〔令和3年度税制改正における〕 株式交付に係る課税繰延べ措置 【第1回】 「株式交付の仕組み」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 1 はじめに 令和元年の会社法改正(令和3年3月1日施行)により、株式交付制度が創設され、産業競争力強化法の事業再編計画の認定を受けることなく、現物出資規制や有利発行規制が適用されないこととなったが、株式交付制度に対応する税務上の特例がなかったため、令和3年度税制改正により、株式交付により、その有する株式を譲渡し、株式交付親会社の株式等の交付を受けた場合には、その譲渡した株式の譲渡損益の計上を繰り延べる措置(以下「株式交付に係る課税繰延べ措置」という)が創設されることとなった。 本連載では、この新たに創設された株式交付に係る課税繰延べ措置について解説する。 【第1回】は、まず会社法における株式交付の仕組みについて確認する。 なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることを予めお断りしておく。 2 株式交付の仕組み(概要) (1) 「株式交付」とは 「株式交付」とは、株式会社が他の株式会社を子会社とするために、当該他の株式会社の株式を譲り受け、株式の譲渡人に対してその株式の対価として当該株式会社の株式を交付することをいう(会2三十二の二)。つまり、自社株式を対価とした企業買収を可能とするもので、部分的な株式交換により株式を取得する制度である。ここで、買収会社である「株式会社」を「株式交付親会社」、被買収会社である「他の株式会社」を「株式交付子会社」という。 株式交付子会社の株主に対して交付する対価には、株式交付親会社の株式を必ず含める必要があるが、株式交付親会社株式と金銭等を交付すること(混合対価)も可能である。 《株式交付のイメージ》 《現行の各種規制と株式交付の関係》 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (2) 株式交付の留意点 ① 株式交付は他の株式会社を子会社とする場合に限定されている 株式会社が、既に議決権の過半数を有している子会社の株式を買い増す場合や、他の株式会社を子会社としない場合(議決権の過半数の取得に至らない場合)には、株式交付を用いることはできない。 ② 他の株式会社が「外国会社」の場合には株式交付は利用できない 株式交付親会社と株式交付子会社は日本の会社法に準拠して設立された「株式会社」に限定されていることから、他の株式会社が外国法令に準拠して設立された「外国会社」の場合には、株式交付は利用できない。 ③ 三角株式交付はできない 株式交付親会社株式と金銭等を交付すること(混合対価)は可能であるが、株式交付子会社の株主に対して交付する対価には、株式交付親会社の株式を必ず含める必要があり、合併や株式交換のような対価を存続会社等の親会社株式とする特則(会800)はないため、三角株式交付はできない。 3 株式交付の手続き (1) 株式交付親会社における手続き 株式交付に際して、株式交付親会社側では下記の手続きが必要となる。 ① 株式交付計画の作成 株式交付をする場合には、株式交付計画を作成しなければならず、株式交付計画において、下記の事項を定める必要がある(会774の2、774の3)。 ② 事前開示手続き 株式交付親会社は、株式交付計画備置開始日から株式交付の効力発生日後6ヶ月を経過する日までの間、株式交付計画の内容等を記載した書面又は電磁的記録を本店に備え置かなければならない(会816の2①)。 ③ 株主総会決議による株式交付計画の承認 株式交付親会社は、原則として、効力発生日の前日までに、株主総会の特別決議によって、株式交付計画の承認を受けなければならない(会816の3①、309②十二)。 ただし、簡易手続きも認められており、株式交付子会社の株主に交付する対価の合計額の株式交付親会社の純資産額に対する割合が5分の1を超えない場合には、株主総会決議を要しないこととされている(会816の4)。 ④ 反対株主保護手続き 株式交付親会社は、効力発生日の20日前までに、その株主に対し、株式交付をする旨並びに株式交付子会社の商号及び住所を通知しなければならず、株式交付に反対する株主は、株式交付親会社に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができる。 ただし、簡易手続きの場合、つまり、株式交付子会社の株主に交付する対価の合計額の株式交付親会社の純資産額に対する割合が5分の1を超えない場合には、株式交付親会社の株主は、株式買取請求をすることはできないとされている(会816の6)。 ⑤ 債権者保護手続き 株式交付に際して株式交付子会社の株式等の譲渡人に対して交付する対価が株式交付親会社株式のみである場合以外の場合(混合対価の場合)には、株式交付親会社の債権者は、株式交付親会社に対し、株式交付について異議を述べることができるとされており、株式交付親会社は、債権者保護手続きをとる必要がある(会816の8)。 ただし、株式交付親会社株式以外の対価の合計額が対価の総額の20分の1よりも小さい場合には、債権者保護手続きは不要とされている(会施規213の7)。 ⑥ 事後開示手続き 株式交付親会社は、効力発生日後遅滞なく、株式交付に際して株式交付親会社が譲り受けた株式交付子会社の株式の数等を記載した書面又は電磁的記録を作成し、効力発生日から6ヶ月間、その書面等を本店に備え置かなければならない(会816の10)。 (2) 株式交付子会社の株式の譲渡し(株式交付親会社と株式交付子会社の株主との手続き) 株式交付親会社と株式交付子会社の株主との間で必要な手続きは、次の通りである。 ① 株式交付親会社による通知 株式交付親会社は、株式交付子会社の株式の譲渡しの申込みをしようとする者に対し、株式交付親会社の商号、株式交付計画の内容等を通知しなければならない(会774の4①)。 ② 株式交付子会社の株式の譲渡しの申込み 株式交付子会社の株式の譲渡しの申込みをする者は、譲渡しの申込みの期日までに、申込みをする者の氏名又は名称及び住所、譲り渡そうとする株式交付子会社の株式の数を記載した書面を株式交付親会社に交付しなければならない(会774の4②)。 ③ 株式交付親会社が譲り受ける株式交付子会社の株式の割当て 株式交付親会社は、申込者の中から株式交付子会社の株式を譲り受ける者を定め、かつ、その者に割り当てる株式交付親会社が譲り受ける株式交付子会社の株式の数を定めなければならない(会774の5)。 ④ 総数譲渡し契約を締結する場合 株式交付子会社の株式を譲り渡そうとする者が、株式交付に際して、譲り受ける株式交付子会社の株式の総数の譲渡しを行う契約を株式交付親会社との間で締結する場合には、上記①から③は適用しない(①から③の手続きは不要)とされている(会774の6)。 ⑤ 株式交付子会社の株式の給付 株式交付子会社の株式の譲渡人となった者は、効力発生日に、株式交付子会社の株式を株式交付親会社に給付しなければならない(会774の7②)。 (3) 株式交付子会社における手続き 株式交付子会社側では特段手続きは不要であるが、株式交付子会社株式が譲渡制限株式の場合には、株式交付子会社において取締役会等による譲渡承認が必要となる点に留意が必要である(会136、139)。 (4) 株式交付の効力の発生 株式交付計画で定めた効力発生日に、株式交付親会社は、株式交付子会社の株式を譲り受け、株式交付子会社株式の譲渡人は、株式交付親会社の株式の株主となる(会774の11①②)。 ただし、効力発生日において債権者保護手続きが終了していない場合や、株式交付親会社が給付を受けた株式交付子会社株式の総数が株式交付計画で定めた下限の数に満たない場合には、株式交付の効力は発生しないこととなる(会774の11⑤一、三)。 * * * 次回以降、旧租税特別措置法における株式対価M&Aに係る課税繰延べ措置及び新租税特別措置法における株式交付に係る課税繰延べ措置について解説していきたいと思う。 (了)
[令和3年度税制改正における] 結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置 税理士 徳田 敏彦 結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置は、父母、祖父母等の直系尊属が20歳以上50歳未満の子、孫等へ結婚・子育て資金を信託等により一括して拠出した場合に、受贈者ごと1,000万円(うち、結婚に際して支払う金銭は300万円)まで贈与税が非課税となる制度である。 本制度における令和3年度税制改正での主な改正点は3点である。 1点目が適用期限の延長、2点目が管理残額の一定部分について相続税額の2割加算の適用、3点目は受贈者の年齢要件を18歳に引き下げることである。 本稿では改正点に重きをおくため、制度の基本的な内容には触れないことに留意する。 1 適用期限 平成27年4月1日から令和3年3月31日までの適用期限が2年延長され、令和5年3月31日までとなる。 2 管理残額の相続税額の2割加算(相続税法18条)の適用 平成27年の本制度創設時から、贈与者が死亡した場合には、管理残額を贈与者から相続等により取得したものとみなされる。そのため、贈与者の死亡にかかる相続税の課税価格に管理残額を含めて計算する制度であることは変わりない。ただし、相続税額の2割加算の適用はなかった。 令和3年度改正において、受贈者が贈与者の子以外(孫等)である場合の相続税額の計算にあたっては、管理残額のうち令和3年4月1日以後拠出分に対応する相続税額については、相続税額の2割加算の対象となる改正が行われた。 改正の推移を一覧表にすると以下となる。 (出典) 国税庁発表資料を一部加工 3 対象年齢の引下げ 受贈者の年齢要件が「20歳以上50歳未満」であるところ、令和3年度改正によって「18歳以上50歳未満」に改正された。令和4年4月1日以後に贈与者から信託等で拠出される資金を取得する受贈者に適用される。 これは、平成30年6月13日、民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げること等を内容とする民法の一部を改正する法律が成立し、令和4年4月1日から施行されることによるものである。 4 改正点における留意事項 (1) 令和3年4月1日以後拠出分の管理残額の相続税額の2割加算について 相続や遺贈、相続時精算課税制度で財産を取得した者が、被相続人の一親等の血族(代襲相続人となった孫(直系卑属)を含む)及び配偶者以外の者である場合には、その者の相続税額にその相続税額の2割に相当する金額を加算する。 本制度を利用する際に、孫、ひ孫を受贈者とする可能性もあるが、代襲相続人でない孫、ひ孫への管理残額は相続税額の2割加算の対象となる。 (2) 受贈者の所得制限 平成31年4月1日以後の拠出については、受贈者の前年分の合計所得金額が1,000万円を超える場合には本制度の適用はできない。これは令和3年4月1日以後も同様である。 (3) 管理残額以外の財産を取得しなかった者の相続開始前3年以内贈与加算 管理残額以外に被相続人から相続開始前3年以内に暦年贈与を受けていた場合でも、相続又は遺贈で管理残額以外の財産を取得しなかった場合には、相続財産の加算の適用はない。 ただし、死亡保険金や死亡退職金等のように、相続又は遺贈により取得したものとみなされる財産を取得した場合には、3年以内贈与加算の適用があることに留意する。 (4) 2割加算の金額の算出 ① 2割加算の対象とならない管理残額の算出 2割加算の対象とならない金額は以下となる。 ② 受贈者の相続税額のうち2割加算の対象とならない部分の金額の算出 (5) 結婚・子育て資金口座の契約の終了 結婚・子育て資金口座の契約は、以下のいずれかの事由に該当した場合に終了し、管理残額がある場合には、その管理残額が贈与税の課税価格に算入される。 (※) ただし、上記(ⅱ)の場合には贈与税の課税価格に算入されるものはない。 5 今後の動向 本制度は利用件数が累計7,210件であり、教育資金一括贈与の利用件数(累計)約24万3,000件と比較すると非常に低調である(利用件数は令和3年3月時点(一般社団法人信託協会発表資料より))。 本年度税制改正により相続税額の2割加算が適用されるため、利用件数がさらに伸び悩むであろう。 また、税理士業務として相続税申告を受託した場合には、過去の本制度の利用を必ず確認する必要があることに留意したい。 (了)
相続税の実務問答 【第63回】 「遺言としては無効だが死因贈与と認められる場合」 税理士 梶野 研二 [答] ご質問の事実関係に照らせば、別荘をあなたに遺贈するとの叔母様の遺言が無効であったとしても、叔母様が亡くなられた時に、叔母様があなたに軽井沢の別荘を贈与するとの死因贈与契約が成立していたと認めることができます。そうしますと、叔母様の死亡とともに、軽井沢の別荘はあなたが取得することとなりますので、あらためてお母様又は叔父様から贈与を受ける必要はありません。 相続税法の規定上、死因贈与は遺贈と同様に扱われますので、あなたが死因贈与により取得した別荘は相続税の課税対象になり、贈与税の課税対象とはされません。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 遺贈と死因贈与 遺贈は、遺言により遺言者の死亡により特定の財産又は割合をもって特定の者に遺産を取得させる行為です。また、死因贈与とは、贈与者の死亡によって効力を生じる贈与契約をいいます(民法554)。 遺言は、民法により厳格な方式が定められており、定められた形式要件を満たさない限り、その遺言は無効とされます(民法960)。一方、死因贈与は、当事者の意思の合致により有効に成立します(民法549)。死因贈与においては、贈与契約書を作成することが多いと思われますが、契約書が作成されていないとしても当事者の合意があれば契約は有効に成立しています。ただし、相続人やその他の利害関係人との間で死因贈与契約の有無が問題になった場合には、贈与契約書等の書面がないと死因贈与による財産の取得の主張を通すことは困難となることが多いと思われます。 2 遺言の方式 民法は、一般的な遺言の方式として、次の方式を定めています。 (※) このほかに民法は、特別方式の遺言として、死亡危急者遺言(民法976)、伝染病隔離者遺言(民法977)、在船者遺言(民法978)及び船舶遭難者遺言(民法979)を定めています。 例えば、上記3つの方式のうち最も簡便な自筆証書遺言の場合、自書されていないもの(財産目録を除きます)、日付が記載されていないもの、氏名が自署されていないもの、押印のないものなどは、有効な遺言とは認められません。 しかしながら、このように遺言としては無効なものであったとしても、遺言書・・・を書いた者とその遺言書・・・で遺贈の相手方とされている者との間で、その者の死亡を原因としてその者の財産を相手方に贈与するとの合意が認められるならば、死因贈与契約が有効に成立していると考えられます。いわゆる「無効行為の転換」が認められる典型的なケースと言えます。その場合には、無効な遺言書により遺贈の目的とされていた財産は、その者の死亡とともに死因贈与契約により相手方が取得することとなります。 3 相続税法における死因贈与 上記2のとおり、遺贈が否定されたとしても、死因贈与が有効に成立していると認められることがあります。遺言は無効であっても、死因贈与契約としては有効に成立していると認められるのであれば、無効な遺言で受遺者とされていた者は、死因贈与により被相続人の財産を取得することとなります。 民法は、死因贈与も遺贈と実質的には変わりないことから、死因贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用することとしています(民法554)。相続税法においても、同様の趣旨により、遺贈には死因贈与が含まれることとされており(相法1の3①一、措法69の2①)、相続税の課税上、死因贈与による財産の取得は、遺贈による財産の取得と同様に扱われることとされています。 したがって、遺言が無効であったとしても、死因贈与としては有効に成立していると認められることから、無効な遺言書に記載されていた財産を取得することとなった場合には、その財産は贈与税の課税対象ではなく、相続税の課税対象となります。 4 質問の場合 あなたに軽井沢の別荘を遺贈する旨の叔母様の遺贈が無効であるならば、この別荘は、相続人であるお母様又は叔父様が相続により取得することとなります。あなたがこの別荘を、対価を支払わずに取得するには、相続によりこの別荘を取得したお母様又は叔父様からあらためて贈与を受ける必要がありますが、その場合には、あなたに贈与税が課税されることとなります。 しかしながら、別荘をあなたに遺贈するとの遺言が無効であったとしても、叔母様から、「私が死んだときには、この別荘をあなたにあげるわ」と言われ、叔母様から遺言書の下書きを見せてもらい、あなたがその場でお礼を言うとともに、叔母様に感謝の手紙を送ったとの事実関係に照らせば、あなたと叔母様の間で、叔母様の死亡により、あなたが叔母様のお持ちだった別荘の贈与を受けるとの死因贈与契約が成立していたと認めることができます。そうしますと、この死因贈与契約により、叔母様の死亡とともに、あなたは軽井沢の別荘を取得することとなりますので、あらためてお母様又は叔父様から贈与を受ける必要はありません。 なお、相続税の課税上、死因贈与は遺贈と同様に扱われますので、あなたが死因贈与により取得した別荘は相続税の課税対象となり、贈与税の課税対象とはされません。 (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第3回】 「共有で取得した場合の小規模宅地等の特例の適用面積」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲の相続発生に伴い、甲の所有していた土地建物を配偶者乙と長男丙がそれぞれ1/2の共有で取得した場合において、乙及び丙が適用できる小規模宅地等の特例の適用面積は何㎡でしょうか。 甲が所有していた土地建物の相続発生前の利用状況は、下記の通り、1階部分は甲が飲食店の経営をしており、2階部分は甲と乙の居住の用として利用していました。建物は1棟の建物ですが、1階と2階部分は、建物の構造上、区分されています。乙は特定居住用宅地等の要件を満たし、甲の事業を承継した丙は、特定事業用宅地等の要件を満たしているものとします。 [A] 小規模宅地等の特例(以下単に「特例」という)の適用面積は、それぞれ次の通りとなります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 共有で取得した場合の特例の適用面積の2つの考え方 小規模宅地等の特例の対象面積は、被相続⼈の親族が相続⼜は遺贈により取得した持分の割合に応ずる部分に限るとされています(措令40の2⑩⑫⑱㉒)。この場合の持分の割合に応ずる部分をどのように算定するかについては、次の2つの方法が考えられます。 ① 各共有者の権利は、土地建物全体に及ぶと考えて、乙及び丙がそれぞれ事業用と居住用の1/2ずつを均等に取得したものとして計算する方法(以下「持分均一法」という) この考え方によれば、乙及び丙が取得する面積は、それぞれ次の通りとなります。 乙も丙も持分に応じて居住用及び事業用の土地部分を取得することになります。 乙は居住用の特例適用ができますので、適用面積は40㎡となります。 丙は事業用の特例適用ができますので、適用面積は60㎡になります。 ② 取得した持分に対応する面積の範囲内で優先的に特例適用を考える方法(以下「優先適用法」という) 居住用の土地の面積と事業用の土地の面積は、次の通りとなります。 乙及び丙の持分に応じた面積は、それぞれ100㎡(200㎡ × 1/2)ですので、100㎡の中で納税者が有利になるように乙は居住用を優先的に取得し、丙は事業用を優先的に取得した場合には、特例の適用面積は、下記の通り選択することになります。 2 共有で取得した場合の特例の適用面積の求め方 持分の割合に応ずる部分をどのように算定するかについては、租税特別措置法上の解釈が明確にされていませんので、民法上の共有の考え方を準用し、上記1の①の持分均一法が適切であると考えらます。 民法第249条は、「各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる」と規定されていますので、各共有者は共有物の全部について権利を有することになります。したがって、乙及び丙は、土地建物の全部について2分の1の権利を有するものとして特例の適用を考える必要があります。 平成27年6月25日の裁決事例(TAINSコード:J99-8-17)では、共同相続人が、複数の利用区分が存する一の宅地を相続により共有で取得した場合の持分の応ずる部分の算定方法について争われた事例となりますが、下記の通り、判断しています。 本問の場合には、乙は土地建物全体の2分の1を所有していることになりますので、上記1の②の優先適用法での計算は認められず、居住部分及び事業部分のそれぞれの部分を均等に2分の1取得したということになります。したがって、乙は、居住の用に供されていた部分の面積80㎡(200㎡ × 80㎡/200㎡)に自己の持分1/2を乗じた部分(40㎡)が適用面積となります。同様に丙は、事業の用に供されていた部分の面積120㎡(200㎡ × 120㎡/200㎡)に自己の持分1/2を乗じた部分(60㎡)が適用面積となります。 ★実務上のポイント★ 本問の場合には、共有取得ではなく、区分登記及び敷地権割合の設定により、居住用部分を乙が、事業用部分を丙が単独で取得することができれば、200㎡の面積について特例の適用を受けることができます。実務的には、節税効果と登記費用の負担等を考慮し、検討することになります。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第46回】 「当初の住宅ローンを借り換えた場合」 -買換資産に係る借入金又は債務の借換えをした場合- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、17年前から住んでいた家屋とその土地を、本年2月に売却しました。 同年3月に、A銀行に住宅ローンを組んで買換資産を購入し、居住の用に供しましたが、同年11月に、B銀行に住宅ローンを新たに組み直して、A銀行の住宅ローンの金額は全額返済しました。 他の適用要件が具備されている場合で、本年12月31日にB銀行の住宅ローンの残高がある場合に、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができます。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例」における「住宅借入金等」とは、住宅の用に供する家屋の新築若しくは取得又はその家屋の敷地の用に供される土地等の取得に要する資金に充てるために、契約において償還期間又は賦払期間が10年以上の割賦償還又は割賦払の方法により返済することとされている政令(措令26の7⑫)で定める金融機関等からの借入金等とされています(措法41の5⑦四)。 そして、住宅ローンを借換えした場合については、次の通達により取り扱われます。 租税特別措置法関係通達41の5-16(借入金又は債務の借換えをした場合) したがって、本事例の場合、当初の借入金であるA銀行の住宅ローンを消滅させたB銀行の住宅ローンであり、かつ、租税特別措置法施行令第26条の7第12項第1号に規定する金融機関からの住宅ローンであることから、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができます。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第30回】 「名目監査役の役員給与」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 中小企業における監査役の現状 同族会社の機関設計においても取締役会設置会社を選択する例は数多く存在するため、取締役会設置会社への設置が義務とされる監査役も相当数が存在しているはずである(会社法327②)。中小企業の中には、顧問関係にあると思われる税理士や公認会計士が監査役に就任しているケースも散見されるが、中小企業の監査役の実態としては、権限を正しく行使して職務を行っている存在よりも、親族や元使用人が就任して事実上機能しない、「名義貸し」に近い監査役の方が多いと思われる(以下、「名目監査役」という)。 法人税法上、監査役も役員とされることは今更触れるまでもないが(法法2十五)、会社法上、監査役は使用人を兼ねることができないとされている点は留意するべきである(会社法335②)(※1)。 (※1) この点については【第19回】参照。 すなわち、監査役にも定期同額給与・事前確定届出給与・業績連動給与等の法人税法34条の規定が適用されるため、上記の名目監査役、特に死亡退任等で空席となった名目監査役の後任としてこれまで使用人だった存在が就いたケース等において、従来と同様の扱いをしてしまうと税務上問題となり得ることになる。以下、参考となる事例を紹介する。 (2) 監査役に対する残業手当等が損金不算入であるとされた事例 この事例は、法人設立手続きでは監査役とされたが、現場作業に従事していた事実上の使用人(以下、「甲」という)に対し、基本給に加えて残業代や賞与等を支給していたケースにおいて、残業手当や賞与が損金不算入であるとされた事例である(※2)。 (※2) 最高裁平成25年4月12日決定(税務訴訟資料263号順号12199、TAINS:Z263-12199)。高裁・最高裁とも地裁を支持しているため、鹿児島地裁平成24年3月7日判決(税務訴訟資料262号順号11903、TAINS:Z262-11903)の要旨を記載する。 本件は、納税者側の主張として、甲が適法に監査役に選任されておらず、甲は事実上使用人であったと主張したことが注目される。 この点、裁判所は、監査役の選任に当たっては甲本人が記名押印し、そして印鑑証明書を公証役場に提出する必要があることから、甲が自らの意思で監査役に就任したことを認定し、監査役が使用人を兼ねることは禁止されていることから、専ら使用人としての業務を行っていたこと等をもっても、適法に選任された監査役を使用人として扱うことはできないとしている。監査役は、使用人の実態があっても税務上は監査役として取り扱われることが示された事例であるといえよう。 (3) 冒頭の事例 紹介した上記裁判例では、基本給部分自体の損金算入性については争点となっておらず、給与のうち、「残業手当等及びボーナス等については、定期同額給与、その役員の職務につき所定の時期に確定額を支給する旨の定めに基づいて支給する給与、同族会社に該当しない内国法人がその業務執行役員に対して支給する利益連動給与のいずれにも当たらず、また、退職給与及び新株予約権による給与にも該当しない」と示すに留まっている。 この点、冒頭の事例で最も留意しておくべきケースは、形式基準であると考える(※3)。例えば、冒頭の事例において、他の取締役らの報酬を株主総会等で定めている場合、当該名目監査役の報酬部分も決議する必要があるだろう。すなわち、監査役が名目である限り使用人としての勤務を継続するため、当該名目監査役の報酬に関する決議は意識されない可能性があり、名目監査役のみ形式基準を充足できないという点がリスクとして存在するのである。この場合には、基本給部分も含めた名目監査役の役員給与全ての損金算入性が問題となり得る。 (※3) 形式基準については【第3回】参照。 筆者が見聞する限りではあるが、「監査役は使用人を兼ねることができない」という点は、あまり認識されていないようにも思われる。このようなリスクを回避するために機関設計を変更し、取締役会を廃止することで監査役の設置義務対象から外れることも一案だといえる。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第32回】 「非適格分社型分割を行った場合の分割法人の取扱い」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 前回は、非適格分社型分割を行った場合の分割承継法人の取扱いについて確認しました。 今回は、非適格分社型分割を行った場合の分割法人の取扱いについて解説します。 1 資産負債の譲渡損益 (1) 原則 分割法人が非適格分社型分割により分割承継法人にその有する資産・負債の移転をしたときは、分割時の時価による譲渡をしたものとされ(法法62①)、分割対価として分割承継法人株式等を分割時の時価により取得したものとされます。 (2) 完全支配関係がある法人間で非適格分社型分割が行われた場合 ① 内容 グループ法人税制の適用により、完全支配関係がある法人間で非適格分社型分割が行われた場合には、譲渡損益調整資産(②参照)にかかる譲渡損益が繰り延べられ、簿価で移転したのと同様の結果となります(法法61の13①)。譲渡損益調整資産以外の資産については、原則通り、譲渡損益を認識することとなります。 ② 譲渡損益調整資産 「譲渡損益調整資産」とは、固定資産、棚卸資産である土地等、有価証券(売買目的有価証券を除きます)、金銭債権、繰延資産のうち、直前の帳簿価額が1,000万円以上の資産をいいます。 2 みなし事業年度 非適格分社型分割の場合には、非適格合併と異なり、みなし事業年度は生じません。 3 分割法人の役員、使用人に対する退職給与 非適格合併と異なり、非適格分社型分割により分割法人は消滅しないので、分割法人における役員退職金の損金算入時期は原則通り、株主総会等で金額が具体的に確定した日又は退職給与を支給した日の属する事業年度の損金の額に算入されます(法基通9-2-28)。 分割により退職した分割法人の使用人に対して退職給与を支給する場合には、退職給与規程等で退職給与を支給する旨及びその金額が決まっているときは、分割事業年度において債務として確定しているため、未払金として処理しても損金の額に算入されます。 4 欠損金の繰戻し還付 非適格分社型分割の場合には、非適格合併と異なり、欠損金の繰り戻しによる法人税の還付請求はできません。 5 繰延資産 非適格分社型分割の場合には、繰延資産の未償却残高は、分割法人の分割事業年度の損金の額に算入することとなります(法基通8-3-6)。 6 一括償却資産 非適格合併の場合には、一括償却資産の未償却残高を被合併法人の最後事業年度の損金の額に算入することとなっていますが、非適格分社型分割により分割法人が一括償却資産を分割承継法人に移転した場合には、特段の定めはないことから、一括償却資産を除却したときと同様に、分割法人側で引き続き償却していくこととなります。 7 事業税 非適格合併と異なり、分割法人の分割事業年度の事業税は、分割法人側で翌期に確定申告を行ったときに損金の額に算入されます。 8 非適格分社型分割により減少する資本金等の額、利益積立金額 非適格分社型分割があった場合には、分割法人において資本金等の額及び利益積立金額は増減しません。 9 分割承継法人株式の取得価額 非適格分社型分割により、分割法人が取得する分割承継法人株式の取得価額は、分割時に通常取得に要する価額(時価)とされています(法令119①二十七)。 10 具体例 〈分割法人の貸借対照表〉 〔前提〕 〔分割法人の移転税務仕訳〕 〇減少する資本金等の額、利益積立金額 非適格分社型分割の場合、資本金等の額、利益積立金額は減少しません。 〇分割承継法人株式の取得価額 分割承継法人株式の取得価額は分割時の時価となります。 ◆非適格分社型分割を行った場合の分割法人の取扱いのポイント◆ みなし事業年度は生じません。 資産等の移転は、分割時の時価による譲渡をしたものとされ、分割法人において譲渡損益が生じます。 分割法人は分割対価として分割承継法人株式を分割時の時価で取得します。 分割法人において資本金等の額及び利益積立金額は減少しません。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第117回】 アジャイルメディア・ネットワーク株式会社 「第三者委員会最終調査報告書(要点版)(2021年6月21日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【アジャイルメディア・ネットワーク株式会社第三者委員会の概要】 【アジャイルメディア・ネットワーク株式会社の概要】 アジャイルメディア・ネットワーク株式会社(以下「AMN」と略称する)は、2007(平成19)年2月設立。インターネットによる広告配信代理、情報提供サービスを主たる事業とする。連結売上高590百万円、連結経常損失210百万円、従業員数73人(いずれも、訂正前の2020年12月期実績)。東京証券取引所マザーズ上場。本店所在地は東京都港区。会計監査人は、2020年12月期まで、有限責任監査法人トーマツ東京事務所(以下、「監査法人トーマツ」と略称する)であったが、2021年12月期から、かなで監査法人。 【調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 AMNは、2021年12月期から会計監査人に就任したかなで監査法人による2021年12月期第1四半期レビュー手続の中で、不適切な会計処理があることを指摘されたことを契機として、当該指摘の内容を確認したところ、AMNの取締役である石動力氏(調査報告書上は、「取締役A」と記載。以下、「石動取締役」と略称する)による資金流用の疑義(本件疑義)を認識するに至った。 そのため、AMNは、2021年5月12日、取締役会において、外部専門家による第三者委員会を立ち上げて本件疑義について調査を進めていくことを決定し、外部専門家の人選を開始するとともに、本件疑義の発生及び2021年12月期第1四半期決算の発表を延期する旨を公表した。 AMNは、2021年5月17日の取締役会において、本件疑義の内容を「2019年12月期第4四半期から2021年12月期第1四半期に至るまでの期間において、ソフトウェア仮勘定を利用して現金で支払った金額の中に含まれる資金流用の疑義」として特定した上で、第三者委員会を設置した。そして、同日、第三者委員会を設置したこと、同日の時点において、資金流用の疑義がある金額は約1億2千万円であることを公表した。 2 石動取締役による不正行為の概要 第三者委員会の調査による不正行為の概要と、不正に流出した資金の額をまとめると次のとおりとなる。表の①及び②は小口現金からの支出であり、③及び④は、預金の送金によるものである。 (※) 石動取締役が精算した接待交際費及びタクシー代について、第三者委員会は、同氏が、社外の人脈構築により、取引先、金融機関及び出資者等を紹介する役割を担っており、他の役員と比較して、接待交際費の金額が嵩むことについてはAMNにおいて共通の認識であったとしながらも、同氏の接待交際費及びタクシー代は、他の役員の中でも、かなり突出して高額であることから、これらの事業関連性については精査が必要であるとしており、この全額が不正な経費精算とはいえない。 3 不正な資金流用の動機 第三者委員会は、石動取締役による不正の動機を解明するため、不正に支出した資金の流れを明らかにするよう試みたものの、石動取締役からは、同氏名義の預金通帳、同氏が経営する事業会社Gの財務情報の提出を求めたものの拒否されている。そのため、関係者からのヒアリングに依拠しながら、調査を進め、不正出金後の資金の流れとして、①石動取締役が自ら代表取締役を務める事業会社Gの事業資金の需要、②石動取締役の特殊な生活環境による親族等の生活資金の需要の2つが考えられると結論づけている。 第三者委員会は、それぞれに流出した資金額について確定できていないが、石動取締役の説明では、同氏の親族等の生活資金として、毎月200万円から300万円が必要であり、これはAMNからの役員報酬で賄われる額ではなく、同氏の記憶によれば、AMNから不正に流出した資金の約3割(約1億円)がこれらの生活環境を構築、維持するために費用として費消されたとしている。 AMNの2020年12月期有価証券報告書によれば、2人の取締役(代表取締役と石動取締役)に対する報酬は年額29,450千円であった。 4 再発防止に向けた提言(調査報告書30ページ以下) 第三者委員会は、再発防止に向けた提言を次のようにまとめている。 第三者委員会による提言は、はじめに「現状分析」を置き、次に「改善策」を説明するという形式となっている。AMNに特徴的な項目として、まず、「社外取締役・社外監査役」の存在が挙げられる。AMNでは、4名いる社外取締役・社外監査役のうち3名が、不正行為を行った石動取締役の知己であり、その招聘により、対象会社に参画したものである。その点について、第三者委員会は、「本件調査においては、本件不正行為の発生・促進に、当該参画経緯が直接影響したとまでは認定できないものの、その独立性が弱められ、十分な監督機能を果たすことができない抽象的なおそれは、払拭できない」と述べている。 さらに、第三者委員会は、AMNの「内部通報制度」についても、「内部通報制度の存在自体が、ほとんど認知されておらず、内部通報の実績も、ほぼ無い」と現状を指摘した上で、今後速やかに、「役職員のコンプライアンス意識向上に向けた教育にあわせ、役職員に対し、①内部通報制度の存在、仕組み及び利用について周知するとともに、②内部通報者が不利益を被らないよう、情報提供者の秘匿と不利益扱いの禁止に関する規律を整備し、これを周知するべきである」とした上で、「内部通報窓口の外部担当者らにこれを担当させることにより、コンプライアンス違反等を発見した者が、ためらわず内部通報を行うことができる環境を整えていくことが肝要である」と、通報窓口の外部委託を提言している点が注目できる。 【調査報告書の特徴】 2018年3月に株式公開を果たしたAMNは、確認できる業績としては、2018年12月期に売上高、経常利益とも最高額を記録したものの、2019年12月期からは2期連続して減収減益決算で、経常損失を計上していた。業績が低迷する中で、2人しかいない社内取締役の1人で、前期までは「副社長」の肩書を得ていたCFOが、自ら犯した不正な資金流出事案が、本件である。不正自体は、きわめて単純な手口によるもので、会計監査人が不正な資金流出に気付かなかったのが不思議なくらいであるが、公表されている調査報告書には、会計監査人の監査方法に関する直接的な記述はない。 アジャイル(agile)とは、「機敏な」「頭の回転が早い」ことを意味する。コンピュータ業界では「アジャイル開発」という用語もよく使われているようだが、本件で資金の不正流用の名目が「ソフトウェア開発」であったのは、何とも皮肉な話である。 なお、公表された「要点版」以外に「詳細版」が存在することが明示されており、「詳細版」の内容については不明であることから、本稿は、あくまで「要点版」の記述をもとにまとめていることを附言しておきたい。 1 会計監査人の異動と不正の発覚 AMNは、2021年2月19日、「公認会計士等の異動に関するお知らせ」をリリースし、上場前からの会計監査人である監査法人トーマツから、2020年10月に設立されたばかりのかなで監査法人へと変更することを公表した。 その中で、「異動の決定又は異動に至った理由及び経緯」として、次のように説明がされている。 監査法人トーマツが監査報酬の増額を要請したことに端を発した会計監査人の交代が、AMNのナンバー2であるCFOの不正な資金流出の発見につながったのは皮肉なことではあるが、見送りが報道されている「会計監査人のローテーション制度」(2020年1月15日付日本経済新聞「監査法人の交代制見送り」参照)ではあるが、会計監査人の交代により、それまで見過ごされてきた会計不正が発見された事例であることは間違いない。 なお、調査報告書を読む限り、監査法人トーマツの担当者にヒアリングを行ったり、監査調書の提出を求めたりといった記載はないものの、第三者委員会は、監査の問題点として、次のように言及している。 2 取締役の辞任 AMNは、第三者委員会による最終調査報告書の公表前の時点で、本件疑義の対象者である石動力取締役が、「第三者委員会による最終報告を受け、本人の申し出による」辞任を公表し、辞任に伴って、法令及び定款に定める取締役の員数を満たさなくなるため、臨時株主総会を開催して、速やかに新たな取締役を選任する予定であることをリリースした(2021年6月17日「取締役の辞任に関するお知らせ」参照)。 AMNは、最終調査報告書公表時のリリースで、石動取締役に対して、損害賠償請求の手続開始を言明していたが、後述する「改善報告書」の中では、さらに、「元役員(石動取締役)による資金流用額の全額について回収できるよう損害賠償請求を行っております。なお、当社としては全額回収を最優先としつつも、場合によっては刑事的措置を行うことも視野に入れております」として、刑事告訴にまで踏み込んだ責任追及を行うこととしている。 3 AMNによる再発防止策 2021年7月30日、AMNは、再発防止策を公表した。その中で、再発防止策のポイントとして、 を挙げて、次のように具体策を列挙している。 なお、再発防止策の実行に当たっては、「モニタリングの継続」として、監査役会を中心として定期進捗モニタリングにより、適時状況を把握し、改善に努めることとしている。 4 東京証券取引所による改善報告書の徴求及び公表措置 東京証券取引所は、2021年8月19日、AMNに対して、改善報告書の徴求及び公表措置を実施することを決定し、公表した(2021年8月19日「改善報告書の徴求及び公表措置について」参照)。その理由の一部を引用する。 5 AMNによる改善報告書 東京証券取引所による改善報告書の徴求を受け、AMNは、2021年9月2日、「改善報告書」を提出した。内容的には、第三者委員会最終報告書を下敷きにして、AMNによる再発防止策を織り込んだものとなっているが、CFOが不在であるという非常時の経営についての説明がなされているので、引用したい。 (了)
給与計算の質問箱 【第21回】 「休職者の給与計算等の注意点」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 当社の従業員が医師からうつ病と診断され、6月1日から休職しています。当社の就業規則では休職中は無給と定めていますが、給料計算等の注意点があれば教えてください。 A 注意点は以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 雇用保険料 休職中に給料が支払われていなければ、その分の雇用保険料を支払う必要はない。 2 社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料) 休職中であっても社会保険料を徴収しなければならない。無給のため給料から社会保険料を控除できないので、従業員から社会保険料を会社の口座に振り込んでもらう等しなければならない。 3 源泉所得税 その月の社会保険料等控除後の給与等の金額(0円-社会保険料)がマイナスとなるから、源泉所得税は0円である。 4 住民税 東京都であれば、6月1日~12月31日の間に休職したときは、従業員から住民税の一括徴収の申し出があった場合には一括徴収し、一括徴収の申し出がなかった場合には特別徴収(会社が給料から控除して納付)から普通徴収(従業員が自ら納付)に切り替える。そして、会社は、その事由の発生した日の翌月10日(今回のケースでは7月10日)までに、従業員が2021年1月1日時点で居住していた市区町村役場へ「給与所得者異動届出書」を提出する。 ちなみに1月1日~4月30日の間に休職した場合は、従業員からの一括徴収の申し出の有無に関わらず一括徴収する。 5 通勤手当 会社が通勤手当として定期代を支給している場合は、従業員に定期を払い戻してもらい、会社の口座に振り込んでもらう等する。 6 就業規則 従業員に会社の就業規則の休職の条文について伝える。例えば、休職中は無給であること、休職期間は〇ヶ月であること、休職期間終了時点で職務に復帰できなければ自動退職になること等を説明する。 7 傷病手当金 従業員に傷病手当金の制度の案内をする。傷病手当金とは健康保険から支給される給付金である。支給を受けるためには以下の①~④の要件のすべてを満たさなければならない。 (了)
社長のためのメンタルヘルス 【第5回】 「社長も使えるストレスチェック制度」 特定社会保険労務士 第一種衛生管理者 産業カウンセラー 寺本 匡俊 1 今回の趣旨 本連載はこれまで総論的な解説を進めてきたが、今回より実務的、技術的な事柄を中心とする各論に移る。今回の「ストレスチェック制度」も、ぜひ社長に活用いただきたい予防の方策である。 ストレスチェック制度は、定期健康診断(以下「健診」という)と同様、労働安全衛生法の第7章「健康の保持増進のための措置」に含まれ、同法第66条の10「心理的な負担の程度を把握するための検査等」に規定されている。法律用語は、このとおりの日本語であるが、行政文書上は医師による面接指導も含め、全体を「ストレスチェック制度」と呼び替えており、そのうちの「検査」のみを「ストレスチェック」と使い分けている。 今回は経営者向けに、必ずしも法制度(労働者保護が目的)にある医師面接や記録保管などを行わなくてもよい利用法を考える。本制度は平成27年12月に改正施行されたもので、健診と比較すると、以下のような違いがある。 さらに、ストレスチェック制度は連載第4回でお伝えした「3つの予防」のうち、一次予防(病気の未然防止)に当たり、一方、健診は主に二次予防(早期発見・早期対処)である。この位置づけについては、厚生労働省の通達「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」(通称「ストレスチェック指針」)の第1~2ページに説明がある。 一次予防は例えば人事研修のように、医療職が関与しなくとも実施可能なものもある。これに対し、健診は診断を含むため、医師法の定めにより必ず医師が行わなければならない。ストレスチェックは、後述するが、一個人がネットを活用して行うこともできるし、すでにストレスチェック制度を導入している職場であれば、受検者に社長が加わることも可能である。制度や手続きの概要は、厚生労働省の一般向けガイド「ストレスチェック制度 導入ガイド」などでご確認いただける。 2 ストレスチェックの調査票 健診には法定の健診項目があるが、ストレスチェックの検査においては、ある程度、職場に裁量がある。制度開始の時点で、すでに法定前から長年の利用実績があった「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」が、「推奨」された。推奨ということで、職場の実情に応じて、多少の項目の追加や表現の変更は許容されている。また、労働者50名未満の小規模な職場においては、項目を絞った「23項目」版もあり(23項目は後の回で言及する)、また、後に開発された「80項目」版も東京大学のサイトで公表されている。 今回は、おそらく最も普及しており、また、後述するネット版でも利用されている「57項目」版の仕組みや、基礎となる理論にも触れる。この調査票の基礎となる理論とは、本連載第2回で既出のアメリカ政府機関のナイウォッシュ・モデル(NIOSH MODEL of job stress)である。今回はこのモデルを日本で加工したものをご案内する。東京都労働情報相談センターのサイトにある「NIOSHの職業性ストレスモデル」を転載する。 基本は米国版と同じで、左に原因(ストレス要因)、右に結果(急性のストレス反応、疾病)を示す因果関係の図である。米国版では中央に壁の絵が表示されているが、本図では3つの要因に区分されている。すなわち、「個人的要因」(年齢、性別など)、「仕事以外の要因」(家族、家庭からの欲求)、緩衝要因(上司、同僚、家族などの社会的支援)が、因果関係に影響を及ぼす。上掲の「57項目」版は、このうち緩衝要因を特に重視しており、これを次項で確認する。 3 チェック項目の構造 上記の「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」は、57の項目を4グループに分類しており、すなわちA(17項目)、B(29項目)、C(9項目)、D(2項目)からなる。このうち、A分類が「NIOSH MODEL」の原因(職場のストレス要因)、B分類が結果(急性のストレス反応)、C分類及びD分類が緩衝要因に該当する。 各項目はそれぞれの分類に対応しており、A分類では担当業務の厳しさ等、B分類ではストレスで生じている反応の程度など、C及びD分類では緩衝要因の働き具合を、それぞれ4段階で自己申告する。 なお、B分類のみ、「最近1ヶ月間」という期間が設けられていることに注意願いたい。たまたま今日だけ不調かどうかを見るのではなく、ここ1ヶ月の平均的な状況を尋ねている。Bの回答に深刻なものが多いと、「反応」が「疾病」に近くないかという懸念が生ずることを前提としている。 職場では、これらのデータを点数化して総合的なデータを作り、その中でストレスをためていそうな受検者に、「高ストレス者」という注意信号が通知される。これは手作業でもできるが、市販のストレスチェック・セットなどでは、ITで自動計算するものが大半であろう。 4 厚生労働省の特設サイト「こころの耳」について 冒頭で個人でも使えるシステムがあると申し上げた一例をご案内する。厚生労働省の特設サイトに、「こころの耳」(働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト)がある。下にトップページの上半分を例示する。右側の「よく知られているコンテンツ」の中に、「ストレスチェック制度について」というページがあり、上述の法律や指針ほか関連する最新の資料がまとめられている。 その2つ上に、「5分でわかるストレスセルフチェック」がある。これが57項目版に対応しており、最後まですべて入力すると、A、B、C+Dの3分類にあわせて、3つの円グラフが表示される。その下に受検時点の本人に対する説明及びコメントも表示されるので、簡略なものとはいえ、法定のストレスチェックの構造と同様のチェックを、いつでも無料かつ個人でできる。 5 最後に ストレスチェックにせよ、労災防止にせよ、法令上は労働者保護を目的としたものであるが、その具体的な手法を社長が使ってはいけないというような規定はもちろんない。ストレスチェック制度も精神疾患の労災の一次予防を主目的としたもので、病気になったときに社長は労災認定の対象外であるが、予防は同様の手段でできる。 1つ事例を挙げると、産業カウンセラーの資格仲間の先輩に中堅企業の副社長(人事担当)がおり、ストレスチェック制度が法定化される前から、57項目版で全社員(社長、副社長を含む)対象に、年4回、セルフ・チェックを人事命令で行っていた。上記のセルフ・チェックだけであれば、本制度の重要な注意点であるプライバシー保護についての懸念はまずない。 また、ストレスチェック制度は、健診と同様、「1年以内ごとに1回」(年1回以上)と法令に定められていることから、年に複数回行うことに問題はない。むしろ、一次予防という観点からすれば、私見ながら、実際にチェックする「だけ」で済ませてしまうより、各項目を覚えたほうが病気の未然防止になるし、特に経営者、人事、管理監督者等におかれては、職場の人間関係や個々人の健康管理のために、各項目を活用していただければと考える。 (了)