日本の企業税制 【第93回】 「産業競争力強化法等の改正法案成立」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律案が6月9日参議院本会議で可決成立した。この改正法の施行の日は、同法の公布の日(6月16日)から起算して3月を超えない範囲内において政令で定める日とされている。 今回の改正は、新型コロナウイルス感染症の影響、急激な人口の減少等の短期及び中長期の経済社会情勢の変化に適切に対応して、「新たな日常」に向けた取組を先取りし、長期視点に立った企業の変革を後押しするため、ポストコロナにおける成長の源泉となる①「グリーン社会」への転換、②「デジタル化」への対応、③「新たな日常」に向けた事業再構築、④中小企業の足腰強化等を促進するための措置を講じるべく、産業競争力強化法、中小企業等経営強化法、地域経済牽引事業の促進による地域の成長発展の基盤強化に関する法律、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律、下請中小企業振興法、独立行政法人中小企業基盤整備機構法の6つの法律を改正するものである。 この改正法に関する税制上の措置としては、カーボンニュートラル実現に向けた事業者の計画の主務大臣による認定を前提とした、脱炭素化効果が高い製品の生産設備・生産工程等の脱炭素化を進める設備に対する設備投資税制、デジタル技術を活用した全社レベルのビジネスモデルの変革の計画の主務大臣による認定を前提としたDX投資促進税制、「新たな日常」に向けた事業再構築の計画の主務大臣による認定を前提とした繰越欠損金の控除上限の引上げ、事業承継に先立ち実施するデューデリジェンス等を経営力向上計画の対象とした中小企業経営資源集約化(M&A)税制(M&A後のリスクに備える準備金・設備投資・雇用確保の促進)、が措置されている。 税制上の措置の他、産業競争力強化法では、経済産業大臣及び法務大臣の確認を前提として上場会社がバーチャルオンリー株主総会の開催を特例的に可能とする措置、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律では、一部株主が所在不明であるため事業承継が困難となっている旨の認定を受けた中小企業者について、所在不明株主からの株式買取り等の手続きに必要な期間を5年から1年に短縮する措置、下請中小企業振興法では、発注者と中小企業との間に入り、中小企業の強みを活かした取引機会等を創出する事業者の認定制度を創設するとともに、金融支援等を行う措置も盛り込まれている。 〇繰越欠損金の控除上限の特例 今回の産業競争力強化法の改正を踏まえて、令和3年度税制改正では、同法の規定する「成長発展事業適応」を行う「認定事業適応事業者」(強化法21の28①)を対象に、繰越欠損金の控除上限の特例が講じられている(措法66の11の4)。 具体的には、青色申告書を提出する法人で、産業競争力強化法の改正法の施行の日から同日以後1年を経過する日までの間に、同法の事業適応計画について同法の認定を受けたもののうち、上記「認定事業適応事業者」であるものの適用事業年度(その認定事業適応計画に記載された実施時期内の日を含む各事業年度であって、一定の要件を満たす事業年度に限る(黒字転換後最大5年間(令和8年4月1日以前に開始する事業年度)))において欠損金の繰越控除制度を適用する場合において、特例欠損事業年度において生じた欠損金額があるときは、超過控除対象額に相当する金額を欠損金の繰越控除制度において損金算入することができる金額に加算することとされている。 なお、特例欠損事業年度とは、特例事業年度において生じた欠損金のうちこの制度の要件を満たすものがある場合の特例事業年度を指しており、特例事業年度自体は財務省令で定めることとされているが、その内容は今後定められる予定である。 〇事業適応の実施に関する指針案 上記からもわかるように、この特例の適用を受けるには、「認定事業適応事業者」であることが必須である。この「認定」を受けるための手続・要件は今回の改正法に提示されている。 経済産業大臣及び財務大臣は、事業適応の実施に関する指針(以下「実施指針」という)を定め(強化法21の13)、さらに主務大臣は、実施指針に基づき、所管に係る事業分野のうち、当該事業分野の特性に応じた事業適応を図ることが適当と認められるものを指定し、当該事業分野に係る事業適応の実施に関する指針(以下「事業分野別実施指針」という)を定め(強化法21の14)、主務大臣は実施指針及び事業分野別実施指針に基づき事業適応計画の認定を行う(強化法21の15④)。主務大臣の認定を受けた事業適応計画は「認定事業適応計画」と呼ばれ(強化法21の16②)、計画の認定を受けた事業者は「認定事業適応事業者」と呼ばれる(強化法21の16①)。 改正法の成立を受け、すでに実施指針案がパブリックコメントに付されている。欠損金の繰越上限の特例に関する実施指針は、「成長発展事業適応」の部分であるが、実施指針案では次の第1、第2の目標のいずれかを達成することが見込まれることが求められている。 第1(生産性の向上に関する目標) 第2(新たな需要の開拓に関する目標) 〇主務大臣による確認 税制上の措置の適用を受けるには、まずは「認定事業適応事業者」(強化法21の16①)となる必要があるが、それだけでは、適用要件のすべてを満たしているわけではない。税制上の特例措置の適用を受ける「認定事業適応事業者」(強化法21の28①)は別物である。 すなわち、主務大臣による計画の認定に加えて一定の事項に関する「確認」を得ることが求められていることに注意が必要である。繰越欠損金の控除上限の特例においては、経済社会情勢の著しい変化に対応して行うものとして主務大臣が定める基準に適合することについての主務大臣の「確認」が必要とされている(強化法21の28①)。この「主務大臣が定める基準」については、今後定められる予定である。 (了)
令和3年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第4回】 「研究開発税制の拡充(その1)」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 [4] 研究開発税制の拡充 連結納税制度においても、厳しい経営環境にあっても研究開発投資を増加させる企業について、2年間の時限措置として、税額控除の上限を引き上げる(改正前:25%→30%)とともに、研究開発投資の増加インセンティブを強化する観点から、控除率カーブの見直し及び控除率の下限の引下げ(改正前:6%→2%)を行うこととしている。 連結納税制度における研究開発税制は、連結グループ全体を1つの計算単位として税額控除額が計算され、連結法人税額から控除し、その連結グループ全体の税額控除額を各連結法人の試験研究費の発生額の比で配分して個別帰属額が計算される。 具体的には以下の取扱いとなる(新措法68の9、新措令39の39)。 なお、令和3年4月1日以後に開始する連結事業年度から適用される(令和3年所法等改正法附則1、43)。 1 試験研究費の総額に係る税額控除制度(一般型) (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第28回】 「『役員報酬』と『第二次納税義務』」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 第二次納税義務の趣旨 第二次納税義務を定める国税徴収法は、昭和34年の全面改正にて大きく生まれ変わっている。具体的には、財産処分の方法として「譲渡」のみを第二次納税義務の対象としていた旧国税徴収法からその範囲が拡充され、いわゆる無償譲渡等が加えられた(※1)。 (※1) 吉国二郎他編『国税徴収法精解 第20版』(大蔵財務協会、2021)380頁。「無償譲渡等」の意義は以下要件1となる。 この無償譲渡等に関する第二次納税義務については、現在は国税徴収法39条に規定されており、以下に掲げる4要件の充足により第二次納税義務が適用されるとされている。 (※2) 「債務の免除その他第三者に利益を与える処分」は「必要かつ合理的理由」が必要であり、その判断は、本来の納税者と同一の責任を負わせるに値しないと評価できる別の法的理由の有無が分水嶺となると考えられる。拙著「再生計画に基づいて債務免除された法人に第二次納税義務が生じると示された事例」税務事例53巻7号(2021)93頁。 この趣旨は、財産の無償譲渡等が詐害行為に該当するケースが多いところ、訴訟手続きに拠らずとも手続きの簡略化が可能な点にある(※3)。また、上記全面改正時において、租税徴収制度調査会が答申にて、「形式的に第三者に財産が帰属している場合であつても、実質的には納税者にその財産が帰属していると認めても、公平を失しないときにおいて、形式的な権利の帰属を否認して、私法秩序を乱すことを避けつつ、その形式的に権利が帰属している者に対して補充的に納税義務を負担させることにより、徴税手続の合理化を図るために認められている制度である」と示している(※4)。 (※3) 金子宏『租税法(第23版)』(弘文堂、2019)166頁。 (※4) 租税徴収制度調査会「租税徴収制度調査会答申-附参考資料-」(1958)12・13頁。 すなわち、第二次納税義務は、国税を滞納する者が事実上納付不可能となっても、無償譲渡等を受けた者に第二次納税義務を負わせることによって、迅速かつ公平な税収の確保を図る制度であるといえよう。 (2) 役員給与との関係 役員給与が関係しうるケースでいえば、財務内容の悪化等により国税を滞納している法人が、役員に対して、交際費等や低額譲渡等により経済的利益を与えたり、役員退職給与として高額な支給を行ったり等のケースにおいて検討すべき問題となる。 というのも、役員報酬は職務執行の対価として支給されることが大前提ではあるが(【第20回】参照)、いわゆる「認定賞与」等に代表される(※5)、法人税の課税所得計算上において損金算入が認められない支給については、その職務執行の対価性が認められないものも存在し得るからだ。 (※5) 「認定賞与」は法律上の用語ではない。詳細は【第21回】参照。 この点、認定賞与と第二次納税義務の関係について、認定賞与が役員からの役務提供の対価とみる場合と、贈与の性格を持つと認められる場合があるとした上で、贈与の性格が認められる場合には国税徴収法39条による第二次納税義務が賦課されるという解説がある(※6)。 (※6) 橘素子『第二次納税義務制度の実務』(大蔵財務協会、2013)159頁。 なお、国税庁が公表する個別通達「第二次納税義務関係事務提要の制定について(以下、「個別通達」という)」は、役員に対する認定賞与と第二次納税義務の関係を明らかにしており、以下のように事実関係を重視する旨が示されているので、以下に確認する。 このように、役員に対して報酬を支給した場合、国税徴収法39条の適用の有無は、その支給の内容に拠って判断されることとなる。以下に、実際に役員給与を受けた第二次納税義務について争われた裁判例・裁決例を数点紹介したい。 (3) 取締役に対して第二次納税義務が賦課された事例 ① 解散を前提として取締役に多大な退職金を支給したところ、支給された取締役に第二次納税義務が賦課された事例(東京地裁平成9年8月8日判決(※7)) (※7) 判例タイムズ977号111頁、TAINS:Z888-0213。 本件は、問題となった退職金の金額について、取締役としての職務執行及び功労との対価的均衡を著しく欠くことから、国税徴収法39条の著しく低額の対価による財産の処分に該当するとされたものである。すなわち、地裁が行った退職金額の決定経緯に鑑みた判断は、上記個別通達と同様の判断であるといえるだろう。 なお、裁決例においても役員退職給与が争点となった事例がある。国税不服審判所平成29年5月10日裁決(※8)では、租税を滞納する法人が取締役に対して役員退職給与を支給した結果、当該法人が債務超過となったことを受け、債務超過相当額については無償譲渡に当たるとして第二次納税義務を賦課されている。 (※8) 裁決事例集未登載、TAINS:F0-8-071。 ② 役員賞与とされたものについて無償譲渡等とも認定し、第二次納税義務を課することは矛盾しないとされた事例(国税不服審判所昭和49年9月27日裁決(※9)) (※9) 裁決事例集9集31頁、TAINS:J09-4-01。 本件は、法人税法上賞与とされたものが国税徴収法上では無償譲渡等とされることにつき、矛盾しないと示された事例である。すなわち、賞与とされるものの中には対価性がなく贈与の性格を有するものもあることを示している。 本件は、現在でも認定賞与を検討する場面で参考となる裁決例である。 * * * 総じて、法人が取締役等の役員に支給する役員給与・役員退職給与に関して、職務執行の対価であるという性質が見出せないものについて、その法人に滞納国税があるような場合では、国税徴収法39条の適用可能性にも留意すべきであるといえよう。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第30回】 「適格分社型分割を行った場合の分割法人の取扱い」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 前回は、適格分社型分割を行った場合の分割承継法人の取扱いについて確認しました。 今回は、適格分社型分割を行った場合の分割法人の取扱いについて解説します。 1 資産・負債の譲渡 適格分社型分割があった場合の分割法人から分割承継法人への資産・負債の移転は、分割直前の帳簿価額による譲渡とされ、分割法人において譲渡損益は生じないこととされています(法法62の3①)。 2 適格分社型分割により譲渡した「減価償却資産」の取扱い 分割法人が、適格分社型分割により分割承継法人に減価償却資産を移転する場合において、分割事業年度に、その減価償却資産について分割の日までの減価償却費を計上したときは、その期中損金経理額のうち分割の日の前日を事業年度終了の日として計算した償却限度額に達するまでの金額は、分割法人で損金の額に算入されます(法法31②)。 ただし、期中損金経理額を損金の額に算入するためには、分割の日から2ヶ月以内に一定の届出が必要となります。 3 適格分社型分割により譲渡した「繰延資産」の取扱い (1) 償却費の損金算入 分割法人が、適格分社型分割により分割承継法人に繰延資産を移転する場合において、分割事業年度に、その繰延資産について分割の日までの償却費を計上したときは、その期中損金経理額のうち分割の日の前日を事業年度終了の日として計算した償却限度額に達するまでの金額は、分割法人で損金の額に算入されます(法法32②)。 ただし、期中損金経理額を損金の額に算入するためには、分割の日から2ヶ月以内に一定の届出が必要となります。 (2) 分割承継法人への移転 適格分社型分割により分割承継法人に移転することができる繰延資産は、次のとおりです(法法32④二、⑤、法令66、法規22)。 4 適格分社型分割により譲渡した「一括償却資産」の取扱い (1) 償却費の損金算入 分割法人が、適格分社型分割により分割承継法人に一括償却資産を移転する場合において、分割事業年度に、その一括償却資産について分割の日までの償却費を計上したときは、その期中損金経理額のうち分割の日の前日を事業年度終了の日として計算した償却限度額に達するまでの金額は、分割法人で損金の額に算入されます(法令133の2②)。 ただし、期中損金経理額を損金の額に算入するためには、分割の日から2ヶ月以内に一定の届出が必要となります。 (2) 分割承継法人への移転 適格分社型分割により分割承継法人に移転することができる一括償却資産は、次のとおりです(法令133の2⑦、法規27の19)。 5 適格分社型分割により移転する「貸倒引当金」の取扱い 分割法人が、適格分社型分割により分割承継法人に貸倒引当金を移転する場合において、分割事業年度に、期首から分割の日までの期間に貸倒引当金を計上したときは、その期中損金経理額のうちその期間の繰入限度額に達するまでの金額は、分割法人で損金の額に算入されます(法法52⑤⑥)。 ただし、期中損金経理額を損金の額に算入するためには、分割の日から2ヶ月以内に一定の届出が必要となります。 6 適格分社型分割があった場合に減少する「資本金等の額」、「利益積立金額」 適格分社型分割があった場合には、分割法人において資本金等の額及び利益積立金額は増減しません。 7 分割承継法人株式の取得価額 適格分社型分割により、分割法人が取得する分割承継法人株式の取得価額は、分割直前の移転資産の帳簿価額から移転負債の帳簿価額を減算した金額に付随費用を加算した金額とされています(法令119①七)。 8 具体例 〔前提〕 〔分割法人の移転仕訳〕 〇資産・負債 適格分社型分割の場合は簿価で移転することとなります。 〇減少する資本金等の額、利益積立金額 適格分社型分割の場合、資本金等の額、利益積立金額は減少しません。 〇分割承継法人株式の取得価額 移転資産の帳簿価額から移転負債の帳簿価額を減算して計算します。 ◆適格分社型分割を行った場合の分割法人の取扱いのポイント◆ 資産等の移転は、分割直前の帳簿価額による譲渡をしたものとされ、分割法人において譲渡損益は生じません。 事業年度の中途に適格分社型分割があった場合に、減価償却費等の期中損金経理額を分割法人において損金の額に算入するためには、一定の届出が必要となります。 分割法人において資本金等の額及び利益積立金額は増減しません。 適格分社型分割により、分割法人が取得する分割承継法人株式の取得価額は、分割直前の移転資産の帳簿価額から移転負債の帳簿価額を減算した金額に付随費用を加算した金額です。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第24回】 「〔第5表〕課税時期前3年以内に取得した土地等及び家屋等の借家権控除の適用の可否」 税理士 柴田 健次 Q 経営者甲が甲株式を令和3年9月に後継者である乙に贈与する予定ですが、課税時期前3年以内に取得した土地及び家屋の状況は、下記の通りとなります。 (※1) 物件の所有者(オーナー)が、賃借人を維持したまま不動産の所有権を移転させること。 (※2) 税務上の耐用年数に基づき計算した減価償却累計額を控除した後の価額。 この場合において、甲株式会社の第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の資産の部に計上する「3年以内取得土地等」及び「3年以内取得家屋等」の相続税評価額及び帳簿価額はそれぞれいくらになるのでしょうか。 なお、甲株式会社は3月決算であり、消費税の計算においては税抜方式を採用しています。純資産価額の計算においては、直前期末方式(直前期末の資産及び負債の帳簿価額に基づき評価する方式)により計算するものとします。 A 第5表「1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」の資産の部に計上する「3年以内取得土地等」及び「3年以内取得家屋等」の内訳は、下記の通りとなります。 ◆ ◆ ◆ ① 3年以内取得土地等及び3年以内取得家屋等の計上金額 評価会社が課税時期前3年以内に取得又は新築した土地及び土地の上に存する権利(以下「土地等」という)並びに家屋及びその附属設備又は構築物(以下「家屋等」という)の価額は、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価するものとされています。 この場合において、当該土地等又は当該家屋等に係る帳簿価額が課税時期における通常の取引価額に相当すると認められる場合には、当該帳簿価額に相当する金額によって評価することができるものとするとされています(評価通達185括弧書)。 課税実務上は、帳簿価額が通常の取引価額として認められない場合(買い急ぎや関連会社からの有利な価額による取得など適正な時価による取得として認められない場合)を除き、帳簿価額を基に評価することになります。帳簿価額が通常の取引価額として認められない場合には、不動産鑑定評価額等の合理的な方法によって時価を求めることになります。 ② 借家権控除の必要性 平成25年7月1日の裁決事例(TAINSコード:F0-3-394)において借家権控除の適用について、「借家権の設定に伴う建物及びその敷地利用の制約は、評価基本通達185括弧書に定める『通常の取引価額に相当する金額』の算定においても、同様に考慮することが合理的であると考えられることから、『通常の取引価額に相当する金額』を算定する場合においても、対象の土地及び建物が貸家建付地及び貸家に該当し、上記制約を考慮する必要があるときは、評価基本通達26及び93と同様の方法で貸家建付地及び貸家の価額を評価することが相当である」として、課税時期において現実に貸し付けられている場合には、借家権控除の必要性を説明しています。 また、東京国税局課税第一部 資産課税課 資産評価官の「資産税審理研修資料」(平成27年7月作成)の財産評価の審理上の留意点では、下記の通り記載がされています。 したがって、取得時の利用区分が自用地・自用家屋で課税時期の利用区分が貸家建付地・貸家である場合には、借家権控除を行うことができます。 ③ A土地及び家屋の計上金額 A土地及び家屋は、3年以内取得土地等及び家屋等に該当することになりますので、相続税評価額ではなく、通常の取引価額により評価を行います。したがって、直前期末の帳簿価額(土地100,000千円・建物47,872千円)を基に評価を行うことになりますが、帳簿価額は新築で購入した金額であり、自用地としての通常の取引価額となります。A土地及び家屋は、課税時期において貸し付けられており、貸家の制約を考慮する必要があるため、貸家建付地及び貸家の評価として、借家権部分を減額します。 したがって、A土地及び家屋の相続税評価額に計上する金額は、下記の通りとなります。 ④ B土地及び家屋の計上金額 B土地及び家屋は、3年以内取得土地等及び家屋等に該当することになりますので、相続税評価額ではなく、通常の取引価額により評価を行います。したがって、直前期末の帳簿価額(土地60,000千円・建物19,574千円)を基に評価を行うことになります。 B土地及び家屋は、オーナーチェンジにより購入したマンションであり、購入時の価額は、貸家建付地及び貸家としての価額であり、既に借家権控除が帳簿価額に反映されているため、A土地及び家屋のように減額はせずに帳簿価額をそのまま計上することになります。 ☆実務上のポイント☆ 3年以内取得土地等及び家屋等の計上金額を決定するためには、帳簿価額が通常の時価として認められない事情があるかどうか、購入時の利用区分が自用地・自用家屋又は貸家建付地・貸家のいずれであるかを確認することが重要となります。 (了)
相続税の実務問答 【第61回】 「相続開始の年に被相続人から贈与を受けた場合の贈与税の申告(相続税額が算出されない場合)」 税理士 梶野 研二 [答] 被相続人から相続開始の年に財産の贈与を受けた場合、その贈与を受けた人が、その被相続人からの相続又は遺贈により財産を取得したときには、その贈与により取得した財産の価額は、相続税の課税価格に加算され、贈与税の課税価格には算入されません。 あなたは、令和3年3月にお母様から現金200万円の贈与を受けましたが、5月にお母様がお亡くなりになられ、お母様の遺産を相続されたとのことです。あなたの場合、お母様から贈与を受けた現金200万円は相続税の課税価格に加算されることとなり、一方、贈与税の課税価格には算入されません。したがって、納付すべき相続税額が算出されないことから相続税の申告書を提出しないとしても、贈与税の申告の必要はありません。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 贈与税の申告義務と相続税における相続開始前3年以内の贈与加算の関係 前回説明したように、被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した者が、当該被相続人の相続開始の日前3年以内に当該被相続人から財産の贈与を受けた場合には、相続税法第19条第1項の規定により当該贈与財産の価額は、相続税の課税価格に加算されるとともに、当該財産の贈与に対して課された贈与税額は相続税額から控除することとされています。 一方、相続又は遺贈により財産を取得した者が相続開始の年に当該相続に係る被相続人から贈与により取得した財産の価額で相続税法第19条の規定により相続税の課税価格に加算されるものは、同法第21条の2第4項の規定により贈与税の課税価格に算入しないこととされています。 この相続又は遺贈により財産を取得した者が相続開始の年に当該相続に係る被相続人から贈与により取得した財産の価額で相続税法第19条の規定により相続税の課税価格に加算されるものは、贈与税の課税価格に算入しないとの相続税法第21条の2第4項の定めは、当該贈与により取得した財産の価額を相続税の課税価格に加算した上で相続税額を計算した場合に、相続税の課税価格の合計額が相続税法第15条第1項に定める遺産に係る基礎控除額を下回ることから、相続税額が算出されないときにおいても適用されます。 なお、相続税の申告書の提出は同法第21条の2第4項の規定の適用要件とはされていませんので、納付すべき相続税額を0円とする相続税の申告書を提出する必要もありません。 2 ご質問の場合 あなたは、令和3年3月にお母様から現金200万円の贈与を受けましたので、この贈与について(この他にあなたが令和3年中に贈与を受けた財産があれば、その価額も合計したところで)、令和4年2月1日から3月15日までの間に令和3年分の贈与税の申告を行い、算出された贈与税を納付しなければならないはずでした(仮に、令和3年中にあなたが贈与を受けた財産の価額が200万円だけであるとすると、納付すべき贈与税額を90,000円とする贈与税の申告が必要となります)。 しかしながら、お母様が令和3年5月にお亡くなりになり、あなたはその相続によりお母様の財産を相続することとなりました。 したがって、あなたが、お母様の相続開始前3年以内である令和3年3月にお母様から贈与された現金200万円は、相続税法第19条第1項の規定により相続税の課税価格に加算されます。あなたの場合、この200万円を相続財産の価額に加算したとしても、相続税の課税価格の合計額が基礎控除額3,600万円(3,000万円 + 600万円 × 1人)に達しないため納付すべき相続税額は算出されないとのことですが、その場合であっても、お母様の相続開始の年である令和3年中にお母様から受けた贈与については、相続税法第21条の2第4項の規定により、贈与税の申告は必要ありません。つまり、お母様から現金200万円の贈与を受けたことに対する相続税及び贈与税の負担は生じません。 なお、同法第21条の2第4項の規定を適用するために、あえて納付すべき相続税額を0円とする相続税の申告書を提出する必要はありません。 (了)
居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第38回】 「新築分譲マンションの場合の取得日とその所有期間」 -所有期間5年超要件に係る取得日の判定- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、6年前の3月1日に建築中の分譲マンションの売買契約を締結し、マンション完成直後の5年前の3月2日に引渡しを受けました。 親子3人で居住の用に供していたものの、子供が成長し、そのマンションは手狭となったことから、本年4月5日に譲渡しました。多額の譲渡損失が発生し、銀行で住宅ローンを組み、本年8月に新たに戸建を購入しました。 譲渡物件に係る所有期間5年超以外の他の適用要件が具備されている場合に、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 譲渡年である本年1月1日における所有期間が5年以下のため、Xは、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができません。 ●○●○解説○●○● 「居住用財産買換の譲渡損失特例」は、譲渡年の1月1日においてその所有期間が5年を超えるものであることが、その適用要件の1つとされています(措法41の5⑦一) 本事例における譲渡マンションの取得日は、契約締結日なのか、それとも引渡し日なのかで、その所有期間5年超要件に係る是非が分かれることになります。 資産の取得の日については、契約締結日に存在しない資産又は売主が所有していない資産については、その契約締結日をもって資産の取得の日と解することはできません。(所基通33-9(資産の取得の日))。 したがって、本事例の場合、当該マンションの引渡しを受けた日が取得の日となり、譲渡年である本年1月1日における所有期間が5年以下ですから、Xは、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができません。 なお、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても、譲渡資産の所有期間に係る5年超要件が同様に定められています(措法41の5の2⑦一)。 おって、戸建の請負契約の場合も、その契約締結日に存在しない資産であることから、新築分譲マンションの場合の取得の日と同様に判定されることに注意が必要です。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第115回】 アジア開発キャピタル株式会社 「特別調査委員会調査報告書(2021年6月21日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【アジア開発キャピタル株式会社特別調査委員会の概要】 【アジア開発キャピタル株式会社の概要】 アジア開発キャピタル株式会社(以下「ADC」と略称する)は、1922(大正11)年2月7日設立。創業時は倉庫業、運送業を営んでいたが、2004年頃から投資ビジネスに参入し、現在では投資事業、金融事業を主たる事業としている。連結売上高1,055百万円、連結経常損失802百万円、従業員数49人(いずれも訂正前の2020年3月期実績)。会計監査人はアスカ監査法人(2021年4月13日退任)、監査法人アリア。東京証券取引所2部上場。本店所在地は東京都中央区。なお、ADCのホームページの「会社概要」トップには次のような記載がある。 ADCの子会社である株式会社トレードセブン(以下「T7」と略称する)は、2014(平成26)年8月1日設立。質屋事業、古物買取販売事業を営む。2017年11月、ADCは、質屋事業及び古物買取販売事業をグループの中核事業として位置付け、T7を完全子会社化した。 株式会社TS Project(以下「TP」と略称する)は、2018(平成30)年10月30日、T7が全額出資して、蓄電池取引に特化したSPCとして設立。2020年12月にT7が吸収合併して解散した。 【調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 2021年4月9日に公表した「第三者委員会の設置に関するお知らせ」で、ADCは、その設置の経緯について、次のように説明していた。 ADCは、子会社であるT7を通じてADC元取締役2名(元代表取締役社長の網屋信介氏と元取締役の髙瀬尚彦氏)が関係する複数の会社との間に不可解かつ不適切とも思われる取引が多数実在していることを社内調査によって確認したと同時に、会計処理が不適切に行われていたのではないかという疑義も発覚したため、当該不適切会計処理の事実関係解明及びその原因分析、並びにそれに類似する取引の有無の調査を行い、全容解明のために、第三者委員会の設置について決議したものである。 2 第三者委員会を解散して特別調査委員会を設置することとなった経緯 ADCが、2021年4月28日付で公表した「第三者委員会の解散及び特別調査委員会の設置に関するお知らせ」によれば、同年4月9日に設置された第三者委員会(以下「旧委員会」と略称する)は、同年4月21日、元取締役2名の代理人から、旧委員会からの元取締役2名に対する連絡については代理人が対応するので、直接の連絡は控えてほしいという意思表示を受けた上で、「①旧委員会の4人の委員のうち3人の委員が同一の法律事務所に所属している場合、及び、②本件疑義に関連してADCが行っている行為に対するADC元取締役からの仮処分命令申立手続に、仮に旧委員会の委員が関与している(いた)場合は、日本弁護士連合会が公表している「企業等不祥事に関する第三者委員会ガイドライン」(以下「日弁連ガイドライン」という)の趣旨に反する」という旨の通知を受領した。 旧委員会は、ADCから独立した公正中立な立場から構成されており、ADCの仮処分命令申立手続に関与している(いた)利害関係者にも該当していないため、調査・検証の過程・結果等について疑義を生じさせるものではないものの、本件嫌疑に関する調査を実施する上で重要なヒアリング対象となる元取締役2名から疑義を呈されたことで、①旧委員会による両名に対するヒアリングが実現困難になること、及び、②旧委員会調査報告結果の独立性、公平性・中立性について疑義を呈されることが予想されるとして、旧委員会を解散し、以後の調査を新たに発足する特別調査委員会に委ねることを決定したと説明している。 同時に、ADCは、第三者委員会を解散し、特別調査委員会に調査の続行を委ねる理由について、「日弁連ガイドライン」において求められる「類似案件」に対する調査を調査対象から除外し、調査対象をT7の売上にかかる会計処理に限定する趣旨にあるとして、調査範囲を限定したことを開示している。 3 資金循環取引の手口 特別調査委員会が調査対象とした蓄電池売買取引は合計18件。うち15件は、T7が蓄電池仕入のための前渡金名目で中間商流会社の株式会社インクリージング・アソシエイツ(調査報告書上の表記は「IA」)又は一般社団法人日本中小企業金融サポート機構(同「KS」)及び合同会社アドバイザー(同「GA」)を通じて、製造調達会社である有限会社エム・シー・シー・インターナショナル(同「MC」)に支払われる一方、T7はエンドユーザーとの間に入ったD-LIGHT株式会社(同「DL」)から売買代金を受け取るというスキームであった。 他の3件は、T7の位置にTPが入り、株式会社ティーオーツー(調査報告書上の表記は「TO」)に対して支払った前渡金が、MCに支払われる一方、DLから売買代金を受け取るというスキームであった。 4 取引に実体がないと判断した根拠 特別調査委員会は、ADC及びT7、TPにおいて、蓄電池の売買取引であり、製造会社から最終消費者まで売買契約が連鎖していることを前提としていたが、調査の結果、実際には、蓄電池の現物の納品はなされておらず、かつ、資金が環流している取引(いわゆる資金循環取引)であったと結論づけ、その認定根拠として、次の4点を挙げている。 (1) エンドユーザーによる蓄電池取引の否認 調査委員会による書面の照会に対して、西日本高速道路株式会社(NEXCO西日本)(調査報告書上の表記は「NXN」)及びその100%子会社である西日本高速道路サービス・ホールディングス株式会社(調査報告書上の表記は「NX」)は、本件蓄電池取引が行われていた期間(2017年11月から2019年4月)において、DLとの間で蓄電池取引の事実はないと回答した。 (2) 蓄電池の製造者による製品供給が疑わしいこと DLがT7を蓄電池取引への参加を勧誘した際に提示したパンフレットの中に、今回の対象商品となった蓄電池の製造元は日本捜索光研株式会社(調査報告書上の表記は「NS」)とされていが、同社は、2014年10月に株式会社サーチライトジャパン(調査報告書上の表記は「SJ」)に商号を変更した上、2018年10月17日に東京地方裁判所において破産手続開始決定を受けていることが確認されており、同社が本件蓄電池取引にかかる毎月85台の蓄電池を安定的に供給していたことは極めて疑わしいことが認められた。 (3) DL鬼倉達矢氏(調査報告書上の表記は「OT氏」)自身が蓄電池現物の取引の不存在を認めていること 特別調査委員会による、DL鬼倉達矢氏に対する質問状及びヒアリングに対し、同氏は、本件蓄電池取引において蓄電池現物の取引は存在せず、したがって、商流の最下流に位置するNXによる発注及び物品受領も存在せず、また、商流の最上流に位置する製造会社も存在しない旨を認める回答を行った。 (4) 資金がMCからDLに還流していたことについてDL鬼倉達矢氏が認めていること 同じく、特別調査委員会によるDL鬼倉達矢氏に対する質問状及びヒアリングに対し、同氏は、本件蓄電池取引が、DLの資金繰りの改善を目的とする取引の一部であり、MCからDLに資金が還流されていることを認める旨の回答を行った。 5 特別調査委員会による原因分析(調査報告書54ページ以下) 特別調査委員会は、T7及びADCの役職員が資金循環取引に対して意図的に関与した事実は認められなかったと結論づけながら、資金循環取引を了知できなかった原因について、DLが種々の工作を行っていたことに加えて、T7やADCのガバナンスや内部統制の整備・運用状況等が十分でなかったことも発生原因であるとして、次のようにまとめている。 なお、特別調査委員会は、「取引開始時の調査不足」に関連して、追加的な調査方法を例示しているので、引用しておきたい。 〈追加的な調査方法例〉 6 再発防止のための提言(調査報告書60ページ以下) 特別調査委員会は、調査により明らかとなった不適切な会計処理とその原因を踏まえた上で、再発防止策の大枠として、次のように提言をまとめている。 外部調査委員会は、「1 経営者リテラシーの向上」の中で、「(2) 一般的会計不正事例に関する知識の補充」について、次のように言及している。 この指摘の中、脚注で引用されているのが、証券取引等監視委員会事務局による「開示検査事例集(令和元年10月)」の監視委コラム「架空取引(資金循環取引)の気付き(20ページ)」であった。調査委員会はこのコラムを引用しながら、「典型的資金循環取引の取引要素」を次のように要約している。 【調査報告書の特徴】 ADCは、特別調査委員会による調査報告書で匿名(イニシャル表記)にしている取引関係者について、同日付で公表した別のリリースで、すべて実名を開示している。これだけでも驚きなのだが、この「本日付東証適時開示「特別調査委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」についての補足(以下「6月22日付補足」と略称する)」には、ADC元取締役2名が、架空取引に関連して、金銭を受領していたことにまで言及している。こうした調査は、特別調査委員会の調査範囲に含まれておらず、当然、この言及に関しては、ADCが設置した特別調査委員会が認めたものではない。 また、ADCが開示しているように、同社は、3月23日に、金融庁証券取引等監視委員会事務局開示検査課(開示検査課)より立ち入り検査を受けており、本稿をまとめている時点で、検査結果についてのリリースは出ていないため、検査結果も気になるところである。 そもそも、ADCと元代表取締役社長網屋信介氏と元取締役髙瀬尚彦氏とは、どのような関係であったのか。時間を少し遡って見ておきたい。 1 網屋信介氏の代表取締役就任の経緯 ADCの有価証券報告書の記載によれば、元衆議院議員で、2回目の選挙に落選した後、株式会社エス・エー・コンサルティングを設立して代表取締役に就任していた網屋信介氏が、ADCの顧問に就任したのが2015年12月。その翌年1月にはADCの代表取締役社長に就任している。その経緯については、「当社連結子会社である株式会社トレードセブンのグループ化から今回の事業撤退までの経緯に関する補足説明(以下「3月10日付補足説明」と略称する)(※)」では、次のように説明されている。 (※) なお、本リリースの当初公開日は2021年3月10日であるが、現在は、2021年4月9日に公表された「訂正版」だけがADCのサイトで公開されている。 ところが、就任早々、網屋氏は、当時まだADCとは資本関係のなかったT7との間で利益相反行為に該当する取引を主導していたことが、「3月10日付補足説明」で開示されている。「3月10日付補足説明」は、網屋信介氏側の申立てにより、東京地方裁判所から「投稿記事のうち下線部分を仮に削除せよ」との仮処分決定が3月31日付でなされたため、現在は、訂正後のものだけが公表されているようである。 2 監査法人による取引内容の確認 資金循環取引(架空循環取引)が発覚するたびに、「会計監査人は何を確認していたのか」という批判的な見解が示されることは多い。上述のとおり、特別調査委員会も引用している証券取引等監視委員会事務局による「開示検査事例集(令和2年8月)」でも、「架空取引(資金循環取引)の気付き」と題された「監視委コラム」という記事の中で、こう解説されている。 ADCの会計監査人であるアスカ監査法人は、この取引について、どのように実在性の確認を行っていたのかを、調査報告書から見ておきたい(調査報告書44ページ以下)。 特別調査委員会は、調査の結果、アスカ監査法人が、書類上のやり取りだけで売上計上がなされることを危惧し、取引の実在性について十分な監査手続を実施する必要性を認識しており、当時取締役であった髙瀬尚彦氏にもその旨を伝え、一定の注意喚起を行っていたことを認めている。さらに、特別調査委員会に対するアスカ監査法人の回答では、蓄電池取引に関して、追加の監査手続として、複数の商流参加者との面談と証憑閲覧を行ったことで、取引実在性に重大な疑義はないものと認識したということであり、蓄電池現物については、網屋氏・髙瀬氏に蓄電池現物を見たいと要請したが、直送なので蓄電池現物は見られないとの説明を受けて、被監査会社のみならずその取引先に対してまでも往査を実施し、インタビューを行い、外部証拠を入手しており、これ以上の調査は困難であったとの見解を示しているようである。 アスカ監査法人は、商品の実在性確認について、証券取引等監視委員会が指摘するような「商品の実在性の確認は疎か」になっていたとまでは言えないものの、「直送取引」の壁に阻まれてしまったと評価できよう。そういった経緯があったからこそ、アスカ監査法人は、資金循環取引発覚後の4月13日に、会計監査人を退任した(「会計監査人の異動及び一時会計監査人の選任に関するお知らせ」参照)と考えられる。 3 ADCによる独自調査結果の開示 上述のとおり、ADCは、調査報告書公表と同時に、「6月22日付補足」を公表した。A4版で3ページのリリースのうち補足説明に該当する2ページの内容を簡単にまとめておきたい。なお、残りの1ページは、「特別調査委員会「調査報告書」における仮名と実名の対応表」に充てられている。 いずれも、ADCの主観的な見解であり、第三者の調査結果に基づかないものであり、名前が挙がっている関係者からの反論も予想されるところではあるが、外部調査機関による調査結果に補足情報を公表するという異例の展開となった本事案の特殊性が表れたリリースであることから、内容をまとめた次第である。 (了)
給与計算の質問箱 【第19回】 「主たる給与の支払者が交代した場合の注意点」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q X社の従業員Aは6月30日まで正社員でしたが、7月1日からは週10時間程度のパート勤務になりました。また、AはX社と並行してY社でも勤務しており、Y社においては6月30日まで週10時間程度のパート勤務でしたが、7月1日からは正社員になりました。給料はX社、Y社ともに末日締の翌月25日支給です。 X社、Y社それぞれにおけるAの給料計算等の注意点があれば教えてください。 A 注意点は以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 源泉所得税 源泉所得税に係る注意点は次のとおり。 2 労災保険 労災保険に係る注意点は次のとおり。 3 雇用保険 雇用保険に係る注意点は次のとおり。 4 社会保険(健康保険、介護保険、厚生年金保険) 社会保険(健康保険、介護保険、厚生年金保険)に係る注意点は次のとおり。 5 源泉徴収票の取扱い 源泉徴収票の取扱いに係る注意点は次のとおり。 (了)
社長のためのメンタルヘルス 【第3回】 「メンタルへルスの多様性と診断名・原因の具体例」 特定社会保険労務士 第一種衛生管理者 産業カウンセラー 寺本 匡俊 1 今回の趣旨 本連載の第1回では、連載全体の考え方や用語の概要を示した。第2回では社長が受けるストレスの強さや、経営者の立場上、病状や対策につき周囲に気軽に相談するのも容易ではないなど、心身ともに強い社長といえどもメンタル不調に無縁ではないことや、予防の重要性を示した。 今回は、メンタル不調という概念の広さや多様性を、診断名や原因の具体例で確認し、改めて「メンタルが弱いから不調になる」という発想の危うさを見直すことにより、社長のためのメンタルヘルスの重要性を再認識することを目的とする。 2 「こころの病気」という表現について 職場において発生するメンタル不調や精神疾患の中で、もっとも多いと言われているのが、「うつ状態」、「うつ病」であるというのは定説になっているかと思う。「うつ」は確かに感情が乱れ、やる気を失うなどの症状が出るため、一般向けの報道やネットの情報においては「心の病」、「こころの病気」というような表現が使われることが多い。確かに、心を病む。一方で、医学・薬学の対象となる(科学的な知見にもとづく診断、服薬、静養等が必要)なのは、「こころ」ではなく、脳という内臓である。 メンタル不調、精神疾患は脳の不調、脳の病気であり、それは狭い意味での「心を病む」だけとは限らない。具体例は、厚生労働省の特設サイト「みんなのメンタルヘルス」でも確認できる。 3 世界的な基準 上記サイトの文中にもあるように、「こころの病気についてのおもな診断基準として、アメリカ精神医学会が作成したDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)や世界保健機関によってつくられたICD(国際疾病分類)があり、日本でも広く使われて」いる。行政も医学会も、DSMとICDの両者を用いている。 ここでは、後の回で言及する労災の「心理的負荷による精神障害の認定基準」(厚生労働省「精神障害の労災認定」参照)が国連WHOのICD(International Classification of Diseases)に準拠していることから、こちらを参照する。現時点で、ICDは第11版を数えており(ICD-11)、一方、和訳版が商業出版されているのは、2019年の改訂まで使われていたICD-10である。以下、ICD-10の訳語を用いる。 ICDは疾病全般を取り扱っており、アルファベットの頭文字で、例えば「A」のグループは「感染症・寄生虫」であるが、ここではメンタル不調・精神疾患のグループである「F」、すなわち「精神および行動の障害」の内訳をみる。なお、ICDの訳語における「障害」という用語は、障害者手帳や障害者雇用といった法律用語、行政用語の対象となる状態に限定されず、英語では「disorders」すなわち「故障」、「不具合」であり、軽度で治るものも含む広い概念であることに留意願いたい。 4 ICD-10における具体例 上記の精神疾患の労災認定基準に、ICD-10の「F」グループの項目表があり、これらを見るだけでも、「心の病」という解釈だけでは収まり切らないものであるのが分かるが、ここでも「社長とて無縁ではない」ことを強調するため、メンタル不調・精神疾患は、症状も原因も、多種多様であることを確かめる。 (出典) 厚生労働省「精神障害の労災認定」2ページ。 以下、「ICD-10 精神および行動の障害」から、比較的、一般にも知られている「診断カテゴリ」という10項目(上表のF0からF9)のうち、いくつかを例示する。社長のためのメンタルへルスは、従業員と同様これら全ての未然防止、早期発見、再発・再燃の防止を図るものであり、その手段や心がけも多様である。 例えば、F0には「アルツハイマー病型認知症」が含まれ、また脳損傷によるもの、すなわち交通事故等で頭を強く打っても、脳の病気になるおそれがある。F1には「依存症候群」がある。不法薬物やアルコールの依存症も含まれ、また、ゲーム依存症がICD-11で加わった。特にアルコール依存は、身近な問題として起こり得ると考えるところ、別の回にて稿を改めて詳述する。 本連載において重視するのは、F3の「気分(感情)障害」及びF4の「神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害」である。読者ご自身又は周囲において、これらの症状に類するものを訴える人を全く見たことがないということは、まずないと思う。 F3の「気分(感情)障害」が、文字通りの「心の病」の代表例だろう。うつ病や「双極性感情障害」(躁うつ病)が含まれる。これらもICDでは微細に分類されているが、本稿は医学的な解説が目的ではないため、概略で進める。 F4の「神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害」については、かつてある精神科医の講義の中で、「一言でいえば昔、ノイローゼと呼んでいたもの」という表現があったのを覚えている。他の人にとっては、あるいは、本人が強いストレスもなく健康なときには恐れる対象ではないはずのものに恐怖感を抱き、生活に支障が出るようなイメージのグループで、例えば高所恐怖症もこれに含まれる。 ときどき報道などで見かけるものとしては、強迫性障害(火元や施錠が気になって外出途中に何回も自宅に戻るなど)、解離性障害(症状の1つに解離性健忘、いわゆる記憶喪失)、適応障害(特定のストレスからくる苦悩など)等がある。 以上いずれも日常生活の随所に、原因となり得るものが潜んでおり、繰り返すが、リスクは労使を問わない。転倒して怪我をしても、暴飲暴食を繰り返しても、内臓の病気が長引いても、誰もがメンタル不調を招く恐れがある。 今回は「原因」(ストレス要因)及び「結果」(ストレス反応)の多様性に着目した。次回は「対策」すなわち「予防」についての考え方を整理する。 (了)