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《速報解説》 JICPAが「環境価値取引の会計処理に関する研究報告」を公表~バーチャルPPAの会計処理に関し多くのコメントが寄せられる~

《速報解説》 JICPAが「環境価値取引の会計処理に関する研究報告」を公表 ~バーチャルPPAの会計処理に関し多くのコメントが寄せられる~   公認会計士 石王丸 周夫   Ⅰ はじめに 2023年9月21日付で、日本公認会計士協会は、会計制度委員会研究報告第17号「環境価値取引の会計処理に関する研究報告-気候変動の課題解決に向けた新たな取引への対応-」(以下、本研究報告という)を公表した。 本研究報告は、脱炭素社会実現に向けた企業の様々な取組みを背景として、現行の会計基準等では明らかにされていない新たな環境関連取引に係る会計上の取扱いについて、現時点の考え方を取りまとめたものである。   Ⅱ 主な内容 1 本研究報告の検討対象 本研究報告は、そのタイトルからもわかるとおり、環境価値取引を対象としている。環境価値取引とは、「環境価値を直接取引対象とする環境関連取引」(本研究報告1ページ及び2ページ)であり、環境価値とは、「例えば温室効果ガス排出削減・吸収という環境の保全に関する付加価値」(本研究報告1ページ)を指す。 2 本研究報告の位置付け 環境価値取引に関する現行の会計基準としては、2004年に企業会計基準委員会より公表された実務対応報告第15号「排出量取引の会計処理に関する当面の取扱い」(以下、実務対応報告15号という)がある。しかしながら、非化石証書等、近時広がりを見せている新たな環境価値取引について、実務対応報告15号をどう適用すべきかが明確ではない。 本研究報告ではこうした新たな環境価値取引に関する会計上の取扱いを整理、検討し、複数の考え方を示している。ただし、「実務上の指針として位置付けられるものではなく、また、実務を拘束するものでもない」(本研究報告3ページ)としている。   Ⅲ 着目すべき点 非化石証書とは、「発電時にCO2を排出しない電気が持つ「環境価値」を、電気自体の価値とは切り離して証書化したもの」(本研究報告33ページ)である。例えば鉄道業等でも、非化石証書を利用してCO2排出量が実質的にゼロとなる電力への切替えの取組み(実質再エネ化と呼ばれている)が広がっている。 本研究報告ではこの非化石証書に関する会計処理について検討を行っており、中でも関心が高い項目は、バーチャルPPA(※)と呼ばれる非化石証書を用いた環境価値取引に係る会計上の取扱いである。本研究報告とあわせて公表された公開草案に寄せられた主なコメントの概要とその対応の資料を見ても、公開草案に寄せられたコメントの大半がバーチャルPPAの会計処理に関するものであったことがわかる。当該取引の会計処理のあり方が再生可能エネルギーの普及に影響を及ぼす可能性もあるといえそうだ。 (※) PPA・・・「Power Purchase Agreement 電力購入契約)」の略 バーチャルPPAは、「電力の需要家が実質的に再生可能エネルギー由来の電力を調達したのと同じ効果を得ることができる」(本研究報告49ページ)仕組みであるが、最大の論点は、この取引に特有の差金決済が、会計上、デリバティブ取引に該当するか否かという点だ。デリバティブ取引に該当する場合は時価評価が求められる上、その時価を求めるにあたっても必要なデータの入手等に課題があるという。本研究報告では付録として「バーチャルPPAの設例」を示しており、理解の助けとなる。   ◆BOOK◆ 『気候変動リスクと会社経営 はじめの一歩』 好評販売中 「気象災害の多い日本で、気候変動リスクと会社経営を考えるとき、最初に読む一冊。」 (了)

#石王丸 周夫
2023/09/25

プロフェッションジャーナル No.536が公開されました!~今週のお薦め記事~

2023年9月21日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.536を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2023/09/21

日本の企業税制 【第119回】「各府省庁による「令和6年度税制改正要望」」

日本の企業税制 【第119回】 「各府省庁による「令和6年度税制改正要望」」   一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴   2023年9月14日(木)、わが国のプロ野球セントラル・リーグにおいては、阪神タイガースが18年ぶりのリーグ優勝を決めた。これによる経済効果は、関西地域だけでも約872億2,114万円に上るとの試算もある。 ところで前回優勝の年に行われた平成18年度税制改正では、景気の回復や財政状況を反映して、所得税・個人住民税の定率減税の廃止や、景気対策として講じられてきた各種政策税制の縮減、たばこ税の引上げ等、増税路線へと舵が切られた。 また、三位一体の改革として、所得税から個人住民税への3兆円規模の税源移譲に関し、個人住民税の10%比例税率化と所得税の税率構造の見直しが行われた。法人税では研究開発税制において総額型・増加型の選択制から総額型への一本化が行われ、また会社法制定に伴う様々な改正が盛り込まれた年でもあった。   〇令和6年度税制改正要望の全体像 話を戻し「令和6年度税制改正」については、8月末に各府省庁から税制改正要望が出そろっている。 今回の要望項目数は、単純合計で国税189項目・地方税209項目、重複排除ベースで国税136項目・地方税162項目であった。なお、廃止・縮減項目数は単純合計ベースで国税1項目・地方税0項目、重複排除ベースで国税1項目・地方税0項目であった。国税の要望項目は少なめといえる。 今回、廃止・縮減項目として挙げられた国税の1項目は、復興庁による「被災者が直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置の縮減」である。   〇法人課税 法人課税では、8月31日に開かれた政府の「新しい資本主義実現会議(第21回)」において、岸田総理が と発言したことから、 という3分野での税制措置の検討が注目される。 経済産業省は、①戦略物資生産基盤税制(中長期的な経済成長を牽引するGX分野を中心に、DXや経済安全保障等の観点を踏まえつつ、戦略的に重要な物資(戦略物資)について、その生産・販売量に応じた税額控除措置)の創設、②イノベーションボックス税制(民間企業の課税所得のうち、我が国で開発した知的財産に由来する所得に対して優遇税率を適用する措置)の創設、③成長志向の中堅企業等の成長を促進する税制措置の検討、を要望している。イノベーションボックス税制については、内閣府、厚生労働省、農林水産省からも要望されている。 このほか経済産業省は、大企業向け賃上げ促進税制の延長・拡充、リース会計基準の変更に伴う所要の措置の他、国土交通省とともにカーボンニュートラル投資促進税制の延長・拡充を要望している。 スタートアップ関係では、経済産業省がストックオプション税制の拡充、スピンオフ税制の拡充、オープンイノベーション促進税制の延長を要望する他、経済産業省と金融庁が共同で、エンジェル税制の拡充、個人から上場ベンチャーファンドへの投資促進に係る税制措置の創設、法人(発行者以外の第三者)が継続的に保有等する暗号資産の期末時価評価課税の見直しを要望している。 なお、本連載でも取り上げた本年6月の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」においても、税制適格ストックオプションの制度見直しとして、株式保管委託要件の撤廃、認定に伴う手続負担なしでの高度人材への付与、上限額の大幅引上げ又は撤廃を検討することが掲げられていたところである。   〇中小企業関連税制 中小企業関連の税制では、経済産業省が、非上場株式等についての納税猶予及び免除の特例(法人版事業承継税制)・個人の事業用資産についての納税猶予及び免除(個人版事業承継税制)について、令和6年3月31日となっている承継計画の申請期限の延長を行うとともに、本税制の適用期間における事業承継の取組み等も踏まえ、円滑な事業承継の実施のために必要な措置について検討するよう要望している。なお、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」では「親族等に経営を託する事業承継税制の延長・拡充を検討する」とされている。 一方、令和4年度税制改正において、特例承継計画の提出期限を令和6年3月末まで1年間延長した際、与党の令和4年度税制改正大綱では、「日本経済の基盤である中小企業の円滑な世代交代を通じた生産性向上が待ったなしの課題であるために事業承継を集中的に進めるための時限措置としていることを踏まえ、令和9年12月末までの適用期限については今後とも延長を行わない」とされていた。 また、経済産業省と厚生労働省が交際費の課税の特例(800万円までの損金算入)の延長を要望するとともに、厚生労働省は交際費等とならずに損金算入可能な飲食費の上限(5,000円)の引上げを要望している。 これらの他、経済産業省、農林水産省、国土交通省が中小企業事業再編投資損失準備金の拡充及び延長を、経済産業省、総務省、厚生労働省が中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例措置の延長を、経済産業省が中小企業向け賃上げ促進税制の拡充(繰越控除、仕事と子育ての両立や女性活躍支援に積極的な企業に対する控除率の上乗せ措置)及び延長を、それぞれ要望している。 さらに経済産業省は、法人事業税の外形標準課税の適用対象法人のあり方に関する検討を行う際には、地域経済・企業経営への影響も踏まえ慎重に行うよう求めている。与党の令和5年度税制改正大綱では、減資や会社分割などの組織再編により「外形標準課税の対象から外れている実質的に大規模な法人を対象に、制度的な見直しを検討する」とされているものである。   〇住宅・土地税制 住宅・土地税制関係では、国土交通省と環境省が、現下の住宅取得環境の悪化等を踏まえた住宅取得促進策に係る所要の措置を要望するとともに、期限切れとなる居住用財産の買換え・売却に伴う特例の延長を国土交通省が、既存住宅の耐震・バリアフリー・省エネ・三世代同居・長期優良住宅化リフォームに係る特例措置については、国土交通省の他内閣府・経済産業省・環境省・こども家庭庁が、それぞれ要望している。 また国土交通省は、新築住宅に係る固定資産税の税額の減額措置の延長、土地に係る固定資産税の負担調整措置及び条例減額制度の延長を要望している。   〇消費課税 消費課税では、経済産業省が、国境を越えたサービスの提供に係る消費課税のあり方の見直し、具体的には「国外事業者に代わってプラットフォーム運営事業者が消費税を納税するプラットフォーム課税の導入」等を要望している点が注目される。 これは、本年6月の政府税制調査会の中期答申「わが国税制の現状と課題-令和時代の構造変化と税制のあり方-」において、 と指摘されていた事項である。 (了)

#No. 536(掲載号)
#小畑 良晴
2023/09/21

相続税の実務問答 【第87回】「生前退職したが相続開始後に退職金の支給額が決定した場合」

相続税の実務問答 【第87回】 「生前退職したが相続開始後に退職金の支給額が決定した場合」   税理士 梶野 研二   [答] お父様の退職金は、相続開始後にその支給額が決定したものであることから相続税法第3条第1項第2号に規定する退職手当金等に該当することとなります。お父様の相続人は3名ですので、相続人であるお母様に支給された退職手当金2,400万円のうち非課税金額1,500万円(500万円×3人)を控除した残額900万円が相続税の課税価格に算入される金額となります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 退職手当金等に対する相続税の課税 (1) みなし相続財産となる退職手当金等と本来の相続財産となる退職手当金等 被相続人の死亡により相続人その他の者が当該被相続人に支給されるべきであった退職手当金、功労金その他これらに準ずる給与(以下「退職手当金等」といいます)で、被相続人の死亡後3年以内に支給が確定したものの支給を受けた場合には、その退職手当金等は、その支給を受けた者が相続又は遺贈により取得したものとみなされて相続税の課税対象とされます。このような退職手当金等については、被相続人が生前に有していた抽象的な権利である退職手当金等請求権が相続開始後に具現化したものであって本来の相続財産を構成するとの理解もあり得るところですが、相続税法は、このような退職手当金等は、被相続人の死亡により勤務先会社等の退職給与支給規程や株主総会の決議等に基づいて相続人等が固有の権利として原始的に取得するものであるものの、その実質は被相続人から相続又は遺贈により取得したものと同視し得るものであることから、相続又は遺贈により取得した財産とみなして、相続税の課税対象としています。 これに対して、被相続人が生前に退職しており、退職手当金等の支払金額が勤務先会社の退職給与支給規程や株主総会の決議等に基づいて決定していたものの、被相続人の相続開始時までに支給されていなかった場合において、被相続人の相続開始後にその相続人等が当該被相続人の退職手当金等の支払いを受けた場合には、この退職手当金等は、被相続人の相続開始時においては、被相続人の財産である未収金として存在していたものであり、本来の相続財産を構成するものとなります。 (2) みなし相続財産となる退職手当金等と本来の相続財産となる退職手当金の相違 みなし相続財産となる退職手当金等については、それを相続人が取得したものであるときには、次の算式により計算した金額までの金額が非課税財産となり、相続人が取得した被相続人の退職手当金等の額から、非課税とされる金額を控除した残額が、相続税の課税対象とされます。 (注) 相続人の数には、相続を放棄した者を含め、相続人中に養子がある場合には、相続人の数に算入する養子の数には一定の制限があります(相法15②③、63)。 これに対して本来の相続財産である退職手当金等(未収金)については、このような非課税とされる部分はありません。 また、みなし相続財産となる退職手当金等は、退職金支給規程や株主総会の決議により支給を受ける者とされている者が原始的に取得することとなりますので、この支給を受けることとなっている者以外の者が当該退職手当金等を取得すると、支給を受けることとなっている者から贈与を受けたことになります(もっとも、遺産分割において、当該退職手当金等を代償金の支払い原資とすることは可能ですから、実際に贈与があったのかどうかは、事実関係を総合的に勘案して判断することが必要です)。   2 被相続人の死亡後支給額が確定した退職手当金等 被相続人の死亡の時までに被相続人の生前の退職による退職手当金等の支給が決まっていない場合、又は退職手当金等を支給することは決まっていてもその金額が定まっていない場合には、その支給額が決まることによってはじめてその支給を受ける権利が相続人等に発生することから、その支給を受ける権利は本来の相続財産を構成しません。所得税課税の面からみても、生前退職をしても相続開始時においてまだその支給額が決まっていない場合には、その退職手当金等を被相続人の所得として認識することはできず、その支給額が決まってはじめてその退職手当金等の支給を受ける者の所得となります(ただし、相続又は遺贈により取得するもの(相続税法の規定により相続又は遺贈により取得したものとみなされるものを含みます)には所得税を課さないこととされています(所法9①十七))。 被相続人の生前退職に伴う退職手当金等の金額が被相続人の死亡後に確定した場合も、被相続人の死亡退職に伴う退職手当金等の金額が確定した場合も、実質的な差異はなく、いずれも、相続税法第3条第1項第2号に定める「被相続人の死亡により相続人その他の者が当該被相続人に支給されるべきであった」退職手当金等に該当すると解するのが相当であると考えられます。そこで、相続税法基本通達3-31は、被相続人の生前退職による退職手当金等であっても、その支給されるべき額が、被相続人の死亡前に確定しなかったもので、被相続人の死亡後3年以内に確定したものについては、上記1の(1)のみなし相続財産となる退職手当金等に該当する旨を留意的に定めています。 〈参考判例〉 (注) 旧相続税法(昭和25年全文改正前の相続税法)第4条   3 ご質問の場合 あなたのお父様は、病気治療のために会社を退職しましたが、その退職手当金の支給額は相続開始後に確定したとのことですので、この退職手当金は、相続税法第3条第1項第2号に規定する退職手当金等に該当することとなり、相続税の課税対象となります。ただし、お父様の相続人は3名ですので、お母様に支給された退職手当金2,400万円のうち非課税金額1,500万円(500万円×3人)を控除した残額900万円が相続税の課税価格に算入される金額となります。 なお、この退職手当金は相続税の課税対象となることから、お母様に所得税が課されることはありません。 (了)

#No. 536(掲載号)
#梶野 研二
2023/09/21

〈ポイント解説〉役員報酬の税務 【第53回】「役員退職年金の過大判定」

〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第53回】 「役員退職年金の過大判定」   税理士 中尾 隼大   ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 年金の定義と実態 役員が退職する際、一時金として支給する形の役員退職給与が一般的であるが、一時金として支給せず、役員の退職を要因として年金の形で支給するケースも考えられる(本稿では、このような年金を「役員退職年金」という)。ここで、「年金」の定義は、「定期的かつ長期間支払われる金銭給付である」と理解することが一般的といえるだろう(※1)。 (※1) 堀勝洋『年金保険法(第5版) 基本理論と解釈・判例』(法律文化社、2022)7頁。 このような年金は、有期と終身での区分や、公的機関によるものと私的運用によるもの等に区分することができるが、年金の管理や運用という面では、確定拠出型年金等に代表される外部が管理等を行うものと、いわゆる自社年金と呼ばれる自社にて管理等を行うものに区分することができる。ここで、総務省の「民間企業における役員退職慰労金制度の実態に関する調査」によれば(※2)、役員退職慰労金について年金制度を採用していると回答した企業のうち52%(社外運用との併用含む)が自社運用を行っていると回答したことが示されており、法人にとって、自社の財務基盤さえ問題ないのであれば、自社年金は自由に制度設計ができるという面でメリットがあるといえる。しかし、自由に制度設計ができるという点は、その反面、租税回避に利用されやすいという面も持つと考えられるため、その設計の際には特に留意する必要があるだろう。 (※2) 31頁。総務省人事・恩給局委託調査によって、平成25年12月に株式会社矢野経済研究所が取りまとめたものである。   (2) 税務上の取扱い ここで、税務上、役員退職給与について、損金算入時期や過大性判断が特に問題となる点は【第3回】等で触れてきたとおりである。このうち、役員退職年金を対象とした規定や通達は、次のようなものが存在する。 ①  損金算入時期 法人税基本通達9-2-29では、役員退職年金の損金算入時期について、当該年金を支給すべき時に損金の額に算入すべきと示している。これは、仮に当該退職した役員の年金総額を計算して未払金等に計上したとしても、当該未払金等に相当する金額を損金の額に算入することはできないということである。しかし、法人税基本通達9-2-28では、退職役員に対する退職給与の額の損金算入の時期について、株主総会決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度とすべきであると示しつつ、当該退職給与の額を未払計上した場合には、これを認める旨も示されているところである。 この点、未払金として計上された部分の損金算入の是非について、一時金としての支給であれば総会議事録等で確定しているため債務確定主義に妥当する(法法22③)。これに対し、年金であればその支給は長期に及ぶため、費用の引き当てという意味があるために支給期到来基準が採用されていると説かれている(※3)。 (※3) 松尾公二編著『法人税基本通達逐条解説 十一訂版』(税務研究会出版局、2023)936頁。 このような取扱いからは、その支給の形態が年金としての支給であるのか、それとも一時金としての支給であるのかを明らかにしなければ、それぞれの損金算入時期が異なるということとなる。この点、「一般的に3年程度で解消するのであれば役員退職給与の未払計上が認められる」旨を説く実務家の説明も散見されるところである。現に、一時金としての役員退職給与の場合に、長期間の年賦払いとする旨の決議が法人に存在せず、かつ、資金事情など年賦払いとするについての合理的な理由もない場合には、税務上は退職年金と認定される恐れがあるという指摘がなされている(※4)。 (※4) 森田政夫・西尾宇一郎著『令和4年10月改訂 問答式法人税事例選集』(清文社、2022)589頁。 ② 過大性判断 役員退職給与は、不相当に高額な部分の金額は損金算入が認められず(法法34②)、その判断はいわゆる同業類似法人の支給状況に照らすこととされている(法令70二)。ここで、法人税基本通達9-2-31にて、退職する役員が、法人から役員退職金を支給されつつ外部の確定給付企業年金等からの給付を受けるケースにおいて、過大性の判定は当該年金等からの給付をも勘案する旨が示されている。 この場合において、過大判定の対象となる年金支給額は、終身年金の場合にどの金額を用いるのか判断に迷うと思われるし(※5)、当該年金が有期であったとしても将来支給することとなる年金額を判定時点で用いてよいのか不明である。さらに、仮に当該年金給付額を加味して過大と判定された場合の取扱い(申告調整方法)等は法令等で示されておらず、筆者が調査した限り、これらの点について実際に争われ、調整方法等が示された裁判例や裁決例は見当たらなかった。したがって、功績倍率法等で算定した損金算入限度額と、役員退職年金の額との比較が難しく、比較できたとしても過大とされた部分について、申告調整の方法に悩むこととなる。 (※5) 終身年金の場合、株主総会で年金の月額を定める等その支給基準に合理性があれば認められるという見解もある。遠藤雅己「役員報酬・退職金等の適正税務 役員退職金の後払い・年金方式による支給」国税解説速報1618号(2004)22頁。   (3) 存在する先行研究 このような問題について、上記の通り争点となった裁判例や裁決例は見当たらなかったが、本件をテーマに研究がなされた先行研究があるため(※6)、以下に先行研究が示した概要について触れたい。 (※6) 前田謙二「法人税法における役員退職年金の取扱いに関する一考察-自社年金における過大判定を中心に-」税法学579号(2018)129頁以下。以下、「先行研究」といい、当該先行研究は、役員退職年金の過大性判断を取り上げた現状存在する唯一の先行研究といってよいと思われる。 ① 損金算入時期 先行研究では、税務上の観点から年金と一時金の区分を試みるため、民法・会社法・企業会計基準に着目するが、法人税法上の取扱いを検討するに有用な借用概念としての適用は困難だと示している。その上で、有期の役員退職年金と一時金としての役員退職金の分割支給の区分が曖昧であるため、現行制度上、法人の内規や議事録等を整備して一時金・年金のいずれかであるかを区分すべきことを指摘している。 ② 過大性判断 先行研究では、同業類似法人との比較について、役員退職年金は個別性が強いためその抽出等が困難であるとした上で、現行制度を前提とすると、年金の見積支給額を現在価値で算定した上で過大判定し、過大とされた部分について、実際の各年金支給時に判定時の否認割合で、支給の都度否認していくことが合理的であるとしている。 *  *  * 当該先行研究は、上記のような現行法令上の取扱いに触れた上で提言を行っているのであるが、現行制度上、役員退職年金に関して税務上判断する場合には、少なくとも、債務確定主義に留意しつつ、役員に対する未払金の分割支給なのか、それとも年金としての支給なのかという点を議事録等に明記することが肝要であるといえる。併せて、過大性の判断は上記の方式にて判定し、その結果として過大とされた額が生じた場合には、上記のような方法にて申告調整を行うことが1つの選択肢として存在すると思われる。   (了)

#No. 536(掲載号)
#中尾 隼大
2023/09/21

基礎から身につく組織再編税制 【第56回】「株式交換の概要」

基礎から身につく組織再編税制 【第56回】 「株式交換の概要」   太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太   前回までは「株式分配」について解説してきましたが、今回からは組織再編税制における「株式交換」について解説していきます。まずは「株式交換」に関する基本的な考え方を解説します。   1 株式交換の概要 株式交換とは、会社がその発行済株式の全部を他の会社に取得させることをいいます(会社法2三十一)。 (※1) 「株式交換完全親法人」とは、株式交換により他の法人の株式を取得したことによってその法人の発行済株式の全部を有することとなった法人をいいます(法法2十二の六の三)。 (※2) 「株式交換完全子法人」とは、株式交換によりその株主の有する株式を他の法人に取得させたその株式を発行した法人をいいます(法法2十二の六)。   2 株式交換の課税関係 株式交換に係る課税関係を非適格・適格ごとに表にまとめると、次のようになります。 なお、今回は株式交換の課税関係のイメージを持っていただくことを目的としているため、現時点で下記の表をすべて理解する必要はありません。 株式交換完全親法人、株式交換完全子法人、株式交換完全子法人の株主の課税上の取扱いの詳細については、次回以降で説明したいと思います。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 【株式交換完全親法人の処理イメージ】 ① 非適格株式交換 ② 適格株式交換   ◆株式交換の概要のポイント◆ 株式交換があった場合には、原則として株式交換完全子法人の資産について時価評価が必要となります。 株式交換があった場合には、原則として、株式交換完全親法人は株式交換完全子法人の株式を時価で取得したものとして取り扱います。 特例として適格株式交換の場合には、株式交換完全子法人への時価評価課税はなく、株式交換完全親法人における株式交換完全子法人株式の取得価額は、原則的には、従前の株主の帳簿価額を引き継ぎます。 株式交換があった場合には、株式交換完全子法人の株主は、みなし配当は生じず、金銭等の交付の有無により、譲渡損益を認識します。   (了)

#No. 536(掲載号)
#川瀬 裕太
2023/09/21

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第26回】

暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第26回】   東洋大学法学部准教授 泉 絢也   (6) 国税庁の見解に対する疑問 これまで考察してきたところによれば、暗号資産の譲渡による所得の所得区分について、譲渡所得には該当せず、原則として雑所得に該当するという国税庁の見解の論拠はおおむね次のように整理できる。 ア 「①清算課税説」 国税庁が判例・通説である清算課税説の立場から主張を展開すること自体は理解できる。しかしながら、現行所得税法はそこまで掘り下げて増加益の性質を検討して、譲渡所得の基因となる資産該当性や譲渡所得該当性を判断することを求めているといえるかという疑問がある。 所得税法は、原則として、名目所得やインフレ部分の調整を行っていない。このこととの関係をどのように考えればよいのか。 補足すると、譲渡所得の基因となる資産とは、譲渡性のある財産権をすべて含む観念で、動産・不動産はもとより、借地権、無体財産権、許認可によって得た権利や地位などがそれに含まれると解されている(金子宏『租税法〔第24版〕』265頁(弘文堂2021)参照)。 所得税法33条2項1号は、たな卸資産等を「資産」から除くとしているのではない。 同号は、たな卸資産等の譲渡その他営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡による所得は「譲渡所得に含まれない」としている。 そして、同項2号も同様に山林の伐採又は譲渡による所得を「譲渡所得に含まれない」と定めていることからすると、やはり、譲渡所得の基因となる「資産」の範囲は広いといわざるをえない。 国税庁の通達も、譲渡所得の基因となる資産とは、所得税法33条2項各号に規定する資産及び金銭債権以外の一切の資産をいうと定めている。 ただし、金銭債権を譲渡所得の基因となる資産から除外するという解釈論については議論のあるところである。 例えば、「金銭債権も33条2項の例外に含められていないから、その譲渡による所得または損失は、33条の文理解釈上は譲渡所得ないし譲渡損失に該当することになる。しかし、これは首尾一貫しないように思われる」という見解がある(金子宏「所得税とキャピタル・ゲイン」同『課税単位及び譲渡所得の研究』100頁以下(有斐閣1996)(初出1975))。 ここで指摘されている首尾一貫性の問題は、下図のとおり、金銭債権について貸倒損失が発生した場合の取扱いと、その金銭債権を譲渡した場合(金銭債権の譲渡損が生じた場合)の取扱いのことを指している。 上記見解は、所得税基本通達について、金銭債権を所得税法33条1項の資産に含め、その譲渡による損失を譲渡損失として扱うことは合理的でないことを考慮して、まず、金銭債権は所得税法33条1項の資産に含まれないとし(所基通33-1)、さらに、その譲渡による損失については、これを貸倒れ損失又は資産損失として扱い、同法51条2項又は4項の規定を適用する旨を定めたもの(所基通51-17)と推察している。その上で、この取扱いが、法の明文の規定をまたず33条の趣旨解釈として出てくるかどうかについては問題が残るが、実質論としては、この取扱いは正当であると指摘している。 また、名古屋地裁平成17年7月27日判決(判タ1204号136頁・TAINSコード:Z255-10089)は、譲渡所得に対する課税の趣旨(清算課税説)からすると、所得税法33条1項にいう資産とは、一般にその経済的価値が認められて取引の対象とされ、資産の増加益の発生が見込まれるようなすべての資産を含むと述べている。 その上で、判決は、次のとおり、金銭債権を譲渡所得の基因となる資産から除外する所得税基本通達33-1に対して疑問を投げかけている。 もっとも、上記判示部分は、控訴審・名古屋高裁平成17年12月21日判決(税資255号順号10249・TAINSコード:Z255-10249)によって削除されている。 他方、増加益を生じ得ないものは譲渡所得の基因となる資産に当たらないという裁判例もある。 経営破綻した銀行の未公開株式が譲渡所得の基因となる資産に該当するかが争われた事件において、東京高裁平成27年10月14日判決(税資265号順号12739・TAINSコード:Z265-12739)は、清算課税説を前提として、次のとおり判示している。 もっとも、本連載で議論の対象となる暗号資産は基本的に無価値とはいえないことを前提とするならば、上記の判決の射程は及ばないであろう。 譲渡所得の基因となる資産の範囲については、上記のほかにも様々な議論がなされているが、所得税法が何ら定義をせずに資産という語を用いていることに加えて、同法33条2項の内容や建付けを考慮すると、一般的に資産といわれるもので譲渡所得の基因となる資産から除外すべきものについては、明文の規定を用意することが原則であると解される。 そして、貸倒損失のような資産に関する損失を、資産の譲渡損を発生させることにより、納税者が都合よく必要経費に算入するようなことを防止したいのであれば、その旨の規定を作るべきである。 この意味では、清算課税説を採用して趣旨解釈を拠り所として、譲渡所得の基因となる資産の範囲に限定をかける試みには自ずと限界があると解する。   (了)

#No. 536(掲載号)
#泉 絢也
2023/09/21

〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第25回】「上村工業第一事件-残余利益分割法が適用された事例-(地判平29.11.24、高判令1.7.9、最判令2.3.20)(その1)」~租税特別措置法66条の4第2項ほか~

〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第25回】 「上村工業第一事件 -残余利益分割法が適用された事例- (地判平29.11.24、高判令1.7.9、最判令2.3.20)(その1)」 ~租税特別措置法66条の4第2項ほか~   税理士・特定社会保険労務士 森田 國弘     1 事件の概要 本件は、大阪に本社を持ち、めっき用の薬品、機械装置、自動液管理装置等のめっき資材を製造販売するXが、その中央研究所で開発しためっき用の薬品の製造販売の権利を平成9年に、子会社である台湾に所在するT社に付与し、また平成12年にマレーシアに所在するU社に製造の権利を付与しノウハウを提供し、その見返りとして5%のロイヤリティを収受する契約を締結し、事業を行っていた。 平成12年に所轄税務署の調査が入り、6年後の平成18年3月に更正処分が行われた。処分の内容は、これらの取引は、残余利益分割法と同等の方法によって算定した独立企業間価格に満たないとして、平成12年3月期から平成16年3月期までの5年間についての追徴課税6億3,000万円の更正処分であった。 これに対して、Xは上記取引の独立企業間価格の算定方法として、非関連会社である韓国K社及びタイ国P社を比較対象企業として独立価格比準法と同等の方法が適用できるのであって、残余利益分割法と同等の方法を採用するのは不適切であり、その算定過程にも誤りがあるとして、申告額等を超える部分の取消しを求めた事案である。   2 (争点1)本件国外関連取引について残余利益分割法と同等の方法の適用の可否 (1) 基本三法と同等の方法(独立価格比準法と同等の方法)の適用ができるか ここでのポイントは、基本三法と同等の方法が適用できない場合に限り、その他政令で定める方法と同等の方法(利益分割法)は認められる(租税特別措置法(当時)66条の4第2項2号)が、基本三法と同等の方法が適用できないことについて、課税庁に立証責任があるが、立証責任を尽くしているかという点である。 整理すると下記の表のようになる(上村工業事件の全体像の理解に資するため、この表は第一事件のみならず、第二事件も含めた)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (2) K社(韓国)、P社(タイ)に比較対象取引(非関連者との間で行われる比較対象取引をいう)が適用できるか 基本三法と同等の方法が適用されるためには、比較対象取引の存在が必須の要件となるのであるが、Xが主張するK社、P社が比較対象となるかについて、「取引単位の問題」「同種」「同様の状況」の論点が争われた。 《論点1:取引単位の問題》 取引単位の論点は、個別に算定できれば比較対象として適用できる可能性が高くなり、K社、P社が比較対象取引として適用できることとなる一方、個別での算定は無理があり、全体の取引を一体として算定すべきであるということになると、比較対象は困難となるというところにある。 ① 当事者の主張 Xは、本件国外関連取引については許諾製品ごとに個別取引があるから、その独立企業間価格は、許諾製品ごとに別個に算定されるべきである。そして、許諾製品ごとにそれぞれ比較対象取引が存在するから、独立価格比準法と同等の方法の適用をすべきであると主張し、また役務提供については、T社及びU社においては、①技術者の派遣を受けなくても、製造販売の事業は完結している、②技術者の派遣要請は、特定のめっき薬品、特定の顧客対応についてしか生じず、極めて例外的な場合だけである、③役務提供の対価は使用許諾の5%には含まれず、出張に要する交通費、宿泊費等の費用相当額と設定されているのであって、これらからも複数めっき薬品の製造ノウハウの使用許諾取引及び役務提供取引をパッケージとして一体取引とみなして、比較可能性の有無を判断することは認められないとし、個別取引であると主張した。 Y(当局)は、めっき薬品に関する無形資産は特殊であり、Xとその国外関連者との間では、単に指定されためっき薬品を販売するのみではなく、複数のめっき薬品に関する製法、使用、管理等のノウハウが包括的に開示されるとともに、顧客先への技術指導や技術者の派遣等の無形資産の使用を伴った役務提供が不可分一体のものとして行われ、パッケージとしての取引がされていると一審で主張した。 また二審では、本件国外関連取引の対価の額は、製品ごとの技術の先進性や開発コストの多寡などを捨象して一律5%のロイヤリティ料率を定めていることから、個別のめっき薬品の使用許諾取引ごとに設定されたものではないとし、ロイヤリティ料率が一律であることからも個別取引ではないと主張した。 ② 一審判決(東京地裁) 一審判決では、Xグループが開発供給するめっきプロセスにおいては、複数のめっき薬品がプロセスとして使用されることにより表面処理加工が完成することが多く、単一のめっき薬品のみで表面処理加工の目的を達するとは限らない。Xグループは、先端的めっき技術をトータルに提供する開発提案型企業を標榜し、めっき薬品の開発・販売のみならず、顧客に対して装置、制御システムに至るまでを一貫して提案・供給する体制をとっており、一定の品揃えを伴った複数のめっき薬品に関する製法、使用、管理等のノウハウが包括的に開示されるとともに、顧客先への対応に必要となる技術訓練や技術者の派遣等の役務提供が不可分一体のものとして行われる必要があるものと解される。パッケージとしての取引と見て初めて、その価値を適切に把握できるものというべきであり、個別に分解して検討するのでは、その取引の価値を十分に把握することができないというべきであると個別取引を否定した。 ③ 二審判決(東京高裁) 二審では、原則として、個別の取引ごとに行われるべきである。しかし、これらを個別的に見たのでは、その価格を適正に評価することができないような場合には、これらの取引を一の取引として評価された取引ごとに行うことが合理的である。そして、その判断は、価格設定に影響を与えるものであるか否かをも重要な要素として判断するのが相当であるとして、本件国外関連取引では、多様なめっき薬品をそろえ、各種プロセスごとに提供でき、顧客の多様な要望に応えられることにより付加価値が生まれ、さらにこれが役務提供と結びつくことにより、さらなる付加価値が生まれ、このような付加価値は当然に価格設定に影響を与えるものといえるので、一体となった取引といえる。また、ロイヤリティの計算が、製品ごとの評価ではなく、一律に純売上高の5%と設定されたことも個別のめっき薬品が価格設定の単位であったとは認めることはできないとし、一審に続き二審でもXの主張を退けた。 ④ 評釈等 OECDの移転価格ガイドライン(1995年)では、取引単位についてパラ1.42で正確な近似値を得るためには、取引ごとに独立企業原則を適用すべきである。しかし、個々の取引が密接に結びついているなど、別々には適正に評価することができない場合がしばしばあり、そのような場合には、双方をまとめて評価した方がより合理的であろうとし、事例として製造企業への製造ノウハウの使用許諾と不可欠な部品の供給をあげている。 今村隆氏も、「本件国外関連取引について、一定の品揃えを伴った複数のめっき薬品に関するノウハウが顧客に包括的に開示されるとともに、製造ノウハウと技術者の派遣の役務提供が、不可分に結びついて、価格決定に重要な影響を与えていると認められることから、これを一体としてみるべきである」(※1)と判決を支持する。 (※1) 今村隆「残余利益分割法と同等の方法を用いることの可否-東京地判平成29.11.24」ジュリスト1530号(2019年)、133頁 ⑤ 事件の背景 この事件の背景として、台湾にはアメリカの半導体の重要な拠点が数社あり、T社にとってはこれらの拠点への攻略が成功するか否かは、事業発展、存続の大きな鍵であった。このことは、親会社のXについても同様に重要な課題でもあった。 そこでT社は、昼夜を問わず対応できるという独自のサービス体制を敷き、Xの製品と機器及び技術フォローを一体として攻略する体制を築いていった。 この戦略に対して、X側もこれを成功させることが、売上拡大及び事業発展に結びつくので、中央研究所はT社と一体となって協力したことが伺える。 同様のことは、マレーシアのU社のハードディスクの事業についてもいえる。 当時Xは、ハードディスク製造工程の一部であるめっき薬品と液管理装置とを一体としたシステムの開発に成功した。この工程は非常に精密な技術を要し、各社しのぎを削っており開発は困難を極めていたが、Xが液管理装置と一体としてこれの開発に成功し、シェアを広めていき、ほぼ世界のシェアNo.1であった。 このめっき薬品を、マレーシアに進出した日本のハードディスクメーカーに提供するための製造拠点としてU社が設置され、シンガポールの関連会社であるS社を経由して販売されるシステムが作られた経緯があり、この事業を成功させることは、当時のXにとっては、最大の重要課題であった。 これらの背景を総合勘案すると、台湾の大手半導体メーカーへの営業、マレーシアのハードディスクメーカーへの対応に関する部分については、その製造工程が安定するまでは、Yの主張するように、X側の薬品のプロセス提供と役務提供は一体となって対応しており、一体となった取引であるといえる。ただ安定して軌道にのった後は、T社の技術サービス体制でほぼ完結しており、U社についてもU社の技術でほぼ対応していた。その意味では、一定期間についてはかなり頻繁にXの技術担当者は、T社及びU社へ出張をして技術援助していたといえるが、それ以降は独自の技術サービスで解決していたといえる。 また、T社については、この大手半導体メーカー以外への販売も多数あり、これらの取引については、ほぼ、T社独自で販売していると思われる。 韓国のK社やタイのP社についてのXからの技術サービスについては、立ち上げのときの指導とあとは問題が生じたときに解決のために出張する程度で、その頻度は微々たるもので、台湾、マレーシアの大手メーカーに対するものとは大きく違いがあったといえる。 次に一律5%のロイヤリティ料率の適用についてであるが、これは当初台湾政府の規制が厳しく、特別なものを除き5%以上のロイヤリティは認められなかったという事実があり、この規制が5%のロイヤリティでの契約締結に大きな影響を与えたと思われる。ただし、このT社との契約時点ではこの規制は撤廃されている。 確かに一律5%で包括的に決められているのは間違いないが、安全かつ最大の料率として設定したのであって、システムとしてのロイヤリティ料率ではなくそれぞれの製品ごとに計算しているので、Xとしては単体取引であると確信したが、単体取引なら一律でなく、それぞれごとにロイヤリティ料率は算定されるべきであった。 ((その2)へ続く)

#No. 536(掲載号)
#森田 國弘
2023/09/21

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第146回】株式会社ビジョナリーホールディングス「第三者委員会調査報告書(2023年5月31日付)」

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第146回】 株式会社ビジョナリーホールディングス 「第三者委員会調査報告書(2023年5月31日付)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝     【株式会社ビジョナリーホールディングス第三者委員会の概要】   【株式会社ビジョナリーホールディングスの概要】 株式会社ビジョナリーホールディングス(以下「ビジョナリーHD」と略称する)は、1976年7月に設立した有限会社メガネスーパーによって全国展開していた店舗を集約化して株式会社メガネスーパーに組織変更した後、2017年11月に株式会社メガネスーパーの単独株式移転により設立された。眼鏡・コンタクトレンズの小売事業を主たる事業とする。連結子会社5社を有している。連結売上27,001百万円、経常利益464百万円、資本金184百万円。従業員数1,377名(2023年4月期連結実績)。エムスリー株式会社(報告書上の表記は「C1社」)が発行済株式の32.88%を有する筆頭株主である。本店所在地は東京都中央区。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人はPwCあらた有限責任監査法人東京事務所(以下「あらた監査法人」と略称する)。なお、前任の会計監査人は、RSM清和監査法人(2021年4月期まで)。   【第三者委員会による調査報告書の概要】 1 あらた監査法人への匿名通報 2022年12月19日にビジョナリーHDの会計監査人であるあらた監査法人の監査ホットラインに対して匿名で通報(本件通報)があり、その内容は、主として、ビジョナリーHD社グループの業務委託先であるH4社及びH2社との間の取引の適切性に関する疑義並びにビジョナリーHD元代表取締役社長星﨑尚彦氏(報告書上の表記は、h1氏。以下「星﨑元社長」と略称する)らの経費私的流用の疑義に関するものであった。本件通報の特異性として、2022年7月1日から同年8月20日までの間の星﨑元社長の移動、飲食、宿泊等に関する行動記録及びその根拠としての多数の写真が添付されていた点が挙げられる。 本件通報を受けたあらた監査法人は、ビジョナリーHD社社外取締役に対して、同社代表取締役に関する通報であることに鑑みて社外取締役がリードして利害関係のない弁護士等に調査を依頼して事実関係を確認してほしい旨を依頼した。 2 事前調査委員会による調査開始 あらた監査法人の依頼を受けたビジョナリーHD社外取締役5名は、外部専門家として森・濱田松本法律事務所及び松澤綜合会計事務所に相談を開始するとともに、社外取締役として当時入手可能な(又は入手していた)ビジョナリーHDの総勘定元帳等の一部の会計データ等を検討したところ、通報内容の真偽は不明であるものの、通報のあった各社に対する業務委託料は、ビジョナリーHD全体の業務委託料と比較しても金額的には大きく、また、星﨑元社長の経費利用には本件通報の内容を真実と仮定した場合に矛盾しないものもあることから、本件通報が根拠のないものとは言えず、事前調査をする必要があると判断した。 2023年1月10日開催の監査等委員会において、監査等委員会として調査を開始し、調査は外部専門家に支援を受けること並びに取締役監査等委員である加藤真美氏及び原口純氏を選定監査等委員とすることを決議した。また、監査等委員会は、同日開催のビジョナリーHD取締役会において、監査等委員会の決議内容を報告するとともに、本件通報内容の説明、星﨑元社長並びに本件通報において名前を挙げられていたビジョナリーHD取締役松尾拓道氏(報告書上の表記は、「h2氏」。以下「松尾元取締役」と略称する)、執行役員(h3氏及びh4氏)及び関係している可能性がある役員等を中心にビジョナリーHD貸与PC等の提出及び私物スマートフォンの任意提出を求め、提出を受けた機器について保全を実施した。 3 事前調査委員会による調査結果の概要 監査等委員によって招集された2023年3月7日開催のビジョナリーHD取締役会では、下記のとおり、事前調査委員会により調査経過が報告され、公正性が確保されたより広範かつ詳細な調査が必要であるとの判断から、同日付で、有識者からなる第三者委員会を設置し、同委員会による調査を実施することを決議した。 (1) 星組経営会議メンバー 星﨑元社長、松尾元取締役、執行役員h3氏らは、「星組」と称するグループを形成し、「星組経営会議」という名称のLINEグループを設定し、グループの運営について日常的に緊密に検討していることを示す情報が検出されている。また、経営会議議事録なる書類も月に数回のペースで作成されていた。 (2) 星組関係会社 星組では、「星組経営会議メンバー」及びその他の関係者が代表者等となっている複数の会社(星組関係会社)により、ビジョナリーHDから得た資金などを飲食事業・コールセンター事業・人材派遣事業・眼鏡事業(ビジョナリーHDと競合)など複数の事業を営んでいることを示す情報が多数検出されている。 なお、「星組関係会社」のうち、特に「星組経営会議メンバー」等が代表を務める会社は、社名、代表者、事業内容及び本社住所などを頻繁に変更しており、登記されている役員以外は、正確にはどこの会社に所属しているかは判明していない。 (3) 調査結果に基づく懸念事項 連結会計基準に照らして、「星組関係会社」の一部又は全部がビジョナリーHDの連結子会社に該当する可能性が高く、連結範囲の適切性等及び財務報告に対する影響の有無を確定する必要があること、また、「星組関係会社」との間の取引の有無を把握し、関連当事者取引としての開示を要しないかも検討する必要があることが懸念された。 また、法的な懸念点としては、「善管注意義務違反」「利益相反取引」「競業取引」「共同不法行為」さらには、「特別背任罪等の刑事責任」などの疑義が生じているが、ビジョナリーHDにおける具体的な損害の有無・程度については不確定要素が大きいとしている。 さらに、税務上の懸念事項としては、「星組関係会社」の税務申告内容、業務委託費等の損金算入の可否について、ビジョナリーHDグループの税務問題となる可能性があるとしている。 (4) 取締役等の辞任 ビジョナリーHDは、3月7日、代表取締役社長の星﨑尚彦氏が同日付で辞任したことを公表した(※1)。また、同月13日には、取締役の松尾拓道氏が、同月11日付で辞任したことを公表した(※2)。辞任の理由については、いずれも、「一身上の都合」によるものであると説明されている。 (※1) 「代表取締役および取締役の異動(辞任)に関するお知らせ」参照。 (※2) 「取締役の辞任に関するお知らせ」参照。 4 第三者委員会による調査により認められた不適切な事象の概要 第三者委員会が「不適切な事象」と判断した項目を列挙する。 (1) 業務受託者の存在 第三者委員会の調査によれば、「星組経営会議メンバー」である松尾元取締役及び川添隆取締役(報告書上の表記は「h5氏」)は、有価証券報告書上は、ビジョナリーHDグループの従業員であったかのような記載があるが、実際には、業務受託者であり、ビジョナリーHDと業務委託契約を締結することにより執行役員に就任していたことが判明している。 (2) コンタクト定期便配送業務等における取引 第三者委員会の調査によれば、ビジョナリーHDがH2社等に委託している業務は、コンタクト定期便業務とコールセンター業務の2種類であり、取引相手会社は変遷していくものの、資金はいずれもビジョナリーHDから星組関係会社へと流れており、星組経営会議メンバーが主要人物となっていた。業務委託契約には業務料金の算出根拠が示されておらず、再委託の禁止条項が守られていないこと、請求に水増しがあったことなどが判明している。 (3) 人員派遣等に関する取引 第三者委員会の調査によれば、株式会社VHリテールサービス(以下「VHR社」と略称する)とH4社との間で締結した業務委託契約に基づき、H4社に対して業務委託費が支払われているが、算定根拠が不明確であったり、実態とは異なる請求が行われていたりしたことが判明している。 (4) 店舗の閉店等における取引 第三者委員会の調査によれば、VHR社は、H3社に対して、永福町店の事業を移転し、また、千歳船橋店についても、VHRの資産がH3社に貸与された形となり、事業がH3社に移転することとなっていた。星﨑元社長は、VHR社取締役在任中、自らが実質的に支配し、その事実上の主宰者となっていたH3社をして、眼鏡やコンタクトの販売というVHR社の主力事業と競合する事業を営ませていたこととなる。こうした競合取引、利益相反取引に関して、星﨑元社長は、VHR社の取締役会の承認を得ていないことが判明している。 (5) ガバナンス機能の弱体化 第三者委員会の調査によれば、星﨑元社長によるガバナンス機能の弱体化の具体例として次の8項目が判明している。 この中では、「5.常勤監査等委員への賞与」について見ておきたい。 第三者委員会の調査によれば、2022年10月に、星﨑元社長により突如として役員賞与の支給が決定され、取締役3名に支給された。その中には、常勤監査等委員も含まれており、会社法第361条第3項には、監査等委員である各取締役の報酬等について定款の定め又は株主総会の決議がないときは、当該報酬等は、同条第1項の報酬等の範囲内において、監査等委員である取締役の協議によって定めると規定されているものの、常勤監査等委員の角田浩一氏(報告書上の表記は「h14氏」)は、監査等委員会の決議を経ずに、賞与を受け取っていることが判明している。 (6) 不適切な経費支出等 第三者委員会の調査によれば、星﨑元社長による経費精算では、臨店、外部講演、キャラバン(※3)で頻繁に移動を行っていることや日常的にタクシーを利用していたことから、新幹線代、タクシー代、宿泊代等の頻繁な支出により、旅費交通費が高額となっていることが明らかになっているが、通報内容に記載があった新幹線の乗車券の払い戻し等の事実は検出されていないものの、ビジョナリーHDグループでは新幹線の回数券の購入後の管理が行われていないことから、不正に利用される可能性は否定できないとしている。また、効果を測定していない費用として、「キャラバン」「海外視察、遠足、合宿」「MBA資格の取得」などがあったことが判明している。 (※3) キャラバンとは、星﨑元社長を中心とした経営者の指示の下、業績が悪い店舗等に訪問し、ポスターの張り替え、カーテンの付け替え、展示商品の配置の見直し、近隣へのポスティングなどの作業を行い、店舗の手直しを実施するというものであり、星﨑元社長が取締役に就任後始まったもので、遅くとも2016年頃から実施されていたようである(報告書47ページ)。 5 第三者委員会の調査による不適切な事象の影響 (1) 連結要否の検討状況 第三者委員会は、「星組関係会社」について、登記情報などの公開情報、ビジョナリーHDグループ各社との取引状況などを調査した結果、一部の会社を除き、「星組経営会議メンバー」であるビジョナリーHD前取締役等により、意思決定機関を支配していることがうかがわれることから、子会社として取り扱うことが適切であると推測できるものの、会計情報等の提供を受けていないため、連結範囲の適切性等及び財務報告に対する影響の有無を確定できていないことに加え、連結することにより利害関係者の判断を著しく誤らせるおそれのある会社等は、連結の範囲に含めないことが認められることもあり、「星組関係会社」に関する連結の適否の判断を行っていないとしている。 (2) 関連当事者取引の開示状況 ビジョナリーHDの2022年4月期の有価証券報告書によれば、当時関連当事者として開示されていたのは、次の3社である。 第三者委員会は、調査の結果、「星組関係会社」のうち、ビジョナリーHDとの直接取引がない9社及び株主インタビューで関連当事者に該当しないことが確認できた会社が4社あるものの、H2社については、株主構成を把握できていないため、関連当事者に該当するかの判断ができず、関連当事者取引の開示の要否の確認ができていないとしている。 6 発生原因と再発防止策の提言(報告書70ページ以下) 第三者委員会は、「本件事案の発生の主要因は、星組経営会議メンバーによる共謀の可能性及びそれを前提とした星﨑元社長らによる内部統制の無効化によるものが大きいと考えられる」としたうえで、以下の再発防止策の提言を行っている。 第三者委員会が掲げた「不祥事の早期発見策」の中では、経営者による内部統制の無効化への対策として、全社的リスク評価の結果を内部監査に反映し、監査手続の効果、効率を踏まえた監査手続を実施すること、監査等委員と連携を強化すること、過去の不祥事や通報内容等を参考に監査手続を考案することなどが、挙げられている。 7 ビジョナリーHDによる経営改革等(報告書72ページ以下) 第三者委員会は、ビジョナリーHD現執行部により行われている経営改革等について、次のように紹介している。 この中で、「通報者保護の徹底」としては、4月11日付「VHグループヘルプライン及び公益通報窓口に関する連絡」によって、内部通報窓口に社外監査等委員を含めるように改正され、社外監査等委員が内部通報窓口に組み込まれたことにより、従業員による経営者に関する通報も円滑かつ安全に行えることとなり、また、監査等委員会において内部通報を検証しそれを取締役会に直接提出するというプロセスが用意されたと評価している。 また、5月1日に内部監査要員が入社、同月25日に内部監査室長に就任しており、同人は、内部監査業務の経験及び高い見識を積んでいるということで、経験や知見を活かし、監査等委員及び会計監査人と密に連携し、内部監査機能の強化の役割を担うことが期待されると結んでいる。   【報告書の特徴】 業績低迷に苦しんできた眼鏡販売チェーンの経営を改善した「プロ経営者」との評判を得ていた星﨑元社長による「企業価値を毀損する行為」とは何か。第三者委員会による調査報告書は、不正発見の端緒は監査法人への通報であり、通報には、元社長の移動、飲食、宿泊等に関する行動記録及びその根拠としての多数の写真が添付されていたとのことで、何やら、星﨑元社長を辞任させるための陰謀めいたストーリーで始まっている(星﨑元社長は、ダイヤモンド・オンライン等の記事でそうした発言を行っている)。 第三者委員会による調査は、ヒアリング対象者による面談の拒否や虚偽の説明、調査対象会社による資料の提供拒否などにより、十分な解明が進んだとは言えないものに終わっており、後述するように、会計監査人の意見不表明と辞任につながってしまった。こうした結果を受けて、第三者委員会は、更なる調査及び検討を行うためには、裁判所、検察庁もしくは警察等の捜査機関、または金融庁もしくは公正取引委員会その他の行政機関による強制権限に基づく調査及び資料収集を待たざるを得ないことから、ビジョナリーHD取締役会に対して、強制権限を有する機関への各種働きかけを通じて本件事案の更なる解明を図ってもらいたいと述べている。 ビジョナリーHDは、第三者委員会の調査結果を受けて、6月5日、現旧取締役(監査等委員を含む)及び元監査役等の職務執行に関して任務懈怠責任があったか否か等につき、適切かつ公正に判断することを目的として「責任調査委員会」の設置を公表した(※4)。 (※4) 「責任調査委員会の設置に関するお知らせ」参照。 さらに、2023年4月期決算の作業過程において、執行役員から一部の売上について、計上すべき店舗等とは異なる店舗に計上されていることについて報告を受けたことを端緒として、不適切な売上計上について、「追加調査を実施する第三者委員会」の設置を公表している(※5)。 (※5) 「追加調査を実施する第三者委員会の設置に関するお知らせ」参照。 1 福祉販売における眼鏡代金の医療扶助申請に係る過大請求 第三者委員会の調査が続いていた5月25日、一部の新聞報道で、生活保護受給者に対する眼鏡の販売(福祉販売)で、ビジョナリーHDの一部店舗において、販売価格を上回る代金を自治体に請求していたことが報じられた。ビジョナリーHDはこの報道を受けて、6月2日、「福祉販売における眼鏡代金の医療扶助申請に係る過大請求等の調査状況、及び、当社グループ全店舗における福祉販売全般の当面の取り扱いの中止について」をリリースして、すでに判明していた22件126,434円の医療扶助申請の過大請求に加えて、2016年以降、さらに7件22,946円の過大請求があったことが判明したことを公表した。 ビジョナリーHDは、今後の対応として、過大請求分の速やかな返金、過去10年分の販売データの調査、福祉販売の中止に言及している。 2 会計監査人の異動 ビジョナリーHDは、7月6日、「会計監査人の異動に関するお知らせ」をリリースして、あらた監査法人が7月28日付で会計監査人を退任して、監査法人アリアが就任することを公表した。「異動の決定又は異動に至った理由及び経緯」の一部を引用したい。 あらた監査法人は、このような状況を鑑みて、ビジョナリーHDに対し、契約更新を差し控えたい旨の申し出をしたということである。 (了)

#No. 536(掲載号)
#米澤 勝
2023/09/21

〈2024年4月から変わる〉労働条件明示ルールへの対応ポイント

〈2024年4月から変わる〉 労働条件明示ルールへの対応ポイント   社会保険労務士 富山 直樹   1 はじめに 2023年3月、厚生労働省より労働条件明示のルール改正(※)が公表された。 (※) 正式名称は「令和4年度労働政策審議会労働条件分科会報告を踏まえた労働契約法制の見直しについて(無期転換ルール及び労働契約関係の明確化)」。 労働基準法15条において「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。」と定められているが、2024年4月よりこの明示事項に新たな項目が追加される。 労働者を雇い入れる企業にとっては、労働条件通知書(雇用契約書)の内容を見直す必要があり、紛争リスク回避、トラブル予防のためにも対応が求められる。 本稿では、変更の対応時期やそれぞれ明示が必要なタイミング、内容について解説する。   2 対応時期 今回の改正における、新たな追加項目を労働者に明示するタイミングは主に以下の2つである。 改正自体は2024年4月からとなっているが、企業によっては本稿公開時点(2023年9月現在)において対応を迫られる可能性がある。 例えば、2024年4月に入社する新卒社員の内定式が2023年10月初旬に行われ、その段階で労働条件を通知するような場合である。 この場合、労働条件を明示するタイミングは2023年10月であるが、明示する労働条件の内容は2024年4月からのものになる。そして、無期雇用として採用された新卒社員の場合、上記②のタイミングはやってこないため、今回の改正に対応することが求められる。 (注) この点についてはリーフレット等にも記載がなかったため、労働局労働基準部に質問したところ、やはり上記のような回答であった。 対応時期については下記3の項目にも関係するため、早めの取組みを推奨する。   3 追加明示項目 (1) 「就業場所・業務の変更の範囲」について 従来は雇い入れた直後の「就業場所・業務内容」について明示してきたものが、改正により、それぞれ将来の異動や配置転換の範囲についても求められることになる。 上記2で述べた無期雇用の新卒社員の例の対応で求められるのも、この内容になる。 具体的に筆者のケースで解説する。筆者は大学を卒業後、銀行に就職。就職と同時に支店に配属され営業職に従事。その後は本部で事務職に従事した。 この場合、従来であれば労働条件通知書の内容は、 といった内容でも認められていた。それが、今回の改正を踏まえると下記のような記載となる。 (注) あくまでも例であり、実際は「総合職」として採用された。 今回の改正により、労働者目線では将来のキャリア、ライフプランの形成に寄与することが考えられる。 また、使用者目線ではこの変更の範囲を正社員と有期雇用労働者と分けることで、2021年4月より中小企業も適用となった「パートタイム・有期雇用労働法」との関連性も考えられる。詳細は本筋とずれてしまうので割愛するが、正社員と非正規社員の間での均衡・均等待遇規定において以下のような内容が定められている。 この内容が、今回の改正点とリンクしてくると考えられる。 (2) 「更新上限(通算契約期間または更新回数の上限)の有無と内容」について 労働者と同一の使用者との間で、有期労働契約が通算して5年を超えて繰り返し更新された場合は、労働者の申込みにより無期労働契約に転換される。元々は、有期労働契約の濫用的な利用を抑制し、労働者の雇用の安定を図ることを目的として定められた内容である。 今回の改正ではさらに、無期転換の時期が迫った際に使用者が、労働契約の更新を拒否することで生じるトラブルを回避する目的が考えられる。 また、この改正点で注意すべきは明示と説明のタイミングである。 (3) 「無期転換申込機会」について 上記(2)の項目でも述べた「無期雇用転換権」が発生する更新のタイミングごとに、使用者は労働者に対し「あなたには無期雇用転換を申し込むことができる。」という旨の明示が必要になるという内容であり、無期転換ルールの周知も兼ねていると考えられる。 例えば、1年の有期雇用契約を更新していき、5年を超える段階での更新で無期雇用転換権が発生したものの、労働者が無期雇用転換権を行使しなかったケースがあったとする。 今回の改正により、さらにその次以降の契約更新のタイミングでも毎回「無期雇用転換申込みができる。」という旨の明示が必要になる。一度権利を行使しなかったとしても、その後の状況次第で労働者側に無期転換の希望が生じる可能性もあり、毎回の明示が求められる。 (4) 「無期転換後の労働条件」について 上記(3)と続く内容であり、明示が求められるタイミングは同じく無期雇用転換権発生後、契約更新のタイミングごととなる。 「無期雇用転換後(無期雇用転換を申し込んだ場合)の労働条件」の明示が必要となるが、注意すべきはその労働条件を決定するにあたり、他の正社員等と業務内容、責任の程度、異動の有無・範囲等の均衡を考慮した事項について、説明するよう努めなければならない点である。   4 まとめ 今回の改正については、厚生労働省のホームページで特設ページが用意され、リーフレットと、具体的に労働条件通知書をどのように変更すればよいかという「モデル労働条件通知書」がアップされている。 リーフレット、モデル労働条件通知書と併せて、本稿が読者の皆様の役に立てば幸いである。 なお、上記のリーフレットの最後には小さく「(注)無期転換ルールを意図的に避けることを目的として、無期転換申込権が発生する前に雇い止めや契約期間中の解雇等を行うことは、労働契約法の趣旨に照らして望ましいものではありません。」という注意書きが書かれている。 個人的には、もっと大きく書いてもよいのではないか、と感じるが、この文言のようなケースが起きず、誰もが働きやすい職場が実現することを願っている。 (了)

#No. 536(掲載号)
#富山 直樹
2023/09/21
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