〔令和5年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第3回】 (最終回) 「「交際費等の損金不算入制度の特例の延長」 「少額減価償却資産の取得価額の損金算入制度等の見直しと延長」 「暗号資産の時価評価」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和4年度税制改正における改正事項を中心として、令和5年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。本連載では、その中でも主なものを解説する。 【第2回】は、「オープンイノベーション促進税制の拡充と延長」、「大企業に対する租税特別措置の適用除外の見直し」、「みなし配当の額の計算方法等の見直し」及び「寄附金の損金不算入制度の見直し」について解説した。 最終回となる【第3回】は「交際費等の損金不算入制度の特例の延長」、「少額減価償却資産の取得価額の損金算入制度等の見直しと延長」及び「暗号資産の時価評価」について解説する。 1 交際費等の損金不算入制度の特例の延長 令和4年3月31日までに開始する事業年度までの、税務上の交際費等の課税関係は次表の通りである。これが令和4年度税制改正により、2年間(令和6年3月31日までに開始する事業年度まで)延長されている。 【交際費等の課税関係】 (注) 1人当たり5,000円以下の接待飲食費(社内飲食費は除く)は、そもそも「交際費等」から除かれ、損金算入される。 この改正は令和4年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるので、令和5年3月期決算申告には適用されることになる。 2 少額減価償却資産の取得価額の損金算入制度等の見直しと延長 中小企業者等の少額減価償却資産の損金算入特例については、令和4年3月31日までの取得等が対象とされていたが、令和4年度税制改正により2年間(令和6年3月31日までの取得等まで)延長されている。 また、これと同時に対象資産の見直しが行われ、範囲が縮小されているので注意が必要である。 ① 制度の概要(令和4年3月期まで) 青色申告書を提出する中小企業者等においては、取得価額10万円以上の減価償却資産であっても、30万円未満であれば少額減価償却資産として取得時に全額損金算入できる。 ただし、次の点に注意が必要である。 ② 改正後の適用対象資産 令和4年度税制改正により、対象資産から貸付け(主要な事業として行われるものを除く)の用に供したものが除外されることとされた。 さらに、中小企業に限らず、取得価額10万円未満の減価償却資産は即時償却、取得価額20万円未満の減価償却資産は一括償却が可能であるが、これらについても対象資産から貸付け(主要な事業として行われるものを除く)の用に供したものが除外されることとされた。 なお、以下の貸付けは主要な事業として行われるものに該当する。 ③ 適用期間 制度自体の適用期間は2年間(令和6年3月31日までの取得等)延長されているため、令和5年3月期の決算申告においては適用される。また、対象資産の範囲の見直しについても、令和4年4月1日以後に取得等する資産について適用されるため、令和5年3月期の決算申告においては適用されることになる。 3 暗号資産の時価評価 令和5年1月20日に、国税庁は「法人が保有する暗号資産に係る期末時価評価の取扱いについて(情報)」として、暗号資産の期末時価評価の質疑応答事例を公開している。令和5年3月期決算申告においては注意が必要である。 具体的な内容は次の通りである。 ① 暗号資産の期末時価評価 法人が事業年度末に保有する暗号資産(活発な市場が存在する暗号資産(市場暗号資産)に限る)は、時価評価金額をもって評価額とする。なお、当該暗号資産を自己の計算において有する場合は、評価損益を事業年度の益金又は損金に算入する。評価損益は翌事業年度で洗替処理をする。 時価評価金額は、暗号資産の種類ごとに次のいずれかに数量を乗じて計算する。 ② 期末時価評価の対象となる活発な市場が存在する暗号資産 活発な市場が存在する暗号資産とは、法人が保有する暗号資産で次の全てに該当するものである。 ③ DEX(分散型取引所)で取引される暗号資産 DEXにおいて公表される交換比率が他の取引所において公表される交換比率と著しく異なる等の特殊事情がなく、DEXにおいて継続的に交換取引が成立しているのであれば、②のA~Cの要件を満たす限り、期末時価評価の対象となる。 ④ ステーキングのためロックアップした暗号資産の期末時価評価 ロックアップにより譲渡できない状態ではあるが、ロックアップ期間中もステーキング報酬を得ることができ、将来的な価格変動リスク等を負担するため、自己の計算において暗号資産を有すると考えられる。 したがって、②のA~Cの要件を満たす場合は活発な市場が存在する暗号資産として期末時価評価の対象となり、その評価損益を事業年度の益金又は損金に算入する。 ⑤ 貸付けをした暗号資産の期末時価評価 保有する暗号資産を貸し付けており、譲渡できない状態にはなっているが、貸付期間中に使用料を得ることができ、また、将来的な価格変動リスク等を負担するため、自己の計算において暗号資産を有すると考えられる。 したがって、②のA~Cの要件を満たす場合は活発な市場が存在する暗号資産として期末時価評価の対象となり、その評価損益を事業年度の益金又は損金に算入する。 ⑥ 借入れをした暗号資産の期末時価評価 借り入れている暗号資産が②のA~Cの要件を満たす場合は活発な市場が存在する暗号資産となり、さらに暗号資産を「有する」と解される場合においては、期末時価評価の対象となる。 しかし、返還を要する暗号資産の将来的な価格変動リスク等を負担しないことを考慮すると、一般的には自己の計算において暗号資産を有するとは言えないため、その評価損益を事業年度の益金又は損金に算入する必要はない。 (連載了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第11回】 「NFTに関する税務上の取扱いに係るFAQ詳解②」 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 問2 NFTを組成して知人に贈与した場合(一次流通) 1 贈与した個人の取扱い この問いが想定するのは、デジタルアートを制作し、そのデジタルアートを紐付けたNFTを知人に無償で贈与し、これにより、その知人は、そのデジタルアートを閲覧することができるようになるケースであり、他人が製作したNFTを購入して、誰かに贈与するケースではないことに注意が必要である。 FAQの解説では、「所得税法における所得とは、収入等の形で新たに取得する経済的価値と解されており、ご質問の場合、収入等の形で新たに経済的価値を取得したと認められないことから、所得税の課税関係は生じません。」と説明されている。 収入等の形で新たに経済的価値を取得したと認められないのであれば、FAQに記載はないものの、NFTを問1のように譲渡した場合に算入が認められる必要経費の額は、この問2の場合には控除が認められないと解される。 個人が無償で資産を贈与した場合には、贈与した側は対価すなわち収入(所法36)がないので、所得税は課されないのが原則である。ただし、例外規定がいくつかあって、例えば、次の場合には、たとえ対価の受け取りがなくても、譲渡した側(資産を手放した側)に所得税が課されたり、その他特別な課税関係となったりすることがある。 いずれの適用関係を検討する場合にも、FAQの前提がデジタルアートの製作者であることに注意が必要である。 上記①について、国税庁は、問1で紐付いているデジタルアート自体は移転していないと構成したこと(NFTの売上原価にデジタルアートの制作費を含めていないことから推察)と一次流通については(資産の譲渡ではなく)権利の設定と構成したことを前提として、デジタルアートを紐付けたNFTは棚卸資産・準棚卸資産に該当しないと解している可能性がある。 また、トークンそのものに着目して棚卸資産の贈与と解する見解もありうるが、そうすると、トークンであれば何でも、あるいはトークン化してしまえば何でも、棚卸資産・準棚卸資産の贈与になる可能性があるため採用しなかったのであろうか。 これらの点に関して、FAQのシンプルな記載から国税庁の正確な見解を推測することは難しい。 少なくとも、このFAQによれば、国税庁は、上記のようなデジタルアートの製作者が製作したNFTを贈与する場合については、同人の棚卸資産・準棚卸資産の贈与に該当するとは見ていないことが明らかになったといえよう。 この辺りについては、プロの画家による実物絵画の贈与の場合とデジタル絵画の贈与の場合とを比較させて議論する余地がある。 逆にいえば、仮に二次流通におけるNFTの移転がNFTの利用権ないし利用に係る契約上の地位の「譲渡」として構成される場合には、上記②の規定の適用の有無を検討しなければならない。 NFTの贈与を受けた場合の贈与税の課税関係については、問9参照。 2 贈与した法人の取扱い NFTを贈与したのが法人である場合のその法人の課税関係について、FAQは、次のとおり、解説している。 寄附金の損金不算入規定の適用に関して述べられているが、これはあくまで典型例であって、法人の役員やその関係者等に贈与した場合には定期同額給与等に該当しない役員給与として損金不算入(法法34)、取引先の従業員に贈与した場合には交際費等の損金不算入(措法61の4)、自社制作NFTやコンテンツの販売促進のために贈与した場合には単純損金(法法22③二)該当性などを検討する必要がある。 問3 非居住者がNFTを組成して、日本のマーケットプレイスで譲渡した場合(一次流通) FAQは、次のとおり解説している。 所得税法161条1項11号は、「国内において業務を行う者から受ける次に掲げる使用料又は対価で当該業務に係るもの」が国内源泉所得に該当することを定めており、同号ロは「著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)の使用料又はその譲渡による対価」が上記に含まれることを明らかにしている。 上記について、FAQでは特に触れられていないが、FAQは、「デジタルアートの閲覧に関する権利」は著作物の利用に係る権利ではなく(著作権法63)、上記括弧書の「出版権及び著作隣接権その他これに準ずるもの」にも含まれないと解している可能性がある。 また、NFTは実物絵画などの有体物や不動産などの権利、国内のサーバーに保管されているデータにも紐付けうるため、NFT取引に係る所得の国内源泉所得該当性については、主として、国内にある資産の運用又は保有により生ずる所得や国内にある資産の譲渡により生ずる所得に該当するか(国内にある資産といえるか)、国内においてした行為に伴い取得するものといえるか、という点に関心が向けられる(所法161①二・三・十七、所令281①八、289二・五・六)。 この点について、上記問いは非居住者の有体物ではない「デジタルアートの閲覧に関する権利」の設定に係る取引に該当するためであろうか、踏み込んだ記述はなされていないが、原則として、上記のいずれにも該当しないため、国内源泉所得に該当しないと解している可能性がある。 当該取引から生じた所得は「原則として」国内源泉所得に該当しないと簡潔に述べているにすぎないことからすれば、国税庁内部では詳細な検討が進んでいない(あるいはNFTの課税関係について実務的影響を小さくするため、今回のFAQでは、差し当たり、課税対象外という回答になるような前提事実を設定した)のかもしれないし、あるいは国税庁外部での議論が進展することを待っているのかもしれない。 結局、非居住者や外国法人の課税関係について、NFTにどのような資産や権利が紐付けられているのかなど、個別の事例に応じた検討が必要となる。もちろん、租税条約の適用関係も検討しなければならない。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第49回】 「非適格現物分配を行った場合の現物分配法人、被現物分配法人の取扱い」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 前回は、適格現物分配を行った場合の現物分配法人、被現物分配法人の取扱いについて解説しました。 今回は、非適格現物分配を行った場合の現物分配法人、被現物分配法人の取扱いについて解説します。 1 非適格現物分配があった場合の現物分配法人の取扱い (1) 資産の譲渡 現物分配法人が非適格現物分配により被現物分配法人にその有する資産を移転したときは、現物分配時の時価による譲渡をしたものとします(法法22、22の2④)。 (2) 非適格現物分配により減少する利益積立金額 ① 剰余金の配当等 剰余金の配当等が非適格現物分配により行われた場合には、現物分配法人において交付資産の時価相当額の利益積立金額の減少を認識します。 ② 資本の払戻し 資本の払戻しが非適格現物分配により行われた場合には、現物分配法人において減少する利益積立金額は、次の算式で計算します。 ③ 自己株式の取得 自己株式の取得が非適格現物分配により行われた場合には、現物分配法人において減少する利益積立金額は、次の算式で計算します。 (3) 非適格現物分配により減少する資本金等の額 ① 剰余金の配当等 剰余金の配当等が非適格現物分配により行われた場合には、資本金等の額は減少しません。 ② 資本の払戻し 資本の払戻しが非適格現物分配により行われた場合には、現物分配法人において減少する資本金等の額は、次の算式で計算します。 ③ 自己株式の取得 自己株式の取得が非適格現物分配により行われた場合には、現物分配法人において減少する資本金等の額は、次の算式で計算します。 (4) 源泉徴収 非適格現物分配による配当金の額については、源泉徴収する必要があります。 (5) 具体例①(剰余金の配当等) ① 前提 ② 現物分配法人の税務仕訳 (6) 具体例②(資本の払戻し) ① 前提 ② 現物分配法人の税務仕訳 (※1) 減少する資本金等の額=現物分配直前の資本金等の額(5,000)×減少する資本剰余金の額(1,000)/前事業年度終了時の簿価純資産価額(10,000)=500 (※2) 減少する利益積立金額=交付資産の時価(2,000)-減少する資本金等の額(500)=1,500 2 非適格現物分配があった場合の被現物分配法人の取扱い (1) 資産の取得 被現物分配法人が非適格現物分配により現物分配法人から資産の移転を受けたときは、資産の取得価額は時価となります。 (2) 剰余金の配当等 剰余金の配当等が非適格現物分配により行われた場合には、移転を受けた資産の時価相当額が受取配当益金不算入の規定の対象となります(法法23)。 適格現物分配の益金不算入の規定は適用されず、受取配当益金不算入の規定で計算された金額のみが益金不算入となります。 (3) みなし配当 資本の払戻しや自己株式の取得が非適格現物分配により行われた場合には、被現物分配法人においてみなし配当を計算し、みなし配当相当額は、受取配当益金不算入の規定の対象となります。 みなし配当の金額については、次の算式で計算します。 (4) 現物分配法人株式の譲渡損益 資本の払戻しや自己株式の取得が適格現物分配により行われた場合には、被現物分配法人においてみなし配当を認識するとともに、被現物分配法人の有していた現物分配法人株式の一部を譲渡したものとして取り扱います。 ただし、完全支配関係のある内国法人からの非適格現物分配の場合には、現物分配法人株式の譲渡損益は認識されず、譲渡損益相当額は資本金等の額の増減として処理することとなります。 (5) 具体例①(剰余金の配当等) ① 前提 ② 被現物分配法人の税務仕訳 (※) 受取配当益金不算入の対象 (6) 具体例②(資本の払戻し) ① 前提 ② 被現物分配法人の税務仕訳 (※1) 現物分配法人株式の譲渡原価=現物分配直前の帳簿価額(4,000)×B社にて減少する資本剰余金の額(1,000)/B社の前事業年度終了時の簿価純資産価額(10,000)=400 (※2) みなし配当の金額=移転を受けた資産の時価(2,000)-現物分配法人の資本金等の額のうち払戻しに対応する部分の金額(500)=1,500 (※3) 完全支配関係のない内国法人からの現物分配であるため、譲渡益100円は認識されます。 ◆非適格現物分配を行った場合の現物分配法人、被現物分配法人の取扱いのポイント◆ 現物分配法人は移転資産を時価で譲渡したものとされ、譲渡損益が生じます。 現物分配法人において減少する利益積立金額、資本金等の額の計算が必要です。 被現物分配法人に移転する資産の取得価額は時価となります。 被現物分配法人が受ける配当は受取配当益金不算入の規定の対象となり、必ずしも全額益金不算入となりません。 (了)
相続税の実務問答 【第80回】 「各相続人の相続税額を計算するときの「あん分割合」と配偶者の税額軽減」 税理士 梶野 研二 [答] あなたが、亡くなられたご主人から相続することとなった財産の価額は、1億4,200万円であり、1億6,000万円に満たない金額ですので、ご指摘のとおり納付すべき相続税額は算出されないはずです。 そこであなたの計算を確認してみますと、相続税額の総額からあなたの相続税額を算出する際の「あん分割合」は、本来、0.946666・・・となるところ、小数点以下2位未満の端数を切り上げて、0.95としています。これに対して、配偶者の税額軽減額は、相続税の総額に、あなたの課税価格(1億4,200万円)が相続人等全員の課税価格の合計額(1億5,000万円)に占める割合(上の表の③欄)を乗じて求めた金額(上の表の※欄)が上限となります。その結果、あなたが計算した算出相続税額(⑤欄)と配偶者の税額軽減額(⑥欄)との間に差異が生じてしまいました。この差額があなたの納付すべき税額となるもので、計算誤りによるものではありません。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 配偶者の税額軽減 (1) 配偶者の税額軽減の趣旨 配偶者に対する相続税については、①「配偶者が相続により財産を取得するということは、同一世代間の財産の移転であるので、子が相続により財産を取得した場合に比較して相続の開始が早く生じ相続税が課税されること」及び②「長年共同生活が営まれてきた妻の座に対する配慮及び遺産の維持形成に対する配偶者の貢献に対する考慮」などから、軽減措置が設けられています(武田昌輔監修『DHCコンメンタール相続税法』(第一法規)1393頁)。 (2) 配偶者の税額軽減額の計算 配偶者に対する相続税の軽減税額は、相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の総額に、次の①又は②に掲げる金額のうちいずれか少ない金額が、当該相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格の合計額のうちに占める割合を乗じて算出した金額となります(相法19の2①)。 (3) 配偶者の納付すべき相続税額 配偶者について相続税の総額に「あん分割合」を乗じて算出した相続税額(相続税法第19条の規定による贈与税額の控除が適用される場合には、その贈与税額控除後の税額)が、上記により計算した軽減額以下であるときは、その納付すべき相続税額は発生せず、上記により計算した軽減税額を超えるときは、その超える金額が配偶者の納付すべき相続税額となります。 〈参考図:配偶者の税額軽減額計算の流れ〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 2 「あん分割合」と配偶者の税額軽減額との関係 (1) 「あん分割合」の調整 第79回「各相続人の相続税額を計算するときの「あん分割合」と更正の請求」で説明しましたように、各相続人等の相続税額を算出する場合に相続税の総額に乗ずる割合(あん分割合)に小数点以下2位未満の端数があるときには、その相続人等の全員が選択した方法により、各相続人等の割合の合計値が1になるようその端数を調整して各相続人等の相続税額を計算する方法が認められています(相基通17-1)。 この取扱いは、相続人等の中に被相続人の配偶者がいる場合であっても適用されます。 (2) 「あん分割合」の調整と配偶者の税額軽減額の計算 配偶者の税額軽減額の計算は上記1の(2)のとおりに行いますが、この計算過程(〈参考図〉の(二)の計算)においては、上記(1)のような端数調整は行いません。これに対して、相続税額の総額から配偶者の算出税額を計算する場合の「あん分割合」については、上記(1)のとおり端数調整をすることができます。 このため、端数調整をしないで計算した場合に比べて高い「あん分割合」を使用した場合には、〈参考図〉の(ホ)の「配偶者の算出税額」が端数調整をしないで計算した場合よりも大きくなってしまいます。そうしますと配偶者の税額軽減額(B)は、〈参考図〉の(二)の金額となりますので、〈参考図〉の(ヘ)のとおり配偶者の納付すべき相続税額が発生してしまうことになります。 3 ご質問の場合 あなたが、亡くなられたご主人から相続することとなった財産の価額は、1億4,200万円であり、1億6,000万円に満たない金額ですので、ご指摘のとおり本来であれば納付すべき相続税額は算出されないはずです。 しかしながら、相続税額の総額からあなたの相続税額を算出する際の「あん分割合」について、0.946666・・・となるところ、上記2の(1)の取扱いにより、小数点以下2位未満の端数を切り上げて、0.95としたことから、この算出相続税額と配偶者の税額軽減額との間に差異が生じてしまったものです。具体的に数値で示しますと、〈参考図〉の(二)に相当する金額が14,152,666円([問]の表の※欄)、同(ホ)に相当する金額が14,202,500円([問]の表の⑤欄))となります。その結果、あなたが相続により取得した財産の価額が1億6,000万円に達していないにも関わらず、納付すべき相続税額49.8千円が生じてしまったものです。 なお、あなたには納付すべき相続税額が発生しますが、「あん分割合」の端数調整の結果、本来の「あん分割合」よりも小さい「あん分割合」により算出税額を計算した長女の納付すべき相続税額が、同額だけ減少します。したがって、あなた方のケースにおけるご家族全体の納付すべき相続税額は、「あん分割合」の端数調整を行ったことによって変わることはありません。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第72回】 (最終回) 「被相続人の建物が贈与されている場合における 小規模宅地等の特例の適用」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(令和5年2月13日相続発生)は建設業であるA株式会社の代表者で100%の株式を所有していました。甲は、令和元年5月に長男である丙に代表権を移譲し、退職金を受け取り、その後は、非常勤取締役の会長として勤務していました。株式については、令和元年8月に丙に全て贈与しています。 また、甲は下記の土地(300㎡)及び建物(600㎡、3階建てであり各階の床面積は同一)を所有し、1階部分はA社に周辺相場で賃貸(A社は建設業本社として使用)し、2階部分は第三者であるB社に周辺相場で賃貸し、3階部分は、甲とその配偶者である乙の居住の用に供していましたが、令和元年9月に建物を丙に贈与しています。 下記のとおり、甲はその土地を無償で丙に使用貸借し、丙は3階部分については無償で甲及び乙に使用貸借しています。 1階及び2階部分の賃貸借契約はそのまま甲から丙が承継しましたが、令和4年3月にB社が退去し、令和4年6月から第三者であるC社に賃貸しています。その後は、引き続きA社及びC社に賃貸しています。 なお、丙は、贈与を受ける前まで他に不動産賃料はありません。 また、乙及び丙はいずれもA社の役員であり、乙は生計一親族で、丙は生計別親族に該当します。 【相続発生前の利用状況】 【A土地の相続税評価】 甲の相続人は、乙と丙の2人ですが、遺言書を下記のとおり遺していました。 乙は相続で取得したA土地の持分1/2については、無償で丙に使用貸借しています。 丙は、相続税の申告期限まで引き続きA社及びC社から賃料を受け取り、今後も賃料を受け取る予定となります。 この場合に乙及び丙の土地に係る相続税評価額、小規模宅地等の特例の減額金額はいくらになりますか。 また、仮に乙が建物の贈与を受けていた場合には、乙及び丙の土地に係る相続税評価額、小規模宅地等の特例の減額金額はいくらになりますか。建物の所有者以外の前提事項は同じであるとします。 [A] 乙及び丙の土地に係る相続税評価額、小規模宅地等の特例の減額金額は、下記のとおりとなります。 ■ 丙が建物の贈与を受けていた場合 (※) 特定居住用宅地等の特例(適用面積50㎡) ■ 乙が建物の贈与を受けていた場合 (※1) 特定居住用宅地等の特例(適用面積50㎡) (※2) 貸付事業用宅地等の特例(適用面積50㎡) (※3) 特定同族会社事業用宅地等の特例(適用面積50㎡) ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 贈与後の土地の評価 被相続人が所有する宅地等の上に被相続人の親族が建物を所有し、その土地が使用貸借である場合には、原則として自用地評価となります(使用貸借通達3)。 ただし、例外として下記の要件を満たす場合には、貸家建付地として評価することになります。 【要件】 (1) 原則的な取扱い 被相続人から使用貸借により土地を借り受け、相続人が建物を賃貸していた場合の土地の財産評価を自用地として評価するべきか貸家建付地と評価するべきかについて争われた事件として、昭和61年12月2日裁決(TAINSコード:J32-4-02)があります。納税者が貸家建付地で評価するべきであると主張したのに対し、不服審判所は、下記のとおり、自用地で評価するべきであると判断しています。 (下線部は筆者による) 上記に記載のとおり、借家人の敷地利用権については、建物所有者の敷地利用権に従属し、建物所有者の敷地利用権が土地の使用貸借権である場合には、借家人の敷地利用権も使用貸借権の範囲に留まるため、土地は自用地で評価することになります。 (2) 例外的な取扱い 土地建物を所有し、建物を賃貸している場合には、借家人の敷地利用権については、当然土地所有者にも及ぶことになります。そして、建物を譲渡又は贈与した場合においても借家権の保護の観点から継続借家人の敷地利用権は継続されることになります。したがって、土地建物を所有し、建物を賃貸している場合において、その建物を譲渡又は贈与したときは、その土地については継続借家人の権利が及ぶことになりますので、貸家建付地としての評価になります。 しかしながら、その譲渡又は贈与前の継続借家人が退去した場合には、借家権は消滅し、新たに賃貸する場合には、借家人の敷地利用権も使用貸借権の範囲に留まるため、土地は自用地で評価することになります。なお、通常、借家権は譲渡性・流通性はありませんが、仮に譲渡性がある借家権を継続借家人が譲渡した場合には、その土地については借家人の権利が及ぶことになりますので、貸家建付地としての評価になります。 実務上は、被相続人が貸家建付地に係る建物を譲渡又は贈与している場合には、継続借家人がいるかどうかを確認する必要があります。 本問の場合には、甲が1階及び2階部分の貸家建付地に係る建物を丙に贈与していますが、相続開始時点において、1階部分は継続借家人に該当しますので貸家建付地として評価を行うことになりますが、2階部分は継続借家人ではありませんので、自用地として評価を行うことになります。 2 被相続人が所有する宅地等の上に被相続人の親族が建物を所有している場合の小規模宅地等の特例の適用 被相続人が所有する宅地等の上に被相続人の親族が建物を所有する場合の小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等を除く)の種類ごとの相続開始直前における土地建物に関する要件をまとめると下記のとおりとなります。 共通の要件として、土地は使用貸借であることが要件となっています。 なお、被相続人所有の土地が賃貸借であり、かつ、被相続人の親族が建物を所有している場合には、被相続人の貸付事業用宅地等に該当する可能性があります。 また、土地が使用貸借であり、かつ、被相続人の親族が建物を所有している場合において、建物が賃貸借である場合には、その建物所有者が貸付事業の用に供していたことになりますので、建物所有者が生計一親族であれば、生計一親族の貸付事業用宅地等に該当する可能性があります。 特定同族会社事業用宅地等の特例については、建物所有者は被相続人又は被相続人の生計一親族に限られている点に注意が必要です。特定事業用宅地等及び特定居住用宅地等の特例の場合には、生計一親族以外の親族もその範囲に含まれていますが、特定同族会社事業用宅地等の場合には、生計一親族以外の親族はその範囲に含まれておらず、より厳格な要件となっています。 本問の場合には、丙が生計一親族に該当することになりますので、特定同族会社事業用宅地等には該当しないことになります。 3 特定居住用宅地等の特例の適否 特定居住用宅地等の意義については、【第22回】で解説をしています。本問の場合には、3階部分について、被相続人及び生計一親族である乙の居住の用に供されていた宅地等に該当します。建物所有者が乙又は丙であったとしても、上記2の要件を満たすことになりますので、被相続⼈⼜は当該被相続⼈と⽣計を⼀にしていた当該被相続⼈の親族(以下「被相続人等」という)の居住の⽤に供されていた宅地等に該当することになります。 取得者の要件ですが、配偶者である乙は要件はありませんので、乙が取得した部分について特定居住用宅地等の特例の適用を受けることができますが、丙は別居親族の要件を満たさないことになりますので、特定居住用宅地等の特例を受けることはできません。 したがって、3階部分の乙が取得した土地のみが特定居住用宅地等の特例の対象となり、その適用面積及び減額金額は、下記のとおりとなります。 〈乙が取得した土地の特定居住用宅地等の特例の適用面積〉 〈乙が取得した土地の特定居住用宅地等の特例の減額金額〉 4 貸付事業用宅地等の特例の適否 貸付事業用宅地等の意義については、【第38回】で解説をしています。本問の場合には、1階及び2階部分について貸付事業用宅地等の該当の適否を検討することになります。 ■ 丙が建物の贈与を受けていた場合 生計別親族である丙の貸付事業の用に供されていた宅地等に該当し、被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等に該当しませんので、貸付事業用宅地等の特例の適用を受けることができません。 ■ 乙が建物の贈与を受けていた場合 1階及び2階部分については、生計一親族である乙の貸付事業の用に供されていた宅地等に該当することになりますが、1階部分については、下記5で解説のとおり、特定同族会社事業用宅地等に該当することになりますので、2階部分が貸付事業用宅地等の特例の対象となります。なお、貸付事業用宅地等については、事業継続要件がありますので、丙が取得した土地については適用を受けることができません。 また、平成30年度税制改正により、被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等を除くこととされましたが、継続的に賃貸されていた建物等につき賃借人が退去をした場合において、その退去後速やかに新たな賃借人の募集が行われ、賃貸されていたときは、「新たに貸付事業の用に供された宅地等」とは考えません(措通69の4-24の3、本連載【第37回】で解説)ので、本問の場合には、贈与を受けた令和元年9月から起算して3年の判定を行うことになります。 したがって、2階部分の乙が取得した土地のみが貸付事業用宅地等の特例の対象となり、その適用面積及び減額金額は、下記のとおりとなります。 〈乙が取得した土地の貸付事業用宅地等の特例の適用面積〉 〈乙が取得した土地の貸付事業用宅地等の特例の減額金額〉 5 特定同族会社事業用宅地等の特例の適否 特定同族会社事業用宅地等の意義については、【第45回】で解説をしています。本問の場合には、1階部分について特定同族会社事業用宅地等の特例の適否を検討することになります。 ■ 丙が建物の贈与を受けていた場合 上記2に記載のとおり、生計別親族である丙が建物を所有しているため、法⼈の事業の⽤に供されていた宅地等に該当せず、特定同族会社事業用宅地等の特例を受けることはできません。 ■ 乙が建物の贈与を受けていた場合 建物の贈与を受けた者が丙ではなく、乙であった場合には、下記のとおり、要件を満たし特例の適用を受けることができます。 (1) 相続開始直前における同族過半数要件 相続開始の直前において被相続人の親族である丙が100%の株式を所有していることから、要件を満たすことになります。 (2) 法⼈の事業の⽤に供されていた宅地等であること 1階部分の土地は、A社の建設業の本社で使用していますので、A社の貸付事業の用に供されていた宅地等に該当せず、かつ、被相続人が所有する土地を使用貸借により借り受けた乙が建物をA社に賃貸していることになり、租税特別措置法関係通達69の4-23(2)に該当し、要件を満たしていることになります。 (3) 清算中の法人非該当要件 A社は清算中の法人に該当しませんので、要件を満たしていることになります。 (4) 取得者の役員要件 乙及び丙は役員ですので要件を満たすことになります。 (5) 取得者の宅地等の保有要件、事業継続要件 乙及び丙が相続税の申告期限まで宅地等を保有し、申告期限まで引き続きA社の事業の⽤に供されていますので、要件を満たすことになります。 土地を取得した丙と建物を所有している乙が生計別であるため、租税特別措置法関係通達69の4-23(2)の要件を満たしていないのではないかという意見もあるかと思いますが、本通達は、あくまでも相続開始の直前の要件を明確にしたものとなりますので、そのまま相続後に当てはめることは適当ではありません。 特定同族会社事業用宅地等の特例の趣旨は、その法人の事業の継続の保護にありますので、その宅地等が申告期限まで引き続きA社の事業の用に供されている状態であれば、事業継続の要件は満たすことになると考えられます。 したがって、1階部分の乙及び丙が取得した土地が特定同族会社事業用宅地等の特例の対象となり、その適用面積及び減額金額は、それぞれ下記のとおりとなります。 〈乙が取得した土地の特定同族会社事業用宅地等の特例の適用面積〉 〈乙が取得した土地の特定同族会社事業用宅地等の特例の減額金額〉 〈丙が取得した土地の特定同族会社事業用宅地等の特例の適用面積〉 〈丙が取得した土地の特定同族会社事業用宅地等の特例の減額金額〉 ★実務上のポイント★ 本問の場合には、建物を贈与しないで被相続人である甲が所有していれば、1階部分の全部について特定同族会社事業用宅地等の特例が適用可能で、2階部分の全部について貸付事業用宅地等の特例が適用可能となります。建物を贈与することで財産評価及び小規模宅地等の特例に大きな影響がありますので、建物を贈与する時には、慎重に判断する必要があります。 (連載了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第138回】 株式会社KADOKAWA 「ガバナンス検証委員会調査報告書(公表版)(2023年1月23日付)」「ガバナンス検証委員会調査報告書(要約版)(2023年1月23日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社KADOKAWAガバナンス検証委員会の概要】 【株式会社KADOKAWAの概要】 株式会社KADOKAWA(以下「KADOKAWA」と略称する)は、2014(平成26)年10月、当時の株式会社KADOKAWAと株式会社ドワンゴの共同持株会社として設立。設立時の社名は株式会社KADOKAWA・DWANGO。2019年7月に連結子会社であった株式会社KADOKAWAのすべての事業を吸収分割によって承継するとともに、現商号に変更。出版事業、映像事業、ゲーム事業及びWebサービス事業などを主たる事業とする。売上高221,208百万円、経常利益20,213百万円、資本金40,624百万円。従業員数5,349名(2022年3月期連結実績)。本店所在地は東京都千代田区。東京証券取引所プライム市場上場。会計監査人はEY新日本有限責任監査法人東京事務所。 【ガバナンス検証委員会による調査報告書の概要】 1 外部弁護士による危機管理委員会の設置と調査報告 KADOKAWAは、2022年8月上旬、東京2020オリンピック・パラリンピック(東京五輪)に関連する贈賄疑惑により、上級幹部を含む複数の関係者が東京地方検察庁特別捜査部による任意の事情聴取を受けたことを契機として、外部の弁護士のみで構成される危機管理委員会を設置し、贈賄疑惑に関する調査を行った。 調査結果の要旨は次のとおりであった。 10月5日、KADOKAWA取締役会は、こうした調査報告を受けて、ガバナンス検証委員会の設置を決議した。 2 KADOKAWA役職員の逮捕及び起訴 3 ガバナンス検証委員会が認定した不適切行為 (1) 贈賄に該当する可能性が高い行為 ガバナンス検証委員会は、調査によって認定した事実に基づき、KADOKAWAが、大会組織委員会理事の高橋治之氏(以下「高橋理事」と略称する)側からの提案を、そのまま応諾している以上、その後、外観上、高橋理事が安価な金額でTier3のスポンサーとなれること及び公表時期について便宜を図ることとの関連性が表現されていない契約書が締結されたとしても、本契約に基づきコモンズ2に支払われた金銭の実質は、高橋理事による便宜供与の対価というべきであり、KADOKAWAが、コモンズ2との間で、2019年6月17日付にて契約を締結し、当該契約に基づき、コモンズ2に対し、7,000万円(消費税別)を支払った行為は、贈賄に該当する可能性が高い行為であったと断言した。 (2) 当該行為が経営トップの意思により行われ、又は看過されたこと ガバナンス検証委員会は、取締役会長であった角川氏、当時、代表取締役社長であった松原眞樹取締役副会長(以下「松原氏」と略称する)、取締役専務執行役員であった芳原氏は、高橋理事側からの提案の内容を明確に認識し、それに応じる形でコモンズ2と本契約を締結することについて、これを止め、又は問題がないことを確認する行動をとっていないことから、KADOKAWAによるコモンズ2との契約締結、報酬の支払いという一連の行為は、実質的に経営トップの意思により行われ、又は少なくとも経営トップが問題を認識し若しくはその十分な機会がありながら看過されたものであると指摘した。 (3) 社内決裁規程に違反する行為 さらに、社内決裁規程違反について、ガバナンス検証委員会は、KADOKAWAによるコモンズ2との契約締結、報酬の支払いという一連の行為に関し、社内決裁規程に基づいて必要と考えられる経営会議の決議、稟議といった手続が行われていなかったことを不適切であったと評価している。 4 原因(調査報告書114ページ以下) ガバナンス検証委員会は、原因を大きく3つの角度から分析している。 ガバナンス検証委員会による原因分析では、「上席者(とりわけ会長)の意向への過度の忖度」が注目される。報告書では、2021年室の室長・担当者、知財法務部の担当者は、角川氏が推進意向であり、その意向に違和感を覚えた松原氏ですらそれを止められないという事実認識によって、各自が抱いた違和感、リスク認識にも拘らず、一定の段階で、もはや本件を止めることはできないという諦念に陥っており、内部通報等の手段に出ることもなかったと指摘して、本件を止められる契機が幾度も存したにも拘らず止まらなかったことには、上席者(とりわけ会長)の意向への過度の忖度とそれを醸成した企業風土が大きく影響していると結論づけている。 5 改善策の提言(調査報告書134ページ以下) ガバナンス検証委員会は、改善策の提言として以下の5項目について、具体策を挙げている。 【調査報告書の特徴】 新聞報道などによると、東京地検特捜部は、大会組織委員会元理事の高橋治之容疑者について、株式会社AOKIホールディングス、KADOKAWA、株式会社大広の3ルートで口利きして、多額の金銭を得たとみて全容解明を進めているとのことであるが、最も多額の金員が動いたとされるのがKADOKAWA事案である。 東証プライム市場に上場している著名な出版社の会長が贈賄容疑で逮捕・起訴され、本校執筆現在、保釈が認められていない事件について、会社が設置したガバナンス検証委員会の調査報告は、角川歴彦会長のワンマンぶりと、取締役以下の過剰な忖度が、同社を贈賄事件に追い込んでしまったという構図を描き出している。 1 KADOKAWA知財法務部所属の社内弁護士の意見(調査報告書46ページ以下) コモンズ2とのコンサルティング業務委託契約締結に当たって、2021年室長の馬庭氏から相談を受けたKADOKAWA知財法務部は、顧問弁護士への相談などを通じて、次のような認識を共有していた。作成者は社内弁護士でもある知財法務部社員I氏である。 2017年2月21日の時点で、これだけ明解に「贈収賄罪の成立」を断言しているにもかかわらず、その後、知財法務部はコモンズ2との業務委託契約を作成し、2019年6月17日に契約が締結されている。しかも契約締結に当たって本来必要であったはずの稟議起案はなく、押印申請書に基づき、芳原氏が承認する形で押印が行われ、さらに東京五輪との関連をうかがわせる記載が削除されたうえで、承認後の押印申請書は馬庭氏が自宅で保管していたことが明らかになっている。 ガバナンス検証委員会は、経営企画局長でもあった当時の知財法務部部長が、「攻めの法務が知財法務部、守りの法務が内部統制部。知財法務部の役割は事業を前に進めることであり、止めるのは内部統制部」といった認識を有していたこと、芳原氏が、2021年室と知財法務部を含む経営企画局の双方を管掌していたことなどについて、「内部統制における問題、組織間牽制機能の不備」の具体例として挙げているが、的確な指摘であると思料する。 2 KADOKAWAによる再発防止に向けた今後の対応 KADOKAWAは、2023年2月2日、「ガバナンス検証委員会の調査報告・提言を受けた当社の今後の対応について」をリリースして、取締役会の経営に対する監督機能強化のため、2023年6月開催予定の第9期定時株主総会において承認されることを前提に、 を臨時取締役会にて決議するとともに、新たに経営改革推進委員会を設置することを決議し、これまで実施してきた取り組みのさらなる強化に加え、ガバナンス検証委員会のすべての提言項目に対応すべく、再発防止に向けた検討課題を具体化し、迅速に実行することを公表した。 3 KADOKAWAによる再発防止に向けた今後の対応に関する記者会見 上記2のリリース公表と同日に、KADOKAWAは、代表取締役社長の夏野剛氏、代表取締役山下直久氏、取締役村川忍氏の経営陣及びガバナンス検証委員会の委員長中村直人弁護士と委員の山田和彦弁護士が出席した記者会見の模様をライブ配信しており、録画映像が公開されていた(本稿掲載時点では公開期間終了)。 記者会見では、冒頭の夏野氏による謝罪に引き続き、中村弁護士が調査結果を報告し、続いて、夏野氏によってKADOKAWAの今後の対応策が説明された。質疑応答では、角川氏の弁護団による抗議文の話題が取り上げられ、松原氏が取締役副会長職を辞任する意向を示していることなど、適時開示がされていない事実に関する言及があった。最後の質問者に答えて、中村弁護士は、本件の教訓として、強いリーダーシップを持つトップが有しているガバナンス上の欠点や弱点を、取締役会などの周囲が適切にフォローする体制づくりが必要であると答えたところで、会見は終了した。 (了)
給与計算の質問箱 【第38回】 「社会保険の料率の変更」 ~令和5年度対応~ 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 令和5年度において各種社会保険の料率の変更はあるでしょうか。 A 労災保険、厚生年金保険、子ども・子育て拠出金の料率の変更はない。雇用保険、健康保険、介護保険(第2号被保険者)の料率は変更がある。 * * 解 説 * * 1 料率の変更がないもの (1) 労災保険 労災保険料は、会社が全額負担し従業員の負担はないことから給料計算には関係しない。 〔労災保険率表〕 (※) 厚生労働省ホームページより (2) 厚生年金保険 厚生年金保険の料率は、18.3%を折半して会社負担が9.15%、役員・従業員負担が9.15%である。役員・従業員は、標準報酬月額×9.15%=厚生年金保険料を給料から天引きされる。 例えば標準報酬月額300,000円の場合、300,000円×9.15%=27,450円の厚生年金保険料を給料から天引きされる。 〔令和5年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表(東京都)〕 (※) 協会けんぽホームページより (3) 子ども・子育て拠出金 子ども・子育て拠出金は、会社が全額負担し従業員の負担はないことから給料計算には関係しない。 子ども・子育て拠出金の料率は、0.36%である。子ども・子育て拠出金の額は、被保険者個々の厚生年金保険の標準報酬月額×0.36%の総額である。 例えば厚生年金の標準報酬月額300,000円の役員1名だけが社会保険に加入している会社の場合、300,000円×0.36%=1,080円の子ども・子育て拠出金を年金事務所へ支払う。 2 料率の変更があるもの (1) 雇用保険 令和5年4月1日~令和6年3月31日までの一般の事業の雇用保険料率は、会社負担が0.95%(令和4年10月1日~令和5年3月31日は0.85%)、従業員負担が0.6%(令和4年10月1日~令和5年3月31日は0.5%)である。従業員は、給料の総支給額×0.6%=雇用保険料を給料から天引きされる。 例えば給料の総支給額300,000円の場合、300,000円×0.6%=1,800円の雇用保険料を給料から天引きされる。 〔令和5年度の雇用保険料率〕 (※) 厚生労働省「令和5年度雇用保険料率のご案内」より (2) 健康保険 協会けんぽに加入の東京都の会社の令和5年2月分(3月納付分)までの健康保険の料率は、9.81%を折半して会社負担が4.905%、役員・従業員負担が4.905%だった。令和5年3月分(4月納付分)からの健康保険の料率は、0.19%引上げの10.00%を折半して会社負担が5%、役員・従業員負担が5%になった。役員・従業員は、標準報酬月額×5%=健康保険料を給料から天引きされる。 例えば標準報酬月額300,000円の場合、300,000円×5%=15,000円の健康保険料を給料から天引きされる。 (3) 介護保険(第2号被保険者) 第2号被保険者とは、40歳以上65歳未満の役員・従業員をいう。40歳未満及び65歳以上の役員・従業員の給料からは介護保険料を天引きしない。 協会けんぽに加入の東京都の会社の令和5年2月分(3月納付分)までの介護保険の料率は、1.64%を折半して会社負担が0.82%、役員・従業員負担が0.82%だった。令和5年3月分(4月納付分)からの介護保険の料率は、0.18%引上げの1.82%を折半して会社負担が0.91%、役員・従業員負担が0.91%になった。役員・従業員は、標準報酬月額×0.91%=介護保険料を給料から天引きされる。 例えば標準報酬月額300,000円の場合、300,000円×0.91%=2,730円の介護保険料を給料から天引きされる。 (了)
〈税理士が知っておきたい〉 相続土地国庫帰属法施行規則のポイント 司法書士 丸山 洋一郎 ◆はじめに◆ 相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律(以下、「相続土地国庫帰属法」という)及び相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律施行令の施行に必要な事項を定めるために、相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律施行規則(以下、「規則」という)が、令和5年1月13日(金)に公布された。 そこで本稿では、本Web情報誌の中心的読者であり、かつ、相続実務に関わることが多いと思われる税理士、公認会計士、企業の実務担当者(以下、「税理士等」という)を主な対象に、規則が各自の実務にどのような影響を与えるのか、規則のポイントをできるだけ簡潔に、かつ、分かりやすく解説することを目的とする。 なお、本稿と合わせて下記拙稿を一読いただくとより理解が深まるため、ご参照いただきたい。 1 承認申請書の作成者 まず、今回の規則の公布に伴い知っておいてほしいポイントは、相続土地国庫帰属制度(以下、「国庫帰属制度」という)における承認申請書の作成者に関する事項である。 国庫帰属制度における承認申請手続は、原則として、申請者が任意に選んだ第三者に申請手続の全てを依頼する手続の代理は認められない。そのため、申請手続は申請者本人が行う必要がある。もっとも、申請手続に関する一切のことを申請者本人が行う必要はない。 そこで、申請者が申請書や添付書類(以下、「申請書等」という)を作成することが難しい場合には、申請書等の作成を代行してもらうことができる。その場合、業務として申請書等の作成の代行をすることができるのは、専門の資格者である弁護士、司法書士及び行政書士に限られる。 注目すべきは、申請書等の作成に関する専門家として行政書士が挙げられている点である。行政書士登録をしている税理士や公認会計士は、行政書士業務を通じて申請書等の作成の代行をすることができる。実際に自身が申請書等を作成するかどうかはさておき、行政書士登録をしていれば自身で作成できることは覚えておいた方がよいだろう(パブコメ回答No.3)。 また、任意に選んだ第三者ではなく、法定代理人ならば承認申請者等として申請手続を行うことができる(規則2条1項本文)。 この法定代理人には、成年後見人も当たると考えられている(パブコメ回答No.10)。成年後見人を業務とする税理士もいると思われるので、この点も押さえておくべきだろう。 このように、税理士等が行政書士登録をしていること又は成年後見人の資格を通じて、承認申請書の作成に関与することは十分に考えられる。そこで、承認申請書の提出先と承認申請書に添付すべき書面について必要な知識を以下で説明していく。 2 承認申請書の提出先と添付書類 (1) 承認申請書の提出先 承認申請書は、承認申請に係る土地の所在地を管轄する法務局に提出をする(規則1条)。 (2) 承認申請書の添付書類 承認申請書に添付すべき書面は、相続土地国庫帰属法3条1項により法務省令により定められるとされた。この定めを受けて規則2条3項及び3条各号により承認申請書に添付すべき書面が明らかになった。以下各号を具体的に検討していく。 * * * 以上のように、規則により添付書面が明らかになったが、まだ不明点も多い。 そこで、今後は通達や法務省ホームページ等で書面のひな形等、その具体的な内容がさらに明確になっていくはずである。そのため、今後の動向にはさらに注目していきたい。 最後に、本稿の記載以上に規則の詳細を知りたい場合は、下記の相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律施行規則案の概要及びパブリックコメントの結果をご参照いただきたい。 (了) 『新版 一問一答 税理士が知っておきたい登記手続き』 好評販売中 ↓お勧め連載記事↓
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第38回】 「鑑定評価書(原価法)に登場する「付帯費用」の意味」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 前回、取引事例比較法に登場する「標準化補正」という鑑定評価に特有の概念について説明しました。鑑定評価書にはこれ以外にも専門的で、かつ、他士業の方々を悩ませる独特の用語も登場します。例えば、建物及びその敷地の価格を原価法(=土地価格、建物価格をそれぞれ求めて合算する手法です)によって求める際、その過程に織り込まれる「付帯費用」もその1つです。 「付帯費用」という言葉から受け取るイメージからして、土地建物を取得することによって生ずる不動産取得税のようなものを思い浮かべる方もおられることと思います。もちろん、「付帯費用」のなかにはこのような要素も含まれますが、原価法に織り込む「付帯費用」という概念はもう少し広い範囲のものとなります。しかし、ともすればこれが抽象的な概念であるため、鑑定評価の依頼者(他士業の方々を含めて)からは「分かりにくい」とか「計算根拠が不明確では?」といった声を聞くこともあります。 今回は原価法に登場する「付帯費用」の意味について解説し、これを織り込む必要性について考えてみます。 2 鑑定評価における「付帯費用」の概念の明確化 従来(すなわち、平成26年5月1日付で不動産鑑定評価基準(以下、基準といいます)の一部改正が行われるまで)の基準の規定にも、原価法による積算価格を求めるに当たり、発注者が通常負担すべき付帯費用を再調達原価に織り込む旨の規定そのものは存在していました。しかし、付帯費用として何を織り込むべきかについて、これ以上の記載はなく、実務においても再調達原価の中に付帯費用が含まれているという理解の基に「建物及びその敷地の価格」(=積算価格)を求めていた傾向にありました。 平成26年の基準改正においてはこの点が明確化され、再調達原価を求める際の付帯費用に関連する規定として、次の内容が織り込まれています(以下、下線は筆者)。 また、不動産鑑定評価基準運用上の留意事項(以下、運用上の留意事項といいます)においても、次の規定が置かれています。 さらに、「不動産鑑定評価基準に関する実務指針-平成26年不動産鑑定評価基準改正部分について-」(令和3年11月一部改正)(公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会 鑑定評価基準委員会)では、付帯費用の取扱いにつき以下のとおり具体的な指針を示しています(一部を抜粋)。 ただし、ケースによっては、次のとおり付帯費用相当額の査定を省略できる場合もあることから、実務上、画一的な考え方をそのまま当てはめることが実情に即しないこともあります。 (※) 筆者注。ここに「減価修正」という言葉が登場してくるのは、付帯費用についても時の経過とともに再調達原価から価値の減少分を査定の上、評価に反映させる必要があることによります(後掲の評価例を参照ください)。 3 「付帯費用」を織り込んだ「建物及びその敷地」の評価例 以上の考え方に基づき、「付帯費用」を織り込んだ「建物及びその敷地」の評価例(ただし、計算結果の一部)を掲げておきます。 (1) 再調達原価 ① 土地 78,600,000円(更地価格) ② 建物 44,000,000円 ③ 付帯費用 建物が竣工し、建築業者から建物の引渡しを受け使用収益が可能な状態に至るまでの期間に対するコストとして、設計監理料、資金調達費用、発注者の開発リスク、土地の公租公課等の金額を一括して土地建物の再調達原価の15%と査定し(デベロッパーからの聴取等を参考)、これを付帯費用として織り込んだ。 (2) 減価修正 ① 土地 減価修正の必要は生じないものと判断した。 ② 建物 (ⅰ) 耐用年数に基づく方法 減価修正に当たっては、建物再調達原価を、躯体部分(40%)、仕上部分(30%)、設備部分(30%)に按分した上で、経済的耐用年数を躯体部分40年、仕上部分20年、設備部分15年と査定し、各部分ごとに経過年数に相応する減価率を査定の上、減価額を試算した。 その結果、減価額は以下のとおり36,080,000円となる。 減価額査定表 (※) 各構成部分の減価率を構成割合で加重平均した結果による。 (ⅱ) 観察減価法 観察減価法も併用したが、上記(ⅰ)以外に特段の減価要因は認められなかった。 (ⅲ) 建物減価額 上記(ⅰ)、(ⅱ)より、建物減価額を36,080,000円と査定した。 ③ 付帯費用 付帯費用の減価額は、付帯費用の再調達原価に建物の各構成部分の構成割合の加重平均による減価率(上記減価額査定表参照)を乗じて、以下のとおり15,088,000円と査定した。 ④ 土地建物一体減価の有無の検討 建物は敷地と適応し、環境とも適合しているため、一体減価は生じていないものと判断した。 ⑤ 減価修正額 上記(2)②及び③の結果を合計した金額を端数整理の上、減価修正額を51,200,000円と査定した。 (3) 積算価格 土地建物の再調達原価から減価修正額を控除して、建物及びその敷地の積算価格を以下のとおり89,800,000円と試算した。 なお、本件試算価格には消費税額を含まない。 4 まとめ 土地そのものは余程の地震等でもない限り、時の経過や使用に応じて減耗することはありませんが、土地にかかる付帯費用については減価修正の対象となります。この点が間違いやすいところです。なお、建物については本体だけでなく、その付帯費用についても減価修正の対象となります。 土地建物(付帯費用含む)を一体とした再調達原価から減価修正額(付帯費用を含む)を控除した結果が積算価格の基となります。 (了)
〈エピソードでわかる〉 M&A最前線 【第10回】 (最終回) 「経営難に陥った企業におけるM&A(後編)」 -コロナ禍も重なり経営者は自力再生からスポンサー探索を決断- 株式会社日本M&Aセンター コーポレートアドバイザー統括部 ゼネラルマネージャー 経営支援室 副室長 公認会計士 長坂 晃義 前回の前編では、ある企業の株式譲渡を前提とした譲受企業となるお相手探しのスタートから、資金繰りの悪化に伴う方針転換として、抜本再生のためのスポンサー探しへと変更した経緯を紹介しました。 今回の後編では、スポンサー型私的整理の実務上の論点を、流れに沿って振り返ってみたいと思います。 【対象企業データ】 【譲受企業データ】 ※情報管理の観点から、実際の事例とは一部内容を変更しております。 1 スポンサーからの条件提示 新たに仕切り直しスポンサー探索を開始したところ、意向表明の提出が可能な会社が新たに出てきました。対象会社とは広い意味では同業ですが、より上流の事業を営む関西地方に本社のある会社です。トップ面談、工場見学と進み、いざ意向表明を提出いただけるところまできましたが、まだこれからが本番です。資金繰りも厳しくなってきている以上待ったなしの状態でした。 その後の大まかな流れは次のとおりとなります。 まず、意向表明に記載の条件をもとに代理人弁護士とその補助者である筆者含む会計士チームで再生計画案を作成し、その計画案について中小企業再生支援協議会(現中小企業活性化協議会)で検証が行われます。検証後、再生計画案が固まった段階でバンクミーティングを開き金融機関に内容を丁寧に説明し、担当者に理解を深めてもらい、そして、計画案への同意に向け本店内稟議を回してもらうことになります。その間に各金融機関からの質問対応も並行して行いますが、質問内容は実に多岐にわたります。 その後金融機関からの同意が取得できた段階で、対象会社の社長と譲受企業との間で最終契約を締結する流れとなります。なお、当初の意向表明の受領から最終契約の締結まで通常2~3ヶ月程度を要し、後述しますが、会社分割といった組織再編を行うため最終契約の締結から決済までは1.5~2ヶ月程度を要します。 2 第二会社方式の実行 通常の私的整理の場合、第二会社方式、すなわちgood部門を新会社に切り離すとともに、金融債務は旧会社に残す、下図のような会社分割を行うことになります。 《分社型新設分割+株式譲渡スキーム》 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (注) 上記スキーム図は新設分割となっていますが、本件の場合は後述するよう吸収分割を行っています。 会社分割を行う場合、債権者保護手続きの一環で官報公告(公告期間として1ヶ月)が必要となります。公告に掲載されると外部に会社分割の事実が知られるため、最終契約締結後から会社分割手続きを進めることになります。それと同時に従業員への説明や許認可の引継ぎの可否など対応すべきことが目白押しとなります。 本件の場合の許認可は建設業許可でした。検討の結果、会社分割で新会社が建設業許可を承継するより、新規取得の方が審査期間を短くできることが判明し、資金繰りの観点からも建設業許可を新会社にて新規申請することにしました。その後新会社にて許認可が取得できた段階で会社分割を実行することにし、無事予定期間内に承継することができました。 一方、残った対象会社にはスポンサーからの譲渡対価が入り、それが金融機関への弁済原資となり、その後租税債権等を弁済したうえで特別清算することになります。 3 私的整理の場合の経営者責任は? 対象会社は特別清算を行うことで手続きが終了となりますが、個人保証を差し入れている経営者はどうなるのでしょうか。 経営者保証は、経営への規律付けや資金調達の円滑化に寄与しますが、経営者による思い切った事業展開や早期の事業再生、円滑な事業承継を妨げる要因となっているという指摘もあります。この課題の解決策として、全国銀行協会と日本商工会議所を事務局とする「経営者保証に関するガイドライン研究会」による「経営者保証に関するガイドライン」があります。このガイドラインに基づき処理が行われる場合は以下のような取扱いとなり、自己破産することなく経営者が生活を再スタートすることも可能です。 保証履行後も保証人の手元に残る資産等は破産時の自由財産(99万円以下)に加えて「一定期間の生活費(雇用保険の考え方を参考に、年齢等に応じて約100万円~360万円)」を経営者に残すことを検討します。また、華美でない個人所有自宅について、条件が整えば経営者が自宅に住み続けられるよう検討も行われることになります。 また、本件の場合、別論点として、経営に全く関与してない社長夫人が形式的に一部の金融機関の連帯保証人となっていたため当該保証債務の解除や、一時的に資金繰りをつなげるために社員や社外に勤務している長男から借入した金額の弁済の取扱い等留意すべき点がありました。最終的には親族からの借入金は債権放棄していただくとともに、求償権も行使しないことを条件に金融機関より同意を取り付けることができました。 4 最後に 「ここ数年の中で一番穏やかにお正月を迎えられました。ありがとうございました。」と、本件が無事終了した直後のお正月明け、対象会社の元社長から営業担当者宛てに一本の電話がありました。 金融機関からの同意を取得し、会社分割によって従業員含めた事業が新会社へ移行したことで、無事スポンサーのもとに新会社が譲渡されたのです。 本件の場合、コロナ禍の影響もあり、業績が悪化するなかで幸か不幸か社長の決断を後押しすることになりました。しかしながら、コロナ融資によって一息ついたものの、過大債務を負ったまま本業回復を成し遂げられず、債務の返済への道筋がつけられない企業が多数存在するのも事実です。この状況下で事業を残し、雇用を維持するために私的整理の手法を使うことの有効性を、今一度考えていただければ幸いです。 ◆今回のまとめ◆ ① 連帯保証人の経営者に生活の再スタートを示す大切さ ② 金融機関に対する再生計画案の丁寧な説明の必要性 ③ 資金繰りに合わせ債権者・債務者それぞれが動くこと ④ 経営者が金融機関以外からお金を借りる功罪 (連載了)