公開日: 2022/07/21 (掲載号:No.478)
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相続税の実務問答 【第73回】「相続時精算課税適用者が養親である特定贈与者と離縁した場合」

筆者: 梶野 研二

相続税実務問答

【第73回】

「相続時精算課税適用者が養親である
特定贈与者と離縁した場合」

 

税理士 梶野 研二

 

[問]

私は、今から10年前に、A社の創業社長である甲と養子縁組を行いました。その後、私は、A社の専務取締役としてA社の経営に従事し、甲からも私の仕事ぶりを評価してもらい、後継者候補とまでいわれるようになりました。

A社の発行済み株式は20,000株で、そのうちの18,000株は甲が、残りの2,000株を甲の弟乙が保有していましたが、3年前に、私は甲からA社の株式1,000株の贈与を受けました。私が甲から贈与を受けたA社の株式1,000株の評価額は3,000万円になりますが、相続時精算課税を選択しましたので、100万円の贈与税の負担で済みました。

ところが、ある出来事が原因で甲との養子縁組を解消することとなりました。

相続時精算課税制度を適用した贈与については、その贈与者に相続が開始した時には、その贈与財産の価額を相続税の課税価格に含めて相続税を計算し、算出された相続税を納付しなければならないと聞きました。しかしながら、私の場合には、贈与者である甲との間の養子縁組を解消し、甲との親族関係はなくなりますので、相続時精算課税の選択を撤回したいと思いますが、いかがでしょうか。

[答]

相続時精算課税適用者は、特定贈与者に相続が開始した場合の相続税の計算に当たっては、その特定贈与者から相続又は遺贈による財産の取得の有無にかかわらず、その特定贈与者からの贈与で相続時精算課税の対象となった財産の価額を相続税の課税価格に含めなければなりません。相続税の総額は、相続人等が相続又は遺贈により取得した財産の価額と相続時精算課税に係る贈与財産の価額の合計額を基に計算されますので、この合計額が相続税の基礎控除額を超える場合には、相続税の申告・納税が必要になります。この場合、相続時精算課税を適用して納付した贈与税額は、いわば相続税の前払いと考えて、相続税額から控除されます。

なお、いったん相続時精算課税の選択が有効に行われた場合には、その選択を撤回することはできませんので、離縁により特定贈与者である養親との親族関係が解消されたとしても、その特定贈与者に相続が開始した場合には、相続税の課税関係から逃れることはできません。

● 説 明 ●

1 相続時精算課税制度の概要

相続時精算課税制度とは、一定の要件を満たす者でこの制度の適用を選択した者が、贈与を受けた時にこの贈与に対する贈与税を負担し、その後、相続時精算課税に係る贈与者(「特定贈与者」といいます)が死亡した際に、相続時精算課税を適用した贈与財産の価額と、相続人及び受遺者が相続及び遺贈により取得した財産の価額の合計額を基に相続税額を計算し、相続時精算課税適用者の相続税額として算出された相続税額から既に支払った贈与税額を控除した額を納付することにより、贈与税と相続税を通じた一体的な課税を行おうとする制度です。

この相続時精算課税の適用を受けることができる受贈者(相続時精算課税適用者)は次の要件を満たす者です(相法21の9①、措法70の2の6①)。

また、相続時精算課税の適用対象となる贈与者(この贈与者を「特定贈与者」といいます)は次の要件を満たす者です(相法21の9①)。

(注) 住宅取得資金等の贈与を受けた場合、非上場株式の納税猶予及び個人事業者の事業用資産に係る贈与税の納税猶予の適用を受ける場合には、受贈者又は贈与者の要件の一部が緩和されています(措法70の3、70の2の7、70の2の8)。

 

2 相続時精算課税制度における贈与税の課税

(1) 贈与税の課税価格の計算

相続時精算課税適用者が特定贈与者からの贈与により取得した財産については、特定贈与者ごとのその年中において贈与により取得した財産の価額の合計額をもって贈与税の課税価格とされます(相法21の10)。

すなわち、特定贈与者が2人以上いる場合(例えば、父と母からの贈与について、それぞれ相続時精算課税制度を選択している場合)には、それぞれの特定贈与者ごとに課税価格を計算することとなります。

(2) 特別控除

相続時精算課税適用者がその年中において特定贈与者からの贈与により取得した財産に対するその年分の贈与税については、特定贈与者ごとの贈与税の課税価格から、それぞれ次に掲げる金額のうち低い方の金額を特別控除額として控除します(相法21の12①)。

なお、特別控除は、原則として、贈与税の期限内申告書に控除を受ける金額や既にこの特別控除を適用し控除した金額等の記載がある場合に限り適用することができます(相法21の12②③)。

 2,500万円(既にこの特別控除を適用し、控除した金額がある場合には、その金額の合計額を2,500万円から控除した残額)

 特定贈与者ごとの贈与税の課税価格

(3) 税率

相続時精算課税適用者がその年中において特定贈与者からの贈与により取得した財産に対するその年分の贈与税の額は、特定贈与者ごとに計算した課税価格から、特定贈与者ごとに計算した特別控除額を控除した金額にそれぞれ20%の税率を乗じて計算した金額となります(相法21の13)。

 

3 相続時精算課税制度の選択

相続時精算課税制度の適用を受けようとする受贈者は、その贈与に係る贈与税の申告期間内に「相続時精算課税選択届出書」を贈与税の申告書に添付して、納税地の所轄税務署長に提出しなければなりません(相法21の9②、相令5、相規11)。

相続時精算課税選択届出書を提出した場合には、特定贈与者からの贈与により取得する財産については、相続時精算課税制度を適用した年分以降、全て相続時精算課税制度の適用を受けることになります(相法21の9③)。

なお、いったん適法に提出された相続時精算課税選択届出書は撤回することができません(相法21の9⑥)。

 

4 相続時精算課税適用者に係る特定贈与者に相続が開始した場合の相続税の課税

(1) 相続等により財産を取得した相続時精算課税適用者

被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した相続時精算課税適用者は、特定贈与者である被相続人から贈与を受けた財産で、相続時精算課税制度の適用を受けたものについては、その贈与の時における価額を相続税の課税価格に加算します(相法21の15①)。

(2) 相続等により財産を取得しなかった相続時精算課税適用者

被相続人から相続又は遺贈により財産を取得しなかった相続時精算課税適用者は、特定贈与者である被相続人からの贈与財産で、相続時精算課税制度の適用を受けたものについては、相続又は遺贈により取得したものとみなされます(相法21の16①)。相続税の課税価格に算入される財産の価額は、その贈与の時における価額となります(相法21の16③)。

(3) 相続税額の2割加算

相続税の納税義務者が被相続人の配偶者又は一親等の血族ではない場合には、相続税法第18条⦅相続税額の加算⦆の規定が適用されますが、相続時精算課税適用者が贈与により財産を取得した時において、特定贈与者の一親等の血族だった場合には、その特定贈与者から取得したその財産に対応する相続税額については、同条の適用対象とはされません(相法21の15②、21の16②)。

(4) 贈与税の税額に相当する金額の控除及び還付

相続時精算課税制度の適用を受ける財産に係る贈与税の税額(在外財産に対する贈与税額の控除(相法21の8)の規定による控除前の税額とし、延滞税、利子税及び加算税を除きます)に相当する金額を上記により求めた相続税額から控除します(相法21の15③、21の16④)。

さらに、控除しきれなかった金額がある場合には、その控除しきれなかった金額(在外財産に対する贈与税額の控除の適用を受けた場合にあっては、当該金額から在外財産に対する贈与税額を控除した残額とする)に相当する税額の還付を受けるために、相続税の申告書を提出することができます(相法27③、33の2①)。

 

5 ご質問の場合

あなたが甲からの贈与について相続時精算課税を選択した時には、あなたは甲との間に養親子関係があり、相続時精算課税選択届出書の提出要件を満たしていました。あなたが、甲から受けた贈与の申告について、適法に相続時精算課税制度を選択した以上、その選択を撤回することはできませんので、将来、甲に相続が開始した場合には、相続人や受遺者が相続又は遺贈により取得した財産の価額に、あなたが甲から受けた相続時精算課税に係る贈与財産の価額を加えたところで相続税の申告義務の有無を判定し、相続税の計算をする必要があります。ただし、相続税の計算をする場合、相続税額の2割加算の規定は適用されません。

なお、相続税の計算においては、相続時精算課税制度により申告・納税した贈与税額100万円を控除することになりますが、控除しきれない金額については、その控除しきれない贈与税相当額の還付を受けることができます(課税価格の合計額が相続税の基礎控除額に満たないため、相続税額が算出されない場合には、相続時精算課税に係る贈与税額の全額の還付を受けることができます)。

〔凡例〕
相法・・・相続税法
相令・・・相続税法施行令
相規・・・相続税法施行規則
相基通・・・相続税法基本通達
所基通・・・所得税基本通達
評基通・・・財産評価基本通達
通法・・・国税通則法
通令・・・国税通則法施行令
措法・・・租税特別措置法
措通・・・租税特別措置法関係通達
共済法・・・中小企業倒産防止共済法
(例)相法27①・・・相続税法27条1項

(了)

「相続税の実務問答」は、毎月第3週に掲載されます。

相続税実務問答

【第73回】

「相続時精算課税適用者が養親である
特定贈与者と離縁した場合」

 

税理士 梶野 研二

 

[問]

私は、今から10年前に、A社の創業社長である甲と養子縁組を行いました。その後、私は、A社の専務取締役としてA社の経営に従事し、甲からも私の仕事ぶりを評価してもらい、後継者候補とまでいわれるようになりました。

A社の発行済み株式は20,000株で、そのうちの18,000株は甲が、残りの2,000株を甲の弟乙が保有していましたが、3年前に、私は甲からA社の株式1,000株の贈与を受けました。私が甲から贈与を受けたA社の株式1,000株の評価額は3,000万円になりますが、相続時精算課税を選択しましたので、100万円の贈与税の負担で済みました。

ところが、ある出来事が原因で甲との養子縁組を解消することとなりました。

相続時精算課税制度を適用した贈与については、その贈与者に相続が開始した時には、その贈与財産の価額を相続税の課税価格に含めて相続税を計算し、算出された相続税を納付しなければならないと聞きました。しかしながら、私の場合には、贈与者である甲との間の養子縁組を解消し、甲との親族関係はなくなりますので、相続時精算課税の選択を撤回したいと思いますが、いかがでしょうか。

連載目次

相続税の実務問答

第1回~第40回

第41回~

筆者紹介

梶野 研二

(かじの・けんじ)

税理士

国税庁課税部資産評価企画官付企画専門官、同資産課税課課長補佐、東京地方裁判所裁判所調査官、国税不服審判所本部国税審判官、東京国税局課税第一部資産評価官、玉川税務署長、国税庁課税部財産評価手法研究官を経て、平成25年6月税理士登録。
現在、相続税を中心に税理士業務を行っている。

【主な著書】
・『ケース別 相続土地の評価減』(新日本法規)
・『判例・裁決例にみる 非公開株式評価の実務』(共著 新日本法規出版)
・『株式・公社債評価の実務(平成23年版)』(編著 大蔵財務協会)
・『土地評価の実務(平成22年版)』(編著 大蔵財務協会)
・『贈与税の申告の実務-相続時精算課税を中心として』(編著 大蔵財務協会)
・『農地の相続税・贈与税』(編著 大蔵財務協会)
・『新版 公益法人の税務』(共著 財団法人公益法人協会)

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