〔しっかり身に付けたい!〕 はじめての相続税申告業務 【第7回】 「建物を評価する」 税理士法人ネクスト 公認会計士・税理士 根岸 二良 〔不動産(土地・建物)の評価〕 今回から3回にわたって不動産(土地・建物)の評価について学んでいくが、本連載では相続税における評価を説明していくこととする。 なお、遺産分割協議においては、厳密には相続税評価額でなく時価を基礎として話合いを行うことが理論的であることから、土地の時価については相続税評価額を公示価格ベースに変換するため、相続税評価額を80%で除した金額(*1)を時価とすることも実務上は行われる。 なお、不動産(土地・建物)の評価のうち、今回は建物の評価(相続税評価)について見ていく。 〔建物の評価方法〕 相続税評価は、実務的には国税庁の財産評価基本通達(以下「評基通」)に従って評価を行うことがほとんどである。 建物の評価については、固定資産税評価額をもって相続税評価とすることとされている(評基通89)。 ただし、貸家の場合には、以下の算式で評価を行うこととされている(評基通93)。 実際の実務を経験していないとイメージしづらいと思われるため、具体的に見ていくこととする。 〈固定資産税課税明細書〉 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます(東京主税局ホームページへ)。 (東京主税局ホームページより) 上図は、ある建物の固定資産税評価額を示している。 この資料上、建物の固定資産税評価額は「価格」という欄に表示されている(下拡大図参照)。したがって、この建物の相続税評価額は、固定資産税評価額である6,000,000円となる。 なお、この建物を他人に賃貸している場合には、以下のように相続税評価額が計算される。 〔借家権割合について〕 借家権割合は、毎年公表される財産評価基準書(都道府県毎)に記載がある(*2)。 なお、すべての都道府県で借家権割合は一律30%とされている。 〔賃貸割合について〕 賃貸割合は、以下の算式で計算する(評基通93、26(2))。 つまり、賃貸している部分の床面積の比率(貸していない部分がある場合、その部分は除く)となる。 戸建賃貸の場合では、課税時期において、貸している場合100%であり、貸していない場合0%となる(*3)。またアパート賃貸の場合には、課税時期において、全室賃貸していれば100%であり、一部賃貸していない場合(親族が使用している場合など)には、その部分の床面積分だけ賃貸割合が減少することになる(*4)。 建物の相続税評価は、固定資産税評価額(賃貸している場合には固定資産税評価額×(1-借家権割合×賃貸割合))となるが、必ずしも建物を一人で単独所有している場合だけではない。つまり、共有している場合(*5)や、区分所有している場合(*6)もある。 共有の場合には、建物の相続税評価額に共有の持分割合を乗じることで、相続税評価額が計算される(評基通2(なお、共有の持分割合は建物の登記簿に記載がある))。 区分所有の場合には、建物全体の相続税評価額を基に、各部分の使用収益等の状況を勘案して計算した各部分に対応する価額によって評価する(評基通3)。 具体的には、区分所有の対象となる部分ごとに固定資産税評価額が付されているため、それを基礎にして相続税評価を行う(*7)。 (了)
鵜野和夫の不動産税務講座 【連載7】 路線価図の読み方(4) 税理士・不動産鑑定士 鵜野 和夫 (一) 道路と建物 (二)道路とは――道と道路 (三) セットバックの減額補正 図表1(ア) (イ) 図表2 普通住宅地区 図表3 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (四) 計画道路予定地の減額補正 図表4 道路予定地に関する補正率表 図表5 普通商業・併用住宅地区 図表6 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (了)
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載40〕 外国子会社への出向者の 帰国後の現地所得税を 内国法人が負担した場合の取扱い 税理士 郭 曙光 内国法人が社員を外国子会社に出向させ、社員の現地における所得税相当額を負担するというケースが見受けられるが、そのようなケースにおいて、社員が出向を終えて帰国し、帰国後に、外国子会社における勤務期間の給与に係る現地の所得税相当額を内国法人が負担した場合には、その負担額が内国法人からの国内における給与として源泉徴収の対象となる、という裁決(東裁(所)平23年第7号、平成23年7月6日)が出されている。 本稿においては、この裁決の内容を確認した上で、上記のようなケースとその類似ケースにおいて、内国法人が出向者の現地所得税相当額を負担した場合の取扱いについて、解説と検討を行うこととする。 1 本件裁決における海外勤務者給与に関する事実関係 本件裁決における事例(以下、「本件」という)における内国法人は、海外勤務規定や覚書等において、海外出向社員に対する海外勤務者給与について、次の図に示す処理を行っている。 上記の図から分かるとおり、外国子会社が負担して支給する給与に対する現地の所得税は、外国子会社が社員名で納税を行い、内国法人が負担して支給する給与に対する現地の所得税は、内国法人が社員名で納税を行うこととしている。 この内国法人の社員名による納税は、この社員の帰国後に行われている。 内国法人は、この納税に関しては、給与の支給時に、我が国の所得税及び住民税の負担水準と同様の水準の負担が生ずるものと考えて納税額を計算し、未払費用を計上している。そして、納税時に、この未払費用の計上を修正し、その上で、不足分の納税額を含めて、納税額の総額を給料として計上している。 2 双方の主張の相違と本事案の争点 原処分庁は、帰国した社員が負担すべき外国所得税額を内国法人が負担したことによる経済的利益は、内国法人が雇用関係に基づいて社員に支給する給与等に該当し、その外国所得税額を現実に納付した時に経済的利益を供与したとして、内国法人に源泉徴収義務がある、と主張した。 これに対して、請求人(内国法人)は、海外勤務規定に海外出向社員の外国所得税額を内国法人が負担することがあらかじめ定められていることや外国所得税額が帰国した社員の海外勤務中に支給される給与等の手取保証額を基礎したグロスアップ計算により算出されていることから、外国所得税額に相当する給与等は手取保証額である給与等と一体であり、その手取保証額である給与の支給時に生じた所得、すなわち、帰国した社員の非居住者期間に生じた国外源泉所得に該当し、内国法人に源泉徴収義務はない、と主張した。 要するに、外国子会社に出向した社員が帰国した後に内国法人が納付したその社員の海外勤務中の給与に係る外国所得税額の負担による経済的利益は、その社員の非居住者であった期間中に生じた所得であるのか、あるいは、居住者となった時以後の所得であるのか、ということが本件の主な争点となっている。 3 国税不服審判所の裁決 国税不服審判所は、海外勤務規定等に内国法人が外国所得税額を負担する旨を定めているものの、負担時期に関する定めがないことや手取保証額である給与の支給時において納付すべき外国所得税額が確定していない等の理由から、内国法人が外国所得税額を現実に納付した時に、社員が外国所得税額に係る租税債務の消滅による経済的利益を享受したとし、内国法人が納付した外国所得税額による経済的利益は、その社員が日本の居住者となった以後の所得に該当するとして、内国法人に源泉徴収の義務がある、という裁決を下した。 ただし、本件の外国所得税額を納付したことによる経済的利益は、内国法人が未払費用として計上した金額を超える部分の金額となるとして、更正処分の一部を取り消した。 4 検討 上記3において述べたとおり、この裁決においては、内国法人が外国所得税額を見積計上した金額(未払費用として計上した金額)を超える部分の負担額のみが社員が居住者となった時以後の所得に該当する、としている。 この裁決に従えば、内国法人が正しく外国所得税額を見積計上していれば課税は行われない、という結論となる。 このような結論は、納税者が実務対応をする上では、歓迎するべきものと言ってもよい。 納税者は、我が国における年末調整と同じように、外国所得税の額の計算を正しく行って未払費用又は預り金を計上すればよいわけである。 しかし、本来、どのような判断が適切であるのかという点に関しては、疑問が残ることとなった。 内国法人が支給する給与が非居住者である期間の所得となるのか、あるいは、居住者である期間の所得となるのかという問題は、経理の仕方の如何によって結論が変わるものではないはずである。 本件における海外勤務規定や覚書等の内容の詳細が分からないため、確たることは言えないが、本件においては、仮に、社員が帰国後に内国法人において勤務していなかったとしても、内国法人は海外勤務規定や覚書等によって社員の外国所得税を負担しなければならなかったのではないかと想定される。 内国法人による外国所得税の負担がその内国法人の下における社員としての勤務にかかわらず行われるものであるとすれば、その負担額の全額を非居住者である期間の勤務に基因する外国源泉所得とすべきであると考える。 本件においては、内国法人による外国所得税の追加負担額に相当する金額が外国において給与として課税対象となっておらず、我が国においても課税対象としないということであれば、いずれの国においても課税されない給与があることを容認することとならざるを得ないことを背景として、外国所得税額の追加負担額に相当する金額を我が国における課税対象とするという判断を下したものではないかと想定される。 仮に、本件がそのような事情にあるとすれば、上記の裁決は、行政判断としては妥当であるとの評価がなされることになるものと思われるが、理論的には難しい課題を残すものとなったと評価されることにならざるを得ないと考える。 (了)
-お知らせ- 適用指針等を織り込んだ最新版の『税効果会計を学ぶ』が好評連載中です。 税効果会計を学ぶ 【第20回】 「連結財務諸表における 税効果会計の取扱い⑤」 ~のれん・子会社への投資の評価減に関する税効果 公認会計士 阿部 光成 「連結財務諸表における税効果会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第6号。以下「連結税効果実務指針」という)では、のれん(又は負ののれん)と子会社への投資の評価減に関する税効果の取扱いについて規定している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ のれんに関する税効果 1 考え方 連結財務諸表の作成において、投資時における資本連結手続上、子会社への投資額と子会社資本の親会社持分額との間に差額が生じている場合は、のれん(又は負ののれん)として処理される(「連結財務諸表に関する会計基準」24項)。 税効果会計は、一時差異等について繰延税金資産又は繰延税金負債を計上する処理であるので、のれん又は負ののれんが一時差異等に該当するかどうかがポイントになる。 2 のれん(又は負ののれん)に関する繰延税金資産又は繰延税金負債 連結税効果実務指針27項は、のれん又は負ののれんは税務上の資産又は負債の計上もその償却額の損金又は益金算入も認められておらず、また、子会社における個別貸借対照表上の簿価は存在しないから一時差異が生ずることになると述べている。 しかしながら、連結税効果実務指針27項では、のれん(又は負ののれん)に関して繰延税金負債又は繰延税金資産は計上しないと規定している。 これは、のれん(又は負ののれん)が投資と資本の相殺消去の結果生じる差額であるため、のれん(又は負ののれん)に対して子会社が税効果を認識すれば、のれん又は負ののれんが変動し、それに対してまた税効果を認識するという循環が生じてしまうことを回避するためである(連結税効果実務指針52項)。 Ⅱ 子会社への投資の評価減 1 考え方 親会社の個別財務諸表において子会社株式の評価減を行うことがある。 連結財務諸表の作成において、子会社株式の評価減は資本連結手続によって消去されることから、評価減の消去に伴う将来加算一時差異が発生する。 これについて、連結税効果実務指針は①評価減が税務上損金に算入されないケースと②評価減が税務上損金に算入されるケースに分けて規定している(連結税効果実務指針28項)。 2 評価減が税務上損金に算入されないケース 個別財務諸表における子会社株式の評価減について、将来減算一時差異の全部又は一部に対して繰延税金資産が計上されているときには、資本連結手続によって行われた評価減の消去に係る将来加算一時差異に対して、先に税効果を認識した将来減算一時差異の金額を限度として税効果を認識する。 その結果、連結手続上発生した将来加算一時差異に対して計上される繰延税金負債の額は、個別貸借対照表において計上された繰延税金資産の額と完全に一致することになり、連結財務諸表上、子会社への投資について一時差異が生じていないことと同様になり、税効果を認識していない結果と同様になる。 3 評価減が税務上損金に算入されるケース 個別財務諸表における子会社株式の評価減が資本連結手続上消去されたときには、評価減の消去に伴う将来加算一時差異に対して税効果を認識しないものとする。 * * * 連結税効果実務指針では、2又は3の手続を実施した後に、あらためて子会社への投資に係る一時差異について、連結税効果実務指針29項から38-3項に示された手続を実施すると規定している。 そして、本手続の適用上、当該各項において「個別貸借対照表上の投資簿価」とあるのは「税務上の簿価」と読み替えるものとし、その結果、投資の連結貸借対照表上の価額と親会社の税務上の簿価との差異について税効果が認識され、繰延税金資産又は繰延税金負債が計上されると述べている。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第22回】 減損会計③ 「回収可能価額」 ─使用価値 vs 正味売却価額 仰星監査法人 公認会計士 菅野 進 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 ×4年3月31日(決算日) (*1) ① 使用価値 ② 回収可能価額 使用価値123百万円 > 正味売却価額100百万円 → 123百万円 ③ 減損金額 帳簿価額300百万円 - 回収可能価額123百万円 = 177百万円 〈会計処理の解説〉 今回は前回解説した減損会計のステップ(下図参照)のうち、(4)減損損失の測定について、もう少し詳しく見てみましょう。 そもそも、減損金額は下記の方法で算出しました。そして「回収可能価額」は「使用価値」と「正味売却価額」のどちらか高い方を選びます。 それでは「使用価値」と「正味売却価額」は、どのように算出するのでしょうか。 (1) 使用価値 「使用価値」とは、事業用資産を使用又は処分して得られる将来キャッシュ・フローを貨幣の時間価値を考慮して現時点の価値、すなわち現在価値へ引き直したものです。 そこで、「貨幣の時間価値」とは何でしょうか。 例えば、今10万円もらうのと、1年後に10万円もらうのとでは、今10万円もらって銀行に預ければ1年後には利息がつくため、今10万円もらう方が得をすることになります。 つまり、「今」と「1年後」にもらう10万円の価値は、異なることになります。 これを貨幣の時間価値といいます。 そして、例えば1年後に2%の利息がつくとすると、今もらう10万円は1年後には10万円×(1+2%)=10万2,000円となります。 これを現在の価値に引き直すには、10万2,000円÷(1+2%)=10万円として計算し、この10万円を「現在価値」といいます。 なお、現在価値に引き直す際に用いる利率(上記の場合2%)のことを「割引率」といいます。 したがって、使用価値は下記の方法で算出されます(なお「n」は期間を表します)。 (2) 正味売却価額 「正味売却価額」とは、事業用資産の時価から処分費用見込額を控除して算定される金額をいいます。 すなわち、当該事業用固定資産を処分費用等も考慮して、今売却した場合に、実際に回収できる金額のことをいいます。 ただし、通常、正味売却価額より使用価値の方が高いと考えられるため、減損損失の測定において、明らかに正味売却価額が高いと想定される場合や処分がすぐに予定されている場合などを除き、必ずしも現在の正味売却価額を算定する必要はありません。 (了) ※11月は純資産会計を取り上げます。
建設業が危ない! 労務トラブル事例集・ 社会保険適用の実態 【第3回】 「社会保険未加入の実例」 なりさわ社会保険労務士事務所 代表 特定社会保険労務士 成澤 紀美 今回は、建設業における社会保険未加入の実例をお伝えしたい。 建設業であっても、多くの企業は社会保険にキチンと加入し、保険料を納付している。それは社員に安心して働いてもらうためでもあり、良い社員を雇用するためでもある。 しかし現実には、社会保険料の負担を避けるために、保険加入を免れようとしたり保険料を抑えるために、様々な方法を用いているケースもみられる。 典型的なケースを紹介すると、以下のようなものである。 【ケース1】 実態は雇用だが、個人事業主として扱い社会保険へ加入しない よく使われているケースの一つ。特に職人気質が強く、自身の技能に対する自信と自己責任が基本姿勢のためか、社会保険に頼る必要はないと考えている。 実態としては雇用契約なのだが、個人事業主として請負契約とし、個人が国民年金・国民健康保険に加入している。 本人も社会保険に加入したくない、会社側も法定福利費を抑えたいため個人事業主の契約を望んでいる。 【ケース2】 社員を退職したとして元の会社での社会保険の資格を喪失させ、別会社を設立し、別会社で雇用をしているが社会保険には加入していない 全社員ではないものの、社会保険料を支払いたくないと要望している一部の社員を退職扱いとし、元の会社で社会保険の資格を喪失させる。その後、新たに設立した別会社で雇用はするものの、社会保険には加入せずに、各自に国民年金・国民年金健康保険に加入してもらう。 若い社員の中には、年金に対する不信感も手伝ってか、国民年金の納付をしない者もいる。 【ケース3】 社会保険料を抑えるために、給与として支給する分と、業務委託報酬として支給する分とを分けて支払う 社員として雇用している者の給与構成を分け、総支給額の半分を給与として支給し、この金額を元に社会保険料の基本となる標準報酬を決めている。残り半分は業務委託に対する報酬支払であるとし、社会保険料の計算から除外する。 中には、給与額が最低賃金を下回っている場合もある。 結果として、本来支払うべき社会保険料の半分程度まで下がるため、本人も会社も保険料負担が抑えられるとされる。零細企業でよく使われる方法でもある。 【ケース4】 同一人物の給与を複数で受け取っているようにみせかけ、社会保険加入を免れる 元々は1人の人物に支払うべき給与を、親族も同じ会社に勤めているようにみせかけ、2人に対して分けて給与を支給。 2人に分けることで、勤務日数や労働時間も少なくなるため、社会保険の加入要件に該当しないようにし保険料負担を免れていた。 * * * 上記いずれのケースも、会社にとっては法定福利費を抑えるための節約術と考えがちだが、どの方法であっても法律に違反していることは違いない。 調査が入らなければ分からないから大丈夫と思っているかもしれないが、いざ調査が入ったら、遡及して社会保険料の納付が必要となる。 本来社員から徴収すべき保険料も、納付義務は会社側にあるため、最悪の場合、保険料を取り損ねることもある。 社会保険料を安く抑える=将来受け取れる年金額が安くなるわけで、社員が将来受け取るべき年金が、満額で受け取れないという状況を自ら用意している事態にもつながっていると自覚すべきであるといえる。 次回は、労務管理上の注意点・トラブル事例をお伝えしたい。 (了)
活力ある会社を作る 「社内ルール」の作り方 【第5回】 「企業文化による統治へどう取り組むか」 特定社会保険労務士 下田 直人 〈企業文化=価値観の共有〉 今回は、企業文化を中心として社内ルールを作る場合の考え方について述べてみたい。 企業文化中心の社内ルールをつくるためには、(当たり前のことであるが)最初に企業文化を戦略的につくることから始めなければならない。 つまり、企業文化の構築を通じて「社内の価値観統一」を図っていくということだ。 そのためには、会社が大切にしている「気持ち」、「心がけ」、「行動」などを具体化していくことが必要となる。 この時に大事なのは、経営者が企業文化を戦略的につくり、それをベースにして経営を行うということに腹をくくることである。つまり、営業方針から採用、人事制度などなど、至るところで「ブレなく企業文化が価値判断の基準となる会社をつくる」という腹決めをするということだ。 経営者にこの「腹決め」がないと、必ず試みは失敗する。 そして、腹決めの後に、会社の実情を見渡してみることが必要だ。その際には、経営者が日頃から思っていること、特に創業時や経営者になった時の思い、後継者であるならば先代が創業した時の思いなどを思い起こしてみて活字にしてみることも重要である。 そして次に、「この会社を体現している人」「一番、この会社っぽい人」をピックアップし、その人がどんな心構えや性格、どんな行動を取っているかを思い起こし、やはり活字にしてみると良い。 上記のような作業から出てきたキーワードをまとめることを繰り返しながら、会社が大切にしたい価値観をまとめ上げていき、企業文化をつくっていくのだ。 実際に企業文化を構築する過程では、経営者がリーダーシップを発揮しながらも従業員をうまく巻き込み、従業員の目線も取り入れていく方法が良いと思われる。 よく言われる話ではあるが、価値観というものは、「思い」が根源にあるものであるから、誰かが決めたものを一方的に押し付けられるより、「みんなで決めた」という納得感のもとで確立していく方が、従業員の間に浸透しやすい。 こうして企業文化の構築を図り、価値観の浸透が図られてきたならば、社内ルール(就業規則)もそれに基づいて構築しなおしてみることで、社内に「文化を基準とした統一感」が出てくるのである。 〈価値観から来るルールとは?〉 価値観から来るルールとは、なんであろうか。 それは、その価値観が尊重される働き方をする場合には都合が良く、そうでない場合には不都合が多いようなルールを構築していくことである。また、価値観に基づいて行動するのであれば、当然そのような行動となるであろうことまで事細かにルール化しないことでもある。 例えば「ワクワクすることに取り組む」という価値観を大切にする会社があったとする。 この価値観が実現されるためには、 「どんな働き方がいいのか?」 「どんなルールがこの価値観の実現を阻害するのか?」 ということを考えていく。 そうすると、例えば、「ワクワクすること」に取り組めるように、 という発想が生まれるかもしれない。 すると、フレックスタイム制を導入しようという発想になるかもしれない。 もしくは、 という意見が出てくるかもしれない。そのために、 というルールが生まれるかもしれない(実際にこれは筆者の事務所でも行っており、機能している)。 また、価値観が共有されていれば、当然に実行される(反対に、そのような行動はしない)というルールは就業規則上から省いていくことも検討できる。 例えば、 という価値観を大切にしている会社があったとしよう。 もし、この会社でこの価値観が浸透され実行されるのであれば、有給休暇の申請期限といったルールは必要なくなる可能性がある。 また、 と言ったルールも必要なくなる可能性がある。 有給休暇を取得すること自体は自由だが、そのことにより自分の家族が迷惑を被っては困る。すると、それなりの期間を置いて、周囲の理解を得ながら申請するのが当然の行動となる。また、家族と思えば、家族からリベートを要求する人はいなくなるわけである。 もし、そのような行為をする従業員がいれば、その本人に対して ということを周囲から問われることになる。 つまり、規則がその人を許さないのではなく、仲間がその人を許さないことになるのだ。 このように望ましい企業文化をつくり、その中に流れる価値観を明確にすること。そして、その価値観に基づいて社内ルールを構築していくと「一本筋の通った組織」となり、また、規則による「ダメ」「いけない」で統治された組織ではなく、自律型の価値観に基づいて「すべき」で動く組織をつくっていくことができるのだ。 (了)
常識としてのビジネス法律 【第2回】 「ビジネスと文書(その2)」 弁護士 矢野 千秋 前回に引き続き、法律上の義務はないが作成が望ましい文書の留意点についてまとめる。 なお、各記載事項における共通の記載方法については前回の「領収書」における説明をご参照いただきたい。 1 「請求書」の記載ポイント 「請求書」を作成する際の注意点は、「いつ(時効中断との関係で重要)(WHEN)」「誰が(WHO)」「誰宛に(WHOM)」「どのような内容を」「いつまでに(合わせてWHAT)」請求するかを明確にすることである。 「いつまでに」、すなわち期限を抜書きしたのは、請求における「期限」の重要性による。 つまり、漫然と期限を切らずに請求したのでは請求書のインパクトが弱いし、また期限を過ぎれば遅延損害金の発生、契約の解除権の発生など種々の法律効果の起算点ともなるため、期限を切ることが請求書においては特に重要となる。 請求権がいくつかある場合は(継続取引にはよくある。WHY)、どの請求権を行使しているのかを明確にする。 重要な請求書は、配達証明付内容証明郵便によることが望ましい。 この場合の「重要な請求書」とは、相手方が不履行に陥っているときの催告書のように、後日紛争が予想される場合に送付する請求書のことを指す。 2 「注文書」の記載ポイント 日常取引(特に基本契約に基づく個別契約など)では「注文書」と「注文請書」とで契約書の代替をさせることが多いので、正確な内容のものを作成し、必ず控え(これに相手方の署名でも貰えば注文請書となる)をとっておくようにするべきである。 注文書だけでは相手方に渡してしまい、手元に残らないからである。 やはり「誰が(WHO)」「誰に(WHOM)」「内容(WHAT)」「いつ(WHEN)」を明確にする。 WHATの内容を具体的に書くと、以下のとおりである。 3 「注文請書」の記載ポイント 別途契約書を作らない場合に、契約の成立を証明するには、「注文書」と「注文請書」が必要である。 通常は「注文書」の複写を作成し、末尾に「上記注文を承諾しました。」等の文言を付加して「注文請書」を作る。 これが入手できないときは、注文書の写しに署名だけでももらっておくべきである。 これにより、注文(申込)内容を相手方が了解(承諾)した、すなわち契約が成立したことの証拠となる。 注文書と注文請書に種々の事故対策などを通常書かないのは、注文書等はスペースに限りがあるし、事故対策は個別取引に共通のものであり、取引基本契約書などに記載されるべきものだからである。 4 「催告書」の記載ポイント 「催告書」は、金銭の支払い、目的物の交付、建物明渡し等、相手方の債務の履行を促す文書、すなわち請求書の一種であるが、遅延損害金の発生や契約の解除と関係することが多く、後日の証拠として先日まで公の機関(私的自治の例外)だった郵便局の証明を付することが望ましい。 相手方が約定どおりの履行をしないから催告しているのであり、もはや紛争が現実化しているとさえいえるからである。 このため催告書の送付は、配達証明付内容証明郵便によるべきである。一歩進めば訴訟も考えられ、訴訟をにらんで、できるだけ証明力の強い証拠を作成しておこうとする当事者の努力の表れである。 配達証明付内容証明郵便については次回以降に解説する。 5 「報告書」の記載ポイント 文書化が望ましいものとは、長期にわたる特命事項の報告、他の関係者にも伝達を要する事項の報告、その報告に基づいて計画や方針が決定される重要事項の報告、後日のために保存の必要がある事項の報告、正確な伝達が困難な事項の報告等、要は「重厚長大」に関わる場合である。 内容的に4Wが必要なことは当然として、その他の注意点としては、「事実」と「担当者判断」を分けて記載することが望ましい。 その理由は、報告を受ける者も、まずは生の事実のみを読んで独立した判断ができるようにし、その上で担当者判断と突き合わせて判断の正しいことを検証するべきだからである。 分けて記載されていないと、報告を受ける者が事実を読む過程において担当者判断を読んでしまい、担当者判断を先に読んでしまうと自分の判断形成になんらかの影響を受けることが多く、独立した客観的な判断ができなくなるからである。 つまりは、報告書の持つ機能の一つである「ダブルチェック機能」を十分に発揮させるためである。 6 「委任状」の記載ポイント 「委任状」とは、ある人に一定の事項を委任した旨を記載した文書であり、訴訟の場合は法律上委任状が必要である。 代理の場合において、本人が意思表示をしていないのに本人に法効果が帰属する理由は、本人が代理人に代理権を与え(代理権)代理人が本人のためにすることを示して(顕名:民法99条)代理人が意思表示(意思表示)をしたためである。 ただし、商事においては(会社関係はこちらの適用になる)、代理人が本人のために商行為を代理するとき、必ずしも本人のためにすること(顕名)を示さなくともよい(商法504条本文)。 これは、商取引は迅速性と共に安全性を要求しているためである。 担当者が行為をすれば、通常会社などを代理して行為していると信ずるのが普通である。 その信頼を保護しないとすれば、取引の安全が害されるからである。 しかし相手方が、代理人が本人(会社など)のためにしていることを知らなかったときは、代理人に対して履行の請求ができるとして相手方の保護を図っている(商法504条但書)。 「委任状」の記載におけるその他の留意点は以下のとおりである。 ① 表題 表題は「委任状」と記載する。訴訟の委任状であれば「訴訟委任状」と記載すべきである。 ② 受任者 受任者とは代理人のことであるから、代理人の住所・氏名(WHOM)を記載する。 この者がなした意思表示の効果が委任者本人に帰属することになる。 ③ 委任文言 「以下の事項を委任します。」と記載する。 代理権を与えた旨の中核的記載である。 ④ 委任事項 下記のように不動産などに関する契約の場合は、不動産登記簿謄本を参照するのが無難である。 ⑤ 条件 条件があれば、必ず具体的に書いておく。 もし条件があるのに記載していない場合は、その条件の存在を知らない無過失の相手方に対して、その条件の存在を対抗できなくなる(民法110条)。 すなわち上記の例で、㎡あたり9万円で売買契約が締結されても、無過失の相手方に対してはその売買契約は有効とされる。もちろん、善意無過失の相手方の保護、取引の安全のためである(③~⑤まで合わせてWHATに当たる)。 ⑥ 作成年月日 実際に作成した日を書く(WHEN)。 一応この日を基準として、代理権の存否も判断されるからである。 ⑦ 委任者 委任者、すなわち本人の住所、氏名及び実印を押捺する(認印でも法律上は有効)。 会社ならば、登記上の本店所在地、会社名、代表資格、代表者名及び代表者印を押捺する(WHO)。 ⑧ 白紙委任状 WHATの欄が空欄になっているものをいい、一種無制限の代理権の授与となり乱用されると極めて危険であるので、よほど信頼できる相手方に交付するような場合を除いて、極力避けるべきである。 ⑨ 印鑑証明 印鑑証明書も併せて要求されることが多いが、万一不安があれば委任状の余白に印鑑証明書を糊付けし、実印で割印しておくと流用を防止できる。 (了)
〔税理士・会計士が知っておくべき〕 情報システムと情報セキュリティ 【第8回】 「会計事務所の情報(IT)化」 公認会計士 中原 國尋 はじめに ひとことで「会計事務所」と言っても、数人で運営している事務所から数百人を超える事務所まであり、その規模感は幅広い。そして、その主たる業務である会計業務は、情報システムによって管理されていることがほとんどである。 そのような中で、「会計事務所のIT化」はどのように進められているのか、また今後どのように進められるべきなのか、検討を進めたい。 会計事務所内の情報システム~ネットワーク、サーバの設定~ まず、会計事務所で情報システムを利用するに当たって、事務所の構成員が十分に情報システムを利用できる環境を整えなければならない。 会計事務所の中には、外部のシステムサポート業者に全面的に委託しているケースもあると考えられるが、「情報システムを用いて何をしたいか」を明確にしたうえで、事務所の意向を実現すべく対応することが期待される。 検討すべき項目の例としては、次のようなものが挙げられる。 会計事務所内で使用するPC等のハードウェアの管理及びグループウェア等の情報ツールをどのようにするのか、まず検討されるべき項目であろう。 PC等については、一般的には事務所が所有しているPC等を従業員に貸与しているケースが多いと考えられる。日常業務はそのPC等を用いて行われるが、そのPCを貸与されているユーザーが「どの範囲まで利用可能な状況にするのか」については、検討しなければならない。 多くは個人のID及びパスワードを設定して管理していると思われるが、貸与されたユーザーが不在の場合にPCにアクセスできない事態を回避するためにも、事務所の情報システム担当者が管理目的でアクセスできる権限を有するIDを設定しておくことは重要である。ユーザーが多くなれば、後述するようにユーザーアカウントを統合的に管理する方法も検討される。 情報ツールについては、最近は多くのサービスが外部業者から提供されている。事務所内に構築したサーバに各種ソフトウェアをインストールして使用する場合には特段問題にならないが、第三者が提供している各種サービスを利用する際には、考慮すべき事項がある。 事務所内で情報を共有しながら業務を進めていくためには、ファイル共有等の仕組みが重要になるが、通常はファイルサーバを構築して、そこに情報を集約する方法が採られる。 以上のような業務を進めるにあたっては、利用可能なネットワークの構築が必須である。そしてそのネットワークは通常、インターネットにつながっていることが多い。 すなわち、事務所内で秘匿性の高い情報を扱っているネットワークとインターネットがつながることになる。 したがって、ネットワーク導入の際には、ユーザーの利便性もさることながら、目的に応じたネットワークの導入を行うことが必要である。 システムサポート業者に依頼する場合に「よくわからない」ことを理由に業者任せにすると、思わぬ不具合が残る可能性が指摘される。 クラウドの活用~顧客企業への情報システム支援~ 情報システム及びネットワーク環境が充実している昨今、有料無料を問わずクラウドコンピューティングによるサービス提供が広く行われている。会計事務所が業務を提供するにあたっても、それらのサービスを活用することによって業務活動を有効に行うことができる。 広く利用されているクラウドサービスには、例えば次のようなものがある。 クラウドサービスを有効に利用することができれば、業務上非常に有用である。しかしながら、特に第三者が提供しているクラウドサービスを利用する場合には、いくつかの点について留意しておかなければならない。 まず第一は、クラウドサービスを利用するために保存する情報は、外部のどこかのサーバに保存されているケースがほとんどであるということである。 これはすなわち、保存されているサーバの管理者であれば、必ず閲覧することができる環境にあるということである(Gmail等の電子メールサービスについても同様である)。 次に、世界中誰にでもアクセス可能であるということである。 もちろん誰もが閲覧等できない状況にするために、設定をすることで制御することは可能である。しかし設定が間違っていれば、関係者以外のユーザーが閲覧可能になってしまう可能性があるのである。一般に発生する情報漏えい事件は、後者の設定間違いに依存するケースが多いようである。 ある業界では、クラウドサービス提供による情報事故の発生を受けて、「少なくとも有料サービスを用いて、サービス提供業者の責任を明確にすること」を求めたことがある。 会計事務所においても、便利なサービスの利用を無条件に拒絶するのは効率的でなくなることも考えられるので、利用については最低限のルールを設けるべきである。 情報セキュリティの確保 情報システムを利用するにあたって、会計事務所は顧客企業の重要情報を多く保有していることからも、情報セキュリティについては十分に検討しなければならない。特に、利用可能な第三者が提供しているサービスを利用する機会もますます多くなってくる。 そのようなとき、次のような点を中心に、情報セキュリティについてどのようにするか考えていなければならない。 情報セキュリティを十分に確保するためには、事務所としての方針を決定することが望まれる。そして、技術的な情報セキュリティの対策は取らなければならないが、もっとも重要なのは「教育」であることを考慮していなければならない。 ユーザーのアクセス制御については、ユーザーIDとパスワードを用いた管理が最初に考えられる方法である。 例えばPCごとに利用ユーザーを設定しているケースが多いと考えられるが、ユーザーが増えてくると個別の管理は煩雑になるため、“ディレクトリサービス”と呼ばれる統合管理を行うことが多い。 ところで、ユーザーのアクセス制御はPCのログイン管理のみならず、事務所内で保存している情報、外部に保存している情報、利用可能なネットワークなど、アクセス制御を検討すべき箇所は多い。それに加えて、持ち出され破壊されないように物理的管理を検討しなければならない。 また、業務で使用しているデータの保全も大きな問題となる。 データの喪失は業務停止を意味することも多いため、例えば、重要なデータを集中管理して個別にバックアップを取得したり、取得したバックアップを別サイトに保存したりすることによって、万一の場合に備えることも重要である。 これらについては、世間一般に確定しているような画一的なルールは存在しないことから、事務所の状況に応じて考えていかなければならない。また最近は顧客企業や事務所内のネットワークに対しVPN接続等により外部ネットワークから接続可能にするサービスも広まりつつあり、そのような環境も考慮したうえでセキュリティのあり方を考えなければならない。 そうであるならば、外部のシステムサポート業者にすべて任せることが非現実的であることが、よく分かるのではないだろうか。 情報セキュリティを強化することは、利便性の追求とトレードオフとなる。利便性をすべて犠牲にしてしまっては情報環境を利用している意味が低減することから、事務所で必要な情報セキュリティのレベル感を十分に考慮しなければならないのである。 そのレベル感を検討するために、日本公認会計士協会IT委員会が公表している各種指針(IT委員会実務指針第4号「公認会計士業務における情報セキュリティの指針」、IT委員会研究報告第34号『IT委員会実務指針第4号「公認会計士業務における情報セキュリティの指針Q&A」』)及びそのチェックリスト(IT委員会実務指針第4号及びIT委員会研究報告第34号に基づくチェックリスト)が参考になる。 おわりに 会計事務所にとってIT化は、避けては通れない。これは明らかである。 特に直接的に見読不可能な電子データ形態で保有している情報をどのように管理するのかについては、会計事務所が情報事故をなくすために非常に重要である一方、顧客企業にとっても依頼している会計事務所の情報管理の実態は、業務依頼するにあたって一つの判断要素になるものである。 (了)
顧問先の経理財務部門の “偏差値”が分かる スコアリングモデル 【第19回】 「棚卸資産管理のKPI (その③ 在庫管理)」 株式会社スタンダード機構 代表取締役 島 紀彦 はじめに 今回は、棚卸資産管理を構成する複数のKPIから、「在庫管理」のサービスレベルを評価するKPIを取り上げる。 棚卸資産管理の対象となる資産は、商品、製品、半製品、原材料等、いずれも最終的に販売を予定した流動性の高い資産であり、受払の管理、売れ筋の管理、在庫量の過不足の管理、滞留在庫の管理のあり方が会社の収益や資金繰りを左右すると言っても過言ではない。 そこで、滞留在庫による収益や資金繰りの悪化を予防する観点で重要なKPIを紹介しよう。 KPIが設定された業務プロセスの確認 まず、経済産業省スタンダードで整理された業務プロセスを引用しながら、このKPIに対応する業務プロセスを押さえておこう。 前回述べたとおり、経済産業省スタンダードでは、棚卸資産管理において、会社が担う一般的な機能として、「残高管理」、「受払管理」、「適正在庫管理」という3つの機能を挙げている。 今回解説するKPIは、「適正在庫管理」に関連する業務プロセスにおいて設定されている。 〈経済産業省スタンダード:棚卸資産管理で会社が担う機能〉 (経済産業省「経理・財務サービス スキルスタンダード」より) さらに、経済産業省スタンダードでは、「適正在庫管理」に関連する業務プロセスとして、在庫年齢管理を次のようにまとめている。 〈経済産業省スタンダード:3.3.2在庫年齢管理〉 (経済産業省「経理・財務サービス スキルスタンダード」より) 在庫年齢管理では、実際に保管されている棚卸資産の保管期間を確認し、あらかじめ定めた滞留年齢基準と比較する。比較の結果、実際の保管期間が滞留年齢基準を超過している場合、原因を究明し、事業上の対応策を検討するとともに、長期の滞留によって通常の販売価格では販売できないことが明らかな著しい陳腐化が発生している場合、当該資産にかかる評価損を計上する。 今回のKPIは、在庫年齢管理において滞留在庫を認識するために使われる在庫年齢表を作成する頻度に着目して、滞留在庫による収益や資金繰りの悪化を予防するリスク管理のレベルを問うものである。 定義を理解する 調査項目の文言から、KPIの定義を確認しよう。以下、KPIの項目を再掲する。 「在庫年齢」とは、仕入計上日から売上計上日までの経過日数をさす。従来の日本の会計慣行と物理的な在庫管理を重視すると、在庫年齢は入荷日から出荷日までの経過日数に等しくなる。 もっとも、上場企業等で適用が検討されている国際財務報告基準(IFRS)を採用した場合には、出荷日が売上計上日と一致しない可能性が高い。 KPIの背景にある価値判断 スコアリングモデルにおいて、このKPIを設定したのはなぜか。 このKPIは、滞留在庫の発生を予防し適正に管理するため、定期的に在庫年齢を把握することが望ましいという価値判断に基づいて設定されている。 棚卸資産の種類毎に定期的に在庫年齢を点検し、あらかじめ定めた一定の基準在庫年齢の超過を発見した場合、事業リスク管理の観点では、滞留原因を究明し、対応策を策定しなければならない。他方、財務報告の信頼性の観点では、正味売却価額が取得原価を下回る収益性の低下が認められた場合、それを帳簿価額に反映しなければならない。 なぜ、在庫年齢の管理を重要と考えるのか。 長い期間販売されずに保管されたままの棚卸資産では、見た目は欠陥品でなくても、商品ライフサイクルの変化による経済的な劣化や市場における供給過多による売価の下落に起因する陳腐化が発生することがあり、収益性の低下を招くからである。したがって、在庫管理では、物理的に劣化した欠陥品の管理だけでなく、経済的な劣化にも注意が必要である。 在庫年齢は、そのような経済的な劣化を、販売部門、倉庫部門、購買部門、経理財務部門に伝達し、警告を促す重要なきっかけとなる。 では、もし会社の中で、このような価値判断が共有されず、関係部門において在庫年齢表による在庫年齢の見える化ができていない場合、どのような問題が起こるのか。 端的に言えば、各部門は、それぞれの業績評価の向上だけを目指して行動し、会社全体として最適な行動をとることができなくなり、滞留在庫が増加する可能性が高い。 筆者(株式会社スタンダード機構)がこれまで行った業務改善コンサルティングで見聞した経験則では、業績評価において異なる目標を掲げる部門が集まって成り立っている会社という組織においては、一般的な傾向として、各部門は自分のことだけを考えて行動するので、中立的な経理財務部門が経営管理や業績評価に関与しなければ、会社全体で見た場合に在庫管理をめぐって発生している無秩序状態は解消せず、放置すれば在庫増加圧力が高まるバイアスがかかっていると拝察する。 つまり、販売部門は、その時々の新商品や人気商品の売れ筋の販売ばかりに注力して多くの在庫を持ちたがるが、人気のない商品には感心を示さない傾向を持つ。 倉庫部門は、日常の作業の邪魔となる受払の少ない在庫を倉庫の奥の方に保管する傾向を持つ。 購買部門は、仕入割戻の獲得や事務手数の削減のため、購入ロット量を増やす大量発注を継続する傾向を持つ。 このような、勝手気ままな各部門の集まりである会社という組織の力学としては、人気の少ない正常品が自ずと人目から遠ざかった場所に放置されて、組織の見えないところに内臓脂肪のように蓄積し、年に数度の健康診断である実地棚卸で存在が発見されるのが関の山という有様である。 結局、滞留在庫が、借入金利、保管料等の負担を発生させることによって会社財産を食いつぶしていることが実地棚卸まで発見されなくなるのである。このように、滞留在庫に対する適正な初動が遅れると、収益や資金繰りを圧迫する事態も招来する。 そこで、スコアリングモデルでは、実地棚卸を待たずに、滞留在庫による収益や資金繰りの悪化を早期に予防するリスク管理のレベルを比較するため、在庫年齢表の作成頻度をKPIとした。そして、この日数が短い会社が長い会社よりも相対的に望ましいと考えている。 顧問先のKPIを測定してみる では、実際にどのような手続でKPIを測定するのか。 まず、読者は、顧問先の経理財務業務を観察し、一定の頻度で適正な在庫年齢管理が行われていることを確認していただきたい。 例えば、在庫管理規程を閲覧し、在庫年齢別の在庫管理表を作成する頻度、査閲する関係部門、関係部門の対応行動が定められていることを確認することが考えられる。 それを前提に、例えば、一定期間の実際の在庫年齢別の在庫管理表を試査により閲覧し、在庫管理規程の定めが運用されている痕跡と頻度の日数を確認していただきたい。 さて、読者の顧問先において、在庫年齢別の在庫管理表を作成する頻度は何日になったであろうか。 * * * 次回からは、「固定資産管理」のKPIを取り上げる。 「固定資産管理」を構成する複数のKPIのうち、まずは「資産取得実行・リース実行」に関連する業務プロセスを評価するKPIから取り上げる。 (了)