Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第29回】 「〔第2表〕株式等保有特定会社の判定の留意点」 税理士 柴田 健次 Q A社、B社、C社及びD社における株式の相続税評価額の計算において、それぞれA社及びB社については直前期末方式を採用し、C社及びD社については仮決算方式を採用した場合には、下記の通り株式等保有割合が50%未満となり、株式等保有特定会社に該当せず、一般の評価会社として評価することができますか。 なお、いずれの会社も株式等特定会社以外の特定の評価会社には該当しないものとします。 直前期末から課税時期までの各社の株式等保有割合の変動理由は、下記の通りとなります。 A A社及びC社は一般の評価会社として評価することができますが、B社及びD社は、株式等保有特定会社に該当するため、一般の評価会社として評価することはできません。 ① 株式等保有特定会社の判定 課税時期における下記算式の株式等保有割合が50%以上の場合には、株式等保有特定会社として、純資産価額又は「S1+S2方式」により評価することとされています(評価通達189(2)、189-3)。 株式等保有特定会社が規定された理由として、資産が著しく株式等に偏っている会社については、原則的評価方式による評価額と適正な時価との乖離が問題になり、租税回避行為の原因ともなっていたため、平成2年の財産評価基本通達の改正により設けられました。 なお、評価会社が、株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社かどうかを判定する場合において、課税時期前において合理的な理由もなく評価会社の資産構成に変動があり、その変動が株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは、その変動はなかったものとして当該判定を行うものされています(評価通達189なお書き)。 ② 合理的な理由の判断基準 「合理的な理由があるかどうか」については、明確な判断基準はありませんが、租税回避行為の有無、資産購入と課税時期までの期間、長期的にも株式等保有特定会社に該当しないかどうか、原則的評価方式における評価額と株式等保有特定会社の評価額の差額、事業の必要性等を総合勘案して判断されるべきであると考えられます。 ③ 株式等保有割合の計算時点 上記①の株式等保有割合は、第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」を基に計算します。具体的には、株式等保有割合の分母の価額は、第5表における資産の部の合計の相続税評価額(①の金額)を使用し、分子の価額は、第5表における株式等の価額の合計額の相続税評価額(㋑の金額)を使用することになります。 第5表の資産及び負債の金額は、下記の通り、評価時点を課税時期(仮決算方式)か直前期末時点(直前期末方式)のいずれを採用するかによって異なります。 (1) 原則的な評価時点(仮決算方式) 非上場株式の評価の計算時期は、課税時期となりますので、相続の場合には相続開始時点、贈与の場合には贈与時点となります。したがって、評価会社の課税時期の属する事業年度開始の日から課税時期までの期間の決算を確定させ、資産及び負債の金額を求めることになります。 (2) 簡便的な評価時点(直前期末方式) 第5表の純資産価額の計算は、原則として仮決算方式で評価するべきこととされていますが、評価会社が課税時期において仮決算を行っていないため、課税時期における資産及び負債の金額が明確でない場合において、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しく増減がなく評価額の計算に影響が少ないと認められるときは、直前期末方式により計算することができるものとされています。 したがって、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しく増減がある場合については、直前期末方式により計算ができません。 例えば、直前期末から課税時期までの間に評価会社が一部事業の廃止や合併等の組織再編を行ったことで資産及び負債の増減が大きい場合には、直前期末方式で計算することはできませんので仮決算方式により計算を行うことになります。 ④ 本問の場合の当てはめ なお、令和3年8月27日の裁決(TAINSコード:F0-3-765)は、株式等保有特定会社を免れるために相続開始の直前において増資を行ったと認定された事例となりますが、審判所は、下記の通り判断しています。 (下線は筆者による) 上記に記載のとおり、「相続税の負担を大きく軽減することを直接の主たる目的として行われたこと」と認定された場合には、課税時期前において合理的理由もなく評価会社の資産構成に変動があったものとみなされ、その変動がなかったものとして取り扱われることになりますので、資産の変動の要因となる行為がどのような目的で行われたかが重要なポイントとなります。 ☆実務上のポイント☆ 直前期末方式で計算する場合には、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しい増減がないかを確認することが重要となります。また、株式等保有特定会社や土地保有特定会社の判定を行う場合には、課税時期前に株式等保有特定会社又は土地保有特定会社を免れるための行為がなかったかどうかを確認する必要があります。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例125(贈与税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆暦年課税(相法21~21の8) 暦年課税は、1暦年(1月1日から12月31日まで)に贈与により受けた財産の合計額から基礎控除額110万円を差し引いた残額に累進税率を適用して贈与税を計算する。 ◆相続開始前3年(※)以内に贈与があった場合の相続税額(相法19①) 相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前3年(※)以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合においては、その者については、当該贈与により取得した財産の価額を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみなして相続税が課税される。 ◆贈与税額控除(相法19①、相令4①) 相続税の課税価格の計算上、3年(※)以内の生前贈与加算が適用された者については、相続税と贈与税の二重課税を排除するため、相続税額の計算上、次の算式により計算した贈与税額控除額を相続税額から控除する。なお、贈与税額控除額がその者の算出相続税額を超えることとなっても、その超える分について贈与税額の還付はない。 (※) 令和5年度の税制改正により令和6年1月1日以後の贈与については7年に延長されている。 ◆相続時精算課税制度(相法21の9~21の18) 生前の贈与について、納税者の選択により、暦年課税に代えて、相続時精算課税の適用を受けることができる。相続時精算課税とは、贈与時に贈与財産に対し一定の贈与税(特別控除額2,500万円を超えた部分に20%の税率で課税)を支払い、相続開始時にその贈与財産を相続財産に持ち戻して相続税を計算し、支払った贈与税を精算する制度である。特別控除額の2,500万円までは贈与税はかからず、さらに相続開始時にこれらの生前贈与財産をプラスしても相続税がかからない場合には、贈与税の負担なしで生前贈与が可能となる。つまり、相続時精算課税により支払った贈与税額は相続税がゼロの場合には全額還付になる。 ◆相続時精算課税選択届出書(相法21の9②) 相続時精算課税の適用を受けようとする者は、その年の翌年2月1日から3月15日までに贈与者からその年中に贈与により取得した財産について相続時精算課税の適用を受けようとする旨その他一定の事項を記載した届出書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。なお、贈与者が死亡した後でも受贈者の選択により相続時精算課税選択届出書は提出できる。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第29回】 「建物の取壊費用等が不動産所得の必要経費ではなく、 土地の取得費に算入されるべきとされた事例」 税理士 菅野 真美 ▷建物の取壊費用の取扱い 所得税法において、建物を取り壊した場合の建物の取得費と取壊費用の取扱いは4つに分かれる。すなわち、不動産所得等の必要経費になる場合、土地の取得費となる場合、譲渡費用となる場合、家事費となる場合である。 不動産所得の必要経費に算入するものとして、不動産所得を生ずべき事業の用に供される固定資産について、取壊し、除却、滅失等により生じた損失がある(所法51①)。必要経費は、「事業活動と直接関連を持ち、事業の遂行上必要な費用でなければならない」(※1)と考えられているから取壊費用を必要経費化するためには、その固定資産が事業の用に供されていることが必要である。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年)321頁 取壊費用等が、土地の取得費になるものとして、その取得後おおむね1年以内に当該建物等の取壊しに着手するなど、その取得が当初からその建物等を取り壊して土地を利用する目的であることが明らかであると認められる場合とされている(所基通38-1)。通達で1年以内と定められているが、「初めは建物を事業に使用する目的で取得したが、その後やむを得ない理由が生じたことにより、その使用をあきらめなければならないような場合には、その取得後おおむね1年以内にその建物を取り壊したときであっても、その建物の帳簿価額と取壊費用の合計額は、土地の取得価額に含めないで、取り壊したときの損金の額に算入することができます。」(※2)と税目は法人税であるが、タックスアンサーにおいて回答されている。 (※2) 国税庁タックスアンサー「No.5401 土地とともに取得した建物を取り壊した場合の土地の取得価額」 不動産所得の必要経費になるか、土地の取得費になるかによって納税コストも大きく変わる場合もあり、境界線がどこにあるのかが重要となる。 今回は、建物を取り壊して土地を借りる予定の会社が現れたために購入した土地建物について、取得後にその会社が借りないことになったが、その後新たに現れた借主の要望により取り壊した費用や建物の取得費は不動産所得の必要経費か、土地の取得費かで争われた事案を検討する。 ▷どのような事案か この事案について、解体工事完了までの流れのうち主要な出来事を時系列で並べると次のようになる。 (※3) 地裁判決の原告の主張では「10月下旬頃にCから旧A土地建物と一緒に本件土地を借りたいという申込みがあった」と記載されているが、当裁判所の判断では「同年11月頃、原告に対し、旧A土地建物に加え本件土地建物を借りたい旨の申出をするとともに、本件建物は不要であると取壊してほしいとの要望をした」と記載されており、本稿では裁判所の判断の時期を記載した。 甲は、本件建物の取得費と取壊費用を不動産所得の必要経費として申告したが、課税庁から更正処分を受け審査請求をしたが棄却されたため、山形地方裁判所に訴えを提起した。 本事案において争点は2つあったが、本稿では、建物の取得に要した金額(4,100万円)及びその取壊しに要した費用の額(421万2,000円)は、不動産所得の必要経費か、土地の取得費かで争われた点にしぼって検討する。 ▷甲と課税庁の主張 地裁における甲と課税庁の建物の取得に要した金額と取壊しに要した費用の額に関する主張は、以下のようになる。 ▷地裁の判決は 地裁は次のように述べて、甲の請求を却下・棄却した。 ▷高裁の判決は 地裁判決に不満な甲が控訴したが、高裁も次のように述べて甲の請求を棄却した。 ▷これらの判決から学んだことは 地裁判決は、土地建物を取得した時点で、建物を取り壊し、土地利用の目的であったことが明らかであることを、証拠に沿って的確に判断している。高裁判決は地裁判決を支持して簡潔に判断している。 建物の利用価値が取得時点であるかどうかが重要で、判決では語られてないが経済的価値がない建物に4,100万円という価格で契約したことについて極端な節税の意図を感じたことが本判決となった要因かもしれない。だから、当初の取壊しの計画と実際の取壊しに関連性がないこと、建物の登記をしたことや、その後、建物のテナント募集がなされたことは必要経費算入の根拠とはならなかったのではないだろうか。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第24回】 「住友銀行外税控除否認事件 -受益者条項からみたケース別否認類型の検討- (地判平13.5.18、高判平14.6.14、最判平17.12.19)(その3)」 ~法人税法69条ほか~ 税理士 畠山 和夫 6 外税控除否認の論理構成 (1) 租税条約の受益者条項を租税回避否認規定として直接適用する構成(直接適用論) ① 日本国憲法、国内法と条約の関係 (ⅰ) 日本国憲法と条約の関係(芦辺信喜『憲法 第7版』岩波書店(2019)13頁より筆者要約) (ⅱ) 租税条約の国内法として直接適用の可否(川端康之「租税条約上の租税回避否認」税大ジャーナル第15号7頁を筆者要約) a.国内法と租税条約上の租税回避否認規定の関係に関する学説の対立 b.直接適用の要件 ② 我が国の従来の対応 租税条約の受益者条項は、従来から(1)「租税回避否認規定」ではなく「課税権配分規定」と目されてきたこと、(2)租税条約の我が国への適用については「直接適用可能説」ではなく「国内立法必要説」が通説とされてきたこと、から個別否認規定を持たない我が国では租税条約上の受益者条項違反を租税回避行為として否認することは困難だとされてきた。しかし、川端・前掲「租税条約上の租税回避否認」をベースに、受益者条項の直接適用の可能性を検討したい。 ③ 受益者条項の直接適用の可能性の検討(川端・前掲「租税条約上の租税回避否認」より筆者要約) (ⅰ) 受益者条項の租税回避否認規定性 (注) 例としてOECDモデル租税条約の受益者の要件や日米租税条約22条に見られるLOB条項が挙げられている。 (ⅱ) 租税条約否認規定の直接適用可能性 (ⅲ) 論点 (ⅳ) 条約の租税回避否認規定の直接適用 a.具体例(括弧内は原文の事実に対応する本件S銀行R事件の事実を筆者追記) b.理論構成(括弧内は原文の事実に対応する本件S銀行R事件の事実を筆者追記) ④ プリザベーション条項との関係 (ⅰ) 本件条約の租税回避否認規定の直接適用が抵触する懸念 条約の受益者条項を国内法令に直接適用すると、法人税法69条の「納付することとなる」要件を受益者に限定することになる。これは国内法令の特典を制限することになり、プリザベーション条項に抵触することになりはしないか、という懸念が生じる。 (ⅱ) プリザベーション条項の意義(増井良啓「租税条約におけるプリザベーション条項の意義」税務事例研究102巻63頁を筆者要約) (※3) 日豪租税条約には、プリザベーション規定は存在しない。 ⑤ 本件への当てはめ ◆上記④についての理論構成(川端・前掲「条約の租税回避否認規定」9頁を筆者要約) 以上から、上記第3説を採用しプリザベーション条項は働かないとした上で、租税条約の受益者条項を国内の租税回避否認規定として直接適用する理論構成とする。 (2) 脱法行為により無効とする構成(公序良俗違反論) ① 脱法行為の公序良俗違反による当然無効論(大須賀明「憲法上の脱法行為」早稲田法学会誌第15巻6頁を筆者要約) ② 租税法規の強行法規性(金子宏『租税法(第24版)』弘文堂(2021)86頁から一部抜粋) ③ 賛成意見(一括支払システム事件(最高裁平成15年12月19日判決)の亀山継夫裁判官補足意見を筆者要約) ④ 反対意見(清水一夫「課税減免規定の立法趣旨による「限定解釈論」の研究」税大論叢59号284頁を筆者要約) ⑤ 本件への当てはめ 一般的に、私法上又は公法上の禁止行為に違反し脱法行為として公序良俗違反により無効であるときは、当然その無効な私法上の行為を根拠とする課税減免規定の適用は否定される。そのように解さなければ、課税減免規定を許容することにより国家が脱法行為という違法な行為を助長又は加担することになり不合理である(ただし、行政上の取締法規違反は私法上の行為に影響せず無効とはならない)。 しかし、脱法行為論を税法の分野に持ち込むことに対しては前掲の清水一夫税務大学校教授の有力な反対意見がある。したがって、脱法論から三行外税事件を否認するためには、その間を橋渡しする次の理論が必要だと思われる。 (3) 法律への詐害理論又はクリーンハンズの原則により否認する構成(信義則違反論) ① 適用すべき信義則の派生原則 (ⅰ) 法律への詐害理論(仏:fraude a la loa) 公法である租税法に関して詐害が行われた場合には、当該私法行為は課税庁に対抗できない。 (ⅱ) クリーンハンズの原則 自ら法を尊重するものだけが、法の救済を受けるという原則で、自ら不法に関与した者には裁判所の救済を与えない。 ② 信義則の税法適用否定説(下村芳夫「租税法律主義をめぐる諸問題」税大論叢6号44頁から筆者要約) ③ 信義則の税法適用肯定説(金子宏『租税法(第24版)』弘文堂(2021)143~144頁より筆者要約) ④ 本件への当てはめ 下村芳夫税務大学校助教授の否定説は、税務官庁が行った事実関係や行政作用によって、納税義務の変更や消滅をきたす場合の理論であり、本件のように、納税者の行為が信義則に違反している場合の理論とは前提が異なる。私法上又は公法上の行為が脱法行為として公序良俗に違反するときは、租税法律主義(合法性の原則)を犠牲にしてもなお正義に反するといえるような特別の事情がある場合であり、私法の一般原則である信義則を租税法律関係に適用しその違法な私法上の行為を根拠とする課税減免規定の適用を否定すべきと思われる。 (4) 「納付することとなる」要件事実該当性による構成(受益者要件事実論) ① 大阪地裁判決での主張 (ⅰ) 原告の主張 (ⅱ) 地裁の判断 ② 上記主張・判断に対する疑問点 (ⅰ) 「第三者による納付(上記【a】【c】)」に関する疑問点 税法は、相対する当事者の租税関係について、当事者の一方ずつを別々に規定している。国税通則法は、債権者(国税当局)の立場から、真実経済的な負担者以外の第三者からの納付に関しても債権消滅事由として規定している。これに対し、法人税法69条は、債務者(納税者)の立場から、真実経済的な負担者からの納付に関して規定している。すなわち、「納付することとなる」と規定しているのであり、確定すべき抽象的な納付義務の負担者は代理人・導管等の第三者ではなく、真実経済的な負担者を意味しているものと思われる。したがって、同じ「納付」でも同義に解することはできない。 (ⅱ) 「納付証明書(上記【b】)」に関する疑問点 納付証明書は形式的証拠力(証明書が外国の官公署によって作成され偽造ではないこと)はあっても、実質的証拠力(記載事項の内容が真正であること)がない場合も当然ありうる。本件ケースⅠ及びⅡの場合は後者の場合であり、両ケースの納付証明書は、条約又は国内法に定められた源泉税納税者(受益者)ではない者を納税者として記載した虚偽内容の証明書であり、いかに「名義主義」といえども、虚偽内容の証明書をもって有効な納付証明書ということはできない。 7 ケースⅠ・Ⅱ・Ⅲ別の外税控除否認への論理構成 (1) 外税控除否認への論理構成 以上より、外税控除否認への論理構成は次の5つに要約される。 (2) ケースⅠ・Ⅱ・Ⅲ別論理構成適用順序 ① ケースⅠ(受益者条項付き租税条約適用:S銀行R事件) 租税条約受益者条項を租税回避否認規定として国内法令に直接適用する典型的なケースである。したがって、主位的に外税控除否認への論理構成は①直接適用論になる。 憲法98条2項により、国際法規である条約の遵守の観点にも拘わらず、租税条約の受益者条項を充たさないS銀行の源泉税納付は脱法行為であり、我が国でいう公序良俗違反及び信義則違反として、税法上その行為を否認するものである。したがって、予備的に外税控除否認への論理構成は②公序良俗違反論、③信義則違反論及び④受益者要件事実論になる。 ② ケースⅡ(受益者条項付き源泉地国内法適用:S銀行P事件) 金融機関による源泉税減免のための受益者条項は、源泉地国メキシコの一般国内法に規定されているものであり、受益者ではないS銀行は同国の租税法規範に違反して源泉税の納付を行ったものである。本ケースでは、S銀行の同国における源泉税納付は、同国の納付に当たらないため我が国の法人税法69条の納付という要件事実にも該当しないと構成する。したがって、外税控除否認への論理構成は主位的に④受益者要件事実論になる。 また、源泉地国の国内法規の受益者条項を充たさないS銀行の源泉税納付は源泉地国における脱法行為であり、我が国でいう公序良俗違反及び信義則違反として、税法上その行為を否認するものである。したがって、予備的に外税控除否認への論理構成は②公序良俗違反論及び③信義則違反論になる。 ③ ケースⅢ(受益者条項無し源泉地国内法適用:S銀行R事件) S銀行の源泉税納付は、源泉地国の法令手続を遵守して行ったものであり、源泉地国でのS銀行の違法性は認められない。この場合、S銀行の外税控除余裕枠濫用は我が国の租税回避否認の問題であり、我が国の法人税法69条の解釈により否認するしかない事案である。したがって、外税控除否認への論理構成は⑤恩恵的政策規定の趣旨目的による限定解釈論になる。 8 おわりに 以上、本件S銀二事件に関して、その租税回避のスキームのケースを3つに分けて、できる限り法令の解釈論よりも事実認定を重視し、我が国の国内法のみならず国際法規(条約や源泉地国法令)も含めて、ケースごとに最適と思われる否認の論理構成を検討した。ここで示した見解は、筆者の独自の見解であり、浅学の故に論理の展開に不十分な点があることをお詫び申し上げる。 (了)
リース会計基準(案)を学ぶ 【第4回】 「リースの識別」 -リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 前回(第3回)に続き、リースの識別について解説する。 リースの識別については、前回(第3回)解説した「リースの識別の判断」のほかに、「リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分」についても規定されている。 今回は、この「リースを構成する部分とリースを構成しない部分の区分」について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 借手及び貸手の原則的な会計処理 リース会計基準(案)は、自動車のリースにおいてメンテナンス・サービスが含まれる場合などのように、契約の中には、リースを構成する部分とリースを構成しない部分の両方を含むものがあると説明している(リース会計基準(案)BC27項)。 このような場合、借手及び貸手は、リースを含む契約について、原則として、リースを構成する部分とリースを構成しない部分とに分けて会計処理を行う(リース会計基準(案)26項)。 借手は、契約における「リースを構成する部分」について、リース会計基準(案)及びリース適用指針(案)に定める方法により会計処理を行い、契約における「リースを構成しない部分」について、該当する他の会計基準等に従って会計処理を行う(リース適用指針(案)10項)。 貸手は、契約における「リースを構成する部分」について、リース会計基準(案)及びリース適用指針(案)に定める方法によりファイナンス・リース又はオペレーティング・リースの会計処理を行い、契約における「リースを構成しない部分」について、該当する他の会計基準等に従って会計処理を行う(リース適用指針(案)12項)。 「リース取引に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第16号)は、典型的なリース、すなわち役務提供相当額のリース料に占める割合が低いものを対象としており、役務提供相当額は重要性が乏しいことを想定し、維持管理費用相当額に準じて会計処理を行うこととしていた。 リース適用指針(案)においては、これまで役務提供相当額として取り扱ってきた金額は、リースを構成しない部分に含まれることになると考えられている(リース適用指針(案)BC15項)。 Ⅲ 借手の契約における対価の配分(リースを構成する部分とリースを構成しない部分とへの配分) 借手は、契約における対価の金額について、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とに配分するにあたって、それぞれの部分の独立価格の比率に基づいて配分する(リース適用指針(案)11項)。 独立価格の比率は、貸手又は類似のサプライヤーが当該構成部分又は類似の構成部分について企業に個々に請求するであろう価格に基づいて算定する(リース適用指針(案)BC16項)。 借手においてリースを構成する部分とリースを構成しない部分の独立価格が明らかでない場合、借手は、観察可能な情報を最大限に利用して、独立価格を合理的な方法で見積る(リース適用指針(案)BC16項)。 なお、リース適用指針(案)では、借手に財又はサービスを移転しない活動及びコストに関する取扱いも規定されている(リース適用指針(案)11項)。 Ⅳ 借手の例外的な会計処理 借手は、リース会計基準(案)26項の定めにかかわらず、対応する原資産を自ら所有していたと仮定した場合に貸借対照表において表示するであろう科目ごとに、リースを構成する部分とリースを構成しない部分とを分けずに、リースを構成する部分と関連するリースを構成しない部分とを合わせてリースを構成する部分として会計処理を行うことを選択することができる(リース会計基準(案)27項)。 当該取扱いは、IFRS第16号と同様の取扱いであり、借手のすべてのリースについて資産及び負債を計上する会計基準の開発にあたって、リースを構成する部分とリースを構成しない部分とに分けて会計処理を行うコストと複雑性を低減しつつ、会計基準の開発目的を達成するための例外的な取扱いである(リース会計基準(案)BC28項)。 上記の取扱い、すなわち、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とを合わせてリースとすると、「リースを構成しない部分」が重要である場合には、借手のリース負債が大きく増大することになる。このため、IFRS第16号は、借手がこの例外的な取扱いを採用する可能性が高いのは、契約の非リース構成部分が比較的小さい場合のみであると予想していると説明している(リース会計基準(案)BC28項)。 なお、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とを合わせて「リースを構成しない部分」として会計処理を行うことは認められていない(リース会計基準(案)BC28項)。 Ⅴ 貸手の契約における対価の配分(リースを構成する部分とリースを構成しない部分とへの配分) 貸手は、契約における対価の金額について、「リースを構成する部分」と「リースを構成しない部分」とに配分するにあたって、それぞれの部分の独立販売価格の比率に基づいて配分する(リース適用指針(案)13項)。 貸手における対価の配分は、「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)との整合性を図るものであり、「独立販売価格」は、「収益認識に関する会計基準」9項における定義(「財又はサービスを独立して企業が顧客に販売する場合の価格をいう」)を参照する(リース適用指針(案)BC19項)。 なお、リース適用指針(案)では、貸手において、契約における対価の中に、借手に財又はサービスを移転しない活動及びコストについて借手が支払う金額、又は、原資産の維持管理に伴う固定資産税、保険料等の諸費用(「維持管理費用相当額」という)が含まれる場合の取扱いも規定されている(リース適用指針(案)13項)。 Ⅵ 独立したリースの構成部分 原資産を使用する権利は、次の(1)及び(2)の要件のいずれも満たす場合、独立したリースを構成する部分である(リース適用指針(案)14項)。 リース適用指針(案)における独立したリースの構成部分の規定は、「収益認識に関する会計基準」34項における規定と整合的なものである(リース適用指針(案)BC20項)。 (了)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第14回】 「貸借対照表に関する注記」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における貸借対照表に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 連結注記表及び個別注記表における貸借対照表に関する注記については、担保に関する情報や表示金額(総額表示)に関する情報、偶発債務など貸借対照表の理解に資する情報を注記する必要があります。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような注記が考えられます。 【連結注記表】 【個別注記表】 ※1~5及び9は【連結注記表】と同様の記載内容のため、【個別注記表】特有の6~8のみ記載しています。 2 注記事項の解説 (1) 貸借対照表に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき貸借対照表に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第103条)。 経団連のひな型は、会社計算規則第103条に沿って作成されていますが、同条に定めのない注記が1つひな型に含まれています。 それは、【連結注記表】の「6.土地の再評価」です。これは土地の再評価に関する法律の第10条で注記が求められています(詳細は下表のとおり)。 貸借対照表に関する注記は、会社計算規則第103条で定められている項目に、土地の再評価に関する法律で求められている項目を加えた10項目(連結注記表の場合は6項目)の記載が必要となります。 (2) 注記事項の解説 貸借対照表に関する注記事項は、上述のとおり定めが多いですが、該当がないため注記を省略していると推察されるケースも多く、意外とシンプルなものの場合もあります。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [株式会社サカイ引越センター 2023年3月期] ① 連結注記表 ※株式会社サカイ引越センター「第46回定時株主総会資料」6頁より抜粋。 ② 個別注記表 ※株式会社サカイ引越センター「第46回定時株主総会資料」16~17頁より抜粋。 [株式会社ドリコム 2023年3月期 連結注記表] ※株式会社ドリコム「第22期定時株主総会招集ご通知に際しての電子提供措置事項」5頁より抜粋。 * * * 次回の第15回は、「損益計算書に関する注記」をテーマに解説します。 (了)
〈一問一答〉 副業・兼業に関する担当者のギモン 【第3回】 「労務提供上の支障がある場合」 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 所定労働時間外の副業・兼業 労働時間以外の時間をどのように利用するかは本来労働者の自由であることから、副業・兼業は原則として労働者の自由である。したがって、本業先の所定労働時間の前後の時間帯における副業・兼業について、会社がこれを一律に禁止または制限することはできない。 もっとも、本業先における業務の前後に連続して副業・兼業を行う場合は、本業先の休日を利用して副業・兼業を行う場合と比較して、1日の合計労働時間がどうしても長時間となってしまい、また、翌日の本業先の始業までの休息時間を十分に確保できない場合も考えられるため、副業・兼業の具体的な内容によっては、従業員による副業・兼業の申請に対し、会社としてこれを禁止または制限することができる場合も多いと考えられる。 最終的には、本業側の事情と副業側の事情(【第2回】「1 裁判例の傾向」参照)を総合的に考慮し、本業先において「労務提供上の支障」を生じる蓋然性が高いといえるか否かを判断することとなろう。この点、設例①のように、本業先における業務の終業後、連続して深夜帯に及ぶ副業・兼業に従事する場合、1日の労働時間が長時間に及ぶことに加え、翌日の就労開始までのインターバルも限られてしまうことから、会社がこれを禁止または制限することも合理性が認められるものと考えられる。ただし、設例①と異なり、終業後の副業・兼業先における労働時間が短時間であり、労働者の働き過ぎによる負荷が比較的小さい場合など、副業・兼業の具体的な内容に照らし「労務提供上の支障」が生じる蓋然性が低いといえる場合には、会社がこれを不許可とすることはできない。 働き過ぎによる「労務提供上の支障」の有無の基準を明確化するため、副業・兼業先における労働時間を含む毎月の総労働時間の上限を設定したり、副業・兼業先における就労後一定の休息時間を確保することを条件としたりするなど、具体的な許可基準を別途定めておくことも考えられる。 2 休日の副業・兼業 休日に十分な休息が取れないと、疲労が蓄積し、労務提供に支障が生じるおそれがあるとして、会社は、設例②の休日における副業・兼業を不許可とすることができるであろうか。言い換えるならば、会社は、労働者に対し、休日はしっかりと休むよう求めることができるのであろうか。 繰り返しになるが、労働時間以外の時間をどのように利用するかは労働者の自由であるから、この場合も、会社は、労働者に対し、休日は休むよう当然に求めることができるわけではなく、副業・兼業の許可・不許可の判断にあたっては、本業側の事情と副業側の事情を総合的に考慮し、本業先において「労務提供上の支障」を生じる蓋然性が高いといえるか否かを判断することとなる。 この点、上記1で述べた所定労働時間の前後に連続して副業・兼業に従事する場合に比べ、本業先における労務提供に支障が生じる可能性は低いといえるから、休日の副業・兼業については、一般的にこれを禁止または制限することができる場合は少ないものと考えられる。 休日はあくまでも当該企業において労働義務を負わないという意味であって、他社での労働を禁じるものではない。 3 名目的・形式的な役員への就任等 設例③についても同様に、親族が経営する会社の役員に就任することによって、本業先における労務提供に支障が生じる蓋然性が高いといえるか否かが問題となるが、あくまでも形だけの名目的な役員就任に留まり、就任先における具体的な職務の遂行が予定されていなかったり、極めて軽微な職務に留まっていたりするような場合には、会社としてこれを禁止または制限する理由はないものと考えられる。 4 無許可の副業・兼業に対する調査等 副業・兼業について会社の許可を要するとする「許可制」を採用している場合であっても、実際に会社において労働者による副業・兼業の内容を具体的に把握するためには、当該労働者の申請・届出による自己申告によらざるを得ない。 そこで、会社が把握していない労働者の副業・兼業に関し、社内コミュニケーションの過程や内部通報窓口等を通じてその疑いが発覚した場合、会社はどのように対応すべきであろうか。 この点、会社としては、まずは事実を確認し、当該副業・兼業が禁止または制限し得るものであるか否かを判断する必要がある。そのため、実務対応としては、無許可での副業・兼業が疑われる労働者に対する面談を実施し、事実関係の調査を行う必要がある。 この調査は、法的には、企業の業務執行権、あるいは業務執行の一環としての企業秩序維持権に基づき実施されるものであると解されるところ、企業の業務執行権の及ばない労働者の私生活上の範囲の事項について、当然に会社の調査権が認められるわけではない。したがって、不許可事由に該当し得る無許可の副業・兼業が合理的に疑われる場合でなければ、会社としては、当該労働者に対する面談を強制することはできず、この点は留意が必要である。 また、仮に無許可であっても、当該労働者が従事していた副業・兼業が、その具体的な内容に照らし、副業・兼業を禁止または制限し得る場合(不許可事由)に該当しないのであれば、事前の許可を取得しなかったという手続違反に留まることとなるため(当該手続違反の程度に応じた処分を検討し得るにすぎない)、事実調査にあたっては、この点も留意する必要がある。 (了)
税理士事務所の労務管理Q&A 【第15回】 「通勤災害と就業規則違反」 特定社会保険労務士 佐竹 康男 税理士等の士業の事務所においては、業務上での災害は少ないと思いますが、通勤途上での事故は起こり得ます。今回は通勤災害と就業規則との関係等について解説します。 * * 解 説 * * 1 通勤災害 労災保険では、業務上の事由、複数事業労働者の2以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付が行われます。 したがって、通勤災害は、労災保険の対象になります。 軽微な事故の場合に労災保険の扱いをせず、健康保険で受診してしまうことがありますが、社会保険は適用範囲が決まっていますので、通勤災害で健康保険を使うことはできません。 2 通勤の範囲 (1) 通勤とは 労災保険において通勤とは、「労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除く」と規定されています。 (2) 逸脱又は中断した場合 労働者が往復の経路を逸脱又は中断した場合の通勤災害の認定については、以下のとおりに規定されています。 (注) 〇・・・通勤災害の範囲として認められるもの、✕・・・通勤災害の範囲として認められないもの。 逸脱、中断の例外となる日常生活上必要な行為は以下のとおりです。 〈日常生活上必要な行為〉 3 通勤災害と就業規則違反 上述のとおり、通勤とは、「住居と就業の場所との間を合理的な経路及び方法により往復することをいう」と規定され、バイクで通勤することは通常考えられる方法ですので、逸脱や中断がない限り、通勤災害と認められます。 バイク通勤を就業規則で禁止していることが、「合理的な経路及び方法」を否定するものではありませんので、就業規則違反が通勤災害の認定に影響を与えることはありません。 4 業務災害との相違と事業所としての対応 就業規則に違反しているのに、労災保険が適用されることは、事業所にとってすっきりしない部分が残ると思いますが、通勤災害は、業務災害とは次の点が異なります。 〈業務災害との相違点〉 (※) 業務上災害が生じたときの労働基準法上の災害補償責任。使用者が療養補償、休業補償等を行わなければなりませんが、労災保険でカバーできる部分は補償責任を免れます。 従業員が労災保険を請求することに多少抵抗を感じている事業所も一部にはあるようですが、通勤災害の場合は、業務災害と異なり事業所にデメリットはありません。従業員から保険給付の請求依頼があった場合には、速やかに対応してください。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例86】 株式会社三栄建築設計 「当社に対する東京都公安委員会からの勧告及び代表取締役社長その他取締役の異動について」 (2023.6.20) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社三栄建築設計(以下「三栄建築設計」という)が2023年6月20日に開示した「当社に対する東京都公安委員会からの勧告及び代表取締役社長その他取締役の異動について」である。 「東京都公安委員会から勧告を受け、取締役会において代表取締役社長の異動を決議するとともに、その他取締役の異動」があったとのことだが、東京都公安委員会からの「勧告の概要」は次のとおりである。 2 一身上の都合による辞任 暴力団組員に小切手を公布した小池信三氏(以下「小池氏」という)は、三栄建築設計の「元」代表取締役である。同社は同氏の代表取締役辞任について2022年11月1日に「代表取締役の異動に関するお知らせ」を開示している。その「異動(辞任)の理由」の記載は次のとおりである(下線は筆者による)。 「一身上の都合」ということは、小池氏は病気や家庭の事情など個人的な理由により代表取締役を辞任したのだろうか。 3 記載が正しくないだけでなく 今回の開示の最後に「当社の調査状況等」として次のような記載がある(下線は筆者による)。 そして、「別紙」に記載された「調査の経緯」は次のとおりである。 小池氏の代表取締役辞任が「一身上の都合」によるものでなかったことは明らかだろう。また、2022年9月12日に警察による捜索を受けた時点でそれに関して開示すべきであったし、同年12月20日に調査委員会を設置したことに関しても開示すべきであった。なお、調査委員会の設置が、警察による捜索を受けてから約3ヶ月後というのは遅すぎる。 4 社外取締役の辞任も 三栄建築設計は2022年10月14日に「社外取締役の辞任に関するお知らせ」を開示している。「辞任の理由」には「一身上の都合によるものであります。」とだけ記載されている。 辞任の理由が本当に「一身上の都合」なのか否かは確認できないが、時期的にそうではない可能性が高いように思われる。小池氏の反社会的勢力との関係を踏まえて、この会社とはもう関わらない方がいいと考えたのだろうか。あるいは、なかなかやるべきことをやろうとしない会社に愛想を尽かしたのだろうか。 5 本当に関知していないのか? 三栄建築設計は、2023年5月30日、「本日の一部報道について」を開示している。その記載は次のとおりである。 これは、同日、読売新聞などによる、三栄建築設計の子会社が発注した建物解体工事を巡り、脅迫事件が発生し、暴力団組長の男が逮捕されたという報道を受けて行われた開示である。この開示の記載は正確なのだろうか。本当に「脅迫事件については、何ら関知するところでは」ないのだろうか。 6 勧告がなければ 東京都公安委員会からの勧告がなければ、おそらく三栄建築設計は何も開示していなかっただろう。今回の開示の「別紙」には、次の「現時点での調査委員会の認識」が記載されている。 これは、2022年12月20日に設置された調査委員会の2023年6月20日時点の認識である。半年かけて、たったこれだけである。本当に調査委員会を設置したのだろうか。2023年6月20日のちょうど半年前に設置したことにしたのではないかとさえ思われてくる。 7 小池氏の意向どおり? 今回の開示には代表取締役と取締役の異動についても記載されており、その「異動の理由」は次のとおりである(下線は筆者による)。 小池学氏は、小池氏の後任として代表取締役社長になった人物である。東京都公安委員会からの勧告を受けるまでの三栄建築設計の対応は、小池氏の意向どおりだったのではないだろうか。 8 影響力の排除は可能か? 今回の開示には、「同条例第27条の必要な措置としての対応」として次の記載がある(下線は筆者による)。 三栄建築設計の第29期有価証券報告書によると、小池氏の同社への出資比率は48.98%である。同社はほぼ同氏のオーナー企業ということができ、このままでは同社の意思決定は引き続き同氏の意向どおりになってしまうだろう。 小池氏の影響力を排除するためには、同氏の保有する株式の多くを処分してもらう必要があるが、そのハードルは高いだろう。同氏の行ったこと、同氏の意向に基づく三栄建築設計の対応をみる限り、同氏がすんなりと株式の処分に応じる人物であるとは考えにくい。 東京都公安委員会からの勧告を受けた後、三栄建築設計は、第三者委員会や遮断モニタリング委員会を設置した(2023年6月22日に「第三者委員会の設置について」を、同年6月26日に「遮断モニタリング委員会の設置に関するお知らせ」を開示)。第三者委員会から改善策が提示されたら、それも実行するのだろう。単なるパフォーマンスに終わらなければいいのだが。 【追 記】 本稿は2023年8月6日までの開示に基づき執筆したものだが、本稿執筆後、同年8月16日に株式会社オープンハウスグループ(以下「オープンハウス」という)が「株式会社三栄建築設計株式(証券コード:3228)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」を開示し、三栄建築設計を完全子会社とするために同社株式に対するTOB(株式公開買付け)を実施するとした。そして、同日、三栄建築設計は「株式会社オープンハウスグループによる当社株式に対する公開買付けに関する賛同の意見表明及び応募推奨に関するお知らせ」を開示し、そのTOBに賛同するとした。 それらの開示によると、小池氏が、オープンハウスに対して、自身が所有する三栄建築設計株式の取得を打診したとのことである。それは、三栄建築設計を思ってのことなのだろうか、あるいは、このままでは自身が所有する株式の価値が下がってしまうと考えてのことなのだろうか。いずれにしろ、小池氏は、オープンハウスに株式を売却することにより約275億円を手にすることになる(親族経営の会社が所有する分も含めて)。 また、「株式会社オープンハウスグループによる当社株式に対する公開買付けに関する賛同の意見表明及び応募推奨に関するお知らせ」には次のような記載がある(下線は筆者による)。 三栄建築設計が2022年11月1日に開示した「代表取締役の異動に関するお知らせ」の内容は明らかに虚偽であった。また、警察による捜索を受けたという事実を開示せず、金融機関に対してのみ説明していた。その開示姿勢は、まったく上場会社のものではなかった。 (了)
プラス思考の経済効果 【第18回】 「藤井聡太七冠が八冠を獲得した時の経済効果~第2部~」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 【第17回】では藤井聡太七冠が八冠を獲得した時の経済効果の第1部を紹介しましたが、今回はその後半の第2部を紹介します。 前回は藤井七冠が八冠を獲得した時の以下で述べる7つの直接効果のうちの①~⑤までについて分析しました。今回は⑥と⑦について解説をして、最後に経済効果とまとめを述べさせていただきます。 〈藤井七冠の経済効果の計算の基になる直接効果〉 2 藤井七冠の経済効果の計算の基になる直接効果の⑥と⑦について (1) 観光客誘致による売上増加額(観光地での対局の効果) 直接効果⑤(前回参照)では、将棋会館を訪れるファンの消費額を推計しましたが、今回は対局、イベント、招待などで藤井七冠が訪れた観光地などに足を運んだファンの消費額を推計します。筆者の電話取材によると、多くの藤井七冠や将棋のファンが藤井七冠の訪れた対局場や観光地に行き、藤井七冠の泊まった旅館・ホテル、その近場の旅館・ホテルなどに宿泊し、藤井七冠の食べた食事や買った土産物などを購入しているとのことです。有名な映画のロケ地や人気俳優が泊まった旅館・ホテルを訪れるのと同じファン心理だと思われます。 日本生産性本部の「レジャー白書2022」によると、日本全体の囲碁ファンは150万人、将棋ファンは500万人でした。この中の一部の旅行好きのファンが藤井七冠の訪問した観光地を訪れるのでしょう。ただし、対局やイベントは都心部で行われることが多く、必ずしも観光地が多いとは言えません。本稿では、藤井七冠が対局、イベント、招待などで地方の観光地を訪れるのは多く見積もっても年間数十ヶ所であり、藤井七冠ゆかりの観光地を訪れるファンは日本全体では年間約1,000人と仮定します。 国土交通省観光庁の2023年4月28日発表の「旅行・観光消費動向調査 2022年年間値(確報)」によると、宿泊旅行の1人当たりの消費額は5万9,174円でしたので、藤井七冠のゆかりの観光地を訪れるファンの年間消費額は約5,917万円となります。 (2) その他の売上増加額 現在、大阪市福島区にある「関西将棋会館」は2024年秋にJR高槻駅から徒歩1分の駅前に移転する予定です。高槻市は古くから将棋と関係のある市であり、関西将棋会館が高槻市内に新築されると大いに盛り上がると期待されています。高槻市では、この機会に高槻市を「将棋のまち」にする計画を立て、市内の小学校1年生全員に将棋の駒を配って、将棋に親しみ、好きになってもらうように努めています。市内の小学校1年生約3,000人に単価4,300円の将棋の駒を配布するので、配布費用は諸経費も含めて約1,290万円となります。 さらに、藤井七冠の活躍で将棋ファンが増えて、将棋盤や駒がよく売れるようになると推定されます。藤井七冠が八冠を獲得すると、将棋人気は大いに盛り上がり、将棋盤や駒を買う人が増えると同時に、またこれを機会に高級な将棋盤や駒に買い替える人も増えると考えられます。この新たな需要増加などの効果をあわせた売上増加額を約2億円と仮定します。 (3) 藤井七冠が八冠を獲得した時の直接効果の合計額 これまで推計してきた藤井七冠が八冠を獲得した時の直接効果の合計は、〈資料5〉で示されるように約16億3,651万円となります。 〈資料5:藤井七冠が八冠を獲得した時の直接効果の合計額〉 3 経済効果 これまで計算してきた藤井七冠が八冠を獲得した時の直接効果約16億3,651万円を基にして、経済効果を推計します。推計には総務省が作成した最新の全国の「産業連関表」(2019年に発表した2015年版の「産業連関表」の修正版)を用いて経済効果を分析します。 〈資料6:経済効果〉 分析の結果、藤井七冠が八冠を獲得した時の経済効果は約35億3,487万円となりました。 4 まとめ 前回と今回の分析で、藤井七冠が全タイトル八冠を獲得した時の1年間の経済効果を試算しました。計算の結果、藤井八冠の経済効果は約35億3,487万円となりました。これは個人のプレイヤーとしては空前絶後の経済効果です。例えば、野球やサッカーの試合の場合は、数十人のプレイヤーで1試合に3~4万人の有料観客を集めることができます。また、有名な歌手やグループがコンサートを開催する場合には1万人以上のファンを集めます。しかし、将棋の対局の場合は多く見積もっても数百人の観客を集める程度です。このように観客数が限られる将棋の世界において、1人の棋士が1年間で約35億3,487万円の経済効果を生み出すことは素晴らしいことです。将棋の対局が野球、サッカー、コンサートのように数万人の有料の観客を集めることができれば、藤井七冠は大リーグで活躍している大谷翔平選手に匹敵する経済効果を創り出すであろうと思われます。将棋界では藤井七冠の活躍をきっかけに日本の将棋ファンがさらに増加するでしょう。 藤井七冠も大谷選手もそれぞれの分野での素晴らしい成績と、さらに2人の真面目で立派な人間性が人気の根源になっていると思われます。このように素晴らしい若者が次々と生まれてくることによって、日本の将来はますます発展すると期待されます。 (了)