2024年5月23日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.570を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例134(法人事業税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆事業の種類と課税方式 法人事業税は、資本金1億円以下の普通法人については、以下の事業ごとに異なる課税方式が定められている。電気供給業はその内容によって第2号事業と第3号事業に区分されており、太陽光発電事業は第3号事業に該当する。 ◆異なる区分の事業を併せて行う場合の課税方式(地方税法の施行に関する取扱いについて(道府県税関係)4の9の9) 一般に所得等課税事業、収入金額課税事業又は収入金額等課税事業のうち、複数の部門の事業を併せて行う法人の納付すべき事業税額は、原則として事業部門ごとにそれぞれ課税標準額及び税額を算定し、その税額の合算額による。 (1) 従たる事業が軽微な場合 従たる事業が主たる事業に比して社会通念上独立した事業部門とは認められない程度の軽微なものであり、したがって従たる事業が主たる事業と兼ね併せて行われているというよりも、むしろ主たる事業の附帯事業として行われていると認められる場合においては、事業部門ごとに別々に課税標準額及び税額を算定しないで、従たる事業を主たる事業のうちに含めて主たる事業に対する課税方式によって課税して差し支えない。 (2) 従たる事業のうち「軽微なもの」とは 従たる事業のうち「軽微なもの」とは、一般に、従たる事業の売上金額が主たる事業の売上金額の1割程度以下であり、かつ、売上金額など事業の経営規模の比較において、従たる事業と同種の事業を行う他の事業者と課税の公平性を欠くことにならないものをいう。この点、特に従たる事業が収入金額によって課税されている事業である場合には、当該事業を取り巻く環境変化に十分留意しつつ、その実態に即して厳に慎重に判断すべきである。 なお、「附帯事業」とは、主たる事業の有する性格等によって必然的にそれに関連して考えられる事業をいうのであるが、それ以外に主たる事業の目的を遂行するため、又は顧客の便宜に資する等の理由によって当該事業に伴って行われる事業をも含めて解することが適当である。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第37回】 「新賃借人から旧賃借人に支払われた2億円は資産の譲渡の対価ではなく、契約上の地位の消滅の対価であるとされた事例」 税理士 菅野 真美 ▷立退料等の消費税法上の取扱い 消費税は国内で財や役務提供を受けたときにその対価に課税して受け手(買い手)が負担するが、その税金を申告納付するのは財や役務を提供する事業者である。この消費税の申告納付額は、事業者が行った資産の譲渡や役務提供の対価について課された消費税から、この資産等を手に入れるために支払った消費税を差し引いて計算する。 資産の譲渡とは、資産につきその同一性を保持しつつ、他人に移転させること(消基通5-2-1)であり、資産の譲渡により対価を受け取るような行為は、原則的には、課税取引とされる。 しかし、資産や権利が消滅することにより対価を受け取る行為については、同一性を保持しつつ、他人に移転させるものではないことから消費税の対象とはならない。 この違いが賃貸借契約のときの立退料の取扱いに現れてくる。賃貸借契約の解除に伴い、権利消滅の対価として受け取る立退料は消費税の課税対象とはならない。 消費税法基本通達5-2-7(本文) しかし、賃貸借契約を第三者に譲渡することで受け取る対価は、賃貸借契約という同一性を保持しつつ、他人に移転させることによる対価であるため資産の譲渡等に該当する。 消費税法基本通達5-2-7(注書き) このように賃借人が賃貸借契約から離脱する際に受け取った金銭は、その原因によって消費税の課税関係が異なる。今回は、賃貸借契約の合意解除により、新賃借人から旧賃借人に支払われた金銭が消費税の課税対象か否かで争われた事例を検討する。 ▷事例の概要及び争点 この事例の経緯は以下のようなものである。 昭和62年7月7日、C社は納税者に対し、土地及び同土地上に新築する建物をパチンコ店として賃貸する旨の契約(以下「本件原契約」という)を納税者と締結した。本件原契約は2度更新されており、最新となる平成24年7月30日の更新では、賃貸借の期間を同日から起算して10年間とすることとされた。 B社が、納税者の利用している土地の利用を希望したことから、納税者は本件原契約を解除したうえで建物を撤去して立ち退くことになった。しかし、本件原契約を契約期間内に解除すると契約満了までの期間、C社は賃貸料を受け取ることができず、また、他の地権者から解約違約金を求められるリスクを避けるため、2億円の金銭を新賃借人であるB社が納税者に支払うこととなった。 なお、合意解除に至るまでのプロセスにおいて、納税者とB社の間で協定書の締結と覚書が作成された。これらのポイントは次のようなものである。 〇平成31年4月19日付「物件移転等に関する協定書」と同日付「覚書」(以下「本件協定書」という) 〇令和元年8月28日付「契約上の地位承継に関する覚書」(以下「本件覚書」という) 本件協定書に従い、平成31年4月19日にB社は納税者の口座に2,000万円を振り込み、令和元年8月29日にB社は納税者の口座に1億8,000万円を振り込んだ。 納税者はこの2億円について、退去撤退に伴って支払われる損失補償金であるとして、消費税の課税標準に含めないで申告を行った。 令和3年6月29日付で課税庁は、この2億円の金銭は課税資産の譲渡等に該当するとして更正処分をした。この更正処分を不服とした納税者が、審査請求をしたところ棄却されたことから、令和5年2月17日に訴訟を提起したのが本件である。 なお、時期は不明であるが、B社は当初、消費税の納税申告でこの2億円を補償金として課税仕入の対象外としていたが、税務調査の際に本件原契約上の地位の対価であると説明し、課税仕入として計上することが認められた。 争点は、この2億円の金銭が資産の譲渡等の対価に当たるか否かである。 ▷地裁の判断は 地裁は主に以下のように述べて、納税者の請求には理由があるとして認容し、課税処分を取り消すとした。 * * * このように課税庁敗訴でこの事案は確定した。当初の協定書では解約することにより生ずる損失の補償として2億円を支払うと記載したが、覚書において、2億円の支払が賃借人の地位の承継の対価とは記載されていなかったことが大きな原因と考えられる。 なぜ、このような文言の変更のある覚書が作成されたのか。 B社にとっては、消費税の仕入税額控除が認められないのは不利と気づいて、地位の承継に変更してほしいという主張をしたが、納税者の納得を得ることができず、2億円の使途までは記載できなかったのではないだろうか。 また、B社は納税者らとの覚書では地位の承継のための対価と記載できなかったが、税務調査の際に上手く説明して仕入税額控除が認められるように誘導したのかもしれない。 結局、課税庁が協定書や覚書を精査せずにB社の仕入税額控除を認めたことが、今回の事例の敗訴につながったのだろう。 取引に課税する消費税に対する深い理解が、取引の交渉に際して極めて重要であるということをこの事例は物語っている。 (了)
暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務 【第43回】 東洋大学法学部准教授 泉 絢也 15 暗号資産交換業者から暗号資産に代えて金銭の補償を受けた場合 個人が、自分で管理するウォレットから暗号資産を窃取されたのではなく、暗号資産を預けていた暗号資産交換業者が窃取された場合において、暗号資産交換業者から暗号資産に代えて金銭の補償を受けた場合にはどのような課税関係になるか。 実際の例として、平成30年9月に、暗号資産取引所Zaifでは、外部からの不正アクセスによりハッキング被害を受け、同社が管理する暗号資産のうちの一部が外部に不正流出した。 同社は、補償の内容等について次のとおり説明している。 (※) 暗号資産取引所Zaifのプレスリリースより抜粋 (1) 国税庁の見解 この点について、国税庁のタックスアンサーNo.1525「暗号資産交換業者から暗号資産に代えて金銭の補償を受けた場合」は、次のとおり、上記のような補償金は、非課税となる損害賠償金には該当せず、雑所得として課税の対象となると説明している(下線筆者)。 上記のような補償金は、非課税となる損害賠償金には該当せず、雑所得として課税の対象となるという回答部分の検討は後で行い、ここでは暗号資産の原価相当額の取扱いに着目する。 タックスアンサーのなお書き部分では、「補償金の計算の基礎となった1単位当たりの暗号資産の価額がもともとの取得単価よりも低額である場合には、雑所得の金額の計算上、損失が生じることになりますので、その場合には、その損失を他の雑所得の金額と通算することができます。」と説明している。 上記補償金が非課税所得に該当しない以上、返還できなくなった暗号資産の原価相当額を損失として計上すること自体は妥当であるが、タックスアンサーではその根拠法令は示されていないため、次の疑問を提起しておく(なお、損害賠償金等のうちに必要経費を補てんするための金額が含まれている場合のその金額は、非課税とはならない。所令30柱書括弧書)。 参考として、上記のZaifにおける不正流出に伴い受領する補償金の課税関係について、Zaifは次のとおり説明している。 (※) 暗号資産取引所Zaifのプレスリリースより抜粋 なお、上記のタックスアンサーの事例では、暗号資産交換業者に預託していたケースが想定されている。個別の契約や仕組みにもよるが、通常、暗号資産交換業者に暗号資産を預託していた顧客が有するのは暗号資産そのものではなく、その預け先である暗号資産交換業者に対する債権(返還債権)ということになろう。 このように考えられる場合には、それが不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の遂行上生じた債権といえるのであれば、所得税法51条2項により、貸倒損失として計上できるケースもありうる。その他の場合は、同条4項により、貸倒損失として計上できるかを検討することになろう。 (2) 損害賠償金の課税関係 個人が収入等の形で新たに取得する経済的利得(純資産の増加)はすべて所得であるとする包括的所得概念(純資産増加説)を前提にするとしても、損害の回復であれば純資産は増加しないため所得ではないという説明は成り立つ。ただし、損害賠償金等を非課税所得とする現行の税制の背後には、国民感情や被害者への配慮、常識論といった価値判断も存在する。 現行所得税法上、次の①~③の保険金や損害賠償金等については非課税所得とされている(所法9①十八、所令30)。 (※1) その損害に基因して勤務又は業務に従事することができなかったことによる給与又は収益の補償として受けるものを含む。 (※2) 所得税法施行令94条の規定に該当するものを除く。 (※3) 所得税法施行令94条の規定に該当するものその他役務の対価たる性質を有するものを除く。 上記のうち①は、身体・心身への損害に基因する保険金等が非課税の対象であるため、検討の対象から外すことができる。よって、暗号資産交換業者からの上記補償金については、②と③に該当するかが問題となるが、ここでは主として②に該当するか否かを考察する。 上記③の参考として、昭和37年度税制改正で非課税所得として明記された、この「相当の見舞金」について、立案担当者は、「第三者から受ける類焼見舞金、病気見舞金等を想定しており、相当なとは、その出す人及び受ける人の社会的地位、財産の状況から相当と認められる金額を意味するものと考えている」と説明している(米山鈞一「所得税法の改正について」税務弘報10巻6号22頁)(所基通9-23や相基通21の3-9にも通ずる考え方である)。 (了)
街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第8回】 「自宅以外で亡くなった場合の小規模宅地等の特例の適用」 ~老人ホームの場合②~ 城東税務勉強会 税理士 大塚 進一 問 題 父母は二世帯住宅の2階部分に同居していましたが、母は以前に死亡し、父は政令に定められる老人ホームに入居し、要介護認定を受け、そのままその老人ホームで亡くなりました(二世帯住宅の建物と敷地は父所有)。 二世帯住宅の1階部分には長男夫妻とその娘(孫)が住んでいましたが、父が老人ホーム入居の直前まで居住していた2階部分には、老人ホーム入居後かつ父が亡くなる前に孫娘が居住し始めました。 なお、父と長男夫妻とその娘(孫)は全員生計を一にしており、父の老人ホーム入居後も生計一であり、相続以降そのまま住み続けています(建物は区分所有登記ではない)。 上記において、その建物と敷地を長男が相続した場合、敷地は相続開始直前において父の居住の用に供されていた宅地等に当たり、特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例は受けられますか。 回 答 特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例は受けられると考えられます。 被相続人が老人ホーム等への入居直前まで居住の用に供していた宅地等は、被相続人の居住の用に供されていた宅地等に含まれます。ただし、老人ホーム等に入居後、居住の用に供されていた宅地等が事業の用や、被相続人等又は被相続人と入居の直前に生計を一にし、かつ、その建物に引き続き居住している被相続人の親族、以外の者の居住の用に供された場合は、被相続人の居住の用に供されていた宅地等から除かれる旨の規定(措法69の4①、措令40の2③)があります。 なお、下線部でいう「被相続人等」とは、租税特別措置法69条の4第1項及び租税特別措置法関係通達69の4-2にて、「当該相続の開始の直前において当該相続又は遺贈に係る被相続人又は被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族」と規定されています。 孫娘は入居の直前及び相続開始の直前とも生計一の親族であるので、下線部の要件には該当しません。よって、父の土地全体が特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例が受けられます。 考 察 老人ホーム入居後の空き家に、親族が入居する場合があり、特に二世帯住宅の場合は老人ホームに入居しなかった世帯が、居住空間を広げるためその空いた部分に居住することがあります。 以下の例題では、長男夫妻とその子である孫娘は常に生計一とした上で、父との生計一か否かを考察します。 (1) 父の老人ホーム入居後、別居していた孫娘が空き部分に入居した場合(入居前後とも全員生計一) この場合、孫娘は被相続人と入居の直前に生計を一にしていますが、その建物に引き続き居住しているわけではありません。ただし、相続開始の直前において生計を一にしていた親族であるので、上記下線部の要件には該当しません。よって、父の土地全体が特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例を受けられます。 (2) 孫娘が父の老人ホーム入居前から父と同居している場合(入居前は全員生計一、入居後は父のみ生計別) この場合、孫娘は相続開始の直前において生計別ではありますが、被相続人と老人ホーム等への入居の直前に生計を一にし、その建物に引き続き居住していますので、上記下線部の要件に該当しません。よって、父の土地全体が特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例を受けられます。 以下では、上記の問題の場合とは異なる他の場合についても考察します(以下いずれの場合も相続税の申告期限まで居住)。下記(3)~(5)の場合、特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例の適用可否の注意点は、居住する二世帯が老人ホーム等の入居直前及び相続開始の直前において、生計一か否かです(なお、長男夫妻及び孫娘は常に生計一とします)。 (3) 老人ホーム等への入居前後とも生計別の場合 孫娘は入居の前後とも生計別の親族であるので、上記下線部の要件に該当します。よって、特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例は受けられません。 (4) 老人ホーム等への入居前は生計別、入居後は生計一の場合 孫娘は入居の前は生計別の親族ですが、相続開始の直前は生計一の親族、すなわち被相続人等となるので、上記下線部の要件に該当しません。よって、父の土地全体が特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例は受けられます。 (5) 老人ホーム等への入居前は生計一、入居後は生計別の場合 孫娘は相続開始の直前において生計別の親族になるので、被相続人等ではありません。ただし、入居前は生計一の親族であり、その建物に引き続き居住していますので、上記下線部の要件に該当しません。よって、父の土地全体が特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例は受けられるものと思われます。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第46回】 「双輝汽船(株)タックスヘイブン便宜置籍船事件 -特定外国子会社に生じた欠損金の損金算入の可否- (審裁平13.12.21、地判平16.2.10、高判平16.12.7、最判平19.9.28)(その2)」 ~租税特別措置法66条の6第1から3項、法人税法11条ほか~ 税理士 畠山 和夫 4 審判及び裁判の論点別検討 (1) 本制度の立法趣旨と内容及び租税回避の意図と該当性(論点❶❷) ① 本制度の立法趣旨と内容の要点 (ⅰ) 趣旨の要点 (ⅱ) 内容の要点 ①一定の要件を満たす特定外国子会社等が、②適用対象留保金額を有する場合に③一定の金額を内国親会社の益金に算入する。 ② 当事者の主張等 (ⅰ) 納税者Xの主張 本件のように、海外子会社の設立当初から一貫して合算申告を行ってきた場合には、既に本条の立法目的を実現しているのであるから本条の適用はない。 (ⅱ) 課税庁Yの主張 本条の制定前から合算申告してきた場合はともかく、制定後は全て特定外国子会社等の要件に該当すれば本条が適用される。 ③ 租税回避の意図と該当性 (ⅰ) 納税者Xの主張 T社は、ペーパーカンパニーでありXの一部門であって、T社に帰属する資産、負債及び損益はないので、何ら租税回避のおそれはない。 (ⅱ) 裁判所の判断(高松高裁) 特段の明文の規定がないにもかかわらず、租税回避のおそれの有無という認定の困難な要件を本条の適用の要件に加えるべきとは考えられない。 ④ 論点別検討 本事件については、「租税回避の防止規定」としての実質的該当性はないといわざるを得ない。すなわち、本事件は「租税回避といえないような案件にも本制度による課税が行われてきた」事例といえる。 (2) 1項課税要件及び適用可否(論点❸❹) ① 課税要件該当性 (ⅰ) 特定外国子会社等の該当性 (ア) 納税者Xの主張 T社は、払込も株式発行も行っていないので、発行株式等がないから外国関係会社(ひいては特定外国子会社等)に当たらず課税要件に該当しない。 (イ) 課税庁Yの主張 発行株式等とは、外国関係会社を支配し得る単位化された物的地位のことであり、T社はこれに該当する。 (ウ) 審判所の判断 T社は、発起人を譲受人とする契約証書は現存しないと答弁しているが、Xはその黙示の契約を推認され、少なくとも株式の全部を取得する地位を譲り受けたものと推認される。 (ⅱ) 適用対象留保金額の存在 (ア) 納税者Xの主張 T社には適用対象留保金額が存在しないのに、本条を内国親会社Xに適用することはできない。 (イ) 課税庁Yの主張 ①特定外国子会社等の要件に該当すればよく、②適用対象留保金額がない場合にも適用あり。 (ウ) 裁判所(松山地裁):Xの主張を支持 本条は、特定外国子会社等の調整後の所得が生じていると認められる場合に、内国法人の益金算入の取扱いを規定したに過ぎず、子会社に欠損が生じた場合にまで内国法人との関係の取扱いまでも規定したものではない。 (エ) 裁判所(高松高裁):Yの主張を支持 課税執行の安定を図るという本制度の立法趣旨に鑑みれば、適用対象留保金額の有無にかかわらず、本条を適用すべきである。 ② 論点別検討 課税要件の主語は「特定外国子会社等」であり、述語は「適用対象留保金額を有する」である。主語と述語が一体となって課税要件になっているのであり、主語と述語を切り離して課税要件とすることは文理上できない。 (3) 2項2号の趣旨と内容及び適用可否(論点❺❻) ① 当事者等の主張 (ⅰ) 納税者Xの主張 本条は、特定外国子会社等に欠損が生じた場合の取扱いについては、明文上規定していない。したがって、外国関係会社が特定外国子会社等に該当する場合、その法人に係る欠損を内国法人親会社の損金に算入することが本条の規定により禁止されることはない。本号は、あくまで本条を適用して特定外国子会社等の未処分所得の金額を算出するにあたって、5年以内に生じた欠損の額を控除することを定めた、いわゆる「計算規定」である。 (ⅱ) 課税庁Yの主張 (ア) 本号の趣旨 本制度が特定外国子会社等に留保金額がある場合にのみ内国親会社の益金に算入することの均衡上、その欠損についても一定の手当(繰越控除)を講じるとともに、その処理につき統一的な取扱いを定めたものである。 (イ) 本号の内容 本号は、特定外国子会社等に欠損が生じた場合には、それを5年間は当該特定外国子会社等の未処分所得算出において控除すべきものとして繰り越すことを強制しており、内国法人の所得の計算上、損金の額に算入することを禁止するものである。 (ウ) 本号の「国税に関する法律」の規定性 納税者Xは、本号は「単なる計算規定」であるからXの確定申告を否認する根拠にはなり得ないと主張するが、本号が国税通則法24条(更正)の「国税に関する法律の規定」であることは明らかであって、本号が計算規定であるということをもって、本件更正処分等が許されないということにはならない。 (ⅲ) 裁判所(松山地裁)の判断:Xの主張を支持 同条が内国法人の所得計算において、特定外国子会社等に係る欠損取扱いについて定めた規定とする解釈は疑問である。同条は、法人税法22条3項で外国子会社の欠損が内国法人の損金に算入されないことを前提として、外国子会社の所得を算定するために5年以内の欠損控除を定めたに過ぎない。 (ⅳ) 裁判所(最高裁)の判断:Yの主張を支持 特定外国子会社等の所得について、本条1項の規定により当該特定外国子会社等に係る内国法人に対し益金算入がされる関係にあることをもって、当該内国法人の所得を計算するに当たり、上記欠損の金額を損金の額に算入することができると解することはできないというべきである。 ② 論点別検討:定義規定の課税要件化 本号は、「用語の定義規定」であり「課税要件規定」ではない。すなわち、この定義規定は、未処分留保金額が存在する場合の未処分留保金額の定義規定である。未処分留保金額が存在しない場合は、定義する対象がないため定義規定は適用できない。課税要件に含まれる用語の定義規定の役割は、抽象的・類型的な課税要件事実を定義するものとして補助概念であり、補助概念である定義規定だけでは課税要件にはなり得ない。 本件に関して言えば、子会社に未処分所得の金額があることが課税要件事実であり、未処分所得の定義「過去の繰越欠損を控除した後の金額」は課税要件事実が存在したうえでの補助概念であって、課税要件事実が存在しないのに補助概念が独立した別の課税要件(例えば「外国子会社に欠損が生じた事業年度については、翌期以降に繰り越さなければならない。」というような課税要件規定に読み替えること)になることはできないはずである。言い換えれば、課税庁Y及び高松高裁、最高裁の判決は、「定義規定の課税要件化」を図っているものであり、租税法律主義(課税要件法定主義)に反するのではないか。 (4) 損益の帰属:実質課税原則と法的独立性(論点❼) ① 当事者の主張 (ⅰ) 納税者Xの主張:帰属する(根拠は法人税法の一般原則(実質課税原則)) (ア) T社の非独立性 Xは、T社の設立以来その資産、負債及び損益を自らに帰属するものとして、自らの会計帳簿に記載するとともに、一貫していわゆる合算申告を行ってきており、T社に帰属する欠損金もなければ、T社独自の会計帳簿も存在していない。また、T社は単なる名義上の存在で、実体を有せず、Xの単なる一営業部門に過ぎない。 (イ) 課税根拠 仮に、外国子会社の欠損について親会社の損金算入ができないとしても、本条2項2号ではなく、別個の法人については所得の計算も別個に行うという法人税法の一般原則(法人の法的独立性)に求められるべきである。 したがって、本条を根拠として本件損金算入の否認はできない。法11条は否認規定であり、Xは同条ではなく申告納税制度で条理とされた実質課税の原則に基づいて自己に実質的に帰属するT社名義の資産、負債及び損益を合算して申告できる。 (ⅱ) 課税庁Yの主張:帰属しない(根拠は本条) (ア) 法的独立性 仮に本件の場合、本条を適用することができないとしてもXとT社は法人格を異にする別法人であって、T社に生じた欠損金について異なる内国法人であるXの所得と合算することが否定されるのは法人税法上当然である。 (イ) 根拠規定 本条。法11条については課税庁が否認する場合にのみに限定する理由はなく、納税者も法11条を当然に適用できるとみるべきである。 (ⅲ) 裁判所(高松高裁)の判断:帰属しない(根拠は法人税法22条3項) 法人税法22条3項は、内国法人の損金に算入すべき金額として同項1ないし3号所定の額と定めているところ、内国法人と法人格を異にする外国子会社に係る欠損の金額がこれに含まれないことが原則であることは明らかである。 (ⅳ) 裁判所(最高裁)の判断:帰属しない(根拠は法人の法的独立性) T社は、Xとは別法人として独自の活動を行っていた。本件においてはXに損益が帰属すると認めるべき事情がないことは明らかであって、T社に損益が帰属し、同社に欠損が生じたというべきであり、Xの所得を算定するに当たり、T社の欠損の金額を算入することはできない。 (注) 古田佑紀裁判官の補足意見(下線筆者) ② 論点別検討:外国子会社損益合算帰属判断の特殊な事情 本事件は、既述のとおり「便宜置籍船という租税回避といえないような案件にも本制度による課税が行われてきた」事例といえる。この事情は、古田裁判官の補足意見で述べられた特殊な事情に該当するものではないか。したがってT社のような便宜置籍法人については、実質的に内国親会社の事業部門とみなして、欠損の合算が認められる途を講じるべきと思われる。 (5) 法11条と本条の関係(論点❽) ① 当事者の主張等 (ⅰ) 納税者Xの主張 法11条と本条は、それぞれ独立した規定である。本条は所得の計算について法人税法の特別法として適用される。法11条は所得の帰属について適用される。したがって、本税制の趣旨から法11条が適用されるべきである。 (ⅱ) 課税庁Yの主張 (ⅲ) 審判所の判断 法人税法と本条とは、それぞれ独立した規定として存在するとはいえ、両者の規定が競合する場合には、まず、法人税法の特別法である本条の規定を適用することになる。 (ⅳ) 裁判所(高松高裁)の判断 (ⅴ) 裁判所(最高裁)の判断 本件各事業年度においては、外国子会社に損益が帰属し、同社に欠損が生じたものというべきである(法11条と本条の関係については判断することなく事実認定段階でXの主張を退けた)。 ② 論点別検討 法11条と本条の競合については、課税庁Y、審判所、高等裁判所とも、両条は競合関係にあり、本事件に関しては特別法である本条が適用され、一般法である法11条の適用は排除されると判断していると思われる。しかしながら、後述のとおり、両条は競合関係ではなく、協働関係にあるという理解も可能だと思われる。 (6) 民法1条2項の適用可否(論点❾) ① 審判所の判断 課税処分について、一般原理である信義則によりそれを取り消す場合があるとしても、租税法律主義の下では、平等公平を犠牲にしても納税者の信頼を保護しなければ正義に反する特別の事情(※)が存するべきである。 (※) 特別の事情 ①税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、②納税者がその表示を信頼に基づいて行動したところ、のちにその表示に反する課税処分が行われ、③そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、④納税者が税務官庁の表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうか。 ② 論点別検討 本事件の納税者Xの主張した事実から窺いえるのは、請求人が合算経理による申告を採用した経緯は請求人自らが法令解釈を独自に判断した結果であって原処分庁が公的見解を表示した事実はないこと、また、原処分庁が調査を行った際にも何ら指摘を受けないからといって、それらをもって、本件合算経理による申告が法令に照らし適法な処理であるとの原処分庁の公的見解を表示したことにもならないこと等、上記❶の理由で信義則適用の要件に該当しない。 併せて、Xは従来通りの申告を継続したまでで何らかの新しい取引等の行動を起こしたわけではないから❷にも該当しない。したがって、課税庁の本件処分について、納税者Xの「信義則違反」の主張は採用されないと思われる。 ((その3)へ続く)
〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《キャッシュ・フロー計算書》編 【第1回】 「キャッシュ・フロー計算書における精算表の作成過程」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに キャッシュ・フロー計算書は、金融商品取引法に基づくディスクローズ制度において開示が義務付けられているため、その作成義務対象は上場企業等に限られており、中小企業には作成が義務付けされていません。しかし、中小企業会計指針では、キャッシュ・フロー計算書を作成することが望ましいとされています。 そこで、上場企業等に強制適用されている「連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準」等を参考に、個別キャッシュ・フロー計算書が作成できるように比較的簡単な間接法について、本連載で2回にわたって取り上げます。今回は、キャッシュ・フロー計算書作成のための精算表の作成過程を中心にご紹介します。 【設例1】 当社の当期(X5年4月1日~X6年3月31日)の損益計算書及び前期末と当期末の貸借対照表は、下記のとおりです。 (単位:省略) X5年5月の株主総会において、配当金10の支払が承認されました。 個別キャッシュ・フロー計算書(間接法)を〔別紙1〕の精算表を通して作成します。 〔別紙1〕 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 作成手順は以下《1》~《3》のとおりです。 《1》 精算表の左側2列に当期末と前期末における貸借対照表の各残高を記入し、その差額(前期末残高-当期末残高)を3列目に記入します。 《2》 各項目ごとに、次の修正を精算表に記入します。この設例では、キャッシュ・フロー計算書の科目には、「C/F」を追記し、それが借方の場合は資金マイナス科目、貸方の場合には資金プラス科目となります。 これらは、損益計算書の当期純利益からスタートして、そのうち資金の変動を伴わない費用(取り除くために資金プラスとします)・収益(取り除くために資金マイナスとします)を取り除き、損益計算書の費用・収益以外で資金の増(資金プラスとして追加反映します)・減(資金マイナスとして追加反映します)が生じる項目を追加反映するものであり、損益計算書の当期純利益から当期の資金変動額を導き出すための修正項目です。 〈繰越利益剰余金:税引前当期純利益の表示と配当金支払額の追加反映〉 これは、キャッシュ・フロー計算書が税引前当期純利益100からスタートするためです。また、配当金の支払額10は、損益計算書の費用項目ではないため資金マイナスとして追加反映します。 〈固定資産取得:有形固定資産の取得の追加反映〉 固定資産の取得支出108は、損益計算書の費用項目ではないため資金マイナスとして追加反映します。なお、この設例では車両運搬具の期首・期末残高は、前期末簿価30+当期取得108-当期減価償却費23-当期売却簿価5=期末簿価110という関係にあるものとします。 〈減価償却・除売却:資金変動を伴わない減価償却費の取り除きとしての資金プラス修正と固定資産売却額の追加反映〉 減価償却費40(=器具備品17+車両運搬具23)は資金変動を伴わない費用として取り除くために資金プラスとします。固定資産除却損3も同様です。固定資産売却益25を売却金額30へ修正して資金プラスとして追加反映します。なお、備品の期首・期末残高は、前期末簿価100-当期減価償却費17-当期除却簿価3=期末簿価80という関係にあることを把握しておきます。 〈引当金:資金変動を伴わない引当金の資金プラス修正〉 引当金繰入額は資金変動を伴わない費用として取り除くために資金プラスとし、退職金や賞与の支給額としての引当金の取崩額は、損益計算書の費用項目ではないため資金マイナスとして追加反映します。 退職給付引当金の期首・期末残高は、この設例では、前期末残高34+当期繰入15-当期支給取崩4=期末残高45という関係とすると、当期繰入15は資金変動を伴わない費用として取り除くために資金プラスとし、当期支給額としての取崩4は、損益計算書の費用項目ではないため資金マイナスとして追加反映し、まとめて両者の差額11(=15-4)を資金プラスとして追加反映します。この11は引当金の前期末残高から期末残高への増加額11と同じです。また、その他の引当金も同様です。 〈受取利息、支払利息:単なるキャッシュ・フロー計算書上の科目名への変更〉 〈法人税等:法人税等支払額の反映〉 キャッシュ・フロー計算書は法人税等を差し引きする前の税引前当期純利益からスタートするため、当期における法人税等の実際支払額20を資金マイナスとして追加反映します。なお、この設例では、未払法人税の期首・期末残高は、前期末残高20-当期納付20+当期未払法人税計上30=期末残高30という関係とします。 〈長期借入金:借入金の借入額と返済額の反映〉 借入金の借入額と返済額は損益計算書の収益と費用項目ではないため、資金プラスとマイナスとして追加反映します。 〈資産負債増減-売掛債権増加による資金マイナス修正〉 売上債権の期首・期末残高は、この設例では、前期末残高730+当期掛売上高5,000-当期入金額4,980=期末残高750という関係とすると、前期末より当期末の売上債権が20だけ増加すると、損益計算書の当期掛売上計上金額5,000よりも実際の当期入金額4,980の方が少ないため、その差額20(売上債権増加額20と同じ)を資金マイナスとして追加反映します。 〈資産負債増減-棚卸資産増加による資金マイナス修正〉 前期末より当期末の棚卸資産が増加するのは、資産の増加なので上記の売上債権と同様、資金マイナスとして追加反映します。 〈資産負債増減-仕入債務増加による資金プラス修正〉 仕入債務の期首・期末残高は、この設例では、前期末残高530+当期掛仕入高4,000-当期支払金額3,990=期末残高540という関係とすると、前期末より当期末の仕入債務が10だけ増加すると、当期掛仕入計上金額4,000よりも実際の当期支払額3,990の方が少ないため、その差額10(仕入債務増加額10と同じ)を資金プラスとして追加反映します。 〈資産負債増減-その他資産、その他負債〉 前期末より当期末その他資産が増加するのは、上記の売上債権と同様とみなすと資産の増加なので、資金マイナスとして追加反映します。前期末より当期末その他負債が増加すると、上記の仕入債務と同様とみなすと負債の増加なので、資金プラスとして追加反映します。 《3》 上記《1》、《2》を精算表〔別紙1〕にすべて記入し、一番右端の列に各行の合計を集計すると、キャッシュ・フロー計算書に記載する数字が算出されます。 (次回に続く)
〔重要ポイント解説〕 サステナビリティ開示基準案 【第2回】 「IFRS S1号及びS2号との関係性と 「サステナビリティ開示基準の適用(案)」の概要」 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 2024年3月29日にSSBJより以下のサステナビリティ開示基準案が公表された。 今回は、サステナビリティ開示基準案とIFRS S1号及びS2号の関係性、そしてサステナビリティ開示ユニバーサル基準公開草案「サステナビリティ開示基準の適用(案)」の概要について解説する。 1 サステナビリティ開示基準案とIFRS S1号及びS2号の関係性 サステナビリティ開示基準案は、原則、ISSBから公表されているIFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」及びS2号「気候関連開示」の事項がすべて反映されている。ただし、一部の項目については、IFRS S1号及びS2号の要求事項に代えて日本独自の取扱いを選択することを認め、IFRS S1号及びS2号に追加して要求事項を定めているものもある。 IFRS S1号は、全般的要求事項について規定しており、IFRS S2号は、気候関連について規定している。ここで、IFRS S1号及びS2号とサステナビリティ開示基準案の関係性を説明すると、IFRS S1号のうち基本的な事項の部分は、「サステナビリティ開示基準の適用(案)」(以下、「開示基準案」という)で規定され、IFRS S1号のコア・コンテンツ部分(※1)は、「一般開示基準(案)」で規定されている。また、IFRS S2号は、「気候関連開示基準(案)」で規定されている。 (※1) コア・コンテンツ部分とは、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標及び目標」の部分をいう。 2 開示基準案の概要 開示基準案では、サステナビリティ関連財務開示に関する具体的な内容ではなく、開示する上での基本となる事項を定めている。主な内容は、以下のとおりである。 (1) 目的 開示基準案の目的は、サステナビリティ開示基準に準拠したサステナビリティ関連財務開示を作成し、報告する場合において、基本となる事項を示すことである(開示基準案1)。 (2) 範囲 開示基準案は、サステナビリティ開示基準に従ってサステナビリティ関連財務開示を作成及び報告する際に、適用する(開示基準案2)。 (3) 報告企業 サステナビリティ関連財務開示を報告する企業又は連結グループは、関連する財務諸表を報告する企業又は連結グループと同じである(開示基準案4(1)、7)。 (4) サステナビリティ関連財務開示 サステナビリティ関連財務開示とは、企業の見通しに影響を与えると合理的に見込まれる報告企業のサステナビリティ関連のリスク及び機会(※2)に関する情報(リスク及び機会に関連する企業のガバナンス、戦略及びリスク管理並びに関連する指標及び目標に関する情報を含む)を提供する開示をいう。サステナビリティ関連財務開示は、一般目的財務報告書の特定の一様式として提供される(開示基準案4(4))。 (※2) 「企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスク及び機会」とは、短期、中期又は長期にわたり、企業のキャッシュ・フロー、当該企業のファイナンスへのアクセス又は資本コストに影響を与えると合理的に見込まれるすべてのサステナビリティ関連のリスク及び機会をあわせたものをいう(開示基準案4(5))。 (5) 報告期間及びタイミング ① 報告期間 サステナビリティ関連財務開示は、関連する財務諸表と同じ報告期間を対象とする(開示基準案70)。 ② 報告のタイミング サステナビリティ関連財務開示は、原則として、関連する財務諸表と同時に報告する(開示基準案69)。 (6) 情報の記載場所 サステナビリティ関連財務開示は、関連する財務諸表にあわせて開示する(開示基準案64)。 (7) 他の情報との関係 サステナビリティ関連財務開示は一般目的財務報告書に含まれる他の情報によって不明瞭にならないように、明瞭で識別可能なものとする(開示基準案65)。 (8) リスク及び機会の識別の開示 サステナビリティ関連財務開示は、企業の見通しに影響を与えると合理的に見込まれるサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する重要性がある(※3)情報を開示する(開示基準案22、36、50)。情報に重要性があるかどうかを評価するにあたり、定量的及び定性的要因(例えば、サステナビリティ関連のリスク及び機会の規模及び性質)の両方を考慮する(開示基準案59)。 (※3) 「重要性がある」とは、サステナビリティ関連財務開示において、情報の省略、誤表示、不明瞭があった場合に、財務諸表及びサステナビリティ関連財務開示を含む一般目的財務報告書の主要な利用者が行う意思決定に影響を与えると合理的に見込まれることをいう(開示基準案4(6))。 (9) 表示の単位 サステナビリティ関連財務開示における数値について、単位(CO2相当のメートル・トン(mt(e))、グラム(g)、ジュール(J)等)を開示する(開示基準案11)。 (10) つながりのある情報 サステナビリティ関連財務開示は、以下について、つながりを理解できるように情報を開示する(開示基準案31)。 つまり、サステナビリティ関連財務開示と関連する財務諸表のつながりなどを理解できるように情報を開示するということである。 また、サステナビリティ関連財務開示の作成に用いるデータ及び仮定は、財務諸表作成において準拠した会計基準を考慮したうえで、可能な限り、関連する財務諸表の作成に用いるデータ及び仮定と整合させる(開示基準案32)。 (11) 後発事象 報告期間末日後、サステナビリティ関連財務開示の公表承認日(下記(13)参照)までに報告期間の末日現在で存在していた状況について情報を入手した場合、新規の情報に照らして、当該状況に関連する開示を更新する(開示基準案74)。 報告期間末日後、サステナビリティ関連財務開示の公表承認日までに発生する取引、その他の事象及び状況に関する情報について、当該情報を開示しないことにより、主要な利用者の意思決定に影響を与えると合理的に見込まれる場合には、当該情報を開示する(開示基準案75)。 (12) 比較情報 当報告期間に開示されるすべての数値について、前報告期間に係る比較情報を開示する。また、説明的及び記述的なサステナビリティ関連財務情報についても、当報告期間におけるサステナビリティ関連財務開示の理解のために有用な場合、比較情報を開示する。 ただし、上記のいずれも、以下のどちらかに該当する場合、前報告期間に係る比較情報を開示しないことができる(開示基準案76)。 (13) 公表承認日 サステナビリティ関連財務開示の公表承認日(※4)及び承認した機関又は個人の名称を開示する(開示基準案73)。 (※4) 「サステナビリティ関連財務開示の公表承認日」とは、サステナビリティ関連財務開示を公表することを社内の機関又は個人が承認した日をいう(開示基準案4(13))。 (14) 法令との関係 法令に基づきサステナビリティ開示基準に従った開示を行う場合、当該法令の名称を開示する。法令に基づきではなく企業が任意で、サステナビリティ開示基準に従った開示を行う場合、その旨を開示する(開示基準案81)。 サステナビリティ開示基準で要求する情報が、法令によって開示することが禁止されている場合、これを開示する必要はない。法令によって開示が禁止されているため重要性がある情報を開示しない場合は、開示しない情報の種類及び開示しない根拠となる法令の名称を開示する(開示基準案13)。 法令によって開示しないことが容認される情報であっても、重要性があるサステナビリティ関連財務情報については開示する(開示基準案14)。 (15) 商業上の機密 以下のすべての要件を満たす場合で、かつ、その場合に限り、サステナビリティ関連の機会に関する情報が、商業上の機密であると企業が判断したときには、当該情報がサステナビリティ開示基準で要求される情報であり、また、重要性がある場合でも、開示しないことができる(開示基準案15)。 (16) 経過措置 開示基準案を適用する最初の年次報告期間において、比較情報を開示しないことができる。また、最初の年次報告期間において、「気候関連開示基準(案)」に準拠して気候関連のリスク及び機会のみについての情報を開示することができる(※5)。これらの経過措置を適用する場合、その旨を開示する(開示基準案96、97)。 (※5) 最初の年度は気候関連のリスク及び機会のみ開示し、2年目からは気候関連だけでなく、すべてのサステナビリティ関連のリスクと機会について開示する。 (了)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第23回】 「開示対象特別目的会社に関する注記」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における開示対象特別目的会社に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 開示対象特別目的会社がある場合、当該会社の概要、当該会社との取引の概要及び取引金額等を注記する必要があります。 なお、連結計算書類を作成する株式会社は、個別注記表における当該注記は不要ですが、連結計算書類を作成する株式会社以外の会社では、個別注記表において注記する必要があります。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、個別注記表においては開示対象特別目的会社に関する注記の記載例はなく、連結注記表のみ次のような注記例が記載されています。 【連結注記表】 2 注記事項の解説 (1) 開示対象特別目的会社に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき開示対象特別目的会社に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第111条第1項第2号)。 (※1) 連結計算書類を作成する株式会社は、個別注記表における注記を要しません。 前回(第22回)の関連会社がある場合に持分法を適用したケースの投資の金額等の注記では、重要性の乏しい関連会社を注記対象から除外できる定めが会社計算規則第111条第1項本文にありましたが、開示対象特別目的会社の場合には、会社計算規則上、そのような重要性に関する定めがない点に注意が必要です。 (2) 注記事項の解説 開示対象特別目的会社とは、「連結財務諸表に関する会計基準」第7-2項により、子会社に該当しないものと推定された特別目的会社のことをいいます。 開示対象特別目的会社は子会社に該当しないと推定されるため、当然、連結子会社にも該当しません。そのため、当該特別目的会社の財務情報が連結財務諸表上に表れないため、その概要や取引金額等を開示して、企業集団の状況に関する情報を利害関係者に提供する趣旨で注記が求められています。 (参考)「連結財務諸表に関する会計基準」第7-2項 なお、開示対象特別目的会社に関する注記は、連結財務諸表を作成していない会社であっても、開示対象特別目的会社が存在する場合には、個別財務諸表において必要となります。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [鹿島建設株式会社 2023年3月期 連結注記表] ※鹿島建設株式会社「第126期定時株主総会 その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」13頁より抜粋。 [株式会社大和証券グループ本社 2023年3月期 連結注記表] ※株式会社大和証券グループ本社「第86回定時株主総会招集ご通知(第86回定時株主総会招集ご通知に際しての電子提供措置事項)」11頁より抜粋。 * * * 次回の第24回は、「その他の注記(退職給付に関する注記)」をテーマに解説します。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例93】 ウエルシアホールディングス株式会社 「代表取締役及び取締役の異動(辞任)に関するお知らせ」 (2024.4.17) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、ウエルシアホールディングス株式会社(以下「ウエルシアホールディングス」という)が2024年4月17日に開示した「代表取締役及び取締役の異動(辞任)に関するお知らせ」である。同社代表取締役社長の松本忠久氏(以下「松本氏」という)が代表取締役だけでなく取締役も辞任するという内容だが、主文は次のとおりである(下線は筆者による)。 自主的に辞任するのではなく、同社が辞任を勧告したとのことだが、「異動(辞任)の理由」は次のように記載されているだけである。 この開示をみただけでは、いったい何があって、同社がどのような判断を行ったのか、よくわからない。 2 不適正な行為? 松本氏はウエルシアホールディングスの親会社であるイオン株式会社(以下「イオン」という)の執行役も務めていたが、そちらは解任されている。イオンも、今回の開示と同じ2024年4月17日に「執行役の解任について」を開示しているのだが、その開示も次のように記載されているだけである。 「一身上の都合」により自主的に辞任するのであれば、それは個人的な事情であるため、会社があえて説明する必要はないだろう。しかし、会社の判断により辞任を勧告したり、解任したりする場合、その理由はきちんと説明すべきである。それとも、「私生活」におけることであるため、会社が説明する必要はないと考えているのだろうか。もしもそうだとしたら、そもそも辞任を勧告したり、解任したりする必要があるのだろうか。 3 調査は? 松本氏による私生活における不適正あるいは不適切な行為とは、おそらく「週刊新潮」で報道された行為かと思われる。記事に記載されていた松本氏の行為は以下のとおりである。 このうち②は可能性にとどまるが、事実であれば、3つの中で最も重大であるように思われる。第三者委員会による調査を実施してもいい事案かと思われるが、調査実施についての言及はない。ウエルシアホールディングスとしては、可能性はゼロで調査は不要と考えているのだろうか。そうだとすると、辞任勧告の理由とされる松本氏の行為は①と③なのだろうか。 4 何を防止するのか? 今回の開示の最後には次のような記載がある。 ①と③のような行為の再発をコンプライアンス体制の強化により防止するというのだろうか。③のような行為ならば、わかる。会社経費の私的利用など、経営者による公私混同はたびたび問題になるが、それは体制整備によりある程度は防止可能だろう。 しかし、①のような行為、すなわち配偶者以外の者との交際、いわゆる不倫は、会社のコンプライアンス体制の強化により再発を防止できるものなのだろうか。率直にいって、「不倫は駄目ですよ」といえば行わなくなるものとは思われないし、あくまで「私生活」におけることであるため、監督のしようがない。それとも、定期的に興信所に依頼して調査するとでもいうのだろうか。 5 信用を傷つけた? ということは、辞任勧告の理由とされる松本氏の行為は③なのだろうか。しかし、「異動(辞任)の理由」には「弊社の信用を傷つけるものであると判断した」と記載されている。会社の巨額の資金を私的に使ったというわけではなく、あくまで会社が費用負担しているマンションに他者を泊まらせただけである。それで会社の信用を傷つけたと判断するのだろうか。 今回の開示は極めて不明瞭でわかりにくいのだが、おそらく辞任勧告の理由とされる松本氏の行為は①なのだろう。①について週刊誌で取り上げられたことが、会社の信用を傷つけたというのだろう。しかし、それが辞任勧告の理由となることについては賛否が分かれるのではないだろうか。 もちろん不倫を推奨するつもりも肯定するつもりも毛頭ないが、犯罪やハラスメントなどと異なり、不適切であるとするのが難しい場合もあり得る。夫婦生活が破綻しているものの、配偶者が離婚に同意しないなか、他者と交際したような場合も非難されるものなのだろうか。 また、これも犯罪やハラスメントなどと異なるが、不倫はその有無を外部から証明するのが困難であり、最終的には当事者が認めるか否かで有無が決まるといえる。同じ部屋に泊まったという事実があったとしても、「何もなかった」といわれれば、それまでである。当事者が正直者の場合だけ存在することになってしまう。不倫を一律に経営者の辞任理由とするのは慎重であるべきではないだろうか。 今回の開示は、具体的な説明がなされたうえで「取引先に便宜を図っていた」や「公私混同が認められた」が辞任勧告の理由とされていれば、わかりやすかったのだが、ただ会社のイメージにマイナスなものは早く切り捨てて終わりにしたいというだけにみえてしまい、残念である。 (了)