遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第9回】 「不動産や株式等を遺贈寄付した場合の取扱い(その3)」 ~清算型遺贈の課税関係~ 税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也 不動産や株式を遺贈寄付した場合の取扱いについて前回に続き確認する。 今回は、清算型遺贈の場合の課税関係を解説する。 1 清算型遺贈とは 清算型遺贈とは、不動産などの財産を売却して現金化し、その得られた現金を遺贈するということを遺言書に盛り込んだものをいう。遺言者がお亡くなりになった後には、その遺言に基づき、遺言執行者が手続きを実行することになる。 遺贈寄付の場合、受遺団体の中には、不動産等の現物での寄付を受け付けていない団体も多く、不動産等の寄付をする場合には、現金化したうえで寄付をしてもらうことを条件にしているところもいくつかある。 このような清算型遺贈についての課税関係については、税法に明確な規定がなく、実際に清算型遺贈の遺言に基づき執行が行われた場合、どのような形で納税するのかは悩ましい問題である。 2 清算型遺贈の具体例 清算型遺贈の具体例について、以下に記載する。 不動産に限らず、動産、株式などの有価証券などの財産を清算型遺贈により、相続時に売却してお金に換えて寄付することも可能である。本稿では不動産の清算型遺贈をすることを例に考えていく。 3 不動産の清算型遺贈をする場合の手続き 不動産の清算型遺贈をする場合には、その不動産をいったん法定相続人全員への相続登記をした後に、買主に売買による移転登記をするという形になる。 売却をする際には、亡くなった方から直接買主への名義変更ができないため、いったん相続登記をする必要がある。受遺団体は、売却代金を受け取るだけで所有権を受け取っているわけではないので、名義変更することは適切でない。そのため、不動産登記上は、清算型遺贈があった場合には、相続人全員の法定相続分による共有での相続登記が必要なのである。 4 譲渡所得税の納税義務者は誰なのか そうすると、清算型遺贈により寄付をした相続税の納税義務者は誰なのか、という疑問が出てくる。不動産の売買は、遺言を書いた被相続人が死亡した後に、相続人に登記変更したうえで売却が行われる。しかし清算型遺贈では、相続人は何も利益を受けておらず、売却手続きも名目上だけのものである。 税法に明確な規定はないが、実質所得者課税(所法12(※))の考え方から、受遺団体を納税義務者と考えるのが一般的である。その場合でも、相続人の譲渡所得税を相続人の代わりに受遺団体が支払うと考えれば、住民税は課税されるが、被相続人のみなし譲渡所得税を被相続人に代わって支払うと考えれば、死亡した年の所得になるため、住民税は課税されない。この点につき税法の取扱いの明確化が望まれている。 (※) 所得税法第12条 〈清算型遺贈の流れ〉 ※クリックすると別ページで拡大表示されます。 5 納税の手続きはどうするのか 譲渡所得税を納付していないと、登記上は相続人の名義になっており、受遺団体の名前は出てこないので、相続人に対して、税金の督促が来る場合がある。 実際の納税は、遺言執行者が行い、税金を差し引いた金額を受遺団体に渡すケースと、遺言執行者が受遺団体に売却代金を渡して納税は受遺団体が行うケースがあるようである。どちらの場合も、事前に所轄の税務署と相談して、譲渡所得税の支払いは遺言執行者等が責任をもって行うので、相続人には確定申告書の送付はしないように伝えておく必要がある。 (了)
2022年3月期決算における会計処理の留意事項 【第5回】 (追補) 史彩監査法人 公認会計士 西田 友洋 ◎ 最近の不安定な世界情勢下における会計処理等の留意事項 現在の世界情勢の不安定及び物価上昇等が企業に重要な影響を及ぼす可能性がある。そこで、以下では、このような状況下における3月決算で留意すべき主な論点を解説する。 1 関係会社株式の評価 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、関係会社(子会社及び関連会社)の業績が悪くなっている場合があると考えられる。この場合、関係会社株式の評価を慎重に検討する必要がある。非上場の関係会社株式の評価における具体的な検討は、以下のとおりである。 (注) 上場の関係会社株式の評価は、時価に基づき評価する。評価に際して、特段の論点はないため、本解説では取り扱っていない。 (1) 株式の評価 関係会社の財政状態の悪化(下記①参照)により実質価額が著しく低下(下記②参照)した場合は、減損処理する。 ただし、実質価額について、関係会社の事業計画等をもとに回復可能性が十分な証拠によって裏付けられる場合には、減損処理は不要である。 事業計画等は実行可能で合理的なものでなければならず、回復可能性の判定は、特定のプロジェクトのために設立された会社で、当初の事業計画等において、開業当初の累積損失が5年を超えた期間経過後に解消されることが合理的に見込まれる場合を除き、おおむね5年以内に回復すると見込まれる金額を上限として行う。 したがって、回復可能性を監査人に説明する際には、基本的に5ヶ年の実行可能で合理的な事業計画を作成し、どうしてそのような数値になるのか、具体的に説明する必要がある。 【会計処理】 (2) 投資損失引当金の計上 関係会社株式の減損処理を行う必要はないと判断したが、以下のとおり、健全性の観点から、投資損失引当金を計上できる場合がある。 【会計処理】 (3) 債務超過に対する引当金 関係会社が債務超過である場合、実質価額がマイナスであるため、関係会社株式はゼロまで減損処理する。一方、関係会社の債務超過額は、最終的には、親会社が負担(子会社の場合は、全額負担、関係会社の場合は、他の株主との契約で決められた分の負担)する可能性が高いと考えられる。そのため、債務超過額のうち、負担する部分について関係会社事業損失引当金等で損失処理する必要がある。 【会計処理】 2 固定資産(のれんを含む)の減損 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、業績が悪化している会社、店舗、支店、工場等が多くなっている可能性がある。業績が悪くなっている場合、固定資産(のれんを含む)の減損についても慎重に検討する必要がある。具体的な検討は、以下のとおりである。 【会計処理】 3 貸倒引当金 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、得意先(関係会社を含む)の業績が悪化し、売上債権の回収が延滞したり、貸倒れが発生する可能性がある。また、関係会社へ貸付を行っている場合、関係会社の業績の悪化により、貸付金の回収が延滞したり、貸倒れが発生する可能性がある。 そのため、貸倒引当金についても慎重に検討する必要がある。具体的には、期末日以前のみならず、期末日後の回収状況や法的整理等の情報を適時に入手した上で、債権を以下の3つに区分し、それぞれの区分ごとに貸倒引当金を算定する必要がある。特に、「貸倒懸念債権」又は「破産更生債権等」に該当する得意先、関係会社がないか、慎重に検討する必要がある。 【会計処理】 貸倒引当金繰入額は、原則、その性質に応じて販管費又は営業外費用に計上するが、非常に特殊な事象で、貸倒引当金繰入額が多額に発生する場合には、特別損失に計上することも考えられる。 4 債務保証損失引当金 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、関係会社の業績が悪化し、経営難に陥り、関係会社において取引先に対する仕入債務の返済や金融機関への借入金の返済が滞る可能性がある。このような場合に、関係会社の仕入債務や借入金について、親会社が債務保証を行っている場合、債務保証に係る損失が発生する可能性がある。 そのため、債務保証損失引当金についても慎重に検討する必要がある。具体的には、期末日以前のみならず、期末日後の関係会社の仕入債務の支払状況や金融機関への借入金の返済状況に関する情報を適時に入手し検討する必要がある。 【会計処理】 債務保証損失引当金繰入額は、発生事由等に応じて営業外費用又は特別損失に計上することが考えられる。 5 リストラクチャリング関連の引当金 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、業績が悪化し経営難に陥った場合、将来に向けての立て直しのためにリストラ(支店・店舗・工場等の閉鎖、早期退職の募集等)を決定することが考えられる。このような場合、例えば、以下のような損失について見積もった上で、リストラクチャリング関連の引当金の計上を検討する必要がある。 (※) 従業員が早期退職制度に応募し、金額を合理的に見積もることができる時点で費用処理する。 【会計処理】 上記の勘定科目は例示であるため、各社の実態に応じて、適切な名称を付すことが考えられる。 6 繰延税金資産の回収可能性 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、会社の業績が悪化している場合、繰延税金資産の回収可能性の検討において、以下の点について、慎重に検討する必要がある。 (1) 税効果の企業の分類 業績の悪化により、課税所得が減少する場合、税効果の企業の分類を変更しなければいけない可能性がある。 (2) 一時差異等加減算前課税所得の見積り 分類3から分類4の会社において、繰延税金資産の回収可能性の検討に当たっては、一時差異等加減算前課税所得の見積りは非常に重要である。 しかし、世界の情勢不安、物価上昇等の影響により将来の業績への影響が不透明な場合、合理的で説明可能な事業計画を作成することが難しいため、一時差異等加減算前課税所得を見積もることが困難となる可能性がある。そのため、社内での情報収集を早めに行うことが重要である。 また、物価上昇等によるコスト増加要因がある場合、それについても事業計画に反映させる必要がある。 なお、事業計画を監査人に説明する際には、合理的で説明可能な事業計画を作成し、どうしてそのような数値になるのかを、具体的に説明する必要がある。 【会計処理(繰延税金資産を取り崩す場合)】 7 棚卸資産の評価 通常の販売目的で保有する棚卸資産は、取得原価をもって貸借対照表価額とする。ただし、期末における正味売却価額が取得原価よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とする。 世界の情勢不安による経済状況の停滞及び物価上昇等の影響により、以下のような状況が発生する可能性がある。 このような状況が発生した場合には、多額の棚卸資産評価損を計上しなければいけない可能性がある。そのため、当期の販売実績及び翌期以降の販売に関する情報を収集し、正味売却価額を合理的に見積もった上で、棚卸資産評価損の計上を検討する必要がある。 【会計処理】 棚卸資産評価損は、原則、売上原価に計上するが、収益性の低下に基づく簿価切下げ額が臨時の事象に起因し、かつ、多額であるときには特別損失に計上できる。 8 連結範囲の検討 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、子会社及び関連会社の以下の指標について、グループに占める割合が変動する可能性がある。そのため、従来、非連結子会社及び持分法非適用会社であった会社について、連結又は持分法の範囲に含める必要がないか検討する必要がある。 (1) 連結の範囲の指標 なお、上記の量的基準のみならず、赤字会社か、債務超過があるか、グループ内での位置づけはどうか等の質的重要性も考慮して連結の範囲を決定する必要がある。 (2) 持分法の範囲の指標 9 後発事象の注記 後発事象には、以下の2つがある。 現在の状況下では、期末日後に様々な事象が発生したり、意思決定を行うことが考えられる。後発事象の発生時点や内容により、修正後発事象又は開示後発事象のいずれに該当するかが異なるため、上記のいずれかに該当しそうな事象がある場合、適宜、監査人に確認することが望まれる。 【開示後発事象の例示】 (注) 上記項目は、開示後発事象としての例示であるが、発生時点等によっては、修正後発事象に該当する可能性もある。 10 継続企業の前提に関する注記 (1) 継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、業績が悪化している場合、新たに「継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況(以下、「事象又は状況」という)」が存在する場合に該当する可能性がある。 そのため、「事象又は状況」が存在する場合に該当していないかどうかを慎重に検討する必要がある。 【継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況の例示】 (2) 継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められるとき 期末において、「事象又は状況」が存在する場合には、当該事象又は状況を解消し、又は改善するための対応策(効果的で実効可能なもの)を検討する必要がある。具体的には、以下の対応が必要であると考えられる。 そして、当該事象又は状況を解消し、又は改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に関する「重要な不確実性」が認められるときは、継続企業の前提に関する以下の事項を計算書類及び有価証券報告書に注記する。 なお、貸借対照表日後において、「事象又は状況」が解消し、又は改善したため、継続企業の前提に関する「重要な不確実性」が認められなくなったときには上記の注記を行う必要はない。ただし、この場合には、当該「事象又は状況」を解消し、又は改善するために実施した対応策を重要な後発事象として注記することも考えられる。 (3) 有価証券報告書の「経理の状況」より前における記載 上記(2)の注記が必要でない(「重要な不確実性」がない)場合であっても、「事象又は状況」が存在する場合には、有価証券報告書の「事業等のリスク」に事象又は状況が存在する旨、内容を記載し「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」に対応策を記載する。 また、上記(2)の注記をする場合でも、当該注記に係る「事象又は状況」が発生した経緯及び経過等について、「事業等のリスク」及び「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」に記載する。 (4) 事業報告における記載 会社法に基づく事業報告においても、株式会社の現況に関する事項(会社法施行規則120①四、八、九等)に、適切な開示をすることが望まれる。 (5) 後発事象の注記 貸借対照表日後に「事象又は状況」が発生した場合で、当該事象又は状況を解消し、又は改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に関する「重要な不確実性」が認められ、翌事業年度以降の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼすときは、重要な後発事象として、以下の事項を計算書類及び有価証券報告書に注記する。 上記のような後発事象のうち、貸借対照表日において既に存在していた状態で、その後、その状態が一層明白になったものについては、継続企業の前提に関する注記の要否を検討する必要がある。 11 監査対応 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、決算で検討すべき会計上の論点が多くなることが想定される。そのため、早めに監査人と協議を行うことが重要であると考えられる。 また、海外子会社については、決算の遅延又は資料提出の遅れも想定されるため、監査人とスケジュールを十分に調整することが重要であると考えられる。 (連載了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第25回】 「M&Aの形態によって異なる相手の見方・相手からの見られ方」 ~形態別で考えるM&A検討のきっかけ・目的・着目点~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの形態によって異なる売り手の見方について理解を深める。 売り手企業 ⇒M&Aの形態によって異なる買い手からの見られ方について理解を深める。 支援機関(第三者) ⇒M&Aの形態によって異なる対象企業の見方を知り助言や支援に活かす。 その他の対象者 ⇒M&Aの形態によって異なる対象企業の見方・見られ方のポイントをつかむ。 1 形態によって異なるM&Aの戦略 中小企業のM&Aと一口に言っても、様々な形態があります。コロナ禍では、自社の行う事業と全く異なる事業、特に、自社の業績の動き方とは逆方向になるような事業をM&Aによって取得することによって、互いのリスクをヘッジし合い、有事における最悪の展開を回避できるような相手先を探す例も見られます。 しかし、このパターンでは、買い手の売り手事業に対する理解や経験値の不足から、統合後の失敗リスクも低くはないでしょう。ですから、現状でも、中小企業M&Aの多くは、同業種同業態企業との統合(水平統合)か、商流の川上や川下企業との統合(垂直統合)が自然な選択肢となります。 このとき、買い手がM&Aを検討するきっかけや目的は、希望するM&Aの形態によって異なりますので、売り手としては、買い手がなぜ当社へのM&Aを希望し、何に期待するのかを知って対応するのが良いと思われます。 そこで、今回は、M&Aの形態別に、買い手がM&Aに何を期待し、売り手の何に着目するかを知ることで、買い手、売り手の見方・見られ方を考えます。 2 買い手から見たM&Aを検討したきっかけや目的 次の図は「2021年版中小企業白書」に掲載されたものです。希望するM&Aの形態別(水平統合と垂直統合別)に、買い手側がM&Aを検討したきっかけや目的が並んでいます。 (出典) 中小企業庁「2021年版中小企業白書」Ⅱ-378ページ 水平統合の場合、買い手は「売上・市場シェアの拡大」をM&Aの主な目的としています。「新事業展開・異業種への参入」「人材の獲得」も相対的に高い割合を示しますが、調査結果からは、統合によるグループの売上・市場シェアを伸ばせる相手を好む傾向にありそうです。 一方、垂直統合では、水平統合と同じように買い手は「売上・市場シェアの拡大」を主な目的としつつも、水平統合に比べるとその割合は少なく、これに次ぐ「新事業展開・異業種への参入」「人材の獲得」「技術・ノウハウの獲得」が高い割合となっているのが特徴的です。 水平統合の場合、すでに買い手が売り手と類似のビジネスでノウハウを十分に蓄積しており、しかも、通常は売り手よりも買い手のビジネスの方が順調にいっている可能性が高いわけですから、売り手の現有資産やノウハウにはそれほどの興味がなく、ビジネスとして統合後にどれだけ売上や市場シェアを拡大できるかの志向が強くなります。 売り手軽視というわけではありませんが、買い手としては、売り手自体の魅力よりも、今後お金になる事業かどうかを吟味している可能性が高くなります。 売り手としては、このような事情を理解した上で、良いビジネスパートナーとなりうるかを見定めるのが水平統合による留意点となります。 垂直統合の場合は、水平統合と異なり、買い手は、商流の川上から川下まである程度の理解はあるものの、自らのビジネス範囲を超えるノウハウまでは備えていないケースが多いです。ですから、売り手に期待する内容も売上・市場シェアだけでなく、売り手そのものが持っている価値や魅力に関するものが多くなりやすいです。M&Aを機に、売り手の持つ強みを積極的に取り入れたい、売り手から教わりたいという希望も含まれます。 売り手としては、水平統合の場合と比べ、ある程度、売り手の独立性を保った上で事業展開がしやすくなること、買い手と対等な立場で交渉を進めやすいことから、売り手の事業に魅力があるほど、買い手との交渉は有利に進みやすくなります。 3 買い手がM&Aを実施する際に重視する確認事項 次の図も「2021年版中小企業白書」に掲載されたものです。希望するM&Aの形態別(水平統合と垂直統合別)に、買い手側がM&Aを実施する際に重視する確認事項が並んでいます。 (出典) 中小企業庁「2021年版中小企業白書」Ⅱ-380ページ あくまで回答に基づくものですが、この結果を見ると、水平統合の場合は、「直近の売上、利益」「借入等の負債状況」などの財務面を重視する傾向にあり、垂直統合の場合は、「既存事業とのシナジー」「事業の成長性や持続性」などの事業そのものを重視する傾向にあります。これらから、M&Aの形態によって、買い手が重視する確認事項にはっきりと差が生まれることがわかります。 売り手から見れば、水平統合と垂直統合では、買い手が売り手に興味を抱く要素が異なるわけですから、売り手がM&Aを検討する際には、水平統合と垂直統合のいずれが自社にとって望ましい選択肢になるかを考える決め手の1つになります。水平統合を希望する買い手候補との交渉がうまくいかなくても、垂直統合を望む相手とはマッチするという可能性があることを示しています。 買い手にとっても、希望するM&Aの形態の違いが重視する確認事項の違いにつながるわけですから、確認事項の優先順位をつけやすくなる意味で、効率的な相手探しができるようになります。また、売り手候補を探す過程で、当初は水平統合を念頭に置いていたが、案外、垂直統合がうまくいくのかもしれない、といった気づきになり、買い手に合うM&Aの形態が発見できるかもしれません。 今回は、水平統合、垂直統合の形態別に、「2021年版中小企業白書」に掲載の調査結果から対象企業の見方・見られ方の違いを紹介しましたが、実務上のノウハウや知見について、こうした公表資料からヒントを得られる場合が決して少なくありません。「2021年版中小企業白書」には、これ以外にもM&Aに関する情報が多数掲載されていますので、積極的に活用して、各社のM&Aの成功につなげていただければと思います。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例37】 「ライフラインの設備の設置・使用に関する民法改正」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 自宅の土地は公道と接しておらず、公道の地下に埋設されている給水管に接続することができなかったため、以前から隣地の空き地部分に給水用配管を設置してきました。給水用配管も老朽化してきたこともあり、令和5年4月以降に取替工事を行うことを検討しています。 隣地は空き家となっており、隣家の方の連絡先や行方も分かりません。このような場合に、どのようにして給水用配管の取替工事を行えばよいでしょうか。 1 ライフラインの設備の設置等に関する民法改正の経緯 現代の生活において、電気、水道、ガス等のライフラインの確保は必要不可欠である。しかし、民法には、ライフラインを確保するために、他人の所有地に導管等の設備を設置することや、他人の所有する導管等の設備を使用することに関する一般的規定が置かれていなかった。そこで、所有者不明土地問題に関する民法改正の一環として、ライフラインの設備の設置権等に関する一般的規定が新設された。なお、以下、改正前の民法を「改正前民法」と表記し、改正後の民法を「改正後民法」と表記する。 2 民法改正前までの裁判例の状況 改正前民法には、①高地の所有権者の低地への排水権(民法第220条)や②高地又は低地の所有権者が所有する通水設備の使用権(同法第221条)に関する規定のような、ライフラインに関する規定が限定的に置かれていた。また、下水道に関しては、前記各条の特則である下水道法第11条が、他人の土地に排水設備を設置し、他人の設置した排水設備を使用できることを認めていた。 他方で、裁判例においては、民法改正前から、上記各規定の場面に限らず、ライフラインを確保するために他人の所有地に導管等の設備を設置等することは認められてきた。 もっとも、その法的根拠は、①民法第220条を類推適用するものや、②同法第209条、同第210条、同第220条、同第221条や下水道法第11条の趣旨を類推適用するものなどがあり、必ずしも統一されていなかった(なお、設備の設置ではなく、既設の設備の利用の可否が争われた最判平成14年10月15日民集56巻8号1791頁は、民法第220条及び同法第221条の類推適用と判示していた)。 また、類推適用による法的効果(権利の内容)についても判断は分かれており、①土地の所有権者は一定の場合に他人の所有地に設備を設置し、既設の設備を利用する権利を有するとするものや、②設備の設置等の承諾を求める権利を有するとするものなどがみられた。なお、②は、地方公共団体が工事に先だって利害関係人の承諾を求めてくることに対応することを意図したものとされている。 3 ライフラインの設備の設置権等に関する規定の内容 (1) 設備設置権・設備使用権の新設 改正後民法においては、土地の所有権者は、他人の土地(注:隣地や囲繞地に限られない)に配管等の設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用しなければ、電気、ガス、水道等の供給を受けられない場合、損害が最も少ない方法によって、他人の土地に設備を設置し、他人が所有する設備を使用する権利を有することとされた(改正後民法第213条の2第1項、同条第2項)。 立法過程では、下級審裁判例のように、設備の設置等の承諾を求める権利とすることも提案されていたが、承諾を求める権利の内容が明らかではない等の批判を受けて、端的に設備設置権・設備使用権とすることとされた。ただし、設備設置権や設備使用権は土地の所有権者に認められた権利ではあるが、自力救済まで認めるものではない。 (2) 2種類の通知義務と留意点 土地の所有権者は、設備設置権や設備使用権を行使する場合、設備を設置する土地の所有権者や設備の所有権者、現に土地を利用している者に対して、あらかじめ目的、場所、方法を通知しなければならない(改正後民法第213条の2第3項)。この通知は、隣地使用権の事後の通知の規定(改正後民法第209条第3項ただし書)が準用されていないため、通知の名宛人が行方不明の場合等には公示による意思表示(民法第98条)による必要がある。 なお、当該設備を現に使用している当該設備の所有権者以外の者がいる場合、法律上、当該者に対する通知は求められていないが、事実上、通知を行っておくことが望ましいとされている。 また、土地の所有権者は、設備設置権や設備使用権を行使するために、設備を設置する土地や設備が設置された土地を利用することができる。この場合、隣地使用権の規定に準じて通知等を行う必要がある(改正後民法第213条の2第4項)。この通知は、設備設置権・設備使用権を行使する際の通知と同時に行うこともできる。 (3) 償金の支払義務 設備設置権者は、設備の設置工事等のために一時的に土地の利用を制約し、その後も継続的に土地の利用を制約することになるため、設備設置権の行使を受ける者に対して償金の支払義務を負う。また、設備使用権者も設備の接続工事等のために一時的に土地の利用を制約することになるため、設備使用権の行使を受ける者に対して償金の支払義務を負うほか、設備の設置、改築、修繕、維持に要する費用を分担しなければならない。 【償金の種類等】 (※) 条文番号はいずれも改正後民法。 4 改正後民法の適用関係 改正後民法は令和5年4月1日から施行され、個別の経過措置がない限り施行日より前から発生している権利義務関係についても改正後民法が適用されることになる。設備設置権や設備使用権に個別の経過措置は規定されていないため、施行日より前から他の土地に設備を設置していたり、既設の設備を使用している場合であっても、施行日以降は改正後民法が適用されることになる。 5 本件について 給水用配管の取替工事(=新たな設備の設置)は令和5年4月以降に予定されているため、改正後民法第213条の2の適用を受けることになる。また、取替工事のために隣地を使用する必要があるため、給水用配管の取替えを行うこと及び土地を利用することの通知をする必要があるところ、隣地の所有権者が行方不明であるため、公示による意思表示の方法によって通知を行うことになると考えられる。 次に、隣地の所有権者が行方不明である場合に、訴訟を経ずに設備設置権を行使することが違法な自力執行に当たらないか問題となりうる。この問題に関して、法務省の見解によれば、隣地を実際に使用している者がおらず、かつ設備の設置等が妨害されるおそれもないような場合には、訴訟を経ずに設備の設置を適法に行えることが示されている。 従前から同じ場所に給水用配管が長期間設置されてきたことや、隣地が空き家となっていることからすると、隣地の所有権者が給水用配管の取替工事を妨害するおそれは低いと考えられる。したがって、訴訟を経ずに給水用配管の取替工事を行うことができる。 また、隣地の所有権者に対する償金を支払う必要があるかも問題となりうる。個別の判断にならざるを得ないが、取替工事時に隣地の所有権者に実損害が発生せず、取替工事後も空き家の利用を制限しないような場合には償金の支払義務が発生しないこともありうるように思われる。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第55話】 「過少申告加算税等の加重措置」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・最近の税制改正は、いい加減な納税者に対して、厳しい対応を採る内容になっていると思わない?」 久しぶりに、中尾統括官は、浅田調査官を誘って、軽く1、2杯ということで、居酒屋で飲んでいる(新型コロナウイルス対策を徹底している居酒屋にて、マスク会食をしていることを申し添えておく)。 「もっとも、我々の仕事にとっては、都合が良いけれどもね・・・」 中尾統括官は、焼酎のお湯割に口を付ける。 コロナ禍で、2人とも、長い間、外でほとんど飲んでいなかったので、飲む動作が何となくぎこちない。 「また、仕事の話ですか?」 浅田調査官は、生ビールを飲みながら、顔をしかめる。 「まあ、まあ、そう言わずに、聞いてくれ・・・君と話をするときは、税金のことしか頭に浮かばないのだから・・・」 中尾統括官は、苦笑いをする。 そう言いながら、中尾統括官は、カバンから『令和4年度税制改正大綱』を取り出して、「納税環境整備」の箇所を開く。 「・・・この中に・・・帳簿の提出がない場合等の過少申告加算税等の加重措置の整備・・・という項目がある・・・」 そう言うと、中尾統括官は、カッコ書きを飛ばして、それを読み上げる。 読み終えると、中尾統括官は、冷めた焼酎を口に運ぶ。 「・・・これは、売上金額などをごまかした帳簿を納税者が税務職員に対して、提示又は提出をすると、ペナルティーが重くなるということですか?」 1杯目の生ビールで、既に顔に赤みが差している浅田調査官が訊ねる。 「例えば、税務調査中に、税務職員が納税者に対して、帳簿の提示又は提出を求めた場合、それに従わなかったときやその帳簿の売上金額等の記載が著しく不十分又は不十分の場合には、ペナルティーが加重されるということになる」 中尾統括官が答える。 「・・・その著しく不十分とか不十分は・・・どのように判定するのですか?」 頬を染めている浅田調査官は、質問を終えると、生ビールを注文する。 中尾統括官は、テーブルの上に罫紙を置き、図を描く。 「この10%又は5%の加算は、過少申告加算税と無申告加算税についてで・・・それから一定帳簿とは、仕訳帳とか総勘定元帳などが該当することになる」 浅田調査官が大綱の内容を確認する。 「これによって・・・国税通則法65条と66条が改正されることになる・・・まだ、改正された条文は見ていないけれど・・・」 と言うと、中尾統括官も2杯目の焼酎を注文する。 「ところで、君は、国税通則法65条の規定を読んで、過少申告加算税の額を計算できる?」 中尾統括官は、さすがに顔は赤くなっていない。 「・・・例えば・・・法人税の当初申告税額が300万円であったが、税務調査の結果、その申告税額が800万円(修正申告)となったとする・・・そして、その調査中、税務職員から帳簿の提示を求められ、納税者は、著しく不十分な帳簿を提示していたとする・・・そうすると、過少申告加算税はいくらになるか?」 中尾統括官は、お酒が入っても、計算には自信があるらしい。 「ややこしいですね」 浅田調査官も、スマートフォンで、国税通則法65条を検索し、考え始める。 「・・・この規定では・・・次のように過少申告加算税を計算することになるのでは・・・」 そう言うと、浅田調査官は、罫紙の上に図を描き始める。 「・・・しかし、令和4年度税制改正が導入されると、更に、10%(50万円)が加重されることになりますから、過少申告加算税の額は、110万円になる・・・これって、納税者には重いペナルティーになりますね・・・この法律は、令和6年1月1日以後に法定申告期限等が到来する国税から適用されますから、まだ時間はありますが・・・」 浅田調査官は、グラスに残っているビールを飲み干すと、腕時計を見ながら、「そろそろ帰りましょうか」と中尾統括官に告げる。 (つづく)
《速報解説》 会計士協会、法人税等会計基準等の改正案を受け、 「外貨建取引等の会計処理に関する実務指針」を含む5つの公開草案を公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年3月30日、日本公認会計士協会は、次の公開草案を公表し、意見募集を行っている。 これは、同日、企業会計基準委員会が公表した企業会計基準公開草案第71号(企業会計基準第27号の改正案)「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準(案)」等を受けたものである。 意見募集期間は2022年6月8日までである。 文中、意見に関する部分は私見であることを申し添える。 Ⅱ 税金費用の計上区分(その他の包括利益に対する課税) 企業会計基準委員会の公開草案では、原則的な方法として、当事業年度の所得に対する法人税、住民税及び事業税等を、その発生源泉となる取引等に応じて、損益、株主資本及びその他の包括利益に区分して計上することが提案されている(法人税等会計基準改正案5項、5-2項)。 そのため、外貨建取引等実務指針等の改正(案)では、株主資本及びその他の包括利益の各項目(評価差額及び繰延ヘッジ損益等)について、従来の繰延税金資産又は繰延税金負債に対応する額を控除した金額を計上することに加えて、各項目に対して課税された法人税等の額についても控除した金額を計上することとする。 Ⅲ グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等の売却に係る税効果 企業会計基準委員会の公開草案では、グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等の売却に係る税効果の取扱いについて、連結財務諸表上のみ、売却時に税金費用を計上しないようにすることが提案されている。 そのため、持分法適用会社における留保利益、のれんの償却額、負ののれんの処理額及び欠損金について、税務上の要件を満たし、課税所得計算において売却損益を繰り延べる場合(法人税法61条の11)に該当する当該持分法適用会社の株式売却の意思決定を行った場合には、税効果を認識しないようにする。 Ⅳ 適用時期等 改正後の「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(企業会計基準第27号)等を適用する連結会計年度及び事業年度から適用することを予定している。 (了)
《速報解説》 ASBJが「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」等の改正案を公表 ~税金費用の計上区分及びグループ法人税制適用の場合の子会社株式等の売却に係る税効果の取扱いを示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年3月30日、企業会計基準委員会は、次の公開草案を公表し、意見募集を行っている。 これは、次の2つの論点についての取扱いを示すものである。 意見募集期間は2022年6月8日までである。 なお、上記の公開草案を受けて、日本公認会計士協会の実務指針等を改正する公開草案も公表されている。 文中、意見に関する部分は私見であることを申し添える。 Ⅱ 税金費用の計上区分(その他の包括利益に対する課税) 1 概要 その他の包括利益に計上された取引又は事象が課税所得計算上の益金又は損金に算入され、法人税、住民税及び事業税等が課される場合がある。 公開草案は、その他の包括利益に対して課される法人税、住民税及び事業税等のほか、株主資本に対して課される法人税、住民税及び事業税等も含めて、所得に対する法人税、住民税及び事業税等の計上区分について見直しを行うものである。 2 その他の包括利益に対して課税されるケース 公開草案の対象となるものとして、例えば、次のようなケースが考えられる。 なお、株主資本に対して課税される場合については、すでに「税効果会計に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第28号)等において規定されており、⑤の場合を除いて、公開草案による影響はない。 3 会計処理の見直し 原則的な方法として、当事業年度の所得に対する法人税、住民税及び事業税等を、その発生源泉となる取引等に応じて、損益、株主資本及びその他の包括利益に区分して計上する(法人税等会計基準改正案5項、5-2項)。 例外的な方法として、課税の対象となった取引等が、損益に加えて、株主資本又はその他の包括利益に関連しており、かつ、株主資本又はその他の包括利益に対して課された法人税、住民税及び事業税等の金額を算定することが困難である場合には、当該税額を損益に計上することができる(法人税等会計基準改正案5-3項(2))。 これに該当する取引として、公開草案では、退職給付に関する取引が想定されている。 また、重要性が乏しい場合の取扱いとして、損益に計上されない当事業年度の所得に対する法人税、住民税及び事業税等の金額に重要性が乏しい場合には、当該法人税、住民税及び事業税等を当期の損益に計上することができることとする(法人税等会計基準改正案5-3項(1))。 4 株主資本及びその他の包括利益に計上する金額の算定に関する取扱い 株主資本及びその他の包括利益に計上する金額の算定に関する取扱いとして、次のことを規定する(法人税等会計基準改正案5-4項)。 税効果適用指針28項では、子会社に対する投資を一部売却した後も親会社と子会社の支配関係が継続している場合において、親会社の持分変動による差額として計上される資本剰余金から控除する法人税等相当額は、売却元の課税所得や税金の納付額にかかわらず、原則として、親会社の持分変動による差額に法定実効税率を乗じて計算すると規定されている(法人税等会計基準改正案29-8項)。 公開草案は、実務上の配慮は、税効果適用指針で定める取引以外についても同様に必要になると考えられることなどから、上記の規定を提案している。 5 その他の包括利益の組替調整に関する取扱い その他の包括利益の組替調整(リサイクリング)に関する取扱いとして、次のことを規定する(法人税等会計基準改正案5-5項)。 6 関連する繰延税金資産又は繰延税金負債を計上していた場合の取扱い 税効果適用指針30項における、親会社の持分変動による差額に係る連結財務諸表固有の一時差異について、資本剰余金を相手勘定として繰延税金資産又は繰延税金負債を計上していた場合で、当該子会社に対する投資を売却し、一時差異が解消した際の繰延税金資産又は繰延税金負債の取崩しについては、資本剰余金を相手勘定として取り崩す(税効果適用指針改正案9項(3)、30項、31項)。 7 その他の包括利益の開示に関する取扱い 「包括利益の表示に関する会計基準」(企業会計基準第25号)8項における、その他の包括利益の内訳項目から控除する「税効果の金額」及び注記する「税効果の金額」について、「税金費用(法人税その他利益に関連する金額を課税標準とする税金及びそれらに関する税効果の金額をいう。)の金額」に改正する(包括利益会計基準改正案8項)。 Ⅲ グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等の売却に係る税効果 グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等の売却(連結会社間における子会社株式等の売却に伴い生じた売却損益について、税務上の要件を満たし課税所得計算において当該売却損益を繰り延べる場合(法人税法61条の11))に係る税効果の取扱いについて、以下に述べるように改正する。 なお、公開草案の規定する会計処理が適用されるのは、100%子会社を所有する親会社の連結財務諸表において、その100%子会社同士あるいは当該親会社とその100%子会社との間で、当該親会社あるいはその100%子会社が所有する子会社株式等を売却し、当該売却に伴い生じた売却損益について、グループ法人税制が適用される場合である。 1 連結会社間における子会社株式等の売却に伴い生じた売却損益を税務上繰り延べる場合の連結財務諸表における取扱い及び子会社に対する投資に係る連結財務諸表固有の一時差異の取扱い 連結会社間における子会社株式等の売却に伴い生じた売却損益について、税務上の要件を満たし課税所得計算において当該売却損益を繰り延べる場合(法人税法61条の11)、連結財務諸表において次の処理を行う(税効果適用指針改正案39項、143項、143-2項、22項、23項、105-2項、106-2項)。 2 連結会社間における子会社株式等の売却に伴い生じた売却損益を税務上繰り延べる場合の個別財務諸表における取扱い 連結会社間における子会社株式等の売却に伴い生じた売却損益について、税務上の要件を満たし課税所得計算において当該売却損益を繰り延べる場合(法人税法61条の11)、当該子会社株式等を売却した企業の個別財務諸表における処理については、現行の税効果適用指針17項の取扱い(当該売却損益に係る一時差異について、税効果適用指針8項及び9項に従って繰延税金資産又は繰延税金負債を計上する)を見直さない(税効果適用指針改正案143-2項)。 Ⅳ 適用時期等 2024年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する。 ただし、2023年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができる。 なお、会計方針の変更に関する取扱いに注意する。 グループ法人税制が適用される場合の子会社株式等の売却に係る税効果については、遡及適用が困難となる可能性は低いと考えられるため、特段の経過的な規定を設けない予定である。 (了)
《速報解説》 令和4年度税制改正に係る 「所得税法等の一部を改正する法律」が 3月31日付官報:特別号外第37号にて公布 ~施行日は原則4月1日~ Profession Journal編集部 令和4年度税制改正関連法が3月22日(火)の参議院本会議で可決・成立し、3月31日(木)の官報特別号外第37号にて「所得税法等の一部を改正する法律」が公布された(法律第4号)。施行日は原則令和4年4月1日(法附則第1条)。地方税関係の改正法である「地方税法等の一部を改正する法律」も官報同号にて公布されている(法律第1号)。 なお今年度改正では、予想されていた抜本的な制度改正は見送られ、成長と分配の好循環の実現に向けた賃上げ税制の抜本的見直しや過去に会計検査院から指摘を受けた事項への手当として、住宅借入金等特別控除制度の見直しや企業の事務負担等軽減を目的に、完全子会社株式等(株式保有割合100%)の配当に係る源泉徴収を行わない(所得税を課さない)こととする等の措置のほか、明日(4月1日)より制度開始となるグループ通算制度の投資簿価修正に関する見直しなど、整備を中心とした改正が実現する。 * * * 以下では主な法律、政令、省令等の官報該当ページへのリンクを紹介する。 なお本誌では例年同様、主要な改正事項については毎週木曜日公開号において、専門家による解説記事を順次掲載するとともに、各府省庁・主な団体等より公表された令和4年度税制改正関連の情報については「令和4年度税制改正に関する《資料リンク集》」及び「新着情報」を随時更新していくので、そちらを併せて参照いただきたい。 また、税制改正大綱を受けた主な改正情報については、すでに本誌掲載済みの「令和4年度税制改正大綱」に関する《速報解説》 をご覧いただきたい。 官報:令和4年3月31日付(特別号外第37号)で公布された主な税制改正関連法令 法令のあらまし ◆所得税法等の一部を改正する法律 附則:施行期日・経過措置など 所得税法の一部改正(第1条関係) 所得税法施行令の一部を改正する政令 所得税法施行規則の一部を改正する省令 法人税法の一部改正(第2条関係) 法人税法施行令等の一部を改正する政令 法人税法施行規則等の一部を改正する省令 所得税法等の一部を改正する法律(令和2年法律第8号)附則第14条第2項の規定によりなおその効力を有するものとされる同法第3条の規定による改正前の法人税法の一部改正(第3条関係) 地方法人税法の一部改正(第4条関係) 地方法人税法施行規則の一部を改正する省令 相続税法の一部改正(第5条関係) 相続税法施行規則の一部を改正する省令 登録免許税法の一部改正(第6条関係) 登録免許税法施行令の一部を改正する政令 登録免許税法施行規則の一部を改正する省令 消費税法の一部改正(第7条関係) 消費税法施行令等の一部を改正する政令 消費税法施行規則等の一部を改正する省令 自動車重量税法の一部改正(第8条関係) 自動車重量税法施行令の一部を改正する政令 自動車重量税法施行規則の一部を改正する省令 国税通則法の一部改正(第9条関係) 国税通則法施行令等の一部を改正する政令 国税通則法施行規則及び国税収納金整理資金事務取扱規則の一部を改正する省令 所得税法等の一部を改正する法律(令和2年法律第8号)附則第14条第2項の規定によりなおその効力を有するものとされる同法第13条の規定による改正前の国税通則法の一部改正(第10条関係) 租税特別措置法の一部改正(第11条関係) ・所得税関係 ・法人税関係 ・相続税関係 ・地価税関係 ・登録免許税関係 ・消費税関係 ・酒税関係 ・たばこ税関係 ・揮発油税・地方揮発油税関係 ・石油石炭税関係 ・航空燃料税関係 ・自動車重量税関係 ・国際観光旅客税関係 ・印紙税関係 ・利子税等関係 租税特別措置法施行令等の一部を改正する政令(附則) ・所得税関係 ・法人税関係 ・相続税関係 ・地価税関係 ・登録免許税関係 ・消費税等関係 租税特別措置法施行規則等の一部を改正する省令(附則) ・所得税関係 ・法人税関係 ・相続税関係 ・地価税関係 ・登録免許税関係 ・消費税等関係 ・延滞税関係 所得税法等の一部を改正する法律(令和2年法律第8号)附則第14条第2項の規定によりなおその効力を有するものとされる同法第16条の規定による改正前の租税特別措置法の一部改正(第12条関係) 税理士法の一部改正(第13条関係) 税理士法施行令及び国税審議会令の一部を改正する政令 税理士法施行規則の一部を改正する省令 輸入品に対する内国消費税の徴収等に関する法律の一部改正(第14条関係) 輸入品に対する内国消費税の徴収等に関する法律施行令の一部を改正する政令 輸入品に対する内国消費税の徴収等に関する法律施行規則等の一部を改正する省令 外国居住者等の所得に対する相互主義による所得税等の非課税等に関する法律の一部改正(第15条関係) 租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の一部改正(第16条関係) 租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律施行令の一部を改正する政令 租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令の一部を改正する省令 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律の一部改正(第17条関係) 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行令の一部を改正する政令 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行規則の一部を改正する省令 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律の一部改正(第18条関係) 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律施行令等の一部を改正する政令 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律施行規則等の一部を改正する省令 新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律の一部改正(第19条関係) 新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律施行令の一部を改正する政令 新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律施行規則の一部を改正する省令 所得税法等の一部を改正する法律(平成28年法律第15号)の一部改正(第20条関係) 酒税法施行令の一部を改正する政令 酒税法施行規則の一部を改正する省令 たばこ税法施行令の一部を改正する政令 揮発油税法施行令の一部を改正する政令 石油ガス税法施行令の一部を改正する政令 石油石炭税法施行令の一部を改正する政令 自動車重量税法施行令の一部を改正する政令 自動車重量税法施行規則の一部を改正する省令 災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律の施行に関する政令の一部を改正する政令 沖縄の復帰に伴う国税関係法令の適用の特別措置等に関する政令の一部を改正する政令 沖縄の復帰に伴う国税関係法令の適用の特別措置等に関する省令の一部を改正する省令 租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律施行令の一部を改正する政令 租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令の一部を改正する省令 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行令の一部を改正する政令 内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行規則の一部を改正する省令 租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律施行令の一部を改正する政令 租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律施行規則の一部を改正する省令 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律施行令等の一部を改正する政令 東日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律施行規則等の一部を改正する省令 復興特別所得税に関する政令の一部を改正する政令 法人税法施行令等の一部を改正する政令の一部を改正する政令 法人税法施行規則等の一部を改正する省令の一部を改正する省令 電子情報処理組織を使用して処理する場合における国税等の徴収関係事務等の取扱いの特例に関する省令及び税関関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令の一部を改正する省令 国税徴収法施行規則の一部を改正する省令 電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律施行規則の一部を改正する省令 国税質問検査章規則の一部を改正する省令 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令の一部を改正する省令 地方税法等の一部を改正する法律 ( 附 則 ) ・1条関係 ・2条関係 地方税法施行令等の一部を改正する政令(一三三) 地方税法施行規則等の一部を改正する省令(総務二七) ▷その他の主な関係法令・告示 中小企業等経営強化法施行規則の一部を改正する省令 地方税法施行規則第三条の三の二第三項、第五条の二第三項、第十条第五項、第十条の二の八第三項及び第二十四条の三十九第三項に規定する情報通信の技術の利用における安全性及び信頼性を確保するために必要な基準の一部を改正する件 特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律第二十八条の規定に基づく特定高度情報通信技術活用システムの適切な提供及び維持管理並びに早期の普及に特に資するものとして経済産業大臣及び総務大臣が定める基準の一部を改正する告示 特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律第二十八条の規定に基づく特定高度情報通信技術活用システムを構成する上で重要な役割を果たすものとして経済産業大臣及び総務大臣が定めるものの一部を改正する告示 特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律第二十八条の規定に基づく主務大臣の確認に関する手続の一部を改正する告示 法人税法施行規則第五十九条第三項(同令第二十六条の三第二項、第六十二条及び第六十七条第三項において準用する場合を含む。)の規定に基づき、法人税法施行規則第八条の三の十第三項(同令第二十六条の三第四項及び第三十七条の三の二第三項において準用する場合を含む。)及び第五十九条第三項(同令第二十六条の三第三項、第二十六条の五第二項、第三十七条の三の二第四項、第六十二条及び第六十七条第三項において準用する場合を含む。)に規定する保存の方法を定める件の一部を改正する件 登録免許税法別表第二独立行政法人の項の規定に基づき、自己のために受ける登記等につき登録免許税を課さない独立行政法人を指定する件及び登録免許税法別表第三の十九の二の項の規定に基づき、自己のために受ける登記等につき登録免許税を課さない独立行政法人等を指定する件の一部を改正する件 国税庁長官の権限に属する事務の一部を国税局長及び税務署長に取り扱わせる件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第一項第二号に規定する国税庁長官が定める者を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第三項第四号に規定する国税庁長官が定める添付書面等を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第四項、法人税法施行規則第三十六条の三の二第六項及び第三十七条の十五の二第六項、地方法人税法施行規則第八条第六項並びに消費税法施行規則第二十三条の四第五項の規定に基づき国税庁長官が定めるファイル形式を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第三項第三号に規定する国税庁長官が定める添付書面等及び国税庁長官が定めるものを定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第五項に規定する国税庁長官が定める添付書面等を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条の二第一項に規定する国税庁長官が定める申請等を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条の二第一項に規定する国税庁長官の定める基準を定める件の一部を改正する件 国税関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する省令第五条第一項第二号に規定する国税庁長官が定める措置を定める件 租税特別措置法施行規則第二十一条第一項等に規定する経済産業大臣の認定に関する手続き等の一部を改正する告示 租税特別措置法第四十一条の十九の三第十項第一号に掲げる工事が行われた家屋と一体となって効用を果たす太陽光の利用に資する設備として経済産業大臣が財務大臣と協議して指定する設備に係る告示の一部を改正する告示 地方税法施行規則第三条の二の十九第一項の規定に基づき、平成三十年国土交通省告示第九百十三号の一部を改正する告示 地方税法施行規則の一部を改正する省令の施行に伴い、令和二年国土交通省告示第八百五十号の一部を改正する告示を定める件 地方税法施行規則の規定に基づく国土交通大臣が総務大臣と協議して定める書類を定めた告示の一部を改正する件 地方税法施行規則附則第六条第八十項及び第八十一項の規定に基づき、国土交通大臣が総務大臣と協議して定める書類を定める件 租税特別措置法施行規則第十八条の二十一第八項第一号チの規定に基づく書類を定める件 租税特別措置法施行規則第十八条の二十一第十八項の規定に基づく書類を定める件 租税特別措置法施行規則第十八条の二十一第十六項の規定に基づく書類及び同条第十七項の規定に基づく書類を定める件 租税特別措置法施行令第二十六条第二十三項の規定に基づく基準及び同条第二十四項の規定に基づく基準を定める件 (了)
2022年3月31日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.463を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第12回】 「借用概念論の伝統的・本来的意義とその形式的外縁」 -サプリメント購入費医療費控除事件・東京高判平成27年11月26日訟月62巻9号1616頁- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 本連載では、基本的には、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)の叙述の順に従って、それぞれの箇所で取り上げている「税法基本判例」を順次検討していくことにしているが(第1回Ⅰ参照)、今回は、借用概念論(上掲拙著【50】以下参照)に関して特にその議論の射程を検討しておきたい。 今回取り上げる判例は、サプリメント購入費医療費控除事件・東京高判平成27年11月26日訟月62巻9号1616頁(以下「本判決」という)である。本判決は、まず、原審・東京地判平成27年5月12日訟月62巻9号1640頁の次の判示(以下「判示①」という。下線筆者)を引用している。 この判示①は、他の(本来の)法分野からの概念の借用という枠組み(以下「概念借用枠組み」という)を前提にして、税法上の概念の解釈を行っているが、この点に着目すれば、借用概念論に基づく判断を示したものといってよいのかもしれない。 Ⅱ 借用概念論の伝統的・本来的意義 もっとも、借用概念論は、学説史的には、「税法と私法」論との密接な関連において展開されてきたことに異論はなかろう(金子宏『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)386頁以下[初出・1978年]のほか、特にドイツの議論に関しては差し当たり中川一郎編『税法学体系〔全訂増補版〕』(ぎょうせい・1977年)【42】[中川一郎執筆]参照)。 「税法と私法」論は、「租税は、私的部門で生産された富の一部を国家の手に移すための手段であり、私的部門における財貨の生産と交換は私法の規律するところであるから、租税法は私法と密接な関係をもっている。」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)126頁)あるいは「課税は、私法上の行為によって現実に発生している経済効果に則してされるものであるから、第一義的には私法の適用を受ける経済取引の存在を前提として行われる」(大阪高判平成12年1月18日訟月47巻12号3767頁。大阪高判平成14年6月14日訟月49巻6号1843頁等参照)というような認識に基づき、展開されてきた議論であるが、原理的には私法関係準拠主義に基礎を置く議論であると考えられる。 私法関係準拠主義とは、私法上の行為に基づいて現実に発生している経済的成果を、私法上の法律関係によって把握する、という税法の根本規律ないし構造的規律をいう(前掲拙著【60】)。この規律は、租税国家における「税法の世界」(これの図については前掲拙著【2】、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第50回参照)では税法が自由主義という憲法の根本原理によって規律されていること(自由主義的税法であること)から導き出されると考えられる。 もっとも、私法関係準拠主義は、私法上の行為に基づいて現実に生じている経済的成果を税法が把握する場合におけるその把握の仕方に関する規律であって、立法者が課税要件を定めるに当たって私法上の概念を借用することを論理必然的に要請するものではない。とはいえ、実際の租税立法においては、立法技術上の便宜としてそのような借用が行われることが多かったし今日でも多いのは事実である。 ここに、借用概念論が税法の解釈論上の重要問題として長く議論されてきた実質的基盤が認められるのである。しかも、借用概念論は、借用概念を税法独自の概念(固有概念)と区別することによって「租税法の解釈に関する錯綜した議論を多少とも整理し、またいわゆる実質課税の原則を根拠として租税法に自由な解釈をもち込むことに対して歯止めをかけること」(金子・前掲『租税法理論の形成と解明 上巻』386頁)という、税法解釈論上の実践的な意図をもって展開されてきたものとみてよい。 そのような実践的意図は、借用概念と固有概念とで解釈の仕方に違いを認め、借用概念の解釈について統一説(私法におけると同様の意味に解釈すべきであるとする見解)を支持すること(わが国における通説・判例。前掲拙著【52】参照)によって、最もよく達成することができると考えられる。というのも、独立説(固有概念と同じく税法独自の意味に解釈すべきであるとする見解)は勿論、目的適合説(固有概念と同じく目的論的解釈を貫徹すべきであるとする見解)においても、税法の法文・文言から離れた、実質主義による場合と同じ自由な解釈(前掲拙著【42】、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第6回参照)が行われるおそれがあるのに対して、統一説においては、私法におけると同様の意味に解釈することによって、税法独自の意味での解釈や目的論的解釈を排除し、もって実質主義による場合と同じ自由な解釈の余地をなくすことができるからである。 借用概念論を検討するに当たっては、以上で述べたような借用概念論の伝統的・本来的な意義を忘れてはならないと考えるところである。 Ⅲ 借用概念論の形式的外縁 これに対して、近時は、税法が他の(本来の)法分野といっても私法ではなく行政規制法令から概念を借用すること(「行政規制法令からの借用概念」)が借用概念論において議論される場合が、増えてきているように思われる(この点については、佐藤英明『スタンダード所得税法〔第3版〕』(弘文堂・2022年)513頁以下のほか金子・前掲『租税法』126頁注7参照)。 本判決の前掲判示①(原審判決引用判示)もそのような場合の1つといってよかろう。ただ、本判決はその判示①に続けて次のとおり判示している(以下「判示②」という。下線筆者)。 この判示②も判示①と同じく、所得税法上の医療費控除制度にいう「医薬品」(73条2項)の概念が薬事法2条1項の「医薬品」の概念を借用したものであるという枠組み(概念借用枠組み)を前提としてはいるが、しかし、判示②それ自体は、借用概念論の前記の実践的な意図に基づくものといえないし、そもそもそのような意図を「医薬品」の解釈において問題にすらしていない。 換言すれば、本判決は、判示②において薬事法の趣旨・目的と所得税法上の医療費控除制度の趣旨・目的との違いから「医薬品」の意義及び範囲に「自ずから違いがある」と判示していることからすると、両法分野における目的論的解釈によってそれぞれの分野における「医薬品」の意義及び範囲を明らかにしたものであって、伝統的・本来的な意義での借用概念論の射程内にある判決とはいえない。 このようにみてくると、本判決の概念借用枠組みについては、「それを『借用』と呼ぶかどうかは表現の問題でしかない」(佐藤・前掲書515頁)といわざるを得ないであろう。本判決はせいぜい借用概念論の形式的外縁に位置づけることができるにすぎないと考えるところである(前掲拙著【52】参照)。 なお、本判決は、判示②において「同法[=薬事法]の医薬品の定義に該当し、同法の規制の対象となるべきものでありながら、正当な理由なく同法の規制を免れているものの購入費用」について、「そもそも医療費控除制度が控除の対象として予定する通常必要と認められるものに当たらないと解するのが相当」とする判断の根拠として「社会通念」を援用しているが、この判示は、次回取り上げる判例(最判昭和35年10月7日民集14巻12号2420頁)が次のとおり判示して(下線筆者)違法配当も所得税法上の利益配当に含まれると判断するに当たって、「取引社会における利益配当の観念」(一種の社会通念)を援用したのと同じく、税法の解釈における「社会通念」の意義・位置づけを検討する上で興味深いものである。ここでは、この点を指摘するにとどめておく。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、借用概念論の実践的な意図ないし伝統的・本来的意義が、「税法と私法」論との密接な関連において私法からの借用概念の解釈を、実質主義による自由な解釈から遮断することにあったことを確認した上で、行政規制法令からの概念借用枠組みはそのような伝統的・本来的な借用概念論との関係ではその形式的外縁にあるとはいえ実質的にはその射程外にあることを、本判決を素材にして明らかにした。本判決からは、税法の解釈において概念借用枠組みそれ自体は特別な意味をもたないということを学ぶべきであろう。 最後に、税法の解釈において時折みられる概念借用枠組みの「独り歩き」は、特別な意味をもたないだけでなく、文理解釈を基本とする厳格な解釈の要請(第4回Ⅰ、第6回Ⅲ1、第7回1のほか前掲拙著【44】参照)に反する結果をもたらす場合もあることを指摘しておきたい。 例えば、建築基準法上の「改築」は、通常の意味における「改築」と比較して、狭い意味で用いられているが、租税特別措置法にいう「改築」の意味について、この用語が建築基準法上用いられていることを理由にして、これを「建築基準法の『改築』からの借用概念」として概念借用枠組みの中で捉え建築基準法の「改築」と同義に解すべきであるとすると、このような概念借用枠組みに基づく解釈は、実質的には、「改築」という用語の縮小解釈に帰結するが故に、文理解釈を基本とする厳格な解釈の要請に反し、許されないと考えられる(東京高判平成14年2月28日訟月48巻12号3016頁、前掲拙著【53】参照)。 (了)