酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第92回】 「法令相互間の適用原則から読み解く租税法(その2)」 ~形式的効力の原則~ 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅱ 形式的効力の原則 1 概観 続いて、形式的効力の原則を確認しよう。 形式的効力の原則とは、上位法が下位法に優先するという原則である。 すなわち、憲法が法律の上に立ち、法律は政令の上に立ち、政令は省令・規則の上に立つという上下の関係が法令にはあるが、仮に2つ以上の種類の法令の内容が矛盾するときには、上位の法令が下位の法令に優先するわけである。 したがって、憲法違反の法律は無効であり、法律違反の政省令は無効となる。 なお、憲法と条約との間の優先関係については議論があるが、条約優位説が有力である。 ここの条約優位説とは、条約を上位規範とみて、憲法を下位規範とみる考え方であり、憲法優位説に対立する考え方である。 また、法律と条約との関係では条約が優先すると解すべきであろう。 さて、ここでは、形式的効力の原則の観点から、法律や政省令の効力が争点となった事例をいくつか紹介しよう。 2 遡及課税事案 納税者に不利益な租税法規の遡及適用に合理性があるか否かが争点とされた事例として、福岡地裁平成20年1月29日判決(判時2003号43頁)がある。この事件において、同地裁は、平成16年度所得税法改正において土地の譲渡損失に対する損益通算の制限を設けたことは、憲法84条の租税法律主義(租税法規不遡及の原則)に違反し、違憲無効と判断している。 なお、本件では、平成16年4月1日施行の法律の改正により、同年1月1日以後に行われた住宅の譲渡について、その損失の金額の損益通算が認められなくなっていた。すなわち、4月1日施行の法改正によって、それよりも前の譲渡損失の損益通算をも否定することは、租税法規不遡及の原則に違反するといえるかが争点となった。 福岡地裁の判示を見ておこう。 なお、福岡地裁は、上記判示に先立って憲法84条について次のように示している。 租税法律主義が要請する遡及立法禁止原則は、法令の時間的効力との関係でしばしば問題となるが、福岡地裁は憲法と法律の関係を考慮し、上記のような判断を示したものといえよう。 なお、法の適用に関する通則法2条《法律の施行期日》は、「法律は、公布の日から起算して20日を経過した日から施行する。ただし、法律でこれと異なる施行期日を定めたときは、その定めによる。」とするが、法の遡及適用は認められないと解すべきであろう。 憲法は、遡及課税を明文をもって否定しているわけではないものの、財産権の侵害規範たる租税法の遡及適用を憲法が認めているとは解されないとすれば、遡及課税を是とするような法律は、上位の憲法が優先され、無効となるというべきであろう。 もっとも、上記福岡地裁の判断について、控訴審福岡高裁平成20年10月21日判決(判時2035号20頁)は次のように示して、かかる判断を覆している。 ただし、かかる福岡高裁とて、形式的効力の原則を否定して原審の結論を覆しているわけではないことは明らかであり、遡及適用することに合理性があるときは、憲法に抵触しないという判断を示しているのである。 3 添付要件を付した施行令及び施行規則 法律で委任している範囲を越えているとして租税特別措置法施行令及び同法施行規則の規定が無効とされた事例として東京高裁平成7年11月28日判決(行集46巻10=11号1046頁)は次のように示す。 このように、本件では、政令以下の定める手続的事項が問題となっている。 そして、同高裁は次のように示して、本件規定を無効と示した。 法律の有効な委任がないのに、追加的な課税要件として手続的な事項を定めるような政令以下の定めは、法律と政省令の上位下位の関係に反するものとして認められないという判断が示されているのである。 4 政令が規定するプロラタ計算 その他、資本の払戻しのみなし配当の規定に係るいわゆるプロラタ計算(法令23①四)について、法人税法の委任を受けて政令で定める「株式又は出資に対応する部分の金額」(法法24①柱書)の計算の方法に従って計算した結果、利益剰余金を原資とする部分の剰余金の配当の額が「株式又は出資に対応する部分の金額」に含まれることとなる場合には、かかる政令の定めは、そのような計算結果となる限りにおいて法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効であるとした東京地裁平成29年12月6日判決(判例集未登載)がある。 紙幅の都合、事案の詳細に触れることはできないが、東京地裁平成29年12月6日判決は、法人税法施行令23条《所有株式に対応する資本金等の額又は連結個別資本金等の額の計算方法等》1項4号に規定するプロラタ計算が違法・無効となる場合があると断じ、注目を集めた。 同地裁は、このように法人税法の趣旨を考慮した上で、次のように結論付けている。 すなわち、資本剰余金と利益剰余金の双方を原資とする剰余金の配当の場合、全体を資本の払戻しと解すべきであり、法人税法施行令23条1項3号(現行4号)のプロラタ計算においては、「当該剰余金の配当により減少した資本剰余金の額を超える『払戻し等の直前の払戻等対応資本金額等』が算出される結果となる限り」において、法人税法施行令の規定は違法・無効となると断じている。 ここでは、法人税法施行令23条1項3号の規定が法人税法24条《配当等の額とみなす金額》1項3号の委任の範囲を逸脱した違法なものであると判断しており、形式的効力の原則の考え方に沿っているものといえよう。 なお、この事件は控訴されたが、東京高裁令和元年5月9日判決(判例集未登載)も原審判断を維持している。 (※) なお、東京高裁は、法人税法24条1項3号の「剰余金の配当(資本剰余金の額の減少に伴うもの・・・)」の意義については、原審とは異なる解釈を展開し、原則として、「資本剰余金の額の減少によって行う剰余金の配当・・・」をいうとした上で、「剰余金の配当」が同号の対象となるかどうかは、株主総会等の私法上の決議によって行われた個々の配当ごとに、その原資に応じて判断されるものとするとしている。 5 小括 このように、問題となった法令が形式的効力の原則に反するとの判断が示されることがある。 なお、租税法領域において、憲法違反の判断が下されることは少ないということも付言しておきたい。 これは、租税は、国家の財政需要を充足するという本来の機能のほか、国政全般からの総合的な政策判断を必要とし、課税要件等を定めるについても極めて専門技術的な判断を必要とすることから、租税法の定立については、立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかなく、裁判所は基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないという、いわゆる大嶋訴訟最高裁昭和60年3月27日大法廷判決(民集39巻2号247頁)で示された判断基準が判例として構築されていることによるものである。 もっとも、憲法違反が判断されることは少ないとはいっても、上記に示した形式的効力の原則に反するような法令の制定には憲法違反が判断されることもあるのである。 (続く)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第45回】 「租税法律主義の基礎理論」 -課税要件法定主義と課税要件明確主義- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、金子宏教授による租税法律主義の機能的考察について検討を加え、それを法の支配による租税法律主義のコーティングとして理解した上で、法の支配によるコーティングを租税法律主義の「総仕上げ」とみることができること及びそのような「総仕上げ」後の租税法律主義の内容として課税要件法定主義、課税要件明確主義、合法性の原則、手続的保障原則、遡及立法の禁止及び納税者の権利保護の6つが挙げられていることを述べた。 金子宏教授による租税法律主義の「総仕上げ」はまさに租税法律主義の「体系化」というべきものであるが、その「体系」を構成する租税法律主義の内容を、租税法律主義が前提とする権力分立制に関する現行憲法の規定順に整理すると、租税法律主義は、「法律に基づく課税」を基本的な内容(根本原則)とした上で、(ⅰ)立法に関する原則として、①課税要件法定主義、②課税要件明確主義、③遡及立法の禁止、④手続的保障原則、(ⅱ)行政に関する原則として、⑤合法性の原則、(ⅲ)行政及び司法に関する原則として、⑥納税者の権利保護、を個別的な内容(下位原則)として、「体系化」することができよう。 今回から上記の順に租税法律主義の各内容(下位原則)について検討するが、今回は、上記の①及び②について検討することにする。 Ⅱ 課税要件法定主義と課税要件明確主義の「棲み分け」 課税要件法定主義と課税要件明確主義は、「教科書的」には、前者は特に税法における命令委任に関して、後者は特に税法における不確定概念の使用に関して、問題とされることが多い。 例えば、秋田市国民健康保険税条例事件・仙台高裁秋田支部判昭和57年7月23日行集33巻7号1616頁の次の判示(下線筆者)は、その典型的な例である。 Ⅲ 課税要件法定主義と課税要件明確主義の「一体性」 もっとも、法律による命令委任と不確定概念の使用とは、行政にとっては、法規の定立と執行という点で、問題となる場面を区別することができるとしても、法律が裁量的な判断権限を行政に授権するという点では、共通している。 この点に着目すると、命令委任については、「委任の目的・内容および程度」に関して「具体的・個別的委任」は許されるが「一般的・白紙的委任」は許されないと考えられているが(金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)82頁、拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2016年)【30】等)、これは、行政による法規の定立に係る裁量権行使(行政立法裁量)を統制しようとする考え方とみることができる。 また、不確定概念の使用については、不確定概念を①「終局目的ないし価値概念を内容とする不確定概念」と②「中間目的ないし経験概念を内容とする不確定概念」の2つに区別した上で、前者①を用いた規定を課税要件明確主義に反し無効とするのに対して、後者②を用いた規定は「一見不明確に見えても、法の趣旨・目的に照らしてその意義を明確になしうるもの」であり「租税行政庁に自由裁量を認めるもの」ではなく、「その必要性と合理性が認められる限り」課税要件明確主義に反するものではないと考えられているが(金子・前掲書85-86頁)、これは、行政による法規の執行の前提となる要件判断に係る裁量権行使(要件裁量)を統制しようとする考え方とみることができる。 以上のいずれの考え方においても、行政裁量(行政立法裁量及び要件裁量)の統制が必要とされるが、そのためには租税法律の規律密度(規律の事項及び程度に係る密度)を高めることが必要とされる。この点において、「課税要件法定主義と課税要件明確主義には重複する部分がある。法律が公課の要件を規律する密度(明確性)は、逆に見れば、法律が公課について行政に決定を委任する程度といえるからである。」(山本隆司『判例から探究する行政法』(有斐閣・2012年)8頁[初出・2009年])との指摘は正鵠を射るものである。 このことをわが国における租税法律主義の展開に関する筆者の最近の研究成果(「租税法律主義(憲法84条)」日税研論集77号(近刊))に即して言い換えれば、現行憲法下の租税法律主義は、民主主義的再構成(第34回Ⅱ、第43回Ⅳ参照)及び債務関係説的再構成(第3回Ⅲ、第34回Ⅲ、第43回Ⅳ参照)と、「私人に対し行動の帰結について予測可能性を保障することを眼目としている」(長谷部恭男『憲法〔第7版〕』(新世社・2018年)130頁)法の支配によるコーティング(前回Ⅲ参照)とを融合させ、租税法律の規律密度を高めるものであり、この意味において、課税要件法定主義と課税要件明確主義とは内容的に「一体」とみるべきものであるといえよう。 課税要件法定主義と課税要件明確主義とのこのような「(内容的)一体性」からすると、租税法律主義の内容についていずれか一方に偏した捉え方は正当ではない。例えば、「課税要件法定主義に対しては、ときとして、納税者にとっては、自ら負担すべき納税義務の内容が明確であること(課税要件明確主義)が最も重要であるから、課税要件が明確にされてさえいれば、政令・省令で定めてもよいのではないか、という意見を聞くことがある。しかし、これは租税法律主義における民主主義の要素を軽視するものであって、賛同しがたい。」(金子宏『租税法理論の形成と解明 上巻』(有斐閣・2010年)121頁[初出・2008年])との見解は正当である。 Ⅳ おわりに 今回は、課税要件法定主義及び課税要件明確主義について、両者の「(教科書的)棲み分け」をみた後「(内容的)一体性」を検討した。 その検討結果をまとめると、課税要件法定主義と課税要件明確主義は、現行憲法下では、「一体」となって租税法律主義の内容を構成するものであり、租税法律の規律密度を高めることによって行政裁量(行政立法裁量及び要件裁量)を厳格に統制し、もって租税法律主義の基本的性格である法律による行政の原理(第43回Ⅲ参照)を厳格化しようとするものであると考えるべきであろう。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第22回】 「増資時の「取引相場のない株式の評価」及び 「会社の税額」に与える影響」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 公認会計士・税理士 岩丸 涼一 相談内容 私は、40年前にA社を設立後、製造業を営むA社の社長として経営をしてきました。設立以来、私がA社株式のすべてを所有しており、株式上場を考えたことはありませんでした。 【A社の直前期の情報】 昨今の経営成績は、売上規模や業種を考えると収益性が低い状況が続いています。ただし、創業より無配当の方針であったことから純資産は潤沢です。 私は今年70歳を迎えましたが、息子が副社長として10年以上私を支えてくれていますので、近い将来、息子に全株式を贈与し事業承継しようと考えています。 そのような中、副社長の発案により、収益性改善を目的とした10億円超のIT事業投資が取締役会で決議され、ファイナンスについては私の手元資金から10億円の増資を行うこととなりました。 本件増資により、今後の事業承継等で留意すべきことはありますでしょうか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 「取引相場のない株式の評価」 非上場会社の同族株主等の株式の評価は、財産評価基本通達の「取引相場のない株式の評価」の原則的評価方式によります。具体的には、①類似業種比準価額方式、②純資産価額方式、③併用方式(①と②の併用)のいずれかの方法により評価することになります。どの方法を適用するかは、評価会社の会社規模(資産価額、従業員数及び取引金額)や評価会社が「特定の評価会社」に該当するかにより決定されます。 なお、A社は製造業なので、以下の「卸売業、小売・サービス業以外」の判定基準によります。 〈特定の評価会社〉 [2] 増資による社長の財産評価に与える効果 A社の従業員(現状100人)は70人以上であるため「大会社」に該当し、類似業種比準価額による株式評価を行うことになります。 増資により、社長個人の手元預金10億円がA社株式に変わりますが、通常、類似業種比準価額は純資産価額より低くなることが多く、結果として社長の個人財産の相続税評価額(現預金+A社株式)は増資により大きく引き下げられる可能性があります。 [3] 増資による株価評価に与える影響 増資により、特定の評価会社のうち「比準要素数1の会社」に該当する可能性については、留意が必要です。 本件増資後の資本金等は11億円(1億円+増資額10億円)となり、比準要素を算定する株式数は22,000,000株(11億円 ÷ 50円)となります。 A社は収益性の低い状況が続き、直前期の課税所得は0.1億円です。本件投資後も収益性が改善せず直前期の水準が継続した場合、比準要素のうち「利益金額」が0円となり(「利益金額」は1円未満切捨)、「比準要素数1の会社」に該当する可能性があります。 「比準要素数1の会社」の株価算定では純資産価額の75%を加味する必要があり、類似業種比準価額のみによる株式評価を行うことはできません。結果として株価は高くなることが一般的です。 なお、A社の純資産は潤沢ですので、「比準要素数1の会社」に該当するのを回避するために配当を行うことは、一考の余地があります。具体的には増資後に約500万円の配当を行うと、「配当金額」の比準要素を確保することができます。 ただし、配当を行い、かつ収益性が改善した場合は、株式評価の3つの比準要素(「配当金額」、「利益金額」及び「純資産価額(簿価)」)が高水準となり、一般的に株価は上昇しますので留意する必要があります。 [4] 増資による会社税額に与える影響 資本金等の増加により住民税均等割が増加することがあります。本件では、資本金等の区分が「1,000万円超~1億円以下」から「10億円超~50億円以下」に該当することとなり、支店数、従業者数によっては住民税均等割に大きな影響が生じる可能性があります。例えば、東京(23区内に本店所在、支店なし)を前提とすると、住民税均等割が20万円から229万円と年額209万円の増額となります。 また、増資により資本金が1億円超となる場合、事業税の税率変更、外形標準課税の適用があり、また、法人税の留保金課税が適用されることがあります。これらの影響を除外するために、増資と同時に無償減資を行い資本金を1億円まで減らすことが一般的です。 [5] 結論 増資は、「類似業種比準価額」算定上の株式数(1株当たりの資本金等の額を50円とした場合の株式数)を増加させます。A社のように収益性が低く、増資によって「利益金額」の比準要素が0円となった場合は株式評価に影響が生じます。 増資後、「利益金額」の比準要素を確保できるならば、社長の個人財産である預金がA社株式に形を変えることで一定の相続・事業承継対策になる可能性があります。対して、想定以上に収益性が改善した、もしくは配当を行い「配当金額」及び「利益金額」の比準要素が生じた場合は、A社の株価は上昇に転じる可能性があります。 したがって、本件増資は、今後の収益性改善予測及び配当政策、住民税均等割増税額を考慮していただく必要があります。 なお、「外形標準課税」や「留保金課税」を適用除外とするため、増資と同時に無償減資の手続を行い資本金の額を1億円まで減らす対応が一般的ですが、減資に際しては「株主総会の決議」及び「債権者保護手続」に一定期間が必要となりますので、決算期の時期についても留意する必要があります。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の 現行法上の問題点と今後の課題 【第6回】 「グループ通算制度」 公認会計士 佐藤 信祐 10 グループ通算制度における帳簿価額修正 (1) 帳簿価額修正後の離脱法人の株式の帳簿価額が離脱法人の簿価純資産価額に相当することの妥当性 連結納税制度と同様に、グループ通算制度においても帳簿価額修正の制度が残されているが、帳簿価額修正後の離脱法人の株式の帳簿価額が離脱法人の簿価純資産価額に相当する金額となっている(法令119の3⑤)。その結果、例えば、P社がA社(簿価純資産価額2,000百万円)を6,000百万円で買収した後に、9,000百万円で転売した事案を想定すると、単体納税であれば6,000百万円であったA社株式の帳簿価額が2,000百万円に引き下げられてしまうため、P社における株式譲渡益が4,000百万円増加してしまうという問題がある。これは、のれんのある法人を買収し、数年後に転売するときに生じやすい問題であると言える。 その一方で、グループ通算制度に加入する時点で資産及び負債のすべてが時価評価されていれば、加入時のA社株式の帳簿価額とA社の簿価純資産価額は一致しているため、離脱に伴う帳簿価額修正後のA社株式の帳簿価額を離脱時のA社の簿価純資産価額としても問題にはならない。すなわち、帳簿価額修正後の離脱法人の株式の帳簿価額が離脱法人の簿価純資産価額に相当する金額とすることについては、それなりの合理性があるということが言える。 この点については、グループ通算制度の加入に伴う時価評価の対象から除外されることにより、加入時に評価益が計上されない事案があるという批判も考えられる。しかしながら、グループ通算制度の加入に伴う時価評価の対象から除外するためには、通算親法人との間の完全支配関係継続要件が課されており(法法64の12①三・四、法令131の16③)、通算グループから離脱しないことを前提に時価評価課税の対象から除外されていることから、グループ通算制度の加入に伴う時価評価課税の対象から除外される法人があったとしても、上記の結論が変わるものではない。 さらに、例えば、帳簿価額が10百万円未満であることを理由として(法令131の16①二、131の15①四)、グループ通算制度の加入に伴う時価評価の対象から除外される資産がある場合には、加入時のA社株式の帳簿価額とA社の簿価純資産価額は一致しないことになる。この点については、時価評価課税の対象資産を限定しているのは、制度の簡素化が理由であることから、上記の結論に弊害があるのであれば、グループ通算制度の加入に伴う時価評価課税の対象となる資産の範囲を拡大すべきということになる。 (2) 単体納税制度に帳簿価額修正を導入することの妥当性 M&Aにおけるストラクチャーの分析において問題となるのは、含み損益が二重に発生しやすいという点である。すなわち、被買収会社が保有する資産に含み益がある場合には、その株主が保有する被買収会社株式にも含み益があるということになり、被買収会社が保有する資産に含み損がある場合には、その株主が保有する被買収会社株式にも含み損があるということになる。それだけでなく、被買収会社において利益が生じた場合には、その株主が保有する被買収会社株式に含み益があるということになり、被買収会社において損失が生じた場合には、その株主が保有する被買収会社株式に含み損があるということになる。 その結果、被買収会社に900百万円の繰越欠損金がある場合において、含み損益のある資産がないときは、被買収会社の株主において900百万円の株式譲渡損を認識し、買収会社が被買収会社と合併することにより900百万円の繰越欠損金を引き継ぐことができるため、二重に損失を利用することができるということになる。 さらに、被買収会社において900百万円の利益が生じた場合において、含み損益のある資産がないときは、被買収会社の株主において900百万円の株式譲渡益が生じることから、被買収会社の株主において生じる株式譲渡益には、被買収会社において課税済みの利益が含まれているということが言える。 つまり、損失の二重利用や利益の二重計上の問題は、グループ通算制度を導入していなくても問題になることがあるため、単体納税制度に帳簿価額修正の制度を導入することについては一定の合理性が認められる。 さらに、受取配当金と株式譲渡損の両建てを狙った節税スキームは、平成22年度税制改正及び令和2年度税制改正によりある程度は防がれているが、完全に防がれているわけでもないのに対し、単体納税制度に帳簿価額修正を導入すれば、受取配当金に相当する金額だけ帳簿価額が引き下げられることから、受取配当金と株式譲渡損の両建てを狙った節税スキームを利用することはできなくなる。 その一方で、被買収会社の保有する資産の含み損益を維持したまま帳簿価額修正を行ってしまうと、含み損益が実現される前の簿価純資産価額により帳簿価額修正が行われることから、損失の二重利用や利益の二重計上の問題が生じてしまう。この点については、グループ通算制度からの離脱に伴う時価評価課税(法法64の13)の対象を拡充することにより解決することができる。 単体納税制度において帳簿価額修正の制度を導入するにしても、すべての事案に対して要求すべきではなく、グループ法人税制の対象となる法人に限定すべきである。そして、グループ通算制度に加入する時点で資産及び負債のすべてが時価評価されていれば、加入時のA社株式の帳簿価額とA社の簿価純資産価額は一致しているため、離脱に伴う帳簿価額修正後のA社株式の帳簿価額を離脱時のA社の簿価純資産価額としても問題にはならないとしたが、そうであるならば、グループ法人税制に加入した時点で時価評価課税の対象にするということも検討すべきであると考えられる。 この点については、オーナー企業に対するM&Aにおいて、事業譲渡を行ってから清算分配金を交付する手法を採用した場合には、被買収会社において事業譲渡益が課され、被買収会社の株主において配当所得が生じるのに対し、被買収会社株式を譲渡する方式であれば、被買収会社が保有する資産の含み益に対する課税がなされずに、被買収会社の株主において譲渡所得が生じるのみであるため、課税の公平が図られていないということが言える。もし、グループ法人税制に加入した時点で時価評価課税の対象にすることができれば、この点についての問題も解決することができるということが言える。 11 小括 第1回から第6回までは、組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度に対する筆者の問題意識をまとめた。第1回から第6回までの内容をまとめると下記のようになる。 なお、本来であれば、グループ通算制度についても、発行済株式又は出資の総数又は総額の3分の2以上に相当する数又は金額の株式又は出資を保有する関係にまで広げるべきであると考えているが、第2回で解説したように、この点について分析するためには、諸外国の租税法を分析する必要があるため、ここではその対象から除外している。 * * * 次回以降では、いったんアカデミックな議論から離れ、一つひとつの条文を検証しながら、組織再編税制、グループ法人税制及びグループ通算制度の現行法上の問題点について分析する予定である。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第16回】 「〔第2表〕株式等保有特定会社外しの留意点」 税理士 柴田 健次 Q B社(倉庫業)とC社(建設業)を100%所有している社長が事業承継に伴い、社長の長男に株式を承継させるにあたり、株式交換によりA社を設立し、B社及びC社を子会社とした後に、A社設立後開業3年経過後に株式を長男に贈与する場合において、株式等保有特定会社に該当することを免れるためにA社が借入により収益物件を購入した場合には、株式等保有特定会社に該当しないものとして、一般の評価会社として類似業種比準価額と純資産価額を折衷させて評価しても問題ないでしょうか。 なお、A社は不動産賃貸業及びB社及びC社の財務管理、経営管理を行っていますが、従業員はいません。 A 株式等保有特定会社を免れるために資産を購入した場合には、その資産の購入はなかったものとして株式等保有特定会社に該当するかどうかを判定することとされているため、本問の場合には、株式等保有特定会社に該当し、純資産価額又は「S1+S2方式」(※)により評価することになります。 (※) 「S1+S2方式」について詳細は後述の③を参照。 ◆ ◆ ◆ ① 株式等保有特定会社の判定 課税時期における下記算式の割合が50%以上の場合には、株式等保有特定会社として、純資産価額又は「S1+S2方式」により評価することとされています(評価通達189(2)、189-3)。 株式等保有特定会社が規定された理由として、著しく株式等に偏っている会社については、原則的評価方式による評価額と適正な時価との乖離が問題になり、租税回避行為の原因ともなっていたため、平成2年の評価通達の改正により設けられました。 なお、評価会社が、株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社かどうかを判定する場合において、課税時期前において合理的な理由もなく評価会社の資産構成に変動があり、その変動が株式等保有特定会社又は土地保有特定会社に該当する評価会社と判定されることを免れるためのものと認められるときは、その変動はなかったものとして当該判定を行うものされています(評価通達189)。 ② 合理的な理由の判断基準 「合理的な理由があるかどうか」については、明確な判断基準はありませんが、租税回避行為の有無、資産購入と課税時期までの期間、長期的にも株式等保有特定会社に該当しないかどうか、原則的評価方式における評価額と株式等保有特定会社の評価額の差額、事業の必要性等を総合勘案して判断されるべきであると考えられます。 ③ 株式等保有特定会社の評価方法 評価通達189-3によれば、純資産価額による評価を原則としながらも「S1+S2方式」により評価することができるとされていますので、実務的にはいずれか低い価額により評価することになります。 「S1+S2方式」は、評価会社の財産の構成要素として株式等に係る部分(S2に対応する部分)と株式等以外の部分(S1に対応する部分)に分離して、株式等に係る部分(S2に対応する部分)は純資産価額のみで計算を行い、株式等以外の部分(S1に対応する部分)については、類似業種比準価額と純資産価額を折衷する方法により評価を行います。具体的には、評価明細の第7表及び第8表で評価することになります。 ☆実務上のポイント☆ 持株会社が形式的に株式等保有特定会社に該当しない場合においても、直前において資産構成に変動がないかを確認して、株式等保有特定会社に該当するか否かを判定する必要があります。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第64回】 「荒川民商事件」 ~最決昭和48年7月10日(刑集27巻7号1205頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〈ツボを押さえて理解する〉 仕訳のいらない会計基準 【第3回】 「会計基準のプロフィール紹介(前編)」 -日常的な会計処理に影響する会計基準- 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 会計基準の具体的な内容に入る前に、それぞれの会計基準がどんな性格を持つのか、全体の中での大まかな把握や比較ができた方がよいでしょう。 そこで、今回から3回にわたって、会計基準のプロフィールを紹介していきます。紹介する順番には特に意味はありません。第2回「会計基準の世界を俯瞰する」で分けたジャンルを踏まえて、その会計基準がどのジャンルにどの程度の割合で属しているか、円グラフのイメージを付しました。あくまで個人の見解によるものですが、こちらも参考にしてください。 〔ジャンル属性の説明〕 * * * 次回も引き続き会計基準のプロフィールを紹介します。5つのジャンルのうち「」と「」を中心に見ていきます。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第105回】 第一商品株式会社 「第三者委員会調査報告書(2020年4月30日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第一商品株式会社第三者委員会の概要】 【第一商品株式会社の概要】 第一商品株式会社(以下「第一商品」と略称する)は、1972(昭和47)年11月、新設合併により設立。商品先物取引業及び貴金属の現物販売業を事業内容とする。売上高4,626百万円、経常利益1,129百万円、従業員数245名(いずれも2020年3月期実績)。JASDAQ市場上場。本店所在地は東京都渋谷区。会計監査人は監査法人アリア(2020年3月25日付で、海南監査法人が退任)。 【第一商品第三者委員会調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 第一商品は、農林水産省及び経済産業省(以下「監督官庁」という)から、平成27年3月期から令和2年3月期第1四半期の決算に係る会計処理において、回収不能な長期貸付金(12億円)の回収を装った不正経理及び当該回収に関連した不可解な取引並びに使途不明金発生の可能性があるとの指摘を受けた。 第一商品は、当該指摘を踏まえ、事実経緯の正確な把握には、より深度ある客観的な調査が必要であるとの認識に至り、当社とは利害関係を有しない独立した外部専門家である弁護士に調査を委嘱すること、並びに当該弁護士が必要と判断した調査を行うことにより、事実関係の解明、原因の分析及び再発防止策の提示を依頼することを3月11日開催の取締役会において決議した。 2 第三者委員会の調査方針 第三者委員会が検討した監督官庁による指摘内容は次のとおりである。 そのうえで、第三者委員会は、以下の事項を調査対象とする方針を採用した。 3 第三者委員会による調査結果の概要 (1) 本件の全体像 第三者委員会は、調査結果の概要として、以下のように全体像をまとめている。 (2) 架空の広告宣伝費による貸付金回収偽装の関与者 第三者委員会の調査では、2015年3月期以降に〈甲社〉に対して広告宣伝費の名目で支出した資金による本件貸付金を回収偽装することについて、これを認識していたのは村瀬元会長、取締役副会長の山中教史氏(報告書上は〈I氏〉。以下「山中副会長」と略称する)、正垣達雄代表取締役社長(報告書上は〈B氏〉。以下「正垣社長」と略称する)及び前川邦彦取締役経理本部長(報告書上は〈F氏〉。以下「前川取締役」と略称する)らといったごく一部の役員・幹部職員に限られ、取締役会で議論された形跡はなかった。 また、アンケート調査によると、第一商品本部の役職員のなかには広告宣伝費の異常性を認識していた者もいたことがうかがわれるが、何らかの指摘や内部通報を行うなどして対応した形跡は見当たらなかった。 (3) 貸付金の回収偽装が行われた経緯 第三者委員会の調査によれば、〈乙社〉に対する貸付金には、第一商品の株式が担保として差し入れられており、貸付金残高と担保株式の時価との差額全額が貸倒引当金として計上されていた。その後、2014年の年末になって、会計監査人である海南監査法人は、担保権を実行したうえで、貸付金残額について貸倒損失として処理するよう指導を行った。 これを契機として、村崎元会長の意向を受けた山中副社長と前川取締役等役員・幹部職員が中心となり、担保権の実行を回避して貸付金を処理するために、2015年3月期以降に本件貸付金の回収偽装に及んだことが認められる。 上記(2)の広告宣伝費を仮装して流出した資金1,826百万円のうち、1,171百万円が本件貸付金の回収の名目で当社に還流している(残額29百万円は表面的には担保権の実行により充当)。 (4) 委託者未収入金の回収偽装と補填の関与者 第三者委員会の調査によれば、2014年3月期と2015年3月期に行われた顧客の取引証拠金口座の資金を無断流用した委託者未収入金の回収偽装は、当時会長職にあった村崎元会長が収益目標の達成を厳しく求めていたことを受けて、委託者未収入金の貸倒引当金の戻入益による利益操作を意図して、当時の代表取締役社長であった山中副会長らが、関係者に直接指示する形で実施されており、山中副会長らは、業務部の担当者に内線電話により直接口頭で資金流用する顧客名や回収偽装の対象となる顧客名、金額等を具体的に指示し、当該担当者は、関係する支店の担当者に電話連絡で当該指示を伝達することにより、支店の担当者は、伝票上の処理だけで顧客の取引証拠金口座間の入出金の処理を行っていた。 他方、委託者未収入金の回収偽装により流用した顧客の取引証拠金取引口座への補填は、2016年10月に当社の代表取締役社長に就任した正垣社長の指示により行われている。正垣社長は、2015年3月期から開始されていた本件貸付金の回収偽装を目的として行われた〈甲社〉に対する広告宣伝費を仮装した支払いの金額を、社長就任後の2017年3月期から増額して裏金を捻出し、前経営陣の負の遺産ともいえる顧客の取引証拠金口座の流用の穴埋めとして補填を企図したことがうかがえる。 4 原因分析(報告書35ページ以下) 第三者委員会は、再発防止策の提言が調査目的に含まれていることも踏まえて、その前提となる原因分析の結果を次のようにまとめている。 第三者委員会が「ガバナンスの機能不全」の一因として挙げた「監査役による監視・監督機能の問題」について、見ておきたい。第一商品監査役会は、調査時には、常勤監査役2名と社外監査役2名で構成されており、常勤監査役の2名は内部からの登用である。一方の社外監査役については、第一商品の2019年3月期有価証券報告書では、次のような説明がなされていた。 ※第一商品「2019年3月期有価証券報告書」32ページ「社外役員の状況」より抜粋 ところが、第三者委員会の評価は大きく異なっている。第三者委員会は、現在の社外監査役2名は、「いずれも商品先物取引関連事業の経営や業務に携わった経験がないため、業界特有の知見に基づく指摘等は行われることがなく、また社外の目線から当社のトップダウン型の判断プロセスを是正しようとする動きがとられた形跡もない」と評価したうえで、さらに、「監査役監査の体制は、外形上は他の上場企業と比較しても遜色がないといえるが、監査役の取締役に対する監視・監督が機能していたとは言い難い」として、「ガバナンスの機能不全」として、本件の原因となったと分析している。 なお、2017(平成29)年6月に就任した常勤監査役浅野信行氏を除く3名の監査役は、令和2年6月26日開催の定時株主総会終結の時をもって退任している。 5 再発防止策等の提言(報告書38ページ以下) 第三者委員会は、上記の原因分析を前提に、再発防止策等を次のように提言している。 【調査報告書の特徴】 歴代経営陣により連綿と続けられてきた会計不正が監督官庁の立入検査により表面化した。長年、会計監査人を欺いてきた経営陣であったが、監督官庁の目はごまかせなかった。 2016年10月に就任した正垣社長は、過去の負の遺産を一掃するために尽力したのは間違いないのだが、その手段が「架空の広告宣伝費」を増額するというものであり、こうした社長の姿勢に異を唱える取締役・監査役もまた、存在しなかったようである。 その結果、第一商品は、「取締役内部監査室長」を代表取締役社長に抜擢する人事を、5月1日に公表する。後述するように、調査開始時に11名いた取締役は5名となり、4名の監査役も3名が退任、新たに2名が選任されて3名体制となって、少なくとも表面上は、経営体制は刷新されているようである。新しい経営陣は、東京証券取引所による「特設注意市場銘柄指定」、監督官庁による20日間の営業停止の行政処分という厳しい状況でのスタートとなった。 1 公認会計士等の異動 第三者委員会による調査が継続中の3月26日、第一商品は、「公認会計士等の異動に関するお知らせ」と題したリリースで、会計監査人である海南監査法人が、3月25日付で退任することを公表した。3月期決算の上場会社で、3月下旬になって会計監査人が退任するというのはきわめて異例であるが、退任理由は次のとおりである(引用文における括弧書きは、筆者による補足)。 次いで、第一商品は、4月3日、「公認会計士等の異動及び一時会計監査人の選任に関するお知らせ」をリリースして、監査法人アリアを一時会計監査人に選任したことを公表した。監査法人アリアは、6月26日開催の定時株主総会で、会計監査人に選任されている。 2 代表取締役及び役員等の異動 第一商品は、本件の調査開始後、4月1日、5月1日及び29日と複数回にわたって、取締役の異動についてのリリースを公表している。その結果、2019年3月期の有価証券報告書に名前のあった取締役11名のうち7名が辞任又は退任し、監査役4名のうち3名が退任している。 〈取締役・監査役の異動状況〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (注1) 赤字は辞任を示す。 (注2) 青字は定時株主総会終結の時をもっての退任を示す。 なお、上記の表に記載のある取締役・監査役以外に、6月26日開催の定時株主総会で、社外取締役1名、社外監査役2名が選任されている。 3 不適切な会計処理に関する改善措置等 第一商品は、5月1日、「不適切な会計処理に関する改善措置等のお知らせ」をリリースして、第三者委員会による再発防止策等の提言を踏まえ、改善措置と経営体制を公表した。 改善措置としては、主に以下の4項目が挙げられている。 「コーポレート・ガバナンス体制の強化」では、経営における取締役及び執行役員の役割を明確化するとともに経営企画室及び内部監査室を取締役会の直轄部門とし、取締役会の意思決定及びガバナンス体制を補佐し、また、社外取締役の増強による取締役会への監視・監督機能を高めると説明している。 一方、「内部監査体制の強化」では、外部専門家を含めたコンプライアンス委員会を、取締役会から独立して設置して、取締役会による経営方針の策定や重要な意思決定に対して法規解釈に基づいた評価を実施するとともに、外部専門家をメンバーに加えることで社外の常識を重視し、利益相反状況を回避するとしている。 さらに、経営体制については、経営陣の責任の明確化のため、正垣社長をはじめ3名の取締役が辞任したこと、村瀬元会長との間で締結していた顧問契約を解除したこと、元代表取締役社長であった落岩邦俊氏が相談役を退任したことなど、刷新を図っている。 また、5月28日、第一商品は、「特別損失の計上に関するお知らせ」と題したリリースで、第三者委員会による調査及び過年度訂正処理に要した特別調査費用約172百万円が発生し、これを特別損失として令和2年3月期に計上することを公表している。 4 財務報告に係る内部統制の開示すべき重要な不備 第一商品は、6月19日付で、開示すべき重要な不備を記載する内部統制報告書を関東財務局長に提出したことを公表した。 リリースの中で、第一商品は、その原因について、「当社経営陣のコンプライアンス意識の欠如と、内部統制およびコーポレート・ガバナンスの機能不全等、全社的な内部統制が必ずしも十分に機能していなかったことにあると認識」しているとし、「第三者委員会からの指摘も踏まえ、これらの内部統制の不備が、財務報告に重要な影響を及ぼすこととなり、開示すべき重要な不備に該当すると判断」したことが明示されている。 5 東京証券取引所による特設注意市場銘柄指定及び上場契約違約金の徴求 7月10日、第一商品は、東京証券取引所から、特設注意市場銘柄の指定を受けるとともに、上場契約違約金2,000万円の支払いを求められたことを公表した。 その理由として、東京証券取引所は、第一商品は、第三者委員会の調査によって、長年にわたり歴代の代表取締役らが主導して、回収不能となっていた貸付金の回収偽装及び証拠金残高が不足した委託者に対する未収入金債権の回収偽装による貸倒引当金戻入益の過大計上、並びにこれらの偽装に用いる資金を捻出するための広告宣伝費の架空計上等の不適切な会計処理が行われていたことが明らかになった結果、第一商品は、決算短信等において上場規則に違反して虚偽と認められる開示を行い、2018年3月期及び2019年3月期では訂正によって各段階利益が赤字から黒字へ逆転することなどが判明したことは、投資者の投資判断に相当な影響を与える開示が適切に行われていなかったものであり、同社の内部管理体制等については改善の必要性が高いと認められることから、同社株式を特設注意市場銘柄に指定すると説明している。 また、こうした開示が行われた背景として、以下の点が認められるとしている。 6 8月7日付リリース「行政処分に関するお知らせ」 第一商品は、2019(令和元)年12月3日より実施された監督官庁の商品先物取引法及び犯罪による収益の移転防止に関する法律の規定に基づく立入検査の結果、8月7日、監督官庁より、行政処分が通知されたことを公表した。 (了)
税効果会計を学ぶ 【第14回】 「連結財務諸表固有の一時差異の取扱い②」 -子会社に対する投資に係る一時差異の取扱い- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、連結財務諸表固有の一時差異の取扱い(連結財務諸表)のうち、子会社に対する投資に係る一時差異の取扱いとして、次のものについて解説する。 「連結財務諸表固有の一時差異」とは、連結決算手続の結果として生じる一時差異のことをいい、課税所得計算には関係しないものである(税効果適用指針4項(5))。詳細は本シリーズの【第4回】を参照願いたい。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 子会社に対する投資に係る一時差異の取扱い 1 基本的な考え方 子会社に対し投資を行った時は、通常、親会社の個別貸借対照表上の投資簿価と当該投資の連結貸借対照表上の価額とは一致している(当該子会社株式の取得原価に含まれる取得関連費用を除く)。このため、連結財務諸表上、子会社に対する投資に係る一時差異は生じない(税効果適用指針103項)。 しかしながら、投資後に子会社が計上した損益、為替換算調整勘定、のれんの償却等により、子会社に対する投資の連結貸借対照表上の価額が変動する結果、親会社の個別貸借対照表上の投資簿価と当該投資の連結貸借対照表上の価額の間に差額が生じることになる(税効果適用指針104項)。 当該差額は、次の場合に親会社において納付する税金を増額又は減額する効果を有する。 このように将来の会計期間に親会社において納付する税金を増額又は減額する効果を有する場合、親会社の個別貸借対照表上の投資簿価と子会社に対する投資の連結貸借対照表上の価額との差額は連結財務諸表固有の一時差異に該当することになる(税効果適用指針104項)。 2 子会社に対する投資に係る連結財務諸表固有の一時差異の例示 子会社に対する投資に係る連結財務諸表固有の一時差異の例示として、次のものがあげられている(税効果適用指針107項)。 Ⅲ 子会社に対する投資に係る連結財務諸表固有の将来減算一時差異の取扱い 子会社に対する投資の連結貸借対照表上の価額が親会社の個別貸借対照表上の投資簿価を下回る場合、連結財務諸表固有の将来減算一時差異が生じる(税効果適用指針105項)。 子会社に対する投資に係る連結財務諸表固有の将来減算一時差異については、原則として、連結決算手続上、繰延税金資産を計上しない(税効果適用指針22項)。 ただし、次のいずれも満たす場合、繰延税金資産を計上する(税効果適用指針22項)。 なお、「負の値である場合の留保利益に係る連結財務諸表固有の将来減算一時差異の取扱い」については、税効果適用指針115項に規定されている。 Ⅳ 子会社に対する投資に係る連結財務諸表固有の将来加算一時差異の取扱い 子会社に対する投資の連結貸借対照表上の価額が親会社の個別貸借対照表上の投資簿価を上回る場合、連結財務諸表固有の将来加算一時差異が生じる(税効果適用指針106項)。 1 税効果適用指針24項以外の解消事由 子会社に対する投資に係る連結財務諸表固有の将来加算一時差異のうち、税効果適用指針24項に定めた解消事由以外により解消されるものについては、次のいずれも満たす場合を除いて、将来の会計期間において追加で納付が見込まれる税金の額を繰延税金負債として計上する(税効果適用指針23項)。 2 子会社の留保利益(税効果適用指針24項) 留保利益に係る連結財務諸表固有の将来加算一時差異については、通常、親会社は子会社の留保利益を配当金として受け取ることにより解消されることから、原則として、当該将来加算一時差異に係る繰延税金負債を計上することとなる。 このため、親会社が当該子会社の利益を配当しない方針を採っているなど、将来の会計期間において追加で納付する税金が見込まれない可能性が高い場合を除いて、繰延税金負債を計上することとなる(税効果適用指針108項)。 子会社に対する投資に係る連結財務諸表固有の将来加算一時差異のうち、子会社の留保利益(親会社の投資後に増加した子会社の利益剰余金をいう。このうち親会社持分相当額に限る)に係るもので、親会社が当該留保利益を配当金として受け取ることにより解消されるものについては、次のいずれかに該当する場合、将来の会計期間において追加で納付が見込まれる税金の額を繰延税金負債として計上する(税効果適用指針24項、109項~114項)。 親会社が当該子会社の利益を配当しない方針を採用している場合又は子会社の利益を配当しない方針について他の株主等との間に合意がある場合等、将来の会計期間において追加で納付する税金が見込まれない可能性が高いときは、繰延税金負債を計上しない(税効果適用指針24項)。 公認会計士・監査審査会による「監査事務所検査結果事例集(令和2事務年度版)」(2020年7月14日)の129ページでは、連結上の留保利益に対する税効果の検討に関して、次の指摘がなされているので、注意が必要である。 Ⅴ 子会社等に対する投資に係る連結財務諸表固有の一時差異の各項目の取扱い 税効果適用指針22項から24項に従って繰延税金資産又は繰延税金負債を計上する場合、当該繰延税金資産又は繰延税金負債は、次の場合を除いて、法人税等調整額を相手勘定として計上する(税効果適用指針27項、116項)。 (了)
ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第7回】 「被害者からの請求及び裁判外の紛争解決手続における留意点」 弁護士 柳田 忍 ハラスメントの被害者が会社や加害者に対して請求を行う場合、外部弁護士を通じて交渉を申し入れたり、裁判外や裁判所における紛争解決手続を利用するなどの方法をとることが多い。 本稿においては、被害者からの請求の概要を説明したうえで、被害者が外部弁護士を通じて交渉を申し入れてきた場合や、裁判外の紛争解決手続を利用した場合の留意点等について説明する。 1 被害者からの請求 ハラスメントの被害者から会社に対してなされる請求としては、基本的には損害賠償請求が考えられる。損害賠償請求は、「不法行為責任構成」をとる場合と、「債務不履行責任構成」をとる場合があり、不法行為責任構成をとる場合は、会社自身の不法行為責任の追及がなされる場合(民法第709条)と、役員や従業員の不法行為について会社の責任の追及がなされる場合がある(使用者責任(民法第715条第1項)、代表者の行為についての損害賠償責任(会社法第350条))。 債務不履行責任構成をとる場合は、会社の安全配慮義務(労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務。労働契約法第5条)違反や職場環境配慮義務(労働者が良好な職場環境で就業することができるよう配慮する義務)違反が根拠となる。 不法行為責任構成と債務不履行責任構成の違いは、会社と被害者のどちらが立証責任の負担を負うかという点と消滅時効の点だと言われているが、立証責任の負担については、不法行為責任構成と債務不履行責任構成のいずれにおいても、事実上大きな差異はないと言われている。 また、消滅時効についても、令和2年4月1日施行の改正民法により、生命・身体への侵害に基づく損害賠償請求については不法行為責任構成と債務不履行責任構成のいずれによっても実質的には異ならないことになっている。 他方、被害者が会社自身の不法行為責任や債務不履行責任を追及する場合、会社の帰責性が要件になるのに対し、被害者が代表者の不法行為について会社の責任を追及する場合は、会社は、その選任監督の過失の有無を問わずに責任を負うことになり、また、被害者が使用者責任を追及する場合においても会社は実質的に無過失責任を負うこととされているため、役員や従業員の不法行為が認められる場合には、ほぼ自動的に会社の責任も認められることになる。 よって、会社が日頃から予防措置を徹底していても、役員や従業員がハラスメントに及んでしまえば、会社は責任を免れられないわけであるが、会社自身の不法行為責任や債務不履行責任が認められる場合は、単に使用者責任等が自動的に認められる場合に比べて、会社のレピュテーション(評判)に与える影響等が甚大であると思われることから、仮に役員や従業員が不法行為に及び、使用者責任等が認められてしまうにしても、会社自身の不法行為責任・債務不履行責任が認められることのないように注意すべきである また、ハラスメント事案の解決のために、ハラスメントの被害者の配置転換を行う場合があろうが(拙稿第4回「相談窓口の運用と発覚後の初期対応」参照)、その場合、被害者から会社に対して、配置転換先での就労義務がないことの確認を請求される場合もある。 なお、被害者から行為者に対する請求としては、不法行為に基づく損害賠償請求(民法第709条)が考えられる。 2 外部弁護士による交渉申入れ ハラスメントの被害者が会社に対して請求を行う場合、まずは外部弁護士を通じて書面でコンタクトしてくることが多い。裁判外紛争解決手続だけでは終局的解決に至らない場合が多く、裁判上の紛争解決手続によることは、被害者にとって金銭的にも精神的にも負担が大きいためであるが、ある言動がハラスメントに該当するか否かの判断は専門家にとっても難しい場合が多く、裁判上の紛争解決手続を利用した場合の結果の見通しが立てづらいことから、当事者同士の交渉により解決を図るといった理由もある。このような事情は会社側にとっても同様である場合が多いため、当事者間の交渉により解決を図ることは有益である。 ただし、交渉が実らずに、裁判上の紛争解決手続に移行した場合、会社側の裁判上の主張等が当事者間の交渉における発言等と異なると、被害者側にそれらの齟齬や変遷を指摘される可能性がある。齟齬や変遷がある主張等は一般的に信用性が低いと考えられていることから(拙稿第6回「ハラスメントの事実認定と加害者の処分等における留意点」参照)、当事者間の交渉における発言には十分に気をつける必要がある。 また、当事者間の交渉における相手方の発言を記録しておくと、後に裁判に移行した場合に、相手方の裁判上の主張等との齟齬や変遷が見られる場合にこれを指摘することにより、相手方の主張等の信用性を失わせることが可能となる。 3 裁判外の紛争解決手続 裁判外の紛争解決手続としては、都道府県労働局、都道府県労働委員会、労働情報センターや労働事務所によるものや、弁護士会の制度などがあるが、本稿では、特に多くの利用例が見られる都道府県労働局による紛争解決制度について説明する。 都道府県労働局による紛争解決については、都道府県労働局長による助言・指導(個別労働関係紛争解決促進法第4条等)や都道府県労働局長が設置する紛争調整委員会によるあっせん(個別労働関係紛争解決促進法第5条)や調停(男女雇用機会均等法第18条第1項等)等がある。 「あっせん」とは、個別労働関係紛争(労働条件その他労働関係に関する事項に関する個々の労働者と事業主との間の紛争)につき、あっせん委員が当事者双方の主張を聴き、調整を行い、話し合いを促進することにより紛争の解決を図る制度であり、「調停」とは、調停委員が、当事者から事情聴取を行い、聴取した事情をもとに調停案を作成して、調停案の受諾勧告を出すことにより紛争の解決を図る制度である。 あっせんは、個別労働関係紛争を広く対象とするが、一定の紛争についてはあっせんの対象外とされており、これらの紛争は調停により解決されることになる。あっせんも調停も非公開の手続であり、参加義務はなく、調停については調停案を受諾する義務もない。 セクハラやマタハラについては、あっせんの対象外とされており、調停により解決されることになる。また、パワハラについては、2020年6月1日の改正労働政策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)の施行後は、大企業についてはセクハラやマタハラと同様、あっせんの対象外となり、調停の対象となったが、中小企業については2020年4月1日まではあっせんにより、同日以後は調停により解決が図られることになった。 上記のとおり、会社にはこれらの手続に参加する義務はないが、参加した場合、裁判上の紛争解決制度による場合よりも低額の解決金をもって解決できる可能性がある(※)。 (※) 2014年に実施された調査における解決金額の中央値は、あっせんについては156,4000円、労働審判については1,100,000円、通常訴訟については2,301,357円(労働政策研究・研修機構「労働局あっせん、労働審判及び裁判上の和解における雇用紛争事案の比較分析」労働政策研究報告書No.174(2015))。 なお、調停について、2019年の法改正により、関係当事者の同意がなくても、ハラスメントの行為者の出頭を求めて意見を聴くことが可能となった点につき、留意が必要である。 (了)