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〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第45回】「仲介者や金融機関が好む買い手と売り手の特徴」

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第45回】 「仲介者や金融機関が好む買い手と売り手の特徴」   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒仲介者や金融機関が好む買い手の特徴を知って自社の対応に活かす。 売り手企業 ⇒仲介者や金融機関が好む売り手の特徴を知って自社の対応に活かす。 支援機関(第三者) ⇒買い手や売り手との良好な関係づくりに役立てる。 その他の対象者 ⇒仲介者や金融機関が好む買い手と売り手の特徴を理解する。 【第43回】は主に売り手の立場から、【第44回】は買い手の立場から第三者に好まれる特徴などをみてきました。今回は、第三者の視点から、自らが好む買い手や売り手の特徴をいくつかみていきたいと思います。   1 案件の決まりやすさ M&A仲介機関やM&Aを支援する機関といったM&Aの第三者と言われるプレイヤーの収入源は、通常、M&Aの成立に伴って生じます。また、支援した実績の数によって市場や外部から第三者に対する評価が高まるとしましょう。これらを踏まえると、関わった各案件が無事に各社の成功と定義づける水準に至るかどうか、そして、その予測ができそうか、といった成功の確度の高さが彼らにとって重要な指標となります。これが案件の決まりやすさです。 第三者にとって、潜在案件は無形の在庫のようなものですから、成立すれば消えますが、いつまで経っても売上を生まなければ、管理コストだけが嵩んでいきます。というのは、買い手と売り手の候補を集めるだけ集めておいてストックしておく、後はほったらかしということは通常ありえないからです。 頻度や方法は第三者の組織の性格や担当者の対応の仕方によって異なりますが、定期か不定期かを問わず、何らかの形で見込み案件をメンテナンスするはずですので、M&Aの潜在企業に対するコストは案件成立前からすでに生じています。ならば、できる限り良い形で、なるべく早く卒業して売上に貢献してほしいというのが、財務面を踏まえた第三者側の希望です。 中小企業のM&Aの顧客は買い手と売り手ですから、互いに相手から欲しい、魅力があると思われるほど、案件が成就しやすくなります。つまり、ニーズがあるということです。一概には言えませんが、業種、価額、トレンド、会社規模、所在地、財務状況、保有する経営資源、将来の市場などの様々な要素に基づく総合力が相手にとっての魅力となります。つまり、これらの要素を総合的に磨き続けるのが第三者にとっての案件の決まりやすさにつながっていくわけですから、第三者が好むポイントにもなるのです。 案件の決まりやすさで一点注意したいのは、案件を急ぐ第三者です。余裕のある第三者なら、買い手に合う、売り手に合う案件を紹介できますが、逆の立場だったらどうでしょうか。成績、成果に追われて、成立を急ごうとする機関や担当者に当たらないとは言い切れません。このような第三者のもとからは、すぐ離れるのがよさそうなことは言うまでもありません。   2 手がかからない 手がかからないということは、上記1の案件の決まりやすさにも通ずるところがあります。第三者からみて、「この相手とはやりやすいな」と総合的に判断される場合が該当します。 (1) 顕在化するリスクが少ない 取引先との係争、損害賠償、製品保証など将来の支払いが発生する恐れが低い、売上債権や貸付金などの回収が滞りなく行われる可能性が高い、といったように、M&Aの買い手が事業を引き継ぐ際に、それほど対応に困らない相手なら、顕在化リスクは低いといえ、買い手がつきやすく、第三者としても、あまり手をかけずに案件が決まりやすくなります。 中小企業のM&Aで悩ましいのは、売り手が小規模で読めないリスクが多く、M&A後に顕在化するリスクを恐れて買い手がつかない可能性です。コストや時間などの制約がある以上、M&Aの成立前に明らかにできることには限界があります。また、決算内容を調査する段階にならなければ、売り手の詳細を知ることはできません。 かといって、リスクを放置すれば、M&A後に被害を受けるのは買い手です。後のリスクを承知で、そのリスクを上回るリターンを期待して投資しようとする買い手の不安を解消するには、可能な範囲でも構わないので、第三者側が案件の発掘段階から積極的に動いて情報を集め、想定されるリスクについての当たりをつけておくのも1つの手段です。 この時点において、すでにリスクの程度が高ければ、敬遠される可能性が高い一方で、その程度が低いのは第三者にとって魅力的に映りますので、手がかからない案件になりやすいといえます。 (2) シンプルさ M&Aの手続を進めるにあたって比較的手がかからないケースの一例として、以下の場合が考えられます。 このような条件が複数備わっていれば、比較的シンプルなのであまり手がかかりません。 ただし、必ずしもシンプルだといいわけではありません。許認可があるから、参入しにくいビジネスであってもM&Aで参入しやすくなる、といったM&Aならではの魅力があるため、どこまでシンプルがいいかどうかはケースやM&Aを望む相手の性格によって異なります。 (3) 好条件 主に売り手側の要因となりますが、 といった買い手側からみた好条件、魅力に映る要素や特徴は、第三者としても買い手候補にアピールしやすい点になりえます。   3 能力のミスマッチがない又は少ない 第三者がすでに有する能力やノウハウをもって業務提供が可能かどうか、関与予定の案件のレベルが第三者にとって高すぎず低すぎない点は、第三者視点で買い手候補、売り手候補を見る際に重要な点になります。 第三者によって、得意な地域、規模、業種などに多少の違いがあります。どの領域に得意分野があるか、特徴があるかは過去の実績を聞けばわかりますし、過去の関与案件が要約された資料を準備している機関もあります。 特定の分野への能力やノウハウが備わっている最大のメリットは、情報量です。情報量があるほど、第三者として提供できるサービスの質の向上につながりやすい点を考慮すれば、特定の業種の実績が蓄積する、一定規模の案件が着実に実績として積み上がる、といった過去からの情報量の蓄積は、確実に第三者の強みとなります。その強みを発揮できる領域で業務を行うのが、第三者の経営として効率的ですから、第三者が備える能力やノウハウと、自社との適合性があるかどうかを確かめるのは効果的です。 以下は、案件の規模に関するデータのみですが、このデータだけをみても、第三者によって得意な層が異なるのがわかります。 ※画像をクリックすると別ページで出典元のサイトが開きます。 (出典) 中小企業庁:中小企業の経営資源集約化等に関する検討会(第6回)「資料2 中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ概要」7頁より抜粋。 買い手候補企業の場合、どの支援機関を頼れば、自社がターゲットとする売り手候補に出会いやすいか、売り手候補企業であれば、どの支援機関を頼れば、望ましい買い手候補が見つかりやすいか、こうした第三者の能力面に着目したミスマッチを事前に解消しておくと、望ましいM&Aにつながりやすくなります。 ただし、M&Aに関しては、その能力やノウハウは担当者による違いも表れやすく、これまでの実績が伴わなかったとしても、他社から移ってきた担当者が知見を有していることで、属人的な面からデメリットを解消できる場合もあります。   4 目的や意図の明確性 (1) 買い手の戦略性、計画性 第三者が関わりづらい買い手候補企業は、「なんでもいいから良い案件があったら持ってきて」「M&Aがしたい」「良い案件があったらM&Aをする」といった抽象度の高い依頼パターンの企業です。その多くは、M&Aに対する強い動機も意思もなく、目的もないため、紹介しても条件の些細な点に言及し案件化しない場合が少なくありません。この類の買い手候補企業は、何かあったら他人、つまり第三者のせいにする可能性がありますので、本気で関わろうとする第三者は少ないでしょう。 M&Aは買い手候補企業自身のためにするのであって、第三者のためにするのではありません。買い手候補企業が何のためにM&Aが必要で、M&Aによって何を実現したいのか、どういう企業になりたいのかが明確でないまま第三者を頼ってはダメだということです。 この点を明確にできる企業であれば、どのような売り手を求めているかをつかみやすいため、第三者としては好む買い手となるわけです。 (2) 売り手の目的、意図 買い手と同様に売り手もまた、M&Aを行う目的や意図が明確なほど、第三者はマッチする買い手を見つけやすくなります。売り手で悩ましいタイプは、「とにかく助けて」というパターンです。「お金がない、後がない・・・」など、困っている事情はよくわかりますが、結局、とにかく困っているから助けてくれる相手であれば誰でもいいようにも聞こえます。 「よし、わかった」と助けてくれる相手もいるでしょう。ですが、売り手が最も強く望むのは、会社の存続か、後継者の存在か、従業員の保護か、なるべく課題を明確にして伝える方が、より望ましい買い手を探しやすくなりますし、誰でもいいと言われるよりも、「この目的、意図のためにあなたと一緒になりたい」と言われる方が、相手からの納得も得られやすいのではないでしょうか。 売り手の場合は、自分たちがM&Aを前にして、抱えている課題を具現化、言語化、可視化できることです。これができるかできないかでM&Aの成否が変わってくると思います。   5 自社の実績にプラスになるかどうか (1) 案件の難易度 第三者からすれば、目の前の案件をこなせば自分たちの実績となり、次の候補企業にアピールできる材料になります。この点に関連して、一見難しそう、複雑そうな案件を好んでやらせてほしいと言ってくる場合があります。 このケースでは、買い手と売り手の各候補企業の考え次第ですが、経験がないからこそ円滑にいかない、失敗するケースもあれば、拙いながらも丁寧に対応してくれるケースもあるので、お任せするかどうかは当事者次第ということになります。 取引の信頼関係を前提にすれば、「案件に自信や経験がないが」と前置きして「でもこのように対応する」など具体的な内容について当事者と一緒に悩みながら、内容を詰めてくれる第三者であれば、場合によっては経験値の高い相手よりも良い付き合いができるかもしれません。 (2) 取引が継続されることが大事 公的機関や地域金融機関のような第三者の場合、M&Aの成立に大義が存在する場合があります。商売を度外視してでも、地域の存続や発展のために、このM&Aを成立させたい強い意向がある場合です。 このような場合には、M&A後も長く良好な関係を築けそうな相手探しへの支援に積極的に乗り出す第三者も多いため、たとえ、大規模な第三者に比べて実績や紹介案件の数が少ないプレイヤーであっても、依頼主の意向に寄り添って対応してくれる信頼感はあるでしょう。地方企業であれば、まずは最寄りの公的機関や地域金融機関から頼っていくのも有効な選択肢として考えられます。 (了)

#No. 554(掲載号)
#荻窪 輝明
2024/02/01

空き家をめぐる法律問題 【事例57】「避難のため自宅を空き家にする場合の法的問題」

空き家をめぐる法律問題 【事例57】 「避難のため自宅を空き家にする場合の法的問題」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - 最大震度7の地震が発生し、自宅の瓦やブロック塀に被害が出ています。また、建物も傾いて倒壊の危険性があります。避難生活のため、自宅を空き家にすることになりますが、この場合にどのような問題がありますか。 また、隣人も避難しているようですが、隣家の瓦やブロック塀が自宅に向かって倒れてくる可能性があります。隣人に対して、どのような請求ができるでしょうか。   1 はじめに 大規模な地震等の災害によって自宅が損壊し、避難生活を余儀なくされる場合、自宅を空き家にせざるをえなくなる。余震が継続しているような場合では、修繕を行えないままに避難生活が長期化することもある。適切な処理が行われないままの空き家が増加すると、二次被害を発生させることもある。 そこで、地震によって自宅が損傷し、空き家とする場合を念頭に、その法的問題について検討することにしたい。   2 相隣関係において生じうる法的責任 (1) 隣家の所有権を侵害した場合 隣家の敷地に瓦やブロック塀が流入した場合、隣家の所有権を侵害することになるため、隣家の所有者から所有権に基づいて妨害排除請求や妨害予防請求を受ける可能性がある。請求を受けた場合、自ら費用を負担して撤去や予防措置を講じる必要が生じることになる。 流入物の撤去や建物やブロック塀の修繕を行うために、隣地を利用する必要がある場合、隣地を使用することができる(民法第209条第1項)。隣地を使用する際は、隣地の所有者と使用者に事前に通知する必要があるが、隣人が避難等をしており、事前通知が困難である場合には、事後的に遅滞なく通知することで足りる(同条第3項)。 (2) 隣家に損害を与えた場合 地震によって建物が崩れたり、瓦やブロック塀が損傷するなどして隣家に被害を与えた場合、土地工作物責任(民法第717条)の有無が問題となりうる。土地工作物責任が認められるためには、土地工作物の設置や保存に瑕疵のあることが要件となる。 ここでいう「瑕疵」とは通常有すべき安全性を欠いていることを意味するところ、瑕疵の有無は、建物やブロック塀等の土地工作物が、当時発生が予想された地震に耐えられる安全性を有していたかどうかを、諸般の事情を踏まえて総合的に判断することになる。 なお、不可抗力の場合に免責される余地もあるが、損害賠償義務があることを前提に、不可抗力の程度に応じて損害額を減額することで調整されることもある。 国土交通省によれば、住宅の耐震化率は全国的には約87%(平成30年時点)まで進んでいる(※)とのことであるが、異なる見方をすれば、現在でも耐震工事が進んでいない建物が少なからず存在することを意味する。 (※) 国土交通省「住宅・建築物の耐震化の現状と目標」 現在の基準に適合していない建物の瑕疵の有無は、そのことのみで判断するのではなく、法令上の改修義務の有無や、特別の事情(改修することが一般的に行われている等)の有無も考慮して判断することになるものと考えられる(仙台地判昭和56年5月8日判時1007号30頁参照)。 また、地震の発生時点で建物やブロック塀に、設置や保存の瑕疵がないと認められる場合でも、地震の発生後に損傷した建物やブロック塀の管理を放置し、隣人に新たな被害を発生させたような場合には、そのことを理由に建物やブロック塀の保存に瑕疵が認められることもあるので留意が必要である。   3 修繕・解体と行政上の支援 (1) 行政上の経済的支援 建物の所有者には上記2のような法的責任が生じうるため、避難生活のために自宅を離れる場合には、建物の状況に応じた修繕・解体等の措置を講じておくことが重要である。 また、被災後は生活再建のための資金も必要であることから、どのように修繕・解体費用を確保するかも重要な問題となる。この点に関して、次のものを含む行政上の支援が用意されていることから、個々の状況に応じて積極的に活用したいところである(内閣府「防災情報のページ」等)。 ① 災害救助法に基づく応急修理 災害救助法が適用される場合、地震によって、自宅の屋根、外壁、建具(窓・玄関)等に損傷が生じ、雨が降れば浸水を免れず、地方公共団体から準半壊以上と判断された世帯は、災害発生日から10日以内の期間に、1世帯5万円以内の範囲で、①ブルーシート、ロープ、土嚢等の資材の現物給付や、②修理業者によるブルーシート展張等の修理の提供を受けることができる。被災者は、申請時に、応急修理を受ける必要があることを明らかにできるように、発災直後の写真をスマートフォン等で撮影しておくことが重要である。 また、①住家が準半壊以上の被害を受け、自ら修理する資力がない世帯や、②大規模な補修を行わなければ居住することが困難である程度に住家が半壊した世帯は、災害発生日から3ヶ月以内の期間(災害対策基本法に基づく国の災害対策本部が設置された場合は6ヶ月以内)に、被災した住宅の居室、台所、トイレ等の日常生活に必要な最小限度の部分について、修理限度額の範囲内(半壊以上の場合:706,000円以内、準半壊の場合:343,000円以内)で、応急的な修理を受けることができる。全壊の場合は、修理することで居住することが可能となる場合には修理の対象になるものとされている。なお、スマートフォン等による発災直後の写真撮影の必要性は上記と同様である。 ② 被災者生活再建支援金の活用 被災者生活再建支援金は、政令で定める自然災害が生じた場合に、一定の被災世帯の世帯主に対して支給されるものである。次の区分に応じて支給されるものであり、これらを修繕費用に充てることも考えられる。 (出典) 内閣府「被災者生活再建支援制度の概要」より抜粋 ③ 災害援護資金の貸付け 災害援護資金は、都道府県内に災害救助法が適用された市町村が1以上ある場合に、災害によって負傷し、住居、家財に被害を受けた世帯の世帯主に対して貸し付けられるものである。 貸付けを受けるに当たっては、世帯人員あたりの市町村民税における前年の総所得金額による所得制限が設けられているが、負傷や損壊の程度に応じて、最大350万円の範囲で貸付けを受けることができる。 (2) 公費解体の利用 建物は所有権の対象であるから、その解体を行う費用は原則として自ら負担する必要がある。しかし、解体費用は高額になることから、公費解体が行われる場合には、これを積極的に利用するべきであろう。 公費解体とは、地震によって被災した建物等を、所有者の申請に基づいて、市町村が所有者に代わって解体・撤去を行う制度である。一般的には、建物等が罹災証明において全壊と認定された場合を対象としているが、災害規模によっては、半壊の場合でも対象となることもあるため、行政機関からの情報提供に留意する必要がある。令和6年能登半島地震においても、大規模半壊、中規模半壊、半壊(住家)、大被害(住家以外)と認定された家屋等が公費解体の対象とされた。 なお、災害が広域に及ぶような場合、業者が対応するまでに長期間を要することもある。被災者の窮状に付け込んで不当に高額な費用で解体等を受注する業者もいることから、自費解体を行うような場合には消費者被害に遭わないように留意が必要である。   4 隣家に対する法的請求 地震によって隣家が自宅に向かって崩れていたり、崩れかかっている場合、隣家の所有者に対して、所有権に基づいて、撤去や予防措置を請求できる。もっとも、被災後には様々な理由によって現実的に請求できない場合もある。この場合に、隣家の所有者に無断で撤去や予防措置を講じることは原則的には認められないが、事務管理(民法第697条、第698条)の要件を満たす場合は、撤去等の措置を講じて費用を請求できることもある。 また、地震後に隣家の所有者が適切に対応しないため、現在も権利を侵害される状態が継続しているような場合には、管理不全建物管理人(民法第264条の14)の選任を申し立て、当該管理人に適切な措置を講じさせることも考えられる。なお、所有者と連絡がつかず所在が不明な場合には所有者不明建物管理人(民法第264条の8)の選任を申し立てることも考えられる。 (了)

#No. 554(掲載号)
#羽柴 研吾
2024/02/01

電子書類の法律実務Q&A 【第15回】「契約書に「契約解除は書面による」と記載されている場合、メールで契約解除できるか」

電子書類の法律実務Q&A 【第15回】 「契約書に「契約解除は書面による」と記載されている場合、メールで契約解除できるか」   弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕   〔Q〕 事業者間の取引で、契約書に「契約解除は書面による」と記載されている場合、書面で契約解除しなければ、契約解除は無効でしょうか。メールで契約解除をすることは、できないでしょうか。 また、事業者間の取引で、契約解除などの意思表示の方法を契約書で決める場合の注意点を教えてください。 〔A〕 契約書に「契約解除は書面による」と記載されている場合は、書面で契約解除した方がよいです。 ただし過去の裁判例では、「契約解除は書面による」という趣旨の記載がされていても、メールによる解除が認められた事例もあります。このように、単に「書面による」とだけ定めていても、解釈により書面以外での方法が認められる可能性があります。 契約解除などの意思表示の方法を契約書で決める場合は、①重要性が低いものについて、電子メールでの意思表示も可能である旨明記すること、②書面に限定する趣旨の場合、書面以外の効力を否定する旨はっきり明記すること、がポイントです。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 法律上、意思表示の方法は決まっているのか そもそも、解除をどのような方法で行うかは、法律で決まっているのだろうか。 契約の申込・承諾・解除など一定の法律効果を欲する意思を表示する行為を「意思表示」という。法律上、意思表示の方法は決まっている場合がある。 例えば、保証契約は、民法上、「書面」又は「電磁的記録」でしなければ効力を生じないとされている(民法446条2項、3項)。そのため、口頭で保証契約を締結しても、無効だ。 ただし、意思表示の方法が法律で決まっているのは、例外的なケースだ。多くの場合、法律で、意思表示の方法は決まっていない。 本稿で取り上げる契約解除については、民法上、意思表示の方法は決まっていない(民法540条1項)。そのため民法上の売買契約、賃貸借契約、業務委託契約等について、どのような方法で解除するかは法律上、自由だ。契約書に意思表示の方法が定められていない場合、口頭での契約解除も有効だ。   2 契約書に「契約解除は書面による」と記載されている場合 契約書に「契約解除は書面による」と記載されている場合は、どうか。直感的には、契約で合意しているのだから書面で契約解除しなければならないように思う。 この直観は、正しい。たしかに、この場合、書面で契約解除した方がよい。筆者も弁護士として事前に相談を受けた場合、依頼者にこのようにアドバイスするだろう。 しかし、実は過去の裁判例では、契約書に「契約解除は書面による」と記載されていても、メールでの解除を認めた事例もある。過去の裁判例を確認してみよう。 まず、1つ目の裁判例を紹介する。 この事案は、指定する書面を交付しなかったという特殊性があるので、それほど重視できないという見方もあるだろう。 そこで、2つ目の裁判例を紹介する。 この東京地判平成30年1月5日のように、契約書等で意思表示の方法を書面によると定めていても、書面によらない意思表示を否定する趣旨の規定ではないと解釈される可能性がある。 また契約書等で「書面」と記載されていても、電子メールの場合、書面に近い側面もあるので、口頭で行う場合と比較して、意思表示が有効と認められやすくなる。   3 事業者間の取引で、契約解除などの意思表示の方法を契約書で決める場合の注意点 事業者間の取引で、契約解除などの意思表示の方法を契約書で決める場合には、契約書の文言上、意思表示の方法が書面に限定されているかどうか、確認する。 そのうえで、重要なやり取りかどうかで、対応を変える。 (1) 重要でないやり取りの場合 重要でないやり取りについて、全て書面で行うのは、煩雑である。書面にはやり取りを記録に残すことができるというメリットがあるが、電子メールでも同様の効果が期待できる。 例えば、重要性が低い契約の中途解約について、電子メールでやり取りする可能性がある場合、電子メールでの意思表示も可能であることを契約書にはっきりと明記した方がよい。明記することで契約当事者双方の認識にずれがなくなり、トラブルを防止することができる。 (2) 重要なやり取りの場合 他方、重要なやり取りなので、書面に限定したいというニーズもある。 この場合、単に書面によると決めていても、書面によらない意思表示を否定する趣旨の規定ではないと解釈される可能性がある(上記東京地判平成30年1月5日)。契約書上も、書面以外での意思表示を否定する趣旨であることを明確にした方がよい。   (了)

#No. 554(掲載号)
#池内 康裕
2024/02/01

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第77話】「居住用財産の3,000万円特別控除」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第77話】 「居住用財産の3,000万円特別控除」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   浅田調査官は、昨年、署内で、令和5年分所得税確定申告の注意事項として「誤りやすい事例集」が渡され、それを熱心に読んでいる。 「・・・これは・・・資産税の事例だけれど、間違いやすいなあ・・・」 浅田調査官は、1人で苦笑している。 「何を読んで、ニヤニヤしているの?」 いつの間にか、傍らに中尾統括官が立っている。 「・・・」 浅田調査官は、驚いて顔を上げる。 「これって・・・回答・・・わかりますか?」 浅田調査官は、誤りやすい事例を見せる。 中尾統括官は、事例を読むと、即座に答える。 「これは・・・特例の適用はできないだろう・・・マンションを売却するまでに他人に貸しているのだから・・・」 中尾統括官の答えを聞いて、浅田調査官は微笑む。 「統括官もそう思うでしょ」 中尾統括官は、浅田調査官の表情を見て、「違うの?」と尋ねる。 「ええ、この事例については、資産税部門の人も間違えると聞いていますから、所得税の人は当然でしょう」 中尾統括官は、プライドを傷つけられ、憮然とする。 「・・・居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例の適用条文は、措置法35条だろう」 そう言うと、中尾統括官は、机の上に置かれていた税務六法を掴み、措置法35条1項を開く。 「そして、同条2項2号で、次のように規定している」 「・・・すなわち、居住の用に供していた家屋を、居住の用に供さなくなった日以降3年を経過した日の属する年の12月31日までに譲渡した場合は、居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例を適用することができるという規定だろう」 中尾統括官は、条文を読みながら、浅田調査官を見る。 「ええ、そうです・・・そして、この場合において、譲渡した家屋が居住用の家屋に該当するかどうかは、その家屋を居住の用に供さなくなった時点で判定します」 浅田調査官が答える。 「・・・その判定時期は・・・措置法の通達に・・・次のように書いています」 そう言うと、浅田調査官は、措置法通達31の3-9を読み上げる。 そして、浅田調査官は、罫紙に図を描く。 「そうか・・・判定の時期が居住の用に供さなくなった時点だから・・・その後に他人に貸してもかまわないということか・・・」 中尾統括官は、浅田調査官の描いた図を見ながら、呟く。 「・・・しかし、居住用土地等のみの場合は、貸し付けていたら駄目と書いている・・・」 中尾統括官は、措置法通達35-2を開く。 「・・・ということは、居住用土地等のみの場合は、貸し付けしてはいけないということか・・・」 中尾統括官は、真剣な顔で、通達を読み直す。 (つづく)

#No. 554(掲載号)
#八ッ尾 順一
2024/02/01

《速報解説》 令和6年能登半島地震の損失に係る雑損控除等、令和5年分の所得税確定申告で適用可とする特例法案の概要が明らかに~自民・公明両党、今国会での早期成立を目指す~

 《速報解説》 令和6年能登半島地震の損失に係る雑損控除等、 令和5年分の所得税確定申告で適用可とする特例法案の概要が明らかに ~自民・公明両党、今国会での早期成立を目指す~   Profession Journal編集部   令和6年1月31日(水)、自由民主党・公明党は、令和6年能登半島地震における被災者の所得控除を前倒しで適用可能とする特例法案の早期成立を目指すとしたうえで、同法案の概要を公表した。 令和6年能登半島地震については同年1月1日に発生したため、本来であれば雑損控除や災害減免法特例等の措置は令和6年分の確定申告での適用対象となるが、臨時・異例の対応として、今般の災害で生じた損失について、令和5年分の確定申告における雑損控除等の適用対象とされる。 特別措置の概要については以下のとおり。 (了)

#Profession Journal 編集部
2024/01/31

《速報解説》 総務省、「個人住民税の定額減税(案)に係るQ&A集」を公表~控除対象配偶者以外の同一生計配偶者に係る定額減税を令和7年度分からとする詳細示す~

 《速報解説》 総務省、「個人住民税の定額減税(案)に係るQ&A集」を公表 ~控除対象配偶者以外の同一生計配偶者に係る定額減税を令和7年度分からとする詳細示す~   Profession Journal 編集部   既報のとおり令和6年1月22日に所得税の定額減税については、源泉徴収義務者に向けた実施要領案が公表されたところ、同月29日には、総務省ホームページにおいて「個人住民税の定額減税(案)に係るQ&A集(第1版)」が公表された。 これは、個人住民税における定額減税の経緯・概要や控除方法、徴収方法等についてQ&A形式で詳細を明らかにするもの。 令和6年度税制改正大綱においては、原則、令和6年度分の個人住民税につき定額減税を行い、例外として控除対象配偶者以外の同一生計配偶者に係る定額減税については令和7年度分からとすることが示されていたが、その理由等についても下記のとおり説明されている。 (了)

#Profession Journal 編集部
2024/01/30

《速報解説》 国税庁、インボイス制度に関して「多く寄せられるご質問」を更新~令和5年10月から課税事業者となった場合の令和7年における基準期間の取扱いなど4問追加~

《速報解説》 国税庁、インボイス制度に関して「多く寄せられるご質問」を更新 ~令和5年10月から課税事業者となった場合の 令和7年における基準期間の取扱いなど4問追加~   Profession Journal編集部   インボイス制度に関して「多く寄せられるご質問」は、既報のとおり令和5年11月13日に全13問で国税庁ホームページにて公表され、その後12月13日には設問が5問追加されたところ、本日(令和6年1月26日)付で新たに4問が追加された。 今回新たに公表されたのは次の4問。 このうち問㉒では、令和5年10月1日から適格請求書発行事業者となった個人事業者(令和5年10月1日より前は免税事業者)につき、令和7年分の申告における基準期間(令和5年分)の課税売上高は、免税事業者であった期間(令和5年1月から9月まで)の金額を含むか否かについて取り上げている。 これに対する回答として、基準期間における課税売上高(税抜)は、個人事業者が免税事業者であった期間(令和5年1月から9月)の課税売上高を含む金額で計算することを明らかにしたうえで、免税事業者であった期間に係る課税売上高について税抜処理は行わず、その売上げ(非課税売上げ等を除く)がそのまま課税売上高となることを計算例とともに示している。 なお、インボイス制度開始後、最初の消費税確定申告時期が近いこともあってか、国税庁は同日、「2割特例」に関する情報をまとめた特設ページも公表している。 (了) ↓お勧め連載記事↓

#Profession Journal 編集部
2024/01/26

《速報解説》 「倫理規則」及び「倫理規則に関するQ&A」の改正案がJICPAより公表される~上場事業体及び社会的影響度の高い事業体の定義に関する規定等を改正~

《速報解説》 「倫理規則」及び「倫理規則に関するQ&A」の改正案がJICPAより公表される ~上場事業体及び社会的影響度の高い事業体の定義に関する規定等を改正~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2024年1月24日、日本公認会計士協会は、「倫理規則」及び「倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」」の改正に関する公開草案を公表し、意見募集を行っている。 これは、国際会計士倫理基準審議会(The International Ethics Standards Board for Accountants: IESBA)の倫理規程の改訂等を踏まえた対応である。 倫理規則に関しては、「公開草案に対する質問事項」がある。 意見募集期間は、2024年3月8日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な改正内容 1 上場事業体及び社会的影響度の高い事業体の定義に関する規定 会計事務所等は、本パートを適用する上で、事業体が次の類型のいずれかに該当する場合には、その事業体を社会的影響度の高い事業体として取り扱わなければならない(倫理規則R400.22項)。 社会的影響度の高い事業体に該当する場合、例えば、報酬依存度(特定の社会的影響度の高い事業体に対する報酬依存度が5年連続して15%を超える場合には、原則として監査人を辞任する)に関する規定の遵守が求められる。 2 業務チームの定義及びグループ監査業務に関する規定 用語集の「監査業務チーム(Audit team)」について、例えば、「監査業務の結果に直接的に影響を及ぼすことができる、会計事務所等内の、又は会計事務所等と契約しているその他の全ての者」が対象となるように規定する。 用語集において、グループ監査業務(Group audit)に関連する定義を設ける。また、セクション405「グループ監査業務」を新設する。 3 テクノロジーに関する規定 例えば、「テクノロジーの利用に伴う阻害要因の識別」などが規定されている。 倫理規則における「テクノロジー」の範囲は広範であり、将来的な未知のテクノロジーを含むあらゆるテクノロジーを包含することを意図しているとのことである。 4 「守秘義務の原則」の用語変更 現行の倫理規則では、「守秘義務」の用語を用いて規定しているが、それを「秘密保持」に変更する提案である。「守秘義務の原則」は「秘密保持の原則」に変更される。 今回の変更は、情報の秘密保持がいっそう重要となっていることなどの趣旨について会員の理解を促進するために用語の表現を修正するものであり、従来の考え方を変えるものではない。 現行の倫理上の基本原則では、「守秘義務」は業務上知り得た秘密を守ることとされているが、「秘密保持」は業務上知り得た情報の秘密を守ることとする。 用語集は、秘密情報(Confidential information)について、形式や媒体を問わず(文書、電子、映像、口頭を含む)、公に入手可能となっていない情報、データ又はその他の文書とし、業務上知り得た秘密情報とは、会員が、会計事務所等又は所属する組織から知り得た秘密情報並びに専門業務を行うことにより知り得た依頼人及びその他の事業体の秘密情報をいうとしている。 5 「倫理規則に関するQ&A」(倫理規則実務ガイダンス第1号)の改正 倫理規則の改正案を踏まえ、「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」(倫理規則実務ガイダンス第1号)についても所要の改正を行う。 例えば、「守秘義務」を「秘密保持」に変更することなどである。   Ⅲ 適用時期等 2025年4月1日から適用する。早期適用できる。 (了)

#阿部 光成
2024/01/26

《速報解説》 ASBJが「グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い(案)」を公表~IIRに係る取扱いの見直し予定を踏まえ、2024年3月末までに実務対応報告の改正を想定~

《速報解説》 ASBJが「グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い(案)」を公表 ~IIRに係る取扱いの見直し予定を踏まえ、2024年3月末までに実務対応報告の改正を想定~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2024年1月24日、企業会計基準委員会は、「グローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い(案)」(実務対応報告公開草案第68号(実務対応報告第44号の改正案))を公表し、意見募集を行っている。 グローバル・ミニマム課税の所得合算ルール(IIR)については2023年3月28日に成立した「所得税法等の一部を改正する法律」(令和5年法律第3号)に規定されており、これに対応し、「グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い」(実務対応報告第44号)が公表されているところである。 グローバル・ミニマム課税のルールには、所得合算ルール(Income Inclusion Rule(IIR))のほかに、軽課税所得ルール(Undertaxed Profits Rule(UTPR))及び国内ミニマム課税(Qualified Domestic Minimum Top-up Tax(QDMTT))があり、公開草案は、今後法制化された場合のこれらの取扱いも含めたグローバル・ミニマム課税制度に係る税効果会計の取扱いを定めるものである。 なお、令和6年度の税制改正において所得合算ルール(IIR)に係る取扱いの見直しが行われる予定であることを踏まえて、2024年3月31日までに実務対応報告の改正を想定しているとのことである。 意見募集期間は2024年2月26日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 公開草案は、当面の間、必要と考えられる特例的な取扱いを継続することを提案している。 会計処理について、現行の「改正法人税法の成立日以後に終了する」と「(四半期連結決算及び四半期決算を含む。)」の文言を削除し、次のように規定する(3項、3-2項)。   Ⅲ 適用時期等 改正後の実務対応報告は、公表日以後適用することを提案している。 (了)

#阿部 光成
2024/01/26

プロフェッションジャーナル No.553が公開されました!~今週のお薦め記事~

2024年1月25日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.553を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2024/01/25
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