谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第27回】 「合法性の原則の外在的制約」 -青色申告承認「信義則」事件・最判昭和62年10月30日訟月34巻4号853頁の意義と限界- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、合法性の原則の制約について、租税平等主義との関係で内在的制約を検討したが、今回は、信義則との関係で外在的制約を検討することにする。その検討の素材としては、青色申告承認「信義則」事件・最判昭和62年10月30日訟月34巻4号853頁(以下「本判決」という)を取り上げ、その判断の内容及び限界を明らかにしながら、合法性の原則と信義則との適用関係について検討する。 その検討を始めるに当たって、まず、合法性の原則の「外在的制約」の意味について確認しておくことにしたい。前回は、租税平等主義との対立思考の下で合法性の原則の外在的制約を論じたが、今回論じる「外在的制約」については、次のⅡで述べるように、それとは意味を異にするものとして捉えている。 Ⅱ 合法性の原則に対する信義則による制約の捉え方 金子宏教授は、夙に、合法性の原則と信義則との適用関係について次のとおり述べておられた(同『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)62頁[初出・1974年]。下線・傍点筆者)。 金子教授は、その権威ある体系書『租税法』(弘文堂)においても初版(1976年)76頁から第24版(2021年)143-144頁まで、上記の見解を基本的には維持してこられた。金子教授の見解の特徴は、合法性の原則と信義則との適用関係の問題を「租税法律主義の内部における価値の対立の問題」(第24版では144頁。太字筆者)として捉えている点にある。そうすると、合法性の原則に対して信義則が「優越」する場合、租税法律主義の「内在的制約」が論じられていると解することもできるかもしれないが、果たしてそうであろうか。 租税法律主義は、確かに、「法的安定性」を重視するものであり、このことに異論はない。法的安定性とは「どのような行動がどのような法的効果と結びつくかが安定していて、予見可能な状態」(高橋和之ほか編集代表『法律学小辞典〔第5版〕』(有斐閣・2016年)1203頁)をいうから、これを「信頼の保護」と同義・同等に取り扱うことも妥当である(金子・前掲書『租税法理論の形成と解明 上巻』61頁も参照)。 しかしながら、法的安定性は、租税法律主義の機能として保障されるものであり(金子・前掲書『租税法理論の形成と解明 上巻』47頁、同『租税法〔第24版〕』79頁参照)、しかもその機能(筆者は予測可能性と結びつけて予測可能性・法的安定性保障機能と呼んでいる)は、租税法律主義の派生的機能として、租税法律主義の本来的機能である課税の適法性保障機能から導出されこれと両立し得るものでなければならないと考えるところである(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【11】参照)。 そうすると、法的安定性を信頼の保護と同義・同等に取り扱うとしても、それは合法課税すなわち合法性の原則に適合する課税に対する法的安定性であり信頼の保護であると考えるべきであろう。ただ、そのような意味での「信頼の保護」は、合法性の原則それ自体によって保障されるのであるから、信義則を適用するとしても、それは合法性の原則による保障を確認する意味しかもたず、信義則の適用を論ずることそれ自体に特段の実益はないといってよかろう。 これに対して、租税法律関係において信義則の適用が意味をもつのは、先に引用した金子教授の見解でも述べられているように、「誤った解釈や認定」による課税すなわち合法性の原則に反する課税に対する納税者の信頼を保護する場合である。この場合において合法性の原則と信義則との適用関係の問題を「租税法律主義の内部における価値の対立の問題」というとすれば、それは、合法性の原則に反する課税とこれに対する納税者の信頼の保護という、租税法律主義の外部にある価値の対立の問題を、租税法律主義の内部に取り込もうとすればその内部でも価値の対立を惹起するであろう問題、というような意味においてであろう。そうすると、そこで問題とされているのは、執行上の原則としての租税法律主義すなわち合法性の原則に対してその外部にある信義則によって加えられる制約であり、合法性の原則の「外在的制約」というべきものであると考えるところである。 Ⅲ 合法性の原則に対する信義則による制約の余地 では、合法性の原則に対する信義則による制約(外在的制約)、換言すれば、合法性の原則に対する信義則の「優越」の余地は認められるのであろうか。以下では、この問題について、本判決に則して検討していくことにする。 本判決は、租税法律関係における信義則の適用について次のとおり判示している(下線・傍点・[]内数字記号筆者)。 本判決を一読してまず気がつくのは、本判決が租税法律関係における信義則の適用について極めて慎重な態度でいわば「三段構えで極めて腰の引けた判断」(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)150頁[初出・2021年])を示している、ということである。つまり、租税法律関係における信義則の適用について、❶では、適用できる場合があると断定せず、適用できる場合がある「としても」と説示し、❷では、適用を考えるのではなく、適用の「是非」を考えると説示し、❸では、適用のために不可欠の考慮要素を完結的に列挙するのではなく、最低限(「少なくとも」)列挙するにとどめている、ということである。 それでも、本判決については、一般論としては、信義則の適用(法律による行政の原理=合法性の原則に対する「優越」)の余地を認めた判決として理解する見解が多く(差し当たり水野忠恒「判批」租税判例百選〔第7版・別冊ジュリスト253号・2021年〕36頁、原田大樹「判批」行政判例百選Ⅰ〔第8版・別冊ジュリスト260号・2022年〕42頁参照)、筆者自身もそのように理解している(前掲拙著『税法基本講義』【82】参照)。それは、「法律による行政の原理の形式的適用では、具体的妥当性に欠ける事態が生ずる」(塩野宏『行政法Ⅰ〔第6版〕行政法総論』(有斐閣・2015年)92頁)場合があり得る以上、そのような場合には「個別的救済の法理としての信義則の適用が肯定されるべきである」(金子・前掲『租税法〔第24版〕』144頁。下線筆者)と考えられるからである。 ただ、本判決は「法の一般原理である信義則の法理」を「個別的救済の法理」として適用する場合において、前回検討した租税平等主義のように、それを直接そのまま適用して合法性の原則を退けるか否かを判断するのではなく、前掲判決文中の❸で列挙した考慮要素を信義則の適用要件として形成し、それらの要件の充足の有無によって合法性の原則を退けるか否かを判断する、という法創造に基づく判断枠組みを採用したものと解される。このことは、本判決が前掲判決文に続く下記の判示において、❸で形成した適用要件のうち①公的見解の表示要件の不充足のみをもって信義則の適用を否定したこと(このことはこの要件を、裁判における訴訟要件すなわち本案判決の要件に相当する「入口要件」として、形成したことを意味する)から、明らかである(宇賀克也『行政法概説Ⅰ 行政法総論〔第7版〕』(有斐閣・2020年)51頁も参照)。 要するに、本判決は、信義則を法創造根拠理由としてその適用要件を法創造によって形成し、「少なくとも」①公的見解の表示要件、②行動要件、③経済的不利益要件及び④帰責要件を適用要件として判示したものと解される(前掲拙著『税法創造論』149頁参照。法創造根拠理由の意味については同131頁参照)。この法創造は、当該合法課税に係る根拠規定について、納税者の信頼を保護するための宥恕規定(この意味をも有する規定として例えば税通23条2項3号(「やむを得ない理由」)、同65条4項・66条1項柱書但書・5項(「正当な理由」)がある。前掲拙著『税法基本講義』【84】参照)の欠缺を補充するという意味での法創造であり、法学方法論の観点からみると、ある法規に関する適用除外規定の欠缺を補充するための法創造である目的論的制限(teleologische Reduktion. これについて参照、Larenz, Methodenlehre der Rechtswissenschaft, 6. Aufl., Berlin 1991, 391ff., 前掲拙著『税法基本講義』【46】)と類似する機能を有するものである。 ところで、本判決の判断が「三段構えで極めて腰の引けた判断」であることは既に述べたが、租税法律関係を「法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき」ものとする本判決の態度が、租税法律関係における信義則の適用をそのように過度に慎重なものとしたことは、①公的見解の表示要件を信義則の適用要件のうち「入口要件」として形成し、かつ、これを税務「官庁」概念(税務行政の意思を決定し外部に表示する権限を有する税務行政機関)により記述することによって税務行政内部の事情を納税者側の事情よりも優先的に考慮すること、換言すれば、税務行政側の公的見解の表示に対する納税者の信頼が保護に値するか否かを判断するために考慮すべき前記②ないし④のいわば「本案要件」を検討しないこと、に帰結したものと解される。 しかし、それでは、本判決が信義則を「個別的救済の法理」として位置づけその適用について「本腰」を入れて検討したとはいえないように思われる。つまり、本判決が示した信義則に関する法創造は「中途半端なもの」といわざるを得ず、そこに本判決の根本的な限界があるように思われるのである。 Ⅳ おわりに 今回は、合法性の原則の制約(外在的制約)について信義則との関係で検討し、租税法律関係における信義則の適用に関する本判決の内容及び限界を明らかにした。 本判決の以上で明らかにした根本的な限界を、次の見解(中川一郎編『税法学体系総論〔第6版〕』(三晃社・1974年)141頁。下線筆者。同書の全訂増補版(1977年)104頁では叙述が簡略なものとされている。また、同『税法学巻頭言集』(清文社・2013年)30-31頁[初出・1952年]も参照)で明確に述べられている税法における信義則の重要性及び法的性格に照らしてみると、本判決の判断態度から判断内容に至るまで判例理論を抜本的に見直す必要があると考えるところである。 この見解は、正当にも、信義則は「それ自体法規範ではない」ものの「法規範の形成力」を有することを指摘しているが、ここで信義則の「法規範の形成力」というのは、信義則が前述の「法創造根拠理由」たり得ることを意味するものと解される。上記見解の説くように、憲法は国民主権原理に基づき「相互信頼関係」の上に租税法律関係を形成することを要請すると解すべきであるが、信義則は法創造根拠理由として「法規範の形成力」によってその要請を実現しなければならないと考えるところである。このことは、裁判の場面では、信義則を司法における「個別的救済の法理」として個別具体化することを意味するものである。 このような信義則の重要性及び法的性格を考慮すると、租税法律関係における信義則の適用については、まず第1に、裁判所は本判決にみられるような「三段構えで極めて腰の引けた判断」態度を改めなければならない。そのような態度は、信義則に基づき創造・形成される法規範の内容を曖昧・不明確なものにするが、裁判官による法創造が司法的立法と呼ばれるとおり、国家機関による立法の一種である以上、それにも租税法律主義とりわけ課税要件明確主義が適用されると考えるべきであることから、信義則に基づき創造・形成される法規範の内容も一義的明確なものでなければならないことはいうまでもない。 このことを踏まえた上で、次に、信義則に基づき創造・形成される法規範の適用要件は、本判決のように、税務行政側の事情を納税者側の事情よりも優先的に考慮するものであってはならず、その適用要件の創造・形成に当たっては、両者の事情につき公正な比較衡量を行うことが不可欠であると考えるところである。 そうすると、とりわけ「入口要件」としての公的見解の表示要件については、税務「官庁」概念に着目し税務行政内部の権限ないし責任の所在を重視するのではなく、権限・責任のある者による見解の表示であるかの如き外観を呈しているかどうかを重視すべきであろう(前掲拙著『税法基本講義』【83】参照)。このことは、信頼の対象となるそのような外観が「長年にわたり恒常的に存在して租税法制自体に基因していると認められるような場合」であれば、一層強く要請されるであろう(これは、大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁が捕捉率の較差に関する平等原則違反の判断について示した考え方を、信義則違反の判断の場面に「転用」したものである。前掲拙著『税法創造論』151頁参照)。 (了)
〈令和5年度税制改正〉 特定非常災害に係る損失の繰越控除期間の延長 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 令和5年度税制改正において、特定非常災害に係る損失(純損失及び雑損失)の繰越控除期間が3年間から5年間に延長された(所法70の2、71の2)。 本改正は、令和5年4月1日以後に発生する特定非常災害について適用される(改正法附則3)。 以下、本改正について解説を行う。 【1】 特定非常災害とは 本改正により繰越控除期間が延長されるのは、特定非常災害に係る損失である。特定非常災害とは、「特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律(平成8年法律第85号)」第2条第1項の規定により、特定非常災害として指定された非常災害をいう。 阪神・淡路大震災(1995年)、東日本大震災(2011年)、熊本地震(2016年)、令和2年7月豪雨(2020年)他、過去に7つの災害が特定非常災害に指定されている。 【2】 純損失と雑損失の繰越控除(原則) 純損失とは、不動産所得、事業所得、譲渡所得及び山林所得の金額の計算上生じた損失の金額のうち、損益通算をしてもなお控除しきれない部分の金額をいう(所法2①二十五、69①)。 青色申告書を提出した年に生じた純損失の金額は、翌年以降3年間の所得金額から繰越控除することができる(所法70①)。また、青色申告書を提出していない年分の純損失の金額であっても、変動所得の金額の計算上生じた損失及び被災事業用資産の損失の金額については、翌年以降3年間の所得金額から繰越控除することができる(所法70②)。 雑損失とは、青色申告書を提出しているかどうかに関わりなく、雑損控除の適用金額のうちその年に控除しきれない損失の金額をいう(所法2①二十六、72①)。 雑損失も、翌年以降3年間の所得金額から繰越控除することができる(所法71)。 【3】 改正の内容 今回の改正により、特定非常災害に係る損失(純損失及び雑損失)については、繰越控除できる期間が、例外的に3年間から5年間へ延長された。 損失の程度(特定非常災害による損失が事業用固定資産の価額の10%以上かどうか)及び青色申告かどうかに応じ、繰越控除期間が延長される損失の範囲は、次のとおりとなる。 (1) 特定非常災害に係る純損失 ① 事業資産特定災害損失額(又は不動産等特定災害損失額)≧ 事業用固定資産の価額(※1)× 10%の場合(所法70の2①②④) (※1) 事業用固定資産の価額:特定非常災害による損失が生じた日にその資産の譲渡があったものとみなしたときに取得費とされる金額に相当する額 〈用語の定義〉 (※2) 事業用固定資産には、土地及び土地の上に存する権利は含まれない。 ② 事業資産特定災害損失額(又は不動産等特定災害損失額)< 事業用固定資産の価額 × 10%の場合(所法70の2③) (※3) 被災事業用資産特定災害損失合計額:特定非常災害により棚卸資産及び事業の用に供される固定資産等や山林について生じた損失の金額 (2) 特定非常災害に係る雑損失 雑損失の金額のうち、特定非常災害により生じた損失の金額は、青色申告書を提出しているかどうかに関わりなく、繰越控除期間が5年間へ延長された(所法71の2)。 (了)
〔令和5年度税制改正における〕 電子帳簿等保存制度の見直し 【後編】 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 【前編】はこちら 2 スキャナ保存制度の見直し 改 正 前 決算関係書類を除く国税関係書類(取引の相手方から受領した領収書・請求書等)については、以下の要件で、スキャナにより記録された電磁的記録の保存により、その書類の保存に代えることができる(電帳法4③)。 (注1) 決算関係書類以外の国税関係書類(一般書類を除く) (注2) 資金や物の流れに直結・連動しない書類として国税庁長官が定めるもの (注3) スキャナ保存制度により国税関係書類に係る電子データ保存をもって当該国税関係書類の保存に代えている保存義務者であって、その当該国税関係書類の保存に代える日前に作成又は受領した重要書類 改 正 後 (1) 要件の緩和 (注) 重要書類とは、資金や物の移動に直結・連動する書類をいう(契約書・領収書・納品書・請求書など)。これに対して、重要書類以外の書類を一般書類という(見積書・注文書・検収書など)。 (2) 適用時期 上記(1)の改正内容は、令和6年1月1日以後に行うスキャナ保存について適用される(電帳規附則2①)。 3 優良な電子帳簿に係る過少申告加算税の軽減措置の見直し 改 正 前 一定の国税関係帳簿(注1)について優良な電子帳簿の要件(注2)を満たして電磁的記録による備付け及び保存を行い、本措置の適用を受ける旨等を記載した届出書をあらかじめ所轄税務署長に提出している保存義務者については、その国税関係帳簿(優良な電子帳簿)に記録された事項に関し申告漏れがあった場合、その申告漏れに課される過少申告加算税が5%軽減される(電帳法8④)。 (注1) 一定の国税関係帳簿 一定の国税関係帳簿とは、所得税法・法人税法に基づき青色申告者(青色申告法人)が保存しなければならないこととされる総勘定元帳、仕訳帳その他必要な帳簿又は消費税法に基づき事業者が保存しなければならないこととされている帳簿をいう(電帳規5①)。 (注2) 優良な電子帳簿の要件 改 正 後 所得税・法人税に関する過少申告加算税の軽減措置の対象となる優良な電子帳簿の範囲については、上記の通り、「仕訳帳、総勘定元帳その他必要な帳簿(全て)」とされている。優良な電子帳簿の範囲の合理化・明確化を行うため、「その他必要な帳簿(全て)」については、申告(課税所得)に直接結びつきやすい経理誤り全体を是正しやすくするかどうかといった観点から、以下の記載事項に係るもの(補助帳簿)に限ることとされる。 《優良な電子帳簿に位置づけられる「その他必要な帳簿」の取引に関する記載事項(法人税の場合)》 (注1) 優良な電子帳簿に位置づけられない「その他必要な帳簿」の取引に関する記載事項の例・・・現金出納帳、当座預金出納帳、上記以外の資産台帳 (注2) 所得税の場合は、費用(経費)に関する事項のうち、雇人費、青色専従者給与額及び福利厚生費(賃金台帳)も優良な電子帳簿の対象とする。 適用時期 上記の改正は、令和6年1月1日以後に法定申告期限等が到来する国税について適用される(電帳規附則2③)。 (連載了)
令和5年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第2回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 4 一般試験研究費の税額控除制度及び中小企業技術基盤強化税制の税額控除率及び控除上限率の見直し グループ通算制度では、通算グループを一体として計算した税額控除限度額と控除上限額とのいずれか少ない金額(税額控除可能額)を各通算法人の調整前法人税額の比(控除分配割合)で配分した金額(税額控除可能分配額)を各通算法人の税額控除限度額とする。 [税額控除可能分配額(各通算法人の税額控除限度額)の計算式] この計算は、一般試験研究費の税額控除制度、中小企業技術基盤強化税制、特別試験研究費の税額控除制度に区別して計算される。 このように、グループ通算制度を適用する場合、通算グループ全体で税額控除率及び控除上限率を決定し、通算グループ全体で試験研究費の税額控除限度額を計算する仕組みであることから、令和5年度税制改正において、グループ通算制度における一般試験研究費の税額控除制度及び中小企業技術基盤強化税制の税額控除率及び控除上限率の見直しが行われている。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 経済産業省「令和5年度(2023年度)経済産業関係 税制改正について(令和4年12月)」20頁の図を基に筆者一部加工 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※) 経済産業省「令和5年度(2023年度)経済産業関係 税制改正について(令和4年12月)」48頁の図を基に筆者一部加工 グループ通算制度を適用している場合の一般試験研究費の税額控除制度、中小企業技術基盤強化税制、特別試験研究費の税額控除制度の改正前と改正後の取扱いは次のとおりとなる(新措法42の4①④⑦⑧⑱、旧措法42の4①④⑦⑧⑱)。 なお、この試験研究費の税額控除制度に係る改正は、令和5年4月1日以後に開始する事業年度から適用される(令5改所法等附38)。 (1) 一般試験研究費に係る税額控除制度(一般型) ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (続く)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第19回】 「りそな外税控除否認事件 (地判平13.12.14、高判平15.5.14、最判平17.12.19)(その2)」 ~法人税法69条~ 公認会計士・税理士 西川 浩史 4 事案の検討 (1) 外国税額控除制度の意義をどのように考えるか 最高裁は、外国税額控除制度を「同一の所得に対する国際的二重課税を排斥し、かつ、事業活動に対する税制の中立性を確保しようとする政策目的に基づく制度である」としている(下線筆者)。外国税額控除制度に関しては、(a)政策目的に基づく制度とする説(※6)、(b)国際租税法の基本的な制度とする説(※7)、(c)国際租税法の基本的な制度でかつ政策目的に基づく制度とする説(※8)がある。 (※6) 中里実『タックスシェルター』有斐閣(2002)230-231頁。なお、中里教授は注書きにおいて「たとえ外国税額控除制度を設けなくとも、憲法違反になることはなかろうし、外国税額の損金算入で十分といえよう。」と述べられているが、あまりにも外国税額控除制度の本質を無視した見解であり、到底認めるわけにはいかない。 (※7) 村井正『学術フロンティア研究成果報告書「国際金融革命と法」第3巻』関西大学法学部研究所(2005)118-119頁、水野忠恒『所得税の制度と理論-「租税法と私法」論の再検討』有斐閣(2006)102-104頁 (※8) 本庄資「租税判例研究 第418回 外国税額控除余裕枠の濫用」ジュリスト1336号(2007)142頁 国税庁編『改正税法のすべて(昭和63年度版)』(大蔵財務協会、1965年)の381頁には、「外国税額控除制度は、二重課税排除の方式として国際的にも確立された制度であり、いわゆる政策的な優遇措置ではありませんが、・・・」とあり、外国税額控除制度は単なる政策的な優遇措置ではないとしている。つまり、外国税額控除制度は国際的二重課税の排除をするための国際租税法の基本ルールであり、その制度を我が国は資本輸出の中立性確保の面から政策的に選択しているものと考える。 本事案の検討においては、外国税額控除制度は単なる政策目的の課税減免規定ではなく、国際的二重課税の排除をするための国際租税法の基本的な制度と捉えた上で、国際的二重課税の排除目的の観点から慎重に行う必要があると考える(※9)。 (※9) 水野教授は、前掲(※7)書104頁において、「外国税額控除制度を課税の減免規定として位置づけ、そこから限定解釈を導くことを議論しているのは、出発点を誤っており、この議論には価値はないものといわなければならない。」と述べている。 (2) 本事案は私法上の法律構成による否認が可能か Yは、本件のような濫用事案に関しては、裁判所は法の創造機能を発揮して事実認定の結果として課税を行うことが可能と主張した。地裁(高裁も地裁判決を支持)は、総論として(a)仮装取引の場合と(b)別に真実の法律関係が存する場合には、このような私法上の法律構成による否認の可能性を認めたが、その当てはめにおいては、「(本件取引は仮装行為ではなく)、Xらの選択した法律関係が当事者の真実の法律関係ではないとするのは、余りに本件の経済的成果や目的にのみとらわれた解釈であって相当ではない。」として否定した。 最高裁は、私法上の法律構成による否認に関する原審の判断については何も言及をしていない。これに関しては、原審の判断を維持したと考える説(※10)もあるが、金子宏教授は、「『私法上の法律構成』の名のもとに、仮にも真実の法律関係または事実関係から離れて、法律関係または事実関係を構成しなおす(再構成する)ようなことは許されないと考える。」と述べている(※11)。本事案後の判例等においては、私法上の法律構成による否認を適用した裁判例は皆無であり、最高裁は法律上の根拠を欠く法理の適用に消極のようである(※12)。 (※10) 谷口勢津夫「判例批評 法人税法上の外国税額控除制度の濫用 [平成17.12.19最高裁第二小法廷判決]」民商法雑誌(2007)1082頁 (※11) 金子宏『租税法 第24版』弘文堂(2021)142頁 (※12) この点は一角塾の研修会で塾頭の村井正教授から指導を受けた内容である。 (3) 本事案は法人税法69条の限定解釈による否認が可能か Yは、法人税法69条1項の「納付することとなる場合」を限定解釈し、本件取引における外国源泉税の納付がこれに当たらないと主張した。高裁は、総論において、「およそ正当な事業目的がなく、税額控除の利用のみを目的とするような取引により外国法人税を納付することとなるような場合」には限定解釈は可能としながらも、当てはめにおいては、「Xは、金融機関の業務の一環として、B社への投資の総合的コストを低下させたいというC社の意図を認識した上で、自らの外国税額控除の余裕枠を利用して、よりコストの低い金融を提供し、その対価を得る取引を行ったものと解することができ、これが事業目的のない不自然な取引であると断ずることはできない。したがって、本件取引が外国税額控除の制度を濫用したものであるということはできない。(最高裁判決文における原判決の理由の要旨より。下線筆者)」として、課税当局の主張を排除した。 最高裁は、本件取引について課税免除規定の限界解釈により法人税法69条の「外国法人税を納付することとなる場合」に当たらないとまでは述べていない。そして、全体としてみれば、自らの税負担を軽減させるだけではなく、利益を取引関係者が享受するための取引であることを強調した上で、結論として、外国税額控除の余裕枠を利用して利益を得ようとする取引であり、外国税額控除制度を濫用し税負担の公平を著しく害するものとして許されないとした。 このような最高裁の対応に関しては、課税免除規定の限界解釈と考える説(※13)もあるが、あえて法人税法69条の限定解釈には言及しないで制度の濫用に焦点を絞ったもの(※14)と考える方が正しいのではないかと思料する。 (※13) 金子前掲(※11)書140-141頁。なお、「ただし、租税法律主義の趣旨からして、その限界解釈の法理の適用については、十分に慎重でなければならないと考える。」と付け加えている。 (※14) 谷口前掲(※10)書1082-1090頁 (4) 原審の判断と最高裁の判断の違いを生んだ背景 吉村政穂教授は、「原審の判断の背後には、経済的裁定取引と租税裁定取引との意図的な同視または混合があったように思われる。」と述べている(※15)。本件取引は、経済的裁定取引と見れば外国税額控除枠を利用することにより利益を出す取引であるといえるが、租税裁定取引と見れば我が国の外国税額控除枠自体の売買取引といえ、その結果として、最高裁は正当な事業目的による取引とは認めなかったと理解する。このことが、両者の判断の違いにつながったのではないかと考える。 (※15) 吉村政穂「最新判例批評(72)外国税額控除の余裕枠を利用して利益を得ようとする取引に基づいて生じた所得に対して課された外国法人税を法人税法(平成10年法律第24号による改正前のもの)69条の定める外国税額控除の対象とすることが許されないとされた事例(最二判平成17.12.19)(判例評論(572))」判例時報1937号(2006)187頁 (5) 最高裁による全体的観察法の位置付け 地裁は、私法上の法律構成による否認に関する総論のなかで、「(仮装取引の場合か真実の法律関係が存する場合かの判断)にあたっては、複数の当事者間で行われた個々の契約が存在するとしても、全体があらかじめ計画された一連のスキームであるならば、全体を一体のものとして判断すべきであ[る]。(下線筆者)」とした。 最高裁は、「全体としてみれば」という観点(全体的観察法)から、原審が個別取引として捉えていた「ローン契約」、「預金契約」及び「外国税額控除余裕枠の売買」を一体として把握した上で、自らの税負担を軽減させるだけではなく、利益を取引関係者(B社、C社)が享受するための取引であるとした。 地裁は私法上の法律構成による否認を判断する際に全体的観察法を用いた。一方、最高裁は本件取引を濫用と位置付ける方法として全体的観察法を用いたように思われるが、全体的観察法に関する理論付け(全体があらかじめ計画された一連のスキームであることに関する検討)が必要であったと考える。本件スキームは、国境を跨ぐ連鎖的な取引であり、その中の二当事者間取引だけを分離して観察すると、取引全体の意図が見えにくくなるのは事実であり、全体的観察法のようなアプローチは必要と考えるが、我が国においては、全体的観察法に関する立法がない以上、その適用に関しては慎重でなければならないと理解する(※16)。 (※16) 村井正教授は、『入門国際租税法 改訂版』清文社(2020)3-4頁において、「ドイツ租税通則法42条2項でいう『事情の全体像』は、取引全体からみて取引の合理的な事業目的の存することを納税者が立証すれば、濫用ありとは認定しない、とする趣旨であろうが、これと裏腹に『事情の全体像』から濫用ありと認定することも考えられるのではなかろうか。最高裁は、まさにその一例を示したものと思われる。」と述べている。 5 外国税額控除制度の本質面からの再考 粟津明博教授は、「外国で貸付金利息につき源泉税を納付していることは明らかであるが、当該受取貸付金利息収入は、それと同時に設定された預金への支払利息の形で外国の企業に流出してしまっており、日本で貸付金利息収入として課税されていないと認められ、ことばは変であるが一重(一国)課税であり、国際的な二重課税を防止するという外国税額控除制度の趣旨、目的からすれば控除を認める必要がないのはあたり前の話である。(下線筆者)」と述べている(※17)。 (※17) 粟津明博『税法解釈の限界を考える 判例・裁決の批判的検討』日本評論社(2015)326頁 本件取引に関しては本当に国際的二重課税が生じているのかについて疑問を感じていた。外国税額控除制度の本質を、国際的二重課税になっている外国法人税を国内法により排除するための国際租税法の基本的な制度と考えると、本件取引を外国税額控除の余裕枠利用(彼此流用による適用)と考える前に、国外所得に対して国際的二重課税が実際に生じているか否かを最初に確かめるべきであると理解する。 なお、実際には、本件取引の受取貸付金利息(源泉税控除前金額)は支払預金利息より多いので、少額の国外所得(利ざや)は生じているが、本件取引だけでは控除限度によりクック諸島に納められた外国法人税(貸付金利息に係る源泉税)のごく一部しか税額控除できない状況にあった。しかし、他の取引で生じた外国税額控除余裕額があったため当該控除余裕額を利用することにより全額の税額控除ができ、国外の取引関係者にその利益を享受させたものである。当然このような取引は、外国税額控除制度の本質から認めるべきでないと考える。 しかしながら租税法律主義の観点(予測可能性と法的安全性の確保)からは、本件のような取引に対して外国税額控除を明確に否認するためには、詳細な調査にて仮装行為を立証するか個別否認規定の改正で対抗することが正しい解決策であると理解する。 6 おわりに 本事案のようなスキームに関して、村井正教授は、「独、豪等のような租税回避に関する一般規定をもたない我が国は、抜け穴封じとして個別否認規定で対抗するか、それともあらゆる法律構成の可能性を探るしかないであろう。その際、これらのスキームが国境を跨ぐことに注視すれば、国際租税法の論理が重要となる。」と述べている(※18)。本事案では、まさに国際租税法から外国税額控除制度の正しい本質を理解することが不可欠であり、それを最重要点として位置付けて判断する必要があったと考える。 (※18) 村井前掲(※4)書4頁 また、本庄資教授は、本事案は租税条約を利用していないスキームであったが、その応用編では租税条約も利用できる可能性があるとしている。そして、国内税法で本件取引と類似のアコモデーション・パーティ・スキーム防止規定の必要性を述べている(※19)。本事案のような取引は、その後の税制改正(※20)で封じられることになったが、今後、企業の海外税務戦略に対応する上で、外国税額控除制度に限らず、国際租税法(租税条約を含む)の議論が重要になっていくと理解する。 (※19) 本庄資「外国税額控除余裕枠の利用による租税回避事案に鉄槌を下した最高裁判決」税経通信(2006)47-50頁 (※20) (※3)参照。 (了)
法人税、住民税及び事業税等に関する 会計基準を学ぶ 【第4回】 (最終回) 「開示」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号。以下「法人税等会計基準」という)における開示について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 当事業年度の所得等に対する法人税、住民税及び事業税等の開示 損益計算書において、次のように表示する(法人税等会計基準9項、10項)。 貸借対照表において、次のように表示する(法人税等会計基準11項、12項)。 Ⅲ 受取利息及び受取配当金等に課される源泉所得税 次のように表示する(法人税等会計基準13項)。 「諸税金に関する会計処理及び表示に係る監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第63号)では、受取利息及び受取配当金等に課される源泉所得税について、「受取利子・配当等に課される源泉所得税のうち、法人税法及び地方税法上の税額控除の適用を受ける金額は、損益計算書上、「法人税、住民税及び事業税」に含めて処理する。」と記載されていた。 税額控除の適用を受ける場合、法人税等会計基準5項に定めた当事業年度の所得等に対する法人税、住民税及び事業税等の額に含まれ、法人税、地方法人税、住民税及び事業税(所得割)に含めて表示することが明らかであるため、当該記載は、法人税等会計基準では踏襲していないとのことである(法人税等会計基準38項)。 Ⅳ 外国法人税 次のように表示する(法人税等会計基準14項、39項、40項)。 Ⅴ 更正等による追徴及び還付 損益計算書において、次のように表示する(法人税等会計基準15項、16項)。 貸借対照表において、次のように表示する(法人税等会計基準17項、18項)。 Ⅵ 終わりに 「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準を学ぶ」は、今回の【第4回】で終了することとなる。 2022年10月28日に改正された法人税等会計基準は、2024年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首からの適用であり、ただし、2023年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができるとされているので、適用時期に注意が必要である。 本連載「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準を学ぶ」が少しでも実務に役立てば幸いである。 (連載了)
2023年6月 第1四半期における 会計処理の留意事項 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 2023年3月期の株主総会及び有価証券報告書の提出が終了したばかりの会社も多いと思われるが、2024年3月期の第1四半期の決算日も近くなってきた。今回は、2023年6月第1四半期における会計処理の留意事項について、解説する。 1 法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準 2022年10月28日に、ASBJより以下の会計基準の改正が公表された。 本改正では、その他の包括利益に対して課税される場合の法人税等の計上区分、グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等の売却に係る税効果の取扱いについて、改正が行われている。 (1) 適用時期 適用時期は、以下のとおりである(法人税等基準20-2、包括利益基準16-5、税効果適用指針65-2)。 (2) 改正理由 その他の包括利益に計上された取引又は事象(以下、「取引等」という)が課税所得計算上の益金又は損金に算入され、法人税、住民税及び事業税等が課される場合がある。 従来、法人税、住民税及び事業税等は、法令に従い算定した金額を損益に計上しているが、取引等は、その他の包括利益に計上される一方で、これに対して課される法人税、住民税及び事業税等は損益に計上され、税引前当期純利益と税金費用の対応関係が図られていなかった。 そのため、その他の包括利益に対して課される法人税、住民税及び事業税等のほか、株主資本に対して課される法人税、住民税及び事業税等も含めて、所得に対する法人税、住民税及び事業税等の計上区分についての見直しが行われた(「改正企業会計基準第27号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」等の公表」の「公表にあたって」)。 (3) 影響があるケース 影響があるケースとして、以下の例示が挙げられている(「企業会計基準公開草案第71号(企業会計基準第27号の改正案)「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準(案)」等の公表」の「コメントの募集及び本公開草案の概要」)。 なお、株主資本に対して課税される場合については、従来から税効果適用指針等において取扱いが示されているため、以下の場合を除き、影響はない(「改正企業会計基準第27号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」等の公表」の「公表にあたって」)。 (4) 会計処理及び開示 会計処理及び開示については、下記拙稿を参照されたい。 (5) 会計方針の変更 法人税等基準等の適用をする場合、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として注記する(企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(以下、「遡及基準」という)10)。 なお、その他の包括利益に対して課税される場合の法人税等の計上区分について、以下の経過措置が定められている。 2 電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い 2022年8月26日に、ASBJより実務対応報告第43号「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」(以下、「実務報告43号」という)が公表された。 これは、2019年5月に「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」が成立し、金融商品取引法が改正されたことに伴い、投資性 ICO(Initial Coin Offering)が金融商品取引法の規制対象となったため、会計上の取扱いが必要となり、公表されたものである。 (1) 適用時期 適用時期は、以下のとおりである(実務報告43号13)。 (2) 実務報告の範囲 実務報告は、株式会社が金融商品取引業等に関する内閣府令(以下、「金商業等府令」という)第1条第4項第17号に規定される「電子記録移転有価証券表示権利等」を発行又は保有する場合の会計処理及び開示を対象としている(実務報告43号2)。 ここで、「電子記録移転有価証券表示権利等」とは、金商業等府令第1条第4項第17号に規定される権利をいい、金融商品取引法第2条第2項に規定される有価証券とみなされるもの(以下、「みなし有価証券」という)のうち、電子情報処理組織を用いて移転することができる財産的価値に表示される場合に該当するものをいう(実務報告43号3(1))。 電子記録移転有価証券表示権利等は、従来のみなし有価証券と権利の内容は同一のため、「基本的に」みなし有価証券と同様の会計処理を規定している(実務報告43号27)。 (3) 会計処理及び注記 会計処理及び注記については、下記拙稿を参照されたい。 (4) 会計方針の変更 実務報告の適用をする場合、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として注記する(遡及基準10)。 また、実務報告の適用に当たり、経過措置は規定されていないため、過去の期間の全てに遡及適用する必要がある(実務報告43号13)。 3 グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い 2023年3月31日に、ASBJより実務対応報告第44号「グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い」(以下、「実務報告44号」という)が公表された。 令和5年度税制改正において、グローバル・ミニマム課税に対応する法人税が創設され、それに係る規定(以下、「グローバル・ミニマム課税制度」という)を含めた税制改正法(「所得税法等の一部を改正する法律」(令和5年法律第3号))(以下、「改正法人税法」という)が 2023年3月28日に成立した。 これにより、グローバル・ミニマム課税制度の適用が見込まれる企業は、改正法人税法の成立日以後に終了する連結会計年度及び事業年度の決算(四半期連結決算及び四半期決算を含む)において、グローバル・ミニマム課税制度を前提として税効果会計を適用するか否かの検討が必要なため、実務報告44号が公表された(「実務対応報告第44号「グローバル・ミニマム課税に対応する法人税法の改正に係る税効果会計の適用に関する当面の取扱い」の公表」の「公表にあたって」)。 (1) 適用時期 実務報告44号の公表日以後適用する(実務報告44号4)。 (2) 会計処理 税効果会計の算定において、グローバル・ミニマム課税制度の影響を反映しない(実務報告44号3)。 (3) 注記 グローバル・ミニマム課税制度の影響が見込まれる企業において実務報告44号を適用した旨を注記することが考えられるが、企業がグローバル・ミニマム課税制度の施行日以後その適用が見込まれるか否かの判断を適時にかつ適切に行うことについて懸念があるため、当該注記は不要とされた(実務報告44号16)。 4 セグメント情報 セグメント情報は、集約基準や量的基準等に基づき、報告セグメントを開示する(企業会計基準第17号「セグメント情報等の開示に関する会計基準」(以下、「セグメント基準」という)11~16)。 (1) 量的基準 (2) 四半期における留意点 四半期で特に留意すべきことは、量的基準の適用である。 ① 期末日の量的基準の判定では量的基準を下回っていたが、第1四半期末では量的基準を上回る場合 期末日の量的基準の判定では量的基準を下回っていた事業セグメントが、第1四半期末では量的基準を上回る場合がある。この場合、第1四半期では報告セグメントとして開示する必要がある。量的基準を満たすことが一時的であっても報告セグメントとして開示する必要があるので、注意が必要である。 ② 期末日の量的基準の判定では量的基準を上回っていたが、第1四半期末では量的基準を下回る場合 量的基準を適用して報告セグメントを決定するにあたって、相当期間にわたりその継続性が維持されるよう配慮する必要がある。そのため、前期末において報告セグメントとされた事業セグメントが当第1四半期において量的基準を下回るとしても、引き続き重要であると判断される場合には、当該セグメントに関する情報を区分し、継続的に開示する必要がある(企業会計基準適用指針第20号「セグメント情報等の開示に関する会計基準の適用指針」9)。 したがって、量的基準を下回るため、すぐに開示しないと判断するのではなく、継続性(第2四半期以降の影響等も含む)を考慮して、報告セグメントとして開示する必要があるかどうかを検討する必要がある。 ③ 開示 上記①又は②により、報告セグメントを変更する場合は、以下を開示する(企業会計基準適用指針第14号「四半期財務諸表に関する会計基準の適用指針」(以下、「四半期指針」という)40(1))。 ただし、前年度の対応する期首からの累計期間に係る報告セグメントの利益(又は損失)及び売上高の情報を当年度の報告セグメントの区分により作り直した情報が、最高経営意思決定機関に対して提供され、使用されている場合には、上記bに代えて、当該情報を記載することができる(四半期指針106)。 (了)
〈一問一答〉 副業・兼業に関する担当者のギモン 【第1回】 「許可制・届出制の選択のポイント」 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 副業・兼業規制の背景 従来、多くの企業は、就業規則において、労働者が企業の許可なく副業・兼業を行うことを禁止しており、労働者の副業・兼業について、いわゆる「許可制」を採用することが一般的であった。 長期雇用制度(終身雇用制度)の下では、企業が正社員の定年までの雇用を保障し、雇用の安定という絶大なメリットを供与する代わりに、正社員に対して過大な献身(コミットメント)を求めることが多く、副業・兼業の許可制も、まさにこうした献身要求の表れと評価することができる。 しかしながら、時代や社会の変化に伴い、いまだ長期雇用制度が基本を成してはいるものの、雇用の流動化が進行し、企業による中途採用の動きや労働者の転職活動が活発化しているほか、副業・兼業についても、労働者のエンゲージメントの向上に資するとの捉え方が浸透し、企業においても副業・兼業を促進する機運が高まっている。 こうした社会的背景の下、厚生労働省は、「働き方改革実行計画」(平成29年3月28日付け)を受けて設置した「柔軟な働き方に関する検討会」の検討会報告(平成29年12月25日付け)において、原則として副業・兼業を認める方向で普及促進を図る方針を打ち出した。また、厚生労働省は、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月31日付け。以下「副業・兼業ガイドライン」という。なお、副業・兼業ガイドラインは、その後、令和2年9月および令和4年7月にそれぞれ改定されている)を公表するとともに、「許可制」を定めてきた従来のモデル就業規則を、原則として企業への「届出」によって副業・兼業を行い得る内容に改定した。あわせて、厚生労働省は、副業・兼業ガイドラインの補足資料という位置付けで、「「副業・兼業の促進に関するガイドライン」Q&A」を公表している。 2 新旧モデル就業規則から見る許可制と届出制 厚生労働省が公表するモデル就業規則は、従来、「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」を労働者の遵守事項として規定し、副業・兼業について、「許可制」を定めていた。「許可制」の下では、労働者による副業・兼業は原則禁止され、許可を得た場合に限り、例外的に許容されることとなる。 しかしながら、前述したとおり、厚生労働省は、副業・兼業ガイドラインの公表とともに、モデル就業規則を改定し、副業・兼業に関する従来の「許可制」を「届出制」に改めた。「届出制」の下では、労働者の届出により副業・兼業は原則許容され、企業秩序への影響や労務提供への支障等がある場合に限り、例外的に禁止・制限されることとなる。 (注) 令和4年11月版モデル就業規則より抜粋。 3 許可制・届出制の選択 以上のとおり、厚生労働省は、副業・兼業について、「許可制」から「届出制」への変更を推奨しているが、副業・兼業ガイドラインやモデル就業規則はあくまでも指針やモデルに留まり、法的拘束力を有するものではないため、「許可制」を採用したからといって直ちに就業規則の内容の合理性が否定されるわけではない。 それでは、許可制と届出制のどちらの制度設計とすべきか。 前提として、これまでの裁判例の多くは、副業・兼業は、本来労働者の私生活における行為であること(労働時間以外の時間をどのように利用するかは労働者の自由であること)を理由として、形式的には副業・兼業の許可制に違反する場合であっても、企業秩序に影響せず、かつ、使用者に対する労務提供に格別の支障を生ぜしめない程度・態様の副業・兼業については、実質的に許可制の定めに違反するものではない、との判断枠組みを示し、許可制に反する場面を限定的に解釈してきた。 したがって、労働者の自由を考慮すれば、副業・兼業ガイドラインやモデル就業規則が指摘するとおり、「届出制」を原則とすべきであろう。また、副業・兼業は、単に労働者の自由を保障するという観点だけではなく、企業にとっても、副業・兼業の促進が労働者のエンゲージメントの向上に資するとの捉え方が浸透するに至っており(一般社団法人日本経済団体連合会「副業・兼業の促進-働き方改革フェーズⅡとエンゲージメント向上を目指して-」令和3年(2021年)10月12日)、労働者のスキルアップや自発的なキャリア開発を支援するという積極的な意義等を有する。 他方、許可制または届出制のいずれを採用するかにかかわらず、労働者の副業・兼業を認める場合には、一般的に、労務提供上の支障、企業秘密の漏洩、長時間労働の発生等のデメリット(留意点)があることから、自社での業務を本業としてもらいたいと強く考える企業にあっては、「許可制」を採用し、自社での勤務に影響が出ないよう副業・兼業の実施時間や頻度等についても厳格に審査を実施するという選択もあり得る(厚生労働省が令和5年3月30日付けで公表した「副業・兼業に取り組む企業の事例について」によると、このような観点から許可制を採用する企業も複数見られる)。 結局のところ、「なぜ今副業・兼業を解禁するのか」という目的と自社の状況とを照らし合わせて、基本的な制度の枠組みとしての許可制または届出制を選択したうえで、企業が副業・兼業を禁止・制限できる場合を適切に限定列挙することが重要になろう。 (了)
〔相続実務への影響がよくわかる〕 改正民法・不動産登記法Q&A 【第19回】 (最終回) 「相続登記の申請義務化における運用方針のポイント」 司法書士 丸山 洋一郎 弁護士 松井 知行 【Q】 相続登記の申請義務化における運用方針が決定されたと聞きました。 具体的な内容について教えてください。 【A】 登記官が相続登記の申請義務違反の事実を把握しても、直ちに裁判所への通知(過料通知)は行わず、あらかじめ申請義務を負う者に催告を実施する。この催告に応じて相続登記を申請した場合は、過料通知は行わないこととされた。 また、相続登記の申請をしない「正当な理由」が認められる類型も明示されている。なお、これらに該当しない場合でも、登記官が個別事情を丁寧に確認して、判断を行うこととしている。 要するに、安易に過料の通知は行われない運用にすることが示された。 -《解説》- 1 はじめに 令和4年1月27日に公開された本連載【第2回】「相続登記の義務化の内容と注意点」の「【補遺】相続登記の義務を果たさなかった場合の罰則」において、「相続登記の義務化に伴い、義務を課された者が正当な理由がないのに相続登記の申請を怠ったときは、10万円以下の過料に処されること」を紹介している。 【第2回】の公開から1年半程度経ち、申請義務違反の過料について公的な情報が少しずつ明示されてきている。過料については、相続実務に関わることが多いと思われる税理士の関心も高いと予想する。そこで、本連載の最後に、申請義務違反の過料に関する最新の情報をご紹介することで締めくくりとしたい。 2 運用方針の詳細とポイント まず、法務省は令和5年3月22日、「相続登記の申請義務化の施行に向けたマスタープラン」にて、相続登記の申請義務化の運用方針を公表している。 (※) 法務省「相続登記の申請義務化の施行に向けたマスタープラン(概要)(令和5年3月22日)」より一部抜粋 法務省は、上記の概要に加えて、新制度に関する予見可能性の確保と不安の解消を図り、法務局における運用の透明性及び公平性を十分に確保する観点から、次のような運用の方針を公表している。 (※) 法務省「相続登記の申請義務化の施行に向けたマスタープラン(本文)(令和5年3月22日)」より一部抜粋 なお、法務省が公表した上記の相続登記の申請義務化の運用方針のうち、筆者が注目する点につき下線を付した。以下では下線を付した箇所を取り上げ、筆者の考えを述べたい。 ⇒ 登記官はあくまで登記申請の過程で把握した情報をもとに申請義務違反を判断することになる。法務局への義務違反の密告などが例に挙がっていないのは、統一性・公平性の問題があるうえ国民の納得が得られないからであろう。 ⇒ 経済的な困窮とはどの程度の困窮なのか、世帯で判断するのか、生活保護を受けていることまで要求されるのかなど、まだまだこの要件も明確ではないため、今後明らかになっていくと思われる。 ⇒ 正当な理由につき、ア~オがあくまで例示に過ぎないことが分かる。 * * * 最後に、令和5年6月1日に法務省民事局民事第二課から「不動産登記規則等の一部を改正する省令案に関する意見募集」が公表されている。 この省令案は、相続登記の申請義務違反に係る過料に関する規定(不動産登記法第164条の改正規定)の施行に伴う改正事項を定めるものである。意見募集期間は、令和5年6月1日(木)から令和5年6月30日(金)なので、本稿の掲載時点では募集された意見及び法務省のコメントを紹介することはできない。しかし、今後公表される法務省のコメント等で重要な点があれば、別途本稿にて追記を行う予定である。 (連載了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第25回】 「出版事業会社の贈賄事件 -社長でさえも止められなかった理由」 弁護士 原 正雄 東京五輪2021が開催された翌年2022年9月、K社のK会長、B顧問(元専務)、社員C氏(元担当室長)の3名が贈賄罪の疑いで逮捕、起訴された。東京五輪に関してX社に7,000万円を支払ったことが理由であった。K社は調査のためガバナンス検証委員会を設置し、2023年1月23日に調査報告書を公表した。 同報告書によれば、K社のA社長は普段はコンプライアンス重視の姿勢で、本件でも違和感を示していた。にもかかわらず、K会長の了解済みと説明されると、K会長の気持ちを忖度して引き下がり、その後は関与を避けてしまったとのことである。以後、K社では役職員がX社への7,000万円の支出を実現するため、様々な工夫を凝らすことになる。 本稿では、社長でさえもX社への7,000万円の支出を止められなかった経緯と、役職員たちが不正の目的を実現するために行った工夫について、調査報告書に基づいて分析する。 1 贈賄の要請 調査報告書によれば、K社が贈賄の要請を受けるに至った経緯は、以下のとおりである。 (1) T理事との面談 K社は東京五輪のスポンサーを目指していたところ、2016年4月8日、東京五輪の組織委員会のT理事と面談することになった。T理事は、スポーツ分野に大きな影響力を持つ人物であった。 同面談には、K社からはB専務とC室長が出席した。B専務はオリンピックプロジェクトの管掌役員であり、C氏はオリンピックプロジェクトの担当室長であった。 面談でK社はT理事に対して、五輪協賛への意思と、入札金額が3.8億円であることを伝えた。これに対してT理事は、スポンサーは1業種1社であるところ、出版業では他にL社が希望を出している、と答えた。 これ以降、K社とT理事側は定期的に面会するようになった。 (2) T理事側からの提案 2016年10月5日の面談の際に、K社は、T理事側から出資金等に関する以下の提案を受けた。 K社はさらに、T理事側に、スポンサーに就任した場合には前倒しで発表したいとの要望を伝えた。2016年10月25日、K社はT理事側から、スポンサー発表は本来2018年1月だが、特別に前倒しも可能とするとの提案を受けた。 上記は、X社に1億円を払えば、特別に2社合同スポンサーを認め、本来10億円の契約金を特別に4億円とする、K社の「早く発表したい」という要望にも応じる、とするものであった。 合計1億円の支払先とされたX社は、T理事と深い関係を有する会社であった。そのため、X社への1億円は、T理事による組織委員会の委員としての権限行使の対価、すなわち贈賄と解し得るものであった。 上記提案を聞いたC室長は、後に「率直に言って違和感があった」と述べている。 2 社長の対応 上記のとおり、T理事側からの提案は、贈賄の懸念を抱いて当然のものであった。にもかかわらず、K社ではA社長ですらも本件を止めることができなかった。その経緯は以下のとおりである。 (1) K会長の反応と専務会 10月5日のT理事側からの提案は、B専務を通じて、K会長に報告された。その際に「T理事は準公務員なのでお金が渡ると違法になる」とも説明したとのことである。しかし、K会長は報告を聞いてとても喜び、早く発表したい様子とのことであった。 10月25日にはT理事側から、K会長の発表時期に関する要望を反映した提案がなされた。その結果、早くも翌26日にはK会長やA社長も出席する専務会が開催され、その場でX社への金銭支払が了承されてしまった。 なお、専務会は、設置の根拠規程がない非公式の機関であった。そのため、資料の配布もされず、誰がどのような意見を述べたかも記録されなかった。議事録を作成しないため、責任の所在が曖昧になった様子がうかがえる。 (2) 社長への再度の説明 K社においてコンプライアンスに関する一切の事項についての責任を負っていたのは、代表取締役であるA社長であった。多くの役職員は、A社長について、コンプライアンス意識が高く慎重な人であったと述べる。本件についても、A社長は前向きではなかった。 X社への金銭支払を了承した専務会から約2週間後の2016年11月11日、A社長は、B専務とC室長を呼び出し、改めての説明を求めた。A社長は、コンプライアンス的に受け入れられないという感じで、B専務とC室長に「理事という公的な地位にある人が何故こういうことをできるのか」と述べたとのことである。ただ、その点は会長にも伝え済みと聞くと、A社長は「ああそうなのか」という感じでため息をつき、それ以上は異議を述べなかったとされている。 3 A社長でさえも止められなかった理由 A社長が異議を述べなかった理由として、K会長への忖度やK社の企業風土などがあるところ、さらに会長の不明瞭な権限や、取締役会が機能していなかったことなども指摘されている。 (1) 会長の不明瞭な権限 K社では、定款において、社長が「当会社の業務を統括」すると定めていた。ところが、実際は上述のとおり、K社で実質的な権限を有しているのは、会長であった。役員や局長クラスの人事評価と人事異動にも、会長の強い影響力が及んでいた。社長のリーダーシップは阻害されていた。 こうした事象をより強化したものとして、職務権限規程の定めがあった。職務権限規程は、定款より下位の規程である。ところが、K社では職務権限規程は定款に反して、社長の権限を「執行の統括」に限定し、会長が「経営全体を統括する」と定めていた。かつ、会長がいかなる権限や手段で「経営全体を統括する」のかも不明であった。 なお、監査部門が会長の規程上の位置づけや意思決定権限の分配上の課題などを指摘したことはなかったとのことである。 (2) 取締役会への報告の不存在 一般の企業であれば、本件のような事案が取締役会に報告されれば、社外役員が問題を指摘し、より慎重に審議する。法的責任にも発展しかねないからである。取締役会はそのように監督機能を発揮することが期待されている。 しかし、K社では、A社長やB専務は本件を取締役会に報告していない。そのため、取締役会は本件の情報を入手できなかった。取締役会が監督機能を発揮する機会はなかった。 本件が取締役会へ報告されなかった理由として、社外取締役を含む取締役会が社内において信頼を獲得できていなかったという点が挙げられる。取締役会のメンバーはK会長の元部下やK会長と親交がある者ばかりであったことが理由である。 そのため、ガバナンス検証委員会からヒアリングを受けた役職員の多くが、取締役会による会長への監督について否定的な回答をしている。それどころか、「取締役会による会長への監督」との言葉に対して驚きの反応を示す者さえいたとのことである。 (3) 小括 上記のとおり、K社ではA社長ですらも本件を止めることができなかった。A社長はK会長が了解済みと説明されると引き下がり、その後は関与を避けてしまっていた。理由は、会長への忖度やK社の企業風土に加えて、社内規程での会長の位置づけや意思決定権限が不明瞭であったこと、取締役会が機能していなかったことなどであった。 4 役職員による工夫 以後、K社では、X社への支払いは経営トップの意思であると認識されるようになった。そのため、役職員たちはX社への支払いを実現すべく、以下のとおり様々な工夫を凝らした。 (1) 知財法務部の対応 T理事側からの提案を聞いた知財法務部のメンバーは、X社への支払いが贈賄罪に当たるという強い懸念を抱いた。顧問弁護士にも相談して「やめた方がよい」との回答も得た。 しかし、知財法務部の部長は、本件を止めなかった。このことについてある役職員は「会長が本当にやりたがっていて前のめりだったとすると、知財法務部の部長が止めることによって、不興を買ったと思う。そうなったら、知財法務部の部長のキャリアがそれ以上発展しなくなったと思う」とコメントしている。K社の従業員には、会長の意向に反すると人事上不利益を被るとの意識が浸透していた。 最終的に知財法務部は「スポンサーになるためのコンサルティングではなく、スポンサーになった後にオリンピックが始まるまでの間、出版社としてどう動くか、どうやっていくかのコンサルティングをX社にしてもらう、それに対してX社にお金を払うのであれば、スポンサーに関して支払いをしたわけではないという説明がしやすくなる」と述べたとのことである。 K社がスポンサーになることについてコンサルティングをしてもらったとすると権限行使の対価であることが明白になる。そこで、スポンサーになった「後」の活動に対する対価という形にすべきとの提案であった。ただ、実体を伴う提案とは言い難いものであった。 (2) 組織委員会への支出のみを切り出しての決裁 K社では、1つの案件を分割して決裁を求めることは認められていない(職務決裁基準)。組織委員会への支出2億8,000万円とX社への支出7,000万円は一体であった。案件を進めるには、3億5,000万円全体を1つの案件として申請して決裁を得る必要があった。 ところがC室長は、2019年1月22日、本件のうち組織委員会への支出2億8,000万円のみを切り出して経営会議に上程し、決裁を得た。職務決裁基準に反する取扱いであった。 (3) X社への支払い 上記の結果、X社への支出7,000万円は決裁がない状況となった。仮に別途決裁を得るとすれば「1億円以下」の支出として役付執行役員の決裁が必要であった。 しかし、その後、X社への支出について決裁が行われることはなかった。代わりに契約書の作成について押印申請書が作成され、B専務が承認しただけであった。 なお、押印申請書は所定のファイルで保管することになっていたが、X社との契約書の押印申請書についてはC室長が自宅に持ち帰り保管していた。C室長がX社への支出7,000万円に後ろめたい気持ちを有していたことがうかがえる。 2019年6月17日、K社は決裁がないままX社とコンサルティング契約を締結し、コンサルティングフィーとして7,000万円(1億円の内L社分を除いた金額)を支払った。後に東京地検特捜部によって贈賄罪の疑いを指摘される行為であった。 (4) 「形式的な成果物」 K社は、X社とのコンサルティング契約における委託業務を、スポンサーになった「後」におけるコンサルティング業務としていた。上述の知財法務部の提案に沿った内容であった。 そこでK社は、X社から、同契約に基づくコンサルティング業務として、月1回程度、「オリパラ情報」と題したワードファイルなどをメール送信してもらうことにした。 もっとも、それらはA4で1~2枚程度のものであった。内容も、組織委員会等のリリースやネットニュース等の公開情報を転記したものが大半であった。これらがK社内で活用された形跡はなかった。これらは、K社内では「形式的な成果物」とされていた。コンサルティング業務に対する支払いという名目を正当化するため、それらしい業務内容を何とか捻り出そうと苦労していた様子がうかがえる。 (5) 小括 上記のとおり、K社の役職員は、本件が贈賄に当たるのではないか、という強い懸念を有していた。にもかかわらず、経営トップがX社への支払いを求めている以上、賛成はできずとも実現するしかない、と考えてしまった。K社の役職員は、上述のとおり様々な工夫を凝らして本件の贈賄行為を行った。組織的対応と評価せざるを得ない状況であった。 もっとも、K社の役職員は、自らの私的利益を実現しようとしてコンプライアンス違反に手を染めたわけではない。会社という組織において経営トップに忠実であろうとしただけである。忠実でありすぎたことが、事態を悪い方向に向かわせてしまった。 したがって、K社において最も問題があったのは、役職員を率いる経営トップであった。 5 企業風土 上記のとおり、問題は経営トップにあった。とはいえ、役職員らに一切の責任がないというわけではない。役職員たちも経営トップの暴走を止められなかった。それはなぜか。K社の企業風土についても付言する。 (1) 全ての役職員が「自分事」として捉えるべき ガバナンス検証委員会によれば、K社では「本件を引き起こしたのは会長やその直接の部下たちであって自分たちではない。だから自分たちには責任がない」という認識を持つ役職員が多かったとのことである。 しかし、本件に直接関係していない役職員たちも、長年「会長案件」を見ながら何らアピールも内部通報もしてこなかった者たちである。ときには自らの担当案件を通すために「会長了解済み」「会長案件」という言葉を利用することもあったようである。全ての役職員がそうした対応を通じて不適切な企業風土を作り上げてきた。 そのため、ガバナンス検証委員会は、本件は「他人事」ではなく「自分事」として捉えるべきと指摘している。 (2) 内部通報制度が不十分であった K社は内部通報制度を設けたうえ、通報義務まで定めていた。本件のような事案は、まさに通報されてしかるべきものであった。 ところが実際は、本件では誰も通報をしていない。その理由は、通報しても会社は対処しないだろうという諦観や、通報をすると不利益を受けるのではという懸念があったからとのことである。 確かに、本件は会長案件であって、社長でさえも止めることができなかった。そのことからすると、通報窓口が通報を受けても対応できないだろうとの懸念を役職員たちが抱くのは当然であった。社内の役職員が担当する通報窓口の限界である。 また、上述のとおり人事評価と人事異動に会長の強い影響力が及んでいた以上、通報をすると不利益を受けるのではと懸念するのも、無理からぬところであった。 K社では、社外役員や外部弁護士を受付窓口にして経営トップを監視する仕組みや、通報者の匿名性を保護する仕組みが確立できておらず、周知もされていなかった。 6 ガバナンス (1) 会長についての事情 本件において、K会長の責任は重い。 もっとも、本件でK会長が贈賄と知りつつ暴走したかというと、そうとも言い切れない。調査報告書を読む限り、K会長は贈賄について明確な報告を受けていない。仮にそうした報告を受けていれば、K会長自身が決断して本件をストップした可能性もある。その意味で、K会長にも汲むべき事情がある。 ただ、問題は、なぜK会長がそうした報告を受けることができなかったか、である。おそらく過去に、適正ではあるが意に沿わない報告をした者を正しく処遇してこなかったのではないか。そうだとすると部下たちは会長の意に沿わない報告ができなくなる。調査報告書も、本件で動こうとしなかった部下たちについて「自分が案件を止める引き金は引きたくないという心理に陥っていた様子がうかがえる」と指摘している。 (2) 構築すべき体制 したがって、経営トップは、たとえ意に沿わない報告を受けたとしても、その内容が正しいのであれば、その報告をした部下を褒めるように努めなければならない。そのうえで、自らが間違った判断をしたときに止めてもらえる仕組みを構築する。これは、経営トップ自身を守るためでもある。 その仕組みの第一は、透明なプロセスで選任された社外役員を中心とする取締役会の充実である。実際、K社は、2023年2月2日の取締役会で、監査等委員会設置会社から指名委員会等設置会社に移行することを決議、公表している。そのうえで、同年5月11日、新たな取締役の候補を公表した。13名の候補者のうち、社外取締役は過半数の7名であった。 本件は、他の多くの企業にとっても他山の石である。企業は、本件を契機として、自社の経営トップへの監督が十分に機能しているか、ガバナンス体制を見直すべきである。それが経営トップのためにもなる。 (了)