基礎から身につく組織再編税制 【第37回】 「現物出資の概要」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 前回までは「分割」について解説してきましたが、今回からは組織再編税制における「現物出資」について解説していきます。まずは「現物出資」に関する基本的な考え方を解説します。 1 現物出資の概要 通常、会社の設立や増資は現金を出資して行われますが、現金の代わりに株式や不動産などを出資して会社を設立したり増資したりすることができます。 こうした会社の出資に際し、金銭以外の財産が出資されることを現物出資といいます(会社法28)。 また、現物出資のうち、法人が新設されるものを新設現物出資といいます(法令4の3⑬)。 (注1) 「現物出資法人」とは、現物出資によりその有する資産の移転を行い、又はこれと併せてその有する負債の移転を行った法人をいいます(法法2十二の四)。 (注2) 「被現物出資法人」とは、現物出資により現物出資法人から資産の移転を受け、又はこれと併せて負債の移転を受けた法人をいいます(法法2十二の五)。 2 現物出資の課税関係 現物出資に係る課税関係を非適格・適格ごとに表にまとめると、次のようになります。 なお、現物出資は分社型分割と同様の課税関係となるため、現物出資法人、被現物出資法人の課税上の取扱いの詳細については、分社型分割の回(【第29回】~【第32回】)をご参照ください。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 また、被現物出資法人の処理のイメージは下記となります。 【被現物出資法人の処理イメージ】 ① 非適格現物出資 又は ② 適格現物出資 ◆現物出資の概要のポイント◆ 現物出資は、現物出資法人から被現物出資法人への資産等の譲渡が原則、時価で行われたものとして取り扱います。 現物出資があった場合には、原則として現物出資法人は移転資産等の譲渡損益を認識します。 特例として適格現物出資の場合には、現物出資法人は移転資産等を簿価で移転したものとされ、課税は生じません。 現物出資法人の株主は、現物出資法人株式の譲渡損益、みなし配当を計上する必要はありません。 (了)
相続税の実務問答 【第68回】 「相続開始前3年以内に住宅取得等資金の贈与を受けていた場合」 税理士 梶野 研二 [答] お父様から贈与を受けた3,000万円のうち、住宅取得等資金の贈与の特例を受け、贈与税の課税価格に算入しなかった2,500万円については、相続開始前3年以内に受けた贈与であっても、相続税の課税価格に加算する必要はありません。 したがって、相続税の課税価格に加算する金額は、3,000万円から住宅取得等資金の贈与の特例の適用を受けた2,500万円を控除した残額である500万円となります。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 住宅取得等資金の贈与の特例 贈与を受けた年の1月1日において、20歳以上で、かつ、贈与を受けた年の合計所得金額が2,000万円以下である者が、父母や祖父母など直系尊属からの贈与により、自己の居住の用に供する住宅用の家屋の新築等の対価に充てるための金銭(この金銭を「住宅取得等資金」といいます)を取得し、贈与を受けた年の翌年3月15日までに住宅取得等資金の全額を充てて住宅用の家屋の新築等をし、同日までにその家屋に居住し又は同日後遅滞なくその家屋に居住することが確実であると見込まれる場合において、一定の要件を満たすときは、贈与を受けた住宅取得等資金のうち非課税限度額までの金額は、贈与税の課税価格に算入されません(措法70の2①)。この特例を「住宅取得等資金の贈与の特例」といいます。 この特例における「非課税限度額」は、住宅用家屋の新築等に係る契約の締結日、その住宅用家屋が省エネ等住宅に該当するかどうか、住宅用家屋の新築等に係る対価等の額に含まれる消費税等の税率により異なります。 この特例措置は、厳しい経済情勢を背景に住宅市場の活性化を図るとともに、若年世代への早期の資産移転及び良質な住宅ストックの形成などをも目的に設けられたもので、自己の居住の用に供する住宅の取得を検討する者にとって、非常に魅力的な特例制度であるといえます。 (※) 住宅取得等資金の贈与の特例は、令和3年12月31日までに贈与を受けた住宅取得資金等について適用されますが、現在、国会で審議中の「所得税法等の一部を改正する法律(案)」において、特例の対象となる受贈者を「20歳以上」の者から「18歳以上」の者とし、非課税限度額等について所定の見直しを行ったうえで、令和5年12月31日まで延長されることとされています。 2 相続開始前3年以内の贈与 ところで、被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した者が、当該被相続人の相続開始の日前3年以内に当該被相続人から財産の贈与を受けた場合には、相続税法第19条第1項の規定により当該贈与財産の価額を相続税の課税価格に加算するとともに、当該財産の贈与に対して課された贈与税額は相続税額から控除することとされています。 しかしながら、この住宅取得等資金の贈与の特例に係る贈与者に相続が開始した場合には、この特例により贈与税が非課税とされた住宅取得等資金の金額は、その住宅取得等資金の贈与者の相続開始に係る相続税の課税価格に加算する必要はありません(措法70の2③)。 これは、一定の要件を満たすものとして贈与税の課税対象とはされなかった住宅取得等資金が、贈与者である被相続人の相続開始前3年以内に贈与されたものであることをもって、相続税の課税価格に加算されるとすると、同特例に託された政策目的を達成することを妨げる要因となりかねないためであると考えられます。 3 ご質問の場合 お父様の相続開始前3年以内にあなたがお父様から贈与を受けたマンション取得資金3,000万円のうち、2,500万円は、住宅取得等資金として税特別措置法第70条の2第1項の規定を適用し、残りの500万円についてのみ贈与税の課税価格の計算の基礎に算入して贈与税の申告をしたとのことです。そして、あなたは相続時精算課税の選択をしていないとのことですから、この500万円に対する贈与税額の計算に当たっては、贈与税の基礎控除額110万円を控除しているものと考えられます。 そうしますと、 なお、この500万円に対する贈与税の計算上、基礎控除額として控除した110万円についても加算の対象となることにご注意ください。つまり、ご質問の場合に相続税の課税価格に加算するのは、基礎控除額110万円を控除した後の390万円ではなく、基礎控除額を控除する前の500万円となります。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第24回】 「主である建物と附属建物がある場合の特定居住用宅地等の特例の適否」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲(相続開始は令和4年2月1日)は、下記の宅地(330㎡)の上にA建物及びB建物を所有していました。A建物は主である建物120㎡、附属建物50㎡となっており、被相続人及びその配偶者乙が主である建物に居住し、附属建物は、離れ家のトイレと部屋のみであり、長男丙及び丙の配偶者の寝室として利用していました。B建物は丙と丙の配偶者及び子が居住の用に供していました。 甲の推定相続人は、乙及び丙の2人であり、乙がA建物及び上記土地の2分の1を取得し、丙がB建物及び上記土地の2分の1を取得しています。丙は被相続人と生計を別にしている親族に該当します。 区分登記がされていない建物である場合には、被相続⼈⼜は被相続⼈の親族の居住の⽤に供されていた部分が被相続人の居住用宅地等として取り扱うこととされていますので、乙及び丙が取得した宅地等のうち、A建物の敷地部分は特例の対象になると考えていいでしょうか。 [A] A建物のうち主である建物の敷地部分については、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)の対象になりますが、附属建物の敷地部分については、特例の対象にすることはできません。 乙は取得した宅地等のうち、A建物に係る主である建物の敷地部分のみ特例の適用を受けることができますが、丙は取得者の要件を満たしていませんので、特例の適用を受けることはできません。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等の意義 被相続⼈⼜は当該被相続⼈と⽣計を⼀にしていた当該被相続⼈の親族(以下「被相続人等」という)の居住の⽤に供されていた宅地等(当該宅地等が2以上ある場合には、政令で定める宅地等に限る。「第19回で解説」)で、当該被相続⼈の配偶者⼜は一定の要件を満たす当該被相続⼈の親族(当該被相続⼈の配偶者を除く)が相続⼜は遺贈により取得したものをいいます(措法69の4③二)。 なお、被相続人の居住の用に供されていた建物が一棟の建物(区分所有建物である旨の登記がされている建物を除く)である場合には、その一棟の建物の敷地の用に供されていた宅地等のうち被相続人の親族の居住の用に供されていた部分は、被相続人の居住の用に供されていた宅地等として取り扱います(措令40の2④、措通69の4-7)。 一定の要件を満たす被相続人の親族は、下記のいずれかを満たす親族をいいます。 (1) 同居親族 当該親族が相続開始の直前において当該宅地等の上に存する当該被相続⼈の居住の⽤に供されていた⼀棟の建物(当該被相続⼈、当該被相続⼈の配偶者⼜は当該親族の居住の⽤に供されていた部分として政令で定める部分に限る)に居住していた者であって、相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ、当該建物に居住していること。 政令で定める部分とは、次に掲げる場合の区分に応じてそれぞれに定める部分をいいます(措令40の2⑬、措通69の4-7の4)。 (2) 別居親族 当該親族が次に掲げる要件の全てを満たすこと(措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 (3) 生計一親族 当該親族が当該被相続⼈と⽣計を⼀にしていた者であって、相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ、相続開始前から申告期限まで引き続き当該宅地等を⾃⼰の居住の⽤に供していること。 2 一棟の建物の意義 一棟の建物の定義は、相続税や租税特別措置法等において明らかにされていませんが、登記ができる建物の要件として、不動産登記規則111条では「建物は、屋根及び周壁又はこれらに類するものを有し、土地に定着した建造物であって、その目的とする用途に供し得る状態にあるものでなければならない。」とされています。 なお、登記上の「1個の建物」として登記されるべきものには、下記の3つがあります。 上記(1)については通常の建物が該当します。 上記(2)については不動産登記事務取扱手続準則78条1項において「効用上一体として利用される状態にある数棟の建物は、所有者の意思に反しない限り、1個の建物として取り扱うものとする。」とされており、主である建物と附属建物は、登記上は1個として扱うことができます。 上記(3)については、建物の区分所有等に関する法律1条において、「一棟の建物に構造上区分された数個の部分で独立して住居、店舗、事務所又は倉庫その他建物としての用途に供することができるものがあるときは、その各部分は、この法律の定めるところにより、それぞれ所有権の目的とすることができる。」とされており、構造上区分可能である場合には、区分登記の選択ができることとされています。 一棟の建物は、登記上の「1個の建物」ではなく、あくまでも「一棟の建物」ですので、通常は、上記の不動産登記規則111条に記載の建物を一棟の建物として考えることになるかと思います。 3 本問への当てはめ 本問の場合には、入口の要件として被相続人等の居住の用に供されていた宅地等に該当するのか、出口の要件として取得者の要件を確認することになります。 (1) 被相続人等の居住の用に供されていた宅地等の該当部分の判定 特例は、相続開始の直前において、被相続人等の居住の用に供されていた宅地等が対象とされ、被相続人等の居住の用に供されていない部分は除外することとされています(措令40の2④)。被相続人等の居住の用に供されていた宅地等に該当するかどうかについては、一棟の建物ごとに判定すると記載されてはいませんので、あくまでも被相続人等の居住の用に供されていた宅地等に該当するかどうかを基準として考えます。 したがって、物置や母屋がある場合でも被相続人等が居住用家屋と一体として利用されている部分の敷地は、特例の対象になりますが、被相続人等が居住用家屋と一体で利用されていない物置や母屋がある場合には、その部分は特例の対象にならないことになります。 本問の場合のように主である建物に被相続人等が居住し、附属建物は生計を別にする親族が利用している場合には、附属建物の敷地部分については、被相続人等の居住の用に供されていた宅地等に該当しませんので、附属建物の敷地部分については特例の対象にすることはできません。 なお、区分登記がされていない建物である場合には、被相続⼈⼜は被相続⼈の親族の居住の⽤に供されていた部分が被相続人の居住用宅地等として取り扱うこととされていますが、その取扱いは、あくまでも⼀棟の建物内の取扱いであり、附属建物の取扱いではありませんので、混同しないように留意する必要があります。 (2) 取得者の要件 配偶者である乙については、取得者の要件はありませんので、乙は取得した宅地等のうち、被相続人等の居住の用に供していたと認められるA建物の主である建物の敷地部分のみ特例の適用を受けることができます。 一方の丙については、上記1の(1)同居親族に記載している「一棟の建物に居住していた者」に該当せず、同居親族の要件は満たしていません。また、上記1(2)②及び④の別居親族の要件も満たしていないことになります。したがって、丙は取得者の要件を満たしていませんので、特例の適用を受けることはできません。 ★実務上のポイント★ 区分登記されていない建物については、その一棟の建物の敷地の用に供されていた宅地等のうち被相続人の親族の居住の用に供されていた部分は、被相続人の居住の用に供されていた宅地等として取り扱いますが、この場合の一棟の建物は、登記上の1個の建物を意味するわけではありませんので、附属建物がある場合と混同しないように注意する必要があります。 (了)
給与計算の質問箱 【第26回】 「解雇予告手当と有給休暇の買取り」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 当社では2022年2月28日をもってA支店を閉鎖することにしました。A支店に勤務する従業員には会社都合で退職してもらいます。労働基準法に基づく解雇予告手当の支給のほか、従業員の未消化の有給休暇を買い取ることも検討しています。 解雇予告手当と有給休暇の買取りの計算方法についてご教示ください。 A 解雇予告手当と有給休暇の買取りの計算方法については以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 解雇予告手当 解雇の予告は30日以上前にしなければならないとされており、30日に満たない場合は不足日数分の解雇予告手当を支給する必要がある。解雇予告手当は退職手当等に該当する(所得税基本通達30-5)。 解雇予告手当から控除する源泉徴収税額の計算は、次のとおりである。 (1) 従業員が退職所得の受給に関する申告書を会社に提出した場合 会社は解雇予告手当から下記の算式をもとに計算した所得税及び復興特別所得税を控除して従業員に支給する。従業員は確定申告をする必要はない。 《図表1》退職所得控除額の計算の表 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「タックスアンサーNo.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」より。 《図表2》退職所得の源泉徴収税額の速算表 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 国税庁「タックスアンサー別紙 退職所得の源泉徴収税額の速算表」より。 (2) 従業員が退職所得の受給に関する申告書を会社に提出しなかった場合 会社は解雇予告手当から20.42%の所得税及び復興特別所得税を控除して従業員に支給する。従業員は確定申告をする必要がある。 2 有給休暇の買取り 有給休暇の買取りは原則認められない。例外的に退職時に未消化で残っている有給休暇を会社が買い取っても差し支えないとされる。最後の給与に上乗せして支給する場合や単独で賞与として支給する場合は「給与所得」、退職金として支給する場合は「退職所得」になる。 有給休暇の賃金は就業規則等の定めにより、平均賃金、通常の賃金、健康保険の標準報酬日額相当額のいずれかとされる。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第72回】 千葉商科大学商経学部准教授 泉 絢也 (7) 委託販売に係る収益の帰属の時期(法人税基本通達2-1-3) ア 概要 《収益認識会計基準の取扱い》 商品又は製品を最終顧客に販売するために、販売業者等の他の当事者に引き渡す場合には、当該他の当事者がその時点で当該商品又は製品の支配を獲得したかどうかを判定する。当該他の当事者が当該商品又は製品に対する支配を獲得していない場合には、委託販売契約として他の当事者が商品又は製品を保有している可能性があり、その場合、他の当事者への商品又は製品の引渡時に収益を認識しない(指針75)。 この場合に、契約が委託販売契約であることを示す指標として、例えば次のものがある(指針76)。 企業会計原則注解(注6)では、受託者が委託品を販売した日をもって売上収益の実現の日とするとしつつも、仕切精算書が販売の都度送付されている場合には、仕切精算書が到達した日をもって売上収益の実現の日とみなすことができるとされている。 しかしながら、収益認識会計基準では、かような仕切精算書到達日基準の採用は認められていない。 《法人税基本通達の取扱い》 委託販売に係る収益の帰属時期について、法人税基本通達2-1-3の定める内容を図表で示すと次のようになる。 (※) 受託者が週、旬、月を単位として一括して売上計算書を作成している場合においても、それが継続して行われているときは、「売上の都度作成され送付されている場合」に該当。 本通達ただし書は、売上計算書が到達した日は近接日に該当するものとして、法人税法22条の2第2項の規定を適用すると述べるのみで、当該到達日の属する事業年度で益金算入するとまでは述べていない。 本通達ただし書に該当する場合においても、同項の他の要件を満たしていないなどの理由で同項の適用が認められない可能性があることを想定しているのかもしれない。 イ 本通達の趣旨 本通達ただし書は、法人税法22条の2第2項の近接日基準の適用を想定している。 本通達が認める売上計算書(仕切精算書)到達日基準による収益の計上が、同項の適用により認められるためには、少なくとも、①同基準が「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に該当し、かつ、②目的物の引渡日に「近接する日」の属する事業年度の確定決算において収益として経理したものであることを要する(本連載第22回参照)。 国税庁によれば、本通達は次のとおり、上記①及び②を満たすとものであると考えられていることがわかる(趣旨説明41~42頁)。 (了)
マスクと管理会計 ~コロナ長期化で常識は変わるか?~ 【第1回】 「予算編成、これからどうする?」 公認会計士 石王丸 香菜子 ◇◆◇はじめに◇◆◇ 新型コロナウイルス感染症の影響により、企業を取り巻く環境は大きく変化しました。今後の見通しは依然として不透明であることから、それぞれの企業が不確実な環境にどのように向き合うかを考える局面をむかえています。 本連載は、これまでの管理会計における常識を再検証し、新しい視点を取り入れるべき点などを解説します。PNザッカ社のメンバーと一緒に、管理会計を利用して不確実な環境に前向きに取り組む方法を探っていきましょう。 ● ● ● 〔登場人物〕 ● ● ● 新型コロナウイルス感染症は2019年12月に初の感染者が報告されてから、瞬く間に世界的な流行を引き起こし、私たちのライフスタイルや企業の経営環境は短期間で劇的に変化しました。常にマスクをつけた生活、あらゆる場面での急速なオンライン化、リモートワークの浸透、黙って食べることが習慣化した子どもたち・・・。数年前には想像できなかったことですね。 こうした変化を受けて、従来の常識の一部は、常識ではなくなりつつあります。一方で、従来の方法やスタイルが引き継がれている場面もあり、フルタ部長のように両者の狭間で苦労している方も多いのではないでしょうか。 ● ● ● ● ● ● 予算編成の方法は企業によって様々ですが、“予算編成の主体がどこか"という観点からは、トップ・ダウン型の予算編成とボトム・アップ型の予算編成を想定することができます。 トップ・ダウン型の予算編成は、トップ・マネジメントの意向を反映して予算を編成し、各部門に執行を要請する集権的な予算編成方法です。一方、ボトム・アップ型の予算編成は、各部門に予算編成の権限を与えて、各部門から提出された予算案を積み上げて編成し、トップ・マネジメントがこれを承認するという分権的な予算編成方法です。 【トップ・ダウン型の予算編成】 【ボトム・アップ型の予算編成】 いずれの方法も一長一短があるため、実務上はトップ・ダウン型とボトム・アップ型の折衷型で予算を編成している企業が多いようです。 【折衷型の予算編成】 この方法で予算を編成する場合、調整に時間や手間がかかります。リモートワークの進む現在では、予算編成に関わる人々が一堂に集まる機会が減り、従来の予算会議などのスタイルで調整することが難しいケースが多いと考えられます。状況に応じて、調整の負担を減らせる方法や仕組みを検討してみるとよいでしょう。バラバラのファイルのやり取りでなく、オンライン上で各担当者が入力したり経営陣が承認したりできる仕組みなどがあればスムーズになることもあります。 また、このような予算編成プロセスは、経営陣と各部門という縦断的なコミュニケーションや、部門間の横断的なコミュニケーションを生み出す場として機能してきた一面もあります。オンライン化が進んでも、予算編成を通じてコミュニケーションやアイデアが生み出されるような場も設けられるとよいですね。 ● ● ● ● ● ● 企業を取り巻く環境は一層の不確実性に満ちあふれるようになりました。ライフスタイルの変化に伴い、思いがけないモノやサービスが爆発的に売れる、反対にこれまで順調に売れていたモノやサービスがさっぱり売れなくなるなど、多くの方が実感されていることでしょう。このように変化が激しい環境では、期首に編成した予算があっという間に環境にそぐわないものとなってしまう可能性があります。 ● ● ● ● ● ● 不確実な状況に適した予算編成方式として「ローリング予算」があります。ローリング予算は一定期間ごとに転がし方式で編成する予算です。各期間末において、経過した期間の予算を計画から取り除き、同じ長さの期間について新しい予算を追加していきます。引き継ぐ期間については、必要に応じて確度の高い数値に修正していきます。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 このように予算を定期的に見直していくことで、環境変化に対応した予算を常に維持でき、経営管理に役立ちます。状況によっては、四半期よりも短い期間(月次など)で更新していく方法も考えられます。 ローリング方式の予算編成の場合、予算を更新する手間は増えるので、前述のように手間を削減する方法と組み合わせて予算編成の在り方を見直すと効果的です。 ● ● ● (了)
収益認識会計基準を学ぶ 【第23回】 「開示③」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 【第21回】及び【第22回】に続いて、「開示(表示及び注記事項)」について解説する。 以下では、「収益認識に関する注記」の各項目について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 収益の分解情報 1 概要 収益認識会計基準は、収益の分解情報に関して、次のように規定している(収益認識会計基準80-10項、80-11項)。 収益の分解情報は、単一の区分により開示される場合もあれば、複数の区分により開示される場合(例えば、製品別の収益の分解と地域別の収益の分解)もあると考えられる(収益認識会計基準178項、収益認識適用指針106-3項)。 一方で、企業の収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性に影響を及ぼす要因のすべてを考慮する必要がないことを明確にするために、収益認識会計基準では、「主要な」要因に基づく区分による収益の分解情報を求めている(収益認識会計基準178項)。 2 収益を分解するための区分の例 収益の分解に用いる区分を検討する際に、次のような情報において、企業の収益に関する情報が他の目的でどのように開示されているのかを考慮する(収益認識適用指針106-4項、190項)。 収益認識適用指針は、収益を分解するための区分の例として、次のものをあげている(収益認識適用指針106-5項)。 3 収益を分解するための区分に関する留意事項 次のことに留意する(収益認識適用指針190項、191項)。 Ⅲ 収益を理解するための基礎となる情報 顧客との契約が、財務諸表に表示している項目又は収益認識に関する注記における他の注記事項とどのように関連しているのかを示す基礎となる情報として、次の事項を注記する(収益認識会計基準80-12項)。 収益を理解するための基礎となる情報において注記する情報は、顧客と締結した契約の内容と、それらの内容がどのように収益及び関連する財務諸表の項目に反映されているかに関する情報を開示するものである(収益認識会計基準180項)。 収益を理解するための基礎となる情報を記載するにあたっては、単に収益認識会計基準等における取扱いを記載するのではなく、企業の置かれている状況が分かるように記載することになると考えられる(収益認識会計基準180項)。 1 契約及び履行義務に関する情報 収益として認識する項目がどのような契約から生じているのかを理解するための基礎となる情報を注記する(収益認識会計基準80-13項)。 この情報には、次の事項が含まれる。 収益認識会計基準は、「契約及び履行義務に関する情報」について、契約から生じる企業の義務と権利に着目しており、上記の①と②に区分したそれぞれについて記載する内容又は関連して記載する内容を例示している(収益認識会計基準181項)。 2 取引価格の算定に関する情報 取引価格の算定方法について理解できるように、取引価格を算定する際に用いた見積方法、インプット及び仮定に関する情報を注記する(収益認識会計基準80-16項、186項、187項)。 例えば、次の内容を記載する。 3 履行義務への配分額の算定に関する情報 取引価格の履行義務への配分額の算定方法について理解できるように、取引価格を履行義務に配分する際に用いた見積方法、インプット及び仮定に関する情報を注記する(収益認識会計基準80-17項、188項、189項)。 例えば、次の内容を記載する。 4 履行義務の充足時点に関する情報 履行義務を充足する通常の時点(収益を認識する通常の時点)の判断及び当該時点における会計処理の方法を理解できるように、次の事項を注記する(収益認識会計基準80-18項、収益認識適用指針106-7項)。 履行義務を充足する通常の時点(収益を認識する通常の時点)には、例えば、商品又は製品の出荷時、引渡時、サービスの提供に応じて、あるいはサービスの完了時が挙げられる。これには、請求済未出荷契約において履行義務がいつ充足されるのかも含まれる(収益認識適用指針106-6項)。 5 収益認識会計基準の適用における重要な判断 収益認識会計基準を適用する際に行った判断及び判断の変更のうち、顧客との契約から生じる収益の金額及び時期の決定に重要な影響を与えるものを注記する(収益認識会計基準80-19項、191項)。 (了)
社長のためのメンタルヘルス 【第10回】 (最終回) 「コロナ禍及び以後のテレワークとコミュニケーションについて」 特定社会保険労務士 第一種衛生管理者 産業カウンセラー 寺本 匡俊 1 今回の趣旨 本号(第10回)が当連載の最終回となるにあたり、前回までの睡眠障害や依存症のように、歴史があり対応策や統計が充実しているものとは異なり、最新の状況を踏まえたテーマを取り上げることとした。 掲題の「テレワーク」の推進や、「コミュニケーション」の問題については、すでにITの発展とともに、官民双方の課題となって議論されてきた。 そこへ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大による社会経済の混乱(以下「コロナ禍」と総称する)の中で、更に大きくクローズアップされており、終息後も検討と対策を重ね続ける必要がある課題であると考える。一方、現在進行中の現象であるため、本稿の執筆時点(2022年1月末)における現状を踏まえての論考であることにご留意いただきたい。 2 テレワークの普及度、利点・問題点について テレワークの普及度については、感染状況に左右されており、また、業界や職種により差異が大きいため、数字は参考程度に留めることとする。まず、公益財団法人日本生産性本部が2021年10月に行った「第7回 働く人の意識調査」の結果は、感染拡大の「第5波」の緊急事態宣言が解除された後の時期だったこともあってか、テレワークの普及度は約2割にとどまり、一部において定着しているものの、全体に「慎重姿勢」であり急増中ではない旨の評価がある。 この調査において、「仕事能力向上に責任を持つべき主体」が「働く人自身」の場合、向上すべき能力の第1位が、「コミュニケーション能力・説得力」(57.3%)であることを、まずここで確認しておき、「4 コミュニケーションの重要性と対応策について」において、後述する。 弊事務所も会員である東京商工会議所が、上記調査の前月の2021年9月に行った「中小企業のテレワーク実施状況に関する調査」の結果によると、東京23区内の中小企業におけるテレワークの実施率は39.9%と約4割であった。東京商工会議所は、以前より東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に向けて、期間中の混雑緩和の目的もあり、積極的にテレワークの推進を行ってきた。企業側がテレワークを実施するにあたっての課題は、「情報セキュリティ」が課題と答えた企業が最も多く、次いで「社内コミュニケーション」、「PCや通信環境の整備状況」の順となっている。 本連載はメンタルヘルス(=メンタル不調の予防)が主旨であるため、情報セキュリティのような主に科学技術的、企業財政的な課題はおいておき、上記2件の調査に共通して登場しているコミュニケーションという問題に絞って論じる。以下、資料を参照しつつ解説するが、コミュニケーションは、メンタルヘルスと大きな関わりがある。 3 コロナ禍における事業経営に関するメンタルヘルス 社長におかれては、コロナ禍において、従業員と同様に自身及び家族等を対象とする厳しい健康管理、予防対策を約2年間強いられ続けているうえに、先も見えない中で、過去にない社会経済環境の中での事業経営の努力、工夫もしなければならない。 例えば、一方でコロナ禍のため、売上が下がり、防疫もしなければならず、テレワークの導入など、事業の存続に苦心している職場もあれば、他方で、逆に多忙を極め、経営者も従業員が疲弊し、人事労務の観点から大変な重圧を受け続けるなど、業界や地域により様々な苦難を抱えての事業経営に勤しんでいることと思う。 後者の、多忙の余り職場に混乱をきたしている典型例は、報道にあるように、医療関連、特に現場仕事に従事する人たちの心身の疲労が厳しい。過労、睡眠不足、自身が感染する不安等々、メンタル面の重圧を受け続けている。 労災の状況を確認すると、参考資料として、厚生労働省の令和2年度「過労死等の労災補償状況」において、前年度と比較し、精神疾患の労災認定件数が、前年度比で大幅に増加しており(99件増え、608件)、その中でも業態別で「医療、福祉」が最多である。ただし、他の産業界でも、特にテレワークに切り替えづらい製造、運輸、郵便などの業種が多い。 この令和2年度というのは、官公庁における会計年度であるから、2020年4月から2021年3月末まで、すなわち日本では最初の緊急事態宣言が出され、第1波から第3波が起きた1年間である。この年度ですでに、新型コロナウイルス感染症が流行する前の年度と比較して急増している。 この年よりも更に規模の大きな感染拡大(第4波から第6波まで)が起きている本年度の統計数値は、増加することはあっても急減はしないだろう。一般に、メンタル不調は長期化し、また、再発・再燃しやすい傾向がある。経営者は自社における発症者(その家族を含む)への、長期的なケアが必要になることを前提に、流行の波間を利用するなどして、中長期の対応策を準備願いたい。 もう1つのコロナ禍での事業経営の大変さは、サービス業、特に観光業(飲食、宿泊など)における売上・利益の激減による事業の不振、従業員の雇用・賃金状況の悪化が懸念されている。この点について昨年(2021年)の状況は、東京商工リサーチの「全国企業倒産状況」や帝国データバンクの「倒産集計(2021年)」の記事にあるように、高度経済成長期以来の「歴史的低水準」となった。昨年度は倒産が記録的に減ったのだ。 これは政府・地方自治体による助成金、補助金等の支援策に加え、業態によってはオリンピック・パラリンピックの実施、政府のキャンペーンなどの特需があったかもしれない。問題は「今後」であり、記事に「倒産先送り」という表現があるように、いつまでも支援や特需が続くとは考え難い状況下で、努力と忍耐でしのいできた事業が息切れを起こす心配がある。 この点も、労災の件数と同様、今後1年の状況を踏まえて、官民一体の更なる追加措置が必要になるはずだ。本連載で示してきた予防の考え方はごく一部のものとお考えいただき、個々の実情に沿った、経営者のメンタルヘルスの方策を、長期的な観点から検討・実行をお願い申し上げる。 4 コミュニケーションの重要性と対応策について コミュニケーションは、事業経営と個人の生活の双方にとって、重要な要素である。しかし、昨今すでに、決して楽観的な状況ではないし、テレワークの影響も看過できない。以下いくつかの資料をもって、職場における現況と、改善の必要性を強調する。 これまでの連載において、コミュニケーションに関連すると考え得る要素が、職場におけるメンタルへルスに重要であることを紹介してきた。例えばコミュニケーションは、東京都労働相談情報センターのホームページにある「NIOSHの職業性ストレス・モデル」における「緩衝要因」に含まれるものであり、そこには「社会的支援」(上司、同僚、家族)」という補足がある。 このモデルを踏まえて構築された、法定の「ストレスチェック制度」において、厚生労働省により活用が推奨されている「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」の大項目A~Dのうち、C項目にある9件の質問も同様である。これらが、コロナ禍における公私の生活や、あるいはテレワークを採用している職場での業務においては、さらに重要性を増していることは言うまでもない。 次に観点を変えて、コミュニケーションが不足したり、不調になると、どのような問題があるかについて、参考資料をご案内する。まず公益財団法人日本生産性本部が実施してきた「新卒採用に関するアンケート調査」にある「選考時に重視する要素」を見る。 最新情報は2019年に公表されたもので、十数年にわたり、8割以上の企業が「コミュニケ―ション能力」を求めている。社内や顧客との折衝などにおいて、いかに現場が苦労しているかがよく分かる。念のために言っておくが、新人の能力不足だけが原因という意味ではない。「主体性」など、意欲や人柄に関する要素よりも「コミュニケーション能力」が上なのだ。 (出典) 公益財団法人日本生産性本部「2018 年度 新卒採用に関するアンケート調査結果」2ページ 次にハラスメントがメンタル不調を引き起こす大きな要因の1つであることは、報道されるハラスメント裁判の内容などからも、また、これまでの連載で紹介してきた厚生労働省の「心理的負荷による労働災害の認定基準」においても明らかであるし、次の資料も参考となる。 下図は2回にわたり厚生労働省が実施したハラスメントの実態調査のうち、2回目の平成28年度「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」の報告書にある。詳細は報告書をご覧いただくとして、質問はどのような職場でパワーハラスメントが発生したかを企業に問うたもので、ここでもコミュニケーションの問題が首位で登場する。 (出典) 厚生労働省「平成28年度厚生労働省委託事業 職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」54ページ これらの資料をご覧いただくにあたり、日常、カタカナ英語として頻繁に使っている「コミュニケーション」という言葉の辞書的な意味も把握しておく。手元の「広辞苑」(第六版)には、次のような解説がある。なお、この説明内容は、オックスフォード英英辞典で確かめてみたとき、当然ながらよく似ていたという記憶がある。長いので最初の一文のみ引用する。 他の国語辞典には、最後の「伝達」に加えて、「交換」を含むものもある。確かに職場ほか実生活において不可欠なのは伝達のみならず、受け取ることの重要さも看過できないという点は、筆者のカウンセラーの実務経験より切実に感じる。 また、前出の「コミュニケーション能力」も、えてして「思考の伝達」が重視されがちであり、例えば自己紹介やプレゼンテーションに優れているといった、論理的に語るためのスキルとして用いられているのをよく見る。それはそれで重要であるが、上掲の諸情報にあるコミュニケーションの重要性あるいはハラスメントなどをもたらすコミュニケーション不全については、むしろ「感情の伝達」(及び交換)というような、もっとウェットな意味合いを乗せて、我々はこの言葉を使っているのではあるまいか。 これが現代日本の職場においては、上手くできていないようなのだ。さらにテレワークとなると、本来、対面ならば五感を働かせて、情報の伝達及び交換を行っているのに対し、オンライン会議では音声と相手の顔面だけで、難しい会話をこなさなければならない。 コミュニケーションは、「社会生活を営む人間の間」で行われるものであり、職場ごと関係者ごとに、起きうる問題や、その改善策は異なる。万能薬はなく、関係者間の不断の工夫と努力が不可欠である。その参考に資することを期待しつつ、最後に中小企業庁ホームページで公表されている「2020年版 小規模企業白書」の一節をご案内する。 その中の、第2章「中小企業・小規模事業者における経営課題への取組」の第4節「日常の相談相手の活用」という項目に、経営者の日常的な相談相手を、多角的に集約、分析している箇所があり、企業規模や相談内容など種々の切り口から、分かりやすく解説しているので、ぜひご一覧いただきたい。 本連載もこれが最終回となる。長らくのご愛読に心より深謝申し上げます。 (連載了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第26回】 「利回りの捉え方」 ~通常意味する粗利回りと鑑定評価で用いる純賃料利回りの相違~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 前回、世間常識で捉える賃料(支払賃料)と鑑定評価で基本とする賃料(実質賃料)との間には感覚的な隔たりがあるという話をしました。今回も賃料から派生する内容ですが、不動産の収益性を測る物差しとしてしばしば用いられている「利回り」には2通りの捉え方があり(=粗利回りと純賃料利回り)、これらを区別して用いる必要があることを解説しておきます。 また、粗利回りという概念が不動産業界では広く用いられているのに対し、鑑定実務ではむしろ純賃料利回りが価格(=収益価格)を求めるベースとされているため、この点からも留意が必要です。 以下、税理士の皆様には周知の内容も多分に含まれているものと思われますが、鑑定評価の常識を探るという意味から、基礎的な部分も含めて読んでいただければ幸いです。 2 そもそも「利回り」とは 利回りという概念は、どちらかといえば抽象的で、かつ相対的なものとして捉えられています。そのため、改めて「利回り」とは何か、「利回り」にはどのようなものがあり、どのように異なるのかといった話題に発展した場合、これらを明確に表現するのは思った以上に難しいというのが実情です。そのため、本稿ではあまり専門的な話には立ち入らず、基本的な考え方を述べておきます。 まず、「利回り」という概念を一言で表現すれば、不動産の賃料をその価格で割算して求めた割合(%)ということになります。土地が賃貸借の対象となっているのであれば地代(年額)を土地価格で割り、建物(敷地を含む)が賃貸借の対象となっているのであれば家賃(年額)を土地及び建物の価格の合計で割った結果が広い意味での利回りに該当します。 3 「粗利回り」とは しかし、地代や家賃として授受されている金額のなかには、対象不動産を所有したり、賃貸に供していくために必要な諸経費(必要諸経費)が含まれているのが通常です。例えば、対象不動産の所有に伴って生ずる固定資産税・都市計画税や、賃貸に供していくために必要な維持管理費・修繕費等がこれに該当します。 そのため、地代や家賃の総額を対象不動産の価格で割って求めた結果は、諸経費を控除する前の総収益を基にしたものであり、純収益を基にしたものではありません。その意味で、このような計算によって求めた利回りはいわゆる「粗利回り」あるいは「荒利回り」とも呼ばれています。 このような利回りがしばしば用いられている理由として、粗利回りは適用が比較的簡単で、分かり易いという点があげられます。すなわち、支払賃料そのものと不動産価格との関係から直接的に利回りを求めることができるからです。不動産業界において粗利回りという概念が広く用いられているのも、このあたりに根拠を見い出せそうです。 また、必要諸経費の査定に当たり、固定資産税等の実額を用いる項目は別として、管理費・修繕費等の査定には一種の見積的要素が介入しますが、総収益を基礎とすればこれを排除できる点にもメリットがあります(貸主の立場にあって必要諸経費の金額を直接把握できる場合は別として、これに関する資料を入手しにくいという場合は、粗利回りは収益性を判断する1つの目安となります)。 4 「純賃料利回り」とは 純賃料利回りとは、 という算式によって導かれる諸経費抜きの価格に対する割合です。 不動産の収益性を表わす利回りの算定基礎として、鑑定評価では上記算式によって求めた純収益を使用しています。すなわち、不動産の価格を求める手法の1つである収益還元法においては上記の関係に着目し、 として試算価格を求めています。 このような考え方は、収益目的に供される不動産といっても、総収益から控除される総費用は個々のケースによって異なるため、これらを控除した純収益を利回り計算の基礎として用いる方が理論的であるという視点に立っています。 なお、両者のイメージの相違を表わしたものが〈図表1〉及び〈図表2〉です。 〈図表1〉粗利回りと純賃料利回りの関係 〈図表2〉利回りと元本価格の対応関係 5 まとめと留意点 以上述べてきた内容を踏まえ、収益性を判断するに当たり、粗利回りを参考にする際の留意点を以下に掲げておきます。 (了)
2022年2月10日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.456を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。