贈与を受けた500万円に対する贈与税の申告について、相続時精算課税を適用するとのことです。その場合、相続時精算課税の特別控除額2,500万円のうち、500万円を適用することにより、令和5年分の贈与税額は発生しません。しかしながら、贈与税の申告書にこの特別控除の適用をする旨の記載をしなければ、特別控除の適用をすることはできません。そうしますと、あなたは100万円(500万円×20%)の贈与税を納付することになります。 令和5年分で適用しなかった特別控除額は、将来、お父様から株式の贈与を受けた際に適用することができます。 このような特別控除の適用年分の事実上の選択は、そもそも制度が予定したものではないかもしれませんが、相続税法の規定上、可能ですし、贈与税の納税のための資金繰りという観点からは意味がないわけではないでしょう。しかしながら、将来、お父様から株式の贈与を受けることが確実であるとはいえませんし、また、贈与税と相続税を通じた税負担は、どのように特別控除を適用したとしても変わりありませんから、特別控除の適用をあえて先送りにすることについては再考された方がよいかもしれません。 なお、令和5年の税制改正で、相続時精算課税についての基礎控除が設けられましたが、この控除が認められるのは、令和6年1月1日以後に行われた贈与に限られますので、あなたの令和5年分の申告においては、基礎控除を適用することはできません。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第37回】 「日本ガイシ事件 -立地特殊優位性がもたらす利益の取扱いについて- (高判令4.3.10)(その1)」 ~租税特別措置法66条の4第1項、第2項1号ハ、同施行令39条の12第8項1号ハ~ 税理士 井藤 正俊 1 本事件を取り上げる目的 わが国で、産業の空洞化の問題が取り質され、中小企業から大企業に至るまで様々な企業が海外に製造移管を行い久しい。企業の海外進出の目的は様々だが、主たる目的に、トータルコストの低減が挙げられる。日本に比しより廉価な労働賃金やインフラコストなどを提供する国・地域を求め、企業は進出している。移転価格において、ロケーション・セービング(Location Saving。以下、「LS」という)(※1)と表されるメリットを求めての企業行動である。 (※1) LSに係る利益の取扱いが争点の1つとなった事案にホンダ(ブラジル)事件(東京地裁平成26年8月28日判決、東京高裁平成27年5月13日判決)がある。 海外への製造移管が行われるようになって久しい今日、移管から早20-30年という企業も珍しくない。そのような企業にあっては、海外子会社(国外関連者)が製造技術などのノウハウを形成している場合がある。大量の生産を行い、国外関連者に、いわゆる「規模の経済(利益)」にもとづく、多くの利益が発生する構造になっている場合もある。 従来の移転価格の議論においては、超過利益が発生している場合、重要な無形資産が主たる貢献であると捉えられてきた。ところが近年、海外の税務当局からは、超過利益の発生要因としてLSや立地特殊優位性(以下、「LSA」という)(※2)が貢献しており、これらを考慮すべきであるとの主張がなされるようになってきた。 (※2) 「OECD移転価格ガイドライン」においては、「その他現地市場の特徴(Other local market features)」という用語を用いている。一方、「国際連合(UN)移転価格マニュアル」においては、「LSA:Location-Specific Advantages」を用いていることから、本稿においては、LSAを用いている。 当該問題が争点として争われたのが、本稿で扱う日本ガイシ事件(※3)である。本事件は、わが国でLSAが争点になった最初の訴訟案件であり、移転価格算定方法(TPM)として残余利益分割法(RPSM)が適用された。判決では、LSAは、残余利益を構成し、分割要因としては、超過減価償却費なる新たな概念が用いられた。今後、LSAが関係する事案では、参考とすべき重要な事件と考えられる。 (※3) 東京地裁令和2年11月26日判決 ただ、その一方で、当該事件では、残余利益を構成するLSAの発生メカニズムに規模の経済の視点を用いながらも、従来のRPSMのフレームワークで解決をはかっている。この点については、筆者は疑問を抱いている。なぜなら、納税者が、経済学的なアプローチを主張し、裁判所は、そのように考えることが、国外関連取引及び経済実態に即していると判断したからである。 そうであれば、あえてRPSMを用いることなく、直接、国外関連者に配分し得たのではないかと考えられるからである。そして、残余利益の分割要因として超過減価償却費なる、新たな概念を用いる必要もなかったのではないかとも思料するためである。そこで、超過減価償却費を分割要因に用いることの適否と併せて検討するものとしたい。 なお、文献の引用に当たっては、敬称は省略させていただいた。ご宥恕願いたい。また、本稿での下線は、断りがない限り、筆者によるものである。 2 事件の概要等 (1) 事業と国外関連取引の内容 X(原告)は、セラミックス製品の製造を主たる事業とする内国法人である。Xは、ディーゼル車用の微粒子除去フィルター(炭化ケイ素を原料とするセラミックス製ディーゼル・パティキュレート・フィルター(以下、同フィルターを「DPF」という))を取り扱い、炭化ケイ素を原料とするDPF製品を開発した。Xは、X及び関係会社が本件製品の製造に関する特許権やノウハウ等の無形資産を有していた。本件製品は、ヨーロッパ連合(EU)において設けられた自動車排ガス規制の基準を満たす上で有効であることから、自動車メーカーが使用するようになった。 Xは、ポーランドにおいて、間接子会社となる国外関連者Y社を設立し、Yとの間で無形資産の使用に関するライセンス契約を締結した。Yは、当該無形資産を使用して本件製品を製造し、これをドイツ所在のXの間接子会社Aを通じて、ヨーロッパの自動車メーカーに販売していた。以上の取引関係を図示すれば、〈図表1〉のとおりとなる。 〈図表1:取引図〉(※4) (※4) 課税庁は、課税時において、YとAとの間の販売価格については、独立企業間価格であると認定している。 (2) 課税の内容 Xは、ライセンス契約に基づきロイヤリティをYから収受していたが、課税庁は、当該ロイヤリティの額が独立企業間価格に満たないとして、TPMとして租税特別措置法66条の4第2項1号ニ及び同法施行令39条の12第8項1号ハに規定するRPSMを適用し、平成19(2007)年3月期から平成22(2010)年3月期までの合計4事業年度について課税を行った(※5)。 (※5) Xは、2022年3月25日付の「移転価格税制に基づく更正処分等の取消訴訟に係る控訴審判決の確定に関するお知らせ」において、「当社は、2007年3月期から2010年3月期までの事業年度における当社ポーランド子会社との取引について、2012年3月に名古屋国税局より、移転価格税制に基づく本件更正処分等を受け、地方税を含めた追徴税額約62億円を納付いたしました。その後、当社は処分内容を不服として取消しを求め、2014年8月に名古屋国税不服審判所に審査請求を行い、2016年6月に本件更正処分等を一部取り消す旨の裁決書を受領いたしました。しかしながら、その段階では、法人税額・地方税額等約1億円の還付に止まったことから、全額が取り消されるべきと考え、残額の還付を受けるため2016年12月に東京地方裁判所に対し本件更正処分等の取消訴訟を提起いたしました。その後の審理を経て、2020年11月、東京地方裁判所にて、当社の請求を概ね認容し、法人税額・地方税額等合計約58億円について、本件更正処分等を取り消す旨の判決(以下、第一審判決)が言い渡されました。同年12月、国は、上記第一審判決を不服として、東京高等裁判所に対し、控訴を提起しました。これを受けて、当社は、第一審判決中、当社の請求が認容されなかった部分について、附帯控訴を提起いたしました。(中略)東京高等裁判所は、当社の請求を概ね認容した東京地方裁判所の第一審判決を是認し、国の控訴及び当社の附帯控訴をいずれも棄却しました。(中略)今後の見通し控訴審判決が確定した結果、納付済みの法人税額・地方税額等約58億円が還付されます(以下、省略)。」と発表している。 ◎ RPSMの内容 RPSMにおける、合算利益、基本的利益、分割要因、帰属所得の計算は、各々次のとおりである。 (ⅰ) 合算利益の計算 RPSMの適用に当たっては、分割対象利益として、国外関連取引によりX及びYに生じた営業利益(Xについては、Yから支払を受けたロイヤリティの額、Yについては、本件製品を製造販売したことによる営業利益)を合算利益とした。 (ⅱ) 基本的利益の計算 基本的利益の計算に当たっては、Xについては、本件ロイヤリティはその全てが重要な無形資産の貢献によるものであるため、基本的利益は0円とした。他方、Yについては、比較対象法人を、「EU加盟国に所在する自動車部品製造業に分類される企業を抽出した上で、事業内容が不明な企業や稼働していない企業など不適当なものを除外し、重要な無形資産の有無について考慮する。」との考え方に基づき抽出・選定を行い、比較対象法人5社を選定した。また、事業年度ごとに当該5社の売上高営業利益率の平均値を求め、これに本件国外関連者の総売上高を乗じることにより、基本的利益を算定した。 (ⅲ) 分割要因 残余利益の分割に当たっては、X及びYが保有する重要な無形資産の開発のために支出した費用を分割要因として考慮することとし、Xについては、その保有する重要な無形資産(本件製品に関する特許権及び製法等のノウハウ)に係る研究開発費の額をもって、分割要因の基礎となるXの支出額とした。 一方、Yについては、その保有する重要な無形資産(本件製品の量産工程における生産性改善に係る知見やノウハウ)が超過利益の獲得に寄与したものとし、■部門の部門費を分割要因の基礎となるYの支出額とした。 (ⅳ) 帰属所得の計算 以上を前提に、合算利益のうち、XとYそれぞれに帰属する営業利益の額を計算し、当初申告所得金額との差額が独立企業間価格に満たなかった金額として、Xに課税を行った。 (3) 争点 争点としては、下記①及び②の2点であり、①については、さらに2点に細分される。 なお、②については、本稿では取り扱わないものとする(※6)。 (※6) 他の検討事項として、Yの設備投資等の意思決定において、株主たるXが、どの程度意思決定に関与していたのかを、会社法上の経営者責任との関係などの視点から検討・議論することも有意義であると考える。しかしながら、当該検討等は多分に事実関係の問題であるものとも考えられる。一方、本稿は、LS/LSAの問題に特化していることから、ここでは取り扱わないものとする。 (4) 判旨 控訴棄却(確定):納税者勝訴 控訴審では、原判決のうち一部を除き原判決を維持し、控訴を棄却した。控訴審では、本件国外関連取引に係る独立企業間価格の算定において残余利益分割法を適用するに当たり、〔1〕控訴人たる国の主張する基本的利益の算定は相当であるが、〔2〕残余利益の分割については、重要な無形資産の開発に係る被控訴人及び本件国外関連者の各支出額のほかに、本件国外関連取引に係る超過減価償却費を分割要因に加えて配分するのが相当であり、〔3〕これを基に本件国外関連取引に係る独立企業間価格等を計算すると、本件各事業年度のうち平成22年3月期についてのみ国外移転所得が生じることとなるなどとして、平成21年3月期に係る更正処分及び賦課決定処分については被控訴人の主張に理由があるとして、それらの処分の全部を取り消し、平成19年3月期、平成20年3月期及び平成22年3月期に係る各更正処分及び各賦課決定処分については、被控訴人の主張に一部理由があるとして、それらの処分の各一部を取り消した。 なお、以下の検討においては、控訴審の内容に基づき検討を行うものである。 本件において、もっとも重要な点は、残余利益が、はたして重要な無形資産からのみ構成されるのか否かであると考えられる。そして仮に、重要な無形資産以外の寄与による場合、当該寄与による利益相当を、どのように配分するのが適当であるのかの問題といえよう。 そこで、本稿においてはまず、残余利益が重要な無形資産のみから成るのかを、以下において検討する。 3 検討 (1) 検討その1~残余利益は重要な無形資産のみから成るのか 原審において課税庁は、「残余利益分割法は分割対象利益から基本的利益を控除した後の残余利益をもって重要な無形資産の貢献により獲得された利益とみなし、これを重要な無形資産の価値に応じて法人又は国外関連者に配分するものであるから、残余利益の分割において重要な無形資産以外の利益発生要因を考慮することはそもそも想定されていない旨主張」している。また、控訴審の補充主張として、「残余利益分割法は、法人又は国外関連者が重要な無形資産を有する場合において、第1段階として、・・・・・・基本的利益・・・・・・を当該法人及び国外関連者それぞれに配分し、第2段階として、基本的利益を配分した後の・・・・・・残余利益・・・・・・を当該法人又は国外関連者が有する当該重要な無形資産の価値に応じて合理的に配分する方法により独立企業間価格を算定する方法である。残余利益分割法がこのような2段階の算定を経るのは、重要な無形資産については、その独自性・個別性により、市場において取引相場が存在せず、重要な無形資産の貢献により獲得される利益を直接把握することが困難であることなどによるものである。」と述べている。いずれの理由も、残余利益分割法の意義や計算方法を述べているのみであって、直接、残余利益に他の要因による利益を含むか否かを示し得てはいない。 一方、納税者Xは、控訴審の補充主張の中で、移転価格ガイドライン(以下、「ガイドライン」という)を引き、「残余利益分析・・・・・・においては、まず、第1段階において、各参加企業に対し、それが関わった関連者間取引に関係するユニークではない貢献に対する独立企業間報酬が配分され、一般的に、各参加企業が寄与する、ユニークな価値のある貢献(unique and valuable contribution)によって創出される利益については考慮しないとされ、第2段階において、第1段階の分割後の残余利益(又は損失)を事実及び状況に係る分析に基づき各参加企業間で配分するとされている(2010年版ガイドライン・バラグラフ2.121・・・・・・2017年版ガイドライン・パラグラフ2.127・・・・・・)。これらの規定等は、いずれも、「重要な無形資産」であるか否かを問わず、分割対象利益の発生に寄与した程度を推測するに足りる要因と認められる限り、これを分割要因とするものであると解される。これは、超過利益は必ずしも重要な無形資産のみによってもたらされるとは限らず・・・・・・また、重要な無形資産だけではなく、これと共に他の複数の利益発生要因が重なり合い、相互に影響しながら一体となって残余利益(超過利益)が得られることがあるという経済及び取引の実態を踏まえ、分割対象利益の発生に寄与した程度を推測するに足りる要因と認められる限り、これを分割要因とすることによって、内国法人と国外関連者との間で分割対象利益を適切に分割して独立企業間価格を認定するというものであり、同様の状況下にある独立企業間であれば合意により期待又は反映されるであろう利益の配分に近似させるものであって、合理的な定めであると認められる。」などと主張した。 これに対して裁判所は、「我が国の法令においてはもちろんのこと、OECDガイドラインをみても、残余利益の分割要因について、基本的には『重要な無形資産』のみをもって考慮されることが想定されているとか、『重要な無形資産』に匹敵する程度の価値(重要性)を備えたものでなければ分割要因として考慮しないなどといったことをうかがわせる条項ないし記載はない。むしろ、OECDガイドラインでは、分割要因は『実務上、資産や資本(営業資産、固定資産、無形資産、使用資本)又は原価(研究開発、エンジニアリング、マーケティングなどの重要分野における相対的支出又は投資)に基づく配分キーが多く用いられる』(2010年版ガイドライン・パラグラフ2.135)。無形資産の使用又は移転を伴う取引に関する独立企業間条件を決定するための特別の指針を示すものとして、『主な検討事項は、取引によって一方の関連者から他方の関連者へ経済的な価値が移転するかどうか、その便益は有形資産、無形資産、役務若しくはその他の項目又は活動に由来するものかどうかである。・・・・・・』(2017年版ガイドライン・パラグラフ6.2)と指摘されているところであり、残余利益の分割要因が無形資産に限定されるとか、基本的に無形資産であるとかという考え方を採用してはいないものと解することができる(なお、この部分の記載内容が本件国外関連取引の時点における独立企業間価格の算定の考え方を改めたものと解することはできない。)。」などと判示した。 判決において、わが国の法令ばかりか、OECDガイドラインを考慮しても、残余利益に重要な無形資産のみに限定されないとされたことは、課税庁にとり、かなりの衝撃を持って受け止められたのではないかと思料するところである。 ただ、この点について、大野雅人明治大学教授が、「このような問題が生じるであろうことは、本事件以前から、研究者や実務から指摘されていた」(※7、8)のであり、「むしろ国側が何故(あるいは何を根拠として)残余利益の分割要素は重要な無形資産に限定されると主張したのかという点が疑問として生じる。」(※9)と指摘しているが、筆者も同感である。 (※7) 大野雅人「移転価格税制における残余利益の分割要素は重要な無形資産に限定されないとされた事例」税務事例Vol.54 No.9(2022年)63頁の脚注11において、志賀櫻『詳解 国際租税法の理論と実務』民事法研究会(2011年)314頁、中里実「移転価格課税における無形資産の扱い」『移転価格税制の研究』日税研論集64号(2013年)56頁、60~61頁を紹介している。 (※8) 吉村政穂「移転価格税制における比較可能性分析と課税上の優遇措置」税務弘報62巻13号(2014年)65頁。吉村教授は、ホンダ(ブラジル)事件(東京地裁平成26年8月28日判決)をもとに、「比較可能性分析におけるロケーション・セービング(及びその他の市場の特性)の取扱いに関して予想されていた問題が表面化したものであり、今後議論が深められていくと思われる。」と述べている。 (※9) 前掲(※7)60頁 そして、原審及びこれを受けた控訴審での課税庁の主張自体が、本稿で扱うLS/LSAに対する課税庁の考え方、あるいはその姿勢の一端を示すものであり、わが国において、LS/LSAの議論がさほど進展しなかった風土的な側面と捉えられる事由なのかも知れない。 つまり、課税庁は、LS/LSAを含む、重要な無形資産以外の事項に起因する利益を、比較可能性の問題であり、基本的利益で扱うものと整理していたのではないのだろうか。 (2) 検討その2~基本的利益の捉え方 本件においては、重要な無形資産以外の超過利益を、基本的利益あるいは残余利益のいずれかで扱うのかが争点となった(上記2(3)①(イ))。判決においては、残余利益で扱うことになったわけである。ただ、課税庁の基本的な計算を是とし、その一方で、重要な無形資産以外の超過利益を、残余利益で扱うものとしたことにより、そもそも基本的利益をどのように捉えるべきかの問題を惹起したものと思われる。 この点について、納税者Xは、控訴審の補充主張として、本件の先例となる移転価格訴訟事件である、ワールド・ファミリー事件とホンダ事件とは異なる基準により、基本的利益の選定を行っていると指摘した。 この点、控訴審判決では、ワールド・ファミリー事件との相違について、「一般に、使用する無形資産の差によって生じる売上総利益率の差を把握することは難しいと解されるところ、原告の取引と比較対象取引に使用されるキャラクター (無形資産)については、その知名度や顧客に対する訴求力に極めて大きな差異があり、このような大きな差異は、販売価格、売上高、広告宣伝費、販売費用、売手との交渉力、ロイヤリティ等にも大きな影響を与えるものと解されるから、それによって生ずる売上総利益率の差を適切に把握し、これを調整することはより困難であると考えられるから、原告の取引と本件比較対象取引とは比較対象性を有しないなどと判示したものであって、本件と事案を異にするものであることは明らかである。」と説示した。 一方、ホンダ事件については、「処分行政庁が、マナウスフリーゾーンで事業活動を行うことによる税制上の利益であるマナウス税恩典利益を享受している上記国外関連者の比較対象法人として、マナウスフリーゾーン外で事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受していないブラジル法人を選定し、かつ、マナウス税恩典利益の享受の有無について何らの差異調整も行わなかったことは、検証対象法人との市場の類似性を欠き比較可能性を有しない法人を比較対象法人として選定して検証対象法人の基本的利益を算定したという点にある。」などと説示している。そのうえで、「本件においては、・・・・・・、重要な無形資産とそれ以外の要因とが共に複数の利益発生要因として重なり合い、相互に影響しながら一体となって超過利益(残余利益)が発生したと認められるのであり、そのような事情は、利益発生要因の内容を含めて本件比較対象法人には当てはまらないのであって、これらの利益発生要因を基本的利益の算定において考慮することはできないのであるから、ホンダ事件についても、やはり事案を異にするものというべきである。」と述べている。 つまり、ワールド・ファミリー事件は、比較可能性を維持するための差異調整が不可の事案であり、ホンダ事件は、差異調整が行われていなかったことが問題であったと解される。 一方、本件は、複数の利益発生要因が重なり合い、相互に影響しながら一体となって超過利益を発生させていることから、基本的利益の算定上、考慮できないという、一見後ろ向きな理由によるものと見ることができる。しかし、LS/LSAは、後述するレント(超過利益)と考えられ、その帰属が基本的利益の中で認識されるか、あるいは、残余利益の一部として認識されるかは、その発生の原因、あるいはその属性により考えるべきもの(※10)であるが、本件にあっては裁判所は、残余利益の一部として認識したことになる。 (※10) 前掲(※7)で引用された中里(2013年)において、「問題となるのは、レント(超過利益)の大きな部分が、納税者の保有する生産技術によりもたらされている(そうであるならば、残余利益が問題となる)が、外国政府の課税恩典によってもたらされている(そうであるならば、市場の構造ということで基本的利益の問題となる)かという点である」と問題提起し、一定の区分の仕方を示している。 ((その2)へ続く)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第151回】 株式会社タムロン 「特別調査委員会調査報告書(開示版)(2023年11月1日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社タムロン特別調査委員会の概要】 【株式会社タムロンの概要】 株式会社タムロン(以下「タムロン」と略称する)は、1950年11月創業、1952年10月設立。設立時の社名は泰成光学工業株式会社。1970年4月、現商号に変更。9社の連結海外子会社を有している。連結売上63,445百万円、経常利益11,496百万円、資本金6,923百万円。従業員数4,448名(2022年12月期連結実績)。本店所在地は埼玉県さいたま市。東京証券取引所プライム市場上場。会計監査人は、監査法人和宏事務所。 【特別調査委員会による調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 2023年7月9日、タムロンが運営する内部通報制度における外部窓口宛てに、タムロンの前代表取締役社長である鯵坂司郎氏(以下「鯵坂氏」という)が、出張に「S氏」という通称を有する第三者女性(以下「S氏」という)を同伴させ、タムロンの経費を私的に流用した旨の内部通報があったことを契機として、タムロン監査役及び社外取締役において当該事実に関する調査(先行調査)を行った結果、鯵坂氏が少なくとも過去5年間、月に複数回にわたりS氏が関与する特定の飲食店において飲食し、当該費用をタムロンに負担させていた事実が発覚した。また、本件事案に関する支出管理を行っていた元常務取締役である大塚博司氏(以下「大塚氏」という)については、その不作為を含む関与が疑われた。 タムロンはこのような事態が生じたことを極めて深刻に受け止め、2023年8月22日開催の取締役会において、タムロンから独立した中立かつ公正な外部専門家及びタムロン独立社外取締役で構成される特別調査委員会を設置し、本件事案に関する徹底した事実調査を実施することを決議した。 2 特別調査委員会による調査結果の概要 (1) 出張同伴(本件事案①) 特別調査委員会は、鯵坂氏が合計6回の海外出張にS氏を同伴又は出張先で合流した行為について、タムロンとは無関係の部外者であるS氏のために、リムジンを手配し、S氏を同宿させる等したこと、また、出張先でのS氏との飲食や、出張先でS氏と会うための前泊、延泊に業務関連性がないことも明らかであることから、これらの行為は、「会社の利益を図る目的でない場合や自己又は第三者の利益を図る目的である場合」にあたり、経営判断の原則の適用が除外されるため、これらの費用をタムロンに負担させたことは、取締役としての善管注意義務に違反し、鯵坂氏は、これによりタムロンに生じた損害を賠償する責任を負うという結論を示した。 (2) 社内飲食(本件事案②) 特別調査委員会は、鯵坂氏の単独飲食費、鯵坂氏の同伴飲食費をタムロンに経費負担させたことは、取締役の経営判断の裁量の範囲を逸脱しているどころか、そもそも、「会社の利益を図る目的でない場合や自己又は第三者の利益を図る目的である場合」に該当するものであり、経営判断の原則の適用が除外され、鯵坂氏については取締役の任務懈怠責任が認められるという結論を示した。 さらに、特別調査委員会は、単独飲食費や同伴飲食費に該当しないものであっても、鯵坂氏がS氏関連店での飲食費をタムロンに会社経費として負担させたことは、直ちに取締役の経営判断の裁量を逸脱しているとまでは言えないとしても、その利用偏向により利用回数が多数に及んだこと、その利用態様により利用金額が不必要に多額に及んだこと、その利用内容の明細を全く確認しなかったことなどについて、S氏と鯵坂氏の関係を合わせて鑑みれば、著しく不適切であったとの誹りを免れないことを付言する。 3 特別調査委員会による原因究明(調査報告書69ページ以下) 特別調査委員会は、原因究明として、以下の項目を列挙している。 ここでは、特別調査委員会が究明した原因の1つ「社長領域の聖域化」の例示として、「北爪氏による警告の検討懈怠」の項目を見ておきたい。 2016年3月に取締役に就任したばかりの北爪泰樹氏(経理本部管掌及び内部統制担当。以下「北爪氏」という)は、同年6月2日に、常勤取締役及び常勤監査役の全員に向けて発信された役員会食案内メールに対し、全員に宛てて次のとおり返信した。 北爪氏は、タムロン生え抜きではなく、銀行出身で、取締役就任前は、経理本部長の職にあった。この指摘に対し、同時期に代表取締役社長に就任していた鯵坂氏は、次のとおり全員に返信して、北爪氏の指摘を封じた。 特別調査委員会は、このメールには、鯵坂氏以外の常勤取締役や常勤監査役が宛先に含まれていたにもかかわらず、鯵坂氏のみならず、他の常勤取締役や常勤監査役においても、北爪氏の本質的な指摘を何ら検討することはなかったと指摘している。 なお、北爪氏は、2018年3月に常務取締役、2021年3月に専務取締役に昇進した後、2022年3月29日開催の定時株主総会をもって退任している。 4 特別調査委員会による再発防止策の提言(調査報告書77ページ以下) 特別調査委員会による「再発防止策の提言」は以下の項目からなっている。 特別調査委員会は、「社長領域聖域化への対処」の筆頭に、「役職員の意識改革・研修実施」を挙げて、まずは、役職員の意識改革が必須であるとして、次のように指摘している。 さらに、「内部監査室に対する監査役の指示・承認権限の付与」の項目では、公益社団法人日本監査役協会監査法規委員会の「監査役等との内部監査部門の連携について」の提言を引用して、監査役に内部監査室に対する一定の指示・承認権限を付与することを検討し、社長による内部統制の無効化リスクに対して備えるべきであると指摘している。 【報告書の特徴】 タムロンというブランド名は、「当社の光学設計の第一人者であり、今日のタムロン光学技術の基礎を築かれた田村右兵衛氏の田村姓をとって(※1)」命名されたものだという。カメラ用交換レンズメーカーとしてスタートし、現在では、監視カメラや車載カメラ用のレンズも手がける光学機器メーカーの老舗において、業績拡大に貢献をしてきた2代の代表取締役社長が、接待交際費の私的利用を行っていたことが、内部通報をきっかけに暴かれることとなった。 (※1) タムロンホームページ「タムロンの歴史」 前社長の鯵坂氏は、特別調査委員会設置日に、監査役及び社外取締役による調査を受けて、取締役を辞任している(※2)。 (※2) 「代表取締役および取締役の異動(辞任)に関するお知らせ」 1 特別調査委員会が評価するタムロンの自浄作用 特別調査委員会は、内部通報をきっかけに調査が行われ、前社長である鯵坂氏が辞任したことを「タムロンの自浄作用」として高く評価している。 さらに、監査役と社外取締役が、前社長鯵坂氏を辞任に追い込んだかのような表現も見ることができる。 その後、特別調査委員会は、本件について、「上場企業のあるべき内部通報制度の役割と社外取締役及び監査役の役割がいずれも見事に果たされた好事例として、本件は記憶される」とまで言い切っているのだが、少し違和感を覚える。特別調査委員会には、社外取締役で公認会計士の片桐春美氏も委員として参加しているのだが、同氏が社外取締役に就任したのは2018年3月のことである以上、鯵坂氏の接待交際費の私的利用やS氏の海外出張への同伴などの不正行為に、5年以上の期間、気づかなかったわけである。 特別調査委員会による再発防止策の提言についても、「社内飲食費に関するルールの策定」「交際費予算策定への関与」「役員室経費承認プロセス」といった項目は、鯵坂氏による不正が発覚しなくても、本来、整備しておく内部統制システムであり、内部通報がなければ、さらに鯵坂氏の不正行為は続いていたことになろう。内部通報があってからの対応については、特別調査委員会の評価どおりであるとしても、不正防止、不正の早期発見という点では、内部統制システムに問題があったという評価も必要ではないだろうか。 2 歴代社長の接待交際費に対する認識 特別調査委員会は、前々代表取締役社長であった小野守男氏(以下「小野氏」と略称する)の供述を「社長のモラルハザード」として引用している。 こうした供述について、特別調査委員会は、およそ就労している者であれば、大なり小なり誰でもストレスを抱えているのは当然であり、「自分だけは違う」というのは特権意識でしかなく、自己を客観的に捉えられていないことの証左であり、とどのつまり、ホステスと会社経費で楽しく飲みたいというモラルハザードを起こしただけであると酷評している。 さらに、前社長の鯵坂氏の弁明について、特別調査委員会は、単独飲食費や同伴飲食費の会社経費負担は小野氏から承継したルールであるの一点張りであり、単独飲食費や同伴飲食費を会社にて負担することが適切であるのかについて経営者として考えたこともないと紹介した後、次のように評価している。 3 接待交際費等の私的利用と税務調査 2016年当時取締役であった北爪氏が懸念した、「役員の飲食が業務上ではなく、個人的飲食と看做されると、交際費ではなく、役員賞与に認定されるリスクが多分にある」という指摘は、当時のタムロンの常勤取締役及び常勤監査役には届かなかったわけであるが、本調査報告書が公表された以上、タムロンには関東信越国税局の厳しい調査が待ち受けているものと考えられる。 例えば、交際費のうちに私的利用と判断された支出があった場合には、北爪氏の指摘どおり、役員に対する給与として認定され、タムロンは所得税の源泉徴収漏れを指摘されて、加算税と延滞税を含めて、追加で納付する処分を受けることが予想される。交際費については、もともと、法人税の計算上、損金としては否認しているはずなので、源泉徴収だけの問題で終わるわけだが、S氏の海外出張同伴費用など、タムロンが法人税の計算上旅費交通費として損金の額に算入されていた支出が、役員に対する給与と認定された場合には、法人税の計算における課税所得が不当に少なく計算されていたことになり、法人税の追加納付が必要となるのみならず、S氏の同伴を隠蔽した行為があったと判断された場合には、重加算税を含む厳しい課税処分を受ける可能性も否定できない。 なお、特別調査委員会は、本件調査の結果、税務申告をどうするかは、経営の意思決定事項であり、税務処理に関する会計処理についても、タムロンが金額的重要性を勘案し決定すべきものであると指摘するにとどめており、積極的に過年度申告内容を修正することまでは求めていない。 4 再発防止策 タムロンは、11月21日、「再発防止策の策定、ガバナンス検討委員会の設置および関係者処分並びに元役員等に対する責任追及方針に関するお知らせ」をリリースした。 (1) 再発防止策 タムロンによる再発防止策はいずれも特別調査委員会の提言に沿ったものであり、その項目は以下のとおりである。 (2) ガバナンス検討委員会の設置 さらに、タムロンは、再発防止策が適切に推進されていることを継続的にモニタリングするとともに、その他のガバナンス全般の改善を検討・実践していくため、ガバナンス検討委員会を設置した。その役割と構成は以下のとおりである。 (3) 役員の処分等について また、タムロンは、本件に関与した取締役である大塚氏の辞任申し出を受理するとともに、桜庭省吾代表取締役社長以下3名の常務取締役の報酬を減額するという処分を行い、2名の常勤監査役が「前代表取締役社長等に対する牽制を働かせる役割が不十分であったこと」を理由に、報酬を自主返納することを公表した。 (4) 元役員等に対する責任追及方針 本リリースの最後に、タムロンは、特別調査委員会の調査結果に基づき、不適切な経費の使用が認められた元役員に関し、損害賠償請求を行うとともに、訴訟提起も視野に入れた厳正な態度で臨んでまいりますと結んでいる。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第50回】 「減価の査定にそれなりの判断を伴う土地(その4)」 ~自然公園法の適用を受ける場合~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 自然公園法(以下、「法」といいます)では、国立公園、国定公園及び都道府県立自然公園を総称して「自然公園」と呼び(法第2条)、優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図っています(法第1条)。そのため、自然公園法の適用を受ける土地については特に行為制限が厳しく、この点を念頭に置いた価格水準(=制限の厳しいことに伴う減価の程度)の把握が必要となります。今回は、このような自然公園法の適用を受ける土地について取り上げます。 2 自然公園法に基づく様々な地域・地区の区分 一概に自然公園法の適用を受ける土地といっても、その土地が国立公園や国定公園等に指定されていることに加え、その中が重ねて特別地域や特別保護地区、海域公園地区等に指定されていることがあります。さらに、特別地域・特別保護地区・海域公園地区のいずれにも属しない普通地域というものもあるため、調査に当たってはこれらの区分を明確にしておく必要があります。〈資料1〉に、そのイメージ図を掲げます(ただし、海域公園地区を除いたイメージです)。 〈資料1〉 特別地域・特別保護地区・普通地域のイメージ また、法令上の規制だけでなく、都道府県ごとに制定されている自然環境保全等に関する条例にも留意しなければなりません。 3 特別地域内における建築行為等の制限 特別地域とは、国立公園については環境大臣が、国定公園については都道府県知事が、その風致を維持するため公園計画に基づいて、その区域(海域を除く)内に指定した区域を指します(法第20条第1項)。 そして、国立公園又は国定公園内の特別地域(特別保護地区を除く)内において次の行為(代表例であり、下記4ないし下記6についても同様です)をしようとする場合、国立公園については環境大臣の、国定公園については都道府県知事の許可を受ける必要があります(法第20条第3項)。 4 特別保護地区内における建築行為等の制限 特別保護地区とは、国立公園については環境大臣が、国定公園については都道府県知事が、その景観を維持するため、特に必要があるとして、公園計画に基づき特別地域内に指定した区域を指します(法第21条第1項)。 そして、国立公園又は国定公園内の特別保護地区内において、次の行為をしようとする場合、国立公園については環境大臣の、国定公園については都道府県知事の許可を受ける必要があります(法第21条第3項)。 5 海域公園地区内における建築行為等の制限 海域公園地区とは、国立公園については環境大臣が、国定公園については都道府県知事が、その公園の海域の景観を維持するため、公園計画に基づいてその区域の海域内に指定した地区を指します(法第22条第1項)。そして、国立公園又は国定公園内の海域内の海域公園地区内において、次の行為をしようとする場合、国立公園については環境大臣の、国定公園については都道府県知事の許可を受ける必要があります(法第22条第3項)。 6 普通地域内における建築行為等の制限 普通地域とは、国立公園又は国定公園の区域のうち特別地域及び海域公園地区内に含まれない区域を指します(法第33条第1項)。 そして、国立公園又は国定公園内の普通地域内において、次の行為をしようとする場合、国立公園については環境大臣に、国定公園については都道府県知事に対し、行為の種類、場所、施行方法、着手予定日等の事項を届け出る必要があります(法第33条第1項)。 7 都道府県立自然公園の区域内における建築行為等の制限 都道府県は、条例の定めるところにより、都道府県立自然公園の風致を維持するため、その区域内に特別地域を指定することができます(法第73条第1項)。 また、都道府県立自然公園内の特別地域又はその他の区域内において、工作物の新築や土地の形状の変更等の行為をしようとする場合、その都道府県の条例により、国立公園又は国定公園における特別地域又は普通地域での行為に対する規制の範囲内で必要な規制を受けることがあります(法第73条第1項)。 8 不動産鑑定士が鑑定評価に当たって留意している事項 特に観光地に所在する土地については留意すべきことですが、不動産鑑定士がこのような土地の鑑定評価を依頼された場合、まず、自然公園法の適用を受けるか否かの確認を都道府県事務所や市町村役場で行うこととしています。 その際、特別地域(特別保護地区を除く)が第1種特別地域、第2種特別地域、第3種特別地域の3つに区分され(法施行規則第9条の12)、建築物の新築(増改築を含む)に当たり、第2種特別地域及び第3種特別地域には(建築物の用途にもよりますが)、例えば〈資料2〉のような制限がある(法施行規則第11条第5項)ことにも留意を払っています(特別保護地区及び第1種特別地域では建築物の建築は原則不可とされています)。 〈資料2〉 建築制限の一例 (※) 自然公園法施行規則第11条第5項によります。 また、特別地域においては建築物の高さが13m以下(分譲地内の建築物については10m以下)であること等の制限があり(法施行規則第11条第2項及び第4項による許可基準)、加えて自然環境への影響が厳しいなど一定の限度を超える行為については許可されないものもあります。 このような制限の内容により土地の価格水準が大きく相違してくるため、対象地がどのような地域(地区)に属するのかにつき十分な確認が必要とされています。 9 まとめ 以上、自然公園法の適用を受ける土地の鑑定評価上の扱いについて述べてきましたが、それぞれの状況に応じて減価率の程度は異なってきます。その土地に属する地域の実情に応じても異なるでしょうし、それ以前の問題として、このような制限の厳しい土地の需要は少ないものと考えられます。鑑定評価に当たっては、周辺地域で自然公園法の適用を受けない土地の取引価格を基に、建築制限の程度を査定の上、価格を求める方法が中心となります。 (了)
《税理士のための》 登記情報分析術 【第9回】 「登記の優先順位」 ~登記は早い者勝ち~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 1 司法書士は急いで登記を行う 不動産取引が行われる場合、司法書士は立ち合いを行い、本人確認や意思確認をしたうえで登記識別情報(権利証)や印鑑証明書などの必要書類を取り付ける。売買代金の支払いが終わり、不動産取引が終了したら司法書士は急いで法務局に登記申請を行う。 登記申請を行う法務局自体は平日17時15分まで申請の受付をしているため、午前中に取引が行われたのであれば、法務局が閉まるまでに登記申請を行えばよいが、司法書士はできるだけすみやかに登記申請をするように心がけている。これにはしっかりとした理由があり、事例を通して説明する。 2 二重譲渡が行われたケース A(売主)とB(買主)が不動産の売買契約をしたとする。コストを節約するため、仲介会社や司法書士に依頼せず自分たちで登記を含めた手続を行うことにした。BはAに代金を支払い、登記識別情報や印鑑証明書も預かったが、「登記は時間があるときにやろう」とほったらかしにしてしまった。 このとき実はAはお金に困っており、自分に登記の名義が残っていることをいいことに、Bに販売した事実は黙って、AB間の売買の事実を知らないCにも同じ不動産を販売してしまった。Cは登記の重要性を認識していたので、司法書士に依頼してすみやかに自分の名義にする登記申請を行った。この場合、Bは「自分の方が先に購入したから、自分が正当な所有者だ」とCに主張して、裁判等で認めてもらうことができるだろうか。 ※登記識別情報をBが預かっているため、C名義に所有権移転登記ができるのかという点について疑問を持つ読者もいると思われるが、司法書士がAと面談して「本人確認情報」(不動産登記法23条)を作成することで、代替することが可能である。「本人確認情報」等については別途解説を行う。 【二重譲渡の事例】 3 登記は早い者勝ち 2で紹介した二重譲渡の事例の場合、原則としてBはCに対して自身が先に所有権を取得したことを主張しても、裁判等で勝つことができない。民法177条において不動産の権利を取得した場合は、登記をしなければ第三者に対抗することができないということが定められているためである。Bが先に不動産の売買を行っているので、実体としてはBがCより先に不動産の所有権を取得しているが、その事実を対外的に認めてもらうには登記をすることが必要になるのである。このような不動産登記制度の特徴から「登記は早い者勝ち」というように言われることがある。 こうしたことから司法書士は購入者の権利をしっかりと保全するため、不動産取引が行われたらすみやかに登記申請を行うことに努めているのである。 4 税理士もすみやかに登記を備える意識を 税理士も親族間の不動産の売買や贈与、会社の代表者と会社間の不動産売買に関与することがあると思われるが、いわゆる身内同士での不動産の取引についても二重譲渡のようなトラブルが発生するリスクはゼロではない。不動産の所有権の移転と、登記手続はセットで行うように考えるとよいだろう。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第10回】 「社長こそ“老後の備え”が必要な理由」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 〇社長と老後 経営者の方はご自身の老後について、どうお考えでしょうか。 「生涯現役だから、老後なんてないよ!」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。あるいは、「後継者がなかなか見つからないから、引退なんてできないよ!」とお悩みの方もいらっしゃるかもしれません。 しかしながら、すべての方に平等に時は過ぎ、人は老います。老いると今考えていることができなくなったり、病に倒れたりすることもあるでしょう。だからこそ、少しでも若いうちから将来について考える必要があります。特に、経営者という責任のある立場の方にとっては、備えが大切です。 これからのことを考えるにあたり、特に着目すべき点は「年金」「認知症」「相続」の3つです。 〇年金の受取り まずは「年金」です。ご存じのとおり厚生年金は「報酬比例」といって現役時代の報酬によって保険料が算定され、報酬によって年金額も決まります。しかし、計算のもととなる報酬には上限が設けられているため、現役時代の収入が高い方に限って相対的に年金額が少なくなるのです。 具体的にいうと、厚生年金の等級は月65万円の標準報酬月額が上限です。つまり、給与65万円の部長と給与100万円の社長は負担する保険料が同額、将来受け取る年金も同額になるのです。しかし、生活水準が異なるので、年金だけではまかなえない老後資金は後者が圧倒的に多くなります。 また、年金の支給開始年齢は原則65歳ですが、多くの経営者の方は「生涯現役」でしょう。そうすると会社から報酬を受け取る限りご自身の厚生年金が一部あるいは全部支給停止となる「在職老齢年金制度」を確認する必要があります。この仕組みにより停止された年金額は、繰下げの対象にならず、かつ全額停止の場合は年下の配偶者等のための家族手当である加給年金も停止されます。 年金はみなさんがこれまで支払ってきた保険料を反映した権利の額でもありますので、どのように受け取るのがよいのか、専門家のアドバイスを受けながら考えるべきでしょう。 一方、若い頃に苦労されていて、年金保険料を納めていなかった方や、厚生年金期間が非常に短いという方もいらっしゃいます。するとそもそもの年金額が少なかったり、場合によっては、配偶者の方等に遺族年金が支給されなかったりするケースにもつながりますので、やはり年金については確認が必要です。 〇認知症への備え 次に、「認知症」への備えです。ご存じのとおり、認知機能の衰えは年齢とともにやってきます。また、病気やけががもとで、認知機能が低下することもあります。そう考えるとある程度の年齢の経営者であれば後継者を育てることとともに、万が一認知症になった場合の法的な準備も必要です。 意思能力がないと判断されると、すべての契約ができなくなります。また日々のお金の管理も、いわゆる資産凍結となってしまえば、できなくなります。後継者に代を譲ってしまえば問題ないかもしれませんが、その途中で認知症になってしまうと、すべてがそこから前に進めなくなります。 認知症への法的な備えとしては、「任意後見人制度」があります。予め後見人を決め、どういうことを任せるのかを定めることができる仕組みで、認知症になってから家庭裁判所に決めてもらう法定後見人と異なりスムーズに事を運ぶことができます。第三者にお金の管理を任せることになると、希望通りにならないこともありますが、任意後見であれば家族を後見人とすることも可能です。 また後見人は、財産管理の他、身上監護の役割も行います。認知機能を失ったとしても命は続きます。その際にどのような医療を受けたいのか、延命を望むのか、介護はどうありたいのかも任意後見人に伝えておくことができます。 事業規模、業務の形態によっては、家族信託が有効な方もいらっしゃるでしょう。こちらは、元気なうちに財産の管理を託す仕組みです。前述の後見制度か家族信託かのいずれかを選択するものだと誤解されている方も多いですが、実際には任意後見で幅広く権利擁護を行い、個別の財産については家族信託で管理を行うという流れが理想です。 〇相続とライフプラン 最後に「相続」ですが、これは税理士の先生方とすでに打ち合わせをされている方も多いかもしれません。特に昨今相続に関する法律の改正が相次ぎ、早めの相続対策をと警告してくださる専門家の先生方も多いようです。 納税資金対策や、相続税の節税対策については、税理士の先生がご専門ですから筆者からお伝えすることもないのですが、ファイナンシャルプランナーとしては、「ライフプラン」を先に考えることをご提案したいと思います。 税金にばかり目がいくと、生きている間に使うお金、使いたいお金という観点が抜けてしまうことがあります。ご自身のこれからの人生も長いのですから、ご自身の老後資金の確保も重要です。 節税目的で生前贈与をしたばかりに、ご自身の老後資金が足りなくなったというご相談もありました。贈与したお金を返せとも言えません。贈与した人との人間関係がいつまでも良好であるとも限りません。悩ましいことですが、節税対策よりも、まずはご自身のライフプランを立て、それもいくつかのパターンも想定しながら、老後に備えるべきではないかと考えます。 正直筆者にとっても老後は未踏の領域です。今までお客様に対し、「これが良いだろう」と考え提案をしてきましたが、提案後に想定外のことが起こり、慌てたこともあります。結局はご本人の考え次第なのですが、今私たちにできることは、あらゆるケースを想定しつつ、想定外も許容できるような人生設計をすることではないかというのが筆者の結論です。 特に経営者のように、「所得の再分配」という理念により社会保障の給付が相対的に少ない方々は、より自助が求められるわけですから、事情を把握したうえでこれからに備えていくことは最重要課題であると考えます。 * * * これからライフプランを立てるにあたって、ぜひ参考にしていただけましたら幸いです。
《速報解説》 会計士協会、「グループ監査における特別な考慮事項」の改正に伴い 「経営者確認書」など関連する監査基準報告書、実務指針等を修正 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年2月8日付けで(ホームページ掲載日は2024年2月9日)、日本公認会計士協会は、「監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」に伴う監査基準報告書等の改正」を公表した。 これにより、2023年12月22日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対しては、特段の意見は寄せられなかったとのことである。 これは、監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」(2023年1月12日改正)に伴って、監査基準報告書580「経営者確認書」などを改正するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 監査基準報告書580「経営者確認書」 経営者確認書の記載例のうち、「2.金融商品取引法に基づく監査の経営者確認書(連結財務諸表)の記載例」及び「3.金融商品取引法に基づく中間監査の経営者確認書(中間連結財務諸表)の記載例」について、「当社」を「当社グループ」に修正する。 Ⅲ 監査基準報告書560実務指針第2号「訂正報告書に含まれる財務諸表等に対する監査に関する実務指針」 次の修正を行う。 Ⅳ 監査基準報告書700実務指針第1号「監査報告書の文例」 「財務諸表監査における監査人の責任」について、監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」の規定に合わせて修正する(20項及び各文例)。 Ⅴ 監査基準報告書700実務ガイダンス第1号「監査報告書に係るQ&A(実務ガイダンス)」 監査人の責任の記載内容に関し、監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」を参照している箇所について修正する(Q1-1)。 Ⅵ 適用時期等 2024年4月1日以後開始する事業年度に係る財務諸表の監査及び同日以後開始する中間会計期間に係る中間財務諸表の中間監査から適用する。 公認会計士法上の大規模監査法人以外の監査事務所においては、2024年7月1日以後に開始する事業年度に係る財務諸表の監査及び同日以後開始する中間会計期間に係る中間財務諸表の中間監査から適用する。 ただし、それ以前の決算に係る財務諸表の監査及び中間会計期間に係る中間財務諸表の中間監査から適用することを妨げない。 監査基準報告書560実務指針第2号「訂正報告書に含まれる財務諸表等に対する監査に関する実務指針」の改正については、2024年4月1日以後に監査報告書を発行する訂正後の財務諸表に対する監査に適用する。 (了)
《速報解説》 JICPA及び日税連から「会計参与の行動指針」の改正が公表される ~中小企業会計指針の改正に対応して倫理規則等見直し~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年2月7日付で(ホームページ掲載日は2024年2月8日)、日本公認会計士協会、日本税理士会連合会は、「「会計参与の行動指針」の改正について」を公表した。 これは、「中小企業の会計に関する指針」の改正に対応した見直し等を行うものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 倫理規則 公認会計士(監査法人を含む)は、日本公認会計士協会の倫理規則を遵守しなければならない。 会計参与に就任している公認会計士(監査法人を含む)が違法行為又はその疑いに気付いた場合の対応については、倫理規則セクション260の規定が適用となる。 倫理規則セクション260では、上級の職にある組織所属の会員はそれ以外の会員と比べてより一層の対応が求められており、会計参与は上級の職に該当することに留意する。 2 「中小企業の会計に関する指針」確認一覧 次の事項に関して記載している。 (了)
2024年2月8日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.555を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第128回】 「消費税法上の実質行為者課税の原則(その1)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 はじめに 所得税法や法人税法には実質所得者課税の原則が設けられているが、消費税法にも類似の規定が存在する。すなわち、消費税法13条《資産の譲渡等又は特定仕入れを行った者の実質判定》1項は、「法律上資産の譲渡等を行ったとみられる者が単なる名義人であって、その資産の譲渡等に係る対価を享受せず、その者以外の者がその資産の譲渡等に係る対価を享受する場合には、当該資産の譲渡等は、当該対価を享受する者が行ったものとして、この法律の規定を適用する。」とし、2項は、「法律上特定仕入れを行ったとみられる者が単なる名義人であって、その特定仕入れに係る対価の支払をせず、その者以外の者がその特定仕入れに係る対価を支払うべき者である場合には、当該特定仕入れは、当該対価を支払うべき者が行ったものとして、この法律の規定を適用する。」と規定する。 かかる規定の適用について論じられた事例として、⼤阪地裁平成25年6⽉18⽇判決(税資263号順号12235)がある。この事件を素材として、消費税法上のいわゆる実質行為者課税の原則について考えることとしよう。 Ⅰ 素材とする事案 1 概観 本件は、大阪市中央卸売市場A場において、出荷者から販売の委託等を受けて牛枝肉等の卸売業を営むX(原告)が、牛枝肉等の販売先に対する債権が貸倒れとなったことについて、同貸倒れに係る消費税額の控除等について規定した消費税法39条《貸倒れに係る消費税額の控除等》1項に基づき、貸倒れに係る消費税額の控除をしてその課税期間に係る消費税及び地方消費税(両税を併せて、以下「消費税等」という。)の確定申告をしたのに対し、処分行政庁において、同貸倒れに係る消費税額の控除は認められないとして、更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件各処分」という。)をしたため、国Y(被告)を相手取って本件各処分の各取消しを求めた事案である。 2 前提事実 (1) 当事者 Xは、大阪市が開設したA場において牛枝肉等の卸売を行う卸売会社として昭和56年12月17日に設立され、昭和59年4月1日に市場法15条1項(当時)の規定に基づき農林水産大臣の許可を受けて業務を開始した法人である。 Xは、出荷者から販売の委託等を受けて、大阪市中央卸売市場業務条例34条に基づく取引方法(以下「本件条例」という。なお、本件条例は、平成13年4月1日条例第43号による改正前の平成12年4月1日条例第46号(同年6月1日施行)によっても改正されており、同改正前の33条において、同改正後の本件条例34条と同趣旨の内容の規定がされていたところ、以下では、同改正の前後を問わず、同改正後の本件条例に基づいて記載することとする。)に従って、牛枝肉等の売買への参加について大阪市長から許可を受けた仲卸業者及び大阪市長から承認を受けた売買参加者(両者を併せて、以下「買受人」という。)を相手に牛枝肉等を販売していた。 (2) 受託契約約款の定め XがA場において行う卸売のための販売の委託の引受に関して、市場法、卸売市場法施行規則、本件条例、大阪市中央卸売市場業務条例A場施行規則その他関係諸法令によるほか、委託者との間に特約がない限り、大阪市A場食肉部卸売業者受託契約約款(以下「本件受託契約約款」という。)によるものとされている。 本件受託契約約款には、以下のような定めがされている。 ア 指値等の条件 委託者は、委託物品の販売について、指値その他の条件を付すことができることとするが、その場合には、送り状又は発送案内等に付記するか、当該物品の販売準備着手前までにその旨をXに通知しなければならないこととする。 イ 指値等の条件がある場合において販売不成立の場合の処理 Xは、委託物品の販売につき指値その他の条件がある場合において、その条件どおり委託物品を販売することができないときは、遅滞なくその旨を委託者に通知し、その指図を求めることとする。 ウ 委託手数料 Xが委託者から収受する委託手数料は、卸売金額の100分の3.5とする。 エ 売買仕切書の送付及び売買仕切金の支払 Xは、委託物品の卸売をしたときは、その卸売をした日の翌日までに、当該卸売をした物品の品目、等級、価格、数量、価格と数量の積の合計額、当該合計額の5パーセントに相当する金額、控除すべき委託手数料及び費用の金額並びに差引仕切金額(売買仕切金)を記載した売買仕切書を委託者に送付するものとする。また、売買仕切金の送付は、委託物品の販売をした翌日(その日が土曜日に当たるときは、その翌々日とする。)までに行うこととする。 (3) A場における牛枝肉取引の流れ ア 出荷者からの出荷の申込み 出荷者から、Xに対し、電話又はファクシミリで出荷の申込みがあると、Xは、と畜可能頭数を見た上で、出荷者との間で入荷日の調整を行う。その後、出荷の前日までに、出荷者からXに対し、出荷通知書がファクシミリ送信される。出荷通知書には、出荷形態(生体・枝肉)、頭数、内訳、産地、品種、体重、個体識別番号、出荷日、と畜予定日等が記載されている。 イ 入荷からせり売まで 牛の生体が入荷されると、計量等がされた後、大阪市がXから牛の生体を受け入れ、と畜解体し、枝肉、内臓、原皮等に分け、内臓と皮はA場内の内臓業者と原皮業者に直接引き渡され、枝肉は大阪市からXに引き渡される。同枝肉は、Xが大阪市から賃借する冷蔵庫に保管された後、せり売の当日、公益社団法人Bによる全頭格付を経て、Xにより卸売場に陳列され、買受人が下見をする。 牛枝肉のせり売は午前10時30分から実施され、買受人は、電子掲示板を見ながら応札し、せり単価と買受人が決定され、せりの後、牛枝肉はXから買受人に引き渡される。 ウ 売買仕切書の交付及び売買仕切金の支払 Xは、せり売の結果を電算処理して売買仕切書を作成し、各出荷者に発送又は手渡しをする。 エ 買受人との決済手続 Xは、せり売の結果を電算処理して販売伝票を作成する。販売伝票は、買受人に対する請求書を兼ねるものとして、原則としてせり売の当日、買受人に交付される。販売伝票の交付を受けた買受人は、原則としてその日のうちにXに対して代金を支払う。ただし、買受人は、あらかじめXとの間で代金支払猶予特約を締結し、同特約で定められた期限内に代金を支払うことができる。 オ Xと買受人との債権債務の残高確認 Xは、買受人に対し、定期的に売掛金の残高確認を行い、買受人から同売掛金の未決済残高に相違ない旨の回答を入手する。また、買受人からXに対する買掛金の残高確認依頼があった場合は、Xは、買受人がXに買掛債務を負っていることを確認する。 カ Xと出荷者との債権債務の残高確認 Xから出荷者に対する買掛金の残高確認は行っていない。なお、出荷者からXに対する売掛金の残高確認の依頼がされることはある。 (4) 買受人との間の約定の締結 ア Xは、A場において、出荷者からの委託を受けて、大阪市長から売買参加者として承認されたC及びD(Cと併せて、「本件各買受人」という。)に対し、牛枝肉等の卸売を行った(以下、Xが平成10年10月30日から平成12年7月3日までの間に本件各買受人に対して販売した牛枝肉等を「本件牛枝肉」といい、本件牛枝肉に係る販売取引を「本件牛枝肉取引」という。)。 イ Xは、A場における物品の売買代金の決済、債務の保証等に関し、Cとの間では平成10年10月6日に、Dとの間では平成11年9月20日に、それぞれ「代金の支払いに関する約定書」を締結している(これらXと本件各買受人との間の約定を、以下「本件各約定」という。)ところ、本件各約定には、以下のような定めがされている。 (5) 債権の貸倒れに至る経緯 ア Xは、平成10年10月30日から、平成12年6月16日までの間、Cに対し、牛枝肉等を販売した。Xは、Cとの取引の最終日である同日時点で、Cに対し、9億4,642万3,153円の債権(利息ないし損害金等を除く。以下同様)を有していた。その後、Xは、Cから差し入れられていた担保物件を処分して充当した結果、Cに対する貸倒れとなった債権の額は、9億1,584万392円となった(以下「本件Cに係る債権」という。)。 Cは、平成17年9月7日、大阪地方裁判所岸和田支部から破産決定を受け、同年11月11日、同裁判所から免責許可決定を受けた。 Xは、そのころに本件Cに係る債権は実質的に回収不能になったとして、Xの平成17年4月1日から平成18年3月31日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)において、上記債権金額を貸倒れとして経理処理した。 イ Xは、平成12年4月12日から同年7月3日までの間、Dに対し、牛枝肉等を販売した。Xは、Dとの取引の最終日である同日時点で、Dに対し、2,848万4,259円の債権を有していた。 その後、Dの資産状態や支払能力等が悪化したことから、Xは、同年12月14日以降、Dとの取引を停止し、平成13年9月17日にDから差し入れられていた担保物件を処分して充当した結果、Dに対する貸倒れとなった債権の額は、2,547万7,766円となった(以下「本件Dに係る債権」といい、本件Cに係る債権と併せて「本件各債権」という。)。 Xは、本件Dに係る債権につき、本件課税期間に消費税法施行規則18条《貸倒れの範囲》3号に規定する備忘価格1円を控除した後の金額2,547万7,765円を貸倒れとして経理処理した。 3 争点 本件の争点は、本件各債権の貸倒れに対する消費税法39条1項の適用の可否であり、具体的には、本件各債権が、Xが「課税資産の譲渡等」を行ったことにより取得した債権に当たるか否かである。 4 判決の要旨 (続く)