〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第5回】 「金銭又は有価証券の受取書①(課否判定のチェックポイント)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は物品販売業者です。 商品の販売代金を口座振込みにより受け取った際に、振込人に対して入金済のお礼状を送付していますが、課税文書に該当するのでしょうか。 また、課税文書に該当した場合、印紙税額はいくらになりますか。 (参考) 商品販売代金の受領事実を証明する目的で作成されたものであるため、第17号の1文書(売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書)に該当し、記載金額は3,240,000円、印紙税額は1,000円となる。 [検討1] この事例の場合、標題は「入金のお礼」となっており、内容は商品販売に係る金銭の受領事実を証明するものであるため、第17号の1文書に該当する。 [検討2] お礼文書中に請求書の発行の日、記号番号の記載があることにより、当事者間において商品売上代金に係る受取金額が明らかであるため、その請求書に記載されている受取金額が記載金額となる((注1)参照)。 なお、記載金額は請求書において3,240,000円(消費税額等込)と記載されているが、この場合は「消費税額等が区分記載されている」とはいえず((注2)参照)、全体が記載金額となる((注2)のように区分記載すれば記載金額3,000,000円で印紙税額600円)。 また、仮に入金のお礼状の文中に請求書の引用がなく、単なる入金の旨の記述だけであれば、印紙税額は記載金額なしの200円となろう。 (注1) 第17号に掲げる文書のうち、売上代金として受け取る金銭若しくは有価証券の受取書に当該売上代金に係る受取金額の記載のある支払通知書、請求書その他これらに類する文書の名称、発行の日、記号、番号その他の記載があることにより、当事者間において当該売上代金に係る受取金額が明らかであるときは、当該明らかである受取金額を当該受取書の記載金額とする(通則4のホ(3))。 (注2) 「消費税額等が区分記載されている」場合又は「税込価格及び税抜価格が記載されている」ことにより、その取引に当たって課されるべき消費税額等が明らかである場合には、消費税額等は記載金額に含めないとされる。 具体的な記載例は下記のとおりである。 ▷ まとめ 振込による入金の場合は、このように丁寧なお礼状を送付するケースは、以前に比べて少なくなっているものの、会社の規程書式ではなく営業担当者等が便宜上作成し送付していることにより、思わぬところで印紙税不納付の指摘を受けるケースがある。 したがって、文書を統括する部門においては規程書式以外の文書を担当者サイドで勝手に作成しないよう周知を図るとともに、作成する際には印紙税の検討を行うことも必要である。 なお、郵送でなく、FAXあるいは電子メールにて送信した場合においては現物の交付がなされない以上、たとえ「入金のお礼」をFAXあるいは電子メールにおいて送信したとしても、課税文書を作成したこととはならない。 また、作成者が保管している原本は、振込人に交付されるものではないため、課税文書には当たらず、FAXあるいは電子メールにおいて受信し、相手方においてプリントアウトされた文書についても、コピー文書と同様のものであり、課税文書には当たらない。 ただし、FAXあるいは電子メールを送信後に原本を郵送等において送付する場合には、その原本については課税文書に当たることとなるので注意が必要である。 (了)
法人税に係る帰属主義及び AOAの導入と実務への影響 【第13回】 「外国法人の所得税」 税理士法人トーマツ パートナー 税理士 小林 正彦 3-3 外国法人の所得税 3-3-1 外国法人に係る所得税の課税標準 《改正前》 外国法人は、国内源泉所得のうち、所得税法第161条第1号の2から第7号まで又は第9号から第12号までに掲げる所得の支払いを受けるときは、所得税の納税義務があることとされている(旧所法7①五)。 外国法人の所得税の課税標準は、PEを有する法人は、所得税法第161条第1号の2から第7号まで及び第9号から第12号までに掲げる国内源泉所得とされているが、PEを有しない外国法人の課税標準には、これらのうち161条第1号の2(組合事業利益の配分)は含まれていない。 これは、組合事業利益の配分は、国内においてPEを有して組合事業を行う非居住者・外国法人のわが国における申告を確保すべき源泉徴収の対象とするために同条第1号の国内源泉所得から切り離して別掲されたものであり、国内にPEを有しない外国法人には源泉徴収をしないこととしているためである。 《改正後》 帰属主義への見直しにより、国内源泉所得について改正が行われている。これにより、組合事業利益の配分に係る国内源泉所得は、「PEを通じて」組合契約等に基づいて行う事業から生ずる利益の配分で一定のものと改正されている。 この改正に伴い、PEを有しない外国法人が組合事業利益の配分所得を有することはなくなったため、PEを有しない外国法人の課税標準を定める規定を削除するなどの整備を行った(所法178)。 3-3-2 国内に恒久的施設を有する外国法人の受ける国内源泉所得に係る課税の特例 《改正前》 外国法人は国内源泉所得の分類に応じて定められた税率を乗じて計算した金額の所得税を課すこととしている(所法179)。ただし、その外国法人がPEを有するなど一定の要件を備え、かつ、所轄税務署長の証明がある場合には所得税を課さないこと(源泉徴収を要しない)としている(旧所法180①)。 《改正後》 帰属主義への見直しにより、外国法人に対しては、PEを有する法人と有しない法人に区分して法人税を課税することになった。そして、PEを有する法人はPE帰属所得に係る所得については法人税が課され、それ以外の国内源泉所得については、一定のものを除いて法人税が課されない(所得税の源泉徴収だけで課税関係が終了する)こととされた。 これにより、この制度の対象となるのは、PEを有する外国法人で一定の要件を備えているもののうち、所得税法第161条第1項第4号から第7号まで、第10号、第11号、第13号、第14号に掲げる国内源泉所得でその外国法人のPEに帰せられるものとされた(所法180①)。 (了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第42回】 「法人税基本通達改正の歴史⑪」 公認会計士 佐藤 信祐 前回までは、平成10年度税制改正、通達改正までの流れについて解説を行った。その後も法人税基本通達の見直しがなされているが、本稿においては、平成12年度の法人税基本通達改正と、不良債権処理についての事前照会について解説を行う。 11 平成12年度法人税基本通達の改正 平成12年度には、「法人税基本通達の一部改正について(平成12年6月28日、課法2-7)」が公表され、貸倒引当金についての通達が改正されている。 主なものは、貸倒損失として計上した金銭債権を個別評価金銭債権に対する貸倒引当金として処理することができるという点(法基通11-2-1の2、なお、平成14年2月15日課法2-1により法基通11-2-2に番号を変更)と、未収利息に対する個別評価金銭債権に対する貸倒引当金について定められたという点(法基通11-2-6の3、なお、平成14年2月15日課法2-1により法基通11-2-8に番号を変更)である。 このうち、前者については、貸倒損失と貸倒引当金との関連性を示すものであるため、本稿において解説を行う。 同通達においては、「貸倒引当金の損金算入に関する明細書」または「個別評価する金銭債権に関する明細書」(平成14年2月15日課法2-1により、「個別評価金銭債権に係る貸倒引当金の損金算入に関する明細書」)が添付されていない場合であっても、それが貸倒損失を計上したことに基因するものであり、かつ、当該確定申告書の提出後にこれらの明細書が提出されたときは、法人税法52条4項に規定する宥恕規定を適用し、貸倒損失として損金の額に算入することができない場合であっても、個別評価金銭債権に対する貸倒引当金の要件を満たしているのであれば、貸倒引当金として損金の額に算入することが可能であることが定められた。 この趣旨として、 であると説明されている。 この結果として、貸倒損失として認識できなかったとしても、税務調査の段階で貸倒引当金として処理するように宥恕規定を適用することが可能になった。これはひとつの大きな改正であり、納税者にとってはリスクヘッジができるようになったということに等しい。 これに対し、平成23年度税制改正においては、貸倒引当金の設定は、金融機関や中小法人等に限定されてしまったため、大法人に該当する事業会社にとっては、あまり意味のある制度ではなくなってしまったと考えられる。 12 不良債権処理についての文書回答事例 前回解説したように、平成10年度の法人税基本通達の改正が行われ、法人税基本通達9-4-2において、合理的な再建計画に基づくものであるならば、銀行による融資先の債権放棄により生じた損失について、損金の額に算入することができることが明らかにされた。 しかしながら、全ての案件について事前相談を行うというのは現実的ではないため、まず、平成13年9月19日に、私的整理に関するガイドライン研究会から国税庁に対して行われた事前照会(「私的整理に関するガイドライン」に基づいて策定された再建計画により債権放棄等が行われた場合の税務上の取扱いについて)に対する回答により、私的整理ガイドラインに基づき策定された再建計画により行われた債権放棄等により生ずる損失について、法人税基本通達9-4-2の要件を満たし、損金の額に算入することができることが明らかにされた。 その後、平成15年5月2日に産業再生機構から国税庁に対して行った事前照会(株式会社産業再生機構が買取決定を行った債権の債務者に係る事業再生計画に基づき債権放棄が行われた場合の税務上の取扱いについて)、平成16年3月1日にRCCから国税庁に対して行った事前照会(「RCC企業再生スキーム」に基づき作成された再建計画により債権放棄等が行われた場合の税務上の取扱いについて)について、それぞれ同様の回答がなされた。 これに対し、平成15年7月28日に中小企業庁が国税庁に対して行った事前照会(中小企業再生支援協議会で策定を支援した再建計画(A社及びB社のモデルケース)に基づき債権放棄が行われた場合の税務上の取扱いについて)に対する回答は、モデルケースを提示し、当該モデルケースについては、法人税基本通達9-4-2の要件を満たすとしただけであったため、全てのケースについて、同通達の要件を満たすわけではないという結果になった。しかしながら、平成17年6月23日に中小企業庁から国税庁に対して行った事前照会《「中小企業再生支援協議会の支援による再生計画の策定手順(再生計画検討委員会が再生計画案の調査・報告を行う場合)」にしたがって策定された再建計画により債権放棄等が行われた場合の税務上の取扱いについて》に対する回答では、再生計画検討委員会を利用する案件については、法人税基本通達9-4-2の要件を満たすことが明らかにされた。 その後も、平成20年3月25日に経済産業省から国税庁に対して行った事前照会(特定認証紛争解決手続に従って策定された事業再生計画により債権放棄等が行われた場合の税務上の取扱いについて)、平成21年11月4日に企業再生支援機構から国税庁に対して行った事前照会(株式会社企業再生支援機構が買取決定等を行った債権の債務者に係る事業再生計画に基づき債権放棄等が行われた場合の税務上の取扱いについて)、平成25年6月14日に株式会社地域経済活性化支援機構から国税庁に対して行った事前照会(株式会社地域経済活性化支援機構が買取決定等を行った債権の債務者に係る事業再生計画に基づき債権放棄等が行われた場合の税務上の取扱いについて)、平成25年6月21日に株式会社東日本大震災事業者再生支援機構から国税庁に対して行った事前照会(株式会社東日本大震災事業者再生支援機構が買取決定等を行った債権の債務者に係る事業再生計画に基づき債権放棄等が行われた場合の税務上の取扱いについて)において、それぞれ同様の回答がなされるに至っている。 また、自然人に対する債権放棄については、東日本大震災の被災者を前提としているものの、平成23年8月11日に個人債務者の私的整理に関するガイドライン研究会から国税庁に対して行った事前照会(「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」に基づき作成された弁済計画に従い債権放棄が行われた場合の課税関係について)において、法人税基本通達9-6-1(3)により貸倒損失として損金の額に算入できることが明らかにされた。 そして、特定調停法についても、平成26年6月25日に、日本弁護士連合会、日本税理士会連合会から国税庁に対して行った事前照会(特定調停スキームに基づき策定された再建計画により債権放棄が行われた場合の税務上の取扱いについて)において、法人税基本通達9-4-2に従って損金の額に算入できることが明らかにされた。 このようなことから見えてくる法人税基本通達9-4-2の位置付けであるが、そもそも銀行は融資先からの回収を最大限にする責務をその出資者たる株主に負っており、安易な債権放棄をすることが認められない。すなわち、グループ会社ではなく、第3者である融資先に対する債権放棄であることから、それぞれに経済合理性のある判断が個別になされているはずである。また、銀行は債権の回収可能性を判断するプロであり、少なくても、課税当局よりはその判断能力は優れているはずである。その銀行における不良債権処理ですらこれほどまでに苦労して、法人税法上、損金の額に算入することが問題にならないようにしてきたという歴史的な経緯に目を向ける必要がある。 すなわち、事業会社の子会社に対する債権放棄については、連結財務諸表上は変わらないという判断で、どうしてもお手盛りになりやすいという側面がある。また、取引先に対する債権放棄についても、事業との兼ね合いもあり、どうしても甘くなってしまうという事例は存在し得る。 そうなってくると、銀行による融資先に対する債権放棄ですら苦労したのであれば、事業会社における子会社や取引先に対する債権放棄については、同様若しくはそれ以上に厳しい対応が行われることもあり得るという点に留意が必要になってくる。その結果、法人税基本通達9-4-2の適用はそもそもとしてハードルが高く、安易に認められるものではないという結論になる。 次回においては、平成15年度の法人税基本通達で新設されたデット・エクイティ・スワップを行った場合における債権者側の処理について解説を行う。 (了)
会計上の『重要性』 判断基準を身につける ~目指そう!決算効率化~ 【第2回】 「『重要性の原則』とは 『四角い部屋を丸く掃く』こと」 公認会計士 石王丸 周夫 第2回は「重要性の原則」についてのお話です。 まず手始めに、「重要性の原則」に関する以下の問題にチャレンジしてみてください(解答は問題のすぐ下にあります)。 いかがでしたか? 正解できたでしょうか。 上の3つの文章はいずれも企業会計原則に記載されている「重要性の原則」に関するものです。重要性判断について学ぶには、まず押さえておかなければならない基本知識といえます。以下、この解答について触れながら、解説していきます。 《簡便な会計処理とは、おでこに手を当てて熱を測ること》 本連載の第1回では、重要性判断が必要になる場面は2つあると述べました。今回はそのうちの【場面①】の方にスポットをあてます。【場面①】というのは、「重要性の乏しい取引に簡便な会計処理を適用する」という場面でした。 ではまず、簡便な会計処理とはどういうことなのかを確認しておきます。会計的に定義されているわけではありませんが、以下のように考えるとよいでしょう。 子供の熱を測るときに、おでこに手を当てて熱を測る方法、これが「簡便法」です。 これに対して、体温計で正確に測る方法、こちらが「原則法」になります。 簡便法というのは、決して「間違った方法」ではありません。体温が高ければおでこが温かくなるので、それを手で感じ取ろうという理屈です。正確性は劣りますが、手早く測定できるというメリットがあります。 会計処理の場合も同じです。簡便な会計処理というのは、正確性では原則法に劣りますが、迅速性では勝っています。そして、手を当てて熱を測る方法と同様、間違った方法ではないということも頭に入れておいてください。 《原則法と簡便法の使い分け》 では、原則法と簡便法をどのように使い分けるのかを考えてみます。 子供の熱を測るケースではこんな感じになります。 子供の体温を測るとき 同様に、会計処理の場合はこうなります。 会計処理方法の選択:原則法か簡便法か 重要性の基準値を設定し、取引1件当たりの金額がそれを上回る場合は原則法により処理し、下回る場合は簡便法も認めるという図式です。重要性が乏しい場合は「四角い部屋を丸く掃く」ことが認められるというわけです。 たとえば、費用をどの時点で計上するかについての処理基準を考えてみると、「発生主義」という原則法に対して、「現金主義」という簡便法があります。発生主義というのは、消費されたタイミングで費用計上する方法で、現金主義というのは、支払ったタイミングで費用計上する方法です。これを上の図に当てはめると以下のようになります。 費用の計上基準の選択:発生主義か現金主義か 重要性の基準値を境に、重要性ありの場合は発生主義が必須で、重要性が乏しい場合は現金主義によることが認められるというものです(⇒したがって、問題2のイの記述は誤りです)。 《簡便法は間違いではない》 上に述べた話は、企業会計原則に記載されている重要性の原則に従ったものです。 ここで注目しておきたいのは、最後の部分です。簡便な方法によることも正規の簿記の原則に従った処理だと述べています。 簡便法は間違った方法ではないということが、ここでお墨付きを与えられています(⇒したがって、問題2のアの記述は正しいです)。 《重要性の原則の適用例》 企業会計原則注解【注1】では、重要性の原則の適用例として5つの例を挙げています。 上記(1)の消耗工具器具備品は、たとえばスパナやドライバー等のことで、重要性が乏しければ資産計上の必要がないということになります(⇒したがって、問題2のウの記述は誤りです)。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第30回】 株式会社かわでん 「第三者委員会調査報告書(平成27年3月13日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【調査委員会の概要】 株式会社かわでんの概要の概要 株式会社かわでん(以下「かわでん」と略称する)は、1926(大正15)年9月創業。旧商号は川崎電気株式会社。配電盤、自動制御盤、分電盤などの配電制御設備メーカー。2004(平成16)年11月、日本証券業協会に株式を店頭登録。売上高18,179百万円、経常利益71,364百万円(数字はいずれも平成26年3月期)。従業員数564名。本店所在地、山形県南陽市。東京証券取引所JASDAQ上場。 調査報告書のポイント 1 調査に至った経緯――購買外注チーム担当者の不審 平成26年秋ころ、山形工場購買外注グループの担当者は、別の担当者に対し、平成24年9月に退職した元従業員X1から発注依頼の電話がかかってくることに疑問を抱き、チームリーダーに相談したものの、チームリーダーは問題ないとの認識を示すのみであった。その後、12月になって、グループマネージャーが、X1からの依頼に基づく発注が多額であることを知り、社内の職制上の上位者である工場長を通じ、情報を経営トップに報告する。 12月11日、取締役製造本部長、工場長、グループマネージャーらが山形工場に来社したX1を問い詰めたところ、不正な取引であったことを認めるに至ったため、12月19日に社内調査委員会を設置して調査を行うとともに、平成27年1月16日、本件不正行為の事実解明などを目的として、かわでんと利害関係を有しない中立・公正な外部の専門家から構成される第三者委員会を設置したものである。 2 調査報告書により判明した事実 (1) 本件不正行為の概要 本件不正行為は、かわでん静岡営業所の担当者であったX1が、山形購買外注チームの担当者D3に対し、電話による電線の発注依頼を行い、D3は、仕入先であるMM社に対し、X1の指定した場所に直送するよう発注を行っていたところ、納品された電線は、X1によって不正に取得され、廃品回収業者X2に転売されていたというものである。 (2) 本件不正行為による取引件数、発注金額 調査報告書によれば、本件不正行為は平成19年10月29日の発注から始まり、発覚直前の平成26年12月5日発注分までの約7年間、行われていた。 3 調査報告書の特徴 (1) 重なった従業員による不正行為 調査報告書によれば、かわでんでは本件不正行為発覚より前に4件の懲戒処分事案が発生していたということである。 このうち、本件不正行為と類似しているのが平成23年の福岡営業所における懲戒事案である。かわでんでは、社内調査委員会が実施すべき再発防止策・改善策として、以下の3点を挙げたうえで、②に関して、「単体部品発注のデータを注視し、異常発生を早期発見するための施策」も実施すべきと指摘していた。 しかし、こうした施策に関して取締役会において具体的議論が行われた形跡はなく、当然、全社的にこうした施策が実行された事実も認められない。 このような取締役会の姿勢を、調査委員会は、以下のようにコメントして、不正行為の発生、早期発見が実現しなかった要因の最初に置いている。 (2) 管理意識の不十分性 調査委員会は、次の要因として、「管理意識の不十分性」として、次の4点を挙げている。冒頭にも記したように、本件不正行為は、2年以上前に退職した元従業員からの電話による口頭発注依頼を「製造依頼書」など所定の書類を確認することもなく、購買外注チーム担当者が発注し、指定の納入場所に直送させていたというものであるが、そうした事務処理が異常視されなかった理由と読みとることもできよう。 (3) その他の要因 調査委員会は、購買業務を監視すべき他の部署についても、それぞれの牽制機能の不足を指摘している。具体的には次の3点である。 4 調査委員会による再発防止策 調査委員会は、問題点を「直接的」なものと「背景的事情」に分けて提示したうえで、それぞれについて再発防止策を提言しているので、確認しておきたい。 (1) 直接的な問題点に係る再発防止策 購買業務関係における以下のような問題点である。それぞれにつき、調査委員会の再発防止策の提言が掲げられているところ、特に「直送品の検収手続き」については、多くの他社事例でも問題点として指摘されており、不正リスクに対する感度がもう少し高ければ、もっと早くに不正を発見することができたのではないかと思料する。 (2) 背景的事情に係る問題点と再発防止策 背景的事情に係る問題点として、調査委員会は、3つのカテゴリーに分け、指摘を行っている。上述したように、原価差異の分析が行われていれば、不正行為の早期発見につながった可能性は大きいものと考えられるし、かわでんでは「セクハラ」に特化した内部通報制度しかなかったところ、外部の弁護士等を通報窓口とする内部通報制度が整備され、周知されていれば、最初に「元従業員からの発注依頼」という異常点を察知した購買担当者によって通報がなされ、早期発見につながった可能性もあった。 また、職制変更が行われても規程が変えられなかった結果、購買部門を管掌するのが工場長であるのか、購買部であるのかが不明になっていたこと、購買部門・管理部門の人員不足が、不正行為を早期に発見できなかった背景的問題点として指摘されている。管理部門に体制強化については、調査委員会は、わざわざ以下のようなコメントを経営陣に提言しているのが印象的である。 5 調査報告書公表後のリリース (1) 東京証券取引所による「公表措置及び改善報告書の徴求について」 東京証券取引所は、3月17日、「公表措置及び改善報告書の徴求について」を公表し、かわでんに対して、改善報告書を徴求したことを明らかにした。 東京証券取引が、公表措置及び改善報告書の徴求を行った理由として、同リリースには以下のような記述がある。 (2) 東京証券取引所への「改善報告書」の提出に関するお知らせ 上記の東京証券取引所による徴求に応えて、かわでんは、3月31日、東京証券取引所に対し「改善報告書」を提出した旨のリリースを出した。 そこでは、基本的には調査委員会の提言を踏襲しつつ、さらにかわでんの業務実態に即した再発防止策が並べられているので、まず、項目を引用したい。 【直接的事項の改善措置】 【全般的事項の改善措置】 調査委員会があえて言及した「提言を実行するための管理部門の人員強化」について、改善報告書では、「平成27年4月に他部門からの配置転換1名と新卒者1名の配置を実施」するとし、さらに「人員体制の見直しを毎年2月に」行うとしている。それとは別に「コンプライアンス事務局(プロジェクトチーム)を発足させる」こととしており、こうした施策との兼ね合いで一概には言えないかもしれないが、わずか2名の増員で、しかも1名は新卒者という人員増が「強化」とまで呼ぶことができるのかどうか、いささか心もとない気はする。 6ヶ月後を目途に東京証券取引所に提出することになる「改善状況報告書」にどのような改善措置の実施状況が報告されるのか、注視したい。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第80回】 減損会計④ 「減損会計の対象資産」 仰星監査法人 公認会計士 上村 治 〈事例による解説〉 【仕訳】(単位:百万円) (※1) 減損損失の金額の計算 減損損失200=(建物150+土地250+建設仮勘定50+ソフトウェア30+長期前払費用20)-回収可能価額300 回収可能価額については、本連載の第22回「減損会計③」をご参照ください。 (※2) 減損損失の各資産への配分 認識された減損損失は帳簿価額に基づき比例配分を行います(基準6.(2))。 (※3) 建物への配分額60=減損損失200/対象固定資産の合計金額500×建物減損前簿価150 〈会計処理の解説〉 対象となる固定資産 固定資産の減損会計の対象となる資産は固定資産です。そのため、有形固定資産、無形固定資産だけでなく、投資その他の資産もその対象となります(固定資産の減損に係る会計基準の適用指針(以下「指針」という)5)。ただし、他の基準に減損処理に関する定めがある以下の資産については減損会計の対象資産から除かれます(指針6)。 また、長期前払利息など財務活動から生じる損益に関する経過勘定項目も固定資産の減損会計の対象資産から除かれます(指針68)。 ここで留意すべきこととして、有形固定資産について、建物や土地だけでなく、まだ稼働していない建設仮勘定も減損の対象に含まれます(指針68)。 無形固定資産については、「研究開発費等に係る会計基準」には市場販売目的のソフトウェアの減損処理について定めがありますが、自社利用目的のソフトウェアについては減損処理の定めがないため固定資産の減損会計の対象資産になります(指針69)。 投資その他の資産については、投資有価証券や敷金は金融資産に該当するため固定資産の減損会計の対象資産から除かれますが、権利金等を処理している長期前払費用は固定資産の減損会計の対象資産となります(指針68)。 * * * 次回は、遊休資産の減損会計の取扱いについて解説します。 (了)
非正規雇用の正社員化における留意点と労務手続 【第3回】 「企業の正社員化へ向けた取組み状況と 正社員登用制度運営時のポイント」 特定社会保険労務士 池上 裕美 前回は、非正規社員をめぐる近年の法改正の内容を確認し、企業がこれらの改正に対しどのようにな検討を行っているのかについて、統計データ等をもとに検証を行った。 今回はこれら正社員登用・転換事例にみられる特徴と正社員登用時における企業対応のポイントについて解説したい。 1 正社員登用の転換事例の特徴 正社員登用の転換事例には、以下のような特徴がみられる。 上記の正社員登用へ向けた積極的な動きは、今後の労働力供給の減少の見通しと有効求人倍率の上昇もあって、他社に先駆けて優秀な人材を確保しておこうという企業の意識が高まったものと考えられる。 また、労働契約法の改正のみならず、短時間労働者の社会保険(健康保険、厚生年金)の適用に関して、現在は通常の労働者の所定労働時間、所定労働日数の概ね4分の3以上になると被保険者として社会保険に加入することとなっているが、2016年10月からは、従業員501人以上の企業で、次の要件を満たす短時間労働者も社会保険の適用対象となっている。 こうした社会保険の適用範囲の拡大は、企業にとって保険料の負担増へつながることから、この改正前に非正規社員の人材の質を向上し活用を図ろうとして、積極的な正社員登用を行っている企業があるものと考えられる。 2 正社員登用に当たっての企業対応のポイント 実際に企業が正社員登用制度を行う際には、以下のような点に留意したい。 正社員登用は通常の採用と同様に、手続を整備することはもちろん、もともと社内で勤務していた非正規社員だからこそ、正社員登用の基準を明確にし、正社員と非正規社員の違いを意識づけしておくことが必要である。 正社員登用は、新入社員の採用時のような緊張感が損なわれる可能性が高い。しかし、上記のポイントを踏まえ、手続を怠らず、基準を明確にしておくことで、非正規社員の納得性と公平性を得ることができるであろう。 * * * 次回は正社員登用時における具体的な手続について解説する。 (了)
〈まずはこれだけおさえよう〉 民法(債権法)改正と 企業実務への影響 【第4回】 「時効」 堂島法律事務所 弁護士 奥津 周 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 1 原則的な時効の期間 (※) 法制審議会にて決定された「民法(債権関係)の改正に関する要綱」6頁より抜粋。なお、同内容の改正法案が現在国会に提出されている。 (1) 現行法 現行民法166条1項、167条1項は、消滅時効の起算点を「権利を行使することができる時」と定め、原則的な消滅時効の期間を10年間と定めている。 一方、現行民法170条から174条は、職業別の短期消滅時効の規定をおき、職業ごとの債権について、1年ないし3年の短期の消滅時効を定めている(具体例は下表のとおり)。また、商法522条は、商取引によって生じた債権については、5年間の消滅時効期間を定めている。 【職業別短期消滅時効の例】 (2) 改正法による時効期間の統一 上表のように、職業別に個別に短期の消滅時効期間を設けることには、現代では合理性がないと指摘されていた。また、原則的な時効期間を10年とするのも、最近の国際的な動向等からすると、長すぎるという指摘もなされていた。 そこで、改正法案では、職業別の短期消滅時効の規定や商事債権の消滅時効の規定を撤廃し、時効期間を統一して単純化するものとされた。 具体的な時効期間としては、権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)から5年間とされた。これにより、通常の売買代金等の債権であれば、弁済期(支払期日)がいつであるのか認識できているので、弁済期から5年間で消滅することになる。 一方、不当利得返還請求権や、労働災害などにおける安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権など、債権者が債権の存在を認識できておらず、直ちに権利行使が期待できないような債権も考えられ、そのような場合は、権利を行使することができる時(客観的起算点)から10年間で時効が成立するものとされた。 2 不法行為による損害賠償請求権の消滅時効 (※) 法制審議会にて決定された「民法(債権関係)の改正に関する要綱」7頁より抜粋。なお、同内容の改正法案が現在国会に提出されている。 (1) 除斥期間を消滅時効とすることの改正 不法行為による損害賠償請求権の消滅時効について、現行法は、①被害者又は法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき、又は②不法行為の時から20年間経過した時に権利が消滅するものとされている。 このうち②は、判例上、いわゆる除斥期間と理解されてきた。除斥期間は、消滅時効と異なり、中断させることができないとされているので、時に被害者に酷な結果となる事案が見受けられた。 そこで、改正案では、上記②については、除斥期間ではなく、通常の消滅時効であることを明確に規定し、被害者が権利行使することで時効の進行を止めることができるものとされた。 (2) 生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効 生命・身体の侵害による損害賠償請求権については、財産の棄損などの損害賠償請求権よりも被害者保護の必要性が高いことから、改正案では、通常よりも消滅時効の期間を長くしている。 具体的には、不法行為によって生命・身体が侵害された場合には、被害者又は法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年とされているところを、5年間としている。 また、不法行為以外の原因とする損害賠償請求権(債務不履行に基づく損害賠償請求権等)の客観的起算点からの時効期間について、上記のとおり原則10年のところが、生命身体に対する損害賠償請求権については20年とされている。 3 時効の完成猶予・更新 (※) 法制審議会にて決定された「民法(債権関係)の改正に関する要綱」9頁より抜粋。なお、同内容の改正法案が現在国会に提出されている。 (1) 時効の完成猶予・更新 現行民法では、時効の成立を阻止する制度として、「時効の中断」「時効の停止」という規定を定めている。時効の中断は、中断事由が発生した時点で、これまで経過した時効の期間はゼロに戻り、中断事由の終了時からあらためて期間が進行することになる。時効の停止は、時効の停止事由が発生しても、経過した時効の期間がゼロに戻るわけではなく、一定期間時効の完成を猶予するものである。 この時効の中断や停止については、一般に理解しにくいのではないかという指摘があったため、時効の中断や停止の制度については、「更新」と「完成猶予」の制度に再構成されている。 (2) 協議による時効の完成猶予 改正案では、現行民法にはない「協議による時効の完成猶予」の規定が設けられた。 これは、消滅時効の期間が到来する間際において、当事者間で支払いに関する協議などが行われることは実務上多いが、現行民法下では、協議中においても消滅時効の完成を避けるためにわざわざ訴えを提起する必要があり、そのような不便さに対応するため、当事者の協議を行うことの合意によって、時効の完成の猶予を認めるものである。 当事者間の協議の合意によって時効の完成が猶予されるためには、その合意の存在を明確化する観点から、書面により協議をする旨の合意をすることが必要とされている。 4 企業実務への影響 まず時効の期間が変更になるため、時効管理の実務にもそれを反映する必要がある。メーカーや商社の売掛債権のように、これまで職業別の短期消滅時効が適用されていた債権については、時効の期間が延びるため、債権者の立場からすると、有利な面はある。 もっとも、時効は、債務者の立場からすると、弁済に関する資料を保存する必要がある期間とも関係する。弁済を終えた債権の請求に対応するため、少なくとも時効期間が満了するまでは弁済に関する資料を保管しておく必要があるが、時効期間が延びる場合には、その対応が必要となる。 (了)
コーポレートガバナンス・コードのポイントと 企業実務における対応のヒント 【第5回】 「取締役会等の責務②」 ~独立社外役員について(4-7,4-8)~ あらた監査法人 ディレクター 井坂 久仁子 〔取締役会等の責務〕 前回に引き続き、本稿では、2015年3月5日に確定した「コーポレートガバナンス・コード原案~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上のために~」(以下「CGコード」)第4章「取締役会等の責務」から、「原則4-7. 独立社外取締役の役割・責務」、および「原則4-8. 独立社外取締役の有効な活用」について、英国での実務を紹介しつつ解説する。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りしておく。 〔独立社外取締役の役割〕(原則4-7) 原則4-7では、特に以下の役割・責務を独立社外取締役が果たすことが期待される、としている。 独立社外取締役は、業務執行の監督をすることがもっぱらの責務であるといわれてきた。それが、上記(ⅱ)や(ⅲ)にも反映されていると考えられる。 一方、「攻めのガバナンス」であるCGコード策定の背景を考慮すると、( i )は、どちらかというと会社の積極的な戦略を支援するためのアドバイスを経営者としての経験豊富な独立社外取締役に求めているとも解釈できる。助言(アドバイス)のベクトルは、守りというよりは、会社の持続的成長・中長期的な企業価値向上に向かっていることがここでは明確になっている。 〔独立取締役の有効な活用〕(原則4-8) CGコードでは、原則4-7において、独立社外取締役の役割・責務を明確化した上で、原則4-8において、そのような役割と責務を担う独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきであるとしている。 すでに、東京証券取引所(以下「東証」)の上場規程(※1)では、企業行動規範の「遵守すべき事項」として、上場会社は独立役員(東証の独立性基準を満たす社外取締役または社外監査役)を1名以上確保することが規定されており、全上場会社において少なくとも1名以上の独立役員がすでに確保されている(※2)。 (※1) 有価証券上場規程第436条の2。 (※2) 「東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書2015」 とはいえ、次表の通り、東証に上場する3,461社のうち、約86%(2,964社)は、届け出られた独立社外取締役が2名未満である(本稿執筆現在(2015/4/20))。 表1 (出所:2015年4月20日現在の東証「コーポレート・ガバナンス情報サービス」より筆者が作成) 平成26年改正会社法(施行は2015年5月1日)により、社外性要件がより厳格化されるため、現在独立社外取締役として届け出られている取締役が社外性の要件を満たさない可能性もある。また、独立性の要件を満たすすべての社外取締役を独立役員として会社が届出をしているとは限らないため、実際の独立社外取締役数は上記より相当多いことも考えられる。 そのため、CGコードが適用される2015年6月1日以降の独立社外取締役数は必ずしも上記とは一致しないが、1つの目安にはなるだろう。 多くの上場会社で2名以上の独立社外取締役を選任していない現状があるとして、独立社外取締役を2名以上選任することの意味を上場会社がそれぞれの状況に応じて考える必要がある。 これらを検討する際に、独立社外取締役を複数名選任することが必須となっている諸外国の事例が参考になるかもしれないと考え、以下に英国等の例を紹介する。 〈英国上場会社の取締役会〉 図1は、英国のFTSE350指標を構成する会社の平均的な取締役会の構成を示している。 図1 英国のコーポレートガバナンス・コード(※3)(B.1.2)では、少なくとも半数は、独立非業務執行取締役から構成されるべきであるとされている。また、取締役会議長(Chairman)は、業務執行を担う最高経営責任者(CEO)とは別の独立非業務執行取締役が担当することが要求されている。 (※3) 本稿での英国のコーポレートガバナンス・コードとは、財務報告評議会(FRC)が公表する“UK Corporate Governance Code (September 2014)”を指す。こちらのリンク先から入手可能。 平均的な取締役会人員数は(議長を除き)9.5名、内、非業務執行取締役は5.7名、業務執行取締役は、2.8名であり、この取締役会の規模は、一般的な米国の規模(S&P500が10.7名、このうち8名が非業務執行取締役)より若干小さいが、日本の東証一部(平均8.61名)やJPX400(平均10.29名)の上場会社と概ね同規模である。 また、英国の取締役会には、1名程度の独立性要件を満たさない非業務執行取締役が存在し、独立性要件を満たさない理由は、会社の重要な株主である(50.8%)、9年を超えて取締役を務めている(27.9%)等となっている(出所: Grant Thornton,“Corporate Governance Review 2014”)。 日本の上場企業においては、一部の委員会設置会社を除き、独立社外取締役が取締役会の半数を占める例は、ほとんど見当たらない。日本の上場会社における1社当たりの社外取締役平均人数は、東証上場会社全体で平均1.10名、JPX日経400構成会社の監査役設置会社における社外取締役の平均人数は1.78名である(※4)。 (※4) 「東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書2015」 CGコードでは、原則4-8の背景説明において、独立社外取締役を としている。ここでは、独立社外取締役を複数名設置することによって、独立社外者として十分な発言力が発揮できることを期待していると考えられる。 それでは、この独立社外取締役を複数名選任することによって、何が達成されるのか。 補充原則4-8①および4-8②は、いずれも独立社外取締役が複数名選任されていることによって初めて成立する仕組みであり、1名では成立しないか、もしくは、当該1名の独立社外取締役への過度な負担が懸念されるものである。 ▷ 補充原則4-8① 独立社外取締役は、取締役会における議論に積極的に貢献するとの観点から、例えば、独立社外者のみを構成員とする会合を定期的に開催するなど、独立した客観的な立場に基づく情報交換・認識共有を図るべきである。 〈米国等におけるエグゼクティブ・セッション〉 いわゆる米国でエグゼクティブ・セッションといわれる会議体が独立社外者のみを構成員とする会合に相当する。 米国では、コンプライ・オア・エクスプレイン型のコーポレートガバナンス・コードはないが、取引所規則等においてコーポレート・ガバナンスに関する規定がある。例えば、NYSE規則(303A.03)では、非業務執行(non-management)取締役が経営陣(management)に対するより効果的なチェック機能を果たすために、経営陣(CEOやCFOを含む)を交えない非業務執行者だけの会合を定期的に開催することが求められている。 この場合の非業務執行取締役は、必ずしも独立性要件を満たす取締役に限定する必要はないとされるが、上場会社の選択により独立非業務執行取締役に限定した会合を定期的に開催することも可能である。いずれの場合も、少なくとも年に一度は、独立非業務執行取締役だけの会合を開催することが要求されている。NYSE規則では、このような経営陣を交えない会合によって、非業務執行取締役間のコミュニケーションの活性化が図られるとしている。 また、英国のコーポレートガバナンス・コード(A.4.2)においても、非業務執行取締役だけのエグゼクティブ・セッションの定期的な開催が要求されており、少なくとも年1回は取締役会議長を交えない会合を開催し、その会合では、取締役会議長の実績評価をすることが規定されている。 このように、社内者を含めない、独立社外者のみの会合は、諸外国でも有用であるとみなされ定期的な実施が奨励されている。仮に、日本企業において複数名の独立社外取締役を選任しない(できない)場合においては、独立性の要件を満たさない社外取締役等に参加者を拡大した会議体を定期的に開催することによって、同様の目的を達成することが可能かどうかを検討する余地があるかもしれない。 ▷ 補充原則4-8② 独立社外取締役は、例えば、互選により「筆頭独立社外取締役」を決定することなどにより、経営陣との連絡・調整や監査役または監査役会との連携にかかる体制整備を図るべきである。 〈英国における筆頭独立社外取締役の役割〉 筆頭独立社外取締役の設置は、独立社外取締役が複数名存在することによって成り立つ。 理論的には、2名以上の独立社外取締役が存在すれば、そのいずれかを筆頭とすることは可能であるが、人数にかかわらず、筆頭独立社外取締役が具体的にどのような役割を担うのか、各社が予め明確にしておく必要があると考えられる。 英国では、上席独立取締役(Senior Independent Director)(以下「SID」)が日本のCGコードの筆頭独立社外取締役に相当する。その役割は、英国の財務報告評議会(FRC)のガイダンス(※5)によると、次の通りである。 (※5) FRC,“Guidance on Board Effectiveness”(March 2011) 上記を踏まえて、取締役会は、どのような状況下において、SIDが中心的役割を果たすか明確な方針を決めておく必要があるとされ、具体的には、次のようなケースが例示されている。 なお、本稿の範囲ではないが、上記以外のSIDの役割として、英国のコーポレートガバナンス・コード(E.1.1)では、「株主との対話」の一環として、SIDは、 と規定されている。 上記は、英国におけるSIDの役割と責務の一例であるが、これらは、日本の上場会社が筆頭独立社外取締役の役割と責任を文書化する際の参考とすることが考えられる。さらに、筆頭独立社外取締役を設置しない場合には、上記のような役割と責任を誰が担うのか、予め検討しておくことも必要だろう。 英国の上場会社の開示では、SIDの責任と役割範囲の説明に加えて、SIDにふさわしい資質や、SIDのパフォーマンスの評価者や報酬決定者が誰であるか明記されている場合が少なからずある。 例えば、マークス・アンド・スペンサー社がウェブサイト(※6)上で公開している「ガバナンス・フレームワーク」(2015年3月)では、SIDのパフォーマンスは、取締役会議長および非業務執行取締役がレビューすること、さらに、SIDの報酬は、取締役会議長およびCEOが設定することが明記されている。 (※6) 以下のウェブサイトから入手可能。 「GOVERNANCE FRAMEWORK (March 2015)」 また、同社のSIDの主な責任範囲には、次のような事項が列挙されている(仮訳は筆者)。 日本のCGコードにおける筆頭独立社外取締役に相当する英国のSIDの役割と責任は、同国においては取締役会の少なくとも半数が独立非業務執行取締役であるという状況を反映するものではあるが、今後、長期的な視点で取締役会のあり方を検討する上で、日本企業の参考となるかもしれない。 〔企業はどう対応すべきか〕 単に、独立社外取締役の人員数を最低限2名そろえるというよりは、実質的に取締役会を有効な場とするために何が必要か、どのような役割を独立社外取締役に求めるのかを明確にする必要があることは言うまでもない。 一方で、その必要性は明らかであっても、限られた時間内に会社にとって最適な独立社外取締役を複数名選任することが困難であることも考えられる。そのような場合の暫定的措置として、独立性基準を満たさない社外取締役または社外監査役に、一定の独立社外取締役の役割と責務を任せることができるかどうか、検討の余地があるかもしれない。 あるいは、そもそもの自社の独立性基準の設定を見直すことがより現実的な場合もあるかもしれない。自社において独立社外取締役に求める役割と責務を熟考すれば、場合によっては、ある独立性の要件が不要であると判断される場合もあるかもしれない。その判断理由は合理的に説明(エクスプレイン)可能だろうか。独立性の要件については前回に記載したところであるが、あらためて、その詳細を検討することが必要になるだろう。 以上をまとめると、図2の通り、CGコードの適用に当たっては、原則4-7から原則4-9を総合的に検討し、CGコードが想定する独立社外取締役に期待する役割・責務を果たすために必要な施策を各社がそれぞれの状況に応じて策定することが必要となる。それは、おそらく上場会社各社によって異なるものになるが、それが原則主義のコーポレートガバナンス・コードの適用のあるべき姿ではないか。 図2 (了)
〔小説〕 『東上野税務署の多楠と新田』 ~税務調査官の思考法~ 【第8話】 「多楠の失敗」 税理士 堀内 章典 準備調査の内容 調査着手前の内偵調査によると、店の営業時間は、ランチが11時30分から14時、夜は18時から深夜1時まで、休みは不定期となっていた。2週間前の金曜日20時過ぎに、内偵で店に入った田村と小泉、店は活況を呈していることを把握していた。 田村統括官から指令を受けた小泉、新田、多楠調査官らは、新田の席で打ち合わせを始めた。机の反対側に座っている淡路調査官は、興味津々でヒソヒソ話をする3人に聞き耳を立てていたが、あいにく指導役の三浦上席に呼ばれたため、渋々席を立った。 小泉調査官はいつものように落ち着いた口調で、事案の概要について用意していた準備調査のペーパーをもとに説明を始めた。 小泉は新田よりも2、3歳年長だが、総務課主任の在籍が長く、法人税調査は4年目とそんなに経験豊富とは言えない。しかし、総務課を経験したからか、常に物腰が柔らかく、落ち着いて丁寧な口調で話をする調査官であった。 淡々と事案説明をする小泉に、新田は無言でときどきうなずく程度、多楠は初めて耳にする調査用語も出てきて、小泉の説明を聞いているだけで、ドキドキしていた。 数週間前に行った内偵調査の結果、つかんだことは次のとおり。 無予告調査のはじまり 調査着手前の打ち合わせでは、明日火曜日ランチが始まる前の10時、最初店には小泉と新田が入り、多楠はしばらくの間、通りに面している裏口を見張ることにした。 いよいよ多楠にとって初めての無予告調査の始まり。当日10時前に、何気なく店の前にたたずむ3人の調査官、初めての無予告調査で緊張感が最高潮に達する多楠、小泉と新田は手馴れたものでいつもと何ら変わらない様子である。 10時になるやいなや小泉と新田は店に入り、多楠は打ち合わせどおり裏口の前に張りついた。 2人が店に入ると、先日店にいた若手の板前とミキと呼ばれていた社長の妹と思われる女性が忙しそうに働いていた。 「東上野税務署の小泉と言います。社長さんはいらっしゃいますか。」 エプロンで手を拭きながら応対に出るミキ 「税務署?何のご用ですか。」 「社長の藤田さんはいらっしゃいますか。」 朝早くからスーツ姿2人の男が現れ、ミキもその異様な雰囲気を肌で感じている。なかなか用件を言おうとしない小泉にミキは語気をやや荒げて 「ですから何のご用ですか。」 小泉 「あなたのお名前は?」 いきなり失礼なと思ったミキであるが気を取り直して 「今泉と申します。社長の藤田の妹です。ですから何のご用で見えたのですか。」 目鼻立ちのスッキリした端正な顔立ちだが気の強さが少々にじみ出ている風貌のミキに小泉が言う。 「今泉さんですね。有限会社すし勢の取締役ですね。それでは申し上げますが、本日すし勢の法人税調査でお伺いいたしました。突然の調査で大変恐縮ですが、調査にご協力願います。」 小泉がなかなか用件を言わなかったのは理由がある。任意で行われる税務署の調査では、まず社長あるいは取締役に面接して、調査への協力要請を行ってから調査に着手するのが手順なのだ。 予告して行う調査であれば、電話での事前通知の中で協力要請を行うが、無予告調査の場合、何ら行為責任のない従業員に調査予告をしても意味がない。従業員とのやり取りをしている間に、社長に逃げられてしまうこともある。無予告調査の場合は、特に初動が重要であり、慎重を期す必要があるからだ。 そんな小泉の慎重な対応が、・・・。 小泉とのやり取りをしている間2~3分くらいは経過しただろうか、やっと状況が呑み込めたという表情のミキがようやく店の奥の部屋に社長を呼びに行った。 「兄さん、税務署の人が2人来たわよ。これから調査をするんですって!」 「あら?いないわ、ついさっきまでいたのに、どこに行ったのかしら・・・」 慌ててミキの後を追い、奥に入る小泉、やや散らかった厨房とさらにその奥にある小部屋、さすがに内偵調査ではこの小部屋まで確認することはできなかった。確かに灰皿には完全に消えていないタバコと、部屋中にタバコの煙が満ちている。ついさっきまで人がいたことは間違いないようだ。 小泉 「失礼します。このドアが勝手口ですか。」 ミキ 「そうですけど・・・」 小泉がドアを開けると、外にはバツの悪そうな顔をした多楠が一人立っていた。 小泉 「だれかこのドアから出て行かなかったか?」 多楠 「一人だけ、今さっき60過ぎの老人が出ていきました。」 店をいったん出て外を回って急ぎ裏口にやって来た新田が叫んだ! 「やられた。逃げられた。」 多楠 「でも60歳くらいの老人でしたよ。足を引きずりながら昭和通りの方に歩いて行きました。」 新田 「そいつに誰なのか聞いたのか。」 多楠うつ向きながら 「??いいえ・・・」 新田 「バカヤロー!きっとそいつが社長だ!!」 多楠は初めて鬼のような形相をした新田を見て恐れおののいた。 社長が足を引きずりながら歩いて行った昭和通りまで、多楠は慌てて追いかけたが時すでに遅し。タクシーにでも乗ってしまったのか、それらしき人物は見当たらなかった。 肩を落として店に戻ってきた多楠に新田が聞く。 「社長は何か持っていたか。」 多楠 「たしか手提げ袋みたいなものを持っていたような・・・?」 新田の怒りは収まらない。店に戻るなり、ミキに言った。 「社長はなぜ逃げたんだ。」 気の強いミキもけっして負けてはいない、ソッポを向きながら 「そんなの知りませんよ。本人に聞いてください。私だって気が付いたときは、店の中にいなかったんですもの。」 そんな中でも落ち着いている小泉はミキに言った。 「今泉さん、あなたも取締役であり、調査に立ち会える立場にあります。社長がいなくなった以上、あなたに調査に協力してもらう必要があります。」 ミキ 「そういったって、私詳しいことはわからないし、聴かれてもどう返答していいかわからない。困ります。」 小泉も簡単には引き下がらない。 「社長が取った疑わしき行動についてはあとでその理由を聴くにしても、取締役であるあなたにも調査に立ち会うべき責任がある。あなたができる範囲でいいから調査に協力してください。」 その後、小泉とミキが協力する、しないで何回か押し問答をしたが、結局非は自分たちにあると察したミキがようやく協力に応じることになった。 小泉 「顧問の林税理士にも速やかに連絡し、立ち会ってもらう必要があります。」 と言って、携帯電話から林税理士の事務所に連絡を取った。林税理士はあいにく出かけているとのことで、折り返し小泉の携帯電話に連絡するように電話口に出た事務員に依頼した。 ▼ ▲ ▼ これまでの一部始終を小泉の傍らで聞いていた多楠がふと新田の方を見ると、相変わらず鬼のような形相をした新田と目があった。 新田が多楠に言う。 「お前、署に戻れ!目障りだ!!」 え!驚く多楠、小泉も驚きを隠さず言う。 「新田さん、何もそこまでしなくても・・・。」 と言いかけたところで新田 「サッサと帰れ!」 多楠は、“新田さんは一度口にしたことを撤回するような人ではない”と観念し、今にも泣き出しそうな顔で店を出て行った。心配そうにその後ろ姿を見つめる小泉、そしてミキが目じりを釣り上げて、新田に向かって 「あなたってさっきから見ているとずいぶん怖い人ね。何だか今の若い人が可哀そう。」 と言いながらミキは携帯電話を手にして電話をし出した。小泉に頼まれてもいないのに社長の藤田に電話したのだ。すると、奥の小部屋から携帯電話の鳴る音がした。小部屋に入るなり、ミキの声がした。 「あらいやだ、兄さんたら携帯電話も置いたまま出て行ったみたい。もうまったく、これじゃ連絡もとれやしない。」 奥から出て来るなりミキが言う。 「兄は40歳前だけど年よりだいぶ老けて見えるの。さっきの若い税務署の人が見間違えるのも無理がないわ。あなた方も兄に会えばわかるわよ。」 「調査には協力するからあの若い人をあまり責めないで。」 無言の新田に替わって小泉が 「それではランチタイムが始まる前に、お店の中の確認をさせてください。」 いきなりの大波乱、やっとのことで店舗内の現場確認調査が始まった。 (続く)