《速報解説》 会計士協会からCOVID-19により変化し続ける環境下での監査報告(翻訳情報)が公表される ~注記事項の重要性、KAM、期中財務情報に対するレビュー報告書等に言及~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 国際監査・保証基準審議会(IAASB)は、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により変化し続ける環境下での監査報告」(2020年5月22日、IAASBスタッフ文書)を公表した。 これは、2020年4月29日、5月14日に続くものであり、国際監査基準(ISA)及び国際レビュー業務基準(ISRE)に基づく監査報告に関連するものである。 この文書は、監査人の監査実務の動向を理解するうえで参考になる部分があると考えられる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 注記事項の重要性 現在の状況では、注記事項の重要性はますます高まっていると述べている。 利用者は、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の世界的流行の重要な影響について開示を通じて透明性が高まることを期待している。 注記事項によって、特に、金融市場の不安定性、信用リスク又は流動性リスクの悪化、政府による介入(政府補助金等)、並びに生産量の削減やリストラクチャリング等から生じる変化の影響に対処することができる。 国際監査基準(ISA)において、十分かつ適切な監査証拠を入手することは、注記事項に対しても同様に適用される。 次のことに留意する。 Ⅲ 継続企業の前提に関する重要な不確実性 次のことに留意する。 Ⅳ 監査上の主要な検討事項(KAM) ISA701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」が適用される場合、COVID-19の世界的流行により生じた状況の変化や課題によって、監査報告書において報告される監査上の主要な検討事項の決定に、さらに焦点を置く可能性がある。 監査人が特に注意を払った事項についての監査人の決定に影響する事項として、次のものを例示している。 Ⅴ 期中財務情報に対するレビュー報告書 経営者は、期中財務諸表を作成及び発行する際にも、COVID-19の世界的流行の影響について考慮する必要がある。 監査人も、ISRE2410「企業の独立監査人が実施する期中財務情報のレビュー」に従った、企業の期中財務情報のレビューを行う際に、当該影響を考慮することになる。 (了)
《速報解説》 国税庁、「グループ通算制度に関するQ&A」を公表 ~欠損金の通算の計算方法等が示される~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 令和2年6月3日に国税庁から「グループ通算制度に関するQ&A」が公表された。 この「グループ通算制度に関するQ&A」は、通算制度に係る税務上の取扱いをQ&A形式で取りまとめたものであり、図表や計算例を使って解説している。 以下ではQ&Aで取り上げられた主な項目について紹介したい。 なおグループ通算制度については、下記拙稿を合わせて参照されたい。 1 適用対象法人等(問1~6) 通算完全支配関係の範囲を含めた通算親法人又は通算子法人の範囲が解説されている。また、「問6 連結法人の通算制度への移行に関する手続」では、連結法人は通算制度に自動的に移行すること、移行日前に届出書を提出すれば単体納税に戻れること、ただし、5年間の適用制限が課されることが記載されている。 2 通算制度の承認(問7~11) 通算制度の適用を開始したい場合、3ヶ月前までに申請書を提出する必要があること、設立事業年度又は設立事業年度の翌事業年度(申請特例年度)から通算制度を適用したい場合、申請期限の特例を設けていることが記載されている。 3 申告・納付(問12~15) 申告・納付については、個別申告方式を前提とした取扱いである点を除くと、確定申告書の提出期限(問12)、納付期限の延長(問14)、連帯納付責任(問15)は、連結納税と同様の取扱いとなっている。 4 青色申告(問16~18) 通算制度では、連結納税と異なり、通算制度の承認を受けた場合は、同時に青色申告の承認を受けたことになることが記載されている。 5 事業年度(問19~25) 通算制度でも、連結納税と同様に、通算親法人の事業年度を税務上の事業年度として損益通算等を適用することになる。 また、加入法人又は離脱法人の事業年度の設定について、加入時期の特例に会計期間の末日の翌日が追加されたこと及び離脱する際に通算親法人の事業年度に合わせた事業年度とする必要はないことを除いて連結納税と同様の取扱いとなることも確認できる。 6 開始・加入の時価評価(問26~28) 開始・加入の時価評価については、問26及び問27で「開始・加入に伴う時価評価を要しない法人」の範囲が解説されているが、共同事業要件などは政令で定められることなるため、今回のQ&Aで詳しい解説はされていない。 7 損益通算(問31~33) 損益通算については、今まで、国税庁及び財務省から計算例は示されていなかったが、問31において計算例が示されている。 また、「問32 損益通算の対象とはならない欠損金額等」について、図表を使って解説が行われている。 さらに、損益通算の修更正時の遮断措置について、問33において、計算例が示されている。 8 欠損金額(問34~39) 通算制度の欠損金額の取扱いについては、まず、問34において、時価評価を要する法人、時価評価を要しない法人それぞれにおいて欠損金額が切り捨てられる場合が図示されている。 次に、「問35 過年度の欠損金額を通算制度適用後に損金算入することの可否」において通算制度に持ち込んだ開始前の過年度の欠損金額は、通算制度開始後に特定欠損金額として損金算入することができることが記載されている。 また、通算制度の欠損金の通算(遮断措置を含む)については、今まで、国税庁及び財務省から計算例は示されていなかったが、「問36 通算法人の過年度の欠損金額の当初申告における損金算入額の計算方法」及び「問37 修正申告等があった場合の通算法人の過年度の欠損金額の損金算入額の計算方法」において、当初申告の計算例と修更正時の計算例が示されている。 この欠損金の通算(遮断措置を含む)の計算方法は、通算制度の中でも最も難解な取扱いの1つであるといえるため、このような形で計算例が示されることは実務家にとって大変、有意義なものであると思われる。 9 法人税(税率)(問42) 通算制度は、①個別申告方式となり、各通算法人の税率が適用されること、②軽減税率の対象となる所得の限度額800万円を各通算法人に配分する必要があること、③その配分計算に遮断措置を設けていること、が特別な取扱いとなっているが、今回のQ&Aでは、②・③の具体的な計算例が示されている。 ▷終わりに 今回公表されたQ&Aにおいて、通算制度に係る政省令等が公布された際には、随時、記載内容等について改訂を行っていく予定であることが記載されている。 そのため、今後、政省令が公表されることで、「連結納税制度Q&A(平成29年3月)」(国税庁)で取り上げられている項目(投資簿価修正、受取配当金、寄附金、外国子会社配当金、外国税額控除など)が取り上げられるだろうし、時価評価についても詳細が解説されるだろう。 (了) ↓お勧め連載記事↓
2020年6月11日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.373を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第89回】 「附帯決議から読み解く租税法(その2)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅱ 附帯決議が論点となった訴訟 1 国税通則法70条4項 国税通則法70条《国税の更正、決定等の期間制限》4項(当時5項)の除斥期間につき、従前の5年から7年に延長する内容を含む「脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律案」について、昭和56年5月15日に開かれた参議院大蔵委員会において、次のような附帯決議がなされた。 すなわち、「政府は、本法施行に当たり、次の事項について配慮すべきである。」とした上で、次のように決議されたのである。 (※) なお、上記のほか、「一、所得発生の時期から相当期間経過して更正・決定等が行われる場合、直ちに納税することが困難となる納税者を救済するため、納税緩和制度の弾力的運営に努めること」「一、保存期間が延長される青色申告者の帳簿書類の範囲については、中小企業者等に過重な負担とならないよう、最少限度のものとすること」の2点も決議されている。 かような附帯決議(以下「昭和56年附帯決議」という。)が行われているわけであるが、同年4月24日の衆議院大蔵委員会においても同趣旨の決議が行われている(衆議院大蔵委員会の附帯決議については後掲)。 これらを前提とすると、国税通則法70条4項にいう「偽りその他不正の行為」の認定は厳格に行われるべきということになるのであろうか。 この点について考えることとしよう。 例えば、東京地裁平成16年11月24日判決(税資254号順号9830)の事例における原告は、「本件のような過少申告加算税が賦課されたにすぎない事案において、7年に遡及して更正処分を行うことは、上記立法趣旨に反するとする意見もあり得るところである。」と主張する。 これに対して、東京地裁は、次のように判示している。 すなわち、国税通則法70条4項の趣旨から、過少申告行為自体が偽りその他不正の行為に当たる場合があるとする。 東京地裁は、上記のように被告主張につき述べたうえで、それを補強するものとして附帯決議に触れている。 (※) もっとも、結論においては、課税処分に違法はないと判断されている。すなわち、確定申告の際に源泉徴収票を提出しないなど、原告の過少申告行為を容易ならしめる客観的状況が存在し、原告がそれを認識しつつ、あえて過少申告を行ったものであるというべきであることから、このような納税者の過少申告行為は、国税通則法70条5項にいう「偽りその他不正の行為」に該当するとされている(確定)。 また、東京高裁平成16年11月11日判決(税資254号順号9814)は、次のように説示する。 これまで多くの訴訟事案において、納税者側が、昭和56年附帯決議を参照して国税通則法70条4項の規定の適用による遡及課税についての違法性を訴えてきたが、ことごとくかかる主張は排斥されているのが現状である。 (※) 後掲する事案のほかにも、例えば、東京地裁平成17年9月9日判決(訟月52巻7号2349頁)、東京高裁平成16年11月30日判決(訟報51巻9号2512頁)、横浜地裁平成16年9月8日判決(税資254号順号9739)、水戸地裁平成16年8月25日判決(税資254号順号9723)、東京地裁平成16年4月19日判決(訟月51巻9号2538頁)、横浜地裁平成16年3月17日判決(税資254号順号9598)、大阪地裁平成15年12月3日判決(税資253号順号9481)における納税者側の主張などがある。 大阪高裁平成16年10月27日判決(税資254号順号9796)においても同様である。 控訴人(納税者)は、上記のような判断は、昭和56年附帯決議の内容とも齟齬するなどと主張したが、同判決は、「前記のような判断が56年附帯決議の内容に反することにならないのも明らかである。」とした。 2 政府の注意の喚起にすぎない附帯決議 名古屋地裁平成13年9月28日判決(税資251号順号8986)においても、原告は、昭和56年附帯決議を取り上げて主張をしているが、かかる附帯決議は政府に次のような配慮等を求めている。なお、これは昭和56年4月24日に採決された衆議院大蔵委員会における附帯決議である。 原告はかかる5つの附帯決議を踏まえたうえで、次のように主張する。 これに対して、名古屋地裁は、かかる主張を排斥している。 また、佐賀地裁平成26年9月19日(税資264号順号12531)は、次のように判示する。 これらの判断は、そもそも、対象となった事例が昭和56年附帯決議の内容に反するものではないという趣旨の判断ではなく、そもそも、「昭和56年附帯決議は、税務調査の方法等につき政府の注意を喚起する内容のものにすぎない」とするものであって、他の事例における納税者側の主張の排斥理由とは異なっている。 そもそも、昭和56年附帯決議は、上述のとおり、①脱税の調査に当たっては、法令の理解度、脱税の意思の程度等の相違に配慮し、納税者の立場をも十分に尊重して対処することや、②中小企業者等に無用の混乱を生ずることのないよう特段の配慮をすることといった内容によるものであって、国税通則法70条4項の解釈そのものに対する決議が展開されたわけではないことは明らかである。 ①及び②のいずれにしても、延長された更正・決定等の制限期間にかかる調査に当たっての執行上の留意事項であって、かかる執行場面において、いたずらに調査対象、範囲を拡大するなどすることのないようにすべきとの訓示的意義を有するにすぎないとみるべきであろう。 すなわち、国税通則法70条4項の解釈論において、昭和56年附帯決議が直接意味を有するとしてことさらに同決議を強調することは難しいといわざるを得ないのである。 行政執行上の留意事項が附帯決議されたという点においては、昭和45年の附帯決議が、国税不服審判所の運営につき争点主義の精神をいかし、その趣旨徹底に遺憾なきを期すべきであるとしたものと性質は類似であるといえよう(前回参照)。 (続く)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第37回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -不当性要件と経済的合理性基準(3)- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、IBM事件・東京高判平成27年3月25日訟月61巻11号1995頁を取り上げて、経済的合理性基準の意味内容について検討したが、今回からは、「極めて画期的な内容の判決」(太田洋「ユニバーサル・ミュージック事件東京地裁判決の分析と射程」租税研究844号(2020年)50頁、51頁)として最近注目を集めているユニバーサルミュージック事件・東京地判令和元年6月27日(未公刊・裁判所ウェブサイト。以下「本判決」という)を取り上げて、経済的合理性基準の意味内容について検討することにする。今回は、まず、不当性要件に関する本判決の判断枠組みについて紹介しつつ若干の検討を行い、次回以降の検討課題を明らかにしておくことにしよう。 本件は、「ヴィヴェンディ・グループ」という多国籍企業グループ内における極めて複雑な組織再編成等スキームに関する事案であるが、その骨子のみを述べておくと、グループ内の日本法人(原告)が、グループ内金融会社(同族会社)である外国法人から、「企業グループにおいて借入金の返済に係る経済的負担を資本関係の下流にある子会社に負担させる」(本判決第3(当裁判所の判断)3(2)イ(イ))いわゆるデット・プッシュ・ダウン(debt push down)方式により借入れ(本件借入れ)を受け、これに係る支払利息を損金の額に算入して確定申告を行ったところ、所轄税務署長が法人税法132条1項の適用により当該支払利息の損金算入を否認した事案である。 なお、本判決は、第31回及び第32回で検討したTPR事件・東京地裁判決と同日に示されたものであるが、この点について次のような見方がされている(太田・前掲講演録51頁)。 ほかに、この2つの判決は、税制調査会「連結納税制度に関する専門家会合(第5回)議事録」15-16頁で取り上げられたことも附記しておく。 Ⅱ 法人税法132条1項の趣旨と経済的合理性基準 本件における争点のうち不当性要件該当性について、当事者の主張からみておこう。国(被告)は次のとおり主張した(下線筆者)。 国のこの主張は、IBM事件の控訴審段階での国の主張(前回Ⅱ参照)と基本的に同じであるが、そこでは経済的合理性基準について2つの場合(租税回避基準と独立当事者間取引基準)を「いう」とされていたところが、2つの場合「なども含まれ得る」として微調整され、金子宏『租税法』(弘文堂)の第17版(2012年)での改訂前の叙述(第2版(1988年)273-274頁~第16版(2011年)421頁。前々回Ⅲ1、前回Ⅱ参照)に近い主張になっている。 ここで注意すべきは、国のこの主張における法人税法132条1項の趣旨の理解は、一見すると、IBM事件・東京高判が判示した同項の趣旨の理解(前回Ⅱ、Ⅲ2参照)と同じものであるようにも思われるが、しかし、国は、その趣旨をもって経済的合理性基準から租税回避基準を排除するという考え方を採用していない点で、IBM事件・東京高判の問題性(前回Ⅲ参照)を回避し明確にこれと異なる立場に立つものと解される、ということである。 次に、納税者(原告)は、次のとおり主張した(下線筆者)。 納税者のこの主張は、金子宏教授が『租税法』の第17版での改訂で定立されたものと解される「不当性要件=経済的合理性基準=租税回避基準」という等式で表される規範(前回Ⅲ1参照)に基づき、不当性要件に関する要件事実論のレベルで、経済的合理性基準を不当性要件の評価根拠事実、租税回避基準を不当性要件の評価障害事実として位置づけるものと解される。 両当事者の以上の主張を受けて、本判決は次のとおり判示した(以下「判旨①」という。下線筆者)。 判旨①では、法人税法132条1項の趣旨の理解は、「同族非同族対比の基準」(清永敬次「判批」租税判例百選(別冊ジュリストNo.17・1968年)42頁)の想定の下で示されていると解されるが、その趣旨に照らして示された不当性要件該当性の判断基準が経済的合理性基準であることは明らかである。そうすると、「非同族会社の通常の行為計算=合理的なもの、同族会社で行なわれやすい行為計算=合理的でないもの、という式が通常妥当する」(清永・前掲「判批」42頁)とはいえ、判旨①にいう「同族会社と非同族会社との間の税負担の公平」(行為計算の主体に着目した税負担の公平)を維持するという趣旨と経済的合理性基準との間には、どことなく「据わりの悪さ」が感じられる。 もし本判決が法人税法132条1項の趣旨を、不自然・不合理な行為計算と自然・合理的な行為計算との間の税負担の公平(行為計算それ自体に着目した税負担の公平)を維持するという意味に理解していたとすれば、そのような「据わりの悪さ」を感じることはなかったであろう。というのも、経済的合理性基準は、行為計算の主体にではなく行為計算それ自体に着目して行為計算の経済的合理性の有無を判断する「客観的、合理的基準」であるからである。 もっとも、判旨①について感じられる「据わりの悪さ」は、判旨①に続く次の判示(以下「判旨②」という。下線筆者)をも併せ読むと、解消されるように思われる。 判旨②では、会社における利益追求の自由を内容とする会社における経済的自由の原則ともいうべき考え方を1つ目の下線部で示し、これを尊重する旨を説示した上で、3つ目の下線部では、「同族会社にあっては、自らが同族会社であることの特性を活かして経済活動を行うことは、ごく自然な事柄であって、それ自体が不合理であるとはいえない」として、「同族会社と非同族会社との間の税負担の公平」を、実質的には、不自然・不合理な行為計算と自然・合理的な行為計算との間の税負担の公平の意味に修正したものと解される。前者の公平を維持するという趣旨は、法人税法132条1項から経済的合理性基準を導き出す根拠としてはやや概括的すぎるように思われるので、そのような修正は必要かつ妥当であると考えるところである。 Ⅲ 経済的合理性基準の新たな展開 1 経済的合理性に係る相応性基準 法人税法132条1項の趣旨に照らしてこの規定から経済的合理性基準を導き出すという以上でみた判断過程は、その趣旨について実質的には若干の修正を伴うものの、基本的には従来の判例の立場に従ったものであり、その限りではIBM事件・東京高判の判断過程(前回Ⅱ参照)とも異なるものではない。 しかし、経済的合理性基準を導き出した後の判断の内容及び展開は、従来の判例だけでなく学説にもみられないという意味で「極めて画期的」(太田・前掲講演録51頁)と評することができるものである。本判決には、従来の判例及び学説、さらには本件における国の主張や納税者の主張において経済的合理性基準を展開して説かれてきた租税回避基準や独立当事者間取引基準に関する説示がみられないが、それよりももっと(積極的な意味で)画期的なところは、本判決が判旨②の2つ目の下線部で「当該行為又は計算が当該会社にとって相応の経済的合理性を有する方法であると認められる限りは、他にこれと同等か、より経済的合理性が高いといえる方法が想定される場合であっても、同項の適用上『不当』と評価されるべきものではない。」(下線筆者)と判示して、経済的合理性に係る相応性基準ともいうべき基準を示した点にある。 したがって、経済的合理性に係る相応性基準をどのように性格づけるかという点が、本判決に対する評価において最も重要な意味をもつように思われる。この点については、本判決が判旨②の1つ目の下線部(で示したと解される会社における経済的自由の原則)と、2つ目の下線部(で示したと解される経済的合理性に係る相応性基準)とを媒介する説示から、この相応性基準の性格を読み取ることができるように思われる。 その説示は、「仮に、税務署長が法人税法132条1項の適用に当たり、会社の経営判断の当否や、当該行為又は計算に係る経済的合理性の高低をもって『不当』か否かを判断することができるとすれば、課税要件の明確性や予測可能性を害し、会社による適法な経済活動を萎縮させるおそれが生じるといわざるを得ない。」(下線筆者)というものであるが、そこからは、行為計算の選択に関する会社の判断の当否につき課税庁が事後的に介入して当該行為計算を直ちに否認することを認めるべきではない、という考え方を読み取ることができるように思われる。この考え方は、会社法の領域で取締役の注意義務(民法644条、会社法330条)に関して妥当するとされる経営判断原則を、同族会社の行為計算否認の場面に「応用」したものと解される(この点については次回検討する)。 経営判断原則は取締役に経営判断に関する広範な裁量を認めるものであるが、本判決は、これを同族会社の行為計算否認の場面に「応用」して、会社における経済的自由の原則に基づき行為計算の選択に関する広範な裁量を会社に認めることを前提として、行為計算の選択に関する会社の裁量判断に課税庁が否認権の行使により事後的に介入し当該行為計算を否認することを「当該行為又は計算が当該会社にとって相応の経済的合理性を有する方法であると認められる限りは」認めるべきではない、という考え方を示したものと解されるのである。 このような理解によれば、経済的合理性に係る相応性基準は、会社による行為計算の選択に関する広範な裁量に基づく判断を尊重する、経済的合理性の判断基準(裁量尊重基準)として性格づけることができると考えられる。 要するに、本判決は、行為計算の選択に関する会社の裁量判断と否認権の行使に関する課税庁の裁量判断とが「衝突」する場合において、前者が後者に原則として優位することを認めたものといえよう。このことを法解釈論の観点からいえば、「法132条1項の適用範囲を制限的に解した」(太田洋「ユニバーサル・ミュージック事件 東京地裁判決の分析と検討〈上〉」国際税務39巻11号(2019年)30頁)ものということができよう。 なお、経済的合理性に係る相応性基準は、法人税法132条1項の解釈論としては、確かに、画期的な判断基準と評することができようが、ただ、租税回避論の観点からみると、伝統的な理論枠組みを超えるものではなく、むしろ、その本質を踏まえた至極穏当な判断基準と評することができよう。租税回避論の本質も、経済的自由主義の尊重を出発点とするところにあるが(第24回Ⅱ参照)、この点については、租税回避の定義の前提として、次のように述べられているところである(金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)133-134頁)。 2 経済的合理性に係る相応性審査の観点と方法 以上の判断を踏まえて、本判決は、不当性要件に関する判断枠組みの仕上げとして、判旨②に続けて、経済的合理性に係る相応性審査の「観点」について、次のとおり判示した(以下「判旨③」という。下線筆者)。 ここで示された「観点」は、裁量尊重基準としての相応性基準を受けて、経済的合理性に係る相応性審査において行為計算の選択に関する会社の裁量の幅を広く認めることを本判決が表明したものと解される。 そして、以上の判断枠組みにおいて、本判決は、本件借入れに係る経済的合理性の有無について相応性審査の方法として次の①②③を示した。 これらの方法は、経済的合理性基準に係る相応性基準及び相応性審査の「観点」が行為計算の選択に関する会社の裁量の幅を広く認めることを前提として、会社の裁量を限界づけるための審査方法であると解される。このような理解によれば、これらの方法を用いた相応性審査は、行政法における比例原則が行政庁の裁量を認めつつその裁量を限界づける場合における裁量審査と、思考方法及び審査構造の点で、類似するものであるように思われる(この点については次々回検討する)。 Ⅳ おわりに 以上、今回は、ユニバーサルミュージック事件・東京地裁判決(本判決)を取り上げ、不当性要件に関するその判断枠組みを紹介しつつこれに若干の検討を加えた。その検討結果をまとめると、次のようになる。 本判決は、通説・判例と同様、不当性要件の趣旨解釈によって経済的合理性基準を示したが、経済的合理性基準の新たな展開として、会社法における経営判断原則を同族会社の行為計算否認の場面に「応用」して経済的合理性に係る相応性基準を示した上で、その相応性の審査において、行為計算の選択に関する会社の裁量の幅を広く認める観点に照らして、比例原則による裁量審査と類似する裁量審査の方法を用いるものとする判断枠組みを判示したものと解される。 不当性要件に関する本判決の判断枠組みをこのように理解することの妥当性は、本件借入れに係る経済的合理性の有無に関する本判決の判断の検討を通じて、検証する必要があると考えるところであるが、その前に、上記の理解によれば本判決の評価にとって重要な意味をもつように思われる経営判断原則と比例原則について、検討しておくことにする。次回は、まず、経営判断原則を取り上げて検討する。 (了)
居住用賃貸建物の取得等に係る 消費税の仕入税額控除制度の適正化 -令和2年度税制改正- 【第1回】 「改正の背景と改正前の取扱い」 税理士 石川 幸恵 はじめに 令和2年度税制改正では、居住用賃貸建物の取得等に係る消費税の仕入税額控除制度の適正化が図られた(改正概要については下記拙稿を参照されたい)。 本連載では、改正法令・通達に基づいて、居住用賃貸建物の取得等に係る消費税の取扱いがどのように変わったかを解説する。 1 改正の背景 改正前は、金などの投資商品の取引を繰り返すこと等により課税売上割合を嵩上げし、居住用賃貸建物の取得に係る消費税相当額の還付を受けるという以下の節税スキームが問題視されていた。 (1) 居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額の取扱い(改正前) 居住用賃貸建物の取得は、その他の資産の譲渡等にのみ要する課税仕入れであり、仕入税額控除できない。ただし、仕入控除税額の計算を比例配分法(※)によれば、課税仕入れ等の税額の全額控除、あるいは課税売上割合を乗じて計算した金額の控除が可能となる。 (※) 比例配分法とは、個別対応方式において課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する課税仕入れ等の税額に課税売上割合を乗じて計算する方法、又は一括比例配分方式をいい、全額控除される場合を含む(消法33②)。 全額控除できる要件は、課税売上高5億円以下かつ課税売上割合95%以上である(下図参照)。 〈マトリックス図〉 (2) 節税スキーム ① 居住用賃貸建物を取得した課税期間 金の売買は消費税の課税取引である。金売買を繰り返すこと等により課税売上割合を嵩上げして、居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額の還付を受ける。 ② 課税売上割合の著しい変動への対策 課税売上割合が著しく変動した場合の調整対象固定資産に関する仕入れに係る消費税額の調整(消法33)の要件に該当しないよう、金売買を第三年度の課税期間まで継続する。 (3) 改正の概要 改正により、居住用賃貸建物の取得等に係る仕入税額控除が制限された。併せて、取得等の日の属する課税期間の初日以後3年以内に課税業務用に転用した場合、又は譲渡した場合のために、居住用賃貸建物の取得等に係る消費税額の調整計算が設けられた。 注意したいのは、この居住用賃貸建物に、自らの賃貸事業の用に供する建物のほか、棚卸資産も含まれるという点である。 なお、改正内容の詳細は次回以降解説する。 2 改正前の取扱い 以下では、改正前における居住用賃貸建物の取得時、用途変更時の取扱いを確認しておく。 (1) 居住用賃貸建物を取得した課税期間 ① 自己の賃貸事業用としての取得 上記1(1)のとおり、個別対応方式によって計算すれば、その他の資産の譲渡等にのみ要するものとして、仕入控除税額はない。比例配分法によれば、課税仕入れ等の税額の全額、あるいは課税売上割合を乗じて計算した金額が控除される。 ② 棚卸資産としての取得又は建設 棚卸資産である居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額は、個別対応方式によれば、課税資産の譲渡等にのみ要するものとして、全額控除できる。 (2) 翌課税期間以後に用途を変更した場合 ① 自己の賃貸用として取得した建物 (イ) 課税賃貸用に供した場合 居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額について、個別対応方式によりその他の資産の譲渡等にのみ要するものとして、仕入控除税額がないこととした場合には、非課税業務用から課税業務用に転用した場合の消費税額の調整(消法35)の規定が適用される。 調整額は以下の通り、課税仕入れの日から転用までの期間に応じて計算される。 (ロ) 譲渡した場合 譲渡により課税売上が生じるが、居住用賃貸建物の取得に係る課税仕入れ等の税額について、非課税業務用から課税業務用に転用した場合の消費税額の調整(消法35)の規定の適用はない。 ここでTAINS(タインズ)に収録されている「消事例4064 第10 仕入税額控除 10-225 非課税業務用調整対象固定資産を譲渡した場合の取扱い(消費税審理事例検索システム (平成12年)国税庁消費税課)」(「消費事例004064」で検索)では、以下のような記載がある。 ② 棚卸資産として取得した建物 消費税額の調整の適用はない。前出の消費事例004064には、棚卸資産についても記載がある。 取得時に棚卸資産であるときは、調整対象固定資産に該当しないためである。 3 居住用賃貸建物に関する裁判例(東京地判平成30年(行ウ)第2号) 裁判で争われている次の取引についても、改正後は取扱いが明瞭になると考えられる。 (1) 概要 販売目的で行った課税仕入れである建物の購入のうち、購入時にその全部又は一部が住宅用として賃貸されている建物に係るものの仕入控除税額の計算方法が争われた。 販売という最終目的のためものとして、個別対応方式における「課税資産の譲渡等にのみ要するもの」(納税者の主張)、賃料収入と販売の両方の売上のためのとして「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する課税仕入れに該当するもの」(国の主張)のいずれに当たるかが争点である。 令和元年10月11日、東京地方裁判所は「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する課税仕入れに該当する」と判示した。 本稿執筆現在、控訴中である。 (2) 改正税法が施行された後(令和2年10月1日以後)の取扱い 棚卸資産としての取得あっても、所有している間、住宅の貸付けの用に供していれば、居住用賃貸建物に該当し、仕入税額控除できない。販売した課税期間において、仕入控除税額の調整をすることになる。 (了)
オープンイノベーション促進税制の制度解説 【第1回】 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 1 制度の概要 青色申告書を提出する法人で一定のものが、指定期間内の日を含む各事業年度の指定期間内において特定株式を取得し、かつ、これをその取得の日を含む事業年度終了の日まで引き続き有している場合において、その特定株式の取得価額の25%に相当する金額以下の金額をその事業年度の確定した決算において特別勘定を設ける方法により経理したときは、その経理した金額に相当する金額は、その事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入される(措法66の13①)。 2 対象法人 対象法人は、青色申告書を提出する法人で新事業開拓事業者と共同して特定事業活動を行うもの(経営資源活用共同化推進事業者)である。 「経営資源活用共同化推進事業者」とは、次に掲げるものが該当する(措規22の13①、共同化省令2①)。①が国内事業会社であり、②から④が国内事業会社によるCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)である。CVCはいずれも事業会社が持分の過半数を有するファンドである。 また、「新事業開拓事業者」とは、新商品の開発又は生産、新たな役務の開発又は提供、商品の新たな生産又は販売の方式の導入、役務の新たな提供の方式の導入その他の新たな事業活動を行うことにより、新たな事業の開拓を行う事業者であって、その事業の将来における成長発展を図るために外部からの投資を受けることが特に必要なもので(産業競争力強化法2⑤)、下記のいずれかに該当するものをいう(経済産業省関係強化法規則2)。 新事業開拓事業者は、対象法人が投資する投資先であり、我が国において普及していない商品の開発又は生産など上記に掲げる事業であって、新たな価値を創出するものの市場における成立を図る事業者が該当する。 「特定事業活動」とは、自らの経営資源以外の経営資源を活用し、高い生産性が見込まれる事業を行うこと又は新たな事業の開拓を行うことを目指した事業活動をいう(産業競争力強化法2⑳)。 本制度の適用を受けるためには、単にベンチャー企業に投資をするだけでなく、ベンチャー企業と共同して一定の事業を行うことが必要となる。これは本制度が、わが国の法人は必ずしも付加価値を十分に上げられてはいないため、ベンチャー企業と共同してこれに投資する法人の付加価値を高めることを狙いとしたものと思われる。 3 指定期間 本制度は、令和2年4月1日から令和4年3月31日までの期間(指定期間)内の日を含む各事業年度(※1)の指定期間内に下記4に掲げる特定株式を取得することが必要である。 (※1) 解散の日を含む事業年度、清算中の各事業年度、被合併法人の合併(適格合併を除く)の日の前日を含む事業年度を除く。 《対象法人が3月決算の場合》 《対象法人が12月決算の場合》 4 投資対象 指定期間内に特定株式を取得し、その取得の日を含む事業年度終了の日まで引き続き保有することが必要である。「特定株式」とは、特別新事業開拓事業者の株式のうち、一定の要件を満たすものをいう。 「特別新事業開拓事業者」とは、上記2に記載した新事業開拓事業者のうち【2】又は【3】に定める者をいう(措規22の13②、共同化省令2②、経済産業省関係強化法規則2二・三)。 また、上記「一定の要件」とは、次に掲げるものをいう(措令39の24の2①)。 5 損金算入限度額 特定株式の取得価額(100億円を限度とする)の25%に相当する金額(※2)が損金算入限度額(損金算入額基準額)となる。ただし、損金算入額基準額の合計額が所得基準額を超える場合には、所得基準額が限度とされる(※3)。ここでの「所得基準額」とは、当該事業年度の所得の金額として一定の方法により計算した金額とされ、125億円が上限とされる。 所得基準額の算定上、留意すべきは下記の点である(措令39の24の2③)。 (※2) その事業年度においてその特定株式の帳簿価額を減額した場合には、その減額した金額のうち、下記の算式により算定した金額を控除した金額とされる(措令39の24の2②)。 その事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入された金額 × その減額に係る特定株式の取得価額(取得価額が100億円を超える場合には100億円)/ その特定株式の取得価額 (※3) 損金算入限度額:次の①と②のいずれか少ない金額。 ① 特定株式の取得価額(100億円が上限)×25%の合計額 ② 所得基準額(125億円が上限) なお、上記①によれば25億円が上限となるが、これは1件当たりの上限であり、所得基準額125億円は、年間の控除上限である。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第18回】 「持株会社化の手法(株式交換と株式譲渡)」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 公認会計士・税理士 岩丸 涼一 相談内容 私XはA社(製造販売業)とB社(卸売業)を創業し、現在も両社の株式の100%を所有しています。A社は他社との差別化により収益性が高いのですが、B社は薄利多売で収益性は業界平均を下回ります。ただし、B社には様々な取引先との取引実績があり営業力が強みです。 なお、私には20代の息子がいますが、将来の事業承継を見据えて、これまで別会社として経営してきたA社とB社の統合により、グループ価値の向上を目指していきたいと考えています(ただし、両社は業法の関係で合併はできません)。 また、私Xは引退後には個人での不動産投資を検討しており、投資資金をA社・B社から捻出する予定です。 具体的な検討はこれからですが、どのような手法が良いでしょうか。 A社とB社の現状は下記通りです。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 適格株式交換と株式譲渡の比較 株式交換とは、会社が発行済株式の全部を他の会社に取得させることをいい(会社法2)、税制の一定要件を満たす場合、「適格株式交換」とされます。 100%の「株式譲渡」と比較すると、次のようになります。 [2] 将来の事業承継の観点から 〈持株会社化前の各社の株式評価額〉 〈持株会社化の手法〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 このように相続税評価額の高いA社をB社の100%子会社とする持株会社化(株式交換・株式譲渡)を行うことが考えられます。 これにより、B社株式の純資産価額評価において、A社株式の将来の評価益(含み益)に対して37%(法人税額等相当額)を控除することができます。 また、持株会社化は、お互いの強みを強化し適正な人員配置をすることで、様々なシナジー効果を期待できます。例えばA社製品を営業力のあるB社で販売することによりB社売上高が30億円以上となった場合、B社は財産評価基本通達178における「大会社」(注)に該当し、その株式は類似業種比準価額により評価されることとなります。 結果的にB社株式の類似業種比準価額のみでB社グループの相続税評価額を算定することになり、将来の事業承継コスト(承継時の贈与税等)を現状より下げられる可能性が高くなります(A社株式の株式評価額切断効果)。 (注) 取引相場のない株式の評価上の区分(財産評価基本通達178:一部抜粋) (※) 従業員数が70人未満の会社については、上表内の「従業員数を加味した総資産基準」と「取引高基準」により判定し、いずれか大きい方の会社規模により取引相場のない株式の評価を行います。 [3] 株式譲渡による株式の現金化 《株式譲渡収入》 《株式譲渡収入》の方法による持株会社化の場合は、株式を税効率良く現金化できます。 A社株式譲渡価額を純資産価額の10億円とした場合、B社はA社株式購入資金10億円を金融機関からの融資で賄います。借入金の返済資金には、その後のA社からB社への配当金(グループ法人税制適用により無税)等を充当します。 XがB社から10億円のA社株式譲渡対価を収受した場合は、譲渡所得税等が約2億円(税率:約20%)生じ、手元に残る金額は約8億円となります。 《株式交換後に給与収入》 対して、《株式交換後に給与収入》の手法で株式交換後にB社グループから10億円(株式譲渡対価と同額)の給与をXが収受する際には、給与所得税等が約5.5億円(所得税等の最高税率:約55%)生じ、手元に残る金額は約4.5億円となります。 このように、同じB社からXへの現金支払いであっても、株式譲渡の対価とするか、給与とするかにより、所得税等負担は大きく相違します。 [4] 結論 本件の場合、将来の事業承継を見据えたA社とB社の持株会社化(株式交換・株式譲渡)によるグループ価値向上を目指すことで、結果的に事業承継コストを抑えられることが期待できます。 なお、Xは不動産購入を検討しているとのことですので、持株会社化の手法としては株式交換よりも株式譲渡が、税効率良くXの手元現金を増加させることができます。 ただし、株式譲渡の場合は資金繰りや金利負担の関係もありますので、その点は留意する必要があります。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q56】 「上場株式の譲渡と同時に同一銘柄の株式を再取得する場合の課税関係」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 上場株式を譲渡した場合の譲渡損益の取扱い 上場株式を譲渡したことによる譲渡益は、「上場株式等に係る譲渡所得等」として、他の所得と区分し、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)の税率で課税されることとなります(申告分離課税)。 上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算方法は、下記のとおりです。 また、上場株式を譲渡したことにより損失が生じた場合には、当該譲渡をした日の属する年分の上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上、その譲渡損失の金額を、他の上場株式等の譲渡から生じた譲渡益から控除します。さらに、控除しきれない場合には、金融商品取引業者への売委託など一定の譲渡をしたことにより生じたものであることを要件に、その控除しきれない部分の金額について、翌年以降3年間の繰越控除が認められています。 2 上場株式を売却するとともに直ちに再取得する場合 保有する有価証券を売却すると同時に、同一銘柄の有価証券を購入することを約定する取引については、「クロス取引」(※)と呼ばれています。 (※) 企業会計上、クロス取引については、実質的に売買がなかったものとして売買損益を認識しないことが明らかにされており(「金融商品会計に関する実務指針」42項)、法人税法上も同様に取り扱うこととされています(法人税基本通達2-1-23の4)。 このような取引に関する税務上の取扱いについて、日本証券業協会から国税当局に対して照会がなされ、一定の取引については上場株式等の譲渡として取り扱って差し支えない旨、回答されています(下記個別通達参照)。 この照会が行われた当時(平成12年)には、上場株式の譲渡益に対する課税方法として源泉分離課税制度の選択が認められていたため、同一銘柄の株式を直ちに再取得する取引であることを前提とした譲渡であっても、その選択が認められることを確認する内容となっていますが、そのような譲渡も上場株式の譲渡として取り扱うものであることを確認されたという点で参考になります。 なお、この照会における「一定の取引」とは、下記に掲げる取引とされています。 3 本件へのあてはめ A株式及びB株式は共に上場株式であり、取引市場で譲渡されることから、これらの株式の譲渡から生じる損益は、譲渡後直ちに再取得するB株式分も含めて、上場株式等の譲渡所得等として取り扱うものと考えられます。 したがって下記のとおり、A株式に係る譲渡益の金額からB株式に係る譲渡損の金額を控除するものと考えられます。 なお、再取得したB株式の取得価額は、500,000円となります。 (了)
《相続専門税理士 木下勇人が教える》 一歩先行く資産税周辺知識と税理士業務の活用法 【第9回】 「“株式分散”という潜在的リスクの把握と対応」 公認会計士・税理士 木下 勇人 一般に会計顧問の業務では、法人税申告書別表2の位置付けは「同族会社の判定」であり、実務上多くの中小法人が同族会社であることから、他の別表様式に比べその取扱いに注意を払われることは少ないと思われる。 一方、資産税コンサルの視点で見た場合、資料チェックのスタートがこの「別表2」であることが多く、その重要性は非常に高い。すなわち別表2は、その会社における株式分散問題を把握するための「少数株主の存在」を知ることができる位置づけとなる。 1 別表2におけるチェック項目 資産税コンサルとして別表2をチェックする手順は、以下のとおりである。 2 少数株主の存在による法的リスク 1で少数株主の存在を把握した場合、その法的リスクについて確認する必要がある。 一般的な少数株主権をまとめると、以下のとおりである。 上記の中で特に注意が必要なのは、会計帳簿の閲覧請求権(会社法433)といえる。閲覧可能な資料は「会計帳簿又はこれに関する資料」とされており、「会計帳簿」は総勘定元帳、現金出納帳、仕訳帳などが該当し、「これに関する資料」は契約書、領収書、伝票などが該当する。 会計帳簿の閲覧と謄写を請求することができるのは、総株主の議決権の100分の3以上又は発行済株式の100分の3以上を有する株主とされているが、これらの少数株主が会計帳簿を閲覧する目的として考えられるのは、株主代表訴訟(会社法847)の要否検討や、取締役の不正行為調査などである。このような場合、少数株主であっても会社経営に影響を及ぼすリスクが高まることになる。 また、M&Aで株式譲渡する場合を想定すると、少数株主が存在する会社は売却の可能性が低くなる。このためM&A実行前に少数株主から株式集約を図る必要が生じるのだが、株主に相続が発生し相続人の準共有状態が継続している場合や、株主自身が意思無能力者(重度の認知症など)の場合には、迅速な株式集約は難しくなり、結果としてM&Aの実現可能性も低くなる。 このように少数株主の存在を把握した場合、様々な潜在的リスクを認識する必要がある。 3 株主集約を目的とした少数株主との協議による株式買取手法 2で述べたような潜在的リスクをなくすため、まず検討すべきは以下のように、少数株主との協議によって株式を買い取る手法である。 ①②の手法に共通するのは、「買主側が買取りの資金を準備する必要がある」という点である。 このため、買取交渉前に買取資金の段取り(金融機関からの融資、関連法人からの資金融通など)を検討する必要がある。また、税務上の適正株価にこだわることなく、可能な限り低価格での買取りができるよう交渉を進めることも重要となる。 4 スクイーズアウトによる手法(協議による現金買取以外) 3で紹介した協議による株式買取の方が優先順位が高いため、二次的な対応として考えたいが、スクイーズアウトによる株式集約の手法として、以下のようなものがある。なお、いずれも最終的には買取りに係る財源が必要となる。 5 “健全な会社経営”という視点を持ち潜在的リスクへの対応を 今回のコロナショックが1つの契機となっているが、会社が潜在的に抱えるリスクは、あるタイミングで突然顕在化する。当然ながら、リスクが顕在化した後では十分な対応をとることができない。このため潜在化の段階でそのリスクに対応する必要があるのだが、そのシグナルを最初に感じ取るのは、普段から顧問企業の状況を把握し客観的な視点を持つ税理士だと考える。 同族会社にとっての少数株主の存在は、不動産オーナーが抱える「共有不動産」や「第三者の借地権」などと同様、平時においては解決の優先順位がさほど高くないといえるが、2で紹介したようなリスクや問題が生じた場合には、その解決の優先順位は一気に高くなる。 経営者の重い腰を動かせるのは税理士しかいない。そのため税理士としては、会社経営の健全化のため、様々なケースを想定し、採り得る対策に優先順位を付けて対応することが望まれる。 (了)