相続税の実務問答 【第107回】 「未分割についてやむを得ない事由がある旨の承認申請書の提出を失念していた場合の配偶者の税額軽減」 税理士 梶野 研二 [答] あなたは未分割であることについてやむを得ない事情の承認を受けていませんので、配偶者の税額軽減の規定を適用することはできませんが、遺産分割の調停成立の結果に基づき計算した相続税額が、当初申告額よりも減少することになったことによる更正の請求をすることはできます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 遺産分割がされなかった場合の申告 相続又は遺贈により財産を取得した者は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税の課税価格や納付すべき税額を記載した相続税の申告書を提出し、その申告書に記載した相続税額を納付しなければなりません。相続税の課税価格は、相続又は遺贈により取得した財産の価額を基に計算しますが、相続税の申告書を提出する時に、当該相続又は包括遺贈に係る財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によって分割されていないときは、その分割されていない財産については、各共同相続人又は包括受遺者が民法(第904条の2(寄与分)を除きます。)の規定による相続分(法定相続分)又は包括遺贈の割合に従って当該財産を取得したものとして課税価格を計算します(相法55本文)。 ただし、その後において当該財産の分割があり、共同相続人又は包括受遺者が分割により取得した財産を基に計算した相続税の課税価格又は税額に比して、法定相続分又は包括遺贈の割合に従って計算された相続税の課税価格又は税額が過大となった場合には、更正の請求をすることができることとされています(相法55ただし書き、32①一)。また、課税価格が当初申告と同額であったとしても、下記2の配偶者に対する相続税額の軽減の適用について規定した相続税法第19条の2第2項ただし書に該当したことにより、同条第1項の規定を適用して計算した相続税額が分割前に確定していた相続税額と異なることとなった場合においても更正の請求をすることができます(相法32①八)。 2 配偶者に対する相続税額の軽減 (1) 配偶者に対する相続税額の軽減の概要 被相続人の配偶者がその被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した場合のその配偶者の相続税については、贈与税額控除適用後の算出相続税額から「配偶者の税額軽減額」として計算した一定の金額を控除した残額をもってその配偶者の納付すべき相続税額とし、その残額がないときはその配偶者の納付すべき相続税額はないものとされます(相法19の2①)。この控除が「配偶者に対する相続税額の軽減」です。 配偶者に対する相続税額の軽減の制度は、①配偶者の相続又は遺贈による財産の取得が同一世代間の財産移転であり、遠からず次の相続が生じて、その際、相続税が課税されることになるのが一般的であること、また、②長年、被相続人と共同生活を営んできた配偶者に対する社会的配慮、更には③遺産の維持形成に対する配偶者の貢献への考慮などの観点から一定の額までの相続税額を軽減するものです。そのためこの配偶者に対する相続税額の軽減は、配偶者が遺産分割等により確定的に取得した財産に係る相続税額が対象となり、遺産分割により他の者に帰属する可能性のある未分割の財産に係る相続税額については適用することはできません(相法19の2②本文)。 (2) 申告期限後に配偶者に対する相続税額の軽減を適用するための手続き 上記(1)のとおり配偶者に対する相続税額の軽減は、相続税の申告書の提出期限までに共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない場合には、その分割されていない財産に係る相続税額については適用することができません。ただし、その分割されていない財産が、相続税の申告書の提出期限(以下、「申告期限」といいます。)から3年以内に分割された場合には、その分割された財産に係る相続税額については、上記1のとおり更正の請求により配偶者に対する相続税額の軽減を適用することができます(相法19の2②ただし書き)。相続税の申告期限までに相続又は遺贈により取得した財産の全部又は一部が分割されていない場合において、その分割されていない財産を申告期限から3年以内に分割し、配偶者に対する相続税額の軽減の適用を受けようとするときには、「申告期限後3年以内の分割見込書」を相続税の申告書に添付して提出します(相規1の6③二)。 相続税の申告期限から3年が経過する時までの間に相続又は遺贈に関して訴えが提起されたことなど一定のやむを得ない事情により申告期限から3年以内に分割ができなかった場合には、所轄税務署長の承認を受けることにより、財産の分割ができることとなった日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求を行うことにより配偶者に対する相続税額の軽減を適用することができます(相法19の2②ただし書きのかっこ書き)。所轄税務署長の承認を受けるためには、相続税の申告書の提出期限後3年を経過する日の翌日から2ヶ月を経過する日までにやむを得ない事情の詳細などを記載した「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を所轄税務署長に提出しなければなりません(相令4の2②、相規1の6②)。この期間に当該申請書を提出しなかった場合には、税務署長の承認を受けることができませんので、申告期限後3年以内に分割できなかった理由が何であれ、配偶者に対する相続税額の軽減を適用することはできません。 〇期限後に行われた配偶者に対する相続税額の軽減に係る承認申請の却下処分が適法とされた事例 (平13.7.24裁決、裁決事例集No.62) 3 ご質問の場合 ご質問の場合、相続税の申告期限から3年を経過する時において、あなたと乙との間で遺産分割がされておらず、調停の手続きが進められていたとのことです。遺産分割について調停の申立てがされていたことは、配偶者に対する相続税額の軽減を適用できる遺産分割の期限を延長することができるやむを得ない事情に当たります。ただし、この延長をするためには、相続税の申告期限後3年を経過する日の翌日から2ヶ月以内に所轄税務署長に「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出し、その承認を受ける必要がありました。しかしながら、あなたは、この申請書の提出を失念していましたので、もはや配偶者に対する相続税額の軽減を適用することはできません。 ただし、あなたは、乙との間で遺産分割に関する調停が成立し、あなたが取得することとなった遺産は、法定相続分相当の2分の1を下回る5分の2とのことですので、この分割結果を基に相続税額の計算をした場合において、法定相続分に応じて課税価格を計算した期限内申告書記載の相続税額を下回ることとなるとすれば、相続税法第32条第1項第1号に該当しますので、この部分については更正の請求をすることができます。 (了)
リース会計基準を学ぶ 【第9回】 「貸手のリースの会計処理②」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 前回(第8回)に引き続き、貸手のリースの会計処理について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 所有権移転ファイナンス・リースと所有権移転外ファイナンス・リース ファイナンス・リースと判定されたもののうち、次の(1)から(3)のいずれかに該当する場合、所有権移転ファイナンス・リースに分類し、いずれにも該当しない場合、所有権移転外ファイナンス・リースに分類する(リース適用指針70項、BC110項)。 Ⅲ 貸手の所有権移転外ファイナンス・リースの会計処理 1 基本的な会計処理 貸手の所有権移転外ファイナンス・リースの基本的な会計処理について要約すると、次のようになる(リース適用指針71項、72項、BC114項~BC117項)。 2 利息相当額の各期への配分 貸手における利息相当額の総額は、貸手のリース料及び見積残存価額(貸手のリース期間終了時に見積られる残存価額で残価保証額以外の額)の合計額から、これに対応する原資産の取得価額を控除することによって算定する(リース会計基準47項)。 利息相当額の総額を貸手のリース期間中の各期に配分する方法は、原則として、利息法による(リース会計基準47項、リース適用指針73項)。 この場合に用いる利率は、リース適用指針66項の貸手の計算利子率とする(リース適用指針73項)。 貸手としてのリースに重要性が乏しいと認められる場合、リース適用指針73項の定めによらず、利息相当額の総額を貸手のリース期間中の各期に定額で配分することができる。ただし、リースを主たる事業としている企業は、当該取扱いを適用することはできない(リース適用指針74項、75項)。 Ⅳ 貸手の所有権移転ファイナンス・リースの会計処理 貸手の所有権移転ファイナンス・リースの基本的な会計処理は、前述の所有権移転外ファイナンス・リースと同様である(リース適用指針78項)。 所有権移転ファイナンス・リースでは、リース適用指針71項及び72項にある「リース投資資産」は「リース債権」と読み替えて適用する(リース適用指針78項)。 また、利息相当額の各期への配分は、前述の「2 利息相当額の各期への配分」(リース適用指針73項)と同様である(リース適用指針79項)。 Ⅴ オペレーティング・リースの会計処理 「オペレーティング・リース」とは、ファイナンス・リース以外のリースをいう(リース会計基準14項)。 貸手のオペレーティング・リースについては、通常の賃貸借取引に係る方法に準じた会計処理を行う(リース会計基準48項)。 貸手は、オペレーティング・リースによる貸手のリース料について、貸手のリース期間にわたり原則として定額法で計上する(リース適用指針82項)。 フリーレント(契約開始当初数ヶ月間賃料が無償となる契約条項)やレントホリデー(例えば、数年間賃貸借契約を継続する場合に一定期間賃料が無償となる契約条項)等がある場合、オペレーティング・リースによる貸手のリース料について貸手のリース期間にわたり原則として定額法で計上することとし、貸手のリース期間についてリース会計基準32項(2)の方法を選択して決定する場合に当該貸手のリース期間に無償賃貸期間が含まれるときは、貸手は、契約期間における使用料の総額(ただし、将来の業績等により変動する使用料を除く)について契約期間にわたり計上する(リース適用指針BC121項)。 (了)
給与計算の質問箱 【第65回】 「賞与を年4回以上支給する場合の社会保険」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 賞与を年4回以上支給する場合、社会保険において何か留意すべき点はありますか。 A 社会保険(健康保険、介護保険、厚生年金保険)における扱いが「賞与」ではなく「報酬」となる点に留意が必要である。 * * 解 説 * * 1 社会保険における「報酬」 社会保険における「報酬」は下表から判断できる。下表の左上の「報酬となるもの」に「年4回以上の賞与」、左下の「報酬とならないもの」に「年3回以下の賞与」がある。 (出典) 日本年金機構「算定基礎届の記入・提出ガイドブック 令和6年度」の3頁より抜粋 2 「年3回以下の賞与」の場合における社会保険 支給した賞与額の1,000円未満を切り捨てた「標準賞与額」に保険料率を乗じた社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料)を賞与から天引きする。 また、会社は賞与の支給日から5日以内に被保険者賞与支払届を年金事務所へ提出する。年金事務所は被保険者賞与支払届に基づいて賞与にかかる社会保険料を会社に請求する。 3 「年4回以上の賞与」の場合における社会保険 (1) 報酬となる場合 年4回以上の賞与の場合、社会保険においては「賞与」ではなく「報酬」とみなすので、上記2のように社会保険料を計算したり、被保険者賞与支払届を提出しない。 また、標準賞与額ではなく標準報酬月額の対象となる。そのため、会社は毎年7月1日から10日までに算定基礎届を年金事務所へ提出するが、算定基礎届に前年7月1日から当年6月30日に支払った賞与の合計を12で割った金額を4月支給額、5月支給額、6月支給額に加算して記入する。結果、当年9月分以降の社会保険料に反映される(下図も参照)。 (出典) 日本年金機構「算定基礎届の記入・提出ガイドブック 令和6年度」の15頁より抜粋 (2) 報酬とならない場合 以下のケースに該当する場合には、賞与を年4回以上支給していても「報酬」ではなく「賞与」とみなされる。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第65回】 「普通借地権との比較で明らかとなる 定期借地権の評価に当たり特に留意すべき事項」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 昨今、定期借地権(特に事業用定期借地権)の活用事例が増えていますが、借地上に建築する建物の使用可能期間に関し、定期借地権であるが故に留意しなければならない点があります。このことは、定期借地権の性格を普通借地権(旧借地法の時期に設定された借地権も含みます)と比較することにより明らかとなります。 2 定期借地権の特徴 定期借地権は文字どおり、契約期間が満了すれば貸主が更新拒絶を行うための正当事由を備えているか否かにかかわらず契約は終了します。このことは改めて述べるまでもありません。しかし、これ以外に建物の使用可能期間の面で留意しなければならない点があります。これが思ったほど周知されていません。 この留意点とはすなわち、定期借地権による契約の場合、契約期間中に建物の建築及び解体が行われるため、借地権者は契約の全期間にわたって建物の使用収益ができないということです。 ちなみに、定期借地権について、契約締結から満了時の更地返還までの流れを示すと次のとおりです。 また、借地上に建物を建築し、土地建物一体としての複合不動産を賃貸に供することを想定した場合の全体の流れを示したものが下図となります。 このように、定期借地権の場合、地代の授受は契約期間全体に及びますが、借地権者が土地建物を一体として使用収益し得る期間は土地賃貸借期間ではなく、建物の建築及び取壊期間を除いたものとなる点に留意が必要です。この点、普通借地権の場合、契約期間が満了しても、賃貸人(借地権設定者)に更新を拒絶するための正当事由がなければ契約は更新されるため、評価上、建物の取壊期間を考慮する必要は生じません。この点が、不動産鑑定士としても、収益性の面から価格(定期借地権付きの建物価格)を検討する際に忘れてはならない事項です。 ちなみに、不動産鑑定評価基準においても、定期借地権の評価に当たって総合的に勘案すべき事項として、 をあげています(各論第1章第1節Ⅰ.(1).②)。 3 定期借地権と普通借地権 定期借地権は、普通借地権の場合に認められる契約更新、期間の途中で建物を再築した場合の契約期間の延長、期間満了時に借地権設定者が契約更新しない場合の借地権者からの建物買取請求権が認められていません(ただし、定期借地権の3つの類型(※)のうち建物譲渡特約付定期借地権に属するものは除きます)。 (※) 詳細は割愛しますが、定期借地権には次の3つのタイプがあります。 なお、ここで留意すべき点は、定期借地権についても建物の再築自体は認められるということです。ただし、契約期間の途中で建物の再築が行われたとしても、それによって存続期間が延長されるわけではなく、当初定められた期間の到達によって契約は満了します。 4 事業用定期借地権と地代水準の関連 事業用定期借地権の場合、借地権者の事業収益との関連から負担力に見合った地代が設定されている場合には、当該地域の標準的な地代水準よりも相対的に高く、なかには従来から供給されてきた普通借地権の利回りに比べて著しく高いものもあります。 このようなケースにおいては、不動産鑑定士は、高い利回りの地代が将来にわたって継続するか否かの分析を行うとともに、借主からの解約申入れの可否やその際の違約金条項についての確認を行うなど、価格に影響を及ぼす様々な要因を考慮するよう努めています。 5 定期借地権の残存期間と借地上の建物の経済的耐用年数との関係 定期借地権の残存期間と借地上の建物の経済的耐用年数は基本的に一致するといえますが、そうでない場合でも、借地権の残存期間を超えて建物の経済的耐用年数を設定することは整合性のとれないものとなります(下図参照)。不動産鑑定士はこの点にも留意するよう努めています。 6 おわりに 現時点では、定期借地権単独としての取引慣行を見出すことはできない状況です。また、定期借地権の取引として観察されるもののほとんどは建物付きのもの(定期借地権付建物)であるといえます。そのため、定期借地権の価格は建物と一体化した場合に、はじめて顕在化するという捉え方が多いと思われます。 また、理論的に考えれば、定期借地権は契約の残存期間が短くなればなるほど価値が低くなり、期間満了時にはゼロになります。それ故に、残存期間が僅かであれば有償で取引が行われない可能性もあり、契約満了に至らない時点でも価格が発生しないということも考えられます。これについては今後の取引慣行をフォローする必要があると考えています。 (了)
《税理士のための》 登記情報分析術 【第24回】 「相続登記について」 ~相続登記申請の流れと必要書類~ 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 高齢化の進展や2024年4月1日からスタートした相続登記の申請義務化の影響により、相続登記の申請件数は増加傾向にある。税理士にとっても顧客の相続登記をサポートするために司法書士との連携を行う機会が増えていくことだろう。本連載でも、税理士が円滑に司法書士と連携を図るうえで知っておくべき知識について複数回にわたり解説を行う。 1 相続登記申請の流れ 被相続人が不動産を所有していれば、相続人や受遺者などの承継者は、相続登記を行う必要がある。相続登記申請までの流れは、遺言の有無により異なるが、大まかな流れは次のとおりである。 【相続登記申請までの流れ】 2 司法書士と連携するタイミング 顧客の遺産に不動産があることが分かった場合、どのタイミングで司法書士と連携するかがポイントとなる。相続税の申告が完了した後、司法書士に顧客を紹介している例も多いと思われるが、戸籍等の収集の段階で司法書士に顧客を紹介することも考えられる。司法書士に戸籍等の収集を行ってもらい、相続税の申告を含めた各種の相続手続で戸籍等の代わりとして利用できる「法定相続情報一覧図の写し」(※)まで取得してもらえば、税理士としても手間が省けることになる。 (※) 詳細については法務局ウェブサイト「「法定相続情報証明制度」について」を参照 【記載例:法定相続情報一覧図の写しの記載例】 3 相続登記申請の必要書類 相続登記申請には主に以下のような書類が必要になる。 このほか、登録免許税として「不動産の固定資産税評価額×0.4%」が必要となる。遺産分割協議書や遺言書の作成のサポートに税理士が関わることがあると思われるが、不動産の記載の仕方によってはスムーズに登記ができないこともある。 次回は、相続登記の観点から遺産分割協議書や遺言書等における不動産の記載方法のポイントについて解説を行う。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第23回】 「金利1%前後でお金を増やす方法」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 〇「金利ある世界へ」:日本国債に注目 日銀がマイナス金利政策を解除して1年余りが経過し、「金利ある世界」への移行が進んでいます。今回は、金利1%前後で、かつ低リスクでお金を増やせる「日本国債」について解説していきます。 ご存じの通り、債券とは国や企業などの発行体が、投資家から資金を借り入れるために発行する有価証券です。国が投資家からお金を借りる際に発行するのが国債、企業が投資家からお金を借りる際に発行するのが社債です。 〇投資家が債券を選ぶ2つの理由 投資家がポートフォリオに債券を加える理由は主に2つあります。 1つめは、 「資金用途」です。株式投資は長期で行ってこそ利益が期待できるものなので、中期的な用途の資金運用には適しません。そのため、資金用途によっては、低リスクで資金の成長が見込める債券を利用するメリットがあります。 2つめは、 「分散効果」です。株価が下落した際には、債券価格が上昇する傾向があり、それによって株式の損失を相殺し、リスクを低減することが可能です。残念ながら、株式の下落幅と債券の上昇幅はイコールではないため、損失をなくすことはできませんが、それでもリスクを低減させる分散効果が期待できます。 債券はお金の貸し借りなので、満期が定められています。満期のことを償還と呼びますが、このときは貸したお金が全額払い戻しされます。また、貸したお金が返ってくるだけではなく、利子も支払われます。通常は半年に1回、利子の支払いがあり、これをクーポンと呼びます。 〇信用リスクを判断する「格付け」 債券に投資をする際は、最初にその発行体はお金を貸しても大丈夫なのかという判断を行います。その際に参考とするのが格付けで、これは第三者機関が発行体の財務状況などを評価するものです。 格付け機関には、ムーディーズやスタンダード・アンド・プアーズといった海外の有名な格付け会社や、R&I(格付投資情報センター)やJCR(日本格付研究所)といった国内の格付け会社もあります。 評価は、AAA、AA、A、BBB、BB、Bといったアルファベットで表示されたりしますが、一般的にはBBBまでが投資適格とされます。つまりそれより低い評価の場合、投資に不向き、あるいは将来的に債務不履行となるリスクが徐々に高まると判断されます。 〇日本国債の国際的な評価は? 2025年1月の日経新聞の記事によれば、日本国債の格付けは「シングルAプラス(S&Pの長期発行体格付け)」で、G7の中ではイタリア(トリプルB)に次いで低い水準とされています。残念ながら世界の主要国の中での日本国債の評価はあまり高くはありませんが、それでも債務履行の確実性は高いとの評価だと理解することができます。 〇日本国債の種類と特徴 個人投資家が購入できる国債は、大きく2つに分類されます。 「新窓販国債」と 「個人向け国債」です。どちらも日本国が発行する国債ですが、それぞれ最低購入額や金利、中途換金のルールなどが異なります。前述した通り、いずれも償還日が決まっており、半年に1回利払いがある点は共通です。 財務省のホームページによると、現在販売されている 「新窓販国債」は、償還期間が10年、5年、2年の3種類があります。それぞれ毎月発行されているので、金利は毎月変わりますが、直近に発表された金利で言うと、10年は1.4%、5年は1%、2年は0.7%です。ただし、利払いの際に20.315%の税金が差し引かれます。新窓販国債は、証券会社、銀行などで購入できます。購入単位は、最低5万円から5万円単位です。 ちなみに、大手銀行の定期預金金利は、10年で0.5%、5年で0.4%、2年で0.325%程度ですので、それと比べるとかなり良い投資先と考えることもできるのではないでしょうか?また、金融機関で購入しますが、万が一その金融機関が破綻しても国債の権利は保護されるので、ペイオフ対策として分散させることも一理あるかも知れません。 〇中途換金時のリスクに注意 リスクは、中途換金時に市場での取引となるため、購入時の金額で売れずに損失が発生してしまう可能性があることです。したがって、そのリスクを回避するためには、用途を定め、償還まで保有することを前提に計画を立てる必要があります。もちろん、売却タイミングにおいては利益が出ることもあります。 中途換金時の価格変動リスクを全くなくしたものが 「個人向け国債」と言われるものです。こちらは同じ国債ですが、新窓販国債よりも多くの金融機関で取り扱っていますし、購入単価は1万円から1万円単位で購入ができると利便性にも優れています。 なによりも、中途換金時には国が買い取ってくれるため、元本割れのリスクが一切ありません。ただし、注意点が2つあります。1つは 「発行後1年間は原則中途換金不可」であること、もう1つは 「換金時には直近2回分の各利子相当額が差し引かれる」という点です。そのため、できるだけ長く持つことが重要ですが、それでも中途換金に価格変動がないというメリットは大きいでしょう。 〇個人向け国債の種類と金利 個人向け国債には、償還期間が10年、5年、3年の3種類があります。このうち5年と3年は固定金利なので、これまで説明してきた国債の基本ルールが適用され、決まった金利で年に2回利払いがあります。直近の金利は5年で0.95%、3年で0.78%です。この金利を見るかぎり、新窓販国債との差はごくわずかですので、やはり一般の方には個人向け国債のほうが扱いやすいといえるのではないかと考えます。 一方、10年ものの個人向け国債は少し性質が異なります。こちらは変動金利で現在の金利は0.93%です。半年ごとに金利が見直されるため、今後金利の上昇が続けば、より良い条件でお金を成長させることができるでしょう。過去に発行された10年変動の個人向け国債の金利動向を見ても、少しずつ金利が上がっていることを確認できます。 〇NISAでは買えないが魅力は大きい 残念ながら、個人向け国債はNISAで購入することはできません。しかし、「eMAXIS Slim国内債券インデックス」など、NISAの成長投資枠で購入できる債券に投資をする投資信託は最近の長期金利の上昇によって基準価額が低調となっています。そうした状況では、元本保証(上述した通り若干のペナルティはありますが)で、また金利にも0.05%という最低保証がある個人向け国債(10年・変動型)は理にかなっているのではないかと考えます。 個人向け国債および新窓販国債は、毎月発行されますが、それぞれに募集期間があります。関心のある方は、ぜひ金融機関の窓口にお問い合わせになってみてはいかがでしょうか。 (了)
2025年5月15日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.618を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
国際課税レポート 【第14回】 「トランプ大統領令への欧州(EU)の対応と今後の動向」 税理士 岡 直樹 (公財)東京財団政策研究所主任研究員 トランプ関税を巡る各国の交渉が本格化していることが報じられている。 デジタル課税を巡るOECDの2つの柱による解決策からの“離脱”と外国の差別的・域外適用的な課税への対抗策を命じたトランプ国際課税について、ホワイトハウスに報告書が提出された(公表されてはいない)。 米国の積極的な反対を受け、米国議会が強く反対しているデジタルサービス税や、国内法で15%グローバルミニマム課税を導入済みの欧州連合(EU)は、米国との妥協を図る動きが出ている。 本稿では、トランプ関税及びトランプ国際課税とデジタルサービス税及び15%グローバルミニマム課税を仕掛けたEUの動きについて、本稿執筆時点(2025年5月14日)の限られた情報によるものとはなるが、今後の展望を予想する参考としてまとめておきたい。 トランプ関税及びトランプ国際課税に追いつめられる欧州 2025年5月8日、米国と英国は関税交渉において合意に達した。グローバルに一律10%の普遍関税、相手国ごとに設定される相互関税、自動車・鉄鋼・アルミニウムについての関税など、4月2日の米国大統領令をはじめとして公表された一連の“トランプ関税”引下げ交渉のうち、最初に達成された合意だ。 ロイター通信(5月9日)によれば、英国は今回の関税に関する“ディール”をまとめるにあたり、デジタルサービス税について譲歩しないで済んだようだ。米国と欧州の間の国際課税の最大の問題は、なんといっても米国のテクノロジー企業を狙い撃ちにしたと米国が主張するデジタルサービス税だったはずである。この問題は、両国間でデジタル貿易に関する交渉を開始し、その中で解決されることとなった。 米国は英国との間では貿易黒字であるが、欧州連合(EU)との間では巨額の貿易赤字を抱えている。それでは、EUとの交渉はどうか。EUと米国の関税・貿易協議は本稿執筆時点(2025年5月14日)において、そもそも開始されていない。 4月29日の記者会見で、米国ベッセント財務長官は欧州との関税協議の現状について記者から問われた際、「フランス、イタリア等はデジタルサービス税を導入している(※1)一方、ドイツ等は導入していない。米国の偉大な産業に対する不公平な課税であるデジタルサービス税は撤廃してもらわねばならない。EUは外部との交渉を始める前に、EU内部の問題を解決する必要がある」と応じている。 (※1) 本連載【第12回】の【図2】参照。 税を巡り欧州は欧州が一枚岩になることが容易でないことはこれまでの経験から明らかであり、交渉上のやり取りだとしても、半ば突き放した格好だ。 一方、欧州委員会委員長ウルズラ・フォン・ライエン氏は、米・欧間の関税交渉が進展しない場合、デジタル広告サービスに対する独自の課税を選択肢として検討する可能性に言及するなど、緊張を高める発言をしている。 これは、EUにとって現実的な選択肢ではないだろう。2018年3月、欧州委員会は統一的なデジタルサービス税を提案したが、アイルランドや北欧の数ヶ国が反対したため、合意には至らなかった経緯があるからだ。 地理的広がりを欠くグローバルミニマム課税 OECD事務総長が2025年2月にG20財務大臣・中央銀行会議に提出した恒例の報告書(4頁)では、すでに55ヶ国が第2の柱の税制を国内立法したと述べている。 一方、米国の有力な租税法学者は、グローバルミニマム課税は欧州とアジアの一部以外の国への広がりは限定的であり、米国と中国の参加もない。このため欧州の税制になっていると指摘している(※2)。 (※2) 「Pillar 2 at a crossroads US policy & what comes next」Tax Notes(2025.4.23)ウェビナーにおけるパネリストの発言。 【表】グローバルミニマム課税の導入状況 (※) 数字は導入年。CbCR法人数は、OECD法人統計による。 (注1) G20のうち、EU加盟国はフランス、ドイツ、イタリア。 (注2) G20の導入8ヶ国は、オーストラリア、カナダ、インドネシア、日本、トルコ、イギリス、南アフリカ(UTPRを除く)、韓国(QDMTT除く)。 (注3) G20非導入9ヶ国は、アルゼンチン、ブラジル、中国、インド、メキシコ、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、米国。 (出所) 筆者作成。2025年5月14日時点の情報による。 【表】からは次のことを読み取ることができる。 OECDによる導入国(55ヶ国)の約半数は、2022年12月のEU指令で加盟国に導入を義務付けたEU(27ヶ国)である。 コミュニケで「2本の柱」プロジェクトを奨励してきたG20(主権国家19ヶ国)のうち、8ヶ国はグローバルミニマム課税を支持し奨励しながらも、自身では導入に至っていない。 EU及びG20加盟国には合計6,744社の多国籍企業が存在する。うち、グローバルミニマム課税を導入した国に3,873社(57%)、非導入国に2,871社(42%)が所在している。 現状に照らせば、ラテンアメリカ、アフリカ諸国への広がりを欠いている。グローバルミニマム課税は欧州の税制になったという前述の米国租税法学者の指摘は、グローバルミニマム課税を国内法に導入していない国からみれば、全く的外れなものとまでは言えないと思われる。 グローバルミニマム課税と欧州の事情 グローバルミニマム課税につながる動きは、ドイツ議長国の下で開催された2017年3月のG20に端を発している。 ところで、欧州がOECDでの議論を必要とした理由は何だろうか。 1つは、巨大テクノロジー企業や多国籍企業が十分な納税をしていないと伝えられることへの市民レベルの反発に対する政治的な対応が必要だったということがある。 そしてもう1つは、設立の自由を保障するEU条約により、域内のタックスヘイブン的な国への利益移転を、ペーパーカンパニーや技巧的な取引であることなどの理由がなければ否認できないというEU固有の構造問題がある。 欧州では、日本や米国のようなタックスヘイブン対策税制を適用して否認することができない。このため、OECD合意は、欧州固有の法的制約を回避するための抜け道だという有力な指摘がある。 欧州の“米国対策” それでは、トランプ大統領令がターゲットにしていると目される「デジタルサービス税」、「グローバルミニマム課税」を推進してきた欧州は、この大統領令にどのように反応しているのだろうか。 報道によれば、ドイツ産業界、ドイツ各州財務大臣、ハンガリーの財務大臣からは、第2の柱の措置に疑問を呈し、その一時停止を求める声もあがっている。 米国が第2の柱に積極的に反対し、導入国を攻撃する以上、ミニマム課税はグローバルなものとはならない。 グローバルミニマム課税のため、OECDにおいて数百頁にも及ぶ複雑な制度作りを主導してきたEUだが、ホークストラ税制担当委員は、「米国企業のために規則を緩めることも排除しない」と発言している(※3)。 (※3) 「EU Tax Commissioner Against Throwing Pillar 2 ‘in the Dustbin’」Tax Notes International(2025.3.19) 2025年5月現在、欧州理事会議長国のポーランドは、米国企業にUTPRが適用されないようにするため、妥協策として次の3つの選択肢を提示したと伝えられる。 欧州とOECDのジレンマ・「解釈拡大」という暴走? OECDは2025年5月8日、「GloBEモデルルールの統合コメンタリ」を公表した。これは400頁近い膨大なものであり、過去3年分のコメンタリを統合したものとされる。 「GloBEモデルルール」(2021年12月)は、15%のグローバルミニマム課税を各国が国内法に導入するためのもので、いわば「法律」だ。そして、コメンタリはモデルルール(それに準拠した国内法)を適用する税務当局と、納税者に解釈上の助言を与えるためのもので、いわば「解釈指針」(「法律」でないという意味で「通達」に類似)である。 ここで問題なのは、OECDはモデルルールの範囲を逸脱した内容をコメンタリに追加してきていることである。欧州では、2022年12月14日の「指令」により加盟各国に15%グローバルミニマム課税の導入を義務付けた。この指令は加盟国の反対もあり、紆余曲折を経て合意したものであるため、現時点で改めて新しい内容を含む「指令」に合意することは非現実的と言われている。 このことを避けるため、OECDは「解釈」で対応しようとしているが、モデルルールにない事項をコメンタリだけで対応することは行き過ぎであり、既に多くの批判がある。租税法律主義や、国際約束と国内法の優劣関係を巡って、各国の基準は異なっている。そのため、各国の運用が均質なものでなくなることは避けられないと思われる。 しかも、制度の中核的な部分を薄めてしまえば、「グローバルに最低15%の税負担を確保する」という制度本来の趣旨は損なわれるだろう。欧州とOECDは深刻なジレンマを抱えることになる。 おわりに EU各国の経済団体の連合体であるビジネスヨーロッパは、4月7日ホークストラEU税制委員に送った書簡で、「世界的なコンセンサスがなければ第2の柱(グローバルミニマム課税)は市場の歪みをもたらし、欧州企業に競争上・事務負担上の不利をもたらす」として、再考を強く求めている。このままではレベル・プレイング・フィールド(公平な競争条件)の確保は期待できないというのだ。これはそのまま日本の多国籍企業にもあてはまるだろう。 欧州の中に、米国と妥協するための“ディール”を望んでいる声が広がっていることは確かだ。日本の立場からは、それがどのように決着するのかが重要になる。 欧州議会の税制小委員会は、トランプ大統領のOECDグローバルディール離脱指令を受けて、公聴会を開催する予定になっている。今後の動向に注目しておきたい。 (了)
仕入税額控除制度における用途区分の再検討 -ADW事件最高裁判決から考える- 【第2回】 森・濱田松本法律事務所 外国法共同事業 パートナー 弁護士・税理士 栗原 宏幸 3 問題の所在-用途区分の判断の難しさ 法が認めている控除税額の計算方法のうち、「課税売上げに対応する課税仕入れに係る消費税額のみを控除の対象とする」という仕入税額控除の考え方に最も忠実な計算方法は、個別対応方式である。統計等は公表されていないが、大手企業を中心に、本則課税のもとで全額控除の適用を受けられない事業者の場合、一括比例配分方式よりも個別対応方式の方が控除税額が多くなるとして、個別対応方式の適用を選択している事業者が多いのではないかと推測される。 しかしながら、詰めて考えるならば、個別対応方式の適用は困難を伴う(はずである)。その理由は、同方式の要である用途区分の判断基準が、法律の定めからは明らかとは言い難いからである。 すなわち、前回の2(3)のとおり、消費税法の条文は、課税仕入れの3つの区分を「課税資産の譲渡等にのみ要するもの」、「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するもの」、「その他の資産の譲渡等にのみ要するもの」と定義するが(同法30条2項)、これらに共通する「に・・・要する」の意味は、その文理から一義的に明らかであるとはいえず、用途区分の判断を、どのような観点から、どのような事実ないし状況を考慮して行うべきかが、これらの定めから明らかであるとは言い難い。 例えば、企業が資金を銀行の普通預金に預け入れた場合、非課税売上げである預金の受取利息が生じる。そのため、企業の本社等における一般管理費(賃料、光熱費など)の課税仕入れについては、仮に本業の売上げが課税売上げであるとしても、当該売上げのみならず受取利息(非課税売上げ)にも対応するものとして、共通対応に区分している企業が多いのではないかと思われる。 しかしながら、この取扱いが前述の条文の定めから自明かというと、そうとは言えない。とりわけ、企業が何のためにその課税仕入れを行っているのかという課税仕入れの目的を重視して用途区分の判断を行うとすれば、企業は、あくまで本業の売上げ(課税売上げ)を得るために一般管理費の課税仕入れを行っているのであって、預金の受取利息を得るために行っているわけではないから、一般管理費の課税仕入れは預金の受取利息に要するものではなく、課税対応に区分すべきであるとの見解も成り立ち得るところである。また、課税仕入れの目的を用途区分の判断において重視する見解をとらなくても、「一般管理費の課税仕入れを行うこと」と「預金の受取利息が発生すること」は、客観的な因果関係が希薄であるとして、課税対応に区分する見解もあり得よう。 この問題の解決をさらに困難にしているのは、用途区分の判断の基準時点である。すなわち、用途区分の判断は、実際にその課税仕入れによってどのような売上げが発生したかという「結果」に基づいて行うのではなく、その課税仕入れの時点における「将来予測」に基づいて行うと解するのが一般的な見解であり、通達も基本的にはその見解を採用している(消費税法基本通達11-2-20)。この見解に従う限り、将来の見込みに過ぎない対応関係をどの程度の実現可能性まで考慮して判断するのかという問題も生じる。 以上の点が問題となったのが、次に紹介するエー・ディー・ワークス事件である。 4 エー・ディー・ワークス事件 (1) 事案の概要 本件の納税者(エー・ディー・ワークス株式会社、以下「ADW社」)は、主にマンションに関する収益不動産事業を行っていた。 収益不動産事業には様々なビジネスモデルがあるが、ADW社が行っていた収益不動産事業は、賃貸用の中古マンションを購入した上で、購入したマンションについて物件価値向上のための諸施策(リノベーション、適正賃料での居室の貸付けなど)を行い、投資家にマンションを販売するというものであり、物件価値の向上により生じる販売価格と購入価格の差額を収益源とするものであった。なお、購入から販売までの期間は数か月程度と比較的短期間であり、購入したマンションはADW社の会計・税務上、棚卸資産に計上されていた。 本件で問題となったのは、マンション(建物・土地)のうち建物の購入という課税仕入れの用途区分である(※2)。 (※2) 土地の譲渡は非課税取引であるから、土地の購入は課税仕入れには当たらない。 前述のとおり、ADW社の収益不動産事業のビジネスモデルは、購入したマンションを短期間のうちに販売するというものであるから、建物の購入が当該建物の販売(課税売上げ)に対応することについて、ADW社と課税庁の間に争いはなかった(※3)。 (※3) マンションの販売に当たっては、建物と土地が一体として譲渡されることから、建物の購入は、建物の販売のみならず土地の販売にも対応する(したがって共通対応に区分される)という見解も成り立ち得るように思われるが、本件の課税庁はそのような見解をとらず、専ら次に述べる住宅貸付けに着目し、共通対応を主張していた。 他方で、ADW社が購入するマンションは上記のとおり賃貸用であるから、同社は、マンションの購入に伴ってその各居室の貸主の地位を承継し、借主に対して住宅貸付けを行うことになるところ、住宅貸付けは消費税法上の非課税取引に該当すること(同法6条1項、別表第2第13号)から、建物の購入は、建物の販売だけでなく、住宅貸付けにも対応するのではないかという点が問題とされた。 建物の購入は、住宅貸付けにも対応する場合には共通対応に区分されることになるのに対し、住宅貸付けには対応しない場合には課税対応に区分されることになる。ADW社の課税売上割合は40%を切っていたことから、どちらに区分されるかによって建物の購入に関して控除できる消費税額が大きく変わる状況にあった。 以上の点がADW社と課税庁の間で争われ、一審判決は、建物の購入は課税対応に区分されると判断したのに対し、控訴審判決は共通対応に区分されると判断した。 (2) 最高裁判決の概要 最高裁判決は、以下のとおり判示し、建物の購入は共通対応課税仕入れに該当すると判示した(以下の判示に付した下線は筆者による。)。 ① 用途区分の法令解釈に関する判示 ② 本件への当てはめに関する判示 (続く)
〈適切な判断を導くための〉 消費税実務Q&A 【第9回】 「新リース会計基準適用後のオペレーティング・リースの 借手の消費税に関する会計処理」 税理士 石川 幸恵 【Q】 企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」(以下「新リース会計基準」という)では、これまでオフバランスとされていたオペレーティング・リースもオンバランスで処理することになるそうですが、消費税の取扱いについて教えてください。 【A】 新リース会計基準では、借手はすべてのリースについてオンバランス処理し、オペレーティング・リースの定額費用処理ができなくなります。 リースの借手は、リース開始日において未払いである借手のリース料からこれに含まれている利息相当額の合理的な見積額を控除し、現在価値により「リース負債」という負債勘定を算定します(新リース会計基準34項)。利息相当額は借手のリース期間にわたり、原則として利息法により配分されます(同36項)。 消費税では、オペレーティング・リースについては資産の賃貸借として考えられており、新リース会計基準が公表されてもこの取扱いについての変更は示されていません。そのため、リース料の支払いの都度、仕入税額控除を行うこととなります。 ◆ ◆ 解 説 ◆ ◆ 新リース会計基準とそれに関わる消費税の処理について、オペレーティング・リースの借手に注目して整理したい。 1 新リース会計基準の概要 新リース会計基準の概要について簡単に整理しておく。 (1) 適用企業 新リース会計基準は上場会社と、未上場会社のうち会計監査人を選定する必要がある大会社に強制適用される。 (2) 新リース会計基準の適用開始時期 2027年4月以降に開始する事業年度の期首から適用される。ただし、2025年4月1日以後開始する事業年度の期首から適用することも可能である(新リース会計基準58項)。 (3) オペレーティング・リースの消費税における取扱い 新リース会計基準の適用の有無に関係なく、オペレーティング・リースは資産の売買ではなく、賃貸借として取り扱われる。そのため、リース料を支払うべき課税期間の課税仕入れとして取り扱われる。 2 リース取引の会計処理 以下では、ASBJが公表している[設例20]を基にオペレーティング・リースに関する消費税の処理について検討する。 〈前提条件〉 (1) オペレーティング・リースについて現行基準で行われている会計処理 課税仕入れであるリース料が借方に計上され、それに伴って仮払消費税等が計上される。税抜経理方式であれば上記のような仕訳となる。 (2) 新リース会計基準によるリース開始時の会計処理 毎年1回、3月末に年額10,000千円のリース料を支払っている。このリース契約については、新リース会計基準では貸借対照表に次のように計上する。 リース負債の計上額を算定するにあたり、原則としてリース開始日において未払いである借手のリース料(10,000千円 × 5回 = 50,000千円)からこれに含まれている利息相当額の合理的な見積額を控除し、現在価値により算定する。 通常、借手は貸手の計算利子率を把握できないため、借手の追加借入利子率(設例では5%)を用いて次のように割引計算を行う(新リース会計基準34項)。 以上の合計が43,295千円となる。仕組みを紐解けば電卓でも計算可能である。 (注) 上記記載の各数値は、計算過程ごとに四捨五入しているため、単純合計は43,294千円となる。一方、端数処理前の数値を合計し、最終的に四捨五入した場合の合計額は43,295千円である。 (3) 新リース会計基準による第1回リース料支払い時 (※) 2,165千円 = 43,295千円 × 5% 新リース会計基準ではリース料の支払いにあたり利息相当額とリース負債の取崩額をそれぞれ計上することとなる。この場合、借方科目は本来課税仕入れに該当しない「支払利息」及び債務の取崩額であるにもかかわらず、仮払消費税等が計上されるため、上記(1)のような一般的な課税仕入れの仕訳と異なる形となる。 しかし、この点については、割戻し計算ではなく積上げ計算によって仮払消費税等を計上していると考えれば、ある程度納得できる。 なお、仕入税額と売上税額の計算方法の組み合わせにおいて、売上税額に割戻し・積上げ計算のいずれを用いていても仕入税額の計算で積上げ計算は選択可能であるため、問題はない。 (4) 会計処理の方法と消費税額の計算が異なる場合-所有権移転外ファイナンス・リース 会計処理で求められる勘定科目や金額と仮払消費税等が対応しない問題は、所有権移転外ファイナンス・リースでも生じている。 上記の例をファイナンス・リースに置き換えた場合に、売買処理で会計処理するときの仕訳は下記となる。消費税はリース料総額に対する額となる。 国税庁の質疑応答事例では、会計処理の方法と消費税額の計算方法が異なる場合、帳簿の摘要欄にリース料総額を記載するか、会計上のリース資産の計上額から消費税における課税仕入れに係る支払対価の額を算出するための資料を作成し、整理の上綴って保存することなどにより帳簿においてリース料総額(対価の額)を明らかにする必要がある、と示している。 この考え方をオペレーティング・リースに当てはめると、支払リース料について摘要欄などで明示する対応が求められる可能性がある。 (了)