◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第3回】 「連結範囲変更時における連結キャッシュ・フロー項目」 公認会計士 石王丸 周夫 決算短信において、連結キャッシュ・フロー計算書は訂正が発生しやすい箇所です。作成のタイミングが連結貸借対照表と連結損益計算書の後になるため、決算短信開示までの時間的余裕がその分少なく、チェックが十分になされないのかもしれません。 中でも、毎年出てくるわけではない変則的な項目は要注意です。今回はそうした例の1つである連結範囲変更時における連結キャッシュ・フロー計算書の処理について、訂正事例から学んでいきます。 訂正事例の概要 連結範囲の変更とは、連結財務諸表を作成する際に連結対象とする子会社を変更することをいいます。この変更は頻繁に行われるものではありませんので、それに伴う処理に関わる機会も少なく、間違いやすいと考えられます。 連結範囲変更時の連結キャッシュ・フロー計算書において、「現金及び現金同等物の期首残高」の直後に表示されている「新規連結に伴う現金及び現金同等物の増加額」の計上を取り消したという決算短信の訂正事例があります。 この事例では、同時に、投資活動によるキャッシュ・フローの「連結範囲の変更を伴う子会社株式の取得による支出」を同額増額し、項目名を「連結範囲の変更を伴う子会社株式の取得による収入」に変更するという訂正を行っています。 連結キャッシュ・フロー計算書のフォームのイメージにより、この訂正内容を確認してみます。 〈訂正箇所のイメージ〉(数字はすべてXで表示(以降同様)) この結果、上記2項目のほかに、投資活動によるキャッシュ・フローの計及び「現金及び現金同等物の増減額(△は減少)」が訂正となり、さらに、決算短信の「サマリー情報」と「経営成績等の概況」で引用した上記数値についても連動して訂正を行っています。 「新規連結に伴う現金及び現金同等物の増加額」とは 上記の訂正事例は、なぜ間違いなのかわかりにくいと思います。そこで、訂正により削除された「新規連結に伴う現金及び現金同等物の増加額」という項目が何を示しているか確認していきます。 会計基準では次のように定められています。 (会計制度委員会報告第8号「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」46項) すなわち、これまで連結していなかった子会社を新たに連結する場合は、その子会社が保有しているキャッシュを加算し、これまで連結していた子会社を連結対象外の子会社とする場合は、その会社のキャッシュを減算するということです。 訂正で削除された「新規連結に伴う現金及び現金同等物の増加額」は、前半の方に該当します。そして、この加算は、簡単にいうと連結範囲に次のような変化が起きた際に発生すると整理できます。 すなわち、連結対象ではない子会社について、重要性が増した等の理由で連結対象に含めたということです。 しかし、この事例の企業について、連結の範囲の変更状況を確認してみると、他の企業の株式を新たに取得して連結子会社としたことがわかります。すなわち「他社 ➡ 連結子会社」であって、「非連結子会社 ➡ 連結子会社」ではありません。したがって、「新規連結に伴う現金及び現金同等物の増加額」に該当するケースではないとわかります。 「他社 ➡ 連結子会社化」の場合の処理方法 では、「他社 ➡ 連結子会社」の場合の処理方法を確認していきます。 それは、会計基準に次のように定められています。 (会計制度委員会報告第8号「連結財務諸表等におけるキャッシュ・フロー計算書の作成に関する実務指針」46項) ここでは、新たに取得した企業について、次により計算された額を「連結範囲の変更を伴う子会社株式の取得による収入」として、連結キャッシュ・フロー計算書の投資活動によるキャッシュ・フローに計上することになります。 〈取得による収入の算定方法〉 本事例では「株式取得価額<現金及び現金同等物」であったため、取得による収入としていますが、「株式取得価額>現金及び現金同等物」であれば、取得による支出になります。【第1回】で扱ったのがそのケースでした。 上記訂正事例では、株式取得価額(ア)をもって「連結範囲の変更を伴う子会社株式の取得による支出」に計上するとともに、新たに取得した企業がその時点で保有していた現金及び現金同等物(イ)を、「新規連結に伴う現金及び現金同等物の増加額」に計上してしまったというわけです。訂正後は、(イ)の額で計上した「新規連結に伴う現金及び現金同等物の増加額」を取り消し、(ウ)の額で「連結範囲の変更を伴う子会社株式の取得による収入」としています。 開示前のチェックポイント 以上の知識を前提に連結キャッシュ・フロー計算書を作成することになりますが、正しく作成できたことを開示前にチェックすることも必要です。 「新規連結に伴う現金及び現金同等物の増加額」の項目が発生しているときは、その年度において、「非連結子会社 ➡ 連結子会社化」という変更があったかどうかを確認しましょう。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第49回】 「士業別のM&A対応、企業の見方に関する留意点とポイント」 ~弁護士・中小企業診断士編~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒士業の特性に応じて異なる企業の見方を知り、検討と相談の際に活かす。 売り手企業 ⇒士業の特性に応じて異なる企業の見方を知り、検討と相談の際に活かす。 支援機関(第三者) ⇒士業の特性に応じて異なる企業の見方を知り、支援や提案に活かす。 その他の対象者 ⇒士業の特性に応じて異なる企業の見方を知る。 前々回、前回と同様に、士業の種類によって微妙に異なるM&Aに対する視点を取り上げます。この視点の違いを知ることで、M&Aの買い手、売り手、支援機関などの第三者は、ご自身のおかれた環境に応じて士業を使い分けられると思います。 今回は、弁護士と中小企業診断士の特性を紹介します。前回までに取り上げた税理士や公認会計士は筆者の職業であったのに対して、今回ご紹介する2つの職業は筆者自身が有していない資格であるため、あくまでも業務上の関係を通じた私見である点をご了承ください。 1 弁護士の特性 (1) 経済的実態に偏らない法的判断が可能 中小企業M&Aであっても、M&Aである以上、契約、法的根拠、条件など手続き開始前からクロージング、M&A後のPMIに至るまで、法の領域に触れない論点を見つけるのが難しいほど、M&Aと法は大きく関係します。この領域で、弁護士の右に出る者はいません。 この点から、法的判断において圧倒的な強みのある弁護士は、M&Aで欠かせないプレイヤーの1人です。ただし、規模が相対的に劣る中小企業M&Aでは、弁護士が必要なケースが多いとはいえず、法的判断や手続きを伴う際にも司法書士がその役割を担うケースも少なくありません。 筆者が実務上、弁護士の方々とご一緒した経験から感じるのは、税の判断は法令に基づくため、比較的弁護士の感覚と近いですが、会計の判断に関しては、ある取引における会計上の判断や解釈が、法的な判断や解釈と異なる点が多いことです。 会計は会計基準等の会計のルールに基づきますが、実際に会計処理をする際は、経営上のある出来事や取引の実態、つまり、中身を重視してその妥当性を判断しています。時には、契約書を単に形式的に当てはめるのではなく、仮に記載された文言とは異なっていても、経済的な実態にそぐわないのであれば、会計処理をするしないの別が生じ得るし、契約書の記載内容と異なる別の判断を用いるケースもあり得るのが、会計のルールに従う会計の世界です。特に、M&Aで生じる可能性が高い時価評価の判断では、経済的実態に基づく判断過程を軽視できません。 しかし、こうした判断は、行きすぎると恣意的になりやすいという欠点、弱点もあります。詳細説明は控えますが、それがゆえに相当規模以上の企業には会計監査が要求されており、こうした判断の妥当性を含めて監査が行われます。 このような恣意的な判断、自主的な判断が入りづらいのが、法的な根拠に基づく判断、なかでも記録や形式に基づく判断の長所であり、弁護士が関与するM&Aにおいては、契約書の文言1つをとっても細心の注意が払われますので、この点から安心できます。当事者間の利害が相反しやすいM&Aにおいては、手続き、文書、交渉が多くの段階において必要となりますので、各段階で弁護士に関わってもらうと、法的側面からの体制が万全になります。 とはいえ、法的な裏付けがすべての状況において正しいとは言えませんし、そもそも、中小企業M&Aで算定する取引価額自体、誰が算定しても一緒の結果になるとは限りません。ファイナンスの観点から考えると、中小M&Aは法だけでは割り切れない数多くの論点がありますので、形式で判断してしまうと、かえって実態にそぐわない可能性が高まるという留意点もあります。 また、実態と形式の双方のバランスが求められる中小企業M&Aにおいては、あまり法的な観点にこだわらないのが賢明なケースもあります。弁護士が関与する場合は、弁護士的な視点になりすぎずに、実態とのバランスを踏まえたうえで、各当事者が主体的に、柔軟に判断していくのがよいと思います。 (2) 代理人としての高い交渉能力 公認会計士と異なり、弁護士、税理士は代理人としての業務経験が多いことから、一方の当事者のエージェントとして、相手との直接交渉に臨む経験に長けています。しかも、税理士がどうしても税務判断に偏るのに対して、弁護士が体系的に身につける能力はリーガルマインドですから、M&Aの交渉の場面では様々な士業の中でも弁護士が群を抜いて交渉能力が高いと思います。案件によりますが、交渉を士業に任せ、自社に有利に進めたい意向がある場合や、案件が複雑で随所に交渉のテクニックが必要な場合には、弁護士の積極的な活用を検討できると思います。 ただし、弁護士は、どちらかというと争いのある案件の交渉で力を発揮しますので、中小企業M&Aのように両者が終始円満に臨む案件においても、積極的に活用した方がよいとはいえません。当然のことながら、フィーが発生しますので費用対効果も考えなくてはなりません。 しかも、中小企業M&Aでは、M&A仲介会社や金融機関といったM&A当事者の間に入って両者を繋ぐプレイヤーが関与するのが通常ですので、実務上は、弁護士が必要とされるケースはさほど多くないと考えられます。 (3) 計数感覚 M&A実務において、決算書の知識は必須です。いわゆる計数感覚は、財務諸表の作成過程を知ることと、申告書の作成過程を知ることによって磨かれます。 この点、ある出来事が(取引の把握)、会計・税務上どのような取扱いとなり(会計・税務上の解釈)、会計処理を通じて(仕訳起票)、決算システムにどのように組み込まれていき(勘定科目・元帳・試算表作成)、反映され(組替表・決算書)、決算書の承認を経て、申告書の作成(別表・申告書)に至るかの業務フローが経験値として定着しているのが重要です。 弁護士や金融機関の方々の中にも会計に明るい方々はたくさんいらっしゃいますが、決算書を知っている(Know)のと、決算書が作成されるまでの仕組みを知ったうえでわかっている(Understand)のでは、決算書を読めるスキルは残念ながら全く違います。ですから、財務内容の調査を行う財務デューデリジェンスをはじめとして、決算書や申告書の作成過程に接近する中小企業M&Aにおいては、計数感覚の点や決算書を扱う点においては、弁護士が力を発揮する場面は限定的かもしれません。 2 中小企業診断士の特性 中小企業のコンサルタントたる国家資格である中小企業診断士は業務独占資格ではありませんので、中小企業診断士でなくとも中小企業へのコンサルティング業務を行えます。ですから、中小企業診断士であるだけでは、中小企業M&Aにおいて能力を発揮する場面は多くないかもしれません。 それでも、中小企業M&Aの実務上は、中小企業診断士が活躍されるケースは多く、中小企業診断士に期待される役割は高いと筆者は思います。 (1) ネットワーク 中小企業M&Aに関わる中小企業診断士の多くは、豊富な社会人経験を有しており、キャリアは様々で、出身業界もバラバラです。特に販路において独自のネットワークを持ち、特定の業種、職種に精通している方々は、それが強みになる印象を受けます。つまり、経験に勝るものはないといえるほどの、その人ならではの過去のキャリアを強みに活躍されるケースが多いと感じます。 中小企業M&Aでは、M&A後の当事者間の統合プロセスを表すPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)が重要であり、「物理的な統合だけでなく、人的にも文化的にも両社の持つリソースが融合することで、統合前に比べて高い価値を生んでほしい」という当初の期待を、M&A後に期待したとおりに実現できるようにしていかなければなりません。 多くの中小企業M&Aにおいて、まず両当事者が期待するシナジーといえばセールスの拡大であり、この点において、中小企業診断士が持つネットワーク力はPMIの時に発揮されやすい力です。 (2) 中小企業にマッチする経験値 商工会議所の会員である中小企業では、中小企業診断士との接点が過去にもあったかもしれません。中小企業診断士が対象とする規模のカテゴリーは、資格の名の通り中小企業であり、非上場企業が中心です。中小企業M&A業務を行う税理士、弁護士も中小企業寄りですが、これらが税、法といった専門性をウリにするのに対して、中小企業診断士は、「〇〇の拡大」という経営活動の拡大全般を広く担うことをウリにしますので、ビジネスを推進するパートナーとして、中小企業M&Aにおいて力を発揮しやすい職業だと思います。 中小企業M&Aは大半の企業が1度しか経験しませんので、M&Aを効率的に進める観点から、中小企業M&Aでは中小企業診断士の活用を考えるのは選択肢の1つとして検討に値するのではないでしょうか。 (了)
電子書類の法律実務Q&A 【第19回】 「インターネット通販で電子契約をする場合、最終確認画面での表示事項は何か」 弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕 〔Q〕 インターネットを利用した通信販売(インターネット通販)で、消費者と電子契約をする場合、最終確認画面に表示すべき項目が決まっていると聞いたことがあります。最終確認画面についての法的規制の内容と注意すべきポイントを教えてください。 〔A〕 最終確認画面に、特商法で定められた6項目を表示する必要があります。この6項目については、消費者を誤認させるような表示も禁止されています。特に、定期購入契約については、誤解が生じやすいので、丁寧な説明が必要です。 また、契約の申込みになることについて、消費者を誤認させる表示は禁止されています。例えば、「送信する」「次へ」というような契約の申込みにならないと考えられるボタンを、契約の申込ボタンとすることは禁止されます。 事業者がこれらのルールに違反したことにより、消費者が誤認して契約した場合、契約の取消事由となります。さらに、電子契約法と異なり、特商法の規定に違反した場合には、刑事罰や業務停止処分の対象とされているので、特に注意が必要です。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 特商法の規制 (1) 最終確認画面に表示すべき6項目 インターネットを利用した通信販売で電子契約をする場合、最終確認画面に表示する項目については、特定商取引に関する法律(以下「特商法」という)の規制対象となる。特商法12条の6第1項により、最終確認画面には、以下の6つの項目を表示しなければならない。後述するとおり、これら6項目については消費者を誤認させる表示も禁止されている(特商法12条の6第2項2号)。 これら6項目は、契約締結するかどうか判断する際に重要な情報である。 これら6項目については、最終確認画面に表示するのが原則だ。ただし、表示事項に係る全ての説明を最終確認画面上に表示すると、かえって消費者に分かりづらくなるような場面では、最終確認画面に表示しないことも許される。 消費者庁のガイドラインによれば、このような例外が認められる場面として、「複数の販売業者が販売する商品をまとめて購入することが可能なモール型のインターネット通販サイト」があげられている。 上記①から⑥の項目を表示しないことにより、消費者が誤認をして契約した場合、消費者は契約自体を取り消すことができるとされている(特商法15条の4第1項2号)。さらに、上記①から⑥の項目を表示していても、事実と異なっていたため、消費者が誤認をして契約した場合も同様に、消費者は契約自体を取り消すことができるとされている(特商法15条の4第1項1号)。 民事上の問題だけではない。6項目を表示しない場合や6項目について事実と異なる表示をした場合には、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金の対象となる(特商法70条2号)。さらに、通信販売に係る取引の公正及び購入者もしくは役務の提供を受ける者の利益が著しく害されるおそれがあると判断された場合等は、業務停止処分の対象となる(特商法15条1項)。 (2) 消費者を誤認させるような表示の禁止 消費者を誤認させる表示も禁止されている(特商法12条の6第2項)。違反した場合には、100万円以下の罰金の対象となる(特商法72条1項4号)。さらに、通信販売に係る取引の公正及び購入者もしくは役務の提供を受ける者の利益が著しく害されるおそれがあると判断された場合等は、業務停止処分の対象となる(特商法15条1項)。 消費者を誤認させる表示として、特商法で禁止されているのは、以下の2つだ。 ① 契約の申込みになることについて誤認させる表示 契約の申込みになることについて、消費者を誤認させる表示は禁止されている(特商法12条の6第2項1号)。例えば、「送信する」「次へ」というような契約の申込みにならないと考えられるボタンを、契約の申込ボタンとすることは禁止される。 違反した場合に、消費者が契約の申込みにならないと誤認して契約したとき、消費者は契約自体を取り消すことができるとされている(特商法15条の4第1項3号)。 消費者庁のガイドラインによれば、具体的には以下のようなケースが考えられる。 ② (1)の6項目について誤認させる表示 (1)の6項目について、事実と異なる表示とまでは言えないケースでも、消費者にその意味するところを誤認させるような表示も禁止される(特商法12条の6第2項2号)。 違反した場合に消費者が(1)の6項目について誤認して契約したとき、消費者は契約自体を取り消すことができるとされている(特商法15条の4第1項4号)。 「誤認させる表示」かどうかは表示の記載自体から形式的に判断されるのではなく、①表示の位置、形式、大きさ及び色調等も考慮され、②他の表示と組み合わせて見た表示の内容全体から消費者が受ける印象・認識により総合的に判断される。 消費者庁のガイドラインによれば、具体的には以下のようなケースが考えられる。 2 定期購入契約の場合の注意点 定期購入契約の最終確認画面については、特に注意が必要だ。この点については、消費者庁のガイドラインでも注意喚起されている。 ここでいう定期購入契約とは、販売業者が購入者に対して商品を定期的に継続して引き渡し、購入者がこれに対する代金の支払をすることとなる契約のことだ。例えば、1ヶ月に1回、健康食品が到着するような契約とイメージしていただきたい。 定期購入契約の主なポイントは、以下の6つだ。 第1に、上記1(1)の①商品、権利又は役務の分量との関係では、各回に引き渡す商品の数量等のほか、当該契約に基づいて引き渡される商品の総分量が把握できるよう、引渡しの回数も表示する必要があるとされている。 つまり、「各回につき〇個をお届け ➡ 計〇回分計〇個となる」という趣旨の表示が必要だ。回ごとに、商品の個数が異なる場合は、「1回目〇個、2回目〇個、3回目〇個 ➡ 計3回計〇個となる」という趣旨の表示をする必要があるだろう。 第2に、①商品、権利又は役務の分量との関係では、消費者が解約を申し出るまで定期的に商品の引渡しがなされる無期限の契約の場合には、その旨を明確に表示する必要がある。 なお、消費者庁のガイドラインによれば、「この場合には、あくまでも目安にすぎないことを明確にした上で、1年単位の総分量など、一定期間を区切った分量を目安として明示することが望ましい」とされている。 「望ましい」とされているので、1年単位の総分量を表示しなくても直ちに特商法に違反するものではないという理解も可能である。 第3に、①商品、権利又は役務の分量との関係では、自動更新のある契約である場合には、自動更新について表示する必要がある。 第4に、②商品、権利の販売価格又は役務の対価との関係では、各回の代金のほか、消費者が支払うこととなる代金の総額を明確に表示しなければならないとされている。例えば、初回の料金を半額にしているような場合、「1回目2,000円(税込)、2回目4,000円(税込)、3回目4,000円(税込)➡ 計3回の支払総額10,000円(税込)」という内容で表示する必要がある。 第5に、③代金又は対価の支払の時期・方法、④商品の引渡時期、権利の移転時期又は役務の提供時期について、回ごとに内容が異なる場合、内容の相違が分かるように具体的に明記する必要がある。 第6に、⑥契約の申込みの撤回又は解除に関する事項との関係では、定期購入契約において、解約の申出に期限がある場合には、その申出の期限、また、解約時に違約金その他の不利益が生じる契約内容である場合には、その旨及び内容も記載しなければならないとされている。 なお、違約金については、「平均的な損害の額」を超えるものは、無効となるので、注意が必要だ(消費者契約法9条1項1号)。 3 電子契約法との関係 本連載の【第18回】では、電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律(以下「電子契約法」という)について取り上げた。 電子契約法上の「電子消費者契約」に当たると、「重大な過失」により誤って契約した場合でも、取消しが認められる(電子契約法3条1項本文)。ただし、電子契約法により、事業者が「消費者の申込み(中略)の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置」をとっているときは、「重大な過失」による場合でも、錯誤取消しができないことになっている(電子契約法3条1項ただし書)。 電子契約法は、民事上のルールを定めたものである。確認を求める措置をとっていなかった場合、「重大な過失」による場合でも、契約取消しが認められてしまうだけだ。特商法と異なり、電子契約法上の「確認を求める措置」をとっていないことのみを理由に刑事罰や業務停止処分の対象となることはない。 (了)
プラス思考の経済効果 【第25回】 「2024年ドジャースにおける大谷選手の経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 2024年のシーズン開幕時から大谷翔平選手は大変な事件に巻き込まれて、大きな精神的プレッシャーを受けたと想像されます。しかし、そのプレッシャーをはねのけて、大谷選手は移籍したドジャースでも笑顔を絶やさず活躍を続けています。今回は、ドジャースに移籍した2024年の大谷選手の活躍と経済効果を推定しました。 2 2024年における大谷選手の活躍の予想 2024年5月30日現在の大谷選手の打撃成績は、打率0.330、ホームラン14本、打点38、盗塁13です。この数字と過去3年間のシーズンの成績を参考にして今年の大谷選手の打撃成績を予想してみましょう。 【第1表】は大谷選手の2021~2023年のエンゼルス所属時の打撃成績です。 【第1表】 2021~2023年の大谷選手の打撃成績 多くのファンが関心を持っている2024年のホームランの数を推計してみます。2021~2023年の大谷選手の月別のホームラン数は【第2表】の通りです。 【第2表】 2021~2023年の大谷選手の月別ホームラン数 【第2表】から大谷選手は暑くなるとホームランを増産していることが分かります。特に、6月、7月にはホームランを沢山打っているので、2024年も夏が楽しみです。 ドジャースには強打者が揃っており、大谷選手が2番DHで出場すると、打席が多く回ってきて、エンゼルス時代と比べて敬遠は少なくなるので、打数が増えると考えられます。ホームランを打つ平均打数を【第2表】より13.4とすると、打数が600を超えれば、約45本のホームランを打つ可能性があります。また、やや不振でホームランの数が少なかった2022年の数値を考慮しないで、ホームラン1本に必要な打数を12と仮定すると、2024年は50本という大台に届く可能性も出てきます。 3 2024年ドジャースでの大谷選手の直接効果 大谷選手の経済効果の計算の基になる直接効果は以下の通りです。 (1) アメリカ国内の直接効果 ① ドジャー・スタジアムとビジターでの他球団の球場における観客増加による消費増加額 ドジャースは人気球団であるので、今年は主催試合で約400万人(前年より約16万人の増加)を集めると予想されています。また、ビジターでも「オオタニ効果」で観客数が増加していて、今年は約24万人増加すると予想されています。 アメリカチーム・マーケティング・レポートが2023年に発表した「Fan Cost Index of MLB teams in 2023」によれば、主催試合で4人家族の消費金額は約5万3,781円、ビジターでは約4万1,512円ですので、合計約47億1,343万円の観客の消費額が増加すると予想されます。 ② 大谷選手の年俸 大谷選手のドジャースとの契約は、10年契約で約7億ドル(契約時のレートで約1,015億円)です。ただし、最初の10年間で契約金の約3%(約30億円、年間約3億円)を受け取る契約になっています。 ③ 大谷選手のスポンサー契約料 大谷選手とドジャースのスポンサー契約はうなぎのぼりです。2024年のはじめにスポンサー契約を結んでいるのは約20社であり、アメリカのスポーツメディア「Sportico」によると、総額は6,500万ドル(約101億2,180万円)になるとのことです。 ④ 大谷選手による放映権収入 アメリカでの人気スポーツの放映権料は日本とは桁違いです。ウォール・ストリート・ジャーナルによるデータをもとにして筆者が推計すると、今年のNHKとMLBの契約金約8,000万ドル(約125億円)のうち、大谷選手の放映分は約87億2,032万円と推計されます。 ⑤ その他の大谷選手の直接効果 大谷選手のグッズの売上高や、球場などへの日本企業の広告料など、その他の直接効果は【第3表】の通りです。 (2) 日本国内の直接効果 大谷選手応援観戦ツアーの売上高と日本におけるグッズの売上高の予測額は【第3表】の通りです。 (3) アメリカと日本における大谷選手の直接効果の総額一覧 アメリカと日本における大谷選手の直接効果の総額は、下記の通り約400億5,555万円となります。そして項目別の金額は【第3表】に示されています。 【第3表】 2024年の大谷選手の項目別直接効果 4 2024年のドジャースにおける大谷選手の経済効果 これまでの直接効果を用いて経済効果を分析すると、以下の通り約865億1,999万円になります。 〈2024年ドジャースにおける大谷選手の経済効果〉 5 まとめ (1) 最近の大谷選手の経済効果の推移 大谷選手の2021年以後の経済効果は以下の通りです。 〈大谷選手の経済効果(2023年、2024年は予測値)〉 (2) 分析の結論 分析結果をまとめると、以下の通りです。 昨年18年ぶりのリーグ優勝で、大阪・関西地域のみならず日本中を興奮させた阪神優勝の経済効果は約872億2,114万円でした。阪神優勝の経済効果は阪神の約70数名の選手全員で創り出したものでしたが、大谷選手はたった1人でその額に匹敵する約865億1,999万円の経済効果を創り出すと想定されます。いかに大谷選手が偉大な選手であるかがお分かりいただけると思います。 大谷選手がドジャースでも大活躍をして、初めての三冠王、2度目のホームラン王、3度目のMVPを獲得して、ワールドシリーズで世界一になることを願っています。 (※) 本稿における円換算の記載は、その当時の為替レートによります。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第81話】 「信託型ストックオプションと実質主義」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 浅田調査官は、先ほどから国税庁が公表している「ストックオプションに対する課税(Q&A)」(令和5年7月7日改訂)の問3を熱心に読んでいる。 そこに中尾統括官がやってくる。 「何を熱心に読んでいるの?」 中尾統括官は、浅田調査官の見ている「ストックオプションに対する課税(Q&A)」を手に取る。 「・・・信託型ストックオプションか・・・これは・・・以前、君と議論したことがあるな・・・」 中尾統括官は、穏やかな顔をして言う。 「ええ・・・それで、課税庁が・・・信託型ストックオプションについて、給与所得であるという見解であることは知っているのですが・・・」 そう言いながら、浅田調査官は、税務六法で所得税法施行令84条(譲渡制限付株式の価額等)3項を開く。 「・・・すなわち、この条文を適用するためには、役員・従業員等が『発行法人から・・・与えられた場合』であることが必要だと思うのですが・・・」 浅田調査官は、条文を読みながら、コメントする。 「・・・信託型ストックオプションにおいて、役員・従業員等は、受託法人から新株予約権を取得するのであって、発行法人は役員・従業員等に対して新株予約権を発行しない・・・ということは、同条が信託型ストックオプションに適用できないのでは・・・」 浅田調査官は、中尾統括官を見る。 「・・・しかし・・・実質的には発行法人が役員・従業員等に対して、新株予約権を発行しているのだろう・・・確かに、信託型ストックオプションは、形式的には、受託法人が役員・従業員等に新株予約権を付与しているが・・・」 中尾統括官は、図を描く。 中尾統括官は、満足そうに自分の描いた図を見る。 「・・・この図を見れば分かるように、形式的には信託会社が役員・従業員等にストックオプションを付与しているように見えるが、実質的には、発行会社が受益者を指定し、ストックオプションを付与していることから、所得税法施行令84条3項を根拠にすることは、実質的な課税関係から、何ら問題がないように思える」 中尾統括官は、浅田調査官を見る。 「・・・しかし、信託型ストックオプションにおいて、役員・従業員等は、受益権確定によって、信託会社から新株予約権を取得するのであって、発行会社が役員・従業員等に対して、直接新株予約権を発行するわけではない・・・条文を文言どおり解釈すると、所得税法施行令84条3項をそのまま適用できないと思うのですが・・・」 浅田調査官は、首を傾げながら言う。 「・・・税法は、基本的には、事実関係も実質的に判断しなければならないと思う・・・法律上の形式を重視すると、結論がおかしくなるケースが多々生じる・・・信託型ストックオプションも、実質的には、発行会社がストックオプションを役員・従業員等に付与していることは間違いない・・・そして、受託者である信託会社は、ストックオプションに関する決定権を有していないのだから・・・実質的には、発行会社が役員・従業員等にストックオプションを付与したと解するのが妥当である・・・もともと、このスキームは、給与所得の課税を回避し、譲渡所得にするために、頭の良い弁護士が考えたものだ・・・」 中尾統括官の語調が強くなる。 「・・・法解釈の出発点である文理解釈から離れて、発行会社と受託者はイコールであるという飛躍した解釈は、許されるのでしょうか?」 浅田調査官は、まだ、納得しない表情をしている。 (つづく)
《速報解説》 JICPAが「サイバーセキュリティリスクへの監査人の対応」に係る研究文書を公表 ~被監査会社でのインシデント発生時に必要となる監査上の対応等を紹介~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年5月30日、日本公認会計士協会は、「サイバーセキュリティリスクへの監査人の対応(研究文書)」(テクノロジー委員会研究文書第10号)を公表した。 研究文書は、財務諸表監査や財務報告に係る内部統制の監査において、サイバーセキュリティリスクを考慮する重要性の増加を踏まえ、監査を実施するに当たっての留意点などについて研究したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ サイバーセキュリティリスクと財務諸表監査・内部統制監査の関係 サイバーセキュリティ・インシデントとして、フィッシングメール、不正アクセス、ランサムウェアなどを紹介し、財務諸表監査における、サイバーセキュリティリスクの識別と評価、及び当該リスクへの対応は、リスクが顕在化した場合に監査へどのような影響を与えるかを考慮した上で実施することが重要と考えられると記載している。 財務報告に影響を与える代表的なリスクとしては、データ漏洩、データ改竄、システム停止及び暗号化があり、これらのリスクの顕在化によって、損失の見積りが必要になる可能性や財務諸表を適時かつ正確に開示できなくなる可能性がある。 Ⅲ 通常の財務諸表監査・内部統制監査における対応(平時の対応) サイバーセキュリティリスクはどの企業においても晒されているリスクであり、財務諸表監査では、重要な虚偽表示リスクの識別と評価における考慮事項として、サイバーセキュリティリスクに関する企業の環境及び内部統制システムを理解することが求められると考えられる。 Ⅳ サイバーセキュリティ・インシデント発生時の対応(有事の対応) インシデントが発生した旨の通知を受けた際には、事実関係及びその影響範囲を踏まえて、財務報告への重要な影響の有無について判断することになると考えられる。 当該判断を行う際に想定される検討項目例(発生日時、発生範囲、影響など)が記載されている。 財務報告への重要な影響(開示等)の有無について評価することになるが、当該評価に当たっては、復旧費用、調査費用、補償費用、規制当局に対する罰金等、既に顕在化している費用に加え、例えば、機密情報(取引先の情報を含む)や個人情報の漏洩を原因とする訴訟費用、取引先等との関係において重要な債務履行ができなかったこと等に起因する損害賠償金等、将来の費用又は損失に対する引当金の計上や偶発債務等の開示を検討することが考えられる。 インシデントの発生を完全に防止することは困難であり、インシデントの発生が直ちに不備の存在を示すものではない。 しかしながら、インシデントの発生により財務報告に重要な影響が生じている場合には、内部統制の不備が存在している可能性があると考えられる。インシデントが発生した原因を明らかにするとともに、それらの原因を分析して、内部統制の不備の識別と評価を行い、追加手続を実施する。 インシデントが発生したことを決算日後、監査報告書日までの間に会社が検知した場合、それが後発事象に該当するか否かを検討することが考えられる。 インシデントの検知が決算日後であったとしても、不正アクセス等の実質的な原因となるサイバー攻撃は決算日以前に行われている可能性があり、インシデントの発生経緯を詳細に検討することが重要である。 例えば、不正アクセス等が決算日以前に行われており、情報の窃取やランサムウェアによる情報の暗号化等の被害も決算日以前に発生しているのであれば、当該インシデントは後発事象ではなく決算日以前に発生したインシデントとして取り扱うことになると考えられる。 (了)
《速報解説》 国税庁、インボイスに関して 「多く寄せられる質問(令和6年4月以降版)」を更新 ~課税売上高1,000万円以下の登録事業者が1,000万円超となった場合の届出は不要~ Profession Journal編集部 既報のとおり、令和6年4月10日にインボイスに関して「多く寄せられるご質問」の令和6年4月以降版が国税庁から公表されたところ、5月30日にこの内容が更新され、新たに2つの設問が追加された。 新たに追加された設問は次のとおり。 まず、問ⓑでは、物品切手等を割引・割増価格により購入した場合の仕入控除税額の算出方法が質問されており、物品切手等を割引価格にて購入した場合は、受領した適格請求書等に記載された金額により仕入控除税額を算出し、実際に支払った金額との差額を雑収入等(消費税課税対象外の売上げ)として計上するとしているが、実際に支払った金額により、仕入控除税額を算出しても差し支えないとしている。 一方、割増価格で購入した場合には、受領した適格請求書等に記載された金額を上限として仕入控除税額を算出することとなる旨を明らかにしている。 また、問ⓒでは「当社は、適格請求書発行事業者です。この度、基準期間における課税売上高が1,000万円を超えることとなりましたが、『消費税課税事業者届出書』の提出は必要でしょうか。」という問いに対して、適格請求書発行事業者は、基準期間における課税売上高が1,000万円を超えるかどうか等にかかわらず、課税事業者となることから、適格請求書発行事業者の登録を受けている課税期間(登録日の属する課税期間の翌課税期間以後の課税期間に限る)については、「消費税課税事業者選択・・届出書」の提出を行った場合と同様に、「消費税課税事業者届出書」を提出しなくて差し支えない旨を回答している。 2割特例を適用するため、本来基準期間における課税売上高が1,000万円に満たない免税事業者がインボイス制度を機に適格請求書発行事業者となるケースも多くみられるが、このような事業者が基準期間における課税売上高が1,000万円を超えた場合には「消費税課税事業者届出書」を提出は不要との見解を示している。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2024年5月30日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.571を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第38回】 「質問検査に関する租税権力関係説的構成と租税債務関係説的構成」 -荒川民商事件・最決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回までは、申告納税制度における各措置に関する判例として、納税者による第一次的確定権の行使及び第一次的確定義務の履行としての納税申告(谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」第11回2参照)に関する判例やこれに関連して加算税及び更正の請求に関する判例を取り上げ検討してきたが、今回からは、税務官庁による第二次的確定権の行使及び第二次的確定義務の履行としての課税処分(同第15回1参照)に関する判例を取り上げ検討することにする(その検討において重視する考え方に関連して、申告納税制度の体系的把握については同第11回2、それによる納税義務の確定に係る相互チェック構造については同第15回2参照)。 今回は、国税通則法が課税処分の前提要件として定める税務官庁の「調査」(24条~26条)の要件・手続に関する判例の基本的立場を確立した荒川民商事件・最決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁(以下「昭和48年最決」という)を取り上げ検討することにする。この判決は、「調査」の憲法(35条・38条等)適合性に関する川崎民商事件・最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(以下「昭和47年最大判」という)と並んで「調査」に関する基本判例である。 Ⅱ 質問検査に関する租税権力関係説的構成と広範な調査裁量の許容 上記の両事件に関する最高裁判断の関係について、昭和48年最決に関する調査官解説(柴田孝夫「判解」最判解刑事篇(昭和48年度)99頁、102-103頁)は次のとおり述べ(下線筆者)、昭和48年最決を「これに応えたもの」(同103頁)とみる見解を示した。 ただ、質問検査に関する税務官庁と納税者との法律関係について、「一般的権限と一般的受忍義務という構造」(柴田・前掲「判解」103頁)に基づき「いわゆる租税権力関係説的な理解」(同頁)を示した点では、昭和48年最決は昭和47年最大判と同じ基本的立場に立つものと解されている(同頁参照)。ここでは、このような理解に基づく質問検査に関する法律関係の法的構成を「質問検査に関する租税権力関係説的構成」と呼ぶことにして、その内容を両判断に即してみておくことにすると、まず、昭和48年最決は次のとおり判示した(下線筆者)。 この判示は、昭和47年最大判の次の判示(下線筆者)を要約したものと解される。 このように、昭和48年最決も昭和47年最大判と同じ基本的立場に立って、質問検査に関する法律関係につき「租税権力関係説的な理解」(柴田・前掲「判解」103頁)を示したものと解するのは妥当であると考えるところであるが、そこでいう「権力関係」は、勿論、実力行使を伴う直接的物理的強制を要素とする「ナマの権力関係」ではなく、税法が「国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現する」(昭和47年最大判)という立法政策的考慮に基づき間接的心理的強制という法技術を用いて認めた「立法政策的・法技術的な権力関係」にとどまるものと解される。昭和48年最決に関する調査官解説も、「本決定においては、徴税方式自体はいずれかといえば一つの技術であるにとどまるとする見解が採られているということになろうか。」(柴田・前掲「判解」103頁)と述べているところである。 とはいえ、その立法政策的・法技術的な権力関係は、調査妨害犯としての処罰可能性による間接的心理的強制という形で現れているだけでなく、昭和48年最決が下記のとおり判示して(下線筆者)認めたところの、質問検査に関する税務職員の広範な裁量(以下「調査裁量」という)という形でも現れていると考えられる。税務職員が質問検査の相手方を調査妨害犯により告発することは実際にはほとんどなく、稀に起訴され有罪とされた場合でも罰金額は少額にとどまるのが通例であること(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【137】参照)を考えると、むしろ後者の調査裁量こそがそのような権力関係を具現するものといってよかろう。 以上のようにみてくると、質問検査に関する租税権力関係説的構成は、立法政策的・法技術的には、「質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目」を税務職員の「合理的な選択」に係る調査裁量に委ねることにするものといえよう。ここで問題となるのは調査裁量の限界をどのように考えるかである。 この点について、昭和48年最決は前記引用判示中の「質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり」という説示をもって調査裁量の限界を示しており、その限界を次のとおり法的に実効性のあるものとして評価する見解(金子宏「判批」行政判例百選Ⅱ・別冊ジュリスト62号(1979年)263頁、264頁。傍点原文)もみられた。 しかし、昭和48年最決の示した調査裁量の限界はやはり抽象的であるが故に、質問検査の実施に係る「合理的な選択」は広範な裁量を伴うものといわざるを得ない。したがって、税務官庁による調査裁量の行使が恣意にわたることのないよう「調査裁量の法的統制」が必要とされる(曽和俊文『行政調査の法的統制』(弘文堂・2019年)325頁以下参照)。そのためには、税務官庁による裁量基準の定立のほか、立法による質問検査手続の整備が必要であるといえよう。この点については次のように説かれてきたところである(曽和俊文「税務調査判例の展開と行政調査論」論究ジュリスト3号(2012年)47頁、52頁)。 Ⅲ 質問検査に関する租税債務関係説的構成と調査裁量の法的統制 立法による質問検査手続の整備は平成23年度[11月]税制改正によって大きく進展した(日本弁護士会連合会日弁連税制委員会編『国税通則法コンメンタール 税務調査手続編』(日本法令・2023年)149頁参照)。ただ、昭和48年最決の当時から、「いわゆる申告納税方式が採られているということのうちに、実体的手続的な租税関係の全体を貫く基本原理を読みとる立場がある」(柴田・前掲「判解」103頁。下線筆者)ことは認識されており、その立場から調査裁量の法的統制が説かれていたところである。 例えば、事前調査について次のとおり説いてこれを原則として許容しない見解(清永敬次「税法上の質問検査権に関する若干の問題」税経通信26巻13号(1971年)20頁、21頁。下線筆者)がみられた。 また、調査の必要性について一般的必要性だけでなく個別的必要性をも要する旨を説く見解は、そのように解する根拠として次のものを挙げていた(北野弘久編『質問検査権の法理』(成文堂・1974年)19-20頁[北野弘久執筆]。下線筆者)。 これらの見解をみると、確かに、その基礎(の少なくとも一部)には、申告納税制度の構造から前記の「実体的手続的な租税関係の全体を貫く基本原理」を読みとる立場があるように思われる。その構造は、基本的には、納税義務の確定に関する納税者の第一次的確定権と税務官庁の第二次的確定権によって構成されるものであるが、筆者はその構造を「申告納税制度における相互チェック構造」(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)855頁[初出・1995年])と呼んできた。 申告納税制度における相互チェック構造は、納税義務の確定に関する租税債務関係説的構成に基づいて構想したものであるが、その構成は、課税要件法を、国民の納税義務を創設する権限を税務官庁に付与する授権法・手続法としてではなく、国と国民との間の租税債権債務関係を規律する実体法として性格づける租税債務関係説の考え方を、納税義務の確定に関する法的構成にまで、貫徹したものである(前掲拙著『税法創造論』845頁[初出・1995年]参照)。 租税債務関係説は、そもそも、納税義務を、課税要件の充足によって法律上当然に成立する一種の法定債務として構成する考え方(「1個の事実に対する、課税要件と納税義務との1対1対応の考え方」)であり、納税義務の成立に関する法すなわち課税要件法の領域から、税務官庁の形成的・裁量的判断の余地を法理論上完全に排除するものである(前掲拙著『税法創造論』18-20頁[初出・2020年]、同『税法基本講義』【12】参照)。 そうすると、納税義務の確定に関する租税債務関係説的構成は、納税義務の確定につき行政裁量統制を徹底させようとするものといえるが、納税義務の確定に関する税務官庁の第二次的確定権の行使による課税処分のための調査(質問検査)についても、同様の帰結をもたらすことになろう。つまり、質問検査に関する税務官庁と納税者との法律関係を租税債務関係説に基づき構成すること(質問検査に関する租税債務関係説的構成)は、調査裁量の法的統制に資することになると考えられるのである。 質問検査に関する租税債務関係説的構成は、質問検査に関する税務官庁と納税者との法律関係を、「一般的権限と一般的受忍義務という構造」(柴田・前掲「判解」103頁)に基づき「いわゆる租税権力関係説的な理解」(同頁)に従って構成するのではなく、「いわゆる申告納税方式が採られているということのうちに、実体的手続的な租税関係の全体を貫く基本原理を読みとる立場」(同頁)に立って申告納税制度における相互チェック構造に基づき個別的に具体化し構成することを可能にし、かつ、要請するものといえよう。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、昭和47年最大判及び昭和48年最決の判断の基礎にあると考えられる、質問検査に関する租税権力関係説的構成が広範な調査裁量を認めるものであることを指摘した上で、質問検査に関する租税債務関係説的構成の観点から調査裁量の法的統制のあり方について検討し、質問検査の領域においても申告納税制度における相互チェック構造の個別的具体化の必要性を説いたところである。 申告納税制度における相互チェック構造は、税法における適正手続保障の原則すなわち手続的保障原則(前掲拙著『税法創造論』42-44頁[初出・2020年]、同『税法基本講義』【27】参照)を質問検査の手続を含む納税義務の確定手続についても具体化することを可能にするものである。 昭和48年最決が広範な調査裁量を許容する考え方を示した後、質問検査手続の立法による整備の必要性が多くの論者によって説かれてきたが、平成23年の国税通則法改正による質問検査に関する手続的整備(これについて詳しくは日本弁護士会連合会日弁連税制委員会編・前掲書参照)はこれに応えるものとして高く評価されるべきものであると同時に、質問検査に関する租税債務関係説的構成の観点から更なる改善を進めていくべきものでもあろう。 (了)
マンション評価通達の内容と実務への影響 【第1回】 拓殖大学商学部教授 税理士 安部 和彦 1 はじめに 相続財産のうち、不動産はかつてから時価と相続税評価額との乖離、すなわち、時価よりも相続税評価額が優に低いという「実態」を利用したタックスプランニングに利用されてきたが、近年、その乖離が都市部のマンションで無視できないほど大きくなったことから、「濫用的」と言っていいほど目に余る租税回避事案が横行していた。その象徴的な事案が、最高裁令和4年4月19日判決・民集76巻4号411頁(TAINSコード:Z888-2406)であったといえる。 当該判決に対しては、識者の間では、評基通総則6項の適用をめぐる議論に焦点が当たっていた感があるが(※1)、筆者はかつてから、当該事案の最大の論点は、時価と相続税評価額との乖離を長年許容(ないし放置?)してきた課税庁の「不作為(路線価の設定誤り)」ではなかったのではないかと主張してきた(※2)。 (※1) 例えば、増田英敏「最高裁令和4年4月19日判決の意義と問題点」『租税訴訟』第16号37-67頁、大淵博義「マンション・非上場株式の時価を巡る二つの最高裁判決等の検証」『租税訴訟』第16号69-100頁等参照。 (※2) 拙稿「タワーマンションにおける財産評価の論点」『税経通信』2016年2月号14-16頁及び拙稿「路線価と時価とが乖離した不動産に対する評基通6項の適用基準」『税理』2020年11月号147-148頁等参照。 残念ながら上記裁判では筆者の関心事が取り上げられることはなかったが、幸いなことに、連立与党の令和5年度税制改正大綱において、「相続税におけるマンションの評価方法については、相続税法の時価主義の下、市場価格との乖離の実態を踏まえ、適正化を検討する(※3)。」旨が指摘され、にわかに当該「乖離」をどのように埋めるのかという論点(そのための方策)が浮上してきたのである。 (※3) 自民党・公明党「令和5年度 税制改正大綱」(令和4年12月16日)21頁。 当該大綱による「指示」に基づき、国税庁は令和5年1月に「マンションに係る財産評価通達に関する有識者会議」を設置し、以後3回にわたって当該乖離を埋めるための方策が検討されてきた。有識者会議での議論の成果は、令和5年7月21日付で「居住用の区分所有財産の評価について」の法令解釈通達(案)として公表され(※4)、同案は意見募集手続(パブリック・コメント)に付された上で個別通達(令和5年9月28日付課評2-74ほか1課共同「居住用の区分所有財産の評価について」(法令解釈通達)、以下「マンション評価通達」と称する)として結実するに至った。 (※4) 通達(案)段階での筆者の検討内容については、拙稿「マンション評価に関する通達案の概要と論点整理~明らかとなった6割水準評価等への理論・実務的な検証」Profession Journal No.530参照。 本稿では、先に公表され令和6年1月1日以後に相続、贈与又は遺贈により取得する居住用の(※5)区分所有財産(分譲マンション(※6))への適用が始まっている当該マンション評価通達の内容と実務上の留意点について、以下で解説していきたい。 (※5) 居住用以外の用に供されているものに係る区分所有権及び敷地利用権、すなわち店舗や事務所等は適用対象外である。 (※6) 国税庁資産評価企画官情報第2号「『居住用の区分所有財産の評価について』(法令解釈通達)の趣旨について(情報)」(令和5年10月11日)3頁参照。 2 マンション評価通達の内容 (1) 一室の区分所有権等に係る敷地利用権の価額 マンション評価通達とは、具体的には、財産評価関係の個別通達に「居住用の区分所有財産の評価について(法令解釈通達)」に関する規定が新設され、用語の定義を示したのち、(ア)一室の区分所有権等に係る敷地利用権の価額(マンションの敷地部分)と、(イ)一室の区分所有権等に係る区分所有権の価額(マンションの建物部分)の評価方法が定められたというものである。 当該評価方法において中心となる概念は、市場価格と(従来の)相続税評価額との乖離を示した「評価乖離率」である。ここでいう評価乖離率とは、通達によれば以下の算式で求めた値となるが、当該算式中の4つの指数は、相続税評価額が市場価格と乖離する要因である「築年数」、「総階数」、「所在階」及び「敷地持分狭小度」にそれぞれ対応する(※7)。 (※7) 国税庁「第2回 マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」(令和5年6月1日)別添2資料2頁参照。 (注) いずれも小数点以下第4位を切り上げる 要するに、当該算式は、「築年数」、「総階数」、「所在階」及び「敷地持分狭小度」という4つの指数から統計的に居住用の区分所有財産の市場価格(市場価格理論値)を求めるモデルである。非常に意欲的で興味深い試みであると評価できよう。 次に、一室の区分所有権等に係る敷地利用権の価額についてみると、以下の算式で評価することとなる。 なお、上記算式中の「区分所有補正率」は、1を前述の「評価乖離率」で除した「評価水準(※8)」に応じて、以下の区分により算定される。 (※8) 相続税評価額を市場価格(市場価格理論値)で除した値でもある。 上記①及び②の場合、自用地としての価額に評価乖離率を乗じて一旦市場価格を求め、①のケースについては「市場価格<相続税評価額」となるため当該市場価格を評価額とし、②のケースについては更に0.6を乗じて最低評価額(市場価格の6割)を求めるという算式になっている。③の場合は、市場価格と相続税評価額との間の乖離が比較的小さいことから、相続税評価額をそのまま使用する(補正なし)ということになる。 上記①~③の適用状況を図で示すと以下の通りとなる(青の実線が見直し前、オレンジの実線が見直し後を示す)。 (出典) 国税庁「第3回 マンションに係る財産評価基本通達に関する有識者会議」(令和5年6月22日)別添2資料3頁を基に筆者作成 (2) 一室の区分所有権等に係る区分所有権の価額 一室の区分所有権等に係る区分所有権の価額、すなわちマンションの建物部分の価額は、以下の算式で評価することとなる。 なお、上記算式中の「区分所有補正率」は、前掲(1)の①~③の区分に応じた「区分所有補正率」を用いることとなる。 (3) 適用時期 令和6(2024)年1月1日以後に相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価について適用される。 (4) 「案」との相違点 通達の案段階のものと成案との間の差異はほとんどないが、一点注目されるのは、評価乖離率がゼロ(零)又は負の値となる可能性について言及していることで、成案では評価乖離率がゼロ又は負の値となる場合には、評価しないとしている(通達2、3参照)。この点については後述の4(3)でも触れたい。 (5) 通達に基づく評価方法のフローチャート 国税庁が令和6年5月14日付で公表した資産評価企画官情報第2号「居住用の区分所有財産の評価に関するQ&A」(情報)の別添2頁に、通達に基づく評価方法のフローチャートが掲載されているので、以下に転載しておく。 〇 居住用の区分所有財産の評価方法のフローチャート(概要) (【第2回】に続く)