〔会計不正調査報告書を読む〕 【第140回】 株式会社東京衡機 「第三者委員会調査報告書(2023年3月3日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社東京衡機第三者委員会の概要】 【株式会社東京衡機の概要】 株式会社東京衡機(以下「東京衡機」と略称する)は、1923(大正12)年3月、合資会社東京衡機製作所として創立。株式会社への改組、社名変更を経て、2013(平成25)年9月、現社名に変更。試験機事業、商事事業及びエンジニアリング事業を主たる事業とし、国内連結子会社3社を有している。売上7,449百万円、経常利益259百万円、資本金500百万円。従業員数141名(2022年2月期訂正前連結実績)。本店所在地は神奈川県相模原市。東京証券取引所スタンダード市場上場。会計監査人はアスカ監査法人、2022年5月から監査法人アリア。 Dream Bridge株式会社(東京都渋谷区)が、発行済み株式の30.03%を有する筆頭株主で、同社前代表取締役の石渡隆生氏(報告書上の表記は「B1」氏)は、2017年5月に東京衡機の取締役に就任し、2022年2月に退任している。現在の代表取締役は小塚英一郎氏で、同氏は2022年2月から東京衡機の取締役に就任している。同社と東京衡機の間に取引関係はない(※)。 (※) 東京衡機「支配株主等に関する事項について」 【第三者委員会による調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 東京衡機は、2022年11月、外部機関から、東京衡機及びその連結子会社である株式会社東京衡機エンジニアリング(以下「東京衡機エンジニアリング」と略称する)が2019年2月期より展開していた商事事業につき、実質的には東京衡機(又は東京衡機エンジニアリング)が取引の主体となっていない代理人取引や金融的取引等が含まれている疑義のほか、商事事業の主要な取引先であるG1社を東京衡機の連結子会社として取り扱うべきかどうかを検討する必要性がある旨の指摘を受けた。 東京衡機は、このような指摘を受けたことから、前記疑義等についての客観的な事実関係を明らかにするとともに、本件疑義が認められた場合にはその原因等を明確にする必要があると考え、東京衡機及びその連結子会社と利害関係のない外部の有識者で構成される第三者委員会を設置して、本件疑義についての調査を委嘱した。 2 商事事業の概要 (1) 商事事業発足の経緯 2018年5月に竹中洋氏(報告書上の表記は「A2氏」。以下「竹中前社長」と略称する)が東京衡機代表取締役に就任し、創業100周年(2023年)を視野に入れ、就任5年で東京衡機グループの売上100億円、利益5億円を達成することを目指したが、東京衡機は、2018年2月期決算において、連結で404百万円、単体で990百万円の大幅赤字(当期純損失)を計上していたことから、財務の健全性の向上と、業績改善に向けて売上及び利益の拡大を図るべく、新たに商事事業を開始することを決定した。 (2) 取締役会による承認 東京衡機が商事事業を開始するときの取締役会(2018年7月13日開催)では、商事事業の概要について、 などの説明がされたものの、直接海外の販売先(香港等)に輸出することは難しかったことから、海外向けの商品を日本国内で仕入れ、日本国内の仲介業者に販売することとなった。 (3) 第三者委員会による調査 第三者委員会が調査の対象とした商事事業に係る取引は、東京衡機において、2019年5月から2022年11月にかけて実施された228件と、東京衡機エンジニアリングにおいて2018年12月から2019年12月にかけて実施された11件、合計239件であった。 3 商事事業の取引に関する第三者委員会の判断 第三者委員会は、調査の結果、国内商事取引の一部については、商取引の形態を採ってはいるものの実質的には金融取引であるもの(以下「実質金融取引」という)と認定するとともに、実質金融取引と認定した以外の国内商事取引については、「介入取引」(仕入先と販売先の間で取引商品や金額・決済条件等がおおむね決定されている取引であって、目的物の引渡し等に対する関与の程度が小さく、代金の立替払いをすることを主な役割として手数料を得る取引であり、以下「介入取引」という)に該当する取引であると判断している。 第三者委員会が、「実質金融取引」と認定したG1社との取引の例は、以下の図のとおりである。 (※) 上図は報告書37頁より抜粋 図の左上の「5」は東京衡機によって附番された取引番号であり、「TKS」は東京衡機を意味する。東京衡機から仕入先であるH5社に支払われた金員は、同日のうちに、H5社が10千円を残して全額をG1社に送金して資金が還流し、G1社は東京衡機への代金支払日である8月20日までの期間、資金を融通されているに等しい効果を得ていたことがわかる。 同様に、G1社への資金還流が確認された取引を中心に、第三者委員会は、実質金融取引であるという判断をしたものである。 一方、第三者委員会は、実質金融取引と認定した以外の国内商事取引について、介入取引に該当する取引であると判断しているが、その根拠を次のように列挙している。 そのうえで、第三者委員会は、本件その他商事取引は、既存の商流において、既に取引商品や金額・決済条件等がおおむね決定されている取引であって、東京衡機は目的物の引渡等に対する関与の程度が小さく、代金の立替払いをすること等を主な役割として手数料を得る取引にすぎないといえることから、本件その他商事取引は、取引商材の販売価格ではなく、仕入価格と販売価格の差額(純額)を売上高として計上すべきであったと結論づけた。 こうした認定の結果、第三者委員会が、過年度の決算修正が必要であると認定した金額は次のとおりである。 4 G1社を連結子会社として扱うか否かの判断 東京衡機は、外部機関から、G1社を連結子会社として取り扱う可能性についても指摘を受けているが、G1社は代表取締役であるF1氏が100%の株式を保有する会社であるので、東京衡機はG1社の議決権を所有していない。そこで、第三者委員会は、G1社が東京衡機の連結子会社に該当するか否かについて、実質的な判断、具体的には、G1社の一人株主であるF1氏が東京衡機の「緊密な者」と評価できるかについて検討を行った。 その結果、第三者委員会は、G1社の事業的な観点及び財務的な観点の両面において東京衡機が、F1氏の経営意思決定を支配するほどの影響を与えているとは考えられず、同氏は東京衡機の「緊密な者」とは評価できないと判断し、G1社は東京衡機の連結の範囲に含まれないという結論に至った。 5 発生原因の分析(報告書109ページ以下) 第三者委員会による発生原因の分析は、調査結果に基づき、会計処理を訂正すべきとの結論を出した商事事業に関する問題点の原因と、前回調査との関係に起因する原因とに分けて論じている。なお、前回調査とは、2017年3月の内部告発を契機として、中国子会社である無錫三和塑料製品有限公司の元役員及び元幹部従業員が不正行為を行っていた疑いが発覚し、2018年2月期第1四半期の決算が確定できない状況となったことから、2017年7月14日に外部の有識者等を構成員に含む調査委員会を設置して調査を行い、同調査委員会より、12月26日付けで調査報告書を受領した件を指す。 はじめに、商事事業に関連して発生した問題点に関する原因分析は次のとおりである。 次いで、前回調査を踏まえた対応状況として、次のように原因を分析した。 東京衡機は、再発防止策・改善策として、具体的に以下のような対応を行ったことが改善報告書等に記載されている。 しかし、今回の第三者委員会の調査では、こうした再発防止策・改善策は、その実行が一過性のものとして徹底されないままに終わってしまっていたり、策定された制度の枠だけを埋め合わせて本当に有効に機能するために意味があるのかが考えられていなかったりしたことが明らかになり、こうした東京衡機の対応が、今回の商事事業における問題取引につながったと分析している。 6 再発防止策の提言(報告書124ページ以下) 第三者委員会は、発生原因の分析を踏まえ、次のとおり、大きく8項目の再発防止策を提言している。 ここでは、第三者委員会が提言する②「業務実態(特に国内商事取引)の見直し等」及び⑧「前回調査報告書における再発防止策を踏まえた検討」について、具体的に見ておきたい。 ②「業務実態(特に国内商事取引)の見直し等」について、第三者委員会は、国内商事取引の業務実態に種々の問題点があった結果、国内商事取引の多くが実質金融取引・介入取引と判断されることとなったことを踏まえると、東京衡機として、国内商事取引をどのような方向性に持っていくのか、国内商事取引を継続するとして抜本的に問題点を排除した形で運営できるよう、業務実態の見直し作業に取り組むことが再発防止策として望まれるとした。 また、⑧「前回調査報告書における再発防止策を踏まえた検討」として、第三者委員会は、前回調査を踏まえた対応状況には不十分な点があり、これが本件問題事象の発生原因に繋がったとも評価し得るとしたうえで、前回調査報告書等が掲げた再発防止策の実行が一過性のものとして徹底されないままに終わってしまっていたことを指摘して、本報告書の提出を受けて実行する再発防止策についても、形式どおりに実行する姿勢をとるのではなく、常に有効に機能する仕組みなのかを考えながら実行し続ける姿勢が重要であることを付言して、再発防止策の提言を締め括っている。 【報告書の特徴】 2023年に創業100周年を迎える老舗の試験機メーカーである東京衡機は、2018年5月、新社長に就任した竹中前社長が、就任5年で東京衡機グループの売上100億円、利益5億円を達成することを目指すと宣言したものの、本業である試験機事業は新型コロナウイルス感染症の市場への影響による顧客企業における設備投資の中止等の発生等により、減収減益で、予算目標を達成できない状況となっており、売上拡大策として参入した商事事業の業績に対する依存が高まっていく。商事事業の売上高は本業を超える3,421百万円に達し、連結売上高の約46%を占めるまでになっていた。しかも、この売上高を担う従業員数は4人であった(いずれも2022年2月期訂正前連結実績)。 中国子会社での不正を受けて新体制での出直しを図っていたはずの東京衡機であったが、実際に売上拡大策として行われていた取引は、資金循環取引であり、介入取引であったことが判明した結果、前回の不正発覚時よりもより厳しい処分を課されることとなった。第三者委員会の調査により、東京衡機が国内商事取引により得ていた利益は、期間中合計でも35,676千円に過ぎない。一方、後述のように、第三者委員会による調査費用と過年度決算停止に係る監査費用は276百万円と見積もられ、さらに、未回収債権に対する貸倒引当金を計上することもあって、業績予想を公表できない事態に陥っている。「販売先からの売上資金回収リスク」は、商事事業参入時の取締役会で検討されたはずなのであるが、当時の経営陣が安直な売上拡大策に飛びついてしまった結果、老舗の試験機メーカーとしての企業価値は大きく棄損されたと言っていいだろう。 1 前任の会計監査人による度重なる指摘 報告書には何度となく、前任の会計監査人であるアスカ監査法人が、東京衡機における国内商事取引を問題視している場面が登場する。たとえば、2022年2月期の会社法監査結果報告では、次のような指摘があったことが明らかにされている。 また、一部の取引については、総額での売上計上を認めず、純額での売上計上に訂正させるなど、一定の牽制機能が働いていたことは間違いないが、東京衡機側の非協力もあって、高額の取引を繰り返してきたG1社との取引が資金循環取引であると断じるまでの監査を行うことができなかったものである。 その結果、アスカ監査法人は、2022年2月16日、会計監査人を辞任したいと申し出て、同年5月26日開催の第116回定時株主総会終結の時をもって退任し、監査法人アリアが後任の会計監査人に就任した。 第三者委員会は、監査法人アリアが会計監査人に就任した以降は、稟議書の回付方法を検討し、事後決裁のないようにすること、国際部における業務記述書の内容を更新することなど、アスカ監査法人から指摘を受けていた東京衡機グループの内部統制整備・運用状況について、一定の改善がなされており、国内商事取引の会計処理も、総額表示から純額表示に変更されていることを確認している。 2 特別損失の発生 東京衡機は、2023年3月8日、「特別損失の発生および業績予想の修正に関するお知らせ」をリリースして、特別損失の発生として、第三者委員会の報酬及び調査費用並びに過年度決算訂正に係る監査費用として、訂正関連費用引当金繰入額276百万円を計上するとともに、商事事業の販売先に対する売掛代金等の未回収債権405百万円については回収懸念が生じていることからその全額を貸倒引当金繰入額に計上することを公表した。 3 東京衡機による再発防止策と商事事業からの撤退 同じく3月8日、東京衡機は、「第三者委員会の提言を受けた再発防止策の策定等に関するお知らせ」をリリースして、以下の再発防止策を公表した。 合わせて、商事事業について、今後は事業を継続すべきではないと判断したことから、撤退することを決定したことも公表した。 さらに、経営責任を明確にするため、役員報酬の減額を決定したことも公表した。 4 代表取締役及び役員の異動 3月20日、東京衡機は、「代表取締役およびその他の役員の異動に関するお知らせ」をリリースして、同日開催の取締役会で、代表取締役社長の石塚智士氏が代表取締役を辞して取締役となり、後任の代表取締役社長として取締役の小塚英一郎氏が就任することを公表した。小塚英一郎氏は、東京衡機の発行済み株式の30.03%を有する筆頭株主であるDream Bridge株式会社(東京都渋谷区)の代表取締役であり、2022年2月から東京衡機の取締役に就任している。 同リリースでは、小塚氏を代表取締役社長に選定した理由を次のように説明している。 また、同リリースでは、専務取締役平田真一郎氏が、同日付で取締役を辞任する旨を申し出て、取締役会が受任したことも合わせて公表された。 5 特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求 東京証券取引所(東証)は、3月29日、「特設注意市場銘柄の指定及び上場契約違約金の徴求について」をリリースして、東京衡機の株式を、3月30日付で特設注意市場銘柄に指定すること及び東京衡機に対して、1,440万円の上場違約金を徴求することを公表した。 その理由として、東証は、東京衡機では、商事事業担当取締役らの関与によって、商事事業において販売価格と仕入価格の純額を手数料収入として会計処理すべき取引を、取引商材の販売価格で売上高に総額計上するなどの不適切な会計処理を行っていたことが明らかになった結果、同社は、2019年2月期から2023年2月期第2四半期までの決算短信等において、上場規則に違反して虚偽と認められる開示を行い、それに伴う決算内容の訂正により、同社の主たる事業である商事事業に係る売上高の大半が取り消され、2020年2月期、2021年2月期及び2022年2月期の連結売上高が10%以上減少し、特に2021年2月期において約53%、2022年2月期において約45%の減少を伴う連結売上高の訂正が生じていることなどが判明したことを挙げた。 そのうえで、本件は、投資者の投資判断に重要な影響を与える虚偽と認められる開示が行われたものであり、同社の内部管理体制等について改善の必要性が高いと認められることから、同社株式を特設注意市場銘柄に指定すると同時に、投資判断情報として重要性の高い決算情報について長期間にわたり誤った情報を公表し続けたものであり、当取引所市場に対する株主及び投資者の信頼を毀損したと認められることから、同社に対して、上場契約違約金の支払いを求めることとしたと説明している。 これに対して、東京衡機は、3月30日、「特設注意市場銘柄の指定および上場契約違約金の徴求に関するお知らせ」をリリースして、東証による上記のリリースを引用したうえで、今後の対応を次のように結んでいる。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2023年3月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023年3月1日から3月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 有価証券報告書関係 金融庁から次のものが公表されている。 ① 「記述情報の開示の好事例集2022」の更新(内容:「コーポレート・ガバナンスの概要」、「監査の状況」、「役員の報酬等」及び「株式の保有状況」に関する開示の好事例の追加) ② 有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項及び有価証券報告書レビューの実施について(令和5年度)(内容:重点テーマ審査として「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」を示す) Ⅲ 企業内容等開示関係 次の法令が公布されている。 ① 「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第21号)(内容:監査報告書の記載事項に公認会計士又は監査法人が被監査会社等から受領する報酬に関連する事項を追加するもの) ② 「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第22号)(内容:「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号)等の改正を受けたもの) Ⅳ 東京証券取引所関係 東京証券取引所から「IPOに関する上場制度等の見直しに係る有価証券上場規程等の一部改正について」が公表されている。 これは、スタートアップにおける新規上場手段の多様化を図る観点から、新規上場プロセスの円滑化やダイレクトリスティングの環境整備などについて、所要の上場制度等の見直しを行うものである。 Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「監査基準報告書300実務ガイダンス第1号「監査ツール(実務ガイダンス)」の改正」(公開草案)(内容:「監査事務所における品質管理」(品質管理基準報告書第1号)、倫理規則の改正などに対応) ② 「監査法人の組織的な運営に関する原則」(監査法人のガバナンス・コード)の改訂について(内容:「会計監査の在り方に関する懇談会(令和3事務年度)」、「金融審議会公認会計士制度部会」などの議論を受けて改訂) (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第37回】 「就活ハラスメント対策における注意点」 弁護士 柳田 忍 【Question】 就活シーズンが始まり、当社でも会社説明会や採用選考の準備などが進められていますが、いわゆる就活ハラスメントについて、注意するべきポイントがあれば教えてください。 【Answer】 基本的には、従業員に対するパワハラやセクハラにおける注意点と同様ですが、特にセクハラについて注意する必要があります。また、就活生からの申告や相談により就活ハラスメントが発覚することは期待できないことが多いため、採用担当者と就活生との間のコミュニケーションを適宜監視したり、口コミサイトをチェックしたりして、就活ハラスメントの把握に努める必要があります。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 はじめに 近年、求職者の保護を企図した規制などが強化される傾向が見られる。例えば、リクナビ事件を受けた職業安定法の改正などが挙げられるが(※1)、ハラスメントの分野においても、いわゆる就活ハラスメントへの防止対策の強化に向けた動きが見られている。 (※1) 就活サイト「リクナビ」の運営企業が就活生の内定辞退率を予測して有償で企業に提供していた問題を契機に、2022年10月施行の改正職業安定法により、募集情報等提供事業者(求人情報・求職者情報等を提供する事業者)に対する規制が強化された。 いわゆる「パワハラ指針」及び「セクハラ指針」は、「労働者」に対するパワハラやセクハラを対象としており、就活ハラスメントについては、就職活動中の学生等の求職者等に対する言動についても、職場におけるパワハラ・セクハラを行ってはならない旨の方針を示すことが望ましいとするに留まっている。しかし、その一方で、厚生労働省は、2022年3月29日、就活ハラスメントの被害にあった学生へのヒアリングの実施や就活セクハラを起こした企業に対する指導を徹底する方針などを打ち出し、2023年3月7日には「就活ハラスメント防止対策企業事例集」(以下「企業事例集」という)等を公表するなどしており、これらの動きは就活ハラスメント防止の強化の一環といえよう。 会社においては就活シーズンの開始に伴い就活生と接触する機会が増えるであろうことから、本稿においては就活ハラスメントの対応策や注意点を取り上げるものであるが、特に、就活生の選考にインターンシップを活用する企業においては、就活シーズンに限らず就活ハラスメントに気をつけるべきであることはいうまでもない。 2 就活ハラスメントの定義と傾向 就活ハラスメントとは、「就職活動中やインターンシップの学生等に対するセクシュアルハラスメントやパワーハラスメント」のことをいう(企業事例集1頁等)。 「令和2年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(厚生労働省)は、2017年から2019年度卒業で就職活動(転職活動を除く)又はインターンシップを経験した男女を対象としたものであるが、これによると、就活ハラスメント(セクハラ)を経験したと回答した人の割合は約4人に1人(25.5%)に上り、就活ハラスメント(セクハラ)を受けた場面として回答が多かったのは、インターンシップに参加したとき(34.1%)や、企業説明会やセミナーに参加したとき(27.8%)、就職採用面接を受けたとき(19.2%)である。また、就活ハラスメントのタイプとしては、インターンシップについては別として、採用活動においては基本的には業務指導がなされる場面が想定されないことから、業務指導に伴いなされることが多いパワハラよりも、業務指導とは関係なくなされるセクハラが問題とされることが多い。もっとも、圧迫面接やオワハラ(就活終われハラスメント)(※2)のように、パワハラに該当し得る就活ハラスメントも見られる。 (※2) 企業が内定や内々定を出した学生に対して就職活動を終えて自社に入社するよう圧力をかける行為。 上記のとおり、パワハラ指針やセクハラ指針は就活ハラスメントを措置義務の対象としていないが、措置義務の対象となっているか否かと行為者等が法的責任を負うか否かは別問題であり、就活ハラスメントの行為者や企業は民事責任や刑事責任を負う可能性があることに注意する必要がある。 3 就活ハラスメントの防止対策 就活ハラスメントについても、パワハラやセクハラと同様、ハラスメントの防止のための体制整備を行うことが重要である。具体的には、ハラスメント防止の方針の明確化及びその周知・啓発、相談体制の整備、適切かつ迅速な事後的対応等である(厚生労働省のウェブページ「会社を揺るがす大きなリスク 今すぐ始めるべき就活ハラスメント対策!」においても、就活ハラスメントの防止策として、「ハラスメント防止の方針の明確化」及び「ハラスメント防止体制の整備」が挙げられている)。 4 就活ハラスメント防止にかかる具体的な取り組み 就活ハラスメント防止にかかる具体的な取り組みとして、前掲「会社を揺るがす大きなリスク 今すぐ始めるべき就活ハラスメント対策!」は、以下(1)ないし(3)を挙げている。 (1) 基本的な対策:「公正な採用選考」に基づいた面接実施 「公正な採用選考」とは、厚生労働省が示す「公正な採用選考の基本」等に掲載された基準のことであり、同基準においては、本籍・出生地や家族に関すること、人生観など、適性や能力に関係がない事項を尋ねたり、身元調査などを実施したりすることは就職差別に繋がるおそれがあるとして注意喚起がなされている。 上記「公正な採用選考」に挙げられた事項の中にはプライバシーに関わる事項などが含まれており、これらをしつこく尋ねるなどするとパワハラやセクハラにも該当し得ることから、「公正な採用選考」を遵守することは就活ハラスメントの防止にも資するものである。 (2) 効果的な対策:リクルーターの行動指針やマニュアル策定 前掲「会社を揺るがす大きなリスク 今すぐ始めるべき就活ハラスメント対策!」によると、就活ハラスメントの中でも特にセクハラは、若手の社員がリクルーターとして活動するOB・OG訪問や面接時などに起こりやすいことから、リクルーターの行動指針やマニュアルを策定することが、就活ハラスメントの防止に有効であるとのことである。 「リクルーター」の定義は各社によるであろうが、上記のとおり、就活ハラスメントはOB・OGなどによるものには限られないことから、OB・OGや面接担当者を含む採用担当者全てを対象とした行動指針やマニュアルを策定するべきである。また、採用活動の一環としてインターンシップを利用する場合は、採用担当者以外においても(全社的に)就活生と接する可能性があるのであるから、場合によっては全社員を対象とする行動指針やマニュアルを策定したうえで、研修などを実施することが望ましい。 (3) 一歩踏み込んだ対策:応募者の個人情報の限定利用 就活ハラスメントが発生しない状況を作るため、面接官等に対し、学生の個人情報を一部非公開にして、個人情報の悪用(学生への正当な理由のない接触のための個人情報の利用)を防止するなどの対策を取り入れるものであり、有効であると思われる。 5 就活ハラスメント特有の注意点 (1) インターンシップ参加者に対する就活ハラスメント インターンシップの参加者は基本的には「労働者」に該当せず、よって、パワハラやセクハラの措置義務の対象にもならない。しかし、以下のような場合には、インターンシップの参加者も労働者に該当し、措置義務の対象になり得ることから、注意が必要である。 (2) 就活ハラスメントの存在を把握することは困難であること 就活生から就活ハラスメントの被害の相談や申告がなされることはあまり期待できないと思われる。なぜなら、既に企業に所属しており容易に転職できない従業員とは異なり、(特に昨今の買い手市場においては)就活生は、就活ハラスメントを行うような企業への就活を取りやめて他の企業に入社すればよいだけであり、わざわざ就活ハラスメントの事実を当該企業等に相談・申告するインセンティブに乏しいからである(※3)。すなわち、就活ハラスメントは、就活生の口コミなどを通じて、企業が気づかないうちに企業の評判を傷つけるおそれのあるものであり、その意味では、従業員に対するパワハラやセクハラより、企業にとってリスクが高いものともいえる。 (※3) 前掲「令和2年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(厚生労働省)によると、就活ハラスメント(セクハラ)に対して何もしなかったとの回答が24.7%であり、その理由は「何をしても解決にならないと思ったから」との回答が47.6%であるとのことである。「何をしても解決にならないと思った」との趣旨は、相談・申告しても適切な対応を期待できないから、という意味の他に、相談・申告したからといって特段のメリットはないからだという意味も含まれるものと思われる。 よって、企業においては、採用担当者と就活生との間のコミュニケーションを適宜監視したり、口コミサイトをチェックしたりして、就活ハラスメントの把握に努めたうえで、就活ハラスメントが発覚した場合には厳重に処罰を行い、これを社内に公表するなどして、抑止力を働かせるべきである。 (了)
《速報解説》 金融庁より「財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」が公表される ~「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」等の改訂に対応~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023(令和5)年4月10日、金融庁は、「財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」等を公表し、意見募集を行っている。 これは、2023年4月7日に改訂された「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」(企業会計審議会)を受けて、所要の改正を行うものである。 意見募集期間は2023年5月12日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 内部統制報告書 前年度に開示すべき重要な不備を報告した場合には、内部統制報告書において、付記事項として、当該開示すべき重要な不備に対する是正状況を記載する。 2 訂正内部統制報告書 事後的に内部統制の有効性の評価が訂正される際には、訂正内部統制報告書において、具体的な訂正の経緯や理由等を記載する。 3 内部統制監査報告書 企業が内部統制報告書の内部統制の評価結果において内部統制は有効でない旨を記載している場合には、監査人はその旨を内部統制監査報告書において監査人の意見に含めて記載する。 Ⅲ 施行期日等 2024(令和6)年4月1日から施行する予定である。 改正後の財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令6条、11条の2及び17条の規定並びに第一号様式及び第二号様式は、この府令の施行の日以後に開始する事業年度に係る内部統制報告書に係るものについて適用し、同日前に開始した事業年度に係る内部統制報告書に係るものについては、なお従前の例によるとする予定である。 (了)
《速報解説》 国税庁、「調査課所管法人における申告内容の誤りが多い事例」を ランキング形式で紹介 ~トップは「外国税額の控除等に関する誤り(別表六(二)等)」~ Profession Journal編集部 令和5年4月11日、国税庁は「調査課所管法人における申告内容の誤りが多い事例」を公表した。 これは調査課所管法人(原則資本金1億円以上の法人)における法人税申告書の申告内容の誤りが多い事例について、令和3事務年度に実地調査以外で把握したものを集計し、誤りが多い順番にその状況を取りまとめたもの。 なお、集計対象法人数は約 350 法人であり、そのうち約6割の法人において、以下①から⑩までのいずれかに関する誤りが確認されているのとのことである。 また、上記①から⑩の誤りについて、具体的な誤りの記載を紹介しており、例えば「④ 受取配当等の益金不算入に関する誤り(別表八(一)・同付表一)」では、 が挙げられ、「⑥ 役員給与等に関する誤り(役員給与等の内訳書)」では、 が示されている。それぞれの誤りの防止に役立つ国税庁HP掲載の「申告書確認表」へのリンクも記載されている。 なお上記のうち②⑦⑨は、調査課所管法人でありながら中小企業税制を適用していたケースが取り上げられている。 (了)
《速報解説》 「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」等の改訂が確定 ~従前の「財務報告の信頼性」を非財務情報含む「報告の信頼性」へと拡張~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2023(令和5)年4月7日、企業会計審議会は、「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」を公表した。 これにより、2022(令和4)年12月15日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対する「コメントの概要及びコメントに対する考え方」(以下「コメント対応」という)も公表されており、93ページに及ぶものである。 これは、内部統制報告制度は、財務報告の信頼性の向上に一定の効果があったと考えられる一方で、経営者が内部統制の評価範囲の検討に当たって財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性を適切に考慮していないのではないかなどの制度の実効性に関する懸念や、国際的な内部統制の枠組み(米国のCOSO(トレッドウェイ委員会支援組織委員会))の改訂などへ対応するものである。 なお、サステナビリティ等の非財務情報の内部統制報告制度における取扱いなどについては、法改正を含む更なる検討が必要な事項であることから、中長期的な課題とされている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 内部統制の基本的枠組み 1 「財務報告の信頼性」から「報告の信頼性」 改訂された米国のCOSOの内部統制の基本的枠組みに関する報告書(COSO報告書)では、内部統制の目的の1つである「財務報告」について、「報告」(非財務報告と内部報告を含む)へと拡張されている。 意見書は、サステナビリティ等の非財務情報に係る開示の進展やCOSO報告書の改訂を踏まえ、内部統制の目的の1つである「財務報告の信頼性」を「報告の信頼性」としている。 「報告の信頼性」とは、組織内及び組織の外部への報告(非財務情報を含む)の信頼性を確保することをいい、それには「財務報告の信頼性」が含まれる。 「財務報告の信頼性」は、財務諸表及び財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性のある情報の信頼性を確保することをいう。 金融商品取引法上の内部統制報告制度は、あくまで「財務報告の信頼性」の確保が目的である。 コメント対応No.52では、金融商品取引法上の内部統制報告制度は、経営者による評価及び報告と監査人による監査を通じて財務報告に係る内部統制についての有効性を確保しようとするものであり、財務報告の信頼性以外の他の目的を達成するための内部統制の整備及び運用を直接的に求めるものではないと記載されている。 2 内部統制の基本的要素 3 経営者による内部統制の無効化 4 内部統制に関係を有する者の役割と責任 5 内部統制とガバナンス及び全組織的なリスク管理 内部統制とガバナンス及び全組織的なリスク管理は一体的に整備及び運用されることの重要性を明らかにしている。 内部統制は、組織の持続的な成長のために必要不可欠なものであり、「ガバナンス」や「全組織的なリスク管理」と一体的に整備及び運用されることが重要である。 これらの体制整備の考え方として、3線モデル等が例示されている。 3線モデルにおいては、第1線を業務部門内での日常的モニタリングを通じたリスク管理、第2線をリスク管理部門などによる部門横断的なリスク管理、そして第3線を内部監査部門による独立的評価として、組織内の権限と責任を明確化しつつ、これらの機能を取締役会又は監査役等による監督・監視と適切に連携させることが重要である。 Ⅲ 財務報告に係る内部統制の評価及び報告 1 経営者による内部統制の評価範囲の決定 なお、「売上高等のおおむね3分の2」や「売上、売掛金及び棚卸資産の3勘定」について、それらを機械的に適用せず、評価範囲の選定に当たって財務報告に対する影響の重要性を適切に勘案することを促すよう、基準及び実施基準における段階的な削除を含む取扱いに関しては、今後の検討事項とされている。 2 ITを利用した内部統制の評価 3 財務報告に係る内部統制の報告 Ⅳ 財務報告に係る内部統制の監査 Ⅴ 内部統制報告書の訂正時の対応 事後的に内部統制の有効性の評価が訂正される際には、訂正の理由が十分開示されることが重要であり、訂正内部統制報告書において、具体的な訂正の経緯や理由等の開示を求めるために、関係法令について所要の整備を行うことが適当である。 Ⅵ 適用時期等 改訂基準及び改訂実施基準は、2024(令和6)年4月1日以後開始する事業年度における財務報告に係る内部統制の評価及び監査から適用する。 (了)
《速報解説》 インボイス制度「2割特例」等、令和5年度改正を受け消費税の申告書様式等改正通達が公表 ~付表6 税率別消費税額計算表〔小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置を適用する課税期間用〕が新設~ Profession Journal編集部 令和5年度税制改正ではインボイス制度導入に係る激変緩和措置として2割特例等、小規模事業者に向けた措置が講じられているが、このほど国税庁は「「消費税の軽減税率制度に関する申告書等の様式の制定について」等の一部改正について(法令解釈通達)」を公表。これら改正事項を受けた消費税の申告書や適格請求書発行事業者の登録申請書の様式を改正する通達を公表した。 令和5年度税制改正の概要は下記の速報解説を参照されたい。 具体的には、消費税の申告書第1表(原則・簡易ともに)において2割特例適用時にマルを付ける「税額控除に係る経過措置の適用(2割特例)」欄が新設されるとともに、「付表6」として「税率別消費税額計算表〔小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置を適用する課税期間用〕」が新設された。 また、登録手続についても一部見直しが行われたことで、令和5年10月1日以降提出分の「適格請求書発行事業者の登録申請書」の表記も見直されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国税不服審判所 「公表裁決事例(令和4年7月~9月)」 ~注目事例の紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 国税不服審判所は、2023(令和5)年3月29日、「令和4年7月から9月までの裁決事例の追加等」を公表した。追加で公表された裁決は表のとおり、法人税法関係が2件、国税通則法関係と所得税法関係が各1件で、合わせて4件となっている。最近の公表件数は、4件→4件→5件→4件(今回)と非常に少ない傾向が続いている。 今回の公表裁決4件は、すべて原処分庁の賦課決定処分の全部又は一部を取り消す裁決となっている。 【表:公表裁決事例令和4年7月から9月分の一覧】※本稿で取り上げた裁決 本稿では、公表された裁決事例のうちから、原処分庁による重加算税の賦課決定処分が国税不服審判所によって取り消された1件と、原処分庁が過大な役員報酬であるとして否認した処分を、同じく国税不服審判所が取り消す旨の裁決をした1件を取り上げたい。 1 請求人が法定申告期限までに申告書を提出しなかった事例・・・① (1) 事案の概要 本件は、太陽光発電関連事業等を営む法人である審査請求人(以下「請求人」という)が、法人税等及び消費税等の期限後申告書を提出したところ、原処分庁が、請求人に隠蔽又は仮装及び偽りその他不正の行為があるとして、法人税等及び消費税等に係る重加算税の賦課決定処分をしたのに対し、請求人が、調査手続に賦課決定処分の取消事由となる違法があり、また、隠蔽又は仮装及び偽りその他不正の行為はないとして、その全部の取消しを求めた事案である。 (2) 争点 本稿では、〔争点2〕である「請求人に隠蔽・仮装の事実があったか否か」を中心に裁決の概要を検証したい。 (3) 原処分庁の主張 原処分庁は、請求人代表者について、 などの行為があったことから、請求人の事業における収益及び対価の享受に係る事実(所得金額)を隠蔽し、あるいは故意に脱漏したものであり、結果として請求人の課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実(所得金額)を隠蔽したものと認められることから、請求人には、国税通則法第68条第2項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったと主張した。 (4) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、認定した以下の事実に基づいて検討したうえで、請求人が、当初から課税標準等及び税額等を法定申告期限までに申告しないことを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づき法定申告期限までに申告をしなかったと評価することはできないことから、請求人に、国税通則法第68条第2項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったと認めることはできないとの裁決を示した。 2 取締役に支給した報酬について過大か否かが争われた事例・・・④ (1) 事案の概要 本件は、特例有限会社であり、かつ、同族会社である審査請求人(以下「請求人」という)が、法人税の所得金額の計算上損金の額に算入した取締役に対する役員給与の額について、原処分庁が、当該給与の額には不相当に高額な部分の金額があり、当該金額は損金の額に算入されないなどとして法人税等の更正処分等を行ったのに対し、請求人が当該給与の額に不相当に高額な部分の金額はないとして、原処分の一部取消しを求めた事案である。 不相当に高額な給与であるとされた取締役(本件取締役)は、生産管理全般の責任者という使用人としての業務に従事しており、「役員で労働者扱いの者」として労働保険に加入している。 (2) 争点 本件取締役に支給された役員給与の額に不相当に高額な部分の金額はあるか否か。 (3) 役員給与のうち「不相当に高額な部分」の意義 法人税法第34条第2項に定める「役員に対して支給する給与の額のうち不相当に高額な部分の金額」とは、以下の①又は②のうち、いずれか多い金額をいう(※)。 (※) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年)406ページ以下 本件では、請求人・原処分庁ともに、争点は、本件取締役に支給された役員給与の額が形式基準を超えているかどうかであることであり、同人が使用人兼務役員に該当しないことについては、争いがない。 (4) 原処分庁の主張 原処分庁は、本件取締役は法人税法上の使用人兼務役員に該当しないことから、同人に対して支給した給与の額の合計額は全て役員給与となる。よって、形式基準限度額を超える部分の支給額は不相当に高額な役員給与に当たると主張した (5) 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、認定した以下の事実に基づいて検討したうえで、請求人代表取締役は、本件取締役に対する給与のうち取締役部分を月額〇〇〇〇円であると認識していたとしても、それは、本件取締役に対する給与の額の積算根拠にすぎないというべきであり、この他に本件取締役に係る形式基準限度額を〇〇〇〇円と決定した事実を認めるに足る証拠はない。さらに、本件役員給与の支給額(年額)は、請求人の第1回定時社員総会で定められた役員報酬の額の年額5,000万円以内であると認められることから、本件役員給与に形式基準を超える金額があるとは認められないと判断して、本件役員給与の額に、法人税法第34条第2項に規定する不相当に高額な部分の金額は認められないことから、本件賦課決定処分の全部を、取り消すべきであるという裁決を示した。 (了)
2023年4月6日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.514を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.123- 「“106万円の壁”より深刻な“住民税非課税の壁”」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 政府は、物価対策という名目で、低所得世帯に一律3万円の給付(事業費5,000億円)、子育て世帯には別途子ども1人当たり5万円の給付(事業費1,551億円)を行う。 低所得世帯の判断基準は、これまで同様、「住民税非課税かどうか」となっている。住民税非課税世帯で子どもが2人いる場合には、3+5×2=13万円の給付がもらえるが、住民税を少しでも負担していれば、給付はゼロである。これでは、働いて少しでも住民税を負担している者は報われない。 * * * 本連載のNo.119で、住民税非課税という基準が高齢者に有利であることを指摘した。非課税基準は「所得」なので、給与所得者より高水準の公的年金等控除がある年金受給者は、勤労者より高水準の「収入」でも住民税非課税になりやすい。住民税非課税世帯の7割が高齢の年金受給世帯で、必ずしも生活困窮者とは限らない。 住民税を負担しているが困窮している勤労世帯が給付から外れるだけでなく、高齢者は若者と比べて「資産」を保有している割合が圧倒的に高く、住民税非課税基準は公平性に大きな問題を生じさせ、就業調整にもつながっていく。 今日、106万円・130万円の壁(この収入を超えると夫の扶養から外れ社会保険料負担が生じるので就業調整をすること)が大きな社会問題となっている。 岸田総理は3月17日の記者会見で、106万円・130万円の壁について「被用者が新たに106万円の壁を超えても手取りの逆転を生じさせない取り組みの支援などをまず導入し、さらに制度の見直しに取り組む」と表明した。 現在政府部内で検討されている案は、収入増でパート主婦の手取りが社会保険適用前の金額に回復するまでの間、手取り減少分の一部を補填できるよう企業に助成金を出すという内容のようだ。 しかし、そもそもパート主婦は、「第3号被保険者」として保険料を負担せず受益だけをしている。さらに一定収入のある主婦の保険料まで助成金で実質補助することは、個人事業者や非正規雇用者などの「第1号被保険者」から不公平という批判を招きかねない。また将来年金給付が得られるにもかかわらず、その社会保険料負担を補填することにも問題がある。壁を越えて勤労し社会保険制度に加入することには将来大きなメリットがあるわけで、政府は「壁を意識せずに働き、社会保険制度に加入することがベストである」ということをもっと喧伝すべきだ。 一方で深刻なのは「住民税非課税の壁」である。単身の給与所得者の場合は、年収100万円以下が課税最低限である。 非課税世帯には、返済不要の「高校生等奨学給付金」があり、また「高等教育の修学支援新制度」のもとで授業料・入学金の減免、返還する必要のない給付型奨学金なども適用される。 これでは住民税の課税最低限のところで、就業調整が生じる可能性がある。 欧米では、専業主婦などが新たに労働市場に参入する際に生じる世帯の逆転現象を、ポバティ―トラップ(貧困の罠)と捉えて、壁をなくす制度として、「給付付き税額控除」が導入されている。英国、オランダ、米国、スウェーデンなどのユニバーサルクレジットや勤労税額控除で、税と社会保険料負担を一体的に捉えた上で、低所得勤労者に勤労インセンティブを供与するため、低所得者の可処分所得が逓増するよう給付が行われるよう設計されているので「壁」の問題は生じない。 * * * マイナンバー制度を活用して、所得と給付とを連動させ、きめ細かい給付が行われるような仕組みをわが国も検討する必要がある。 筆者が構成員を務めているデジタル庁の会議で、このことを指摘してきているが、当局者からは、「制度設計をする所管官庁と議論する必要があるので、3年、5年かかる」という返答である。まずは「霞が関の壁」を排除する必要がある。 (了)