計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第8回】 「「株式分割の注記」はここで間違う」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例8-1】 株式分割が行われた際に、1株当たり情報の注記を有価証券報告書から丸写ししてしまっている。 【事例8-1】は連結注記表の1株当たり情報の注記です。1か所だけ間違いがあるのですが、どこだかわかりますか? ヒントを出しましょう。下半分の(注)の文章の中にあります。1文字だけ間違っています。 2 有価証券報告書ならこれでよいが・・・ では、答えを見てみましょう。 上の正解のとおり、(注)の文章の中の「前連結会計年度」を「当連結会計年度」にしなければいけなかったのでした。 以下で解説しますが、有価証券報告書では「前連結会計年度」でよいのですが、会社法計算書類では「当連結会計年度」とするのです。 これは有価証券報告書の注記文章を「丸写しして手直しを忘れる」といううっかりミスなのですが、ちょっと難しかったかもしれません。そもそもこの注記の意味が理解できていないと、間違いに気がつかないからです。 3 株式分割はピザの切り分けと同じ 「株式分割」というのは、たとえば1株を2株に分けるというように、「株式を割って株数を増やすこと」を言います。主に株式の流動性を高める等の目的で行われます。 株式分割は、直感的にはピザの切り分けと同じです。ここに1枚のピザがあったとします。これを4人で食べるとします。4人なのでとりあえず4分割にしてみました。 こんな感じです。 1人当たり4分の1切れずつです。しかし、この大きさはちょっと食べにくいですよね。そこで1切れをもう半分に分割することにしました。8カットですね。 するとこうなります。 これが株式分割です。この場合は「1株を2株に分割した」と言います。 ここで大事なことは、8カットにした場合でも1人が食べる量は変わらないということです。4カットの場合は1人1切れの割当でしたが、8カットでは1人2切れです。4カットの1切れと8カットの2切れは同じ量です。 4 1切れ当たりのカロリーはどうなる? 次に、ピザ1切れ当たりのカロリーを考えてみましょう。1切れ当たりカロリーは、1株当たり情報で言えば「1株当たり当期純利益(または純資産額)」に相当します。 もう一度、上の図(ピザ)をご覧ください。 ピザ1枚(全体)のカロリーが800kcalだとします。そうすると、4カットの場合は1切れ当たりカロリーは200kcalです。これに対して8カットの場合はというと、1切れ当たりカロリーは100kcalになります。半分に減ってしまいますね。 しかし、実質的に減ったわけではありません。8カットの場合は1人2切れ食べるのですから、1人当たりの摂取カロリーは2切れ分の200kcalであり、4カットの場合の1切れと同じなのです。 つまり、4カットの場合の1切れ当たりカロリーと8カットの場合の1切れ当たりカロリーは、単純に比較できないのです。 では、カット数の違うピザを比較したい場合はどうすればよいでしょうか。 それほど難しい話ではありません。たとえば今、8カットのシーフードピザと4カットのトマトピザ(それぞれピザ1枚(全体)の大きさは同じものとします)があったとします。この2つのピザの1切れ当たりカロリーを比較する場合、次のような調整を行います。 4カットの場合のトマトピザを、8カットにしていたと仮定した場合にどうなるかを計算し、その結果を比べるのです。そうするとその計算後の1切れ当たりカロリーは、8カットのシーフードピザの1切れ当たりカロリーと同じベースで比較できるのです。 以上のような調整計算が1株当たり情報のところでも求められます。【事例8-1】の(注)の文章というのは、その調整を実施したということを言っています。 5 有価証券報告書との違い 有価証券報告書では、当期の1株当たり情報に加えて前期の1株当たり情報を比較情報として掲載します。当期中に株式分割が行われた場合、1株当たり情報は単純に前期のそれと比較することはできませんので、調整計算を行います。 すなわち、前期の期首に株式分割が行われたとして、前期の1株当たり情報を算定しなおして、その結果を前期数値(比較情報)として載せるのです。 一方、計算書類は有価証券報告書と違って単年度開示です。前期の数字は載りません。したがって、前連結会計年度の期首に株式分割が行われたと仮定するのではありません。当連結会計年度の期首に株式分割が行われたと仮定するのです。 つまり、【事例8-1】の誤りの事例は、有価証券報告書の注記としては正しい記載なのです。それを会社法計算書類に丸写ししたので間違いになったのです。 したがって、「当連結会計年度の期首に」株式分割が行われたと記載するのが正解になります。 〈今回のまとめ〉 株式分割が行われた場合は、有価証券報告書と会社法計算書類で注記文章が異なることを覚えておきましょう。 (了)
〔経営上の発生事象で考える〕 会計実務のポイント 【第2回】 「国内子会社の業績悪化と清算の場合」 仰星監査法人 公認会計士 渡邉 徹 1 関係会社株式(非上場)の評価 《解説》 子会社の財政状態の悪化により、子会社株式の実質価額が著しく低下したときは、原則として子会社株式の減損をしなければならない(金融商品会計基準21)。 ただし子会社株式の場合、親会社が子会社から事業計画等を入手し、回復可能性が十分な証拠によって裏付けられる場合には、子会社株式の減損をしないことも例外的に認められる場合がある。この場合、当該事業計画等は合理的で実行可能なものであり、おおむね5年以内に取得価額までの回復が見込まれるものである必要がある。 なお、回復可能性は毎期見直すことが必要であり、その後の実績が事業計画等を下回った場合など、事業計画等に基づく業績回復が予定どおり進まないことが判明したときは、その期末において減損処理の要否を検討しなければならない(金融商品会計に関する実務指針285)。 本ケースにおいては、5年後の実質価額が取得価額まで回復することは見込まれないため、回復可能性が十分な証拠によって裏付けされているとはいえず、減損損失の計上が必要と考えられる(【図1】)。 【図1】 2 関係会社への貸付金に対する貸倒引当金の計上 《解説》 本ケースでは、P社がA社に対して融資した資金の弁済期間の延長に応じていることから、P社のA社に対する融資資金の回収に重大な問題が生じており、当該融資資金は貸倒懸念債権に該当する(金融商会計に関する実務指針108、112)。 貸倒懸念債権に該当する場合、「財務内容評価法」又は「キャッシュ・フロー見積法」のいずれかの方法により貸倒見積高を算定することが必要となる(金融商品会計基準28(2) )(【図3】)。 【図3】 3 棚卸資産の評価 《解説》 通常、メーカーは製造コストを上回る価格で製品を販売することを前提として活動している。そのような場合には、貸借対照表に計上される棚卸資産の金額は、販売によって最低限回収されるべきコストを表していることになる。 本ケースでは、半導体販売価格は急激に下落している。期末時点において正味売却価額が取得原価(製造コストに引取費用等の付随費用を加算した金額)よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とし、簿価切下額については売上原価とする(棚卸資産の評価に関する会計基準7、17)。 4 固定資産の減損 《解説》 本ケースのように業績が悪化した状況においては、固定資産に対する投資額の回収が見込めない可能性があるため、固定資産の減損について検討する必要がある。 固定資産の減損を検討するにあたり、まず資産のグルーピングを行う必要がある。資産のグルーピングは、他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位で行う(固定資産の減損に係る会計基準 二6(1))。 実務的には、管理会計上の区分や投資の意思決定(資産の処分や事業の廃止に関する意思決定を含む)を行う際の単位等を考慮してグルーピングの方法を定めることになる(意見書四2(6))。 半導体事業部の資産のグルーピングの単位(工場、営業所、事業部等)を把握し、【図4】のように減損会計のステップに従って、減損の兆候がある場合には投資額の回収が見込めないほどの収益性の低下があるか否かについて慎重に検討する必要がある。 なお、減損の兆候には【図5】のように4つの例示があり、本ケースの場合は営業活動から生ずる損益が継続してマイナスとなる見込みであることから①に該当すると考えられる(固定資産の減損に係る会計基準の適用指針11、12)。 減損の兆候がある資産または資産グループについて、これらから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額を下回る場合には、投資額の回収が見込めないほどの収益性の低下があると判断され、帳簿価額を回収可能価額まで減額し、当該減少額を減損損失として計上することとなる。 資産又は資産グループに対する投資は、売却と使用のいずれかの方法によって回収されるため、回収可能価額は正味売却価額(資産又は資産グループの時価から処分費用見込額を控除して算出される金額)と使用価値(資産又は資産グループの継続的使用と使用後の処分によって生ずると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在価値)のいずれか高い方の金額となる。 【図4】 減損会計のステップ 5 繰延税金資産の回収可能性 《解説》 繰延税金資産は、実務的には監査委員会報告第66号「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い(以下、「監査委員会報告第66号」という)」における会社区分に従って回収可能性を判断したうえで計上される(【図6】)。 【図6】 将来年度の課税所得の見積額による繰延税金資産の回収可能性の判断指針 今回のように大幅な営業損失の計上を伴いながら業績が悪化している状況においては、会社区分が③から④への変更もしくは④から⑤への変更の可能性があるため、会社の状況に応じて期末時に繰延税金資産の回収可能性を見直さなければならない。 6 のれんの減損 《解説》 P社の個別財務諸表上、A社株式の簿価を減損処理したことにより、減損処理後の簿価が連結上のA社の資本のP社持分とのれん未償却額(借方)との合計を下回った場合には、A社取得時に見込まれた超過収益力等の減少を反映するために、A社株式の減損処理後の簿価と、連結上のA社の資本のP社持分額とのれん未償却額(借方)との合計額との差額のうち、のれん未償却額に達するまでの金額についてのれん純借方残高から控除し、連結損益計算書にのれん償却額として計上しなければならない(連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針32)(【図7】)。 【図7】 7 子会社整理損失引当金 《解説》 A社の再建計画が計画通りに進まず、財政状態の悪化が継続し、債務超過に陥ってしまった場合、A社の清算に伴い発生すると見込まれる損失額を見積もり、引当金を計上することが求められる。 A社が債務超過に陥った場合、A社株式の実質価額がマイナスとなっている。しかし、株式の減損においてはゼロまでしか評価を切り下げることができない。株主有限責任においては出資額までの責任が原則ではあるが、実務上P社は、A会社の債務超過額等について親会社の責任において最終的に負担すると考えられる。このような場合、親会社の損失負担見込額をP社の財務諸表に反映させる必要がある。 まず、A社に対しての貸付金とA社の清算に伴い発生すると見込まれる損失額を比較して、いずれか少ない額まで貸倒引当金を計上する。 それでもなお、未手当の損失見込額が残る場合には、当該P社の負担について、子会社整理損失引当金等の名称で負債に計上することが求められる(【図8】)。 【図8】 【検討事項のチェックリスト】 ~国内子会社の業績悪化と清算の場合~ ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (了)
『繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針』の 要点・留意点 【第2回】 「企業の(分類1)と(分類2)のポイント」 公認会計士 阿部 光成 今回は、「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号。以下「適用指針」という)における企業の(分類1)と(分類2)について解説する。 適用指針の公表に際して、「企業会計基準適用指針公開草案第54号『繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)』の主なコメントの概要とそれらに対する対応」(以下「コメント対応」という)も公表されている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 企業の分類に関する考え方 適用指針は、「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(日本公認会計士協会。以下「監査委員会報告第66号」という)における企業の分類に応じた取扱いの枠組みを基本的に踏襲した上で、当該取扱いの一部について必要な見直しを行っている(適用指針15項、16項、64項)。 Ⅱ (分類1)のポイント (分類1)は監査委員会報告第66号を踏襲している(適用指針66項、67項)。 ただし、コメント対応では、次の記載が見られるので、(分類1)の企業に関する繰延税金資産の計上額の決定に際しては、注意が必要である。 Ⅲ (分類2)のポイント 1 要件と繰延税金資産の計上額 2 分類に関する留意点 3 繰延税金資産の計上額に関する留意点 監査委員会報告第66号では、(分類2)に該当する企業の場合、スケジューリング不能な将来減算一時差異については、一律に繰延税金資産を計上できないとする取扱いであった(適用指針74項)。 前述のように、(分類2)に該当する企業においては、スケジューリング不能な将来減算一時差異であり、税務上の損金算入時期を個別に特定できないものでも、将来のいずれかの時点で回収できることを「合理的な根拠をもって説明する場合」には、当該スケジューリング不能な将来減算一時差異に係る繰延税金資産は回収可能性があるものとされている(適用指針21項ただし書き)。 この取扱いに関する例として、次のものが示されている。 4 「企業が合理的な根拠をもって説明する場合」とは 公開草案では「合理的に説明できる場合」であったが、適用指針では「企業が合理的な根拠をもって説明する場合」と変更された(適用指針77項~79項)。 「企業が合理的な根拠をもって説明する場合」は、原則的な定めに対して、原則とは異なる取扱いを容認する趣旨と説明されている。また、企業の検討に基づき適用する場合にのみ原則とは異なる取扱いを容認することを意図しているとも説明されている(適用指針77項、78項。コメント対応56)。 実務上、適用指針21項ただし書きは、上記の趣旨を踏まえて適用する必要があると考えられる。 (了)
養子縁組を使った相続対策と 法規制・手続のポイント 【第18回】 「遺言とその後の協議離縁」 弁護士・税理士 米倉 裕樹 [1] はじめに 連れ子を有する配偶者と婚姻した後、連れ子と養子縁組し、その後、離婚したような場合、その連れ子との縁組を解消しない限り、たとえ配偶者と離婚しても、その連れ子との縁組の効力には何ら影響を与えない。 そのため、将来の相続時に、連れ子に相続権が生じないようにするためには、配偶者との離婚とともに、連れ子との養子縁組も解消しておくべきである。 同様に、養子縁組を行った後、同養子に財産を相続させる、ないし遺贈する旨の遺言を作成したものの、その後、養子縁組を解消した場合においても、その遺言の効力が当然に否定されるものではない。 [2] 裁判例 ただし、最高裁昭和56年11月13日判決では、以下のように判示し、一定の要件を満たす場合には、遺贈の効力が後の協議離縁によって取り消されたものとし(一部筆者により編集)、協議離縁を行ったことで養子への遺贈は効力を喪失したものとしている。 つまり、同裁判例では、「諸般の事情より観察して後の生前処分が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合」には、民法1023条2項により、後の生前処分により前の遺言(養子への遺贈)が取り消されたものとした。 すなわち、養子から終生扶養を受けることを前提として養子縁組がなされ、それゆえに養親の所有する不動産の大半を養子に遺贈する旨の遺言を作成したという事情のもと、その後、養親が養子に不信感を抱いて協議離縁したような場合には、その後の協議離縁は、縁組関係の継続を条件ないし前提とした遺言と両立しない趣旨であることが明らかであるとして、養子への遺贈が取り消されたものである。 そのため、同じく、養子縁組をした後に、同養子に財産を相続させる、ないし遺贈する旨の遺言を作成し、その後、養子縁組を解消したような場合であっても、将来的な縁組の継続を条件ないし前提としたものではなく、過去の養子の貢献等に鑑みて一定の財産を与えるとの遺言がなされたような場合には、その後の養子縁組解消によっても同遺言が取り消されたものと評価することは困難である。 たとえば、東京地裁平成26年11月14日判決では、内縁関係にあった女性(被告)に対する遺贈がその後の内縁関係の解消によって失効した、との遺言者の子ら(原告)の主張に対し、被告へ遺贈する財産の割合も多くはなく、当然に遺言者と被告との内縁関係の継続を前提または条件としているとみることはできず、10年以上生活を共にしたと評価できる相手であったことから、そのことだけからでも、ある程度の財産が遺贈されても不自然ではないとして、問題となった遺言につき、遺言者と被告との内縁関係の継続を前提または条件としてなされたものであると認めることは困難であると判示している。 その結果、同裁判例では、民法1023条2項により、その後の内縁解消によって前の遺言が取り消されたものとはいえないとしている。 [3] トラブル回避のための対応策 上記裁判例でも争われたように、「諸般の事情より観察して後の生前処分が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合」か否かが関係者によって争われたような場合には、時間、費用、そして何よりも結論が予測不可能であるといったリスクが生じる。 そのため、協議離縁を行うなどして縁組が解消した場合には、それまでに作成した遺言でかつての養子に財産を与える条項が存在するのであれば、新たな遺言で撤回する等しておくことが望ましい。 もしくは、養子に一定の財産を相続させる、または遺贈する旨の遺言を作成するに当たっては、万が一、将来的に養子縁組が解消してしまう場合に備え、あくまでも縁組関係の継続を前提または条件として養子へ一定の財産を相続させる、ないし遺贈することを遺言に明記しておくことが望ましい。 * * * なお次回からは本連載の第3部として、ここまで解説してきた内容を元にQ&A形式でより実践的に解説していくこととする。 (了)
〈検証〉 「コーポレート・ガバナンス報告書」からみた CGコード初適用への各社対応状況 【第1回】 「東証資料から見たCGコード対応の傾向」 弁護士・公認会計士 中野 竹司 1 はじめに 平成27年6月1日にコーポレートガバナンス・コードが東証の有価証券上場規程別添として適用され、同年12月末までにすべての3月決算上場会社は、コーポレート・ガバナンス報告書において、コーポレートガバナンス・コードへの対応状況を開示した。 そこで、コーポレートガバナンス・コードに対して、各社がどのような対応を行ったかが明らかになったこの時期、統計資料や個別で会社のコーポレート・ガバナンス報告書の記載を分析し、各社の対応状況を検討したい。 2 コーポレート・ガバナンス報告書の改正 (1) コーポレートガバナンス・コード対応の記載の概要 昨年のコーポレートガバナンス・コードの適用に対応して、コーポレート・ガバナンス報告書に2つの欄が追加された。 すなわち、上場会社は、「コーポレートガバナンス・コード」の各原則(市場区分により適用範囲に差がある) を“実施”しない場合にはその理由を「コードの各原則を実施しない理由」というコーポレート・ガバナンス報告書の欄に記載し“説明”することとなった。 さらに、特定の事項については、コーポレートガバナンス・コードに従って「開示」することが求められ、「コーポレートガバナンス・コードの各原則に基づく開示」というガバナンス報告書の欄に記載することになる。 通常コーポレート・ガバナンス報告書は、定時株主総会の日以降、遅滞なく提出することとなっている。したがって、3月決算会社であれば、ほとんどの企業で定時株主総会が行われる6月末頃、開示がなされる。 しかし、コーポレートガバナンス・コード適用は3月決算の総会直前の平成27年6月1日から実施され、コーポレート・ガバナンス報告書における記載対応に時間が必要と考えられることから、新設された上記記載事項は、平成27年6月1日以降最初に開催する定時株主総会の日以降、遅くとも6ヶ月後までにコーポレート・ガバナンス報告書に反映すればよいという経過措置が置かれた。 したがって、平成27年3月決算期の上場企業のコーポレートガバナンス・コード対応は、12月末までに提出されたコーポレート・ガバナンス報告書を検討することによって分析できるといえる。 なお、本年(2016年)は経過措置はないので、前年より提出時期が早まる点に留意が必要である。 (2) コーポレート・ガバナンス報告書における“説明” コーポレートガバナンス・コードでは、コンプライ・オア・エクスプレインの手法を採用している。したがって、各社は、何らかの事情によりコンプライすなわち“実施”することが適当でないと考える原則があれば、その理由をエクスプレインすなわち“説明”することにより、当該原則を“実施”しないことも許容される。 そして、説明内容の、当否・十分性について明確な基準があるわけではなく、基本的にはステークホルダーに“説明”の当否・十分性の判断は委ねられる。したがって、実施していないにもかかわらず説明を一切していない場合や、説明内容が虚偽の場合などを除けば、説明義務違反を理由として取引所等から制裁を受ける場面は考えにくい。 また、コーポレートガバナンス・コードはルールベースの規定ではなく、プリンシプルベースの規定であることから、“実施”しているかどうかも判断の余地が大きい。 このため、各社のコーポレート・ガバナンス報告書記載の具体的記載の分析が、その対応の評価において重要なポイントとなる。 3 コーポレート・ガバナンス報告書におけるCGコードへの対応状況 (1) 東証による資料の開示 各社によるコーポレート・ガバナンス報告書の具体的記載の分析には、東証がコーポレート・ガバナンス報告書について分析・開示した資料が参考になる。 具体的には、平成28年1月20日に、金融庁で開かれた「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」の資料として、市場第一部、市場第二部上場の1,868社について分析した、「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況(2015年12月末時点)」がコーポレート・ガバナンス報告書の全体的な傾向についての理解に役立つ。 また、これに先立ち公表された、平成27年9月24日に、東証が同会議の資料として提出した、「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況及び関連データ」でも同様の項目について調査が行われており、早い段階でコーポレートガバナンス・コード対応を明らかにした会社の比較分析に役立つ。 この2つの調査結果を比較するなどして、以下分析する。 (2) コーポレートガバナンス・コード実施状況 コーポレートガバナンス・コードが定める全73原則を全てコンプライ“実施”している企業は、平成27年8月末までに提出した企業では60.3%であったが、最終的に11.3%の企業に留まった。 8月末までに提出した上場企業が全原則を“実施”している比率が高いのは、早期提出の会社は、各原則を積極的に実施する体制を早期に作ろうという意欲の高い企業が多いということが考えられる。 ただし、全原則を“実施”しているといえるかについて、12月末の提出期限までの間に、自社の“実施”状況をじっくりと検討し、“説明”の必要性があると判断した会社も多数あったのではないかと推測される。 (3) 73原則のうち、コード原則ごとの“実施”・“説明”状況 12月末時点において、全部の会社が“実施”している原則は、以下の6原則である。 これらは、会社や取締役・監査役の果たすべき責務についての基本的な原則であり、上場企業であれば、何らかの形で“実施”しているものであることが確認されたといえよう。 一方、8月末までに提出したすべての上場会社が“実施”していたが、すべての分析対象の上場企業を見ると、2%以上(約50社以上)が“説明”している原則としては、以下の原則がある。 これらの原則は、「資本政策」「行動準則のレビュー」、取締役会に関する一定の考え方等の開示という具体的な行為が定められている原則であり、各原則を積極的に“実施”する体制を早期に作った企業と自社の置かれている状況に従い“説明”に留めた会社で対応の分かれた原則であったといえよう。 (4) “説明”の内容 東証資料では、67の原則に対して各社が行った“説明”(東証資料(8月末時点)で延べ105件、東証資料(12月末時点)で延べ8,996件)について、以下のように分析している。 これによると、8月末時点では、“説明”を行った原則について“実施”予定であるとする原則がおおよそ半数であったのに対して、提出会社全体では約30%に留まった。 また、“実施”予定なしとする原則も、8月末では約15%であったのに対して、提出会社全体では25%を超えた。そして、(3)で示した通り、説明率については、8月末までに提出した会社に比べると、提出会社全体では大幅に増加し、また“説明”した原則も34原則から67原則へと増えていることがわかる。 これは、各原則を積極的に“実施”する体制を早期に作った企業では、コーポレートガバナンス・コードの“実施”が進んでいるが、提出会社全体をみれば、コーポレートガバナンス・コードの“実施”を進めている企業とコーポレートガバナンス・コードへの“実施”を行わず“説明”を行うことでステークホルダーの理解を求めていこうとする企業に分かれている状況の表れであると思われる。 (了)
《速報解説》 ASBJ、IFRS第15号を踏まえ 「収益認識に関する包括的な会計基準の開発について」意見募集を開始 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年2月4日、企業会計基準委員会は「収益認識に関する包括的な会計基準の開発についての意見の募集」(以下「意見募集文書」という)を公表し、意見募集を行っている。 国際財務報告基準では、IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」が公表されており、包括的な収益認識の会計基準が開発されている。 今回の意見募集は、企業会計基準委員会がIFRS第15号を踏まえた収益認識に関する包括的な会計基準の開発を行うに際して、適用上の課題などに関する意見を把握するためのものである。 意見募集期間は平成28年5月31日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 意見募集文書は、全体で119ページに及ぶものであり、IFRS第15号の概要も記載されている。 収益認識の会計基準は、会計処理の方法だけでなく、企業によっては、業務プロセスの見直しや会計システムの改修など、幅広く影響する可能性があると思われる。 以下では主な内容について紹介する。 1 会計基準開発の時期 IFRS第15号及びFASB のTopic 606の強制適用日(IFRS第15号は平成30年1月1日以後開始する事業年度、Topic 606 は平成29年12月15日より後に開始する事業年度)に適用が可能となる。わが国おける会計基準の開発は、これらの時期を当面の目標として検討を進めている(15項)。 2 主要な論点の概要 3 開示(注記事項) ① 日本基準では、会計基準等により収益に関して注記が求められる項目は限られている。 ② IFRS第15号では、収益に関する詳細な定量的情報及び定性的情報の注記が求められている。 (了)
2016年2月10日(水)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.156を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第38回】 「法人税法にいう『法人』概念(その2)」 ~株主集合体説について考える~ 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 2 配当控除(所法92)と受取配当益金不算入(法法23) 前述のとおり、支払配当控除方式では必ずしも正確な二重課税の排除を行うことができない反面、グロスアップ方式には、その仕組みが複雑であることや国民の理解を得にくいという難点がある。そこで、グロスアップ方式を採用したとした場合に控除されるべき二重課税額相当額に近似した金額となるように、支払配当控除方式の計算式(配当金額×控除率)を用意することで、これらの問題を解決しようとするのが、我が国の税制である。具体的には、所得税法92条の配当控除によって二重課税の調整を図っているのである。 さて、このような制度設計の場合、法人から配当を受ける者が個人株主のみであれば、その個人株主の所得税額計算の段階で上記の配当控除(所法92)の適用により二重課税の調整が図られるのであるが、株主が必ずしも個人であるとは限らないであろう。むしろ、我が国の場合、企業の安定的経営等のために、株主が法人であるケースが多い。 ところで、例えば、A法人の株主がB法人であるケースにおいては、A法人からB法人が受けた配当金がB法人における法人所得に算入され、B法人において法人税の課税を受けることとなり、かかるB法人の法人税の計算後の利益から個人株主が配当を受けた場合に、当該個人株主の段階で配当所得に対する所得税課税がなされると、二重課税どころか三重課税となってしまう。 しかしながら、所得税法92条は、グロスアップ方式の計算結果と近似するように二重課税の調整計算を行うものであって、決して、三重課税の調整計算を想定しているわけではない。 このようなケースがあり得るので、所得税法に、三重課税の場合の税額控除として、配当控除を設けることも考えられるところではあるが、そうなると、四重課税、五重課税・・・と際限なく複数課税の税額控除規定を設けなければならないことになる。そもそも、個人株主が、自分が受けた配当につき、それが三重課税の配当なのか、四重課税の配当なのかを判断することは至難の業である。 そこで、我が国の租税法は、法人が法人から受ける配当については、法人税を課さないこととしているのである(いわば法人を導管のように見立てているのである)。すなわち、法人税法の益金の規定である同法22条2項に「別段の定め」を設けて、法人税法23条に法人が他の法人から配当を受けた場合であっても、原則としてそれを益金に算入しないという仕組みを設けているのである。 〈図表3〉 このように、我が国の法人税法は法人を株主の集合体として見ており、また、法人に人格を擬制して捉えているとみることができるのである(「株主集合体説」「法人擬制説」。その他公益法人課税のルールや連結納税制度のルールについても、このような法人擬制説的な説明を行うことができる)。 上記のような二重課税の調整については、そのやり方こそ違えども、諸外国においても何らかの形で部分的あるいは完全に二重課税の調整が図られている。これに対して、米国においては、二重課税の調整が行われていない。このことを法人法理論(法人をどのように捉えるかという理論)に引き直してみると、やや大雑把に言うことが許されるとするならば、米国では、法人を実在説的に捉えているということができる。 すなわち、法人を擬制説的に捉え、法人は株主の集合体であるとする日本の租税法体系とは大幅に異なる制度が採られているとみることができる。 3 LPS事件 ところで、近時、米国において組成された事業体が我が国租税法上の「法人」に該当するか否かが争点とされた事例が散見される。例えば、LLC事件やLPS事件がそれである。 ここでは、最近のLPS事件を取り上げて、我が国租税法にいう「法人」とは何かを考えることとしよう。 (1) 事案の概要 投資家であるX(原告・控訴人)らは、外国信託銀行を受益者とする信託契約(以下「本件信託契約」という)を介して出資したLPS(米国デラウェア州改正統一リミテッド・パートナーシップ法(以下「州LPS法」という)に準拠して組成されるリミテッド・パートナーシップ。以下「本件LPS」という)が行った米国所在の中古集合住宅(以下「本件建物」という)の貸付けに係る所得を得ていたが、これを所得税法26条1項の不動産所得に当たると考え、その減価償却費等による損失(以下「本件損失」という)と他の所得との損益通算をして所得税の申告を行った。これに対して、処分行政庁は、この所得は不動産所得に該当せず、減価償却費等の損益通算は許されないとして更正処分等を行った。本件は、Xらが国Y(被告・被控訴人)に対し当該処分の取消しを求めた事案である。 Xらの本件LPSに対する投資契約は、外国証券会社が企画したプログラム(以下「本件スキーム」という)に基づいて一体的に実行されることが企図された複合契約の一部であった。同証券会社作成のパンフレットの記載によると、本件スキームにおいては、1口2,000万円の出資に対し、我が国において投資家が本来負担すべき所得税額及び住民税額が合計2,350万円余軽減されるとともに、7年間における不動産賃貸事業による現金収入360万円余及び7年後の本件建物売却による現金収入541万円余が得られることにより、合計約3,258万円余の利益があるとされていた。 本件スキームは、我が国の所得税法上の不動産所得の金額の計算において短期間に減価償却費を計上できることを利用し、不動産所得に損失を生じさせ、不動産所得以外の他の所得と損益通算することによって、投資家の所得税額及び住民税額を減少させることを企図したものであった。本件では、一定の想定される合計所得金額の下、出資1口(2,000万円)当たり、各年の不動産所得につき約2,100万円の損失を4年間生じさせることにより、各年につき税額を約1,050万円減少させ、4年間で合計4,200万円の税額を減少させるものと想定されていた。 本件スキームは、本件LPSが我が国の租税法上「法人」あるいは「人格のない社団等」に該当しないことを念頭においたものであって、当該LPSの構成員がその不動産所得として課税を受けるといういわゆるパス・スルー課税を前提としている。 なお、米国では、1997年に米国財務省規則(Treasury regulations)において、いわゆるチェック・ザ・ボックス規則(Check-the-box regulation)が定められ、ある一定の事業体はcorporation(コーポレーション)として事業体課税を受けるか、又はpartnership(パートナーシップ)として構成員(パス・スルー)課税を受けるか、選択できるものとされている。 米国財務省規則では、信託又は内国歳入法(Internal Revenue Code)において別段特別の取扱いがなされるものでない事業体を、「ビジネス・エンティティ(business entity)」としている。このビジネス・エンティティのうち、当該事業体が2人以上のメンバーを有しており、かつ連邦、州又はインディアン族の制定法によりincorporated, corporation, body corporate, body politicと規定されている事業体や保険会社等の一定のcorporation以外のビジネス・エンティティ(以下「適格事業体」という)である場合には、当該事業体は、corporationかpartnershipかを選択することができるものとされている(米国財務省規則301.7701-3(a))。 そして、上記の2人以上のメンバーを有する米国の適格事業体において上記の選択がない場合には、デフォルト・ルールとして、partnershipを選択したものとみなされる(米国財務省規則301.7701-3(b)(1)(i))。また、適格事業体がpartnershipを選択した場合、又はデフォルト・ルールによりpartnershipを選択したものとみなされる場合には、当該事業体は納税義務者とならず(内国歳入法701条)、当該事業体の構成員が納税義務者となり、パス・スルー課税を受けることになる。 本件LPSは、corporationかpartnershipを選択することができる適格事業体であるところ、本件LPSにおいては特に明示的な選択が行われていないことから、デフォルト・ルールにより、partnershipを選択したものとみなされている。そのため、本件LPSは、米国租税法上の納税義務者とならず、本件LPSを通じて得られた所得については、本件LPSではなく、Xらがその持分割合に応じて納税義務者となった。 本件において争点となったのは、本件LPSが我が国における法人であるか否かということである。処分行政庁は、本件LPSを法人と考え、あくまでも法人からの利益(損失)の分配と解した上で更正処分等を行ったのであるが、この処分は適法なものといえるのであろうか。 (続く)
〔平成28年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第3回】 「受取配当金の益金不算入の見直し・貸倒引当金の見直し・ 地方拠点強化税制」 公認会計士・税理士 新名 貴則 平成27年度税制改正における改正事項を中心として、平成28年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。【第2回】は、「法人事業税及び地方法人特別税の見直し」及び「欠損金の繰越控除限度額の見直し」について解説した。 【第3回】は、「受取配当金の益金不算入の見直し」、「貸倒引当金の見直し」及び「地方拠点強化税制」について、平成28年3月期決算において留意すべき点を解説する。 1 受取配当金の益金不算入の見直し 平成27年度税制改正により、平成27年4月1日以後に開始する事業年度について、受取配当金の益金不算入制度の内容が見直されている。したがって、3月決算法人においては、平成28年3月期決算申告より適用されることになる。 ① 対象となる配当金の範囲 公社債投資信託以外の証券投資信託の収益分配が、制度対象から外れた。したがって、全額が益金算入となる。 ② 株式等の区分 改正前は株式等がその保有割合に応じて3つに区分され、それぞれについて益金不算入となる割合と、負債利子控除の有無が決められていた。この区分が改正後は4つとなり、また負債利子控除の有無も変更されている。 次のような事例においては、改正前と改正後で益金不算入額が大きく異なるので、注意が必要である。 ③ 負債利子控除額の簡便法における基準年度 負債利子控除額の算定に簡便法を用いる場合の基準年度が、次の通り改正されている。 平成28年3月期決算申告においては、実質的に原則法と同様の計算が必要となる。 2 貸倒引当金の見直し ① 経過措置の終了 平成23年度税制改正により、以前は大法人にも認められていた貸倒引当金は、一部の中小法人等及び一部業種の法人等(金融保険業等を営む法人、リース業を営む一定の法人等)を除いて、損金算入が認められないこととされた。 ここでいう中小法人等とは、次の法人を意味する。 普通法人のうち、資本金1億円以下の法人(資本金5億円以上の法人の100%子法人は除く) 公益法人等または協同組合等 人格のない社団等 改正によって貸倒引当金の損金算入が認められなくなる法人にも、次の通り経過措置が設けられていたが、平成28年3月期以後は、繰入限度額はゼロになるので注意が必要である。 ② 法定繰入率を用いる際の簡便計算における基準年度 法定繰入率を用いる際に、「実質的に債権とみられない額」の算定に簡便法を用いる場合の基準年度が、次の通り改正されている。 平成28年3月期決算申告においては、実質的に原則法と同様の計算が必要である。 3 地方拠点強化税制の創設 地域雇用の増加や周辺地域への経済効果の波及を狙って、平成27年度税制改正により地方拠点強化税制が創設された。企業が地方にある本社機能を強化したり、大都市圏にある本社機能を地方へ移転したりした場合に、優遇税制(雇用促進税制、オフィス取得減税)の適用を受けることができる制度である。 ① 拡充型 もともと地方にある本社機能を強化した場合に受けられる優遇税制である。 ② 移転型 東京23区内にある本社機能を、3大都市圏(東京圏、中部圏中心部、近畿圏中心部)以外の地域に移転した場合に受けられる優遇税制である。 (※1) 法人の雇用増加率が10%未満でも、1人につき20万円の税額控除がある。 (※2) このうち30万円については、最大3年間控除される。 具体的な計算は次の通りである。この事例では、雇用促進税制4,000万円及びオフィス取得減税7,000万円の、合計1億1,000万円の減税を受けることができる。 地方拠点強化税制の適用を受けるためには、平成30年3月31日までに、地方拠点強化実施計画について知事の承認を受ける必要がある。 (了)
財産債務調書の実務における留意点 【第3回】 (最終回) 「財産債務調書の記載・提出に当たり特に留意すべき事項」 デロイト トーマツ税理士法人 ディレクター 税理士 飯塚 信吾 財産債務調書の対象となる財産には、様々な生活用動産が含まれることなどから、その記載について取扱通達で実務に即して配慮されているなど留意すべき事項があり、また、財産債務調書の提出に関して設けられている加算税の加重減免措置や国外転出時課税制度の適用との関係についても留意すべき事項がある。 これらの財産債務調書の具体的な記載・提出に当たり特に留意すべき事項を以下解説する。 1 「用途別」(一般用、事業用の別)の記載 財産債務調書では、その財産を用途別(事業用・一般用)に記載する必要があるが、「事業用」の財産とは、財産債務調書を提出する者の事業所得、山林所得及び不動産所得を生ずべき事業又は業務の用に供する財産をいい、所得税における事業と業務のいずれの用に供するものも含み、「一般用」とは、事業又は業務以外の用に供する財産のことをいう。 なお、その用途が「一般用」と「事業用」の兼用である場合には、「用途」欄を「一般用、事業用」として、その価額も用途別に区分することなく記載することが認められている(取扱通達6の2-4、6の2-6)。 2 事業の用に供する債権・債務などの記載 財産債務調書では、その財産を所在別に記載する必要があり、複数の賃貸物件があるような場合には、これに関わる債権や債務をその所在別に記載する必要がある。ただし、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業又は業務の用に供する債権、債務で、「未収入金」、「未払金」、「その他の財産」及び「その他の債務」に区分され、年末の価額が100万円未満のものについては、所在別ではなく、その件数と総額を記載することが認められている(取扱通達6の2-4、6の2-6)。 3 家庭用動産に関する記載 家庭用動産については、財産の区分で「現金」、「書画骨とう及び美術工芸品」又は「貴金属類」に区分されるものを除き、「その他の動産」に区分され、一個又は一組の価額が10万円未満のものについては記載を要しないとされている。 そして、家庭用動産のうち、一個又は一組の価額が100万円未満のものについては、その動産の12月31日における見積価額が10万円未満のもと取り扱って差し支えない(取扱通達6の2-9)とされているので、取得価額が100万円未満の家庭用動産については、現金、書画骨とうなどを除き、記載を要しないことになる。 4 証券会社の特定口座で保有する有価証券等の記載 財産債務調書には、財産をその「種類別」、「用途別」、「所在別」に記載することとされており、有価証券の種類別とは、「株式、公社債、投資信託、特定受益証券発行信託、貸付信託などの別」及び「銘柄別」とされているが、特定口座内に保管している上場株式等については、「銘柄別」の記載を行わず、株式、公社債、投資信託などの別に一括して記載することが認められている(取扱通達6の2-4)。 5 生命保険に関する権利の価額の記載 保険に関する権利の価額は、その年の12月31日に解約した場合に受け取ることのできる解約返戻金の額をその財産の価額として差し支えない(取扱通達6の2-9(13))とされており、保険契約が満期返戻金を年金形式で受け取ることのできるものでも同様である。 6 共有財産の価額に関する記載 財産債務調書に記載する財産が共有財産である場合には、次のとおり記載することとされている(取扱通達6の2-12)。 7 外貨で表示されている財産の邦貨換算 外貨で表示されている財産債務の邦貨換算は、原則として財産債務調書の提出義務者の取引金融機関が公表する12月31日における最終の為替相場によることとされており、使用する為替相場は財産の場合と債務の場合で、それぞれ以下のとおりである(取扱通達6の2-15)。 8 加算税の加重軽減措置等 財産債務調書に記載がある財産あるいは債務について、所得税・相続税の申告漏れが生じたときでも、財産債務調書が期限内に提出されていれば、過少申告加算税等が 5%軽減され、財産債務調書に記載すべきであった財産が記載されていない場合や期限内に提出されていない場合に、その財産について所得税の申告漏れが生じたときには過少申告加算税等が 5%加重される。 この場合に、加算税の加重軽減の要件となる財産債務調書は、原則として、その修正申告等に係る年分の財産債務調書となる(国外送金等調書法6③、6の3③)。 また、提出期限後に財産債務調書を提出した場合であっても、その財産債務に関する所得税等の調査を予知して提出したものでなければ、その財産債務調書は期限内に提出されたものとみなして加算税の加重軽減措置の規定を適用する(国外送金等調書法6④、6の3③)こととされており、いったん提出した財産債務調書に記載漏れがあったような場合には、調書を再作成して提出することができるとされている。 なお、国外財産調書については、偽りの記載、不提出に関し、罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)が定められているが、財産債務調書には定めがなく、加算税の加重・軽減のみが規定されている。 例えば、財産債務調書の提出義務があるにもかかわらず提出していなかった者が不動産所得の申告を怠っているような場合には、修正申告等に係る過少申告加算税等について5%の加重が行われることになり、期限後申告の場合には、財産債務調書を提出しない場合には自主申告であっても、原則的には5%の無申告加算税に5%の加重措置が行われ10%の加算税が課されることになるが、財産債務調書を提出すれば加算税の軽減が行われ加算税が課されないことになるので、このような財産債務調書の提出による加算税の加重軽減措置には十分に留意する必要がある。 9 国外転出時課税制度の適用と財産債務調書の提出義務との関係 財産債務調書は、その年の12月31日において非居住者であっても、①確定申告書(年の中途で出国する場合の確定申告書を含む)を提出する義務があり、②その総所得金額及び山林所得金額の合計額が2,000万円を超え、③価額の合計額が3億円を超える財産か1億円以上の国外転出特例財産を12月31日において保有している場合には提出義務がある。 年の中途で国外転出を行い国外転出時課税の適用がある場合には、国外転出特例財産を譲渡したものとみなして税額計算が行われることになるが、その年の12月31日において引き続きその財産を保有しており、他の所得金額の要件も満たしている場合には、なお財産債務調書の提出義務があると考えられる。 * * * (文中、意見にわたる部分は筆者の見解であり、所属する組織の見解ではないので、ご留意いただきたい。) (連載了)