谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第34回】 「過少申告加算税の減免に係る「正当な理由」の意義と類型」 -過少申告加算税減免の実質的正当根拠理由の検討- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前々回、前回と2回にわたって重加算税の賦課要件に関する判例を検討したが、今回は、それらと並ぶ加算税に関する重要論点として、過少申告加算税の減免に係る「正当な理由」要件(税通65条5項1号)の解釈適用の問題を検討する(なお、無申告加算税や不納付加算税についても同様の問題(税通66条1項柱書但書・7項、67条1項但書)があるが、以下では過少申告加算税について検討する)。 この問題については、従来から、「正当な理由」の意義をめぐって「(イ)不可抗力説」、「(ロ)不当・苛酷事情説」、「(ハ)帰責事由不存在説」、「(ニ)故意・過失不存在説」、「(ホ)故意・過失必要立証説」、「(ヘ)比較衡量説」等さまざまな見解が唱えられてきた(石倉文雄「過少申告加算税・無申告加算税・不納付加算税-制度の目的・内容、学説・判例とその検討-」日税研論集13号(1990年)23頁、44頁以下参照)。 また、「正当な理由」の類型については、「① 税法解釈の疑義に関するもの」、「② 事実関係の不知・誤認に関するもの」及び「③ 税務官庁の対応に関するもの」に大別され(品川芳宣「税務官庁の対応に起因する『正当な理由』と最近の最高裁判決の問題点」石島弘ほか編『山田二郎先生喜寿記念 納税者保護と法の支配』(信山社・2007年)221頁、226-227頁参照。以下「類型①」、「類型②」及び「類型③」という)、類型③は更に「イ 税務官庁の言動と信義則」、「ロ 税務職員の誤指導」、「ハ 税務官庁の不作為」、「ニ 税務官庁の見解の変更・通達の記載内容」、「ホ 公刊物における担当職員の見解」及び「へ その他」に区分されることがある(品川芳宣『附帯税の事例研究』(財経詳報社・2012年)111-148頁参照。以下「類型③イ」、「類型③ロ」等のように表記する)。 以上のような議論状況を踏まえた上で、以下では、過少申告加算税の減免に係る「正当な理由」に関する判例を検討することにする。 Ⅱ 「正当な理由」の意義に関する確立した判例 従来、課税実務や裁判例の立場について、次のような分析・整理がみられた(石倉・前掲論文32-33頁。傍点原文)。 このような状況の下、最高裁もまだ「『正当な理由』の意義についての一般論を判示してはいなかった」(川神裕「判解」最判解民事篇(平成18年度(上))579頁、604頁)が、その後、税理士虚偽申告「税理士任せ」事件・最判平成18年4月20日民集60巻4号1611頁(以下「平成18年最判A」という)は、最高裁として初めて、下記の一般論を判示した(下線筆者)。 この一般論は、従来の裁判例の立場(前記の分析・整理にいう「(ロ)不当・苛酷事情説」あるいは判決文の文言に着目して酒井克彦『裁判例からみる加算税』(大蔵財務協会・2022年)65頁以下等にいう「不当・酷説」)を採用したものと解される。その理由は次のとおりである。 平成18年最判Aは、前記の判示では、「正当な理由」を「真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情」として捉えつつ、これに「上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合」という限定を加えているが、そのような限定は、帰責事由不存在説すなわち「加算税制度あるいは『正当な理由』を責任主義....の立場より捉える説」(石倉・前掲論文45頁。傍点原文)によれば、不当・苛酷事情説ないし不当・酷説よりも「『正当な理由』の認められる範囲が広くなる」(同頁)ことを考慮したものと解される。このことは、前記の判示が過少申告加算税について「主観的責任の追及という意味での制裁的な要素は重加算税に比して少ない」として、「その例外としての『正当な理由があると認められる』場合についてはある程度厳格に解するべき」(川神・前掲「判解」604頁。下線筆者)旨を明らかにしていることから、読み取ることができよう。 前記の一般論は、その後、税理士虚偽申告「税務職員共謀加担」事件・最判平成18年4月25日民集60巻4号1728頁(以下「平成18年最判B」という)、外国親会社ストック・オプション[加算税]事件・最判平成18年10月24日民集60巻8号3128頁(以下「平成18年最判C」という)、逆パターン養老保険[医療法人]事件・最判平成24年1月16日判タ1371号125頁(以下「平成24年最判」という)、匿名組合通達改正事件・最判平成27年6月12日民集69巻4号1121頁(以下「平成27年最判」という)、課税仕入れ用途区分[エー・ディー・ワークス]事件・最判令和5年3月6日民集77巻3号440頁(以下「令和5年最判A」という)、課税仕入れ用途区分[ムゲン]事件・最判令和5年3月6日判タ1511号104頁(以下「令和5年最判B」という)等で採用されてきた。ただ、その当てはめの判断は、以下のとおり事案ごとに異なる。 平成18年最判Aは、類型②の事案について、下記の判示(下線筆者)のとおり、納税者側の税理士任せの「落ち度」等を考慮して、「正当な理由」があると認めなかった。 平成18年最判Bは、類型③ヘの事案について、下記の判示(下線筆者)のとおり、脱税に関する税理士・税務職員の共謀加担等を考慮して、「正当な理由」があると認めた。 平成18年最判Cは、類型③ホの事案について、下記の判示(下線筆者)のとおり、公刊物における課税庁の職員の見解等を考慮して、「正当な理由」があると認めた。 平成24年最判は、類型③ホの事案について、下記の判示(下線筆者)のとおり、所得税基本通達34-4の文言や市販の解説書に係る下記の事情のみをもっては、「正当な理由」があると認めなかった。 平成27年最判は、類型③ニの事案について、下記の判示(下線筆者)のとおり、課税庁の公的見解の変更等を考慮して、「正当な理由」があると認めた。 令和5年最判Aは、類型①の事案について、下記の判示(下線筆者)のとおり、課税仕入れの用途区分に関する消費税法の解釈をめぐる客観的事情を考慮して、「正当な理由」があると認めなかった。 令和5年最判Bも、類型①の事案について、令和5年最判Aの上記引用中の破線の下線部に相当する判示において「それ[=平成17年]以前に税務当局が作成した部内資料や税務当局関係者が編者である公刊物」等に言及する以外は、令和5年最判Aと基本的に同じ表現で同じ判断を示したが、いずれにせよ、これによって原審・東京高判令和3年4月21日税資271号順号13551の下記の判断(下線筆者)は否定された。 以上において、「正当な理由」の意義に関する一般論(不当・苛酷事情説ないし不当・酷説)と各事案におけるその当てはめの判断をみてきたが、その判断は、例えば最後に取り上げた令和5年最判Bの判断(令和5年最判Aと基本的に同じ判断)とこれによって否定された原審の判断とを比較してみただけでも、事実関係等に対する微妙な評価を伴うものであることは確かである。そうであるからこそ、税法に基づく法的判断に対して予測可能性・法的安定性を強く要請する租税法律主義の下では、そのような事実評価の基準となる考え方を明らかにしておくことが不可欠である。以下では、その考え方を申告納税制度の趣旨に照らして明らかにしておきたい。 Ⅲ 過少申告加算税制度の仕組み解釈と「正当な理由」の意義 「正当な理由」の意義に関して判例で確立された前記の一般論では、その意義は、過少申告加算税の趣旨に照らして解釈されているが、その解釈に係る論理操作については、過少申告加算税の趣旨と「正当な理由」の意義とを媒介する論理を補って理解する必要があるように思われる。つまり、過少申告加算税の趣旨に関する判示のうち「これによって、当初から適法に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図る」(太字筆者)という部分から「正当な理由」の意義が明らかにされたものと解されるが、その部分で説示されている趣旨をどのように理解すれば、「正当な理由」があると認められる場合を「真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合」(太字筆者)と解することができるかを更に検討しておく必要があるように思われるのである。 その検討に当たって注目されるのが、山本英幸弁護士の見解である(同「過少申告加算税における『正当な理由』」水野武夫先生古稀記念論文集刊行委員会編『水野武夫先生古稀記念論文集 行政と国民の権利』(法律文化社・2011年)689頁参照)。 その見解は、申告納税制度をその趣旨に照らし「納税者と税務官庁がともに、適正に納税義務が確定するように役割を分担し合う制度」(山本・前掲論文691-692頁)として理解し、その理解に基づき「申告納税制度の下での納税者と税務官庁の責務」(同693頁)の観点から、過少申告加算税の趣旨を下記①のとおり理解し(同694頁)、その趣旨に照らして、「正当な理由」が下記②の場合に認められると解すべきであるとする見解(同696頁。以下「納税者・税務官庁役割分担説」という)である。 納税者・税務官庁役割分担説による過少申告加算税の趣旨理解(上記①)は、判例によるそれ(川神・前掲「判解」604頁も参照)と同じものであると解されるが(山本・前掲論文694-695頁参照)、同説はそのことを前提にして、判例による趣旨理解にいう「当初から適法に申告し納税した納税者との間の客観的不公平」について、「納税者間に不平等があることを意味するのではなく、正義の観点から不相当であるということを意味すると解すべきである」(山本・前掲論文697頁。下線筆者)と説いている(山本・前掲論文697頁の見出し「7」における「客観的不公正」という語は「客観的不公平」を「正義の観点から」表現したものと解される)。同説はこの理解を次のとおり敷衍している(山本697-698頁。下線筆者)。 このようにみてくると、納税者・税務官庁役割分担説は、法解釈方法論の観点からは、過少申告加算税制度の仕組み解釈によって「正当な理由」の意義を明らかにしようとする見解とみることができる。仕組み解釈は、とりわけ行政法規の解釈方法として、「法制度は目的―手段の構造で矛盾なく設計されているという前提にたち、その構造を『法の仕組み』と呼んで着目する解釈方法」(中川丈久「行政法解釈の方法―最高裁判例にみるその動態」山本敬三=中川丈久編『法解釈の方法論-その諸相と展望』(有斐閣・2021年)65頁、99頁)であり、「解釈対象の条文を包みこむ法制度が、この[目的達成手段の]重層構造と並立構造-『法の仕組み』-の中でどのような位置付けをもつかを明らかにする作業を通して、当該法制度の趣旨目的を特定し、それにより条文の意味を解釈することができるのである。」(同100頁)と敷衍されることがある。 つまり、納税者・税務官庁役割分担説は、「正当な理由」を「包みこむ法制度」として過少申告加算税制度と申告納税制度という相互に関連する2つの法制度を前提にして、まず、申告納税制度の趣旨から同制度の納税者・税務官庁役割分担構造を明らかにし、次に、その構造から過少申告加算税制度の趣旨を明らかにした上で、その趣旨に照らして「正当な理由」を解釈する見解とみることができるのである。 なお、納税者・税務官庁役割分担説は、「客観的不公平の実質的な是正」を先にみたように「正義の観念に反するという意味での『不公平』」の是正の意味で理解しながら も、これを「過少申告加算税の果たす機能であって目的ではない」(山本・前掲論文698頁)とした上で、「『客観的不公平の実質的な是正』は解釈要素となり得ないというべきである。」(同699頁)と述べている。ここで「解釈要素」という語がどのような意味で用いられているかは必ずしも明らかでないが、ただ、同説が前記②の解釈を繰り返し述べた後で次のとおり述べていること(山本・前掲論文699-700頁。下線筆者)からすると、「解釈要素となり得ない」ということは、正義の観念による実質的判断を「正当な理由」の解釈において行うことを排除するものではないと解される。 そうすると、納税者・税務官庁役割分担説は、過少申告加算税制度及びその前提となる申告納税制度の「内在的理念」としての正義の観念(井上達夫『法という企て』(東京大学出版会・2003年)3頁[初出・1997年])までをも視野に入れた仕組み解釈によって「正当な理由」の意義を明らかにしようとするものであるといえよう。 Ⅳ おわりに 今回は、過少申告加算税の減免に係る「正当な理由」の意義と類型について、確立された判例における一般論を基軸にして、検討を行った。 「正当な理由」があると認められる場合を過少申告加算税の趣旨に照らして「真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合」と解する一般論それ自体は妥当であるが、問題は、それに具体的事案を当てはめる場合、どのような考え方を基準としてその当てはめの判断を行うかである。この問題については、納税者・税務官庁役割分担説の意味を検討し、その検討を通じて、同説が採用するものと解される仕組み解釈は、過少申告加算税制度及びその前提となる申告納税制度の趣旨や構造だけでなく正義の観念をも視野に入れた仕組み解釈であることを明らかにした。 以上の検討結果を踏まえて、最後に、納税者・税務官庁役割分担説について以下の2つの点を指摘しておきたい。 1つには、納税者・税務官庁役割分担説は、「正当な理由」の意義に関して判例で確立された一般論において、過少加算税の趣旨と「正当な理由」の意義とを媒介する論理として、申告納税制度の趣旨に照らして明らかにした同制度の構造(納税者・税務官庁役割分担構造)を援用する点に、独創性が認められる。ただ、その構造は、筆者が以前から説いてきた「納税者と税務官庁との相互チェック構造」(谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第5回Ⅱ2、同「国税通則法の構造と手続」第15回1・2参照)と同様の考え方に基づくものであると解される(山本・前掲論文691-692頁、特に注6、注7参照)。 もう1つには、納税者・税務官庁役割分担説は、「正当な理由」の意義に関して、過少申告加算税制度及びその前提となる申告納税制度の趣旨や構造だけでなく正義の観念をも視野に入れた仕組み解釈を行ったものと解されるが、そうすることによって、「正当な理由」の存否の判断を正義の観念に基づいて行う可能性ないし途を拓くものと評価することができよう。その可能性ないし途は、「正当な理由」という不確定法概念の解釈を通じて、過少申告加算税減免の実質的正当根拠理由を法創造根拠理由に準ずるものとして形成するに至るであろう。ここで「法創造根拠理由」というのは、「法創造の拠りどころとなる法の原理・原則、特別の事情等の個別的救済理由の総称」(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)132頁脚注(57))である。 (了)
学会(学術団体)の税務Q&A 【第1回】 「セミナー受講料のインボイス対応」 公認会計士・税理士 岡部 正義 ◆連載開始にあたって◆ 学会には、学会特有の取引があるが、学会自体は、営利法人と比較して事例が少ないため、当該特有の取引に関して、税務上の取扱いが明示されているケースはあまりない。そのため、学会の税務実務においては、学会特有の取引に関して、法令・通達をどのように当てはめて考えるべきなのか判断に迷うケースが多い。 よって、当連載においては、学会特有の取引に関する税務上の論点について、具体的な事例を用いたQ&A形式で解説するものとする。なお、当連載においては、一定の事例を想定して解説しているが、同じような論点でも、実際の事例では、学会ごとに状況が異なるため、文中、意見に関する部分は私見であることを申し添える。 * * * ▲▼▲[解説]▲▼▲ 1 インボイスの交付義務について 適格請求書発行事業者は、インボイスを交付する義務があるが、インボイスの交付義務とは、他の課税事業者から交付を求められたときに交付する義務であり(消法57の4①)、課税事業者以外の者に対してインボイスを交付する義務はない。そのため、事業者でない個人や免税事業者に対しては、インボイスを交付する義務はない。 学会のセミナーに参加する受講者は、個人として受講しているケースが多く、そもそも事業者ではないため、インボイスを必要としていないケースも多い。他方で、個人としての受講ではなく、所属する組織の一員として受講し、受講料も所属する組織が負担するような場合、インボイスを必要としている可能性もある。 そのため、受講者の大部分がインボイスを求めないと考えられるようなケースにおいては、求められた場合のみインボイスを交付する対応が考えられるが、求められた都度、交付する方が、かえって事務負担がかかる場合は、一律にインボイスを交付することになると考える。 2 セミナーにおける適格簡易請求書の交付の可否 インボイスには、適格請求書と適格簡易請求書があるが、不特定かつ多数の者を対象とした事業の場合は、適格簡易請求書を交付することが可能である(消法57の4②、消令70の11)。そして、不特定かつ多数の者を対象とした事業に該当するのか否かは、個々の事業の性質により判断することになる。 学会が開催するセミナーに関しては、受講人数制限の関係上、事前申込を前提として申込の際に氏名を確認しているような場合が多い。 このような場合、相手方の氏名を確認しているため、不特定かつ多数の者を対象とした事業に該当するのか否かという点が問題となるが、「事業の性質上、事業者がその取引において、氏名等を確認するものであったとしても、相手方を問わず広く一般を対象に資産の譲渡等を行っている事業(取引の相手方について資産の譲渡等を行うごとに特定することを必要とし、取引の相手方ごとに個別に行われる取引であることが常態である事業を除きます。)」であれば、不特定かつ多数の者に資産の譲渡等を行う事業に該当するとされている(インボイスQ&A「適格簡易請求書の交付ができる事業」)。 そのため、仮に相手方の氏名の確認をしていたとしても、相手方の特定を必要としていないような場合は、不特定かつ多数の者に資産の譲渡等を行う事業に該当し、適格簡易請求書を交付することが可能である。 セミナーの受講料に関して、受講人数制限の関係上、事前申込を前提とし、受講者の氏名を確認していたとしても、セミナーの開催にあたって受講者個人の特定を必要としているわけではないと考えられる。そのため、セミナーの受講料に関しては、たとえ氏名を確認していたとしても、適格簡易請求書を交付することが可能である(国税庁:お問合せの多いご質問「適格簡易請求書を交付することができる事業の具体例」)。 3 複数の書類とインボイスの扱い インボイスには、必要な記載事項が定められているが、一の書類で全ての記載事項を満たす必要はなく、相互の関連が明確な複数の書類全体で記載事項を満たしていれば、これら複数の書類を合わせてインボイスとして扱うことが可能となっている(消基通1-8-1)。 たとえば、家賃の支払に関するインボイスに関して、課税資産の譲渡等の年月日以外の事項が記載された契約書とともに通帳(課税資産の譲渡等の年月日の事実を示すもの)を併せて保存すれば、仕入税額控除の要件を満たすことになっている(インボイスQ&A「口座振替・口座振込による家賃の支払」)。 これをセミナーに置き換えて考えた場合、適格簡易請求書の記載事項をセミナーの開催要項(ホームページ等に公開する開催要項)に記載しておき、当該開催要項と金融機関の振込明細(利用明細)を保存しておければ、家賃に関する複数の書類の扱いと同様に、インボイスとして扱うことが可能か否かという点が問題となる。なぜなら、適格簡易請求書の場合、相手方の氏名が不要であるため、開催要項上、適格簡易請求書の記載事項をすべて記載することが可能だからである。 〈適格簡易請求書の記載事項を記載した開催要項(ホームページに公開)〉 一見すると、セミナーの開催要項上で適格簡易請求書の記載事項を満たしていれば、家賃の場合における契約書と同様に考えることができるようにも思えるが、同じではないと考える。 なぜなら、家賃の場合における契約書は、契約当事者間で取り交わすものであり、適格請求書発行事業者が課税資産の譲渡等の相手方に対して交付したものが明らかな書類であるが、単にホームページで公開している開催要項は、課税資産の譲渡等の相手方に対して交付した書類とはいえないからである。 そのため、セミナーに関して、たとえ開催要項上において適格簡易請求書の記載事項をすべて記載していたとしても、当該開催要項はインボイスには該当しないと考えられるため、必要な場合は、改めてインボイスを交付する必要があると考える。 4 実務上の対応 従来は、3万円未満であれば、請求書等がなくても仕入税額控除を行うことができたが、インボイス制度においては、一定規模以下の事業者における少額特例の場合を除き、原則としてインボイスが必要となる。そのため、従来であれば、領収書の交付を求められなかったような場合であっても、インボイス制度開始後は、領収書の交付を求められる可能性がある。 そのため、仮にインボイスの交付を求められた場合は、「金融機関の振込明細(利用明細)をもって領収書に代えさせてもらいます」といった対応はできず、学会としてインボイスを交付する必要があるため留意が必要である。 なお、求められた都度交付するのではなく、一律に交付するような方法としては、たとえば、セミナー会場において領収書を交付する方法や、受講修了証と併せて領収書を交付する方法が考えられる。 (了)
〔徹底解説〕 東京国税不服審判所令和5年3月23日裁決 ~事業の移転を伴わない適格合併に対する包括的租税回避防止規定の適用を適法と判断~ 公認会計士・税理士 佐藤 信祐 1 事案の概要 本事案は、適格合併により被合併法人の繰越欠損金を請求人(合併法人)に引き継いだうえで、請求人において損金の額に算入したところ、原処分庁から包括的租税回避防止規定(法法132の2)の適用を受けたため、請求人が合理的な事業目的による合併であることから、包括的租税回避防止規定が適用されないものとして、原処分の全部又は一部の取消しを求めた事案である。 本事案の特徴は、組織再編成そのものの事業目的は否定されていないという点である。当初案では、既存する法人の商号を変更し、東北及び中部エリアの事業を統合するスキームであったところ、税金対策のためにスキームが変更されている。そのため、組織再編成そのものの事業目的ではなく、選択されたスキームの事業目的その他の事由が問題になっているのである。 さらに、本事案では2つの合併が行われているが、そのうち1つについては、当初案から分割+合併案にいきなり変わったわけではなく、分割+清算案に変わった後に、分割+合併案に変わっている。分割+清算案から分割+合併案に変わった理由は、分割に係る税制適格要件を満たすためである。分割法人を清算すると完全支配関係継続要件及び支配関係継続要件を満たすことができないが、分割法人が合併により解散する場合には特例が認められている(旧法令4の3⑥⑦参照)という点を利用したものと推定される。 2 当事者の主張 原処分庁は、事業及び従業員の存在しない法人を被合併法人とする適格合併については、事業の移転及び継続という適格合併の実態を備えていないことから、不自然な組織再編成であるとしたのに対し、請求人は、組織再編成の結果、存続させる必要のなくなった法人を合併により消滅させただけなので、不自然ではないものとしている。さらに、請求人は事業目的がある理由としても同様の主張をしていることから、制度趣旨に反するかどうかを争わずに、事業目的があるという点のみを争っているということがいえる。すなわち、TPR事件の判旨が正しかったのかどうかが争点になっていないことから、大阪国税不服審判所令和4年8月19日裁決判例集未登載(大裁(法・諸)令4第5号)とは大きな違いがある。この点については、東京地裁において、新たな争点になったかどうかを確認する必要がある。 当事者の主張において注目すべきは、繰越欠損金を引き継ぐことを目的に組織再編成の手順や方法を変更したことにつき、税負担減少の意図に基づくもので、事業目的その他の事由が認められないと原処分庁が主張しているという点である。すなわち、組織再編成そのものに事業目的があったとしても、選択されたスキームに事業目的その他の事由が認められない場合には、税負担減少のための組織再編成であるという認定を受けることがわかる。 3 国税不服審判所の判断 国税不服審判所は、「本件各合併は、事業を継続する法人とは異なる法人において当該未処理欠損金額のみを引き継ぐものであり、組織再編税制における欠損金額の引継ぎの場面において通常想定されている合併法人への事業の移転及び継続という実質を備えているとはいえず、適格合併において通常想定されていない手順や方法に基づくもので、かつ、実態とは乖離した形式を作出するものであり、不自然なものというべきである。」と判示した。この判示は、TPR事件(東京高判令和元年12月11日TAINSコードZ269-13354)と整合的であり、TPR事件と異なる理由により原処分庁を勝訴させた大阪国税不服審判所裁決令和4年8月19日と大きな違いがある。この点については、東京地裁判決及び大阪地裁判決が公表されることにより明確になっていくことを期待したい。 また、この判示で注目すべきは、「事業を継続する法人とは異なる法人において当該未処理欠損金額のみを引き継ぐものであり」としている点である。すなわち、事業を廃止し、ペーパー会社になった法人を被合併法人とする適格合併を行った場合に同様に取り扱われるべきなのか問題になる。著者の感覚としては、親会社を合併法人とした場合には、清算をした場合と同じ税務上の効果があることから、そもそも法人税の負担を減少させたとはいえないため、租税回避とすべきではないとする税務専門家の見解が多いと感じている。これに対し、兄弟会社を合併法人とした場合には、清算をした場合とは繰越欠損金を引き継ぐ法人が異なることから租税回避とすべきとする見解と、不自然さの程度が低いことから租税回避とすべきではないとする見解とに分かれているという印象を受ける。 さらに、国税不服審判所は、「確かに、・・・・・・のとおり、請求人が■■■を集約するために組織再編成を行っていたことはうかがわれるものの、本件各再編の経緯をみると、■■■については、・・・・・・のとおり、税制対策の観点から、■■■の商号変更・存続ではなく、■■■の新設及び■■■の清算に変更した上で、・・・・・・のとおり、税務上の問題のため、清算から■■■に変更されており、請求人グループの■■■の再編成の必要性から、■■■をすることを検討した形跡は認められない。」と判示している。実務上も、税理士への相談において、組織再編成の全体像を説明することで、事業目的が十分に認められるという回答を得ようとする納税者も少なくない。また、税務調査においても、まずは組織再編成の全体像について質問されるため、そのような説明の仕方に問題はない。しかしながら、全体的に事業目的が認められることはあっても、細部を見ると不自然、不合理な取引が行われることは十分に考えられ、そのような場合には、税負担の減少目的が事業目的よりも上位にあると認定される可能性は否定できない。そのため、組織再編成の全体像だけでなく、それぞれの手続きについて、事業目的その他の事由をそれぞれ説明できるようにしておく必要があるといえる。 4 今後の展望 現在、東京地裁及び大阪地裁において争われている包括的租税回避防止規定に係る事件として、本稿でご紹介した東京国税不服審判所令和5年3月23日裁決のほか、東京国税不服審判所令和2年11月2日裁決TAINSコードF0-2-1034(PGM事件)、大阪国税不服審判所令和4年8月19日裁決が挙げられる。いずれも玉突き型の組織再編成と呼ばれるものであり、事業の移転先と繰越欠損金の引継先が異なるという特徴がある。そして、東京国税不服審判所はいずれもTPR事件の判旨を採用しており、大阪国税不服審判所はTPR事件の判旨を採用していないという違いがある。そのため、今後の裁判の行方次第では、包括的租税回避防止規定における実務上の解釈に大きな影響を与える可能性があるといえる。 そして、本事件では、分割+清算から分割+合併にスキームが変更されている。もし、清算であれば、包括的租税回避防止規定又は同族会社等の行為計算の否認(法法132)が適用される可能性があったのかどうかについても、多くの税務専門家が疑問に思っているところである。そもそも、本事件では、スキーム変更前に清算を予定していたことから、それが合併に変わったとしても、繰越欠損金の引継ぎという点だけで考えると法人税の負担は減少していない。そうなると、もし、清算であれば租税回避に該当しないということになると、合併であっても租税回避には該当させるべきではないことから、本事案に対しては包括的租税回避防止規定を適用すべきではないとする見解も十分に考えられるため、東京地裁及び東京高裁において、その点についての判断が下されることが期待される。 さらに、TPR事件に類似した事件が3件も同時に地方裁判所に提訴されるということは、TPR事件の判旨に対する疑問を納税者が持っているからであると考えられる。そもそも条文からも、公表されている立案当時の資料からも、完全支配関係内の組織再編成であっても事業の移転及び継続を想定していたということを読み取ることは困難である。言うまでもないことであるが、制度趣旨とは、どのような理由でそれぞれの条文が作られたのかということを示すものであり、過度な租税回避を防止するためだけに持ち出されるものではない。私見ではあるが、TPR事件の判旨を維持するよりは、大阪国税不服審判所令和4年8月19日裁決を採用したほうが、税務専門家の納得度は高いように思われる。 このような不明瞭な状態になっていることから、これら3つの事件に対する控訴審判決が下された後に、税制改正の可能性があると考えている。そもそも、法人税法57条2項において、「前項の内国法人を合併法人とする適格合併(事業の移転及び継続を伴うものとして政令で定めるものに限る。)が行われた場合又は当該内国法人との間に完全支配関係(当該内国法人による完全支配関係又は第二条第十二号の七の六(定義)に規定する相互の関係に限る。)がある他の内国法人で当該内国法人が発行済株式若しくは出資の全部若しくは一部を有するものの残余財産が確定した場合(下線部著者加筆)」とする税制改正を行ったうえで、法人税法施行令で具体的な要件を定めれば、事業の移転及び継続を伴わない適格合併における繰越欠損金の引継ぎを否定することができる。そのため、上記3つの裁決例については、本来であれば、包括的租税回避防止規定の適用ではなく、立法的な解決が図られる事件であったということがいえる。 5 結び このように、東京国税不服審判所と大阪国税不服審判所が異なる判断を下していることから、第一審及び控訴審において、これら3つの事件に対してどのような判断が下されるのかという点は、多くの税務専門家が興味を持たれているところであると考えられる。 ただし、これらの事件の第一審判決及び控訴審判決が公表されるまでの間は、事業の移転及び継続を伴わない適格合併により繰越欠損金を引き継ぐことについては、税負担の減少目的が主目的であるということになると、包括的租税回避防止規定の適用可能性があるものとして対応せざるを得ない。 さらに、別の記事(〔徹底解説〕大阪国税不服審判所令和4年8月19日裁決)でも解説したが、合併ではなく、清算(残余財産の確定)により繰越欠損金を引き継いだ場合にも、包括的租税回避防止規定又は同族会社等の行為計算の否認が適用されるかどうかが議論になり得ると考えられる。この点については、今後、裁判例の公表がされた時点で改めて検討したい。 (了) ↓お勧め連載記事↓
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例130(所得税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆被相続人の居住用財産(空き家)を譲渡した場合の3,000万円の特別控除(措法35③④) 相続又は遺贈により、被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等の取得をした相続人が、その取得をした被相続人居住用家屋又はその敷地等を、平成28年4月1日から令和9年12月31日までの間に譲渡した場合には、居住用財産を譲渡したものとみなして3,000万円(令和6年1月1日以後に行う譲渡について、その取得をした相続人の数が3人以上であるときは1人2,000万円)の特別控除の適用を受けることができる。この特別控除は、相続があった日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までに譲渡した場合に限り適用があり、譲渡価額が1億円を超える場合には適用できない。 ◆譲渡資産の要件(措法35③⑤⑥) 次の①から③のいずれかの被相続人居住用家屋又はその敷地等であること。 ◆適用除外要件(措法35②) 次のいずれかに該当する場合には「空き家に係る3,000万円の特別控除」の適用は受けられない。 ◆「被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等の取得をした個人」の範囲(措通35-9) 「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等の取得をした相続人」とは、相続又は遺贈により、被相続人居住用家屋と被相続人居住用家屋の敷地等の両方を取得した相続人に限られるから、相続又は遺贈により被相続人居住用家屋のみ又は被相続人居住用家屋の敷地等のみを取得した相続人は含まれない。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第33回】 「宗教法人の管理人室は「本来の用」に専ら供されているから、 固定資産税が非課税となる境内建物及び境内地に該当するとされた事例」 税理士 菅野 真美 固定資産税は、固定資産の所有者に課す租税である(地方税法343①)が「固定資産税は、固定資産の価格を課税標準として課されることになっているから、それは固定資産の所有の事実に着目して課される財産税の性質を有する」ともいわれている(※1)。 (※1) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年)769頁 ただし、宗教法人が専らその本来の用に供する宗教法人法3条に規定する境内建物及び境内地(旧宗教法人令の規定による宗教法人のこれに相当する建物、工作物及び土地を含む)(地方税法348②三)の固定資産税は非課税とされる。 この非課税の理由は、「必ずしも明確ではないが、宗教の本来の用に供する建物や土地は、それを保有したからといって、それは担税力という点からみて十分なものではなく、また、それに対する課税は、政策上も適切ではないと考えられたためと思われる(太字筆者)」と指摘されている(※2)。これは、「法人税法が、公益法人等の所得のうち収益事業から生じた所得について、同種の事業を行うその他の内国法人との競争条件の平等を図り、課税の公平を確保するなどの観点からこれを課税の対象としている(太字筆者)」(※3)こととは、根拠が異なる。 (※2) 田中治「宗教法人に対する固定資産税非課税措置をめぐる紛争例」『田中治税法著作集第4巻』(清文社、2021年)465頁 (※3) 最高裁平成20年9月12日判決(判例時報2022号)11頁 それでは、宗教法人の管理人室とその敷地は、境内建物及び境内地に該当するのか。以下、この件について争われた事案を検討する。 ▷どのような事案か ペルシャ発祥のバハイ教の教義に基づき活動をする宗教法人Xが土地と家屋を所有していたが、これらの不動産のうち3階の管理人室と建物の共用部分の一部(課税共用部分)とこれらの敷地に相当する土地の一部(課税土地部分)について、固定資産税及び都市計画税の賦課決定処分を行った。これに対してXが、非課税の対象となる境内建物及び境内地に当たるとして処分の取消しを求めた事案である。 バハイ教は、他の宗教と異なり、住職や神父、牧師のような聖職者をおかず、信徒の互選で組織運営が行われる。各地方に信仰に関する統括組織があり、地方の組織を統括する全国精神行政会がある。訴訟の原告となったのは全国精神行政会である。 Xは、バハイ教の研究、公開講演会、会合等を行っている。訴訟となった不動産は、東京バハイセンターと呼称し、本部事務所として使用している。 管理人はフィリピン出身の女性で、以前は東京都足立区に居住し、足立区所在の会社に勤務していたが、現在(本事案当時)は調布市所在の会社に勤務している。彼女は、管理人として管理人室で居住することになり、管理契約を締結していた。契約期間は2年間で、宗教行事を開催するために常に建物を開放しておく、建物の清掃をする、管理人は独自の生計を立て給与や経済的援助を受けない、家賃や光熱費・水道費を支払う義務はないといった条項が契約書に定められていた。 また管理人は、昼間は別の場所で働いていることから、昼間は事務員2名が有給で経理事務等を行っていた。 ▷地裁の判断は 地裁は、不動産のうち課税部分は境内建物及び境内地に当たるから非課税とされるべきであり、これらに当たらないという課税処分は違法であるとして、取消しを求めるXの請求を認容した。 地裁は、理由として次のように判示している。 ▷高裁の判断は 判決に不服な東京都は控訴したが、高裁でも東京都の控訴は理由がないとして棄却された。東京都は、管理契約においては、清掃や見回りの頻度等が定められておらず、一般的な住宅における清掃や見回り等と異なるものではなく、また、株式会社等他の団体においても行われている施設管理業務であって宗教法人がその立場で行う本質的な活動ではないと主張がしたが、高裁は「非課税規定の適用の可否を判断するに当たって考慮すべき点は、管理の態様ではなく管理の対象が宗教上の施設であるか否かであり、宗教法人の目的を達成するために当該宗教法人の用いる宗教上の施設を管理することが必要なことは明らかである(太字筆者)」と判示した。 * * * 固定資産税において非課税となる理由と法人税において非課税となる理由は異なる。今回の判決は、行政側が収益事業に対する法人税の課税と同じ考えで固定資産税の課税も認められるというアプローチをしたことが敗訴につながったと考える。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第36回】 「大和鋼管工業代表者事件 -特定外国子会社と租税条約- (地判平20.8.28、高判平21.2.26、最判平21.12.4)(その2)」 ~租税特別措置法40条の4、日星租税条約7条1項~ 公認会計士・税理士 西川 浩史 5 事案の検討 (1) タックス・ヘイブン対策税制の目的及び本質論 我が国のタックス・ヘイブン対策税制は、「課税の繰延べ」を規制することを目的としたものではなく、「租税回避の否認」を目的としたものである(※3)。なお、タックス・ヘイブン対策税制の本質論に関しては色々な見解があり、表にまとめると以下のようになる(※4)。 (※3) 占部裕典「タックス・ヘイブン税制」『入門国際租税法 改訂版』清文社(2020)335頁。なお、我が国のCFC税制の立法者も「タックス・ヘイブン対策税制の目的は、軽課税国-いわゆるタックス・ヘイブン-にある子会社等で我が国株主により支配されているようなものに我が国株主が所得を留保し、我が国での税負担を不当に軽減することを規制することにある。」と述べている(高橋元監修『タックス・ヘイブン対策税制の解説』清文社(1979)92頁)。 (※4) 下表は、弘中聡浩「タックス・ヘイブン対策税制の条約適合性-グラクソ事件」『租税判例百選 第5版』別冊ジュリスト207号(2011.12)135頁を基に筆者作成。 (※5) 実質所得者課税説は、CFC税制は実質所得者課税(法人税法11条、所得税法12条)を具体化したものとする考え。 (※6) 中里実「タックス・ヘイブン対策税制改正の必要性」『タックス・ヘイブン対策税制のフロンティア』有斐閣(2013)11頁。 (※7) 占部前掲(※3)書(2020)343頁。 (※8) 金子宏『租税法 第24版』弘文堂(2021)647頁では、「擬制収益ないし犠牲配当」の部分は「擬制総収入金額または擬制収益」となっている。 (※9) 渕圭吾『所得課税の国際的側面』有斐閣(2016)375頁、弘中聡浩「タックス・ヘイブン対策税制の現状と将来」『現代租税法講座 第4巻 国際課税』日本評論社(2017)298頁。 弘中聡浩弁護士は、「現行法においては、CFC税制は、実質所得者課税の原則では対応できない領域に対応するための税制であるという意味合いが強くなっていると言える。」と述べ、「現行法下ではこの見解(筆者追加:『適正所得算出説』)が適切であろう。この見解は、CFC税制を移転価格税制と総合的に説明することができる可能性がある点でも優れている。」と述べている(※10)。実際、平成21年度税制改正で外国子会社配当益金不算入制度が導入されたため、日本の株主に配当しないことをもって不当な租税回避とみることは困難になった。このことからも「適正所得算出説」が最も妥当な考えであるように思われる。 (※10) 弘中前掲(※9)書298-299頁。 (2) タックス・ヘイブン対策税制と租税条約の関係が問題になる理由 中里実教授は、「タックスヘイブン対策税制の本質を外国法人の法人格を課税上無視して、それを支店同様に扱い、タックスヘイブン子会社の事業所得を親会社に帰属させて(配当とみなしてではなく)事業所得として課税するものであると理解した場合、発生した所得に対する課税権の配分を締約国間において定めた租税条約(特に、外国法人に対しては、恒久的施設なければ事業所得課税なしの原則を定めた事業所得条項)に抵触しないかという問題が生じてくる。」とし、移転価格課税の場合と比較して「タックスヘイブン対策税制に関しては、国内法の定めだけで、移転価格課税に関するような租税条約上の特別な定めが存在しないから、ここで議論するような根本的な問題が発生することになる。」と述べている(※11)。 (※11) 中里実「タックス・ヘイブン対策税制」『国際商取引に伴う法的諸問題』(トラスト60研究業書)有斐閣(2006.6)35-36頁。OECDモデル租税条約9条(特殊関連企業)では、国内法上の移転価格対策税制をバックアップするための規定が設けられており、我が国の租税条約も同様の規定になっている。一角塾の研修においては、村井正教授から「タックス・ヘイブン対策税制とは例外中の例外であり、特に属地主義をとるフランスがそうであり、全世界でも採用している国はそれほど多くない。」と指導をいただいた。 また、グラクソ事件に関して、中里教授は「シンガポール子会社の留保所得に対する親会社への課税は許されるべきではない。」とし、我が国は「租税条約締結国に存在する子会社についてタックス・ヘイブン対策税制を適用することを考えていなかったということになるであろう。」、「事後的な条約の変更の問題が生ずる。」と述べている(※12)。 (※12) 中里前掲(※11)書48-49頁。 (3) 最高裁判決の評価 藤井保憲教授は、最高裁の判決は妥当としながらも、「『実質的』に条約違反が生じるのはどのような場合かの考え方が不明確である。この点は、原審判決で示されている『みなし配当等説』を採用すべきである。」として批判をしている(※13)。また、弘中弁護士も(グラクソ事件の最高裁判決に対して)、「本最高裁判決は、濫用的な立法とみられる場合を除外するという実質的な判断の余地は残しているものの、本件一審及び控訴審判決が行ったようなCFC税制の本質についての説明は殊更に回避し、あえて租税条約の条文の形式的な当てはめと、法的二重課税・経済的二重課税という概念的説明を中心とした論証にとどまっているように読める。」としてCFC税制の本質を明確にしていない点を批判している(※14)。 (※13) 藤井前掲(※2)書13-14頁。 (※14) 弘中聡浩・采木俊憲「グラクソ事件最高裁判決-租税条約との関係」『タックス・ヘイブン対策税制のフロンティア』有斐閣(2013)57頁。 一方、浅妻章如教授は(グラクソ事件の最高裁判決に対して)、「平成21年改正後(筆者追加:外国子会社受取配当益金不算入制度導入後)にも通用する理屈として、内国株主への『あるべき利益移転』というロジックに寄りかからない理論構成を最高裁は示そうとしたのではないかと個人的には推測しています。」、「一応最高裁としては、東京地裁・東京高裁のロジックでは済まないかもしれない部分を補う意図があったのではないかと推測します。」と述べて一定の評価をしている(※15)。最高裁がCFC税制の本質を明確にできていない点に関しては物足りなさを感じるが、当時の税制改正等の状況を考慮した際には一定の評価をすべきと考える。 (※15) 浅妻章如「タックス・ヘイブン対策税制(CFC税制)」租税研究(728)(2010.6)246頁。なお、浅妻教授は、グラクソ事件に関して国側につき、本件では租税条約違反か否かの論点には関与しない条件で納税者側についている。 さらに、平川雄士氏は(両事件の最高裁判決に対して)、「最高裁の判断は理論的にも結論的にも妥当なものというべきである。」、「本件の納税者の主張の帰結は、租税条約締結国との関係ではTH税制は無効であるというものであり、同税制にもとづく無数の過去および未来の納税申告や課税処分の効力を不安定にしうるものである(換言すると個別の執行上の問題にとどまらない)ことを考えると、裁判所の実務判断としては、TH税制は租税条約に違反しないという結論は、当初より動かし難いものであったのではなかろうか。」と結論付けられている(※16)。この意見に同感で、もし租税条約違反と判断された場合の影響を考えると、平川氏の言われるようにタックス・ヘイブン対策税制は租税条約に違反しないという結論は、最初から決まっていたように考える。 (※16) 平川雄士「税制改正や他事例への影響はどうなる? タックスヘイブン対策税制と租税条約の関係に係る最高裁判決の解説」経理情報(No.1240)(2010.2)51頁。 (4) グラクソ事件(法人税事案)の最高裁判決との比較 ① 日星租税条約7条1項の文理解釈の記載がない グラクソ事件の最高裁判決では、日星租税条約7条1項を前段と後段に分け、「後段が日本に恒久的施設を有するシンガポールの企業に対する課税について規定したものであることは文理上明らかであり、前段は日本の企業に対する課税について規定したものと解するのが自然である。」旨の記載があるが、本件ではそのような内容の記載はない。ただし、「日星租税条約7条1項は、法的二重課税を禁止するにとどまる。」とする点は同じであり、グラクソ事件の最高裁判決を参照する旨を判決文において記載することで、省略したものと思われる。しかし、重要な文理解釈の論拠であるため、本来は記載すべき内容であったと考える。 ② OECDモデル租税条約7条1項のコメンタリーに関するコメントがない グラクソ事件の最高裁判決では、「OECDの租税委員会が作成したコメンタリーは、条約法に関するウィーン条約32条にいう『解釈の補足的な手段』として、日星租税条約の解釈に際しても参照されるべき資料ということができる。」旨の記載がある。本件では地裁ではコメンタリーに関するコメントがあったが、高裁・最高裁ではコメントはない。これに関しては、「OECDモデル租税条約7条1項のコメンタリーの考え方をわざわざ援用するまでもな〔い。〕」とした地裁と同じ見解であると理解する。 6 おわりに 「Xに租税回避の意図はなく、Xは真摯に鋼管事業を行ってきたのであり、A社によるC社の株式の売却も、A社を含むB社グループを救済するためにやむを得ず行われた緊急の措置であって、XはA社から一度も配当を受け取っていないのであるから、それにもかかわらず、事後になってなされた約21億円もの莫大な課税処分は著しく不合理であり過酷である(高裁の判決文より)。」旨を主張していたが、このような事情を考慮しても、本件各処分を違法なものとして取り消すには至らなかった。 浅妻教授は、「外国の株式から譲渡益を発生させて、それでまた外国で何か事業をしますという場合については、別に日本は関係ないのではないかという印象を抱きまして、解釈論上の工夫もできるのではないかと一応申し上げまして、しかし、そこには課税しない訳にはいかないという課税庁や裁判所の気持ちも理解できますので、解釈論としては仕方なかったかもしれません。だだ、そうした場合に、政策論としてやはりそこは何とかしてうまく括り出して適用除外にすべきではないかと思うわけです。」と述べられている(※17)。 (※17) 浅妻前掲(※15)258頁。 本件の場合、タックス・ヘイブン対策税制の適用により、Xの平成14年度の個人確定申告における雑所得に約50億円が加算され、結果として約21億円の課税処分が行われた。雑所得の場合、その他の所得との損益通算が認められないため、法人税に比べて厳しい取扱いになっていると言える。たとえば、法人税の場合であれば、タックス・ヘイブン対策税制の課税リスクが考えられる場合、含み損のある資産の売却等にて当該リスクの軽減を図ることが可能になる。しかしながら、所得税の場合であれば、その他の所得との損益通算が認められないためそのような対策ができない。 また、最高裁の判決では、法人税に認められているタックス・ヘイブン対策税制による合算課税の際の外国税額控除が、所得税の際には認められないことに関して、「所得税法が、法人税法と異なり、外国法人から居住者が配当を受ける場合に、当該外国法人の所得に対して課される外国法人税額を当該居住者の所得に対する所得税額から控除する制度(筆者追加:いわゆる間接税額控除)を設けていないこととの均衡を考慮したもの」としている。実際には、所得税の場合、特定外国子会社等に課せられた外国法人税は外国税額控除はできないが必要経費に算入できるため、その分雑所得は少なくなる(※18)。本件に関しては、シンガポールではキャピタルゲインが非課税になっているため、法人税と所得税において差は生じていないが、キャピタルゲイン課税が行われる場合には、法人税では外国税額控除により国際的二重課税は回避できるのに対して、所得税では外国法人税を必要経費にできるというものの国際的二重課税は完全には回避できないという問題が生じる。 (※18) 個人のタックス・ヘイブン対策税制に関しては、廣瀬壮一『個人の外国税額控除 パーフェクトガイド』中央経済社(2019)120-124頁に詳しい記載がある。所得税法では、タックス・ヘイブン対策税制により合算課税対象となる金額を雑所得とする際には、当該雑所得は、外国税額控除における控除限度額計算上は、国内源泉所得とされ、控除限度額はゼロとなり、結果として外国税額控除は受けられない。 これらのことをもって、現行の所得税に関するタックス・ヘイブン対策税制が不合理なものであるとまでは言わないが、本件の場合には、Xの理由ではなく、B社の理由(平成13年4月期において約100億円の借入があり、金融機関から財務状況の改善を強く要求された)からC社株式を売却した状況を考えると、Xにとってあまりにも厳しい処分ではないかと思われる。そこで、少なくとも法人税と所得税の取扱いの違いから生じる不利を調整すべく、本件のように株主が法人と個人であり、株式譲渡が法人の理由によるような場合、個人の所得税確定申告において、雑所得として合算対象とした分については特別にその他の所得との損益通算を認めることや、特別に法人税同様に外国税額控除を認めること等の検討は必要ではないかと考える。 (了)
有価証券報告書における作成実務のポイント 【第3回】 史彩監査法人 パートナー 公認会計士 西田 友洋 今回は、有価証券報告書のうち、第一部【企業情報】第2【事業の概況】1【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】から2【サステナビリティに関する考え方及び取組】までの作成実務ポイントについて解説する。 なお、本解説では2023年3月期の有価証券報告書(連結あり/特例財務諸表提出会社/日本基準)に原則、適用される法令等に基づき解説している。 1 【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】の作成実務ポイント 「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」では、当連結会計年度末における「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」を記載する。作成ポイントは、以下のとおりである。 【事例:酒井重工業(株)2023年3月期の有価証券報告書】 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 2 【サステナビリティに関する考え方及び取組】の作成実務ポイント 「サステナビリティに関する考え方及び取組」では、当連結会計年度末における「サステナビリティに関する考え方及び取組」を記載する。作成ポイントは、以下のとおりである。 〔構成要素の定義〕 【事例:フタバ産業(株)2023年3月期の有価証券報告書】 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (了)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第19回】 「関連当事者との取引に関する注記」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における関連当事者との取引に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 関連当事者との取引に関する注記は、個別注記表において、関連当事者ごとに取引の内容や取引金額、取引条件やその決定方針を開示する必要があります。 なお、関連当事者との取引に関する注記は個別注記表にのみ求められており、連結注記表では記載が求められていません。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、個別注記表において次のような注記が考えられます。 【個別注記表】 2 注記事項の解説 (1) 関連当事者との取引に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき関連当事者との取引に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第112条第1項)。 (※1) 連結注記表には、関連当事者との取引に関する注記を表示することを要しません(会社計算規則第98条第2項第4号)。 (2) 注記事項の解説 関連当事者との取引は、関連当事者ではない企業や個人との取引と比べて、特別な条件で行われることがあるといった特徴があり、その状況が財務諸表から容易に識別できないことから、財政状態や経営成績に及ぼす影響を財務諸表利用者が適切に理解できるようにするため、当該注記が求められています。 なお、金額の小さな関連当事者との取引まで全て注記することが求められているわけではなく、財務諸表への重要な影響を開示できれば注記の趣旨は達成できるため、重要性の判断基準が適用指針で示されています(「関連当事者の開示に関する会計基準の適用指針」第12項から第20項参照)。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [SPK株式会社 2023年3月期 個別注記表] ※SPK株式会社「第152回定時株主総会資料」14頁より抜粋。 [ソースネクスト株式会社 2023年3月期 個別注記表] ※ソースネクスト株式会社「第27回定時株主総会招集ご通知に際しての電子提供措置事項」34頁より抜粋。 * * * 次回の第20回は、「1株当たり情報に関する注記」をテーマに解説します。 (了)
〈会計基準等を読むための〉 コトバの探求 【第10回】 「「やむを得ない場合」を用いる理由と該当性の判断」 公認会計士 阿部 光成 ◆はじめに 「比較情報の取扱いに関する研究報告(中間報告)」(会計制度委員会研究報告第14号)では、親子会社の決算日の変更に関する記載の箇所で、「やむを得ない場合」という表現を用いている箇所がある。 今回は、「やむを得ない場合」という表現について、ただし書きを設ける場合との違いや該当性の判断について取り上げる。 ◆会計基準等における規定の仕方 通常、会計基準等では、原則となる方法を示しつつ、ただし書きなどによって、他の方法を容認するという規定の仕方が行われている。 例えば、「棚卸資産の評価に関する会計基準」(企業会計基準第9号)では、次のように、収益性の低下の有無に係る判断及び簿価切下げについて、原則を示し、ただし書きで別の方法を規定している(12項)。 「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)でも、同会計基準の定めは、顧客との個々の契約を対象として適用するとしつつ、ただし書きを設けて、一定の条件を満たす場合に限り、当該グループ全体を対象として本会計基準の定めを適用することができると規定している(18項)。 「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号)では、有価証券の売買契約の認識について、原則として、約定日基準としつつ、ただし書きを設けて、修正受渡日基準によることができると規定している(22項、235項)。 ◆「比較情報の取扱いに関する研究報告(中間報告)」 「比較情報の取扱いに関する研究報告(中間報告)」(以下「研究報告」という)では、「6.親子会社の決算日の変更に伴う会計処理及び比較情報の開示」において、次のように記載しており、「やむを得ない場合」の用語が使用されている(以下、アンダーラインは筆者が挿入)。 当該箇所については、研究報告の公開草案では、次のように記載されていた。 公開草案から修正した理由については、研究報告に記載されていないが、公開草案に対して寄せられたコメントに対応したものと考えられ、公開草案から変更すべき理由があったものと考えられる。 また、研究報告では、どのような場合が「やむを得ない場合もある」に該当するのかの例示も記載されていない。 しかしながら、「この場合には、損益計算書を通して調整する方法のみが採用でき、実施した会計処理の概要のほか、その理由も記載することが適当」と記載されていることを鑑みると、「やむを得ない場合もある」に該当するのかどうかの判断は、相当に慎重に行うべきものと考えられる。 ◆「やむを得ない事情」を用いている例 次のように、「やむを得ない事情」を用いている例もある。 「公認会計士法」24条の3第1項では、公認会計士は、大会社等の7会計期間の範囲内で政令で定める連続する会計期間のすべての会計期間に係る財務書類について監査関連業務を行った場合には、当該連続会計期間の翌会計期間以後の政令で定める会計期間に係る当該大会社等の財務書類について監査関連業務を行ってはならないとしつつ、ただし、当該公認会計士(監査法人の社員である者を除く)が当該連続会計期間の翌会計期間以後の会計期間に係る当該大会社等の財務書類について監査関連業務を行うことにつき、内閣府令で定めるやむを得ない事情があると認められる場合において、内閣府令で定めるところにより、会計期間ごとに内閣総理大臣の承認を得たときは、この限りでないと規定している。 また、「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」(企業会計審議会)では、「評価範囲の制約」(Ⅱ、3、(6))において、「経営者は、財務報告に係る内部統制の有効性を評価するに当たって、やむを得ない事情により、内部統制の一部について十分な評価手続を実施できない場合がある。」と記載している。 (了)
〈一問一答〉 副業・兼業に関する担当者のギモン 【第8回】 「副業・兼業を理由とする時間外労働・配置転換の拒否」 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 時間外労働義務(残業義務) 使用者は、事業場における過半数組合または過半数代表者との間で労使協定を締結し、労働基準監督署に届け出た場合は、当該労使協定(いわゆる36協定)に従って労働時間を延長し、または休日に労働させることができる(労働基準法第36条第1項)。 もっとも、36協定の締結・届出は、時間外労働を適法化する効力(時間外労働をさせても労働基準法が定める労働時間規制違反の責任を問われない)を有するに留まり、労働者に対して、時間外労働に従事すべき労働契約上の義務まで創設するわけではない。労働者の時間外労働義務を発生させるためには、別途、労働契約上の根拠が必要である。 この点、判例は、36協定の締結・届出があり、かつ、36協定の範囲内で労働者の時間外労働の義務を定めた就業規則があるときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、労働者は時間外労働義務を負う旨判示している(日立製作所武蔵工場事件=最高裁平成3年11月28日判決民集45巻8号1270頁)。 したがって、就業規則において、「業務上の必要があるときは時間外または休日労働を命じることがある」との一般的規定があり、かつ、36協定において必要な内容が適切に定められていれば、労働契約上も、使用者は、労働者に対し、時間外労働を命じることができ(残業命令権)、労働者は、時間外労働に従事すべき義務を負う。 もっとも、使用者と労働者との間で、時間外労働の対象外となる日や時間帯、場面などについて個別合意が成立していれば、当該個別合意は、より有利な特約として就業規則に優先するため(労働契約法第7条但書)、個別合意に反する内容の残業命令に対し、労働者の時間外労働義務は生じない。 したがって、使用者が副業・兼業を許可するにあたって、労働者との間で、副業・兼業に従事する日や時間帯の時間外労働を命じない旨の具体的な合意をした場合には、当該合意に反する残業命令に対し、労働者の時間外労働義務は生じないが、そのような具体的な合意がなく、単に副業・兼業を許可しているというだけでは、個別合意の成立を認定するには足りず、使用者の残業命令に対し、労働者は時間外労働義務の発生を免れないものと考えられる。 2 残業命令権の濫用 就業規則に基づき労働者の時間外労働義務が発生する場合であっても、個々の残業命令については、権利濫用の規制が及ぶ(労働契約法第3条第5項)。 したがって、使用者による個別の残業命令が権利濫用にあたる場合には、当該残業命令は無効であり、当該残業命令に対する労働者の時間外労働義務は生じない。 残業命令が権利濫用にあたるか否かは、「時間外労働を命じる業務上の必要性」と「労働者の生活上の不利益(時間外労働を行うことができないやむを得ない事由ないし正当な理由)」を比較衡量して判断すべきところ、副業・兼業により残業に従事できないという事情は、後者において評価すべきこととなる。 この点、本業先の企業において残業を命じる業務上の必要性が乏しい一方、当該残業命令により副業・兼業先での業務に支障が生じる程度が大きいような場合には権利濫用が成立し得るが、本業先にとって副業・兼業は基本的に労働者の私的事情であるから、本業先において残業を命じる業務上の必要性が一定程度認められるのであれば、そのような残業命令が権利濫用と評価される場面は極めて限定的なものとなろう。 3 配転命令の場合 労働者の副業・兼業を困難にするような配転命令についても、それが権利の濫用にあたると評価される場合には、当該配転命令は無効であり、労働者は配置転換を拒否することができる。 配転命令が権利濫用にあたるか否かは、「配転に関する業務上の必要性(人選の相当性を含む)」と「配転によって労働者が被る不利益(私生活・家庭生活上の不利益、職種変更による不利益、賃金等の低下等)」を比較衡量し、後者が前者を著しく上回るような場合に権利濫用と評価されるところ(東亜ペイント事件=最高裁昭和61年7月14日判決労判477号6頁)、配転により副業・兼業が困難となるという事情は、後者の事情として評価すべきこととなる。 もっとも、従前の判例・裁判例は、配置転換に関し使用者の広い裁量を認めており、配転に関する業務上の必要性は比較的広範に認められている。また、人選の相当性についても、「余人をもっては容易に代え難い」ほどの高度の必要性は要さず、「企業の合理的運営に寄与する」点があれば足りるとされている。 さらに、遠隔地転勤による私生活・家庭生活上の不利益について、権利濫用が成立する場面を「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる」場合に限定しており、妻子との別居を強いる配転命令すら「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」たり得ないとされている。 したがって、配転命令に業務上の必要性がまったく認められない場合や不当な動機・目的で配転を命じたような場合を除き、本業先による配転命令は基本的に有効であり、労働者は、副業・兼業が困難となることを理由に、配転命令を拒否することはできないものと解される。 (了)