租税争訟レポート 【第30回】 「使途を明らかにしない商品券の購入代金に対する課税 (東京地方裁判所判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【事案の概要】 本件は、株式会社A(以下「原告」という)が、原告との吸収合併により消滅した株式会社B(以下「B社」という)が、平成19年3月期及び平成21年3月期の法人税の確定申告をしたところ、土浦税務署長から各更正処分を受けたことに関し、各更正処分につき、いずれも違法があると主張して、それらの部分の取消しを求める事案である。 争点は、B社が、①平成19年3月期において購入した商品券の購入のための費用が損金の額に算入することができるか否か、②平成21年3月期において、市場価格より低額で取得した株式の取得により、譲受差額に相当する額が受贈益として益金の額に算入されるか否か、③同じく、市場価格より低額で譲渡した株式の譲渡により、譲渡差額に相当する額が収益として益金の額に算入され、かつ、同額が寄附金の額に該当するか否か、の3点であるが、本稿では、もっとも実務上の参考になると思料する①の争点について、原告の主張とそれに対する裁判所の判断を検討したい。 【原告の主張:B社による商品券の購入とその使途】 【国税不服審判所による裁決の内容】 原告は、本件訴訟を提起するに先立って、国税不服審判所に審査請求をしており、その要旨が、以下のとおり公表されている(一部抜粋し、引用にあたり固有名詞を統一した)。国税不服審判所による裁決では、交際費等の3要件である、 を説明したうえで、次のように請求人(原告)の請求を退けている。 【東京地方裁判所の判断】 東京地方裁判所は、こうした原告による主張立証を踏まえ、次のように判断した。まず、一般論として、損金算入の是非について、こう判示した。 次いで、東京地方裁判所は、原告の主張の変遷について検討する。 1 原告、B社による主張の変遷 裁判所は、土浦税務署による税務調査時の状況、審査請求時の主張、本件訴訟における主張が変遷していることを以下のように指摘した。 (1) 土浦税務署による税務調査時のB社の対応 土浦税務署に所属する職員は、B社の経理担当者に宛てて、「「商品券」の購入がありますが、使用状況のわかる書類をお願いします。」と記載した平成23年6月8日付けの「税務調査におけるご依頼の件について」と題する書面を送付し、同職員らは、その送付の後である同年8月10日、B社の代表者に対して、「総勘定元帳で交際費として計上している商品券と記載があるが、使用状況の分かる書類を提示してください。」との質問をしたところ、同人は、「商品券を渡した相手は多数で、特に明細は作っていません。頭の中では、誰に渡したかは分かっています。」との回答をし、提示を求められた書類を提示することはなかったことが認められる。また、証人自身、本件商品券について、特定の時点における在庫の枚数や、いつ、どこで、誰に、何枚渡されたかについて記録された帳簿や書面はなく、本件商品券を交付した相手から領収の事実を証する書面をもらっていないことなどを自認していることにも照らすと、本件商品券の使途を具体的に特定する事項を記録した書面等は、B社が本件商品券を購入してから現在に至るまで、全く存在しないものと認められる。 (2) 審査請求時における原告(審査請求人)の主張 原告又は合併前のB社は、本件各更正処分についての審査請求において、本件商品券の使途が、①「新しい教育機関の認可を取得するために助言してくれた人たちへの謝礼としての合計500,000円分」、②「学校等を設立するために書類作成やスタッフの募集に協力してくれた人達への謝礼としての合計500,000円分」及び③「学校職員の募集に応じて面接に来た者、スタッフ等の約50名に対する交通費としての合計1,000,000円分」である旨の主張をしているところ、この主張に係る使途のうち少なくとも①及び②については、本件訴訟における原告の主張とは全く異なるものであるし、③についても、具体的な相手に食い違いがあるといわざるを得ないのであって、このこと自体からみても、証人の供述をにわかに信用することができないというべきである。 2 結論 東京地方裁判所は、こうした原告、B社による主張の変遷を重要視し、以下のように結論づける(下線は引用者)。 【解説】 購入した商品券などの金券については、購入枚数や金額を記録したうえで、その配布先、配布時期、配布枚数などを記録し、常に残高を把握するという管理は、法人組織の内部管理体制としては、通常のものであると言って差し支えないと考える。 本件は、そうした内部管理ができていなかった場合に、課税庁、国税不服審判所及び裁判所がどのような判断を行うかという点を改めて確認するには、格好の事例であると考え、取り上げた次第である。 1 変遷した原告の主張に対する裁判所の不信感 原告及びB社による商品券の使用状況に関する説明は、 「商品券を渡した相手は多数で、特に明細は作っていない」 「頭の中では、誰に渡したかは分かっています」 認可取得のための助言の謝礼・・・合計500,000円 学校等を設立するため協力してくれた人達への謝礼・・・合計500,000円 募集に応じて面接に来た者、スタッフ等の交通費・・・合計1,000,000円 面接に来てくれた者への交通費の代わりや、就任を承諾した者への御礼 という変遷をたどっているが、いずれにせよ、購入時から配布完了時までの原始記録は存在せず、結果として、原告の主張は認められなかった。 2 事業関連性はあるか否か 本件訴訟では、交際費等の3要件である相手方を原告が立証できなかったため、その支出が事業に関係のある者等であるか否か、すなわち、事業関連性については、争点とならなかったわけだが、本件において、もし、原告が配布者リストを作成していたとすれば、その支出の相手方が、事業に関係のある者であったかどうかが焦点となることも考えられる。 本件は、原告及びB社の当時の営業とはあまり関連性のない新規教育機関設立のための謝礼であったという、原告の説明が仮に認められたにしても、事業関連性をどう主張立証するかという問題があったかと思料する。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第22回】 「パチンコ球遊器事件」 ~最判昭和33年3月28日(民集12巻4号624頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第28回】 「私法上の法律構成による否認論⑤」 公認会計士 佐藤 信祐 前回では、映画フィルム事件について解説を行った。本稿では、日蘭組合事件及び投資クラブ事件について解説を行う。 6 日蘭組合事件(東京高裁平成19年6月28日判決・税資257号〔順号10741〕) (1) 事実の概要 日本C株式会社(以下「日本C」という)とオランダ王国(以下「オランダ」という)の法人であるA(以下「A」という)は、平成6年11月1日付けで契約を締結した。原告は、Aの同契約上の地位を承継したオランダ法人である。 本事件は、被告が、原告が同契約に基づき日本Cから受領した金員は、原告が日本国内に有する恒久的施設を通じて行う事業から生じた所得であり、平成14年改正前法人税法138条1号に規定する「国内源泉所得」及び日蘭租税条約8条1項に規定する「企業の利得」に当たるとして、平成13年2月8日付けの決定及び無申告加算税賦課決定をした事件である。 なお、最高裁平成20年6月5日決定・税資258号(順号10965)では、上告不受理となっている。 (2) 第一審(東京地裁平成17年9月30日判決・税資255号〔順号10151〕) (3) 控訴審 控訴審は、基本的には、第一審の判断を踏襲しているため、詳細な解説は省略する。 (4) 評釈 このように、匿名組合に該当するという納税者の主張を認め、日蘭租税条約に基づき、我が国に課税権がないものと判示された。 このような租税回避スキームが横行したため、平成22年における日蘭租税条約の改定では、我が国で課税されるようになった。 本事件のように、私法上の法律構成による否認論といっても、真実の事実関係を認定するに過ぎず、課税をするための事実関係の創造というものは、裁判所では認められない。私法上の法律構成による否認論に対する批判は、一連の裁判における課税当局の主張のように、課税をするための事実関係の創造までできるかのような挑戦が行われたためであると思われる。 7 投資クラブ事件(東京高裁平成19年10月30日判決・税資257号〔順号10811〕) (1) 事実の概要 本事件は、原告の勤務先会社及びその関係企業の一定の役職以上の者を会員とする「Aクラブ」の会員であった原告が、「Aクラブ」への出資金の運用益(米国企業等への投資によるもの)の分配を受け、これを租税特別措置法所定の申告分離課税となる「株式等に係る譲渡所得等」として所得税の確定申告をしたところ、所轄税務署長が、当該運用益の分配は、原告の勤務先会社が行った投資行為によるもので、原告自身の株式等の譲渡行為によるものではなく、租税特別措置法の適用はないとして、所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした事件である。 (2) 第一審(東京地裁平成19年6月22日判決・訟月54巻9号426頁) (3) 控訴審 控訴審は、基本的には、第一審の判断を踏襲しているため、詳細な解説は省略する。 (4) 評釈 このように、匿名組合分配金であることから、雑所得に該当するため、「株式等に係る譲渡所得等」には該当しないと判断された。 なお、原告は、所得税基本通達36・37共-21の遡及適用であるという主張も行ったが、裁判所では認められなかった。現在の同通達では、匿名組合員が匿名組合契約に基づいて営業者から受ける利益の分配は雑所得とするものの、重要な業務執行の決定を行っているなど組合事業を営業者と共に経営していると認められる場合には、事業所得又はその他の各種所得とする旨が規定されている。本事件では、重要な業務執行の決定を行っていないことが雑所得に該当すると判断された主たる理由となっている。 次回では、課税減免規定の限定解釈について検討を行う予定である。 (了)
ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第11話】 「無形資産にのれんは含まれない?」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美 「藤原さん、お疲れみたいですね。」 後輩の山口が藤原に気を使って、小声で桜井に話しかけた。当の藤原は、お昼の弁当を掻きこんだ後、机に伏せて爆睡している。 「最近残業が続いているらしいから。」 桜井もつられて小声で返事をすると、隣の席をちらっと見た。藤原は入社3年目の桜井よりも2つ上の先輩だ。経理部に配属された直後から桜井の教育係だったこともあり、いろいろとお世話になっている。 彼らが勤めているのは、中規模ながらも東証一部上場のメーカーだ。今年の夏に会社がIFRSを導入することを決めてから、藤原はプロジェクトチームのメンバーの一員としていろいろ動いているらしい。まだ戦力不足の桜井は、藤原からIFRSを教えてもらってはいるものの、基本的には蚊帳の外なので、詳しい活動内容は分からないのだが。 「忙しいせいか、藤原先輩、ちょっとピリピリしていますよね。」 「へぇ、そうなんだ。」 突然、2人の間に30代半ばの男性が割って入ってきた。彼の名前は、伊崎治義。課長の倉田と藤原・桜井の中間に位置する、言わば係長クラスの人物だ。彼もまた、IFRS導入プロジェクトチームの一員である。 「今、IFRSプロジェクトの雑務がすべて藤原くんに降ってきている状態だから、完全にキャパオーバーなんだよね、彼。」 「伊崎さん、シーッ。藤原先輩が起きちゃうじゃないですか。」 桜井が伊崎に声をかける。 「大丈夫、大丈夫。このくらいの声じゃ起きないって。」と手を振りながら、伊崎は答えた。 「あ、本当ですね。まだ寝ているみたいです。」と、山口が藤原に近づいて様子を窺う。藤原は相変わらず寝息を立てていた。 「だろう?そもそも以前から経理部のマンパワー不足は問題になっていたから、IFRS導入後のことも見据えて新しい人を今探しているんだよね。でも、IFRSに詳しくてウチで働いてくれる人って、なかなか見つからないみたいでさ。」 「へぇ。そんなに厳しいんですか?」 桜井に頷き返そうとした伊崎がはっとして山口に声をかけた。 「山口君、危ないよ。」 と注意するや否や、藤原が急に目を開けて上体を起こした。様子を窺うために藤原に近づいていた山口は逃げ遅れて、顔面に藤原の頭突きを受ける格好になった。 ガツンという音とともに、藤原は頭を、山口は鼻をそれぞれ押さえてうずくまる。 「・・・・・・!!!」 不意の激痛は人から言葉を奪う。 「藤原先輩、何でいきなり起きるんですか?」 桜井はとっさに山口に駆け寄り怪我の状態を確認する。幸い山口の鼻の骨は折れておらず、鼻血も出ていないようだ。 「おいおい、俺のせいかよ。」 寝起き直後に鈍痛をくらった上、よく分からない理由で後輩からなじられ、納得のいかない藤原は声を荒げた。 「すみません、先輩、僕が悪いんです。」と、真っ赤になった鼻を押さえながら、よろよろと立ちあがった山口が頭を下げる。 「おい、こら、なんかイジメみたいな図じゃないか。俺も悪かったんだし、頼むから頭を上げてくれ。」 185㎝のがっしりした体型の藤原にヒョロっとした170㎝の山口が謝る構図は、確かにイジメと取られてもおかしくないな、と桜井も思った。 「これでまた、他部署の奴らからパワハラだってからかわれるんだから、勘弁してくれよ。」 「えっ!すみません。そうとは知らずに頭を下げてしまって、すみませんでした・・・」 恐縮した様子で山口はさらに何度も頭を下げる。藤原は額に手を当て、天を仰いだ。 「うん、悪循環ってやつだね。」 そう言うと、伊崎は山口の肩をポンと叩き、「とりあえず、医務室に行って鼻を診てもらおうか。」と山口を廊下へ促した。 「さすが、伊崎さん。いつ見ても鮮やかな手際ですね。」 桜井はスマートに山口を藤原から引き離す伊崎の背中を称賛の眼差しで見送った。 「本当に食えない人だよなー・・・あ!今何時だ?」 藤原ははっとして時計を確認すると、ほっと安堵の表情を浮かべた。12時30分。午後の始業までまだ30分ある。 「午後から急ぎの用事でもあるんですか?」 桜井は藤原の方を振り返って尋ねた。 「いや、午後から開発と製造事業本部とのミーティングがあるんだ。IFRS絡みだよ。開発費の資産計上って聞いたことあるだろう?」 「えーと、あるような、ないような・・・」 目を泳がせながら答える桜井に藤原は長いため息をついた。 「お前、無形資産の勉強はしてないのか?」 呆れた口調で訊いた藤原に桜井は後ろめたそうに答えた。 「・・・はい。」 まだ昼休みは終わっていないため、2人は再び席についてコーヒーを飲むことにした。藤原はコーヒーを一口すすり、桜井に対する不満を鎮めるために深呼吸をした後、コホンと咳払いをした。 「さっきの無形資産の話に戻るけど、IFRSの無形資産がIAS第38号に規定されているってことは、知ってるよな?」 「えぇ、基準の番号は聞いたことあります。」 「そうか。日本基準との違いはいくつかあるが、無形資産を認識した後、一定の期間で償却するという基本的な処理は日本基準と似ているんだ。」 「へぇ。」と桜井は相槌を打った。 「まず、IAS第38号を勉強する上でのポイントは2つある。」 藤原は指を2本立てながら、次のポイントを挙げた。 【IAS第38号のポイント】 一定の要件を満たした開発費は資産計上しなければならない。 「耐用年数が確定できない無形資産」とその会計処理。 「開発費の資産計上って、さっき先輩も言ってましたね。日本基準だと、研究開発費は全額費用計上するけど、IFRSでは開発費の部分は資産計上することになるんですね。」 「ああ。」と藤原は頷いた。 「2つ目は、『耐用年数が確定できない無形資産』ですか。これは日本基準にはない考えですね。」 「そうだな。そして、基本的に無形資産は有形固定資産と似ている規定が多い。有形固定資産は以前教えたな。」 藤原は片眉を上げて、桜井をちらりと横目で見た。 「はい。復習はちゃんとしていますから大丈夫です。」と、桜井は胸を張って答えた。 「よし。じゃ、この2つのポイントを押さえておけば、IAS第38号『無形資産』の基礎は問題ない。」 「はい。分かりました。」 IAS第16号「有形固定資産」との類似点 「ところで、有形固定資産と似ているって、具体的にはどんな点が似ているんですか?」 桜井はまだ温かいコーヒーをすすりながら、隣の席の藤原の方に椅子を回転させた。 「そうだな・・・。順番に挙げると、まずは認識規準だな。」 「認識規準と言うと・・・」桜井は手に持っていたカップを机の上に置き、引出しからいつもの勉強用ノートを取り出した。 「『その資産に起因する期待される将来の経済的便益が企業に流入する可能性が高く、かつ、当該資産の取得原価を信頼性をもって測定できる場合に資産として認識する』という規準ですね。概念フレームワークにある財務諸表の構成要素の認識規準と整合しているんでしたよね。」 「ああ、その通りだ。ずいぶん前になるけど、教えたよな。無形資産もその2つの認識規準、つまり蓋然性規準と信頼性規準を満たした時に認識されるんだ。他にも、当初測定の方法として取得原価を採用していることや、認識後の測定は原価モデルと再評価モデルのどちらかを選択して適用する点も同じだな。」 「へぇ。そうなんですね。」 「それから、償却についても、耐用年数にわたって将来の経済的便益の費消パターンに近似する方法で規則的に償却する点についても同様だ。もちろん、IAS第36号の減損会計を適用することもな。」 「はい、分かりました。」 「ちなみに、無形資産の償却は、英語ではamortisationと言う。有形固定資産で使われるdepreciationではないから、これも特にお前にとっては注意が必要だな。」 「・・・ややこしいです。」と桜井は眉をひそめた。 「それにしても、当初認識や当初測定、それから認識後の測定に至るまで無形資産と有形固定資産の基本は一緒なんですね。・・・ということは、有形固定資産の規定を理解していれば一通りの会計処理は大丈夫そうですね!」 「大まかな部分はな。もちろん、有形固定資産にはない、無形資産特有の論点もある。その中でも大きなものが、さっき挙げたIAS第38号の2つのポイントってわけだ。」 「なるほど。」と、桜井は大きく頷いた。 無形資産の定義 「じゃあまず、無形資産(intangible assets)って、どういう資産か分かるか?」 藤原は大きな体を背もたれに預け、腕を組んで桜井に質問した。 「えーと、ソフトウェアとか、特許権とか、のれんとかですか?」 桜井は一瞬戸惑った。こういう項目が無形資産になる、という感覚はあっても、定義を聞かれると答えられなかったからだ。藤原もそれは分かっていたようで、桜井の答えに頷きを返した。 「IFRSでは、無形資産は、『物理的実態のない識別可能な非貨幣性資産』と定義されているんだ。ここで、復習してみようか。概念フレームワークにおける「資産」とは何か、覚えているか?」 藤原の突然の質問に、桜井は少し慌てて記憶を辿った。 「えーと、資産とは・・・過去の事象の結果として企業が支配していることと、将来の経済的便益が企業に流入することが期待できるという、両方の要件を満たした資源のことですよね。」 「そうだ。無形資産はさらにその資産の2要件を満たしたものを言うんだ。」 「つまり、無形資産は、物理的実態のない識別可能な非貨幣性資産で、過去の事象の結果として企業が支配していて、かつ、将来の経済的便益を会社にもたらすことが期待できる資源のことを言うことですね。うーん・・・定義にすると、結構複雑ですね。」 「ま、そこはしょうがないな。」と、藤原は笑った。 無形資産の定義は3つの要件で構成されている 「と言っても、定義に含まれている要件は3つだけだ。識別可能性(identifiability)、資源に対する支配(control)、それから将来の経済的便益(future economic benefits)の存在だな。」 「あ、定義を読み上げると長いなって思いましたけど、要件だけに絞るとそうでもないんですね。」 桜井はほっとした表情を見せた。 ◆「識別可能性」とは分離可能な資産か、契約等の法的権利から生じている資産のこと 「ところで、要件の中の『識別可能性』って、どういうことを指すんですか?『支配』や『将来の経済的便益の存在』については、今までに教えてもらいましたから、だいたい理解できるんですけど・・・」 「資産が『識別可能』であるというには、2つのケースがある。まず、資産が分離可能である場合だ。つまり、その無形資産が企業から分離または分割して、単独でまたは関連する契約や識別可能な資産負債とともに、売却、移転、ライセンス供与、賃貸または交換することができる場合を指している。」 「へぇ。」 「そして、もう1つのパターンとして、資産が契約またはその他の法的権利から生じている場合だ。この場合は、その権利が譲渡可能かどうかや、企業や他の権利及び義務から分離可能かどうかは問わない。」 「なるほど。その2つのケースのどちらかに該当すれば、その無形資産は『識別可能性』を満たしていると言えるんですね。」 藤原は頷いた。 ◆定義を満たさない無形資産は原則発生時に費用処理される 「あのー、もし無形資産が定義を満たさなかった場合はどうなるんですか?」 桜井は定義の要件とその説明をノートに書き留めると、顔を上げて藤原に質問した。 「その場合は、その無形項目を取得または内部で創出するための支出を発生時に費用として認識する。ただし、企業結合で取得したケースだと、のれんの一部を構成することになるんだ。」 「なるほど。定義を満たさない無形項目は、企業結合で取得した場合でなければ、資産計上されずに費用処理されるんですね。分かりました。」 ◆のれんはIFRS第3号「企業結合」に従い会計処理される 「それから、さっき無形資産とは何か、と俺が聞いたとき、『のれん』と答えただろう?」 「はい。だって、のれんは無形資産に計上されますよね?」 桜井は、自社の貸借対照表を思い浮かべながら答えた。 「日本基準ではな。ただし、IFRSでは、のれんは無形資産の定義の要件にある『識別可能性』を満たさないことから、無形資産ではないという扱いなんだ。」 「え、そうなんですか?」 「IFRSでは、のれんはIFRS第3号の『企業結合』の規定に従い会計処理を行うことになる。」 「へぇ。」と答えた桜井は、忘れないようにノートにメモした。 IAS第38号では取得形態毎の当初測定が規定されている 「話を無形資産に戻すぞ。」 「はい。」と桜井は頷く。 「IAS第38号では、取得形態毎に、当初測定について規定している。」 「取得形態毎ですか?」 桜井は首を傾げた。 「ああ。基準では、以下の6つに分類している。」 ① 個別の取得 ② 企業結合の一部として取得 ③ 政府補助金による取得 ④ 資産の交換 ⑤ 自己創設のれん ⑥ 自己創設無形資産 「こんなにたくさん取得形態があるんですね!」 ◆自己創設のれんは資産計上禁止 「そうだ。そのうち、⑤の自己創設のれんについては、資産計上してはいけない、という規定だけどな。これらの取得形態の中から⑥自己創設無形資産をピックアップして、もうちょっと詳しく内容を説明してやろう。」 「え、どうしてですか?」 不思議そうに尋ねた桜井に対し、藤原はニヤリと返した。 「IAS第38号のポイントの1つ目に絡むからだ。」 「えーと、『一定の要件を満たした開発費は資産計上しなければならない』というポイントですね。」 先ほど取ったメモを見返した桜井に、藤原は頷いた。 【IAS第38号のポイント】 「耐用年数が確定できない無形資産」とその会計処理。 ◆自己創設無形資産とは企業内部で作られる無形資産のこと 「先輩、そもそも自己創設無形資産って何ですか?初めて聞く言葉ですけど・・・」 桜井は恐る恐る藤原に尋ねた。 「自己創設無形資産(internally generated intangible assets)とは、企業内部で創出された無形資産のことを言うんだ。要するに、研究開発費だな。」 「あ、なんだ。そう言ってもらった方が分かりやすいですね。英語は覚えられそうにないですけど・・・」 ◆自己創設無形資産の認識要件を評価するのは難しい 「まず自己創設資産の特徴として、資産計上するにあたって認識規準を満たすかどうかを評価することが難しいという問題があるんだ。」 「認識規準って、さっきも出ましたけど、将来の経済的便益を獲得する可能性が高く、当該取得原価を信頼性をもって測定できるという2規準のことですね。」 「ああ。具体的に言うと、期待される将来の経済的便益を生成する識別可能な資産が存在するのかどうか、またはどのような場合に存在するといえるのか識別することが難しいという問題がひとつ。そして、自己創設のれんのためのコストや日常業務の運営コストと区別ができない場合は、資産の取得原価を信頼性をもって算定することができないといった問題がある。」 「なるほど。」 ◆無形資産の創出過程を研究局面と開発局面に区分して考える 「そこで、IFRSでは資産の創出過程を研究局面(research phase)と開発局面(development phase)に分類して、一定の要件を満たした開発費を資産計上しなければならない、と規定しているんだ。」 「へぇ。日本基準のようにすべて費用計上とはならないんですね。」 「そうなんだ。」 そこで、桜井は小さく手を上げて質問した。 「あのー、今さらなんですけど、研究局面と開発局面って、どう違うんですか?」 「そうだな。ここは説明しておいた方がいいな。まず、「研究」とは、新規の科学的または技術的な知識及び理解を得る目的で実施される基礎的及び計画的調査をいう。」 「はい。」 「そして、「開発」とは、簡単に言うと、商業ベースの生産または生産開始前における研究成果または他の知識の応用をいう。IFRSにある定義はもうちょっと長いが、お前のことだから『または』が多すぎて理解できない!とか言い出しそうだからな。」 説明をするたびに不安そうな表情を浮かべる桜井を見て、藤原はため息をつきながら言った。 「さすが、先輩。よく分かっていますね!つまり、『研究→開発』って流れになるんですね。」 「・・・その通りだ。」 急に元気になる桜井に、藤原はさらに深いため息をついた。 「ただし、研究局面や開発局面という用語は、研究や開発の定義よりも広い概念となっている。また、実際の現場では研究局面か開発局面が区別できない活動もある。その場合は、当該活動による支出は研究局面で発生したものとして扱うことになるんだ。」 「へぇ。どちらか区別できないものは、研究局面として扱う、と・・・」 口に出しながら、桜井はさらにノートに書き加えていった。 ◆研究局面から生じた無形資産に関する支出は発生時に費用処理 「まず、研究局面から生じた無形資産は認識せずに、研究に関する支出は発生時に費用として認識しなければならない。」 「はい。研究局面から生じた無形資産は認識しないんですね。」 ◆開発局面から生じた無形資産で一定の要件を満たすものは資産計上しなければならない 「そして、開発局面から生じた無形資産は、以下の6つの要件をすべて立証できる場合にのみ資産として認識しなければならないんだ。」 藤原は、続けて6要件とまとめた資料をクリアファイルから取り出して、桜井に渡した。どうやら午後のミーティング資料の一部のようだ。 【開発費資産計上の要件】 使用または売却に利用できるように完成させることの技術上の実行可能性 使用または売却の意図 使用または売却できる能力 無形資産が可能性の高い将来の経済的便益をどのように創出するのか 使用または売却するために必要な適切な技術上、財務上及びその他の資源の利用可能性 開発期間中の無形資産に起因する支出を信頼性をもって測定できる能力 「え、これらをすべて立証する必要があるんですか?」 資料を見た桜井は、項目の多さに驚いた様子だ。 「ああ。IFRSでは、これらの要件を企業が積極的に立証しなければならないんだ。」 「へぇ。しかも、資産計上『してもいい』じゃなく、『しなければならない』んですね。」 「そうだ。そして、上の要件をすべて立証できた時点から生じた支出がその無形資産の取得原価になる。」 「では、立証できる前に生じた支出は、費用処理することになるんですね。」 「ああ。図で表した方が分かりやすいかな。」 そう言うと、藤原は紙に簡単な図を描き始めた。 「なるほど。確かに図の方が理解しやすいですね。」 桜井は、さっそく自分のノートに同じ図を書き写した。 ◆認識してはいけない自己創設無形資産 「それから、自己創設無形資産の中でも資産として計上してはいけない項目がある。」 藤原は桜井が書き終えるのを待たずに説明を続けた。 「え。まだ先があるんですか?」 桜井はペンを持つ手をピタッと止めて、藤原を見上げた。 「もちろんだ。内部で創出したブランド、題字、出版表題、顧客リストや実質的にそれらに類似する項目は無形資産として認識できないんだ。」 「へぇ、そうなんですね。」 「ああ。これらに関する支出は事業全体を発展させるコストと区別ができないと考えられているからな。」 「なるほど。」 桜井は、これらについても忘れないようにメモを取った。 耐用年数が確定できない無形資産とは 藤原は、コーヒーを飲んで喉を潤すと、再び口を開いた。 「続いて、IAS第38号のポイント2つ目についてだが・・・」 「『耐用年数が確定できない無形資産』ですね。」 桜井はノートを確認して藤原の言葉を引き継いだ。 【IAS第38号のポイント】 一定の要件を満たした開発費は資産計上しなければならない。 「ああ、そうだ。『耐用年数が確定できない』とは、どういうものかと言うとだな・・・」 そこで、桜井が口を挟んだ。 「単に耐用年数を正確に算定するのが難しいケース、ってことじゃないんですか?」 「いや、それが違うんだな。」と言うと、藤原はニヤリと笑った。 「『耐用年数が確定できない無形資産』(intangible assets with an indefinite useful life)とは、関連するすべての要因の分析に基づいて、無形資産が企業への正味のキャッシュ・インフローをもたらすと期待される期間について予見可能な限度がない場合のことを言う。」 「へぇ!見積もりが困難な場合ではなくて、『予見可能な限度がない場合』、なんですね。」 「そうだ。ただし、耐用年数が『確定できない』という言葉は、『無限』を意味するわけではないということに留意が必要だ。」 「『予見可能な限度がない』のであって、『無限ではない』ってことですか・・・」 桜井は眉間に皺を寄せて、藤原の説明を復唱した。 「ちなみに、耐用年数を決定する際には、当該資産の使用方法、製品ライフサイクル、技術上等の陳腐化、市場の需要変化、競争相手の予想される行動、将来の経済的便益を獲得するために必要な維持管理の支出の水準等、及び当該資産に対する支配の期間などの多くの要因を考慮することになる。」 ◆耐用年数が確定できない無形資産は償却しない 「分かりました。では、もし『耐用年数が確定できない無形資産』と判断されたら、どう会計処理することになるんですか?」 「耐用年数が確定できない無形資産は、償却してはいけないんだ。」 「じゃあ、取得原価がそのまま資産計上され続けることになるんですか?」 「原価モデルを採用した場合は基本的にそうなる。ただし、毎期耐用年数が確定できないかを判定する必要があるぞ。それに、少なくとも毎年減損テストを行う必要がある。」 「なるほど・・・そう言えば、IAS第36号の減損会計の時に『耐用年数の確定できない無形資産』の減損テストについて教えてもらいましたね!このことを指していたんですね。」 「やっと思い出したか・・・」 やれやれと、藤原は頭を振った。 「最後に、IFRSでは無形資産に関してどんな開示をするのかも知っておいた方がいいだろう。」 「はい。お願いします。」と、桜井は軽く頭を下げた。 「無形資産の開示には、大きく4つの項目がある。」 そう言うと、藤原は科目ごとに作っている開示内容のまとめの表をファイルから取り出し、桜井に渡した。 〇 無形資産の種類ごとに以下の開示 耐用年数を確定できるかできないかの区別、耐用年数を確定できる場合は、採用された耐用年数、または償却率及び償却方法 期首と期末の償却前簿価と償却累計額(減損損失累計額も含む) 無形資産の償却費が含まれる包括利益計算書上の表示科目 帳簿価額の期首から期末までの変動の調整表 〇その他の追加情報 耐用年数が確定できない無形資産に関する情報 重要な無形資産について詳細、帳簿価額及び残存償却期間 政府の補助により取得した無形資産に関する情報 権利が制限されている無形資産及びその帳簿価額、並びに負債の担保となっている無形資産の帳簿価額 無形資産を取得するに関し約定した金額 〇 再評価モデル採用の無形資産についての追加情報 〇 当期中に費用として認識した研究開発費の総額 しばらく開示項目を眺めていた桜井が口を開いた。 「耐用年数や償却方法の開示は、日本基準とそう変わりませんね。それから、資産の種類毎に調整表を作成するのは、有形固定資産の開示と同じなんですね。」 「ああ。IFRS任意適用会社の開示を見ると、この調整表が有形固定資産の調整表と類似しているのがよく分かるぞ。」 「へぇ。後で確認してみます。」 「それから、無形資産の開示では、耐用年数が確定できない資産に関する情報や、当期中に費用として認識した研究開発費の総額なども開示することになるな。」 「なるほど。だいたいのイメージが掴めてきました。」 「ま、基本的なところはこんなもんだな。」 桜井はほっと息をついて、大きく伸びをした。 藤原は再び時計を確認した。時刻は1時10分前を指している。 「そろそろ行かなきゃいけないな。」 残りのコーヒーを飲み干した後、しばらく黙って資料を揃えていた藤原がおもむろに切り出した。 「お前さ、最近IFRSの勉強たるんでるだろ?」 桜井は最近藤原が何か言いたそうにしているのを薄々感じていたのだが、藤原の口調がいつもと違い真剣だったため、思わず言い訳を口にしてしまった。 「え?そうですか。でも、他にやることがいっぱいあって・・・」 「例えば、母校の講演準備とかか?」 藤原がチラリと桜井を見る。少し意地の悪い藤原の返しに桜井は黙り込んだ。 藤原は、ふぅっと息をついて言った。 「前から思っていたんだが、IFRSはこの数年のうちに必ず必要になる知識なのに、俺が教えないとお前は全然勉強しないよな?」 「でも、復習はきちんとしています。」 桜井も藤原の言葉に少しムッとして言い返した。だが、藤原も負けてはいない。 「俺はお前の姿勢について言っているんだ。」 「それ、どういう意味ですか?でもぶっちゃけ、今の僕にIFRSなんて必要ないじゃないですか。」 2人はしばらくの間睨み合っていたが、藤原が先に顔を背け再びため息を吐いた。 「もういい。ちょっと自分で考えてみろ。」 そう言うと、藤原はミーティングの資料を手に取り席を立った。 1人席に残された格好になった桜井は、藤原の背中が視界に入らないようにうつむき、歯を食いしばった。 (了)
ストック・オプション会計を学ぶ 【第4回】 「権利確定日以前の会計処理」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号。以下「ストック・オプション会計基準」という)にしたがって、権利確定日以前のストック・オプションの会計処理の概要について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 権利確定日以前の会計処理 1 概要 権利確定日以前の会計処理に関する基本は、ストック・オプションの公正な評価額を、対象勤務期間にわたって費用として計上し、対応する金額を、ストック・オプションの権利の行使又は失効が確定するまでの間、貸借対照表の純資産の部に、新株予約権として計上するものである(ストック・オプション会計基準4項)。 権利確定日以前の会計処理を仕訳で示すと次のイメージになる。 具体的には次のように計算する(ストック・オプション会計基準5項~7項)。 ① ストック・オプションの公正な評価額は、公正な評価単価にストック・オプション数を乗じて算定する。 ② ストック・オプションの公正な評価単価は、付与日現在で算定し、ストック・オプション会計基準10項(1)の条件変更の場合を除いて、その後は見直さない。 ③ ストック・オプション数の算定は、付与されたストック・オプション数(付与数)から、権利不確定による失効の見積数を控除して算定する。 ④ 付与日から権利確定日の直前までの間に、権利不確定による失効の見積数に重要な変動が生じた場合(ストック・オプション会計基準11項の条件変更による場合を除く)には、これに応じてストック・オプション数を見直す。 これによりストック・オプション数を見直した場合には、見直し後のストック・オプション数に基づくストック・オプションの公正な評価額に基づいて、その期までに費用として計上すべき額と、これまでに計上した額との差額を見直した期の損益として計上する。 ⑤ 権利確定日には、ストック・オプション数を権利の確定したストック・オプション数(権利確定数)と一致させる。 これによりストック・オプション数を修正した場合には、修正後のストック・オプション数に基づくストック・オプションの公正な評価額に基づいて、権利確定日までに費用として計上すべき額と、これまでに計上した額との差額を権利確定日の属する期の損益として計上する。 2 数値例 「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第11号)の[設例1] 基本設例では、次の数値例をもって権利確定日以前の会計処理が示されている。 各事業年度の株式報酬費用をまとめると次のようになる。 (※) 上表の各事業年度の株式報酬費用を計算する場合には、「ストック・オプション数を見直した場合には、見直し後のストック・オプション数に基づくストック・オプションの公正な評価額に基づき、その期までに費用として計上すべき額と、これまでに計上した額との差額を見直した期の損益として計上する」、「ストック・オプション数を修正した場合には、修正後のストック・オプション数に基づくストック・オプションの公正な評価額に基づき、権利確定日までに費用として計上すべき額と、これまでに計上した額との差額を権利確定日の属する期の損益として計上する」と規定されていることに注意する(ストック・オプション会計基準7項(2)(3))。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第128回】 連結会計⑪ 「持分法適用会社の時価評価」 仰星監査法人 公認会計士 渡邉 徹 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 1 X1年3月31日(P社の持分割合10%) 持分法上、仕訳なし。 2 X2年3月31日(P社の持分割合40%) (1) 部分時価評価法(原則法を採用した場合)(単位:百万円) (※1) (1,000百万円-800百万円)×10%+(1,200百万円-800百万円)×30%=140 (※2) 140×40%=56 (※3) 貸借差額 (2) 部分時価評価法(簡便法を採用した場合)(単位:百万円) (※4) (1,200百万円-800百万円)×40%=160 (※5) 160×40%=64 (※6) 貸借差額 3 X3年3月31日(P社の持分割合60%) ▷ 全面時価評価法(単位:百万円) (※7) (1,500百万円-800百万円)×60%=420 420-(140+160)=120 (※8) 120×40%=48 (※9) 貸借差額 4 X4年3月31日(P社の持分割合80%) ▷ 全面時価評価法(単位:百万円) (※10) (1,500百万円-800百万円)×20%=140 (※11) 140×40%=56 (※12) 貸借差額 〈会計処理の解説〉 非連結子会社及び関連会社に対する投資については、原則として持分法を適用します(企業会計基準第16号「持分法に関する会計基準」第6項)。 持分法の適用に当たっては、持分法の適用日において、持分法適用会社の資産及び負債を時価により評価しなければなりません(持分法実務指針第6項)。持分法適用会社の資産及び負債の時価による評価額と当該資産及び負債の個別貸借対照表上の金額との差額(以下「評価差額」という)は、持分法適用会社の資本とします。なお、評価差額の計算は、個々の資産又は負債ごとに行います。また、評価差額は、税効果会計の対象となります。 評価差額に重要性が乏しい持分法適用会社の資産及び負債は、個別貸借対照表上の金額によることもできます。 持分法の適用にあたっては、非連結子会社と関連会社で時価評価の方法が異なります。 非連結子会社に持分法を適用する場合には、連結子会社の場合と同様に、支配獲得日において、全面時価評価法によることになります。これは、支配獲得日においてのみ子会社の資産及び負債について時価評価を行う全面時価評価法は、連結を親会社による非支配株主からの支配権の取得の結果と考えており、一旦取得した支配権については、時価の変動による再評価は必要ないという見方に基づいています(会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」(以下、「資本連結実務指針」) 第58項)。 本事例では、P社がS社を支配獲得したX3年3月31日において、全面時価評価法により、S社の土地をX3年3月31日に保有する60%の持分に相当する部分についてX3年3月31日の時価1,500百万円で評価しています(3の仕訳)。 また、一旦取得した支配権については、時価の変動による再評価は必要ないため、X4年3月31日においては、S社の土地をX4年3月31日に追加取得した20%の持分に相当する部分について、X4年3月31日の時価1,700百万円ではなく、支配獲得日であるX3年3月31日の時価1,500百万円で評価しています(4の仕訳)。 これに対し、関連会社に持分法を適用する場合は、関連会社の資産及び負債は、株式の取得日ごとに当該日の時価で評価し、個別貸借対照表の金額との差額のうち投資会社持分に対応する部分の金額(税効果額控除後)を評価差額として計上します(持分法実務指針第6-2項)。これは、株式の取得日ごとに投資会社の資産及び負債について時価評価を行う部分時価評価法は、株式の取得がその時点における投資会社の資産及び負債の時価を反映して決定されているはずであるという見方に基づいています(資本連結実務指針第58項)。 持分法適用開始日までに株式を段階的に取得している場合には、関連会社の資産及び負債を株式の取得日ごとに当該日の時価で評価することが原則とされています(持分法実務指針第6-2項)。 本事例では、P社はS社株式をX1年3月31日及びX2年3月31日に取得しているため、S社の土地をX1年3月31日に取得した10%の持分に相当する部分についてはX1年3月31日の時価1,000百万円で、X2年3月31日に取得した30%の持分に相当する部分についてはX2年3月31日の時価1,200百万円で評価します(2(1)の仕訳)。 また、株式の段階取得に係る計算の結果が原則法によって処理した場合と著しく相違しないときには、持分法適用開始日における時価を基準として、関連会社の資産及び負債のうち投資会社の持分に相当する部分を一括して評価することができます(持分法実務指針 第6-3項)。 本事例では、P社はS社株式をX1年3月31日及びX2年3月31日に取得していますが、S社の土地を持分法適用開始日であるX2年3月31日における時価1,200百万円を基準として、S社の土地のうちP社の40%の持分に相当する部分を一括して評価しています(2(2)の仕訳)。 * * * 次回は、持分法適用会社におけるのれんの償却について解説します。 (了)
家族信託による 新しい相続・資産承継対策 【第1回】 「新たな相続・資産承継対策『家族信託』とは」 弁護士 荒木 俊和 -連載開始にあたって- 現在、少子高齢化が叫ばれる日本国内において、相続対策・資産承継対策が注目を浴びており、一般市民からも専門家に対する相談事例が増加している。 そのような中で、財産関係の複雑化、相続・資産承継に関するニーズの多様化が加速しており、旧来の対策手法である遺言書の作成や生前贈与等の手法では十分な対策が困難な事例も多く見受けられるようになった。 また、一方で高齢者における認知症患者数も増加の一途をたどっており、成年後見制度以外の認知症対策に対するニーズも高まっている。 このような社会的背景のもと、近時、「家族信託」と呼ばれる信託銀行や信託会社を介在させずに信託の設定を行う新たな相続・資産承継対策の有用性が認識され、普及が始まっている。 本連載においては、この家族信託について、基本的な仕組みやメリットから、対応できる事例、さらには信託契約作成上の留意点まで、幅広く解説を行う。 なお、家族信託との呼称に代えて「民事信託」との呼称が用いられる場合もあるが、ほぼ同義と考えられることから、本連載では家族信託との呼称で統一することとする。 また、本連載は、筆者の個人的な認識及び見解に基づくものであり、筆者の所属する団体等の公式見解と異なる場合があることを念のため付言する。 1 家族信託の基本的な仕組み 家族信託には、明確に決まった定義はないが、資産管理及び資産承継の一手法であり、資産を持つ者が、特定の目的に従って、その保有する不動産・預貯金等の資産を信頼できる家族等に託し、その管理・処分を任せる仕組みであるということができる。 具体的には、資産を保有する高齢者がその子らとの間で、その子らに対して資産を信託する信託契約を締結して、高齢者が認知症にかかってしまったとしても、その子らによって滞りなく資産の管理・処分を進めることができるようにするとともに、高齢者が死亡した時点においてその資産(又は受益権)を家族に承継させることによってスムーズな資産承継がなされることを目的として行われる。 下図の事例では、賃貸マンションの所有者であり賃貸人である父親が息子に対して当該マンションの管理・処分を委任する旨の信託契約を結び、当該マンションの所有者及び賃貸人の地位を承継させることで、以後の管理処分権を息子に移すこととしている。 一方で、受益者については信託契約において規定されるが、この場合では当初の受益者を父親とし(このタイプの信託契約を「自益信託」という)、父親の死亡後には受益権を母親が取得するものとして、父親の死後に母親が生活に困らないようにすることを企図している。 この場合、賃貸人たる地位は信託契約締結時点で息子に移転しているため、息子は当該マンションの賃借人から賃料を受領するが、信託契約によって息子はこの賃料を自らのために費消することはできず、受益者に分配を行わなければならないこととなる。 これにより当該マンションは息子の管理のもとで収益を継続することができ、父親及び母親に対して収益が分配されるため、老後の生活が保障される。 さらに、信託契約において母親が死亡した場合にはそれ以上に信託契約を継続しておく必要がないため、信託契約を終了し、残余財産(信託の対象となっていた当該賃貸マンション及びそこからの果実である賃料収入のうち、信託財産として留保されていた金銭等)を帰属権利者たる息子に帰属させることを定めておくことにより、信託の出口を作るものとしている。 2 家族信託の導入において必要となる事項 家族信託を導入するために不可欠なのは、信託契約の締結等の信託行為を行うことである。家族信託の場合の大半は信託契約の締結によるものと考えられるが、一部では自己信託(信託宣言)に基づく場合もある。 信託契約は、信託法において強行規定とされている事項を除き、極めて柔軟に規定することができるため、有効な家族信託を実行するためには綿密なスキーム策定が必要となる。 スキーム策定にあたっては、まず、①委託者となる資産保有者の全資産のリストアップを行うこと、②相続関係図を作成することが基本となる。 追って解説するように、家族信託は遺言と異なって全資産を対象とせず、特定の資産に対して設定することが基本であるが、遺留分の算定や相続税の算定等に関して、家族信託設定の対象外の資産についてもその品目と資産価値を明らかにしておく必要がある。 また同様に、遺留分の問題や家族信託の対象外の資産の分配に関しても、資産承継スキームの一貫性確保のために家族信託の設定に合わせて検討を加えておくことが望ましいことから、相続関係図を事前に作成しておくことが有用である。 そのような準備を整えた上で、『何のために家族信託を導入するのか』という目的の設定が重要となる。 家族信託を設定する場合、受託者は基本的に無報酬で管理を継続することとなるため、それ相応の負担が生じる場合がある。このため受託者の負担にならない遺言や生前贈与で対応することが望ましいケースも存在する。 家族信託のスキーム策定においては、遺言や生前贈与等の対応では目的達成ができない、又は目的達成が困難である目的が核となるケースが多いものと思われる。 3 家族信託の有効な活用事例 家族信託のスキームは数限りなく存在する(存在しうる)が、その中でも代表的な活用事例をいくつか紹介する。 このように家族信託は、様々な場面において活用することが期待されるものである。 * * * 次回は、家族信託がこれまでどのように普及してきたのかについて解説を行う。 (了)
中小法人の税制優遇措置を考慮した 『減資・増資』の活用と留意点 【第3回】 (最終回) 「減資・増資の手続・スケジュールと必要期間」 公認会計士・税理士 石川 理一 1 減資・増資の判断は慎重に 前回は減資・増資のメリット・デメリットについて解説した。現在中小法人の範囲の見直しに向けた検討がなされているが、前回解説したとおり、減資や増資の実行は、企業活動にさまざまな影響を与える。 このため、中小法人の範囲の見直しが平成29年度税制改正や今後の税制改正において盛り込まれる可能性もあるが、これが実現した場合においても、中小法人の税制優遇措置のみを考慮して減資・増資の判断をするのではなく、適切な時間をかけ、慎重に検討することが肝要であろう。 そこで今回は、減資・増資に必要となる手続やその手続にかかるおおよその期間などについて解説する。 2 減資・増資の手続・スケジュール 減資や増資を検討する場合には、どのような手続が必要になるのかを把握し、過不足なく実施する必要がある。それにはまず、適切なスケジュールを作成し、これに則って手続を進めていくのが肝要である。 減資、増資それぞれに必要となる手続や手続に要する期間は以下のとおりである。 (1) 減資の手続 減資に必要となる手続は、以下の3つである。 ① 株主総会の決議 原則として、特別決議が必要である(会社法309条2項9号)。特別決議とは、議決権を有する株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、その議決権の3分の2以上の賛成によって決議する方法である。 ただし、定時株主総会での決議で、かつ、資本金の減少額の全額を欠損てん補に充当するものについては、普通決議でよいとされている(会社法309条2項9号括弧書き)。 株主総会を開催するためには、以下の会社区分により、一定の期日までに招集通知を発送する必要がある。 公開会社とは、発行する株式の全部又は一部について譲渡制限を設けている会社をいい(会社法2条5号)、非公開会社とは公開会社でない会社のことである。 株主総会を招集するに先立って、付議事項に関する議案を検討することが必要である。減資の場合、無償減資か会社財産の流出を伴う有償減資かを検討する必要があるため、財務部門や法務部門における検討も必要となる。 これを検討した後、取締役会において株主総会の招集を決議する必要があるため、取締役会を複数回開催することを考慮し、少なくとも2ヶ月程度の検討期間を見込む必要がある。 ② 債権者保護手続 資本金の減少の内容、計算書類に関する事項、債権者が一定期間内に異議を述べることができる旨を官報に公告し、かつ、把握している債権者には、各別に催告することが必要となる。 債権者の異議申述期間は1ヶ月を下回ることはできない(会社法449条、会社計算規則152条)。 ③ 変更登記 減資の効力発生日後、2週間以内に行う必要がある。 (2) 増資の手続 増資に必要となる手続は、以下の5つである。 ① 株主総会・取締役又は取締役会の募集事項の決定決議 募集株式数、1株当たり払込金額、払込期日、増加する資本金及び資本準備金などを決定することとなるが、株主割当増資の場合と第三者割当増資の場合で決定機関が異なるため、注意が必要である。 (ⅰ) 株主割当増資の場合 (ⅱ) 第三者割当増資の場合 増資の場合でも、無償増資か有償増資か、有償増資であればどれだけ資金調達するのかを検討する必要があるため、財務部門や法務部門における検討が必要となる。 その検討結果を受けて取りまとめた募集要項を、取締役会において検討する、又は、株主総会の付議事項として取締役会において株主総会の招集を決定する必要がある。取締役会を複数回開催することを考慮し、これには少なくとも2ヶ月程度の検討期間を見込む必要がある。 ② 金融機関への払込取扱いの委託 払込取扱場所に対して、新株の申込み、払込金の受入れ、払込金の保管事務を委託する。募集要項を検討する段階で決定しておく必要がある。 ③ 株式の募集手続 株主割当増資の場合と第三者割当増資の場合で手続が異なる。募集手続を細分化して、株主割当増資の場合と第三者割当増資の場合を比べると、以下のとおりである。 この手続については、株主数などにより必要とする期間が異なる。株主が1人である場合や割当先が1社である場合、株主総会又は取締役会の開催日の同日に行われることが一般的である。 株主数が多数である場合、募集株式の引受けの申込みの検討のため、株主に対する通知から申込期日までに適切な日数を設ける必要がある。 ④ 株式の払込み 株式の申込みをした者は、払込期日又は払込期間内に、各株につき払込取扱金融機関において、払込金額の全額の払込みをする必要がある。 ⑤ 変更登記 新株に対する払込みが完了し、新株の効力が発生した日から2週間以内に行う必要がある。 * * * 上記の①から⑤の手続を開始する前に、新株発行後の発行済株式数が定款に定められている発行可能株式総数を上回らないことを確認する必要がある。発行済株式数が発行可能株式総数を上回ってしまう場合には、株主総会の特別決議による定款変更が必要になる。 (連載了)
〈小説〉 『資産課税第三部門にて。』 【第15話】 「債務免除と租税回避」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「それは・・・仕方がないだろう・・・」 田中統括官は、机の前に立っている谷垣調査官に言う。 「ダメ、ですか・・・」 谷垣調査官は悔しそうな表情になる。 「亡くなった社長が、生前に会社に貸し付けていたお金を免除したのだろう?」 田中統括官がもう一度、谷垣調査官に確認する。 「ええ・・・そうなんですけど・・・」 谷垣調査官は、相続税の税務調査で、被相続人が亡くなる直前に会社に対する1億円の貸付金を免除していることを発見した。もちろん、申告された相続財産の中には、1億円の貸付金は計上されていない。 「しかし、亡くなる直前に1億円の貸付金をチャラにするなんて、不自然だと思いませんか?」 谷垣調査官は、納得できない素振りをする。 「確かに君の言うとおり、不自然で・・・おそらく、被相続人の相続財産を減らすために貸付金を免除したのだろう・・・」 田中統括官は苦笑いをしながら、言葉を続ける。 「・・・しかし、被相続人である本人が貸付金を免除すると言って、その債権を放棄するのだから、被相続人の財産ではなくなる。そしてこれを否認するためには、結局、相続税法64条しかない・・・」 そう言うと、田中統括官は谷垣調査官の顔を見た。 「同族会社の行為又は計算の規定ですか・・・」 谷垣調査官がつぶやく。 「ところで、この免除については、民法519条に規定されている。」 田中統括官は、傍らにある小六法を開いて読み上げた。 「このように、免除というのは、債権者の債務者に対する一方的な意思表示のみで行えるもので、民法上の免除は、単独行為とされている・・・もっとも、債務者の利益といえども強制すべきではなく、債務者の意思を考慮すべきであるという学説上の批判があるし、諸外国では、免除を債権者と債務者との契約として定める法制が多いとも言われているのだけれど・・・」 田中統括官は、条文を見ながら、免除について説明を加える。 「それで、免除が単独行為であれば、結論から言えば、債務免除に対して、相続税法64条を適用することはできないということになる。」 田中統括官は言葉を続ける。 「日本では、債務者である会社の意思に関係なく免除が成立するのであるから、会社は何ら行為を行っていないことになり、同族会社の行為又は計算を定めている相続税法64条の適用はできない・・・」 そこまで説明したあと、田中統括官は引出しから判例集を取り出してページをめくり「ここに浦和地裁昭和56.2.25判決がある」と言って、読み上げた。 「・・・したがって、この判決では、相続税法64条を適用して債務免除を否認し、その債務免除額を課税価格の計算に算入したことは、同条1項にいう『同族会社の行為』の文理上も、また、同条の立法の沿革等に照らしても同条の解釈を誤ったものというべきであり、違法である・・・と述べている。」 田中統括官は谷垣調査官に判決文の要旨を見せた。 「・・・ということは、債務の免除がなされれば、税務署としては、どうしようもないということですね。」 谷垣調査官は諦めた様子だ。 「ところで、会社に対して債務を免除したのだから、逆に、会社の方で債務免除益が計上されることになるだろう。もっとも、会社に欠損金があれば、免除益に対する法人税は発生しないが・・・君の調査をしているケースは、会社に欠損金があったのかい?」 田中統括官が尋ねる。 「ええ。会社には大きな欠損金額があったので、債務免除益を計上しても、法人税は発生しませんでした・・・」 谷垣調査官が答える。 「ただ・・・」 田中統括官は思案顔になる。 「ただ・・・」 谷垣調査官は、田中統括官と同じ言葉をつぶやき、怪訝そうな顔をする。 「・・・いや、よくある話だが、その免除について、死んだ後に周囲の者が勝手に被相続人が免除したことにすることがよくある。これはもちろん被相続人の免除ではない・・・」 田中統括官は、笑いながら言う。 「例えば、酸素マスクなどをして、意識もはっきりしていない状態で、被相続人が亡くなった場合など、本人が免除の意思表示をすることができないことが明らかな状態であれば、当然、否認することはできる・・・君の場合はどういう状態だったの?」 田中統括官が尋ねる。 「ええ、本人は入院していたのですが、亡くなる直前まで元気で、意識もはっきりしていたと・・・病院の看護師は言っていました。」 「そうか・・・そうすると、今回の債務免除益は、認めざるを得ないな。」 田中統括官は語気を強めて、谷垣調査官に告げた。 (つづく)
《速報解説》 日本監査役協会 監査等委員会実務研究会、 「選任等・報酬等に対する監査等委員会の意見陳述権行使の実務と論点」を公表 ~海外実態及び設置会社へのアンケートをもとに論点を整理~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年11月24日、公益社団法人日本監査役協会 監査等委員会実務研究会は「選任等・報酬等に対する監査等委員会の意見陳述権行使の実務と論点―中間報告としての実態整理―」(以下「本報告」という)を公表した。 本報告は、監査等委員会設置会社における監査等委員の方々の実務の参考に資するために、取締役の選任、解任及び辞任(以下「選任等」という)並びに報酬等に関する意見陳述権の行使のあり方を検討したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 監査等委員会における意見陳述権 1 意見陳述権 平成27年5月1日施行の平成26年会社法改正において、株式会社における新たな機関設計として監査等委員会設置会社が導入されている。 監査等委員会には、監査等委員以外の取締役の選任等及び報酬等について株主総会における意見陳述権が付与されている(会社法342条の2第4項、361条6項)。 2 意見形成のプロセス 監査等委員会に対して付与された意見陳述権は、監査とは異なり、選任等及び報酬等といった監督機能の主要部分に関するものであり、実務における関心が高いものと考えられている。 本報告では、アンケート結果をもとに、大半の会社が株主総会参考書類への記載や株主総会当日の口頭陳述による対外的な意見の開示の有無にかかわらず、監査等委員会として意見形成のための検討を実際に行っていると述べている(7ページ)。 実務上検討された事項として次のものがあり、アンケート結果による実務の状況に対して、今後の議論の必要性に触れている箇所もある(7~12ページ)。 選任等又は報酬等に関する株主総会提出議案に対して監査等委員会が総会表明意見を陳述するときは、その意見の内容の概要が株主総会参考書類の記載事項となる(選任等について会社法施行規則74条1項3号、報酬等について82条1項5号)。 本報告では、選任等に関する株主総会での表明意見などについても述べられており、実務の参考になるものと考えられる。 なお、資料として、次のものが添付されている。 (了)