2022年5月6日(金)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.468を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.112- 「米国の超富裕層課税が示唆するもの」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 米国バイデン大統領は、今年3月に米予算教書の中で、「超富裕層課税」を提案した(※)。米国の場合、議会に立法権限・予算策定権があるので、この提案が実現するかどうかは今後の議会の動向次第ということになる。 (※) Budget of the United States Government, Fiscal Year 2023 概要は以下のとおりである。 最大の注目点は、未実現資産(株式等)を時価評価してその益に課税するという点である。「2021年に米国のTop 700の富裕層の資産は1兆ドル以上増加したが、実現・未実現の総所得に対しては、わずか8%の税しか負担していない。これは、教員や消防士の税負担の半分以下である」(ホワイトハウス ファクトシート)ことが導入の理由となっている。 * * * なぜそのようなことが起きるのだろうか。 フランスの経済学者ピケティが言うように、資本収益率(r)が経済成長率(g)を上回る結果、資本を多く持つ富裕層は、所得税が課せられても、再投資によって富を雪だるま式に増やしていく。 資産が毎年5%の収益(資産所得)を生み出すとして、そこに40%の所得税をかけた場合、税引き後の投資収益率は「5% ×(1-0.4)=3%」となり、資産そのものは増え続けるのである。 一方勤労所得の方は経済成長並みの伸びなので、双方の格差はますます拡大する。 実例を挙げれば、米国有数の金持ちであるバフェット氏の資産は、自身の投資会社バークシャー・ハサウェイの株式である。同社は配当は一切支払わず、投資利益は有望会社に再投資されるので、株式価値は上がり富は増え続けるが、保有している限り「所得」は実現していないので、課税されない。 これを「是正」するには、いまだ実現していない富に課税することが必要だ、というのがバイデン大統領提案である。富・資産の値上がり(含み益)に対して課税できないことは、所得税のアキレス腱と呼ばれてきたが、富・資産を時価評価して課税すれば対応できるというわけだ。 * * * これは極端に所得・資産格差のある米国特有の考え方なのか、それともr>gの世界への対応として先進諸国にも受け入れられる考え方なのか。 わが国では、資産性所得課税が議論になっているが、それだけでは格差への対応は十分ではないという米国流の考え方は、今後わが国の税制議論に少なからず影響を与えるであろう。 (了)
〔令和4年度税制改正における〕 少額減価償却資産の取得価額の損金算入制度等の見直し 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 令和4年度税制改正では、課税の適正化の観点から、少額減価償却資産の取得価額の損金算入制度等について改正が行われた。本稿では、その背景を含め、改正内容について解説する。 1 改正前の制度の概要 改正の対象となった制度としては下記(1)から(3)の3種類となる。 (1) 少額の減価償却資産の取得価額の損金算入制度(法令133) 事業の用に供した減価償却資産で、使用可能期間が1年未満であるもの又は取得価額が10万円未満であるものにつき、事業供用年度において損金経理をしたときは、その損金経理をした金額は、損金の額に算入される。 (2) 一括償却資産の損金算入制度(法令133の2) 減価償却資産で取得価額が20万円未満であるものを事業供用し、その全部又は特定の一部を一括したもの(一括償却資産)の取得価額の合計額(一括償却対象額)をその事業年度以後の各事業年度の費用の額とする方法を選定したときは、損金の額に算入する金額は、損金経理をした金額のうち、次に掲げる算式で計算された金額に達するまでの金額とされる。 (3) 中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入制度(措法67の5) 中小企業者等が事業供用した減価償却資産で、その取得価額が30万円未満であるもの(少額減価償却資産)を有する場合に、その取得価額相当額を事業供用年度に損金経理をしたときは、その損金経理をした金額は、損金の額に算入される(ただし、年300万円が限度とされる)。 2 改正の背景 当期の利益を圧縮する目的として、自ら行う事業で使用しない少額な資産を大量に取得し、その取得した資産を貸付けの用に供することにより、上記制度を適用して当期の損金に算入し、賃貸料・売却益を当期以後の複数年度の益金に算入することとする損金と益金の計上時期の相違を利用した節税スキーム(※)が見受けられ、近年増加傾向にあった(具体的には、建設用足場、ドローン、LED照明などの資産が用いられていたようである)。 (※) 税務上、売買取引とならないリース契約(オペレーティングリース契約)を締結し、リース賃貸料における回収額と貸付期間終了後の資産の売却益とを合わせた額が、資産の取得価額と同額程度となるスキーム。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 3 改正内容 (1) 概要 上記制度の対象となる資産から貸付け(主要な事業として行われるものを除く)の用に供した資産が除外される(中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例は、適用期限が2年延長され、令和6年3月31日までとされる)。 改正の対象となった取引は、上記改正の背景に記載した通り、自社で使用しない少額な資産を大量に取得し、これを貸し付けるスキームであったため、適用対象資産から貸付けの用に供した資産が除外されることとなった。 (2) 主要な事業として行われる貸付け ただし、他者への貸付けを本業とする場合に改正内容が及ばないようにするため、主要な事業として貸付けが行われる場合が除外されている点に留意が必要である。 次に掲げる貸付けは、主要な事業として行われる貸付けに該当するとされる(法規27の17 ①)。 (※1) 「特定関係」とは、次のいずれかの関係をいう。 ア 一の者が法人の事業の経営に参加し、事業を実質的に支配し、又は株式若しくは出資を有する場合における当該一の者と法人との間の関係(当事者間の関係) イ 一の者との間に当事者間の関係がある法人相互の関係 ウ その他これらに準ずる関係 (※2) 「経営資源」とは、事業の用に供される設備(その貸付けの用に供する資産を除く)、事業に関する従業者の有する技能又は知識(租税に関するものを除く)その他これらに準ずるものをいう。 なお、資産の貸付け後に譲渡人(※3)その他の者が当該資産を買い取り、又は当該資産を第三者に買い取らせることをあっせんする旨の契約が締結されている場合(※4)における当該貸付けは、主要な事業として行われる貸付けに該当しないものとされる(法規27の17②)。 (※3) 「譲渡人」とは、当該内国法人に対して当該資産を譲渡した者をいう。 (※4) 当該貸付けの対価の額及び当該資産の買取りの対価の額の合計額が、当該内国法人の当該資産の取得価額のおおむね90%に相当する金額を超える場合に限る。 ちなみに、主要な事業として行われる貸付けに該当する貸付けの具体例は主に次のとおりである。 (3) 適用時期 上記の改正内容は、令和4年4月1日以後に取得等するものから適用されている。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例41】 「ゴルフ場の運営会社に営業権を譲渡した場合の寄附金該当性」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、中部地方のとある地方都市において、精密機械の製造・販売業を営む株式会社Aにおいて総務課長を務めております。わが社が製造販売している精密機械は、かつてはわが国の製品が全世界を席巻していましたが、2000年代以降、研究開発活動にいくら注力しても中国等の新興国の安価で高性能な製品に後れを取って、毎年のようにマーケットシェアを落としています。そのため、わが社は何とか利益を確保しようと度重なるリストラを行い、これ以上の人員削減は限界という域にまで達していますが、近年では営業利益を辛うじて確保するのがやっとという有様です。 わが社もかつては比較的余裕があり、取引銀行のアドバイスに基づく余剰資金の効率的な運用の一環で、ゴルフ場の経営(運営は子会社B社)を行っていました。ゴルフ場の経営は先代社長の趣味という側面もありましたが、プロゴルフトーナメントも開催される名門コースとして高い評価を受けていたことも事実です。 しかし、経営状況が悪化する中で、バランスシートの全面的な見直しを求められたことから、わが社の象徴的な存在であったこのゴルフ場も手放すこととなりました。その方法としては、わが社が新設分割の方法により子会社Cを設立し、当該C社にゴルフ場の運営に必要な全財産を譲渡した上で、東海地方で多数のゴルフ場を経営するD株式会社にC社の株式を時価20億円で譲渡するという手法を用いています。 また、当該ゴルフ場の譲渡に伴い、わが社はこれまでゴルフ場の運営を委託していたB社に対し、営業権の対価として10億円を支払いました。株式の譲渡価格及び営業権の価格は、いずれも外部の専門家に評価を依頼して算定してもらった金額であり、恣意性は全くありません。 〇 ゴルフ場の譲渡に関する取引図 ところが先日受けた税務調査で、B社に対する営業権の譲渡及びその対価の支払いにつき、国税局の調査官から問題があるとの指摘を受けました。すなわち、B社が保有するゴルフ場の営業権なるものは存在せず、その対価の支払いには根拠がないため、B社に対する寄附金であるとのことです。わが社としては、外部の専門家に依頼して評価してもらった営業権であるため、経済的価値があると判断し、その対価を支払ったもので、調査官の指摘を承服することはできません。法人税法上はどのように解するのが妥当なのか、教えてください。 【A】 譲渡したゴルフ場につき営業権が生じていたかどうか、またそれが生じていた場合にその評価額をどうするかについては、当該ゴルフ場の損益の状況、将来生み出すと見込まれるキャッシュフローの状況、営業活動の状況、ゴルフ場に係る事業用資産の状況、事業運営の状況といった事項を総合的に勘案して判断すべきもので、外部の専門家が評価を担当したからといって、必ずしも当該評価額をそのまま法人税法上も妥当な価額であるとして容認するわけにはいかないものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 低額譲渡と適正所得算出説 法人税法第22条第2項は、資産の無償譲渡、役務の提供その他の無償取引に係る収益も益金に算入する旨を定めている。したがって、資産の無償譲渡の場合にはその時価相当額が、無利息融資の場合には通常の利息相当額が益金に算入されることとなる(※1)。ここでいう「無償」とは、一般に、単に対価がないケースばかりでなく、通常の対価(時価と考えられる)よりも低い対価で取引を行ったケース(低額譲渡)も該当する(※2)と解されている。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)346頁。 (※2) 法人税法第22条第2項の条文上は明らかではないが、同法第22条の2第4項では益金の額に算入すべき金額を「通常得べき対価の額に相当する金額」としている。 低額譲渡の場合、実際の取引価額のみならず、通常の対価と実際の取引価額との差額についても、譲渡者において益金に算入することとなる(適正所得算出説、最高裁平成7年12月19日判決・民集49巻10号3121頁)。 これを具体的な例(Eが取得原価50、時価100の資産をFに対して50で譲渡する)で示すと以下の通りで、Eが計上すべき益金は、取引価額50に加え時価と取引価額との差額50(=100-50)の合計100となる。 〇 低額譲渡の図 また、上記の例では、資産を譲渡したEが益金100を計上すると同時に、その取得原価50が売上原価となり損金に算入され、かつ、時価と取引価額との差額50がFに対する贈与(経済的価値の移転)となり、寄附金として損金に算入される(一般の寄附金の損金算入限度額の適用を受ける、法法37①⑦、法令73①一)。 もっとも、適正所得算出説の立場からは、寄附金の金額につき損金算入限度額の規定がある故に、法人の置かれた状況(限度額の余裕枠の有無)により損金算入・不算入額に差異が生じるという不合理があるので、国内取引に関しても移転価格税制に類似する制度によってこの不合理を解消すべきという主張もあることに留意すべきであろう(※3)。 (※3) 金子前掲(※1)348-349頁。 (2) 低額譲受と受贈益 一方、譲受人であるFにおいては、時価と取引価額との差額50を受贈益として益金に算入されることとなる。これは、無償の経済的価値の流入が広く益金に含まれると解すべきという立場に基づく理解(※4)であるが、問題は、この取扱いを法人税法の条文上どのように読み取るのかという点である。すなわち、法人税法第22条第2項は「益金の額に算入すべき金額は、(中略)無償による資産の譲受けその他の取引で」となっており、有償取引と考えられる低額譲受が「無償による資産の譲受け」に該当するのか疑念が生じ得るのである。 (※4) 金子前掲(※1)347頁。 裁判例(東京高裁平成28年4月21日判決・税資266号順号12848)では、低額譲受の場合であっても「譲受けの時点において、資産の適正な価額相当額の経済的価値の実現が認められることは無償譲受けの場合と同様であるから、この価値を収益としてその額を益金の額に算入すべきである」としており、この裁判例は法人税法第22条第2項の規定のうち「その他の取引」に低額譲受が該当し、譲受人において受贈益を計上するという立場を採っていると解されている(※5)。 (※5) 渡辺徹也『スタンダード法人税法(第2版)』(弘文堂・2019年)85頁。 (3) 営業権の対価の寄附金該当性が争われた裁判例 次に、本件と同様に、ゴルフ場の譲渡に伴い営業権の対価を支払った場合の寄附金該当性が争われた裁判例(名古屋地裁平成27年3月5日判決・税資265号順号12620、TAINSコード:Z265-12620)があるので、以下で確認していきたい。 ① 事案の概要 本件は、第1に、ゴルフ場、スポーツ施設の設計、施工及びその経営等を目的として昭和61年7月18日に設立された原告A株式会社が、平成20年4月1日から平成21年3月31日までの事業年度の法人税及び平成20年4月1日から平成21年3月31日までの課税期間の消費税・地方消費税についてそれぞれ確定申告をしたところ、鈴鹿税務署長から、これら確定申告には原告で生コンクリートの製造・販売等を目的として昭和59年11月28日に設立された株式会社Bに対する寄附金を営業権の対価であるなどとして過剰に損金算入した違法があることなどを理由として、平成23年5月24日付けで、法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分並びに消費税等の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたため、これらの処分の各取消しを求めた抗告訴訟である。 また、第2に、原告株式会社Bが、平成22年3月期の法人税について確定申告をしたところ、鈴鹿税務署長から、原告A株式会社から受けた寄附金に係る受贈益の計上漏れがあることなどを理由として、平成23年5月24日付けで、法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたため、これらの処分の各取消しを求めた抗告訴訟である。 原告Aは平成16年4月1日付の契約(平成16年契約)により、Bに対してゴルフ場の施設や設備を賃貸し、その運営を委託した。契約日以後Eに譲渡されるまで、ゴルフ場の利用料金等はBの売上として計上され、ゴルフ場の維持管理に必要な費用もBが支出した。 その後原告Aは当該ゴルフ場をゴルフ場の所有・運営を事業目的とするEに譲渡することとした。その際Aは、平成20年10月1日付で新設分割により子会社Fを設立して、当該子会社Fにゴルフ場に係る土地や事業用資産を譲渡するとともに、Eに対してF社株式を20億5,000万円で譲渡した。これに伴い、原告Aはゴルフ場の営業権の対価として、Bに対し14億2,000万円を支払った。 ② 事案の争点 原告Aが平成20年9月1日付け契約に基づいて原告Bに支払った本件金員(合計13億5,912万6,250円で、平成20年9月1日付け契約の中で授受の対象とされた14億2,000万円から本件営業用動産の対価に相当する6,087万3,750円を控除したもの)が法人税法第37条第7項所定の寄附金に該当するか、あるいは、本件ゴルフ場の営業権その他原告Bが有していた経済的利益に対する対価として合理性を有するものであるか、というものである。 ③ 裁判所の判断 〈平成16年契約に基づきAからBへ営業権が譲渡されていたか〉 〈平成16年契約以後Bがゴルフ場を運営したことにより営業権が生じたか〉 なお、本件は納税者側が控訴せず確定している。 ④ 本裁判例から学ぶこと 通常のM&A実務においては、譲渡の対象となる資産や株式の評価は、取引当事者が適正な時価を求めて、第三者の専門家によるファイナンスの理論に基づくDCF法等を用いて理論的かつ厳密に行われる。本件におけるEによるDCF法がどれほどの精緻な手法によってなされたかは、判決文からだけでは判断がつかないが、営業状況が芳しくなく収益性が乏しいゴルフ場の場合、そこで用いられる事業用資産の価値を上回る営業権を主張することは非常に困難であろう。 そもそも、市場価格のない譲渡資産の評価額は、原則として独立の第三者によるものを用いるべきで、取引当事者であるEによる評価額は、通常採用すべきではない。したがって、本件において営業権が認められなかったことは、妥当な判断と思われる。 ただし、裁判所の営業権の評価に関する判断・認定にはやや疑問が残る。すなわち、Eが採用した、DCF法によって評価したゴルフ場の評価額に関し、「『のれん概算額』として5億3,100万円の記載」があることを指摘しているが、判決文からは、それが適切な価額といえるのかどうかについて十分検討したということを読み取ることは困難である。営業状況が芳しくないことから営業権(のれん)が生じる余地がないと決めつけているようにもみえるが、当該金額の妥当性は法人税の課税標準算定の際の基礎となる重要な情報であるため、もう少し丁寧な判断をすべきであると裁判所に求めたいところである。もっともそれは、裁判官のような法律の専門家に、DCF法のようなファイナンスの専門的な知識を求めることとなるため、いささか酷ということであろうか。 (4) 本件へのあてはめ 譲渡したゴルフ場につき営業権が生じていたかどうか、またそれが生じていた場合にその評価額をどうするかについては、当該ゴルフ場の損益の状況、将来当該ゴルフ場が生み出すと見込まれるキャッシュフローの状況、営業活動の状況、ゴルフ場に係る事業用資産の状況、事業運営の状況といった事項を総合的に勘案して判断すべきもので、外部の専門家が評価を担当したからといって、必ずしも当該評価額をそのまま法人税法上も妥当な価額であるとして容認するわけにはいかないものと考えられる。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第18回】 「多国間を移動する会社役員の居住地はどのように判定されるのか」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 「永遠の旅人」(※1)と呼ばれる会社役員の居住地はどのように判定するのでしょうか。 (※1) 1年の間に居住地を数ヶ国にわたって転々と移動する者(英:Perpetual Traveler, Permanent Traveler)をいう(国税庁タックスアンサーNo.2012)。 〔A〕 納税義務者の「住所」とは、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきもので、生活の本拠たる実体の有無は、滞在日数、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居所、資産の所在等を総合的に考慮して判断するとされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 居住者の意義 (1) 居住者と所得の範囲 所得税法は、所得税の納税義務者を個人とした上で、我が国国内における住所の有無と居住期間の長短等に応じ、以下の【表1】のように「居住者」と「非居住者」に区分し、前者は、国内・国外区別なく全ての所得に対して納税義務を負う(無制限納税義務者という)のに対し、後者は国内源泉所得のみ納税義務を負う(制限納税義務者という)。 【表1】 居住者と非居住者の課税所得の範囲と課税方式 (注1) 「居住者」とは、国内に住所を有し又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう(所法2①三)。 (注2) 「非永住者」とは、居住者のうち、日本の国籍を有しておらず、かつ、過去10年以内において、国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年以下の個人をいう(所法2①四)。 (注3) 「非居住者」とは、居住者以外の個人をいう(所法2①五)。 (注4) 国外源泉所得のうち国内払いのもの又は国内に送金されたものが該当する。 (注5) 非居住者に課税される国内源泉所得については次回以降で検討する。 (2) 住所の意義 上記【表1】のとおり、個人が「居住者」であるか、「非居住者」に該当するかにより、課税される所得の範囲が異なるので、当該個人の「住所」の判定が重要である。過去の裁判例(※2)では、居住者の意義につき、所得税法2条1項3号は、「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」を「居住者」とし、同法5条1項は、居住者の所得税の納付義務を定めるところ、同法2条1項3号にいう「住所」とは、「生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である。」と判示している。 (※2) 最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決(平成20年(行ヒ)第139号・TAINSコード:Z261-11619)参照。 ここでいう、「客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否か」は、滞在日数、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居所、資産の所在等を総合的に考慮して判断することになる。以下では、多国間を移動する会社役員の住所が何処かについて争われた最近の裁判例から、「住所」の判断基準について検討する。 2 過去の裁判例 《役員住所判定事件》(※3) (※3) (第一審)東京地裁令和元年5月30日判決 TAINSコード:Z269-13280 (控訴審)東京高裁令和元年11月27日判決 TAINSコード:Z269-13345 (1) 事案の概要 日本国籍を有するX(原告・被控訴人)は、各種ラジエーター等の製造販売等を営む内国法人A社及びB社の代表取締役である。A社及びB社の関連会社として、日本法人2社のほか、C社(インドネシア)、D社(米国)、E社(シンガポール)及びF社(中国)があり、Xはこれらの会社の役員として、年間を通じて当該国その他に滞在していた。各年の具体的な国別の滞在状況は、下記【表2】のとおりである。Xは日本滞在時には、日本居宅で生活をし、米国ではコンドミニアム、シンガポールでは賃借住宅において生活していた。 Xは、平成21年分から平成24年分(以下「本件各年分」という)について、いずれも確定申告期限までに所得税の申告をしなかったところ、所轄税務署長から、所得税法2条1項3号の「居住者」に該当するとして期限後申告を勧奨されたため、本件各年分の所得税について期限後申告を行った上で、平成23年及び平成24年分の所得税について更正の請求をしたが、所轄税務署長から、いずれも更正をすべき理由がない旨の通知処分等を受けたため、Xが通知処分等の取消しを求めた。 【表2】 Xの各国における滞在日数 (2) 裁判所の判断 東京地裁は、次のように事実認定し、Xの生活の本拠が日本にあったことを積極的に基礎付けるものとはいえないと判示して、Xは所得税法上の「居住者」に該当しないと結論付けた。本件の控訴審である東京高裁も、原審を維持し、本件は確定している。 ① 滞在日数及び住居について 【表2】のとおり、Xが滞在していた各国のうち、定住できる態勢の整っていた日本、米国及びシンガポールのうち、本件各年分の日本とシンガポールの滞在日数には大きな差はない。ただし、シンガポールを起点としたインドネシア、中国の滞在日数を考慮すると、Xの生活の本拠が日本国内にあったことを積極的に基礎付けることはできない。すなわち、シンガポールをハブとする他国への短期渡航はシンガポール滞在と実質的に同一視するほうが経済社会の実態に適合する。 ② Xの職業について 海外法人に係る経営判断は専らXが行っており、日本法人A社等は、Xの弟がXに代わり経営判断を行っていた。XがA社等のために行っていた業務は、経営会議(月1回)や株主総会・取締役会(年2~3回)に出席するほか、重要な意思決定がされる場合に相談を受けるという程度のものであり、A社等のために行っていた業務は年間13~17%の日数にすぎなかった。 これに対し、海外関連法人の営業活動や工場の管理等の業務のため、Xは、年間の66~75%程度の期間は、諸外国に滞在して業務を行っていた。このうち米国における滞在日数や日本から渡航することもあった中国の滞在日数の半数を除いても、年間の約4割の日数においてシンガポール又は同国を起点として渡航したインドネシアや中国等に滞在していたことになるから、Xの職業活動(※4)は、シンガポールを本拠として行われていたと評価することができる。 (※4) 本件類似の最近の判決(東京地判令和3年11月25日)では、「生活に最も関係が深い場所か否かを判断するに当たり、種々の活動の中で経済的活動だけを中心的判断要素として検討すべき理由はない」「かえって、原告が治療等のために本件病院の近くにある本件住宅に滞在していたこと(筆者注:原告の日本国内の滞在日数は1年の3分の2以上であった)は、本件住宅が原告の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活のために重要な拠点であったことを基礎づける事情であるといえる」として、本判決と異なる結論とした(詳細は、T&Amaster No.917(2022.2.7)40~41頁参照)。 ③ 生計を一にする配偶者その他の親族の居所について Xは、妻らの生活の本拠は海外に移さず、日本居宅のままとし、Xが帰国した時に休暇も兼ねて妻らと過ごすという方法を選択したものということができる。生計を一にする妻らが国内に居住していたことは、Xの生活の本拠が日本国内にあったことを積極的に基礎付けるものではない。 ④ 資産の所在について Xは、日本国内において、株式のほか、日本居宅の共有持分権、自動車及び多額の預貯金等を有しており、Xが所有する資産の多くは日本に所在していたものと認められるが、シンガポールにおいても1,700万円以上の預貯金を有しており、当面生活するための十分な資産を有していた。 ⑤ その他の事情について 海外に赴任する者が手続上の便宜のために日本国内に住民登録を残しておくことは不自然といえず、また、世界各地を頻繁に行き来し、一時帰国数も少なくない者であれば、医療水準や保険制度の整備状況などを鑑み、一時帰国時に日本の病院等に通院等することが不自然とはいえず、入通院した年の日本滞在日数も諸外国での滞在日数と比べて突出して長期の滞在とはいえない(※5)。 (※5) 本件において、家族の居所や資産の所在のほか、Xが日本の住民票を維持して各国に滞在する際にも転出届を提出しなかったこと、本件各年を通じ、日本の健康保険組合に加入し続け、毎年人間ドックを受診し、平成24年には日本の病院に入通院したこと(それゆえ同年の国内滞在か他の年より多くなっている)等は、日本国内に「住所」があると推認できる要素の1つということができる。すなわち、「住所」の判定において、複数ある判断要素の中で何を重視するかで結論が変わり得るということであり、品川芳宣筑波大学名誉教授は、「どちらかといえば、本判決の裁判官にとっては、Xの『住所』がシンガポールにあったという先入観の下に、日本国内に『住所』があったと推認できる諸事情を殊更軽視したようにも考えられる」と述べている(『TKC税研情報』(2019年12月)164頁)。 (3) 検討 ① 借用概念としての「住所」 所得税法には「住所」の定義はなく、課税実務上、「住所とは各人の生活の本拠をいい、生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判定する」(所基通2-1)と解されており、所得税法上の「住所」の概念は、民法上の住所の概念(「各人の生活の本拠をその者の住所とする(民法22)」)からの借用(※6)であることが明らかにされている。 (※6) 借用概念につき、金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年)126頁参照。 ただし、民法上、「生活の本拠は何処か」について、①意思主義と②客観主義の2説があるといわれているが、①によれば本人の意思によって課税所得の範囲が左右されてしまうことから、租税法上の住所は②によるというのが通説である。同通達の「客観的な事実」には、例えば、住居、職業、資産の所在、親族の居住状況、国籍などが挙げられるとしている(国税庁タックスアンサーNo.2012参照) 。 ② 類似事件(武富士事件)との比較 本判決でも引用された「住所」の判定に係る著名な事件として、武富士事件がある。武富士事件の原告S(被控訴人・上告人)は、平成11年12月に両親から国外財産(武富士の株式を保有するオランダ法人株式)の贈与を受けたとして贈与税の課税処分を受けたが、贈与を受けた時点において国内に住所を有していなかったため、当時の贈与税の規定では納税義務は負わないと主張した。Sは、香港に滞在していた期間(平成9年6月から同12年12月までの約3年半)のうち、香港に約66%、杉並区の自宅に約26%、残りを諸外国で過ごし、香港では武富士の子会社の役員を務めていた。 第一審の東京地裁平成19年5月23日判決(TAINSコード:Z257-10717)はSの請求を容認したが、控訴審である東京高裁平成20年1月23日判決(TAINSコード:Z258-10868)は、Sが、租税を回避する目的で香港に生活の拠点を移していたと認定し、香港と日本の形式的な滞在日数の多寡を主要な考慮要素として住所を判断することは相当でないと判示して、原判決を取り消した。 これに対し、上告審である最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決((※2)参照)は、Sが贈与を受けた当時、約3年半にわたる香港赴任期間のうちの約3分の2を香港で過ごしていたことから、贈与税回避を目的として仮装された実体のないものとはいえないとし、Xの香港における居宅は生活の本拠たる実体を有していたと認定して、高裁判決を破棄している。 武富士事件において、Sが、香港に居住さえしていれば、国外財産の贈与である限り日本の贈与税が課税されないと認識し、香港での滞在日数を調整していたのは明らかであった。かかる租税回避行為に対し当時の贈与税の規定は無力であったことが窺われる。 なお、その後贈与税における納税義務者の定義が改正され、日本国籍条項が追加された(相法1の4①二等)ため、現在では、武富士事件のような租税回避行為は不可能となっている。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第35回】 「別居親族が居住用以外の用途に供した場合や譲渡した場合の 特定居住用宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(相続開始日:令和4年5月2日)は、東京都内にA土地及び家屋を所有し、相続開始の直前まで1人で居住していました。 甲の相続人は長男である乙のみであり、乙は持家を有したことはなく、第三者から賃借して東京都内にあるマンションに居住しています。 相続後のA土地及び家屋の利用状況が次のそれぞれの場合には、乙は取得したA土地について特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用を受けることは可能でしょうか。 [A] 乙は、他の要件を満たせばいずれの場合でも特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の適用を受けることができますが、居住の継続の保護という特例の趣旨から今後の税制改正も含めて注視する必要があります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等に係る別居親族の要件 被相続人の居住用宅地等を取得した親族が次に掲げる要件の全てを満たすことが要件となります(措法69の4③二ロ、措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 2 宅地等の所有要件と居住要件について 特定居住用宅地等の要件については、取得者ごとに要件が異なっています(取得者ごとの要件については、本連載【第27回】「1 特定居住用宅地等の意義」で解説)が、本問の場合には、所有要件(相続税の申告期限まで宅地等を所有していること)及び居住要件(相続税の申告期限まで宅地等に居住していること)がポイントとなります。なお、所有要件及び居住要件は、相続税の申告期限までとされていますので、相続税の申告期限が新型コロナウイルスの影響等で延長されている場合には、その延長された日まで所有要件及び居住要件を確認する必要があります。 取得者ごとの所有要件及び居住要件を整理すると下記の通りとなります。 〈特定居住用宅地等の取得者ごとの所有要件と居住要件(〇 ⇒ 有 × ⇒ 無)〉 宅地等の所有要件については、あくまでも相続税の申告期限まで宅地等を所有していることとされていますので、相続税の申告期限後に売却しても所有要件は満たされることになります。本問の②の場合のように宅地等を相続税の申告期限前に売買契約を締結し、相続税の申告期限後に土地家屋を引き渡した場合には、土地家屋の引渡しまでは所有権は乙にあり、相続税の申告期限まで土地を所有していたことになりますので、乙は所有要件を満たすことになります。 ただし、会計検査院が平成29年11月29日に公表した「租税特別措置(相続税関係)の適用状況等について」の報告では、下記の通り指摘があり、相続後の短期保有売買が問題視されています。 相続税の申告期限後の土地等の譲渡については、現行の法令等においては特に制限はありませんが、事業又は居住の継続の保護を目的とする小規模宅地等の特例の趣旨から認めるべきではないと考えられますので、今後の税制改正も含めて注視する必要があります。 3 本問への当てはめ 〔①について〕 別居親族の場合には、宅地等の所有要件はありますが、宅地等の居住要件はありませんので、賃貸の用に供した場合でも特例を受けることができます。別居親族は、そもそも被相続人の居住用宅地等に居住していないことが前提となりますが、相続後にすぐに居住しない場合でも将来的に当該宅地等に住む可能性も鑑みて、特例の対象とされています。 〔②について〕 宅地等の所有要件が問題となりますが、相続税の申告期限までの所有要件となっています。売買契約を締結した段階では、宅地等の所有権は、あくまでも乙となりますので、要件を充足することになります。 ただし、先に記載の通り、法趣旨からすると看過し難い問題となりますので、今後の税制改正も踏まえて、注視するべき事例となります。 〔③について〕 別居親族の場合には、宅地等の所有要件はありますが、宅地等の居住要件はありませんので、建物を取り壊し、駐車場の用に供した場合でも特例を受けることができます。 ★実務上のポイント★ 取得者ごとの所有要件及び居住要件の有無を整理しておきましょう。相続税の申告期限後の譲渡については、今後の税制改正で注視するべき内容となりますので、税制改正情報の確認が重要となります。 (了)
遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第10回】 「不動産や株式等を遺贈寄付した場合の取扱い(その4)」 ~みなし譲渡所得税の非課税特例(一般特例)~ 税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也 不動産や株式等の現物資産を遺贈寄付した場合の取扱いについて、前回に引き続き見ていく。 今回から、「公益法人等に財産を寄付した場合の譲渡所得等の非課税の特例」(以下「みなし譲渡所得税の非課税特例」とする)について確認する。 1 みなし譲渡所得税の非課税特例の概要 個人が、土地、建物などの資産を法人に寄付した場合には、これらの資産は寄付時の時価で譲渡があったものとみなされ、これらの資産の取得時から寄付時までの値上がり益に対して所得税が課税される。 ただし、これらの資産を公益法人等に寄付した場合において、その寄付が教育又は科学の振興、文化の向上、社会福祉への貢献その他公益の増進に著しく寄与することなど一定の要件を満たすものとして国税庁長官の承認を受けたときは、みなし譲渡所得税は非課税とされる(措法40)。 「みなし譲渡所得税の非課税特例」には「一般特例」と「承認特例」という2つの制度がある。「一般特例」は従来からある制度で、「承認特例」は平成30年度(認定NPO法人等への寄付については令和2年度)に導入された新しい制度である。「承認特例」の場合には、適用を受けられる法人や寄付者が「一般特例」よりもかなり限定される。ただし、自動承認(株式等以外は1ヶ月、株式等は3ヶ月)の制度があり、さらに、寄付を受けた資産についての買換えも一般特例よりも広く認められている。 今回は、まず「一般特例」について説明し、次回は「承認特例」について説明することにする(※)。 (※) みなし譲渡所得税の非課税特例の一般特例と承認特例の違いについて、国税庁の「公益法人等に財産を寄附した場合における譲渡所得等の非課税の特例のあらまし」が参考になる。 2 一般特例の適用対象法人 一般特例の対象になる公益法人等とは、以下の法人である。 その寄付により、新たに公益法人等を設立する場合も可能である。なお、任意団体には適用がない。 3 一般特例の承認要件 非課税特例にかかる国税庁長官の承認を受けるためには、次のすべての要件(法人税法別表第一に掲げる独立行政法人、国立大学法人などに対する寄付である場合には、次の〈要件2〉に掲げる要件のみ、承認特例の適用を受ける場合には別途定める要件)を満たす寄付であることが必要である。 4 国税庁長官による非課税承認の取消し 国税庁長官の非課税承認を受けた寄付であっても、その後承認要件に該当しなくなった場合には、国税庁長官は、その承認を取り消すことができることとされている(措法40②③)。 取消しになるのは、主に以下のような場合である。 寄付財産を公益目的事業の用に直接供する前に承認の取消しがあった場合には、寄付者に所得税が課税される。 寄付財産を公益目的事業に直接供した後に承認の取消しがあった場合には、法人を個人とみなして所得税が課税される。 5 一般特例の問題点 みなし譲渡所得税の非課税特例(一般特例)にはどのような問題点があるのか、最後に見ていくことにする。 (1) 承認までの期間に長期間を要すること みなし譲渡所得税の非課税特例の適用を受けるためには、国税庁長官の承認を受ける必要があるが、この国税庁長官の承認を受けるためには非常に長い期間がかかる場合がある。〈要件1〉の公益増進要件や〈要件3〉の不当減少要件の該当性について長い審査期間が必要な場合が多いためである。場合によっては、2~3年かかるケースもあると言われており、提出する書類も膨大なものに及ぶこともある。 このような問題点を解消するためにできたのが、次回取り上げる「承認特例」である。「承認特例」は、適用対象法人は、国立大学法人等、公益社団法人、公益財団法人、一定の学校法人又は社会福祉法人、認定NPO法人などに限られており、すでに行政庁から公益性の認定を受けている法人であるため、〈要件1〉の公益増進要件が不要である。また、「承認特例の対象」は、「寄付した人が寄付を受けた法人等の役員等及び社員並びにこれらの人の親族等に該当しない」という要件があるため、租税回避行為に使われる可能性がほとんどなく、行政庁から公益性の認定を受けていることもあり、〈要件3〉の不当減少要件も不要なのである。 (2) 寄付を受けた財産の使途の制約 〈要件2〉では、「寄付財産を寄付があった日から2年を経過する日までの期間内に受贈法人の公益目的事業の用に直接供する、又は供する見込みであること」とされている。寄付を受けた財産を売却した場合(一定の要件を満たす買換えを除く)や、不動産等を公益目的事業の用に供さない場合には適用がない。 株式などの場合であれば、その果実である配当金を公益目的事業の用に供していれば適用があるのでまだ選択の余地はあるが、不動産等については、受贈法人が、公益目的事業の用に供することができない限り、非課税要件を満たすことができない。例えば、国際協力系のNGOなどであれば、寄付を受けた不動産を公益目的事業の用に供するということは、ほぼ不可能である。 一方、「承認特例」では、一定の要件を満たす場合に不動産等を株式等に買い換えてそれを一定の要件を満たす基金内で運用することで非課税を継続することができることとしている。このことで、公益目的事業の用に供することが難しい不動産等の寄付を受けた場合でも、みなし譲渡所得税の非課税特例を受けることができる余地が出てきた。ただし、「承認特例」の場合であっても、その不動産等を売却して、売却代金を公益目的事業の用に供する場合には、非課税の適用はない。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第95回】 「不動産売買等の電子契約における印紙税の取扱い」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 不動産関連文書等の電子化が認められるという話を聞きました。その中には、従来印紙税の課税文書となる不動産の売買契約等も「紙による交付」ではなく、電子契約が可能となるとのことですが、その際の印紙税の取扱いはどのように変わるのでしょうか。 2021年5月公布の「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」により、2022年5月18日から不動産売買契約書をはじめとする不動産関連文書等の電子化が認められることとなる予定である。 不動産業界は従来から法的な規制により、多くの重要文書について「紙による交付」が義務付けられていて、業務の電子化が遅れている状況であったが、今後は不動産売買等においても電子契約化が一気に進んでいくことが考えられる。 不動産売買契約等を書面でなく電子媒体の文書データとして作成した場合、従来、契約書面に貼付していた収入印紙をどこに貼付しなければならないのかとの疑問が生じる。これについては、文書の「作成」という概念がポイントとなる。 印紙税法では課税文書を作成した時に印紙税を納めることとなるが、この「作成」とは、単なる課税文書の調製行為をいうのではなく、課税文書となる用紙等に課税事項を記載し、これを当該文書の目的に従って行使することをいうとされている。 また、「作成の時」とは、当該文書の目的に従って行使する時であることから、具体的には、相手方に交付する目的で作成される課税文書は当該交付の時、契約当事者の意思の合致を証明する目的で作成される課税文書は証明の時とされるなど区分に応じて明らかにされている。 電子上において締結された契約においては、作成の意義でいう「課税文書となるべき用紙等に課税事項を記載」という、用紙等に課税事項を記載しているものではなく、印紙税法の効力の及ぶものではない。 以上より、不動産売買等の電子契約を結ぶ場合につき収入印紙の貼付は必要はないため、年間で複数の不動産売買等の契約を行っている企業等にとっては、電子契約とすることでコストの削減にもつながると想定される。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第26回】 「「中小PMIガイドライン」を積極活用しよう」 ~その1:失敗事例から学ぶ①~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 売り手企業 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 支援機関(第三者) ⇒支援先の企業が円滑に事業を引き継ぎ、M&Aの目的やシナジー効果等を実現するために必要な助言ができるように、「中小PMIガイドライン」を参照する。 その他の対象者 ⇒M&Aの目的や、PMIにかけられる経営資源等に応じて、「中小PMIガイドライン」の必要な取組を参照する。 1 「中小PMIガイドライン」の公表 2022年3月17日に中小企業庁が取りまとめ公表した「中小PMIガイドライン」は、主に中小企業M&Aの譲受側(買い手)が、M&A後のPMIの取組を適切に進めるための手引きとして策定されたもので、PMIに関するはじめてのガイドラインです。 PMIというのは、Post Merger Integration(ポスト・マージャー・インテグレーション)の略語で、主にM&A成立後に行われる統合作業を指します。 本ガイドラインの概要版には「M&Aの目的を実現、効果を最大化する上で、M&Aの成立は『スタートライン』に過ぎず、その後の統合作業(PMI)を適切に行うことが重要です。しかしながら、中小企業においてはPMIの重要性についての理解が不足しており、PMIに関する支援機関も不足している状況です」とあり、こうした状況を踏まえて策定されたのが本ガイドラインだと説明されています。 私見ですが、中小企業のM&Aの成功は、成立過程や、単に成立そのものによるのではなく、M&A成立後に新たな経営共同体として、買い手と売り手のいずれもが満足のいく成長ステージへ至ることにあると考えます。この意味で、本ガイドラインが示すように、PMIのプロセスないしはステージが実はとても大切で、M&Aの成立前以上に重要な段階と考えてもよいほどです。 そこで、今回からは、中小企業M&Aの良い題材として誕生した「中小PMIガイドライン」の中から、対象企業の見方・見られ方に関する部分を紹介、説明することで、PMIの重要性を知り、今後のM&Aの検討にあたって参考になる情報を得ていただく良い機会になればと思います。 ちなみに、本ガイドラインが掲げるポイントは次のとおりです。 2 PMIに起因する失敗事例 今回、本ガイドラインから取り上げるのは、PMIに起因する失敗事例です。本連載の【第24回】でも失敗事例を題材にしており、重複する点もあるかもしれませんが、失敗に学ぶのは実務の鉄則ですから、ぜひ本稿と合わせてご確認いただければと思います。 本ガイドラインでは、PMIを構成する領域を「経営統合」「信頼関係構築」「業務統合」の3つに分類しています。 【PMIの取組領域】 (出典) 中小企業庁「中小PMIガイドライン」10ページをもとに筆者作成。 それでは、本ガイドラインが分類する領域ごとのPMIに起因する失敗事例を見ていきましょう。今回は、先に挙げた領域のうち、「経営統合」に関する事例について見ていきます。 (1) 「経営統合」に関する失敗事例① (注) 本ガイドラインには失敗例に対する取組例が示されていますが、本稿では割愛し、私見ですがこのような失敗を回避ないしは防ぐためのポイントを簡単に紹介します。以降の失敗例についても同様です。 統合後の経営の方向性に不安を覚えるのは、売り手経営者はもちろんですが、なんといっても買い手の経営方針についていく売り手の従業員たちです。買い手は、売り手に対して買い手が目指す経営の方向性を明確にして伝えるのが望ましいですが、買い手も中小企業であれば、十分な時間を割けないこともあると思います。とはいえ、経営の方向性が明確ではない場合であっても、このような経営を目指しているという何らかの方向性を示すだけで売り手の印象が変わりますから、不十分だとしても、伝える努力をする責任が買い手には伴います。 また、経営の方向性を示すタイミング(時期)が重要で、M&Aが成立する前段階から意識的に伝える努力をしなければなりません。タイミングが遅ければ、買い手の伝える経営の方向性がどんなに明確だったとしても、M&A前後におけるの売り手の認識とのギャップは埋まらない可能性が高く、不安が解消しない恐れがあります。 買い手と売り手は経営の方向性が違って当然なわけですから、互いの経営の方向性はどのようなもので、両者の違いを埋めつつ買い手寄りの経営に移行にするためには何が足りないか、できれば買い手・売り手共同で検討し、実行段階では、時系列で少しずつ段階的に溝(違い)を埋めていくのがよいでしょう。 (2) 「経営統合」に関する失敗事例② 人材を、消費やコストと捉えることを含意する「人的資源(Human Resource)」ではなく、価値を創造する源泉となる無形資産の「人的資本(Human Capital)」と捉えて、投資した人材の価値を最大限に引き出して中長期的な企業価値向上につなげる「人的資本経営」という概念が、今注目されています。 M&A成立によって、仮に売り手の従業員の多くが「買われた」「負けた」と思う気持ちのままであれば、きっと、より受動的に、より消極的にしか働く意思を示さなくなり、失敗例のようになっていくと思います。従業員に主体的、能動的、積極的に動いてもらうことで、買い手・売り手の両者を合わせた企業価値が向上するのがM&Aの成功だとすれば、その担い手である人材を軽視できないはずです。 PMIに起因する失敗事例から学ぶとすると、たとえば、経営の方向性を図示など見える形にして伝達する、買い手と売り手の人材交流を盛んにして売り手従業員が買い手と心理的に融合(融和)していく場をつくる、売り手従業員が許容できるレベルから少しずつ段階的に買い手の経営の方向性に誘導していく、といったように、企業ごとに様々な対策が思い浮かぶことでしょう。 売り手や売り手従業員を放置しない、買い手の一部の担当者に任せっぱなしにしない、買い手を挙げて対応しているという姿勢を見せる、などの地道な努力を継続することが、売り手を置き去りにしないための鉄則のように思えてなりません。 * * * 中小企業のM&Aは個々のケースによって状況が異なりますので、必ずしも各事例が実際のM&Aの現場で当てはまるわけではありませんが、少なくとも失敗事例から学べることは多いはずです。次回以降もPMIに起因する失敗事例などを取り上げますので、複数の事例からヒントを得ながら、M&Aを成功へと導いていただくきっかけになればと思います。 (了)
特定登記未了土地の概要と 直近の改正による相続実務への影響 貝塚司法書士事務所 司法書士 植木 克明 はじめに 不動産の登記名義人に相続が発生しても、相続登記は取得した相続人から申請されない限り登記されない。一方で、土地に対し登記が長期間行われていない場合でも、法務局が法定相続人を探索し一定の登記を行うことがある。 本稿では、この特定登記未了土地について概観し、直近の改正事項及び相続実務に関するポイントについて解説する。なお、意見にわたる部分は、筆者の私見である。 1 所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法について いわゆる所有者不明土地とは、不動産登記簿等の公簿情報等により調査してもなお所有者が判明しない、又は判明しても連絡がつかない土地である。 背景には、人口減少、高齢化の進展に伴う土地利用のニーズの低下や、地方から都市等への人口移動を背景とした土地の所有意識の希薄化などがあげられる。そのため国や地方公共団体等は、公共事業の推進等の様々な場面において、所有者の特定等のため多大なコストを要し、円滑な事業実施への大きな支障となっている。特に、東日本大震災などの大規模自然災害を契機として、相続登記などの手続が長期にわたり行われていない所有者不明土地を、公共事業の用地として活用したくてもできないなどの問題が顕在化した。その解決策の1つが、平成30年11月から順次施行された所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法(以下「特措法」という)である。 2 法律の概要 ここでは特措法を概観する。 ※1 公園、駐車場、購買施設、仮設道路等のほか地域住民等の共同の福祉又は利便の増進を図るために行われる事業であって(特措法2条3項)、原状回復が可能なものについて、都道府県知事の裁定により最長10年間の使用権を設定(特措法10条以下)。 ※2 所有者の探索において、原則として登記簿、住民票、戸籍など客観性の高い公的書類、必要な公的情報(固定資産課税台帳、地籍調査票等)を行政機関が調査、利用できる制度を創設(特措法39条)。 ※3 国の行政機関の長又は地方公共団体の長は、所有者不明土地につき、不法投棄や雑草の繁茂などでその土地が周辺に悪影響を与えている場合など適切な管理のため特に必要があると認めるときは、家庭裁判所に対し、不在者財産管理人又は相続財産管理人の選任の請求をすることを可能とする(特措法38条)。 3 特定登記未了土地の相続登記等に関する不動産登記法の特例 登記官は、公共の利益となる事業を実施しようとする者の求めに応じ、事業を実施しようとする区域内の土地が、特定登記未了土地に該当し、かつ、登記名義人の死亡後一定期間(10年以上30年以内において政令で定める期間)を超えて相続登記等がされていないときは、登記名義人となり得る者を探索し、一定事項の登記への付記と、登記名義人となり得る者に対する相続登記との勧告を行う(特措法40条)。なお、一定期間は、本年4月1日から特措法施行令の改正により「10年間」とされた。 特定登記未了土地とは、所有権の登記名義人の死亡後に相続登記等がされていない土地であって、収用適格事業の実施その他の公共の利益となる事業の円滑な遂行を図るため所有権の登記名義人となり得る者を探索する必要があるものをいう(特措法2条4項参照)。 収用適格事業とは、土地収用ができる事業のことである。土地収用ができる事業は、土地収用法3条に掲げられた事業で一定の公益性のある事業に限定されており、主に、道路、河川、砂防設備のほか、公共施設や港湾施設、そして上下水道や電気、通信、ガスなどのライフラインも含まれる。国は、所有者不明土地の解消として2020年度末までに約14万筆の長期相続登記等未了土地の解消作業に着手するとしている(※)。 (※) 内閣府ホームページ「所有者不明土地等対策の推進のための関係閣僚会議(第4回)議事次第(令和元年6月14日)」の「所有者不明土地等問題 対策の推進のための工程表」参照。 〈手続の概観〉・・・①~⑥の番号は以下の解説に対応 ①及び②:登記官は、起業者その他の公共の利益となる事業を実施しようとする者からの求めに応じて調査し、地域を選定する。 ③:法務局では、登記官が特措法40条に基づいて、管理する土地の登記情報を調査し登記名義人について相続が発生していないかどうか、そして登記名義人の法定相続人等を調査、探索し法定相続人情報を作成する。 〈法定相続人情報の一例〉 ④:③の結果である法定相続人情報には、登記簿の一部として作成番号が付されて法務局に保管される。また、登記官は職権で、「長期相続登記等未了土地」すなわち、所有権の登記名義人の死亡後長期間にわたり相続登記等がされていない土地である旨の付記登記を行う。 〈付記登記の一例(相続人の全部が判明している場合)〉 ⑤:法務局は付記登記を行った後に、「長期間にわたり相続登記等がされていないことの通知(お知らせ)」を調査で判明した相続人のうちの1名に送る。 〈通知の一例〉 ⑥:法定相続人情報の閲覧権限は、所有権の登記名義人の相続人、及び公共の利益となる事業を実施しようとする地方公共団体等の利害関係人にある。相続人は、今後の相続登記手続のために、地方公共団体等は、法定相続人調査のために、それぞれ活用が想定される。 4 通知が来た相続人からの相談を受けたら (1) 相続登記義務化等の影響 通知書は、基本的には相続登記等を促す意味しかなく、現段階では、それを放置することによる罰則等はない。しかし、令和6年4月1日施行の改正不動産登記法により相続登記が義務化されると、施行期日において現に相続登記未了となっている不動産も義務化の対象となり、登記を放置することは過料の対象となる。そのため、相談を受けたら相談者に対し、相続登記の義務化を含む新しい制度に関しても正確な情報と適切なアドバイスの提供が必要となるものと考える。そもそも当該土地は、地方公共団体等が何かしらの事業を実施しようとしており、その対象土地であるために調査がなされていることを念頭に置く必要がある。 (2) 相談者への情報提供 通知書にある対象の土地について、相談者は場所がわからないことが多いため、各種地図を利用して場所の特定を行い、また、固定資産評価証明書等の評価を確認する等の調査をして、相談者に情報を提供することで、今後の対応の検討に役立ててもらう必要がある。 (3) 相続関係の確認 通知は、相続人のうち1名に送られるが、他の相続人が誰かは通知からは一見しても判明しない、そこで、相続人である相談者は、法務局にて法定相続人情報を取得(閲覧申請)して、相続関係を確認することができる。必要に応じて、例えば司法書士が代理人となり法定相続人情報を取得することも可能である。 一方、特定登記未了土地となった原因である収用適格事業の起業者等は、地方公共団体のみならず民間事業者、NPO、地域コミュニティ等の幅広い主体が想定されるが、相談者は、法務局から情報提供を受けることはできないと考えられる。個別に地方公共団体等に問合せをして判明することもあると考えるが、可能性は高くないと思われる。 終わりに 相続関係は事案によって異なり、容易に遺産分割協議ができない事案も少なくないと思われる。特定登記未了土地は、長期にわたり相続登記がされていない土地であり、財産的価値が高くない場合もあり、当該土地に対して相続人が関心を示さないケースも多いと思われる。筆者の経験でも、相談者は通知を受けて法務局の説明を受けたが、積極的に手続を検討しようという思考には至らない様子であった。 とはいえ、上記3で指摘の通り、死亡後10年間が経過した該当の土地は特定登記未了土地となり得るため、土地も通知を受ける相続人も確実に増え続けるものと考える。そして、今後の相続登記の義務化等も踏まえて考えれば、登記未了のまま放置するのは避けるべきである。手続の方向としては、安易に法定相続分による登記を行うことは避けて、なるべく遺産分割協議により確定的な所有者名義で登記をする方向で解決を促すことが望ましい。 司法書士は、登記の専門家として相続登記手続にノウハウを蓄積しており、特定登記未了土地についてもその対応を蓄積しつつある。読者におかれては、相続人から相談を受けたときは、司法書士と連携して対応することを検討いただきたい。 (了)