公開日: 2017/02/02 (掲載号:No.204)
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ストーリーで学ぶIFRS入門 【第13話】「日本でも話題の収益認識(IFRS第15号)」

筆者: 関根 智美

ストーリーで学ぶ
IFRS入門

【第13話】

「日本でも話題の収益認識(IFRS第15号)」

仰星監査法人
公認会計士 関根 智美

 

連載の目次はこちら

● ○ プロローグ ○ ●

とある中規模上場メーカーのリフレッシュルームの一角で、1人の女性が男性に詰め寄っていた。と言っても、艶っぽい雰囲気は皆無だ。男性の方は両手を顔の横に挙げ、「降参」のポーズを取っている。

「どういうこと?あの2人、全然変わってないじゃない。」
30代半ばの女性、橋本は同じ経理部の同僚である伊崎に言った。

事の発端は経理部内の若手2人、藤原と桜井が険悪ムードになったことから始まる。去年の夏にIFRSを導入することが決まったことを受けて、先輩である藤原が後輩の桜井にIFRSについて教えることになった。そこまでは良かったのだが、意識の高い藤原が次第に受身になっていく桜井の勉強態度に我慢できなくなり、ちょっとした諍いがあったようなのだ。

だが、そのせいで10名程度しかいない、こぢんまりとした経理部内の雰囲気を悪化させていることに、当人たちは気づいていない。

そこで、橋本と伊崎がそれぞれに話をして和解させようと試みたのが先月。しかし、2月に入っても2人の仲は元に戻っていなかった。

「えー、僕はちゃんと仕事したよ?ほら、桜井君の方を見てごらん。」
伊崎は、いつもと変わらずゆったり笑みを浮かべながら答える。橋本はリフレッシュルームの入口から経理部のシマをちらりと見た。

桜井は相変わらず右隣の藤原を一瞥もせずPCに集中していた。だが、表情は先月と比べると心なしか晴れやかに見える。

「ほら、ちょっと明るくなっているでしょ?」
伊崎は得意げに言う。橋本もしぶしぶ認めた。

「確かにそう見えるわね。伊崎さん、一体何を桜井君に言ったの?」
橋本は不思議そうに尋ねた。

「簡単だよ。『仲直りしなくていいよ』って。」

「はぁ?」
橋本のこめかみが痙攣しているのは気のせいじゃないな、と伊崎は冷静な目で観察した。

「藤原君の方を見ていると、どうやら橋本さんは直球勝負したんでしょ?」
橋本は図星を指されて言葉に詰まった。橋本は気まずさを紛らわせるために再び経理部の方に視線を移した。桜井の隣に座る藤原は、眉間に皺を寄せて仕事に没頭している。

「あれじゃ、冬眠明けの低血圧の熊にしか見えないよ。」
伊崎はわざとらしく溜め息をついた。

「悪かったわよ。ちょっと頭ごなしに言ったかもしれないわね・・・」
橋本は素直に自分のやり方がまずかったことを認めた。伊崎はふわりと笑って、橋本の頭をポンと叩く。

「ま、種は蒔いておいたから、ひとまずこれで様子を見ていこう。」

「よいしょっ。」
掛け声をあげて、桜井は請求書の束を机に置いた。

「圧巻だな。ここから探し出すのかー」
ミーティングルームの長机には、所狭しと資料の束が山積みにされている。監査対応の事前準備のため、指定された取引の証憑類に付箋を貼っていくのが今日の主な作業だ。藤原と気まずい状態が続いている桜井にとっては、別室の作業は息抜きになって正直嬉しい。

桜井が一覧表を元に請求書に付箋を貼っていると、ノックする音が聞こえた。桜井がドアの方を振り向くと、伊崎が部屋へ入ってきた。

「今、いいかな?これ、財務から来たよ。」
そう言うと、紙の束が入ったクリアファイルを桜井に手渡した。

「得意先への確認状ですね。では、明日、会計士さんが来た時に渡しておきます。」
桜井は用紙をパラパラ捲りながら、ざっと中身を確認する。一方の伊崎は、手近にあった椅子に腰かけると部屋を見渡した。資料のファイルから付箋がチラホラ飛び出しているのが見える。

「これ、全部一人でやるの、大変でしょ?」

「そうですね。でも、地味な作業は好きなので、案外平気です。」
桜井も少し離れた席に座り、休憩を取ることにした。伊崎と雑談を軽く交わし、話の区切りがついたところで、桜井は少し勇気を出して切り出した。

「あのー、伊崎さん・・・つかぬことを伺いますが・・・」

「何だい?」

「先月、IFRSを教えてくださるって話をしたと思うんですけど。」

「ああ、そう言えばそうだったね。」
伊崎は、顎に指を置いて思い出す仕草をした。

「それで、できればIFRSの収益認識の基準について教えてほしいんです。」
藤原がIFRSを教えてくれていた時は藤原が勉強する機会を率先して作ってくれていたため、桜井はそれに従えばよかったのだが、伊崎は自分からは決してIFRSのことを口にしないことに桜井は気づいていた。

「それはいいけど。どうして知りたいと思ったの?」
伊崎は、机に片肘をついて桜井の方を見た。桜井は、ちょっと緊張しながらも説明した。

「日本基準でも収益認識の会計基準が話題になっているし、今、監査対応で売上や仕入れの資料を用意していたんですけど、IFRSが導入されたらどう変わっていくのかな、って疑問に思って・・・」

「なるほど。確かに日本でもIFRS第15号を踏まえた収益認識に関する包括的な会計基準の開発が検討されているから、IFRS第15号を勉強することはその理解に役立つね。それに、前回も収益認識については藤原君から教えてもらってないって言っていたもんね。」

「はい、お願いしてもいいですか?」

「もちろんだよ。もともと僕が藤原君の代わりに教えるって言ったんだしね。ちょうどここにはホワイトボードもあるし、講義するにはピッタリだね。」
伊崎はいたずらっぽく笑うと、2人はホワイトボードの近くに席を移動した。

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「日本でも話題の収益認識(IFRS第15号)」

仰星監査法人
公認会計士 関根 智美

 

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● ○ プロローグ ○ ●

とある中規模上場メーカーのリフレッシュルームの一角で、1人の女性が男性に詰め寄っていた。と言っても、艶っぽい雰囲気は皆無だ。男性の方は両手を顔の横に挙げ、「降参」のポーズを取っている。

「どういうこと?あの2人、全然変わってないじゃない。」
30代半ばの女性、橋本は同じ経理部の同僚である伊崎に言った。

事の発端は経理部内の若手2人、藤原と桜井が険悪ムードになったことから始まる。去年の夏にIFRSを導入することが決まったことを受けて、先輩である藤原が後輩の桜井にIFRSについて教えることになった。そこまでは良かったのだが、意識の高い藤原が次第に受身になっていく桜井の勉強態度に我慢できなくなり、ちょっとした諍いがあったようなのだ。

だが、そのせいで10名程度しかいない、こぢんまりとした経理部内の雰囲気を悪化させていることに、当人たちは気づいていない。

そこで、橋本と伊崎がそれぞれに話をして和解させようと試みたのが先月。しかし、2月に入っても2人の仲は元に戻っていなかった。

「えー、僕はちゃんと仕事したよ?ほら、桜井君の方を見てごらん。」
伊崎は、いつもと変わらずゆったり笑みを浮かべながら答える。橋本はリフレッシュルームの入口から経理部のシマをちらりと見た。

桜井は相変わらず右隣の藤原を一瞥もせずPCに集中していた。だが、表情は先月と比べると心なしか晴れやかに見える。

「ほら、ちょっと明るくなっているでしょ?」
伊崎は得意げに言う。橋本もしぶしぶ認めた。

「確かにそう見えるわね。伊崎さん、一体何を桜井君に言ったの?」
橋本は不思議そうに尋ねた。

「簡単だよ。『仲直りしなくていいよ』って。」

「はぁ?」
橋本のこめかみが痙攣しているのは気のせいじゃないな、と伊崎は冷静な目で観察した。

「藤原君の方を見ていると、どうやら橋本さんは直球勝負したんでしょ?」
橋本は図星を指されて言葉に詰まった。橋本は気まずさを紛らわせるために再び経理部の方に視線を移した。桜井の隣に座る藤原は、眉間に皺を寄せて仕事に没頭している。

「あれじゃ、冬眠明けの低血圧の熊にしか見えないよ。」
伊崎はわざとらしく溜め息をついた。

「悪かったわよ。ちょっと頭ごなしに言ったかもしれないわね・・・」
橋本は素直に自分のやり方がまずかったことを認めた。伊崎はふわりと笑って、橋本の頭をポンと叩く。

「ま、種は蒔いておいたから、ひとまずこれで様子を見ていこう。」

「よいしょっ。」
掛け声をあげて、桜井は請求書の束を机に置いた。

「圧巻だな。ここから探し出すのかー」
ミーティングルームの長机には、所狭しと資料の束が山積みにされている。監査対応の事前準備のため、指定された取引の証憑類に付箋を貼っていくのが今日の主な作業だ。藤原と気まずい状態が続いている桜井にとっては、別室の作業は息抜きになって正直嬉しい。

桜井が一覧表を元に請求書に付箋を貼っていると、ノックする音が聞こえた。桜井がドアの方を振り向くと、伊崎が部屋へ入ってきた。

「今、いいかな?これ、財務から来たよ。」
そう言うと、紙の束が入ったクリアファイルを桜井に手渡した。

「得意先への確認状ですね。では、明日、会計士さんが来た時に渡しておきます。」
桜井は用紙をパラパラ捲りながら、ざっと中身を確認する。一方の伊崎は、手近にあった椅子に腰かけると部屋を見渡した。資料のファイルから付箋がチラホラ飛び出しているのが見える。

「これ、全部一人でやるの、大変でしょ?」

「そうですね。でも、地味な作業は好きなので、案外平気です。」
桜井も少し離れた席に座り、休憩を取ることにした。伊崎と雑談を軽く交わし、話の区切りがついたところで、桜井は少し勇気を出して切り出した。

「あのー、伊崎さん・・・つかぬことを伺いますが・・・」

「何だい?」

「先月、IFRSを教えてくださるって話をしたと思うんですけど。」

「ああ、そう言えばそうだったね。」
伊崎は、顎に指を置いて思い出す仕草をした。

「それで、できればIFRSの収益認識の基準について教えてほしいんです。」
藤原がIFRSを教えてくれていた時は藤原が勉強する機会を率先して作ってくれていたため、桜井はそれに従えばよかったのだが、伊崎は自分からは決してIFRSのことを口にしないことに桜井は気づいていた。

「それはいいけど。どうして知りたいと思ったの?」
伊崎は、机に片肘をついて桜井の方を見た。桜井は、ちょっと緊張しながらも説明した。

「日本基準でも収益認識の会計基準が話題になっているし、今、監査対応で売上や仕入れの資料を用意していたんですけど、IFRSが導入されたらどう変わっていくのかな、って疑問に思って・・・」

「なるほど。確かに日本でもIFRS第15号を踏まえた収益認識に関する包括的な会計基準の開発が検討されているから、IFRS第15号を勉強することはその理解に役立つね。それに、前回も収益認識については藤原君から教えてもらってないって言っていたもんね。」

「はい、お願いしてもいいですか?」

「もちろんだよ。もともと僕が藤原君の代わりに教えるって言ったんだしね。ちょうどここにはホワイトボードもあるし、講義するにはピッタリだね。」
伊崎はいたずらっぽく笑うと、2人はホワイトボードの近くに席を移動した。

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筆者紹介

関根 智美

(せきね・ともみ)

公認会計士

神戸大学経営学部卒業
2005年公認会計士2次試験合格
2006年より大手監査法人勤務後、語学留学及び専業主婦を経て、
2015年仰星監査法人に入所。法定監査を中心に様々な業種の会計監査業務に従事する。
2017年10月退所。

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