谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第31回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -個別的否認規定と個別分野別の一般的否認規定との関係(その1)- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前回は、租税回避否認規定の類型を整理した上で、一般的否認規定の意義と問題を検討し、最後に、現行税法上の個別分野別の一般的否認規定についてその「具体的な相貌」(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔平成31年改訂/16版〕』(大蔵財務協会・2019年)26頁)を明らかにしていくことが必要である旨を述べた。今回から、そのための検討作業の一環として、個別的否認規定との関係を検討することにしたい。 具体的には、組織再編成に係る行為計算の否認規定(法税132条の2)と未処理欠損金額の引継ぎに係る個別的否認規定(同57条3項)との関係(とりわけ適用関係)について、ヤフー事件・最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁(以下「ヤフー事件最判」という)とTPR事件・東京地判令和元年6月27日(未公刊・LEX/DB文献番号25564253。以下「TPR事件東京地判」という)との比較検討を通じて、検討することにする。 なお、検討がやや長くなったので、2回に分けて掲載することにする(今回はⅡまで、次回はⅢⅣ)。 Ⅱ ヤフー事件最判における法人税法132条の2の「重畳的」適用 1 組織再編成に係る租税回避の「手段」 ヤフー事件最判は、法人税法132条の2の趣旨及び目的と否認要件について次のとおり判示している(以下「ヤフー事件最判❶」という。下線筆者)。 この判示は、法人税法132条の2が否認の対象とする租税回避(「組織再編成に係る租税回避」)の「手段」について、同条の趣旨及び目的の観点からは、「組織再編成」に係る私法上の形成可能性(選択可能性)を想定した説示を行い、同条の否認要件の観点からは、「組織再編税制に係る各規定」を想定した説示を行ったものと整理することができる(第22回Ⅲ参照)。 ここでいう「組織再編税制に係る各規定」は、ヤフー事件では、法人税法132条の2の否認要件(不当性要件)への本件副社長就任の当てはめに関する次の判示(以下「ヤフー事件最判当てはめ判示」という。下線筆者)の中で挙げられているとおり、①法人税法57条2項、②同条3項及び③同法施行令112条7項5号の各規定をいう。 2 「組織再編税制に係る各規定」の法的性格・構造と租税回避の類型 前記の各規定を法的性格・構造の観点からみると、次の判示(以下「ヤフー事件最判❷」という。下線筆者)によれば、①法人税法57条2項は、未処理欠損金額の引継ぎを内容とする課税減免規定であり、②同条3項は、①の課税減免規定の濫用防止規定であり、③同法施行令112条7項5号は、みなし共同事業要件の1つである特定役員引継要件を定める、②の濫用防止規定の適用除外規定である、と整理することができる。 ヤフー事件では、本件副社長就任の特定役員引継要件該当性が争点とされたが、同最判は、同要件を定める前記③法人税法施行令112条7項5号(前記②の濫用防止規定の適用除外規定)の濫用による租税回避を、同法132条の2の適用により否認したのである。つまり、ここで否認されたのは、前記①の法人税法57条2項という課税減免規定の「濫用」を防止するための個別的否認規定である、前記②の同条3項に係る適用除外要件を定める、前記③の同法施行令112条7項5号の「濫用」による租税回避であり、それは、そのような意味で、形式論理的には、税法上の課税減免規定に係る「二重の濫用」による租税回避といってもよいかもしれない。このような呼称の点はともかく、そのような租税回避も、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避(租税回避の第2類型。第22回Ⅲ)の一種とみることができよう。この点については次のように考えるところである。 すなわち、税法上の課税減免規定の濫用による租税回避における「課税減免規定」には、ヤフー事件に即していえば、未処理欠損金額の引継ぎを認める規定(法税57条2項。以下「本来的課税減免規定」という)だけでなく、同規定の不当な利用(濫用)を防止するための規定(同条3項)に係る適用除外要件の部分をも含めてよいであろう。というのも、後者の濫用防止規定(個別的否認規定)に係る適用除外要件は、いわば「否認緩和要件」として、当該濫用防止規定の適用により本来的課税減免規定の濫用が否認される場合に比べて、「課税減免」の効果をもたらすからである(当該濫用防止規定のうちそのような効果をもつ否認緩和要件を定める部分を以下「派生的課税減免規定」という)。そして、ヤフー事件最判は、そのような税法上の派生的課税減免規定の濫用による租税回避を否認したと考えることができるのである。 なお、課税減免規定の濫用について、筆者は次のとおり考え解説を行っている(【66】=拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)の欄外番号。以下同じ。第24回Ⅲ2も参照)。 この解説は、税法上の派生的課税減免規定の濫用についても妥当する。この解説によれば、前記①の法人税法57条2項の定める本来的課税減免規定の適用除外要件の欠缺(隠れた欠缺)は、前記②の同条3項の濫用防止規定によって補充されているが、前記③の同法施行令112条7項5号の定める派生的課税減免規定については適用除外要件が定められていないので、その適用除外要件の欠缺(隠れた欠缺)を補充し当該派生的課税減免規定の濫用を防止するために、ヤフー事件最判は同法132条の2を適用したものと解される(ヤフー事件最判当てはめ判示参照)。 3 法人税法132条の2の「重畳的」適用 税法上の派生的課税減免規定の濫用による租税回避に対する法人税法132条の2の適用を筆者は、個別的否認規定である同法57条3項との「重畳的」適用と呼んできた(拙稿「租税回避と税法の解釈適用方法論-税法の目的論的解釈の『過形成』を中心に-」岡村忠生編著『租税回避研究の展開と課題〔清永敬次先生謝恩論文集〕』(ミネルヴァ書房・2015年)1頁、24頁参照)。そのような呼称は、「個別防止規定の潜脱」に関して述べられている、法人税法57条3項と同法132条の2との次のような適用関係(斉木秀憲「組織再編成に係る行為計算否認規定の適用について」税務大学校論叢73号(2012年)1頁、78-79頁。下線筆者)を念頭に置いたものである。 なお、税法上の派生的課税減免規定の濫用については、その意義を前記2で述べたが、その論理構造をもう一度整理しておくと、その濫用は、本来的課税減免規定の濫用防止規定に係る適用除外要件(否認緩和要件=[その効果としては]課税減免要件・消極的課税要件[積極的課税要件も併せて第24回Ⅲ2参照]。ヤフー事件ではみなし共同事業要件)に係る適用除外要件(否認回復要件=[その効果としては]課税根拠要件・積極的課税要件)の欠缺を利用する行為である。法人税法132条の2の「重畳的」適用は、そのような否認回復要件の欠缺(これも隠れた欠缺である)を補充し派生的課税減免規定の濫用を否認する結果をもたらす。その結果は、否認緩和要件(みなし共同事業要件)に対して目的論的限定解釈(外国税額控除余裕枠利用事件・大阪高判平成14年6月14日訟月49巻6号1843頁の説示する「その趣旨・目的に合致しない場合を除外するとの解釈」。最判平成26年12月12日訟月61巻5号1073頁における千葉勝美裁判官補足意見も参照。以上につき【46】参照)を行うことによっても、もたらすことができる。ヤフー事件最判が特定役員引継要件についてそのような目的論的限定解釈の手法を採用しなかったのは、その手法については法解釈の限界を超えるものか否かの点で見解の対立がみられること(第7回Ⅲ参照)を考慮したものと考えられる。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第15回】 「資本金等の額が大きい会社の自己株式の取得」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 税理士 髙田 泰輔 相談内容 私Kは不動産管理業を営む非上場会社T社の代表取締役社長(65歳)です。 私には、長男A(35歳)と次男B(33歳)がいます。Aはサラリーマンで、不動産業にも会社経営にも興味はないようです。Bは障害をもっており、私の扶養で妻が面倒を見ています。 このような状況ですので、T社は私の代で清算させようと思っています。小規模企業ですので、費用対効果からM&Aも検討していません。 T社の直近期の財務状況等は下記のとおりです。 私もまだ元気ですし、今すぐ会社を清算するつもりはありませんが、Bが障害をもっていることもあり、私の身に“万が一”のことがあった時が心配です。そのため、T社の現預金の一部を拠出し、将来、Bが安心して住める不動産だけでも予め取得し、遺言で相続させたいと考えています。 この場合の現預金の拠出方法について、この先数年間の配当や役員報酬を増額して原資とすることも考えましたが、私の所得税等の負担が大きくなってしまいます。何か良い方法はありますか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 自己株式の取得と財源規制 会社が自ら発行する株式を株主から取得することを自己株式の取得といいます。自己株式の取得には有償取得と無償取得の2つがありますが、本稿では有償取得の取扱いを解説します。 自己株式の有償取得が無制限に行われると、会社の債権者が債権を十分に回収することができなくなります。そこで会社法では、自己株式の対価である金銭等の帳簿価額の総額が取得の効力発生日における「分配可能額」を超えることはできないと定めています。 そのため、自己株式を活用したスキームを検討する場合には、まず、分配可能額を算定する必要があります。 分配可能額の算定はかなり複雑な規定がされていますが、貸借対照表上の剰余金の額をベースに一定の調整をして算出します(会社法446、461②)。 [2] 自己株式の取得の課税関係 自己株式の取得(市場からの購入等一定の方法による場合を除く)が行われた場合において、自己株式の取得対価の額がその株式に対応する法人税法上の資本金等の額を超えるときは、その超える部分の金額は株主に対する「みなし配当」となります(法法24①五、所法25①五)。 (1) 発行法人の課税関係 法人税法上、自己株式は有価証券の定義から除外されており(法法2二十一)、自己株式を取得した場合は資本金等の額及び利益積立金額を減算することとされています(法令8①二十・二十一、9①十四)。つまり、自己株式の取得は資本等取引に整理されますので、発行会社において課税関係は生じません(法法22②⑤)。 (2) 株主の課税関係 株主においては、自己株式の譲渡対価を株式の譲渡収入に対応する金額とみなし配当の金額に区分して計算します。 個人株主であれば、株式の譲渡益に対応する部分は、所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%の税率による分離課税の対象となります。一方で、みなし配当部分は配当所得として総合課税の対象となり、累進課税が適用されます。このため、自己株式の取得によりみなし配当が生じるケースでは適用税率が高くなる傾向にあります(最高税率55.945%:所得税及び復興特別所得税45.945%、住民税10%)。 なお、みなし配当についても配当控除の適用があります(所法92)。 (3) みなし配当の金額(配当所得の計算) みなし配当の金額は、下記の算式に基づいて計算します。 (4) 譲渡所得等の計算 譲渡所得等の金額は、下記の算式に基づいて算定します。 [3] 本事例へのあてはめ T社の直近期の貸借対照表の純資産は300,000、資本金が10,000ですが、資本金等の額は300,000となっています。T社のように、資本金の額に比べて資本金等の額が多額になるケースとして、例えば過去に無償減資等により欠損填補した後に業績が改善し、利益体質の会社になったことによる場合が考えられます。 自己株式の取得スキームでネックになるのは、個人株主においてみなし配当部分が配当所得として総合課税の対象になることによる税負担です。 しかし、T社のような資本金等の額が多額な企業においては、自己株式を有償取得したとしても取得対価が資本金等相当額を超えず、みなし配当が生じない(もしくはみなし配当部分が少額となる)ケースもあります。みなし配当が生じない場合、個人株主においては株式譲渡益について所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%の税率による負担となります。 〈T社自己株式取得におけるみなし配当の金額及び譲渡所得税の計算〉 〔前提〕 〔みなし配当の金額〕 ∴みなし配当課税はない 〔1株当たりの譲渡所得等の金額〕 〔1株当たりの譲渡益に対する所得税及び復興特別所得税・住民税〕 譲渡対価については、「適正な時価」によることとされています。適正な時価の算定については、一般的には所得税基本通達59-6によりますが、時価純資産価額を採用する場合もあります。 [4] スキームの検討 T社の事業の遂行、キャッシュ・フローに支障が生じない範囲で自己株式の取得を実行します。Kの財産がT社株式から現預金に変わります。 その後、Kの希望どおり取得した現金で障害をお持ちのBのための不動産などを購入し、遺言により相続させます。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q53】 「特定口座で保有する証券投資信託に係る外国所得税の二重課税調整」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 令和元年12月31日以前の取扱い 個人投資家が日本の証券投資信託の受益権を保有し、その証券投資信託の信託財産のうちに外国法人が発行する株式が含まれる場合、当該外国法人が当該証券投資信託に対して配当する際に、当該外国法人の所在地国で外国所得税が源泉徴収されることがあります。証券投資信託側では源泉徴収後の配当金額を受領し、これを原資として受益者である個人投資家に対して収益の分配金を支払う際、さらに日本の所得税を源泉徴収する結果、外国所得税と日本の所得税とが二重に課税される結果となっていました。 所得税法には、従来、所得税法第13条第3項第1号に規定する集団投資信託(証券投資信託もこれに含まれます)について、信託財産に含まれる外国株式の配当等に対して課せられた外国所得税の額がある場合には、受益者に対する収益の分配を支払う者が、その支払いの際に、当該外国所得税に相当する額を収益の分配に係る所得税の額から控除してその残額を納税するという、調整規定が設けられています。 しかしながら、公募証券投資信託など一定の金融商品については、信託財産を管理する受託者(信託銀行)と受益者に対する収益の分配に係る源泉徴収義務者(例えば、証券会社)が異なるために、これが機能していませんでした。 そこで、この二重課税が生じる状況を改善すべく、平成30年度税制改正において、環境整備がなされました。 2 令和2年1月1日以降の分配金に係る二重課税調整の仕組み (1) 制度の概要 日本の証券投資信託の信託財産に外国株式が含まれ、当該外国株式に係る配当等から外国所得税が源泉徴収されている場合、受益者に対して証券投資信託に係る収益の分配金を支払う証券会社等は、受益者に対して支払う収益の分配の額から源泉徴収した所得税の額を税務署に納付する際に、当該証券投資信託に係る運用会社からの通知に基づき計算した当該外国所得税相当額を控除します。なお、住民税はこの措置の対象外です。 (2) 計算例 (1)を踏まえた具体的な控除額及び最終的な受益者の手取額の計算例を示すと下記のとおりです。なお、下記の例は説明のために簡略化したもので、実際は受益者ごとに計算されます。 例 (注) 信託財産のすべてが外国株式であるものと仮定します。 (3) 対象となる金融商品 令和2年1月1日以降、この二重課税調整の措置の対象となったのは、下記の金融商品です。 なお、私募投資信託や株式数比例配分方式以外の方法を選択したETF等は、発行会社(信託銀行)が源泉徴収義務者であるため、以前より二重課税調整が行われていました。 3 投資家側での手続き 源泉徴収ありの特定口座内で保有する証券投資信託については、外国所得税に関する二重課税調整後の税額をベースに源泉徴収が行われますので、投資家サイドで追加的な手続きを行う必要はありません。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第57回】 「借入金利子事件」 ~最判平成4年7月14日(民集46巻5号492頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第24回】 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 (イ) ➋確定決算収益経理要件 (確定した決算において収益として経理したこと) 法人税法における従来の議論においては、次の3つの意味で確定決算主義という用語が使われてきた(平成8年11月 政府税制調査会「法人課税小委員会報告」第一章の四3参照)。 かような従来の議論に落とし込んだ場合、法人税法22条の2第2項は、確定決算主義を採用したものといえよう。 法人税法22条の2第2項は、費用又は損失ではなく収益として経理されていることを要求するものではあるが、資産の販売等に係る契約の効力が生ずる日その他の引渡日又は役務提供日に近接する日において収益計上する場合、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従ったものであることを要求するとともに、当該近接する日の属する事業年度の確定した決算において収益として経理することを要求しているからである。 2項は、近接日基準による収益計上を認める条件として、確定決算による収益経理を求めている。これは、いわば、形式面・手続面において会計処理と税務処理の一致を求めるものである。 同時に、2項は、近接日による収益経理が公正処理基準に準拠していることも要求している。これは、いわば内容面・実質面において近接日による収益経理に対して公正妥当性の網をかけたものといえる。 いずれにしても、法人税法22条の2第1項は、会計上の処理のいかんにかかわらず、引渡・役務提供基準による収益計上を求めているものの、1項に優先して適用される2項が確定決算主義を採用していることにより、2項の適用がある場合には会計上の処理の影響を反射的に受けることは否定できない。 かかる指摘が有意である場面の1つとして、納税者と課税庁との間で、収益の計上時期が争いになり、課税庁が、法人税法22条の2第1項を適用して収益を計上すべきであると主張する場面を挙げることができる。 法人税法22条の2第2項は、一定の要件を満たした場合には、1項の規定にかかわらず適用される。法人税法22条の2第2項は同項の適用要件を満たすと、1項に優先して、かつ、強制的に適用されるのである。適用要件を満たしている場合に、納税者が同項の適用を選択的に決定できる建付けにはなっていない(納税者が同項の適用要件を満たさないようにすることの選択は可能であるが、同項は確定決算主義を採用しているため、この限りにおいて、会計上の処理に左右される)。 課税庁は、法人税法22条の2第1項の適用があることを確認するだけでは足りず、2項の適用がないことも確認する必要が出てくるのである(本連載第15回参照)。 なお、法人税法22条の2第2項が確定決算主義を採用していることにより、会計上の処理の影響を反射的に受けることは否定できないため、近接日基準の具体例を示す法人税基本通達に掲げられている収益経理、例えば仕切精算書到達基準を従前から採用してきた法人に少なからぬ影響を与えることになる。 もっとも、法人税法22条の2第3項が申告調整による近接日基準の採用を認めていることを考慮すると、かかる影響は限定的なものといえよう。法人税法22条の2第2項が確定決算による収益経理、いわば形式面・手続面において会計処理と税務処理の一致を求めることの影響は小さいと考える。 他方で、申告調整による収益経理を認める法人税法22条の2第3項は、資産の販売等に係る収益の額につき一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って引渡日又は役務提供日の属する事業年度の確定した決算において収益として経理した場合は適用できない(同項括弧書)。 この意味で、3項によって認められうる資産の販売等に係る収益の会計処理と税務処理の不一致は、引渡・役務提供基準という法人税法の収益計上時期に係る原則的ルールの前で力を失うことに注意が必要である。原則的ルールが3項に優先して適用されるからである。 法人税法22条の2第3項は、資産の販売等に係る収益の額につき「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って」引渡日又は役務提供日の属する事業年度の確定した決算において収益として経理した場合は適用できないとして、1項には明記されていなかった公正処理基準準拠要件を上記のように3項の適用を途絶する条件に組み込んだ理由やその影響は別途考察を要する。 また、2項が、近接日による収益経理が公正処理基準に準拠していること、いわば内容面・実質面において近接日による収益経理に対して公正妥当性の網をかけたことの影響は、理論的観点からすればその影響は小さくないと考えるが、法人税基本通達が近接日基準の具体例を示してその採用を認める限りにおいて、実際的に見ればその影響は小さいという見方もありえよう。通達に掲げられた処理は、公正処理基準に適うものとして当局がお墨付きを与えたものといえ、実務は淡々とこれに従って進められることが予想されるからである。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第97回】 ネットワンシステムズ株式会社 「特別調査委員会中間報告書(2020年2月13日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【特別調査委員会の概要】 【ネットワンシステムズ株式会社の概要】 ネットワンシステムズ株式会社(以下「ネットワン」と略称する)は、1988(昭和63)年2月設立。情報インフラ構築と関連サービスの提供を主たる事業とする。売上高181,935百万円、経常利益13,258百万円、資本金12,279百万円、従業員数2,294名(いずれも訂正前2019年3月期実績)。本店所在地は東京都千代田区。東京証券取引所1部上場。会計監査人は有限責任監査法人トーマツ(以下「トーマツ」と略称する)。 【調査報告書の概要】 2019年12月13日、独立系のIT企業2社が、ほぼ同じような内容のリリースを出した。1社は本稿で取り上げたネットワンで、もう1社は日鉄ソリューション株式会社(以下「NSOL」と略称する)である。その内容は、「国税局による税務調査の過程で、取引の実在性に疑義が指摘された」ことを理由に、特別調査委員会を設置するというものであった。 2つのリリースの本当の意味がわかったのは、翌年1月18日、株式会社東芝による連結子会社における不適切会計の公表と、その後、マスコミ各社の報道により、不適切会計の取引先として、ネットワンとNSOLの両社が判明したという記事(同月22日)であった。 IT業界で再び発覚した架空循環取引による売上高と利益の水増し。架空循環取引を主導したとされるネットワン特別調査委員会の中間報告書をベースに、本稿執筆時までに判明した取引の概要について、検証したい。 1 特別調査委員会設置の経緯 ネットワンは、2019年11月、東京国税局による税務調査の過程で、一部取引について納品の事実が確認できない取引がある旨の疑義があるとの指摘を受け、社内調査を行ったところ、その事実経緯の正確な把握には、取引先を含めたより広範かつ深度ある調査が必要な状況にあるとの認識を持つに至り、12月13日、納品の事実が確認できない取引及びこれに類似する不正の有無・態様の確認並びに原因究明等、連結財務諸表への影響額の算定及び判明した事実を踏まえた再発防止策に関する助言のため、特別調査委員会を設置することを決定し、その旨を公表した。 2 不正の概要 調査委員会は、調査の結果、納品の事実が確認できない取引は、中央省庁をエンドユーザーとする架空の物品販売を内容とする商流取引を順次繰り返す形で行われていたと説明したうえで、ネットワンの中で首都圏、北関東、信越の公共市場及び社会インフラ市場を主に担当している第1営業部配下で、公共市場(中央省庁)を担当する営業第1チームのマネージャーであったA氏が、取引の当事会社の担当者らと連絡を取り合い、A氏の部下らに対して必要書類の一部の作成を命じ、A氏の上長に対して架空の商流取引である事実を秘して決裁を受け、不正行為に係る取引を実行していたと判断した。 さらに、不正行為は、ネットワンにおいて組織的に実行されたものではなく、全容を把握して架空の商流取引であることを認識していたのはA氏のみであり、A氏が単独で行っていたものであったと断定している。 (1) A氏による不正の手口 A氏は、実際に中央省庁が入札を実施した案件を用いることにより、ネットワンの上流にいる会社(販売先)が当該案件を落札していたものとして、A氏は、ネットワンが物品の調達・納入を受注する商流取引に入ることができたかのように装うことによって、社内の決済を通していた。 また、A氏が商流取引への参加を持ちかけたとされる会社(当事会社)は、中間報告書では5社となっているが、当事会社に対するA氏の説明は、報告書によれば、以下のとおりである(報告書21ページ。報告書上「貴社」とされている部分を「ネットワン」に置き換え、一部、記述を省略している)。 これを商流図で表すと次のとおりである(なお、会社名は、ネットワンとの取引があったことが確認されている者を便宜的に使用しているものであり、必ずしも、実際の取引に合致しているわけではないことをお断りしておく)。 ネットワンによる説明 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 実際の取引 (2) A氏による不正取引の影響 A氏による不正が開始された2015年2月から発覚するまでの間に行われた架空取引は37件、売上高約276億円、売上総利益約36億円であった。 (3) A氏による架空発注に伴う資金流出 調査委員会は、調査の過程で、架空の商流取引が繰り返される中で案件が分割されて特定の会社(報告書上は戊社)に架空発注され、同社から複数の業者(関与会社)に架空発注がなされ、不正行為によって支払われた金銭の一部が流出していることを認めた。 これに関するA氏の供述は次のとおりである(報告書16ページ)。 しかし、こうした供述について、調査委員会は、根拠となる資料が発見されていないこと、関与会社の担当者がA氏と共謀していた事実は判然としないことを理由に、中間報告の時点では認定するに至っていないとしている。 3 商流取引と純額取引 調査委員会は、A氏による不正に利用された商流取引について、次のように解説している(報告書13ページ。報告書上「貴社」とされている部分を「ネットワン」に置き換え、一部、記述を省略している)。 (1) 商流取引に関するネットワンの社内ルール ネットワンにおいて商流取引が開始されたのは2005年頃からであり、商流取引に入る場合には一定の利益率を確保するよう営業担当者に指導するとともに、一定金額以上の案件については、営業担当者は上長に対して、その案件に商流取引として入る理由や背景事情の合理性、具体的な入札案件の内容、落札業者、取り扱う製品の内容、仕入先及び納品先等について説明し、承認を得るというルールがある。 (2) 純額取引に関するネットワンの社内ルール ネットワンの受注取引のうち、発注した商品・サービスが顧客指定先への直送であり、付加価値を提供せずに、手数料を取得するようなものについては、「純額取引」として、利益のみを売上げとして計上している。営業担当者は、このような純額取引を行う場合には、案件登録時に必要事項を記入した申請書等の書面をもって、順次承認を得るというルールがある。 (3) 純額取引に関する監査の状況(報告書10ページ以下) ネットワンにおいては、A氏が所属していた営業第1チームが関与した純額取引のうち、会計監査人による監査の対象となったものについては、内部監査の対象案件から除外していた。その理由は、純額取引について、会計監査人がかなり厳格に検討している以上、これに重ねて内部監査を実施する意味は乏しいと判断されたためである。 ネットワンの会計監査人であるトーマツの監査計画では、売上取引の実在性の検証は重点監査項目に選定されており、サンプリングにより抽出された売上取引を個別検証することで、トーマツは監査上の心証形成を行っていた。サンプリングは、一定金額以上の取引、循環取引の可能性がある低粗利率の取引等、複数の基準を用いて実施され、本調査で納品実体がない取引と認定された取引が含まれていたものの、トーマツ担当者は、A氏等に対して案件の背景事情についてヒアリングを行うとともに、内部・外部証憑の証憑突合を実施したうえで、トーマツから、監査対象取引の実在性に関する問題点が指摘されることはなかった。 【調査報告書の特徴】 年明け早々、IT業界を席巻した架空循環取引騒動は、ネットワンによる中間報告書の公表で一段落した感はあるが、全部で9社あるとされている取引参加社のうち、依然として社名が判明していない会社が3社残っていることも事実である。 ネットワン以外の参加各社の公表情報をまとめ、未だ判明していない問題点などを以下で検討したい。 1 決算訂正などを公表した各社における循環取引による売上高・利益の金額 本稿執筆時点で、調査結果を公表したのはネットワンを含めて4社。富士電機株式会社の連結子会社である富士電機ITソリューション株式会社(※1)、NSOL(※2)、ネットワン、株式会社東芝の連結子会社である東芝ITサービス株式会社(※3)である(公表順)。各社における本件取引による売上高及び利益の金額は以下のとおりである。 (※1) 「当社子会社における実在性に疑義のある取引について」(2020年1月30日付) (※2) 「特別調査委員会の調査結果と業績に与える影響、再発防止策等について」(2020年2月6日付) (※3) 「当社子会社における実在性の確認できない取引に関する調査結果及び今後の対応について」(2020年2月14日付) 《富士電機ITソリューション決算修正内容(単位:億円、件)》 2020年3月期については、すでに発注が解除されている取引が4件47億円存在している。 《日鉄ソリューションズ決算修正内容(単位:百万円、件)》 2020年3月期については、受注済みの未処理案件4件が存在する。 《ネットワンシステムズ決算修正内容(単位:百万円、件)》 2020年3月期については、受注済みで未売上の取引が2件約3億円存在している。 《東芝ITサービス決算修正内容(単位:百万円、件)》 他にも、みずほリース株式会社は連結子会社のみずほ東芝リース株式会社が、1件の商流に介在していたことを認め(※4)、ダイワボウホールディングス株式会社も連結子会社のダイワボウ情報システム株式会社が2014年度から2016年度までの間に約7億円の売上を計上してことを認めている(※5)。 (※4) 「本日のマスコミ報道に関して」(2020年1月24日) (※5) 「本日の一部報道に関して」(2020年2月14日付) 2 架空循環取引により発生した各社の利益はどこが負担しているのか 実在性に疑義ある取引金額を公表した各社の売上総利益(粗利)合計は、約95億円となる。この利益をどの会社が負担する(損失を計上する)のか。現在のところ、特別損失の発生を公表しているのはネットワンのみであり、その金額は約52億円である(※6)。 (※6) 「2020年3月期 第3四半期業績予想、及び、2020年3月期 通期業績予想の修正に関するお知らせ」(2020年2月14日) また、上記表にも記載したとおり、NSOLでは、「受注済みの未処理案件が4件」存在することを明らかにしており、この受注に対する発注が先行しているようであれば、発注金額相当額の資金が回収できない可能性があることから、損失計上につながる可能性がある。 商流に参加したことが判明している各社では、今後、損失負担について、協議が続くことが予想されるが、その結果については、各社の適時開示を待つほかないようである。 3 活かされなかった再発防止策 ネットワンは、2013年3月、得意先である十六銀行向け商談の担当者が、システム開発業務を委託する際に水増し発注を繰り返し、総額約8億円の損失が発生したことを公表している(本連載第6回「ネットワンシステムズ株式会社・元社員による不正行為「特別調査委員会調査報告書」」 )。 最終的には、元社員が逮捕されるというショッキングな事案の調査を担当した当時の特別調査委員会は、以下のような再発防止策を提言していた。 例えば、「ガバナンス機能の強化」の項目としては、「不正の発見、抑止機能の強化」「内部監査のモニタリング機能の強化」が、また、「内部通報制度」を積極的に位置づけることが提言されている。 ネットワン経営陣がこれらの提言を受けて再発防止策を実施していたことは間違いないと信じたいが、調査報告書公表後、2年もたたない2015年2月には、新たな不正が発生しており、しかも、国税局の税務調査で発覚するまでの4年以上も、発覚することはなかった(奇しくも、A氏が不正を始めたとされる2015年2月には、ネットワン元社員が警視庁捜査2課に逮捕されたと報道されている)。 純額取引ルールに内在しているリスクに対して、監査部門と会計監査人との間で、どのような認識が共有されていたのか。取引の実在性の検証は、どちらの監査項目となっていたのか。A氏の部下は、A氏による不当な業務命令に対して、なぜ、内部通報を行わなかったのか。3月13日に公表が予定されている特別調査委員会の最終報告書では、再発防止策が機能しなかった理由について、どれくらい言及がなされているのか、注目したい。なお、この最終報告書については次回検証を行うこととする(4月2日公開予定)。 4 IT業界に蔓延しているかもしれない循環取引 本連載第95回で取り上げた株式会社シーイーシーの架空取引事案も、直送取引を仮装した実在性のない取引であったことが判明している。筆者は、当初、この取引もネットワンに関係しているのではないかと考えていたのだが、公表された架空循環取引の明細を見る限り、該当するものはないようである。 問題となった取引が循環取引であったかどうかはわかっていないが、もし循環取引であったとすれば、「IT業界の悪癖(※7)」と評されている循環取引は、商流取引のベールをまとって、潜行している可能性があろう。 (※7) 日経クロステック「『悪癖』なくせるか 識者に聞く根絶策」 (了)
2020年3月期決算における会計処理の留意事項 【第2回】 RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 Ⅲ 会社法の改正 「会社法の一部を改正する法律」(以下「改正会社法」という)及び「会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(以下「整備法」という)が、2019年12月4日に成立し、同年12月11日に公布された。 改正点は、以下のとおりである。 1 株主総会に関する規律の見直し (1) 株主総会資料の電子提供制度の創設 現行法上は、書面で招集通知を発送する必要があり、情報を早期かつ十分に公開することが難しい。そのため、以下の改正が行われた。 (出所:法務省民事局「会社法の一部を改正する法律の概要」) (2) 株主提案権の濫用的な行使を制限するための措置の整備 近年、1人の株主が膨大な数の議案を提案するなど、株主提案権の濫用的な行使事例が発生し、権利の濫用と認められた裁判例も出てきた。そのため、株主提案権の上限が設けられた。 2 取締役等に関する規律の見直し (1) 取締役の報酬に関する規律の見直し 取締役の個人別の報酬の内容は、取締役会又は代表取締役が決定していることが多い。報酬は、取締役に適切な職務執行のインセンティブを付与する手段となり得るものであり、これを適切に機能させ、その手続を透明化する必要がある。そのため、以下の規定が設けられた。 (2) 会社補償に関する規律の整備 役員等の責任を追及する訴えが提起された場合等に、株式会社が費用や賠償金を補償すること(会社補償)については、利益相反性があるが、現行法上は、会社補償について直接に定めた規定はない。そのため、以下の規定が設けられた。 (3) 役員等賠償責任保険契約に関する規律の整備 株式会社が役員等を被保険者とする会社役員賠償責任保険(D&O保険)に加入させることについては、利益相反性があり得るが、現行法上は、D&O保険への加入について直接に定めた規定はない。そのため、以下の規定が設けられた。 (4) 業務執行の社外取締役への委託 現行法上、業務を執行した場合には社外性が失われることにより、社外取締役が期待される行為をすることが妨げられることがないようにする必要性が指摘されていた。そのため、以下の規定が設けられた。 (5) 社外取締役の設置の義務付け 上場会社等において、社外取締役の設置が義務付けられた。 3 社債の管理等に関する規律の見直し (1) 社債の管理に関する規律の見直し 社債の管理については、現行法上、社債管理者の制度があるが、権限が広く、責任が重いことを原因として、なり手の確保が難しく、利用コストも高くなると指摘されていた。そのため、以下の規定が設けられた。 (出所:法務省民事局「会社法の一部を改正する法律の概要」) (2) 株式交付制度の創設 現行法上、自社の株式を対価として他の会社を子会社とする手段として株式交換制度があるが、完全子会社とする場合でなければ利用することができない。そのため、完全子会社化を意図しない場合でも、株式交換と同様に株式を取得できるように新たに株式交付制度が設けられた。 (出所:法務省民事局「会社法の一部を改正する法律の概要」) 4 その他 5 適用時期 改正会社法は、公布の日から1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行される(改正会社法附則1)。 ただし、株主総会資料の電子提供制度の創設(上記1(1))、会社の支店の所在地における登記の廃止(上記4)については、公布の日から3年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行される(改正会社法 附則1ただし書)。 Ⅳ 企業内容等の開示に関する内閣府令の改正 金融庁より、2019年1月31日に「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正が公表された。有価証券報告書の主な改正内容は、以下のとおりである。 本解説では、以下のうち、2020年3月期から適用又は2020年3月期から適用可のもの(記載箇所の変更は除く)について、解説する。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 1 経営方針、経営環境及び対処すべき課題等 「第2【事業の状況】1 経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」の記載は、以下のように改正される(企業内容等の開示令 第二号様式 記載上の注意(30)、第三号様式 記載上の注意(10)等)。 (※1) 「経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等」の内容については、目標の達成度合を測定する指標、算出方法、なぜその目標を利用するのかについての説明等を記載することが考えられる。経営計画等の具体的な目標数値の記載を義務付けるものではないが、当該目標数値を任意で記載することは妨げられない。 有価証券報告書に合理的な検討を踏まえて設定された経営計画等の具体的な目標数値を記載する場合には、有価証券報告書提出日現在において予測できる事情等を基礎とした合理的な判断に基づくものを記載すべきであり、必要に応じて記述情報による補足も含めるべきと考えられる(「「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方(以下、「金融庁考え方」という)」No.6)。 2 事業等のリスク 「第2【事業の状況】2 事業等のリスク」の記載は、以下のように改正される(企業内容等の開示令 第二号様式 記載上の注意(31)、第三号様式 記載上の注意(11)等)。 (※2) 「経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクについて」記載することを求めており、リスク項目を羅列するのではなく、主要なリスクを記載することを明確化している。 リスクの発生可能性や企業への潜在的影響の大きさの観点から、企業の成長、業績、財政状態、将来の見込みについて重要であると経営陣が考えるものに限定するとともに、企業に固有でない一般的なリスクを記載する場合は、具体的にどのような影響が当該企業に見込まれるのか明らかにすることが求められる。(金融庁考え方No.10)。 (※3) 「顕在化する可能性の程度や時期」については、経営者として判断した根拠が記載されることが望ましいと考えられる(金融庁考え方No.11)。 (※4) 「影響の内容」については、定量的な記載に限られるものではないが、リスクの性質に応じて、投資者に分かりやすく具体的に記載することが必要と考えられる(金融庁考え方No.12)。 (※5) 「リスクへの対応策」については、実施の確度が高いものを記載するものと考えられるが、実施を検討しているに過ぎないもの等を記載する場合には、その旨を記載し、投資者に誤解を与えないような記載が求められる(金融庁考え方No.13)。 (※6) リスクが顕在化する可能性の程度や時期及び影響の内容は、比較を容易にする観点からも前年との変化が分かるように記載することが望ましいものと考えられる(金融庁考え方No.14)。 (※7) 特定の取引先・製品・技術等へどの程度依存しているかについては、可能な限り定量的に説明することが期待される(金融庁考え方No.15)。 (※8) 重要事象等について監査役会で議論が行われている場合には、「監査役会の活動状況」において記載することも考えられる(金融庁考え方No.17)。 3 経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析 「第2【事業の状況】3 経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」の記載は、以下のように改正されている(企業内容等の開示令 第二号様式 記載上の注意(32)、第三号様式 記載上の注意(12)等)。 (※9) キャッシュ・フローの状況における資金需要の動向に関する経営者の認識の説明に当たっては、企業が得た資金をどのように成長投資、手許資金、株主還元に振り分けるかについて、経営者の考え方を記載することが有用と考えられる(金融庁考え方No.19)。 4 監査の状況 「第4【提出会社の状況】4 コーポレート・ガバナンスの状況等(3)監査の状況」の記載は、以下のように改正されている(企業内容等の開示令 第二号様式 記載上の注意(56)、第三号様式 記載上の注意(37)等)。 (※10) 監査役、監査委員及び監査等委員の活動状況については、常勤者の活動だけではなく、非常勤の者も含めて記載される必要がある(金融庁考え方No.34)。 (※11) 監査の継続期間は、例えば、以下のように整理される。 ① 提出会社が有価証券届出書提出前から継続して同一の監査法人による監査を受けている場合、有価証券届出書提出前の監査期間も含めて算定する。 ②-ⅰ 過去に提出会社において合併、会社分割、株式交換及び株式移転があった場合であって、会計上の取得企業の監査公認会計士等が提出会社の監査を継続して行っているときは、当該合併、会社分割、株式交換及び株式移転前の監査期間も含めて算定する。 ②-ⅱ 過去に提出会社において合併、会社分割、株式交換及び株式移転があった場合であって、会計上の被取得企業の監査公認会計士等が提出会社の監査を行っているときは、当該合併、会社分割、株式交換及び株式移転前の監査期間は含めないものとして算定する。 ③-ⅰ 過去に監査法人において合併があった場合、当該合併前の監査法人による監査期間も含めて算定する。 ③-ⅱ 提出会社の監査業務を執行していた公認会計士が異なる監査法人に異動した場合において、当該公認会計士が異動後の監査法人においても継続して提出会社の監査業務を執行するとき又は当該公認会計士の異動前の監査法人と異動後の監査法人が同一のネットワークに属するとき等、同一の監査法人が提出会社の監査業務を継続して執行していると考えられる場合には、当該公認会計士の異動前の監査法人の監査期間も含めて算定する。 継続監査期間の算定に当たっては、上記の整理も踏まえ、基本的には、可能な範囲で遡って調査すれば足り、その調査が著しく困難な場合には、調査が可能であった期間を記載した上で、調査が著しく困難であったため、継続監査期間がその期間を超える可能性がある旨を注記することが考えられる。 また、継続監査期間の記載方法については、「●年間」と記載する方法のほか、「●年以降」といった記載も考えられる(金融庁考え方No.36)。 (※12) どこまでネットワークに含めるべきかは、監査人に確認しないとわからない場合もあるため、実際に記載する際は、監査人に確認することが望まれる。 Ⅴ 監査上の主要な事項(KAM) 2018年7月6日に、金融庁・企業会計審議会から「監査基準の改訂に関する意見書」が公表された。そして、2018年11月30日に「「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令(案)」等に対するパブリックコメントの結果等について」が公表された。 これらの公表により、「監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters:KAM)」が導入された。KAMとは、「監査の過程で監査役等と協議した事項の中から、当年度の財務諸表の監査において、職業的専門家として特に重要であると判断した事項」をいう(日本公認会計士協会 監査基準委員会報告書(以下、「監基報」という)701.7)。 今まで、監査報告書ではどの企業も同じ文面であった。しかし、KAM導入後は、企業によって、KAMが異なるため、監査報告書も企業によって異なる。なお、KAMはあくまでも監査上、特に重要な事項を記載するだけであって、個々の論点について個別の監査意見を表明するわけではない。 1 KAMの決定過程 監査人は、毎期、監査の過程で監査役等と協議する。 そして、その協議した事項から、以下を考慮して、「特に注意を払った事項」を決定する(監基報701.8)。 (※) 特別な検討を必要とするリスクとは、監査人が識別し評価した重要な虚偽表示リスクの中で、特別な監査上の検討が必要と監査人が判断したリスクをいう(監基報315.3(3))。 最後に、「特に注意を払った事項」から当年度の財務諸表の監査において、職業的専門家として特に重要(相対的な重要性)であると判断した事項(=KAM)を決定する(監基報701.9、A59)。 海外の事例では、収益認識、のれんの評価、固定資産の減損、繰延税金資産の回収可能性、各種引当金等が記載されることが多い。 KAMは各社の中での相対的な重要性により決定されるため、KAMがゼロになるケースは稀であると考えられる。 【KAM決定のイメージ図】 2 監査報告書の記載事項 (1) 冒頭の記載 監査人は、KAMについて、監査報告書の「監査上の主要な検討事項」の区分の冒頭に以下を記載する(監基報701.11)。 (2) 個々のKAMの記載 上記(1)の記載の下に個々のKAMに適切な小見出しを付して、以下を記載する(監基報701.12)。 3 KAMと企業による開示との関係 企業に関する情報を開示する責任は経営者にあり、KAMの記載は、経営者による開示を代替するものではない。監査人がKAMを記載するために、企業がまだ未公表の情報を記載する必要があると判断した場合には、経営者に追加の情報開示(注記、有価証券報告書の経理の状況より前での開示、決算短信等)を促すことが考えられる(監査基準の改訂について 二1(5))。 なお、監査人が追加的な情報開示を促した場合において経営者が情報を開示しない場合、監査人が正当な注意を払って職業的専門家としての判断において当該情報をKAMに含めることは、監査基準に照らして守秘義務が解除される正当な理由に該当する(監査基準の改訂について 二1(5))。 4 適用対象及び適用時期 (1) 適用対象 当面、金融商品取引法上の監査報告書(年度)に適用される。なお、非上場企業のうち、資本金5億円未満又は売上高10億円未満かつ負債総額200億円未満の企業は除かれる。 (2) 適用時期 2021年3月31日以後に終了する連結会計年度及び事業年度から適用される。ただし、2020年3月31日以後に終了する連結会計年度及び事業年後から早期適用することもできる。 (注) KAMは監査報告書に記載する内容であるため、いつから適用するか判断するのは、企業ではなく、監査人である。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第32回】 「計算書類における「0」の表記に注意」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例32-1】 数字の記入漏れ、記入ミスがある。 【事例32-1】の連結株主資本等変動計算書には、記入漏れが1ヶ所と記入ミスが1ヶ所あります。いずれも数値欄です。どこだかわかりますか? これは難問かもしれません。単純なミスなのですが、気がつきにくいのです。「まずは計算チェックでもやってみよう」と思った方は、思いとどまってください。それをやっても見つからない可能性が高いです。 2 「0百万円」は「0円」ではない では、正解を見てみましょう。以下のとおりです。 赤丸で囲んだところが、正しく修正したところです。正解できたでしょうか。 説明するまでもありませんが、「0百万円」というのは、「0円」ではなく、「1円~999,999円」を示しているので、「0百万円」や「△0百万円」の記載は、欠かせないのです。「もちろん、そんなことはわかっていたが間違えてしまった」というのが、この事例です。 3 このミスの原因は? 【事例32-1】のミスが発見されなかった原因を考えてみましょう。 それは以下の2つです。 第1は、計算チェックをしてもわからないという点です。「△0」が記載漏れになっていたり、「△0」が「-」になっていたりしても、計算チェックの結果には影響がありません。したがって、いくら計算チェックをしても、異常に気がつけません。 第2は、連結株主資本等変動計算書のマトリクス状のフォームです。ご覧いただいたとおり、数値欄がマトリクスになっていて、必ずしもそのすべての欄に数字が記載されるわけではありません。したがって、数字が記載されるべき欄が、空欄や「-」になっていても違和感がないのです。 以上から、この種のミスを防ぐには、ミスの事例を習得して、似たようなケースには気をつけるというのが早道です。 4 類似事例 類似事例を1つ紹介しておきます。 計算書類の附属明細書に掲載する「有形固定資産及び無形固定資産の明細」の事例です。 【事例32-2】 「0」と「-」の使い分けが間違っている。 赤丸で囲ったところが、異常な部分です。 機械装置と工具器具備品の当期増加額は、いずれも「0百万円」(1円~999,999円)ですが、有形固定資産合計の当期増加額は「-」(0円を示す)となっています。内訳に「0百万円」が含まれているにもかかわらず、合計が「-」になることはありえません。 したがって、機械装置と工具器具備品の「0」を「-」とするのか、有形固定資産合計の当期増加額を「0」とするのか、いずれかであるはずだとわかります。 前回に引き続き、「0」という数字が出てきたときは、何かとミスが起こりやすいので、十分に注意しましょう。 〈今回のまとめ〉 計算書類では、円単位で作成していない限り、「0」は「0円」ではないことを常に意識しておきましょう。 (了)
〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第24回】 (最終回) 「リモートワークを導入する際の留意点」 弁護士 影島 広泰 -Question- 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、予防対策としてリモートワークの導入を検討していますが、中小企業がリモートワークを導入する際に情報管理の面で気をつけるべき点は何でしょうか。 -Answer- 覗き見・盗難の防止、データの暗号化、パソコン起動時のパスワード設定、ウイルス対策等、個人情報保護法の安全管理措置を講じる必要があります。 これまで本連載では、23回にわたって中小企業の情報管理と法的責任について解説してきた。最終回となる今回は、これまでの連載を参照しながら、中小企業がリモートワークを導入する際の留意点について考えたい。 1 リモートワーク 新型コロナウイルスの感染・拡散防止のための対策を講じることを契機に、リモートワーク(自宅等での勤務)を導入する企業が急増している。また、実際の導入までは至っていないとしても、今後BCP(事業継続計画)を考える際にリモートワークを導入することを検討している企業も多いであろう。 中小企業がリモートワークを導入する際に、情報管理の面から気をつけるべき点は何であろうか。 (1) 物理的な措置 リモートワークを導入する際に、情報管理の面で気をつけるべき法律は、個人情報保護法である。本連載の【第2回】で述べたとおり、個人データを漏えいしないよう、個人情報保護法20条の「安全管理措置」を適切に講じる必要がある。その中で、特に重要なものは以下のとおりである。 ① 区域の管理 個人データを取り扱う事務を実施する際には、他社からの不正な覗き見などを防止しなければならない(第3回)。自宅でパソコンを使って仕事をするのであればともかく、カフェやフリースペースなどで仕事をするのであれば、画面に覗き見防止フィルムを貼るなどの対策を講じておく必要があろう。 ② 盗難の防止 パソコン等を盗まれないように管理しなければならないのは当然である(第3回)。特に、電車内でのスリ・盗難や、自動車への車上荒らし等に注意すべきである。なお、パソコン内にデータが保存されないよう、リモートから会社の環境にアクセスして仕事をすることができる環境を導入するのが、より安全である(ただし、導入コストはかかる)。 ③ 持ち運ぶ際の漏えい等の防止 個人データが入ったパソコン等を持ち運び、紛失や置き忘れをした際に情報が漏えいしないよう、パソコンのデータは暗号化しておきたい(第4回)。少なくとも、WindowsなどのOS起動時のパスワード設定は行っておく。 ④ パソコン等の廃棄 2019年に、HDD等の廃棄を受託していた企業の従業員が、機器をインターネットオークションに横流ししていた事件が発覚した。廃棄を委託する前に、データを完全消去するソフトウェアなどで自社において消去しておくか(第4回)、委託先での廃棄の状況を写真で確認するなどしたい(第6回)。 (2) 技術的な措置(第5回) ① アクセス制御 上述のとおり、アクセス制御として、せめてWindowsなどのOS起動時のパスワード設定は行っておく。 ② アクセス者の識別と認証 従業員を外部から会社の環境にアクセスさせるのであれば、ID・パスワードなどで本人かどうかの識別と認証を行う。 ③ 外部からの不正アクセスの防止 パソコンには、ウイルス対策ソフトを導入(あるいはOSに付属しているのであればそれを有効化)し、パターンファイル(ウイルス対策ソフトがウイルス検出のために使用するファイル)等は最新版にしておく。OSの自動更新機能も有効にしておく。 ④ 情報システム使用時の漏えい等の防止 会社の環境やサーバとパソコンとの間の通信は、暗号化しておきたい。 (3) 営業秘密として保護しておくための対応 リモートワークで使用する電子データが営業秘密として保護された状態を維持するためには、「秘密として管理されていること」、具体的には、合理的な方法で管理する(秘密管理措置)ことで、秘密とする意思があることが十分に認識できるようになっていることが必要である(第7回)。電子データの場合には、ファイル名や文書のヘッダーにマル秘表示をしたり、ファイルやフォルダにパスワードを設定しておくことが考えられる(第8回)。 もっとも、感染症が蔓延するなどの緊急事態において、個別のファイルにマル秘表示していくことなどは難しいケースも多いであろう。このようなケースではどうすれば良いであろうか。要は、情報に接した者にとって、「その情報を秘密として管理する意思」を会社が持っていることを「認識」できるように管理しておくことが「秘密として管理されていること」の根幹である。 したがって、最低限、リモートワークを行う際に、自宅のパソコン等で利用・保存する会社のデータは、会社にとっての営業秘密であり、社内と同等の秘密管理を行うべきものであることについて、従業員から誓約書等を取得しておくと良いであろう。 これにより、従業員に対して、会社が秘密として管理する意思を持っていることを認識させることができ、後で「リモートワークで保存したデータが秘密の情報だと思わなかった」などという言い訳を封じることができると考えられる。 なお、このような対応は、自社にとっての営業秘密として管理するという意味だけではなく、他社から受領した情報について、当該会社との間の守秘義務契約等の契約上の義務を果たすためにも必要なケースが多いことから、注意したい。 (4) まとめ 個人データに対する安全管理措置はリスクに応じたものとすることが求められているから(通則ガイドライン3-3-2)、以上の対策で十分かどうかは、取り扱う情報の重要性(特に、漏えいしたときに本人が被る権利利益の侵害の大きさ)によって変わってくる。 しかし、一般的には、以上の対策を講じておけば、個人情報保護法の安全管理措置としては問題ないと評価できるであろう。より詳細なセキュリティ対策については、総務省の「テレワークセキュリティガイドライン」に詳しく記載されているから、参考にされたい。 なお、会社が管理しているパソコンではなく、従業員が所有する私物のパソコンを利用すること(BYOD)は、会社としての管理が行き届かないリスクがあることに留意が必要である。BYODが法的に認められないわけではなく、むしろ多くの企業で導入されているものではあるが、会社として、安全管理措置に問題のない状態をどのように確保するのかを検討する必要がある。近時は、外部のパソコンから会社のメールやファイル等を安全に取り扱うことができる安価なソリューションも多く存在しているから、導入を検討したい。 2 これまでの連載のまとめ 今回をもって、本連載は最終回である。最後に、これまでに解説したことを以下に簡単にまとめるので、各々の状況に応じて適宜参照されたい。 なお、この中で、【第10回】で述べた個人データ漏えい時の対応については、2020年に個人情報保護法が改正される際に、本人への連絡や個人情報保護委員会への報告の義務化が予定されているから、留意されたい(※)。 (※) 個人情報保護委員会「「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」の閣議決定について」(2020年3月10日) (連載了)
〔一問一答〕 税理士業務に必要な契約の知識 【第3回】 「退職税理士による顧客の引抜きの防止」 -その3:その税理士が「税理士法人の社員」の場合- 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 枝廣 恭子 〔質 問〕 近いうちに当事務所を退社する予定の税理士(税理士法人の社員である税理士)が、独立することを担当している顧客に告げているようで、引き抜こうとしているのではと心配です。これに対して、何か対策はとれるのでしょうか。 また、昨年、退社した元所属税理士(税理士法人の社員であった税理士)が、税理士事務所を開業したのですが、当法人の顧客を勧誘して引抜きにかかっているようです。これに対して、契約上の有効な対応策はないのでしょうか。 〔回 答〕 ➤税理士法人の社員である税理士が顧客の引抜き行為を行おうとしている場合は、税理士法人に対する善管注意義務、忠実義務、又は競業避止義務に違反する行為であるとして、行為の中止や、損害賠償請求、さらに、除名処分を行うことができます。 ➤税理士法人の社員であった税理士が顧客の引抜き行為を行おうとしている場合は、当該税理士には在職中とは異なり広範な営業の自由が保障されているものの、税理士法人を誹謗中傷したり、顧問契約を解約するように誘導したりする行為に対しては、行為の中止や損害賠償を求めることができます。 ◆◆◆◆ 解 説 ◆◆◆◆ 1 税理士法人の社員税理士による引抜き行為(法人化していない税理士事務所の税理士の場合との違い) 本連載の第1回、第2回では、法人化していない税理士事務所における元所属税理士による顧客の引抜きへの対応方法について述べた。本稿では、法人化している税理士事務所の元社員税理士による顧客の引抜きへの対応について解説する。 この点、税理士法人の社員と税理士法人との関係は、法人化していない税理士事務所と所属税理士の関係とは異なるため、引抜き行為に対処する法的根拠も異なってくる。そこで、まず、税理士法人の社員の法的地位について確認する。 税理士法人の社員は、税理士法人と雇用関係には立たず、むしろ、税理士法人内部においては会社法上の役員(取締役、監査役等)と類似の地位にある。実際、税理士法人の社員の権利義務に関する税理士法の規定の多くは、会社法の役員に関する規定を準用している。 すなわち、税理士法人の社員は、原則として税理士法人を代表して業務を執行する権限を有し(税理士法48条の11第1項)、税理士法人に対して善管注意義務及び忠実義務を負う(同法48条の21第1項・会社法593条第1項、第2項)。これらの義務を怠ったときは、税理士法人に対して損害賠償責任を負う(税理士法48条の21第1項・会社法596条)。 また、税理士法人の社員は、自己もしくは第三者のために、所属する税理士法人の業務範囲に属する業務(競業行為)を行うことはできない(税理士法48条の14)。競業が禁止される業務は、税理士業務は当然のこと、定款に税理士法施行規則21条で定める業務(税理士業務に付随しない財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行その他財務に関する事務)が当該法人の業務として定められていれば、その範囲に属する業務も競業禁止の対象となる。そして、競業禁止規定に違反した場合、社員は税理士法人に対して損害賠償責任を負うとともに、税理士法人における除名の対象にもなり得る(税理士法48条の17、48条の21・会社法859条)。 法人化している税理士事務所が元社員による顧客の引抜き行為に対応する場合、上記のような税理士法上の各規定を主な根拠として対応策を検討することになる。以下、詳述する。 2 在職中の引抜き行為について (1) 引抜き行為をやめさせる法的根拠 退社を予定している社員税理士が、将来の競業行為(新事務所開設)のための準備(開業準備行為)を行うことは、原則として自由である。しかし、社員の営業の自由と税理士法人の利益との調和の観点から、税理士法人の顧客に対し、顧問契約等を解約して、開設する事務所と顧問契約を締結するように、違法不当な方法で働きかけることは、善管注意義務及び忠実義務、並びに競業禁止規定の趣旨に違反するものとして許されない。 「違法不当な働きかけ」とは具体的にどのようなものだろうか。例えば、退任する予定であることやその理由を顧客に伝えたり、新たな事務所の案内をしたりすること、顧問契約等を解約する段取りについて助言を求める顧客に対して指導することであれば、「違法不当な働きかけ」にはあたらない(退社後の引抜きに関する東京地判平成26年5月28日判決参照)。 しかし、社員の立場で知った税理士法人あるいは顧客の営業秘密に係る情報を用いたり、税理士法人の信用を貶めたりして、顧客に対して税理士法人との顧問契約を解除して、自らが退社後に所属する事務所と契約するよう誘導するような行為は、「違法不当な働きかけ」と評価されるべきものであり、許されない。 税理士法人は、違法不当な方法で引抜き行為を行っている社員に対して、善管注意義務及び忠実義務に反するものとしてその行為の中止を求めることができる。また、引抜き行為の結果、税理士法人と顧客との顧問契約が解除され、社員が税理士法人を退職後に顧客と顧問契約を締結するに至るなど、税理士法人が社員に顧客を奪われた場合は、元社員に対して、逸失利益(売上減少分)を損害として請求できる余地がある(ただし、後述するとおり実際に損害賠償請求を実現することはそれほど容易ではない)。 (2) 具体的な対応方法 所属社員が顧客と接触している事実は、税理士法人も把握できるであろう。しかし、当該社員が顧客に、退社して独立する予定であることを伝えるにとどまらず、退社後に自分が所属する事務所と顧問契約を締結するように勧誘する言動を行っているか否かまで把握し、証拠をつかむのは困難であると思われる。 それでも、勧誘行為をしていることについて一定の裏付けや証拠を確保できれば、まずは当該社員に対して、引抜き行為をやめるよう警告するべきである。警告は、第1回、第2回でも述べたように、状況に応じて、口頭又は書面で行うこととなるが、その際、当該行為が損害賠償の原因となり得ることを告知すべきである。 しかし、訴訟において損害賠償が認められるためのハードルは低くない。なぜなら、税理士法人の請求が認められるためには、社員が違法不当な勧誘を行い、それによって税理士法人と顧客との契約が解除されるに至ったことを立証する必要があるが、勧誘の態様についての証拠収集は困難である上、裁判例は、社員の営業の自由を重視し、在職中の開業準備行為を比較的広範に許していると考えられることから、たとえ勧誘行為があったことを立証しても、それが違法不当なものと認定されるのは極めて難しいからである。 しかも、仮に勝訴判決を得ても、一定期間の逸失利益(当該顧問契約を解約されたことによる売上減少分等)の賠償が認められるのみで、判決で顧問契約の締結(復活)が認められるわけでもないので、訴訟が税理士法人の損害を回復する方法として必ずしも最適とは言えない。 そうすると、社員税理士が引抜き行為を行っている事実を認めた場合は、敢えて訴訟に持ち込むことをせず、早期に警告をして引抜き行為をやめさせ、損害賠償の問題になり得る旨を伝えてけん制し、退社後にさらなる引抜き行為に及ぶことを防ぐという対応が望ましいだろう。 3 退職後の引抜き行為について (1) 引抜き行為をやめさせる法的根拠 税理士法人を退社して社員ではなくなった税理士に対しては、もはや税理士法における税理士法人とその社員に関する規定は適用されない。すなわち、元社員税理士は、独立した立場において営業の自由を保障されており、広範な営業活動を行うことができる。例えば、退社後に、所属していた税理士法人の顧客に退社した旨及び新たに事務所を開設した旨の案内文を送ったり、顧客を訪問して退社したことやその理由を伝えたりすることは、当該社員と顧客との人的関係を利用したに過ぎず、許される。 ただし、その営業活動に行き過ぎた点があり、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で、所属していた税理士法人の顧客を奪取したとみられるような場合は、不法行為に当たり損害賠償責任を負う(元従業員の競業行為に関する、最判平成22年3月25日第一小法廷判決参照)。例えば、在籍中に知った、顧客や税理士法人の情報を利用して、税理士法人を誹謗中傷したり、顧問契約を解約するように誘導したりする行為は、不法行為として損害賠償の対象となり得る。 (2) 具体的な対応方法 前記のとおり、税理士法人を退社して社員ではなくなった税理士には、在職中とは異なり広範な営業の自由が保障されているため、退社前の社員の引抜き行為の場合よりも一層、損害賠償が認められるためのハードルは高く、訴訟にまで至ることは避けるのが得策である。 そこで、仮に引抜き行為についてある程度の証拠等があった場合でも、まずは元社員に対して引抜き行為をやめるよう書面で警告をした上で、交渉によって解決を図るのが妥当である。 また、勧誘行為について具体的な証拠や裏付けがない段階で、元社員に対していたずらに警告することは控えるべきである。引抜き行為による顧問契約の解約を防ごうと、顧客に対して元社員の在籍中の行為等を並べて誹謗中傷するようなことをすれば、元社員の営業の自由を侵害したとして、反対に損害賠償請求をされることにもなり得るので、慎重な対応が求められる。 (了)