2019年3月20日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.311を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第65回】 「所有者不明土地問題解消に向けた法制・税制上の取組み」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 〇わが国が抱える所有者不明土地問題 わが国では、不動産登記簿等の公簿情報等を参照しても所有者が直ちに判明しない、または判明しても所有者に連絡がつかない土地、いわゆる「所有者不明土地」が、人口減少・高齢化の進展に伴う土地利用ニーズの低下や地方から都市等への人口移動を背景とした土地の所有意識の希薄化等を背景に、全国的に増加している。 この所有者不明土地問題については、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2017」において、長期間相続登記が未了の土地の解消を図るための方策等について、関係省庁が一体となって検討を行うこととされたことを契機に、検討が集中的に進められているところである。 (※) 本問題に関する昨年4月の状況については本連載【第54回】を参照されたい。 既に、昨年の通常国会に提出された、所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法案(所有者不明土地法案)は、昨年6月6日に成立し、その一部は昨年11月15日に施行されている。 具体的には、①登記官が、所有権の登記名義人の死亡後長期間にわたり相続登記がされていない土地について、亡くなった方の法定相続人等を探索した上で、職権で、長期間相続登記未了である旨等を登記に付記し、法定相続人等に登記手続を直接促すなどの不動産登記法の特例、②地方公共団体の長等に財産管理人の選任申立権を付与する民法の特例、である。 また、本年6月1日からは、所有者不明土地法の残りの部分である所有者不明土地を円滑に利用するための仕組み(公共事業における収用手続の合理化・円滑化、地域福利増進事業の創設)も施行される。 〇これまでの税制上の対応 税制においても、相続登記の促進の観点や所有者不明土地法を踏まえた措置が、平成30年度改正、31年度改正と連続して講じられている。まず平成30年度税制改正では、相続登記の促進の観点から、次の2つの制度が創設された。 ▷平成30年度税制改正 (1) 相続登記が未了で数次相続が発生している土地の免税 個人が相続により土地の所有権を取得した場合において、その個人がその相続によるその土地の所有権の移転の登記を受ける前に死亡したときは、平成30年4月1日から平成33年(2021年)3月31日までの間にその個人をその土地の所有権の登記名義人とするために受ける登記については、登録免許税を課さない(措法84の2の3①)。 (2) 行政目的のため相続登記を推進する必要のある土地の免税 個人が、所有者不明土地法の施行の日(平成30年11月15日)から平成33年(2021年)3月31日までの間に、土地について相続による所有権の移転の登記を受ける場合において、その土地が相続による土地の所有権の移転の登記の促進を特に図る必要があるもの(法務大臣が告示により指定する(※))であり、かつ、その土地のその登記に係る登録免許税の課税標準たる不動産の価額が10万円以下であるときは、その土地の相続による所有権の移転の登記については、登録免許税を課さない(措法84の2の3②)。 (※) 法務大臣が指定する土地については、法務局・地方法務局のホームページに掲載されている。詳しくは「法務局・地方法務局のホームページ・連絡先等」を参照。 ▷平成31年度税制改正 次に、本年2月5日に改正法案が国会に提出された平成31年度税制改正では、所有者不明土地法の成立を踏まえ、所有者不明土地の公共目的での利用円滑化の観点から、次の2点が盛り込まれている。 〇さらなる制度整備 このように様々な措置が講じられつつあるが、政府は昨年6月に開催した第2回「所有者不明土地等対策の推進のための関係閣僚会議」において、「所有者不明土地等対策の推進に関する基本方針」を決定し、所有者不明土地問題について、2020年までに必要な制度改正を実現することを目指すこととした。 これを受けて、国土交通省の国土審議会土地利用分科会特別部会では、人口減少社会における土地に関する制度の在り方について検討を行い、本年2月にとりまとめを行ったところである。 とりまとめによると、土地についての基本理念を定めた土地基本法は、同法がバブル期の地価高騰における投機的取引を抑制すべく土地神話の打破、資産としての土地の有利性の縮減を目指して制定されたことから、地価が下落し、積極的な利用・取引が期待できない土地が増加しているという現状にマッチしていないため、新たな土地政策の基本理念を明らかにする必要があるとしている。 その上で、土地の利用・管理に関して所有者の負うべき責務やその担保方策について、近隣住民、地方自治体、国の役割分担も含め規定していくことが盛り込まれている。 一方、法務省の法制審議会総会において、本年2月、民法及び不動産登記法の改正について新たな諮問が行われた。 今回の諮問では、具体的には、まず所有者不明土地の発生予防の観点から、相続登記の申請を土地所有者に義務付けることや登記所が他の公的機関から死亡情報等を入手して不動産登記情報の更新を図ること、土地所有権の放棄を可能とすること、遺産分割に期間制限を設けることなどが挙げられている。また、所有者不明土地の利用の観点から、共有制度の見直し、不在者財産管理制度・相続財産管理制度の見直し、相隣関係の規定の見直し等が挙げられている。 国土交通省における土地基本法等の見直しと併せて、法務省の民法等の見直しについては、2020年の法案国会提出が見込まれている。 また、変則型登記(表題部所有者の氏名・住所が正常に記載されていない登記)の解消に関しても、本年2月に、「表題部所有者不明土地の登記及び管理の適正化に関する法律案」が国会へ提出されている。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第8回】 「租税法律主義と実質主義との相克」 -税法上の目的論的事実認定の過形成①- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 「租税法律主義と実質主義との相克」について、前回は、税法の目的論的解釈の過形成①として、課税減免制度濫用の法理を取り上げたが、今回は、税法上の目的論的事実認定の過形成①として、私法上の法律構成による否認論(【73】以下=拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)の欄外番号。以下同じ)を取り上げることにする。 私法上の法律構成による否認論は、前回取り上げた外国税額控除余裕枠利用事件の下級審段階では課税減免規定の限定解釈による否認論と並んで課税庁側が主張したものであり、前回述べた租税法学会第32回総会(2003年10月19日・岡山大学)における「司法過程における租税回避否認の判断構造-外国税額控除余裕枠利用事件を主たる素材として-」と題する報告(租税法研究32号(2004年)53頁[拙著『租税回避論』(清文社・2014年)第1章第2節所収])では、まず後者を「租税回避と裁判官による法形成の限界」として、次に前者を「租税回避と裁判官による事実認定の限界」として、それぞれ検討したところである。 ただ、私法上の法律構成による否認論は事実認定による否認論あるいは契約解釈による否認論とも呼ばれるが、そのような考え方は、他の事件でも課税庁・国によって主張され、映画フィルムリース[パラツィーナ]事件・大阪高判平成12年1月18日訟月47巻12号3767頁、ガーンジー島法人所得税制事件・東京高判平成19年10月25日訟月54巻10号2419頁、住所国外移転[武富士]事件・東京高判平成20年1月23日訟月55巻2号244頁等では採用されたものと解される。これらのうち私法上の法律構成による否認論に関する代表的な判示としてしばしば引用・参照されるのが上記の大阪高判の次の判示である(下線筆者)。 以下では、私法上の法律構成による否認論について、その意義及び狙い・位置づけを述べた上で、同否認論の法創造機能についてその限界を検討することにしよう。 Ⅱ 私法上の法律構成による否認論の意義及び位置づけ 1 意義 私法上の法律構成による否認論は、論者によって、その内容や立論の前提が必ずしも同じでも明らかでもないように思われるが、その主唱者の一人である今村隆教授は次のように述べておられる(同『租税回避と濫用法理』(大蔵財務協会・2015年)57-58頁[初出・1999年]。下線筆者)。 もっとも、今村教授は同じ論文の後の箇所では次のようにも述べておられる(今村・前掲書100頁[初出・2000年]。下線筆者)。 筆者は特に今村教授の前記の2つ目の叙述に着目し、私法上の法律構成による否認論を、少なくとも租税回避事案に関しては、「租税回避目的」を、訴訟法・証拠法上、課税要件事実に係る真実の法律関係(主要事実)の認定における「重要な間接事実」として捉える考え方、と理解しているが(【73】)、その理由については、以下で同否認論の狙い・位置づけに関連づけて述べることにする。 2 狙い・位置づけ 私法上の法律構成による否認論は、課税要件事実の認定における主要事実の捉え方だけからすると、課税要件事実の認定基準とされる「実体」ないし「実質」を私法上の真実の法律関係とする法的実質主義(【57】)の単なる言い換えに過ぎず、特に問題のある考え方ではないようにも思われる。しかし、法的実質主義では、私法上の法律関係が真実であるということは、それが仮装でないということを意味するにとどまる(べきである)。 租税回避事案では、仮装行為(【62】)の場合とは異なり、租税回避目的に相応する真実の法律関係が形成される以上、租税回避目的を、その目的で形成された法律関係が仮装であること(法的実質主義によれば、真実でないこと)の重要な間接事実とすることはできない。したがって、私法上の法律構成による否認論を法的実質主義の単なる言い換えとみることはできないであろう。 にもかかわらず、租税回避目的を、当事者の選択した法形式が真実の法律関係と異なることの重要な間接事実とみるのであれば、その前提として次のような価値判断が先行しているように思われる。 それは、租税回避目的という経済的に不合理・不自然な目的をもって当事者が選択した法形式は、経験則によれば、取引通念上特段の事情のない限り選択したであろう法形式(通常の法形式)とは異なる法形式(異常な法形式)であるから、取引通念に照らし通常の法形式を想定して定められた課税要件への該当性の判断においては、反証のない限り、真実の法律関係に合致しないものとして無視し、通常の法形式に引き直すべきである、というような価値判断である(租税回避の意義については【66】、その否認については【69】参照)。これは、経験則を基点としてその名の下でなされる価値判断である。 上記のような価値判断を前提にすれば、当事者が租税回避目的をもってある法形式を選択した場合、その法形式が真実の法律関係と異なることが強く推認されるので、反証のない限り、その法形式とは異なる、課税要件法上想定されている通常の法形式を基準にして、課税の当否を判断すべきである、というような推論ルールが成立することになろう(【74】)。 私法上の法律構成による否認論は、そもそも、その狙いが上記のような推論ルールを裁判上のルールとして確立することにあり、したがって、課税要件事実の認定における裁判上の推論ルールとして位置づけられると考えられる。今村教授の次のような考え方(今村・前掲書98頁[初出・2000年]。下線筆者)は、このことを示すものと解される。 Ⅲ 私法上の法律構成による否認論の法創造機能の限界 以上で述べたような推論による結論は、租税回避の否認(【69】)と原則として同じ意味をもつ。ただし、それは、租税実体法(課税要件法)のレベルでの租税回避の否認とは異なる。 私法上の法律構成による否認論は、その狙いが租税回避事案における課税要件事実の認定(契約解釈あるいは契約の法的性質決定)に関する裁判上の推認ルールの確立にあることをも考慮すると、要件事実論の観点から実体法の解釈にアプローチし、「法の目的」等の総合的考慮に基づき実体法を、「立証責任の分配という視点」を踏まえた「裁判規範」として再構成する考え方を、租税回避事案における課税要件法の解釈の場面に応用しようとするものであると解される。 つまり、立証責任の分配を考慮して課税要件法を解釈し、その適用に関する裁判上のルールを確立するに当たって、税法の目的(特に租税負担の公平=租税正義の実現という租税立法一般の動機を重視するのであろう。前回Ⅲも参照)等の総合的考慮に基づき、租税回避の経済的不合理性や異常性、換言すれば、租税回避の不当性=不公平、の見地から、租税実体法(課税要件法)を訴訟法上再構成し、その中に前記のような裁判上の推論ルールとして租税回避の一般的否認規定(民法に関する要件事実論で説かれることがある「裁判規範としての民法」に相当するいわば「裁判規範としての一般的否認規定」)を創造しようとする考え方であると解されるのである。 そもそも、要件事実論は、修正法律要件分類説(司法研修所編『増補 民事訴訟における要件事実(第1巻)』(法曹会・1986年)10-11頁参照)の立場に立つにせよ、裁判規範としての民法説(伊藤滋夫『要件事実の基礎〔新版〕』(有斐閣・2015年)126-128頁・171頁以下参照)の立場に立つにせよ、程度の差はあれ、「法の目的」等の総合的考慮に基づき民事実体法の解釈を通じて主張立証責任の分配の観点から、民事実体法を裁判規範として再構成する機能を有するが(原田和徳「要件事実の機能-裁判官の視点から」伊藤滋夫=難波孝一編『民事要件事実講座(1)総論Ⅰ』(青林書院・2005年)83頁は、要件事実論を「立証責任の分配に合わせて、民法等の実体法の条文の書き直しをしようとする考え方」とする)、この機能を「要件事実論の法創造機能」と呼ぶとすれば、私法上の法律構成による否認論も、要件事実論の観点から課税要件法の解釈にアプローチする考え方である以上、法創造機能を有すると考えるところである(このような観点から私法上の法律構成による否認論を検討するものとして、拙稿「租税回避否認規定に係る要件事実論」伊藤滋夫=岩﨑政明編『租税訴訟における要件事実論の展開』(青林書院・2016年)276頁、283頁以下参照)。 要件事実論の法創造機能は、裁判規範の定立(創造)だけにとどまらず、その裁判規範が実体法に「投影」されて実体法を「創造」したのと同じ結果をもたらすと考えられる。このことは、私法上の法律構成による否認論についても妥当するが、果たして租税法律主義の下で許されるであろうか。 確かに、私法上の法律構成による否認論は裁判上の推論ルールであり、経済的実質主義(【42】【57】。第6回Ⅲ2参照)に基づき、課税要件法において明文の否認規定がない場合でも租税回避の否認を正面から肯定する考え方、とは異なる。 しかし、私法上の法律構成による否認論は、訴訟における主張・立証の過程で租税回避目的という経済的な動機・意図を重視することによって、結局のところ、経済的実質主義による場合と同じ結果に帰着することになると考えられる。換言すれば、明文の規定がある場合にしか租税回避の否認を許容すべきでないとする租税法律主義の要請(【72】)を、訴訟法・証拠法の観点から課税要件法の解釈を通じて訴訟の場面で、潜脱することになると考えられるのである。 このことは、私法上の法律構成による否認論の法創造機能の観点からみると、裁判上の推論ルールとしての「裁判規範としての一般的否認規定」を租税実体法(課税要件法)に「投影」させ、「実体法としての一般的否認規定」を創造したのと同じ結果になるとみることができよう。この結果は、明らかに、租税法律主義、とりわけ課税要件法定主義に抵触する。 したがって、私法上の法律構成による否認論の法創造機能は、租税法律主義の下では、認められないと考えられる。 Ⅳ おわりに 要件事実論は、前述のとおり、事実認定に関する裁判上の推論ルールを「法の目的」等の総合的考慮に基づき定立(創造)する考え方であることから、(第6回Ⅲ1で述べた経済的観察法・実質主義とは異なる意味で)一種の目的論的事実認定の要請とみることができる。したがって、私法上の法律構成による否認論も、税法上の目的論的事実認定を説く考え方とみることができるが、法創造機能の故に、租税法律主義との関係では税法上の目的論的事実認定の「過形成」としてその許容性が否定されるべきものである。 筆者は、以上で述べてきたとおり、私法上の法律構成による否認論の「否認論」の立場に立つものであるが、判例はどのような立場に立つのであろうか。この点については、次回に検討することにしたい。 (了)
相続税の実務問答 【第33回】 「相続人間で相続分の無償譲渡が行われた場合の贈与税の課税」 税理士 梶野 研二 [答] 遺産分割が調う前に相続人間で相続分の贈与(無償譲渡)があった場合、その相続分の贈与(無償譲渡)は遺産分割に至る一連の手続きの中の行為ととらえることができますので、贈与税の申告の必要はないものと考えられます。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続分の譲渡 前回説明したように、民法は、遺産分割前の共同相続人の相続分を他の共同相続人又は第三者に譲渡することを認めていると解されます。この譲渡は、有償で行われることもありますし、無償で行われることもあります。 前回の質問は、相続人間で相続分の譲渡が行われた場合の相続税の申告方法に関するものでしたが、今回は、相続人間で相続分の贈与(無償譲渡)が行われた場合に、相続分を譲り受けた相続人に贈与税が課税されることとなるのかどうかとのお尋ねです。 2 相続分の無償譲渡が「贈与」に当たるとされた最高裁判決 最高裁判所は、平成30年10月19日、共同相続人間において無償による相続分の譲渡があった場合に、この相続分の無償譲渡は遺留分の算定の基礎に算入される「贈与」(民法第1044条で準用する同法第903条第1項に規定する「贈与」)に当たると判示しました。 〇平成30年10月19日最高裁判所第二小法廷判決 (最高裁判所ウェブサイト) 3 贈与税の課税 上記2の最高裁判決の考え方によれば、相続人間で相続分の譲渡が行われ、これにより共同相続人の1人から他の共同相続人に経済的利益の移転があったと認められた場合には、この経済的利益の移転は贈与又は相続税法第9条に規定する「対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合」に該当し、贈与税の課税対象となると解することもできます。 しかしながら、遺産分割未了の間に、相続人間で行われる相続分の譲渡は、遺産分割に至る一連の手続きの中で行われるものであり、また、遺産分割が行われた際には、相続分を譲り受けた相続人は、他の共同相続人から譲り受けた相続分に相当する財産も含め、被相続人に帰属していた財産を、相続開始時に遡及して被相続人から直接、相続により取得したこととなります。 (注) 上記最高裁判決の原審判決である平成29年6月22日東京高裁判決は、「相続分の譲渡による相続財産の持分の移転は、遺産分割が終了するまでの暫定的なものであり、最終的に遺産分割が確定すれば、その遡及効によって、相続分の譲受人は相続開始時に遡って被相続人から直接財産を取得したことになるから、譲渡人から譲受人に相続財産の贈与があったとは観念できない。」としています。 また、相続税の課税上、共同相続人間で相続分の譲渡が行われた場合において、相続税の申告書を提出する際に、共同相続人間で遺産分割が行われていないときには、相続分の譲渡が行われた後の相続分により、相続税法第55条に基づく相続税の課税価格の計算を行うこととされていますが、これは、相続分を譲り受けた相続人が、固有の相続分及び譲り受けた相続分をともに被相続人から相続により取得したものであるとする考え方を前提として相続税の課税を行うものです。 このような点を考慮するならば、相続分の譲渡による相続人間の利益の移転を贈与と解する上記最高裁判決は、遺留分減殺請求における遺留分の算定(民法1044)や特別受益者の相続分の算定(民法903①)の場面には妥当しますが、少なくともその射程は贈与税及び相続税の課税関係にまでは及ばないと考えられます。 したがって、遺産分割未了の間に、共同相続人間で相続分の贈与(無償譲渡)があった場合には、贈与税の申告の必要はないものと考えられます。 なお、遺産分割未了の間に、共同相続人間で相続分の有償譲渡が行われた場合には、同様の考え方により、相続分の譲渡した相続人に譲渡所得課税の問題は生じないものと考えられます。 4 ご質問の場合 あなたは、お父様の遺産の分割が完了する前に、妹さん(四女)の相続分(4分の1)の贈与(無償譲渡)を受けましたが、これはお父様の遺産の分割に至る一連の手続きの中の行為ととらえることができ、あなたが取得するお父様の遺産は、お父様から直接相続により取得したものとなりますので、あなたに贈与税の申告義務は生じないと考えられます。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第2回】 「完全支配関係の定義」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 前回は本連載の最初として、基本となる「組織再編税制」の考え方について解説を行いました。 今回は、100%グループ内での組織再編の適格要件に用いられる「完全支配関係」の考え方について解説していきます。 1 完全支配関係 完全支配関係とは、次のような関係をいいます(法法2十二の七の六)。 2 「直接完全支配関係」及び「みなし直接完全支配関係」 一の者が法人の発行済株式等の全部を保有する場合における、その一の者とその法人との間の関係を「直接完全支配関係」といいます。 一の者及びこれとの間に直接完全支配関係がある一若しくは二以上の法人又はその一の者との間に直接完全支配関係がある一若しくは二以上の法人が他の法人の発行済株式等の全部を保有するときは、その一の者はその他の法人の発行済株式等の全部を保有するものとみなされます(法令4の2②)。 3 名義株がある場合の取扱い 完全支配関係があるかどうかは、原則として、法人の株主名簿、社員名簿又は定款に記載又は記録されている株主等により判定します。ただし、その株主名簿等に記載されている株主等が単なる名義人であって、その株主等以外の者が実際の権利者である場合には、その実際の権利者が保有するものとして判定します(法基通1-3の2-1)。 4 従業員持株会や新株予約権がある場合の取扱い 完全支配関係の判定において、発行済株式の総数のうちに次の①及び②の株式数の占める割合が5%に満たない場合には、その株式を除いて判定することとされています(法令4の2②)。 ①の従業員持株会は、民法上の任意組合契約(民法667①)に該当するものとされており、一般的には、証券会社方式による従業員持株会がこれに該当し、人格のない社団等に該当する信託銀行方式による従業員持株会はこれに該当しないこととされています(法基通1-3の2-3)。 また、その組合員となる者がその法人の使用人に限定されているため、使用人兼務役員は含まれていない点に留意が必要です(法基通1-3の2-4)。 5 資本関係がグループ内で完結している場合の取扱い 子会社間で発行済株式の一部を相互に持ち合っている場合には、親会社は、子会社(A又はB)の発行済株式のすべてを保有していないことから、親会社と子会社Aとの間及び親会社と子会社Bとの間には当事者間の完全支配関係がないことになるのか、そうであれば、子会社Aと子会社Bとの間にも当事者間の完全支配関係がある法人相互の関係もないことになるのか、という疑義が生じます。 これについては、完全支配関係の基本的な考え方は、法人の発行済株式のすべてがグループ内のいずれかの法人によって保有され、その資本関係がグループ内で完結している関係、つまり外部株主によってその発行済株式が保有されていない関係と解されていることから、親会社と子会社Aの間、親会社と子会社Bの間及び子会社AとBの間には、それぞれ完全支配関係があることとなります(国税庁 質疑応答事例「資本関係がグループ内で完結している場合の完全支配関係について」参照)。 6 株主が個人の場合の取扱い 株主が個人の場合には、個人の保有する株式だけでなく、「特殊の関係のある個人」が保有する株式を含めて、完全支配関係があるかどうかを判定します(法令4①、4の2②)。 《特殊の関係のある個人》 (※) 親族とは、6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族をいいます(民法725)。 (具体例) 親が発行済株式の100%を保有するA社と子が発行済株式の100%を保有するB社の場合は親と子を一の者と考えて、A社とB社の間には一の者との間に当事者間の完全支配の関係がある法人相互の関係(同一の者による完全支配関係)があることとなります。 ◆完全支配関係の判定上のポイント◆ 直接保有割合だけでなく間接保有割合も含めて判定します。 自己株式は発行済株式から除いて判定します。 名義株がある場合には、実際の権利者が保有しているとして判定します。 株主が個人の場合には「特殊の関係のある個人」を含めて判定します。 (了)
企業の[電子申告]実務Q&A 【第17回】 「電子申告の流れ・提出データ形式」 SKJ総合税理士事務所 税理士 坂本 真一郎 ●○●○解説○●○● 1 電子申告の流れ 【第16回】に掲載した事前準備の各手続きが完了すれば、電子申告が可能となります。 電子申告のフローとしては、(1)法人自らが申告データを作成送信するケースと、(2)税理士等に依頼して申告してもらうケースとに区分することができます。 (1) 法人が送信する場合 法人自らが送信する場合には、①まず、「税務申告作成ソフト」等で法人税・法人住民税等の申告書及び添付書類を作成し、②作成した申告データを電子申告対応ソフトにより送信可能なデータ形式に変換し、③変換後の申告データに法人代表者等の電子証明書により電子署名を付与します。④その後、e‐Taxシステム及びeLTAXシステムに法人IDによりログインして電子署名済みの申告データを送信し、⑤データ送信後に受信する送信結果(審査結果)にエラー情報が無いことを確認します。⑥最後に、義務化手続ではありませんが、必要に応じて電子納税を行うという流れになります。 (2) 税理士等の代理送信の場合 税理士等に代理送信を依頼する場合には、①税理士等が法人税・法人住民税等の申告書及び添付書類を作成し、②作成した申告データを電子申告対応ソフトによりデータ変換し、③変換後の申告データに税理士等の電子証明書により電子署名を付与します。④その後、e‐Taxシステム及びeLTAXシステムに税理士等のIDでログインして電子署名済みの申告データを送信し、⑤データ送信後に受信する送信結果(審査結果)においてエラー情報が無いことを確認します。送信結果(審査結果)は法人側でも確認することができます。⑥最後に、必要に応じて電子納税を行うという流れになります。 なお、一般的な電子申告対応ソフトには、データの切り出し(エクスポート)や組み込み(インポート)機能が搭載されていますので、たとえば、申告データ作成からデータ変換までを法人自らが行い、エクスポートしたデータを税理士等にメールで送信し、税理士等は受領したデータをインポートして再変換し、電子署名を付与して、申告データを送信するというフローも考えられます。実際の運用については、顧問税理士等が使用しているソフト等の状況を踏まえて検討することになります。 【法人税等の電子申告フロー例】 (※1) 当該フローは、税務申告作成ソフトと電子申告対応ソフトの連携を前提としています。 (※2) 2018年4月以降、法人代表者から委任を受けた社員等による電子署名が可能となりました。 (※3) 2019年1月現在、「ダイレクト納付」はe‐Taxの場合のみ利用可能です。また、納税者に代わって税理士等が「ダイレクト納付」による納付指図を行うことも可能です。 なお、2019年10月以降「地方税共通納税システム」のサービス開始に伴い、eLTAXについても「ダイレクト納付」が可能となる予定です。 2 電子申告の提出データ形式について (1) e‐Taxの提出データ形式 e‐Taxシステムに送信するデータ形式は、サービス開始当初から「XML形式(財務諸表についてはXBRL形式)」とされてきました。 したがって、法人税申告時にe‐Taxで提出できるのは、XML形式等に変換可能な電子申告対応ソフトと連携する税務申告作成ソフト等で作成した申告書別表、勘定科目内訳明細書や財務諸表等のみで、これらの申告関係書類を会社が独自にExcel等のスプレッドシートで作成している場合や、第三者が作成した紙の添付書類等の提出が必要な場合には、書面で提出する以外に方法がありませんでしたが、電子申告の義務化を踏まえた利便性向上の観点から、e‐Taxの提出データ形式について柔軟化が始まっています。 たとえば、申告書別表のうち別表6(1)のように明細の記載量が大量にある部分や勘定科目内訳明細書については2019年4月以降の申告から、財務諸表については2020年4月以降の申告からCSV形式による提出が認められる予定です。また、第三者が作成した書類や出資関係図のように自己が作成した書類については、2016年4月以降スキャニング等によりPDF形式(イメージデータ)に変換して提出することが可能となりました。ただし、従来から参考資料として法人税申告書に添付していた書類で、法人税法等により提出義務が定められていない書類(たとえば、銀行預金残高証明書等)については、法令上「イメージデータにより提出可能な添付書類」には該当しないこととされているため、当該書類をイメージデータで提出した場合には有効な書類として取り扱われない可能性がありますので、PDF形式で送信可能な書類かどうか不明な場合には、事前に所轄税務署に確認していただくことをお勧めします。 なお、2020年4月以後の申告から、CSV及びPDF形式で提出が認められる添付書類等についてはe‐Tax送信以外に光ディスク等に格納して提出することが可能となりますが、これは原則として、当該データが大容量でe‐Taxで送信できないような場合に限られます。 (2) eLTAXの提出データ形式 e‐Tax同様に、eLTAXシステムに送信する法人住民税及び法人事業税等の申告書別表や財務諸表等の提出データ形式も、サービス開始当初からXML形式(財務諸表についてはXBRL形式)とされています。今のところeLTAXについては財務諸表のCSV形式による提出等が認められる予定はありませんが、2020年4月以後の申告から「財務諸表の提出先の一元化」が予定されているため、法人がe‐Taxで財務諸表を提出すれば、国税地方税当局間でデータ連携が行われ、eLTAXへの財務諸表の提出は不要となります。 なお、添付資料について、eLTAXで提出可能なファイル形式(拡張子)は以下のとおりです。 【e‐Taxの提出データ形式(法人税申告の場合)】 (※) 「明細の記載を要する対象となる法人税申告書別表等」及び「イメージデータによる提出の対象となる書類」については、e‐Taxホームページでご確認ください。 (了)
2019年3月期決算における会計処理の留意事項 【第3回】 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 Ⅳ 事業報告等と有価証券報告書の一体的開示 内閣官房、金融庁、法務省、経済産業省より、2017年12月28日に「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示のための取組について」が公表された。また、金融庁と法務省より、2017年12月28日に「一体的開示をより行いやすくするための環境整備に向けた対応について」が公表された。当該内容については、「平成30年3月期決算における会計処理の留意事項」【第3回】を参照されたい。 そして、2018年12月28日に内閣官房、金融庁、法務省、経済産業省より、「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示のための取組の支援について」が公表された。 ここでは、今後、事業報告等と有価証券報告書の一体的開示を行おうとする企業が参考にできる記載例2つが公表されている。 事業報告等と有価証券報告書の作成を、今までより効果的かつ効率的に行いたいと考えている企業は、参考にしてもらいたい。 Ⅴ 監査上の主要な事項(KAM) 2018年7月6日に、金融庁・企業会計審議会から「監査基準の改訂に関する意見書」が公表された。そして、2018年11月30日に「「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令(案)」等に対するパブリックコメントの結果等について」が公表された。 これらの公表により、「監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters:KAM)」が導入された。KAMとは、「監査の過程で監査役等と協議した事項の中から特に注意を払った事項を決定した上で、その中からさらに、当年度の財務諸表の監査において、職業的専門家として特に重要であると判断した事項」をいう(監査基準 第四 報告基準七 監査上の主要な検討事項)。 今までは、監査報告書の内容はどの企業でも基本的に同じであった。しかし、KAM導入後は、企業によって、KAMは異なるため、監査報告書も企業によって異なる。 1 KAMの決定過程 監査人は、毎期、監査の過程で監査役等と協議する。 そして、その協議した事項から、以下を考慮して、「特に注意を払った事項」を決定する。 最後に、「特に注意を払った事項」から当年度の財務諸表の監査において、職業的専門家として特に重要であると判断した事項(=KAM)を決定する(監査基準の改訂について 二1(2))。 【KAM決定のイメージ図】 2 監査報告書の記載事項 監査人は、KAMについて、監査報告書に「監査上の主要な検討事項」の区分を設け、関連する財務諸表における開示がある場合には当該開示への参照を付した上で、以下を記載する(監査基準の改訂について 二1(3))。 3 KAMと企業による開示との関係 企業に関する情報を開示する責任は経営者にあり、KAMの記載は、経営者による開示を代替するものではない。監査人がKAMを記載するために、企業が未公表の情報を記載する必要があると判断した場合には、経営者に追加の情報開示(注記、有価証券報告書の経理の状況より前での開示、決算短信等での開示)を促すことが考えられる(監査基準の改訂について 二1(5))。 なお、監査人が追加的な情報開示を促した場合において経営者が情報を開示しない場合、監査人が正当な注意を払って職業的専門家としての判断において当該情報を「KAM」に含めることは、監査基準に照らして守秘義務が解除される正当な理由に該当する(監査基準の改訂について 二1(5))。 4 適用対象及び適用時期 (1) 適用対象 当面、金融商品取引法上の監査報告書(年度)に適用される。なお、非上場企業のうち、資本金5億円未満又は売上高10億円未満かつ負債総額200億円未満の企業は除かれる。 (2) 適用時期 2021年3月31日以後に終了する連結会計年度及び事業年度から適用される。ただし、2020年3月31日以後に終了する連結会計年度及び事業年後から早期適用することもできる(「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令及び企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」附則)。 (注) KAMは監査報告書に記載する内容であるため、早期適用するかどうかについて判断するのは、企業ではなく、監査人である。 Ⅵ 有償ストック・オプションの会計処理 2018年1月12日に実務対応報告第36号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い(以下、「有償新株予約権取扱い」という)」がASBJより公表された。 近年、企業がその従業員等に対して新株予約権を付与する場合に、当該新株予約権の付与に伴い当該従業員等が一定の額の金銭を企業に払い込む取引が見られる。当該取引は、企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準(以下、「ストック・オプション基準」という)」の公表時には想定されていなかった。 そのため、当該取引が、ストック・オプション基準の適用範囲に含まれるのか、企業会計基準適用指針第17号「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理(以下、「複合金融商品適用指針」という)」の適用範囲に含まれるのかが必ずしも明確ではなかったことから、ASBJで審議が行われた(有償新株予約権取扱い12)。 審議の結果、従業員等に対して有償新株予約権取扱いの対象となる権利確定条件付き有償新株予約権を付与する場合、当該権利確定条件付き有償新株予約権はストック・オプション基準第2項(2)に定めるストック・オプションに該当するものとされた。 ただし、権利確定条件付き有償新株予約権が従業員等から受けた労働や業務執行等のサービスの対価(ストック・オプション基準第2項(4))として用いられていないことを立証できる場合、当該取引についての会計処理は、複合金融商品適用指針に従う(有償新株予約権取扱い4)。 有償新株予約権取扱いでは、以下の事項が定められている。 1 範囲 有償新株予約権取扱いは、「概ね」以下の内容で発行される権利確定条件付き有償新株予約権を対象としている(有償新株予約権取扱い2、17)。 有償新株予約権取扱いでは、上記の権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引を対象としているが、取引の内容が上記①から⑨に記載された内容と大きく異ならない取引について有償新株予約権取扱いの対象となるかどうかを、実態に応じて適切に判断できるようにするため、「「概ね」以下の内容で発行される」という表現が用いられている(有償新株予約権取扱い15) 。 有償新株予約権取扱いは、企業がその従業員等に対して新株予約権を付与する場合に、当該新株予約権の付与に伴い当該従業員等が一定の額の金銭を企業に払い込む取引についての取扱いが必ずしも明確ではないとの要請から開発したものであるため、現在行われている典型的な取引を対象としており、有償新株予約権取扱いの対象範囲を上記に定める取引以外の取引に広げないこととしている(有償新株予約権取扱い16)。 なお、有償新株予約権取扱いで取り扱っていない取引については、内容に応じて、有償新株予約権取扱いを参考にすべきかどうかを判断することが考えられる(有償新株予約権取扱い16)。 例えば、企業がその子会社の従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引は有償新株予約権取扱いの適用対象となっていない(有償新株予約権取扱い16)。そのため、内容に応じて有償新株予約権取扱いを参考にすべきかどうかを判断することが考えられる。 2 会計処理 権利確定条件付き有償新株予約権は、その付与に伴い従業員等が一定の額の金銭を企業に払い込むという特徴を除けば、引受先が従業員等に限定される点や権利確定条件が付されている点をはじめ、ストック・オプション基準を設定した当初に主に想定していたストック・オプション取引(付与に伴い従業員等が一定の額の金銭を企業に払い込まない取引)と類似していることを踏まえ、ストック・オプション基準第4項から第7項に準拠した会計処理を定めた上で、以下の事項を追加している(有償新株予約権取扱い29)。 上記①から③の他にも、勤務条件は付されていないが業績条件は付されている場合、業績の達成又は達成しないことが確定する日を権利確定日とする、という項目が追加されている(有償新株予約権取扱い7(3))。 A社は、X1年10月10日に、従業員20名に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与することを決議し、同年11月1日に従業員20名から金銭が払い込まれ、当該従業員に権利確定条件付き有償新株予約権を付与した。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 【X1年11月1日(新株予約権の計上)】 権利確定条件付き有償新株予約権の付与に伴う従業員からの新株予約権の払込金額3,200,000円を、純資産の部に新株予約権として計上する。 【X2年3月期】 付与日における権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額から払込金額を差し引いた金額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額を費用計上額として算定する。X2年3月期における費用計上額は、公正な評価額のうち、付与日から権利確定日までの対象勤務期間(29ヶ月)を基礎とする方法に基づき、X2年3月期に発生したと認められる額として算定する。 付与日以降失効数の見積りに変化がないため、費用として計上する額はない。 (※1) 株式報酬費用0円=(公正な評価単価100円/個×32,000個-新株予約権の払込金額3,200,000円)×(5ヶ月÷29ヶ月) 【X3年3月期】 付与日以降失効数の見積りに変化がないため、費用として計上する額はない。 (※2) 株式報酬費用0円=(公正な評価単価100円/個×32,000個-新株予約権の払込金額3,200,000円)×(17ヶ月÷29ヶ月)-X2年3月期までの費用計上額0円 【X4年3月期】 業績条件を満たす可能性が高くなったことにより、権利不確定による失効の見積数に重要な変動が生じたため、これに伴い権利確定条件付き有償新株予約権数を見直す。これにより、見直し後の権利確定条件付き有償新株予約権数に基づく権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額から払込金額を差し引いた金額に基づき、X4年3月期(見直しを行った期)までに費用として計上すべき額(全額)を算定する。 (※3) 株式報酬費用76,800,000円={(公正な評価単価100円/個×権利確定すると見込まれる数量800,000個)-新株予約権の払込金額3,200,000円}-X3年3月期までの費用計上額0円 【X5年3月期(権利行使期間開始)】 権利行使されていないため、仕訳はない。 【X6年3月期(権利確定条件付き有償新株予約権の行使)】 権利確定条件付き有償新株予約権の行使を受け、A社は新株を発行する。 (※4) 払込金額480,000,000円=600円/個×40,000個/名×20名 (※5) 権利行使された本新株予約権の金額80,000,000円=100円/個×40,000個/名×20名 3 注記 従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する注記は、ストック・オプション基準第16項及び企業会計基準適用指針第11号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」第24項から第35項に従って行う(有償新株予約権取扱い9)。 (注) (連結)計算書類では、上記注記は必ずしも求められていない。 4 適用時期等(有償新株予約権取扱い10、36) 有償新株予約権取扱いの適用初年度において、原則処理を行い、これまでの会計処理と異なることとなる場合及び容認処理を適用し従来採用していた会計処理を継続する場合、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として取り扱う(有償新株予約権取扱い10(4))。したがって、会計方針の変更の注記も必要である。 Ⅶ 在外子会社等の会計処理の改正 2018年9月24日にASBJより実務対応報告第18号「連結財務諸表作成における在外子会社等の会計処理に関する当面の取扱い(以下、「改正在外子会社取扱い」という)」及び実務対応報告第24号「持分法適用関連会社の会計処理に関する当面の取扱い(以下、「改正持分法取扱い」という)」の改正が公表された。 この改正では、IFRS第9号「金融商品」の適用に伴い、以下の改正が行われている。 1 改正の内容 在外子会社等においてIFRS第9号「金融商品」を適用し、資本性金融商品の公正価値の事後的な変動をその他の包括利益に表示する選択をしている場合(OCIオプション)、連結決算手続上、当該資本性金融商品の売却損益相当額及び減損損失相当額を当期の損益として修正する(改正在外子会社取扱い 当面の取扱い(5))。 また、持分法適用関連会社において在外子会社取扱いに準じて処理を行う場合には、上記と同様に修正を行う(改正持分法取扱い 当面の取扱い)。 2 適用時期 2019年4月1日以後開始する連結会計年度の期首から適用する。ただし、改正在外子会社取扱いの公表日以後最初に終了する連結会計年度及び四半期連結会計期間において早期適用することができる(改正在外子会社取扱い 適用時期(3)①②)。 上記に関わらず、2020年4月1日以後開始する連結会計年度の期首又は在外子会社等が初めてIFRS第9号「金融商品」を適用する連結会計年度の翌連結会計年度の期首から適用することができる。なお、2019年4月1日以後開始する連結会計年度以降の各連結会計年度において、改正在外子会社取扱いを適用していない場合、その旨を注記する(改正在外子会社取扱い 適用時期(3)③)。 3 適用初年度の取扱い 改正在外子会社取扱いの適用初年度においては、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として取り扱う。 ただし、改正在外子会社取扱いの適用初年度においては、会計方針の変更による累積的影響額を当該適用初年度の期首時点の利益剰余金に計上することができる。この場合、在外子会社等においてIFRS第9号「金融商品」を早期適用しているときは、遡及適用した場合の累積的影響額を算定する上で、在外子会社等においてIFRS第9号「金融商品」を早期適用した連結会計年度から改正在外子会社取扱いの適用初年度の前連結会計年度までの期間において資本性金融商品の減損会計の適用を行わず、改正在外子会社取扱いの適用初年度の期首時点で減損の判定を行うことができる(改正在外子会社取扱い 適用時期(3)④)。 Ⅷ マイナス金利 2017年3月29日に、ASBJより実務対応報告第34号「債券の利回りがマイナスとなる場合の退職給付債務等の計算における割引率に関する当面の取扱い(以下、「マイナス金利取扱い」という)」が公表された。 マイナス金利取扱いは、退職給付債務、勤務費用及び利息費用(以下、合わせて「退職給付債務等」という)の計算において、割引率の基礎とする安全性の高い債券の支払見込期間における利回りがマイナスとなる場合の割引率に関する当面の取扱いを示すことを目的としている(マイナス金利取扱い1)。 (1) 会計処理 退職給付債務等の計算において、割引率の基礎とする安全性の高い債券の支払見込期間における利回りが期末においてマイナスとなる場合、利回りの下限として「ゼロを利用する方法」と「マイナスの利回りをそのまま利用する方法」のいずれかの方法による(マイナス金利取扱い2)。 (2) マイナス金利取扱いの後 マイナス金利取扱いは2018年3月30日までの取扱いであったため、その取扱いを延長すべく、2018年3月13日に実務対応報告第37号「実務対応報告第34号の適用時期に関する当面の取扱い(以下、「マイナス金利当面取扱い」という)」が公表された。そのため、マイナス金利取扱いの会計処理が、2018年3月31日以後も適用することができることになった(マイナス金利当面取扱い2)。 【割引率ゼロとマイナスで割引計算を行った場合のイメージ】 Ⅸ 仮想通貨の会計処理等 2018年3月14日に実務対応報告第38号「資金決済法における仮想通貨の会計処理等に関する当面の取扱い(以下、「仮想通貨取扱」という)」がASBJより公表された。 仮想通貨取扱は、平成28年に公布された「情報通信技術の進展等の環境変化に対応するための銀行法等の一部を改正する法律」(平成28年法律第62号)により、「資金決済に関する法律」(平成21年法律第59号)が改正され、仮想通貨が定義された上で、仮想通貨交換業者に対して登録制が導入されたことを受け、仮想通貨の会計処理及び開示に関する当面の取扱いとして、必要最小限の項目について、実務上の取扱いを明らかにすることを目的とするものである(仮想通貨取扱1、2)。 仮想通貨取扱では、仮想通貨交換業者に対する財務諸表監査制度の円滑な運用が契機であったこと、及び、適用範囲を明確にすることから、適用範囲を資金決済法上の仮想通貨としている(仮想通貨取扱3、25)。具体的には、以下を参照されたい。 【資金決済法における仮想通貨の範囲】 (出所:実務対応報告第38号「資金決済法における仮想通貨の会計処理等に関する当面の取扱い」の公表【参考1】【図表1】より) 仮想通貨取扱では、以下の事項が定められている。 1 仮想通貨交換業者又は仮想通貨利用者が保有する仮想通貨の会計処理 仮想通貨交換業者又は仮想通貨利用者が保有する仮想通貨の会計処理では、以下の論点がある。 (1) 期末における仮想通貨の評価に関する会計処理 仮想通貨交換業者及び仮想通貨利用者は、期末において保有する仮想通貨(仮想通貨交換業者が預託者から預かった仮想通貨を除く。以下同じ)について、以下のように評価する(仮想通貨取扱5~7)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 市場価格については、下記(2)参照。 ここで、活発な市場が存在する場合(以下、(2)参照)とは、仮想通貨交換業者又は仮想通貨利用者の保有する仮想通貨について、継続的に価格情報が提供される程度に仮想通貨取引所又は仮想通貨販売所において十分な数量及び頻度で取引が行われている場合をいう(仮想通貨取扱8)。 (2) 活発な市場が存在する仮想通貨の市場価格 仮想通貨交換業者及び仮想通貨利用者は、保有している活発な市場が存在する仮想通貨の期末評価において、市場価格として仮想通貨取引所又は仮想通貨販売所で取引されている仮想通貨の取引価格を用いるときは、保有する仮想通貨の種類ごとに、通常使用する自己の取引実績の最も大きい仮想通貨取引所又は仮想通貨販売所における取引価格(取引価格がない場合には、仮想通貨取引所の気配値又は仮想通貨販売所が提示する価格)を用いる。 なお、期末評価に用いる市場価格には、取得又は売却に要する付随費用は含めない(仮想通貨取扱9)。 仮想通貨交換業者において、通常使用する自己の取引実績の最も大きい仮想通貨取引所又は仮想通貨販売所が自己の運営する仮想通貨取引所又は仮想通貨販売所である場合、当該仮想通貨交換業者は、自己の運営する仮想通貨取引所又は仮想通貨販売所における取引価格等(取引価格、仮想通貨取引所の気配値及び仮想通貨販売所が提示する価格をいう)が「公正な評価額」を示している市場価格であるときに限り、時価として期末評価に用いることができる(仮想通貨取扱10)。 (3) 仮想通貨の取引に係る活発な市場の判断の変更時の取扱い 仮想通貨交換業者又は仮想通貨利用者が保有する仮想通貨について、活発な市場の判断の変更があった場合、以下のように取り扱う(仮想通貨取扱11、12)。 ① 活発な市場が存在する仮想通貨が、その後、活発な市場が存在しない仮想通貨となった場合 活発な市場が存在する仮想通貨が、その後、活発な市場が存在しない仮想通貨となった場合、活発な市場が存在しない仮想通貨となる前に最後に観察された市場価格に基づく価額をもって取得原価とし、評価差額は当期の損益として処理する。活発な市場が存在しない仮想通貨となった後の期末評価は、上記1(1)(B)に基づいて行う。 ② 活発な市場が存在しない仮想通貨が、その後、活発な市場が存在する仮想通貨となった場合 活発な市場が存在しない仮想通貨が、その後、活発な市場が存在する仮想通貨となった場合、その後の期末評価は、上記1(1)(A)に基づいて行う。 (4) 仮想通貨の売却損益の認識時点 仮想通貨交換業者及び仮想通貨利用者は、仮想通貨の売却損益を当該仮想通貨の売買の合意が成立した時点において認識する(仮想通貨取扱13)。 2 仮想通貨交換業者が預託者から預かった仮想通貨の会計処理 仮想通貨交換業者が預託者から預かった仮想通貨は以下のように会計処理を行う(仮想通貨取扱14、15)。 3 開示 (1) 表示 仮想通貨交換業者又は仮想通貨利用者が仮想通貨の売却取引を行う場合、当該仮想通貨の売却取引に係る売却収入から売却原価を控除して算定した純額を損益計算書に表示する(仮想通貨取扱16)。 (2) 注記 仮想通貨交換業者又は仮想通貨利用者が期末日において保有する仮想通貨、及び仮想通貨交換業者が預託者から預かっている仮想通貨について、以下の事項を注記する(仮想通貨取扱17)。 (注) (連結)計算書類では、上記注記は必ずしも求められていない。 ただし、以下の場合は注記を省略することができる。 4 適用時期 2018年4月1日以後開始する事業年度の期首から適用する(仮想通貨取扱18、64)。 また、2016年の資金決済法の改正に伴って、仮想通貨交換業者に対する登録制の導入及び2017年4月1日の属する事業年度の翌事業年度からの仮想通貨交換業者に対する財務諸表監査制度の実際の運用が既に開始され、仮想通貨取扱を速やかに適用することへのニーズが想定されることから、仮想通貨取扱を公表日以後終了する事業年度及び四半期会計期間から早期適用することもできる(仮想通貨取扱18、64)。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第84回】 株式会社日住サービス 「第三者委員会報告書(平成31年1月31日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者委員会の概要】 【株式会社日住サービスの概要】 株式会社日住サービス(以下「日住サービス」と略称する)は、1968(昭和51)年1月設立。設立当時の社名は、株式会社日本住宅流通サービス(昭和59年3月に現商号に変更)。不動産売買・賃貸仲介事業を中心に、近畿圏(京阪神エリア)で不動産事業を行っている。資本金1,568百万円、売上高8,594万円、経常利益481百万円、従業員数342名(数字はいずれも平成30年12月期)。本店所在地は大阪市北区。東京証券取引所2部上場。 【調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 日住サービス第三者委員会(以下「委員会」と略称する)による報告書(以下「報告書」と略称する)から、日住サービス前取締役経理部長三河大氏(以下、報告書の表記に従って「X氏」と略称する)による不正が発覚するまでの経緯を、2018年9月以降、時系列に沿ってまとめておきたい(報告書p.43以下「X氏の不正発覚に至る具体的な経緯」より抜粋)。 2 委員会によるX氏の資金流用手法の認定 委員会設置前に行われていた社内調査では、X氏による不正の手法は次の2つであった。 その後の委員会による調査の過程で、小口現金の出金について、不正をうかがわせる事情が判明し、委員会がX氏に確認を求めたところ、さらに3つの手法による不正を認めた。 こうした不正によって、委員会が認定したX氏による領得金額は2012年から発覚までの間で、約32百万円であった。 上記①から⑤に関する詳細は以下のとおりである。 ① 接待交際費の不正流用 日住サービスでは、接待交際費については、金額の多寡にかかわらず、社長による事前決済が行われた後、経理担当者が決裁文書を確認してから会計伝票を起票し、経理部長の承認を受けてから、実際の支払が行われることとなっていた。そのため、経理部長であるX氏自身が接待交際費の会計伝票を起票した場合には、X氏が承認さえすれば、そのまま出金が可能な状態であった。 X氏は、そのような状況を利用して、2012年頃から、自らの遊興目的で利用した飲食代金等を、監査法人の担当者や金融機関担当者との接待交際費という名目にして、自ら会計伝票を起票し、これを自己承認の形で精算し、現金を領得していた。この手法により不正に領得した金額は240万円に達していた。 ② 印紙の虚偽購入による不正出金 日住サービスでは、印紙の購入にあたっては、印紙出納簿に購入金額を記入するとともに、会計伝票を起票して領収書を添付し、経理部長であるX氏自身が承認処理を行い、購入した印紙は、X氏の机の引き出し内の小箱で保管されていた。 そのため、X氏が小口現金から出金した金額に見合うだけの印紙を現実には購入せず、購入した領収書が存在しない場合であっても、X氏が出金した金額相当の印紙を購入したという会計伝票を起票し、X氏自身がそれを承認してしまえば、小口現金からの出金は正規の印紙購入のために出金したものとして会計処理できる状況であった。 X氏は、そのような状況を利用して、2012年頃から、印紙の購入を装って、不正に手提げ金庫から現金を出金し、967万円余りの現金をそのまま領得していた。 こうした不正が見逃されていた原因として、委員会は次のように指摘している。 ③ 印紙の不正換金による領得 委員会は、上記②の調査の過程で、実際に印紙を購入した領収書の合計額と印紙出納簿の印紙の収納額との間に、大きな金額差が生じていることを発見した。 これは、現実に購入されているはずの印紙が、収納して保管されずに、領得されている嫌疑が生じたものであり、委員会は、X氏に問い質したところ、差額分についてはX氏が購入した印紙を収納せずに、不正に換金して領得していたために生じた差額であることを自認した。 本人の供述によれば、2012年頃から、月に1回くらいの頻度で、購入した印紙約10万円相当を、印紙保管箱に収納せずに、金券・チケットショップに持ち込んで換金し、印紙10万円相当について、96,000円から97,000円程度の現金を不正に得ていた。不正に領得した金額は約1,650万円であった。 ④ 架空出張旅費の精算による不正出金 日住サービスにおいては、出張旅費は小口経費として処理されるため、請求を受けた経理部担当者は、証憑等必要書類を確認して起票し、経理部長の承認を受けることになり、出張旅費精算書には出張した役員の署名捺印欄があり、実際に当時の社長らが自署した精算書を確認することができた。 ところが、精算書の中に、社長自身の署名捺印ではなく、X氏が社長の代理として申請し、X氏自身が「社長代理」等と筆記し、X氏の捺印をしているものが散見された。また、交通費は実費精算であり、通常は1,000円未満の金額が端数として生じることが多いため、通常は、1万円単位で前渡しされた仮払金金額との間に差金が生じ、精算書において差引過不足額が記載されることになる。ところが、X氏による代理申請の精算書の場合には、実費であるはずの交通費において、新幹線代等の端数が生じる金額に、さらに「その他」という不明な金額を計上加算して、交通費の総額を1万円単位の金額にそろえて、仮払金金額と合致するよう、調整されている様子がうかがわれた。 日住サービスでは、社長出張がそれほど頻繁に行われるものではなく、X氏が代理で出張旅費精算をしなければならない必要性に疑問が生じたため、X氏が代理申請した役員の出張旅費精算書を抽出したうえで、X氏へのヒアリング調査において確認したところ、X氏が架空の役員出張旅費を起票して、自己承認により仮払金を支出し、それを領得していたことを自認した。X氏が、調査対象期間を通じて、架空の役員出張旅費として不正に領得した金額は272万円であった。 ⑤ 不動産管理費の二重払いによる不正出金 日住サービスが保有する販売用不動産にかかる管理費用については、通常、預金口座からの送金による支払いがなされているが、本調査の過程で、現金による不動産管理費の支出がなされている伝票が発見され、委員会がさらに調査したところ、伝票上、同一の月に、同一の物件の不動産管理費として、振込送金と現金支出の二重払いがなされていた。 不動産管理費は、継続的に支払いが発生するものであり、二重払いのまま放置されることは考えがたいこと、継続的支払いの便宜上、送金支払いが定型化している中で、わざわざ現金支出がなされることも極めて不自然であることなどから、帳簿上、二重払いとなっているものをリストアップし、X氏に問い質したところ、リストアップされた現金支出については、実際には二重払いとなったわけではなく、X氏が領得していたものであることを自認した。X氏が現金支出による二重払いを装って領得したことを認めた金額は、71万円であった。 3 原因分析 委員会は、取締役経理部長たるX氏による会計不正事実がなぜ発生したのか、そしてその不正行為がなぜ長年発覚しなかったのか(なぜ発見することができなかったのか)、その根本原因も含めて、検討結果を次のようにまとめている。 「X氏の不正行為等の分析」については次項で詳細を見ることにして、ここでは委員会が指摘した不備と脆弱性のうち、内部監査の現状について検証したい。 委員会は、大原社長、小寺専務の証言等から、日住サービスには従来から不正防止のために必要な内部監査部門が存在していないことが判明し、従来から「社長室」が存在し、内部監査部門の役割を果たしているはずの「社長室」(※1)については、その実態は内部監査の重要な機能を果たしておらず、会計不正を防止するための人的・物的資源には乏しいものであったことが判明したとしている。 (※1) 株式会社日住サービス「平成29年12月期有価証券報告書」56ページ参照。 そのうえで、一般的に上場会社で実践されている内部監査は経営に貢献する監査(経営監査)であるものの、経営に貢献するためには、経営者から独立した視点で内部統制の有効性を評価すること、コンプライアンス経営の遂行状況を把握すること等も重要な役割であると述べたうえで、日住サービスでは、取締役経理部長の社内ルール違反は長年放置されていたままであり、証憑の確認についても会計監査人から指摘を受けるまで実践されていなかったと判断している。 現場におけるチェックルールが諸事情によって機能しなかった場合でも、最後の砦としての内部監査による事後チェックが機能していれば、たとえ不正が発生したとしても早期に発見できた可能性が高いとして、日住サービスの内部監査の脆弱性が、経理部長の不正を長く見逃してきた根本原因の1つであると指摘している。 4 不正のトライアングル 委員会は、「X氏の不正行為等の分析」として、ドナルド・クレッシーによって提唱された「不正のトライアングル」の仮説を用いて、検討を加えている。 (1) 会計不正行為等に及んだ動機 委員会は、X氏の不適切な行為の動機については、X氏本人の私利私欲を満たすものであったと断定し、2011年頃から始まった特定の女性との付き合い、具体的には、彼女が勤める北新地の高級クラブでの遊興費を捻出することが動機であるとした。 (2) 会計不正行為等を正当化した理由-なぜ規範意識が鈍麻したのか 委員会は、X氏が、過去に何度か経理部門を充実させることを提言してきたが、これが執行部からは受け入れられなかったことから、経営トップが、上場会社の経理の重要性を認識していないことを痛感し、通常業務においても経理部長が現金処理に関わらねばならない状況が改善されないことから、「経理や財務がわからない経営陣ばかりであり、経理部員も忙しい状況において、この程度の金額ならば許されるだろう」と勝手に考え、不正行為に及んだものであり、また、「同業他社との交流、とりわけ金融機関の同年代の者たちに比べると、自分はステイタス(取締役経理部長)の割には報酬が低いことから、この程度のことであれば仕事の対価と考えてもよいだろう」と考えたという表現を引用したうえで、自らの行為を正当化しようとしたため、X氏の規範意識は鈍麻しはじめたものであると認定した。 (3) X氏を不正行為に向かわせた「機会」の存在 委員会は、X氏が不正を行うことを可能とした「機会」について、X氏は自身が決裁承認者であると同時に現金を取り扱う立場にあったこと、事後的にX氏の会社資金の不正支出に気づくほどの経理処理に関する関心を、経理部員をはじめ役職員が持ち合わせていなかったこと、経理部担当者の人的資源が薄く、チェックが極めて甘かったこと等を挙げた。 5 再発防止策 委員会が「再発防止策の提言」として掲げた項目は以下のとおりである。 委員会の言う「役職員を不幸にしない内部統制」とは、善良な社員を不幸な犯罪者に仕立てないための「鍵の役割」を果たす内部統制により、役職員による不正を未然に防止することを意味している。そして、どんなに誠実にみえる役職員であったとしても、「穴」が見つかれば不正に走ってしまうことがあることを知り、不正を防止するための内部統制にも配慮し、会社と役職員を不正に走らせない(不幸にしない)内部統制の在り方を真摯に検討すべきであると提言をまとめている。 X氏による資金の私的流用は、その始期である2012年12月期には年額260万円であり、2年目でも年額340万円程度であったことからすれば、こうした早い時期に、内部統制によって不正が感知されていれば、X氏による弁済も可能であったと考えられ、穏便に済ませることもできたはずである。 経理部長自身による起票と自己承認、また、経理部長自らが現金の出金を行う立場にあるということが、内部統制の視点から見れば、あり得ない運用であり、これを放置していたことが、業務上横領罪という犯罪を生んでしまったという事実を繰り返さないためにも、委員会は、「役職員を不幸にしない内部統制の整備」によって、防止すべきであると提言しているものであると思料する。 【調査報告書の特徴】 長年、会社の経理の中枢に位置し、経理部長から取締役管理担当への昇格が決まっていた現職の取締役経理部長が、2012年12月期から発覚までの7年間にわたり、現金の横領を繰り返していたという事実は、経営陣のみならず、社員にも大きな動揺を与えたことは想像に難くない。 社内調査で不正が認定され、前取締役経理部長が横領の事実を認めた後、日住サービスは年末の取締役会で第三者委員会による調査を決議し、第三者委員会は約1ヶ月という短期間(しかも年末年始を挟んでいる)で、報告書をまとめた。社内調査では発見できなかった不正手法を見つけたのもさることながら、2月中旬に予定されていた2018年12月期決算短信の公表に、調査結果の報告を間に合わせたことは、第三者委員会の好プレーと評価できよう。 1 X氏の取締役辞任について 報告書では「前取締役経理部長X氏」として表記されている三河大氏が、どの時点で取締役を辞任したのかについては、報告書に記載はなく、また、日住サービスも適時開示を行っていない。第三者委員会の設置に至る経緯から、X氏が不正行為を自認した12月20日の時点で取締役辞任を表明し、25日の臨時取締役会で辞任を認めたと考えれば、報告書の記載である「2018年12月28日時点の役職での表記」(※2)が「前取締役経理部長」となるのは平仄が合う。 (※2) 報告書1ページ脚注1より。 ただ、三河氏の辞任について、報告書で言及しない、又は適時開示を行わないということに、どのような理由があるのか、理解できないところである。 なお、2019年2月12日に公表された「平成30年12月期決算短信」では、「問合せ責任者」として、経理部長直田知樹氏の名前が記されている。 2 常勤監査役と会計監査人との協働・連携 委員会は、「発覚に至る具体的な事情」に基づき、「不正の疑惑が発覚した際の会計監査人と監査役との協働・連携が有効に機能されたものであり、とりわけ常勤監査役も、会計監査人からの情報をもとに、取締役の違法行為を是正するために必要十分な活動を行ってきたこと」について、日住サービスの自浄作用が一定程度は発揮されたことを示すものであると評価している。 そのうえで、日住サービスの全社的内部統制、コーポレートガバナンス評価については、会計不正の予防及び不正の早期発見という点では様々な点において脆弱性が認められるものの、取締役の不正行為の疑惑が生じた時点、つまり有事対応という点においては、比較的良好に自浄作用が機能していたと判断すると総括している。 社内調査は、X氏が休日をとっている時に、辻監査役が信頼のおける経理部員の協力を得て行われたとのことであるが、その過程で、辻監査役が、取締役経理部長の不正疑惑のために、X氏による接待交際の相手方である金融機関に反面調査への協力を要請することを躊躇するくだりなどは、調査担当者のジレンマというべきものであろう。 結局、辻監査役は、社長以下経営陣を説得することに成功して、経営陣の面前で、X氏に不正行為を自白させることに成功したわけであるが、経営陣がX氏を庇い、又はX氏が否認を続けた場合のことを考えると、辻監査役と協力した経理部員の調査が十分なものであったことが、事件の早期解決につながったと評価すべきであろう。 3 不正による損害の大きさと適時開示 当初、社内調査にあたっていた辻監査役は、金額の量的重要性の観点から、「会計監査人としてもこの程度の金額であれば、口頭注意程度で済ませてくれるだろう。」と考えていたということである(報告書p.45)。しかし、会計監査人からは、X氏が取締役経理部長という要職、しかも内部統制の要であるという点からみると、発見された会計不正行為が、金額的にはそれほど大きなものではないとしても、内部統制上の看過できない不備が認められ、さらに財務報告への影響という意味でも「広がり」をチェックする必要があると指摘されたという。 こうした会計監査人の見解が、第三者委員会の設置と調査結果の公表へとつながっていったことは想像に難くないが、結果的に、社内調査では発見できなかった不正が把握でき、再発防止策の提言を真摯に受け止め、これを着実に履行することによって、「役職員を不幸にしない内部統制」が整備されれば、業績のさらなる発展も期待できるであろう。 なお、1月31日付のリリース「第三者委員会の調査結果に関するお知らせ」の中で、日住サービスは、業績への影響について、以下のように説明している。 4 日住サービスによる再発防止策 2月22日に公表された「第三者委員会報告書を受けて当社の対応方針等に関するお知らせ」では、日住サービスは、調査報告書が根本原因として、「現金取り扱い時の内部統制の不備」「現場社員による事後チェックの不備」「内部監査の脆弱性」「役職員の権限と責任の不明瞭性」があったことを指摘しているという理解を示したうえで、再発防止策の重点項目として、次の3点を挙げている。 5 第三者委員の全員が公認不正検査士資格を有していること 最後に、本件で調査にあたった第三者委員の全員が「公認不正検査士」の有資格者であったことについて若干のコメントをしておきたい。こうした構成の委員会は、筆者の知る限りでは初めてであり、また、調査補助者の中にも3名の有資格者を配して、いわば、公認不正検査士の有する知見を最大限に活かせる体制で調査が進められたのではないかと思料する。 その結果が、社内調査では見過ごされていた不正の把握であり、「不正のトライアングル」仮説に基づく不正行為者の分析、不正とまでは認定できなかったものの、不正の嫌疑をかけられる可能性のある取引の洗い出しを行ったこと、具体的な再発防止策の提言、短期間での調査結果の取りまとめなどにつながっているのであるとすれば、同じ資格を有する者の一人としては、大変喜ばしいことである。 (了)
企業結合会計を学ぶ 【第13回】 「事業分離の会計処理①」 -投資の清算と投資の継続の考え方- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、「事業分離等に関する会計基準」(企業会計基準第7号。以下「事業分離等会計基準」という)に従って、事業分離の会計処理について解説する。 事業分離の会計処理では、分離元企業の会計処理として、移転損益を認識するかどうかがポイントとなる(事業分離等会計基準1項)。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 事業分離の概要 1 概要 事業分離は、会社分割や事業譲渡、現物出資等の形式をとり、分離元企業が、その事業を分離先企業に移転し対価を受け取るものである(事業分離等会計基準62項)。 分離元企業から移転された事業と分離先企業(ただし、新設される企業を除く)とが1つの報告単位に統合されることになる場合、その事業分離は、企業結合(企業結合会計基準5項)でもある(事業分離等会計基準62項)。 例えば、次のように、A社(分離元企業:分割会社)がa事業(移転事業)を分離して、B社(分離先企業:承継会社)に移転させ、対価としてB社の株式を受け取るケースが考えられる(A社ではB社の株式は「その他有価証券」になるものとする)。 2 定義 「事業」とは、企業活動を行うために組織化され、有機的一体として機能する経営資源をいい、「事業分離」とは、ある企業を構成する事業を他の企業(新設される企業を含む)に移転することをいう(事業分離等会計基準3項、4項)。 そのほかに次の用語が定義されている(事業分離等会計基準5項、6項、8項)。 Ⅲ 分離元企業の会計処理(個別財務諸表) 1 投資の清算と投資の継続 企業結合には、企業自体が取引の対象となる場合があり、総体としての株主にとっての投資が継続しているかどうかを判断せざるを得ないときがあるため、その特徴を踏まえ、企業結合の会計処理を、結合当事企業にとって一般的な会計処理と整合することができるように考えられたのが「持分の継続・非継続」という概念である(事業分離等会計基準69項)。 この「持分の継続・非継続」の基礎になっている考え方、すなわち、一般に事業の成果をとらえる際の投資の継続・清算という概念によって整理し、分離元企業の会計処理を、①売却や異種資産の交換の会計処理に見られるように、いったん投資を清算したとみて移転損益や交換損益を認識するとともに、改めて時価にて投資を行ったとみる場合と、②同種資産の交換の会計処理に見られるように、これまでの投資がそのまま継続しているとみて、移転損益や交換損益を認識しない場合、に整理している(事業分離等会計基準70項)。 2 対価の種類 平成15年10月に公表された「企業結合に係る会計基準」では、企業結合における「持分の継続」を「対価の種類」と「支配」という2つの観点から判断していた。 そこで、投資が継続しているとみるか清算されたとみるかを判断するための観察可能な具体的要件として、「対価の種類」と「支配」という2つの要件について検討されたが、企業結合と事業分離の会計処理における観察可能な具体的要件が必ずしも同じになるとは限らないと考えられた(事業分離等会計基準75項)。 事業分離等会計基準では、企業結合会計基準と同様に、一般に事業の成果をとらえる際の投資の継続・清算という概念に基づいて、事業分離の会計処理を考えるものの、観察可能な具体的要件については、他の会計基準の考え方との整合性を踏まえると、対価が移転した事業と異なるかどうかという「対価の種類」は該当するが、「支配」については必ずしも該当しないものと考えている(事業分離等会計基準75項)。このため、「対価の種類」が何かということが、事業分離の会計処理では重要となると解される。 事業分離等会計基準は、一般に事業の成果をとらえる際の投資の継続・清算という概念に基づいて、実現損益を認識するかどうかという観点から、以下のように分離元企業の会計処理を考えている(事業分離等会計基準10項、74項)。 いずれの場合でも、分離元企業において、事業分離により移転した事業に係る資産及び負債の帳簿価額は、事業分離日の前日において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠した適正な帳簿価額のうち、移転する事業に係る金額を合理的に区分して算定する(事業分離等会計基準10項)。このため、分離元企業は、重要な会社分割などの場合には、事業分離日の前日に決算又は仮決算を行い、適正な帳簿価額を確定させる必要がある(事業分離等会計基準77項、78項)。 3 移転した事業に関する投資が清算されたとみる場合の会計処理 移転した事業に関する投資が清算されたとみる場合、次のように会計処理する(事業分離等会計基準10項(1))。 移転損益を認識する場合の受取対価となる財の時価は、受取対価が現金以外の資産等の場合には、受取対価となる財の時価と移転した事業の時価のうち、より高い信頼性をもって測定可能な時価で算定する(事業分離等会計基準12項、80項)。 市場価格のある分離先企業の株式が受取対価とされる場合には、受取対価となる財の時価は、事業分離日の株価を基礎にして算定する(事業分離等会計基準13項、81項)。 4 移転した事業に関する投資がそのまま継続しているとみる場合の会計処理 移転した事業に関する投資がそのまま継続しているとみる場合、次のように会計処理する(事業分離等会計基準10項(2))。 5 事業分離に要した支出 事業分離に要した支出額は、発生時の事業年度の費用として処理する(事業分離等会計基準11項、79項)。 ただし、個別財務諸表上、分離先企業から交付された株式等の取得原価は、取得の対価に付随費用を加算して算定する。付随費用の取扱いについては金融商品会計実務指針に従う(結合分離適用指針91項)。 (了)
企業経営と メンタルアカウンティング ~管理会計で紐解く“ココロの会計”~ 【第12回】 「ココロの中のゆがんだ割引計算」 公認会計士 石王丸 香菜子 ・・・(翌日)・・・ *資料* A社に対する売上とその入金は、現在では5,000万円であるが、1ヶ月後には5,025万円になる。 ⇒ PN社はどちらを選ぶべきだろうか。 B学校法人に対する売上とその入金は、1年後では5,000万円であるが、1年1ヶ月後には5,005万円になる。 ⇒ PN社はどちらを選ぶべきだろうか。 * * * 1 「1週間後の豪華パフェ」よりも「目の前の板チョコ」 あなたが大のスイーツ好きとしましょう。目の前に、普通の板チョコがあります。今この板チョコを食べてもよいのですが、板チョコを食べなければ1週間後に高級フルーツパーラーの豪華パフェを食べることができるとします。あなたはどちらを選ぶでしょうか? 目の前の誘惑に負けて、板チョコを食べてしまう人も多そうですね(私なら目の前の板チョコです!)。板チョコより豪華パフェのほうがおいしそうではありますが、1週間も待つのはかなり損した気分になります。 では、「1年後の板チョコ」と「1年1週間後の豪華パフェ」のいずれかを、現時点で選ぶとしたら、どちらを選ぶでしょうか? 1年も先のこととなると、なぜか1週間の差は大して気にならなくなります。追加でもう1週間待つだけでよいなら、豪華パフェを選ぶ人が多いはずです。 板チョコと豪華パフェのタイムラグ自体はどちらも1週間なのですが、これらを食べるという事象が、間近であるか遠い未来であるかという違いによって、選択が変わってしまうのですね。 このような異時点間の意思決定を行う場合、私たちはココロの中で無意識のうちに割引計算を行って比較していると考えることができます。 直近の事象については、1週間のタイムラグを大きく割り引いて考える傾向にあります。すると、1週間後のパフェの現在価値はとても小さくなってしまうので、1週間後のパフェよりも直後の板チョコの方が選択されます。 一方、遠い未来の事象については、1週間のタイムラグを非常に小さく割り引くことしかしません。すると、1年1週間後のパフェの価値と1年後のパフェの価値に大差はないので、1年後の板チョコよりも1年1週間後のパフェのほうが選択されます。 つまり、私たちは、無意識のうちに、事象が間近であるほど高い割引率を用い、逆に、遠い未来であるほど低い割引率を用いていると言えます。数学的な説明は省略しますが、このようなココロの中で行われる割引の性質は、事象までの時間に関する双曲関数として定式化できることから、「」と呼ばれています。 実際に正確な双曲関数になっているというよりも、間近の事象になるほど大きく割引計算してしまうという性質を広く表現する際に用いられることが多い用語です。ちなみに、このような双曲割引の傾向は、ハトに対して、大きさやタイミングを変えて餌を与える実験で確認されており、人間だけに限らない生理的・本能的な性質のようです。 PN社の経理部長も、間近のA社への売上については、4月の5,025万円を直感的に大きく割り引いて考え、3月の5,000万円を選んだようです。逆に、遠い未来のB学校法人への売上については、1ヶ月のタイムラグをさほど気にせず、1年1ヶ月後の5,005万円を選んでいます。 2 合理的な異時点間の選択は指数割引で 通常、銀行預金などの利息の計算は複利計算で行います。元本100に5%の利息が付く場合を考えましょう。 裏返せば、将来の金額を現在の価値に直すには、利率で割り引くことになります。 当然ながら、事象が起こるタイミングがいつであっても、用いる割引率自体は同じ5%です。こうした割引計算は、事象までの期間の指数関数で割り引く「」になっています。 企業における異時点のキャッシュ・インやキャッシュ・アウトについても、このような計算を行って判断するのが合理的です。 PN社には、1年で約5%の利益を得る投資機会が常にあると想定し、ここでは単純化して、1ヶ月間の割引率として5%÷12ヶ月≒0.417%を用いるとしましょう。この場合、1ヶ月後の売上5,025万円の現在価値は、 となり、現在の売上5,000万円よりも大きいことがわかります。つまり、A社への売上については、4月に5,025万円で取引するほうが得です。 同様に、B学校法人への1年1ヶ月後の売上5,005万円を、1年後時点の価値に直すと、 ですから、1年後の売上5,000万円よりも小さいことがわかります。つまり、B学校法人への売上については、1年後に5,000万円で取引するほうが得です。 もちろん、現実には、A社からの申し入れの理由がA社の資金繰り悪化にある可能性や、B学校法人への3月中の売上にこだわることで契約自体が反故になる可能性など、割引計算以外の事情も考える必要があるので、単純に割引計算の結果だけをもって正しい選択ができるわけではありません。 ただし、異時点間の選択をするうえでは、直感的・本能的に、事象が起こるタイミングが間近であるほど高い割引率を、事象が起こるタイミングが遠い未来であるほど低い割引率を用いてしまう傾向が強いことを覚えておくと、いったん立ち止まって合理的な割引計算をすることができ、判断を間違えることが少なくなります。 ◆◇◆今回のキーワード◆◇◆ ▷ 異時点間の選択において、事象が起こるタイミングが間近であるほど高い割引率を、事象が起こるタイミングが遠い未来であるほど低い割引率を用いてしまうこと。異時点間の選択におけるココロの直感的・本能的な傾向。 ▷ 事象が起こるタイミングによらず、一定の割引率で行う、通常の合理的な割引計算のこと。 (了)