理由付記の不備をめぐる事例研究 【第1回】 「理由付記制度及び判例法理等の概観」 中央大学大学院商学研究科 博士後期課程 (酒井克彦研究室所属) 泉 絢也 1 本連載の趣旨 平成23年12月の税制改正により、課税庁は、原則として国税に関する法律に基づく申請に対する拒否処分(更正の請求に対して更正をすべき理由がない旨の通知、青色申告承認申請の却下などの処分)や不利益処分(更正、決定、加算税賦課決定、督促、差押えなどの処分)を行う場合には、処分の通知書に処分の理由を付記(注)しなければならないこととなった(国税通則法74条の14第1項、行政手続法8条、14条)。 理由付記制度に関して注目すべき点は、課税処分の内容自体に取り消されるべき瑕疵がないとしても、理由付記を欠いていたり、あるいは、理由の記載はあるものの、法が要求する理由付記の記載の程度に照らして十分な内容ではない場合には、課税処分が取り消されることである。しかしながら、理由付記に当たり、どの程度の記載をすべきであるかを定める条文は存在しない。 そのため、実際の事案において、具体的にどの程度の記載がなされていないと、理由付記が不備であるとして処分が取り消されることになるのかについては、必ずしも明らかではなく、議論や事例の集積が待たれるところである。 そこで、本連載では、理由付記の不備を巡る議論や争訟の発展に資するべく、実際の裁判例・裁決例を素材として、更正の理由付記の不備についての事例研究を行う。 (注) 本連載では、判決文等の引用部分を除き、「理由附記」ではなく「理由付記」と表記する。 2 本連載の検討対象 青色申告書に係る更正については、法人税法130条2項又は所得税法155条2項により、理由付記が求められることは、改正前後で変わりはない。そして、この青色申告書に係る更正処分とそれ以外の処分等に係る理由付記において要請される理由の記載の程度は異なる面もあろうが、これまでの議論や事例の蓄積状況及び法人の9割以上が青色申告を行っている現状などを踏まえ、本連載においては、法人税の青色申告書に係る更正の理由付記(法人税法130条2項)の十分性が問題となった裁判例・裁決例を中心に取り上げることとする。加えて、青色申告承認の取消処分の通知書(同法127条4項)に係る理由付記についても、若干、取り上げてみたい。 3 連載の進め方 本連載の進め方としては、まず本稿(第1回)において、判例によって示された理由付記の十分性の判断基準等を確認し、【第2回】及び【第3回】において、最近の注目裁判例等を紹介し、その注目すべき点を指摘する。 そして、【第1回】から【第3回】の内容を踏まえた上で、【第4回】以降において、裁判例等を素材とした事例研究を行うこととする(具体的な連載予定項目については、論末の連載目次をご覧いただきたい)。 ただし、どの程度、理由を付記すれば十分であるかは、条文に明記されておらず、かつ、極めて個別的な問題であるから、具体的事例において理由付記が十分であるか否かは必ずしも一義的明確になるものではない。 このようなこともあって、事例研究においては、素材とした裁判例等における理由付記の十分性の判断と、私見における理由付記の十分性の判断に相違が生じる場合があることをお断りしておく。 4 最高裁昭和60年判決が示した理由付記の十分性の判断基準 青色申告書に係る更正の理由付記を巡っては多くの裁判例・裁決例が存在するが、ここでは、最高裁昭和60年4月23日第二小法廷判決(民集39巻3号850頁。以下「最高裁昭和60年判決」という)の判示を確認しておこう。 同判決は、理由付記の記載の程度に関する一般論として、次のとおり判示している。 上記を要約すると、最高裁昭和60年判決は、【1】帳簿書類の記載自体を否認して更正する場合の付記すべき程度について、更正をした根拠を帳簿記載以上に信憑力のある資料を摘示することによって具体的に明示することを要するとし、【2】帳簿書類の記載自体を否認することなしに更正をする場合の付記すべき程度について、更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示することを要する、としている。 5 若干の留意点 最高裁昭和60年判決が示した上記のような理由付記の十分性の判断基準は、これまでに蓄積された判例法理の1つの到達点ともいえる重要なものであり、その後の裁判例も、基本的にこの基準に従って、理由付記の十分性を判断している。 したがって、本連載においても、最高裁昭和60年判決をたびたび引用し、同判決が示した理由付記の十分性の判断基準に従って、理由付記の十分性を検討する。 しかしながら、次のような留意点があることを指摘しておく。 6 その他の重要な裁判例等 理由付記の不備に関して、最高裁昭和60年判決以外の重要な裁判所の判断等を以下に示しておく。 このほか、今後、裁判所の判断として定着するか否かは明らかではないが、次のような判断も示されている(東京地裁平成8年11月29日判決・判時1602号57頁)。 * * * 次回から2回に分けて、理由付記に関する最近注目の裁決例・裁判例を取り上げることとする。 (了)
平成28年施行の金融所得一体課税と 3月決算法人の実務上の留意点 【第2回】 「公社債等に係る所得税額控除の所有期間按分の廃止」 税理士 芦川 洋祐 Ⅰ 所有期間按分対象の変更 1 改正の内容 法人税額から控除する所得税額の計算上、下記に掲げる利子及び収益の分配に係る所得税の額については、元本所有期間による按分計算を廃止し、その全額が控除されることとなった。 2 適用時期 平成28年1月1日以後に支払いを受ける利子及び収益の分配について課される所得税について適用する。 なお、平成28年1月1日前に支払いを受けた利子及び収益の分配について課される所得税については、従前通り元本所有期間による按分計算が必要になるので留意が必要である。 Ⅱ 事業年度の中途に改正時期を迎える場合(平成28年3月期) 1 個別法と銘柄別簡便法の選択区分の確認 所得税額控除の適用に係る元本所有期間による按分計算は、個別法と銘柄別簡便法のいずれかを選択して適用することとなるが、各計算方法の内容及びその選択区分は以下のとおりである。 2 事業年度の中途に改正時期を迎える場合 事業年度の中途において改正時期(平成28年1月1日)を迎える場合には、その事業年度に支払いを受ける公社債等の利子のうち、その支払日が平成28年1月1日前のものについては従前通り個別法又は銘柄別簡便法により控除額を計算し、その支払日が平成28年1月1日以後のものについては所得税額全額を控除することになる。 一方、剰余金の配当等や集団投資信託の収益の分配については、特段改正が行われていないため、従前通り事業年度ごと、それぞれの区分ごとに個別法又は銘柄別簡便法を適用して控除額を計算する。 3 改正に対応した法人税申告書様式について 上記の改正に対応した法人税申告書(別表6(1))の様式についてはすでに平成27年4月15日付け(官報号外第86号)で公布されているが、下記の通り「別表6(1)」と「別表6(1)付表」に分かれており、すべての種類の元本について、平成28年1月1日「前」と「以後」に区分して記載することとされているため、別表を適切に記載するためには、剰余金の配当等や集団投資信託の収益の分配であっても、平成28年1月1日「前」と「以後」で区分して集計する必要がある。 別表6(1) 所得税額の控除に関する明細書 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます(以下同じ)。 別表6(1)付表 所得税額の控除に係る元本所有期間割合の計算等に関する明細書 なお、本稿公開日現在(2015/12/3)において、国税庁ホームページではこの改正に対応した(平成28年1月1日以後終了事業年度分)様式は公表されておらず、現在公表されている様式は「平成27年4月1日以後終了事業年度分」である点につき留意されたい(※下記追記参照)。 (了)
組織再編・資本等取引に関する最近の裁判例・裁決例について 【第40回】 「その他の裁判例③」 公認会計士 佐藤 信祐 今回、解説する事件は、最初連結親法人事業年度開始の日を合併期日とし、100%子会社を被合併法人とする適格合併を行った場合において、当該被合併法人の繰越欠損金の引継ぎを認めなかった事件である。 なお、当然のことながら、本事件は、法人税のみが論点となっており、住民税及び事業税については論点となっていないという点にご留意されたい。 25 最初連結親法人事業年度開始の日を合併期日とする適格合併(平成21年11月27日東京地裁判決・TAINSコード:Z259-11337) (1) 事件の概要 本事件は、株式会社A(以下「旧A」という)が、平成17年4月1日から平成18年3月31日までの連結事業年度の法人税について、平成17年4月1日を合併期日として吸収合併をしたB株式会社(以下「B」という)の本件連結事業年度開始の日前7年以内に開始した各事業年度において生じた欠損金額を法人税法81条の9第2項に規定する連結欠損金額とみなされる金額として連結所得の金額の計算において損金の額に算入したのに対し、川崎南税務署長がその算入を否認して更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をしたことから、旧Aが同各処分の取消しを求めた事件である。 なお、本事件は、平成17年4月1日から平成18年3月31日までの事業年度が最初連結事業年度であったこと、旧Aは、Bと株式会社Dの共同株式移転により設立された内国法人ではあるものの、株式移転の直前において、Bの発行済株式総数の50.02%を外国法人であるCに保有されていたことから、法人税法施行令155条の19第5項(現行法同条13項)により、連結欠損金額として処理することができなかったという特徴がある。 本事件の争点は、以下のとおりである。 このうち、【争点2】については、実務上の重要性が乏しいため、本稿では、【争点1】についてのみ取り上げることとする。 (2) 原告の主張 法人税法81条の9第2項第1号は、「最初連結親法人事業年度開始の日前7年以内に開始した当該連結親法人の各事業年度において生じた欠損金額」を連結欠損金額とみなすと規定しているにとどまり、同号を適用するためには、最初連結親法人事業年度開始の日前に適格合併が行われ、連結親法人の欠損金額とみなされていなければならないと解釈すべき根拠はない。 連結親法人となる法人と連結子法人となる会社とが合併する合併期日と同日付けで連結納税の承認の効力が発生する場合について、それらの先後関係ないし優先関係を直接定めた規定はないのであるから、相互に矛盾のない限り、納税者に不利にならず、納税者に予測可能な解釈をすべきである。そして、法人税法14条2号が被合併法人の事業年度について合併の日の前日までの期間と規定しているとおり、吸収合併の税務上の効力は、合併の日の前日の終了をもって発生するのであるから、被合併法人が合併の日の前日の終了をもって消滅して、合併により移転する権利義務から生じる所得の帰属が合併の日の零時をもって変更し、同時に欠損金額の承継等の効果が発生するのであり、合併の日に合併法人と被合併法人が併存するということはない。他方で、連結納税の承認の効力発生の日に合併により解散消滅する連結子法人となるべき法人については、連結納税の承認の効力発生の日にそれが取り消されたものとみなされ(同法4条の5第2項4号)、連結事業年度が生じないこと(同法15条の2第1項3号(筆者注:現行法同項2号))からすれば、連結納税の効果は一切生じなかったというべきである。 法人税法57条9項2号(筆者注:現行法同項1号)は、連結子法人である内国法人が最初連結親法人事業年度において当該連結子法人を被合併法人とする合併を行った場合について、当該連結子法人の合併の日の前日の属する事業年度における欠損金額を計算するに当たり、当該事業年度前に生じた欠損金額を、ないものと取り扱う旨を明らかにする一方で、同号のイは、最初連結親法人事業年度開始の日に合併が行われた場合については、被合併法人である子会社において最初連結親法人事業年度開始の日より前に生じた欠損金額を、ないものとされる欠損金額から除外しており、その欠損金額は子会社に存続することとなる。その子会社に存続する欠損金額は、当該子会社が適格合併により親会社に合併されたときは、同条2項の規定により、親会社の欠損金額とみなされる。したがって、最初連結親法人事業年度開始の日に合併が行われた場合、被合併法人の欠損金額は、同法81条の9第2項1号の規定によりみなし連結欠損金額に当たるというべきである。 (3) 被告の主張 Bの本件青色欠損金額が旧Aの連結欠損金額とみなされるためには、本件青色欠損金額が最初連結親法人事業年度開始の日(平成17年4月1日)前に開始した事業年度において行われた適格合併等を理由に、同法57条2項の規定により連結親法人である旧Aの欠損金額とみなされている必要がある。 同法14条2号は、法人が事業年度の中途において合併により解散した場合の事業年度について、「その事業年度開始の日から合併の日の前日までの期間」をその法人の事業年度とみなす旨規定しているにすぎず、合併の効力発生の時期を規定したものではない。 同法57条9項2号(筆者注:現行法同項1号)は、連結子法人が合併により解散をしたことに基因して単体納税を行う場合など、連結納税の承認の効力が生じた後に単体納税を行うこととなる場合において、連結納税の承認の効力発生前の単体納税における欠損金額を切り捨てるための規定であり、同項2号イもそのことを前提とする規定であるから、連結納税の承認の効力発生前に合併の効力が発生する場合について定めたものではない。 (4) 裁判所の判断 連結親法人となる内国法人が適格合併をした場合において、当該適格合併に係る被合併法人にあった未処理欠損金額が同法81条の9第2項1号の規定により当該連結親法人に係る連結事業年度における連結欠損金額とみなされるためには、最初連結親法人事業年度開始の日よりも「前」に適格合併が行われて同法57条2項の規定により当該連結親法人の欠損金額とみなされていたことを要するというべきである。 連結納税の承認の申請に係る各内国法人が最初連結親法人事業年度開始の日とされる日に合併を行った場合において、法人税法上、合併の効力の発生の方が、連結納税の承認の効力の発生による最初連結親法人事業年度の開始よりも、法の適用上は先行すると解すべき規定は見当たらない。 そうすると、本件合併については、同法81条の9第2項1号の規定にいう最初連結親法人事業年度である本件連結事業年度開始の日「前」に行われたものとはいい難く、Bの本件青色欠損金額については、同日「前」に同法57条2項の規定により連結親法人である旧Aの欠損金額とみなされていたということはできないから、同法81条の9第2項1号の規定により、本件青色欠損金額を本件連結事業年度における連結欠損金額とみなすことはできないこととなる。 同法14条2号は、法人が事業年度の中途において合併により解散した場合について、その事業年度開始の日から合併の日の前日までの期間をもってその法人の事業年度とみなすものとし、上記の場合における課税関係の整理のためにその法人の事業年度の取扱いにつき定めたものにすぎないから、同号の規定によって、合併の場合における連結納税の承認の効力の発生との間の法の適用上の先後関係を決することはできないというべきである。 最初連結親法人事業年度開始の日に連結親法人等と連結子法人との合併が行われたときにあっては、被合併法人である連結子法人については、同法14条1項11号及び15条の2第1項3号が連結事業年度又は連結親法人事業年度の開始の日から「合併の日の前日」までの期間と規定していることに伴い、連結事業年度及びみなし事業年度に該当する期間は存在しないこととなって、これらの規定は適用されず、最初連結親法人事業年度開始の日の前日までの連結子法人となる内国法人の事業年度について単体として納税の規定が適用されることとなる。当該事業年度については、同法57条1項の規定により欠損金額の繰越控除をすることができるものとしても特段の問題は生じないはずであるにもかかわらず、上記の合併にも法の適用上は連結納税の承認の効力が及ぶ可能性が排除されないものとすると、上記の繰越控除をすることができないとの疑義が生じることから、法人税法は、同号の適用対象から上記の合併が行われたときを除外する旨を明らかにしたものと解される。 (5) 評釈 このように、東京地裁は原告の請求を棄却し、被告が勝訴した。また、原告は東京高裁に控訴したが、平成22年11月17日に棄却された(TAINSコード:Z260-11557)。 本事件の争点をまとめると、最初連結事業年度開始の日の翌日である平成17年4月2日を合併期日とする適格合併を行った場合には、平成17年4月1日の1日のみが連結事業年度となるが、法人税法57条9項2号(現行法同項1号)では、連結法人としての単体事業年度である平成17年4月1日についても繰越欠損金を利用することができないことが明らかにされている。 この点については、平成22年度税制改正により、特定連結欠損金の制度が導入されたため、同一の事例であれば、株式移転完全子法人であるBが保有している特定連結欠損金を合併法人である旧Aに引き継ぐことができるため、旧Aの個別所得の範囲内で使用することができるという整理になる。この場合の条文の読み方としては、現行法人税法57条9項1号にて、「内国法人(第81条の9第2項第1号に規定する特定連結子法人以外の連結子法人に限る。)」としていることから、同号の適用を受けないと解されよう。 これに対し、最初連結事業年度開始の日の前日である平成17年3月31日を合併期日とする適格合併を行った場合には、平成17年3月30日でみなし事業年度を区切り、平成17年3月31日から合併法人に取り込まれることになるが、法人税法81条の9第2項1号イにて、「欠損金額(同条第2項又は第6項の規定により欠損金額とみなされたものを含み、同条第4項、第5項又は第9項の規定によりないものとされたものを除く。)」と規定されていることから、最初連結事業年度開始の日前である平成17年3月31日までに法人税法57条2項の規定により引き継がれた繰越欠損金も連結欠損金として処理されることになる。 このように、当時の法人税法では、最初連結事業年度開始の日と適格合併の日のいずれが前であるのかで結論が大きく異なっていた。 本事件で問題となったのは、最初連結事業年度開始の日と適格合併の日が同日であったためであるが、法人税法81条の9第2項、57条9項の条文を見る限り、繰越欠損金の引継ぎを容認しているようには読めないため、被告の主張するように、最初連結事業年度開始の日の前日までに適格合併が行われている必要があると解すべきであろう。 また、原告の主張する法人税法14条は事業年度を区切って課税所得の計算を行うという技術的な問題から生ずる規定であるため、本事件の争点に影響を与えないことは言うまでもない。そして、同法57条9項にて、「当該合併の日が当該最初連結期間の開始の日である場合を除く。」としているのも、連結法人としての単体申告に該当する事業年度が存在しないためであり、さほど重要な意味があるものでもない。そのため、これを根拠とする原告の主張には理由がないと考えるべきであろう。 さらに、本稿では取り上げなかったが、【争点2】における原告の主張は、法人税法施行令155条の19第5項(現行法同条13項)が政令への委任の範囲を超えているというものであるが、論ずるまでもなく、このような主張が裁判所に認められる可能性は極めて乏しい。 総括してみると、本事件の争点は、現在では条文解釈として定着している内容について、当時は書籍で解説しているものが無かったがゆえに争われているものであり、結果としてみると、被告の主張及び裁判所の判断は妥当なものであったと考えられる。 (了)
租税争訟レポート 【第26回】 「債務免除益と源泉所得税の納税告知処分(最高裁判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【事案の概要】 被上告人が、その理事長であったAに対し、同人の被上告人に対する借入金債務の免除をしたところ、所轄税務署長から、上記債務免除に係る経済的な利益がAに対する賞与に該当するとして、給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を受けたため、上告人を相手に上記各処分取消しを求める事案である。 第1審は、Aが、本件債務免除に係る債務約48億円を含む52億円を超える債務を負っており、一方、Aには約2億8,000万円の資産しかなかったことから、本件債務免除は、所得税基本通達36-17(以下、「基通36-17」という)本文の規定の適用があり、源泉所得税額の計算上これを給与等の金額に算入すべきものしてされた本件各処分は、違法であり、取り消されるべきであるとした。 国は第1審判決を不服として控訴したが、原審である広島地方裁判所岡山支部においても、本件債務免除の主たる理由はAの資力喪失により弁済が著しく困難であることが明らかになったためであると認めるのが相当であると判示して、控訴を棄却する判決を下したため、国が上告したものである。 【本件債務免除に至る過程】 1 最高裁判決が引用する原審の確定した事実関係 Aは、平成17年7月、一部債権者から債務免除を受け、これに対し所轄税務署長から更正処分を受けたものの、これを不服とする異議申立に対する決定において、所轄税務署長は、平成17年の債務免除においては、基通36-17の適用がある旨の判断を示していた。 その後、平成19年12月、Aは被上告人に対して債務免除の申し入れを行ったところ、被上告人は、Aの借入金約55億6,000万円について、Aとその妻が所有する不動産を総額約7億円で買い取って対当額で相殺した後、残額の約48億円を免除した。 2 所得税基本通達36-17 本件で、債務免除益を給与所得の金額の計算上収入金額に算入しないものとすることができる根拠となる規定が、所得税基本通達37-16であったが、本通達は、平成26年度税制改正において、所得税法第44条の2が新設されたことに伴い、削除されている。 削除される前の基通36-17の規定は以下のとおりであった(一部、括弧書きを省略)。 【最高裁判所の判断】 第1審、原審ともに違法であり取り消すべきと判断した本件債務免除益に対する源泉所得税の納税告知処分について、最高裁判所第1小法廷(櫻井龍子裁判長)は、「本件債務免除益は、所得税法28条1項にいう賞与又は賞与の性質を有する給与に該当するものというべきである」と判示して、原判決を破棄したうえで、広島高等裁判所に差し戻すという判決を下した。 最高裁の判断過程を検証したい。 1 原審の判断要旨 最高裁判決が引用する原審・広島地裁岡山支部の判断要旨は以下のとおりであり、本件債務免除益がAに対する賞与に該当するとしてされた各処分は違法であり、取り消されるべきであるものと判示した。 2 最高裁判所の判断 しかし、最高裁は、「原審の上記判断は是認することができない」と明確に否定した。その論拠は、被上告人がAに対して、多額の金員を繰り返し貸し付けたのは、 としたうえで、被上告人がAの申入れを受けて債務免除に応じたのは、 ことから、本件債務免除益は、 という理由により、給与に該当すると判断した。 3 差戻し理由 次いで、最高裁判決は差戻し理由を次のように説明している。 【解説】 第1審、原審を通して「納税者勝訴」であった税務訴訟が、最高裁において覆された。本判決の速報を一読したとき、筆者はそのように理解し、驚きをもって、第1審以降の判決文を通して読んだところ、これは必ずしも「納税者勝訴」が覆ったわけではなさそうだと理解し、安心した次第である。 以下、本最高裁判決の特徴をまとめてみたい。 1 最高裁判決が破棄したもの 最高裁判決が破棄した原審の判断は、以下の部分のみである。 最高裁の判示事項の概要をまとめると次のとおりとなる。 原審は、本件債務免除益は給与に該当しないとしているが、それは「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」であるから、「破棄を免れない」のであるが、とはいえ、基通37-16の規定を適用して本件各処分が取り消されるべきかどうかについては、「さらに審理を尽くさせる」必要があることから、「本件を原審に差し戻す」という結論に至っている。 2 新設された所得税法第44条の2 すでに述べたとおり、基通36-17は平成26年度税制改正において所得税法第44条の2が新設されたことに伴い、削除されているので、ここでは、所得税法第44条の2第1項の規定と、本条項の新設に伴って新設された所得税基本通達44の2-1の内容について、確認しておきたい(いずれも一部括弧書きを省略している)。 そして、適用要件である「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」については、通達に規定を置いている。 条文を一読する限り、適用要件は「法的整理」に限られるように理解できるところ、通達では、「申し立てをしたならば、(中略)認められる場合」という規定になっており、必ずしも「法的整理」が必要条件ではないように読みとれる。しかし、そうすると問題となるのは、「誰が認められるかどうか」を判断するのか、ということになろう。 本通達制定時の国税庁による資料(※)では、この点について、次のように解説している。 (※) 国税庁「平成26年度税制改正に伴う所得税基本通達等の主な改正事項について」P3 必ずしも「法的整理」による必要がないことを明らかにしたという点では意義のある通達であると思料するが、その適用に課税庁の恣意性が介入しないようにするためには、適用要件をさらに明確にする必要があるのではないだろうか。 3 旧所得税基本通達36-17の趣旨 第1審の岡山地裁判決において、「本件通達の趣旨」として判示された事項には、債務免除益に対して課税しない正当な理由ともいうべき一文があり、課税庁との争いにおいて大いに参考になるものであろうと考え、以下に引用して、本稿を締め括りたい。 (了)
なぜ工事契約会計で不正が起こるのか? ~東芝事件から学ぶ原因と防止策~ 【第2回】 「東芝「第三者委員会調査報告書」で示された不正内容」 公認会計士・税理士 中谷 敏久 Ⅰ 不正が行われやすいポイント 前回説明したとおり、工事契約に関しては、工事の進行途上においても、その進捗部分について成果の確実性が認められる場合には工事進行基準を適用する。そして、(1)工事収益総額、(2)工事原価総額、(3)決算日における工事進捗度の各要素が信頼性をもって見積もることができる場合に「成果の確実性」が認められるのであるが、この3要素のうち、(2)工事原価総額については、信頼性をもって見積もることが難しい。 なぜなら、工事原価総額は、工事契約に着手した後も様々な状況により変動することが多いため、信頼性をもって見積もるためには、当該工事契約に関する実行予算や工事原価等に関する管理体制の整備が求められるからである。したがって、成果の確実性は主に(2)工事原価総額の信頼性に左右されることになる。 このことから、工事進行基準における不正は、表面上は工事原価総額を適正に見積もっているとしながらも、実際は故意又は過失によって工事原価総額を過少に見積もることによって行われる。 東芝が公表した第三者委員会調査報告書(以下「報告書」)では、工事原価総額を過少に見積もることによって、 (1) 売上の過大計上 (2) 工事損失引当金の過少計上又は未計上 が発生すると述べられており、19の不正事例を指摘している。 「(2)工事損失の引当金の過少計上又は未計上」とは、今後見込まれる工事損失を事前に工事損失として計上するために引当金を計上しなければならないにもかかわらず、それが過少又は未計上であるということで、結局、必要な工事損失が計上されていないことを意味する。 Ⅱ 不正事例 報告書で指摘している19の不正事例は、以下のように整理される。 なお、報告書に金額が明示されている場合はその金額を記載しているが、明示されていない場合には、工事原価発生額は売上計上額と同額と仮定して工事損失引当金の金額を推定計算している。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 工事原価総額を信頼性をもって見積もるためには、当該工事契約に関する実行予算や工事原価等に関する管理体制の整備が求められる。東芝において、管理体制が整備されていないため工事原価総額を見積もることができないということはありえない。 それではどのようにして工事原価総額を過少に見積もったのか。報告書の記載から整理すると以下のようになる。 * * * 次回はこれらの案件について、報告書における分析を元に、不正を防止するための施策を検討してみたい。 (了)
金融商品会計を学ぶ 【第16回】 「貸倒引当金の計上方法①」 公認会計士 阿部 光成 「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号。以下「金融商品会計基準」という)及び「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号。以下「金融商品実務指針」という)では、貸倒見積高の算定として、貸倒引当金の計上方法を規定している。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 貸倒見積高の算定 貸倒見積高の算定にあたっては、債務者の財政状態及び経営成績等に応じて、債権を、①一般債権、②貸倒懸念債権、③破産更生債権等に区分し、その次に、当該区分に応じて、貸倒見積高を算定する(金融商品会計基準27項~28項、注解10、金融商品実務指針110項)。 財務内容評価法とキャッシュ・フロー見積法とは、次のような方法である(金融商品実務指針113項)。 Ⅱ 債権区分の原則法と簡便法 ①一般債権、②貸倒懸念債権、③破産更生債権等の区分については、金融商品実務指針は、原則法と簡便法を規定している(金融商品実務指針106項~107項)。 関係会社債権の区分については、一般事業会社の連結子会社並びに持分法適用の子会社及び関連会社については、まず当該会社が保有する債権を金融商品実務指針106項の分類に基づき区分し、金融商品実務指針に基づく貸倒見積高の算定をした上で、債務者の財務状況の把握と債務弁済能力の検討を行い、当該子会社又は関連会社に対する債権の区分の判定を行うことになる(金融商品実務指針108項)。 Ⅲ 貸倒実績率法 貸倒実績率は、ある期における債権残高を分母とし、翌期以降における貸倒損失額を分子として算定するが、貸倒損失の過去のデータから貸倒実績率を算定する期間(算定期間)は、一般には、債権の平均回収期間が妥当である。ただし、当該期間が1年を下回る場合には、1年とすることとされている(金融商品実務指針110項)。 当期末に保有する債権について適用する貸倒実績率を算定するに当たっては、当期を最終年度とする算定期間を含むそれ以前の2~3算定期間に係る貸倒実績率の平均値によることとなる(金融商品実務指針110項)。 過去の貸倒実績率を使用する場合には、次のことに注意が必要である(金融商品実務指針111項)。 * * * 次回も引き続き、貸倒引当金の計上方法について解説する。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第102回】 会社税務に係る会計処理① 「法人税、住民税及び事業税と租税公課」 仰星監査法人 公認会計士 横塚 大介 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) [仕訳①] 法人税等の計上 (*1) 租税公課3,600=事業税(付加価値割)2,100+事業税(資本割)1,500 [仕訳②] 印紙の使用 [仕訳③] 登録免許税の支払い [仕訳④] 不動産取得税の通知 〈会計処理の解説〉 損益計算書において、利益に応じて課税される税金は、税引前当期純利益金額と合理的に対応させるため「法人税、住民税及び事業税」勘定で計上します。しかし、当該事業年度の利益に関連しない金額を課税標準とする事業税の付加価値割及び資本割などの税金は、法人税、住民税及び事業税勘定ではなく営業費用(租税公課)として計上する必要があります。また、印紙税や登録免許税、不動産取得税といった利益に関連しない税金も、「租税公課」勘定で計上されます。 なお、事業税の付加価値割及び資本割を租税公課勘定で計上した場合の相手勘定は、「未払法人税等」を用います(実務指針第63号2(2))。 * * * 次回は、会社税務に係る会計処理のうち、事業税・外形標準課税について解説します。 (了)
義務だけで終わらせない「ストレスチェック」の活かし方 【第1回】 「メンタルヘルスの意義」 特定社会保険労務士 大東 恵子 ストレスは悪いもの? 昨今、「うつ」「ストレス」「心の病」などメンタルヘルスに関する言葉をよく耳にするようになり、誰にでも生じる身近な問題として注目されるようになってきた。国の対策においても、ご承知の通り12月からはストレスチェックの制度がスタートし、また先日の国会では、職場におけるメンタルヘルス対策の担い手として公認心理師の国家資格化の法律が可決されるなど、さまざまな対策が検討されている。 一方で企業では、安全配慮義務からメンタルヘルス対策が求められ、その対応に追われているものの、まだまだストレスに対する啓蒙が行き届かず、誤解や偏見が生じている現状も少なくない。 巷にあふれるさまざまなストレス関連本を見てみると、「ストレスのない快適な職場を」と謳われ、ストレスを完全になくそうという動きが見受けられる。もちろんストレスはないに越したことはない。ストレスによって従業員のメンタルヘルスを悪化してしまえば、集中力や注意力が低下し、仕事においてさまざまな支障が生じてしまう。休職に陥ってしまえば、その穴を埋めるべくさまざまな手立てを打たなければならず、その損失は決して少なくない。 この観点から単純に考えると、「ストレスというのは悪いもので無くせばよい」という結論に陥ってしまうが、労働においてストレスというのは必ずしも悪いものではないという点を今一度確認しておきたいと思う。 ストレスの有益制と有害性 1908年、ハーバード大学生理学研究所のヤーキーズ(R.M.Yerkes)とドッドソン(J.D. Dodson)という学者が、ストレスとパフォーマンス(生産性)の関係について研究を行い、以下のように指摘した。 例えば、 という類のものが前者に当たり、一方、 というのが後者に当たる。 ヤーキーズとドッドソンは、ストレスの有益性と有害性の両側面を指摘し、問題は「ストレスの程度」にあるとしている。 すなわち、職場におけるメンタルヘルス対策を考えるとき、ストレスの有無ではなくストレスの「適度」な程度という観点に注目する必要がある。 「ストレス・脆弱性モデル」とは? では、その適度な程度というのはどのようなものなのか、害を及ぼし始める境界線はどこなのかという点が疑問として挙がる。これについては容易に想像できるように、人それぞれ境界線は異なる。劣悪な環境下でも、ある人にとっては害にはならず、一方、一見するとなんでもない環境下であっても、別の人には健康を害するほどのストレスになってしまうというのは、日常でもよく見受けられる。これは、物事の捉え方など個々人のストレス耐性の程度の違いによって生じるものである。 このように、「ストレスそのものの程度」と「受け取る側の耐性の弱さ」の掛け算でストレスを捉える考え方を「ストレス・脆弱性モデル」と言う。 このモデルから考えると、人それぞれによって状況が変わってくるため、職場におけるメンタルヘルス対策としては、常日頃、職場環境のストレスの程度が高まりすぎていないかという客観的なチェックと、その環境下で働く従業員がその環境をどう捉え、健康に害を及ぼしていないかというチェックが必要になる。ストレスチェックは、この両面について有益な情報を提供するツールとして、大いに役立つものである。 ストレスチェックは、従業員の健康管理という単純な側面からだけでなく、ヤーキーズ・ドッドソンの研究からも言えるように、労働パフォーマンスをより高める環境づくりとして企業側の対策チェックとしての意味合いも含まれる。ストレスチェックを含めたメンタルヘルスについては、企業側の利益にも返ってくる、より包括的な問題としての位置づけが必要になる。 * * * 次回は、ストレスのメカニズムについて解説を行う。 (了)
中小企業事業主のための 年金構築のポイント 【第18回】 「法人の役員・個人事業主にも影響のある改正年金法」 ~70歳以上の人の在職老齢年金と5年の後納制度~ 特定社会保険労務士 佐竹 康男 平成27年10月に厚生年金保険、共済年金の被用者年金一元化など大きな改正が行われたが、その中で、今回は、法人の役員に関連する「70歳以上の在職老齢年金制度」と個人事業主に関連のある「国民年金の保険料の後納制度」について解説する。 1 70歳以上の人の在職老齢年金制度 【第8回】及び【第9回】で、在職老齢年金について解説したが、老齢厚生年金を受給している人が在職し厚生年金保険に加入すると、老齢厚生年金の額と報酬(総報酬月額相当額(※1))により受け取る年金額の全部又は一部が停止される。 本来、厚生年金保険は、在職中であっても70歳に達すれば被保険者資格がなくなるので、老齢厚生年金の受給権者については、在職老齢年金には該当しないが、平成19年4月から70歳以上被用者(※2)については、65歳以上の在職老齢年金の仕組みによる支給停止の対象となった。 (※1) 総報酬月額相当額=該当月の標準報酬月額+該当月以前1年間の標準賞与額÷12 (※2) 適用事業所に使用されている、勤務日数及び勤務時間がそれぞれ一般の従業員のおおむね4分の3 以上の人で、過去に厚生年金保険の被保険者期間がある人 (1) 在職支給停止対象者の拡大 平成27年10月1日からは、在職支給停止の仕組みから除外されていた昭和12年4月1日以前生まれの被用者についても、65歳以上の在職老齢年金の仕組みによる支給停止の対象となった。 つまり、今まで年金が全額受給できた人も、平成27年10月1日からは総報酬月額相当額と年金月額が47万円を超えるときは、その合計額から47万円を超えた額の2分の1に相当する額が停止となる。 〈事例1〉 (50万円+10万円-47万円)×1/2=6万5,000円が停止される。 したがって、年金の受給額は 10万円-6万5,000円=3万5,000円になる。 (2) 激変緩和措置 支給停止額は上記のとおりであるが、昭和12年4月1日以前生まれの被用者は、平成27年9月までは在職支給停止がなく全額支給されていたが、平成27年10月以降、在職により年金の一部が支給停止されることは、本人にとって急激な変化のため、次のような激変緩和措置が講じられている。 ただし、この激変緩和措置は、昭和12年4月1日以前生まれの人が、平成27年10月1日前から継続して勤務している場合に限る。 したがって、昭和12年4月1日以前生まれの人でも、平成27年10月1日以降に被用者となったものについては、上記激変緩和措置の適用はなく、通常の「(総報酬月額相当額+基本月額-47万円)×1/2」の停止が行われる。 〈事例2〉 激変緩和措置が適用される。 ①と②を比較して低い方の額である6万円が支給停止額になる。 (3) 70歳以上被用者該当届・不該当届の提出 昭和12年4月1日以前生まれの人は、「70歳以上被用者該当届・不該当届」の届出の対象になっていなかったが、平成27年10月1日以降については届出が必要となった。 2 国民年金の後納制度 10年の後納制度(年金確保支援法に基づくもの)が平成27年9月30日で終了したが、新たに平成27年10月より、年金事業運営改善法により「5年の後納制度」が発足した。 (1) 保険料の後納 国民年金の保険料を滞納した場合、過去2年分は遡って納付することができるが、2年を超える期間に係る保険料は納付することができない。 後納制度は、2年を超える期間についても保険料の納付が可能となる制度である。 受給資格期間である公的年金の加入期間が25年に満たない個人事業主等が受給資格期間を満たす目的や将来の年金額を増やす目的で遡って納付することができる。 なお、5年前まで遡って保険料を納付できるが、後納できる期間は、平成30年9月までである。 (2) 保険料の加算 保険料は当時の保険料に一定額が加算される。後納制度と過去2年以内の未納期間がある場合、どちらを先に支払うかの優先順位はないが、直近1年間に未納期間があれば、万が一のときに障害基礎年金や遺族基礎年金が受けられなくなるので注意が必要である。 〈事例3〉 2年前までは遡って通常の保険料を支払う。2年を超える3年分は後納制度により、一定額が加算された保険料を納付することで25年を満たすことができる。 また、後納制度の利用ではなく、60歳以降国民年金に任意加入して受給資格期間を満たすことも可能である。 《おさらいQ&A》 (了)
養子縁組を使った相続対策と 法規制・手続のポイント 【第13回】 「民法上の養子と相続税法上の養子」 弁護士・税理士 米倉 裕樹 前回(第12回)までは本連載における「第1部」として位置づけ、「養子縁組をめぐる法規制と手続」について解説を行ってきた。 今回からは「第2部」として、これまで解説してきた内容を踏まえ、「養子縁組を使った代表的な相続対策と留意点」について解説を行っていく。なお、本連載の今後の掲載予定については、論末の連載目次をご覧いただきたい。 [1] はじめに-相続税法上の養子縁組の制限- 相続税の計算を行うに当たり、 については、民法の定める法定相続人の数を基準とする。 例えば、①基礎控除額については、「3,000万円+600万円×法定相続人の数」が相続税の基礎控除額となり(相法15①)、②生命保険金及び死亡退職金の非課税限度額についても、「500万円×法定相続人の数」が非課税限度額となることから(相法12①五・六)、法定相続人の数が増えれば増えるほど相続税の負担を減少させる結果となる。 また、③相続税の総額を計算するに当たっては、法定相続分に応じた各取得金額に超過累進税率(高い取得金額部分には高い税率が課せられる)を乗じて計算されることから(相法16)、こちらも法定相続人の数が増えれば増えるほど相続税の負担を減少させることとなる。 このような法定相続人の増加に伴う税効果に着目し、同じく法定相続人の増加となる養子縁組を複数人との間で行うことで、過去、行き過ぎた租税回避行為が行われた。 そこで、昭和63年の相続税法改正により、上記相続税の計算を行う際の法定相続人の数に含める養子の数は、被相続人に実子がいる場合は1人まで、被相続人に実子がいない場合には2人までと制限されることとなった(相法15②)。 また、たとえ1人または2人の養子縁組であっても、相続税の負担を不当に減少させる結果となると税務署長が認める時は、これを否認して、相続税額を更正決定できるという「養子の数の否認規定」も設けられることとなった(相法63)。 [2] 相続税法上の養子縁組規制の対象とはならないもの 1 未成年者控除 相続人が一定の要件を満たす未成年者である場合、相続税の額から一定の金額を差し引くことができ、これを「未成年者控除」という(相法19の3)。 未成年者控除の額は、その未成年者が満20歳になるまでの年数1年につき10万円で計算した額となる(平成26年12月31日以前の相続等の場合は年数1年につき6万円)。 この未成年者控除は、実子のみならず、養子についても適用を受けることができる。 2 障害者控除 相続人が一定の要件を満たす85歳未満の障害者である場合、相続税の額から一定の金額を差し引くことができ、これを「障害者控除」という(相法19の4)。 障害者控除の額は、その障害者が満85歳にまるまでの年数1年につき10万円で計算した額となる(特別障害者の場合には1年につき20万円)。なお、平成26年12月31日以前の相続開始の場合は、1年につき6万円(特別障害者の場合には1年につき12万円)となる。 この障害者控除についても、実子のみならず、養子についても適用を受けることができる。 3 相続税額の2割加算 相続、遺贈、相続時精算課税に係る贈与によって財産を取得した人が、被相続人の一親等の血族(代襲相続人となった孫(直系卑属)を含む)及び配偶者以外の人である場合には、その者の相続税額にその相続税額の2割に相当する金額が加算され、これを「相続税額の2割加算」という。 上記のような場合には、一世代飛び越すことで相続税の課税を1回分減らせることから、税負担を調整するために設けられたものである。 被相続人の養子は、一親等の法定血族となることから、相続税額の2割加算の対象とはならない。 ただし、被相続人の養子となっている「被相続人の孫」は、代襲相続人となっている場合を除き(被相続続人の子が相続開始前に死亡したときや相続権を失ったためその孫が代襲して相続人となっている場合を除き)、相続税額の2割加算の対象となる。 [3] 相続税法上「実子とみなされる者」 以下の場合には、相続税法上、実子とみなされる結果、たとえ、養子縁組が介在していたとしても、相続税法上の養子縁組の制限対象とはならない(相法15③、相令3の2、相基通15-2)。 すなわち、以下に規定する者は相続税法上、実子とみなされるため、そのような者が複数人存在する場合であっても、相続税法上の養子縁組の制限において実子としてカウントされ、養子としてカウントされない。 [4] 養子の数の否認規定について 既述のとおり、相続税法第63条では、たとえ1人または2人の養子縁組であっても、相続税の負担を不当に減少させる結果となると税務署長が認める時は、これを否認して、相続税額を更正決定できるという「養子の数の否認規定」を規定している。 同規定の解釈に関し、相続税法基本通達逐条解説では、 (加藤千博編『平成22年版相続税法基本通達逐条解説』大蔵財務協会、2010年、641頁) と解説されている。 同否認を行うための立証責任は課税庁にある以上、現実的には、「養子縁組の目的が専ら相続人の地位を有する者の増加だけにあると認められ」ることを課税庁において立証することはかなり困難であると思われる。 なお、縁組意思や届出意思を欠いている養子縁組は、民法上も無効と解せられているので、ここにいういわゆる不当減少養子とは異なって相続人の地位すら有しないことになる(前掲書、641頁)。 [5] 民法上の養子縁組に与える影響 以上の相続税法等の定めは、あくまでも相続税の計算を行うに当たっての相続税法等の制限であり、同相続税法等の定めを超えた民法上の養子縁組の効力や養子の相続人としての地位を否定するものではない。 [6] 総括 上記[3]で紹介した相続税法上実子とみなされる者を増加させることで、相続税の負担を軽減させることは理屈の上では可能であるが、特別養子縁組や配偶者の連れ子を養子にする等、一朝一夕に行えるものではなく、親族関係に与える影響も重大である以上、現実的な方策ではない。 そのため、被相続人に実子がいる場合は1人まで、被相続人に実子がいない場合には2人までの養子をもって法定相続人の数に含めるとの規制の範囲内で対応せざるを得ない。 その場合、被相続人の養子となっている被相続人の孫は、代襲相続人となっている場合を除き、相続税額の2割加算の対象となるものの、二次相続をも見込んだ場合には、相続税の負担を軽減させうるケースが多くなるものと思われる。 (了)