特定新規設立法人の 納税義務の免除の特例と企業戦略 ―平成26年4月以後に「基準期間に相当する期間」の課税売上高が5億円超の法人が設立した新規設立法人は課税事業者となる─ アースタックス税理士法人 税理士 島添 浩 (監修) 税理士 小嶋 敏夫(執筆) 制度(改正消費税法12条の3)の概要 平成24年8月10日に成立した改正消費税法(社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律)により、平成26年4月1日以後に設立される法人については、資本金の額が1,000万円未満であっても、基準期間に相当する期間の課税売上高が5億円を超える法人が50%超出資して設立した法人である場合には、事業者免税点制度の適用がないこととされた。 50%超出資した法人の課税売上高で納税義務を判定 従来は、その事業年度の基準期間がない法人については、事業年度開始の日の資本金の額又は出資の金額が1,000万円以上のときは課税事業者になることとされてきた(消費税法12条の2)。 また、平成23年6月の税制改正により、平成25年1月1日以後に開始する事業年度からは、(その事業年度の基準期間における課税売上高が1,000万円以下であっても)その事業年度の前事業年度の開始日から6ヶ月間の課税売上高が1,000万円を超える場合には、事業年度開始の日の資本金の額又は出資の金額が1,000万円未満であっても免税事業者にはならないこととされた(消費税法9条の2)。 本改正により、平成26年4月1日以後に設立される法人から、基準期間がない事業年度開始の日において発行済株式の50%超を他の者に直接又は間接に保有され、かつ、判定の基礎となった他の者及び当該他の者と特殊な関係にある法人のうちいずれかの者の『基準期間に相当する期間』における課税売上高が5億円を超える場合には、改正前の要件を満たしていても納税義務が免除されないこととなった。 つまり、新規設立法人の納税義務の判定にあたっては、当該新規設立法人の発行済株式の50%超を保有する出資法人の『基準期間に相当する期間』における課税売上高が5億円を超えるか否かによっても行うこととなる。 なお、新規設立法人の納税義務の判定にあたって必要な事項は政令で定める旨が規定(改正消費税法12条の3第5項)されているので、現時点(公開日現在)では詳細は明らかになっていないが、『基準期間に相当する期間』については、新設合併があった場合の納税義務の免除の特例(消費税法11条3項及び4項)等の従来の規定に準ずるものと想定される。 これを前提とすると、平成26年4月1日以後に設立される法人の納税義務の判定は、以下の図のようなイメージになる。 〈新規設立法人の納税義務〉 また、下記の〈ケース1〉及び〈ケース2〉の場合、新規設立法人S社は基準期間に相当する期間の課税売上高が5億円を超える法人P1社に株式を50%超保有されているため、平成26年4月1日以後開始する課税期間から事業者免税点制度の適用がないこととなる。逆に〈ケース3〉の場合、基準期間に相当する期間の課税売上高が5億円を超える法人P1社に株式を50%超保有されていないため、従前どおり事業者免税点制度の適用があるものと考えられる。 上記の場合、S社は課税事業者に該当 上記の場合、S社は課税事業者に該当 上記の場合、S社は免税事業者に該当 ※P1社及びP2社の「5億円超」又は「5億円以下」は、新規設立法人の『基準期間に相当する期間』の課税売上高をいう。 ※新規設立法人S社は、資本金の額が1,000万円未満を前提としている。 新規設立法人に係る納税義務の判定フローチャート 平成23年6月の税制改正により、特定期間(法人については、その事業年度の前事業年度の開始日から6ヶ月間)の課税売上高が1,000万円を超えた場合は、その課税期間について納税義務が免除されないこととされた(特定期間の課税売上高に代えて、同期間の給与等支払額の合計額が1,000万円を超えたかどうかにより、納税義務の判定をすることもできる)。 なお、特定期間は、原則としてその事業年度の前事業年度の開始日から6ヶ月間となるが、新たに設立した法人で決算期変更を行った法人等は、その法人の設立日や決算期変更の時期がいつであるかにより、特定期間が異なるので、納義義務の判定にあたっては注意が必要となる。 この平成23年6月改正と特定新規設立法人の納税義務の免除の特例の創設に伴い、新規設立法人の納税義務の判定フローチャートは以下のとおりになる。 〈課税事業者判定フローチャート〉 企業戦略への影響 特定新規設立法人の納税義務の免除の特例の創設に伴い、関連子会社の設立を予定している企業グループは、平成26年4月1日前に資本金1,000万円未満で設立することにより、当該関連子会社の設立1期目を免税事業者とすることが可能となる。 ただし、2期目以降は、上記平成23年改正の特定期間の課税売上高による納税義務の有無の判定が必要になるので注意が必要である(上記「課税事業者判定フローチャート」参照)。 なお、改正消費税法12条の3によれば、新規設立法人の基準期間がない事業年度開始の日において他の者により発行済株式の50%超が直接又は間接に保有される場合に当該免除の特例の適用を受けることとされている。 したがって、親会社の課税売上高が5億円超、その子会社の課税売上高が5億円以下である場合において、いわゆる孫会社として新規設立法人を設立した場合であっても、当該免除の特例の適用を受けることが想定される。 また、政令が公表されていないので確実ではないが、「新規設立法人が支配される場合として政令で定める場合」にも当該免除の特例の適用を受けることとされていることから、課税売上高が5億円以下である持株会社を設立して、その持株会社が出資して新規設立法人を設立した場合であっても、持株会社の傘下に課税売上高が5億円を超えるような関連会社がある場合には、当該免除の特例の適用を受ける可能性があるので注意が必要である。 (了)
過年度遡及会計基準の適用による 会計方針の変更の取扱い 公認会計士 阿部 光成 平成24年3月期決算から、「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号。以下「過年度遡及会計基準」という)及び「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第24号)が適用されている。 過年度遡及会計基準では、会計方針及び会計方針の変更についてあらためて定義を行い、会計方針の変更を行った場合には、新たな会計方針を過去の財務諸表に遡って適用していたかのように会計処理することを規定している。当該処理を「遡及適用」という(過年度遡及会計基準4項(9))。 遡及適用は、従来の会計処理とは異なる方法であるので、実務に浸透するまでには時間がかかるものと思われる。 以下では、会計方針の変更及び遡及適用を中心に解説を行う。 Ⅰ 従来の取扱い 従来、会計方針の変更を行った場合には、会計方針の変更が当該変更期間の財務諸表に与えた影響に関して、注記により開示されていた。 過年度遡及会計基準において遡及適用が規定されたことにより、新たな会計方針を過去の財務諸表に遡って適用していたかのように会計処理することになる。 Ⅱ 会計方針の変更等の定義 過年度遡及会計基準では、会計方針と表示方法を分けて、それぞれの定義が設けられている。これに合わせて、会計方針の変更と表示方法の変更も区別されている。 これらの定義は次のとおりである(過年度遡及会計基準4項(1)、(2)、(5)、(6))。 「会計方針」とは、財務諸表の作成にあたって採用した会計処理の原則及び手続をいう。 「表示方法」とは、財務諸表の作成にあたって採用した表示の方法(注記による開示も含む)をいう。 「会計方針の変更」とは、従来採用していた一般に公正妥当と認められた会計方針から他の一般に公正妥当と認められた会計方針に変更することをいう。 「表示方法の変更」とは、従来採用していた一般に公正妥当と認められた表示方法から他の一般に公正妥当と認められた表示方法に変更することをいう。 Ⅲ 会計方針の変更の取扱い 1 会計方針の変更の分類 会計方針の変更には、①会計基準等の改正に伴う会計方針の変更と②それ以外の正当な理由による会計方針の変更の2つがある。 会計方針の変更があった場合、それぞれについて、原則として次のように取り扱う(過年度遡及会計基準6項)。 2 遡及適用 遡及適用により、次の処理を行うことになる(過年度遡及会計基準7項)。 表示期間(当期の財務諸表及びこれに併せて過去の財務諸表が表示されている場合の、その表示期間をいう)より前の期間に関する遡及適用による累積的影響額は、表示する財務諸表のうち、最も古い期間の期首の資産、負債及び純資産の額に反映する。 表示する過去の各期間の財務諸表には、当該各期間の影響額を反映する。 3 開示例 平成24年3月期における会計方針の変更の事例として、次のものがある。 なお、当該事例は、有価証券報告書から検索した事例を参考として紹介するものであり、特段の推奨の意図などはないことを申し添える。 【会計方針変更の事例】 (出所:有価証券報告書) (了) 〈連載中の最新記事については、下記をご覧ください。〉
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第3回】 ニチリン米国子会社 不適切な会計処理 「調査委員会調査報告書」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【概要】 【株式会社ニチリンの概要】 株式会社ニチリン(以下「ニチリン」という)は兵庫県神戸市に本店を置く、自動車用ホース類を主とするゴム製品の製造・販売会社で、年商33,463百万円、経常利益682百万円。国内に3社、海外は北米の4社をはじめ計10社の5社の連結対象子会社を有している(数字はいずれも2011年12月期)。大阪証券取引所上場。 【報告書のポイント】 1 不正操作が発覚した経緯 (1) 取締役会における調査指示(2012年5月頃) ニチリン取締役会は、従前より、子会社の月次決算報告を義務づけているところ、ニチリン テネシー インク(米国、以下「NNT社」という)の月次業績報告において、売上の増減と利益の増減が連動しない傾向を示していたため、子会社管理部門に対し調査を指示した。 (2) 内部統制監査時の重点監査(8月下旬) 子会社管理部門の調査では原因は判明しなかったが、NNT社社長へのヒアリング等を通じ、棚卸資産残高に問題があると考え、定期的な内部統制監査実施時に、棚卸資産を重点監査させたところ、在庫金額を過大計上している疑念が高まった。 なお、NNT社社長は、この時点で不適切な会計処理を報告している。 (3) 社内調査チームによる調査 9月3日、社内調査チームを編成、同月8日から22日の第一次調査及び27日から翌月14日にかけての第二次調査で、本件不正操作にかかる事実関係の究明を行う。 (4) 調査委員会の設置 社内調査チームによる調査の後、9月28日に開催された取締役会で、調査委員会の設立が承認され、同日、適時開示を行った。 調査委員会の特徴として、調査委員にニチリン取締役(経理部、内部統制推進室、原価管理担当)を含み、日弁連の「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠する形態をとっていないことが挙げられる。 その理由としては、 等から、社内調査の結果等を活用し、それに第三者の視点を補完して調査する方が、迅速かつ適切に調査ができるものと判断した、と説明している。 2 調査結果により判明した事実 (1) 不正な操作による棚卸資産の過大計上 会計帳簿データの改竄による部品等の過大計上、不稼働在庫の過少見積りにより、2011年12月期に727千ドル(US)の過大計上を行った。 2012年第1四半期にはさらに851千ドル(US)分追加で過大計上を行ったが、同第2四半期では、不正操作の発覚を恐れ、632千ドル(US)分減額し、同期における過大計上額は946千ドル(US)となった。 結果的には、この減額処理により売上と利益の増減に不一致が生じたことから、取締役会での疑念につながった。 (2) 誤謬による棚卸資産の過大又は過少計上 NNT社では、不正の意思によらない、在庫締め手順の誤りや一部積送品の在庫計上の誤り等により、棚卸資産の過大又は過少計上の事実が認められた。 (3) 未払材料費として計上されていた買掛金の取崩しによる利益計上 NNT社では、2007年以降請求がない未払買掛金について、2011年12月期に608千ドル(US)を取り崩し、利益計上を行った。 3 NNT社における不正操作発生の理由 (1) ニチリンの企業風土 調査委員会のヒアリングによると、ニチリン社長は、「会社の風習、慣例を打ち砕き、新しいものにしていく、変化に挑戦していく組織風土作りを目指している」ということで、他の取締役・監査役も、取締役会で率直な意見交換ができ、風通しのいい会社風土であることを認めている。 こうした企業風土が、本件不正操作の早期発見を可能にしたことは間違いない。 (2) NNT社による原価管理と2011年12月期における特殊事情 NNT社では、四半期決算以外の月次決算では、簡便的に材料比率を使用して計算した材料使用高をもとに在庫金額を算定し、原価管理を行っていたが、2011年10月期、11月期において使用した材料比率が低く(利益は過大に計上)、12月末に実地棚卸により在庫金額を算定した結果、多額の営業損失が顕在化した。 一方、NNT社社長は、2011年12月に行われた全社的な会議で、実態より多く利益が計上された月次損益に基づく業績見込みを公表していたことから、営業損失を回避すべく、経理部長、製造部長などに指示を与え、本件不正操作を行わせたものである。 4 調査報告書の特徴 調査報告書の特徴としては、以下の2点を挙げられる。 本件不正会計は、親会社であるニチリン取締役会で問題となり、内部調査の結果、不正操作が発覚したものであること 調査委員会の設置が、日弁連ガイドラインに準拠せず、ニチリン取締役が調査委員に就任していること 子会社における不正の端緒に基づく社内調査により、証拠の収集や原因追及などを終えることができたのであるから、総合的に見てニチリンの内部統制は有効に機能していると言えよう。 そのうえで、第三者の視点を補完して調査の適正性を担保し、再発防止策の提言を受けようという姿勢は、経営者の不正防止への強い意思を感じさせる。同時に、形式的に日弁連のガイドラインに依拠するのではなく、社内調査の実質的責任者を配した委員会の組成は、自社の有する自浄能力への自負の表れではないかと思料する。 (了)
公益法人の「会計区分」 ─ 公益法人会計基準及び 公益認定法をめぐる 解釈上の誤解 ─ 公認会計士 上村 恒雄 平成20年4月に公布された「公益法人会計基準」及び「公益認定法(公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律)」との関係においては、実務上分かりにくく、また誤解が発生しているポイントが多数存在する。 その主要な要因としては 大部分の公益法人は公益目的事業のみを実施する小規模な法人であるのに対し、会計基準及び公益関連法規が特殊な法人を前提とした複雑な構成であること 大規模法人と比較し小規模法人は管理要員(人員)が大幅に少なく、また資金的な余裕もないことから、会計専門家を顧問等として利用することが難しいと思っている法人が多いこと などが考えられる。 その実務上の混乱等の一つが「会計区分」に関するものであるが、この会計区分は、一般的に部門別計算での部門設定といえる。 具体的には、「公益目的事業」、「収益事業等」、及び「法人会計」の3区分となるが、正味財産増減計算書(損益)と貸借対照表では別の取扱いとなっており、貸借対照表の取扱いについて混乱が発生している。 この結果、特に小規模公益法人において不要とされる会計帳簿を作成し、無駄で多大な労力・時間を使用している法人が多数見受けられる。 本稿では、これら会計基準及び認定法の記載内容を検証し、上記に述べた誤解の多い解釈について解説するものとする。 1 公益法人会計基準等における記載 まずは、公益法人会計基準等の記載内容について検証する(一般的には16年基準を「新会計基準」、20年基準を「新新会計基準」という)。 以上のとおり、正味財産計算書では「会計区分が前提」という表現と推定されるが、貸借対照表については「法令の要請がある場合」との限定があり、必ずしも区分する必要はない。 しかし、その表現は「会計区分を有する場合」と、上記の通り並べて見て初めて明確になるものであり、一般経理担当者には分かりにくいものと思われる。 また、貸借対照表の記載例については、正味財産増減計算書の様式と同様に、まず総括表としての様式(前年比較様式)、次に内訳表(会計区分)と上下に連続して記載されており、内訳表は“作成しなければならない様式”に見えてしまい、必要ないにもかかわらず、貸借対照表の内訳処理(部門別処理)を実施している事例が多数存在した。 なお、財産、特に預金を部門別に管理することは極めて煩雑な管理を必要とする。つまり、従来は不要であった管理業務である部門別の資金の管理、タイムリーな資金移動、及び資金の部門間の貸し借り処理が必要となる。 2 公益認定法関係における記載 次に、公益認定法等における記載内容を検証する。 したがって、多数派である公益目的事業のみを実施している公益法人の場合、貸借対照表について会計区分は不要ということになる。 なお、貸借対照表の会計区分は原則として不要であるが、財産目録等において公益目的保有財産を明記しなければならない点に別途留意が必要である(公益認定法施行規則31条)。 また、会計システムへの対応という面では、市販の会計システムは全ての法人に対応できるように基本設計されているため、貸借対照表も内訳表を作成することを前提に設計しているものが多い点に留意が必要となる。 この場合、貸借対照表科目についてはシステム上、部門別処理を実施せざるを得ないが、出力する総勘定元帳については部門別の指定のない(全部門)での元帳を出力することにより、資金管理等の面での安全性かつ経済合理性を確保することが望まれる。 3 正味財産計算書の区分(配賦関係) 各事業部門と管理部門(法人会計部門)とに共通して関連する費用は、「配賦」により管理部門から各事業部門へ費用を振り替えられることとなった(公益認定法施行規則19条)。 公益認定法での特徴的な会計処理方法であるが、この点に関しても留意すべき点が存在する。 この配賦は、合理的に計算・按分した数値を各部門へ振り替えることを意味するが、この手続を日常的に実施した場合には、会計帳簿の量が従来から見て50%以上多くなる場合もあり、かつ、基礎証憑との整合性を確認することが技術的に難しくなる。 このように経済性、検証可能性において問題が発生するため、月次又は年次などの時期にまとめて合計額で配賦計算し、振替処理することが望ましいものと思われる。 また、配賦を決算組換えと考え、仕訳をせず財務諸表作成上の表示上の組替処理をすることも検討すべきものと思われる。その際には組換表について、会計帳簿及び決算書と同様の扱い(決算書類の一部)として保管することが必要である。 最後に、私見であるが、公益システム開発業者及び会計の専門家においても、一部ではあるが上記の誤解等が発生している点が特徴である。 本来、会計区分、配賦などは管理会計の分野であり、法人の実態に即して定めるものであって、一律に定めるものではないという考えの方が多いのではと思う。このような基礎知識があるが故に、法制度で制度化された場合には、よりタイトな設定(強制規定との認識)であろうとの考えが生じてくるのではないだろうか。 なお、監査対象の会社等と違い、規模等において大幅な違いがある公益法人は、法制度上認められる限りではあるが、簡易な方式を採用した方がよいと思われる。 (了)
外国人労働者の雇用と在留管理制度について 【第2回】 「在留管理制度の変更のポイント」 KPMG BRM株式会社 マネージャー 申請取次行政書士 佐々木 仁 今年(平成24年)7月9日より、従来の外国人登録制度が廃止され、在留カードの交付等新たな制度により外国人の在留が管理されることになった。 この制度の導入により、在留期限の上限がこれまでの3年から最長5年となったほか、出国後1年以内に再入国する場合の再入国許可手続を原則として不要とする、「みなし再入国許可制度」が導入された。 従来は外国人が日本に上陸後90日以内に、居住している市区町村に届け出て外国人登録を行うことにより、市区町村の長から登録事項が記載された外国人登録証明書が交付されていた。 また、これまでの出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」)による外国人の管理は、上陸時、在留期間更新時、在留資格変更時、出国時といったその時々の変更に関する管理のみであった。 今回の入管法改正により、これまで入管法に基づいて入国管理官署が行っていた情報の把握と外国人登録法に基づいて市区町村が行っていた情報の把握が一元化され、法務大臣が在留管理に必要な情報を継続的に把握する制度に変更された。 新しい在留管理制度の対象者は、今年7月9日以降に上陸する、3ヶ月を超えて日本に在留する外国人(以下「中・長期在留者」)、及び同日以降に既存の在留資格の変更や在留期間の更新許可を受ける中・長期在留者等である。 中・長期在留者は、受入先や身分関係、在留カードの記載事項に変更があった場合に入国管理官署または市区町村役場を経由して法務大臣宛に届け出る必要がある。 また、中・長期在留者の受入先である企業や団体も法務大臣宛に、対象外国人に関する届出を行うことが求められる。 必要な手続の概要は、以下のとおりである。 新たな在留管理制度での手続の流れ 初めて入国する中・長期在留者には、例外を除き空港で、パスポートに上陸許可の証印がされるとともに在留カードが交付される。カードを受領した中・長期滞在者は、住居地を定めてから14日以内に、在留カードを持参して住居地の市区町村役場の窓口で住居地を届け出る。 また中・長期在留者が転居した場合は、変更後の住居地に移転した日から14日以内に、移転先の市区町村役場の窓口に在留カードを持参して、新しい住居地を届け出る必要がある。 このように住居地については市区町村役場の窓口を経由して、法務大臣に届け出る仕組みになっている。 なお、カードの記載事項(氏名や国籍)、または勤務先の名称や所在地、契約先(転職等)に変更があった場合、中・長期在留者は管轄する地方入国管理官署宛に、変更が生じた日から14日以内に変更の届出を行う必要がある。 また中・長期在留者を受け入れている企業や団体(勤務先)も、受入れを開始し(雇用の開始、役員選任等)、または終了(解雇や退職)した場合は、14日以内に地方入国管理官署に届出を行うことが求められている。従来は勤務先に対し、受入れの開始や終了について、このような届出等は求められていなかった。 この届出を行わなかった場合、刑罰を科せられることはないものの、今後中・長期在留者が在留期間更新等の許可申請を行う際に、入国官署での審査が慎重になる可能性があるので、失念しないよう注意したい。 次回は、在留カードについて取り上げる。 (了)
福岡魚市場株主代表訴訟 ~判決から読む会社経営者の子会社管理責任(3) 弁護士 中西 和幸 1 重要な意思決定と「不作為」 本判決では、前稿で述べた ② 簿外取引発覚後の連帯保証契約 ③ 簿外取引発覚後の当初融資 についても、役員としての注意義務違反が認定されている。 両者については、一見すると、連帯保証契約や融資の意思決定に賛同したという「作為」についての注意義務違反である。しかし、両者とも、連帯保証や融資という意思決定を行うに際してフク社任せで自ら調査を行わなかったという「不作為」が問題となっている。 (1) 重要な意思決定に際して必要な調査 まず、②の連帯保証契約については、前稿にて述べた公認会計士による指摘等に基づき調査を行わなかったことに加え、連帯保証契約を締結する際にもフク社から提供された資料のみを検討しただけで自ら(または魚市場の役職員に命じて)詳細な調査や検討を行わないという「不作為」及び安易(十分な検討を行わないという「不作為」)に契約したことについて、注意義務違反を認定している。 本件では、子会社が取引継続中に従前は必要とされていなかった親会社の連帯保証を取引先から求められたのであるから、取引先からの信用が低下したと考えることが素直である。そうすると、「なぜ連帯保証が必要か」ということについては、業績不振、不祥事等、担当者が役員に報告しにくく隠匿したい情報が含まれる可能性が高いことが予想される。そのため、本判決では、自ら調査しなければならないと判示したのであろう。 (2) 他の選択肢の検討が必要 本判決では、安易に極度額の定めのない連帯保証契約を締結したことも問題としている。一般論として、リスクの高い極度額の定めのない連帯保証契約であれば、より慎重に調査をする義務があったという面があり、また、調査結果に応じて、連帯保証契約を断念するか、または経営上の観点から連帯保証契約が不可避であったとしても、極度額を定めた連帯保証契約にとどめるなどの様々な対策を講じることができたはずである。本件では、これを行っていない「不作為」を認定していると考えられる。 なお、本件では、子会社への融資により連帯保証契約の履行を求められなかったため、損害額は融資による損害賠償に収斂されるとして、認定されなかった。しかし、連帯保証契約は、本来、親会社にとって債務を負担するのみであり特段収入や権利取得がない契約であるから、慎重を期してしかるべきであるにもかかわらず、こういった特殊性に配慮せずに魚市場の連帯保証契約に賛成したことは、確かに注意義務違反とされてもやむを得ないであろう。 重要な契約を締結する場合、会社にどのようなメリットがあり、どのようなリスクがあるか、事実関係を十分調査した上で他の選択肢も含めた内容を検討することは、当たり前のようでいて、意外と実践できていないことがあるので、注意されたい。 2 子会社救済と融資 経営不振等に陥った子会社を救済することは、会社経営上よく行われることである。しかし、安易な救済は親会社自身にも影響するので、慎重さが要求される場面である。 (1) 子会社調査の留意点 本件では、魚市場がフク社の調査を行い、その調査結果に基づいて行った融資であるにもかかわらず、注意義務違反と認定されている。その理由を解説する。 まず、子会社救済のための融資の前提として調査を行ったこと自体は、子会社が高額の特別損失を計上している「有事」に当たることから、適切といえよう。しかし、その「調査」が適切であったかというと、本判決は適切とはいえないと認定している。元々、子会社が経営不振で救済を求めてきたこと、特に、在庫問題等が既に発生していたのであるから、子会社役職員としては自らの責任を可能な限り小さくして報告をする可能性が類型的に高いことを疑うべきであったし(1)、また、調査を経営不振に陥った原因を作った子会社役職員に調査を任せては正確な調査ができないことは想定してしかるべきであった(2)。 したがって、本件では、近時多く採用されている第三者(外部)調査委員会の設置まで必要かどうかはともかく(後に魚市場は外部調査委員会を設置している)、子会社役職員の聴取・報告にとどまらず親会社の役職員自身が証拠の伝票等の書面を確認し、また、実地棚卸等をすることが必要といえよう。 なお、緊急性があれば調査が不十分であってもやむを得ない場合もあろう。しかし、本件では、手形決済の期日が迫っていた等の緊急事態が生じていたとは認定されておらず、やはり本件では適切な調査が必要であったと解される。 以上のとおり、役員としては、「調査」を単に行うのではなく、現況を十分把握して適切な調査方法を選択・確認し、実行する義務があるということになる。 (1) 特に、本判決では、フク社が調査委員会から再検討を求められた結果約2ヶ月後に特別損失額を1億円も増額訂正(約7%の増加)してきたことを重視している。 (2) 最終的な外部調査委員会の調査の結果、簿外取引による損失が27億8,000万円であると試算されたことからしても、損失を発生させた子会社に調査をさせその報告を受けるという調査方法が不適切であったことが裏付けられている。 (2) 救済方法の選択 本件では、銀行から魚市場が借り入れてフク社に転貸するスキームで、約19億円も融資をしている。しかし、子会社が経営再建を申し入れてきたからといって、融資をすればそれだけで経営再建が可能というものではない。融資により子会社のキャッシュフローは改善するが、子会社には現金と同額またはそれ以上の負債が発生するのであって、融資によって損益が黒字となるわけではなく、また損失が解消するわけでもない。 すなわち、黒字化や損失解消を行うのであれば、その後に魚市場が行ったような債権放棄やDES(負債の株式化)、増資等の財務的な対策や、事業そのものの見直しという経営面の対策も検討されなければならなかったが、魚市場は、融資を行うに際して、こうした異なる抜本的な対策を検討しなかったものと読める。そして、本判決では、本件融資時に、調査の結果、抜本的対策を検討しなかった「不作為」があったため、高裁に「……安易にフクショクの再建を口実に、むしろその真実の経営状況を外部に隠蔽したままにしておくために……合計19億1,000万円の本件貸付けを実行して……」と指摘されるに至ったと考えられる。 (3) 兼任取締役の特別利害関係 本判決では、フク社役員を兼任する魚市場取締役の責任が問われている。いずれもフク社では代表権を有しないため、また100%親子会社間の役員兼任ということもあり、会社法上は形式的には利益相反取引とはならず、特別利害関係人ともならない。しかし、子会社役員を兼任している場合は、情に流され子会社の存続・救済に意見が傾きがちである。 こうしたことも踏まえ、親会社では、子会社役員を兼ねている取締役は、会社法上は特別利害関係者に該当しないとされているとしても、子会社救済の議案に際して審議及び決議には参加を見合わせるとは言わないまでも、節度を持って臨む必要があろう。 3 計算書類の虚偽記載と役員の責任 近時、上場会社では有価証券報告書等の虚偽記載が問題となっているが、魚市場のような非上場の会社についても、計算書類の虚偽記載により役員責任が生じる危険があることは念頭に置いておきたい。 会社に対しては、例えば、虚偽の計算書類による違法配当その他の意思決定が行われ損害が発生した場合、会社法423条により、また、第三者に対しては会社法429条2項1号ロ(虚偽の計算書類等)及びニ(虚偽の決算公告)により、役員が責任を負うことが規定されている。 特に、金融機関に定期的に計算書類を提出している会社の場合、これに虚偽記載があって金融機関に回収不能等の損害を負わせた場合は、役員が責任を負わなければならない(訴訟上も、過失が推定され、無過失であることは役員が立証しなければならず大変である)可能性があるし、更に、故意に虚偽記載のある計算書類を提出して融資を受けた場合には詐欺罪(刑法246条1項)が成立する可能性もある。 本件では、子会社の計算書類による虚偽記載が直接の問題となっているとはいえ、魚市場が融資を要請した福岡銀行に対してフク社の計算書類が提出されている可能性がある。また、フク社の計算書類の虚偽記載が魚市場の計算書類の記載に影響し不適切な記載となっている可能性もある。 こうした点について、本判決では言及されていないが、注意したいポイントである。 4 おわりに (1) 取締役の職務執行に対する期待 本件では、魚市場が損失を被った他に、最終的にはフク社がDESによる金融支援を受けることとなり、また、事業を縮小することになった。そういった意味では、誰も幸せになれなかった案件といえる。本件では、役員に責任が認められることになったが、これは、役員が期待される職務を行っていれば、これほどの結果にはならなかったという期待の裏返しともいえよう。本件融資時に、本件債権放棄時と同様、フク社任せにしない調査を行っていれば役員責任を負わずに済んだのに、という考えである。 読者におかれては、この判決を勉強会の題材として、本件と同様の事態が発生しないよう、「不作為」によって責任を負う取締役が発生しないことを期待している。 (2) 当たり前のことを当たり前に(チェックのすすめ) 本稿で取り上げた役員の義務は、よくよく考えると、経営者として特別に水準の高いものではなく、当たり前のものにすぎないと考えられる。そのため、本判決を見る限り、当たり前のことをきちんとできれば、取締役は法的責任を負う可能性はほとんどないものと思われる。 ただし、これが取締役になってみると、その当たり前のことに気が付かないことも少なくないのではなかろうか。取締役に就任した場合には、当たり前のことを実行しているかを振り返りながら仕事をするのが望ましいであろう。そして、セルフチェックだけでは不安であれば、社外取締役や監査役などに客観的な目でチェックしてもらうことを勧めたい。 (参考文献:金融商事判例1367号41頁、1399号24頁、旬刊商事法務1970号15頁) (連載了)
会計事務所 “生き残り” 経営コンサル術 【連載のご紹介】 「“とにかく会計っておかしいね” という疑問に答える」 株式会社 経営ステーション京都 代表取締役 京セラ株式会社 元監査役 公認会計士・税理士 田村 繁和 会計業界の中には、一般の常識で考えていくと、おかしいことが一杯あります。おかしいなあと気付いたことを列挙してみました。 実力がなくても試験に合格すれば先生と呼ばれる お金をもらっているお客様から、お中元やお歳暮が贈られてくる 社長は会計の素人なのに、専門用語で難しい説明をする 決算書で利益が出ていても、お金が残らないのは会計の常識だと信じている 社長は明日どうすればいいのかを知りたいのに、経営分析だの過去の資料ばかり出してきて話をする どうすれば利益が出るのかという質問に対して、「○○費を○%下げれば利益が出ます」と自信をもって答える 高い顧問料を毎月もらっていても、毎月出張に行かない人もいる 申告期日のギリギリになって納税額を伝えても、そんなに気にしていない 上記はその一部ですが、これらのことにおかしいと気付かない人も多いようです。 私は公認会計士・税理士になって34年になります。無一文から始めた会計事務所の事業が、45人ほどのスタッフになり、幸せな毎日を送れるようになりました。 現在、顧問料が1万円を切る時代になってきたと言われていますが、私どものような地方にあっても、新規の平均顧問料はけっこういただいています。社員もほとんど辞めないし、20年以上の人もかなりおられます。良いお客様と信頼できる社員に囲まれて、会計事務所ってなんてすばらしい業界だろうと思っています。 世間では顧問料が1万円になったとか、新規が1年間で200件増えたとか、すごい広告が氾濫しています。これらの情報に、右往左往されている会計人がたくさんおられるように聞いております。 私は、そんな広告を気にしていません。また、売上高や新規獲得数や事務所の規模を誇らしげに自慢できるほどの事務所でもありません。 ただ、会計事務所には一般常識から考えておかしいことが一杯あります。それを一つずつ見つけ出し、普通のことを当たり前に行っていけば、ある程度の幸せな生活が送れるようになれるのではないかと思っております。 ぜひ、これからの連載にご期待下さい。 (了)
事例で学ぶ内部統制 【第4回】 「監査部員1名当たりの コントロール数を比較する」 株式会社スタンダード機構 代表取締役 島 紀彦 はじめに 前回は、企業の内部に設置された監査部が、限られた人員の制約の中で独立性を保つため、監査部による第三者評価だけでなく、コントロールオーナーによるクロスチェックやセルフチェックを織り交ぜながら、経営者評価に取り組む事例を紹介した。 監査部の人員体制のあり方について意見交換が進むにつれて、議論のテーマは、企業の監査部が経営者評価で担う業務負荷へ移行した。 監査部の業務負荷を示す指標として考えられるのは、経営者評価を担当する監査部員1名当たりコントロール数であろう。この指標の多少は、規模や業種が異なる企業間で、その監査部の業務負荷を比較するおおよその目安となる。 そこで今回は、「経営者評価で監査部員1名当たりいくつのコントロールを担当しているのか」という論点について、筆者主催の実務家交流会で報告された事例を紹介する。 監査部員1名当たりコントロール数とは? まず、監査部員1名当たりコントロール数を定義する。 内部統制で設定されたコントロールを、 という3つの視点で整理すると、図1のように、12種類の組み合わせが考えられる。 図1 コントロールの分類 例えば、経営者評価における重要性で、キーコントロール(タイプ7から12まで)、セカンドコントロール(タイプ1から6まで)と分かれる《①の視点》。 また、経営者評価の主体で見れば、セルフチェック(タイプ1、4、7、10)、クロスチェック(タイプ2、5、8、11)、監査部による第三者評価(タイプ3、6、9、12)と分かれる《②の視点》。 さらに、監査法人が直接監査するコントロール(タイプ1、2、3、7、8、9)と監査法人が企業の経営者評価結果に依拠し直接監査しないコントロール(タイプ4、5、6、10、11、12)という分類もできる《③の視点》。 今回の議論の対象は、《②の視点》から、監査部による第三者評価(タイプ3、6、9、12)のコントロール数を所属する監査部員数で割って算出した監査部員1名当たりコントロール数が、参加企業においてどうなっているかという点である。 監査部員1名当たりコントロール数の事例 【パターン1】監査部による第三者評価を採用する企業 参加企業A(監査部員1名当たりコントロール数:49個)は、「わが社は、すべての評価は監査部が行っている。セカンドコントロールも運用状況の評価において監査部による第三者評価の対象としている。キーコントロールだけに絞れば、22個となる。セカンドコントロールも経営者評価の対象としている分、監査部を35名体制として充実させたので、業務負荷は高くないと考えている」(プラント会社)と、監査部によるけん制を強化するため、分子である監査部による第三者評価のコントロール数と、分母である監査部員数の両方を増やしたと話した。 参加企業B(監査部員1名当たりコントロール数:108個)は、「わが社も、運用状況の評価の対象には、セカンドコントロールも含めているが、A社さんと異なり、監査部の人員が6名しかいないため、監査部員1名当たりコントロール数が増えている。実感としても、監査部員は1年中内部統制の評価に関わっていて余裕がない」(情報通信会社)と、コントロールの絞込みをせず、監査部の人員を制限している実情を報告した。 参加企業C(監査部員1名当たりコントロール数:23個)は、「わが社も、すべての評価は監査部が行っているが、A社さんやB社さんと異なり、運用状況の評価の対象としているのはキーコントロールだけで、セカンドコントロールは除外した。それから、監査部の人員は12名から9名に減らした。過去3年間の経験から、キーコントロールの絞込みをしても大きな不祥事は起きていないので、問題ないと考えている」(精密機器メーカー)と、過去数年間のリスクの発生度合いに応じて、分子である監査部による第三者評価のコントロール数と分母である監査部員数の両方を減らして対応していた。 【パターン2】クロスチェックやセルフチェックを採用する企業 参加企業D(監査部員1名当たりコントロール数:35個)は、「評価対象はキーコントロールに絞っているが、わが社の場合、すべてのキーコントロールの評価を2名の監査部だけで行うことは不可能と判断し、全体の30%はクロスチェック、70%はセルフチェックとした。ただ、セルフチェック部分の70%とクロスチェック部分の一部に相当する10%の合計80%のコントロールの評価を現業部門だけに任せることはせず、監査部が事後確認するので、結果として、業務負荷を測る工数として監査部が関与するコントロール数はさほど減っていない」(医療機器メーカー)と、セルフチェックやクロスチェックを許容したものの、監査部による事後確認を残したため、業務負荷が軽減されていない実情を話した。 参加企業E(監査部員1名当たりコントロール数:8個)は、「わが社も、運用状況の評価の対象はキーコントロールだけだ。そして、クロスチェックとセルフチェックを織り交ぜている。D社さんと異なるのは、クロスチェック部分については現業部門に委ねて、監査部が経営者評価を行うことはないという点。さらに、監査部は3名だけなので、キーコントロールの絞込みも進めた」(食品流通会社)と、クロスチェックをさらに進めて監査部の関与を減らし、キーコントロールの絞込みによって、分子である監査部による第三者評価のコントロール数を大幅に減らして、少人数である監査部の業務負荷を軽減していた。 監査部の業務負荷の軽減に向けて 以上のように、各企業の監査部員1名当たりコントロール数を比較すると、100個を超える企業もあれば、1桁台にとどまる企業もあった。 しかし、どの企業も監査部の業務負荷を軽減し、有効かつ効率的な内部統制報告制度の運用を目指している。 筆者には、監査部員1名当たりコントロール数に差があっても、監査部の業務負荷の軽減を志向する点において企業間に本質的な違いはなく、ただ、各企業が軽減に向けて歩んでいる時間軸上の現在位置に多少の前後差があるに過ぎないと見える。 参加企業Fは、「内部統制が定着し、財務報告の信頼性リスクの低減が実感できるにつれ、経営層から監査部に求められる守備範囲として、業務の有効性と効率性やコンプライアンスという従来からの業務監査の範疇が復活してきた。しかし、監査部人員を増やすという経営判断は取れないので、結果的に、監査部が内部統制報告制度の運用に費やす業務負荷を軽減する必要がある(食品メーカー)」と話した。 分子となる監査部人員が少ないままだからこそ、分母となる監査部による第三者評価のコントロール数の削減が必要となる。そこで、上記《①の視点》のように、運用状況の評価の対象をキーコントロールに絞り込み(タイプ7から12まで)、《②の視点》のように、クロスチェックやセルフチェックを導入して監査部の関与を絞り込む(タイプ9、12)。 参加企業がこうした取組みを継続している事実が明らかとなった。 次回は、全社レベルの内部統制の評価項目について取り上げる。 (了)
香港と日系企業をめぐる最新事情② 「変化する日系企業の進出状況」 アースタックス税理士法人 アースタックス・ビジネスコンサルティング(香港)有限公司 税理士 白水 幹範 〈根強い人気の「出前一丁」〉 香港では、日本食は広く認知され人気がありますが、最近は日本のラーメン店がブームで、日本で人気のラーメン店や日本で修行を積んできた香港人のオーナーラーメン店などが巷を賑わせています。 地元香港人の台所、茶餐廳(昔ながらの喫茶レストラン)を覗いてみると、面白いメニューがあります。 “Any Noodle + Two Eggs and Sausage + Drink HKD27” そして麺類のところには “Demae Iccho Additional HKD3” 実はこれ、お好みの麺類に卵2個とソーセージが入っているドリンク付きのセットなのですが、麺類を日清食品の「出前一丁」に変えると、追加料金で3香港ドル(約30円)がかかるということなのです。 出前一丁を知らない香港人はいないといっても過言ではなく、香港の人たちにとって一番身近な日本食と言えるかもしれません。手軽で美味しいインスタントラーメンは香港の食卓にも欠かせないもの、中でも圧倒的シェアを占めるのが出前一丁。どこのスーパーでも日本では見たことがない牛肉味、鶏肉味、東京醤油豚骨味、北海道味噌豚骨味など、またビーフンやマカロニバージョンなど何種類もの出前一丁がずらりと陳列してあります。 時には地下鉄MTRの駅構内に「清仔」(日清の清に男の子を意味する仔で、チェンジャイ)として親しまれている出前坊やのキャラクターが一面にあったり、またある時には二階建て路面電車トラムの前面に出前一丁の宣伝広告が貼ってあったり、人気の高さが伺えるとともに、さすが香港と思わせる派手なマーケティングが印象的で、現地でのブランド化に成功した日系企業の代表的な例といえるでしょう。 〈香港における日系企業〉 香港で事業を行っている外資系企業(中国を含む)は7,250社、そのうち1,218社が日系企業となっています(2012年10月18日現在、香港政府統計処と香港政府投資推進局が行った香港の外国企業を対象とした2012年度年次調査)。 ただし、この数には地場系日系企業や個人出資の日系企業は含まないため、これらも含めると2,000社は超えると推定されます。 日本人在留数は、約2万2,000人となっています(2011年10月1日現在、外務省領事局「海外在留邦人数調査統計」)。 治安も良く、ジャスコやユニーなどの日系スーパー、日本人学校(小学部2校、中学部1校)、日本語通訳のいる病院などが揃っており、日本人にとって非常に生活しやすい環境といえるでしょう。 香港における進出日系企業は、時代の推移とともに変化してきています。 1979年中国の経済開放政策に伴い広東省や福建省の都市が経済特区に指定されたことにより、それまで香港において行われていた製造活動は、1980年代には中国の深セン市や東莞市などの華南地区に移転され始めました。香港法人を起点として、「来料加工」といわれる委託加工型生産が行われるようになります。それまでに安価な労働力を求めて香港に進出していた製造業の日系企業の多くも、その製造拠点を華南地区へ移転し始めました。 これに伴い、今では日系企業を含むほとんどの香港法人で製造の機能はなくなり、金融・物流の機能に転換していくことになります。 しかしながら近年は、中国における人件費の高騰、工場労働者の確保の問題、工場におけるストライキやデモの問題などから、中国以外に製造拠点を置く企業が増えてきており、これまでの委託加工型の進出は少なくなってきています。 現在はというと、日系企業の香港への進出は非製造業がメインとなっています。サービス産業や小売業、レストランなど、中国市場への進出を視野に入れたマーケットとして進出が増えています。 香港自体のマーケットは人口710万人強と、最終消費者向けのマーケットとしては限定的といえます。しかしながら、中国と香港との間で発効された2004年1月から実施されているCEPA(経済貿易緊密化協定)の一環として、2003年後半から中国人の香港への個人旅行が段階的に解禁されました。香港のどのショッピングモールでも、中国人の旅行客がたくさんのショッピングバッグを抱えて歩いており、尖沙咀(チムサーチョイ)にあるブランド店には長蛇の列ができるのが日常の光景となっています。 香港は、巨大な中国市場へ参入するためのショーケースの役割を担っており、テストマーケティングが行われています。今後もこのような日系企業の進出はますます増えてくるでしょう。 数年前に香港国際空港に降り立った時、“Exciting Hong Kong”というキャッチフレーズが目に入りました。まさにそのとおり、人にも街にも活気があってエキサイティングなここ香港。 きらびやかな超高層ビルと昔ながらの佇まいの店が同じ通りに同居する混沌とした街に、世界中の企業や多くのビジネスマンが、金融・貿易などの拠点として毎日出入りしているのです。 (了)
《速報解説》 「平成23年度における租税条約等に基づく 情報交換事績の概要」について 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 平成24年11月、国税庁より「平成23年度における租税条約等に基づく情報交換事績の概要」(以下単に「概要」という)が公表された。 「概要」では、日本の税務当局による租税条約等に基づく情報交換の実施状況が明らかにされるとともに、情報交換の具体的な実施例が紹介されている。 本稿では、「概要」の内容を概観するとともに、注目すべきポイントについて解説することとする。 2 租税条約等に基づく情報交換とは 租税条約等に基づく情報交換には、以下の3類型がある。 3 「概要」のポイント (1) 租税条約等に基づく情報交換の実施状況 平成23年度においては、「要請に基づく情報交換」及び「自動的情報交換」の件数が大幅に増加していることや、情報交換要請の約7割がアジア・大洋州の国・地域向けに行われていたという報告が印象的である。 件数の大幅増加は、平成23年度中にいわゆる“タックス・ヘイブン”と呼ばれる国・地域(香港、バハマ、ケイマン諸島等)との間で、多くの租税条約等が発効されたことが背景にあると考えられる。 情報交換は、国際的な取引の実態や海外資産の保有・運用の状況の解明、海外投資所得等についての内容確認、税務調査の実施など効果的に活用されている。 情報交換件数の増大からは、国際的な租税回避行為や課税逃れに対する国税当局の厳しい姿勢を垣間見ることができるほか、特にアジア・大洋州の国や地域を中心に海外取引関連の税務調査件数の増加が推察される。 (2) 情報交換の実施例及び効果的な情報交換の実施に向けた取り組み 「概要」には、「要請に基づく情報交換」の実施例として、タックス・ヘイブン国に設立された海外子会社の実態が不明であったので、タックス・ヘイブン国に対し当該海外子会社に関する登記情報や財務諸表等に関する情報提供を要請し、回答を受領した例などが紹介されている。 特に平成23年は、日本とタックス・ヘイブン国との間で、情報交換を主体とした租税協定の締結が相次いだ。外国税務当局との「情報交換ミーティング」の実施や「国際タックスシェルター情報センター」等の活用と相まって、情報収集体制が大幅に向上した年といえる。 かつては情報収集体制の不備を突いて行われていた資産や所得の海外移転等を通じた租税回避スキームについて、国税当局の「網の目」がより一層細かくなったと見るべきであろう。 (了) 【参考】国税庁ホームページ 「平成23年度における租税条約等に基づく情報交換事績の概要」