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開示担当者のためのベーシック注記事項Q&A 【第11回】「表示方法の変更に関する注記」

開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第11回】 「表示方法の変更に関する注記」   仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明   Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における表示方法の変更に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 表示方法を変更した場合、当該表示方法の変更の内容及びその理由を注記する必要があります。 なお、個別注記表に注記すべき事項が連結注記表に注記すべき事項と同一である場合は、個別注記表にその旨を注記することで、個別注記表における詳細な注記を省略することができます。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような注記が考えられます。 【連結注記表】 【個別注記表】   2 注記事項の解説 (1) 表示方法の変更に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき表示方法の変更に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第102条の3第1項)。ただし、「重要性の乏しいものを除く」とされているため、重要性が乏しい場合は注記を省略することができます。 (※1) 個別注記表に注記すべき事項が連結注記表に注記すべき事項と同一である場合において、個別注記表にその旨を注記するときは、個別注記表における当該事項の注記を要しません。 (2) 注記事項の解説 表示方法は、原則として、毎期継続して同じ方法を適用することが求められます。 しかし、会計基準等の改正により表示方法の変更を求められる場合や、財務諸表をより適切なものにする場合には、表示方法を変更することができます。 この場合、財務諸表の過去からの比較可能性を確保するため、どのように表示方法が変わっているのか、なぜ表示方法を変更したのかを注記する必要があります。 具体的にどのような注記が必要か、実際の注記を見ていきましょう。 [株式会社フルキャストホールディングス 2022年12月期 連結注記表] ※株式会社フルキャストホールディングス「第30期定時株主総会 その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」19頁より抜粋。 [生化学工業株式会社 2022年3月期 連結注記表] ※生化学工業株式会社「第76回定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」12頁より抜粋。 [日野自動車株式会社 2022年3月期 連結注記表] ※日野自動車株式会社「第110回定時株主総会招集ご通知に際してのインターネット開示事項」9頁より抜粋。 *  *  * 次回の第12回は、「会計方針に関する事項(引当金の計上基準)」をテーマに解説します。   (了)

#No. 520(掲載号)
#竹本 泰明
2023/05/25

〔相続実務への影響がよくわかる〕改正民法・不動産登記法Q&A 【第18回】「越境した竹木の枝の切除」

〔相続実務への影響がよくわかる〕 改正民法・不動産登記法Q&A 【第18回】 「越境した竹木の枝の切除」   司法書士 丸山 洋一郎 弁護士 松井 知行    【Q】 隣地の竹木が越境した場合の取り扱いについて、どのようなルールが定められたのか教えてください。 【A】 越境された土地の所有者は、竹木の所有者に枝を切除させる必要があるという原則を維持しつつ、次のいずれかの場合には、枝を自ら切り取ることができることとされた(新民法第233条第3項)。 また、竹木が数人の共有に属する場合には、各共有者が越境した枝を切り取ることができることとされた(新民法第233条第2項)。 -《解説》- 1 改正の経緯 旧民法では、土地の所有者は、隣地の竹木の根が境界線を越えるときは自らその根を切り取ることができるが、枝が境界線を越えるときはその竹木の所有者に枝を切除させる必要があるとされていた(旧民法第233条)。 しかしながら、この場合、竹木の所有者が枝を切除しないときには、訴えを提起し切除を命じる判決を得て強制執行の手続をとるほかなく、竹木の枝が越境する都度、常に訴えを提起しなければならないとするのは、救済を受けるための手続の負担が重すぎるという問題があった。 また、竹木が共有されている場合に、竹木の共有者が越境した枝を切除しようとすると、基本的には変更行為として共有者全員の同意が必要であると考えられているため、他の共有者を探してその同意を求めざるをえず、その結果相当な時間と労力を費やすこととなり、竹木の円滑な管理が阻害されるという事態が生じていた。 そこで、今回の改正では、土地の所有者による枝の切り取り及び竹木の共有者各自による枝の切除について規定が設けられることになった。   2 土地の所有者が越境した枝を切り取る場合 (1) 概要 隣地の竹木の枝が越境してきた場合、原則としては竹木の所有者に枝の切除を求めることとされているが(新民法第233条第1項)、竹木の所有者による切除が期待できない以下の3つの場合のいずれかに該当するときは、土地の所有者が自ら越境した枝を切り取ることができる(新民法第233条第3項)。 なお、本規定は私人間についてのみ適用されるものではなく、道路を所有する国や地方公共団体も、隣接地の竹木が道路に越境してきたときは、本規定によって枝を切り取ることが可能であると考えられる。 (2) 要件 ① 竹木の所有者に枝を切除するよう催告したにもかかわらず、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき 催告の方法については条文上特に規定されていないが、後日紛争が発生することを予防する観点から、書面等の記録に残る方法により行うことが望ましいと考えられる。 また、「相当の期間」とは、竹木の所有者に枝を切除するために必要な時間的猶予を与えるためのものであり、事案にもよるが、基本的には2週間程度と考えられる。 共有物である竹木の枝を切り取るにあたっては、基本的に、竹木の共有者全員に枝を切除するよう催告する必要がある。もっとも、一部の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときには、その者との関係では要件②の場合に該当し、催告は不要と考えられる。 ② 竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき 「竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき」とは、事案にもよるが、基本的には、現地調査及び不動産登記簿・立木登記簿や住民票といった公的記録の確認などの方法により調査を行ったにもかかわらず、竹木の所有者又はその所在を知ることができないときをいうと考えられる。 ③ 急迫の事情があるとき 「急迫の事情があるとき」とは、例えば、台風等の災害により枝が折れて隣地に落下する危険が生じている場合などが想定される。 (3) 費用負担 土地の所有者が越境した枝を自ら切り取る場合の費用負担に関しては、条文上特に規定されていないが、枝が越境して土地所有権を侵害していることや、土地所有者が枝を切り取ることにより竹木の所有者が本来負っている枝の切除義務を免れることを踏まえると、基本的には、土地所有者は枝の切除に要した費用を竹木の所有者に請求できると考えられる(cf.民法第703条、第709条)。   3 竹木の共有者が越境した枝を切り取る場合 上記1でも述べたとおり、従前は共有されている竹木について枝を切るためには基本的に共有者全員の同意が必要となると考えられていたが、今回の改正により各共有者が越境した枝を切り取ることができるとされた(新民法第233条第2項)。 そして、竹木の各共有者が単独で枝を切り取ることができる以上、越境された土地の所有者は、竹木の共有者の1人から承諾や委託を得れば、その共有者に代わって枝を切り取ることができる。 また、越境された土地の所有者は、竹木の共有者の1人に対しその枝の切除を命じる判決を得れば、代替執行(民事執行法第171条第1項・第4項)により授権を得て強制執行をすることが可能であると考えられる。ただし、上記判決の既判力は他の共有者には及ばないため、他の共有者は越境された土地の所有者に対し、竹木の共有持分に基づく妨害予防請求訴訟を提起するなどして争う余地があると考えらえる。 (了)

#No. 520(掲載号)
#丸山 洋一郎、松井 知行
2023/05/25

〈知識ゼロからでもわかる〉 NFTとその利活用 【第3回】「NFTのビジネスモデルと市場」

〈知識ゼロからでもわかる〉 NFTとその利活用 【第3回】 (最終回) 「NFTのビジネスモデルと市場」   東京ハッシュ株式会社 代表取締役 段 璽 公認会計士・公認不正検査士 松澤 公貴   1 はじめに 本連載では、NFTの入門知識を整理している。【第2回】では、NFTの具体的な利用形態と方法について解説した。最終回の今回では、NFTに関わる主要かつ特徴的なビジネスモデルと市場について解説する。   2 ビジネスアクターの整理 NFT界には、作品のクリエイター、投資家、NFTプロジェクトの運営者、NFTマーケットプレイスの運営者、NFTを保有するユーザーなどが関わっている。投資家はさらに小口投資家と大口投資家(通称Whales)に分けられる。   3 ビジネスモデル (1) ロイヤリティ ロイヤリティとは、作品の売上の一部をクリエイターに還元する仕組みであり、一般的には販売額のパーセンテージで設定されている。コンテンツ作品に対する「所有権」をNFTとして販売し、ロイヤリティを受け取るビジネスモデルがある。これにより、作品の作者は、作品が再販された際にも、スマートコントラクトに埋め込まれたロジックによって、自動的にロイヤリティを得ることができる。その際、作品やコンテンツの著作権を維持することも可能である。 (2) NFTプロジェクト 典型的な「NFTプロジェクト」では、独自のNFTコレクションを構築し、理念や世界観を加えるとともに、NFTにユーティリティを設定する。そしてNFTを販売し、所有者のコミュニティを形成し、イベント開催や派生NFTプロジェクト組成等を通してコレクターや投資家からの需要に応える。 プロジェクトの収入源は、NFTの一次販売、二次流通取引のロイヤリティ、物販等である。NFTユーティリティとしては、特別な特典やアクセス権が典型的である。 NFTプロジェクトの成功例には「Bored Ape Yacht Club (BAYC)」や「Azuki」が含まれる。 (3) NFTマーケットプレイス NFTマーケットプレイスとは、アートやゲームアイテム、デジタル収集品などのNFTを販売・取引するプラットフォームである。これらのマーケットプレイスは、売買手数料やオークション手数料から利益を得る。また、広告やスポンサーシップ、NFTの取引にかかる手数料、販売手数料を含めた収益モデルを持つものもある。 一方、マーケットプレイスの競合が激しくなる中、NFTの品質管理やユーザー保護のための投資も必要となる。そのため、NFTマーケットプレイスは、成功するためには高品質のNFTを取り扱うこと、ユーザーの信頼を獲得し続けることが必要不可欠である。 NFTマーケットプレイスの代表はOpenSeaであるが、他にも国内外問わず大小のNFTマーケットプレイスがある。従来の企業形態をとる中央型と、ブロックチェーン上でほぼ全てのシステムを完結させる分散型のNFTマーケットプレイスがある。各者は手数料モデルやインセンティブ設計、対応するブロックチェーン・決済通貨・ウォレット、NFTのジャンル特化等を特色として持っている。   4 NFTの流通と取引におけるポイント 以上のビジネスアクターとビジネスモデルを踏まえると、NFTの流通と取引には次のような側面がある。 流通には一次流通と二次流通がある。一次流通は発行または発行者からの初回譲渡に相当する。二次流通はNFTマーケットプレイスを介す場合とそうでない場合がある。二次流通ではロイヤリティが発生し得る。 価格形成については、オークション形式と指定価格での取引がある。取引価格は各NFTの時価として現れる。また、NFTコレクションにおいては最低価格(Floor Price)が、コレクション同士の相対的価値を表す指標としてよく用いられる。 NFTの取引は手動でももちろん可能だが、スマートコントラクトを用いて取引ロジックを自動化することもできる。実際、自動でNFTを買い漁るボットがある。 売買取引においては、決済通貨も考慮すべきである。暗号資産はもちろん、法定通貨や独自ポイントも可能性としてある。それに伴って、NFTの取引がブロックチェーン上で完結するか(オンチェーン取引)、一旦ブロックチェーンの外で取引するか(オフチェーン取引)も、NFTマーケットプレイスにおいて重要なデザイン項目となる。 そして、NFTの法的扱いについても注意を払う必要がある。各ビジネスアクターが属する法域とクロスボーダー取引の扱いを明確にすべきである。わが国においては、NFT保有者が居住者かどうかが1つのポイントになる。   5 NFT市場の規模 Chainalysisの記事によると、2021年にNFTマーケットプレイスを介したNFTの取引高は400億米ドルを超えており、2022年は5月頭までのデータで既に370億米ドルに達している。 ブロックチェーンごとに見ると、イーサリアムは取引高ベースでNFT取引の大半を占めている(CryptoSlam参照)。   6 NFT市場の課題 以上のように、NFTを中心としたビジネスモデルが台頭してきており、NFT市場は注目に値する規模を示している。しかしながら、NFT市場は社会・ビジネス面と技術面で課題を抱えている。 社会・ビジネス面の代表的な課題は、NFTプロジェクトの詐欺(調達資金の持ち逃げ;Rug Pull)、模倣、相場操縦(NFTコレクションのNFTを買い占めて価格を吊り上げることをWash Tradeという)、資金洗浄等である。模倣は著作権とも関わる。NFTマーケットプレイスはしばしば、模倣NFTの排除を力点の1つとしている。 技術面では、例えばシステムの不具合により誤った価格での取引がNFTマーケットプレイスにおいて成立してしまう事例が過去に発生している。このようなリスクを考慮した補償体制もNFTマーケットプレイスの運営においてポイントとなる。   7 おわりに 最終回では、NFTのビジネスモデルと市場について解説した。連載全体を通して、NFTと市場の全体観をお伝えできたならば幸いである。連載でカバーした内容を前提知識として、国税庁による「NFTに関する税務上の取扱いについて(FAQ)」を読んでいただくと、より実際的な知見を得ることができるだろう。   (連載了)

#No. 520(掲載号)
#段 璽、松澤 公貴
2023/05/25

〔検証〕適時開示からみた企業実態 【事例83】空港施設株式会社「代表取締役の辞任に関するお知らせ」(2023.4.3)

〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例83】 空港施設株式会社 「代表取締役の辞任に関するお知らせ」 (2023.4.3)   公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹   1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、空港施設株式会社(以下「空港施設」という)が2023年4月3日に開示した「代表取締役の辞任に関するお知らせ」である。代表取締役副社長の山口勝弘氏(以下「山口氏」という)が同日付で辞任したという内容だが、「辞任の理由」は「一身上の都合によるもの」と記載されている。「一身上の都合」ということは、病気や家庭の事情など個人的な理由により辞任したのだろうか。   2 辞任の本当の理由 空港施設は、今回の開示の1週間後の4月10日に「独立検証委員会の設置に関するお知らせ」を開示した。その「検証委員会設置の趣旨・目的」の記載は次のとおりである(下線は筆者による。ちなみに、企業の不祥事等の調査のために第三者委員会が設けられる場合、通常、その委員は弁護士や公認会計士で構成されるが、この独立検証委員会(以下「委員会」という)の委員長は、八田進二青山学院大学名誉教授である)。 同社は2023年4月28日に「独立検証委員会の検証結果報告書受領に関するお知らせ」を開示し、そこで委員会による「検証結果報告書」(以下「報告書」という)が示されている。報告書によると、2021年6月の取締役候補者の選任過程における問題とは、山口氏の代表取締役副社長への就任の仕方(取締役に再任されたうえで代表取締役副社長に選定される経緯)であった。山口氏の辞任の理由は、本当は「一身上の都合」ではなかったようである。 同社が2021年6月1日に開示した「代表取締役及びその他役員の異動に関するお知らせ」によると、山口氏は2020年に社外から同社の取締役に就任し、その1年後の2021年に代表取締役副社長に就任している。その点だけを見ると、同氏は上場会社の元経営者で、代表取締役に就任することを前提として同社に招かれたように思われてくる。しかし、そうではなく、同氏は国土交通省(以下「国交省」という)出身の元官僚で、上場会社の経営に携わった経験などない。そうした人物に上場会社の経営者が務まるはずがないのに、取締役就任後たった1年で代表取締役に就任するというのは異常である。   3 強引過ぎる自薦 報告書には、他の取締役の反対にあいながらも強引に自身を代表取締役副社長に推す山口氏の様子が記載されている。委員会による検証内容と新聞や雑誌による報道内容とを総合したうえで、山口氏の発言とその意味が整理されているので、報告書からその一部を抜粋する。 なお、「エアライン2社」とは、同社の筆頭株主でもある日本航空株式会社とANAホールディングス株式会社である。当然だが、委員会による質問に対して、両社とも山口氏の代表取締役副社長就任について了承したという事実はないとしている。山口氏も、両社の誰とやりとりをしたのかという質問に対しては、「公式プロセスではなく、非公式な意向確認という極めて機微にわたる事案であり、先方に断りなく開示いたしかねます」と回答している。   4 元事務次官の要求 報告書では、山口氏が代表取締役副社長に就任した後、2022年12月、元国土交通事務次官の本田勝氏(以下「本田氏」という)が空港施設を訪れ、同社の代表取締役会長と代表取締役社長の2名と面会したとされている。本田氏はその場で、両名に対して「会長、社長を6月で退いてほしい。山口氏を社長にお願いしたい」と申し入れ、その理由について、「国交省出身者を社長とする体制に戻してほしい」と述べたという。報告書では、同社の役員の変遷がまとめられているが、それによると、2021年6月まで同社の社長はずっと国交省出身者だった。 同社の代表取締役会長と代表取締役社長は、本田氏の要求に対して、「当社は東証プライム上場会社として厳格なガバナンスを求められており、社長は指名委員会で選考することになっている」と説明し、申入れを拒絶したという。当然の対応である。 なお、本田氏は、現在、東京地下鉄株式会社の代表取締役会長である。同社は上場を目指しているようだが、こうした人物が代表取締役を務めている状態で大丈夫なのだろうか(文末追記参照)。   5 雨降って地固まる? 今回の開示の「辞任の理由」は、「一身上の都合によるもの」ではなく、「自身の当社代表取締役副社長就任の経緯をめぐり当社に混乱を招いたことに対して責任をとり、辞任するものであります」といった記載にすべきだっただろう。 報告書でも指摘されているように、今回の騒動は空港施設の企業価値を毀損したといえる。しかし、前向きに捉えるならば、これにより国交省出身者による支配を排除できたといえるかもしれない。今後は無条件に国交省出身者を役員に選任したり、代表取締役に選定したりすることは困難になるはずである(と信じたい)。 とはいえ、もとより同社は上場会社、しかも高水準の企業統治が求められるはずのプライム市場上場会社である。こうした騒動が起こる前に自浄作用が働くべきであった。報告書の「第3 問題点の指摘」における「7 当社の主要なステークホルダーに役員ポストを用意すべきという古い役員体制論が取締役会・指名委員会に未だに残っていること」の記載が同社の問題点を集約していると思われるため、少し長いが引用しておく。   (了)

#No. 520(掲載号)
#鈴木 広樹
2023/05/25

プラス思考の経済効果 【第15回】「G7広島サミット2023の経済効果」

プラス思考の経済効果 【第15回】 「G7広島サミット2023の経済効果」   関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩   1 はじめに G7広島サミット2023が2023年5月19日、20日、21日に広島市で開催されました。今回のサミットは、昨年2月24日のロシアのウクライナ侵攻による世界の政治・外交・経済などの混乱、そして最近の中国・台湾問題の緊張の高まりの中で開催される非常に重要なG7サミットだと言われています。今回は、この広島サミットの広島県における経済効果を推定してみましょう。 今回の広島サミットの特徴は次のとおりです。   2 広島サミットの直接効果の項目 広島サミットの直接効果を①国の出費金額、②地方自治体独自の出費金額、③国内外のマスコミ関係者の消費金額、④広島サミット後増加した観光客の消費金額の4項目であると仮定します。   3 国の出費金額の推定 (1) 前提 前回の2016年の「伊勢志摩サミット」の予算額、決算額などを参考にして、広島サミットにおける国の出費金額を推計します。中部圏社会経済研究所が2016年2月8日に発表した分析「伊勢志摩サミット等の開催による経済効果について」(中部社研 経済レポート No.3)によると、総予算額は約554.5億円でしたが、国内に投資されたのは約503億円でした。そして、そのうち開催地の三重県に全体の約66.7%の約335.6億円が分配され、残りの約33.3%の約167.4億円は大臣会合などが開催される各都道府県に分配されました。 (2) 国の出費金額の項目別推定額 ① 警備費 財務省の発表によると、北海道洞爺湖サミットでは約331億円、伊勢志摩サミットでは約340億円でした。今回は大変な時期でのサミットですので警備費は過去最大級の総額約400億円になると推定します。 ② 招待費 国際会議や国際イベントが開催される時は、招待する国がほとんどの費用を持つことが原則です。今回の日本側の負担を約20億円と仮定します。 ③ 会場設営、ホテル借り上げ費など 会場設営、機材・備品・ホテルの借り上げ、レストランの食事などの開催運営費用はこれまで約80~190億円であったので、今回は約180億円と仮定します。 ④ プレスセンター関係費 プレスセンター関係費はこれまで約30~50億円でしたが、今回は約40億円と仮定します。 ⑤ 関連設備費など 関連設備の整備費用(建築関係)はこれまで約70~80億円でしたが、今回は前回の伊勢志摩サミットと同額の約80億円と仮定します。 ⑥ 合計 以上より、国が広島サミットに投資する出費額は約720億円となります。 〈国の出費の項目別推定金額〉 (3) 広島県に投資される国の出費金額 中部社研 経済レポート No.3によると、伊勢志摩サミットでは国の予算の約66.7%が主催県に投資されていますので、それと同じ比率とすると広島県に投資される国の予算は約480億2,400万円となります。   4 地方自治体独自の出費金額の推定 広島県と広島県内の自治体(広島市、福山市、廿日市市)の国から与えられる予算とは別の自治体独自の広島サミット予算の過去2年度分の総額は、約108億8,929万円となります。   5 国内外のマスコミ関係者の消費金額の推定 (1) 日本人マスコミ関係者の消費額 マスコミ関係者数は前回の2割増しの約6,000人と仮定します。そして日本人マスコミ関係者は前回と同様6割の約3,600人、外国人マスコミ関係者は4割の約2,400人とします。国土交通省観光庁の「旅行・観光消費動向調査 2021年1~12月期集計表(確報)」(2022年4月28日公表)によると、日本人の国内における広島県を含む中国地方への出張・業務における消費額は1人平均で6万4,036円でした。その結果、日本人マスコミ関係者の消費額は約2億3,053万円となります。 (2) 外国人マスコミ関係者の消費額 国土交通省観光庁「訪日外国人の消費動向 2022年 年次報告書」(2023年3月31日公表)によると、訪日外国人の消費額は約5日の滞在で23万5,000円でしたので、滞在日数で割って実質訪問人数を算出して計算すると、外国人マスコミ関係者の消費額は合計約1億1,280万円となります。したがって、全マスコミ関係者の消費総額は約3億4,333万円(約2億3,053万円+約1億1,280万円)となります。   6 広島サミット後増加した観光客の消費金額の推定 (1) 広島サミット後の国内から広島県への観光客増加による消費金額の推定値 株式会社JTBは、2023年1月26日に「2023年(1月~12月)の旅行動向見通し」で、2023年の全国の国内観光客数は2019年の約91.2%にまで回復すると予想しています。そうすると、広島県内の2023年の国内観光客数は約5,876万人にまで戻ることが予想されます。 しかし、近年のサミットによる観光客誘致の効果はほとんどないと言われています。2008年の北海道洞爺湖サミットでは翌年はなんと5%の減少となり、2016年の伊勢志摩サミットではたった0.7%の増加に留まりました。広島サミットでも前回の+0.7%を適用すると、サミット後の増加人数は1年間で約41万人になります。広島県内の観光客1人当たり消費額は1万9,000円ですので、国内からの広島サミットにより増加した観光客の総消費額は約78億円となります。 (2) 広島サミット後の海外から広島県への観光客増加による消費金額の推定値 JTBは2023年の海外からの観光客は2019年の約66.2%であると予想していますので、2023年の広島県への訪日観光客は約183万人となります。伊勢志摩サミットの増加率0.7%を適用すると、広島サミット後の訪日観光客の増加数は1年間で約1万人となります。外国人マスコミ関係者と同様に滞在日数(平均泊数約6.1日)で割って実質訪問人数を算出すると、広島サミット開催により増加した訪日観光客の消費増加額は約3億8,517万円となります。以上の計算の結果、サミット後の増加した観光客の消費額は約81億8,517万円(約78億円+約3億8,517万円)となります。   7 直接効果の合計 広島県内の直接効果を推計すると、約674億4,179万円となります。 〈広島サミットの直接効果〉   8 経済効果 7で計算した広島サミットの直接効果に基づいて、広島県が2021年3月に公表した最新の「広島県産業連関表」を用いて広島県内の経済効果を推計すると、経済効果は約923億9,526万円となります。 〈経済効果〉   9 まとめ 2023年5月に広島市で開催された「広島サミットの経済効果」の推計値は約923億9,526万円となりました。2016年の「伊勢志摩サミット」では、三重県の発表(2016年9月15日)によると、三重県内の直接的経済効果(サミット終了後の観光の効果は含まない)は約483億円でしたので今回の広島サミットの広島県内における経済効果は非常に大きいと言えます。 広島サミットをきっかけに、世界で争いや対立がなくなり、世界中の人々が安全で安心して自由に生きることができる世界の実現に向かって手をつないでいくことを願っています。 (了)

#No. 520(掲載号)
#宮本 勝浩
2023/05/25

《速報解説》 JICPA含む関係4団体による「中小企業の会計に関する指針」の改正が確定~収益の計上基準の注記に関する改正を行い、参考注記例を新たに記載~

《速報解説》 JICPA含む関係4団体による「中小企業の会計に関する指針」の改正が確定 ~収益の計上基準の注記に関する改正を行い、参考注記例を新たに記載~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2023年5月10日付で(ホームページ掲載日は2023年5月17日)、日本公認会計士協会、日本税理士会連合会、日本商工会議所、企業会計基準委員会は、「中小企業の会計に関する指針」の改正を公表した。 これにより、2022年12月22日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対する有効なコメントはなかったとのことであるが、公開草案から軽微な字句修正のみを行っているとのことである。 これは、収益の計上基準の注記に関する改正である。 収益認識会計基準の考え方を中小会計指針に取り入れるかどうかは、収益認識会計基準が上場企業等に適用された後に、その適用状況及び中小企業における収益認識の実態も踏まえ、検討することを考えているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な改正内容 「85.収益の計上基準の注記」において、重要な会計方針の「収益及び費用の計上基準」に以下の事項を含めて注記すると規定する。 参考となる注記の例を、「個別注記表の例示」及び「別紙 収益の計上基準の注記例」に記載している。 「個別注記表の例示」では次の例を示している。 「別紙 収益の計上基準の注記例」では、「汎用品の製造及び販売の場合」、「契約期間にわたるサービスの提供の場合(清掃サービス等)」、「建設業の場合」など、9つの例示を記載している。 (了)

#阿部 光成
2023/05/19

プロフェッションジャーナル No.519が公開されました!~今週のお薦め記事~

2023年5月18日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.519を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2023/05/18

日本の企業税制 【第115回】「スタートアップ関連税制の課題」

日本の企業税制 【第115回】 「スタートアップ関連税制の課題」   一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴   昨年11月に策定された政府の「スタートアップ育成5か年計画」では、スタートアップへの投資を「5年後の2027年度に10倍を超える規模(10兆円規模)とする」ことを目標に掲げ、多岐にわたる施策が盛り込まれていた。 中でも税制関連では、次のとおりである。   〇令和5年度税制改正での措置 「スタートアップ育成5か年計画」を踏まえ、ここで指摘された多くの税制上の課題については、令和5年度税制改正で手当てされたところである。 具体的には、次のとおりである。   〇ストックオプション税制の課題 上記のように「スタートアップ育成5か年計画」で提示された税制措置の多くは令和5年度税制改正に盛り込まれているが、残された項目のほとんどはストックオプション税制に関係するものである。 こうしたことから、自民党の「新しい資本主義実行本部 スタートアップ政策に関する小委員会」が4月6日に取りまとめた、「『スタートアップ育成5か年計画』の実現に向けた中間提言」では、スタートアップにとって人材獲得や資金調達の基盤となるストックオプションに係る税制や会社法などの制度について重点的に取り上げられている。 ストックオプション税制は、ストックオプションとして付与された新株予約権の権利行使時の取得株式の時価と権利行使価格との差額に対する給与所得課税を株式売却時まで繰り延べ、株式売却時に売却価格と権利行使価格との差額を譲渡益課税とする制度である。 この制度の適用を受けることのできる税制適格ストックオプションの主な要件には、①付与の対象、②発行価額(無償)、③権利行使期間(原則、付与決議日後2年を経過した日から付与決議日後10年を経過する日まで)、④権利行使限度額(年間の合計額が1,200万円以下)、⑤権利行使価額(ストックオプションに係る契約締結時の時価以上の金額)、⑥譲渡制限、⑦保管委託、がある。 なお、付与の対象については、令和元年度税制改正で、設立10年未満等の一定の要件を満たす株式会社が、中小企業等経営強化法に基づく「社外高度人材活用新事業分野開拓計画」を策定し、主務大臣による認定を受けることで、当該計画に沿って行う新事業に従事する社外高度人材(プログラマー・エンジニア、弁護士・税理士・会計士等)が加えられている。また、権利行使期間に関しては、令和5年度税制改正によって、設立から5年未満の未上場企業においては、権利行使期間を「付与決議日後2年を経過した日から付与決議日後15年を経過する日まで」へと延長されたところである。 自民党の中間提言で取り上げられているのは、上記の税制適格ストックオプションの要件のうち、①付与の対象、④権利行使限度額、⑤権利行使価額、⑦保管委託、の4点である。 第一に、付与の対象については、上記の通り、令和元年度税制改正で、一定の社外高度人材も付与の対象に追加されているが、今回の中間報告では、中小企業等経営強化法に基づく計画認定を不要とすべく検討するよう求めている。 第二に、権利行使限度額の大幅な引上げあるいは撤廃を求めている。 第三に、種類株式に応じたセーフハーバーとしての株価算定ルールについてガイドラインや国税庁通達等の形で策定するよう求めている。現行制度では、権利行使価額をストックオプションに係る契約締結時の時価以上の金額に設定することが適格要件とされているが、時価の算定にあたり、非公開会社の株式については売買実例のあるものは最近において売買が行われたもののうち適正と認められる価額とすることとされているが(所基通23~35共-9(4)イ)、普通株式の他に種類株式を発行している場合にあっても、種類株式の発行は売買実例には該当しないことは平成23年11月の経済産業省の「未上場企業が発行する種類株式に関する研究会報告書」で明らかになっている。しかし、普通株式自体の価額の算定方法については必ずしも明らかでないことから、実務上は、種類株式を勘案せざるをえない現状がある。 第四に、非公開会社にあっては、その株式には譲渡制限が付されており、株式の発行や譲渡、新株予約権の行使による株式の交付等の、株式や新株予約権の異動は株主名簿や新株予約権者名簿によって管理されており、また発行会社による税務署への所要の調書提出や、株主による税務署への確定申告の手続きが行われていることから、非公開会社に関して保管委託要件を撤廃するよう求めている。 (了)

#No. 519(掲載号)
#小畑 良晴
2023/05/18

相続税の実務問答 【第83回】「売買契約中の土地の課税関係(売主に相続が開始した場合)」

相続税の実務問答 【第83回】 「売買契約中の土地の課税関係(売主に相続が開始した場合)」   税理士 梶野 研二   [答] 土地の売買契約を締結した後その土地を引き渡すまでの間に売主に相続が開始した場合に相続税の課税対象となるのは、土地そのものではなく、売買金額のうち相続開始時点において未収となっている残代金請求権となります。 また、土地の譲渡に係る譲渡所得の申告は、その土地を引き渡した日の属する年分の所得として、その土地を引き渡した者の所得として申告します。ただし、契約の効力が発生した日の属する年の所得として、その譲渡契約をした者の所得として申告することもできます。ご質問の場合には、令和5年分の相続人の所得として申告することとなりますが、相続人全員の選択により契約の効力が発生した日(令和5年3月1日)に譲渡があったものとしてお父様の準確定申告を行うこともできます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 売買契約中の土地 売買契約中の土地、すなわち、売買契約の締結後、その売買契約の目的である土地の引渡し及び代金決済が未了の段階にある土地(以下このような状態にある土地を「売買契約中の土地」といいます)について、その売主に相続が開始した場合には、その売買契約の目的となった土地を巡る相続税の課税については、次のような考え方があります。 この点について、昭和61年12月5日最高裁判決は、後者の考え方を採用し、相続税の課税財産となるのは、売買代金債権であると解するのが相当であると判示しました。 昭和61年12月5日最高裁第二小法廷判決(訟務月報33巻8号2149頁、TAINSコード:Z154-5840) 国税庁では、この判決を受け、売買契約中の土地の売主に相続が開始した場合の相続税の課税において、相続又は遺贈により取得した財産は、当該売買契約に基づく相続開始時における残代金請求権(未収入金)として取り扱うこととしました。 (注) この取扱いは、国税当局の部内資料で示されていたもので、国税当局の職員の執筆した書籍には掲載されていたものの正式には公表されていませんでしたが、令和4年に国税庁ホームページにおいて明らかにされました(「相続開始時点で売買契約中であった不動産に係る相続税の課税」参照)。   2 売買契約締結後引渡しまでの間に売主に相続が開始した場合の譲渡所得の申告 譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日によるものとされていますが、納税者の選択により、当該資産の譲渡に関する契約の効力発生の日に譲渡があったものとして申告することも認められています(所基通36-12)。 この取扱いによれば、売買契約締結後引渡しまでの間に売主に相続が開始した場合には、当該資産を相続した相続人又は遺贈を受けた受遺者が、当該資産の引渡しをした日の属する年の所得として所得税の申告をすることとなります。ただし、相続人又は包括受遺者全員の選択により、当該契約の効力発生日に譲渡があったものとして被相続人の所得として所得税の準確定申告をすることもできます。 なお、相続人又は受遺者の所得として申告した場合には、租税特別措置法第39条第1項の規定(相続財産を譲渡した場合の取得費加算の特例)を適用することができ、一方、被相続人の所得として申告することを選択した場合には、当該申告により確定した被相続人の所得税額は、相続税の申告において債務控除の対象とすることができるなどの相違点があります。   3 ご質問の場合 お父様の相続開始に伴う相続税の申告において、課税価格に算入されるのは、売買金額から既にお父様が受領した手付金の額を控除した残代金請求権の額(未収入金)となります。 また、土地の譲渡に係る譲渡所得の申告は、M土地を引き渡した日の属する年分の所得として、M土地を引き渡したあなた方相続人の所得として申告することとなりますが、相続人全員の選択により、契約の効力が発生した日(令和5年3月1日)にM土地の譲渡があったものとしてお父様の所得として申告することもできます。 (了)

#No. 519(掲載号)
#梶野 研二
2023/05/18

〈ポイント解説〉役員報酬の税務 【第49回】「税制適格ストックオプションに係る要件の緩和」

〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第49回】 「税制適格ストックオプションに係る要件の緩和」   税理士 中尾 隼大   ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 従来の税制適格ストックオプションの概要 ストックオプションとは、付与された者が将来、一定の行使価格で対象会社の普通株式を取得できる新株予約権のことをいう。このストックオプションは、資金力に乏しいスタートアップが、キャッシュを用いない形で役職員等に対してインセンティブを与えるために活用されるケースが多く、税制適格ストックオプションの要件を満たす形で設計されることが通常といえる。 ここで、税制適格ストックオプションとは、下図の所定の要件を満たすことで、対象株式に係る権利行使時の時価と権利行使価格との差額に対する給与所得課税を譲渡時まで繰り延べるとともに、株式譲渡時にその時点の売却価格と権利行使価格との差額につき、譲渡益課税とするものである。 【税制適格ストックオプションの主な要件】 ※ 社外高度人材活用新事業分野開拓計画の認定に従って事業に従事する外部協力者 (出典) 経済産業省ホームページ「ストックオプション税制」より筆者加工   (2) スタートアップ育成5か年計画の決定 2022年6月7日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画~人・技術・スタートアップへの投資の実現~」では、「新しい資本主義実現会議に検討の場を設け、5年10倍増を視野に5か年計画を本年末に策定する」とされており、これを受けて取りまとめが行われ、同年11月28日、「スタートアップ育成5か年計画(以下、「育成計画」という)」が決定された。当該計画では、5年後にスタートアップへの投資を10倍以上にするとともに、ユニコーン(時価総額 1,000 億円超の未上場企業)を100社創出し、スタートアップを10万社創出すること等を目的としている。また、ストックオプションの環境整備に関しては、ストックオプションの権利行使期間の延長を図るほか(上記要件③)、税制適格ストックオプションについて、現状では非上場時に権利行使をした場合に求められる株券の保管委託義務について不要化する旨も盛り込まれた(上記要件⑦)。 育成計画では、従来の税制適格ストックオプションについて、スタートアップが拙速に上場を目指すという点を問題視した上で、そのタイミングを柔軟に選べるようにすることが重要である旨を指摘している。 これを受け、令和5年度税制改正大綱にストックオプションについても盛り込まれ、その後、令和5年度税制改正法は令和5年3月28日に可決・成立し、同年4月1日から施行された。   (3) 令和5年度税制改正で拡充された税制適格ストックオプション 令和5年度税制改正では、上記の育成計画が求めた権利行使期間の延長について対応がなされた。すなわち、ストックオプションの権利付与時に設立5年未満のスタートアップ企業であれば、従来は付与決議日から2年を経過した日から10年を経過する日までであった権利行使期間が、2年を経過した日から15年を経過する日までと延長されている(措法29条の2①一、措規11条の3)。 【従来の制度と改正概要との比較】 (出典) 経済産業省ホームページ「ストックオプション税制」 したがって、今後、税制適格ストックオプションを活用しようとするスタートアップは、ストックオプションの権利行使期間のために上場を急ぐケースが減少すると思われる。 しかし、育成計画で言及していたもう1つの点、すなわち株券の保管委託義務の不要化については、当該事項を定めた従来の租税特別措置法29条の2第1項6号が改正されていない(※1)。その理由については定かではないが、ユニコーンやスタートアップの飛躍的な増加を期待するのであれば、この点は問題となる可能性がある。というのも、証券会社等へ株券の保管を委託することが前提となる現状の要件のままでは、当該証券会社等のキャパシティが問題となり得ると思われるのである。 (※1) なお、「スタートアップ育成5か年計画ロードマップ」8頁においても、今期の通常国会にて「ストックオプション税制について、株券の保管委託義務の不要化」に関する法案を提出する旨が示されていたが、税制改正法案が公表された時点でこの旨が含まれていないことは明らかとなっていた。 この点、令和5年度税制改正法が可決・成立した日の翌日である令和5年3月29日に開催された新しい資本主義実現計画(第15回)では、ストックオプションに係る残された課題として「更なるストックオプションの活用に向けた環境整備」が挙げられているため(※2)、当該論点については今後の対応が望まれるところである。 (※2) 新しい資本主義実現本部/新しい資本主義実現会議(第15回)「資料1『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画』フォローアップ」13頁。   (了)

#No. 519(掲載号)
#中尾 隼大
2023/05/18
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