〔会計不正調査報告書を読む〕 【第129回】 株式会社ダイイチ 「第三者委員会調査報告書(公表版)(2022年6月24日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【株式会社ダイイチ第三者委員会の概要】 【株式会社ダイイチの概要】 株式会社ダイイチ(以下「ダイイチ」と略称する)は、1958年7月創業。北海道帯広・旭川・札幌の各地区におけるスーパーマーケット経営を主たる事業とする。売上高44,015百万円、経常利益1,929百万円、資本金1,639百万円。従業員数338名(いずれも訂正前の2021年9月期実績)。本店所在地は北海道帯広市。株式会社イトーヨーカ堂が発行済株式の30.03%を有する筆頭株主である。東京証券取引所スタンダード市場、札幌証券取引所上場。会計監査人は監査法人シドー札幌事務所(以下「監査法人シドー」と略称する)。 【役員の状況(役員の肩書は2021年9月期有価証券報告書記載もの)】 【第三者委員会調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 ダイイチは、2022年3月より開始された札幌国税局の税務調査において、2017年9月期以降、継続して、納品されていない商品の仕入計上及び棚卸の除外による利益の調整(以下「売上原価の先行計上」という)を含む不適切な会計処理が行われており、2021年9月期における売上原価の先行計上の金額は少なくとも約82百万円であるとの指摘を受けた。 これを受けて、ダイイチは、会計監査人である監査法人シドーから、税務調査の指摘に係る事実関係の確認を求められたため、2022年4月25日開催の臨時取締役会において、ダイイチと利害関係を有しない中立・公正な外部の専門家から構成される委員会を設置することを決議し、同日、第三者委員会を設置した。 2 第三者委員会の調査により判明した不正の概要 第三者委員会による調査の結果、ダイイチにおいては、次の3類型による不適切な行為が行われていたことが判明した。 第三者委員会は、これらの行為のうち、売上原価の先行計上及び経費の先行計上のうち一部は、翌期の利益を水増しする目的で行われたものであり、不正な会計処理であることが明らかであると断定した一方、リベートの計上時期の遅れについては、現金主義での会計処理は従来から慣行的に行われており、翌期の利益を水増しするという不正の意図をもって行われたものであることを示す事実は認められなかったと結論づけた。 【表:ダイイチの業績推移と会計不正等による影響額】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 3 売上原価の先行計上の手口 ダイイチは、翌期の利益目標の達成を確実なものとするために、翌期の10月から12月に販売する商品を予め当期の決算月である9月の末日までに仕入処理を行った上で、仕入れた商品を期末在庫から除外することにより、先行仕入れ商品に係る仕入額を当期の売上原価として先行計上する方法により、簿外の商品を作出し、当該商品を翌期に売り上げることにより、当該商品の仕入相当額の利益を水増ししていた。 第三者委員会の調査によって判明した売上原価の先行計上の詳細な手口のうち、商品第一部(グロッサリー)における流れは次のとおりである。 4 原因及び問題点(報告書39ページ以下) 第三者委員会は、ダイイチにおける売上原価の先行計上に関して、「動機」「機会」及び「その他」の3つの視点から分析を行っている。 (1) 動機に係る原因及び問題点 第三者委員会は、ダイイチにおける売上原価の先行計上は、前代表取締役社長である鈴木達雄氏(報告書上の表記は「W氏」、以下「鈴木前社長」と略称する)が、株主に対して、右肩上がりの業績の推移を示すことにより経営の自由度を高める、すなわち、株主からの経営に対する干渉を排除したいという自己保身的な動機に基づき始められたことが認められるとともに、専務取締役営業本部部長の中本泰廣氏(報告書上の表記は「B氏」、以下「中本専務」と略称する)と常務取締役販売本部長の野口一氏(報告書上の表記は「C氏」、以下「野口常務」と略称する)が重要な役割を果たしていたことから、経営トップ及び執行部門のトップが主導して行ったという特徴を指摘した。 そして、売上原価の先行計上について、当期に仕入処理を行った仕入品(翌期に販売予定)に関して、期末時点で在庫に計上しないことにより、当該仕入品の原価を当期に先行計上し、これにより当該仕入品の原価をゼロとし、当該仕入品を翌期に売り上げた際に、当該仕入品の仕入原価相当額の利益の水増しを行うことは、①損益計算書における適正な期間損益の表示を歪め、株主を始めとする対象会社のステークホルダーの判断を誤らせるものであり、また、②売上原価の先行計上は、売上原価の不適切な水増し計上となり、これにより当期の利益が減少するから、法人税法上の脱税行為となるものであって、当然のことながら、許されるものではないと断じた。 そのうえで、売上原価の先行計上の動機に係る原因及び間題点として、主に、①取締役としての資質の問題、②取締役の教育に関する問題を指摘できるとともに、業績の右肩上がりの推移を確保したいという動機は、③内部統制としての予算統制の趣旨・意義を損なう点についての問題点として指摘した。 (2) 機会に係る原因及び問題点 第三者委員会は、売上原価の先行計上は、バイヤーが、仕入れた数量と同じ数量だけ在庫を減少させることを申請する内容の理論在庫調整数量申請書を経理部に提出し、経理部が、理論在庫調整数量申請書に基づき、在庫を減少させる棚卸修正処理を行うというものであり、各バイヤーは、当該行為が不適切な行為であることは認識しており、また、経理部においても、当該理論在庫調整数量申請書の内容が、一度に在庫を減少させる数量の多さからしても、また頻度からしても異常なものであることを認識したにもかかわらず、合理的な説明がなくても、バイヤーの要請に応じていたことから、経理部の関与が組織的牽制として機能しなかったものと認められ、その理由として、バイヤー及び経理部等の売上原価の先行計上に関与した者のコンプライアンス意識の鈍麻があったことも、売上原価の先行計上を行い得た一因であるという判断を示した。 そのうえで、売上原価の先行計上の機会に係る原因及び間題点として、主に、①バイヤー及び経理部のコンプライアンス意識の鈍麻、②理論在庫調整数量申請書に係る修正根拠の疎明資料の不備という問題点を指摘した。 (3) その他の原因及び問題点 第三者委員会は、売上原価の先行計上について、経営陣の指示に基づき、多くのバイヤーにより実行されており、言い換えれば、多くのバイヤーは、経営陣の指示に基づき、企業価値の向上に何ら貢献しない「作業」を「業務」として行っていたと評して、鈴木前社長、中本専務及び野口常務は、自己保身的な動機に基づき、ダイイチにおける貴重な人的資源の有効かつ効率的な費消を阻害し、企業価値を毀損したとして、①貴重な経営資源である従業員をして、企業価値の向上に何ら貢献しない不適切な行為に係る「作業」に費消させ、また、②期末在庫の数量に関し、虚偽の在庫数量を作出させ、適正な在庫管理の実現を阻害していたと認め、いずれも鈴木前社長、中本専務及び野口常務らの取締役としての資質・能力の欠如に起因する問題であると評価した。 さらに、ダイイチにおいては、常勤監査役、内部監査室が十分にその期待される役割を果たしておらず、経理部においても組織的牽制が機能していなかったことも大きな問題点であると指摘した。 5 再発防止策(報告書42ページ以下) 上記の問題点を踏まえた、第三者委員会による再発防止策は次のとおりである。 本稿では、再発防止策の1つである「内部監査の強化」について、詳細を見ておきたい。 第三者委員会は、ダイイチの内部監査室に所属する人員は、元従業員であり、嘱託社員のV氏1名のみであり、V氏から人員の増加を要望されても応じてこなかったこと、V氏は内部監査に関する専門的能力は必ずしも十分なものではなかったため、人員不足も相まって、その監査の対象は限定された範囲(主として店舗における現金の保管状況のチェック)に留まっていたと指摘したうえで、内部監査を効果的に実施していくためには、専門的能力のある人員による十分な体制があることが当然に前提となることから、内部監査体制の強化を図ることが必要であると考えると結んでいる。 【調査報告書の特徴】 会計不正事案においては、売上の早期(架空を含む)計上により、実際の業績を水増しする形での粉飾決算がほとんどであるが、ダイイチで長く繰り返されてきた不正は、売上原価の先行計上と棚卸資産の帳簿からの除外による「利益の先送り」であり、しかも、経営トップが主導してきた粉飾であった。 調査報告書の中で、第三者委員会は、ダイイチにおける売上原価の先行計上は、鈴木前社長が、株主に対して、右肩上がりの業績の推移を示すことにより経営の自由度を高める、すなわち、株主からの経営に対する干渉を排除したいという自己保身的な動機に基づき行われてきたことを繰り返し言明している。この「株主」が、2013年7月に資本・業務提携を締結して大株主となった株式会社イトーヨーカ堂を意味するのかどうかは定かではないものの、大手資本との提携による生き残りを選択しながら、なおかつ経営判断の自由度を求めたいという地方スーパーマーケットの難しい経営判断が根底にあるのではないかと思料するが、第三者委員会はこれを「自己保身」と評価したようである。 1 第三者委員会の調査に対する妨害-電子データの削除(報告書29ページ以下) 第三者委員会による調査の期間中、ダイイチでは、削除したデータの復元を不可能又は困難にするためのソフトウェアを使用して、複数の取締役及び従業員のPCデータが削除され、電子データの復元が困難となる事態が発生していた。 本ソフトウェアを使って電子データの削除を行っていたのは、中本専務と野口常務という売上原価の先行計上を主導した2名の取締役並びに経理部の幹部社員2名及び商品第一部・商品第二部に所属する幹部社員(バイヤー)5名の合計9名であった。 第三者委員会が中本専務に対して本ソフトウェアを使用した理由を確認したところ、中本専務は、ダイイチから貸与されていたPCにプライベートな電子データも保存していたため、これを削除し、さらに念のため本ソフトウェアを使用しただけであると述べ、他の者に、電子データを削除すること及び本ソフトウェアを使用するよう指示したことは一切ないと供述した。 しかし、第三者委員会は、野口常務をはじめとする多数の従業員が、中本専務及び中本専務から指示を受けたF氏(執行役員販売本部帯広ブロック長)から、自身が保有するPC内の電子データを削除するよう指示され、その後本ソフトウェアが使用されたという供述をしていること、さらに、商品第二部(生鮮)の売上原価の先行計上について、情報共有のために作成されていた社内連絡用のフォルダが、第三者委員会に提供された電子データに存在していなかったことから、中本専務の供述を信用することはできず、ダイイチにおいては、主に生鮮部門で行われた売上原価の先行計上に関する調査を妨害することを目的として、中本専務の主導により、組織的に、電子データの削除及び本ソフトウェアの使用が行われたものという判断を示している。 2 会計監査人の関与状況に対する評価(報告書37ページ以下) 近年、会計監査人に対するインタビューすらしない調査委員会が多い中、ダイイチ第三者委員会は、会計監査人である監査法人シドーの監査手続きについて、厳しい指摘を行っている。 (1) 売上原価の先行計上 第三者委員会は、監査法人シドーが、売上原価の先行計上に係る事実を認識していたことを示す事実は認められなかったものの、ダイイチの監査手続において、実地棚卸が店舗によっては期末日以前に行われていたことを認識していながら、ロールフォワード手続(実地棚卸が期末日よりも前に実施される場合に、実地棚卸の日から期末日までの当該資産の増減を検証・確認する手続)を十分に行っていなかったため、理論在庫の不適切な調整がなされていたことを把握することができなかったことから、会計監査人として職業的懐疑心を発揮して監査手続を行っていたとは認めがたいと評価せざるを得ないとした。 (2) 経費の先行計上 第三者委員会は、監査法人シドーが、ダイイチの税務申告において、費用計上した科目を課税所得の算定において、貯蔵品又は前払費用として別表加算して各期の損金から除外していることを認識していたが、金額的な重要性がないとして、これに対し特段の対応をしていなかった点について、2021年9月期において貯蔵品として別表加算された金額は約32百万円となっており、単に金額的な重要性だけをもって、ダイイチに対して何らの指摘等も行わなかったことは、会計監査人として適切ではないと考えられるとした。 (3) 現金主義によるリベート処理 リベートの現金主義による処理について、第三者委員会は、会計監査人は、主なリベートについては発生主義で計上されていると認識しており、現金主義で計上されているリベートの存在については十分に把握できていなかったというコメントを紹介するだけにとどめ、評価に関する記述はない。 3 役員の異動及び役員報酬の返上 ダイイチは、2022年7月26日、「役員の異動及び役員報酬の返上に関するお知らせ」をリリースして、売上原価の先行計上を主導してきた中本専務と野口常務、非常勤の取締役として経理部門を担務してきた川瀬豊秋氏(報告書上の表記は「D氏」)の3名が、8月31日付で辞任すること、代表取締役社長の若園清氏(報告書上の表記は「A氏」)が月額基本報酬額の100%を5ヶ月間返上することをはじめ、他の取締役及び監査役もそれぞれ役員報酬の一部を返上して、経営責任を明確にすることを取締役会で決議した旨、公表した。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第30回】 「M&Aを行う理由・要因別の売り手の見方」 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aを行う理由や要因によって異なる、売り手に対する見方のポイントを知る。 売り手企業 ⇒M&Aを行う理由や要因によって異なる、買い手の売り手に対する見方を知る。 支援機関(第三者) ⇒M&Aを行う理由や要因によって異なる、売り手に対する見方を知り、M&Aの助言に役立てる。 その他の対象者 ⇒M&Aを行う理由や要因によって異なる、売り手に対する見方のポイントを理解する。 1 M&Aを行う買い手の意図は何か 中小企業にとって、M&Aという手段は経営をする上で必ず行わなくてはならないものではありませんから、買い手がM&Aという判断、決断に至るには何らかの理由、要因があると考えるのが自然です。しかも、この理由や要因の別によって、買い手が売り手をどう見ているか、言い換えると、どのような売り手を探しているかも異なりそうです。 売り手からすると、どんな意図をもって、買い手が売り手に近づいてきたのかわからないと、売り手にとって望ましい買い手かどうかがわかりませんから、まず何よりも、買い手がどうしてM&Aをしようと思っているのかは、ぜひ知りたいところです。 しかし、買い手がM&Aをする理由や目的を仮に知ることができても、これだけでは、売り手側の心の準備を整えるのに十分ではないでしょう。買い手がM&Aを行う理由や要因が異なれば、売り手に期待する内容や条件も自ずと異なるのではないでしょうか。 そうした期待の内容が垣間見えると、売り手としては、自社にとって望ましい買い手かどうかの判断がつくようになり、売り手なりの心構えや準備もできるようになります。 そこで今回は、買い手がM&Aを行う主な理由や要因と、その理由や要因の別によって買い手が売り手をどう見ているかについて解説します。売り手からすれば、買い手の姿勢に応じた事前準備ができるようになり、買い手からすれば、M&Aを行う理由や要因によって、どのような売り手候補を探せばよいかのヒントになります。 2 買い手がM&Aを行う主な理由や要因 本稿では、買い手がM&Aを行う理由や要因と、M&Aに対する姿勢の積極(消極)性との関係性を考慮して、以下のように分類しました。必ずしも明確に線引きできるものではありませんが、ある程度、どのような理由や要因の場合にM&Aを行う姿勢が積極的になるか否かを判断する目安としてご活用いただけるのではないかと思います。 ちなみに、本稿ではM&Aに“積極的”とはM&Aを自らの意思で肯定的、前向きに進められる場合を指し、“消極的”とは否定的、後ろ向きでありながらもM&Aに頼らざるを得ない状況によって、自分の意思よりも外部環境の影響をより強く受けてM&Aに進む場合を指すこととします。 ① M&Aの買い手が積極姿勢のケース ② M&Aの買い手の姿勢がやや積極的なケース ③ M&Aに対する姿勢が中立的なケース ④ M&Aの買い手の姿勢がやや消極的なケース ⑤ M&Aの買い手が消極姿勢のケース M&Aを行うといっても、買い手の置かれた立場、M&Aを行う意図などによって、まったく異なる買い手像が浮かび、対象とする売り手像もおそらく異なるであろうというのが見て取れると思います。 売り手としては、M&Aによって買い手との良好な関係を望み、対等な立場でM&A後の経営を考えたいところですが、買い手には買い手の事情があってM&Aという手段、選択肢に至っていますので、なかなか売り手の意向通りにいかないわけです。 かといって、売り手にも売り手なりのM&Aに向かう意図、目的がありますから、買い手の思う通りにいくとも限りません。こうしたズレがある点で中小企業のM&Aは難しいと言えるわけです。そのため、成功パターンも、失敗パターンも画一的なものにはならず、ケースバイケースで判断するしかないのが実情でしょう。 しかしだからといって、買い手がM&Aを行う理由や要因について知ることがまったく無意味かというと、そんなことはありません。むしろ、売り手としては、買い手は望んでM&Aをしたいのか、それとも、M&Aは避けたいが仕方なくするのか、といった事情がわかる方が、対応も対策もしやすいのではないでしょうか。 3 買い手がM&Aを行う理由や要因によって異なる、売り手に対する見方 続いて、買い手がM&Aを行う理由や要因によって、売り手をどのように見て、売り手の何に期待するのか、上記2で紹介した番号順にみていきます。 ① 「M&Aの買い手が積極姿勢のケース」の場合 買い手自身が自力成長で十分に事業を拡大できる能力を有している場合が多く、それでもあえてM&Aをするわけですから、M&Aを無理に急ぐことはせず、良い相手に巡り合うのを期待しています。そのような相手とは、たとえば、買い手が未開拓の新規ビジネスや市場の発見と創造につなげられるのを期待できそうな相手、自社事業との相乗効果を期待できる相手です。 この場合、買い手はあくまで無理してM&Aをしたいわけではありませんが、買い手主導で成立できそうで、かつ、買い手が望む企業であれば、多少の資金を投じてでもM&Aへの期待が高まります。ぜひ欲しいと思わせるような何かを持っているという魅力の有無と強さが、選ばれる売り手のポイントになります。 〈買い手が期待する売り手の一例〉 ② 「M&Aの買い手の姿勢がやや積極的なケース」の場合 買い手としては今後も安泰で、躓く恐れは少ないかもしれないが、市場、ライバルの状況、外部環境などを考慮すると、余力のある今のうちに少しでも先行しておきたい、先回りをして仕掛けることで有利な状況をキープしたい、といった強いニーズがあります。 売り手としては、買い手が自社とM&Aをすることがメリットになると思わせるような魅力があるとポイントが高いです。 〈買い手が期待する売り手の一例〉 ①②のケースは、積極的に買い手から売り手に対して手を組みたいと言ってくれるケースですから、買い手から選ばれる売り手であり、譲渡価額が高額になりやすく、市場価値のある売り手である特徴を有しているといえます。 買い手に資金余力がある場合には、魅力の低い売り手に対する救済の目的でM&Aを行う場合もありますが、売り手からはそのようなシチュエーションに遭遇する期待はできません。 ③ 「M&Aに対する姿勢が中立的なケース」の場合 売り手探しに積極的でない中で、偶然にも、M&Aの機会に巡り合う場合があります。中小企業のM&Aでは割とみられるケースで、経営者仲間からの相談、普段付き合いのある金融機関や顧問を介しての紹介などによって、主に同業同士で成立するパターンなどが考えられます。 このほかにも、何らかの原因で売り手の事業継続が難しい場合に、買い手の救済や支援を通じて継続するチャンスを期待するケースもみられます。 〈買い手が期待する売り手の一例〉 ④ 「M&Aの買い手の姿勢がやや消極的なケース」の場合 買い手としては、M&Aをしたいというよりも、M&Aをしなければならないか、M&Aをせざるを得ない状況に近いと言えます。もちろん、買い手側は資金を投じる程度の余裕はあるでしょうが、今後のビジネスという意味では将来に危機感を抱いている場合も少なくありません。 〈買い手が期待する売り手の一例〉 ⑤ 「M&Aの買い手が消極姿勢のケース」の場合 M&Aを買い手自身の浮上の契機にしたいと考える可能性が高く、買い手の状況改善の一手になりそうな売り手を探したいという意向が強く働きます。この場合、売り手は買い手の今後の事業展開に必要なパートナーとなりますので、頼りにされる一方で、買い手自身に力がなければ共に沈んでいく危険性がある点で、売り手としても慎重な検討が求められます。 〈買い手が期待する売り手の一例〉 ④⑤のケースでは、売り手に対する依存、買い手に足りないパーツを補うという視点で売り手探しをする例もみられます。売り手としては、買い手が売り手を期待する分嬉しい反面、期待の裏返しとして、買い手の経営課題を一緒に引き受ける、背負わされる可能性まで視野に入れて、上手に買い手の提案に付き合っていかなければならないかもしれません。 * * * 買い手がM&Aを選択する際の買い手自身の理由や要因は、売り手探し、選びにも少なからず影響を及ぼします。買い手も売り手もどのような相手と組むのが自社にとってのベストアンサーなのか、条件面、形式面に限定しないで視野を広げるのも重要な検討ポイントです。 (了)
〈注記事項から見えた〉 減損の深層 【第9回】 「鉄道子会社が減損に至った経緯」 -減損の理由は観光客減少か、人口減少か- 公認会計士 石王丸 周夫 〈はじめに〉 東急は2022年3月期において、子会社である伊豆急行の保有資産について減損を実施しました。 伊豆急行は、伊豆半島の東側(伊東-伊豆急下田間)を南北に走る鉄道路線の会社です。伊豆急行線はJR東日本と相互乗り入れしており、東京、神奈川方面からの観光客が利用する観光鉄道としてよく知られています。それゆえ、コロナ禍により観光客が激減し、業績が悪化したことは間違いないでしょう。 一般に減損会計では、業績が悪化すれば「減損の兆候あり」とされてしまいます。しかし、減損処理を実施するかどうかというのは、現在に至るまでの業績ではなく、今後の業績如何によります。 ということは、コロナが収まった後も観光客は戻ってこないと予測しているのでしょうか。さっそく、注記事例を確認してみましょう。 〈今回の注記事例〉 (出所:有価証券報告書) (※) 下線は筆者 上の注記では、伊豆急行の資産を減損しているとは書いてありませんが、2022年3月28日の東急の公表資料「当社子会社(伊豆急行株式会社)における減損損失の計上に関するお知らせ」と合わせて読めば、下線を引いた部分のほとんどが伊豆急行の資産の減損だとわかります。 この注記からは減損実施の背景を読み取れないので、別途伊豆急行の決算書から、これまでの同社の業績(鉄道事業)を確認して、グラフにしてみます。 (※) 伊豆急行ホームページ「貸借対照表・損益計算書」を基に筆者作成 上記からわかるとおり、直近2期が連続して営業損失です。 減損会計では、固定資産に減損が生じているかどうかを見極めるために、まず、「減損の兆候の有無」を確認します。会計基準に示されている減損の兆候の例示はいくつかありますが、そのうち最も典型的なのは過去2期連続の営業損失です。 この例では、2022年3月期が減損実施年度なので、過去1期のみ営業損失で、2期目は営業損失見込み(決算作業段階)ということになります。伊豆急行が東急における減損会計適用上の適用単位(1つの資産グループ)であるという仮定での話ですが、このような場合は、2022年3月期以降の見込みが明らかにマイナスと判断されれば「減損の兆候あり」となります。 おそらくこのような解釈により「減損の兆候あり」となってしまったと考えられます。 〈減損が発生しているかどうかの判定〉 「減損の兆候あり」となると、次は減損が発生しているかどうかの判定を行います。判定は次式によります。 このような状態になった時、資産の収益性が低下しているとして、減損が実施されます。 ここでの「割引前将来キャッシュ・フロー」とは、当該資産が将来にわたって生み出すキャッシュ・フローのことです。向こう1年間のキャッシュ・フロー、2年目のキャッシュ・フロー、3年目のキャッシュ・フローというように足し上げていきます。割引前ということなので、現在価値には引き直さず、単純に足していくだけです。 何年先まで足すかというと、資産の経済的残存使用年数(残存耐用年数)か20年のいずれか短い期間までです。 おそらく東急では、伊豆急行線についてこのような判定を行って、「資産の帳簿価額>資産から生ずる割引前キャッシュ・フローの総額」だったというわけです。つまり今後のキャッシュ・フローが不十分であると、東急は予測しているのです。 〈コロナで乗客が減少〉 今後のキャッシュ・フローが不十分な理由は、鉄道業なので乗客の減少によるものでしょう。これは、コロナ前の2018年度とコロナが蔓延した2020年度で、乗車人員を比較すれば明らかです。実に約46%も減少しています。 〈伊豆急行線の年間乗客数〉 (出所:静岡県統計年鑑) この状況は2021年度も変わっていません。東急の2022年3月期有価証券報告書には、伊豆急行の輸送人員が5.3%増加したとの説明がありますので、回復はしているものの、コロナ前の水準にはほど遠いことがわかります。 では、この乗客の減少は観光客だったのでしょうか。あるいは、沿線住民の通勤・通学者だったのでしょうか。 〈減ったのは観光客〉 伊豆急行線が相互乗り入れしているJR伊東線の統計を見ると、面白いことがわかります。JR伊東線は、熱海-伊東間を結ぶ路線です。東京・神奈川方面から伊豆急行線沿線を訪れる観光客は、通常、JR伊東線にも乗車します。そのJR伊東線に関する統計資料には、定期券の乗客と普通料金の乗客別に乗車人員の統計が記載されています。 まず、JR伊東線熱海駅の乗車人員の統計です。 〈JR伊東線熱海駅の年間乗客数〉 ※熱海駅の1日当たり平均乗車人員に365日を乗じて算出した。 (出所:静岡県統計年鑑) コロナ禍で大きく減少したのは普通運賃の乗客だったことがわかります。観光客は定期券を買いませんので、普通運賃の乗客数の相当部分が観光客だったと推定できます。 続いてJR伊東線伊東駅のデータも見てみます。 〈JR伊東線伊東駅の年間乗客数〉 ※伊東駅の1日当たり平均乗車人員に365日を乗じて算出した。 (出所:静岡県統計年鑑) こちらも普通運賃の乗客が減少したことが明らかです。 以上から、JR伊東線では観光客が激減したことが見て取れ、それはすなわち、相互乗り入れしている伊豆急行線においても同じであることを示唆しています。 したがって、伊豆急行の営業収益の減少及び営業損失の計上は、主として観光客の激減によるものであり、それが将来において回復する根拠がないために、2022年3月期において減損を実施したと解することができます。 〈人口密度減少の問題〉 ところで、鉄道の需要というのは、本来は沿線の住民の利用です。石井幸孝著『人口減少と鉄道』(朝日新聞出版・2018年)26頁によると、沿線の人口密度が約350人/㎢を超えると鉄道の営業損益は黒字になるといいます。 伊豆急行についても、観光客を取り除いたベースでの基礎的な収益性を、沿線の人口密度から推測できます。伊豆急行線は、伊東市、東伊豆町、河津町、下田市の4つの自治体にまたがって運行しています。そこでこれらの自治体の人口と面積から人口密度を計算してみると、259人/㎢となりました。 〈沿線自治体の人口密度〉 (※) 各自治体ホームページより筆者作成 つまり、この地域では、沿線住民の需要だけでは黒字にはならないということです。もともと観光開発により敷かれた鉄道ですので、それで問題はないのですが、観光客が減少した際の耐久力という意味で弱点となります。 さらに、これらの自治体のうち伊東市についてのみですが、近年の人口密度の推移を見てみました。 (※) 伊東市ホームページ「伊東市統計書 2020年版」より筆者作成 伊東市の人口密度は、2004年をピークに顕著に減少しています。2020年時点ではピーク時から10%減少しており、グラフのトレンドから見て、まだ下がりそうです。 伊豆急行線の乗客数は、コロナにより半減しましたが、逆にいえば、半分は消失しなかったわけです。消失しなかった需要のほとんどは沿線住民の乗客だと見られます。 したがって、沿線の人口密度が上記のグラフのように減っている状況は、観光需要を失った伊豆急行線のもう半分の需要も盤石ではないことを示しています。 観光需要の方はコロナが収束すれば経営努力次第で再興します。伊豆急行線にはデザイン性の高い観光列車も走っていますし、最近では、JR東日本と共同で超高級路線のイメージを前面に出そうとしているようにも見えます。 しかし、人口密度の方は、企業の努力だけでは如何ともしがたいです。2022年3月期の段階で減損を実施したのは、もしかしたらそれが理由だったのかもしれません。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例42】 「共有にある空き家の管理に関する民法改正」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は、2人の兄弟と共同相続した土地・建物を3分の1ずつ共有していますが、遺産分割の見込みが立っておりません。建物は物置として利用しておりますが、先日、業者から建物を転貸する等したいとの提案を受けたため、前向きに検討しています。兄弟に手紙を送ったところ1名は賛成してくれましたが、もう1名からは回答がありません。このような状態で賃貸する際の注意点はありますか。 1 はじめに 空き家が共有状態となった後、管理のために様々な対応に迫られる。その一方で、共有者の中には管理に関心のない者もいる。もっとも、関心がないとはいえ所有権者であることに変わりはないため、民法の規定する一定のルールに従って管理を行っていく必要がある。本事例では、共有に関する民法改正を踏まえて共有物の管理に関する事例を検討したい。 なお、原則令和5年4⽉1⽇から施⾏される予定の改正⺠法等を踏まえて、このような問題への対応策を検討したい。なお、便宜上、改正前・後の⺠法を「改正前民法」「改正後⺠法」と表記する。 2 共有の管理に関する民法改正の概要 従来の判例上、相続によって共同相続となった場合の権利関係(遺産共有)は、民法物権編(249条以下)に規定された共有と同様であると解されてきた。このことは民法改正後も変わらない。そのため、原則として遺産共有についても、民法物権編に規定された共有物の管理に関するルールが適用されることになる。 改正前民法の共有物の管理に関する事項は、①変更・処分行為、②管理行為、③保存行為に分類され、①変更・処分行為は共有者全員の同意に基づいて、②管理行為は持分価格の過半数に基づいて、③保存行為は個々の決定に基づいて行うものとされていた(改正前民法第251条、同法第252条)。なお、遺産共有の場合、共有持分の算定は、原則として法定相続分に基づくことになる(改正後民法第898条第2項)。 改正後民法においても、変更・処分行為の規律に変更はない。しかし、一見すると変更行為と見られる場合でも、共有者に与える影響が小さいときにまで全員の同意を要するとなると、円滑な共有物の管理に支障が生じることになる。そこで、共有物の形状や効用の著しい変更を伴わないものについては、管理行為と同様の規律に服することになった(改正後民法第251条第1項、同法第252条第1項)。 管理行為については、共有物の管理者の選・解任が含まれることが明示されたほかに(改正後民法252条第1項かっこ書)、短期間の賃借権等(以下「短期賃借権」という)を設定できることも明示された(同条第4項各号)。 3 短期賃借権と借地借家法の関係 改正後民法第252条第4項第3号は、短期賃借権として3年を超えない建物の賃借権等を規定している。問題は、これに借地借家法の適用を受ける建物の賃貸借契約が含まれるかである。同法の適用を受ける建物の賃貸借であっても、3年以下の期間を定めることはできるが、同法の適用を受ける結果、賃貸人は正当な事由がなければ期間満了によって契約を終了することができない(同法第26条)。 このように同法の適用を受ける建物の賃貸借は、建物の所有者である共有者に与える影響が大きいため、たとえ期間が3年以下であったとしても、短期賃借権には含まれないものと解される。したがって、共有物の建物の賃貸借を行う場合、共有者全員の同意に基づいて行う必要がある。 しかし、これは借地借家法の更新等のルールの適用を受ける賃貸人の不利益を考慮したものであるから、これらの適用を受けない賃借権(例:定期建物賃貸借(同法第38条))については、管理行為として評価することに支障はない。そこで、3年以下の定期建物賃貸借契約については持分価格の過半数によって決定できるものと解される(同法第39条の取壊し予定の建物の賃貸借、第40条の一時使用目的の建物の賃貸借も同様に解される)。 ところで、改正後民法第252条第4項第3号は、借地借家法の更新等のルールの適用の有無を短期賃借権の区別基準としているわけではないから、事情によっては借地借家法の更新等のルールの適用を受ける普通賃貸借であっても管理行為に該当する場合もありうる(日本弁護士連合会所有者不明土地問題等に関するワーキンググループ編『新しい土地所有法制の解説』(有斐閣・2021年)107頁参照)。もっとも、一般的な建物の賃貸借契約を締結する場合には、全員の同意に基づいて行うべきであろう。 管理行為として、短期賃借権の期間制限を超えた賃貸借契約が締結された場合、その効力は無効と解されているので留意が必要である。 4 管理人の権限と制限 上記2のとおり、改正後民法では、管理行為として、共有物の管理人の選・解任を行えることが明示された。管理人の資格は定められておらず、共有者以外でも、自然人でも法人でも管理人となることができる。 実際に、どのような権限が与えられていれば管理人となるかは個別の判断になるが、管理行為の内部制限から第三者を保護する規定(改正後民法第252条の2第4項)が設けられた趣旨からすると、同語反復的ではあるが、管理に関する事項全般を任されているかどうかを基準にすることになると考えられる(たとえば、不動産管理会社は管理人に該当しうるのに対し、空き家を定期的に訪問して状況報告等をするような空き家管理サービス等を行う業者は管理人とまではいえないように思われる)。 管理人は変更・処分行為を除き、管理行為や保存行為を単独で行うことができるが、管理人が選任時や共有者との委任契約締結時に管理行為の範囲について制限を受けていたにもかかわらず、これに違反して第三者と契約等を行った場合、共有者は当該制限を善意の第三者に対抗できない(改正後民法第252条の2第4項ただし書)。 また、条文上、第三者に無過失が求められてないことからすると、共有者は、管理人の権限に制限を加える場合、当該制限を第三者に認識させる仕組みを作っておく必要がある。たとえば、第三者との契約時に、管理人ではなく、共有者が署名押印すること等の措置も考えられる。 なお、上記の第三者保護の規定は、管理行為の内部制限についてのものであるから、管理人の行為が変更・処分行為に該当する場合に、第三者が共有者全員の同意を得ていないことについて善意であったとしても、当該規定によって当該第三者は保護されない。 5 本件について 本件の建物の共有持分は3分の1ずつであり、1名の賛否が不明であることから、建物を賃貸する場合には、管理行為として、定期建物賃貸借を締結して当該貸借人が定期建物転貸を行うことを承諾することが考えられる。 また、本件のように業者を管理人として選任した上で、定期建物賃貸借契約を行わせることも考えられる。ただし、実際の利用者を個人に限定したい場合のように、管理人の権限を制限したい場合には、管理人が当該制限に違反した場合の第三者保護規定の適用を受けないように、第三者との契約に自ら署名押印を行う等の対策を検討しておく必要がある。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第60話】 「学資金と非課税規定」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・某税理士法人から質問があったのですが・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の机の前に立っている。 「・・・どんな?」 中尾統括官は、部下の調査報告書を見ながら尋ねる。 「はい・・・この税理士法人では、職員が税理士資格を取得するために、大学院に通うことを認め、その学資金を貸与する制度があります・・・」 中尾統括官は、調査報告書から目を離して、浅田調査官を見る。 「それって、あの・・・税理士試験の科目免除を目的とした大学院?」 中尾統括官は、税理士法7条を思い浮かべる。 「はい、税法の修士論文であれば、税法2科目免除、会計学の修士論文であれば、簿記論又は財務諸表論のうち1科目が免除になります・・・」 中尾統括官は、税理士法7条2項を開く。 「会計学の免除は、同条3項に書いてあります」 浅田調査官は、税務六法を覗きながら、付け加える。 「それで・・・質問は?」 中尾統括官は、質問の内容を催促する。 「ええ、この税理士法人では、一定の条件を満たした職員に対し、この学資金を免除することになっているらしいのです・・・」 浅田調査官は、更に言葉を続ける。 「・・・貸与規定には、税理士の資格を取得してから、3年間は、その税理士法人に勤務しなければならないという条件が付いています・・・」 「・・・すなわち・・・その学資金は、債務免除の条件が付されている貸付金という性格のものだな・・・ところで・・・大学院の授業料は、いくらぐらいなの?」 中尾統括官が尋ねる。 「そうですね・・・大学によって異なりますが・・・私立の場合・・・入学金も含めて、平均すると年間・・・100万円ぐらいだと聞いています・・・したがって、2年間で200万円ですか・・・」 中尾統括官は、浅田調査官の金額に頷く。 「この学資金を税理士法人が免除したとき、当該職員に対し、債務免除益という経済的利益を与えたとして、給与所得等の課税が発生するかという質問なのですが・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を覗く。 「・・・ということは、その学資金が所得税法9条1項15号の非課税所得に該当するかどうかということか・・・」 そう言いながら、中尾統括官は、税務六法をめくる。 「・・・この通達の括弧書きの2つの・・・『除く・・』は・・・読みにくいですね・・・何をいっているのですか・・・」 浅田調査官は、顔をしかめる。 「・・・この条文については、所得税基本通達9-14で解説している・・・」 中尾統括官は、通達を開く。 「・・・ここでは、給与所得者が使用人から受ける学資金で非課税とされるものは、通常の給与に加算して給付されるものに限られるから、本来受けるべき給与の額を減額された上で、それに相当する額を学資金として給付を受けるものなどは、非課税とならないということを明らかにしている・・・」 中尾統括官は、通達を閉じながら、説明を終える。 「・・・ということは・・・基本的に、一定の条件を満たしている職員に対し、学資金を免除しても、非課税所得として取り扱えるということですね?」 浅田調査官は中尾統括官を見る。 「そうなるだろう・・・ただし、税理士法人は、免除の条件を満たしたときに、初めて、その債権(貸付金)を貸倒損失として損金算入することができる・・・」 中尾統括官は、浅田調査官にハッキリと伝える。 (つづく)
《速報解説》 《速報解説》 投資性ICOに関する各種規定の整備を踏まえ、ASBJが「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」を確定 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年8月26日、企業会計基準委員会は、「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」(実務対応報告第43号)を公表した。 これにより、2022年3月15日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。公開草案に対するコメント対応も公表されている。 2019年5月に成立した「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(令和元年法律第28号)により、金融商品取引法が改正されている。 当該改正により、いわゆる投資性 ICO(Initial Coin Offering。企業等がトークン(電子的な記録・記号)を発行して、投資家から資金調達を行う行為の総称)は 金融商品取引法の規制対象とされ、各種規定の整備が行われた。 実務対応報告は、「金融商品取引業等に関する内閣府令」における電子記録移転有価証券表示権利等の発行・保有等に係る会計上の取扱いを示すものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 範囲 「金融商品取引業等に関する内閣府令」1条4項17号に規定される「電子記録移転有価証券表示権利等」を対象とする。 また、株式会社による発行及び保有の会計処理のみを対象とする。 株式会社以外の信託、持分会社、民法上の任意組合、商法上の匿名組合、投資事業有限責任組合及び有限責任事業組合についての会計処理は、実務対応報告の対象外である。 Ⅲ 会計処理の基本的な考え方 電子記録移転有価証券表示権利等は、その発行及び保有がいわゆるブロックチェーン技術等を用いて行われる点を除けば、従来のみなし有価証券(電子記録移転有価証券表示権利等に該当しないみなし有価証券を指す)と権利の内容は同一と考えられるため、電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理は、基本的に従来のみなし有価証券を発行及び保有する場合の会計処理と同様に取り扱う。 Ⅳ 電子記録移転有価証券表示権利等の発行の会計処理 電子記録移転有価証券表示権利等を発行する場合、その発行に伴う払込金額を実務対応報告5項及び6項の定めに従い、負債、株主資本又は新株予約権として会計処理を行う。 1 負債に区分される場合 電子記録移転有価証券表示権利等の発行に伴う払込金額が負債に区分される場合には、金融負債として、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号)7項の定めに従って発生の認識を行い、その金額は金融商品会計基準26項、又は36項、38項(1)及び「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理」(企業会計基準適用指針第17号。以下「複合金融商品適用指針」という)の定めに従う。 「金融負債」とは、支払手形、買掛金、借入金及び社債等の金銭債務並びにデリバティブ取引により生じる正味の債務等をいう。 2 株主資本又は新株予約権に区分される場合 電子記録移転有価証券表示権利等の発行に伴う払込金額が株主資本又は新株予約権に区分される場合には、その内訳項目は「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」(企業会計基準第5号)5項から7項の定めに従い、その金額は、会社法445条及び446条の規定、又は金融商品会計基準36項、38項(2)及び複合金融商品適用指針の定めに従う。 Ⅴ 電子記録移転有価証券表示権利等の保有の会計処理 前述の発行の場合とは異なり、 電子記録移転有価証券表示権利等の保有の会計処理については、 金融商品会計基準等上の有価証券に該当する場合と該当しない場合に分けて規定している。 1 金融商品会計基準等上の有価証券に該当する場合 2 金融商品会計基準等上の有価証券に該当しない場合 Ⅵ 開示 電子記録移転有価証券表示権利等を発行又は保有する場合の表示方法及び注記事項は、みなし有価証券が電子記録移転有価証券表示権利等に該当しない場合に求められる表示方法及び注記事項と同様とする。 Ⅶ 適用時期等 2023年4月1日以後開始する事業年度の期首から適用する。 ただし、実務対応報告の公表日(2022年8月26日)以後終了する事業年度及び四半期会計期間から適用することができる。 (了)
《速報解説》 東証、「IPO等に関する見直しの方針について」を公表 ~新規上場の品質維持・スタートアップに多様な新規上場手段を提供するための検討進める~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年8月24日、東京証券取引所は、「IPO等に関する見直しの方針について」を公表した。 これは、新規上場の品質を維持しながら、新たな産業の担い手となるスタートアップに多様な新規上場手段を提供する観点から、IPO等に関する諸施策について、順次、検討を進めるものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 主な内容は次のとおりである。 1 ディープテック企業に関する上場審査 いわゆるディープテック企業とは、宇宙、素材、ヘルスケアなど先端的な領域において新技術を活用して成長を目指す研究開発型企業である。 ディープテック企業は、相対的に企業価値評価が困難である特性も踏まえ、上場審査及びリスク情報等の開示について検討を進めるとし、次の対応が示されている。 2 IPOプロセス(上場日程の設定等) 上場日程の柔軟化に向けて、新規上場申請日、上場承認日及び上場日の設定の自由度を高めるための検討を進めるとし、次の対応が示されている。 3 ダイレクトリスティング ダイレクトリスティング(上場する際に、新株の発行を行わないで、既存の株式だけを上場する方法)に関して、次の対応が示されている。 4 引受証券会社の新規参入 引受証券会社の新規参入の円滑化に関して、次の対応が示されている。 5 スピンオフを行う場合の当事会社の新規上場 スピンオフ(分割型分割・株式分配)を活用するための環境整備に関して、次の対応が示されている。 6 その他 SPAC(特別買収目的会社)などに関する7項目について検討事項が簡潔に示されている。 (了)
2022年8月25日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.483を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第17回】 「外国組織体の法人該当性判断枠組み」 -米国デラウェア州LPS法人該当性事件・最判平成27年7月17日民集69巻5号1253頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、課税要件事実の認定を、未経過固定資産税等相当額清算金の性質決定について検討したが、今回は、外国法に準拠して設立された組織体(以下「外国組織体」という)の性質決定について検討することにする。我が国の実定所得課税制度は、納税義務者を個人と法人とに二分し、それぞれに帰属する所得に課税する建前を採用しているが(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【219】参照)、そのため、外国組織体の性質決定の問題は、外国組織体の法人該当性に関する判断枠組み(以下「外国組織体の法人該当性判断枠組み」という)の中で検討されることになる。 外国組織体の法人該当性判断枠組みは、我が国の所得税法及び法人税法の解釈適用の一環として、税法がどのような法人概念を定めているかを解釈によって明らかにした上で、その明らかにした法人概念(規範)に該当する事実(課税要件事実)を外国組織体について認定する、という判断過程を包括するものである。本連載では、前掲拙著の叙述の順に従って、それぞれの箇所で取り上げている「税法基本判例」を順次検討していくことを基本方針としていることからすると、本来なら、今回は、上記の判断枠組みの後半で扱う外国組織体の性質決定に関する判例を取り上げることにすべきところ、その判例は、前掲拙著の第3版(2012年)及び第4版(2014年)では【60】(私法関係準拠主義)で取り上げていたのに対して、本判決の後に改訂した第5版(2016年)からは本判決を上記の判断枠組み全体からみて、まず(そして主として)、借用概念論を扱う【52】で取り上げることにしたので、今回は、本判決をⅡで借用概念論との関係で検討し、Ⅲで課税要件事実の認定との関係で、しかも私法関係準拠主義にも触れながら、検討することにする。 外国組織体の法人該当性判断枠組みについては、米国デラウェア州法に準拠して設立されたリミテッド・ハートナーシップ(LPS)の法人該当性をめぐる訴訟事件等を契機にして、外国組織体の設立準拠法を我が国の税法の解釈適用においてどのように考慮するかという形で、議論が展開されてきたが、その議論は、租税法律主義の支配する税法の世界においては珍しく、裁判例・学説ともに、「百家争鳴」の様相を呈していたといってよかろう(差し当たり、裁判例の整理については拙稿「判批」判評676号(判時2253号)2頁、学説も含めた整理については長戸貴之「判批」法協133巻10号(2016年)1685頁、1689-1697頁、衣斐瑞穂「判解」最判解民事篇平成27年度(下)349頁、356-359頁参照)。 そもそも、上記の議論の発端は、外国組織体をその準拠法によって性質決定することを認めてしまうと、準拠法の指定に係る国際私法上の当事者自治の原則の下では、我が国の税法の適用を回避する結果(租税回避)を招来することになる、という点にあったように思われるが(この点については岩品信明(司会)=川田剛=須藤一郎「座談会 デラウェア州LPS判決を受けて」税弘63巻12号(2015年)74頁、92頁[川田発言]等参照)、その議論が、租税回避の分野に限定してではなく一般的に展開され、しかも外国組織体の性質決定という課税要件事実の認定のレベルにとどまらず、税法特有の解釈論である借用概念論にまで波及し、借用元の私法には外国組織体の設立準拠法たる外国私法も含まれるかという問題も加わった形で、展開されるようになり、その結果、著しく錯綜した様相を呈するようになっていたように思われる(そのような議論に影響を与えたと思われる先駆的研究業績として、小柳誠「租税法と準拠法―課税要件事実の認定場面における契約準拠法の考察―」税大論叢39号(2002年)75頁参照)。 前記の米国デラウェア州法LPS法人該当性事件に関する最判平成27年7月17日民集69巻5号1253頁(以下「本判決」という)は、そのような錯綜した議論状況に一応「終止符」を打ったものといえるが、今回は、そのような議論に前掲拙著の前述のような改訂を通じて若干コミットしてきた者として、本判決の検討を通じて、外国組織体の法人該当性判断枠組みに関する筆者の理解を総括しておくことにしたい。 Ⅱ 税法上の法人概念の解釈と借用概念論 1 本判決と借用概念論 まず、本判決と借用概念論との関係については、例えば、「法人概念について、最高裁が借用概念論を離れたのか(つまり固有概念(租税法独自の概念)として捉えているのか)、それともなお借用概念論に依っているのかは、必ずしも明らかではないところです。」(㋐)、「借用概念論に対する本件最判の態度は微妙である。」(㋑)というような見方から、「本判決は、借用概念論の枠組みから自らを解放した」(㋒)、「本判決は、基本的には租税法独自の観点から『法人』概念の解釈に関する判断をしたと考えられる。」(㋓)、「借用概念論の不採用」(㋔)というような見方まで様々な見方がされてきたが、いずれにせよ、多くの論者は本判決を借用概念論の枠内に位置づけることに消極的あるいは否定的な立場に立っているといってよかろう(㋐は平川雄士「判批」租税研究793号(2015年)286頁、294頁、㋑は仲谷栄一郎=礒山海「判批」国際税務36巻1号(2016年)98頁、103頁、㋒は長戸・前掲「判批」1704頁、㋓は宮塚久=北村導人「判批」旬刊経理情報1426号(2015年)40頁、42頁、㋔は藤曲武美「判批」税弘64巻2号(2016年)173頁、179頁)。 これに対して、筆者は本判決を借用概念論しかも統一説の枠内に位置づけてきた(最初にそのような立場を示したのは前掲拙著の第5版(2016年)【52】においてであるが、ほぼ同時期のものとして拙著『税法創造論』(清文社・2022年)161頁[初出・2016年]参照。また、「租税法独自の観点から法人概念を導いているようだが、・・・・・・、実質的には統一説に立っているもの」と解する加藤友佳「判批」ジュリ1496号(2016頁)111頁、114頁のほか、秋元秀仁「判批」国際税務36巻3号(2016年)20頁、27頁も参照)。このような位置づけについて以下で敷衍しておこう。 本判決は、「本件各LPSが行う本件各不動産賃貸事業により生じた所得が本件各LPS又は本件出資者らのいずれに帰属するか」という争点を判断する前提として、外国組織体の法人該当性の問題を、「本件各LPSが所得税法2条1項7号及び法人税法2条4号(以下「所得税法2条1項7号等」という。)に共通の概念として定められている外国法人として我が国の租税法上の法人に該当するか否か」(下線筆者)という観点から、所得税法2条1項7号等に定める「外国法人」概念の解釈適用問題として設定し、その上で次のとおり判示した(下線筆者。以下「判旨❶」という)。 以上の判示(判旨❶)のうち(ⅰ)1つ目の文章では、所得税法2条1項7号等に定める「外国法人」は「内国法人に相当するものとして」解されており、また、(ⅱ)2つ目の文章では、「外国法人」該当性は「日本法上の法人との対比において」判断されることが予定されていると述べられており、さらに、(ⅲ)3つ目の文章では、「権利義務の帰属主体」という私法上広く承認されている「法人の最も本質的な属性」が「外国法人」該当性の判断基準として示されていることからすると、以上の3つの文章を整合的に理解するには、本判決が「内国法人」にいう「法人」の概念を「日本法上の法人」という意味で私法からの借用概念として捉え、しかも借用概念の解釈に関する統一説の立場に立つことを前提にして、外国組織体の「外国法人」該当性に関する判旨❶を判示したものと解するのが相当である。「外国法人」に関する所得税法2条1項7号等の定め(「内国法人以外の法人」)につき下記の「素直な読み方」をすれば、上記のような理解が論理的かつ自然であろう。しかもその理解が前提とするところには、学説上も(課税・裁判)実務上も異論はなかろう。 所得税法2条1項7号等が「外国法人」を「内国法人以外の法人」と定めている以上、「外国法人」該当性については、「順序として、外国の組織体が我が国における租税法上の『法人』に該当するかどうかが先ず決まり、その後に、その法人につき内国法人には該当しない法人という順序で消去法的に決定されると捉えるのが素直な読み方である。」(伊藤公哉「判批」大阪経大論集66巻6号(2016年)227頁、233頁)にもかかわらず、「本判決では、『法人』(内国法人と外国法人の両者を含む概念)の積極的な定義付けを行うことなく、また内国法人の法人該当性についてはとくに触れず、外国法人の法人該当性についてのみピンポイントに焦点を当てた基準を示している。」(同頁)と解するのは、上で述べた筆者の理解の仕方とは異なり、「素直な読み方」ではないように思われる(兼平裕子「判批」愛媛法学会雑誌42巻2号(2016年)127頁、134-135頁の説く「外国法人の定義の曖昧さ」についても同様の問題を指摘することができよう)。 なお、判旨❶のうち(ⅰ)1つ目の文章の冒頭の「我が国の租税法は組織体のうちその構成員とは別個に租税債務を負担させることが相当であると認められるものを納税義務者としてその所得に課税するものとしている」という説示(ⓐ)と(ⅱ)2つ目の文章の「外国法に基づいて設立された組織体が所得税法2条1項7号等に定める外国法人に該当するか否かは、当該組織体が・・・・・・我が国の租税法上の納税義務者としての適格性を基礎付ける属性を備えているか否かとの観点から判断することが予定されている」という説示(ⓑ)とを併せ読むと、本判決は借用概念論に依拠せず「租税法独自の観点から」法人概念を解釈したと解することもできるかもしれない(長戸・前掲「判批」1695頁、宮塚久ほか「判批」西村あさひ法律事務所ビジネス・タックス・ロー・ニューズレター2015年8月号1頁、3頁等参照)。 しかし、上記の説示(ⓐ)は、後続の説示と「ところ、」で接続されていることからすると、せいぜい、前記Ⅰの冒頭で述べた外国組織体の法人該当性判断枠組みの設定を宣明するためのいわば「枕詞」的な説示にすぎず、以下の判断を内容的に方向づけ指導する規範的な意味をもつものではないと解される。また、上記の説示(ⓑ)は、「・・・・・・」部分が「日本法上の法人との対比において」とされていることからすると、全体としてみると、前述のとおり、税法上の法人概念を「日本法上の法人」という意味で私法からの借用概念として捉えていると解される。 最後に、民法上の「外国法人」(本件当時36条、現行35条)との関係についても多くの論者が議論してきた(差し当たり中里実「課税管轄権からの離脱をはかる行為について」フィナンシャル・レビュー94号(2009年)4頁、14-18頁参照)ので若干付言しておくと、判旨❶によれば、本判決が所得税法2条1項7号等に定める「外国法人」の概念を、民法上の「外国法人」の借用概念として捉えていないことは明らかである。本判決はあくまでも「内国法人」及び「外国法人」に共通する「法人」概念を民法から借用していると解されるのである。 2 本判決における借用概念論の射程 以上の理解によれば、本判決は外国組織体の法人該当性を、日本の私法を基準とする借用概念論(統一説)の枠内で、判断したことになるが、ここで検討しておかなければならないと考えるのは、本判決が日本の私法を基準として借用概念論を措定した理由、換言すれば、借用概念論において外国組織体の設立準拠法たる外国私法を考慮する余地を認めなかった理由である(なお、本判決前の研究であるが、今村隆「外国事業体の『法人』該当性」税大ジャーナル24号(2014年)1頁、12頁は「租税法の公法としての性格」から原則として同様の結論を述べている)。 その理由は、判旨❶の1つ目の文章で説示されている、「ある組織体が法人として納税義務者に該当するか否かの問題は我が国の課税権が及ぶ範囲を決する問題であることや、所得税法2条1項7号等が法人に係る諸外国の立法政策の相違を踏まえた上で外国法人につき『内国法人以外の法人』とのみ定義するにとどめていることなど」にあるように思われるが、更に深掘りすれば、根本的には、この説示の基礎にある次のような考え方、すなわち、我が国の課税権の及ぶ範囲及びその範囲を納税義務者という課税要件に関して具体的に画定するための外国法人の概念は、専ら「日本法」及び「日本法上の法人」によって決せられるべきであり、外国組織体の設立準拠法としての外国私法によって左右されてはならないというような考え方が、その理由であるように思われる(なお、この点について、吉村政穂「判批」税弘63巻12号(2015年)100頁、104頁は「わが国の課税権のあり方にとって重大な問題であることを指摘し、これにより、外国法による法人格付与に係る決定に従属するのを回避する意図を(立法府が)有していたという推論を示唆したものと考えられる。」と述べている。また、落合秀行「外国事業体の税務上の取扱いに関する考察」税大論叢73号(2012年)87頁、125頁は「租税法における法人概念」を「我が国の公序に関わる概念」として「外国法上の概念は借用することなく、常に、我が国の私法における意義のみ借用すると考えられる。」と述べている)。 前記の考え方は、課税権(その多義性については第1回Ⅱ2参照)が「国家主権の中核に属する」(最判平成21年10月29日民集63巻8号1881頁)国家権力であることを考慮すると、原理的には、「国家権力が他のいかなる力にも制約されない最高独立であること」(高橋和之ほか編『法律学小辞典〔第5版〕』(有斐閣・2016年)621頁)という意味での国家主権の最高独立性(憲法前文3節参照)から導き出されるものであると考えられる。 借用概念論については、既にその伝統的・本来的な射程と形式的外縁とを区別し概念借用枠組みの「独り歩き」の問題性を指摘したが(第12回Ⅲ・Ⅳ参照)、本判決は、そこでの議論とはレベルを異にするものの、国家主権の最高独立性という原理的基準によって、借用概念論の射程を日本の私法を基準とする統一説の枠内に限定したものと評価することができよう(前掲拙著【52】参照)。 Ⅲ 外国組織体の性質決定(課税要件事実の認定) ところで、本判決は、判旨❶に「その一方で」で続けて、次のとおり判示している(下線筆者。以下「判旨❷」という)。 この判示(判旨❷)は、一見すると、外国組織体の法人該当性を「外国法」を基準にして判断することを認めているかのようである。そうすると、前記Ⅱで判旨❶について検討してきたところと矛盾する内容の判示であるということになりそうであるが、しかし、そのように理解すべきではない。判旨❷は、外国組織体の法人該当性判断枠組みのうち外国組織体の性質決定という課税要件事実の認定についてその基準を示したものと解すべきである。 既に述べたように、本判決は「内国法人」及び「外国法人」に共通する「法人」概念を「日本法上の法人」という意味で私法からの借用概念として捉え、しかも借用概念の解釈に関する統一説の立場に立つことを前提にして、外国組織体の法人該当性判断枠組みを示したものと解されるが、その前提において示した「法人」概念に関する借用概念論(統一説)的解釈によって定立した規範(以下「法人該当性判断規範」という)は、「日本法上の法人」すなわち「権利義務の帰属主体」という「法人の最も本質的な属性」を有する組織体が税法上の「法人」概念に該当する、というものであると解される。そうすると、法人該当性判断規範においては、「日本法上の法人」が要件事実ということになる。 判旨❷は、「日本法上の法人」という課税要件事実の認定に当たっては、「設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから、日本法上の法人に相当する法的地位が付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白である」という事実を間接事実として考慮する、という事実認定基準(性質決定基準)を示したものと解される。つまり、間接事実の認定のレベルでは「外国法」を考慮することを認めたものと解されるのである。 判旨❷がこのような事実認定基準を示したのは、「諸外国の多くにおいても、その制度の内容の詳細には相違があるにせよ、一定の範囲の組織体にその構成員とは別個の人格を承認し、これを権利義務の帰属主体とするという我が国の法人制度と同様の機能を有する制度が存在することや、国際的な法制の調和の要請等」を踏まえたからであるが、ここには、国際的経済活動や国際課税の実際に対する本判決の配慮が認められる。 ただ、本判決は、前記の事実認定基準を示すだけでなく、次のとおり判示して(下線筆者。以下「判旨❸」という)、もう1つ別の事実認定基準も示している。 この判示(判旨❸)では、「①」と「②」という2つの事実認定基準(以下「事実認定基準①」と「事実認定基準②」という)が示されているが、事実認定基準①は判旨❷で示された観点(「後者の観点」)から導き出されたものであり、事実認定基準②は判旨❶で示された観点(「前者の観点」)から導き出されたものであると解される。 いずれの基準も、法人該当性判断規範に該当する事実(「日本法上の法人」すなわち「権利義務の帰属主体」であることという課税要件事実)を外国組織体について認定するための基準であるが、事実認定基準②の前半部分すなわち「当該組織体が権利義務の帰属主体であると認められるか否かを検討して判断すべきものであり」という部分は、課税要件事実を直接認定する場合について説示したものと解される。ただ、課税要件事実を外国組織体について直接認定することは困難を伴うことから、本判決は、事実認定基準②の「具体的には」以下の部分では、事実認定基準①に準じて、「外国法」すなわち「当該組織体の設立根拠法令の規定の内容や趣旨等」から間接的に課税要件事実を推認することを認めたものと解される(岡村忠生「判批」ジュリ1486号(2015年)10頁、11頁は、正当にも、「本判決は、同法[=デラウェア州改正統一有限責任組合法]の規定とその作用を、事実の問題として捉え、『権利義務の帰属主体とされているか否か』という自ら設定した基準に当てはめたと考えられる。」(下線筆者)と述べている)。 こうして検討してくると、判旨❸が示した事実認定基準(①及び②)は、私法関係準拠主義(前掲拙著【60】)に基づく事実認定の基準とみることができる。私法関係準拠主義は、経済的成果に係る「ナマの事実」を私法上の法律関係によって把握することを要請する税法の根本規律・構造的規律であるが、そこでいう「私法」は日本の私法である以上、外国私法を設立準拠法とする外国組織体の法人該当性の判断に当たっては、当該外国組織体に関する「法律が法人格を有すると規定する以前の、いわば生の法人格」(仲谷栄一郎=藤田耕司「海外事業体の課税上の扱い」金子宏編『租税法の発展』(有斐閣・2010年)639頁、641-642頁)を日本の私法からみて把握し認定すべきことになるのである。 以上の理解に基づき、判旨❸が示した外国組織体の性質決定(課税要件事実の認定)の手法ないし手順を述べておくと、事実認定基準①と事実認定基準②とを比較すると、前者による方が「より客観的かつ一義的な判定が可能である」ことから、「まず」(判旨❸)、事実認定基準①を第一次的基準として事実認定を行い、「次に」(判旨❸)、事実認定基準②を第二次的基準として事実認定を行う、ということになろう。 事実認定基準①と事実認定基準②については、両者の意義・性格が「形式基準」と「実質基準」(仲谷=礒山・前掲「判批」104頁、109頁、藤曲・前掲「判批」179頁、180頁、高橋美津子「判批」月刊税務事例48巻10号(2016年)63頁、65頁)、「形式テスト」と「実質テスト」(酒井克彦「判批」判評696号(判時2314号)7頁、11頁)、「形式的なアプローチ」と「実質的なアプローチ」(岩品=川田=須藤・前掲「座談会」81-82頁[岩品発言])、「形式的な審査」と「実質的な審査」(伊藤・前掲「判批」235頁、236頁)等の様々な表現で述べられているが、いずれも、事実認定基準①を「より客観的かつ一義的な判定」を可能にする「簡便な判断手法」(吉村・前掲「判批」104頁)ないし「スクリーニング的な判断要素」(衣斐・前掲「判解」360頁)として位置づけることに異論はなかろう。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、外国組織体の法人該当性判断枠組みについて、本判決に則して検討してきた。 「判断枠組み」という言葉は、これが用いられる場面によって異なる意味をもつことがあるが、判例における「判断枠組み」は、法的三段論法に従った判断の過程で用いられる基準、すなわち、法解釈によって定立する規範と事実認定の基準を含むものでなければならない。これを外国組織体の法人該当性判断枠組みについてみると、本判決は、判旨❶で、税法上の「法人」概念に関する、日本の私法を基準とする借用概念論(統一説)的解釈によって規範(法人該当性判断規範)を定立し、判旨❷及び判旨❸で、外国私法に係る事実を間接事実として考慮する事実認定基準(判旨❷と❸の①)及び外国私法に係る事実から要件事実を間接的に推認する事実認定基準(判旨❸の②)を示したものと解される。 筆者は外国組織体の法人該当性判断枠組みに関する理解を以上のとおり総括するものであるが、その判断枠組みをめぐる「百家争鳴」的議論状況はなお本判決の理解に痕跡を残しているように思われる。例えば、本判決の調査官解説は下記のとおり述べているが(衣斐・前掲「判解」359頁)、外国組織体の法人該当性判断枠組みにおいては、法人該当性判断規範のレベルで日本の私法を基準にすることと、事実認定基準のレベルで外国の私法を考慮することとは区別して論ずるべきであるにもかかわらず、そのような区別をしないまま本判決を解説しようとしていると解されるところに、「百家争鳴」的議論状況の痕跡がみられるように思われる。その意味で、本判決がそのような錯綜した議論状況に最終的かつ明確な「終止符」を打ったとはなおいえないであろう。 (了)
令和4年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第4回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 Ⅲ 投資簿価修正制度の見直し 1 令和4年度税制改正の趣旨・背景 投資簿価修正制度は、通算子法人が通算グループから離脱する場合、その離脱法人の株式を所有する通算法人において、その離脱法人の株式の帳簿価額を離脱法人の離脱直前の簿価純資産価額に修正することとしており、株式の取得価額に企業買収時のプレミアム相当額が含まれている場合、そのプレミアム相当額が株式譲渡原価に算入されず、その分、株式譲渡益が増加又は株式譲渡損が減少してしまう問題があり、グループ通算制度の適用がM&Aの障害となることが懸念されていた(一方、企業買収時に簿価純資産価額よりも低い金額で株式を取得するなどディスカウント相当額がある場合、そのディスカウント相当額が株式譲渡原価に算入され、その分、株式譲渡益が減少又は株式譲渡損が増加することになる)。 例えば、下記のように、プレミアム付きで通算子法人を買収していた場合に「買った値段と同じ値段で売っても課税されてしまう問題」がある。 〈図表3〉 プレミアム付きで通算子法人を買収していた場合に「買った値段と同じ値段で売っても課税されてしまう問題」が生じるケースと解消されるケース ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 このような状況の中、令和4年度税制改正によって、企業買収時のプレミアム相当額を資産調整勘定等対応金額として離脱法人の離脱直前の簿価純資産価額に加算することで、企業買収時のプレミアム相当額が株式譲渡原価に算入されないという問題が生じないよう見直しが行われることとなった。 これを「投資簿価修正の加算措置」という。 なお、ここでは、投資簿価修正の対象について便宜的に「離脱法人」と表現しているが、例えば、通算親法人が他の内国法人の100%子法人となるなど、グループ通算制度の取りやめとなる場合についても、通算子法人のすべてに通算終了事由が生じるため、各通算子法人の株式を有する通算親法人又は他の通算子法人においてその通算子法人の株式(取りやめ子法人の株式)を対象に投資簿価修正(加算措置を含む)が行われることとなる。 また、投資簿価修正の対象となる「株式」には「出資」も含まれる。 2 投資簿価修正の加算措置の取扱い 投資簿価修正制度について、通算子法人の離脱時にその通算子法人の株式を有する各通算法人が、その株式(離脱法人株式)に係る資産調整勘定等対応金額について離脱時の属する事業年度の確定申告書等にその計算に関する明細書を添付し、かつ、その計算の基礎となる事項を記載した書類を保存している場合には、離脱時に離脱法人株式の帳簿価額とされる離脱法人の簿価純資産価額にその資産調整勘定等対応金額を加算することができる。 具体的には、投資簿価修正の加算措置は次の取扱いとなる(法令119の3⑥⑦⑧、法規27①、令4改法令附6、令4改法規附2)。 (1) 加算措置の対象となる離脱法人 この場合、連結納税制度の適用をグループ通算制度の適用とみなして、連結納税制度からグループ通算制度に移行した通算子法人の株式について通常どおり資産調整勘定等対応金額を計算する。 〈図表4〉 連結納税制度からグループ通算制度に移行した場合のみなしの取扱い (2) 計算対象となる株式(対象株式) (3) 加算措置を適用した場合の離脱法人株式の投資簿価修正後の帳簿価額の計算方法 加算措置を適用した場合の離脱法人株式の投資簿価修正後の帳簿価額の計算方法は次のとおりとなる。 〈図表5〉 離脱法人株式の投資簿価修正後の帳簿価額(加算措置適用) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) 通算承認の効力を失う直前の発行済株式(その離脱法人が有する自己の株式を除く。以下「発行済株式等」という)の総数(出資の場合は総額。以下同じ)のうちにその通算法人がその効力を失う直前に有するその離脱法人の株式の数(出資の場合は金額。以下同じ)の占める割合となる。 (続く)