谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第18回】 「国税通則法38条(36条~40条)」 -繰上請求の意義と位置づけ- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法38条(繰上請求) 1 国税通則法上の国税徴収規定 既に第1回の2で述べたように、国税通則法はその制定の経緯からして国税徴収法の延長線上で制定されたとみるべきものであり、両法は「実は[手続の]実体的には一本のやつを、便宜主義的に二本に分かれている」(研究会「国税通則法をめぐって」ジュリスト251号(1962年)10頁、14頁[志場喜徳郎発言])というようにみることができる。 このような見方によれば、国税通則法と国税徴収法との関係を整序する規定が必要になるように思われるが、そのような規定のうち国税通則法の側の規定を以下では「国税通則法上の国税徴収規定」ということにすると、これに該当するのは、国税通則法「第3章 国税の納付及び徴収」のうち特に「第2節 国税の徴収」に定められた同法36条ないし40条の規定である。また、国税通則法41条ないし45条は、「第3節 雑則」に規定されているが、それらの内容の大半は実質的には同法上の国税徴収規定を構成するとみてよい。 こうしてみると、国税通則法上の国税徴収規定には内容的には雑多なものが含まれているように思われる。この点については、国税通則法の性格や国税徴収法との関係を明らかにするためにも、検討しておく必要があると思われるので、国税通則法の制定の経緯も含め、長くなるが次の解説(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)18-19頁。下線筆者。同516頁も参照)を引用しておくことにしよう。 さて、国税通則法上の国税徴収規定のうち同法36条が定める納税の告知については、前回の1で国税の納付(同法第3章第1節)の方式を検討する際に、自主納付方式と並ぶ納付方式である納税告知方式に関連して、その内容をごく簡単にみたところである。また、前回は主として申告納税方式による国税等の納付について検討したが、その納付の方式である自主納付方式については、国税通則法上の国税徴収規定は、基本的には、督促について規定する同法37条と滞納処分について規定する同法40条によって構成される。 督促に関する国税通則法37条は、自主納付方式における納税の請求の基本規定である。督促は「滞納処分の前提となるもの」であり「国税に関する法律に基づく処分」(税通75条1項)に該当すると解されるが(最判平成5年10月8日訟月40巻8号2020頁)、そうすると、納税の告知(徴収処分。前回1参照)も含め、国税の請求は行政処分として取消争訟の対象となるものと解される。 国税通則法38条は納税の請求について特殊な形態の措置を定めている。繰上請求(税通38条1項・2項)と繰上保全差押え(同条3項・4項)がこれであるが、後者は強制換価手続消費税等徴収特例(同39条)と同じく(理由は異なるが)、国税通則法上の国税徴収規定として規定することが妥当かどうか疑問に思われるので、この点については、項を改めて検討することにする。 2 繰上請求と繰上保全差押え等 私法上の債権については、契約自由の原則により、期限の利益の放棄を約定することができるが(民法136条2項)、租税法律主義(合法性の原則)の下ではそのような約定は許容されないので、繰上請求は、納期限の利益の剥奪及びその要件を法定することによって国税債権の保全を図り国税の徴収を確保するための措置である。 国税通則法38条は、同法制定前の国税徴収法上のいわゆる繰上徴収の制度(43条)を引き継いだものである。この制度は次のようなものであった(志場ほか共編・前掲書503頁。下線筆者)。 繰上徴収の制度については、「未確定の国税について、法定申告期限前に繰り上げて課税するいわゆる繰上賦課ができるかどうか、またできるとすれば、どの範囲でできるのか、というような点が、必ずしも明らかでなく、講学上においてのみならず、実務の上でも、多くの問題を惹起せしめていたのである」(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除式])F204/1-F205頁[中川一郎/吉良実執筆])が、国税通則法の制定により、納税義務の「成立」と「確定」とが明確に区別されたこと(15条1項。第10回参照)に伴い、「租税債権の成立した租税については繰上徴収ができるとすることが適当である」とされ、かつ、「『繰上徴収』という語は、その内容からみて適切ではないので、この際『繰上請求』とすることが望ましい」とされた(税制調査会『国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)』(昭和36年7月)60頁。下線筆者)。 繰上請求は、一定の事由に該当する場合において「納付すべき税額の確定した国税(・・・・・・)でその納期限までに完納されないと認められるものがあるとき」、税務署長がその納期限を繰り上げて納付を請求することができるようにする措置である(税通38条1項)。確かに、繰上請求に係る期限までに任意に納付がされないときは、徴収職員は督促を要しないで直ちに滞納処分を開始し滞納者の財産を差し押さえなければならないこととされているが(税徴47条1項2号括弧書)、しかし、繰上請求それ自体は、納税義務の確定した国税に係る本来の納期限に代えて別の納期限を設定する処分である以上、納税の請求の枠内に位置づけることができる「一種の請求行為」(志場ほか共編・前掲書508頁)である。 これに対して、繰上保全差押えは、繰上請求ができる一定の事由に該当する場合(税通38条1項各号)において、納税義務の成立した国税等で「その確定後においては当該国税の徴収を確保することができないと認められるものがあるとき」、税務署長が繰上保全差押決定をすることができるようにする措置である(同条3項)。繰上保全差押決定は、「その国税の法定申告期限(・・・・・・)前に、その確定すると見込まれる国税の金額のうちその徴収を確保するため、あらかじめ、滞納処分を執行することを要すると認める金額を決定すること」(税通38条3項柱書)であることから、繰上保全差押えは、「保全のためにする直接的な処分権限それ自体」(志場ほか共編・前掲書508頁)を税務署長に授権する措置であり、その意味では、「滞納処分の一環として位置づけられるべきもの」(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【154】)といえよう。 そうすると、繰上保全差押えは、繰上請求と同じ条文で規定するのが(税制調査会・前掲答申別冊60頁の言葉を借りると)「その内容からみて適切でない」と考えられ、むしろ、国税通則法の制定前の国税徴収法上の繰上賦課と同じ性格の措置(これより対象国税の範囲を拡大した点では、徴収法的性格がより強い措置)とみて、国税通則法の制定後も「繰上徴収」の名称のまま国税徴収法で規定することにした方が妥当であったように思われる。もっとも、これを保全差押え(税徴159条)と相前後して規定するのであれば、繰上保全差押えという名称の方がよいかもしれない。保全差押えは、法定申告期限後にされる点で繰上保全差押えとは異なるが、「未確定の国税の保全措置」(志場ほか共編・前掲書508頁)という点では基本的には同様の措置とみることができるからである。 なお、国税通則法39条は、国税通則法制定前の国税徴収法で繰上徴収(43条)の次の条文(44条)で定められていた規定であるが、現行国税徴収法11条(強制換価の場合の消費税等の優先)と一体となって初めて消費税等の徴収を確保することができるのであるから、やはり国税徴収法で規定することにした方が妥当であったように思われる。 以上のようにみてくると、次の見解(中川=清永編・前掲書F54-F55頁[吉良実執筆])も強ち不当とはいえないように思われる。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第30回】 「勘定科目別に確認するインボイス制度準備のチェックポイント」 税理士 石川 幸恵 【Q】 インボイス制度開始まで1ヶ月を切りました。準備に漏れがないか確認したいのですが、どうすればよいでしょうか。 〔ポイント〕 一般的なB to Bの事業を例に、インボイス制度への準備が必要な事項を勘定科目ごとにチェックしてみましょう。 * * * 【A】 (1) 売上 ① 売上 ② 売上値引き (2) 売上原価 ① 仕入れ、外注費 ② 棚卸資産 (3) 販売費及び一般管理費 ① 経費立替、精算 ② 記帳 ③ 地代家賃など継続的な契約、サブスクリプション支払い (4) 資産の取得 * * * 以上、事業内容を問わず共通して必要と考えられる準備のチェックポイントを列挙しました。このほか、自社の事業内容に応じた準備が必要です。 (了)
〔徹底解説〕 名古屋国税不服審判所令和4年3月25日裁決 ~取引相場のない株式の評価に対し総則6項の適用が争われた事案~ 公認会計士・税理士 佐藤 信祐 1 事案の概要 本事案は、納税者(請求人)が、株式移転により設立された法人の株式を財産評価基本通達に定める方法により評価したところ、原処分庁が、当該株式の価額は、当該財産評価基本通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして、国税庁長官の指示を受けて評価した価額により相続税の更正処分等をしたのに対し、納税者が、原処分の全部の取消しを求めた事案である。本事案は、最判令和4年4月19日判タ1499号65頁が公表されてから最初の裁決例であり、かつ、土地ではなく、取引相場のない株式の評価についての裁決例であることから、実務上も注目度が高いように思われる。 本事案では、被相続人が、株式移転の約3ヶ月後に当該株式約24百万株を1株当たり67円、総額1,608百万円で関係会社に譲渡した。その翌年、被相続人は、7,300百万円を借り入れ、当該株式移転により設立された法人が自己株式として保有していた約95百万株を、1株当たり76円、総額7,279百万円で取得した。 上記の結果、相続税の評価において、当該法人が保有する子会社株式に対して類似業種比準方式を適用したところ、著しく低い評価額(※1)となったため、特別の事情があると判断されたものである。 (※1) 裁決文では黒塗りされているが、裁決文全体を閲覧する限り、1株当たり18円に近い金額であると推定される。 なお、67円又は76円という評価額で売買されたのは、法人税又は所得税の問題が生じないように時価純資産価額で売買したことが原因である。また、株式の異動については、遺留分対策のためになされたという納税者側の主張もある。そうなると、そもそも法人税基本通達若しくは所得税基本通達による評価額と財産評価基本通達による評価額に乖離がなければ、このような問題は生じなかったといっても過言ではない。財産評価基本通達では、大会社に該当すれば類似業種比準方式による評価が認められているのに対し(財基通179)、法人税基本通達若しくは所得税基本通達による評価額では、原則として、時価純資産価額又は小会社による評価額を準用した価額となることから(法基通4-1-5(4)、4-1-6、所基通23~35共-9(4)ニ、59-6)、そもそも両者の評価額には乖離がある。 すなわち、現預金や時価純資産価額が反映されないことに特別の事情があるというのであれば、そもそも財産評価基本通達における取引相場のない株式の評価において時価純資産価額が反映される仕組みを導入すべきであり、例えば、会社規模を問わずに全ての会社に対して、類似業種比準価額と時価純資産価額を1対1で折衷するといった評価方法を財産評価基本通達が導入していれば(※2)、法人税基本通達若しくは所得税基本通達による評価額との乖離が生じなかったといえるため、そもそも通達の改正により対応すべき事案であったといえる。 (※2) 財産評価基本通達の改正を提言した論文(加藤浩「今後の取引相場のない株式の評価のあり方」税大論叢96号281-407頁(令和元年))に対して、短期的な改正として、類似業種比準価額と時価純資産価額を1対1で折衷することにより対応すべきとしたものとして、佐藤信祐『改訂版 会社法・租税法からアプローチする非上場株式評価の実務』161-162頁(日本法令、2021年)参照。 2 国税不服審判所の判断 (1) 財産評価基本通達に定める評価方法によらないことが相当と認められる特別の事情があるかどうか そのような背景がありながらも、国税不服審判所は、「類似業種比準方式を大会社に適用するのが一般に合理的であるのは、上記・・・のとおり、大会社の株式が、必ずしも常に会社の総資産価値の割合相当額で取引されるわけではないからである。しかし、本件で問題になるのは、本件2銘柄株式自体を取引した場合の価額ではなく、本件2銘柄株式を財産として所有する本件会社の純資産価額である。そして、上記・・・のとおり、本件会社が本件2銘柄株式を100%保有し、割合的持分を超えて会社全体を財産として保有していたことからすると、本件株式について、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に、本件2銘柄株式についても純資産の価値を反映させた価額を基に取引が成立することは、極めて自然で合理的なことというべきである。そうすると、本件相続開始日において、上記のような取引が行われた場合には、本件2銘柄株式を類似業種比準方式により評価した1株当たり■■より相当高い水準の価額が成立するのが通常と推認するのが自然で合理的であって、逆に1株当たり■■という水準の価額が通常成立すると認めることは困難である〔かい離が全くないとの請求人の主張が採用できないことは、下記・・・のとおりである。〕。」と判示した。しかし、本件2銘柄株式自体を取引した場合の価額を問題にせず、かつ、割合的持分を超えて株式を保有していたことを問題にされてしまうと、大会社に分類される株式のかなりの比率を保有していた全ての事案に対して、総則6項が適用されるリスクがあるということになってしまう。 もちろん、国税不服審判所は、大会社に分類される株式の全部を保有していたことだけを問題視しているのではなく、相続が近い将来発生することを予想して、借入れをしてまで株式を異動させ、その結果、相続税評価額が著しく下がったということを問題視しているのである。そのため、国税不服審判所は、「本件は、評価通達の評価方法を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税の目的に反し、かえって、相続発生を見越して本件借入れ及び本件取得に相当するような行為を行わなかった納税者との間での実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるといえるから、他の合理的な評価方法により、本件相続株式の適正な時価を評価すべき特別の事情があると認められる。」と判示している。 ただし、そもそもの問題は、大会社に分類される株式のかなりの比率を保有している場合には、純資産価値を反映させた価額を基に取引が成立することが、極めて自然で合理的なことであると判示されているにもかかわらず、大会社に分類される株式のかなりの比率を保有している場合であっても、相続税評価額に純資産価額が反映されないような通達になっているという点である。すなわち、本事案において、納税者が勝訴するのか、敗訴するのかという点においては、借入れをして株式を購入したということが重要な問題なのかもしれないが、課税の公平を図るという立法論の観点では、そのようなことを問題視すべきではない。法人税基本通達若しくは所得税基本通達による評価額と財産評価基本通達による評価額に乖離があったことで、上記のような相続税評価額の引下げが起きてしまったことを考えると、そもそも本事案のような問題は通達改正により対応すべきであったといえる。 (2) DCF法に基づく評価額の問題 さらに本事案で問題視すべきは、DCF法、類似会社比準法及び修正簿価純資産法を折衷することで評価がなされているという点である。他の納税者が類似業種比準方式、純資産価額方式又はこれらの折衷方式で評価したうえで相続税額又は贈与税額を算定していることを考えると、評価方法の公平性の観点から問題視されるべきであろう。 しかし、それ以上に問題とされるべきは、原処分庁が外部専門家に依頼してなされた評価に問題がありながらも、国税不服審判所がその評価方法を容認しているという点である。この点については、東京地裁において是正されると思われるが、以下では、裁決書からわかる範囲内で解説を行うものとする。 まず、非流動性ディスカウントが20%とされているが、納税者は30%~40%であると反論している。確かに原処分庁及び国税不服審判所のいうように、非流動性ディスカウントを20%にすることを否定する強い根拠はない。しかしながら、他の納税者との公平性の観点からは、著しく不利な評価にすべきでもない。そして、類似業種比準方式において0.7~0.5を乗じていることからも、30%~50%を非流動性ディスカウントとすることに公平性が認められる。この点については、「請求人の指摘する『しんしゃく率』とは、評価通達180に定める類似業種比準方式により評価額を算出する際、1株当たりの配当金額、利益金額及び純資産価額という3要素で比準した価額に乗じられる率(大会社は0.7、中会社は0.6、小会社は0.5)であるが、これは、上記3要素以外に計数化が困難な株価構成要素があることや、評価会社の規模が小さくなるに従って上場会社との類似性が希薄となることなどから、評価の安全性のため用いられるものであり、非流動性ディスカウントの割合を30%ないし40%とする根拠となるものではない。また、本件ガイドラインにおいても、合意された減価の水準がないとされる中で、非流動性ディスカウントを30%ないし40%とする評価実務が成立しているとも認められない。」と判示されている。しかしながら、本事案において、非流動性ディスカウントを40%とするのは難しかったのかもしれないが、30%とする余地はあったように思われ、国税不服審判所の判断は、特定の納税者に対して不利な取扱いをすることを容認しかねないものとなっている(※3)。 (※3) 国税不服審判所の判断を支持するのであれば、株主資本コストの算定においてサイズリスクプレミアム(3.8%)が考慮されており、非流動性ディスカウントと合算すると、特定の納税者に対して極端に不利な取扱いをしているわけではないという主張も考えられる。 さらに、原処分庁側の鑑定人は現金預金の全額を非事業資産としたのに対し、納税者側の鑑定人は14,513百万円を運転資金等事業用資産としている。このうち、10,000百万円については、リスク対策のための資金であり、ここまで事業用資産に含めるのは原処分庁及び国税不服審判所の納得が得られるはずがない。残りの4,513百万円についても、その全額が認められるとは思えないが、それでも相当程度は事業用資産とすべきだったと思われる。少なくとも、原処分庁が主張するように「適切に算定することが困難」であるとか、国税不服審判所が判示したように、「客観的に区分できない現預金を非事業資産として扱うことは、やむを得ないことであり、客観性・合理性を欠くとはいえない」という理由で、特定の納税者に不利な取扱いをすべきではない。この点についても、東京地裁で是正されることが期待される。 さらに、細かな評価のところも、原処分庁側も納税者側も鑑定人に依頼したうえで争っており、租税法の裁決としては極めて珍しいものになっている。租税法の裁判においてDCF法による具体的な評価方法が争われるのは稀であるが、会社法における非上場株式の評価で争われることは、それほど珍しいことではない。しかしながら、それぞれの裁判所では、評価方法の大枠について理解はしているようであるが、ディスカウント率やWACCといった細かい内容に踏み込んではいないようである。その場合には、裁判所が依頼した鑑定人による評価が行われ、かつ、裁判所がそれを追認するというやり方になることが多いように思われる。 もちろん、民間における非上場株式の評価についての争いであれば、そういったやり方でも構わないと思われるが、公平性、客観性が強く問われる租税法において、そのようなやり方を採用することは望ましいことではない。本事案では、財産評価基本通達に規定されていないDCF法と類似会社比準法を持ち出していながら、評価方法の細部については、納税者の主張に一理あるものが見受けられるという点で(※4)、公平性、客観性の観点から非常に問題があったといえる。 (※4) もちろん、国税不服審判所が指摘するように、納税者の主張には、評価額を引き下げるために、客観性、合理性を欠いてしまったものが見受けられる。だからといって、その主張の全てで客観性、合理性が欠けているというわけでもないことから、東京地裁では、より合理性のある評価がなされることが期待される。 3 むすび このように、そもそも財産評価基本通達に定める評価方法以外の評価方法により相続税評価額を計算すべき事案だったのかという問題もあるが、具体的な評価方法についても納税者との間で争われており、かつ、原処分庁側の鑑定にも瑕疵が見受けられることから、公平性、客観性の観点から問題があったように思われる。 この点については、本来であれば財産評価基本通達の改正により対応すべきである。そして、類似業種比準方式を採用してしまうと、現金預金や純資産価額が十分に反映されない評価額になるというのであれば、公平性の観点からは、すべての取引相場のない株式に対して、純資産価額方式又は折衷方式を採用すべきであったといえる。 いずれにしても、本事案については、東京地裁で争われているということなので、東京地裁において、さらに深い議論がなされることが期待される。 (了) ↓お勧め連載記事↓
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第30回】 「〔第4表〕持株会社が複数の事業を行う場合の業種区分の判定」 税理士 柴田 健次 Q 持株会社であるA社の直前期末以前1年間の取引金額の内訳は下記の通りとなりますが、この場合における類似業種比準価額の計算で使用する業種目は取引金額の割合が50%を超える「不動産賃貸業」の業種で考えればいいのでしょうか。 【A社の直前期末以前1年間の取引金額の内訳】 (※) 不動産賃貸収入は、貸事務所、賃貸マンション、駐車場収入がありますが、取引金額のうち、150,000千円については、子会社からの収入に基づくものとなります。 A A社の業種目は、「その他の産業」に該当することになります。 類似業種比準価額の計算で使用する業種目の判定は、本連載【第17回】の類似業種比準価額の計算で使用する業種目の判定手順をご確認下さい。 ① 直前期末以前1年間の取引金額を日本標準産業分類に基づき区分 直前期末以前1年間の取引金額を「日本標準産業分類(平成25年10月・第13回改定)」に基づき区分する必要があります。この場合における取引金額とは、直前期末以前1年間における評価会社の目的とする事業に係る収入金額(金融業・証券業については収入利息及び収入手数料)をいいます(取引相場のない株式(出資)の評価明細書の記載方法等の第1表の1)。したがって、損益計算書において営業外収益に表示されていたとしても評価会社の目的とする事業に係る収入金額であれば、取引金額に含める必要があります。 日本標準産業分類に基づき、取引金額を区分すると下記の通りとなります。 (1) 不動産賃貸収入の日本標準産業分類の区分 A社の不動産賃貸収入については、「小分類番号691」、「692」及び「693」に該当し、主に下記の通り記載がされています。 (2) 子会社からの配当収入等の日本標準産業分類の区分 子会社からの配当収入等は、純粋持株会社は「細分類番号7282」に該当し、下記の通り記載がされています。 7282 純粋持株会社 日本標準産業分類上は、子会社からの収益を得ることは事業活動とはみなされず、子会社の事業活動を支配する業として考えられていますので、子会社からの配当収入、経営指導料収入、不動産賃貸収入は、いずれも純粋持株会社の業として取り扱われることになります。 もっとも、本問の場合にはA社は、子会社以外からの不動産賃貸収入もあり純粋持株会社には該当しないため、A社の不動産賃貸収入は、純粋持株会社の業ではないとする意見もあるかと思います。ただし、業種区分は、取引を細分化した上で日本標準産業分類のどの区分に該当するかを検討する必要があり、持株会社については、子会社と子会社以外の収入に区分して考える必要があります。そして、子会社からの配当金収入、経営指導料、不動産賃貸料を1つの取引としてグルーピングした場合には、その取引は純粋持株会社としての業として取り扱われることが相当かと考えられます。 実務上は、売上のグルーピングの仕方が難しいことも少なくないですが、持株会社の場合には、あくまでも会社を支配している業がありますので、子会社からの収入をグルーピングして考える必要があります。 したがって、日本標準産業分類に基づき区分をすると下記の通りとなります。 ② 対比表を基に業種目を確認 「日本標準産業分類の分類項目と類似業種比準価額計算上の業種目との対比表(平成29年分)」の区分に当てはめると下記の通りとなります。 「不動産賃貸業(691)」、「貸家業・貸間業(692)」及び「駐車場業(693)」は、「不動産賃貸業・管理業(業種目番号94)」に該当します。 純粋持株会社は、「専門サービス業(純粋持株会社を除く)」と記載されており、純粋持株会社を除くとされていますので、「専門サービス業(業種目番号97)」には該当しないことになります。他の業種目において純粋持株会社に該当する記載がありませんので、分類不能となり、「その他の産業(業種目番号113)」に該当することになります。 【日本標準産業分類の分類項目と類似業種比準価額計算上の業種目との対比表(平成29年分)(一部抜粋)】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ※赤色の下線は筆者による。 ③ A社の業種目 業種目別の取引金額の割合が50%を超える業種目がある場合には、その50%を超える業種目が評価会社の業種目となりますので、本問の場合には、「その他の産業(業種目番号113)」がA社の業種目となります(評価通達181-2)。 ☆実務上のポイント☆ 持株会社の場合には、子会社からの収入とそれ以外の収入に区分して、日本標準産業分類の区分を行う必要があります。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第57回】 「資産管理会社の株式をゼロ円で贈与することのリスク」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕 相談内容 私(J)は、その発行済株式の100%を所有するW社(製造業)を経営しておりましたが、5年前に金融機関の提案により、私が所有するW社株式のすべてを私が設立した資産管理会社L社へ売却しました。当然、L社に私の株式を買い取る資金はなかったので、金融機関の融資により買取りを実行しました。そして、その年の確定申告において私は多額の譲渡所得税を納税したのを覚えています。 W社には私の子供(K)が社員として働いており、今年の株主総会において取締役に就任させようと考えています。そこで、私の所有しているL社株式の40%を子供であるKへ贈与しようと思い、顧問税理士に株価算定を依頼したところ株価はゼロ円だと言われました。贈与税が課税されない価格で子供に贈与できるなら大変ありがたいのですが、後から税務署より贈与税の追徴等の指摘を受けることはないでしょうか。 (※) W社は売上高が50億円、従業員は150名在籍しているので、財産評価基本通達上の会社区分は大会社となるため類似業種比準価額で株式評価することになります。現状の株価は1株当たり130,000円です。 (※) 5年前のL社への売却価額は1株150,000円((類似業種比準価額100,000円 + 時価純資産価額200,000円)× 50%)× 10,000株にて計算しました。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 個人から法人へ株式を譲渡する際の株式評価 【第52回】で説明しましたが、同族株主間における個人から法人へ株式を譲渡する際の株価は、財産評価基本通達上の会社規模区分を「小会社」として評価します。つまり「純資産価額」と「類似業種比準価額と純資産価額の合計の2分の1の価額」とを比較した低い方の価額となります。 5年前は類似業種比準価額が1株当たり100,000円、時価純資産価額が200,000円であり、「類似業種比準価額と純資産価額の合計の2分の1の価額」の方が「時価純資産価額」より低かったことから、J社長はW社株式をL社へ15億円(1株150,000円×10,000株)で売却しています。 [2] 個人から個人へ株式を贈与する際の株式評価 個人間の株式の贈与については、相続税法の範疇であり、株式の評価は財産評価基本通達による評価方法となります。W社は財産評価基本通達上の会社区分は大会社となるため、類似業種比準価額方式によって株価を算定することになります。 L社の資産はすべてW社株式であるため、L社は株式保有特定会社に該当し、L社は純資産評価となります。そうすると、J社長が保有するL社株式は以下の通り算定されることになります。 〈L社の株価〉 以上より、J社長が子供Kへ贈与する際の株価はゼロ円となります。 [3] 結論 一時期、金融機関等がホールディング会社による事業会社の株式取得の提案を数多く行ったことにより、ご相談のような事業会社の株式だけを持つホールディング会社はたくさんあります。このようなホールディング会社の株式の贈与について、株価がゼロ円となったとしても上記の通り、税務上は特に問題ありません。 一方、5年前にJ社長が株式譲渡により取得した譲渡代金15億円(実際は譲渡所得税控除後の金額)に対して相続税が課税されますので、この現金の相続対策を考える必要があります。 実際の具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第12回】 「支配関係が生じてから5年を経過するまで待つ行為」 公認会計士 佐藤 信祐 14 支配関係が生じてから5年を経過するまで待つ行為 (1) 問題の所在 支配関係発生日から合併事業年度開始の日までの期間が5年未満である場合において、みなし共同事業要件を満たさないときは、繰越欠損金の引継制限・使用制限及び特定資産譲渡等損失額の損金不算入が課される(法法57③④、62の7①)。 そのため、支配関係発生日から合併事業年度開始の日までの期間が5年を経過するまで待ってから適格合併を行うといった事案が考えられる。なぜなら、繰越欠損金は9年間又は10年間の繰越しが認められていることから(法法57①)、最後の4年間又は5年間の時間差を利用して、繰越欠損金を利用することができるからである。 さらに、特定株主等によって支配された欠損等法人の欠損金の繰越しの不適用(法法57の2)及び特定株主等によって支配された欠損等法人の資産の譲渡等損失額の損金不算入(法法60の3)も、支配日以後5年を経過する日の前日までに適用事由に該当した場合に限り適用されることから、支配日以後5年を経過する日まで待ってから新しい事業を開始するといった事案が考えられる。 すなわち、このような行為に対して、包括的租税回避防止規定(法法132の2)又は同族会社等の行為計算の否認(法法132)が適用されるかどうかが問題となる(※45)。 (※45) 財務省主税局で法人税法の立案に関与されていた朝長英樹氏と佐々木浩氏は、長年にわたって支配関係がある法人に対しては繰越欠損金の引継制限、使用制限及び特定資産譲渡等損失額の損金不算入を課さなくてよいという考え方を採用し、かつ、組織再編税制ができた平成13年当時における欠損金の繰越期間が5年であったことから、「長年」という基準が5年になったと指摘されている(朝長英樹『現代税制の現状と課題 組織再編成税制編』40頁(注18)、42頁(新日本法規、平成29年)、佐々木浩(発言)仲谷修ほか『企業組織再編税制及びグループ法人税制の現状と今後の展望』59頁(大蔵財務協会、平成24年)参照)。このような背景からも、現行法上、5年待つという行為が起こり得るし、そのような行為が租税回避に該当するという見解も当然に考えられる。 (2) 包括的租税回避防止規定及び同族会社等の行為計算の否認の検討 ① 5年を経過するまで待つことが不自然であるかどうか このような支配関係が生じてから5年を経過するまで待つという行為については、税負担を減少させる意図が明らかであるといえる。ただし、5年を経過するまで待ったというだけでは、5年を経過するまで待つことによる事業上の不都合がない限り、法人の行為又は計算が不自然なものであるとまでいえない。すなわち、5年を経過するまで待つという行為に対して、包括的租税回避防止規定又は同族会社等の行為計算の否認を適用するためには、追加的な根拠が必要になってくる。 例えば、事業上の理由がないにもかかわらず、繰越欠損金だけを有する法人を買収し、5年を経過するまで待ってから吸収合併を行うという行為については、組織再編税制及び欠損等法人の規制に係る制度趣旨に反することが明らかであるし、そもそも事業上の理由がないにもかかわらず、繰越欠損金だけを有する法人を買収するという行為が不自然であることから、包括的租税回避防止規定又は同族会社等の行為計算の否認が適用されてもやむを得ないと思われる。 しかしながら、事業上の理由により買収をしたものの、4年を経過した時点で事業を廃止せざるを得なくなったことから、残りの1年を経過するまで待ってから残余財産を確定させるといった行為は、1年を経過するまで待つという行為に対する事業上の不都合がないことが多いことから、包括的租税回避防止規定及び同族会社等の行為計算の否認を適用すべきではないと考えられる。さらに、事業上の理由により買収をしたものの、3年を経過した時点でグループ企業としての連帯感が出来上がったことから、残りの2年を経過するまで待ってから吸収合併をするという行為についても、2年を経過するまで待つという行為に対する事業上の不都合がないのであれば、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないと考えられる。 ② 制度趣旨に反するかどうか さらに、このような5年を経過するまで待つという行為が制度趣旨に反するのかどうかという点が問題になる。なぜなら、5年という形式要件を免れる行為を租税回避と認定するのであれば、9年又は10年を経過していない場合に、繰越欠損金の引継制限・使用制限、特定資産譲渡等損失額の損金不算入や、欠損等法人の規制を課すべきだったからである(※46)。 (※46) ヤフー事件の第一審(東京地判平成26年3月18日TAINSコード:Z264-12435)でも、「個別否認規定が定める要件の中には、法57条3項が定める5年の要件など、未処理欠損金額の引継ぎを認めるか否かについての基本的な条件となるものであって、当該要件に形式的に該当する行為又は事実がある場合にはそのとおりに適用することが当該規定の趣旨・目的に適うことから、包括的否認規定の適用が想定し難いものも存在することは否定できない。」と判示されている。 そのため、PGM事件における国側の主張(※47)でも、5年を経過するまで待ったことについて、税負担の減少が主目的であり、事業目的が認められないとしているものの、5年を経過するまで待つということが制度趣旨に反するとまではしていない。 (※47) 国税不服審判所令和2年11月2日裁決(TAINSコード:F0-2-1034)参照。 すなわち、5年という形式要件に対して、実質的な趣旨・目的を持ち出すことは困難であることから、当初のM&Aから合併に至るまでの一連の行為が実質的な組織再編成とは認められず、繰越欠損金の売買に過ぎないといった特殊な事例に限定したうえで、制度趣旨に反するものと認定すべきであると考えられる(※48)。 (※48) 入谷淳『租税回避をめぐる税務リスク対策-行為計算否認に備えた実務対応について』207-210頁(清文社、平成29年)参照。 すなわち、PGM事件では、事業単位の移転ではないことを理由に繰越欠損金の引継ぎを否定しているが、このように、現行法上、5年を経過するまで待つという行為に対しては、制度趣旨に反するという別の根拠を持ち出したうえで包括的租税回避防止規定を適用するのが限界であるともいえる。 そうなると、法人税法57条2項において、適格合併による繰越欠損金の引継ぎに対して、従業者従事要件及び事業継続要件を課すという立法的な解決を図るべきであるとも考えられるが、それでは5年を経過するまで待ってから残余財産の確定を行うという行為に対して対処できないという問題がある。そのため、将来的には、法人税法57条の2に規定されている欠損等法人の規制を見直すことで対処すべきであると考えられる(※49)。 (※49) 例えば、現行法上は、事業を廃止しただけでは欠損等法人の規制は適用されず、事業を廃止した後に新しい事業を開始することにより旧事業のおおむね5倍を超える資金の借入れ又は出資による金銭その他の資産の受入れをした場合に欠損等法人の規制が課されることとされているが(法法57の2①二)、事業を廃止した時点で欠損等法人の規制を課すべきであるともいえるし、それ以外にも欠損等法人の規制を適用すべき類型を増やす方向で再検討するという選択肢も考えられる。 (3) 小括 今回までで、包括的租税回避防止規定に係る事例分析を行った。もちろん、想定されるすべての事例をご紹介できたわけではないが、今まで公表されているものよりも、さらに掘り下げることができ、最近の包括的租税回避防止規定の傾向については十分に分析できたと考えている。 次回以降では、これまでの事例分析を踏まえ、包括的租税回避防止規定の理論的な分析と実務上の留意事項について解説を行うものとする。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第90回】 「ユニバーサルミュージック事件」 ~最判令和4年4月21日(民集76巻4号480頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
リース会計基準(案)を学ぶ 【第5回】 「借手のリースの会計処理①」 -使用権資産及びリース負債の計上額、借手のリース料、使用権資産の償却- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回から3回にわたり、借手のリースの会計処理について解説する。 リース会計基準(案)は、主として借手の会計処理について改正を行うものであり(リース会計基準(案)BC33項)、基本的に、借手のすべてのリースについて資産及び負債の計上を求めるものである(リース会計基準(案)BC12項、BC34項)。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 基本的な考え方 リース会計基準(案)は、IFRS第16号と同様に、借手のリースの費用配分の方法について、リースがファイナンス・リースであるかオペレーティング・リースであるかにかかわらず、すべてのリースを金融の提供と捉え使用権資産に係る減価償却費及びリース負債に係る利息相当額を計上する単一の会計処理モデルを採用している(リース会計基準(案)BC34項)。 このため、現行の「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)に基づき、オペレーティング・リース取引として会計処理しているリース取引についても、リース会計基準(案)では、基本的に、使用権資産及びリース負債を計上することになる。 次の事項が論点となる。 なお、本稿では取り上げないが、リース会計基準(案)及びリース適用指針(案)では、リースの契約条件の変更が行われた場合について詳細に規定されているので、当該変更に該当するときには、会計処理等に注意が必要である。 Ⅲ 使用権資産及びリース負債の計上額 借手は、リース開始日に、使用権資産及びリース負債を計上する(リース会計基準(案)31項、32項)。 使用権資産及びリース負債は、それぞれ次のように算定する。 上記の使用権資産及びリース負債の計上額の算定のイメージを示すと、次のとおりである。 仕訳で示すと次のようになる(「[設例9-1] リース料が当月末払いとなる場合」参照)。 〈リース開始日〉 〈支払日〉 借手のリース料は、原則として、利息相当額部分とリース負債の元本返済額部分とに区分計算し、前者は支払利息として会計処理を行い、後者はリース負債の元本返済として会計処理を行う(リース適用指針(案)35項)。 Ⅳ 借手のリース料 借手のリース料は、借手が借手のリース期間中に原資産を使用する権利に関して行う貸手に対する支払であり、次の①から⑤の支払で構成される(リース会計基準(案)33項)。 Ⅴ 使用権資産の償却及び利息相当額の各期への配分 1 減価償却 使用権資産については、次のように減価償却を行う(リース会計基準(案)35項、36項、BC41項)。 上記の①契約上の諸条件に照らして原資産の所有権が借手に移転すると認められるリースとは、次の(1)から(3)のいずれかに該当するものをいう(リース適用指針(案)40項)。 2 利息相当額の各期への配分 利息相当額は、借手のリース期間にわたり、原則として、利息法により配分する(リース会計基準(案)34項)。 借手のリース期間にわたる利息相当額の総額は、リース開始日における借手のリース料とリース負債の計上額との差額になる(リース適用指針(案)35項)。 利息法においては、各期の利息相当額をリース負債の未返済元本残高に一定の利率を乗じて算定する(リース適用指針(案)36項)。 現行の「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)に基づき、オペレーティング・リース取引のリース料を定額で費用処理している場合、リース会計基準(案)では、利息相当額について利息法により各期に配分することから、借手のリース期間の前半部分では支払利息が多めに計上されることになる。 3 割引率 借手がリース負債の現在価値の算定のために用いる割引率は、次のとおりである(リース適用指針(案)34項、BC56項)。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2023年8月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年8月1日から8月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 監査基準報告書700実務指針第1号「監査報告書の文例」及び監査基準報告書700実務ガイダンス第1号「監査報告書に係るQ&A(実務ガイダンス)」の改正並びに「公開草案に対するコメントの概要及び対応」の公表(内容:報酬関連情報(監査報酬、非監査報酬及び報酬依存度)の開示の記載例を示す) ② 「財務報告内部統制監査基準報告書第1号「財務報告に係る内部統制の監査」の改正」及び「公開草案に対するコメントの概要及び対応」の公表(内容:「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」(2023年4月7日、企業会計審議会)などを受けた改正) Ⅲ 監査役等の監査関係 監査役等の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「主要監査業務のポイントと事例研究-監査の実効性と効率性の向上を目指して-(中間報告)」(内容:監査役スタッフの誰もが関わる重要業務を対象にして、その趣旨・目的、業務上のポイント及び留意点、実務上の課題に対応した工夫事例について研究したもの) ② 「監査報告のひな型の改定について」(内容:「監査役(会)監査報告のひな型」などのひな型の改定) (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第42回】 「ハラスメントだと言われることを恐れて部下の指導を躊躇する上司への対応策」 弁護士 柳田 忍 【Question】 ある部署の従業員から、「気に入らないことがあるとすぐに怒鳴って物を投げつけたりひどい悪態をついたりする従業員(A)がおり、周りの従業員はいつ怒鳴られるかと毎日びくびくしている。従業員Aの上司Bが何度か従業員Aに注意をしようとしたが、そのたびに従業員Aが「パワハラだ!」と騒ぐので、最近は、上司Bも見て見ぬふりをしている。何とかしてほしい」という相談を受けました。 上司Bの対応にはどのような問題があり、また、会社としてどのように対処すべきかを教えてください。 【Answer】 上司が部下からハラスメントだと言われることを恐れて適切な指導や人事評価を怠る場合、当該部下のパフォーマンスや問題行為が改善しない、職場全体のモチベーションが下がるといった弊害が生じるおそれがあります。また、いざ当該部下を解雇したとしても、適切な指導等を怠ったこと等により解雇が無効になるおそれがあります。これらの弊害を避けるためには、適切な指導・評価を怠った上司を処分したり、研修等によりハラスメントに関する理解の促進を図ったりするべきです。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 部下の指導等を怠った場合の弊害 ハラスメントの相談は年々増加しているが、これに比例して増えているのが「上司が部下からハラスメント(特にパワハラ)だと言われることを恐れて適切な指導を行うことができないでいるのだが、どうしたらよいか」という相談である。上司が部下にハラスメントと言われることを恐れて指導を躊躇する場合、当該部下に対する人事評価についてもパワハラと言われることを恐れて甘めにつけてしまうことがあるが、このように、上司が部下に対して適切な指導や人事評価を行わないことにより、以下のような問題が生じ得る。 まず、①について、パフォーマンスが低い従業員に適切な指導を行わなければ改善を期待できないことは言わずもがなであるし、問題行為に及んでいる従業員を指導しなければ当該従業員を増長させてしまう可能性もある。 また、②については、周りの従業員に対して、問題行為に及んでも叱責されないし、人事評価上も影響がないという印象を与え、真面目に働く意欲をそぐ結果となりかねない。上司がきちんと指導してくれない等の「ゆるい」職場に不満を抱いて転職してしまう若手社員も増えているようであるが、人材不足にあえぐ企業においてはこのような悪影響も看過できないであろう。 2 適切な指導等を怠った場合の解雇への影響 上記のうち、法的な観点から最も問題を感じるのは、依頼者からパフォーマンスや勤務態度が悪い従業員を解雇したいと相談を受けたとき(すなわち③の問題点)である。 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、無効となる(労働契約法16条)。 そして、裁判例などに照らすと、勤務成績・勤務態度不良を理由とした解雇が「客観的に合理的な理由に基づくもので、社会通念上相当なもの」であるかどうかの判断に際しては、主に以下の考慮要素が重視されている。 このうち、(a)の勤務成績等の不良の程度については、企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じるおそれがあり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要すると示した裁判例(※1)や、担当業務を指示どおりに遂行することができず、他の従業員が肩代わりをしたり、後始末のために少なからぬ時間を割いたりしなければならず、会社の業務に支障を与えたことなどを考慮して解雇を有効と判断した裁判例(※2)などがある。 (※1) エース損害保険事件(東京地決平成13年8月10日) (※2) 東京海上火災保険事件(東京地判平成12年7月28日) よって、勤務成績等の不良を理由とする解雇の有効性が争われた場合、対象の従業員のパフォーマンスや問題行為が上記のレベルに達していると主張立証する必要があるが、上司があえて甘めの評価を行っているような場合には、かかる主張立証が困難となるおそれがある。この点、人事考課(相対評価)の結果が10段階中平均3(下位10%未満の考課順位)であった従業員に対する解雇について、相対評価においては必ず下位10%の従業員が発生するなどと示したうえで解雇を無効と判断した裁判例(※3)に照らすと、従業員の勤務成績等が不良かどうかは人事評価だけで判断されるわけではないといえるが、それでも、主張立証上の障害にはなり得る。 (※3) セガ・エンタープライゼス事件(東京地決平成11年10月15日) また、(b)について、当該従業員の勤務成績が上記のレベルに達するほどに不良であったとしても、解雇が有効となるためには、是正のため注意し反省を促したにもかかわらず改善されないなど、今後の改善の見込みもないことが必要である(前掲(※1)エース損害保険事件)。適切な指導を行っていないということは、当該従業員に対して改善の機会を付与したことを主張立証できないということになり、改善の見込みがないとはいえない(改善の余地がある)ということになってしまうおそれがある。 3 対応策 (1) 当該上司に対する評価と処分 まずは、適切な指導を怠った上司について、適切な指導を怠ったことを当該上司の人事評価上反映したり、注意・指導の対象としたりすることを検討するべきである。特に、質問のように、上司が部下のパワハラ的な言動を見過ごしたような場合には、懲戒処分の対象としたうえで、これを社内において公表することも検討に値する。その一方で、適切な指導を行っている上司については相当な評価を与え、昇進や昇給の場面などで報いるべきである。 (2) 上司のハラスメントに関する理解の促進 また、このような問題の発生は、上司において、どのような言動がハラスメントに該当するかについての理解が不足していることが一因となっていると思われるため、社内研修等を通じて、ハラスメントに関する理解の促進を図るべきであり、そのためには、ハラスメントの「限界事例」を紹介することも検討に値する(ただし、そのような「限界事例」を行っても問題がないという誤解を招かないよう注意が必要である)。 (了)