酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第106回】 「節税義務が争点とされた事例(その9)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 今回は、節税義務自体が争点とされたものではないが、税理士が変額保険を利用した節税シミュレーションを提案した、あるいは保険会社の勧誘に助力したとして、原告から不法行為責任を追及された事例を基に、税理士の責任論を考えてみたい。素材とする事案は、東京地裁平成8年3月26日判決(判時1576号77頁)及びその控訴審東京高裁平成12年9月11日判決(判時1724号48頁)である。 1 事案の概要 (1) 変額保険を用いた節税スキームの概要 本件は、変額保険を用いた節税スキームを巡る事案である。変額保険は、保険金額が特別勘定の資産の運用実績に基づいて増減する生命保険であり、被保険者が死亡するなどした場合には、基本保険金及び変動保険金が保険金として支払われる。本件保険契約においては、基本保険金の支払額(3億円)は保証されているが、変動保険金の額は、特別勘定の資産運用実績によって毎月その額が変動し、また、解約返戻金の額も、運用実績によって毎月変動することとなる。 この変額保険を相続税対策として用いる方法がある。すなわち、被相続人予定者が、その所有する不動産を担保として金融機関から資金の融資を受け、この資金を保険料の支払に当てて、変額保険に加入するという方法である。この場合、相続が開始すると、融資に係る元利金は負債としてその金額が相続財産の額から控除され、相続人は、死亡保険金によってその融資に係る借入金を返済し、その剰余分を相続税納付資金に充てることができる。この死亡保険金は、相続財産とみなされることになるが、一定の非課税枠の範囲内では、相続税の課税対象からは除外されることとなるのである(本件東京高裁による説明)。 このようなスキームを組むべく、X(原告・控訴人)は、被告銀行から借入れを行い、それを元手に被告保険会社に対し変額保険契約の保険料を支払った。上記のような節税効果を得るためには高い運用利回りが必要であったが、想定の利回りは達成されず、解約返戻金等の合計額は支払保険料を大きく下回ることとなり、節税策は失敗に終わった。そこで、Xは、被告保険会社、被告銀行、被告保証会社のほか、かかる変額保険スキームのシミュレーションをXに説明し勧誘したとして、税理士Y(いずれも被告・被控訴人)を相手取って損害賠償請求訴訟を提訴した。 (2) 事案の詳細 Xは、昭和3年生まれの無職の女性で、平成元年末当時、61歳で、所有する賃貸アパートからの賃料収入によって生計を立てていた者である。 Xは、被告保険会社との間で、平成2年1月1日付けで変額保険契約(以下「本件変額保険契約」という。)を締結した。Xは被告保険会社に対し、本件変額保険契約の保険料として計1億3,637万余円を支払った。それに関して、Xは、被告銀行との間で、1億8,200万円の融資契約(以下「本件融資契約」という。)を締結した。また、Xは、被告保証会社との間で、保証委託契約に基づく求償権を担保するため、X所有の土地及び建物に対し、極度額を3億3,000万円とする根抵当権設定契約を締結し、根抵当権設定登記手続を行った。 Xは、平成5年4月28日、本件保険契約を解約し、被告保険会社から解約返戻金等として9,314万余円を受領した。Xは、被告銀行に対し、元金約9,300万円及びこれに対する利息12万余円並びに繰上返済手数料を支払った。 結局のところ、Xの締結した本件変額保険契約に基づく節税策は失敗に終わり、Xは、被告保険会社、被告銀行、被告保証会社、税理士Yを相手取って損害賠償請求訴訟を提訴した。 Xの主張によると、税理士Yは、変額保険スキームのシミュレーションをXに次のように説明した事実があるという。 これに対し、税理士Yは、「被告銀行の担当者からいい保険があると聞いたがどうでしょうかとXから質問があったので、生命保険の相続における役割(非課税枠があること、納税資金となること)を一般的に説明したことはあるが、変額保険そのものの勧誘や説明をしたことは一切ない」旨供述した。また、相続税納税資金対策の報酬として10万円を請求した点については、「自宅に賃貸住宅を建て評価の引き下げを図ること、特に土地など将来値上がりをするものについては、子供あるいは孫に生前贈与しておくこと、養子縁組をすると累進課税の緩和など節税効果があること、トラブル防止策として遺言状の作成をすること、納税資金対策として生命保険の加入と物納を検討すること等の相続税対策を平成元年6月と11月にXに説明したことについての報酬である」旨供述をした。 これらを受けて東京地裁は「Xが被告銀行の担当者からいい保険があると聞いて税理士Yに相談をもちかけた旨の税理士Yの右供述は、・・・容易に信用できない。また、10万円の報酬請求に係る相続税対策の提案については、亡きH死亡に伴う相続税の申告手続を受任し、Xの資産関係を十分把握していたはずの税理士の提案としては一般論に終始し、税理士Yの証言する報酬算定方法も説得的とはいえず、結局のところ、内訳を明示して10万円の報酬請求をしたことと整合しないといわざるをえない。さらに、・・・税理士Yが生命保険の相続税対策としての一般的効用の説明に終始し、変額保険そのものについては何ら説明しなかった旨の税理士Yの供述は容易に信用できない。」と認定している。 2 判決の要旨 (1) 東京地裁 上記のような事実認定の上で、東京地裁は以下のように判示し、税理士Yの説明義務違反によるXに対する不法行為に基づく損害賠償責任を認めた。 その上で、過失相殺については、次のとおりとされた。 (2) 東京高裁 Xの控訴を受け、控訴審において税理士Yは「Yは、税理士として、Xに対して、相続税対策における生命保険の役割について一般的な説明をしたにすぎず、本件保険契約の締結を勧誘したという事実はない。そもそも、Yには、変額保険に関する知識も経験も全くなく、また、Xとの面談の当時、M〔筆者注:被告保険会社の保険外務員〕から変額保険に関する資料すら受領していなかったのであるから、Xに対し、変額保険について説明して加入を勧誘するといったことはできるはずもなかったのである。したがって、Yについて、Xの本件保険契約への加入に関して、説明義務違反があったものとする余地はないものというべきである。」と主張した。 これに対して、控訴審東京高裁は、次のように判示し、税理士Yの変額保険についての説明義務違反を理由とする不法行為責任は認められないとして、Xの請求を棄却した。 また、東京高裁は、10万円の報酬に関しては次のように示した。 3 コメント (1) シミュレーションによる節税効果 本件事案の変額保険に関するシミュレーションによる節税効果については、本件東京高裁が分かりやすい説明をしているので、以下大幅にこれに拠りたい。 (2) 節税対策の失敗 かくして、本件変額保険契約を使った節税策は失敗に終わったわけである。 この節税策の失敗に伴う損失について、東京地裁は、Xの過失割合を8割としたものの税理士Yに対しても不法行為責任を認定しており、「税理士がその職務として行った税務上の助言」が説明義務違反に当たるとしたのである。 これに対して、東京高裁は「Yが変額保険についてどの程度の知識等を有していたかは疑問」であるとして、Yの不法行為責任を否定しているが、税理士としては、上記に示した本件シミュレーションの有するある種の罠に気付けるだけの専門的知識を有していたともいい得るのであって、かかる罠を知悉した上で勧誘に関わったとすれば、そこには専門家としての責任が惹起され得るように思われるのである。 もっとも、本件東京高裁では、「被告保険会社の関係者でもないYが、・・・Xに対し保険契約に加入するための勧誘活動を行うというのも不自然な事態」であるとされているように、そもそもYが本件保険契約に関する勧誘に関わったとはいえないとされている点には留意が必要であろう。 また、東京地裁も東京高裁も不法行為に基づく賠償責任の判断の基礎に、税理士Yが受領していた10万円という報酬額の問題を添えているように思われるが、本件事案は債務不履行責任ではなく不法行為責任が判断されたものであるから、その点からすれば、報酬額の問題とは距離が置かれる判断が展開される余地もあり得たように思われるのである。 (了)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第1回】 「国税通則法のコンメンタール的「読み物」の連載を始めるに当たって」 -国税通則法制定の趣旨と国税通則法の「構造」の意義- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 1 はじめに 一昨年(2020年)12月に連載「谷口教授と学ぶ『税法の基礎理論』」を終えるに際し(同第50回Ⅳ)、「谷口教授と学ぶ」をシリーズ化して、「国税通則法の構造と手続」及び「税法基本判例」の連載を昨年4月から始めさせていただく旨を述べたが、「税法基本判例」の連載は予定どおり始めたのに対して、「国税通則法の構造と手続」の方は、筆者の個人的な事情により、連載を1年間延期させていただいた。記してお詫び申し上げる次第である。 本連載は、国税通則法について基本的には逐条的に、場合によっては「節」あるいは「款」を単位にして、筆者の問題関心に基づき論点を選んで検討を加えようとするものである。その意味で、本連載は、形式の点ではコンメンタール的なものではあるが、内容の点では、条文の意味内容の正確な理解のために条文を逐条的に解説するコンメンタールではなく、他の「谷口教授と学ぶ」シリーズと同じく(「税法の基礎理論」(全50回完結)第1回Ⅰ、「税法基本判例」(昨年4月から連載中)第1回Ⅰ参照)、原則1回読み切りの「読み物」(コンメンタール的「読み物」)とすることを基本コンセプトとするものである。 なお、以下の叙述を読まれてお気づきになることと思われるが、本連載では、文献資料等の原典をできるだけそのまま引用するように心がけることにする。それは、「谷口教授と学ぶ」シリーズでは、そうすることによって、文献資料等について筆者の理解したところを、読者には、原典に当たって検討しながら読んでもらいたいと考えているからである(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第50回Ⅳ参照)。 2 国税通則法制定の趣旨 本連載において検討する論点は条文等ごとに筆者の問題関心に基づいて選ぶものであるが、その選定に当たっては、税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月。以下「国税通則法答申」という)1頁にいう「国税通則法制定の趣旨」を重視することにする(ただし、その「趣旨」に対する見方には注意を要するが、この点については3で国税通則法の「構造」に関して述べる)。同答申1-2頁は「国税通則法制定の趣旨」について次のとおり述べている(下線筆者)。少し長くなるがそのまま引用しておこう。 ここで「課税実体」・「課税実体に関する規定」という概念は、今日の税法学説・実務で一般に使用される「課税要件」・「課税要件規定」という概念に相当するものと解されるが、国税通則法答申が当時の税法に欠如しているとし、したがって、国税通則法で定めようとした「およそ租税法の基礎にあるべき基本的な法律関係、すなわち政府と納税者との間における権利・義務の態様や限界に関する制度上の仕組み」ないし「租税に関する基本的な法律構成」に関する規定は、課税要件規定及びこれに関する手続規定(租税手続規定)の両方を含むものと解される。 ちなみに、課税要件という概念は、杉村章三郞教授がアルベルト・ヘンゼルの著書(Albert Hensel, Steuerrecht, 2. Aufl., 1927)を翻訳した『獨逸租税法論』(有斐閣・1931年)の中で用いたのがわが国においておそらく初めてであろうと思われるが、同88頁では次のとおり定義されていた(旧漢字は改めた)。 しかし、国税通則法答申当時の学説・実務の状況を知る上で有益な文献である租税法研究会編『租税法総論』(有斐閣・1958年)では課税要件という言葉自体ほとんど使用されていなかった(数少ない使用例として30頁[田中二郎発言]参照)ことからすると、同答申が課税要件ではなく「課税実体」という言葉を使用したことについて特に違和感はなかったのであろう(日本税法学会「国税通則法制定に関する意見書」税法学131号(1961年)1頁でもこのことに関する言及はない)。 さて、話を元に戻すと、前記のような理解に基づき国税通則法答申を更に読み進めると、国税通則法は、①課税要件規定については「各税に共通する事柄・事項」を、②租税手続規定については「各税に共通する事柄・事項」及び「中間的な通則法」としての国税徴収法が定める「国税の滞納処分を中心とした徴収手続」以外の手続事項をそれぞれ定めることを、その「制定の趣旨」とする法律であるといってよかろう(この点については次回「国税通則法の目的」との関係で更に検討することにする)。 もっとも、国税通則法制定の経緯をみると、そもそもは、昭和30年12月16日閣議決定により大蔵省に設置された租税徴収制度調査会が、「租税徴収制度調査会答申」(昭和33年12月)3-4頁において次のとおり述べた(下線筆者)ことから、国税通則法制定の必要性が認識されるようになったものである。 その後、昭和34年5月19日付で内閣総理大臣から「国税及び地方税を通じ、わが国の社会経済事情に即応して税制を体系的に改善整備するための方策」について諮問を受けた税制調査会は、「租税徴収制度調査会答申」の前記の指摘を踏まえ、「税法整備に関し、国税の基本的な法律関係及び手続等についての規定を整備統合して国税通則法を制定する問題」(国税通則法答申まえがき)について審議検討を行い、国税通則法答申を行ったのである。 このような経緯に照らしてみると、国税徴収法は「租税徴収制度調査会答申」から国税通則法答申に至るまで一貫して「いわば中間的な租税通則法」ないし「中間的な通則法」として性格づけられてきたことから、国税通則法は国税徴収法の延長線上で制定されたとみるべきものであり、両法は「実は[手続の]実体的には一本のやつを、便宜主義的に二本に分かれている」(研究会「国税通則法をめぐって」ジュリスト251号(1962年)10頁、14頁[志場喜徳郎発言])というようにみることができるように思われる。 そうすると、国税通則法答申が「国税通則法制定の趣旨」として「およそ租税法の基礎にあるべき基本的な法律関係、すなわち政府と納税者との間における権利・義務の態様や限界に関する制度上の仕組み」を明らかにして「租税に関する基本的な法律構成に関する規定」を整備する旨を述べているのは、これをⓐ国税徴収法の側からみてそう述べているのであって、「課税実体」に関する法すなわちⓑ課税要件法の側からみてそう述べているのではない、ということになるように思われる。 3 国税通則法の「実定的構造」と「体系的構造」 このことを税法学の体系の観点からみると、国税通則法の「構造」が浮かび上がってくるように思われる。「租税法の諸分野のうち中心をなすと考えられる租税債務法と租税手続法」(金子宏「租税法学の体系」同『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)第8章所収[初出・1972年]、191頁)の関係については、「租税債務法と租税手続法との関係は丁度実体法と手続法との関係に当るから、ヘーンゼルの言葉を借りるならば、後者は前者に対して目的従属的(zweckgebunden untergeordnet)な関係に立っているといえよう。」(同190-191頁。金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)29頁も同旨)といわれるが、税法学の体系は、今日では、租税債務法すなわち租税実体法の中心をなす課税要件法を基礎として構築され確立されていること(その到達点は金子・前掲『租税法』であり、同書は初版(1976年)からその体系を維持している)からすると、国税通則法答申のいう「国税通則法制定の趣旨」は、税法学の体系の観点からは、以下に述べるような意味で「逆転」した「構造」を国税通則法にビルトイン(built-in)することにあるとみてよいように思われる。 すなわち、租税実体法と租税手続法との目的従属的関係からすると、租税手続法に属する国税通則法は、租税実体法とりわけ課税要件法を実現すること、すなわち、課税要件の充足により成立した納税義務の内容を正しく確認し当該納税義務の履行を確保することを目的とすべきであるから、国税通則法は、前述のようにして「租税に関する基本的な法律構成に関する規定」を整備するに当たっては、これを前記ⓑ課税要件法の側からみてその整備を行うべきであったところ、実際には、前記ⓐ国税徴収法の側からみてその整備を行ったものと解される。この点について、次の指摘(中川一郎・清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(加除式[1989年追録第5号加除済]・税法研究所)B27-28頁[須貝脩一執筆]、B31頁[同]。下線筆者)は正鵠を射たものである。 国税通則法のこのような(税法学の体系の観点からみると)「逆転」した「構造」は、とりわけ国税通則法答申が導入しようとした実質課税の原則に対して、「当時のナチスは今後のいろんな財政需要に備えて、徴税を強化するためにそういう実質課税の原則を入れたのだが、それを模倣しているのじゃないか」(前掲研究会「国税通則法をめぐって」15頁)、「租税法がいかに精緻な実体規定をもっても、[ナチスの]そういう世界観によって解釈されるということで、現実の執行は租税法における実定法の規定を破るような執行が行なわれてきた」(同)というような非難を惹起し、同原則の立法を見送る原因(の少なくとも1つ)となったのかもしれない。 国税通則法の制定については「おそらく国庫主義・権力主義思想で統一しようという意図が当初から潜在していたのであろう。」(中川・清永編・前掲コンメンタールA17頁[中川一郎執筆])という見方もあったが、同法を前記ⓐ国税徴収法の側からみると、そのような見方も強ち「偏見」、「勘ぐり過ぎ」等の一言では片付けられず、したがって、上記の非難も一概に不当とはいえないように思われる。いずれにせよ、このような批判的視点は、国税通則法の「構造」に着目することによって得られるものである。 以上を要するに、国税通則法という実定法の現実の「構造」(本連載では「実定的構造」という)と、租税実体法と租税手続法との目的従属的関係を内包する税法学の体系に基づく「構造」(本連載では「体系的構造」という)のうちいずれから国税通則法の検討にアプローチするかは、同法の規定なり手続をその基礎に立ち返って理解しようとする場合、重要な意味をもつと考えるものであるが、このように考えて、本連載のタイトルを「国税通則法の構造と手続」としたところである。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第13回】 「「登録事業者となるような慫慂等」とは」 税理士 石川 幸恵 【Q】 令和4年1月に財務省等から連名で公表された「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」が、3月に改正されたそうですが、そのポイントと対応策を教えてください。 〔ポイント〕 (1) 取引先である免税事業者に対して課税事業者になるよう要請すること自体は、独占禁止法上、問題にはなりません。 (2) 「課税事業者にならなければ、取引価格を引き下げる」「それにも応じなければ取引を打ち切る」などと一方的に通告することは、独占禁止法上、問題となる恐れがあります。 (3) 要請に従って課税事業者になる事業者に対して、明示的な協議なしに価格を据え置くことも、独占禁止法上、問題となる恐れがあります。 (4) インボイス制度導入に際して新たに課税事業者となる仕入先との価格の再交渉にあたっては、仕入先の税負担・事務負担を考慮する必要があります。 * * * 【A】 (1) 「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」の改正 令和4年1月19日に財務省・公正取引委員会・経済産業省・中小企業庁・国土交通省の連名で公表された「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」では、免税事業者本人の取引への影響や、自身は課税事業者であるが仕入先が免税事業者である場合の対応に関する考え方について、Q&Aが全7問示され、1月24日には(参考)として下請法等の考え方の2事例、建設業法上の考え方の1事例が提示されています(詳細は下記拙稿を参照ください)。 さらに3月8日付けで、本Q&Aの公表後に事業者から寄せられている質問等に基づき、免税事業者やその取引先の対応に関する考え方が追加されました。具体的には、Q&AのQ7において、免税事業者やその取引先の対応に関する考え方として「登録事業者となるような慫慂等」の追加等が行われました。 (2) 「登録事業者となるような慫慂等」とは Q7では、以下の質問がなされています。 改正前のQ7では、上記に対する回答として、次の5つの行為類型ごとに、優越的地位の濫用として問題となる恐れがあるかについて、その考え方が示されていました。 今回の改正により、ここに「6 登録事業者となるような慫慂等」が追加されました。 ここで「慫慂(しょうよう)」とは、『新明解国語辞典(第8版)』(2020年、三省堂)によると「そうする方が君のためだと言って、勧めること」とされています。 「6 登録事業者となるような慫慂等」では、次の考え方が示されています。 (3) 独占禁止法上又は下請法上、問題となるかどうかの整理 「6 登録事業者となるような慫慂等」で示された考えをまとめると、次のようになります。 (注) 表内の金額は例示であり、許容範囲を示すものではありません。 (4) 免税事業者が課税事業者になることによる負担増概算 免税事業者が課税事業者となり、簡易課税を選択した場合、売上高に対する消費税の納付税額の割合は、概ね次のようになります。 (※) 課税売上高:全て標準税率の場合。 (5) 新たに課税事業者となる仕入先との価格の再交渉にあたっての留意点 インボイス制度導入に際して新たに課税事業者となる仕入先との価格の再交渉にあたっては、少なくとも(4)で示した税負担の増加により所得が減少すること、そのほかにも申告や納税の事務負担が新たに生ずることも配慮する必要があると思われます。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q74】 「令和4年度税制改正における大口株主等の要件の見直し」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 個人株主への配当に係る取扱い (1) 配当所得の課税方式 個人である居住者が受領する配当は、配当所得として、原則20.42%の税率(所得税及び復興特別所得税)で源泉徴収され、かつ、他の所得と合算して総合課税の対象となります。 総合課税の場合の所得税の適用税率は、所得金額の区分に応じて5%から45%(復興特別所得税と合わせると5.105%から45.945%)及び住民税10%です。 なお、総合課税の場合、配当控除の適用を受けることができます。 (2) 上場株式等に係る配当所得の課税の特例 金融商品取引所に上場されている株式(上場株式等)に係る配当の場合、源泉徴収税率は20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)が適用され、確定申告の際には、他の所得と区分して税額計算することが認められています(申告分離課税)。この場合の税率は、源泉徴収税率と同じ20.315%が適用されます。なお、申告分離課税を選択した場合、上場株式等の譲渡損失との損益通算が認められます(配当控除は適用なし)。 また、確定申告を不要とする特例も設けられ(申告不要制度)、これを選択した場合には、源泉徴収のみで課税関係が終了することになります(ただし、上場株式等の譲渡損失との損益通算は認められません)。 ただし、これらの特例は、株式の保有割合が3%以上である大口の個人株主(大口株主等)には、適用が認められていません。 これは、上場株式等に係る配当に対する課税の特例制度が、「貯蓄から投資へ」という政策課題への対応や金融所得課税一体化のための施策として、納税者の事務負担の軽減や金融所得の課税方式の均衡を図るために設けられたものであるところ、保有割合が3%以上である個人株主は、株式の保有が会社の経営に参画する持分としての事業参加的側面が強いことを考慮したものと解されています。 (3) 令和4年度税制改正における要件の見直し 会計検査院による「令和2年度決算検査報告」によれば、 にもかかわらず、 と指摘されました。 この指摘を受けて、令和4年度税制改正では、個人株主が保有する株式数に、その者を判定の基礎となる株主として選定した場合に同族会社に該当することとなる法人が保有する株式数を加えて、3%以上か否かの判定をすることとされました。この改正は、令和5年10月1日以後に支払を受けるべき配当より適用されることとされています。 なお、上記の「同族会社」とは、法人税法上の同族会社と同様、株主等の3人以下(特殊関係者を含みます)に発行済株式総数等又は議決権の50%超を保有される場合のその会社をいいます。 なお、配当支払法人は、配当基準日において株式保有割合が1%以上の個人の氏名、個人番号等を記載した報告書を、支払確定日から1ヶ月以内に、所轄の税務署長へ提出することとされています(令和5年10月1日以後支払うべき配当等より適用)。 2 本件へのあてはめ おたずねの場合、上場会社であるA社の株式について、保有割合は2.9%とのことですので、原則的な課税方法である総合課税、特例である申告分離課税、申告不要制度のいずれも選択が可能です。したがって、申告不要制度を選択する場合には、確定申告を要しません。 ただし、令和5年10月1日以後に支払を受けるべき配当については、注意が必要です。つまり、B社が法人税法上の同族会社に該当し、おたずねの個人の方がその判定の基礎となった株主に該当する場合には、特例適用の要件となるA社に対する保有割合の判定は、自己の保有割合に、B社による保有割合を合算して行うことになります。 したがって、これに該当する場合には、自己の保有割合(2.9%)に、B社による保有割合(30%)を合算した保有割合が3%以上となりますので、申告分離課税及び申告不要制度は選択できず、総合課税が適用されることになるものと考えられます。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第40回】 「合併した場合の「取引相場のない株式の評価」への影響」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) シニアマネジャー 税理士 佐藤 達夫 相談内容 私は、X社(不動産賃貸業)及びY社(製造業)の社長です。X社の株式は、私が100%所有しており、X社がY社株式を100%所有しています。X社及びY社は、ともに非上場会社です。 X社及びY社については、いずれ息子に承継する予定ですが、会社経営の効率化のためX社とY社を合併し、X社を合併存続会社とすることを考えています。 そこで、息子にX社株式を贈与するに当たり、本件合併が株式評価に与える影響とその留意点をご教示ください。 【直近の会社の主な状況】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 取引相場のない株式の評価 同族株主等が取得した取引相場のない株式の評価は、類似業種比準方式、純資産価額方式又は類似業種比準方式と純資産価額方式の併用方式により行います。 どの方法を採用するかは、評価会社の会社規模等(総資産価額(帳簿価額)、従業員数及び取引金額)により決定します。ご相談の事例では、合併後のX社の主な業種が製造業となりますので、従業員数が70人未満の場合は、次のように評価方法を決定します。 なお、会社の規模は、①総資産価額(帳簿価額)と②従業員数のいずれか下位の区分と③取引金額のいずれか上位の区分により判定します。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 類似業種比準価額は、1株当たりの配当金額・利益金額・純資産価額により計算し、各計算要素は、実際の発行済株式総数で計算するのではなく、1株当たりの資本金等の額を50円とした場合の発行済株式総数により算定します。 [2] 取引相場のない株式の評価上の留意点 合併があった場合の類似業種比準価額又は純資産価額の算定における主な留意点は、次のとおりです。 (1) 類似業種比準価額 ① 類似業種の業種目の変更 取引金額のうちに2以上の業種目に係る取引金額が含まれている場合の評価会社の業種目は、取引金額全体のうちに占める業種目別の取引金額の割合が50%を超える業種目とされます。 ご相談の事例の場合、合併前のX社の業種目は不動産業ですが、合併後は製造業の売上高の割合が全体の売上高の50%を超えるため、合併後の業種目は製造業になると考えられ、製造業の株価、1株当たり配当金額、年利益金額及び純資産価額を基として、類似業種比準価額を計算することになります。 ② 会社規模の拡大 会社規模は、上記「[1] 取引相場のない株式の評価」における総資産価額(帳簿価額)、従業員数及び取引金額により判定します。 合併前のX社の会社規模は中会社ですが、合併前のY社が有する総資産(1,000百万円)及び従業員(50人)を引き継ぎ、また売上高(500百万円)が変わらないのであれば、合併後のX社の会社規模は大会社になります。そのため、合併前は併用方式による株価と純資産価額のいずれか低い株価を採用することとなっていましたが、合併後では類似業種比準価額と純資産価額のいずれか低い株価を採用することになります。 一般的に、社歴が長く、業績が安定した会社の場合、純資産価額よりも類似業種比準価額のほうが、株価が低くなる傾向にあるため、合併後のX社の株価は、類似業種比準価額を採用することにより下がる可能性があります。 ③ 類似業種比準価額の適用の可否 類似業種比準価額により評価する場合は、X社における各比準要素(1株当たりの配当金額・利益金額・純資産価額)が適切に把握されることが前提となります。この各比準要素は、課税時期の直前事業年度又は直前前事業年度の数字を基に計算します。合併に伴い、X社の事業実態に変化がある場合には、少なくとも合併があった事業年度及び合併の翌事業年度は、X社の各比準要素が適切に把握できないので、類似業種比準価額により株式評価することが適切でなく、純資産価額等により評価することが妥当と考えられます。 また、当該合併が、単なる将来的な承継にあたっての株価対策を目的として行われたとみなされる場合には、税務当局に類似業種比準価額を適用することを否認されるリスクもあるため、合併のビジネス上の目的を明確にしておくことをお勧めします。 (2) 純資産価額 ① 課税時期前3年内に取得した不動産の評価方法 課税時期前3年以内に取得した土地等、家屋、建物附属設備及び構築物は、路線価や固定資産税評価額ではなく、課税時期の通常の取引価額により評価します(財基通185)。 当該合併が、適格合併に該当する場合には、法人税法上、資産・負債の取得日は、被合併法人の取得日を引き継ぐことになりますが、財産評価基本通達による不動産の取得日は、合併が適格合併であっても、合併日と考えることになります。そのため、息子へのX社株式の贈与が、合併日後3年以内に行われる場合には、土地等、家屋、建物附属設備及び構築物は、路線価や固定資産税評価額ではなく、課税時期の通常の取引価額により評価することになります。 ② 合併に伴う評価差額に対する法人税額等相当額計算上の制限 純資産価額の計算上、「評価差額に対する法人税等相当額」の計算における現物出資等受入れ資産には、合併により著しく低い価額で受け入れた資産も含まれます(財基通186-2)。 合併に伴い受け入れた資産がある場合には、評価差額に対する法人税額等相当額の計算上、次の点に留意する必要があります。ただし、課税時期における相続税評価額による総資産価額に占める合併受入れ資産の相続税評価額の合計額の割合が20%以下である場合には、考慮する必要がありません。 【合併時の合併受入れ資産の相続税評価額>合併受入れ資産の被合併法人の帳簿価額の場合】 〈合併受入れ資産のイメージ図〉 【合併時における合併受入れ資産の評価額>課税時期における合併受入れ資産の評価額の場合】 〈合併受入れ資産のイメージ図〉 [3] 結論 ご相談の事例では、合併により、類似業種比準方式による株価の計算や純資産価額方式における不動産の評価等に影響が及ぶことになります。上述した留意点以外にも、X社及びY社の事業内容や資産・負債の状況に応じた詳細な検討が必要になります。 株式の承継については、合併前又は合併後のどのタイミングが税務上有利になるかを事前にシミュレーションすることが必要です。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第32回】 「被相続人と同居していた者がいる場合に別居親族が宅地を取得した場合の特定居住用宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(相続開始日:令和4年4月10日)は、東京都内にA土地及び家屋(1階の床面積60㎡、2階の床面積60㎡で構造上区分された家屋ではありません)を所有し、居住していました。そのA宅地及び家屋は、持家を有していない二男(二男は、相続開始前10年間は、第三者から東京都内にある家屋を賃借し居住しています)が取得しましたが、相続開始の直前において甲と同居していた者が次のそれぞれの場合には、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用を受けることは可能でしょうか。 相続人は長男と二男の2人ですが、長男は相続放棄をしています。 [A] 同居者が甲の内縁の妻、甲の長男の子、甲の弟である場合には、他の要件を満たせば特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)の適用を受けることができますが、同居者が相続放棄をした長男である場合には、特例の適用を受けることができません。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等に係る別居親族の要件 被相続人の居住用宅地等を取得した親族が次に掲げる要件の全てを満たすことが要件となります(措法69の4③二ロ、措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 平成30年度の税制改正により、持ち家がない状況を作出して特例を受けることが問題となり、下記の④の下線部部分が追加となり、⑤の要件も追加となりましたので、注意する必要があります。 なお、平成30年度の税制改正は、原則として平成30年4月1日以後の相続又は遺贈から適用されますが、平成30年4月1日から令和2年3月31日までの間に相続又は遺贈により取得した居住用宅地等がある場合には、改正前の要件を満たせば、特例を適用することができる経過措置があります(附則118②)。 2 本問への当てはめ 本問の場合には、上記1③の要件である「相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋に居住していた被相続人の相続人(相続の放棄があった場合には、その放棄がなかったものとした場合の相続人)がいないこと」が問題となります。 租税特別措置法関係通達69の4-21(被相続人の居住用家屋に居住していた親族の範囲)においては、下記の通り記載されています。 本問の場合には、構造上区分された家屋ではありませんので、同居をしていた場合には、共に起居していたということになります。 同居をしていた者ごとに判定すると下記の通りとなります。 〔甲の内縁の妻について〕 内縁の妻については、法律上の配偶者には該当せず、かつ、相続人にも該当しませんので、上記1②③の要件は満たされることになります。 〔甲の長男の子について〕 長男の子は、相続人には該当しませんので、上記1③の要件は満たされることになります。仮に先に長男が亡くなっていた場合には、代襲相続人となりますので、上記1③の要件は満たされなくなり、二男は特例の適用を受けることができなくなります。 〔甲の長男について〕 相続の放棄があった場合には、その放棄がなかったものとした場合の相続人が同居していないことが要件となります。したがって、特例の適用を受けることができません。 〔甲の弟について〕 甲の弟は、相続人には該当しませんので、上記1③の要件は満たされることになります。 ★実務上のポイント★ 別居親族の持ち家なしの要件は複雑になっていますので、1つ1つの要件をしっかりと確認することが重要となります。 (了)
〔顧問先を税務トラブルから救う〕 不服申立ての実務 【第12回】 「反論書・意見書・求釈明回答などの主張整理における留意点」 公認会計士・税理士 大橋 誠一 1 国税不服審判所における一般的な審理の流れ 一般的な審理の流れは次のとおりとなっている。 (出所) 国税不服審判所「審判所ってどんなところ? 国税不服審判所の扱う審査請求のあらまし(令和3年8月)」6頁より抜粋。 (1) 主張に関する流れ 審査請求人により提出された「審査請求書」に対して、原処分庁による「答弁書」が提出された時点で、主張のやりとりが一巡したことになる。 次に、審査請求人が答弁書に対する「反論書」を提出して、これに対して原処分庁から「意見書」が提出されれば、やりとりが二巡したことになる。 その後は、相手方の主張について反論がある場合には、適宜「意見書」を提出して主張のやりとりが継続される。 (2) 反論書・意見書の様式 〈反論書〉 〈(審査請求人)意見書〉 (出所) 国税不服審判所「提出書類一覧」 (3) 主張は対比できれば十分 審査請求人としては、答弁書における原処分庁の主張を仔細に至るまで逐一反論したい気持ちや、反論しなければ原処分庁の主張を承服したと判断されてしまうのではないかという懸念を抱くことも理解できる。 しかし、担当審判官としては、原処分を取り消すべきか否かに直接関係のある争点に対する両当事者の主張が対比できればそれで良く、いつまでも主張のやりとりをしたところで主張が一致することはあり得ないし、争点と関係の薄い枝葉末節の議論(筆者が国税不服審判所に所属していた当時の審判部では、これを「空中戦」と評することがあった)が展開されることは、争訟指揮の妨げになりかねない。 答弁書を受けて反論書を提出する場合(及び原処分庁からの意見書を受けて審査請求人意見書を提出する場合)には、過去に自らがした主張の二度塗りは避けて、答弁書や意見書によって原処分庁が新たに指摘した事実や主張の矛盾点に照準を当てて、簡潔な記載を心掛けた方が担当審判官の印象は向上すると考えられる。 ちなみに、追加の主張がない場合には、反論書(意見書)の別紙に「原処分庁に対する反論については、審査請求人がこれまでに主張したとおりであり、新たに追加すべき主張はない。」と記載して提出するか、担当審判官に対して口頭(電話)でその旨を申し出れば良い。 2 担当審判官による求釈明 (1) 求釈明とは 前述の国税不服審判所による「一般的な審理の流れ」には直接的に記載されていないが、審査請求人が主張整理において慎重に対応すべき手続がある。 それは、担当審判官が、必要に応じて審査請求人(又は原処分庁)に対して主張の補充をさせることがあり、それを「求釈明」と称している。 ちなみに、訴訟でいう求釈明は、相手方に対して質問することや証拠の提出を求めたい場合に、相手方にそのようにさせるよう裁判長に求める行為を指すようであるが、国税不服審判所においては、主張の敷衍や矛盾の解消などを目的に担当審判官の主導で行われることが多い。 (2) 求釈明を行う場合 担当審判官は、審査請求人と原処分庁との書面による主張のやりとりの経緯を追うことにより、自らの想定している争点に対する主張の対比関係が形成されるか否かを見極めているといって差し支えない。 そして、主張のやりとりによって対比関係が形成されれば、担当審判官から特段に求釈明事項を発する必要はなくなり、争点整理作業を行うことになる。 しかし、例えば、以下の場合が識別されることによって、双方のやりとりのみでは主張整理が困難になる(又はいたずらに時間を空費する)ことが見込まれる場合には、担当審判官が争点に関係すると考えている主張を深掘りさせ、議論の収斂を企図するのである。 (3) 求釈明事項の例 (4) 求釈明事項の回答形式 担当審判官が上記の求釈明事項について書面による回答を求めた場合には、タイトルを適宜「釈明事項」「回答書」などとして各項ごとに記載することになる。 しかし、代理人が選任されていない(本人審査請求の)事案のように、まっさらな状態から書面に回答を起案させたとしても、それが担当審判官の求めるレベルに達することが期待薄の場合には、来所を依頼して面談の機会を設定することによって、担当審判官が「釈明陳述録取書」という書面に回答内容を取りまとめて、その内容を審査請求人に確認させて署名を求めるといった対応が取られることもある。 (5) 求釈明事項の回答内容の共有 審査請求人に求めた求釈明事項の回答内容は主張として取り扱われるが、主張である限りは、担当審判官は原処分庁に内容を共有して反論の機会を与えなければならないことから、それを送付の上で3週間程度の期限をもって意見書の提出依頼をすることになる。 同様に、担当審判官が原処分庁に対して求釈明を実施した場合には、意見書の写しが審査請求人に送付されて審査請求人意見書の提出依頼がある。 (6) 担当審判官の着眼点を窺う 求釈明事項は、担当審判官が主張に関して疑問に感じた点を単に明らかにするだけではなく、担当審判官が本件審査請求について何を争点とし、その判断のポイントをどこに置いているかが窺えるという点でその質問項目自体に着目すべきであろう。 筆者は、原処分庁の不服申立担当者や補佐する国税局課税部審理課職員が、担当審判官による求釈明事項の意図を裏の裏まで読もうとすると仄耳したことがある。 担当審判官としてはそこまでの意図を持って求釈明をしていないこともあったが、原処分庁がその程度まで気にするくらいに、判断権者による求釈明内容については関心を持って対応した方が良いだろう。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第74回】 「第二次納税義務における徴収不足の要件事件」 ~最判平成27年11月6日(民集59巻7号1796頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第76回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (10) 請負に係る収益の帰属の時期(法人税基本通達2-1-21の7) ア 概要 請負に係る収益の帰属の時期について定める法人税基本通達2-1-21の7の内容を図表で示すと次のようになる。 (※1) 長期大規模工事に該当し工事進行基準による所得計算が強制されるもの(法人税法64①)及び請負工事について工事進行基準による所得計算を任意適用するもの(法人税法64②)については、別途これらの計算規定が適用されるので本通達の適用対象外となっている。 (※2) 物の引渡しを要する取引にあってはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日をいい、物の引渡しを要しない取引にあってはその約した役務の全部を完了した日(法基通2-1-21の2)。 (※3) 法人税基本通達2-1-21の5に準じて算定される額(本連載第75回参照)。 収益認識会計基準では、約束した財又はサービスを顧客に移転することにより履行義務を充足した時に又は充足するにつれて、充足した履行義務に配分された額で収益を認識する。履行義務は、所定の要件を満たす場合には一定の期間にわたり充足され、所定の要件を満たさない場合には一時点で充足される(基準17(5))。 本通達は、請負については、別に定めるものを除き、法人税基本通達2-1-21の2及び3にかかわらず(本連載第74回参照)、その引渡し等の日が法人税法22条の2第1項の役務の提供の日に該当し、その収益の額は、引渡し等の日の属する事業年度の益金の額に算入することが原則であることを留意的に明らかにしている。 その上で、本通達ただし書は、当該請負が法人税基本通達2-1-21の4(1)から(3)までのいずれかを満たす場合(履行義務が一定の期間にわたり充足されるものに該当する場合。本連載第74回参照:法人税基本通達2-1-21の2《履行義務が一定の期間にわたり充足されるものに係る収益の帰属の時期》)において、その履行義務が充足されていくそれぞれの日の属する事業年度において進捗度に応じて算定される額(同通達2-1-21の5に準じて算定される額(本連載第75回参照))を益金の額に算入しているときは、これを認めることを明らかにしている。 以下、留意点として次のようなものがある。 イ 本通達の趣旨 本通達の趣旨は次のとおりである(趣旨説明61頁以下)。 収益の帰属の時期についての伝統的な実現主義の考え方では、次の時点で収益認識することが一般的であったものと考えられる。 本通達は、請負についての民法における報酬の支払時期は、原則として、物の引渡しを要する取引にあってはその目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日であり、物の引渡しを要しない取引にあってはその約した役務の全部を完了した日であり、これらの時点をもって実現したものとして収益の計上時期とするのが伝統的な会計慣行であったことを踏まえ、旧通達2-1-5の取扱いを引き続き原則として据えるものである。 請負は、収益認識基準において「履行義務が一定の期間にわたり充足されるもの」に該当する場合もあり得るが、請負等の報酬の請求が可能となる日は民法上比較的明確であり、法律概念を優先した方が同じ法律である法人税法の安定に資するため、本通達では、収益認識会計基準の取扱いをむしろ例外としている。 請負の収益計上時期について、本通達は、その本文において伝統的な実現主義の考え方、そのただし書において同基準の考え方を採用している。 会計上、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準の範囲内の複数の選択肢の中から一の収益計上時期を選択しながら、申告調整によって他の収益計上時期に変更することは、法人税法22条の2第3項に照らしても認められないと考えるべきであろう。 このため、例えば、その請負に係る履行義務が充足されていくそれぞれの日の属する事業年度において収益経理を行った場合には、引渡し等の日の属する事業年度の収益の額として申告調整を行うことはできないことに留意が必要である。 ウ 本通達と役務提供基準 法人税法22条の2第1項の役務提供基準に関する議論に論及しておく。本通達は、役務提供基準を採用しているのか、引渡基準を採用しているのか、という視点で捉えておいてもよい。 捉え方によってはおよそすべての契約は役務提供契約の側面も有しているという見解も示されているところ、建設請負契約は、典型的な役務提供契約である一方、「物の取引にかかる」ように思われる役務提供型契約であるともいわれる(沖野眞已「契約類型としての『役務提供契約』概念(上)」NBL583号7頁(1995年)参照)。 かような建設請負契約等に係る収益計上時期について、これまで、法人税法においては、権利という法的な観点から一種の引渡基準を導出してきた。 請負報酬については、次の点が考慮され、物の引渡しを要する場合は仕事の目的物の引渡しの時に、物の引渡しを要しない場合は約定の仕事を完成した時に、現実の収入がなくても、その収入すべき権利が確定し、その時の属する年度の益金に計上すべきであるという説明がなされてきた。 民法632条にいう仕事の完成とは「請負工事が当初予定された最終の工程まで一応終了したこと」、同633条にいう引渡しとは、「正式の引渡証の交付の有無を問わず目的物の占有ないし、実力的支配の任意の移転」を意味することを前提とした場合に(大阪高裁昭和61年12月9日判決・判タ640号176頁)、上記のように引渡しをもって収益を計上することは権利確定主義や実現主義とも親和的である。 よって、平成30年度税制改正後においても上記のような引渡基準が建設請負工事等に係る収益計上時期を決する基準として妥当するように思われる。 この点について、法人税法22条の2第1項は役務提供取引については引渡基準ではなく役務提供基準を採用している。 本通達のように、物の引渡しを要する場合は仕事の完成ではなく、仕事の目的物の引渡しこそが同項の役務提供基準に適合するという解釈論もありうる。 しかしながら、同項の「役務の提供」の意義について場面によって引渡しを包蔵するような解釈論を展開するというのであれば、いわば引渡しや役務の提供を包摂する上位概念になりうる原理原則のようなルールを法に明定すべきではなかったか、という議論も検討の対象になりえよう。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の月次速報解説 【2022年3月】 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年3月1日から3月31日までに公開した速報解説のポイントについて、改めて紹介する。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律案 令和4年3月1日、第208回国会に「公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律案」が提出された。 これは、会計監査の信頼性の確保並びに公認会計士の一層の能力発揮及び能力向上を図り、もって企業財務書類の信頼性を高めるため、上場会社等の監査に係る登録制度の導入などの措置を講ずるものである。 Ⅲ 新会計基準関係 企業会計基準委員会から次のものが公表されている。 ① 「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い(案)」(内容:電子記録移転有価証券表示権利等の発行・保有等に係る会計上の取扱いを示す) ② 「資金決済法上の暗号資産又は金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当するICOトークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点の整理」(内容:金融商品取引法上の電子記録移転権利又は資金決済法上の暗号資産に該当するICOトークンの発行・保有等に係る会計上の取扱いに関する論点の整理を行うもの) ③ 「改正実務対応報告第40号「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い」」(内容:金利指標置換後の会計処理に関する取扱いの適用期間を、米ドル建LIBORとそれ以外の通貨建てのLIBORを分けることなく、一律に2024年3月31日以前に終了する事業年度まで延長することなどを示す)。 Ⅳ 有価証券報告書の開示関係 金融庁から次のものが公表されている。 ① 「記述情報の開示の好事例集2021」の更新(内容:監査の状況と役員の報酬等の好事例を追加) ② 「有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項及び有価証券報告書レビューの実施について(令和4年度)」(内容:重点テーマ審査として収益認識会計基準に着目することなどを示す) ③ 「監査上の主要な検討事項(KAM)の特徴的な事例と記載のポイント」(内容:望ましいKAMの記載や現状の課題等を記載) Ⅴ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査に関連して、次のものが公表されている。 ① 「IT委員会研究報告第60号「監査データ標準化に関する留意事項とデータアナリティクスへの適用」」(内容:監査データの標準化の動向や将来の監査手法などを記載) ② 「監査意見不表明及び有価証券報告書等に係る訂正報告書の提出時期に関する留意事項(内容:過年度の会計不正が疑われるような状況の発生を踏まえ、監査意見不表明と有価証券報告書等に係る訂正報告書の提出時期について記載) ③ 「監査・保証実務委員会実務指針第103号「訂正報告書に含まれる財務諸表等に対する監査に関する実務指針」の改正」(内容:監査基準委員会報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」に関連する後発事象への対応などを記載) Ⅵ ESG関係 信託協会に設置された「企業のESGへの取り組み促進に関する研究会」から「「ESG版伊藤レポート」ESGへの実効性ある取り組みの促進と課題解決に向けて~マテリアリティの特定と役員報酬制度の在り方~」が公表されている。 ESG(環境・社会・ガバナンス(ESG:Environment Social Governance))への取り組みに関する実効性や情報開示の質の向上などの課題について検討したものである。 (了)