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金融・投資商品の税務Q&A 【Q78】「譲渡制限付株式と同一銘柄の株式を譲渡した場合の取得費の計算」

金融・投資商品の税務Q&A 【Q78】 「譲渡制限付株式と同一銘柄の株式を譲渡した場合の取得費の計算」   PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美   ●○ 検 討 ○● 1 上場株式等に係る譲渡所得等の計算に係る取得費 (1) 上場株式の譲渡益に対する課税方法 上場株式の売却により生じる譲渡益は、「上場株式等に係る事業所得、雑所得及び譲渡所得の金額」として申告分離課税の対象となり、原則として確定申告が必要となります。税率は20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)が適用されます。株式の譲渡が営利を目的として継続して行われるものでない場合には譲渡所得として取り扱われますが、所得区分(事業所得、雑所得、譲渡所得のいずれに該当するか)とそれによる計算方法の違いについては、【Q20】を参照してください。 また、譲渡所得の計算上、譲渡収入から控除する株式等の取得費には、購入のために要した費用として購入代価、買委託手数料、交通費、通信費、名義書換料等が含まれます。同一銘柄の株式を2回以上にわたって購入し、その株式の一部を譲渡した場合には、総平均法に準ずる方法によって譲渡した株式に係る取得費を計算することとされています。総平均法に準ずる方法とは、株式をその種類及び銘柄の異なるごとに区分して、その種類等の同じものについて次の算式により計算する方法をいいます。 (2) 特定譲渡制限付株式の取得価額 譲渡制限付株式は、一般に、個人が勤務先法人から役務提供の対価として報酬金銭債権の給付を受け、当該報酬金銭債権を当該勤務先法人に現物出資することの見返りとして交付を受けるものです。 したがって、譲渡制限付株式の取得価額は、当該報酬金銭債権の額を基礎とするのではないかとも考えられますが、特定譲渡制限付株式(譲渡制限期間が設けられ、所定の事由が生じた場合に発行法人が無償で取得することとなるものであり、かつ、役務の提供の対価として個人に生ずる債権の給付と引換えに交付されるものであるものをいいます)に該当する場合には、譲渡制限解除日における価額(時価)をもって取得価額とすることとされています。 これは、特定譲渡制限付株式の交付に係る所得認識のタイミングについて、譲渡制限が解除されるまでは個人に担税力がないことに配慮してその制限解除時とすること、つまり、譲渡制限解除日に同日における株式の価額(時価)を基礎として課税(勤務先法人との雇用契約等に基因として交付された場合は給与課税)されることに対応するものと考えられます。   2 本件へのあてはめ 保有する同一銘柄の株式の一部を譲渡した場合には、譲渡直前に保有している株式について総平均法に準ずる方法によって取得費を計算することになります。しかしながら、特定譲渡制限付株式の取得価額は譲渡制限が解除される日に初めて確定することになるため、譲渡制限が解除されるまでの間はそれを計算することができません。 したがって、同一銘柄であっても、特定譲渡制限付株式と譲渡制限が課されていない株式がある場合には、譲渡制限が解除されていない株式を考慮しないで、譲渡制限が課されていない株式の購入代価等を基礎として、譲渡した株式に係る取得費を計算するものと考えられます。 (了)

#No. 514(掲載号)
#西川 真由美
2023/04/06

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第29回】「租税条約の配当所得条項の文言に係る解釈手法」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第29回】 「租税条約の配当所得条項の文言に係る解釈手法」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 租税条約は英文が正式のものと思われますが、その文言の解釈はどのように行ったらよいのでしょうか。 〔A〕 租税条約の文脈に従って、日本の法令における当該用語の意義について政府訳文を参照しつつ検討し、次いで、ウィーン条約31条1項にいう「趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味」についても、正文である英文に基づき検討するという解釈手法が示されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 租税条約の解釈 (1) 配当所得に対する限度税率 OECDモデル条約10条1項は、一方の締約国の居住者である法人が、他方の締約国の居住者に支払う配当に対しては、居住地国課税を原則としつつ、同条2項において、源泉地国課税についても認め、この場合適用される税率を(i)親子間配当の場合(受益者が配当支払法人の資本の25%を直接保有する場合)を5%、(ⅱ)その他の場合を15%と規定している。これらの税率は、条約締約国の国内法にかかわらず適用されるという意味で限度税率と呼ばれる(※1)。 (※1) なお、各国国内法が限度税率より低い場合は、当然、当該低い税率が適用されるのであり、租税条約によって、(国内法を超えて)限度税率まで租税を課してよいという意味ではない。 ところで、配当に限らず、利子・使用料といった投資所得に対しても、限度税率が設けられているが、投資所得に係る源泉税は、必要経費を控除する前のグロスの所得に対し課せられるため、受取側の居住地国で二重課税になる部分が生じてしまう可能性があることから、租税条約が限度税率を定め、源泉税率の上限を定めることで、国際投資に対する阻害要因を除去することを目的としている(※2)。 (※2) 増井良啓・宮崎裕子『国際租税法[第4版]』(東京大学出版会・2019年)43頁参照。 (2) 統一的解釈手法の必要性 租税条約の文言は比較的簡潔なため、解釈の余地があり得るが、条約を締結する各国でその解釈に食い違いが生ずると、二重課税や課税の空白が生じるおそれがある。すなわち、租税条約の解釈は、条約を適用するいずれの国においても統一的に行われなければならないのである(※3)。 (※3) 増井=宮崎・前掲(※2)32頁 他方、我が国はウィーン条約法条約を批准しており、租税条約の解釈についても、当該条約法条約の「第3節 条約の解釈」の規定が適用される。以下にその中心となる31条及び32条を掲げておく。 なお、本稿【第23回】で取り上げたOECDモデル条約コメンタリーは、条約法条約32条にいう「解釈の補足的な手段」に該当する。 〇条約法に関するウィーン条約(昭和56年7月20日 条約第16号) 以下では、租税条約の文言の解釈が争われた事例について取り上げる。   2 過去の裁判例 《みなし配当限度税率適用事件》(※4) (※4) (第一審)東京地裁令和4年2月17日判決(令和元年(行ウ)第453号) (1) 事案の概要 ルクセンブルクに本店を有する外国法人X(原告)は、内国法人である完全子会社が行った会社分割(本件分割)に伴い、本件子会社が分割対価として取得した分割承継法人の出資持分につき、本件子会社の剰余金の配当として分配を受けたところ、当該剰余金配当はその一部がみなし配当に該当することから、源泉徴収義務を負う本件子会社は、みなし配当とされる部分につき、所得税等として、20.42%の税率による金額を源泉納付した。 本件は、当初納付額につき源泉徴収されたXが、本件みなし配当については、「日本・ルクセンブルク条約(本件租税条約)」10条2項(a)(本件規定)の要件に該当し、その限度税率は5%になることから、当初納付額は過大であったとして、Y(国側)に対し、還付金及び還付加算金の支払を求めた事案である。 本件では、Xが子会社株式を取得したのが平成26(2014)年4月29日、本件子会社の本件分割が行われたのは同年8月1日であったことから、株式取得から会社分割までの期間は約3ヶ月超であった。一方、本件子会社の事業年度は11月1日から翌年の10月31日までとなっており、本件租税条約の規定上、5%の軽減税率(限度税率)が適用されるのは、株式を利得の分配に係る事業年度終了まで保有割合25%以上を最低6ヶ月間保有していることが必要(株式保有期間要件)とされていた。 (2) 当事者の主張 当該株式保有期間要件充足性についてXは、本件分割に係る「事業年度終了の日」は平成26(2014)年10月31日であり、同日の6ヶ月以上前である同年4月29日から同年10月31日まで本件子会社の全株式を保有していたことから、本件規定を満たしていると主張した。 これに対し、Yは、「本件規定における『利得の分配に係る事業年度の終了の日』という文言(本件文言)については、『配当の受領者が特定される時点』をいうものと解すべきであり、これと異なるXの解釈は誤りである。」と主張した。また「本件各みなし配当における『利得の分配に係る事業年度の終了の日』とは、分割型分割の日の直前(前日)となると解すべきところ、本件各分割の効力発生日は平成26年8月1日とされているから、その前日である同年7月31日を指すことになる。そうすると、Xが本件子会社の株式を25%以上取得した日は同年4月29日である以上、本件規定の要件を満たさないことになる。」と主張した。 要は、条約にいう「事業年度の終了の日」を10月31日とする(X)か、7月31日とする(Y)かの争いである。 なお、本件租税条約3条2項は、「一方の締約国によるこの条約の適用上、この条約において定義されていない用語は、文脈により別に解釈すべき場合を除くほか、この条約の適用を受ける租税に関する当該一方の締約国の法令における当該用語の意義を有するものとする。(下線筆者)」と定めている。 (3) 東京地裁の判示 ① 解釈手法の提示 東京地裁はまず、「本件租税条約の条約文には、本件文言(the end of the accounting period for which the distribution of profits takes place)に関し、その用語を定義した規定は存在せず、これについて定めた当事国の関係合意ないし関係文書も見当たらない」とし、本件租税条約3条2項の文言を確認した上、「ところで、本件租税条約の正文は英文であるが、本件租税条約3条2項にいう『当該一方の締約国』である我が国の法令は日本語によって定められている。そこで、上記『当該一方の締約国の法令における当該用語の意義』を検討するに当たっては、本件租税条約の締結に当たり日本政府が作成した訳文であって、国会の承認を得る際に用いられている政府訳文を参照するのが相当である。」と判示した。その上で、「本件文言の解釈を検討するに当たり、まず、①本件租税条約3条2項に定められた文脈に従って、日本の法令における当該用語の意義について政府訳文を参照しつつ検討し、次いで、②ウィーン条約31条1項が提示するもう1つの規則である『趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味』についても、正文である英文に基づき検討することとする。」と判示し、租税条約解釈に係る新たな解釈手法を示している。 ② 当てはめ 東京地裁は、「本件文言は、日本の法令における当該用語の意義(ウィーン条約31条1項にいう文脈)としては、『利得の分配に係る会計期間の終了の日』を意味するものであり、その趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味としては、『利得の分配(配当)が行われる会計期間の終期』を意味するものであるところ、前者と後者とは実質的に同義であるということができる。そうすると、本件文言の解釈については、正文に基づき検討した後者の表現に従い、『利得の分配(配当)が行われる会計期間の終期』と解するのが相当である。」とし、「本件文言に関するYの解釈は、ウィーン条約31条1項に基づく解釈、すなわち、『文脈』(日本の法令における当該用語の意義)とも、その趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味とも離れたものであって、採用することができない。」とし、Yの主張を斥け、還付金の支払を命ずる判決を言い渡した。 ③ Yのその他の主張の排斥 Yがその主張の根拠とする通常の期末配当と事業年度の終了の日との関係については、「日本における会社実務の運用として、通常の期末配当について当該事業年度の終了の日を会社法124条1項の基準日として定め、同日時点の株主名簿上の株主が配当を受領するという扱いとすることが多いというだけのことであって、事業年度の終了の日とは異なる日を基準日として定めることも可能であるから、『事業年度の終了の日』と『配当の支払を受ける者が特定される日』(基準日)とが常に一致するわけではない。したがって、通常の期末配当についても、配当受領者が特定される日が当該事業年度の終了の日より前となる事態が生じ得ることは当然に想定されるところ、本件規定は、かかる場合であっても事業年度の終了の日をもって最低保有期間の終期とすることを定めたものと解される。」と判示した。 (4) 検討 本判決の意義は、租税条約の文脈に従って、日本の法令における当該用語の意義について政府訳文を参照しつつ検討し、次いで、ウィーン条約31条1項にいう「趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味」についても、正文である英文に基づき検討するという解釈手法を提示したことにある(※5)。 (※5) 木村浩之「租税条約上の配当所得条項における保有期間要件に係る文言の解釈」ジュリストNo.1578(2022年12月)11頁は、「租税条約の文言の解釈が正面から争点となった裁判例は日本では少なく、本判決は、その解釈方法を具体的に示した一時例としての意義を有する。(中略)租税条約上の解釈規定を『文脈』に取り込み、かつ、本件租税条約のように英文が正文とされる場合に政府訳文を参照して条約の文言を解釈するとされたことは、従前の裁判例では見られない新しい視点であるといえる。」と述べている。 また、上記では触れていないが、租税条約における条文の趣旨について、モデル条約コメンタリーが重要な位置を占めることも確認されている。   (了)

#No. 514(掲載号)
#霞 晴久
2023/04/06

〈事例から理解する〉税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第4回】「消費税法第30条第7項の帳簿及び請求書等の「保存」のレベル」

〈事例から理解する〉 税法上の不確定概念の具体的な判断基準 【第4回】 「消費税法第30条第7項の帳簿及び請求書等の「保存」のレベル」   公認会計士・税理士 大橋 誠一   1 大阪国税不服審判所平成28年7月12日裁決 (1) 事実関係の概要 (2) 請求人の主張の概要 (3) 帳簿及び請求書等の「保存」の法令解釈 事業者が、消費税法施行令第50条第1項に規定するとおり、消費税法第30条第7項に規定する帳簿(法定帳簿)及び請求書等(法定請求書等)を整理し、これらを所定の期間及び場所において、国税通則法第74条の2第1項第3号に基づく税務職員による検査に当たって適時にこれを提示することが可能なように態勢を整えて保存していなかった場合には、消費税法第30条第7項に規定する帳簿及び請求書等を保存しない場合に当たると解するのが相当である。   2 法令解釈の出所 上記1(3)の法令解釈は最高裁判所第一小法廷平成16年12月16日判決及び同年同月20日判決を大方引用しており、災害その他やむを得ない事情により、上記のレベルにおける「保存」をすることができなかったことを事業者が証明しない限り、仕入税額控除は適用されないことになる。 そうすると、請求人が行っていた「保存」のレベルは、帳簿及び請求書等の整理をしておらず、原処分に係る調査の際に、担当職員の求めに応じて適時に提示したものとはいえないし、請求人のおかれていた事情は「災害その他やむを得ない事情」に当たらないことから、消費税法第30条第7項に規定する「帳簿及び請求書等を保存しない場合」に当たるとして、仕入税額控除の規定の適用を否認した原処分が適法と裁決された。   3 最高裁判決における個別意見 上記1(2)の請求人の主張は、上記最高裁判決のうち平成16年12月20日の判決に付された滝井繁男裁判官の補足意見を拠りどころとしているようにも窺える。 (※) 下線は筆者による。   4 課税仕入れを行っていないのと同じ経済的効果を招来する 財貨(典型的には商品)を販売する事業者である場合、それが販売できるということは、その販売時点までに当該財貨の仕入れを行わなければならないはずである。 その財貨の販売が消費税の課税売上げに該当するのであれば、販売した財貨の仕入れも課税仕入れに該当するはずであり、この事実は、最高裁判決が求める「保存」のレベルに達しているか否かに関係ない。 しかし、納税者の帳簿及び請求書等の保存状況が上記「保存」のレベルに達していない(又は、調査対応の拒否により、調査担当職員が上記「保存」のレベルに達しているか否かの心証が得られない)場合には、課税仕入れを行っていないのと同視し得る経済的効果を招来することになり、それで良いのだろうかという疑問はないわけではない。 そうはいっても、最高裁が上記「保存」のレベルを設定することで確定したのであるから、将来的に同じステージにおいて覆る判断が示されない限り、課税庁はこれが帳簿及び請求書等の保存のレベルとして税務調査を執行することになる。 本件に限らず、調査対応の拒否(意図的な進行遅延、不誠実な対応、無予告調査の際の根拠の提示に拘泥することなども含まれる)が消費税法第30条第7項の発動の導火線となる事案が見られる。 税理士としては、納税者が現実には課税仕入れを行っている(仕入れに係る消費税額を負担している)にもかかわらず、仕入税額控除の規定が適用されないという酷なケースに陥らせる可能性があることについて、税務調査の対象となったことに不満を持つ納税者に認識させることはもちろん、税務調査に立ち会う税理士自身も認識しておく必要があると考えられる。 (了)

#No. 514(掲載号)
#大橋 誠一
2023/04/06

租税争訟レポート 【第66回】「第三者を利用した仮装行為と重加算税(国税不服審判所令和元年10月24日裁決)」

租税争訟レポート 【第66回】 「第三者を利用した仮装行為と重加算税 (国税不服審判所令和元年10月24日裁決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【裁決の概要】   【事案の概要】 本件は、司法書士業を営む審査請求人(以下「請求人」という)の所得税及び消費税等について、原処分庁が総勘定元帳の売上金額の減額による隠蔽・仮装の行為があったとして重加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、当該隠蔽・仮装の行為は税理士事務所職員が行ったものであり、請求人に隠蔽・仮装の行為をした事実はないなどとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。   【国税不服審判所による裁決の概要】 1 争点 2 争点に対する請求人と原処分庁の主張 (1) 本件各修正申告は、本件調査の手続の違法により無効であるとして、原処分を取り消すべきか否か〔争点1〕 ① 請求人の主張 税務代理人に対して調査結果の内容の説明を行う場合は、納税者の同意が必要であるにもかかわらず、調査担当職員は、請求人に同意の意思を確認することなく、税理士事務所職員に対して調査結果説明を行っているから、税務調査の手続に瑕疵がある。したがって、請求人による修正申告は、税務調査手続の違法により無効となるため、原処分を取り消すべきである。 ② 原処分庁の主張 調査結果説明を税理士事務所職員に対して行うことについて、調査担当職員が、請求人に同意の意思を確認した事実又は請求人から同意の事実を確認できる書面の提出を受けた事実は認められないものの、調査担当職員は、税理士事務所職員に調査結果説明を行うことを請求人が委任していることを関与税理士に確認した上で、調査結果説明を行ったものである。 また、本件調査には、国税不服審判所が平成27年5月26日裁決において説示する、証拠収集手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反して又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたるなど重大な違法があり、調査を全く欠くのに等しいとの評価を受ける事実はない。したがって、たとえ本件調査の手続に瑕疵があったとしても、原処分の効力に影響を及ぼさず、原処分を取り消すべきこととはならない。 (2) 本件各修正申告は、錯誤により無効であるとして、原処分を取り消すべきか否か〔争点2〕 ① 請求人の主張 原処分庁は、税務に無知な請求人に対して、通常では考えられないような約2年に及ぶ調査を継続したものであり、請求人に、通則法第70条第4項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」がないにもかかわらず、原処分庁が修正申告の勧奨を行ったことで、請求人の判断を誤らせ錯誤に陥れたものであり、当該事実は客観的かつ重大であると認められる。 したがって、請求人による修正申告は、錯誤により無効となるため、原処分を取り消すべきである。 ② 原処分庁の主張 請求人の提出した各修正申告書の「氏名」欄の末尾にある印影は、審査請求に係る審査請求書の「氏名」欄の末尾にある印影と同一であり、請求人は自らの意思で各修正申告書を提出したものと認められることからすれば、請求人の行った各修正申告書の提出について、客観的に明白かつ重大な錯誤が存在したとは認められない。また、請求人に、通則法第70条第4項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」に該当する事実があったといえるから、請求人が各修正申告書を提出したことについて、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、法に定めた方法以外にその是正を許さないならば、請求人の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるとは認められない。 したがって、各修正申告は無効とならないから、原処分を取り消すべきこととはならない。 (3) 請求人に、通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったか否か〔争点3〕 ① 請求人の主張 請求人は、本件各年分の売上金額について、税理士事務所主任職員に対して、集計違算などがないか見直しを依頼したにもかかわらず、主任職員が単純に平成23年分及び平成24年分の売上高について総勘定元帳から減額したのであり、請求人が意図的に隠蔽し、又は仮装したものではないことから、原処分庁が各年分の減額前の総勘定元帳の記帳内容を検証することなく正確なものと断定し、主任職員が概算で売上金額の減額をしたことをもって、隠蔽又は仮装行為があったとして重加算税を課したことは違法である。 したがって、請求人に、通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったとはいえない。 ② 原処分庁の主張 請求人は、税理士事務所主任職員から、各年分の所得税及び本件各課税期間の消費税等の納付すべき税額の説明を受けた後、主任職員に対し、納付すべき税額が多いので、本件各年分の売上金額を減額するよう指示をし、これに基づき、主任職員は各年分の総勘定元帳の「売上高」勘定から減額した。このことは、平成12年7月3日付課所4-15ほか3課共同「申告所得税及び復興特別所得税の重加算税の取扱いについて」(事務運営指針)の第1の1の(2)に定める帳簿書類の虚偽記載により仮装を行っている場合に該当し、また、平成12年7月3日付課消2-17ほか5課共同「消費税及び地方消費税の更正等及び加算税の取扱いについて」(事務運営指針)の第2のⅣの2に定める場合にも該当する。 したがって、請求人に、通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったといえる。 (4) 請求人に、通則法第70条第4項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」に該当する事実があったか否か〔争点4〕 ① 請求人の主張 上記(3)①の主張のとおり、請求人は、各年分の売上金額について、税理士事務所主任職員に対して、集計違算などがないか見直しを依頼したにもかかわらず、主任職員が単純に売上金額を減額したものである。 したがって、請求人に、通則法第70条第4項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」に該当する事実があったとはいえない。 ② 原処分庁の主張 上記(3)②の主張のとおり、請求人は、税額を免れる意図をもって、税理士事務所主任職員に指示をし、これに基づき、主任職員が各年分の総勘定元帳の「売上高」勘定に虚偽記載をすることで、本件各年分の所得税及び本件各課税期間の消費税等の全部若しくは一部の税額を免れていたものと認められる。 したがって、請求人に、通則法第70条第4項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」に該当する事実があったといえる。 3 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、それぞれの争点について、以下のような判断を示した。 (1) 本件各修正申告は、本件調査の手続の違法により無効であるとして、原処分を取り消すべきか否か〔争点1〕 国税不服審判所は、修正申告の法令解釈について、修正申告は、税務調査の有無にかかわらず、納税者が自己の意思により行うものであって、調査が要件になっているものではないことから、修正申告が税務調査を受けてなされた場合であっても、調査の手続上の違法があることのみを理由に、その申告が無効になることはなく、当該申告に基づき行われた過少申告加算税の賦課決定処分が取り消されることもないと解すべきであるとの判断を示した。 そのうえで、請求人の主張について、審判所の調査の結果によっても、調査担当職員が税理士事務所職員に対し、調査結果説明を行うことについて、請求人が同意をした事実は認められないものの、請求人は、各修正申告書を提出しているところ、通則法第74条の11第5項に規定する同意がなかったことのみで各修正申告が無効となるものではないから、請求人の主張には理由がないとして、その主張を斥けた。 (2) 本件各修正申告は、錯誤により無効であるとして、原処分を取り消すべきか否か〔争点2〕 国税不服審判所は、修正申告等の錯誤無効の主張は、単に納税者が錯誤に基づき申告したにとどまらず、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、法に定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合に限り許されると解するのが相当であるとの判断を示した。 そのうえで、請求人による「原処分庁が、税務に無知な請求人に対して、通常では考えられないような約2年に及ぶ調査を継続」し、また、請求人に、通則法第70条第4項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」がないにもかかわらず、原処分庁が修正申告の勧奨を行ったことで、請求人の判断を誤らせ錯誤に陥れたという主張に対して、請求人の主張する錯誤は、各修正申告書の記載内容に係るものではないこと、審判所の調査の結果によっても、調査又は調査担当職員による修正申告の勧奨を原因として、請求人が判断を誤って本件各修正申告をした事実は認められないことから、各修正申告に客観的に明白かつ重大な錯誤があったとはいえないとして請求人の主張を斥けた。 (3) 請求人に、通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったか否か〔争点3〕 国税不服審判所は、重加算税の賦課要件について、制度の趣旨に鑑みれば、架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当でなく、納税者が、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合を挙げるとともに、その趣旨及び目的に照らせば、納税者以外の第三者が隠蔽仮装行為を行った場合であっても、それが納税者本人の行為と同視することができる場合には、納税者に対する重加算税の賦課要件を満たすと解釈を示した。 そのうえで、税理士事務所職員及び請求人による答述内容の信用性を検討したうえで、税理士事務所職員が、請求人の指示による売上金額の減額行為が平成14年頃からされており、毎年の注意にもかかわらず、請求人が一向に是正しなかったため、当該行為の責任は請求人にあることを説明してきたという経緯があったという答述内容は、自然かつ合理的であると判断した一方で、請求人が、税理士事務所職員に対し、売上金額や必要経費の額など確定申告に係る全ての金額について、再計算やチェックをしてほしいと頼んだという答述については、曖昧かつ不自然であるうえ、再計算やチェックをした後の申告書や総勘定元帳について、その計算の過程や方法、計算間違いの原因について尋ねることもなく、再発防止に向けたチェックに関する相談もしていないとする点でも答述が不自然かつ不合理であることから、請求人の答述は信用できないという判断を示した。 こうした調査の結果に基づいて、国税不服審判所は、請求人は、過少申告を意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づき、所得税及び消費税等の過少申告をしたものであって、税理士事務所職員をして隠蔽仮装行為をさせることによって自らの意図を実現したものと認められることから、請求人に、通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったと認められるとして請求人の主張を斥けた。 (4) 請求人に、通則法第70条第4項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」に該当する事実があったか否か〔争点4〕 国税不服審判所は、「偽りその他不正の行為」とは、税額を免れる意図の下に、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行っていることをいうものと解すべきであり、納税者が真実の課税標準を秘匿し、それが課税の対象となることを回避する意思の下に、課税標準を殊更に過少にした内容虚偽の確定申告書を提出することにより、納付すべき税額を過少にして、本来納付すべき税額との差額を免れようとするような態様の過少申告行為も、単なる不申告にとどまらず、偽りの工作的不正行為ということができ、「偽りその他不正の行為」に該当するものというべきであるとともに、納税者本人が偽りその他不正の行為を行った場合に限らず、納税者から申告の委任を受けた者が偽りその他不正の行為を行い、これにより納税者が税額の全部又は一部を免れた場合にも適用されるというべきであるという法令解釈を示した。 そのうえで、請求人が税理士事務所職員を利用してした過少申告行為は、所得税及び消費税等の真実の課税標準を秘匿し、それらが課税の対象となることを回避する意思の下に、所得税及び消費税等の課税標準を殊更に過少にした内容虚偽の確定申告書を提出することによりなされたものであって、納付すべき税額を過少にして、本来納付すべき税額との差額を免れようとする態様のものと認められるから、通則法第70条第4項第1号にいう「偽りその他不正の行為」に該当する事実があったと認められるという判断を示して、請求人の主張を斥けた。 (5) 結論 結論として、国税不服審判所は、請求人は、通則法第70条第4項第1号に規定する偽りその他不正の行為により一部の税額を免れるとともに、通則法第68条第1項に規定する重加算税の賦課要件を満たす行為が認められると締め括ったうえで、各賦課決定処分については、その計算の基礎となる金額及び計算方法につき請求人は争わず、当審判所において重加算税の額を計算すると、原処分の額と同額となるから、各賦課決定処分はいずれも適法であるとし、このため審査請求は理由がないから、これを棄却するという結論を示した。   【解説】 裁決書によれば、請求人に対する税務調査は平成28年9月15日に開始され、調査担当職員が請求人の税理士事務所職員に調査結果を説明したのは平成30年6月28日、賦課決定処分が7月31日付ということで、実に2年近い時日を要したことになる。なぜ、調査がこれほど長引いたのか、その経緯については、裁決書には説明はない。 本件では、納税者である司法書士が、「税務代理を依頼した税理士の事務所職員が勝手に売上の減額を行った」旨の主張をしていることから、こうした悪意ある主張に、税理士側がどのように対抗するかも含めて検討したい。 1 責任を転嫁する納税者とその対策 請求人は、国税不服審判所による調査に対して、次のように答述している。 一方の税理士事務所職員による答述は、主に次のとおりである。 こうした答述内容に基づいて、国税不服審判所は、請求人の答述内容を否定し、請求人による隠蔽又は仮装を認定して重加算税の賦課決定処分を是認した。 裁決書には、審査請求の争点ではないため指摘はないのだが、結果的には、この税理士事務所の所長である税理士は、税理士法違反(※)に問われかねない事案であったのではないかと思料する。本来であれば、こうした納税者による隠蔽仮装行為の要求に対しては、毅然とした態度で拒否をするべきではないだろうか。 (※) 税理士法第36条(脱税相談等の禁止) また、裁決書には、税理士事務所職員の答述を裏付ける証拠等があったかどうかについては記述がないものの、実務上は、納税者による隠蔽仮装行為の要求に対して、どのように対応したかについての経緯を詳細に記録しておくことにより、税理士自身の責任がないことを立証する必要があることは言うまでもない。税理士事務所としては、担当職員だけが問題を抱え込んでしまわないような体制を整備しておくことも必要であろう。 2 国税不服審判所「裁決要旨検索システム」における裁決要旨 国税不服審判所が公開している「裁決要旨検索システム」では、本件の4つの争点についても要旨が公開されているので、見ておきたい。 (1) 本件各修正申告は、本件調査の手続の違法により無効であるとして、原処分を取り消すべきか否か〔争点1〕 修正申告は自己の意思により行うものであるところ、請求人は修正申告書を提出しているから、通則法第74条の11第5項に規定する請求人の同意がなかったことのみで各修正申告が無効となるものではなく、請求人の主張には理由がない。 (2) 本件各修正申告は、錯誤により無効であるとして、原処分を取り消すべきか否か〔争点2〕 請求人の主張する錯誤は、各修正申告に係る申告書の記載内容に係るものではなく、また、調査又は調査担当職員による修正申告の勧奨を原因として、請求人が判断を誤って修正申告をした事実も認められず、各修正申告に客観的に明白かつ重大な錯誤があったとはいえないから、請求人の主張には理由がない。 (3) 請求人に、通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったか否か〔争点3〕 税理士事務所職員がした売上金額を減額する処理は、請求人が前年並みの総所得金額にするため依頼したものであり、かかる減額の記載は減額原因のない虚偽のものであることが認められるから、通則法第68条に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったと認められる。 (4) 請求人に、通則法第70条第4項第1号に規定する「偽りその他不正の行為」に該当する事実があったか否か〔争点4〕 税理士事務所職員がした売上金額を減額する処理は、請求人が前年並みの総所得金額にするため依頼したものであり、かかる減額の記載は減額原因のない虚偽のものであり、納付すべき税額を過少にして、納付すべき税額との差額を免れようとする態様のものと認められるから、通則法第70条第4項第1号に規定する「偽りその他の不正の行為」に該当する事実があったと認められる。   (了)

#No. 514(掲載号)
#米澤 勝
2023/04/06

内部統制報告制度改訂案のポイントを読み解く 【第2回】「新たに示された「内部統制とガバナンス及び全組織的なリスク管理」」~“3つのディフェンスライン”から“3線モデル”へ~

内部統制報告制度改訂案のポイントを読み解く 【第2回】 「新たに示された「内部統制とガバナンス及び全組織的なリスク管理」」 ~“3つのディフェンスライン"から“3線モデル"へ~   米国公認会計士・公認内部監査人 打田 昌行   前回に続き、「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(公開草案)」で示された、内部統制の基本的枠組みに関する改訂におけるポイントを、本稿では読み解いていく。   Ⅰ 内部統制の基本的な枠組みに係る改訂点 内部統制の基本的な枠組みにおいて示された改訂点のうち、新たに言及された①「内部統制とガバナンス及び全組織的なリスク管理」と、サイバーテロの頻繁化によりますます重要になる②「内部統制の基本的要素(情報システムに係るセキュリティの確保)」について分析する。   Ⅱ 内部統制とガバナンス及び全組織的なリスク管理 今回の改訂案は、内部統制、ガバナンスや組織全体に関わるリスク管理体制について、それぞれ次のように定義し、相互の関係性について初めて言及した。 内部統制とガバナンスに関する説明は、やや倫理的な戒めのようにも聞こえるが、健全な経営を行う管理体制がガバナンスであり、リスクを見極め、コンプライアンス体制を支える1つの仕組みが内部統制であると考えてよい。なかでも全組織的なリスク管理に関し、リスク回避に要するコストとベネフィットの関係性を踏まえ、経営戦略を構築すべきとする説明は、的確にその本質を捉えている。 さらに、これら「内部統制、ガバナンス及び全組織的なリスク管理に係る体制整備の考え方には、例えば、3線モデルが挙げられる。」とし、体制を一体的に整備、運用する具体的な形態として3線モデル(スリーラインモデル)を挙げた。   Ⅲ 3つのディフェンスラインから3線モデル(スリーラインモデル)へ 「3つのディフェンスライン」と「3線モデル(スリーラインモデル)」の2つの考え方は、いずれも組織内のリスクを適切に管理するための考え方という点で共通するが、お互いに次のような歴史的な経緯を持つ。 1 3つのディフェンスライン リスクを適切に管理するために組織の中を、①日常業務のリスク管理を行う事業部門、②リスクの監視機能を担うリスク管理部門、③独立してリスクの検証機能を持つ内部監査部門、の3つのグループに分ける。そして各々が役割を分担してリスクに対抗する防衛線を築くという考え方を「3つのディフェンスライン」という。この考え方は、長年にわたり多くの組織マネジメントに影響をもたらした。 2019年に内部監査人協会(IIA)は、この考え方を最新の実務や国際的諸課題を反映した内容とするため、公開意見募集を行い、2020年に新たなモデルとして更新されたのが、今回言及された「3線モデル(スリーラインモデル)」である。 2 3線モデル(スリーラインモデル)とは何か 3線モデルは、リスクを単に3つのディフェンスラインによって防衛するという守りのリスクマネジメントから大きく脱皮し、企業目的の達成、価値の創造と保護という積極的で、攻めの目的を掲げている。組織のガバナンスを担う統治機関の下、現場の各ラインの役割を次の3つに分け、上位の統治機関から指示、監督を受けて報告を行うリスク管理と統制活動を行うという構成をとっている。 企業がこのモデルをどのような形で実現させるかは、今後の各社の組織風土や体制に関わるが、内部統制上のリスク管理に関して開示すべき重要な不備が発生し、その解消と再発防止に取り組む場面では、これを下敷きにした制度の改善が求められることが想定できる。なお、3線モデルの詳細については日本内部監査協会(IIA)のホームページで紹介しているため、そちらをご参照いただきたい。   Ⅳ 内部統制の基本的要素(情報システムに係るセキュリティの確保) 内部統制報告制度は、米国を範として構築された仕組みだが、早くから内部統制の基本的要素としてIT(情報技術)への対応を挙げ、その重要性を認識してきた。しかし、コロナ禍によるテレワークの飛躍的な浸透やロシアによるウクライナ侵攻を受けたサイバーテロの脅威といったリスクの劇的な変容までを予測できていたわけでは、決してない。 「大量の情報を扱い、業務が高度に自動化されたシステムに依存している状況では、情報の信頼性が重要である。」との認識の下、誤った判断を避け、「情報の信頼性を確保するためには、情報の処理プロセスにおいてシステムが有効に機能していることが求められる。」と改訂案はつけ加えている。その上で有効性を確保するために、次の留意点を挙げている。 1 IT業務の外部委託 多くの企業が、「情報システムの開発・運用・保守などITに関する業務の全て又は一部を、外部組織に委託するケースもあり、かかるITの委託業務に係る統制の重要性が増している」ため、外部委託された情報の信頼性を確保し、情報の漏洩を防ぐには、具体的に次の統制を用意しておく必要がある。いずれもIT全般統制において整備すべき統制上の要点となり得る。 2 情報システムに係るセキュリティの確保 「さらに、クラウドやリモートアクセス等の様々な技術を活用するに当たっては、サイバーリスクの高まり等を踏まえ、情報システムに係るセキュリティの確保が重要である。」と、改訂案は述べている。コロナ禍で、個人が会社のPCを自宅に保管、あるいは常に持ち歩くというリモートワークが定着し、サイバーテロの被害が増大したため、こうした改訂により情報セキュリティに対する強い懸念を表明したものと解釈できる。全社的な内部統制(IT(情報技術)への対応)及びIT全般統制の中に、次の項目を加えて情報セキュリティを確保したい。 (了)

#No. 514(掲載号)
#打田 昌行
2023/04/06

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第37回】「売り手が気にしたい財務状況のポイント(前編)」~ベンチマークにしたい公開情報~

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第37回】 「売り手が気にしたい財務状況のポイント(前編)」 ~ベンチマークにしたい公開情報~   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒売り手の財務状況や財務分析の見方を知り、良い売り手探しのヒントに役立てる。 売り手企業 ⇒売り手自身の財務状況の理解を深めて、改善とM&Aに向けたヒントを得る。 支援機関(第三者) ⇒売り手の財務状況のポイントをつかんで、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒売り手の財務状況の見方とポイントを知って、実務に役立てる。   1 売り手を客観的に診断する 財務状況が過年度に比べて良いか悪いか、他社と比べて良いか悪いかを知るには、決算書を使った財務分析がよく用いられます。中小企業のM&Aでは、買い手が、売り手の財務分析を行うケースはあまり見られませんが、売り手の財務状況を客観視するには財務分析が効果的であり、売り手自身も、M&Aにあたって自社の状況を把握するのに有益です。 今回は売り手自身を客観的に診断するために有用と思われる公開情報と、その情報で掲載される主要な経営指標を中心にご紹介します。 (1) 比較対象はだれか 「売り手は・・・」というためには、売り手と比較できる相手が必要です。比較対象は数多あると思われますが、本稿では、大きな括りで捉えて「(売り手)と(売り手)」、「(売り手)と(他社)」「(売り手)と(公開情報)」の3つの視点で考えたいと思います。 ① 「(売り手)と(売り手)」 売り手自身を売り手と比較する方法であり、時系列を追う、改善状況を確認する、計画に対する進捗状況を把握するなどに役立ちます。特に経営指標を選びませんが、どちらかというと、P/L(損益計算書)の数値を推移で追う際に適しているといえます。 ② 「(売り手)と(他社)」 M&Aの段階で他社と比較するよりも、日頃から同業他社を意識して経営する中で他社と比較し、各種の経営指標より、足元の経営環境や競争上の優位性を確認するために使用される場合が多いと思われます。中小企業ではB/SよりもP/L関連指標を多く用いる印象です。 ③ 「(売り手)と(公開情報)」 顧問の税理士事務所などからもたらされる統計、調査結果、公開情報などが考えられますが、誰でも入手可能な公開情報は溢れています。売り手の業界内の位置、ポジションを知るうえで参考になり、ベンチマークとして活用できます。 これらのうち、今回は、公開情報にスポットを当ててご紹介します。 (2) 入手可能な公開情報 ① 「法人企業統計年報特集」(財務総合政策研究所) 中小企業のベンチマークとして活用しやすいのは、財務省のシンクタンクである財務総合政策研究所が公表する「財政金融統計月報『法人企業統計年報特集』」です。過去5年間の規模別の主要な経営指標、過去10年間の業種別の主要な経営指標などが掲載されています(以下に掲載する各指標は、いずれも「法人企業統計年報特集(令和3年度)」より)。 〈「規模別主要財務営業比率表」掲載の指標〉 〈「業種別主要財務営業比率表」掲載の指標〉 〈各指標の算式〉 (※) [平成19年度調査以降]付加価値額=営業純益(営業利益-支払利息等)+役員給与+役員賞与+従業員給与+従業員賞与+福利厚生費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課 ② 「中小企業実態基本調査」(中小企業庁) 概況と統計表などによって構成され、各種統計表はExcelでのダウンロードが可能です。概況は、中小企業の「従業者数」「資産及び負債・純資産」「売上高及び営業費用」「設備投資とリースに関する状況」「事業承継に関する状況」「海外展開と輸出の状況」「研究開発の状況」「受託・委託の状況」「取引金融機関の状況」「経営指標」などから構成され、「法人企業統計年報特集」にはない視点での資料も含まれています。グラフや図示による視覚的な見やすさも相まって、「法人企業統計年報特集」と合わせて活用すれば効果的です。 このほかにも、政府系金融機関の1つである日本政策金融公庫が「小企業の経営指標調査」を公表しています。業種ごとに隔年実施しており、決算データをもとに各種の経営指標を掲載しています。 M&Aを検討するにあたって、自社を優良と思っていたが、各種の公開情報と見比べると、指標によってはウイークポイントがあった、と発見できる場合があります。M&A実務では、譲渡等の対価(価額)や、売り手の決算書の時価情報が優先される傾向があり、実は当事者の多くが経営指標にさほど注目していないかもしれませんが、決算書から把握可能な財務状況は立派な売り手の特徴です。売り手からすれば、少しでもM&Aの交渉を有利に進めるために、分析、評価した経営指標を活用できる余地があるかもしれません。多面的な読み方によって決算内容から自社を分析する機会につながるのを期待します。 次回は、主要な経営指標を活用しながら、売り手目線での分析や見方のポイントをご紹介します。 (了)

#No. 514(掲載号)
#荻窪 輝明
2023/04/06

電子書類の法律実務Q&A 【第7回】「メールで業務指導をする場合の注意点とは」~最新裁判例で読み解くメールでのパワハラ防止策~

電子書類の法律実務Q&A 【第7回】 「メールで業務指導をする場合の注意点とは」 ~最新裁判例で読み解くメールでのパワハラ防止策~   弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕   〔Q〕 在宅勤務との関係で、業務上の連絡等をメールで行うことが増えてきています。メールで注意指導をする場合、口頭での注意指導と異なり、口調や表情等による細かいニュアンスを伝えるのが難しく、部下とトラブルになることが懸念されます。メールによる業務指導がパワーハラスメントにならないようにするためには、どのような点に注意すればよいのでしょうか。 〔A〕 メールの場合、CC、BCCの機能を使うことにより、第三者に指導の内容を共有することができますが、必要がないのに指導の内容を第三者に共有することで、指導を受けた従業員の名誉感情が害され、トラブルになるケース等が想定されます。 またメールの場合、文字でしか情報を伝えることができません。口頭での指導と比較して、言葉の選択には十分注意する必要があります。裁判等で紛争になるケースの大部分は、感情的で強い言葉を使用した場合です。仮に部下に対して不適切なメールを送ってしまったら、直ちに謝罪し撤回することも重要です。 後輩を含む全員をメールの宛先に入れて、メールで業務報告を行うよう従業員に指示することもあると思います。しかし、後輩に対しても業務報告をするように指示するのは、本人のプライドを傷つけ、トラブルになる可能性があります。報告の必要性については慎重に判断するべきです。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 そもそも「パワーハラスメント」とは 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律の改正より、パワーハラスメント(以下、「パワハラ」という)の定義が明確になった。 具体的には、パワハラとは、以下の①から③の全てを充たす言動である。メールによるパワハラに当たるかどうかについても、基本的には以下の①から③の全てを充たすかどうかを基準に判断される。   2 メールでのパワハラと口頭でのパワハラの違い メールでのパワハラが問題になるケースと、口頭でのパワハラが問題となるケースでは違いがある。 まず、口頭でのパワハラの場合、録音等がない限り客観的な証拠がなく、問題となるような発言があったかどうかが争点となるケースが多い。他方、メールでのパワハラの場合、メール自体が客観的な証拠として残っている。メールの内容自体は、当事者間で争いはないが、メールでの指導が行われた経緯等が主な争点となるケースが多い。 次に、口頭でのパワハラの場合、長時間の指導かどうか、声の大きさ等が問題となることがある。 例えば、東京地判令和元年11月7日の事案は、税理士事務所の部長が、部下に対し、言葉遣い等のビジネスマナーについて、「『コピーしておきました』はカジュアル過ぎるから『コピーしました』と言いなさい、目上の人に対して『了解しました』と言うのは不適切だから『承知しました』と言いなさい、『はい』は1回でよい」などと、部全体に聞こえる程度の大きな声で、繰り返し注意した行為について、パワハラであると判断している。この事案では声の大きさについても、パワハラかどうかの判断に影響を与えている。他方、メールでの注意指導の場合、指導の時間や声の大きさは基本的に問題とならないだろう。 メールの場合、声の大きさは問題とならないが、CC、BCCの機能を使うことにより、第三者に指導の内容を共有することができる。 例えば、必要がないのに、指導の内容を第三者に共有することで、指導を受けた従業員の名誉感情が害され、トラブルになるケースが想定される。厚生労働省の指針でも、「相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。」がパワハラの定型的なケースとされている。 以下では、最新裁判例等に基づき、メールでのパワハラが問題となる典型的なケースを紹介する。   3 指導の内容を職場の他の従業員に一斉送信 指導の内容を職場の他の従業員に一斉送信する行為についても、メールの記載内容や指導内容の共有の必要性等を考慮して、違法と判断されるケースもある。 例えば、東京高判平成17年4月20日は、成績不良の部下に対し、その地位に見合った処理件数に到達するよう叱咤督促する趣旨で「やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。当SCにとっても、会社にとっても損失そのものです。」というメールを指導対象の従業員にだけでなく、職場の他の従業員も宛先に入れてメールを送信した行為について、「人の気持ちを逆撫でする侮辱的言辞と受け取られても仕方のない記載」であり、「指導・叱咤激励の表現として許容される限度を逸脱」した違法行為と判断した。 他方、横浜地判令和2年3月24日は、部下の会議運営等について課題と問題点を指摘するために「次回に向けてのアクションについて何も決めずに、シラッと終了させてしまいましたが」、「タダの指摘事項一覧表で驚きました。」というメールを会議参加者約30名に一斉送信した行為について、違法行為に当たらないと判断した。 次回の会議にも出席することが予定される会議参加者に情報共有する必要性は一応あるし、メールの内容も上記東京地判平成16年12月1日と比較して穏当といえる。そのため、違法行為に当たらないという裁判所の結論自体は、納得できるビジネスパーソンが多いのではないだろうか。 ただしこの事案でも、裁判所は、「部下を多数人の面前で叱責することにも類し、部下に対する指導に際しての冷静さや配慮が十分でない」と指摘しているので、上司が送信したメールに何も問題がないと判断しているわけではない。問題はあるが、違法ではないという判断である。 トラブル防止のためには、特定の個人を注意する内容のメールを他の従業員に一斉送信することはできる限り避けた方がよい。業務上他の従業員にも指導内容を共有する必要がある場合でも、個別に注意する場合よりも冷静な文言で、また本人の感情を傷つけないように十分に配慮したメールを送るよう心掛けたい。   4 複数の部下に対する叱責 名古屋地判令和2年12月16日は、支店長が従業員に対して、「いちいちメールしなくても自分達でやれないか?」、「やって当たり前、いつまでも甘えない!」、「ハナクソみたいな前年実績でしたので必達は当然の当然です!」、「出るなら交番修正しろ!やらないなら出てくるな!」、「何やってんだ? 対応しなさい!」、「報告も無い人は必要ですか? 獲得なしで報告が1件の人は何ですかね?」等のメールを送った事案で、複数の従業員にも送信されていたものであり、個人を狙い撃ちにしたものではなく、業務に関して対応を求めるものであると指摘して、パワハラに当たらないと判断している。 この判決では、従業員と支店長との間で周囲からも客観的に認識されるような対立が生じていたわけではないことも指摘されている。そうすると、対立関係にある上司と部下との間でこのような強い調子のメールのやり取りがあった場合、パワハラと判断される可能性が高いといえる。 メールを送る場合、文字でしか情報を伝えることができないのだから、言葉の選択が重要となる。感情的で強い語調にならないように十分に注意が必要だろう。 将来的には、AIを活用した電子メール監査システムが普及し、ハラスメントになり得るようなメールを送信する場合、AIから注意喚起される時代が来るかもしれない。   5 違法な内容の業務指示を記載したメールを部下に一斉送信 例えば、労働基準法上の年次有給休暇の取得を禁止するようなメールを部下にメールで一斉送信する行為については、基本的にパワハラに当たる行為と考えてよい。 なお、東京地判令和4年4月27日は、「有給について以前も共有しましたが、理解されていないようなので、改めて共有指示します。」「■有給は基本売り上げが正常に戻らない限り認められません。」という電子メールをメーリングリスト宛てに送信した事案で、数日後に撤回して謝罪していることを理由に、パワハラに当たらないと判断している。 このケースでは、部下の有給取得が妨害されていないことを理由にパワハラに当たらないと判断している。 ただし、上記の事案で、裁判所は、このような内容のメールを送ったこと自体は「猛省してしかるべき」として上司の指示を批判している。これは限界的な事例であり、筆者個人としては違法と判断すべきケースのように思う。 このような違法な内容のメールを送信しないことは当然であるが、問題があると気付いたら直ちに謝罪し撤回することも重要である。   6 後輩を含む全員をメールの宛先に入れて業務報告を行うよう命じる メールそのものによるハラスメントではないが、メールでの業務報告を職場の他の従業員に一斉送信するように指示することに問題はないのだろうか。 東京地判令和4年8月22日は、業務報告を後輩を含む職場全員宛てにメールで送信して報告するよう従業員に指示した事案で、後輩に対して報告することで名誉感情が害される面があったとしても、このことのみで違法とは言えないと判断した。 このケースでは、業務報告を指示された従業員は、担当業務の進捗を報告しないことが多かった。そして当該従業員が担当していた業務が他の従業員が担当する複数の業務に関連するものなので、業務報告を共有する必要性が認められたのである。 業務報告を職場全員宛てにメールで送信するというルールが職場全体に適用されるようなケースも、特定個人を狙い撃ちにしたものではないので、違法とは判断されないだろう。 他方、比較的経験を積んだ従業員に対して、業務上の必要もないのに、新入社員が行う業務報告と同様の報告を職場全員宛てにメールで送信することを求めるような場合は、名誉毀損を意図したものとして、違法と判断される可能性がある。   (了)

#No. 514(掲載号)
#池内 康裕
2023/04/06

空き家をめぐる法律問題 【事例49】「借地上の建物所有者が行方不明の場合に賃貸人がとり得る対応」

空き家をめぐる法律問題 【事例49】 「借地上の建物所有者が行方不明の場合に賃貸人がとり得る対応」   弁護士 羽柴 研吾   - 事 例 - Aは、Bから賃借した土地上に老朽化した建物を所有して居住していましたが、行方不明となっています。Bは、敷金額を超える未払賃料を回収するとともに、賃貸借契約を終了することや借地権を第三者に譲り受けさせることも検討しています。また、Aは、Cから借入れをしており、Cは貸付金の回収をしたいと考えています。このような場合に、BやCは、どのような請求等を行うべきでしょうか。   1 はじめに 借地上の建物の所有者が行方不明となった場合、土地の賃貸人は、賃料請求、賃貸借契約の解除、底地上の建物の取扱いについて検討することになる。もっとも、賃貸借契約終了による建物収去土地明渡請求や未払賃料請求に係る訴訟は、権利の有無を確定するに留まり、実効性のある解決を図るための方法としては必ずしも適当ではない。そこで、事例のような場合に、賃貸人がとり得る手段を検討することにしたい。   2 所有者不明建物管理人を利用した方法 (1) 所有者不明建物管理人の選任申立て 上記のとおり、賃借人が行方不明の場合でも、賃貸人は、公示送達を利用することによって、賃借人に対して、未払賃料の支払請求や賃貸借契約の解除を理由に建物収去土地明渡請求に係る訴訟を提起できる。もっとも、請求認容の判決を得ても権利の実現のためには強制執行の手続を要することになり、この間も建物の管理が行われない状態は続くことになる。 また、建物の収去を求める以外に、賃貸人が建物を取得することや、借地権を建物とともに第三者に譲り受けさせることも想定しているような場合には、訴訟による解決は適当ではない。そこで、賃貸人は、利害関係人として、所有者不明建物管理人(民法第264条の8第1項、以下、特に断りのない限り「管理人」という)の選任を申し立て、管理人に当該建物を管理させながら、管理人との間で賃貸借契約や建物の取扱いを協議することが考えられる。 (2) 建物の取壊しの可否 管理人は、保存行為又は管理不全建物の性質を変えない範囲内の利用又は改良を目的とする行為は単独で行うことができるが、建物の譲渡のように、これらを超える行為をする場合は裁判所の許可が必要となる(民法第264条の8第5項、同法第264条の3第2項)。 もっとも、所有者不明建物管理制度は、建物の適正管理を目的とするものであるから、建物の取壊しは基本的には認められず、建物の適切な管理を継続することが困難であり、建物の取壊しが必要かつ相当であることが認められる場合には、裁判所の許可を条件に取り壊すことも認められる。 なお、管理人の職務として、建物の取壊しも想定される場合には、建物を譲渡する場合と異なり、対価を得られないため、申立人は建物の取壊費用を予納金として納付することを求められる可能性があるので留意が必要である。 ところで、令和5年3月現在(本稿執筆時点)、空家等対策の推進に関する特別措置法の改正法案が審議されているところ、改正法案が成立すれば、同法が規定する特定空家等の程度に至らない管理不全空家も、同法第14条第2項に基づく勧告の対象とすることが可能となる。そのため、改正法の施行後は、固定資産税の住宅用地の特例の適用を受けられない場合が従来よりも多くなることが想定される。 土地の賃貸人として、建物取壊しまで求めるかを判断するにあたって、建物の状態等や建物の売却可能性の有無の他に、このような法改正の動向も考慮要素の1つになっていくように思われる。 (3) 所在不明者の債務の取扱い 管理人の権限は、当該建物の管理に係るものであるため、所在不明者の債務の弁済を行う権限までは含まれていない。そのため、所在不明者の債権者が債権回収を図る場合には、所在不明者に対して訴訟提起をするなどの対応が必要となる(この場合、裁判所によって、不在者財産管理人等の選任を求められる可能性もある)。 しかしながら、管理人が当該建物を管理するために賃料債務を支払うことが必要である場合には、例外的に賃料債務を弁済することも、管理人の職務権限に含まれると解される。例えば、借地権付の建物を第三者に譲渡するような場合等は、借地権を存続させる必要があるため、管理行為として賃料を支払うことが考えられる。この場合、建物を第三者に譲渡するために裁判所に許可申請をする際に、代金の取扱いについても許可を一括して取得することになるため、賃料を実際に支払う前に改めて裁判所の許可を得る必要はない。 また、賃料債務の支払は、管理費の支出になるため、所在不明者の所有する財産(当該建物に限定されない)から支出されることになる。例えば、建物を譲渡するような場合には、譲渡代金から賃貸人に対して賃料相当額を支払うことが想定される。   3 不在者財産管理人との比較 (1) 選択の基準 所有者不明建物管理人を選任できる事情があるような場合、不在者財産管理人の選任の申立ても可能であると考えられる。いずれの管理制度を利用するかは申立人の自由であるが、所在不明者の財産状況を把握しているかどうか、当該建物の管理のみを目的とするか、予納金の要否やその金額の多寡、失踪宣告の利用の可否、相続人の有無等の事情を考慮しながら選択することになると思われる。 (2) 管理人の相互関係 不在者財産管理人が選任された後に、所有者不明建物管理人の選任申立てが行われた場合、既に不在者の財産全般を管理する不在者財産管理人が存在するため、所有者不明建物管理人を選任する必要はなく、申立ては却下されることになる。 一方で、所有者不明建物管理人が選任された後に、不在者財産管理人の選任申立てが行われる場合、両管理人が併存することになる。この場合、当該建物の管理権限は所有者不明建物管理人に専属するため(民法第264条の8第5項、同法第264条の2第1項)、管理権限の及ぶ範囲について不在者財産管理人は職務権限を行使することはできない。 もっとも、不在者財産管理人の職務権限は、不在者の財産全般に及ぶため、不在者財産管理人は、利害関係人として、所有者不明建物管理人によって財産の管理を継続することが相当でなくなったことを理由に、所有者不明建物管理命令の取消しを求めることになると想定される(非訟事件手続法第90条第10項)。   4 本件について Bは、建物の収去の他に、借地上の建物を自ら取得することや、借地権を建物とともに第三者に取得させることを想定しているのであれば、所有者不明土地管理人の選任を申し立てることが考えられる。自ら建物を取得する場合は、敷金から未払賃料を控除し、不足が生じる分と代金相当額とを相殺をすればよいことになる。後者の場合は、管理人が第三者に借地権付建物を譲渡したことによって得た代金から敷金で不足する賃料相当額の支払を受けることになる。 一方、Cは、Aに対して貸金返還請求訴訟を提起し、Aの責任財産から債権を回収することが簡便であろう。もっとも、Aが行方不明であることから、不在者財産管理人の選任を求められる可能性がある。なお、両管理人の併存関係については、上記3の(2)のように処理されることになる。 (了)

#No. 514(掲載号)
#羽柴 研吾
2023/04/06

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第67話】「先物取引の課税」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第67話】 「先物取引の課税」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   浅田調査官は、机の上に積まれている確定申告書を1つ1つ手に取って、申告書の内容を確認している。 「へ~こんな申告があったのか・・・」 浅田調査官は、確定申告書を広げて、その中にある「先物取引に係る雑所得等の金額の計算明細書」を見て、驚いている。 その明細書には、所得の区分として、「事業所得用」「譲渡所得用」そして「雑所得用」があり、同申告書では「雑所得用」に、「〇」が付けられている。 計算明細書に記載されている内容は以上で、極めて単純である。 そこに、中尾統括官がニヤニヤしながら、浅田調査官の前に現れる。 「何を真剣に見ているの?」 中尾統括官は、浅田調査官が持っている申告書を覗きながら、尋ねる。 「こんな申告書を見たことありますか?」 中尾統括官は、渡された申告書をじっと見る。 「・・・これは・・・平成15年度の税制改正で、それまであった『商品先物取引に係る雑所得等の課税の特例』の適用期限を撤廃し、そして、適用対象の範囲を拡大(有価証券先物取引等の差金等決済をした場合を適用対象とする)するとともに、税率も20%から15%に引き下げ、『先物取引に係る雑所得等の課税の特例』(措法41の14)に改められたものだ・・・」 中尾統括官は、申告書を見ながら説明する。 「・・・この特例は、何故、設けられたのですか?」 浅田調査官は、再び尋ねる。 「・・・この特例は・・・個人投資家の資産運用の場の選択にあたり、税負担の公平・中立性を確保することで、公平な価格形成及び価格変動のリスクヘッジの場としての機能を十分に発揮できる流動性に富んだ先物市場を形成することが必要であるという観点から設けられたと聞いている・・・」 中尾統括官は、特例の趣旨を伝える。 「・・・先物取引に係る雑所得等の課税の特例は、所得税の税率が15%で、これは流動性に富んだ先物市場を形成することが必要だという理由なのですが・・・それにしても税負担が軽いと思うのですが・・・」 浅田調査官は、不満そうに言う。 「・・・この私が見ている確定申告書も、家庭の主婦が先物取引を行って、差金等決済に係る利益18,561,202円を得ているものです・・・FX取引が総合課税の雑所得になるのですから、差金等決済に係る利益も、申告分離課税にしなくてもいいと思います・・・」 中尾統括官は、傍らにある「令和2年度税制改正の手引き」を手に取る。 「・・・確か、令和2年度の税制改正では、暗号資産に係るデリバティブ取引の差金等決済に係る雑所得等を申告分離課税から除外するということになったと思うが・・・」 中尾統括官は、手引きを捲りながら、確認する。 同手引きでは、暗号資産を用いたデリバティブ取引の税制上の取扱いについて、次のように述べている。 中尾統括官は、説明を続ける。 「・・・なお、暗号資産デリバティブとは、暗号資産を原資産として、暗号資産の価格や利率、これらに基づいて算出した指標(暗号資産関連金融指標)に基づきデリバティブ(金融派生商品)取引を行うことをいい、そして、デリバティブ取引とは、①先物取引、②オプション取引、そして③スワップ取引の3つの取引をいう・・・そして、暗号資産デリバティブに係る雑所得等は、次の2つの特例から除外されることになった」 中尾統括官は、そう言うと、2つの条文を机の上にある罫紙に書く。 浅田調査官は、罫紙を見ながら、頷く。 「・・・ところで、先物取引の所得区分なのですが・・・事業所得、譲渡所得そして雑所得にわざわざ区分する必要があるのでしょうか?」 浅田調査官は、素朴な質問をする。 「・・・先物取引による雑所得等の金額の計算上生じた損失の金額があるとき、所得税法その他所得税に関する法令の規定の適用については、その損失の金額は生じなかったものとみなされ、その損失の金額は、先物取引による事業所得、譲渡所得又は雑所得以外との損益通算は認められないこととされています・・・そうすると、逆に、先物取引による事業所得、譲渡所得又は雑所得は、お互いに損益通算できるわけですから、わざわざ3つに所得を区分しなくてもいいように思えるのです・・・」 中尾統括官は、顎を撫でながら、聞いている。 「・・・確かに・・・先物取引について、損益通算を考えると、所得を3つに区分する実益はあまりないように思える・・・しかし、この3つの所得の金額の計算式は、次のようになっており、異なっている・・・」 「そして、譲渡所得の総収入金額については、他の所得と異なり、金融商品取引法2条1項19号に掲げる有価証券の譲渡による収入金額及びその他の収入の別(措規19の8①二イ)となっている・・・そうすると、所得金額の計算上、3つの所得区分は必要なのかも知れない」 中尾統括官は、苦笑いをしながら、答える。 (つづく)

#No. 514(掲載号)
#八ッ尾 順一
2023/04/06

《速報解説》 KAMの適用3年目に当たっての留意事項をまとめた周知文書をJICPAが公表~ボイラープレート化の防止、KAMの有用性向上の観点から言及~

《速報解説》 KAMの適用3年目に当たっての留意事項をまとめた周知文書をJICPAが公表 ~ボイラープレート化の防止、KAMの有用性向上の観点から言及~   公認会計士 阿部 光成   Ⅰ はじめに 2023年4月3日、日本公認会計士協会は、「監査基準報告書701周知文書第2号「監査上の主要な検討事項(KAM)の適用3年目に関する周知文書」」を公表した。 これは、KAMの適用3年目の期末監査を迎えるに当たって、ボイラープレート化の防止、KAMの有用性向上という観点からの留意事項などを取りまとめたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅱ 主な内容 1 ボイラープレート化の防止 次のことに留意する。 2 KAMの有用性向上 次のことに留意する。 3 参考情報 KAMについての分析結果や好事例を示す資料の名称が紹介されている。 (了)

#阿部 光成
2023/04/04
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