事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第38回】 「遺言書の種類と作成」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 日野 有裕 相談内容 私Kは30歳で人材派遣会社のC社を起業し、妻Rとともに事業を拡大してきました。40歳になった今は妻と子供2人(子供は2人とも小学生)という家族構成です。今後上場するつもりもないので、2人目の子供が生まれたときに無議決権株式を導入し、その無議決権株式を2人の子供に贈与しています。私は健康ですが、万が一、自分の身に何かあった時のためにも遺言書を書いておこうと考えていますが、遺言書にはどのような種類があり、どのように書いたら良いでしょうか。 なお、現段階における私の希望は、私が持っている普通株式を妻に相続してほしいということだけです。C社は社歴も浅いため社内に会社を任せられるほどの人材が育っていないので、役員や取引先、メインバンク等と相談して、M&Aにより株式を他社へ売却したうえで事業を継続してほしいと願っています。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ 今回のケースで、遺言書を作成する最大の理由は、相続時の手続きをスピーディーに行うことにあります。仮に、子供が未成年のうちに相続が発生し、遺言書がない場合は、家庭裁判所において子供2人の代理人を選定してもらい、その代理人と妻とで財産の分割協議を行うことになります。 このような手続きを踏んでいると、社長がいなくなった会社で株主が決まらない状態が何ヶ月も続く可能性があります。そこで遺言書が必要となるわけです。 [1] 遺言書について 遺言については、以下の3種類があります。いずれについても、法律によって厳格に様式が定められており、それに従わない遺言書はすべて無効となります。もちろんビデオ録画等によるものも遺言としての法的効力はありません。 (1) 自筆証書遺言(民法968条) 自分1人で作れるため内容を秘密にでき、しかも簡単で費用がほとんど掛かりません。遺言内容全文・日付・氏名を手書きし、署名の下に押印することにより作成します。ただし、2019年1月13日より財産目録については、パソコンでの作成や通帳のコピーの添付も認められるようになりました(各ページに署名・押印が必要です)。 また、今まで自筆証書遺言書は本人、相続人、弁護士等が保管していましたが、紛失や隠匿というリスクがありました。 そこで、2020年7月より法務局による自筆証書遺言書の保管制度が始まりました。この保管制度のメリットは主に以下の通りです。 (2) 公正証書遺言(民法969条) 法律の専門家である公証人と証人2名以上が立ち会って行う遺言で、公証人は遺言者の遺言能力や遺言の内容の有効性について助言を行い、遺言者の意向に沿った遺言書を作成します。公正証書遺言のメリットは遺言が無効になるリスクが低いため、相続人間での争いが予想される場合には特に有効です。ただし、財産額に応じた手数料が発生しますので、事前に確認が必要です。 (3) 秘密証書遺言(民法970条) その名の通り遺言書の内容を秘密にするため、遺言者が遺言の内容を記載した書面に署名・押印をし、この遺言書を封筒に入れた上、公証人及び証人2名により遺言書が入っていることを公正証書の手続きで証明する方法です。実際の相続の際には家庭裁判所の検認が必要であり、また原本の紛失のリスクもあるため実務上はあまり見られません。 [2] 遺言書の内容 ご相談の場合は具体的な財産・負債が不明ですが、妻にC社株式が確実に相続でき、遺産分割協議の余地がなければ子供に代理人を選定しなくて良いため、シンプルに以下のような内容で自筆証書遺言を作成してはいかがでしょうか。 [3] 結論 ご相談の遺言は紛争の回避というよりは、K氏のもしもの時の相続をスピーディーに行い、従業員・取引先に心配をかけないよう事業の継続を確実にするためのものです。遺言書の内容やその意味については、妻R氏と共有しておくべきでしょう。ただし、この遺言書では妻に普通株式を相続させますが、10年、20年後であれば子供に相続させる可能性や幹部社員に経営を任せるという選択肢も考えられます。 したがって、時の経過に伴う事業・家族構成の変化に応じて、遺言書を書き換える必要があります。数年に1度は具体的に遺言書の内容を検討することが必要でしょう。 実際の手続きに際しては、弁護士や税理士等の専門家に相談することをお勧めします。 (了)
《速報解説》 金融庁、「記述情報の開示の好事例集2021」を更新 ~経営方針、経営環境及び対処すべき課題等・事業等のリスク・MD&Aの開示に関する好事例を追加~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年2月4日、金融庁は、「記述情報の開示の好事例集2021」の更新を公表した。 これは、2021年12月21日に公表した「記述情報の開示の好事例集2021」(サステナビリティ情報)に関する開示の好事例を更新するものであり、次のものについて好事例を追加している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 経営方針、経営環境及び対処すべき課題等の開示例 1 投資家・アナリストが期待する主な開示のポイント 次の事項をあげている。 2 好事例のポイント 次のことが記載されている。 Ⅲ 事業等のリスクの開示例 1 投資家・アナリストが期待する主な開示のポイント 次の事項をあげている。 2 好事例のポイント 次のことが記載されている。 Ⅳ 経営成績、キャッシュ・フロー等の分析の開示例 1 投資家・アナリストが期待する主な開示のポイント 次の事項をあげている。 2 好事例のポイント 次のことが記載されている。 Ⅴ 重要な会計上の見積りの開示例 1 投資家・アナリストが期待する主な開示のポイント 次の事項をあげている。 2 好事例のポイント 次のことが記載されている。 (了)
《速報解説》 EDINETで提出する監査報告書について、「KAMのXBRLタグ付け方針等の一部追加」及び「2022.3.31以後に終了する事業年度から「その他の記載内容」に関するXBRLタグ付けの追加」を会計士協会が公表 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年2月4日、日本公認会計士協会は、「EDINETで提出する監査報告書へのXBRLタグ付けについて(お知らせ)」を公表した。 すでに、2021年3月31日以後に終了する事業年度からEDINETで提出される監査報告書については、監査上の主要な検討事項(KAM)がXBRLのタグ付けの範囲に含まれることになっている。 2021年11月に金融庁から公表されたXBRL関連ガイドラインの改訂において監査上の主要な検討事項のXBRLタグ付け方針等が一部追加されたことや、2022年3月31日以後に終了する事業年度から監査報告書におけるその他の記載内容に関するXBRLタグ付けが追加されることから、「お知らせ」として公表するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 XBRLタグ付け 監査上の主要な検討事項の記載区分においてXBRLタグ付けの対象となるのは、「監査上の主要な検討事項」の全体と、記載項目ごとに分けた「全体概要」、「見出し」、「開示への参照」、「内容及び理由」、「監査上の対応」であり、それらのXBRLタグがEDINETタクソノミに用意されている。 今回のXBRL関連ガイドラインの改訂では、監査上の主要な検討事項を表形式で記載する場合の「内容及び理由」と「監査上の対応」のレイアウトに関する注意事項及び「連結と同一内容である旨」のXBRLタグの使用方法が明確化された。 図表を用いて、XBRLタグ付けの留意点について記載されている。 2 その他の記載内容のXBRLタグ付け 2022年3月決算に係る財務諸表の監査から、監査報告書において「その他の記載内容」が記載されることになった(早期適用可能)。 これに伴い、金融庁が公表した2022年版EDINETタクソノミからその他の記載内容をタグ付けするためのXBRLタグが追加された。 具体的には、「その他の記載内容」のタグと「未修正の重要な誤り」のタグが、EDINETタクソノミの連結財務諸表に対する監査報告書及び個別財務諸表に対する監査報告書の区分に、それぞれ追加されている。 図表を用いて、XBRLタグ付けの留意点について記載されている。 (了)
《速報解説》 CGコード改訂を受け「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」が公表される ~知財・無形資産の投資・活用を促し、維持・強化に向けた投資戦略構築を求める~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年1月28日付けで、「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会」(座長:加賀谷哲之一橋大学商学部教授、事務局:内閣府知的財産戦略推進事務局・経済産業省経済産業政策局産業資金課)は、「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン(略称:知財・無形資産ガバナンスガイドライン)Ver1.0~知財・無形資産の投資・活用戦略で決まる企業の将来価値・競争力~(投資家や金融機関等との建設的な対話を目指して)」を公表した。 これは、2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂により、上場会社は、知財への投資について、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきであることなどが規定されたことを受けたものである。 ガイドラインは、「価値協創ガイダンス」(経済産業省「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス-ESG・非財務情報と無形資産投資-」、2017年5月)と併せて活用することが期待されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 知財・無形資産と5つのプリンシプル(原則) ガイドラインでいう「知財・無形資産」は、「知財を始めとする無形資産」を指している(21ページ)。 そのスコープは、特許権、商標権、意匠権、著作権といった知財権に限られず、技術、ブランド、デザイン、コンテンツ、データ、ノウハウ、顧客ネットワーク、信頼・レピュテーション、バリューチェーン、サプライチェーン、これらを生み出す組織能力・プロセスなど、幅広い知財・無形資産を含めている。 これは、国際統合報告の資本の分類のうち、「知的資本」「社会・関係資本」等をカバーするものである。 【図表4:本ガイドラインの全体像】では、ガイドラインの全体像がわかりやすく示されている(8ページ)。 ガイドラインは、近年、知財 ・無形資産は、競争力の源泉としてより重要な経営資源となっているとの認識を示し、その背景として、急速な技術革新、社会的課題への関心の高まりといった経営を取り巻く環境の急速な変化を挙げている。 ガイドラインは、企業の知財・無形資産の投資・活用を促し、知財・無形資産の維持・強化に向けた投資戦略を構築することを求めている。 当該取組を進めるにあたり、次のように、企業、投資家や金融機関に求められる5つのプリンシプル(原則)を挙げている。 2 「価格決定力」あるいは「ゲームチェンジ」につなげる 次のことが重要である。 特にメーカーにおいては、売上高や稼働率優先になってしまう傾向が見られることから、経営者は価格にこだわり、価格の決定は経営そのものであるという認識を持つことが重要であると述べている(26ページ)。 京セラ創業者の稲盛和夫氏は、「値決めは、経営者の仕事であり、経営者の人格がそのまま現れるのです。」と述べているとのことである(27ページ)。 3 「費用」でなく「資産」の形成と捉える イノベーションで新たな市場が確立されるまでの市場創成期においては、ある程度の赤字を覚悟してでも十分な知財・無形資産への投資を行っていくことが重要である。 そのためには、経営者は、知財・無形資産の投資は単年度「費用」でなく「資産」の形成という発想を持つことにより、安易に削減の対象とすることのないよう意識することが重要である。 現在の会計ルールでは、研究開発費は発生時(単年度)に費用処理されるが、研究開発費などの知財・無形資産投資を営業利益に足し戻し、その償却年数と合わせて資産として捉えるような取組は、企業が知財・無形資産投資をポジティブに捉えるインセンティブを与える効果的な手法であると述べている(28ページ)。 4 「ロジック/ストーリー」としての開示・発信 投資家や金融機関等からの資金の獲得につなげたり、社内外の関係者との戦略の共有化を図ったりするために、知財・無形資産の投資・活用戦略を「ロジック/ストーリー」として説得的に説明することが重要である。 5 全社横断的な体制整備とガバナンス構築 社内の幅広い知財・無形資産を全社的に統合・把握・管理し、知財・無形資産の投資・活用戦略の構築・実行・評価を取締役会がモニターするガバナンスを構築することが重要である。 経営陣は、自社の持つ知財・無形資産の価値に気づき、価格にこだわり、安易な値下げを回避することが重要であると述べている(52ページ)。 そのためには、価格の決定は経営判断事項であるとの認識を持ち、営業現場や社内調整の中で安易な値下げが行われないような体制を構築することが求められるとのことである(52ページ)。 知財部門が、従来の業務の枠を超えて、経営戦略の策定に参画し、全社的な提言を行っていくことなどにより、中心的な役割を果たすことも考えられる(53ページ)。 6 中長期視点での投資への評価・支援 知財・無形資産の投資・活用は長期的な取組であり、価値創造やキャッシュフローの創出につながるまでに一定のタイムラグが生じることも多い。 このため、投資家や金融機関は、企業の取組を長期的な観点から評価し、納得できる説明があるのであれば、短期的には収益を圧迫したとしても、その経営方針を支持し、大胆な知財・無形資産への投資を理解し支援する姿勢が求められる。 投資家や金融機関には、企業の知財・無形資産の投資・活用戦略をファンダメンタルズ分析に取り込み、投融資判断を行うことができる人材育成と環境整備が求められる(59ページ)。 7 知財・無形資産の投資・活用のための7つのアクション 知財・無形資産の投資・活用のための7つのアクションとして、次のことが記載されている。 (了)
《速報解説》 令和3年分所得税の確定申告期限の一律延長は見送りも コロナの影響を理由とした個別延長申請は可能に Profession Journal編集部 令和4年2月3日、国税庁は、オミクロン株による感染の急速な拡大に伴い、確定申告期間(申告所得税:令和4年2月16日(水)~令和4年3月15日(火))にかけて、感染者や自宅待機者のほか、通常の業務体制が維持できないこと等により、申告が困難となる納税者が増加することが想定されることから、令和3年分確定申告について、新型コロナウイルス感染症の影響により申告等が困難な方については、令和4年4月15日(金)までの間、簡易な方法により申告・納付期限の延長を申請できるようにすることを公表した。 新型コロナウイルス感染症の影響により昨年までは2年連続で申告期限を一律延長してきたが、今年は一律延長を見送り、簡素化した手続きによる個別延長へとシフトする。 具体的な期限延長手続としては、期限後に申告が可能となった時点で申告書の余白等に「新型コロナウイルスによる申告・納付期限延長申請」などと記載することで申請をできるとし、合わせて記載例についても公表している。 また、申告所得税以外の税目も同様の取扱いとされており、詳細については「国税の申告・納付期限の簡易な方法による延長に関するFAQ」の問4にて言及されているため、適宜参照されたい。 なお、上記の個別延長申請に関する公表に伴い、同日付で国税庁は、「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ」を更新した。 上記FAQでは、「1 申告・納付等の期限の個別延長関係」に関する8問含む16の設問につき更新(3つの設問につき追加)を行っている。 今回新たに追加・更新された設問及びリンク先は以下の通り。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2022年2月3日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.455を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.109- 「人的資本の向上と税制」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 岸田政権が掲げる「新しい資本主義」には、成長戦略がないといわれている。経済成長しなければ分配も一回きりで終わり、さらなる成長にはつながらない。年金など社会保障の持続可能性を高めるためにも経済成長は欠かせない。 一方、有識者や経済学者のコンセンサスともいうべき成長戦略は、生産性を向上させるための人的資本の向上である。 わが国の労働人口は継続的に減少を続けていることから、成長のためには生産性の上昇が不可欠であり、企業レベル・産業レベルでの成熟、衰退分野から成長分野への移動や転換と、それにあわせた労働者の人的資本の向上(古くなった知識更新のためのリスキリングや能力開発)が必要だ。 これらがセットとして進んでいけば、産業構造の高度化が進み、生産性も向上し、賃金も継続的に増加していく。 このような再教育や能力開発は、正規雇用者にとどまらず、非正規雇用者や、働き方改革で増加するフリーランス、さらにはギグワーカー(単発の契約で労務を提供する個人事業者)にも広がっていくことが望ましい。 ジョブ型雇用形態の導入が進んでいけば、労働者は次のジョブに移るため、ますます自らスキルを高める努力を行っていかなければならない。 一方、これまでわが国の人的資本の向上は、OJT(On The Job Training:職場内で実施される訓練)という形で企業が担ってきた。ところが今後労働の流動性が高まる(流動性を高める)となると、企業は自らのコストで行う人的資本の向上のための再教育・リスキリングを躊躇したり縮小することが予想される。せっかく鍛え上げても、他の企業に転職されてはたまらないからだ。 そこで、税制でこのような人的資本の向上を支援する必要が出てくる。 * * * 法人税の分野では、人材確保等促進税制(いわゆる「賃上げ税制」)が導入され、企業が行う教育訓練費を増加させた場合には税額控除額を増やしてきた。令和4年度税制改正でこの点をさらに深堀する。 個人所得税の分野では、平成24年度改正で給与所得者の特定支出控除を拡充し、弁護士、公認会計士、税理士などの資格取得費や、図書費、交際費等勤務必要経費が特定支出に追加された。 「100年時代の人生戦略」(リンダ・グラットン)を考えるには、個々人が不断にスキルや能力を高めていくことが重要であり、そのためにはさらなる税制でのインセンティブが必要となろう。 例えば、現在特定支出控除の適用を受けるためには、給与等の支払者の証明書を添付する必要があるが、上述のように、個人が人的資本向上のための投資をする時代には、この要件は見直す必要があろう。 また、失業中に学費を払って教育・研修を受ける場合には、その支出を繰越欠損金のような形で、転職後複数年に渡って控除可能とするような仕組みも考えられるのではないか。知恵の絞りどころである。 (了)
〔令和4年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第1回】 「「中小企業の設備投資を支援する措置の延長等」 「中小企業経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)の創設」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和3年度税制改正における改正事項を中心として、令和4年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。本連載では、その中でも主なものを解説する。 【第1回】は、「中小企業の設備投資を支援する措置の延長等」及び「中小企業経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)の創設」について、令和4年3月期決算申告において留意すべき点を解説する。 1 中小企業の設備投資を支援する措置の延長等 中小企業の設備投資を支援するための税制措置が、令和3年度税制改正により延長されている。したがって、令和4年3月期の決算申告においては適用されることになる。具体的には次の通りである。 (1) 「中小企業経営強化税制」の見直しと延長 「中小企業経営強化税制」とは、青色申告書を提出する中小企業者等が、中小企業等経営強化法の認定を受けた経営力向上計画に基づき、一定の設備を取得し指定事業に供用した場合に、即時償却又は税額控除(7%又は10%)を認める制度である。 (※) 資本金又は出資金3,000万円以下の中小企業者等。 適用対象となる設備は次の通りである。また、令和3年度税制改正により、計画終了年度に修正ROA又は有形固定資産回転率が一定以上上昇する経営力向上計画を実施するために必要不可欠な設備が、「経営資源集約化設備(D類型)」として対象設備に追加された。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※1) 情報通信業や医療保険業においては、一定の場合に制限あり。 (※2) 医療保険業を行う事業者が取得等するものは除く。 (※3) 複写販売用の原本、開発研究用のもの、サーバー用OSのうち一定のものなどは除く。 令和3年3月31日までの間に取得等して事業供用した資産が対象とされていたが、これが2年延長され、令和5年3月31日までに取得等して事業供用した資産が対象とされた。したがって、令和4年3月期の決算申告においては適用が継続される。 (2) 「中小企業投資促進税制」の見直しと延長 「中小企業投資促進税制」とは、青色申告書を提出している中小企業者等が、特定の機械装置などを取得等して、指定事業に供用した場合に、その事業の用に供した事業年度において、30%の特別償却又は7%の税額控除を認める制度である。 (※) 資本金又は出資金3,000万円以下の中小企業者等。 適用対象となる設備は次の通りである。 対象となる指定事業に「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」の対象業種が追加されるなど、令和3年度税制改正により、下記の通り一定の見直しが行われている。 令和3年3月31日までに取得等をして事業供用した資産が対象であったが、これが2年延長され、令和5年3月31日までに取得等して事業供用した資産が対象とされた。したがって、令和4年3月期の決算申告においては適用が継続される。 (3) 「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」の廃止 「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」とは、青色申告書を提出する中小企業者等が認定経営革新等支援機関等の指導及び助言を受け、一定の器具備品及び建物附属設備を取得した場合に、30%の特別償却又は7%の税額控除を認める制度である。 令和3年度税制改正により、「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」の対象業種が「中小企業投資促進税制」に追加されたことを受け、「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」は令和3年3月31日をもって廃止された。 2 中小企業経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)の創設 令和3年度税制改正において、中小企業のM&Aのリスクに備えた措置として、「中小企業事業再編投資損失準備金」が創設された。 「中小企業事業再編投資損失準備金」とは、青色申告書を提出する中小企業者が、認定経営力向上計画に従ってM&Aを行い、損失に備えるために準備金を積み立てた場合に、その積立額の損金算入を認める措置である。 具体的な適用要件は次の通りである。 準備金の積立額について、積み立てた事業年度の損金に算入できる。 積み立てた事業年度終了の日の翌日から5年経過した日を含む事業年度から、5年間で残高の均等額を取り崩して益金算入する。 ただし、主として次のようなケースには準備金の取崩しと益金算入が必要となる。 この改正は、「産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律」の施行日(令和3年8月2日)から適用される。したがって、令和4年3月期決算申告においては適用が開始されている。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例38】 「不動産業者が外務員に支払う歩合給の損金計上時期」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、東京都内で不動産仲介業を営む株式会社Aの代表取締役です。私がこの業界に入ったきっかけは、大学卒業後先輩の勧めでなんとなく大手不動産会社に入社したことだったわけですが、自分が頑張れば頑張るほど結果が出て実入りが多くなるという仕事のやり方が、思いのほか私の性に合ったため、以来30年間この業界で働いております。 大手不動産会社を退職して独立開業したのは今から15年前であり、今では20人のスタッフを抱えるところまで来ております。現在、わが社の主たる業務は、首都圏一円の一戸建てや分譲マンションの売買仲介となっております。 不動産業界(宅地建物取引業者)においては、保険や自動車販売業界でも導入されていると思われますが、その営業職の給与体系は、売上に応じて給与が決まる歩合給の場合と、基本給と諸手当によって賃金が決まってくる固定給の場合とがあるようです。ただし、歩合給といっても、完全歩合給(フルコミッション)のケースと、歩合の部分と固定給(最低保証)の部分があるケース(一部歩合給)とに分けられるようです。 私自身は、営業職たるもの、すべからく完全歩合給で働くべしと考えており、自社の営業職にもそれを強く勧めております。経営者の立場からみても、完全歩合給は会社の利益に真に貢献している者に報いる報酬体系といえることから、合理的と考えております。給料制というのは、働かない者にも会社の稼ぎを分配する仕組みであり、社会主義的な悪平等主義にもつながるため、大企業に多い働かない中高年に悩まされている優秀な営業マンほど嫌うのではないかと、私は理解していました。 しかし、わが社の場合、実際には、完全歩合給と一部歩合給との割合が半々といったところです。完全歩合給は、働く人間にとって、報酬に上限がないことから大きなインセンティブになると信じていますが、わが社に転職してくる者と面接してみると、契約が取れないときの不安定さやプレッシャーが怖いと言って、一部歩合給を選択するようです。 さて、そのようなわが社に先日税務署の調査が入り、一点当局と見解が異なる事項が生じました。それは、当社の扱っていた一戸建ての販売収益の計上時期に誤りがあり、当社が計上した事業年度(X2事業年度)ではなくその前事業年度(X1事業年度)に計上すべきであるという点に関しては調査官と合意したのですが、その原価につき当社の完全歩合給の営業担当への実際の支払いがX2事業年度であるからといって、X2事業年度まで認められないという調査官の主張につき、当社はどうにも承服できないという点です。 費用収益対応の原則に従えば、売上収益に対応する事業年度にその原価に含まれるべき歩合給も計上すべきとなるものと考えておりますが、当社の考え方に問題はあるのでしょうか、教えてください。 【A】 宅地建物取引業者の営業職に支払われる具体的な取引ごとに定まる歩合給債務は、販売商品や製品の原価(売上原価)とは異なりますが、具体的な不動産売買に際し、仲介人である宅地建物取引業者が役務を提供し仲介料請求権を取得するのに伴って、当該債務を負担することになります。 また実質的には、当該取引仲介のための完全歩合給の営業職が提供する労務が、仲介という役務の一部を構成していることから、当該原価に準ずるものとして、その歩合給を実際に支払った事業年度に計上するのではなく、費用収益対応の原則により、当該収益を計上する年度と同一年度において歩合給債務を計上するのが相当であると考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 売上原価等の意義 法人税法における損金の額のうち、収益を生み出す特定の資産・役務との個別の対応関係が明らかな原価は、その個別的対応関係に着目して、費用収益対応の原則が適用される(個別対応の原則)。当該「個別対応の原則」は、法人税法上、売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価(売上原価等)につき、それらと対応する収益と同一の事業年度において、その額が損金算入されるべきことが明らかにされている(法法22③一)。 上記個別対応の原則が適用される売上原価等のうち、売上原価とは、商品や製品の販売に係る収益に対応する当該商品・製品の購入や製造等に要した費用をいう。次に完成工事原価とは、請負工事契約に基づく工事の原価を意味し、請負による収益に対応する原価の額には、その請負の目的となった物の完成又は役務の履行のために要した材料費、労務費、外注費及び経費の額の合計額のほか、その受注又は引渡しを行うために直接要したすべての費用の額が含まれることとなる(法基通2-2-5)。 また、最後に掲げられた「その他これらに準ずる原価」であるが、これは、厳密には売上原価又は完成工事原価には該当しないとしても、前二者と同様の性格を有し、売上と個別的な対応関係を有する費用の項目をいう。例えば、加工請負の場合の加工原価や、法人税法上観念される固定資産の譲渡原価などがそれに該当する、と解されている(※1)。 (※1) 中里実他編『租税法概説(第4版)』(有斐閣・2021年)186頁。 (2) 売上原価等の見積計上 上記(1)でみた売上原価等のほか、販売費、一般管理費その他の費用は損金算入が認められている(法法22③二)。ここで重要なのは、販売費、一般管理費その他の費用については、裁判例や課税実務上、損金の額に算入するための要件として、以下の3つのすべてを満たす必要があるという点である(法基通2-2-12)。 費用認識に関する上記制限を一般に「債務確定基準」という。当該基準は、会計上は費用収益対応の原則により幅広く費用計上が認められている販売費及び一般管理費等につき、その損金算入に関する恣意性を抑制する効果があるものと解されている(※2)。 (※2) 中里他前掲(※1)186頁。 一方、売上原価等は、個別対応の原則に従い、収益と対応してその帰属事業年度が決定されることによって、計上の額及び時期の客観性が担保されていると考えられる。そのため、売上原価等を構成する費用の額の全部又は一部が事業年度終了の日までに確定していない場合にも、近い将来当該未確定の費用を支出することが相当程度の確実性をもって見込まれており、かつ、事業年度末日の現況によりその金額を適正に見積もることが可能であったという事情がある場合には、収益と対応する売上原価等として損金に算入することが認められることとなる(牛久市売上原価見積事件、最高裁平成16年10月29日判決・刑集58巻7号697頁、本連載【事例16】参照)。 (3) 宅地建物取引業者の外務員に支払われる歩合給債務の損金計上時期が争われた事例 それでは、売上原価等のうち、「その他これらに準ずる原価」として、本件のような営業職の歩合制給与は該当するのであろうか。やや古い裁判例ではあるが、宅地建物取引業者の外務員に支払われる歩合給債務の損金計上時期が争われた事例(東京高裁昭和48年8月31日判決・判時717号40頁、TAINSコード:Z070-3159)があるので、以下で確認してみたい。 ① 事例の概要 原告(株式会社)は宅地建物取引業者であるが、昭和41年7月31日において、原告の昭和40年6月1日から同41年5月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という)の法人税について、課税所得金額85万8,766円、税額11万9,900円との確定申告をしたところ、被告・税務署長は、同42年4月28日付で、課税所得金額を213万7,033円、税額を51万6,270円とする更正処分を行った上で、原告に対し過少申告加算税として1万9,800円を賦課する旨の決定をした。 上記課税所得の差額(増差所得)である127万8,267円のうち、原告は一審で24万767円分について本件事業年度の所得として認めたが、残りの103万7,500円については引き続き争ったところである。これは、仲介手数料収入計上漏れの金額147万7,500円から外交員に対する未払手数料(歩合給)の44万円を控除した金額に相当する。 一審の東京地裁昭和48年1月30日判決・TAINSコード:Z069-3034において裁判所は、仲介手数料収入に関し、宅地建物取引業者は商人であるから、依頼者に対し報酬請求権を有するが、不動産取引の仲介は、民事契約の仲介ではあっても、これを商事仲立と区別すべき理由がないから、特別の事情のないかぎり、商事仲立に関する商法第550条第1項を類推適用して、仲介が成功したとき、すなわち、当事者間の不動産取引の契約が有効に成立したときに、この報酬請求権が発生するものと解すべきであるとした。したがって、宅地建物取引業者の報酬請求権は、仲介にかかる契約が有効に成立し、かつ、報酬額が具体的に約定されて、これを行使しうる状態になったときに確定するものと解すべきと判示した。 また、外交員に対する未払手数料については、原告会社においては、外交従業員が会社の不動産取引の仲介業務に従事したことにより、依頼者から原告会社に仲介手数料(報酬)が支払われた場合には、原告会社が当該外交員に対し歩合給(外交報酬)として右手数料の3割ないし5割の金員を右支払いの日の属する月の末日に支給する旨定めていたことが認められ、このような歩合給債務は、依頼者から原告に対し、これに対応すべき仲介手数料が支払われたときに具体的に確定するものというべきであると判示した。 したがって、本件事業年度において、仲介手数料収入計上漏れの金額143万2,500円(4万5,000円分を減額)を益金とし、外交員に対する未払手数料(歩合給)の44万円を損金に計上した課税庁の処分は、その範囲において適法であるとされた。 ② 事案の争点 ③ 裁判所の判断 二審の東京高裁は、基本的に一審の判断を維持し、納税者側の主張を斥けた。 争点1 争点2 ④ 本裁判例から学ぶこと (1)で述べたとおり、法人税法における損金の額のうち、収益を生み出す特定の資産・役務との個別の対応関係が明らかな原価は、その個別的対応関係に着目して、費用収益対応の原則(その中でも「個別対応の原則」)が適用されるが、本裁判例は、当該原則が適用される売上原価等の中で、「その他これらに準ずる原価」とは何が該当するのかについて、不動産取引に係る仲介のための外務員の労務の提供もそれにあたるということを判示したリーディングケースとして、意義があるものと考えられる。 費用収益対応の原則ないし権利確定主義につき、二審である本裁判例において裁判所は、納税者側の主張を訂正する形で、以下の通り判示している。 現代において、収益・費用、益金・損金の計上の時期につき、現金主義的な経理を採用している法人は、中小企業といえどもそれほど多くないであろう。しかし、税務調査でその旨を「苦し紛れに」主張するケースは、未だ少なくないようである。当然のことながら、現金主義により益金・損金の計上時期が定まることはまれであることを、改めて確認しておきたい。 (4) 本件へのあてはめ 宅地建物取引業者の営業職に支払われる具体的な取引ごとに定まる歩合給債務は、販売商品や製品の原価(売上原価)とは異なるが、具体的な不動産売買に際し仲介人である宅地建物取引業者が役務を提供し仲介料請求権を取得するのに伴って、当該債務を負担することになるものである。 また、実質的には、当該取引仲介のための完全歩合給の営業職が提供する労務が、仲介という役務の一部を構成していることから、当該原価に準ずるものとして、その歩合給を実際に支払った事業年度に計上するのではなく、費用収益対応の原則により、当該収益を計上する年度と同一年度において歩合給債務を計上するのが相当であると考えられる。 (了)